55年前の浦島太郎

11月21日の大島架橋〈鶴亀大橋〉についてのブログで、大島など気仙沼に伝わる〈龍宮伝説〉のことを書きました。そして、文章を記しながら、以前このブログで気仙沼小学校の学芸会での〈浦島太郎〉の記念写真を紹介したことを思い出しました。それがこの写真。

浦島
1959年10月19日撮影(クリックで拡大)

気仙沼小学校2年生、1959(昭和34)年10月19日の記念写真です。

二人の浦島太郎の左側が〈福寿水産〉臼井弘君(3年4組)。その左は乙姫様の森(旧姓森田)恵子さん(2組)。右の方で亀の甲羅を胸にしているのが恥ずかしながらわたくし小田でございます。

この写真は気仙沼小学校の校庭で撮られたものですが、学芸会そのものはこの年の9月に完成したばかりの気仙沼中学校体育館で行われました。1年前、気小1年のときには、校庭に設けられた臨時の舞台で学芸会が行われました。

55年前の当時、学芸会の劇の演目に浦島太郎を採用したのは、有名なおとぎ話だからだろうぐらいにしか思っていなかったはず。しかし、気仙沼の龍宮伝説を知ったいまは、ちょっと違います。浦島太郎は、気仙沼にゆかりのある伝説だからではないか。いや、そんなわけないか。でも、そう考えたほうが夢があるか。などと。

話は変わりますが、〈鶴亀大橋〉着工を機会に、気仙沼市のホームページの観光案内などでの気仙沼〈浦島伝説〉を充実して欲しい。現在の龍舞崎のページでの記述ではものたりないし、2年前に復刊された気仙沼大島の民話・伝説」中の記述なども参照しながら補強して欲しいなと。

語り継ぐべきことは津波だけではないよ、ということで11月のブログはこれにて。ではまた来週。
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とんかつ勝子さん

気仙沼出身の漫画家 村上茂雄さんの〈3.11 気仙沼紫市場物語〉の第3回目が配信されています。10月30日に配信されたのですが、紹介が遅くなりました。

第1話は、南町の老舗割烹〈自由亭〉を営んでいた千葉秀宣さん、第2話は〈アッシュヘッド オノトラ〉の店主小野寺一雄さん、そして今回の第3話はとんかつ勝子」の小野寺耕さんです。

とんかつ勝子

紫市場物語 第3話「とんかつ勝子」小野寺耕さん

今回の話では、震災後に無人となった家屋を狙う泥棒の話なども出てきます。当時の混乱のなかでいろんなことがあったんだろうなと思いました。

そして今回の漫画を見て、自分の気持ちの変化にも気付きました。そこに描かれた大津波に襲われる気仙沼市南町の情景をずいぶん前のことのように感じたのです。時の経過のせいなのか。あくまで、高校卒業後に気仙沼を離れ、いま東京に住む者の感情なのですが。

村上茂雄さん自身は、この漫画を描きながらどう感じていたでしょうか。実家である南町〈あさひ鮨〉の被災、そして〈南町紫市場〉での営業再開。ペンを運ぶ茂雄さんの脳裏では、さまざまな思いが交錯していたのだろなと思いました。

3年8カ月という時の流れが速いのか遅いのか。人それぞれなのでしょうね。〈とんかつ勝子〉さんの話とは別に、そんなことを思わせてくれた第3話でした。皆様もどうぞご覧ください。


なお、この漫画にも描かれているように、〈とんかつ勝子〉は気仙沼復興商店街「南町紫市場」にて営業を再開しています。是非ご来店ください。あわせて、〈あさひ鮨〉もどうぞよろしく。

◎とんかつ勝子
電話:0226-22-2675
営業時間:AM11:00~PM2:00 PM5:00~PM9:00
定休日:毎週水曜日

2014年1月20日ブログ「気仙沼紫市場物語」
2014年2月18日ブログ「小野寅の一雄さん」

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画家の野見山さん

11月3日文化の日、7名の受章者に文化勲章が授与されました。そのうちの一人、洋画家の野見山暁治(のみやまぎょうじ)さんが気仙沼を訪れたことがあるのをご存じでしょうか。私は、今年3月に放送されたNHK「日曜美術館」の〈行き暮れてひとり~画家 野見山暁治のアトリエ日記〉で、野見山さんが気仙沼の鹿折地区に打ち上げられた第18共徳丸をスケッチする姿を見て驚きました。あの野見山さんが気仙沼に!

共徳丸

スケッチ

ある歳月

近影
以上、NHK「日曜美術館」放送画面より

野見山暁治さんは93歳。日曜美術館の言葉を借りれば〈75年にも及ぶ画業の中で身近な自然や風景を描きながらその本質を見極めようとする不思議な造形はいつも新鮮なエネルギーに満ち、多くの人々の心を捉えている〉アーチストです。

気仙沼をはじめ、東北の被災地に向かったのは2011年6月のこと。女川や福島も訪れたようです。そしてその心象は「ある歳月」という作品となりました。

アトリエに閉じこもり、評価の定まった画風のなかにおさまりかえるそんじょそこらの画家とは大違い。ジーンズをはいてキャンバスに向かう姿はとても93歳には見えません。そしてその言葉も、飄々(ひょうひょう)というか淡々と語っているようで、力を感じさせるものでした。

野見山さんはエッセイもお書きになり名文家として知られています。文芸評論家の福田和也さんは、週刊新潮の連載エッセイで〈正直なところ、私は野見山さんの絵よりも文章のほうが好き〉と書いていました。著書「四百字のデッサン」は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。福田さんによれば、野見山さんは、女性に実によくもてるとのこと。おふたりの夫人に先立たれていますが、周りにはいつも世話をしてくれる女性がいらっしゃるらしい。「どうして、そんなにもてるのですか?」と聞いたところ、「私が頼まなくても、女の人が勝手にお世話をしてくださるんです」と、淡々とおっしゃっていたそうです。

この話、本題には関係ないのですが、93歳にして野見山さんのこのエネルギー、我々もあやかることができればと(笑)。

来週は早くも12月。遅くなりましたが、文化の日関連の時事ネタということで、本日はこれまで。今日の東京は冷たい雨が降っていますが、明日は晴れて暖かくなるそうです。

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内湾に希望の光を

今年も〈ONE-LINE気仙沼クリスマスイルミネーション〉が開催されます。〈光を失った気仙沼湾に明かりを灯そう〉と2012年から始まったこのプロジェクトは今回で3回目となります。クリスマスシーズンから正月までの内湾エリアをイルミネーションで彩り、これからの気仙沼を担う子供たちのために夢と希望の溢れる光をともします。今年は11月29(土)から来年の1月9日(金)まで。

