川島秀一著書 書評

3月29日(日)の読売新聞書評欄に、このブログでも紹介した川島秀一さんの著書『安さんのカツオ漁』の書評が掲載されました。評者は東京海洋大准教授の濱田武士(はまだ たけし)さん。濱田さんは、『漁業と震災』『日本漁業の真実 』『福島に農林漁業をとり戻す』などの著書がある漁業経済学者です。

書評イメージ
3月29日読売新聞記事の一部イメージ

全文引用します。

「 本書は土佐カツオ一本釣り船の船頭だった青井安良さん(安さん)の半生を通して厳しい自然環境の中で生きる現代の人間の姿を映し出す。

 カツオは太平洋を大回遊する。それを追うカツオ船は土佐の船であっても三陸など各地の漁港に水揚げする。一方でカツオ漁はまき餌となる活きたイワシが必要なので、それを仕入れる餌買が全国の浜を巡り続ける。カツオ漁はイワシ漁がなければ成り立たないのだ。またカツオの群れ(=ナブラ)は鳥、流木、ジンベエザメなどに付いているから漁の時それら付物を探すが、最新鋭の技術が導入されていてもナブラとの遭遇は勘に頼らざるを得ず、今でも神頼みである。カツオの豊漁を祈る神事が現存するのも納得だ。

 安さんは言う。漁仕事は辛いが、豊漁だったときの喜びは他に代え難いと。この漁師の喜びは、おそらく漁の原動力。カツオの食文化の土台でもある。また著者の故郷であり、復興最中の宮城県気仙沼に希望の灯をともしている。

 現代でも自然を敬い、そこで力強く生きる人々がいて、我々の食がある。この理解を深める良書だ。」引用は以上。

安さんの言葉を引いて評者の濱田さんは、漁師の喜びが漁の原動力であり、復興さなかの気仙沼に希望の灯をともしてもいると記しています。本書を〈良書〉であると評す濱田さんの文章がとてもうれしい。

読売新聞では2012年6月にも秀一さんの『津波の町に生きて』を紹介してくれました。私は、朝日新聞の書評欄に『漁撈伝承(ぎょろうでんしょう)』についての書評が掲載されているのを見たときのことを思い出します。同じ気仙沼市魚町で育った一年後輩になる秀一さんの仕事が評価されたことがとてもうれしかったのです。その切り抜きが今も手元に残っています。2003年のこと。あれからもう12年がたちました。

2012年6月21日ブログ「川島秀一さん3」

『安さんのカツオ漁』は冨山房インターナショナルからの発刊で、定価は1800円(税別)。気仙沼市内書店か下記AMAZONにてお求めください。

スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 川島秀一 安さんのカツオ漁

新日本風土記の桜

各地から桜開花の知らせが続いています。寒い季節を経て待ちに待った春の到来。そんななかの先日、録画しておいたNHK-BSプレミアムの〈新日本風土記〉を見ていて、週明けはこの番組のオープニング映像を紹介しようと思いつきました。私は、桜がとてもうまく使われているこの映像が大好きなのです。たとえばこんな感じ。満開の桜に〈日本人の〉、〈記憶〉、と文字が重なっていきます。そして〈一瞬の夢〉〈千年の美〉と続きます。

新日本風土記2
「新日本風土記」画面イメージ

番組の冒頭は、各週のテーマに合わせた松たか子さんのナレーション(これもなかなかいいんだ)と本編内容のダイジェスト映像。その後に番組のテーマ曲と共にオープニング映像が始まります。

テーマ曲は「あはがり」。奄美島唄の唄者(うたしゃ)朝崎郁恵(あさざき いくえ)さんのオリジナル曲です。朝崎さんは1935年生まれで奄美島唄の大ベテランとのことですが、これが素晴らしい。なんていったらいいんだろう、古くて深い記憶を呼び起こされるような感じがして、いつもグッとくるのです。YouTubeにフルバージョンがアップされていました。まずはお聴きください。



〈新日本風土記〉のオープニング映像では、人生を回想するようないくつかの場面が展開されるのですが、桜のイメージが効果的に使われています。たとえば、桜の花の向こうで、小学校に入学する子供の写真を撮るお父さん。そして満開の桜の老木に向かって山道を歩く老いた夫婦。その右側には墓石。といった具合。

映像は番組をみてもらうしかありませんね。毎週金曜午後9:00〜9:59。
4月3日(金)は〈上野〉です。これもよさそうだ。是非に。

グッとこなかったらどうするって。どこか体の具合が悪いんじゃないでしょうか。病院にいって健康診断をお願いしてください(笑)。


念のためYouTubeにあがっていた〈新日本風土記〉動画のリンクをはっておきましょう。〈あはがり〉は、1分20秒ぐらいから静かに始まりますが、冒頭に紹介した〈満開の桜クライマックス〉は3分30秒あたりです。
NHK〈新日本風土記〉鯖街道(YouTube)

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 新日本風土記 朝崎郁恵 あはがり

全盛期の魚町風景

今月はじめに届いた気仙沼の情報誌『浜らいん』の2015年春号。特集「気仙沼 ALWAYS」の第2回〈気仙沼、港町物語〉がとても面白かった。気仙沼の漁業発展の歴史が6頁にわたってわかりやすく解説されています。まずは、はじめの2頁に掲載されていた写真を紹介しましょう。

全盛期の内湾
『浜らいん』2015年春号/Vol.27pより(クリックで拡大)

写真には〈漁業全盛期を迎えた昭和40年代始めの魚町内湾〉とのキャプションが付されています。私たちが中学か高校生のころでしょう。写真を横切る3本の線がなんなのかわかりませんが、この角度からの写真は珍しい。これぞ我々がよく知る全盛期の魚町の風景。

この写真のほか、大漁時に船主から船員たちに配られたご褒美というか記念品の変遷について、つぎの記述がありました。

「明治・大正時代、船が大漁をすると大漁旗を掲げて港に帰ってきました。寒い冬の漁には半纏(はんてん)を羽織り、漁に出ていました。その年に大漁をすると船主は記念に自分の屋号を入れた半纏を配りました。船主の看板とも言える屋号が入っている事から「大漁看板」と呼ばれ、現在、唐桑町では鮪立地区と崎浜地区の二つの保存会が当時の大漁唄い込みと共に保存活動をしています。(小田注:大漁看板は、大漁看袢のことと思います)

この大漁看板は時代と共に家具、そして白物家電、現金と移り変わっていきますが、家具が配られた時代には関東の工場から専用の貨車で気仙沼の鹿折駅まで運び、そこから日通のトラックで各家庭に運んだそうです。気仙沼の家具屋さんが名実共に東北一の販売数を誇った時代でした。そんな売上げをしていた事から岩手県の家具店が相次いで気仙沼に出店、気仙沼に家具店が多くなった由来なのです。ろくな家具がなかった昭和30年代の船員宅には今でも家具の裏に「○○丸大漁記念」と書かれた家具が残っているかも知れませんね。」引用は以上。

