今川悟議員のHP

今日で10月はおしまい。明日からはもう11月ですね。とにかく時が過ぎるのが早すぎる。たとえば、気仙沼市議会の報告会について書いたのがつい先日のことと思っていたら、9月8・9日のことでした。

市議会報告会とは 市議会報告会/2

この市議会についてのブログを書いたときに、関連情報をネットで探したのですが、その時によくできているなと感心したものがありました。気仙沼市議会議員 今川悟さんのホームページです。

今川議員HP
今川悟議員のHP/防潮堤コーナーの一部イメージ

今川さんは昭和50年生まれで、面瀬中学、気仙沼西高校を卒業後、陸上自衛隊やロッテリアを経て、平成11年から15年間を三陸新報の記者として過ごしました。そして今年4月の気仙沼市議会議員選挙では第2位の得票で当選しています。

ホームページには、〈気仙沼復興レポート〉や〈防潮堤コーナー〉などいくつかのテーマでのニュースや記事が数多く掲載されています。たとえば防潮堤については、復旧工事で岸壁が高くなった問題や東北大学災害科学国際研究所の報告書、さらには小泉地区の防潮堤についてなど、このブログでもとりあげたテーマが深く掘り下げられています。

詳細はホームページをお読みいただくことにいたしますが、防潮堤問題以外にも、気仙沼がかかえている様々な問題について詳しい情報が紹介されています。また、今川議員は、兼職ではなく議員専業で活動していますが、その収支報告もホームページでなされています。10月の収支報告の中には〈毎月5万円以上の活動費を議員報酬から手出しする状態が続いています。頑張れば頑張るほど経費がかかるという難題を抱えています〉との記述がありました。議員の報酬や政治活動費について関心が高まる昨今ですが、気仙沼市ではどうなっているかを知る良き情報になっていると思います。

このホームページを見て、市議会議員にも情報発信力が求められる時代になっているんだなと実感しました。明日からは三連休とか、お手すきのときにでもご覧いただければと。

今川悟議員HPトップページ
同HP防潮堤コーナー
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気仙沼港復旧工事

きのう29日、テレビ朝日などのANN(気仙沼は東日本放送)が、〈気仙沼漁港など、国による復旧工事が完了した〉とのテレビニュースを配信していました。



「東日本大震災で被害を受けた宮城県の3つの漁港で、国が行っていた復旧工事が完了しました。水産業復興の加速が期待されます。国による工事が終わったのは、宮城県の主要漁港である気仙沼漁港など3カ所で、今日(29日)は水産庁から県に工事の完了が通知されました」

このニュースは、〈水産業復興の加速が期待されます〉と、なんか〈いい話〉のように伝えていますが、〈あれっ、終わっちゃうの〉というのが私の第一印象でした。よくわからないので調べてみたら、水産庁の10月29日付けの報道発表資料がありました。

◎特定災害復旧等漁港工事及び海岸工事の完了について

「東日本大震災により甚大な被害を受けた、宮城県の気仙沼漁港及び石巻漁港、荒浜漁港海岸について、「東日本大震災による被害を受けた公共土木施設の災害復旧事業等に係る工事の国等による代行に関する法律」第3条1項及び第7条1項に基づき、宮城県知事の要請により水産庁が実施した代行工事が完了したことから、農林水産大臣から宮城県知事に対し、完了の通知を行いました。」引用は以上。

気仙沼に関していえば、〈被災した気仙沼漁港について、国(水産庁)が県の代わりに実施していた復旧工事が終わったよ〉ということ。あくまで、水産庁が関係する、法律などで規定された〈気仙沼漁港〉に関しての話ということのようです。

気仙沼の港に関する事業でも、国・県・市、それぞれの事業があるので複雑ですね。こうした様々な〈法律〉、そして場合によっては〈慣例〉の中にあって、市長はじめ市役所の皆さんも、いろんな工夫をして気仙沼の復興を進めているのだろうなと、あらためて感じました。数分のテレビニュースで語れるような単純な話ではないなと。

ただ、あまり被災地の現状を知らない方がこのニュースを見たら、実際には課題が山積しているにもかかわらず、〈気仙沼港の復興が終わったっぽい〉との印象を持ってしまったのではないかと、ちょっと心配になったのです。杞憂であることを願っています。