クリスマスイルミ
公式ホームページのイメージ

気仙沼クリスマスイルミネーション公式ホームページ

11月29日の点灯式では、昨年に続いてMay J.さんのチャリティライブが行われます。昨年のライブでは、彼女がつくった公式テーマ曲『未来へ』を披露しています。2011年8月11日の被災地復興支援ライブ〈気仙沼港まつり復活祭〉でも歌っていますので、気仙沼で3度目のライブとなります。「アナと雪の女王」の主題歌がヒットして大忙しのMay J.さんですが、先週はライブコンサートで高音部の声が出なかったとのニュースもあり、ちょっと心配しているところです。

この〈気仙沼クリスマスイルミネーション〉に開催については、ちょっと気になる報道がありました。11月13日の河北新報は、〈気仙沼港「希望の光」ピンチ 資金難が深刻〉との見出しで、〈昨年は募金や協賛金が思うように集まらず、大幅な赤字に陥った〉と伝えています。

記事によれば、昨年は内湾地域に約30万個のLEDを設置し約1000万円の事業費がかかったのこと。市民からの募金は約50万円しか集まらず、企業の協賛金も不足し、最終的には市民有志でつくる実行委メンバーが赤字の約400万円を穴埋めしたといいます。今年は、資金確保に向けて市内20カ所に募金箱を設置したほか、29日の点灯式では、1人当たり1000円程度の協力を求める考えとのことです。

この記事を読んで、ちょっと心配になりました。無理のない規模で、市民や企業の皆様の善意によって灯されるクリスマスイルミネーションとして、内湾の恒例行事になって欲しいなとも感じたのです。

と詳しい事情を知らずに語りながら、何のお役にも立てない私ですが、今年のイルミネーションも、多くの方々が喜び楽しめるイベントになって欲しいなと思っております。募金・協賛のお願いについてはこちらから。

また、11月29日(土)の点灯式でのボランティアスタッフを募集しているそうです。詳しくは、下記のプロジェクトFacebookにて。

Facebook:気仙沼クリスマスイルミネーションプロジェクト
2013年12月20日ブログ「イルミネーション」

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みなとのがっこう

〈みなとのがっこう〉の第4回目が今週末11月29・30日に開催されます。公式Facebookから概要を紹介します。

みなとのがっこう
「みなとのがっこう」公式Facebookより

今回は「世界を目指したマグロ漁師! 気仙沼とマグロのグローバルな関係」と題し、気仙沼港から世界へと船出した漁師さんたちとマグロ漁。そしてそれを生み出した気仙沼について学びます。

1日目は、南町cadocco(カドッコ)にて、川島秀一さん(民俗学者・東北大学教授)を講師とし、なぜ気仙沼でマグロ漁が盛んになったのか、その歴史をひもときます。
2日目は、本吉町大谷に会場を移し定置網漁と遠洋マグロ延縄漁について、2人の漁師さんからお話を伺います。

<開催概要>
◎日時:
11月29日(土) 19:00~20:40(懇親会21時~)
11月30日(日) 9:45~12:00
◎会場:
29日/南町cadocco(懇親会は第二笑口会議処)
30日/本吉町前浜 前浜マリンセンター
◎募集人数:
各日とも20名
・2日目は本吉町大谷での開催となります。気仙沼からの移動手段がない方はお気軽にご相談ください。
◎参加費:
各日とも1,000円(両日参加で2,000円)
・懇親会は3,000円程度の予定

<参加申し込み>
次の6点を明記のうえ、みなとのがっこう事務局(minatonogakko@gmail.com)までメールにてお申込みください。
1.氏名
2.メールアドレス
3.参加状況(両日、1日目のみ、2日目のみ)
4.懇親会参加の有無
5.昼食会参加の有無
6.その他(2日目の移動手段がない場合等)

詳細内容はつぎの公式Facebookをご覧ください。

みなとのがっこう公式Facebook

なお、この〈みなとのがっこう〉の回の数え方を整理しておきます。まず講師別のシリーズをvol(volume/巻)としているようです。(全体としての)1回目と2回目は、vol.0 ROOT「気仙沼のルーツ・なりたちを知る」として川島秀一さんが講師でした。全体3回目はvol.1 STORYの第1回として「作家・熊谷達也から見た気仙沼」。そして今度の全体4回目がvol.0 ROOTの3回目となります。vol.0から始まっていることや、vol.2/STORYといった誤記もあったりするのでちょっとややこしい。まずは念のため。

この〈みなとのがっこう〉は、気仙沼にとって大変大きな意義があると感じています。お世話役のご苦労もあるかと思いますが、ぜひ多くの皆様の参加を得て、長く続いて欲しいと思っています。

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気仙沼の龍宮伝説

11月15日(土)に、気仙沼の大島架橋本体工事の着工式が行われ、市民から公募した架橋の名も発表されました。まずは着工式の様子から紹介します。


FNNローカルニュース(仙台放送)11月15日配信映像

架橋名称は「気仙沼大島大橋」です。ちょっと言いにくい感じがしますが、親しみやすい愛称も設けられました。「鶴亀大橋」。これはなかなかいいと思う。橋が設置される本土側の〈鶴ヶ浦〉と大島の〈亀山〉からのネーミング。鶴と亀。実にめでたい。

大島と本土を結ぶ県道大島浪板線の愛称は〈気仙沼大島龍宮海道〉となりました。そして、トンネルは鹿折側が〈浦島〉、大島側が〈乙姫〉です。〈浦島〉はもちろん地域名でもあるわけですが、大島側の〈乙姫〉とふたつ合わせて、大島の〈龍宮伝説〉を踏まえたネーミングだと思います。

龍宮海道
宮城県発行の大島架橋事業情報紙「大島かけはし」より

大島の南端にある龍舞崎(たつまいざき)には、乙姫窟(おとひめいわや)があります。この場所には、浦島に住む漁師が嵐のなかで助けたお姫様を乙姫と信じて仲良く暮らしたとか、乙姫様が流れ着いた、あるいは浦島太郎が乙姫と逢瀬(おうせ)を楽しんだなどという伝説があるのです。また、龍舞崎の向かいにある黒崎島には龍神様がまつられているそうです。そして、亀が浦島太郎を乗せてきたと伝えられる亀島もあるとのことなのですが、詳しいことはわかりませんでした。