大漁時の船主からのご褒美が〈半纏〉から〈家具〉へと変遷し、気仙沼の家具屋さんが東北一の販売数を誇っていた時代があったとは。知らなかったし驚いた。この時代の説明文は〈多くの若者たちが夢を描いて海に出ました。漁船員が独身時代に家を建て、町を盛り上げた時代です〉と結ばれています。

〈そんな時代もあったね〉と、気分はほぼ中島みゆき。だから今日はくよくよしないで、今日の風に吹かれましょう(笑)。


情報誌『浜らいん』は気仙沼市内の協賛各店で無料配布されています。定期購読等については、下記のホームページをご覧ください。

『浜らいん』公式ホームページ

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 浜らいん

目黒の「桜まつり」

先週の金曜日3月20日、佐々木徹君(3年1組)から電話。毎年、東京・目黒でおこなわれる〈桜まつり〉の日程が決まったとのこと。今年も会場では〈あさひ鮨〉をはじめ気仙沼産品の物販も行われます。

そして、今週の月曜日には東京でも桜の開花宣言がありました。例年より3日早く、去年より2日早い開花です。ちょっと早いかな。4日までなんとか桜の花がもってくれるといいんだけど。

◎第11回目黒イーストエリア・桜まつり
◎4月4日(土曜日)・5日(日曜日)
 10:00〜19:00(雨天決行)
◎田道広場公園
(目黒区目黒一丁目25番8号)

会場は目黒のサンマ祭と同じ〈田道広場公園〉。JR目黒駅の西口を出て、400mほど坂を下っていくと目黒川にぶつかります。橋を渡る手前を右折して300mぐらいいくと田道広場公園です。目黒駅の改札を出て左側が西口です。

〈あさひ鮨〉佐々木徹君も上京しますので、私も裕美君らを誘って花見に行きます。4日(土)12:00にJR目黒駅中央改札を出たところで待ち合わせです。ご一緒できる方はぜひどうぞ。

きょうの気仙沼は昨日までの寒さがウソのような〈春の陽気〉とか。なによりです。東京も晴天。昼はそこそこ暖かいのですが、夕方になるとめっきり気温が下がります。どうぞ体調管理に気をつけてお過ごしください。本日はこの辺で。ごきげんよう。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 目黒イーストエリア・桜まつり

気仙沼の真央さん

本日紹介するのは、きのう公開された住友生命WEB限定スペシャルムービー〈気仙沼ゲストハウス“架け橋”〉。浅田真央さんが気仙沼を訪れたときの映像です。



真央さんは住友生命の「ヤングジャパンアクション」で2月22日に気仙沼を訪れました。このプロジェクトは、浅田真央さんをリーダーに迎え、若者が考える社会の課題を解決するアクションの支援を行っていくことを目的としています。そしてこの目的に合致した活動を募集し、3つの団体が大賞に選ばれました。そのひとつが、〈気仙沼ゲストハウス“架け橋”〉なのです。

この団体は、気仙沼の階上(はしかみ)地区波路上後原(はじかみうしろばら)にある空き家を改修し宿泊場所として提供、長期ボランティアの学生と地域をつなぐ活動を展開しています。紹介した映像の中、安波山で真央さんに説明しているのは、管理者代表の田中惇敏さんだと思います。震災の年に九州大学に入学しましたが、休学して気仙沼に住み活動しているそうです。

2月に浅田真央さんが気仙沼で植樹をおこなったというニュースはテレビや新聞で知ってはいましたが、その背景にこの〈気仙沼ゲストハウス“架け橋”〉や住友生命の社会貢献活動があったとは知りませんでした。

こうしてブログを書いていていつも思うのは、私たちの知らないところで、本当に多くの方々が気仙沼を支援してくれているなあということです。住友生命さんにもお礼を申し上げます。ありがとうございました。

なお、本日3月25日から住友生命の新TVCM「ヤンクジャパンアクション2015 活動」篇が放送されます。この中にも気仙沼での活動の様子がうつることでしょう。上記の映像やTVCMで流れる曲は、Mr.Children の新曲「街の風景」です。

気仙沼ゲストハウス"架け橋"HP
住友生命「ヤンクジャパンアクション」HP

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 ヤングジャパンアクション 気仙沼ゲストハウス“架け橋”

千田さん創業の時

きのうに続いて、宮城三菱自動車販売の千田満穂会長の創業50周年記念誌『不倒五十年 つぶれずに……』の紹介です。

社史表紙
記念誌の表紙と裏表紙。

記念誌の冒頭、千田会長は〈ご挨拶〉をつぎのように始めています。

「私が初めて気仙沼の地に足を踏み入れたのが、昭和25年3月25日、12歳の年でした。最終の巡航船に乗り遅れて、真っ暗な山道を歩き続け、これからお世話になる唐桑の御崎にある家に着いたのが夜11時を過ぎた頃でした。まだ12歳になったばかりの手を震わせ、寂しさで涙が止まりませんでした。この時はまだ、ここが私の生涯の地になろうとは夢にも思わなかったわけです。(後略)」

この挨拶文の後に、気仙沼三日町に千田自動車センターを開業した当時の写真が掲載されています。左頁の写真で店の前にうつっているのが26歳の千田さんです。右頁では、千田さんと苦楽を共にし、いまは宮脇書店気仙沼の社長もつとめる奥様 紘子さんとご一緒に。

創業時写真
左頁は昭和39年6月8日千田自動車センター開業時写真(クリックで拡大)

創業時の写真の下に記されている文章を全文引用します。

「昭和13年に岩手県釜石市に生まれ、唐桑町で幼少期を過ごした後、大東町に移りました。中学を出た昭和28年4月、岩手県南バス(現在の岩手交通)に車掌として採用されました。これが私と車の出会いになりました。当時のボンネットは田舎のデコボコ道を顔馴染みの村人を乗せ、真っ黒になって、毎日、毎日、ひたすら走り続けたものでした。

26歳の私が初めて気仙沼三日町に千田自動車センターを開店したのが昭和39年6月8日でした。期待と不安が入り混じる中、これから始まる新たな人生に自信を持ってがんばろうと奮起して、妻と二人で未来の希望に胸をときめかせながらスタートしたものでした。

ちっぽけな千田自動車センターは昭和30年後半から始まる高度経済成長の波に乗り、少しずつ業績を伸ばす事が出来ました。独立したばかりで資金繰りも大変でしたが、朝6時から10時過ぎまで年中無休で若さだけを頼りにがむしゃらに働きました。休みもなく大変でしたがそれでもあの頃は毎日がとても楽しかったような気がします。

この度、お陰様で創業50年を迎える事が出来ました。今日まで自動車一筋に歩んで来れたのはお客様のご支援の賜と思っております。心から御礼を申し上げる次第です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。 」引用は以上です。

千田さんは現在、宮城三菱自動車販売(株)、岩手三菱自動車販売(株)、盛岡三菱自動車販売(株)、そして宮脇書店気仙沼の代表取締役会長をつとめています。いまや気仙沼にとどまらず、宮城・岩手にまたがって事業を展開する企業人として知られる千田さんですが、記念誌のタイトル『不倒五十年 つぶれずに……』には、創業後50年間の様々な思いが込められているのでしょう。

