グランプリ不参加

2012年から、〈ゆるキャラグランプリ〉に参加してきた気仙沼市観光キャラクター〈海の子 ホヤぼーや〉は、今年の参戦を見送ることにしたそうです。気仙沼市が8月18日に発表しました。

市の広報資料では不参加理由を、〈ホヤぼーやにとって、今は「成長期」と捉え、グランプリへのエントリーは見合わせ、自分を磨くため、様々な取り組みを行うため〉としています。これまでの同グランプリでの順位などはつぎのとおりです。初回参加の2012年に総合865キャラ中26位が最高位でしたね。

ランキング
気仙沼市8月18日付け広報資料より

グランプリ参戦見送りの代わりの活動「アクティブ・ホヤぼーや作戦2015秋・冬」の内容が資料に記されていました。概要を紹介します。

◎ホヤぼーや専用の郵便番号登録

「988-8555 ホヤぼーや様」だけで手紙が届くという、キャラクター専用郵便番号としては全国初の試み。抽選で気仙沼の物産やオリジナルグッズが当たるそうです。11月15日消印までのものが対象。また、差出人全員にホヤぼーやからオリジナルイラスト年賀状が届きます。

◎一芸を身につけエンターネイナーの仲間入り

今は明かせないが、ある方に弟子入り志願中とのこと。

以上のほか、ホヤぼーや商品展の開催やマル秘企画も用意されているそうです。

今回のグランプリ不参加の決定、私はこれでよいと思いますよ。人口数の多い自治体キャラクターに対抗して上位にくいこむのはなかなか難しいし、応援するほうも結構大変なんだ、正直な話(笑)。

過去3回の〈ゆるキャラグランプリ〉で、多くの皆様からご支援をいただきました。(勝手ながら)ホヤぼーやに代わり、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
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ば!ば!ば!の場

社団法人「リアス観光創造プラットフォーム」は昨年8月から、地元気仙沼の魅力を市民みんなで再発見する取り組み「ば!ば!ば!の場」という活動を展開しています。

昨年8月の第1回「塩辛」から「漁師体験」「化石発掘」「漁師体験 2」「古地図」「凧(天旗)」と続き、本年5月の7回目は「気仙沼、再発見。」と題してのワークショップでした。

そして次回9月5日(土)は、拡大版「ば!ば!ば!フェスティバル」として、一日に5つのプログラムを同時開催。また、各プログラム終了後に参加者と体験や発見を語り合う「シェア会」も開催とのこと。参加資格は高校生以上で、各プログラム複数申込可能。

ばばば1
案内リーフレット表(クリックで拡大)

ばばば2
裏(各プログラム案内)(クリックで拡大)

◎応募〆切:9月2日(水)まで
◎参加費:各500円/人
◎お申込・お問合せ
気仙沼市観光サービスセンター
TEL:0226224560
メール:k-kanko@k-macs.ne.jp
◎主催:社団法人リアス観光創造プラットフォーム
ば!ば!ば!project

5つのプログラム概要を転載しておきます。

1.気仙沼スローフードの旅
〜サンマの佃煮を体験する〜
6:50~9:00 定員:15名
集合場所:海の市1F駐車場

2.「漁師の秘密に迫る!」
〜仕込んで、獲って、食べる!〜
8:00~11:30 定員:8名
集合場所:アサヤ気仙沼本社

3. 気仙沼スローフードの旅
〜階上いちごに出会う〜
8:50~12:00 定員:15名
集合場所:階上公民館前

4.GO!屋号!!
〜屋号から探る気仙沼の歴史〜
13:00~16:00 定員:20名
集合場所:紫会館

5.日本で二番目に美しい星空
〜ツリーハウスから眺める星空の物語〜
17:00~20:00定員:12名
集合場所:唐桑御殿つなかん

◎SHERE(シェア)会
〜日中に参加したプログラムについて参加者同士やスタッフ達と食事をしながら語り合う
会費:2000円
場所:唐桑御殿つなかん、蔵、ツリーハウス

気仙沼の明日を担う多くの人が企画・運営するこの〈ば!ば!ば!フェスティバル〉に、ぜひご参加ください。


リアス観光創造プラットフォーム公式HP
ば!ば!ば!の場 Facebook

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久君の奥様の訃報

きのう26日の午後4時、気仙沼高校で一年後輩の小野寺久(ひさし)君から電話がありました。彼は鹿折中学出身。〈おお、ひさしぶりだね。どうした、元気だった?〉との私の問いに、〈そうでもないんだよ〉と久君。奥さんの牧子さんが、8月23日の日曜日に亡くなったというのです。

震災の年2011年10月に東京・恵比寿で開催された〈気仙沼を元気にする会〉でひさしぶりに会ったとき、元気のない声で〈実は牧子が〉と、病が見つかったことを知らされました。

久君は東京大学の学生時代に、同じく東大生だった牧子さんと知り合いました。彼女は経済学部。久君はその後、京都大学の医学部に転じましたが、ときおり(牧子さんと会うために)上京し、私の三鷹のせまくるしいアパートに泊まることもありました。一度、牧子さんと一緒に三鷹を訪ねてくれたことも。そんなことで、おふたりの結婚式にも参列したのです。牧子さんは当時、三菱総合研究所に勤めていたと思います。

牧子さんは、2012年に著書『にほんご万華鏡〜人生を豊かにする閑字』を、そして今年1月にはその続編を、いずれも中央公論新社から上梓しています。久君は京都大学医学部の助教授をつとめた後、聖路加国際病院に招かれました。消化器センター長や外科部長などを経て、現在は教育研究センター長をつとめているようです。牧子さんのはじめての著書の帯に、同病院の理事長である日野原重明さんの推薦文がありました。これも久君が牧子さんをなんとか元気づけたいという配慮だったのかもしれません。

久君は震災の津波でお母様を亡くしています。そして今度は、愛妻を。せつないなあ。

通夜は本日8月27日(木)午後6:30より、聖路加国際病院 礼拝堂にて。葬儀は同会場で28日(金)午後1:00より。

小野寺牧子さんのご冥福をお祈りいたします。


牧子さんの著書の紹介記事は下記にて。
日本経済新聞1月31日配信記事
お母様の逝去については、つぎのブログに記しております。
2011年11月23日ブログ「喪中欠礼の葉書」