また、ネットのウィキペディアの〈龍宮〉の項目でも〈(気仙沼には)山神様と龍宮様が争いをして、龍宮様が勝った話が漁師に伝承されている。山神がオクズ(気仙沼でタツノオトシゴの意)を観た事がなく、勝てなかった。この話は、海資源の豊かさと優位性を語ったものとされる〉との記述がありました。

なお、JR大船渡線の愛称〈ドラゴンレール〉は、龍宮伝説とは関係なく、線形が龍の形に似ていることから名づけられたとのこと。それにくらべて今回の大島架橋の愛称は、気仙沼の伝奇・伝説をうまく利用した、なかなかのネーミングだなと感心しました。

鶴亀大橋は、平成30年度中の完成を目指しています。気仙沼市民、特に大島住民にとって悲願とまで言われたこの橋が無事に完成することを願っております。

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水を運ぶ少年の姿

きのうのブログで、亡くなった高倉健さんが、〈気仙沼ニッティング〉の第一号のセーターを予約してくれたという話を紹介しました。気仙沼ニッティングの18日のツイートにも〈気仙沼ニッティングの構想が生まれた時、まだ商品のデザインも出来上がらぬうちに、高倉健さんは、注文するよと言ってくださったのでした。気仙沼ニッティングの最初のお客さまです。背中の大きなカーディガン。ただ感謝しかありません。ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします〉と記されています。

そしてきのう19日、河北新報の配信記事にはまた驚かされました。高倉さんは、映画「あなたへ」の台本に、震災直後の気仙沼で唇をかみしめ水を運ぶ少年の写真を貼り、持ち歩いていたというのです。

鹿折加藤君
河北新報配信記事の一部イメージ

河北新報11月19日配信記事

記事によれば、写真の少年は現在 鹿折中学2年の松本魁翔(かいと)君。津波で新浜町の自宅が全壊し、近くの親類の家に身を寄せていた当時小学4年の松本君は「みんなの役に立ちたい」と黙々と井戸水を運びました。そして、高倉さんは新聞から切り抜いたその写真を「宝物」と言って台本に貼り付けていたそうです。以下、記事を引用します。

〈 高倉さんと松本君は手紙も交わしている。「気仙沼を立派にして健さんを招待したい」と松本君が送った手紙に昨年4月、高倉さんから返事が届いた。「常に被災地を忘れないことを心に刻もうと映画の台本に魁翔君の写真を貼って毎日撮影にのぞんでいました」
 「私は魁翔君があまり注目されすぎてしまうことをのぞみませんでした。人生で一度しか味わえない子供時代の日常生活を、できるだけ平穏に過ごしてほしいと願っているからです」と、松本君を思いやる心情もつづられていた。
 手紙は「遠くからですが、貴方(あなた)の成長を見守っています。負けないで!」と締めくくられていた。〉引用は以上。

この話、今朝のフジテレビ〈とくダネ!〉でも、気仙沼での松本君の取材映像もまじえて紹介していました。そこにうつった高倉さんからの手紙の冒頭には、〈突然の手紙で驚いていることでしょう。記者の方に住所を調べてもらいこの手紙を書きました〉などと書かれているように見えました。

2011年3月14日に撮影された水を運ぶ少年の姿。高倉さんは「毎朝、写真を見るとぎゅっと気合が入る」と語っていたそうです。


高倉健さんの最後の主演映画となった「あなたへ」は、11月23日(日)夜9:00からテレビ朝日系列で放送されます。

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気仙沼と希望の船

高倉健さんが11月10日に亡くなったとのニュースには驚きました。昨日の夜も今日の朝も、高倉さんを悼む声があふれています。そんな中にあって、私がちょっと驚いたのが、糸井重里さんのつぎのツイートです。

〈「気仙沼ニッティング」の、第一号のセーターを予約してくれて買ってくださったのが高倉健さんでした。あの時、ほんとうに勇気になりました。合掌〉

実に高倉健さんらしい逸話です。ありがとうございました。


さて、今日は東北大学教授 川島秀一さん(気中21回生)を講師として今月29・30日に気仙沼で開催される〈みなとのがっこう〉を紹介予定だったのですが、ネットで情報を探していましたら、今週土曜日に同じく川島さんが基調講演を行う気仙沼でのシンポジウムがありましたので、まずはこちらを紹介します。

リアスアークシンポ

ポスター内容などから概要を以下に。

◎シンポジウム「海のまちと希望の帆船」
日時:11月22日(土)13:30〜16:00
会場:リアス・アーク美術館

入場無料 定員80名

宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)では、平成26年度から秋にかけて企画展「海のまちと希望の帆船」を開催し、復元船と使節船、二つのサン・ ファン・バウティスタの姿を通して、困難を乗り越える勇気・希望を持って未来に進むことの大切さについてお伝えしました。海のまち・気仙沼市を会場として開催する今回のシンポジウムでは、企画展の内容を踏まえ、「船と人類の関わり」について探っていきたいと思います。

◎基調講演
「三陸地方における船の歴史と民俗」
川島秀一氏(東北大学災害科学国際研究所教授)
◎ディスカッション
「船はなぜ象徴となるのか」
救済神話の「ノアの方舟」をはじめ、古来より船はさまざまな象徴として使われてきました。船のかたちや役割は、時代や場所によって大きく違います。しかし、それらをひとつの場所に並べてみたとき、共通する要素が見つかるはずです。それは、「希望の帆船」同様、困難を受けた我々にとって前に進むためのヒントになりえます。リアス・アーク美術館学芸係長の山内宏泰氏をコーディネーターとして、パネリストは、川島秀一氏、庄司潤子氏(仙台文学館学芸員)、濱田直嗣氏(宮城県慶長使節船ミュージアム館長)です。

なお、シンポジウム開催と同時に、宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)で7月21日(月)~10月26日(日)まで行われた企画展「海のまちと希望の帆船」のパネル巡回展示を行います。

主催:公益財団法人慶長遣欧使節船協会
助成:日本財団(「船の科学館・海と船の博物館ネットワーク」支援対象事業)

紹介は以上です。
私はこのシンポジウムを、〈気仙沼〉を検索キーワードとしたツイッターで知りましたが、ちょっとPR不足との印象を受けました。川島秀一さんの〈三陸地方における船の歴史と民俗〉はできることならば私も聴いてみたいテーマです。この催しを知らずに聞き逃す人がいたならば本当にもったいない。そう思いつつ本日のブログといたしました。お時間が許せば是非お出かけください。

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和夫君と太鼓の縁

11月15日(土)、川崎市総合福祉センター(エポックなかはら)で開催された和太鼓の演奏会に行ってきました。第5回目となる〈和太鼓 蓮(れん)うてなチャリティ演奏会2014〉です。

