未払い残業代支給

震災後の気仙沼市職員延べ1615人に対する2012~14年度の未払い残業代3億8950万円を市が全額を支給することになったというニュース。みなさん驚いたのではないでしょうか。11月28日の河北新報の記事はヤフーニュースでも配信されました。

この話は、今年の春に市の職員2人が残業代の一部が支払われていないと提訴したことから始まります。その後、市職員労働組合と市の協議が合意に達し、2012年度からの未払い分を支払うことになったのです。三陸新報の記事はこんな感じ。

残業代2
三陸新報11月28日記事の一部イメージ

河北新報はつぎのように伝えています。記事の一部を引用します。

「 市は、今春に職員2人から残業代の一部が支払われていないと提訴されたのを受け、市職労と合同で12~14年度を全庁的に調査。未払い対象となる一般職員は毎年500人台(幹部職員を除く)おり、金額は12年1億5160万円、13年度1億3820万円、14年度9900万円に上ることが分かった。市によると、県内の他の被災自治体に比べると、気仙沼市の支給額は6、7割にとどまっていた。

 労使交渉では11年度は震災直後の混乱期だったとして調査対象から外し、今後も過重労働の解消を図ることなどで26日に合意。提訴した職員2人は訴訟を取り下げる方針という。市役所では派遣職員の残業代が国から満額支給されており、同じ業務でアンバランスも生じていた。

 菅原茂市長は記者会見で「震災後の財政が見通せない中で慎重に予算執行したため、未支給や職員の提訴を招いてしまい、反省している。復興事業は続くので皆で懸命に働いていきたい」と陳謝した。」(引用は以上)

11月27日のNHKのニュースによれば、〈東日本大震災の直後から職員の残業や休日出勤が急増したものの時間外手当てについては勤務実態にかかわらず最大で30時間分程度とするように市が指示してきた〉ということです。しかし、職員からは〈本来支給されるべき手当てが支払われないのはおかしい〉という指摘が相次いだそうです。

この問題の背景のひとつに、菅原市長が震災の翌年、2012年の仕事始めで掲げた「できませんとは言いません」という方針があるように思います。市役所には、このフレーズを記したポスターが貼ってあると聞いたこともあります。市民が大変なときだからこそ、市役所のみんなも頑張ろうという目標は、多くの市民に好感をもって受け止められたでしょう。しかしその一方では、市役所の職員から市長の求めるものがかなりきついという声もあったようです。

それと、私の勝手な推測ですが、かねてから指摘があったものの、震災後の市民感情を考えれば、職員側も表だって問題にしにくかったという事情があるのではないでしょうか。

この背景には、気仙沼市の民間給与水準の低さがあると思います。これはずいぶん前から指摘されていることで、県内主要市の中でも低いのです。それだけに、被災者が大変な時期に〈役所の人ばがり、いいごど〉という市民感情が想像されたでしょう。

市議会での承認が残っていますが、労使の合意が成立したことですし、払うべきものは払うということでよいと思います。ただ、菅原市長が職員に求めてきた、役所の論理や事情を優先することなく市民の期待にこたえるという方針は変更せずに頑張って欲しいと願っております。

河北新報11月28日配信記事
NHK東北NEWS WEB11月30日配信
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気仙沼の名工表彰

はじめに週末のテレビ情報。

◎11月29日(日)9:00〜
◎BS-TBS『こころ ふれあい紀行~音と匠の旅』

被災地へ編み物セットを贈ったことがきっかけで気仙沼への支援を始めた梅村マルティナさんを紹介。地元女性に働く場がないことに心を痛め、震災から一年後に気仙沼へ住民票を移し、地元に編み物会社を立ち上げました。是非、ご覧ください。

さて、11月24日に菊田裕美君がメールをくれました。〈三陸新報が「気仙沼市の今年の技能功労者」を取りあげていますが、「高橋板金工業所」の高橋正彦君は気仙沼中学、「福助寿司」の伊東智君は大島中学、「菓心富月」の畠山賢一君は津谷中学で3人とも我々と同じ学年です。震災後も技術を活かし故郷で頑張っている同年生が表彰されるのはうれしいですね〉と。

この〈技能功労者〉は、気仙沼市の商工業の発展に寄与した技能者、いわば〈名工〉を表彰するもので今年は9名が選ばれました。市の資料によれば、卓越した技能を有し、経験年数30年以上で年齢は58歳以上、そして他の技能者の模範と認められる方を表彰基準としています。三陸新報の高橋正彦君(気中3年3組)についての記事を紹介します。

11月24日正彦君
三陸新報11月24日記事の一部イメージ

高橋正彦君は、気仙沼高校を卒業後、家業である板金工の道に進みました。そして高橋板金工業所の3代目として各種工事につとめたほか、宮城県板金工業組合気仙沼支部の役員として後輩の指導にあたったそうです。支部長時代には、一人暮らし高齢者宅の屋根や雨どいの修理など、ボランティア活動にも積極的に取り組んだとのこと。

こう紹介するとちょっと固いよね。正彦君は私と同じ魚町ですからよく知っています。実家の建物の板金というか〈ブリキ関係〉はみんな正彦君ちのお世話になっていたと思います。ちょっと細かな話になりますが、魚町の通りの入清(いりせい)の角からちょっと入沢(いりさわ)方向に入ったところです。そして震災では、その魚町にあった自宅や工場は全壊。しかし「100年以上続く工場をたたむわけにはいかない」と田谷の倉庫を改築して再開。道具などは全て海水に浸かったが、全国の同業者から支援が届いたそうです。私はよく知らなかったのですが、大変だったと思う。

大島中の伊東君、津谷中の畠山君については、三陸新報はこのように紹介しています。

伊東智(さとる)君は、大島中学を卒業して遠洋マグロはえ縄船に5年間乗船した後に仙台のすし店に。その後気仙沼に戻り市内のすし店で研鑽を重ねて昭和56年、内の脇に〈福助寿司〉を開業。平成14年に現在の田谷に移転しました。

畠山賢一君は、気仙沼高校を卒業して1年間経理を学び、19歳で本吉町津谷松岡の〈菓心 富月〉に入店しました。〈富月〉は昭和25年に父親が創業した和菓子店です。現在は、気仙沼菓子組合副会長を務めています。(追記:畠山君の奥さんは気中3年2組だった旧姓 千葉栄子さんとのこと。これも裕美君からの情報)

なお、技能功労者の表彰式は、一昨日25日にホテル観洋でおこなわれました。正彦君はじめ各業界の発展につとめてこられた受賞者のみなさまにお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