そして、12歳の時にはじめて唐桑の地を踏んだときの千田さんの寂しさを知った後、全100頁からなる記念誌をあらためてながめていくと、気仙沼の発展と共にあった千田満穂さんの喜びと感謝の気持ちが、より深く感じられてきたのです。

最後になりましたが、この記念誌をご恵贈くださった、千田満穂会長のご長男で宮城三菱自動車販売(株)千田茂穂社長に御礼を申し上げます。ありがとうございました。


千田満穂さんの震災前後の活動については、〈ほぼ日〉の糸井重里さんによるインタビュー記事(全5回)で詳しく知ることができます。こちらも是非ご覧ください。

「ほぼ日」東北の仕事論/千田満穂さんインタビュー

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 千田満穂 不倒五十年

千田さんの五十年

2月8日の三陸新報に、宮城三菱自動車販売の千田満穂会長が、創業50周年を記念した冊子『不倒五十年 つぶれずに……』を発刊したとの記事がありました。記事では、千田さんと記念誌をつぎのように紹介しています。

「千田さんは昭和13年、岩手県釜石生まれ。昭和39年、26歳の時に気仙沼市三日町に「千田自動車センター」を開業。以来、半世紀にわたって会社や地域経済の発展に尽力してきた。節目を記念して発刊した冊子には、昭和初期から40年代ごろまでの気仙沼の町並や出来事などを写した写真を掲載し、町の発展の様子を紹介している。」引用は以上。

記事の中に、〈興味がある方がいればお譲りしたい〉とのお話しが紹介されていたので早速メールにて連絡いたしました。数日後に届いた記念誌の中から、懐かしい気仙沼の風景写真を紹介させてもらいます。

まずは昭和20年代の魚町や大堀銀座付近。以前このブログで〈昭和の気仙沼風情〉として紹介した写真も紹介されています。左と右の写真がひとつながりであることをはじめて知りました。(写真はすべてクリックで拡大)

ヨネキ

みなと祭の風景も紹介されています。昭和20年代としていますが、昭和30年代はじめかも。

港まつり1

これもみなと祭。昭和30年代。なつかしい。旧魚市場跡(震災前のエースポート付近)に集まった観客の数がものすごい。

みなと祭2

この記念誌には見たことのある写真がたくさん紹介されています。それもそのはず、地域情報誌「浜らいん」の熊谷大海さんが写真提供など編集協力していたのです。紹介したい写真はほかにも沢山あるのですが、この辺で。そして、肝心かなめの千田満穂会長の創業時の話は、明日のブログで紹介させていただきます。本日はこれにて。

2014年1月28日ブログ「昭和の気仙沼風情1」
2014年8月29日ブログ「昭和の気仙沼風情2」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 不倒五十年 千田満穂

あの日を語り継ぐ

まずはじめにテレビ番組情報。本日20日(金)22:00-23:00 のBSジャパン「日経プラス10 」で、気仙沼観光タクシーの"ベクシー"が紹介されます。是非ご視聴ください。

ここからが本題です。三陸新報で3月11日から始まったシリーズ「3.11 あの日を語り継ぐ」。その第1回目の語り手は同級生の小山(斎藤)容子さん(3年5組)でした。実家は酒造会社〈角星〉。そして容子さんのご主人は、同じ5組で同級生の魚町〈カネシメイチ〉小山修司君です。

3月11日小山容子
三陸新報2015年3月11日記事の一部イメージ

記事は長文ですが、その一部を引用します。

「 地震のときには自宅にいました。大きな揺れでしたが大津波が来るとは思わなかったので、それほど危機感はありませんでした。お皿が一枚も割れませんでしたから。

小学生の時、チリ地震津波を体験しているので、津波というのは、ヒタヒタと水かさが増してくるというイメージしかありませんでした。今回のように、すごい破壊力を持って水が押し寄せてくるとは想像できず、片付けを優先していました。

主人(カネシメイチ社長)と息子が、「大津波警報が出た」というので、息子には義母とネコを乗せて、舘山(たてやま)にある実家に行くように伝えました。私と主人は家に残りましたが、何をどうしていいのかわからず、時間の経過がまったく記憶にありません。

民生委員をしているので、地域の災害時要援護者や一人暮らしの方、体の不自由な方がすぐ頭に浮かびました。まず海に近いところからと出向きましたが、家が開けっ放しだったので、お隣の方が一緒に避難させてくれたことが分かりました。

自宅に戻り、1月に亡くしたばかりだった義父の、お位牌(いはい)やら何やらを風呂敷にひとまとめにし、蔵の2階なら大丈夫だと思い、棚の上に置きました。

片付けを続けているうちに、海の水が寄せてきたんです。「あっ、水」と思い、一番近い階段を駆け上がりましたが、上がりきらないうちバリバリという音が追いかけて来ました。その音にビックリして、夢中で屋根まで上がり、孤立してしまいました。いつ履いたのか記憶にありませんが、ちゃんと長靴を履いていました。それが、その後の避難に役立ちました。

寄せてくる波で、家がぽこっ、ぽこっと土台から浮き上がるのが見えました。新しい建物で基礎がしっかりしているところは、中はやられても浮きもせず、流れ出しもしませんでしたが、うちのように古い建物は、基礎の土台に家がのっているだけなので浮くんです。私も屋根の上で、自宅が浮いたのが分かりました。「あっ、浮いた」と思いましたが、あの辺は、町中で隣との間が狭かったので、流れ出てしまうことはありませんでした。

海を見ていたいた人たちに、水が引いたことを教えられ、物で埋まった家の中から、たまたま一つ開いていたドアを抜け、隣の菊田さんに助けられた夫と共に、裏の崖を登り、陣山に避難した人と合流。みぞれのような雪が降って、すごく寒くて、とにかく屋根のあるところにと思い、ホテル望洋に行きました。」(中略)

日が暮れた内湾では、火が付いた船がぐるぐる回って、まるで映画のような風景だったと話は続きます。その後、携帯電話の明かりを頼りに太田からトンネルを通って舘山の実家まで歩きます。そして、仮事務所での仕事の再開などについて話しています。カネシメイチが所有する船は無事だったものの、鹿折地区のかさ上げが済んでおらず、冷蔵庫もまだない状態だとのこと。容子さんの話はつぎのように続きます。

「あと5年して、何人の方がここ魚町に戻って来てくださるのか、どれぐらい回復しているのか、街の再生もどうなるのかと、不安はたくさんあります。災害公営住宅ができて何世帯増える、何百人増える見込みだと言われても、昔からいる人たちとの繋がりや、これまでの地域としての、歴史のようなものが消えてしまわないかと、心配でもあり、寂しくもあります。

震災をきっかけとして、先を見越して今までとは違う、まったく新しい考えで、街を作っていけたらいいなあと思います。震災から4年、戻るまであと6年としても10年。人生80年のうちの10年は大きい。だからこの10年を、まちと自分に与えられた再生の機会だと、前向きに考えて暮らしていきたいですね。」引用は以上です。