今年4月に亡くなった千葉和夫君(3年11組)は、2009年の第1回目からこのチャリティ演奏会の様子を撮影してきました。そして、2012年8月には、〈蓮うてな 演奏&体験会〉をコーディネートして、気仙沼の仮設住宅3カ所を一緒に回っています。各会場での演奏会実施にあたっては、同級生にずいぶん世話になったと和夫君が語っていました。

15日の演奏会では、会場ロビーに1コーナーが設けられ、気仙沼での演奏会の様子のほか、ファイルに収められた被災地域の写真や、パソコンでのスライドショーなどで和夫君の写真を見ることができました。

ステージ プロフィール
コーナー まゆみ
ファイル メンバー

〈写真家 千葉和夫〉のプロフィールも紹介されていました。その一部を紹介します。

「市内の仮設住宅を一緒に訪問し、和太鼓を体験している人々の表情を追った写真は、まさに人の‘心’に寄り添った写真として、とても印象的でした。口数はあまり多くなく、人物はほとんど撮らないとおっしゃっていましたが、内には常に熱い想いをお持ちでした。写真を撮る時には印刷時の加工をイメージしながら撮影していらしたそうで、ご自分の納得のいく仕上げで写真集を制作されることを望んでいらっしゃいましたが、突然の病により、本年4月26日、その生涯を閉じられました。今までのお付き合いに深く感謝するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします」


ステージの休憩時間に写真を見ていたら、隣で〈気仙沼に行ったときには、小さな子どもたちも本当に喜んでくれたのよ〉という女性の声が聞こえてきました。私が気仙沼出身で和夫君の同級生であると伝えたところ、驚いて〈千葉さんにはいつも素晴らしい写真をとっていただいて、亡くなったことが今でも信じられないんです〉と語ってくれました。

このチャリティ演奏会では、東京・神奈川の和太鼓グループの演奏のほか、11名もの長唄、三味線、囃子方(はやしかた)の演奏による日本舞踊などもあり、大変すばらしいものでした。入場料・寄付金等は、すべて「みちのく未来基金」と「ゆめ風基金」に寄付されるそうです。

〈蓮うてな〉の中澤政治さん、寺内そのえさんをはじめ関係者の皆様、和夫君追悼へのご配慮をはじめ、いろいろとありがとうございました。お礼を申し上げます。

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ふかひれのスープ

先日、ネットのツイートを眺めていたら、無印良品の〈気仙沼産 ふかひれのスープ〉という文字が目に入りました。さっそく調べてみたら、以前の〈ふかひれスープ〉がリニューアルされていました。

ふかひれスープ
    「気仙沼産 ふかひれのスープ」無印良品ネットストアより

昨年6月、〈ごはんにかける ふかひれスープ〉の販売中止を求めるキャンペーンに対して無印良品側は毅然と反論して販売を継続しました。その経緯はこのブログでも紹介しました。

2013年6月11日ブログ「頑張れ!無印良品」

無印良品を展開する株式会社良品計画のプレスリリースによれば、〈ごはんにかける〉シリーズをリニューアルしたのは今年の4月、〈ふかひれのスープ〉には〈気仙沼産〉の文字も加わって新しくなりました。

無印良品の自由ヶ丘店にはよく立ち寄ります。昨日ものぞいて、ふかひれスープを探したら、ちゃんとありました。我々には馴染みの深い〈気仙沼ほてい〉のふかひれスープに比べると一回り小さなパッケージです。

リニューアルに伴って価格も値上げしていますね。以前は140gで税込み399円でしたが、リニューアル後は同じ140gで500円となっています。写真を見ると、ふかひれが増えているような気がなんとなく、それとあとは〈気仙沼産〉のブランド使用料ということで、納得いただければと(笑)。

以前のブログにも書きましたが、福寿水産の臼井弘君(3年4組)が昨年、〈無印良品の人達が気仙沼に来て、市場の視察や関係者の話を聞いていった〉と話していました。今回のリニューアルにあたって加えられた〈気仙沼産〉の4文字にも、無印良品関係者の気仙沼に対する応援の気持ちが感じられます。良品計画の皆様のご配慮ご支援に、あらためて御礼を申し上げます。


なお、この〈気仙沼産 ふかひれスープ〉は下記ネットストアよりご注文いただけます。

無印良品ネットストア

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御手洗さんの覚悟

きのうの小春さんの記事もそうですが、11月11日は、震災から3年8カ月の月命日ということもあって、震災関連の記事やニュースが多かったようです。本日紹介するのも、そんな記事のひとつです。朝日新聞の朝刊に、気仙沼ニッティングの代表、御手洗瑞子(みたらい たまこ)さんが紹介されていました。

朝日 御手洗
朝日新聞2014年11月11日朝刊の記事一部イメージ

朝日新聞11月11日配信記事

気仙沼ニッティングについて、詳しい説明は不要と思いますが、記事の後半を引用します。

〈 御手洗さんは、「幸せの国」で知られるブータンで、震災発生を知った。首相フェローとして、産業や観光政策づくりなどに携わっていた。

 2011年秋、コンサルティング会社のマッキンゼーに戻り、被災自治体の産業の復興戦略を考える仕事をした。だが、御手洗さんは、東京で語られていた「復興」は、漠然としたものばかりだと感じた。「種をまき、育て、地域の人が自立できる産業を育てるのが大事ではないのか」。そんな時、対談を通じて知り合ったコピーライターの糸井重里さんから「気仙沼で、ニット会社をやってみないか」といわれた。御手洗さんは「ブータンでも東北でも、大事なのは自立を促すこと。支援だけでは、その地域が持つ本来の力をそいでしまう」。
 地域の力を生かした産業を作るには、働く人が誇りを持てることも大切だ。編み手の女性たちに、初年度の収支が黒字を達成したと報告した時のことだ。「市に納税できます」と言うと、拍手が起こった。ある女性は「これで、肩で風を切って外を歩けるわ」。
 御手洗さんは、いずれ会社経営を地元の人に譲ろうと思っていた。しかし、今は違う。「この地に根づき、得た利益を地域に還元したい」 〉引用は以上。

記事の結びにある、いずれ会社経営を地元の人に譲るのではなく〈この地に根づき〉という言葉に感じ入りました。コンサルタントではなく、経営者としての御手洗端子さんの覚悟を感じたのです。