それと、いつものことながら菊田裕美君の同級生・同年生情報には驚かされます。とにかくよく知っているよ。こうした情報能力で銀行マンとして活躍してきたのでしょう。ある種の〈技能功労者〉かも(笑)。いつもありがとう。良い週末を。

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仙台放送ニュース

先日、かもめ食堂の開店について、仙台放送のテレビニュースを紹介しました。仙台放送は、フジテレビをキー局とするFNN系列局ですが、自局のウェブサイトで、主要なニュース映像を公開しています。そしてその映像をYouTubeでも公開しているのです。

きょうはその中から、気仙沼関連の2本のニュースを紹介します。まず一つ目は、プロ野球で首位打者を2回獲得するなど、巨人で活躍した篠塚和典さんが11月22日に気仙沼小学校で野球教室をひらいたという話題です。



もうひとつは、気仙沼「岩井崎」の景観を再生しようと、NPO法人「海べの森をつくろう会」が11月23日にクロマツ500本を植樹した話題。11月24日放送分。



これらは、不法な映像投稿ではなく仙台放送の公式投稿であるため、安心して紹介することができます。次のサイトは「気仙沼」のキーワードで検索した画面です。どうぞご利用ください。

仙台放送「気仙沼」関連ニュースサイト

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かもめ食堂さん江

一昨日11月23日の午後、〈かもめ食堂〉の千葉憲二君(3年4組)からメールが届きました。そこには、同級生の応援に対する感謝の言葉がありました。〈ありがとう !! 〉。写真も送ってくれました。お客さまがうつっているのは避けて、何枚か紹介しましょう。

まずはこの一枚から。

看板

お店の看板ですが、この写真を撮って送ってきた憲二君の気持ちはよくわかります。〈いろいろあったけれど、なんとかこうして開店にこぎつけた〉と思いながらパシャッと撮ったのでしょう。私の考えすぎかもしれませんが、万感の思いがこもっているかと。つぎの2枚の写真は、贈られたお花です。

左の花
右の花

新横浜ラーメン博物館の岩岡洋志館長や、博多一風堂などを率いる河原成美(かわはらしげみ)さん、そして全国の著名ラーメン店の方々からも多くのお花が贈られています。なんの不思議もありませんね。憲二君は、一般社団法人「日本ラーメン協会」の初代理事長もつとめていましたから。

「かもめ食堂」は、こうして全国のラーメン店主からの応援を得ながらも、今後は、そうした名だたるプロ達の厳しい目と舌で批評されていくのでしょう。〈千葉さんは、かもめ食堂をどのように運営していくのか。そしてその味は〉と。それがわかっているから、憲二君も気が抜けないよね。

憲二君のメールによれば、「むかしのマドンナ達」からもお祝いを頂いたとのこと。昔も今も、もてる。人気者です。

お花の中に、グッチ裕三さんのお名前も。グッチさんは憲二君ととても親しく、〈けせもい会〉の新年会を東京・乃木坂にあるグッチさんの店「うまいぞう」で開いたこともありました。グッチさんも顔を出してくれて、一緒に写真を撮ったことを思い出します。

私たち気中20回生を含む首都圏同年会〈けせもい会〉からも大きな花輪を贈りました。同会会長の鈴木徳一君(3組)が〈パチンコ屋さんの開店みたいな景気づけになるやつ〉と頼んだらしい。11月19日の仙台放送のテレビニュースにうつっていました。店舗左側にあるふたつの花輪の左側です。

仙台放送

きのうは菊田裕美君(1組)からその花輪の写真が届きました。開店にあたってのお祝いにかもめ食堂を訪れた徳一君が撮影した写真です。

祝開店

〈東京在住 けせもい会一同より かもめ食堂さん江〉。

これからが大変、そして大事だと一番知っているのは憲二君です。その千葉憲二君に対する慰労と激励の気持ちが込められています。ちょっと大きすぎたかもしれないけど(笑)。

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気小3年8組男子

きのうのブログを書いていたとき、小山隆市君(3年6組)と〈かもめ食堂&ちばき屋〉千葉憲二君(4組)と私が一緒にうつっている写真を以前に紹介したなと思い出しました。この写真です。

気小3年8組
気仙沼小学校3年8組の男子。中央の坊主頭が〈コヤマ〉。その右が〈ちばき屋〉で左が小田です。

2012年5月9日のブログ「昭和の子供 3」の記事も以下に再録します。

震災の津波で自宅も店も流された同級生。小山隆市君(気中3年6組)もそのひとりです。仲町の店〈コヤマ菓子店〉は2階が喫茶店〈珈琲山荘〉でした。自宅は幸町だったかな。〈珈琲山荘〉に飾ってあったアルプスの写真や自宅にあったであろう記念写真なども流されてしまったでしょう。そこでこの一枚をご紹介します。

気仙沼小学校3年8組。たしか担任の小野寺孝允先生が撮ってくれた写真です。まんなかで、両脇の友達に手を回しているのが、隆市君。その右は〈ちばき屋〉の千葉憲二君、左はわたくし小田です。

なつかしい顔がならんでいますよ。東京の〈けせもい会〉で顔を合わせていた千葉正俊君や小山達朗君もうつっています。なぜか男子生徒だけの写真ですね。撮影場所はどこだろう。気小3年は現在の市民会館の場所にあった第2校舎で学びましたが、そこではありません。左にちらっとうつっているのはプールの建物のような気もする。

この写真に写っている隆市君はまさに〈クラスのリーダー〉って感じ。実際そんな感じでした。絵もうまくてね、それと戦艦長門の主砲はなん門あってなんインチといった、今ではなんの役にもたたない軍事知識も豊富でした。

そんな隆ちゃんもすでに61歳。この写真当時から半世紀が過ぎました。思えば遠くへきたものです(笑)(再録内容は以上)

小学校3年生ですから、1960(昭和35)年。この55年前の写真をあらためてながめていると、同級生一人ひとりの表情が実になつかしく思い出されます。

この写真はつぎのブログでも紹介しました。担任だった小野寺孝允先生について書いています。こちらもお手すきのときに、どうぞよろしく。なお、「3年8組孝允先生」というタイトルは、「金八先生」のもじりです。〈そんなごど かだんなくとも わがっから〉という方もいらっしゃるとは思うのですが、一応、念のため。

2012年9月24日ブログ「3年8組孝允先生」

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ホヤぼーやケーキ

コヤマ菓子店 小山裕隆さんの11月18日のブログに今年のクリスマスケーキが紹介されていました。今年の目玉商品は、〈ホヤぼーや〉のケーキだとのこと。これがなかなかよいのでご紹介。