2011年の5月6日に気仙沼に帰ったときのことを思いだしました。私の実家近くにあったカネシメイチの建物は撤去され、土台を残すのみとなっていました。そこで容子さんは一人片付けをしていたのです。当時のブログにもそのことを書きました。

2011年5月12日「魚町のカネシメイチ」

震災からの10年間を〈街と自分の再生の機会〉と前向きに考えて暮らしたい。容子さんのその気持ちに拍手。そして、63歳を目前にする自分自身もそのように前向きに暮らしていきたいなと思わせる、そんな容子さんの話でした。ありがとう。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 あの日を語り継ぐ 小山容子

安さんのカツオ漁

気仙沼市魚町出身で東北大学災害科学国際研究所教授の川島秀一さんの新著を紹介します。『安さんのカツオ漁〜一人の船頭の半生から見たカツオ一本釣り漁』。川島さんは、私たちのひとつ下、気中21回生です。1月29日の三陸新報で発刊を知りましたが、本日の紹介となってしまいました。

1月29日川島著書
2015年1月29日三陸新報記事の一部イメージ

記事を引用します。

〈 カツオ漁が盛んな高知県中土佐町久礼所属の第18順洋丸の元船頭で、現在は船主の青井安良さんを通して気仙沼と高知の密接な関わりや、カツオ漁に伴う全国各地の風習、東日本大震災を踏まえた防災意識の大切さなどをつづっている。

青井さんが生まれ育った町を紹介する「久礼への旅」で始まる一冊は、青井さんと出会うきっかけとなった高知県立歴史民俗資料館の企画展として開催された「絵馬に描かれたカツオ漁」をはじめ、戦後から昭和にかけてのカツオ漁、船頭を引退して始めたえさ買いなどで構成。

さらに、川島さんが日本民俗学会や日本カツオ学会で発表した草稿を元にした「震災年のカツオ漁」、昭和62年から本紙(三陸新報)に掲載されてきた「カツオ漁の旅」や「島わたりの記」の中から「カツオ漁」に関するものなどを紹介している。〉引用は以上。

川島秀一さんについては、これまで何度も書いております。つぎの記事にリンクをはってありますので、ご覧ください。

2012年9月20日ブログ「川島秀一さん4」

その中のひとつ「川島秀一さん」と題した記事を読み返していて驚いたことがあります。行方不明だったお母様の死去がDNA鑑定で判明したとの連絡があったのは3年前のきょう3月19日のことでした。震災から一年たった後だったのですね。秀一さんの著書の紹介がこの日になった符合にちょっと不思議な感じがいたしました。

『安さんのカツオ漁』は冨山房インターナショナルからの発刊で、定価は1800円(税別)。気仙沼市内書店か下記AMAZONにてお求めください。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 川島秀一 安さんのカツオ漁

唐桑のものがたり

1月31日の〈けせもい会〉新年会で、鮪立(しびたち)出身でイオン顧問の村上教行君が上着から折りたたんだリーフレットを取り出しました。3月22日に仙台で行われる郷土芸能劇の案内。まだ先のことなので、間近になったら紹介しようと思っていたら、今度の日曜の開催でした。

海の古道

◎唐桑ものがたり
◎海の古道 story3
2015年3月22日(日)
13:30開場 14:00開演
仙台市福祉プラザ ふれあいホール
仙台市青葉区五橋2丁目12-2
入場無料
主催 唐桑大漁唄込復活推進実行委員会
実行委員会ホームページ

リーフレットに紹介されている出演者は、プロの演劇人ではありません。この劇は、気仙沼市唐桑の人達によって演じられる、いわば〈素人劇〉なのです。紹介文を引用します。

「 姉の結婚式前夜、お祝いに集まった親戚の前で「郷土芸能なんて古くてダサイ!」と悪態をつき家を飛び出してしまった反抗期の少年 結月。とある神社の前で大黒天に出会い、瀬織津姫と共に過去の唐桑にタイムスリップさせられてしまう。

鰹漁に沸く340年前の鮪立港の賑わいや、朝廷との戦いに出陣する1300年前の蝦夷(えみし)の姿を目の当たりにして、結月は少しずつ郷土芸能の意義を理解していく……。

郷土への愛着心とは、そして唐桑に暮らす意味とは何かを問いかける涙と笑いのストーリー。大震災からの復興に向かう今だからこそ伝えたい、海に生きる人たちからのメッセージ 」引用は以上。

出演団体を記しておきましょう。
・鮪立大漁唄込保存会
・崎浜大漁唄込保存会
・神止り七福神舞保存会
・唐桑浜甚句保存会
・劇団「夢の海」

これはなかなか良さそうな劇ですね。地元の人が演じる地元のものがたり。出演団体のひとつでもある〈神止り(かどまり)七福神舞〉も、昭和20年代に、夫や息子の航海安全と大漁満作を祈るために、留守を守る女性が工夫して創りあげたものとのこと。今回の〈唐桑ものがたり/海の古道〉にも、そうした〈新しき伝統〉の趣を感じます。

この劇は、昨年12月6日に唐桑の保健福祉センター〈燦さん館〉でも上演されています。それから3カ月。出演者のみなさまの演技にも磨きがかかっていることでしょう。仙台方面でご都合のつく方は、どうぞおでかけください。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気中20 気仙沼中学 唐桑 唐桑ものがたり 海の古道

『救出』1章全文

ネット文化に詳しく『Twitter社会論』などの著書があるジャーナリスト津田大介さんが編集長をつとめる〈ポリタス〉は、政治をメインテーマにとするオンラインメディアです。そのポリタスが、3月11日から「3.11から未来へ――困難と希望」という特集記事を配信しています。

そのひとつが、猪瀬直樹さんのインタビュー記事。タイトルは〈必然の偶然”が起こした気仙沼の奇跡――猪瀬直樹が語る「被災地復興」と「日本の未来〉です。

ポリタス
ポリタスインタビュー記事の画面イメージ

「ポリタス」インタビュー記事はこここから

津田大介さんによる2時間にわたるインタビュー内容が的確にまとめられ、猪瀬さんの著書『救出──3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』で伝えたかったことが、よく理解できます。その中で、私たちの同級生 林(奥玉)小春さん(3年2組)について語っている部分がありましたので引用します。

「 猪瀬:そんななか、たとえば『救出』に登場する一景島保育所の所長・林小春さんは、日ごろの訓練通りに子どもたちを中央公民館に避難させることを即断しました。「時間との勝負だと思った」と、昼寝中だった4歳児以下の子どもたちが靴下を履く時間すら惜しんで、地震発生からわずか8分後には子どもと保母の全員を300メートル離れた場所にあった公民館へ移動させているんですね。

――14時46分に地震が発生し、津波が公民館の周辺に到達したのは15時30分ごろです。その間数十分ありますが、体感時間としては本当にあっという間だったでしょうね。