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カスタマレビュー

御手洗瑞子さんの『気仙沼ニッティング物語』が好評のようで、なにより。今度の土曜日8月29日には、気仙沼のメモリーズで御手洗さんのサイン会もあるとのことです。

私は『気仙沼ニッティング物語』をインターネット通販のAmazon(アマゾン)で予約注文し8月19日に手にすることができました。そして21日にこのブログで紹介したのです。

そのアマゾンには、〈カスタマーレビュー〉という投稿欄があり、掲載商品に対する意見や感想を掲載することができます。私は、21日にブログの更新を終えたあと、『気仙沼ニッティング物語』のカスタマーレビューをのぞいてみました。1本の掲載しかありませんでしたが、その内容を読んで驚きました。〈会社の理念には共感します(中略)が、もう少し買い手の事を考えた良心的な価格設定をお願いしたいです〉などと、長い文章が続いていました。そして、〈価格を再検討するのが難しいのであれば、アイデアはあります〉と、施策案も記すのです。

まあ、なんていうか悪意があるわけではないのでしょうね。しかし、本書を読んで書いているとも思えません。少なくとも、アマゾンで購入してはいない。幸いなことに、レビューを読んだ80人のうち〈参考になった〉と答えたのは4人。しかし、その4人への影響も気になる(笑)。そこで私は、2本目のカスタマーレビューを投稿することにしたのです。カスタマーレビュー初体験。

アマゾン

Amazonカスタマーレビュー当方投稿の一部イメージ(クリックでサイトにジャンプ)


私のレビュー内容を再録します。投稿者名はkechu20(気中20)。

◎商品を買えなくとも応援したくなる会社の物語

気仙沼ニッティングの起業から現在にいたる経緯は、同社設立のきっかけをつくった糸井重里さんの〈ほぼ日〉の「気仙沼ニッティング物語」でも概要を知ることができます。しかし本書を読んで、起業と経営にまつわる様々な苦労、というよりもまさに〈てんやわんや〉なストーリーを知ることができました。気仙沼ニッティングの手編みセーターは高価ではありますが、〈よいものを手頃なお値段で〉ということを志向している会社ではないようです。気仙沼の編み手さんに相応の報酬を支払い、かつ企業として継続していかなければならない。そうでなければ、会社を設立した(御手洗さんの言葉をかりれば〈種をまいた〉)意味がない。本書は、そうした100年以上の継続を目指す会社のごくごく初期の経営〈物語〉なのでしょう。
気仙沼ニッティングのセーターの最初の顧客は高倉健さんだったという話をネットで知りました。私もいつの日か、その顧客のひとりに連なることができたらと思いながらも、まだずいぶん先のことになりそうです。しかし、本書を読んで、そのずいぶん先までの会社の継続をかげながら応援していきたいと思いました。一読をお勧めします。(レビュー内容は以上)

自由な意見表明は結構なことで、1本目のレビューについても〈こんなことは書くべきではない〉と言っているのではありません。その内容を評価するのはあくまでサイトの利用者、読者です。ただ、いったん公開された内容はあとで修正することはできません。多くの人の目に触れて批評されること、場合によってはあきれられることのこわさというものをあらためて知ったのです。自戒。

この『気仙沼ニッティング物語』、気仙沼近辺の方はぜひ、宮脇書店さんやイオン気仙沼店の未来屋書店さんなど市内書店にてお求めください。そのほかの方はアマゾンにて、カスタマーレビューを参考にしてご注文いただければと。どうぞよろしく。



8月21日ブログ「種をまく仕事」

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熊谷育美ライブ!

きのう8月24日には、気仙沼港に今シーズン初のサンマが水揚げされたそうです。いよいよサンマのシーズンが始まりましたね。
そして、ここからが今日の本題。4月5日に気仙沼市民会館でのコンサート2015「PROCEED」をおこなった気仙沼の歌姫、熊谷育美さん。いよいよ来週の水曜日9月3日には東京の代官山LOOP(ループ)でライブ公演です。6月初めに開催内容が決定していましたが、まだ先のことと思っているうちに来週のこととなりました。

熊谷育美ライブ
オンラインチケット販売Peatixサイト画面より(画像クリックでジャンプ)

◎9月3日(木)
◎城南海×熊谷育美ライブ@代官山LOOP
◎日時:2015年9月3日(木)
◎18:30開場/19:00開演
◎場所: 代官山LOOP (東京都渋谷区鉢山町13-12 B1)

LOOP公式サイト

(紹介文)鹿児島は奄美大島生まれの奄美民謡「シマ唄」をルーツとし、抜群の歌唱力を持つ歌姫 『城南海』。そして、宮城県気仙沼市生まれ、在住のシンガーソングライター『熊谷育美』。聴く人のこころの奥に届く慈悲に満ちた歌声はどこか懐かしく優しい。そんな2人の歌声に酔いしれる一夜。

<チケット前売中>
前売:¥3,900
当日:¥4,400
※入場時にドリンク代が別途必要となります。

Peatix オンラインチケット販売サイト(整理番号付)
Peatixでの事前決済のみとなります。上記URLのPeatixのサイトから販売致します。チケット購入後のキャンセルやご返金は承っておりませんのでご注意ください。

お問い合わせ先:SLD Entertainment. Inc
TEL:03-6277-5032(月~土曜 12:00~19:00)

今回は、城南海(きずき・みなみ)さんとの2マンライブ。奄美大島生まれの城さんの歌は、奄美島唄をルーツとしているとのこと。奄美島唄については、以前このブログで、NHK-BSプレミアム〈新日本風土記〉のテーマ曲「あはがり」について書いたとき、朝崎郁恵(あさざき・いくえ)さんを紹介しましたね。

9月3日、木曜日。熊谷育美さんの歌声はもちろんのことですが、城さんのはじめてきく唄もたのしみです。皆さんとも会場でお会いしましょう。

3月30日ブログ「新日本風土記の桜」

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祝!武山櫻子受賞

第62回 河北書道展の近代詩文の部で、3年9組の武山美加(みゆき)さん(号 櫻子/おうし)が「東北放送賞」を受賞しました。平野秀明君(3組)がその作品の写真を、小山達朗君(9組)がコメントを送ってくれました。まずは作品写真から。

武山2
武山櫻子の書『水平線』(クリックで拡大)