ほやぼーや

〈ホヤぼーや〉のキャラクターを使った気仙沼の商品はたくさんありますが、そのなかでもこのケーキは出色のできばえと言ってよいでしょう。とてもかわいい。コヤマではクリスマスケーキの予約も始まっているそうですが、ショッピングサイトには、全国送料無料のお歳暮ギフトも紹介されていますのでこちらも是非に。

裕隆さんのお父さん小山隆市君(3年6組)が亡くなったのは2013年1月14日でした。あと2カ月ほどでもう3年経つのですね。

◎コヤマ菓子店
〒988-0053 宮城県気仙沼市田中前1-4-8
TEL/FAX 0226-22-0868
営業時間 10:00~19:00(日曜日定休)

コヤマ菓子店ショッピングサイト

きょうは〈勤労感謝の日〉。なんとか元気に働くことができていることを、ホヤぼーやの笑顔とともに感謝する日にしたいと思います。

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64年前の大堀銀座

きのう開店した気仙沼「かもめ食堂」。今日は2日目ですね。昨日のブログでは、仙台放送のテレビニュースを紹介しましたが、きのうはNHK仙台放送局のニュースでもとりあげていました。つぎのサイトで動画をご覧いただけます。千葉憲二君がスタッフに心構えを語ったり、のれんから顔を出して開店する様子などがうつっています。

NHK/東北 NEWS WEB

さて、ここからが本題。〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダー11月12月の写真を紹介します。〈昭和26年、魚町大通りの気仙沼風情〉。

大堀銀座
〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダーより(クリックで拡大)

気仙沼中学20回生は昭和26年4月〜27年3月生まれですから、私たちの生まれた当時といってよいでしょう。〈大堀銀座〉の交差点です。左にうつる大店(おおだな)は佐々木金物店。真知子さん(3年4組)の実家です。右側が武山米店、つぎにレコードや家電の坂本商会、つぎがお菓子の松月堂と続きます。写真の右端は、玩具の長沢。

交差点の中央に台がありますが、ここに警察官が立って手信号で交通整理をしていました。私ははっきりとした記憶がないのですが、4歳上の兄ははっきりと覚えているそうです。信号機ができたのはいつだったのかな。

佐々木金物店の左隣は漁具や船具の麻屋でしたね。そのまた左は白萩書店だと思うのですが、この当時にすでにあったのかどうかはちょっとあいまい。いずれにしても、この大堀銀座の交差点は、東京でいうなら銀座4丁目の交差点です。そこに店を構えていた佐々木金物店の繁盛振りがしのばれます。店の様子がトラックにちょっとかくれているのが残念ですが、雰囲気はわかります。鍋や釜、シャベルなどがぶらさがっている様子は、私が高校生の頃も同じだったような気もします(笑)。

この〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダーの写真紹介も今年はこれで最後となります。もう11月も20日。ここから年末までが早いんですよね。今からやれることをやっておかないと大変なことになる。と、昨年も言っていたようにも思います。

気仙沼はずいぶん寒くなってきたようです。どうぞ、お風邪など召しませぬように。それでは、また来週。

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かもめ食堂開店!

きのうもお伝えしましたが、千葉憲二君(3年4組)の気仙沼「かもめ食堂」が本日19日にめでたく開店の運びとなりました。昨日は、メディア関係者に事前公開され、夕方の仙台放送や東北放送のテレビニュースでも紹介されました。仙台放送のニュース映像をご覧ください。



また、本日配信の河北新報にも記事が。河原田〈寿司処 一心〉の実木枝さん(4組)の〈店名に懐かしさを覚えた。味も抜群〉とのコメントが紹介されています。

河北新報11月19日配信記事

昨日11月18日の三陸新報にはオープンの広告も掲載されていました。

かもめ食堂
三陸新報11月18日掲載広告の一部イメージ

広告のなかから、憲二君の挨拶文を。

ごあいさつ

 向寒の候、皆様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。東日本大震災により、私の故郷、気仙沼が甚大なる被害を受け、悲しみに包まれました。私の気仙沼の思い出の一つである「かもめ食堂」は、私にとってふるさとの味であり、初めてラーメンを食べた店です。震災時には、すでに店じまいしていましたが、多くの方々のご協力を得て、復活することができるようになりました。ようやく戻ってこれた安堵感、復興の明かりが増えるお手伝いを出来ましたこと、誇りに思っております。
 先代のかもめ食堂が私の気仙沼の思い出の店となったように、これからの子供たちに、気仙沼の思い出の店となるように努力してまいりますので、皆様のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

「かもめ食堂」店主 千葉憲二

◎所在地:気仙沼市港町1-10
◎電 話:0226-28-9037
◎営 業:昼10:00〜14:30(ラストオーダー)
     夜17:00〜20:30(ラストオーダー)
◎定休日:当面の間は無休

挨拶のなかにあった〈安堵感〉という言葉。憲二君の実感なのでしょうね。震災の年に場所さえあればすぐにでもと思いながらも、現地の事情がそれを許しません。そして震災から4年8カ月後、やっと開店にこぎつけました。ここにいたるまでにご協力をいただいた新横浜ラーメン博物館さんをはじめ、多くの方々に同級生としてあらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

そして憲二君、ちゃんと約束を果たすことができましたね。本当に大変だったと思う。心からお祝いを。気仙沼「かもめ食堂」の帰郷開店、おめでとうございました。


なお、今回の帰郷開店にあたっても新横浜ラーメン博物館さんには大変お世話になっております。ことし4月5日に〈かもめ食堂〉のラーメン博物館〈卒業〉に向けての話はつぎのブログにて。

3月16日ブログ「気仙沼酒場に集合」
3月6日ブログ「燃えていく気仙沼」

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内湾土地区画整理

いよいよ明日11月19日(木)、千葉憲二君(3年4組)の気仙沼「かもめ食堂」が帰郷オープンします。前日のきょうは関係者を招いてのレセプションが昼と夜におこなわれます。明日の開店時刻は午前10時で、当面は定休日なしで営業のことです。明日は憲二君もいるでしょうから、是非でかけて声をかけてくれればと。「かもめ食堂」は、内湾を背にして柏崎に向かっていえば、磯屋水産の左にあるK-PORTのそのまた左です。かもめ食堂からも、内湾の風景もながめることができるのでしょう。