なお、本日11月14日(金)から2ndモデル『エチュード』のインターネット販売が始まっています。11月28日(金)午前11時まで。どうぞご覧ください。

『エチュード』オンラインストア
9月24日ブログ「冬の海 と 春の海」

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小春ちゃんの記事

きのう、仙台の平野秀明君(3年3組)が、11月11日の河北新報に林(奥玉)小春さん(2組)の話が掲載されていたよと教えてくれました。河北新報は、毎月11日には〈いのちと地域を守る〉という特集記事を掲載していますが、調べてみたらその中にありました。

小春さん河北
河北新報2014年11月11日記事の一部イメージ

河北新報オンライン「いのちと地域を守る」

この記事は、河北新報社が宮崎日日新聞社と共に宮崎市で開催した10月28日の巡回ワークショップ「むすび塾」に参加した〈語り部〉のメッセージを紹介したもの。当日は、保育園児たちの避難訓練も行われ、小春さんがビデオを通して語った内容の要旨が記事として掲載されています。以下に引用します。

◎東日本大震災の語り部から
 林 小春さん(気仙沼市)

地域との連携大切

震災発生当時、気仙沼市の一景島保育所長を務めていた。0〜6歳の乳幼児71人が昼寝をしていたときに大きな揺れに襲われ、女性ばかり12人の職員が、手分けして子どもを園庭に出した。
気仙沼中央公民館に避難を始めた時に、近くの水産加工会社から2人の男性社員が、応援に駆けつけてくれた。避難に付き添い、公民館では子どもを上階に抱えて運ぶなど、率先して力仕事をこなしてくれた。
保育所は宮城県沖地震に備え、普段から同社に避難訓練への参加を呼び掛けていたほか、災害発生時には協力をしてもらう約束をしていた。地域との連携の大切さをあらためて感じた。(ビデオ参加)

引用は以上です。
一景島保育所から中央公民館への園児避難にあたっては、近所の水産加工会社の2人の男性社員が応援してくれたんですね。本当に有り難い。新聞記事は要約されていますが、きっとビデオでは詳しく話されたことでしょう。

平野君は、〈奥玉屋の小春ちゃん〉と白百合幼稚園で一緒だったとのこと。家も道路をはさんで近く、よく遊んだそうです。〈新聞記事の小春さんの写真を観たらいろいろと思い出した〉そうです。何を思いだしたのでしょうか。そっちの話も面白そうです(笑)。

平野君、いつもありがとう。この河北新報の記事は小春さんが元気な証拠でなによりでした。仙台も気仙沼もずいぶん寒くなったことと思います。お互い、風邪などひかぬよう気をつけましょうね。それではまた。

2013年2月15日ブログ「小春さんの3.11」

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気仙沼TV放送史

昨日のブログで、〈昭和40年代、魚町大通りの静かな夜景〉の写真を紹介しました。しかし本当に昭和40年代の風景だろうか。もっと前ではないかとの疑問が残りました。

11月11日ブログ「魚町の静かな夜景」

写真には〈ゼネラルテレビ〉の看板がふたつ写っています。(ゼネラル/八欧(やおう)電機を知る人も少なくなりましたね。現在の富士通ゼネラル)。気仙沼でのテレビ放送開始の歴史を調べれば、なにかわかるのではないかと思い、気仙沼市史を調べてみました。

市史テレビ
気仙沼市史第5巻 産業編(上)第8章3節「通信」の一部イメージ

以下、市史第5巻 産業編(上)の記述内容を要約します。

気仙沼市内では、昭和31(1956)年3月5日の夜、南町の佐賀無線が調整試験電波受信に初めて成功したそうです。同月15日からNHK仙台テレビが試験電波発信、22日から放送を開始しました。しかし、当時のテレビ受像器は14インチで8万5千円と高価で一般家庭にはあまり普及しませんでした。昭和31年12月には、TBS系列東北放送の気仙沼放送局が九条に開局しています。

そして昭和34年には、4月10日の皇太子と美智子さん(現 天皇皇后両陛下)の結婚パレードをテレビで見ようということで、気仙沼市内でも約400台のテレビが家庭に入ったといいます。(気中20回生が小学校2年生のとき)しかしこの当時は電波状態があまりよくなかったそうです。そのため、長ケ森山(小田注:本吉町との境にある「長の森山/ちょうのもりさん」)に中継塔が建設され、昭和37年9月1日(小5)に中継放送を開始しました。

昭和38年9月(小6)には、仙台テレビ気仙沼中継塔も完成し放送を開始しています。フジテレビ系列の仙台放送ですね。昭和39年の10月(中1)には、NHK、東北放送、仙台放送のカラー放送を気仙沼市内で受信することも可能になりました。東京オリンピックをカラーで見ることができたのです。この昭和39年当時のことを市史ではつぎのように記しています。

「1台20万円するカラーテレビ販売合戦が開始され、特に気仙沼出身の大和田智子がフェンシングに出場するというので人気は上々、全世帯の75%にカラーテレビが普及し、昭和42年にはカラーテレビがほとんど全家庭に普及した」

そして昭和47年3月(私は20歳)には、日本テレビ系列の宮城テレビの気仙沼中継局が完成します。テレビ朝日系列の東日本放送についての記述は市史にありませんでしたが、同社の沿革によれば開局は昭和50年4月です。気仙沼でも同時に視聴可能になったと思います。なお、県内最初の有線テレビ「気仙沼テレビ」(KTB)の開局は昭和58年9月1日のことです。

気仙沼でのテレビ放送の変遷をながめてみると、きのうの写真は昭和30年代のなかばではないでしょうか。昭和39年には既にカラーテレビの販売合戦があったというのですから、40年代の写真であれば〈カラーテレビ〉の文字があっていいはずです。

以上の検討により、当ブログ読者の皆様には、きのうの写真キャプションを〈昭和30年代、魚町大通りの静かな夜景〉に修正ということで、どうぞよろしく。

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魚町の静かな夜景

今日で震災から3年8カ月。

本日紹介する写真は、気仙沼の地域情報誌「浜らいん」の〈昭和の気仙沼風情〉カレンダー11月12月の写真。〈昭和40年代、魚町大通りの静かな夜景〉。

坂本商会
浜らいん「昭和の気仙沼風情」カレンダーより(クリックで拡大)

大変なつかしい思いのする写真です。大堀銀座交差点から入沢の入口方向をながめたもの。左端が家電製品やレコードを扱っていた〈坂本商会〉。その隣、みつ豆や氷の看板がうつっている店が菓子店の〈松月堂〉。そのまた右隣が〈長井〉だと思います。長井時計店のイメージが強いのですが、以前は電気製品も扱っていました。