つぎは、仙台在住でKSS42(昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会)の代表でもある小山達朗君のメール。

「 KSS42の小山です。育英高校は健闘しましたね。さて、河北新報社主催の第62回 河北書道展の近代詩文の部で、武山美加さんが、「東北放送賞」を受賞されました。早速ご本人に電話し、お祝いを述べました。16年間、毎年出品してやっと受賞できたことに、美加さんは大変うれしいと話していました。
展覧会は18日までなので16日に平野君と会場の藤崎デパートに出向き、作品を拝見しました。ただ上手すぎて私には詩が読めませんでした。美加さんにお聞きしましたので、皆さまにもご紹介します。

題:水平線

決して海を見ていた訳でもない
だからと言って空を見ていた訳でもない
かぎりなく交わることのない空と海
そのあいだに過去と未来が
ぼんやり見えるような気がした水平線

ケンイチの詩  櫻子

地方の書道展は意外に受賞が難しいと聞いたことがありますが、そうしたなかでの受賞です。美加さん本当におめでとうございました」達朗君のメールは以上です。

私も、この書の詩文を読むことはできませんでした。しかし、横長の紙の右側に筆の先を落として左に進めていくにしたがい、どうしてもその書が傾斜していく、身体性というのか一回性というのか、書のもつ呼吸のようなものを感じることができました。本人によれば〈情景・風景が見える詩文で、あっという間に仕上がった作品〉とのこと。

そしてこの詩文を読んでいて、〈ケンイチ〉さんって、誰だろうとの疑問がわきました。ネットで調べてみても〈松山ケンイチ〉情報ばかり(笑)。美加さんに問い合わせて、その回答にびっくり。日本一の焼き魚で知られる魚町〈福よし〉のご主人、村上健一さんだというのです。囲炉裏(いろり)で魚を絶妙の加減で焼くだけでなく、詩作もなさっていたとは。本当に驚いた。

そういえば、現在の〈福よし〉の場所は、美加さんのいとこでもある牧恵さん(11組)の実家〈昆東電気〉があったところ。小学校2年ぐらいのときに魚市場前に引っ越しましたが、あそこからの内湾の風景は、美加さんにとっても懐かしいながめだと思います。

今回の〈東北放送賞〉受賞で美加さんは、そんな内湾の風景をながめながら祝杯をあげたことでしょう。おめでとうございました。

2014年5月9日ブログ 櫻子「海と生きる」

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「種をまく仕事」

アマゾンに予約していた『気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社』(新潮社)がおととい届きました。気仙沼ニッティング代表の御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さんの新著です。一気に読了。気仙沼にとって、とてもありがたい一冊だと思いました。

気仙沼ニッティング
『気仙沼ニッティング物語』書影(帯付き)。帯の御手洗さんの写真は、先日このブログでも紹介した長野陽一さんの撮影です。

まずは本書の紹介文から。
「マッキンゼーのコンサルタントから、突如ブータンの公務員に。観光客を3倍にしブータン旋風を巻き起こした著者の、次の挑戦の舞台は震災後の気仙沼だった。被災地にとって大切なのは仕事をつくり出し、生活の循環を取り戻すこと。傷跡がまだまだ残る現地に単身入り、下宿しながら編み物会社を起業!会社は初年度から黒字となり、市に納税を果たすまでに。編み物で「世界のKESENNUMA」を目指し、毎日てんやわんや奮闘中」

『気仙沼ニッティング物語』はつぎの7章から構成されています。

1章 ブータンから気仙沼へ
2章 毎日が発見! 気仙沼生活
3章 編み物の会社を起ち上げよう
4章 恐るべし、気仙沼
5章 てんやわんやニッティング
6章 気仙沼ニッティングで学ぶ意外なあれこれ
7章 種をまき、木を育て、森をつくるような仕事

すべての章がやさしい言葉でとてもていねいに書かれています。そして私がとくに強い印象を受けたのが第7章です。小見出しをひろえば、種をまく仕事/編み手さんの望むこと/老舗の経営/幸せになる力/つつじの山を育てた人/豊かな森へ。

〈この気仙沼にこそ、100年続く会社をつくりたい〉と思っている御手洗さんはこの章で、自分ができることは〈種をまくこと〉だと記しています。そして、気仙沼の徳仙丈山(とくせんじょうさん)のつつじを育てた故 佐々木梅吉さんの話を紹介するのです。私はちょっと驚き、そして大変うれしく思いました。御手洗さんは、自らの役割を梅吉さんに重ねあわせてこう語ります。

「 震災後の東北に、働く人が誇りを持てる仕事を生み、人の暮らしのサイクルを取り戻す仕事をしようと考えたとき、それはトップダウンで成し遂げるのは難しい類のものであろうと思いました。むしろ、津波で多くが流されてしまったその土地に、種をまき、水をやり、木を育てて再び森をつくるような仕事なのだろうと。それは、佐々木梅吉さんのつつじの山と同じです。」

そしてつぎのように結びます。

「 いつか気仙沼ニッティングが、この地に深く根を張って、枝を悠々と世界に広げる立派な木に育ったとき、気仙沼の街全体にまた大きく豊かな森が広がっていますように。」

この御手洗さんの願いが、気仙沼の人はもちろんのこと、全国のひとりでも多くの方に届きますように。




佐々木梅吉さんと徳仙丈のツツジについては、以前このブログでも紹介いたしました。お手すきのときにでもお読みいただけばと。

2013年6月5日ブログ「徳仙丈のツツジ」

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鮪立防潮堤の詳細

8月13日のブログで、気仙沼市唐桑の鮪立(しびたち)漁港の防潮堤整備について、行政と地元住民側が合意したとの新聞記事を紹介しました。このことについて、気仙沼市議会議員の今川悟さんがご自身のブログで詳しく報告していますので承諾を受けて紹介します。

今川悟議員のブログ記事

まずは前回のブログでは白黒だった完成イメージと、計画平面図から。
(いずれもクリックで拡大)

カラーイメージ

計画図

今川さんの文章を一部引用します。
「 防潮堤問題に正面から向き合ってきた鮪立地区。当初は海抜9.9mの防潮堤を海岸線に張り巡らす計画でしたが、セットバックし、市道との兼用堤とした上に、高さも8.1mまで引き下げるまで県の妥協案を引き出していました。地権者らの意向で最後に浮上した一部無堤化案については、地域で賛否が割れていましたが、復興を進めるために歩み寄ることになったのです。(中略)