本日の昼前に、新横浜ラーメン博物館の公式Facebookで、憲二君の開店にあたってのメッセージが公開されました。こちらもご覧ください。

新横浜ラーメン博物館公式Facebook

その気仙沼市の内湾(魚町・南町)ではいま、土地区画整理事業が進められていますが、11月13日(金)の三陸新報が、その完成計画見直しを伝えています。宅地部分の8割で引き渡しが最長2年ずれ込むとのことです。平成30年度末を見込む全体の完了時期は変わりませんが、商店街の形成など内湾地区のまちづくりへの影響が懸念されるとしています。

同記事に各地区の事業完成予定時期を記した図が示されていたので紹介します。

11月13日内湾区画
三陸新報11月13日記事掲載図(クリックで拡大)

計画ずれ込みの要因は、事業所や住居の一時移転先の確保に時間を要していることや、防潮堤、護岸工事などとの調整をはかりながら工事を行う必要がでているためとのこと。

この図を見ると、魚町の多くは平成29年度内となりそうですね。南町の妻の実家跡あたりは、26年度なのか28年度なのか微妙なところです。そうした細かなことは別としても、まだまだ時間がかかるなあというのが実感。それと同時に、黄色や緑、青に色づけされている地区が震災の津波で大きな被害を受けたところでもあるのです。

黄色の地区は平成29年度内完成予定。平成30(2018)年3月末までということ。震災から7年後か。3年も経てば計画ができて、5年後にはなんとか新しい町の姿が現れるのではないかと思っていたのですが、ちょっと甘かったか。

今後は、行政をはじめ関係者の皆さんの努力によって、今後の土地区画整理事業とあらたなまちづくりが着実に進むよう願っております。

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「沼のハナヨメ」

すでにご覧になっている方も多いことと思いますが、〈ほぼ日〉で11月1日から連載がはじまった〈沼のハナヨメ。〉がとても面白い。きのう11月16日で第6話となっています。

沼のハナヨメ
ほぼ日/沼のハナヨメ。のタイトルイメージ(画像クリックでジャンプ)

ほぼ日/沼のハナヨメ。

これは〈気仙沼のほぼ日〉の〈サユミ〉さんが描く、本人いわく〈エッセイ漫画〉のようなものです。サユミさんは、2012年3月から〈ほぼ日〉の社員として気仙沼に来ました。東北ツリーハウス観光協会の事務局長でもある八日町の〈齊藤茶舗〉斉藤道有さん(みちあり)さんとご夫婦であることは知っていましたが、どのようなご縁で〈気仙沼の花嫁〉となったのかは知りませんでした。しかし、この連載でその経緯を知ることができて、私にとっても目の前の霧がはれた感じ。

気仙沼に来たばっかりのときにサユミさんが感じた不安やさびしさ。それも当然でしょう、東京のゲーム会社からの転職で、気仙沼のことも〈ほぼ日〉のことも知らないことばかりなのですから。

ストーリーをこのまま書いていくわけにはいきませんね。詳しくは〈沼のハナヨメ〉をご覧ください。でも最後にひとつだけ。私が驚いたのは道有さんの〈「結婚」って、一緒に冒険に出ることだと思う〉という言葉。絵もうまいしツリーハウスもつくるアーチスト道有さんは、(ポエムでくどく)詩人でもあったのか(笑)。詳しくは第5話にて。

なお、サユミさんは〈ほぼ日/連ドラチェック〉のイラストも2013年春から担当しています。そのイラストは2002年に亡くなった〈消しゴム版画家〉ナンシー関さんの芸風を感じさせつつ、ちゃんとサユミさんの〈魂と味わい〉がありとてもうまいと思います。秋の連ドラチェック2015年のリンクを下にはっておきますので、こちらも是非に。

「沼のハナヨメ。」次回の第7話目からは〈日常編〉とのこと。これも楽しみです。

ほぼ日/秋の連ドラチェック2015

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Is Paris Burning

11月13日のブログで、加古隆さん作曲のNHK「映像の世紀」テーマ曲「パリは燃えているか」を紹介しました。そして翌日の朝、パリでのテロのニュースを知り、本当に驚きました。

「パリは燃えているか/Is Paris Burning ?」は、1966年に公開されたルネ・クレマン監督の映画タイトル。1944年のドイツ軍(ナチ)に対するフランスのレジスタンス蜂起からパリ解放までを描いています。加古さんは、「映像の世紀」のテーマ曲を構想したとき、〈戦争〉と、抑圧からの〈解放〉というふたつの主題を表現しようと考えたのではないでしょうか。曲名にこの映画のタイトルを引用したのは、その主題の象徴としてだと思うのです。

もうひとつ、戦争というテーマを扱った映画タイトルで思い出されるのは「西部戦線異状なし」。レマルクの原作による1930年公開のアメリカ映画です。こちらは第一次世界大戦におけるドイツとフランスの戦いです。有名なラストシーンについてウィキペディアの記述を引用します。

〈長雨の後の晴れた日、戦場は珍しく静かだった。ハーモニカの音が聞こえ、一羽の蝶が飛んできた。塹壕(ざんごう)からそっと手を出すポール。その瞬間、敵狙撃兵の弾丸がポールの若い命を吹き消した〉

この文中にある〈塹壕〉については、「映像の世紀」でも詳しく紹介されていました。

今日のブログでは、加古隆さんが作曲してくださった、旧・鼎が浦高校(現在は気仙沼高校に統合)のイメージ曲「咲き競う花の憧れ」を紹介しようと思っていたのですが、パリのテロのことを書きはじめ、予定を変更しました。そして今、あらためて加古さんの「パリは燃えているか」を聴いてみると、その主題は、〈戦争〉と〈鎮魂〉ではなかったかとも思えてくるのです。あるいはワンテーマでいえば〈悲しみ〉か。

いずれにしても、自分たちにとっての〈より良い社会〉を実現する手段が〈争い〉や〈戦争〉を生んでいるという現実に、なんともやりきれない思いがつのります。

YouTubeにアップされていた「映像の世紀」第2集「大量殺戮の完成〜塹壕の兵士たちは凄まじい兵器の出現を見た」のエンディング映像を最後に紹介します。加古さんの「パリは燃えているか」を聴きながらご覧いただければと。



この第2集は第一次世界大戦をテーマにしているのですが、その中で、当時の英国の海軍大臣で後の首相、ウィンストン・チャーチルの言葉を紹介しています。

「 戦争から、ひらめきと魔術的な美が遂に奪いとられてしまった。アレクサンダーやシーザーやナポレオンが、兵士達と危険をわかちあいながら、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する、そんなことはもうなくなった。これからの英雄は、安全で静かで、物憂い事務室にいて、書記官たちに取り囲まれて座る。一方、何千という兵士たちが、電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。
 これから先に起こる戦争は、女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国々が、大規模で限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる。
 人類は、はじめて自分たちの息を絶滅させることができる道具を手にいれた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である」(音声引用は以上)

