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60年前の出船送り

きのうのブログで、4日放送のNHK「目撃!日本列島/かあちゃん笑って!笑って!~島に笑顔がもどる日まで」を紹介しましたが、本日も気仙沼大島の話です。

下の画像は、〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダー3月4月の写真。

浦の浜出船

〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダーより

キャプションは〈大島浦の浜から出漁するマグロ船と見送る家族たち〉(昭和30年頃)と記しています。私たちが3歳か4歳ごろという計算になります。もうちょっと後のような感じもするのですが。漁船名は〈健勝丸〉。

大きく手を振る船上の男たちに、手を振り返すご婦人たち、奥さんやお母さんがたでしょうが、その服装に時代がみてとれます。もんぺに割烹着、背中には赤ん坊。地面に束ねられた枝木の上には風呂敷包みが置かれています。

左側には男の子がふたり。乗組員の息子さんか、それとも近所の子どもたちでしょうか。勝手な想像ですが、手を振っていないことが、かえって別れのせつなさを感じさせます。〈父ちゃん、早く帰ってこねがなあ〉

この写真を見ていて、29年前1986年に放送されたNHKテレビ「ぐるっと海道3万キロ」シリーズ「父さんがケセン語」の1シーンを思い出しました。魚町の一学年先輩〈ヤマジュウイチ〉佐藤秀一さんが遠洋の漁船に送り届けるビデオレターを撮影します。その中でひとりの老母が、息子の名を呼んだあと、カメラにこう語りかけます。〈元気にやってだすか〜。こっちはみんな元気でやってっからね〜。大漁(だいりょう)してだいよ〜。待ってっからねえ〜〉

それが近海であろうと遠洋であろうと、航海の安全と大漁を願いながら船を見送り、見送られる。今も昔も、出船の時の気持ちに変わりはないでしょう。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 ぐるっと海道3万キロ

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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