説明会で質疑した住民は計8人。避難道などについて意見が出ましたが、県の見直し案を支持する意見もあり、最終的には拍手によって承認されました。拍手による承認はいろいろ問題もありましたが、今回は大多数の人が賛同したことを見届けました。

24年夏の説明会から丸3年。鮪立地区は住民アンケートをしたり、代替案を模索したり、市に協力を呼び掛けたりといろいろな角度から防潮堤問題に向き合いました。最後の方は地域内で意見が分かれる場面もありましたが、いずれも地域を思ってのことだったので、ちゃんと納得のいく着地点を見つけられたのだと感じました。行政側も、それぞれの思いをくみ取った案をまとめたと受け止めています。」(引用は以上)

防潮堤計画の説明会のあり方について問題意識をもっていた今川さんが、説明会に参加した住民の大多数の賛同を見届けたということですので、まずはホッとしました。

私自身は、これでもまだ大きすぎるのではないかと感じていますが、それはあくまで外野の意見。地元住民の意見を分断させることなく〈着地点〉を見出した関係者の皆様の努力に敬意を表します。

8月13日ブログ「鮪立防潮堤は合意」

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サンマ船出船送り

8月17日(月)、気仙沼港でサンマ漁船団の〈出船送り〉が行われました。

出船送り
三陸新報8月18日配信記事より

三陸新報のネット配信記事を引用します。

「気仙沼港で17日、在港の大型サンマ棒受け網船の出船送りが行われた。気仙沼魚市場南岸壁では、大漁旗や五色の紙テープをたなびかせたサンマ船11隻が、市民や漁業関係者ら約2千人に見送られ、前線基地となる北海道に向けて一斉に出港した。
 市内の太鼓団体や鮪立、崎浜の両大漁唄い込みで景気づけした後、菅原茂市長や気仙沼漁協の佐藤亮輔組合長が激励。漁労長代表の第81豊清丸の中舘捷夫さんは「震災前のようなにぎわいと活気を取り戻すためにも、各船一丸となって気仙沼を応援していく。『気仙沼のサンマは最高だ』といわれるよう今年も本州一を目指して頑張りたい」と語り、船に乗り込んだ。(引用は以上)

この出船送りは、気仙沼の女性団体〈つばき会〉(高橋和江会長)の主催で、今年で6回目となるそうです。震災をはさみながら、こうした催しを継続、発展させるというのは簡単なことではありません。8日の三陸新報コラム〈万有流転〉でも、つばき会の皆さんの努力を讃えながら、〈つばき会が指揮を執る「サンマ船出船送り」は、確実に市民権を得ていた〉と結んでいました。

なお、記事によれば、大型サンマ船の漁は8月20日に解禁され、9月10日ごろには気仙沼に入港するとのことです。そして気仙沼に水揚げされたサンマがふるまわれる〈目黒のさんま祭〉、今年は9月20日(日)に開催されます。今年は20周年ということで、各種イベントを計画中とのこと。楽しみに待つことにいたしましょう。

カツオの水揚げの話題からサンマ船出漁の話題へ。気仙沼はそろそろ秋の気配が感じられる時季を迎えているようです。

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気仙沼の夢の食卓

雑誌『考える人』に掲載された長野陽一さんの写真と文〈おいしい気仙沼〉については、6月にこのブログでも紹介しました。そして8月1日放送のBSフジ「夢の食卓」で、長野陽一さんは気仙沼を再訪します。その内容をご紹介。

長野さんは昨年秋、季刊『考える人』2015年春号の取材で、気仙沼〈斉吉商店〉の〈ばっぱ〉こと斉藤貞子さんがつくるカツオ料理を撮影しました。カツオの血合いの骨煮。しかし、取材時にはそれをゆっくり食すことができなかったことを残念に思っていました。そこで、今回のテレビ番組取材でふたたび気仙沼を訪れることにしたのです。

長野 考える人
BSフジ8月1日放送「夢の食卓」より(クリックで画像拡大)

長野さんは、まず柏崎にある気仙沼ニッティングの〈メモリーズ〉に御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さんをたずねます。昨年の取材のきっかけも御手洗さんがつくってくれたようです。その後は〈磯屋水産〉へ。斉藤貞子さんが、カツオなど今夜の食材を調達。カツオの骨を余分にわけてもらいます。

斉吉商店に場所を移し、貞子〈ばっぱ〉の調理が始まります。カツオは刺身のほか、その骨や血合いなどをたくさんいれて醤油と酒、みりんなどで炊きます。長野さんに料理名を問われ貞子さんはちょっと間をおいて〈カツオの骨煮〉と答えますが、あらたまった料理名があるわけでなく、〈カヅオの血合いやアラだの骨だのを炊いだの〉といったところでしょう。貞子さんは〈鉄分があるので、昔は、妊婦さんなどに食べさせろといったもんです〉とも。

そしてみんなでの夕食。貞子夫妻のほか娘婿で斉吉商店代表の純夫さんやその息子さんたちと夕食を囲みます。斉吉さんに〈下宿〉している御手洗さんも一緒です。

左 右
右全体 御手洗

取材であることをあまり気にしていないかのような8人のリラックスした雰囲気がとてもいい。長野陽一さんは、飾るところのないきさくな印象。〈こういう人柄だからああいう写真を撮ることができるんだなあ〉と感じました。30分間の番組全体にそんな長野さんの人柄がにじんでいる、とてもよい番組でした。


私が小さなころは、家族4人での夕食でした。そして兄が気仙沼を離れ、私もいなくなると、父と母のふたりとなりました。それでもお盆になれば、昔のように。20年ほど前には私と兄の家族みんながそろい9人で夕食を囲みました。父は、まだ小さかった私の息子を隣に座らせて。うれしかったんだろうなあ。でも、兄家族がひきあげ、私たちも帰るころになるとなんか元気がなくなってきて。お盆が過ぎるとまた、夫婦ふたりの日常に戻っていったのです。今はなき魚町の家にみんなが集まっての夕食。父と母にとっては〈夢の食卓〉だったのでしょう。