今回のパリのテロでの乱射に用いられたのは、AK-47といわれています。1949年にソ連が制式採用したカラシニコフ銃ですから、決してチャーチルが語るような大量殺戮の兵器ではないのですが、その簡便さゆえに、テロにおける有効な道具となりうるのでしょう。

新しい週がはじまりました。世の中ではいろんなことが起こるけれど、自分自身の体と精神をまずは健康に保ちたいと思っています。

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作曲は加古隆さん

11月8日(日)の三陸新報「学校紹介」は、気仙沼高校でした。私の母校ですが、卒業した旧 気仙沼高校は、10年前の平成17年4月に旧 鼎が浦高校と統合し、現在の新 気仙沼高校となりました。さらに平成30年度には気仙沼西高校との統合も決定されています。

三陸新報の記事から現在の気仙沼高校の校歌を紹介しておきましょう。

気高校歌
三陸新報11月8日記事より

作詞は熊谷龍子(りゅうこ)さん。熊谷武雄さんのお孫さんで、〈森は海の恋人〉の名付け親でもあります。以前、このブログでも書きました。

2014年12月12日ブログ「田園歌人熊谷武雄」

そして作曲は加古隆さん。NHK〈映像の世紀〉のテーマ曲「パリは燃えているか」の作曲者でもあります。先月から始まった〈新・映像の世紀〉でも同じテーマ曲が使われています。

戦後50周年とNHKの放送開始70周年を記念して放送された〈映像の世紀〉は、1995年から翌年まで11回にわたって放送されました。このシリーズは本当にすごかった。全部を録画し、そのVHSテープを今も持っているのですが、VTRデッキは捨てちゃった。それだけに、9月からのデジタル・リマスター版の再放送はありがたかった。BSでの再々放送も始まりましたね。きょうの朝は第2集でした。久しぶりに加古さんのテーマ曲を聴くと、気分は放送当時の20年前へ。さらに白黒映像の時代へとトリップしていきます。


YouTube/加古隆クァルテット「パリは燃えているか」

話はかわるのですが、VTR(Video Tape Recorder)という言葉は、もしかすると〈死語の世界〉に入りかけているかな。〈トリップ〉とかも(笑)。

現 気仙沼高校の校歌の歌詞については、以前のブログにも書きました。ちょっと読むのが難しい。ということで、今週はこれにて。

7月10日ブログ「気仙沼高校 校歌」

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漁師カレンダー2

遅ればせながら、〈気仙沼漁師カレンダー2016年版〉を紹介します。気仙沼つばき会がプロデュースしたこのカレンダー、2014年版は全国カレンダー展で「経済産業大臣賞」を受賞するなど高い評価を得ました。今度の2016年版の写真の一枚はこんな感じ。

漁師カレンダー
同カレンダーの公式サイトより(画像クリックでジャンプ)

今年の写真を担当したのは、浅田政志さん。9月17日のブログでも紹介しましたが、木村伊兵衛写真賞を受賞した気鋭の写真家です。

◎気仙沼漁師カレンダー2016
サイズ:A3(2つ折時A4)
タイプ:1ヶ月1ページ・日曜はじまり
販売価格:税込1,620円・送料は全国一律180円
写真:浅田政志
企画・プロデュース:気仙沼つばき会

2014年版はサン・アドさんの制作で、かなり都会的というかしゃれた感じでした。そして今回2016年版の数字(業界用語では玉)が入ったところのデザインは、わざとローカルな感じにしたんじゃないかなあ。私の勝手な想像ですが。交差する2本の日の丸が祝日に表示されているのを見て、気仙沼の実家にぶら下がっていた日めくりの暦を思い出しました。高校生のころは、親しくしていた〈小野幸〉さんから頂いた暦だったかな。月の満ち欠けから、人生訓というか格言みたいな言葉も右か左に書いてあったような気がします。いまでいえば〈松岡修造カレンダー〉か(笑)。

気仙沼漁師カレンダー2016年版は11月8日に発売され、初版分は完売しましたが、増刷分は11月中旬の発送を予定しているとのことです。ご注文は、気仙沼漁師カレンダー/公式サイトの注文フォームにてお願いいたします。

気仙沼漁師カレンダー2016/公式サイト

なお、9月20日に「浅田政志に弟子入り!?ワークショップ」が開催されましたが、その15人の〈お弟子さん〉の作品写真展がK-portで開かれています。こちらにも是非お出かけください。

期間:11月8日(日)~11月28日(土)12時まで
会場:K-port(気仙沼市港町)TEL 0226-25-9915
入場無料
企画:BambooCut / 主催:気仙沼つばき会

2014年版については、つぎのブログで書きました。ついこの間という感じがするのですが、もう2年たったのですね。

2013年11月8日ブログ「漁師のカレンダー」

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健介選手の贈り物

ラグビーのワールドカップ/イングランド大会日本代表で、気仙沼市出身の畠山健介選手が大会で着用したユニフォームが気仙沼市に寄贈されました。このニュースは、地元の三陸新報や河北新報が記事にしていたほか、ヤフーニュースが河北新報の記事を再配信したのでご覧になった方も多いことでしょう。

本日はこのユニフォーム寄贈を報じた11月5日の仙台放送のニュースを紹介します。
(配信は終了しました)


以下は、ニュースの音声内容です。

「 日本中を沸かせたラグビーワールドカップの日本代表で、宮城・気仙沼市出身の畠山健介選手が試合で着用したユニホームが、気仙沼市に寄贈されました。

昨日(4日)気仙沼市役所を訪れたのは、小学生から中学生まで畠山選手を指導した、地元のラグビースクールの関係者です。この日は、国内でのトップリーグ開幕を控えた畠山選手に代わり、菅原市長にユニホームを手渡しました。

畠山選手は、先月のラグビーワールドカップイングランド大会で、プロップとして1次リーグ全4試合に出場。市に寄贈されたユニホームは、畠山選手が、アメリカ戦で実際に着用したもので、自身をはじめ、五郎丸選手など、メンバー全員のサインが書き込まれています。

菅原市長「(畠山選手は)市民の誇りだと思います」。鹿折少年ラグビースクール・木戸浦 雄三校長「誰もが、ラグビーやスポーツに興味を持ってもらうように、(展示を)お願いしたいなと」。具体的な展示場所は、まだ決まっていませんが、市では、多くの人の目に触れる場所を検討したいとしています」(引用は以上)

