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大堀銀座風景比較

先週金曜5日のブログで、1955(昭和30)年撮影と思われるの大堀銀座の写真を紹介しましたが、本日はほぼ同じ角度からとった別の写真を紹介します。

昭和20年代大堀銀座
〈昭和の気仙沼風情〉2014年カレンダーより(クリックで拡大)

これは、何度も紹介している〈浜らいん〉の〈昭和の気仙沼風情〉2014年カレンダー1月2月の写真です。左端が吉田履物店、その右が三束商店(ふとん店)、そして鼎座に向かう通りをはさんで右側が和泉自転車屋の建物(写真からは店名がわかりませんので撮影当時の業種等は不明)。

キャプションは〈昭和30年代の大堀銀座〉とされています。でも、ちょっと気になりました。前回紹介した写真よりも少し前の時代のように感じるのです。5日に紹介した写真、1955(昭和30)年の風景をもう一度見てみましょう。

大堀銀座
「浜らいん」2014年初冬号より(たぶん昭和30年撮影)(クリックで拡大)

下の写真では、三束ふとん店さんが2階建てになっているし、歩いている人の服装が上の写真よりちょっと新しい。ですから上の写真は昭和30年代ではなくて昭和20年代の風景だと思います。それも後半というよりは前半ではないでしょうか。

あ、それと念のために申し上げれば、知ったかぶりしてケチをつけているのではありませんよ。こうした歴史写真の撮影時期を特定するのはとても難しいのです。それは知っているつもり。

さて上の写真に戻りますが、右端にうつっているのは眼鏡店。名前を思い出せませんが、私たちの時代にもありましたよね。(追記:玉屋ではないかとのコメントを頂きました。たぶんそうでしょう)写真にうつる看板に公立病院眼科指定という文字が見てとれます。もうひとつの指定眼科名は〈三上眼科医院〉かなあ。そしてその左に見える看板は〈鈴木時計店〉。あったようななかったような、記憶が定かではありません。そしてそのまた左の3階建ての建物は大堀銀座の角にあった玩具店〈長沢〉のはず。

このあたりには、私たちの同級生の経子さん(3年5組)の実家である龍崎果物店がありましたが、昭和20年代はどうだったのか。鈴木時計店と眼鏡店の間に見える看板が龍崎さんかもしれませんね。私たちが小学生のときには、高級品だったバナナが店頭につるしてありました。

この気仙沼の目抜き通り〈大堀銀座〉をうつしたこの2つの写真を見ていると、いろんなことを思い出します。そして同時に、震災後の風景もそこに重なって、ちょっと複雑な気持ちにもなってくるのです。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 浜らいん 大堀銀座

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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