6月24日ブログ「考える人の気仙沼」

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熊谷康雄君の訃報

15日のお昼前、菊田裕美君(3年1組)からメール。〈きょうの三陸新報に熊谷康雄君の訃報が掲載されています〉。デジタル版の紙面を見てみると、たしかにつぎの訃報広告が。

8月15日
8月15日三陸新報の訃報広告

13日に亡くなった熊谷康雄君(3年5組)とは何度か同じクラスになりました。文学が好きで、たしか詩をかいていたと思う。気仙沼高校のときには文芸部でした。

気仙沼郵便局につとめ、郵便配達などもしていたことを覚えています。30年以上前の夏、私が帰省し気仙沼の実家でゆっくりしているときに康雄君が配達に来て、〈あれ、帰ってだの。元気だったすか〉と声をかけてくれました。その中学のころから変わっていない木訥(ぼくとつ)な語り口をいまでも思い出すことができます。

クラスを確認するために気仙沼中学の卒業アルバムのあと、気仙沼高校のアルバムを開きました。3年3組。康雄君の隣には裕美君がうつっていました。そうか高校3年で同級だったのか。

本通夜は本日8月17日(月)午後2時〜7時(お勤め 午後5時)アーバンメモリアルホール田中前。葬儀は18日午後2時より同じくアーバンにて。喪主は息子さんでしょう。訃報には〈孫一同〉との記名もありました。やさしいお祖父ちゃんでもあったのでしょう。

永らく病気療養中だったという熊谷康雄君。そのご冥福を心からお祈りいたします。合掌

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高山登の教え子達

雑誌『美術手帖』6月号で、美術批評家の椹木野衣(さわらぎ・のい)さんが〈リアス・アーク美術館〉について書いています。椹木さんの連載『後美術論(ごびじゅつろん)』の第2部・流浪編の第6回〈事物としての「もの」から 未然の「ものもの」へと〉で、その内容は20頁にもわたります。7月にその掲載を知り読んではいたものの、なかなか紹介が難しく本日になってしまいました。

椹木さんは、震災後の2011年そして2013年6月に気仙沼を訪れています。いずれもリアス・アーク美術館の学芸員である山内宏泰(やまうち・ひろやす)さんを訪ねてのこと。

この評論で椹木さんは、同美術館の「東日本大震災の記録と津波の災害史」展の内容を紹介していきます。ときに広島の平和記念資料館や原爆死没者慰霊碑などについて触れながら。そして、展示被災物に付された山内学芸員によるキャプションについて考察しながら、〈かつての「もの派」による物語性、主観性を排除した「世界との出会い」にも接する問題が、ようやく、ここで芽生える〉と記します。

後美術論1
冒頭見開き頁/左下の写真 右はリアス・アーク美術館展示、左は広島平和記念資料館展示


「もの派」は、1960年代末から70年代初頭に現れた日本の現代美術の大きな流れをつくった美術作家たちやその表現とされます。素材をあまり加工せず、あくまで〈もの〉として見るものの前に提示するみたいな(と書きながら自分でもよくわかっていないのですが/笑)。

椹木さんは、〈被災物には、「もの派」における「もの」のような一回性、唯一性が存立しえない〉といいます。〈これらの展示や創作は、繰り返される運命にある「ものもの」として未来へと突き出されて〉いるとも。そして、〈私には、その展示の総体が、「山内宏泰」という美術家の作品に見えたのである〉。さらには、彼の師匠筋にあたる美術家、高山登の影をみたと続けます。椹木さんは、2010年に仙台で開催された高山登展「300本の枕木―呼吸する空間」の展示を思い起こし、リアス・アーク美術館の被災物のイメージを重ね合わせたのです。

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左頁下の写真 上2点は高山登展、下2点はリアス・アーク美術館展示

私が驚いたのはここからです。山内宏泰さんは、〈東京藝大を出たあと、「もの派」としての10年ほどの作家活動を経て、やがて1981年から宮城教育大学の教員となった〉高山登さんの教え子だったのです。調べてみると、2010年の高山登展に合わせて開催された、高山登に学んだ作家有志によるグループ展「反響する星々」の参加作家のなかに山内さんの名もありました。

さらに驚いたことがあります。同展への参加作家17名のなかに、斉藤道有さんの名があったのです。宮教大の美術の出身であることは存じておりましたが、〈もの派〉高山登さんの教えを得ていたとは知りませんでした。

斉藤道有さんは仙台で美術家として活動してきましたが、震災後に気仙沼市八日町の実家〈齊藤茶舗〉に戻り、地元の若者を中心に気仙沼の町を楽しみながら元気にする活動〈気楽会〉メンバーのひとりとしても活動しています。また2012年から毎年、「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの実行委員長や、「東北ツリーハウス観光協会」の事務局長もつとめています。

今回、道有さんと高山登さんの関係を知ったことで、震災後の毎年3月11日に気仙沼の内湾にたちあがる3本の光や東北で100棟の建設をめざすツリーハウスが、あえて〈作品〉とは言いませんが、彼の表現活動のひとつに思えてくるのです。

高山登さんの薫陶を得た山内宏泰さんと斉藤道有さんのおふたりが、気仙沼の地でそれぞれの表現の場を得て活動していることに、あらためて感慨をおぼえます。

なお、高山登さんは、退任記念展を経て東京藝大を退官後に制作の拠点となるはずだった気仙沼市本吉町のアトリエを、津波によって流されています。

最後になりましたが、リアス・アーク美術館の展示についての深い考察を、長文の論評としてまとめてくださった椹木野衣さんに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

2014年4月17日ブログ「震災記録展示図録」

  

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鮪立防潮堤は合意

今週は、ツリーハウスや〈大人の休日倶楽部〉のことなど、気仙沼市唐桑の鮪立(しびたち)地区の話が続きましたが、本日も。

鮪立の防潮堤整備について、8月8日に県の説明会が開かれ、住民側が最終的なゴーサインを出したということです。11日の三陸新報が〈住民合意し計画前進〉との見出しで報じています。29年度末完成を目指すとのこと。記事には、宮城県気仙沼地方振興事務所提供の防潮堤イメージが掲載されていました。