写真のキャプションの年代記述が確かであれば、昭和40年代の前半であるように思います。私にとっては、昭和30年代末といわれたほうが自然な感じ。

私の家での家電製品は坂本商会から買っていました。小学校のころ、縦10センチ横20センチぐらいの東芝のカタログをながめては、次はこれがいいねなどと夢をふくらませていたものです。ゆで卵器やアイスクリーマーなども買いました。我が家に家庭電化の時代がおとずれていたのです。電気掃除機は日立。父が〈モーター製品は日立がいい〉とこだわった。たしか当時は、〈モートルの日立〉と呼ばれていたのではないでしょうか。

この光にあふれた〈坂本〉〈長井〉両店の向かいには映画館〈ロマンス座〉がありました。私たちが小学生だったころの魚町の通り。ながめていると、いろんなことが思い出されて、なにか不思議な感じがしてくるのです。

7月11日ブログ「映画館ロマンス座」

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残念!ホヤぼーや

先週は、テレビ番組やイベントの紹介をしているうちに一週間がおわってしまいました。そんなことで大変遅くなりましたが、11月1日から3日まで愛知県の中部国際空港セントレアで決戦投票が行われた〈ゆるキャラグランプリ2014〉の結果報告を。

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読売新聞11月8日配信記事のイメージ

参戦していた気仙沼の〈ホヤぼーや〉は、宮城県内では1位でしたが、東北地区内で4位、全国では112位という残念な結果に終わりました。得票数約4万4000。一昨年は得票数約6万5000で東北1位・全国26位。昨年は得票数8万1000で全国36位、東北2位に終わっています。それだけに、今年はまずは〈東北1位〉をと〈選挙対策本部長〉をつとめた菅原市長も語っていたのですが結果は東北4位。対策本部長の責任を問う声もあがっています。ってなことはないか(笑)。

私も応援していたのですが、なんかずるずると順位を下げていくのを見るのは結構つらかった。グランプリ出場はもうなしということでもいいのではないかと思うほどでした。

でもね、読売新聞によれば、菅原市長は7日の記者会見で「ホヤぼーやに、スキーやサーフィンなどの『技』を身に着けさせたい」と記者会見で語ったとのこと。新たなファン獲得に向け、作戦を練り直す構えだというのです。市長もそうだけど、ホヤぼーやもなかなかご苦労なことだなあと思いました。

残念な結果ではありましたが、ホヤぼーやにお寄せいただきました、皆様のご声援とご協力に厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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週末イベント情報

今週末の気仙沼関連のイベントやテレビ放送に関する情報をお知らせします。4件で少し長くなるのですが、ご勘弁ください。

1:つなげるコンサート    

あした8日(土)のNHK総合テレビ「つなげるコンサート」に畠山美由紀さんが登場します。これは、10月18日に〈公開復興サポート明日へ in 日立〉として、日立市民会館で収録されたもの。

◎つなげるコンサート
~名曲が心の絆を結ぶ~
◎NHK総合テレビ
◎11月8日(土)午後5:00〜6:00

美由紀さんが歌うのは、『おんな港町』。そして番組では、オリジナル曲を歌った八代亜紀さんも登場するとのこと。ふたりのデュエットとなるのでしょうか。楽しみですね。

2:畠山美由紀ライブ     

11月9日(日)、畠山美由紀さんは気仙沼。松岩の八幡さま、古谷館八幡神社(こやだて はちまんじんじゃ)の舞殿(まいでん)落成記念〈ふるさと応援コンサート〉で歌います。整理券が必要とのことなのですが、担当の方に電話してみたところ、神社関係者はじめ地元の方々や被災者にお配りしていて残りがほとんどないとのことでした。そんなことで、詳細は省略いたしますが、美由紀さんが育った気仙沼・松岩の、それも八幡神社でのライブというのはなかなかの趣向と思います。畠山美由紀ライブ in古谷館八幡。

畠山美由紀 公式HP

3:両国回向院/地福寺出開帳  

11月8日(土)から24日(月)まで、東京・両国の回向院(えこういん)では「地福寺出開帳 東日本大震災 復幸支縁」が開催されます。地福寺は、気仙沼の波路上(はじかみ)にあるお寺さん。この住所、私にとっては階上(はしかみ)地区といったほうがわかりやすい。ご住職は片山秀光和尚、ジャズドラマーのバイソン片山さんのお兄様です。

◎地福寺出開帳 および関連催事
◎11月8日(土)〜11月24日(月)
◎会場:両国回向院
東京都墨田区両国 2-8-10
JR総武線両国駅西口より徒歩3分、地下鉄大江戸線両国駅より徒歩10分

回向院アクセス

〈出開帳〉とは、ご本尊などがもともと鎮座している寺などを離れ、ほかの場所に出張し拝観できるようにすることのようです。今回は、東日本大震災で被災した地福寺のお地蔵さん(本尊延命地蔵菩薩坐像)が回向院にて出開帳します。なお、本堂の2階展示場には数百枚もの気仙沼の被災当時の写真が展示してあるそうです。拝観料は500円ですが、下記のイベントは無料です。

両国回向院webサイト
地福寺webサイト

詳細は、サイトをご覧いただくとして、会期中の催事をふたつ紹介します。

◎節語り説法ユニット カッサパ コンサート

11月9日(日)・16日(日)・23日(日)
14:00開演

片山秀光和尚率いる唄と語りの説法グループ「カッサパ(三迦葉)」のライブ。片山秀光和尚(節語り・ボーカル)、バイソン片山(ドラムス)ほか。

◎「明戸虎舞打ちはやし」岩井崎明戸虎舞保存会
11月8日(土)11:30〜/12:30〜 回向院境内

目黒のさんま祭でも演奏してくれた、あの岩井崎明戸(あけと)の虎舞と太鼓です。

◎両国まるごと気仙沼フェスタ

気仙沼フェスタ

以上の回向院催事と同時に、気仙沼の浜焼きや物産市などを行う「両国まるごと気仙沼フェスタ」も開催されます。

物産市では、さんま佃煮やふかひれのスープ、わかめなどの名産・特産品を販売、浜焼き(土日祝のみ)では、ホタテ、イカ、牡蠣などの気仙沼の新鮮な魚介類を提供します。また、連動企画として両国の飲食店で、気仙沼産を使用した特別メニューを提供するとのことです。