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KSS42秋の懇親会

10月19日に、仙台で「KSS42(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)」26年秋の懇親会が開催されました。代表の小山達朗君からメッセージをいただきましたので紹介します。

「10月19日(日)に、仙台地区の同年会である「KSS42」の秋の懇親会を開催しました。参加者33名が、それぞれの近況や思い出を語り合いながら楽しい時間を過ごすことができました。会場には、先日突然の訃報が届いた気仙沼の菊田雄三さん(気中3年8組)をはじめ亡くなった同級生を偲ぶポスターを掲げ、哀悼の意を表しました。
仙台の花の一番町にあるイタリア料理店「デル・カピターノ」での懇親会。お酒と美味しい料理を堪能しながら、賑やかに盛り上がりました。ゲストとして迎えた斎藤高史さん(同8組)の「アンチエイジング」をテーマにした話も、皆さんが興味深く聞いていました。斎藤さんは気仙沼で経営していたスポーツジムを、震災で被災した後、仙台市近郊の利府町に移しました。専門テーマである健康と身体づくりについて講演していただきました。私も日頃の運動不足と食生活改善の必要を実感しました。皆さんも大いに参考になったようです。
春の総会以来の集まりでしたが、3名の方が今回はじめて参加するなど、着実に参加者が増えております。これからもこの楽しい会を続けていきたいと改めて思った次第です」KSS42幹事一同 代表 小山達朗

下の写真は、送られてきた当日の集合写真です。黒田拓夫君など気仙沼からかけつけたメンバーもうつっています。

141019全員集合で

上記文中にあった追悼のポスターも紹介しておきましょう。このブログでの紹介用に修正して送ってくれました。デザイナー/イラストレーターの平野秀明君(3組)が制作しました。

捧げますポスター修正

平野君からもメッセージをいただきました。
「雄三君の訃報を知り、すごいショックでした。自分に何かできないのかと、その日の夜ずーっと思案しました。会の前日の午前中にアイデアが膨れ上がり、一気に仕上げた作品です。なにか、亡くなった雄三君やみんなのパワーを頂いてできあがったように感じています。今後の懇親会にいろいろな思いのこもった作品を展示できればと考えております」

気仙沼・神明崎の浮御堂(浮見堂)と高田松原の一本松。平野君のイラストレーションは光や陰影の表現など、さすがにうまい。ポスターには、震災で亡くなった2人と、その後に亡くなった気中同級生の名も記してありました。小山美年子さん(9組)の名も。

あくまで我々が知る範囲でのことですが、その数10人。多いのか少ないのか私にはわかりません。しかし、こうして惜しくも亡くなった同級生の名を目にすると、一年に何度か同年生が集まって楽しい時間を過ごせることが、本当にありがたいことなのだなあと思わずにはいられません。


なお、KSS42の事務局は弁護士 小松亀一君(6組)の法律事務所におかれていますが、そのウェブサイトでも、懇親会の様子が報告されています。こちらも是非ご覧ください。

小松亀一法律事務所サイト

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市場で朝めし中継

おとといの日曜日10月26日に同時開催された「市場で朝めし。」と「産業まつり」は無事終了しました。「市場で朝めし。」は昨年に引き続いての2回目でした。

一方、今年で30回目を迎えた気仙沼産業まつりは、気仙沼・本吉地方で盛んな農林水産業や商工業をPRするために昭和59年から始まりました。大震災の年は中止、一昨年と昨年は会場を本吉総合体育館に移して、本吉産業まつりと合同で開催されました。4年ぶりに気仙沼魚市場に戻ってきたことになります。

当日の会場の様子は、〈ほぼ日〉さんが前日からテキスト中継していました。産業まつりも含め、イベントの様子がよくわかります。

ほぼ日テキスト中継
テキスト中継サイトのイメージ(下記のほぼ日サイトから拝借)

「市場で朝めし。」をテキスト中継 2014

昨年、〈ほぼ日〉の協力を得ながら「市場で朝めし。」を企画したのは、〈気仙沼つばき会〉です。気仙沼を盛り上げようと2009年に発足し、これまでも気仙沼港から漁に出る船を見送る「出船おくり」の実施や、「漁師カレンダー」のプロデュースなどを行ってきました。そして先日、同会の公式ホームページが公開されました。