鮪立防潮堤イメージ
三陸新報8月11日記事より

記事を一部引用します。

「 鮪立漁港周辺には海抜8.1mの防潮堤が整備される計画。昨年9月に堤防の高さについて住民側が合意した後、配置計画について住民側と意見交換してきた。

住民側は集落全体を防潮堤で囲んで上部に市道(小鯖鮪立線)を通すよう求めたが、県は先月12日の説明会で、居住区域だけを防潮堤で囲み、住家がない西側部分を無堤化する計画案を示した。県の計画案を採用すると無堤化部分の市道を低地に敷設せざるを得なくなることなどから、住民側は「考える時間が欲しい」と結論を持ち越していた。

この日(注:8月8日)の説明会でも県は前回と同じ計画案を示し、出席した住民約50人に再度理解を求めた。住民側は、無堤化部分の市道もなるべく高くすることなどを求めたものの、配置計画そのものへの反対はなく、満場一致で合意した。」(引用は以上)

私は防潮堤の完成イメージを見て、驚きました。海抜8.1mの高さもさることながら、壁面というか法面(のりめん)が傾斜していて底辺が広がり、全体として巨大なものになっています。上部からの視点で作成された完成図ですが、地面から見たらどんな感じでしょう。

一昨年12月に鮪立出身で気高同級生 鈴木修君が送ってくれた震災前と震災後の鮪立漁港写真をブログで紹介しました。当時の防潮堤計画高は9.9m。その後の地元との協議で2m近く低くはなったのですが。鈴木君のメールでは〈外から見ているので無責任なことは言いたくない〉と抑制しつつ、巨大な防潮堤計画に疑問を呈していました。この完成イメージを見ていると、それを故郷の風景を懐かしむ郷愁、センチメンタリズムとかたづけるわけにはいかないでしょう。

平成30(2018)年3月末までに防潮堤が完成したとき、〈こんなはずではなかった〉と言ってもすでに遅し。そのときには、巨大なコンクリートの堤が鮪立湾を取り囲んでいるのです。

2013年12月27日ブログ「鮪立の風景を思う」

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まちなか再生計画

河北新報の8月8日配信記事によれば、気仙沼市は、東日本大震災で被災した内湾地区を対象とした「まちなか再生計画」策定に着手する方針を決めたそうです。地元商業者が検討するウオーターフロント商業施設整備などを盛り込んだ計画を本年度内に策定し、国の認定を目指すとのこと。

内湾まちづくり
河北新報8月8日配信記事より

河北新報8月8日配信記事

記事を引用します。

「 地元商業者の構想によると、ウオーターフロント商業施設は南町海岸沿いの市有地に計画する。敷地面積1300平方メートル。鉄骨3階で、スローフードレストランやバーなどの入居を見込む。市の土地区画整理事業が進む南町3区には、木造平屋の商業施設や駐車場の整備を検討する。

市は計画の認定を通じ、整備費の最大4分の3の補助が受けられる津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金の活用環境を整える。施設建設を担うまちづくり会社は、官民が出資する気仙沼地域開発(同市)の活用を見込む。

内湾地区では被災した商店の共同店舗が3カ所で計画されている。内湾地区復興まちづくり協議会の菅原昭彦会長は「内湾のにぎわいづくりには各施設を行き来できるような商業ゾーンの面的整備が必要」と話した。市は「民間の取り組みを後押ししたい」と策定を急ぐ考え。」引用は以上。

復興庁の資料をみると〈まちなか再生計画〉は、昨年の12月に女川町、そして今年3月に岩手県山田町、そして7月10日には石巻市が国の認定を受けています。

気仙沼市は、8月4日に市役所ワン・テン庁舎大ホールを会場に〈内湾地区景観・まちづくり検討会〉を開催しています。市の報道資料によれば、今後の内湾地区の景観を形づくる上で重要な「まちづくりのルール」を、今年度5回程度の検討会を通して、地域の方々と作成していきたいとのこと。

内湾の4地区では、災害公営住宅と店舗などが入る建物が着工しています。これらと、今回の〈ウオーターフロント商業施設〉の関係がどうなるのか、記事からは読み取れませんが、今後の検討会で協議されることになるのでしょう。なんとか国の支援を得られればと思う一方で、内湾のまちづくりの課題の多さと大きさをあらためて考えさせられました。

7月16日ブログ「内湾災害公営住宅」

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大人の休日倶楽部

今週は、夏休みをとって気仙沼に帰省している方も多いのではないでしょうか。本日紹介するのは、JR東日本の会員誌〈大人の休日倶楽部〉8月号の記事。〈この夏、誇りの海を旅する〉という全12頁の特集のうち6頁が気仙沼市唐桑の紹介にあてられています。

はじめの2頁は、鮪立(しびたち)で両親とともに牡蠣やホタテの養殖をおこなっている畠山政也さんらの〈養殖施設見学〉。そしてつぎの2頁で唐桑のお母さんたちで組織するサンフレッシュの会による〈郷土料理体験〉を紹介しています。(すべてクリックで拡大)

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最後の2頁は〈鮪立のまち歩き〉と〈大漁唄込体験〉。きのうのブログで紹介したツリーハウスがそばにある唐桑御殿の民宿〈つなかん〉や、崎浜大漁唄込保存会の皆さんの活動が紹介されています。

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紹介された〈からくわ体験観光〉の各コースは、唐桑町観光協会で予約できます。詳しくは下記の協会公式サイトにて。

唐桑町観光協会/からくわ体験観光

もう少し早く紹介すればよかったのですが、立秋を過ぎて本日になってしまいました。この東京の暑さのせいということで、どうぞお許しください。

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鮪立ツリーハウス

気仙沼市唐桑の鮪立(しびたち)にこのほどツリーハウスが完成しました。このブログで何度も紹介してきた東北ツリーハウス観光協会が立命館大学の災害復興支援室と連携し、同大学の学生の協力も得て制作を進めてきました。場所は、唐桑御殿の民宿「つなかん」の裏の桜の木の下。8月7日(金)には、完成を祝ってお披露目の会が催されました。その様子を8日の三陸新報が伝えています。

鮪立ツリーハウス

三陸新報8月8日記事の一部イメージ

記事の写真で窓の左側にうつっているのは〈東北に100のツリーハウスを作ろう〉というプロジェクトの発案者でもある〈ほぼ日〉の糸井重里さんでしょう。その左下は、協会の事務局長をつとめる八日町〈齊藤茶舗〉斉藤道有さんだと思います。