猪瀬:その数十分の間に、保護者が慌てて子どもたちを公民館まで迎えにくるわけですよ。「子どもを家へ連れて帰る」とね。そこでも、林所長をはじめ保母さんたちは毅然とした態度をとっている。「すぐに津波が来るから、保育所として子どもを帰すわけにはいきません」と、保護者も公民館に留まるよう説得し、車の中に置いてきた携帯電話を取りに戻ろうとする保護者にすら「外に出ないでください」とキッパリ言っているんです。保母さんたちは「すべてに『NO』を出すことで意思統一できていた」とのことですが、津波という危険が差し迫っているときは、この「厳しさ」こそもっとも大事なことなんだと思いますね。」引用は以上。

さらに私が驚いたことがあります。〈ポリタス〉では、『救出』の第1章「上さあがれ!」の全文を転載しているのです。猪瀬さんのご厚意によるものとのこと。〈ピッピッピッ〉と笛を吹いて園児を誘導する小春さんも登場しますので、ぜひお読みください。

ポリタス『救出』第1章全文転載内容

なお、はじめに紹介した猪瀬さんのインタビュー記事の写真は、初沢亜利さんの撮影。写真家の初沢さんは毎年、〈3月11日からのヒカリ〉を取材・撮影し、その写真はプロジェクトのポスターにも使われています。今年の3月11日はもちろんのこと、先月19日にも津田さんと共に来市するなど、気仙沼をさまざまな形で応援してくれています。津田さんは2011年4月11日に気仙沼を訪れ、動画投稿サイト「ユーストリーム」で映像中継を行っています。

津田さん、猪瀬さん、そして初沢さんは、それぞれの立場で気仙沼の復興を応援してくださっています。今回のポリタスの特集もありがとうございました。心からお礼を申し上げます。

2月22日ブログ「皆つながっている」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 ポリタス 猪瀬直樹 津田大介 初沢亜利

気仙沼酒場に集合

きのう3月15日は新横浜ラーメン博物館で開催中の〈気仙沼の笑顔ウィーク〉へ。地下2階フロアの〈気仙沼酒場〉に、気中20&けせもい会の同年生12人が集合しました。〈ちばき屋〉千葉憲二君(3年4組)の〈かもめ食堂〉が4月5日にラーメン博物館を卒業するにあたっての激励、慰労という名目の飲み会です。仙台からは千葉正俊君(3組)が駆けつけてくれました。

まずは12人の集合写真。赤いセーターの私の左隣が憲二君。左端が正俊君、その右は恒四郎君(6組)。左後方に〈かもめ食堂〉。

集合写真

次は階段踊り場から。手前が気仙沼酒場のカウンターです。

上から

私たちが談笑していたら、若い二人連れが近くに。相席を誘って聞いてみると、Fさんというご夫婦でした。私たちがみな気仙沼出身者であると伝え、気仙沼のことをなんやかやと。その様子はこんな感じ。裕美君(1組)がなにか熱く語っているようです。

Fさん夫婦

Fさんから今朝メールが届きました。〈あの後もかみさんと「復興ってなんだろうね?」などと改めて考え、話すことができました。楽しい時間をいただいただけでなく、いろいろと考えるきっかけをいただきました〉と。

いやあ、ありがたいなあ。同級生との話も楽しかったけれど、こうした偶然の出会いがまた面白い。気仙沼への興味を少しでも持ってくれたとすればなによりのことです。Fさんのメールはつぎのように結ばれていました。〈気仙沼にもいつか必ず行きたいと思います。いや、行きます〉。

お礼を申し上げたいのはこちらのほう。おふたりのおかげで、なにかあったかい気持ちを感じた日曜日となったのです。ありがとうございました。


「気仙沼酒場/気仙沼の笑顔ウィーク」は4月5日(日)まで。同イベントに関する記者会見の様子はつぎのブログにて。

3月6日ブログ「燃えていく気仙沼」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 ラーメン博物館 かもめ食堂 気仙沼酒場

気仙沼を俯瞰する

3月11日にニュースサイト〈THE PAGE〉が配信した動画映像には驚かされました。これまでにあまり見たこともない角度からの映像だったからです。タイトルは〈気仙沼の復興はどこまで進んだか?マルチコプターから見る気仙沼〉。マルチコプターは、別名ドローン。簡単にいえば小型のラジコンヘリです。これによって、気仙沼の内湾地区と鹿折(ししおり)地区のふたつを動画空撮しています。

動画はここから:THE PAGEニュースサイト

まずは内湾地区。コの字岸壁からとびたったマルチコプターは上昇し、内湾をぐるっと俯瞰(ふかん)します。下方にホテル望洋を眺めながら鹿折方向をのぞむ映像はこれまで見たことがありません。震災後に解体した私の実家跡もうつっていました。下の画像では右下。

内湾動画2
内湾地区空撮動画の一部イメージ(クリックで拡大)

サイト画面の下方にある鹿折地区の空撮動画では、かさあげの様子がよくわかります。新しい建物ができていることもわかりますが、かさあげが完了した後の新しい街づくりにはまだ時間がかかるなと感じます。

鹿折空撮動画
鹿折地区空撮動画の一部イメージ

記事内容を引用します。
「東日本大震災から11日で4年が経過した。復興の様子を上空から俯瞰してみることで、よりその全体が把握できるかもしれない。巻き網漁船が打ちあげられたことでも知られる宮城県気仙沼市の復興の様子をマルチコプターで撮影した。

気仙沼市の内湾地区は、気仙沼の海の玄関口である。震災以前から魚市場や商業施設が立ち並ぶ観光スポットであったが、東日本大震災の大津波で約4~5メートルの津波に襲われた。現在は気仙沼魚市場、魚市場隣接の観光施設「海の市」(うみのいち)も復旧している。

 鹿折地区は、住宅地、加工工場、鉄鋼場等が密集するエリアであった。東日本大震災において、津波と火災に襲われたのがこの場所であり、巻き網漁船「第18共徳丸」が打ちあげられたのもこの地区である。JR鹿折唐桑JR鹿折唐桑(ししおりかわくら)駅からもその様子が望めたが、現在は解体され、全長約60メートルのその船の姿はない。震災後、公園、産業エリア、住宅地等のエリア分けをする計画もあり、地域全体をかさ上げしている。」引用は以上。

地べたから見なければわからないこともある。そして、鳥の眼となって遠くまで見通さなければならないこともある。震災からちょうど4年たった日に配信されたこの映像を見ていると、いろんな思いがわいてきます。

2月27日ブログ「内湾地区空撮写真」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 鹿折

次は熊谷育美さん

3月10日に気仙沼市民会館で開催された〈さだまさしコンサート〉。私は途中まででしたがインターネット中継を視聴。さださんは、歌だけでなくトークもお上手ですね。糸井重里さんやサンドウィッチマンのおふたりの登場などもありました。実行委員長をつとめた小山裕隆さんはじめ関係者の皆様、そして震災後4回目となるコンサートで歌ってくれたさだまさしさんに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