詳細は上記 回向院のサイトをご覧ください。

4:ドラマ「生きたい たすけたい」

今年3月に放送され、9月に再放送、そして今回が再々放送となります。

◎特集ドラマ「生きたい たすけたい」
◎NHK総合テレビ
◎11月8日(土)15:45〜17:00

以下、9月再放送を紹介したときのブログを再録します。

「未曾有の被害をもたらした、東日本大震災。その只中で「たすけたい」という思いの連鎖がひとつの奇跡を生んだ。宮城・気仙沼、ロンドン、東京……人々の勇気と絆の物語。
2011年3月11日、東日本大震災発生。宮城県気仙沼市で、着の身着のままで公民館に避難した、446人。避難した人々を容赦なく襲う、10メートルを超える津波。小さな命を守るため、障害児施設の園長を務める真佐子(原田美枝子)や保育所所長・つつじ(余貴美子)をはじめとする大人たちは子どもらに優しく語りかけ、身をていして、寒さや火災、そして恐怖と必死に闘い続けた。そんな時、ある奇跡の絆が彼らの窮地を救う」(番組HPより)

このドラマでは、震災当時に保育所所長だった同級生の林(奥玉)小春さん(3年2組)の役を、余貴美子さんが演じています。またメインキャストのひとり上地雄輔さんは、父親が経営する水道工事会社に勤めているという設定ですが、これは〈澤井製作所〉澤井充君(4組)の息子さんのことでしょう。(再録は以上)

以上でお知らせを終わります。
このブログの準備をしていた昨日、ぶっちゃん/吉田恵子さん(3年8組)に美由紀さんのライブのことで電話してみました。知ってはいたものの、主宰するピアノ教室のコンサートと重なり、残念ながら行けないよと語っていました。惜しい。しかし、元気な様子でなによりのことでした。

それでは皆様、良い週末を。

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気仙沼、みつけ旅

本日は、11月23日・24日の気仙沼への旅行企画をご案内します。モニターツアー「気仙沼、みつけ旅。」。JTBの「東北ふるさと課 第七章」として実施されるもので、プロデュースは漁業・水産関係者をはじめ気仙沼の有志による「観光チーム気仙沼」です。このツアーは、復興庁の平成26年度「新しい東北」先導モデル事業におけるモニターツアーとなっています。

モニターツアー表

ツアー内容
ツアー案内リーフレットより(クリックで拡大)

以下、一般社団法人「リアス観光創造プラットフォーム」のホームページから、このツアーの案内文を引用します。

11月23日(日)~24日(月・祝)、「気仙沼、みつけ旅。」というモニターツアーが開催されます。旬の牡蠣の養殖場を船で巡ったり、漁師町ならではの郷土料理を味わったり、震災の爪痕を見る時間もあります。
料金は1泊2日で28,000円。観光しながら、気仙沼市の新たな魅力や、よりよく見せるための工夫などを探すツアーです。復興庁の補助事業として実施するので値段は安めになっておりますが、その分、アンケート記入にご協力をいただいたり、地元の観光関係者との意見交換会にご参加いただいたりする時間もあります。その点をご理解いただいた上でご参加くださいますようよろしくお願い致します。詳細・お申込みは、下記のサイトからどうぞ。

JTB 東北ふるさと課 WEBサイト
(先着順です。定員になり次第締め切らせていただきます)

◎ツアー概要
日程:2014年11月23日(日)~24日(月・祝)
料金:28,000円
行程:
11月23日(日)
※ 朝、東京発
・ゆう寿司(地魚・フカヒレ寿司)
・岩井崎、向洋高校(震災遺構巡り)
・リアスシャークミュージアム
・サメの歯キーホルダー作り
11月24日(月・祝)
・鹿折、安波山など市内見学
・唐桑・牡蠣養殖の体験(漁船乗船・牡蠣剥き体験も有り)
・ばっぱの台所(漁師町ならではの郷土料理)
※ 夜、東京着
(※ 震災後、気仙沼を観光で初めて訪れる方向け)


引用は以上です。ご紹介したツアーは、第七章でしたが、第六章(6回目)は11月8日(土)からの1泊2日で、昨年秋に唐桑の牡蠣棚の下に沈めた地酒を引き上げ、新たに貯蔵するツアーとして実施されます。

なお、この「東北ふるさと課(化)」シリーズツアーは、9月に開かれた日本旅行業協会(JATA)の「JATAツアーグランプリ2014」で観光庁長官賞を受賞しています。(株)JTBコーポレートセールス、そして「観光チーム気仙沼」や「リアス観光創造プラットフォーム」など気仙沼の関係者の皆様、遅ればせながら受賞おめでとうございました。今回のツアー企画にも多くの方が参加されるよう願っております。

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鈴木啓 写真画展

きのう11月4日から東京の目黒で開催されている写真展を紹介します。気仙沼高校関東同窓会の事務局をはじめ様々な気仙沼支援を行っている武山健自さん(気中41回生・実家は魚町の武山米店)から情報を頂きました。

鈴木写真展

◎鈴木啓写真画展
「PICTORIALIST」
〜震災を越えて甦る昭和初期の宮城気仙沼の郷土風景

日時:11月4日(火)〜11月16日(日)
   11:00〜18:00(月曜休館 最終日17:00まで)
会場:ギャラリーコスモス
   東京都目黒区下目黒 3-1-22 谷本ビル3階
   TEL.03-3495-4218 fax.03-3494-8622

気仙沼市八日町の鈴木金物店の先代である鈴木啓さんが撮影した昭和初期の気仙沼風景写真の展覧会。ギャラリーのホームページや案内はがきに掲載されている写真は、1929(昭和4)年撮影の〈追分風景〉という作品です。

展覧会名は、PICTORIAL(写真の)とREALIST(写実主義者)を結んだ造語でしょうか。PICTO+REALIST=写真による写実主義者。展覧会名でも、〈写真展〉ではなく〈写真画展〉としています。〈写真画〉とは、写真による絵画的な写真表現を意味しているのでしょう。いわゆる〈芸術写真〉。調べてみると、資生堂の創業者の息子で株式会社資生堂初代社長となった福原信三が〈芸術写真〉の雑誌『写真芸術』を創刊したのが1921年です。鈴木さんの表現もたぶんこの流れのなかにあるのではないでしょうか。その後の写真は、絵画とは異なる表現を目指す〈新興写真〉の時代へと移行していきます。そして木村伊兵衛も参加した〈新興写真〉の雑誌『光画』が1932年に創刊されます。

たぶん鈴木啓さんは、『写真芸術』も『光画』も購読していたでしょう。気仙沼にいて、その風景をフィルムと印画紙に定着させながら、雑誌で知る写真の新しい潮流をどのように感じていたのか。そんな時代の変化を念頭において、作品を見てみたい。

この展覧会の紹介にあたって、『気仙沼文化史年表』の索引で「鈴木啓」さんを調べてみたのですが見当たらず。ちょっとがっかりして、上掲〈追分風景〉の撮影年1929年(昭和4年)の頁を開いてみたら、ありました。3行目につぎの記述。