「気仙沼つばき会」公式ホームページ

〈気仙沼つばき会〉の会長は、気仙沼〈御誂京染 たかはし〉の高橋和江さんです。その高橋さんの著書『大人気の悉皆屋(しっかいや)さんが教える! 着物まわりのお手入れ』が先日、河出書房新社より発刊されています。

版元の河出書房新社のサイトでは、高橋和江さんをつぎのように紹介しています。

「たかはしきもの工房の女将。気仙沼で悉皆屋を営みつつ、和装下着〈満点スリップ〉をつくり出し、肌着メーカーとして全国的な知名度に。着物まわりの肌着や小物を商品化し、着物を愛する人から絶大な支持を得ている」

「市場で朝めし。」や「漁師カレンダー」と同様に、この高橋さんの著書が多くの読者を獲得するよう願っております。

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加藤さんの世界新

きのう26日に気仙沼魚市場で開催された「市場で朝めし。」と「産業まつり」は大盛況のうちに終了とのこと。なによりです。関係者の皆様、ご苦労さまでした。

そして先週金曜日にも、気仙沼ではうれしいニュースがありましたね。10月23日、韓国・仁川(インチョン)で開催された「アジアパラ競技大会」の女子砲丸投げで、気仙沼出身の仙台大学3年生 加藤由希子さん(21)が、世界新記録を出したというのです。

砲丸投げ

三陸新報の配信記事の一部イメージ

アジアパラ競技大会は、アジアパラリンピック委員会が主催するアジア地域の障がい者総合スポーツ大会です。加藤さんは、片腕切断・機能障害区分で出場、世界新記録となる12m21をマークして金メダルを獲得しました。円盤投げでも、大会記録を塗り替えて2冠を達成です。

読売新聞の記事によれば、加藤さんは生まれつき左ひじから先がなく、生後6か月から義手を装着しているそうです。しかし、それを不自由と感じたことはなく、明るく前向きな性格。気仙沼中学では陸上部に入り、そこで顧問の先生が砲丸投げを勧めてくれたそうです。気仙沼女高1・2年時には全国障害者スポーツ大会に出場し、2年連続の大会新記録で優勝しました。そして高校2年のときの大震災。家族は全員無事でしたが、幸町にあった自宅は流されたそうです。

三陸新報の記事で、加藤さんはつぎのようにコメントしています。

「世界新での金メダルは本当にうれしい。熱く応援してくれた地元気仙沼、仙台大学関係者の皆さんに深く感謝します。リオデジャネイロ・パラリンピックに向けて、さらに精進していきます」

加藤さん、これまでの努力が報われて本当によかったですね。それと、加藤さんに砲丸投げを勧めてくれた気仙沼中学校の体育の先生もえらかった。そして、親御さんはもちろんのこと、これまで加藤さんを育て、支えてくれた多くの皆さんにも大きな拍手をおくりたいと思います。おめでとうございました。

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グーグル社に感謝

グーグル(Google)の「海からのストリートビュー」が、10月17日に公開されました。

このプロジェクトは、グーグル社の「東日本大震災デジタルアーカイブプロジェクト」の一環として、陸からのストリートビューに海からの視点を加え、三陸の景観を記録するものです。今年6月に気仙沼から撮影が開始されたことはこのブログでも紹介しました。

公開にあたって発表されたプロモーションビデオ(PV)には、気仙沼市沿岸の撮影を担当した気仙沼市八日町のマルト齊藤茶舗 斉藤道有さん(東北ツリーハウス観光協会)のメッセージも収録されています。撮影場所は、徳仙丈のツリーハウスだと思います。


「海からのストリートビュー」PV(2分40秒)

今回公開された映像は、気仙沼をはじめ、大船渡、陸前高田、南三陸、大槌、釜石、雄勝、塩竈の8エリアです。〈ストリートビュー〉の扱いに慣れていないとちょっととまどうかもしれませんが、下記の赤字部をクリックして地域を選択してご覧ください。

グーグル「三陸を海からストリートビュー」

震災の被災地を陸から海から記録しようとするこのプロジェクトは大きな意義があると思います。グーグル社さんにお礼を申し上げます。それから、齊藤茶舗の道有さん、ご苦労さまでした。気仙沼の海からの映像、そしてツリーハウスのある徳仙丈の景色も、あらためてゆっくりと拝見します。