このニュース映像を見ると、畠山健介選手のユニフォームを菅原市長が着ちゃってますね。いいのか。大丈夫か。たぶん〈市長、着てみてくださいよ〉とか言われたのでしょうね。市長も〈それじゃせっかくだから〉とかなんとか言って(笑)。

自分にとっても宝物の一枚であろうユニフォームを気仙沼市に寄贈してくださった畠山健介選手。ありがとうございました。

河北新報11月5日配信記事

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大島防潮堤懇談会

11月3日に、気仙沼大島の防潮堤計画などについての〈浦の浜・磯草地区復興懇談会〉が大島公民館で開かれました。11月5日付けの三陸新報によれば、前回の懇談会で当初の7.8mの防潮堤高を7.5mにする案が示されていましたが、今回もこの7.5mが宮城県の正式な見解となったようです。

大島防潮堤

三陸新報11月5日記事の一部イメージ

以上は県の話ですが、気仙沼市は背後に計画するウエルカムターミナルの整備計画案を提示しました。約4600平方米の敷地に駐車場や観光案内所、民間商業施設を配置するもので、たたき台としての案とのこと。そして問題はここからです。菅沼副市長の懇談会の締めのあいさつ。河北新報はつぎのように伝えています。

〈 約20人が、県と市から示された防潮堤や観光拠点ウエルカムターミナルの新たな計画案に関して意見交換。住民から「手直しが必要」と指摘が相次いだが、2時間が経過したところで菅沼副市長が「おおむね理解を頂いたので、次のステップに移るため懇談会を打ち切りたい」と宣言した。
 県気仙沼地方振興事務所の幹部も「今後は個別事業ごとに協議したい」と打ち切りを迫ったが、住民は「納得するまで何回でも議論すべきだ」と声を荒らげ、反対した。最終的に市側は打ち切りを撤回。菅沼副市長は「一定の方向性を出したいと思っていた。住民の理解が深まっていないと分かった」と釈明した。
 懇談会は、住民側が「複数の復興事業が重なる地域なので同じテーブルで協議したい」と県や市に要請し、6月に設置された。唐突に打ち切りを突き付ける行政の姿勢に、住民の一人は「納得いく事業にしてもらえるのか」と今後の議論に不安を感じていた。〉(引用は以上)

副市長も県の幹部も、今回で懇談会としての住民とのやりとりにはケリをつけ、なんとか事業を前に進めたかったのでしょうね。行政の立場としてはそうなのでしょうが、その気持ちが強く出過ぎて、結局は関係を悪化させたようです。今回の「打ち切り宣言」に、三陸新報は〈違和感を抱いた〉と書いています。〈住民の目には、県や市が「一方的」と映ったからである〉と。

どちらもけんか腰で向かい合っているわけでは決してないと思います。なんとか、より良い形で折り合って結論を得たいと思っている。なにかうまい議論や合意形成の方法がないものかと思います。しかし、〈そんなうまい方法があったら、もうとっくにやってんでないの。それぐらいわがんないのすか、オダ君〉という声がどこからか聞こえてきます。

河北新報11月5日配信記事

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憲二君の炊きだし

先週金曜日11月6日のブログでは、11月19日に気仙沼「かもめ食堂」帰郷オープンさせる千葉憲二君(3年4組)を紹介したBS朝日のテレビ番組を紹介しました。そして本日も千葉憲二君の話。

BS朝日「オトナの社会科見学」では、2012年10月3日に憲二君がおこなった気仙沼での炊きだしの様子を紹介していました。そこにうつる澤井充君や臼井弘君の姿を見て、以前ブログで紹介した映像と同じだなと思いました。調べてみたら、2013年8月29日のブログ「憲二君の炊きだし」で、新横浜ラーメン博物館さんの公式映像を紹介していました。以下にその内容を再録します。


〈ちばき屋〉千葉憲二君が気仙沼で何度も行った炊き出しは、このブログでも紹介していますが、昨年(2012)10月3日の様子が新横浜ラーメン博物館の公式映像で〈気仙沼「かもめ食堂」復興までの道のり〉として公開されていましたので紹介します。2つのパートに別れています。

パート1(約11分)


パート2(約9分)


パート1では〈福寿水産〉臼井弘君(4組)が、2度目の炊き出しのときに一緒にラーメンを食べた82歳のお母様のエピソードを語っています。憲二君のラーメンを〈おいしい、おいしい〉と言って食べたあと、1週間もたたないうちに亡くなったというのです。笑ってはいけないのですが、〈憲二のラーメンのおかげで〉みたいな、弘ちゃん流のジョークも感じられます。憲二君が言うには、炊き出しのとき、何十年ぶりにあった息子の旧友憲二君の頬を〈憲ちゃん、憲ちゃん〉と言いながらなでたといいます。過去のブログを調べてみたら2度目の炊き出しは2011年6月11日。弘君のお母様が亡くなったのが6月16日ですから、5日後のことだったのですね。最後の美味しいラーメンだったかもしれません。

パート2では〈澤井製作所〉澤井充君(4組)のインタビューや〈市議会議長〉臼井真人君(2組)はじめ多くの同級生の姿がうつっています。気仙沼の人たちを応援しに駆けつけた憲二君。そしてそれに対して〈ありがとう〉と伝えるために出向いた多くの友人たち。映像を見て、ホント、同級生ってありがたいもんだなと、あらためて感じました。

2011年 6月23日ブログ「天寿をまっとうし」
2012年10月10日ブログ「かもめの炊き出し」


再録内容は以上です。市民会館の炊きだし映像のなかにうつる同級生の顔や姿。牧恵さんや典子さん、小春さんもいましたね。2012年10月3日のことだから3年前のこと。当時の雰囲気、空気感を少しだけでも感じていただければと思い紹介いたしました。

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かもめ食堂の憲二

このブログでもご案内した11月3日(火)BS朝日「オトナの社会科見学」をご覧いただけましたでしょうか。〈これぞ極上ラーメン〉というテーマだったのですが、同級生千葉憲二君(3年4組)の「かもめ食堂」再建への道のりが約30分にわたって紹介されました。

画面の写真で番組の流れを紹介します。(写真はクリックで拡大します)

まずはじめは、魚の仲買卸を営んでいたお父さんの喜一さんとお姉さんとうつる写真。そして昔の魚市場の前にあったかもめ食堂には、小さな頃に父親に連れられていき、思い出の味になりました。

1父と 2かもめ食堂

大学を卒業後は、名店「ざくろ」で修行。30代後半で高級日本料理店の総料理長をつとめた後、40歳でラーメン店「ちばき屋」を開きます。

3ざくろ 4料理長

そしてさらに、銀座で「まかない喜いち」も開き、今ではなかなか予約のとれない人気店に。そして震災。故郷気仙沼で数度にわたり炊きだしを行いました。写真は2012年10月の炊きだし。