さあ、つぎは熊谷育美さんのコンサートだ。すでにお知らせしたように、4月5日(日)に気仙沼市民会館で開催されます。

育美さんチラ7

◎熊谷育美コンサート2015「PROCEED」
◎2015年4月5日(日)12:00開場/13:00開演
◎会場:気仙沼市民会館(気仙沼市笹が陣4番2号)
◎チケット料金:全席自由¥3,000、当日券¥4,000
◎主催・制作:(株)セントラルミュージック
◎後援:気仙沼市・(株)テイチクエンタテインメント

すでにお伝えしたように、このコンサートは私たちの同級生である吉田ミュージックセンターの〈ぶっちゃん〉吉田(岩渕)恵子さん(3年8組)が実行委員長。先週も〈けせんぬまさいがいエフエム〉に電話出演してコンサートのことを話していました。なんとかこのコンサートを成功させようと一生懸命です。どうぞ、同級生は恵子さんに電話して激励&チケット予約をよろしく。吉田恵子/090-7793-7120(本人了解済)です。

気仙沼市内ではつぎの店舗等でチケット販売を行っていますので、こちらもよろしく。

◎販売所:気仙沼市民会館/K-port(ケーポート)/アンカー コーヒー&バル田中前店/宮脇書店/本吉はまなすの館/その他

恵子さんは、気仙沼小学校1年2年の同級生です。生年月日順のクラス編成でしたから一番最後2〜3月生まれの8組。高宮富士子先生のクラスでした。そんなわけで、恵子さんが育美さんの応援団長だとすれば、私は〈ぶっちゃん応援団〉。ということで、4月5日の熊谷育美コンサート、くれぐれもよろしくお願いいたします。

最後に前回も紹介しましたが、「PRCEED」にも収録されている映画「悼む人」の主題歌「旅路」を。気仙沼大島での撮影です。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 熊谷育美 PROCEED 悼む人 堤幸彦

きょうは追悼の日

本日3月11日で東日本大震災から4年。気仙沼の人にとっては、大津波から4年という思いが強いでしょう。

気仙沼市の〈東日本大震災追悼式〉は、午後2時40分から気仙沼市総合体育館「ケー・ウエーブ」にて。献花場は、唐桑/保健福祉センター「燦さん館」、本吉/はまなすホール、大島/大島開発総合センターにそれぞれ設けられています。

そして午後6時半には気仙沼内湾〈鼎が浦〉で3本のヒカリが放射されます。この「3月11日からのヒカリ」プロジェクトはとても静かで、みんなが様々な思いを込めることのできる催しですね。

311からのヒカリ
プロジェクト公式HPのイメージ
「3月11日からのヒカリ」テキスト中継サイト

4年前のこの日、私たち気仙沼中学校20回生は、及川保規君(3年5組)と鷺(庄司)良子さん(8組)を失いました。そして、親族はじめ大切な人を失った同級生がたくさんいるのです。

毎年この時期の新聞やテレビは、被災地の復興や、震災記憶の風化などについていろいろと語ります。それはそれでとても大事なことだと思っているのですが。私はこの日、震災で亡くなった方々のご冥福を静かに祈ろうと思っています。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 3月11日からのヒカリ

気仙沼から生中継

きょうはふたつのインターネット中継のご紹介。

◎さだまさしコンサート

まずは本日3月10日の〈さだまさしコンサート/はまらいんや気仙沼!2015フェスティバル〉。気仙沼市民会館で午後6時開演です。チケットは3月1日ですでに完売しています。

このさだまさしさんのコンサートを、〈ほぼ日〉さんが気仙沼からネット生中継してくれるそうです。糸井重里さんもどこかで登場とのこと。

さだまさしさん2
〈ほぼ日〉さだまさしコンサート生中継サイトの一部イメージ

◎さだまさしさんのコンサートを気仙沼から生中継
◎3月10日(火)17:45ごろ開始予定
ほぼ日/さだまさしコンサート生中継サイト

つぎのサイトでも中継するようです。通信環境に応じてご視聴ください。

さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネル
ニコニコch「さだ塾」

さださんの気仙沼でのコンサートは、震災後4回目。その経緯については、つぎのブログに書きました。昨年のコンサートは、NHK「震災から3年 “明日へ” コンサート」でその一部が中継されました。

2月5日ブログ「さだまさしさん!」

◎3月11日からのヒカリ

そして明日は3月11日ということで、午後6時半に気仙沼内湾で3本のヒカリが天に向かって放射されます。4回目となる「3月11日からのヒカリ」プロジェクトです。

このプロジェクトについては、きのう9日のお昼からテキスト中継が始まっています。昨年もそうでしたが、このテキスト中継は気仙沼の様子が写真と共に紹介されるので、気仙沼を離れて東京で暮らしている私でも、なんていうんだろう、参加しているような感覚が(錯覚かもしれません)がとてもいい感じです。

テキスト中継
テキスト中継サイトの一部イメージ

「39_311 気仙沼を届けよう。」テキスト中継サイト

明日の追悼の日に向けての様々な催しの関係者の皆様、ご苦労さまです。気仙沼では本日午前8時に暴風警報が出たようですが、天候の乱れが心配です。早くおさまってくれることを願っております。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 さだまさしコンサート 気仙沼を届けよう 3月11日からのヒカリ

震災関連番組情報

まもなく震災から4年。7日の朝のNHK〈ニュース深読み〉では斉吉商店の斉藤和枝さんや阿部長商店の阿部社長が出演しての〈海の市〉からの生放送がありましたし、8日朝の日本テレビ〈シューイチ〉でも、気仙沼の復興4年間を追った特集が放送されたようです。知っていればお伝えしたのですが、事前情報が案外少ないのです。残念。ということで、わかっている分だけ、11日までの気仙沼関連のテレビやラジオ番組を紹介しておきます。

◎震災から4年 明日へコンサート
・3月9日(月) 午後7:30~午後8:45
・NHK総合テレビ

〈SEKAI NO OWARI〉が昨年12月に気仙沼を訪問し、〈復興屋台村〉の高さ8mの〈きずなの塔〉をクリスマスツリーに仕立てあげた様子を紹介。ツリーの飾りをスタジオに運び、歌を届けます。ほかに、AKB48、SMAP、ゆずなどが出演。

番組紹介(マイナビ)

◎TOMORROW「今こそ自分に応援歌!SCK GIRLS」
・3月9日(月)深夜24:10-24:38
・NHK総合テレビ

気仙沼市で、地元をPRして復興を応援しようと結成された「産地直送気仙沼少女隊 SCKガールズ」。各地で歌い、3年間活動を続けてきた少女たちの地元愛に迫る。NHK・BSで放送された番組の地上波での再放送です。

2月17日ブログ「気仙沼SCKGIRLS」

◎堤幸彦×生島ヒロシの4年目の気仙沼
・Kesennuma,Voices.4東日本大震災復興特別企画
・3月10日(火)26:53~27:53(10日深夜)
・TBSテレビ