昭和4年1月14日 全国芸術写真展出品の鈴木啓『田家の朝』が大臣賞受賞(大気新聞)

こうした偶然みたいな発見は本当にうれしい。(とはいえ、この6行下には、2月23日の気仙沼大火があるのですが)

この展覧会、11月7日(金)午後6時より、会場にてレセプションパーティーとのこと。私も時間をつくって参加しようかなと思っています。時間のある方は是非お出かけください。

なお、鈴木啓さんの息子さん(修正追記:息子さんではなくお孫さんのようです。啓さんは昭和25年にお亡くなりになったとのことです)が、気仙沼の古い写真やフィルムを紹介する催しや地域振興のイベント活動を熱心になさっていた鈴木敦雄さん(気高30回生ですから、たぶん気中28回)です。このブログでも敦雄さんに関することをふたつ書いております。お手すきの時にでもお読みいただければと。金曜日7日夕方、敦雄さんにもお目にかかれるとうれしいのですが。

2011年6月9日ブログ「気仙沼の真空管」
2013年5月10日ブログ「絶望と希望の狭間」

ギャラリーコスモス 地図
JR山手線・東京メトロ南北線・東急目黒線 「目黒駅」
目黒駅西口から大鳥神社方面へ徒歩12分

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文化の日の歌番組

昨日の朝、新聞のテレビ欄をながめていたら、正午からのテレビ東京「歌いーな!」に畠山美由紀さんの名がありました。録画で視聴。

美由紀1

美由紀2
テレビ東京「歌いーな!」のテレビ画面(クリックで拡大)

歌った曲は「歌で逢いましょう」。昭和の名曲をカバーした畠山美由紀さんの新しいアルバム「歌で逢いましょう」に収録されているオリジナル曲です。バックコーラスの真城めぐみさんとのハーモニーも素晴らしく、私がこれまで聴いたなかで一番よかった。

この番組には小野リサさんも出演しており、「街の灯り」を歌いました。これもとてもよかった。オリジナル曲はTBS系ドラマ『時間ですよ』で堺正章さん(健ちゃん)が歌う劇中歌でした。1973年のシリーズ。

そばに誰かいないと
沈みそうなこの胸
まるで潮がひいたあとの
暗い海のように
(作詞:阿久悠 作曲:浜啓介)

この曲を小野リサさんがカバーしたわけですが、〈サウダージ〉というんでしょうか、ボサノバのもつ哀愁や郷愁、そしてせつなさがしみじみと伝わってきました。ほかの人の楽曲をただ歌うだけでなく、新たな魅力がつけ加わっている。小野リサさんは52歳。

もう一人の出演者、南佳孝さんには少々がっかり。歌ったのは自分の曲「モンロー・ウォーク」と「スローなブギにしてくれ (I want you)」の2曲。私の大好きな曲でしたが、南さんは高い音がつらそうだし、ブルースを感じさせたはずのところに演歌感がはいりこんでしまい、残念。こちらは64歳。

旬を迎えてこれからがさらに楽しみな美由紀さん42歳の歌声。若手だと思っていたらいつのまにか50歳をこえて新たな魅力が加わっていた小野リサさん。そして、さすがに歳を感じさせた南佳孝さん。いろんなことを思わせた文化の日の歌番組でした。




「歌で逢いましょう」公式YouTube試聴サイト


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あしたはどっちだ

今日は祝日、文化の日。1946(昭和21)年のこの日、日本国憲法が公布されました。明治天皇の誕生日でもあり、戦前は〈天長節〉〈明治節〉としての休日でした。

本日はテレビ番組のご案内。明日の見えない時代に、明日に向かって頑張る人を応援する関ジャニ∞ 応援ドキュメント「明日はどっちだ」です。NHK総合テレビ。

明日はどっちだ
番組ホームページのイメージ

この番組では、3回にわたってピアノ修復師をめざす気仙沼出身の斉藤真帆さん20歳の女性を応援します。明日11月4日には1回目の再放送と2回目の放送があります。3回目は11月11日の放送です。

◎1回目(#62)
11月4日 午後4時05分~4時30分(再放送)
(追記:国会中継の関係で放送がなくなりました。今後の予定は未定とのこと)

時を経て傷んだピアノをよみがえらせるピアノ修復師。膨大な部品を扱う極めて繊細な仕事。その世界に飛び込んだ20歳の斉藤真帆さんは、宮城・気仙沼出身。大震災で自宅を流失、愛するピアノも失った。そんな中、ピアノ修復の仕事を知ると「少しでも前に進みたい」と単身上京した。そのゆくえは? (そしてもう一つの話の続き、父の仕事を継ぐため山小屋修業する男性に転機が!)

◎2回目(#63)
11月4日(火)午後10時55分~午後11時20分
震災で自宅とピアノを失った斉藤真帆さんは、ピアノ修復師をめざし東京で修業中。今回は小学校で約40年間思い出をつむいできたピアノに、師匠とともに挑む。だが膨大な部品を扱う気の遠くなる作業に、つい弱音も。そんな折、気仙沼に帰省した真帆さんを待っていたのは家族の温かい励ましだった。(また、山小屋で働く沖田さんは、年に一度の播隆祭にやってくる大勢の客のおもてなしを任された。大勝負が始まった!)

◎3回目(#64)
11月11日(火)午後10時55分~午後11時20分
(この回からは、関サバ関アジをとる漁師に憧れ、大分にきた27歳が初登場)一方、斉藤さんは、ピアノ修復師をめざし特訓中。ある日、老夫婦からの依頼が舞い込むが、師匠はなぜか「あの子にしかできない」と、経験の浅い真帆さんに修復を託した。いったい、その理由とは?

一回の放送の中でふたつの話が進行するようですね。1回目は見逃していたので、明日はまとめて2回分を視聴しようと思っています。皆様も予約録画などしてご覧ください。

この番組タイトル「明日はどっちだ」ってのは、寺山修司さんが作詞したテレビアニメ「あしたのジョー」主題歌のキメの言葉ですよね。〈おいらにゃ 獣の血が騒ぐ だけど ルルルル……明日はきっと何かある 明日はどっちだ〉。歌は尾藤イサオさん。なお、ちばてつやさんの原作漫画は、講談社の『週刊少年マガジン』に、私たちが高校1年生の時1968年1月1日号から1973年5月13日号にかけて連載されたそうです。ちょっとした豆知識ということで。なんの役にも立ちませんが(笑)。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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