同協会のブログによればこの鮪立のツリーハウスは通算6棟目となります。三陸新報の記事では5棟目としていますが、着工と完成の時期の違いによるものでしょう。気仙沼では現在、落合地区の廿一(にじゅういち)でもツリーハウス建設が進められています。

三陸新報の記事では糸井さんがつぎのように語っています。「協会が造ったツリーハウスのうち、海が望めるのは今のところ鮪立だけ。地域にとって自慢のスポットになればうれしい。ぜひ多くの人に訪れてもらいたい」

糸井さんは7日、〈ほぼ日〉のご自身のコラム〈今日のダーリン〉で、鮪立のツリーハウスを紹介しながら、その完成を見ることなく7月24日に亡くなった〈つなかん/守屋水産〉のおばあちゃん、菅野あや子さんのことを記していました。お披露目のあった日8月7日は気仙沼の〈七日日/七カ日/なのかび〉。親しくしている家の初盆を迎える〈新しい仏さん〉を拝みにいく日でもありました。

唐桑の鮪立湾、そして向こうには大島の亀山を望む桜の木の下のツリーハウス。ぜひ、唐桑を愛するひとたちの良き〈スポット〉として育ってくれればと。

東北ツリーハウス観光協会公式サイト
東北ツリーハウス観光協会Facebook

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大正の気仙沼映像

2日連続して、八日町の昔の風景を紹介しました。一昨日のブログが大正11年、昨日のブログが明治末のころ。

そして一昨日の大正11年の風景は2枚とも、『けせんぬま写真帖』に掲載されていた〈本吉郡物産共進会〉の写真で1枚目は気仙沼市史にも転載されています。そして、気仙沼商工会議所が発行した『けせんぬま写真帖』は、大正11年に制作された記録映画の映像を中心に紹介したもの。この映画については2013年4月に2度に分けて書きましたが、ご覧になっていない方がいるかもしれないなと思い再び紹介いたします。


『気仙沼港 実況』(大正11年/1922年制作)約30分間

この記録映画のタイトルは「気仙沼港 実況」。大正11年(1922年)に広野貞助さん(3代目広野太兵衛)が〈ミドリ会〉(翠会)として制作したものです。気仙沼市長もつとめた〈麻屋〉(現・アサヤ)広野善兵衛さんのお兄様です。気仙沼高校で国語教師だった広野武蔵先生の父上でもあります。

久しぶりにこの映像を見て感じるのは、当時の気仙沼の繁栄と活気です。気仙沼の名士をはじめ商家や医家などの家族が登場しますが、その贅沢な雰囲気には驚かされます。この映画制作に協賛した商店が紹介されているようです。

それにしても、この83年前の映像を見ていると、三陸の豊穣な海がもたらした富の蓄積のとてつもない大きさを感ぜずにはいられません。30分と少し長いのですが、休日にでも是非ご覧いただければと。

この映画にまつわる話は下記のふたつのブログをご覧ください。

2013年4月15日ブログ「大正11年の気仙沼」
2013年4月16日ブログ「気仙沼港 実況」

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明治末頃の八日町

東京はとにかく暑い。きょうも35度超えは確実で、7日間の連続猛暑日とのこと。この暑さ、気仙沼も同様のようで、きのう5日は36.4度を記録。日本列島が、とんでもないことになっているようです。

さて本日も気仙沼市八日町の話題。きのう紹介した写真は、大正11年の本吉物産共進会の祝賀風景でしたが、〈お日市〉の最盛期だった明治時代の八日町の写真はないかと思って調べたら、『目で見る気仙沼の歴史』(気仙沼ライオンズクラブ/昭和47年発行)に〈明治末の八日町通り祭〉という写真がありました。(右上に少しうつっているのは他の写真です)

明治末八日町
『目で見る気仙沼の歴史』より

説明文には、〈漁業組合が出した山車。組合長横田金兵エ宅(八日町)前〉とあります。〈明治末の八日町通り祭〉と書かれているだけですか、これが〈お日市〉なのではないでしょうか。

気仙沼市史(第4巻)によれば、気仙沼漁業組合は明治36年に設立され、その初代組合長が、横田金兵衛(4代目/本名は佐助)です。現在の八日町〈横田屋〉にもつながります。市史は金兵衛について〈現港町の丘陵中腹で海産問屋、缶詰工場、鰹節製造も経営。明治44年には組合の名義で動力船〈鼎丸〉を建造したが、同船は初航海で行方不明となった〉と記しています。

しかし、この写真の山車のすごいことといったら。きのうのブログでも紹介した〈東京などから職人をよび、趣向をこらした山車をつくり〉という説明文どおりですね。

この写真が『目で見る気仙沼の歴史』に掲載されているのは知っていたのですが、その背景を知ることなくながめておりました。八日町〈お日市〉をきっかけにして、気仙沼の明治末の歴史と風景に触れることができました。

8月5日ブログ「大正時代の八日町」

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大正時代の八日町

みなとまつりの一週間前、7月25日に気仙沼市八日町で催された〈お日市〉は、多くの人が集まったようでなによりです。この〈お日市〉の開催にあたってのクラウドファンディングによる募金活動はこのブログでも紹介しましたが、目標20万円に対し、24万1000円のサポートがありました。

私は、そのクラウドファンディング〈Makuake(まくあけ)〉のプロジェクト紹介画面に掲載されていたつぎの写真を見て、ひとつの疑問をもちました。〈祝〉の文字や日の丸の提灯など、八日町の愛宕神社の祭礼とはちょっと違うのではないかと。

八日町2

調べてみたら、このブログで何度も紹介している商工会議所が昭和52年に発刊した『けせんぬま写真帖』に同じ写真がありました。そして同じページのつぎの写真には〈大正11年本吉物産共進会の祝賀風景〉との説明文がありました。

大正11年の八日町

こっちの写真は、撮影地点が八日町よりバックして三日町あたりから撮ったという感じですね。正面にうつっているのは横丁山。森田内科方向です。大正11年は1922年、93年前。翌年9月1日には関東大震災がありました。

『けせんぬま写真帖』では、上に紹介した写真のページに八日町〈お日市〉の説明文を記しています。そのために、本吉物産共進会の祝賀風景があたかも〈お日市〉の風景のような印象も生んでいるのです。その説明文を引用します。