6月19日ブログ「グーグルの海の道」

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防潮堤計画着々と

気仙沼・小泉地区の防潮堤問題について書いた、一昨日10月21日ブログの続きです。

10月21日のBS日テレ「深層NEWS」では、「大津波 防ぐか逃げるか/巨大防潮堤必要の是非」をテーマに、和田政宗(みんなの党 参議院議員)藤井聡(京大教授・内閣官房参与)2氏が意見を交わしました。安倍内閣の国土強靱化政策のブレーンといわれる藤井教授は政府側の立場から、一部の地域で反対があることは認めながらも〈9割以上の地区では住民合意ができており、それを受けての計画〉であることを強調。NHKのアナウンサー出身で気仙沼をたびたび訪れ巨大防潮堤問題にも詳しい和田議員は、それを理解しつつも、住民合意の中身が問題であると指摘しました。
和田議員ブログ

和田議員ブログのイメージ

和田政宗議員のブログから、意見のやりとりを一部引用します。
「藤井さんの「9割の地区で住民合意が出来ている」との発言には、私から「仕方なし合意の地区もあり、総理の“見直しを考える必要がある”という発言の後、それなら私の地区も見直して欲しいという声がいくつも上がっている」と反論いたしました。また、藤井さんが小泉地区などについて「自治会長など、自治会の方々は賛成している」と発言したことについては、「県が示した計画で進めなくてはと思い込んで自治会の方々も住民を説得したところがあり、県は代替案など選択肢を示すことで、住民対立を避けるべきだった」と私から述べました。」引用は以上。

和田正宗議員オフィシャルブログ

この放送の翌日、10月22日の河北新報が、小泉地区の防潮堤と堤防の工事について入札を行ったことを報じていました。防潮堤に2グループ、堤防には4グループの共同企業体(JV)がそれぞれ応札したとのこと。県は11月中に落札業者を決定し、県議会で認められれば、年明けにも着工の見通しだそうです。総工費は約220億円、完成は2017年度内。

10月22日河北新報配信記事

和田議員は、上記のテレビ番組で〈国が「県の責任で」と言い、県は「国が示した」と、責任のなすりつけ合いでは何も進まない。政治家が決断しなければこの問題は動かない。与党自民党に、宮城県知事。権限を持っている人達が見直しを考えなければ、将来に大きなツケをもたらす〉と語っています。まったくその通りなのですが、小泉地区については〈時すでに遅し〉との思いが強くなるばかりです。

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木造災害公営住宅

10月20日、仙台放送のテレビニュースが気仙沼での戸建てと長屋タイプの災害公営住宅着工を伝えていました。FNNの配信映像を紹介します。



ニュース音声を以下に。
「宮城・気仙沼市で建設される災害公営住宅のうち、郊外に造られる戸建てと長屋タイプの建設工事を前に、20日、現地で安全祈願祭が行われた。気仙沼市長磯浜地区の建設用地で行われた安全祈願祭には、関係者およそ60人が出席し、工事期間中の安全を祈願した。

気仙沼市は、およそ2,200戸の災害公営住宅を整備するが、このうち、市の郊外には、811戸の戸建てと長屋タイプの木造住宅が建設される。気仙沼市の菅原 茂市長は「(入居予定者には)目に見える形で、住宅ができていくことが実感できると思う」と話した。

気仙沼市に建設される木造の災害公営住宅は、地元の工務店など、93社が受注している。長磯浜地区には、防災集団移転用地として、85区画が造成されるが、このうち、戸建ての20戸は、2014年度内に完成する予定」引用は以上。

今回の着工は戸建て住宅についてのものですが、集合住宅については、来年1〜3月に市内で最も早く南郷地区災害公営住宅への入居が始まります。10月18日19日には6階建てと10階建ての計3棟165戸の部屋割り抽選会が行われています。

やっと始まる災害公営住宅への入居。一方、気仙沼駅前地区の災害公営住宅(195戸)の建設は最長で1年2カ月遅れ、12階建て(64戸)が2016年10月ごろ、13階建て(131戸)が2017年5月ごろの完成へと計画を変更しています。あと2年、あと2年半。いま仮設住宅に暮らし、一日も早い入居を待ち望む人の中には私たちの同級生もいるのです。