5きいち 6炊きだしアップ

その炊きだしでの同級生澤井充君と臼井弘君のコメント。

7澤井 8弘

そして憲二君は気仙沼での「かもめ食堂」復活オープンを計画しますが、区画整理の関係で出店場所が手当てできません。そこに手をさしのべてくれたのが、新横浜ラーメン博物館さん。現地気仙沼での出店まで、同館で「かもめ食堂」を開いたらどうかと提案してくださいました。写真は以前にかもめ食堂があった付近を歩きながら話す憲二君。そして建築中の現場で指示をする画面に〈11月19日オープン〉の文字が重なります。

9海岸 10現場

ま、ほんのさわりということで。開店に向けて、いま憲二君は大忙しでしょう。前日にはプレオープンのレセプションがあり、ご案内もいただいておりますが出席がかなわず残念です。

なお、番組で紹介されていた2012年の炊きだしはつぎのブログでも書いております。
2012年10月10日ブログ「かもめの炊き出し」
そして震災直後2011年4月の炊きだしは、次のブログ記事に。この年は6月にも炊きだしに出かけています。
2011年4月28日ブログ「ちばき屋 憲二君の炊き出し」

11月19日は午前10時開店。当面の間は無休で店を開くとのことです。この気仙沼「かもめ食堂」帰郷オープンについては、またお伝えします。本日は先日の番組内容紹介のみということで。本日は金曜日。ホント一週間が早い。よい週末をお過ごしください。

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次回ちょいのぞき

10月22日のブログで、一般社団法人「リアス観光創造プラットフォーム」が企画する〈しごと場あそび場ちょいのぞき in 気仙沼〉を紹介しました。そしてこれに続き、11月14日・15日にも、新しい企画も盛り込まれて開催されます。

1114ちょいのぞきチラシ表HP用
「ちょいのぞき in 気仙沼」案内チラシ

概要を下に紹介しておきますが、私がとくに面白いなと思ったのは、〈海中貯蔵体験〉です。日本酒を海中に沈めて1年後にこの〈貯蔵酒〉をひきあげて飲むというもの。

先日の〈気仙沼を元気にする会〉でこの〈海中貯蔵酒〉を味わいました。まろやかな感じが増しているような印象。会場では、この企画に協力している(株)JTBコーポレートセールスの影山さんが、催しの説明とともに、熱心に試飲を勧めていました。気仙沼での観光をさらに魅力的なものにするための遊びや体験/アクティビティを机の上だけで企画するのではなくて、一生懸命に人と会って話して理解してもらう。〈仕事ってこういうことだよなあ〉と感じ入りました。

日時は11月14日(土)14:00~16:30。参加費用は一般5,000円 / 20歳未満3,000円で定員10名です。唐桑御殿つなかん(気仙沼市唐桑町鮪立81)に現地集合、申込締切は11月9日の16:00となっています。

以下、プログラムの概要を紹介しておきます。詳細や申込みについてはリアス観光創造プラットフォームのサイトをご覧ください。

一般社団法人リアス観光創造プラットフォームHP

「海中貯蔵の日本酒 !? &港のしごと場探検ツアー」

◎11月14日(土)

【酒蔵探検】男山本店
あの有名な気仙沼の酒蔵「男山本店」。地元産の米を利用した風味には定評があります。今は、しぼりたての新酒がとれる時期。お酒の製造工程の探検や特別に「ラベル貼り」も体験可能。

【海中貯蔵体験】男山本店&唐桑御殿つなかん
気仙沼市唐桑の海に、なんと、しぼりたての日本酒を1年間沈めて寝かせる、という海中貯蔵を探検。自分だけのメッセージを添え、船で沖に出て、養殖いかだに日本酒をぶら下げる、昨年貯蔵したお酒の引き揚げ体験、牡蠣剥き体験や、唐桑散策も。

【試飲会】男山本店(開催場所はK-port)
海中から引き揚げたばかりの日本酒などの飲み比べ。
会場はあの渡辺謙がつくったK-port。男山本店の菅原昭彦社長が日本酒解説を行います。唐桑で今日剥いたばかりの牡蠣のほか、簡単なおつまみを提供します。

◎11月15日(日)

【函屋体験】藤田製函店
魚の出荷に不可欠な発砲スチロールの箱。高さ8メートルも積み重ねられた箱を一気に持ち上げる姿が圧巻。そんな函持ち体験にチャレンジできます。

【氷屋体験】岡本製氷冷凍工場
氷屋で製造する氷は1個135キロ!マイナス10度の大きな冷凍庫に入ったり、氷を切断したり……。氷屋のしごと場を体感します!

【地魚寿司】流され寿司(開催場所は大政寿司)
震災で店を流された有志のすし屋でつくる「流され寿司握り屋衆」。
今回は、気仙沼の旬の地魚を使った「地魚寿司」を堪能していただきます。親方の復興にかける熱いお話も楽しみです。

◎お問合せ・お申込み先
気仙沼市観光サービスセンター(気仙沼観光コンベンション協会)
0226-22-4560

市外、県外からの観光客の皆様はもちろんのこと、気仙沼に住む人でもなかなか体験できないこれらの企画を、是非お楽しみください。

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祝!椹木さん受賞

10月30日のニュースで、美術批評家で多摩美術大学教授の椹木野衣(さわらぎ・のい)さん(53歳)が第25回𠮷田秀和賞を受賞されたことを知り、とてもうれしく思いました。

選評

水戸芸術館/第25回吉田秀和賞選評(pdf)の一部イメージ

受賞作品は「後美術論」(美術出版社刊)です。おぼえているかな、このブログの8月14日の記事で、椹木さんが雑誌「美術手帖」で気仙沼にあるリアス・アーク美術館の被災物展示が20頁にわたって論評されていることを紹介しました。美術手帖での現在の連載は、今回の授賞対象となった「後美術論」の第2部・流浪編。そうした、高く評価されている評論の対象に気仙沼のリアス・アーク美術館の名があるということを私はありがたく思ったのです。

上で紹介した画像は、𠮷田秀和賞の審査員のひとりである建築家磯崎新さんの選評の一部です。その中につぎの記述がありました。

「 このたびの著作『後美術論』のキーポイントは、後=ポストと美術=アートをくっつけたところです。記述されている様々な事件は過去半世紀にわたる、美術界と音楽界では鼻つまみとみられていた反社会的行為までを含むワイルドなパフォーマンスばかりです。それが著者自らの「好み」とみえます。べったりとその現場に踏み込んで叙述している。息もつかせぬ臨場感があります。あげくにこれまでの20世紀芸術の通説が動転し、崩壊がはじまる。これから何がうまれるのか、誰も説明できないところまでもその所在が示されています。」引用は以上