大震災から4年。生島さんが初めて息子達へ語る”あの日から今、亡き妹への想い”復興へ向かい力強く歩み続ける気仙沼から亡き大切な人を想い『心の復興』を考える。下記のCS/TBSチャンネル2時間版の関連番組。東北放送でネットされていないのが残念です。

◎Kesennuma,Voices.4
・東日本大震災復興特別企画〜2014 堤 幸彦の記録
・3月11日(水)午後8:30~午後10:30(2時間版)
・CS放送/TBSチャンネル(554CH)

堤幸彦監督が気仙沼を舞台に描くドキュメンタリードラマの第4弾。今回は、東日本大震災の津波で妹夫婦を亡くしたアナウンサー・生島ヒロシが、長男・生島勇輝と次男・生島翔とともに気仙沼の地を踏む。今回は、「大切な人を失うということ」をテーマに、父ヒロシのルーツをたどりながら4年目の“声”として父の言葉も記録する。(番組ホームページより)なお、主題歌「春の永遠」は熊谷育美さんの作品です。

番組ホームページ

◎「おはよう定食・おはよう一直線」
3月11日(水)早朝5:00〜6:30
TBSラジオ

気仙沼から生中継。渡辺謙さんが復興支援のためにつくった気仙沼のカフェ〈K-Port〉から生中継するラジオ番組。ゲストは堤幸彦監督と気仙沼在住のシンガー・ソングライター熊谷育美さん。

番組紹介サイト

以上、ざっくりとですがご参考まで。生島博さん関連の番組が多くなりましたが、生島さんは気仙沼小・中・高の一年先輩、気中19回生です。
ということで、まずは本日午後7時30分からのNHK〈明日へコンサート〉の〈セカオワ〉から。私はすでに録画予約完了済みです(笑)。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校

燃えていく気仙沼

本日3月6日から1カ月間、新横浜ラーメン博物館(ラー博)でのイベント〈気仙沼の笑顔ウィーク〉が開催されます。このブログでもすでに紹介しました。きのうは、メディア関係者に対する記者発表会があり、私ものぞいてきました。

会見では、ラー博の岩岡館長に続いて千葉憲二君(3年4組)が挨拶。そして衆議院議員で前防衛大臣の小野寺五典さん、気仙沼商工会議所会頭菅原昭彦さんの話が続きました。

4人 3人
左から菅原さん、小野寺さん、憲二君、岩岡館長(クリックで拡大)
店前 全景
昭和ノスタルジーを感じさせるラー博館内。

憲二君の話の中で印象に残ったことがあるので紹介します。つぎのようなことです。

〈気仙沼は同級生、同年生の結びつきが強い土地柄です。厄払いとか還暦などの機会に、気仙沼を離れている人も含め気仙沼に集まって中学の同年会を開くのです。そして2011年2月12日には、気仙沼で200名近くが集まり還暦祝いが催されました。私も出席、楽しい時間を過ごしました。大津波が気仙沼を襲ったのはその1カ月後のことです。

3月11日の夜、テレビ画面には津波の後に発生した火災の様子がうつしだされていました。〈ああ、気仙沼が燃えていく〉。兄弟や親戚などの無事を確認できたのは1週間近く経ってからのことでした。

いてもたってもいられない。東京近辺の同級生らと相談し、トラック2台に支援物資を積んで気仙沼に向かったのは震災から2週間後のことです。気仙沼でトラックを迎えてくれた同級生の顔は1カ月前の還暦祝いの時に見た楽しさにあふれた表情とはまったく違ったものでした〉

憲二君はこの後、気仙沼で何度もおこなった炊きだしや、かもめ食堂の復活計画、そしてラーメン博物館での出店など、いまに至る経緯を説明してくれました。憲二君が語った〈気仙沼が燃えていく〉というあの時の気持ちは、私もまったく同じだったため、当時のことを思い出し、グッときてしまいました。

かもめ食堂関連のプロジェクトが、自分が生まれ育った気仙沼に対する憲二君の強い思いに支えられているということを、会見に集まった方々もよくわかってくれたと思います。さっそく今朝、読売新聞朝日新聞産経新聞など各紙がニュースを配信していました。

2014年3月25日ブログ「3年前の支援活動」

このラーメン博物館「気仙沼の笑顔ウィーク」は、4月5日(日)まで。私たちは同級生を誘って15日(日)の午後3時過ぎにラー博に行くつもりです。もし気付いたら声をかけてください。みんな〈気仙沼風〉の顔立ちなのですぐわかると思います(笑)。JR新横浜駅から5〜6分。皆様も是非おでかけください。

ラーメン博物館「気仙沼の笑顔ウィーク」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 ラーメン博物館 かもめ食堂 千葉憲二 気仙沼酒場

うを座の子供たち

台湾出身の映画女優リン・チーリンさんと気仙沼の演劇塾「うを座」の子どもたちとの交流を紹介したNHK・BS1「Tomorrow」は、このブログでも書きました。一昨年1月のことです。

2013年1月22日ブログ「リンチーリンさん」

そして今度の日曜日3月8日(日)、その続編ともいうべき番組が放送されます。

うを座
番組ホームページからの画像

◎3月8日(日)午後1時00分~1時49分
◎NHK・BS1
◎TOMORROWスペシャル
思いを届けるミュージカル
~リン・チーリンがよりそう子どもたち~

番組ホームページから紹介文を引用します。

「台湾の映画俳優リン・チーリンと交流を続けている被災地の子どもたちがいる。宮城県気仙沼市、劇団“うを座”の子どもたちだ。一昨年、震災の風化を防ぐためのミュージカルを作り、リンさんが見守る中、舞台公演を行った。そしてこの冬、舞い込んできたのが北海道での公演依頼。テーマは「震災のつらい経験から何を学び取ったのか」。しかし、あれから2年で状況は変化。子どもたちの心の中でも震災の風化が始まっているというのだ。世間の関心の風化、自分たちの記憶の風化にあらがいながら舞台を作り上げていく子どもたち。そして本番当日、再びリンさんが舞台に立つ子どもたちの元に駆けつけた」引用は以上。

番組では1月11日に行われた北海道/帯広公演の模様を紹介するようです。うを座のフェイスブックには、その様子が写真とともに紹介されています。こちらもご覧ください。

気仙沼演劇塾うを座Facebook

3月11日が近くなり、震災関連の番組が増えてきました。NHK総合テレビでは、NHKスペシャル「3.11 あの日から4年」のシリーズとして、3月7(土)~11日(水)まで,5夜連続で震災関連の番組を放送します。忘れないうちに紹介しておきましょう。

◎3月7日(土)午後9時00分~9時49分
それでも村で生きる~福島 “帰還”した人々の記録
◎3月8日(日)
午後9時00分~10時13分
震災4年 被災者1万人の声~復興はどこまで進んだのか
◎3月9日(月)午後10時00分~10時49分
もう一度あの故郷を~岩手・陸前高田
◎3月10日(火)午後8時00分~8時43分
震災ビッグデータ Ⅳ いのちの地図~巨大災害から生き残るために(仮)
◎3月11日(水)午後10時00分~10時49分
“あの日の映像”と生きる~津波映像と被災者の4年(仮)