5月2日ブログ「災害公営住宅建設」

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小泉地区の防潮堤

小泉地区の海抜14.7mとなる防潮堤計画について宮城県は、昨年11月の住民説明会で合意が得られたとして計画を進めています。ただ、今年7月の住民説明会では、防潮堤の是非論が再び展開され、合意形成の不確かさを印象づけました。「防潮堤の必要性が分かりません」と発言した高校生に対して「高校生が何を言ってるんだ」と、罵声を浴びせる参加者もいたとの報道もありました。計画再考を求める声、反対の声がまだやまないのです。そして10月19日(日)、河北新報が、〈防潮堤「熟議を」〉の見出しで、気仙沼市本吉町小泉地区の防潮堤計画に関する記事を配信していました。

小泉地区記事
河北新報配信記事の一部イメージ

河北新報10月19日配信記事

河北新報の記事はちょっとわかりにくいのですが、東北大災害科学国際研究所の今村文彦教授が9月上旬にまとめた同地区の津波被害想定を踏まえれば、計画を急がずにさらに熟議を重ねてはどうかということのようです。

少し引用しておきます。
「小泉地区の防潮堤については、県が昨年11月、住民説明会で合意を得たと判断。ことし7月の説明会で湿地帯の保全など環境対策案を示した。総工費220億円で年度内の着工を見込んでいる。
 これに対し、東北大災害科学国際研究所の今村文彦教授(津波工学)が9月上旬、防潮堤が未整備のまま明治三陸地震時のL1津波が襲来した場合の被害想定をまとめた。
 「津波は防災集団移転先に届かない」「海岸に近い老人ホーム敷地付近まで浸水」など、具体的な状況が初めて明らかになった。今村教授は「材料不足の議論で一方的に造るのは荒っぽい」と県に柔軟な対応を求める。
 地域では、住民団体「小泉海岸及び津谷川の災害復旧事業を学び合う会」が計画再考を促す活動を続けている。今回の調査、解析も会が要請して実現した。
 同会事務局長の阿部正人さん(47)は「視界を遮られれば津波の怖さを忘れる。今の風景そのものが減災教育の場だ」と力説する。
 対照的に、防潮堤を復興まちづくりに活用する考えもある。自治組織の小泉地区振興会連絡協議会の及川衛会長(53)は「巨大施設は見学者を引き寄せる。周辺用地も安心して使える」と早期完成を望む。」引用は以上。

記事は、国の中央防災会議専門調査会の委員も務めた今村教授の「守るものの優先順位を協議してほしい。住民と行政双方が納得できる合意の道を探るべきだ」との意見紹介で結ばれているのですが、今も県は計画の推進を着々と行っています。

賛成と反対、いろいろな意見があることはわかります。しかし、昨年11月の住民説明会での強引な合意形成が、結果として計画再考を求める動きを生んでいるのではないか。それにしても、「巨大施設は見学者を引き寄せる」との意見もあることを知って、私は驚きそしてあきれたのです。


今年7月の住民説明会については、つぎの記事でご覧ください。
読売新聞2014年8月12日配信記事


(追加情報)
本日10月21日、22:00〜23:00のBS日テレ「深層NEWS」は、「大津波防ぐか逃げるか 巨大防潮堤必要の是非」。ゲストは和田政宗(参議院議員)藤井聡(内閣官房参与)の2氏。是非ご覧ください。

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「昭和のこども」展

きのう10月19日の読売新聞の書評欄に、なにかとても懐かしい気持ちにさせられる写真が紹介されていました。まるで自分が写っているような錯覚にとらわれます。

おしくらまんじゅう
「おしくらまんじゅう」東京・江東 1953年 土門拳

東京・江東で土門拳さんが撮影した〈おしくらまんじゅう〉です。新聞と同じ写真が下記の展覧会サイトにありましたので、上の画像はそちらを使いました。1953年の風景とのことなので私が生まれた年の翌年の風景。『写真家が捉えた昭和のこども』(クレヴィス刊)には昭和11〜51年、19人の写真家によって撮影された日本各地の子どものモノクローム写真が170点紹介されているそうです。