なるほど。気仙沼の津波被災物展示と〈モノ派〉の表現を重ね合わせるのも、まさに椹木さんの真骨頂というところでしょう。〈反芸術〉でも〈非芸術〉でもなく、〈後芸術〉か。あらためて、この著書、連載の表題がもつ深さに思いいたりました。

なお、吉田秀和賞は、水戸市芸術振興財団が主催する音楽・演劇・美術などの各分野における優れた芸術評論に贈られる賞。吉田秀和さんは、クラシック音楽が好きな方には説明不要でしょう。1988年に水戸芸術館の館長に就任しています。昨日は文化の日でしたが、吉田さんは2006年に文化勲章を受賞。2012年に98歳で逝去されています。

椹木さん、このたびの受賞、本当におめでとうございます。気仙沼出身者として、また多摩美に学んだひとりとしても大変うれしく思いました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

8月14日ブログ「高山登の教え子達」

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 椹木野衣 吉田秀和賞 後美術論

KSS42秋の懇親会

きのうに続いてイベントの報告です。KSS42(昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会)の秋の懇親会の様子を代表の小山達朗君(気中3年9組)が伝えてくれました。まずは添付されていた写真をご紹介。

026_20151102194047d84.jpg

048_2015110219404621b.jpg

以下、〈たっちゃん〉達朗君の報告メール。

〈 先日の土曜日10月24日、仙台地区の同年会「KSS42」秋の懇親会を開催。仙台市内のホテル茂庭荘を会場に25名の同年生が集まり芋煮会と温泉を楽しみました。

当日は三浦清安君(気中3年11組)が初めて参加し、中学卒業以来の再会になりました。清安君は車椅子での参加でしたが、久しぶりに会う同年生と会話が弾み、あらためてみんなの優しさと親しみを実感した素敵な一日でした。

また、都合で参加できない方やご家族からも本当に沢山の差し入れを頂戴しました。気仙沼の植木実君(9組)からは気仙沼「秋刀魚昆布巻」、盛岡の佐藤律子さん(3組)から果物が、大竹純子さん(4組)のご子息からお酒、杉山秀子さん(11組)のお姉さまから美味しいお団子、お新香は阿部純子さん、(8組)から、菊田裕美君(1組)は埼玉の銘菓を手土産に東京から参加してくれました。KSS42は同年生だけではなくそのご家族にも支えていただいていることに感動を覚えています。

会場の周囲には他のグループの方が沢山いましたが、お酒とゲームで賑やかに盛り上がった私たちが一番騒がしいグループではなかったかと後からですが心配になりました。本当に楽しい時間を賑やかに過ごすことができました。また、役員の皆様のご活躍にも心から感謝です。

バスで仙台駅に戻り、二次会はカラオケで大いに盛り上がり次回の再会を誓い散会となりました 〉達朗君の報告は以上です。

楽しい集まりだったようでなによりです。一昨日の〈気仙沼を元気にする会〉であった裕美君も〈とってもよい集まりだった〉と喜んでいました。写真にうつる三浦清安君の笑顔は、私の記憶にある清安くんの表情そのもの。よかった。

KSS42は、年に2回の集まりを持っているのですね。これまでの懇親会については、このブログでも紹介してきました。つぎのリンクでご覧いただけます。

2015春
2014秋
2014春
2013秋

なんかさ、それぞれの幼かった頃を知っているみんながたまに集まるっていいよね。〈ぜんぜんみんな変わってないね〉なんていいながら。本当はかなり変わってるんだけど、みんな一緒に歳をとっているせいか気づかないんだよ。ある種の相対性理論か(笑)。

いいんだかわるいんだか。そんなことを思うきょう文化の日です。

それから、きのうもお伝えした千葉憲二君がうつる本日のテレビ番組をもう一度紹介しておきますね。11月3日(火)19:00〜20:54のBS朝日「オトナの社会科見学」です。憲二君の「かもめ食堂」再建の道のりが紹介されます。是非ご覧ください。2時間番組の後半20:18頃からラストまでの30分間。どうぞ、よろしく。

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 KSS42

元気にする会報告

まずは明日のテレビ番組情報から。

◎11月3日(火)19:00〜20:54
◎BS朝日「オトナの社会科見学」
◎これぞ極上ラーメン

2時間番組の後半20:18頃からラストまでの30分間、同級生千葉憲二君(3年4組)の「かもめ食堂」再建の道のりが紹介されます。是非ご覧ください。

ここからが本題。きのう11月1日(日)は、東京で第8回「気仙沼を元気にする会」が開催されました。気中・気高などの同級生・同年生は6名が参集しましたが集合写真の撮影を忘れてしまった。残念。

今回は、「けせんぬま食フェスタ」ということで、水産加工品を中心に気仙沼産品を試食してもらおうという企画でした。写真で紹介します。

まずは菅原茂気仙沼市長から10分ほど気仙沼の復興などの現状をお話いただきました。

市長

気仙沼の食品がいろいろと並べられています。

撮影会

商品のなかには、同級生 植木実君(9組)のマルナリ水産〈秋刀魚昆布巻〉もありました。

植木君

各商品の説明や応援メッセージ。コヤマ菓子店の〈ハマグリもなかクッキー〉については、故 小山隆市君(6組)の三男アキヒロ君から。商品の説明だけでなく、長兄 裕隆君が独身なのでだれか良い人がいたら紹介してくださいというお願いも(笑)。

アキヒロ

ボランティア活動でしょっちゅう気仙沼を訪れてくれている早稲田大学の学生さんが会場を回ってお菓子を勧めていました。〈ハマグリもなかクッキー〉を手にしているのは菊田裕美君(1組)。

早稲田

そのほか多くの支援団体のみなさんの紹介もありました。写真は中目黒で気仙沼産品の販売を続けてくれている〈中目黒マルシェ〉の皆様です。

中目黒

なかなか全体の雰囲気が伝わらないと思いますが、まずは取り急ぎ。そして、会の様子は、上でも紹介したアキヒロ君のブログ〈またたび〉でも紹介されています。きょうが前編、あしたも続けて紹介されると思いますので、こちらも是非に。

ブログ〈またたび〉

今回も、会の企画・準備と運営を多くの方がお手伝いされていました。いつもありがとうございます。末尾になりましたが、お礼を申し上げます。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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