自宅のテレビのハードディスクには、2011年の気仙沼関連の番組録画データがずいぶん残っています。なかなか消去しきれずに4年近くが過ぎました。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 うを座 リン・チーリン Tomorrow

3.11に一筋の光を

気仙沼の「3月11日からヒカリ」プロジェクトに、〈気仙沼中学20回生支援会〉も協賛したことは、このブログでもお伝えしました。首都圏同年会〈けせもい会〉の皆さんからの支援金の一部をあててのものです。そして先週、その協賛団体に〈昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会〉略して〈KSS42〉が加わりました。

ヒカリ協賛
プロジェクトサイト協賛ページより


〈KSS42〉は、〈けせもい会〉と同様の仙台周辺地域同年会。代表は、小山達朗君(気中3年9組)です。 KSS42ホームページ

うれしいですね。特に相談してそうしたわけでもないのですが、「3月11日からヒカリ」の趣旨に共感するところがあったのでしょう。仙台での懇親会で集まった義援金によるものだそうです。

なお、このヒカリのプロジェクトでは現在も募金と協賛を受け付けています。オンライン募金では〈ポスター募金〉という新しい参加方法が設けられました。1口1,500円の募金で3種のポスターから選んだ1枚のポスターが提供されます。また気仙沼市内では、3カ所の協力店で、ポスター募金を行うことができます。アンカーコーヒー 田中前店(田中前4-2-1)・K-port(港町1-3)・ともしびプロジェクト工房(南町2-2-25)。


3月11日、気仙沼の内湾〈鼎が浦〉に3本のひかりが立ち上がります。その光のなかの一筋に、KSS42、気中20回生支援会、けせもい会はじめ、多くの皆様のさまざまな思いが込められていることでしょう。

3月11日からのヒカリ2015 公式HP
同 オンライン募金ページ

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 KSS42 3月11日からのヒカリ

史上最大の「救出」

今日は3月3日、ひなまつりの日ですね。おととい3月1日、NHKスペシャル「史上最大の救出〜震災・緊急消防援助隊の記録」のテレビ放送がありました。事前に知ってはいたものの、気仙沼に関しての内容があるかわからないため、このブログでの紹介をせずにおりました。しかし、放送の冒頭に3月11日の宮城県庁での対策会議の様子が紹介されました。会議室のスクリーンに、気仙沼におそいかかる津波の映像が映し出され、出席していた誰もが、とてつもない事態が進行していることを知るのです。

史上最大の救出
番組ホームページのイメージ

番組ホームーページ

再放送予定を紹介します。未見の方がいらっしゃれば、ぜひに録画の予約を。4日(水)の深夜です。

◎NHKスペシャル
◎史上最大の救出
〜震災・緊急消防援助隊の記録
◎再放送 3月5日午前0:40〜1:29
 (4日(水)深夜0:40〜1:29)

番組HPの紹介文を引用します。
「 東日本大震災の発生直後、津波で1万人以上が孤立し、最大の救助現場となった宮城県。このとき自衛隊や警察、海上保安庁などとともに人命救助に駆けつけたのが、全国各地の消防に所属する「緊急消防援助隊」だった。被災自治体だけでは大災害に対処しきれないという阪神・淡路大震災の反省から生まれた仕組み。全国規模で隊が動くのは史上初めてのことだった。
精鋭部隊による見事な救出劇。一方で、津波による溺死を免れながら低体温症で亡くなった人々など、救えなかった命もあったことを隊員たちは今も胸に刻んでいる。あのとき何ができて、何ができなかったのか。隊員たちの証言と最前線の救助活動を記録した貴重な未公開映像を読み解き、次の災害で1人でも多くの命を救うために必要な教訓を探る。」引用は以上。

番組のおわり近く、気仙沼での救助の様子が紹介されます。海沿いの家屋に孤立した人々がいるという要請を受け、伊藤大志中隊長ら10人程の部隊が徒歩で現場に向かいます。到着したのは出発から4時間後、そこには80代の女性など3人が救助を待っていました。そして、日没も迫っていることからヘリコプターに応援を要請したものの、無線の混乱などもあり、救助は難航するのです。詳しくは番組をご覧ください。

このNHKスペシャルを見て感じたのは、消防官の皆さんの使命感の強さ。懸命の救助活動を行いながらも、もっと助けることができた命があるのではないかとみな悔いているのです。そんな姿を見ていて、昨年10月16日に亡くなった菊田雄三君(3年8組)を思い出しました。気仙沼の消防官でした。2011年の震災時は現役だったと思います。あの当時、なにを見たのだろう。なにを感じたのだろう。テレビ画面にうつる消防官の姿に雄三君の姿が重なりました。

2014年10月17日ブログ「菊田雄三君の訃報」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 史上最大の救出 NHKスペシャル

気仙沼線の「記憶」

東日本大震災関連の写真展を紹介します。JR新小岩駅近くの江戸川区総合文化センターで昨日1日から開催されています。

気仙沼線

◎よみがえる気仙沼線写真展
  With ことば
◎3月1日(日)〜3月13日(金)
◎入場無料
◎江戸川区総合文化センター
 東京都江戸川区中央4-14-1
 会場へのアクセス

この写真展では、気仙沼線のかつての姿を記録した約400点が展示されます。写真は、鉄道写真を撮り続けてきたアマチュア写真家工藤久雄さんが撮影したもの。また気仙沼線に関する思い出の〈ことば〉のパネル展示もあるとのことです。

主催する「気仙沼線普及委員会」は、引地達也さんが中心となって東日本大震災の記憶の風化を食い止めるため、被災地の生の現状を伝えるなど、様々な活動を展開しています。

同委員会の名称には、CD『気仙沼線』の普及という意味が込められているそうです。引地さんが作詞し、元幕内力士の大至さんが歌う〈気仙沼線〉と〈サンマ漁〉を収録したこのCDを〈普及〉させ、売上の一部やイベントなどでの寄付金を気仙沼市本吉町の知的障害児を支援する施設「本吉絆つながりたい」に届けようという活動なのです。

引地さんは仙台市出身で、毎日新聞や共同通信の記者を経験されています。2月5日には、〈けせんぬまさいがいエフエム〉にゲスト出演し、この写真展を紹介しました。委員会のフェイスブックによれば、放送の中でパーソナリティの横田真美子さん(気中26回生/弁天町育ち)は、つぎのように語ったとのこと

「夜、大川にかかる鉄橋を松岩から眺めると、列車がとんでいるように見えるんです。それは銀河鉄道のような眺めでした。そして、震災で、その場所で、大事な人をひとり亡くしました」

今は失われたままの気仙沼線。そのありし日の風景は、さまざまな記憶をよびおこすことでしょう。ご都合がつく方に是非ご覧いただければと。

気仙沼線普及委員会Facebook

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 気仙沼線 気仙沼線普及委員会

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
02 | 2015/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示