評者の平松洋子さんはこう書いています。
「写し出された姿に〈過去の自分〉を見出す。あの頃は、こんな強い目を、こんな味のある表情をしていたのだ。ただの郷愁ではない。いま平成を生きるわたしたち日本人の原動力が写真によって承認されている、そんな感情を覚えるから目が離せなくなる。」

この写真集は、八王子市夢美術館で開催されている『写真家が捉えた昭和のこども』展の出品作品を収録したものです。下の写真は同展サイトに掲載されていた写真〈笑う子〉。以前に図書館でもらった案内チラシのメイン写真としても使われていました。これも上の写真と同じく1953年に土門拳さんが江東で撮影したもの。

笑う子
「笑う子」東京・江東 1953年 土門拳

下記の美術館サイトで、上記2点をはじめ13点の写真を見ることができます。きっとあなたがどこかに写っています。是非ご覧ください。

八王子市夢美術館公式サイト

本日午前11時からは16日に亡くなった3年8組の同級生 菊田雄三君の葬儀。私は参列できませんでしたが、線香一本をたむけ、冥福を祈りました。合掌

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菊田雄三君の訃報

同級生の訃報です。菊田雄三君(3年8組)がきのう10月16日に亡くなりました。きのうの昼前、仙台の千葉正俊君(3組)からの知らせを菊田裕美君が伝えてくれました。

雄三君訃報
2014年10月17日三陸新報掲載の訃報広告

雄三君と私は気中3年8組の同級生。一昨年11月3日の南三陸ホテル観洋で行われた気中20回生「還暦祝い後1年・震災復興支援感謝の集い」と、翌日の気仙沼・田中前「まぐろ屋」での8組昼食会で久しぶりに顔を合わせました。

雄三君は、気仙沼消防署に勤めており、以前は同窓会にもなかなか参加できなかったけれど、今は時間ができたのでいろいろやってみようと思っていると語っていました。〈君のブログも毎日読ませてもらっているよ〉とも。〈君〉という言葉と、よく通る力強い声が、消防官としての経験を感じさせました。そして、その食事会のときも、辰悦君と一緒に前日撮った写真のデータを集めて、後日DVDに収録して送ってくれました。BGMも入っていて、雄三君にこんな趣味があったのかと少し驚きました。

中学のときの雄三君で思い出すのは〈胸毛〉です。体育の授業のときには男女別々の教室でトレパンなどに着替えましたが、雄三君の胸毛がすごいんだ。みんなでからかったものです。すね毛も眉毛も濃かった。そんな頑強な印象が強い雄三君がこんなに早く亡くなるとは。本当に驚きました。三陸新報の訃報広告には、くも膜下出血によるものと記されています。そして、奥様、息子さん、娘さんの名とともに、お母様の名も。

火葬は18日。本通夜は19日(日)午後2時〜7時、葬儀は20日(月)午前11時より。斎場は東新城の葬祭会館 想雲です。

菊田雄三君のご冥福を心からお祈りいたします。残念です。

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山浦玄嗣氏の受賞

10日ほど前、東急線の駅で手にした東急「Bunkamura(文化村)」広報誌の裏表紙を見て驚きました。そこには、〈ケセン語〉で知られる大船渡の山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)さんの『ナツェラットの男』(ぷねうま舎 刊)が、2014年度「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞したとのニュースが記されていたのです。知らなかった。

山浦さん
『Bunkamura magazine』2014年10月号裏表紙イメージ(一部)

山浦玄嗣さんについては、2011年にこのブログでも紹介しました。

2011年6月3日ブログ「ケセン語の山浦さん」

私は山浦さんを、28年前1986年2月放送のNHK「ぐるっと海道3万キロ」シリーズ「父さんがケセン語~南三陸ことばの旅」を見て知ったのです。受賞者プロフィールには次のように記されていました。

山浦玄嗣(やまうら はるつぐ)
1940年、東京市大森区山王生まれ。生後すぐ岩手県に移住し、大船渡市で育つ。医師・言語学者・詩人・物語作家。故郷の大船渡市、陸前高田市、住田町、釜石市唐丹町(旧気仙郡)一円に生きている言葉・ケセン語を探求する。掘り起こされたその東北の言語を土台として、新約聖書を原語ギリシャ語から翻訳した『ケセン語訳新約聖書四福音書』で知られる。2013年2月「バチカン有功十字勲章」受章。著書に、ケセン語研究が結実した『ケセン語入門』(1986)、故郷の歴史に材をとった物語『ヒタカミ黄金伝説』(1991)、福音書の新訳『ガリラヤのイェシュー──日本語訳新約聖書四福音書』(2011)などがある。(引用は以上)