「八日町・愛宕神社の例祭を「お日市」といった。旧暦の6月23日の宵まつりを皮切りに、7日もつづいた。大きな軒提灯がズラリ並び、風刺画がつるされた。着飾った人々がぞろぞろ繰り出し、当時人気の“白玉水”が大いに売れたという。呉服などの大きな店が、東京などから職人をよび、趣向をこらした山車をつくり、町々へ繰り出し、それが呼びものとなった。その、明治はもはや遠くなりにけり、である。」(引用は以上)

この説明文を読むと、明治時代の最盛期にお日市がいかに華やかな祭だったかがわかります。気仙沼の繁栄がしのばれます。それと同時に、八日町商店街の方々の、〈お日市〉の名のもとにかつての街の賑わいを取り戻したいという、切実な気持ちもしみじみと伝わってくるのです。

7月21日ブログ「八日町「お日市」

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かつおの日の制定

7月29日に〈気仙沼かつおの日〉制定に向けた動きを紹介しましたが、翌30日には、三陸新報がトップ記事でこの話題をとりあげていました。

三陸かつおの日
三陸新報7月30日記事の一部イメージ

29日のブログでは河北新報の記事を紹介しましたが、準備委員会の構成などは三陸新報の記事が詳しいので、以下に引用します。

「 気仙沼商工会議所水産流通部会(小山修司部会長)は、来年から8月1日を「気仙沼かつおの日」に制定するため、準備委員会を立ち上げた。気仙沼が生鮮カツオ18年連続水揚げ日本一を全国にPRするとともに、市全体として取り組み、まちの活性化の起爆剤にしたい考えだ。

準備委員会は、小山部会長を中心に気仙沼商議所水産流通部会員で構成する。小山部会長によると、「かつおの日」の制定は、震災前から部会内で話が出ていたが、震災で一時中断していた。

「気仙沼かつおの日」を8月1日に、その日を中心にした前後1カ月間を「気仙沼かつお祭り」期間にする予定。震災に対する全国からの支援、震災後も続くカツオ一本釣り船、巻き網船の水揚げに感謝するとともに、鮮カツオの連続日本一への気運を高めたい……との思いを込める。準備委員会では来年の制定に向けてポスターやのぼりを作成した。市内の観光施設などに貼り出し、観光客や市民への周知を図る。今年8月1日には「海の市」で料理教室を兼ねて、カツオの刺身約800食を振る舞うことにしている。

今後、市や県などの行政をはじめ、商議所観光サービス部会や小売業部会などに働きかけ、観光と水産、市民が一体となったイベントなども検討。合わせて日本記念日協会への申請も視野に入れている。

小山部会長は「カツオが来て当たり前のように思われている。カツオ水揚げ18年連続日本一はすごいことだが、全国的にはあまり知られていない。カツオのまちをPRし、20年、30年と日本一が続くよう、気運を高めていきたい」と話していた。」(引用は以上)

冒頭に紹介した記事の写真。ポスターと一緒に、白髪のカツオ一本釣りの船頭さんがうつっていると思ったら修司君でした(笑)。かなり力が入っているようです。来年の正式な制定に向けて、ぜひ同級生の皆様、関係者各位の応援を得たく。どうぞよろしくお願いいたします。

7月29日ブログ「気仙沼かつおの日」

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大島防潮堤再検討

土日の気仙沼みなとまつりは無事終了したみたいでなによりです。参加者、関係者の方々お疲れさまでした。ご苦労さまでした。

さて、気仙沼大島の小田の浜に計画されている防潮堤の工事内容が再検討されることになりました。河北新報が8月1日に伝えています。

河北 防潮堤

河北新報配信記事の一部イメージ(画像クリックでジャンプ)


配信記事を引用します。

<防潮堤>気仙沼大島の入札公告取り下げ

 宮城県が発注する気仙沼市の離島・大島での防潮堤災害復旧工事で、入札公告の取り下げを決めたことが31日分かった。環境省の「快水浴場百選」に選ばれている小田の浜の防潮堤計画をめぐり、地元住民から説明不足を指摘されたため。今後は住民と話し合い、工事内容を再検討する。

 県気仙沼地方振興事務所によると、工事は東日本大震災で被災した田中浜、小田の浜、への浜、温浜の4カ所の防潮堤を原形復旧する内容で7月17日に公告。条件付き一般競争入札で8月3日まで入札参加を受け付け、6日に開札の予定だった。
 県の担当者は、ことし2月に開かれた地元説明会で住民合意を得たと認識。入札公告をしたが、地盤沈下した小田の浜の防潮堤を原形復旧するには約1メートルの堤防高のかさ上げが必要で、地元から「防潮堤の形状に関する話し合いが不十分」と指摘を受け、公告の取り下げを決めた。入札関連はいったん見直す。
 同事務所農林振興部は「住民に丁寧に説明すべきだった。小田の浜の計画は時間をかけて住民と話し合いたい」と説明した。
 気仙沼大島観光協会の白幡昇一会長は「県の計画は砂浜に壁をつくるようなもの。小田の浜は大島の大切な観光資源なので、利用客に支障がないものを目指したい」と話した。(引用は以上)


この記事内容にはよくわからないところがあります。たとえば〈地盤沈下した小田の浜の防潮堤を原形復旧するには約1メートルの堤防高のかさ上げが必要〉という記述。それは高さ何メートルの防潮堤のことなんだろうか。

そう思っていたら、きのう8月2日の三陸新報の記事に記述がありました。〈既存の防潮堤の上に直立式のコンクリートで1mほどかさ上げし、海抜3.4mの高さにする〉。なるほど。

昨年、このブログでも紹介しましたが、2014年2月に、小田の浜と田中浜の防潮堤について、県は海抜11.8mの建設計画を見直し、小田の浜は3.5m、田中浜は3.9mの原形復旧にとどめる方針を示しました。河北、三陸新報の両記事では、県としては今年2月の地元説明会での住民合意が得られたと判断したとのことですが、この辺の確認が不十分なのでしょう。三陸新報によれば、小田の浜の防潮堤は延長473mにわたるとのことです。

なお、入札公告取り下げは、田中浜、小田の浜、への浜、温浜の4カ所です。この措置が大島のほかの地区に波及するのかどうか。大島の住民だけでなく、私たちも関心をもって見守りたいと思います。

2014年2月17日ブログ「大島防潮堤見直し」

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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