少し補足すれば、山浦さんは東北大学医学部を卒業し、同大学で医学部助教授をつとめた後に故郷大船渡に戻りました。上記のNHKの番組では、大学での経験をいかし、〈ケセン語〉を話すときの頭脳の働きを断層写真で分析している様子も紹介されていたように思います。

東京・渋谷の東急百貨店に隣接する複合文化施設「Bunkamura」には、パリの老舗カフェ「ドゥマゴ」と提携したカフェ「ドゥマゴ パリ」があります。そして「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」は、パリ「ドゥマゴ」の常連客だった作家らが自分たちの手で独創的な若い作家に贈るために創設した〈ドゥマゴ文学賞〉の精神を受け継いで1993年に設けられました。たった一人の選考委員はその年ごとに変わり、今回は詩人の伊藤比呂美(いとう ひろみ)さんです。

ドゥマゴ文学賞 受賞作品サイト

なお、気仙沼の人には説明不要ですが、〈ケセン語〉の言語圏である気仙地方は、岩手県の大船渡市や陸前高田市などの周辺地域です。明治期の気仙郡エリアで、その南方に宮城県気仙沼市があります。ですから気仙沼の言葉は〈ケセン語〉と共通する部分も多いのです。ウィキペディアの「ケセン語」の文例でも、そうでがんす(そうです)んだがす(意味は左と同じ)んだがすぺぇ?(そうでしょう?)おだづなよ!(調子のんなよ!または、ふざけるな!)など、気仙沼でもおなじみの言葉が紹介されています。

作品の内容は上記の受賞作品サイトで選評をお読みいただくことにしますが、伊藤比呂美さんはよくぞ山浦さんの著書を選んでくださいました。まさに快挙です。山浦さん、このたびの受賞、本当におめでとうございました。

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熊谷雅裕君の質問

きのう14日のブログで、気仙沼大島の復旧復興事業によってつくられた岸壁が以前より高くなりすぎて作業に支障をきたしているというTBSニュースを紹介しました。本日は、この問題については、今年6月の気仙沼市議会定例会(第5日)に大島出身の気高同級生 熊谷雅裕議員が質問し、菅原市長と産業部参事の方が答弁しています。

その内容を、ネットで公開されている市議会会議録から引用し紹介します。長いので、忙しい方は流し読みしてください。なお、この答弁のあった市議会5日目の会議録全文は、次のリンクを開いてから「全文表示」を選択すると、読むことができます。

第62回定例会(第5日)会議録

市議会サイト
気仙沼市議会会議録サイトのイメージ

2014年6月25日
平成26年第62回定例会(第5日)
熊谷雅裕議員質問と答弁の一部

◎4番(熊谷雅裕君)(前略)災害復旧工事の進め方について質問します。
 災害復旧工事で岸壁がかさ上げ修復されましたが、実情に合わず不便や改良すべきことが多々あります。御存じでしょうか。
 公共事業は、住民の要望に応え、住民の生活向上のために行われるべきなのに、縦割り行政でお役所の都合が優先され、住民の声が後回しになっている。県と市がそれぞれに建設することだけが目的化していて、県と市の調整が不足している。縦割り行政をなくせないのか。以上お答えをお願いします。
◎議長(守屋守武君) 市長菅原 茂君。
◎市長(菅原 茂君)(前略) 災害復旧工事の進め方について、お答えします。
 災害復旧工事の岸壁かさ上げの実情についてでありますが、現在進めている漁港施設災害復旧工事については、震災の影響で起きた広域的な地盤沈下に伴って、沈下した施設を国の災害査定で認められた復旧方針に沿って、かさ上げして原形復旧するものであります。
 工事については、原形復旧が基本ではありますが、利用者から岸壁の復旧高さについて、調整してほしい旨要望があり、国と協議した結果、かさ上げ高さを下げる形の復旧も認められたことから、一部階段状に下げるなど、利用者の実情に合わせて施工しているところであります。
 次に、住民不在の縦割り行政についてでありますが、復旧・復興事業の計画実施等の各段階において、本市を含め国、県などの関係機関相互に協議調整を行うとともに、事業説明会などの開催時には、必要に応じ事前に私が直接説明を受け、住民合意が得られるよう調整を行っております。
 なお、復興事業等の推進に当たり、各行政機関の考え方の相違や、制度上の制約もあることから、これまでもさまざまな機会を通じ、国に規制緩和や制度改善を要望しているところであります。
 本市といたしましても、よりきめ細やかな住民説明に努め、地権者はもとより多くの方々の御理解と御協力をいただきながら、着実な復旧・復興に向けて引き続き取り組んでまいります。
◎議長(守屋守武君) 4番熊谷雅裕君。
◎4番(熊谷雅裕君) 災害復旧工事についてですけれども、例えば1メートル沈下したとして、1メートルかさ上げされて、結局実際は30センチとか50センチしか下がっていないのに、1メートルかさ上げされたと。すると、荷揚げできないんですよ、お年寄りは。船から岸壁に上げられない。あと、逆に上がり過ぎたので、脇の防護するゴムがあるんですが、そこに船べり引っかかって、ひっくり返ったとか、それから海に落ちたとき、階段がないからもう登れないわけですよ。おぼれそうになったとか。そういう話もあるんです。
 ですから、そういったことを細やかにきちっと対応して、つくるならつくるで、岸壁つくる、必要なものをつくるんですけれども、それが実情と合っていないことが結構多いわけです。それを今後やっていくところ、あるいは修復できるものは、例えば落ちたときに助かるように階段をつけるだとか、あるいは防護のゴムをもっと長くするだとか、もっときめ細やかに改良してください。できますでしょうか、それは。
◎議長(守屋守武君) 産業部参事広瀬宜則君。
◎産業部参事(広瀬宜則君) お答え申し上げます。
 現在漁港を復旧する際、現地のほうで丁張りをかけまして、住民の方々、漁民の方々に見ていただいて、満潮位の潮位の高さと作業のしづらさについて、意見を伺いながら高さを決定しております。ですから、場所によっては階段状に下げている箇所についてもございます。
 また、一番もう施工が終わりまして、それで使ってみてどうしても高いという場所につきましては、ゴムばしごなりステップなどを今後地元の方々と相談しながら検討していきたいと思います。以上でございます。
◎議長(守屋守武君) 4番熊谷雅裕君。
◎4番(熊谷雅裕君) ぜひそのようにお願いします。
 あと、もう一つ、復旧工事で困っているのがあって、農地海岸というのが3カ所大島であるんですけれども、さほど壊れていないのに、つまり不要不急の工事なんですけれども1メートルもかさ上げされて、前は階段きちっと手すりもついてあって、磯におりられたんですけれども、今はそれもなくておりられない状態なんです。磯に行けない。もうこういうのは壊してほしいと思うんですけれども。さらにそこで夜飲んでか何か知りませんけれども、酔っ払って転落した人もいます。
 何か決して単なる復旧といっても、かえって不便を与えたり、事故が起こるようなこととか、住民が困るようなことが結構あるんです。これから、市の管轄の中でもかさ上げするようなところ出てくると思うんですけれども、実際ろくに壊れていないのにわざわざ1メートル上げるとか、そんな無駄な工事はできるだけやめてほしいと思っています。
 かさ上げした農地海岸というのは、逆に、これは壊せないんですよね。お尋ねしますけれども。
◎議長(守屋守武君) 計画・調整課長木村嘉雄君。
◎計画・調整課長(木村嘉雄君) 農地海岸の件ですけれども、災害復旧工事でかさ上げ、沈下戻しということで、かさ上げ工事既に終了しております。国費を投じて完成したものについて、やり直し、取っ払うことができるかと言われますと、そのことについてはできないということになっております。
 ただ、昇降用の階段とか、従前あったもの等については、今後つけることが可能かとも思いますので、そのあたりは県のほうに話をつないでおきたいと思います。
◎議長(守屋守武君) 4番熊谷雅裕君。
◎4番(熊谷雅裕君) もう一つ、市の管轄でこれからいろいろ補修とか、復旧工事もあると思うんです。原形復旧の形で。だからその原形復旧の場合も、本当にその高さに戻さなきゃないのか、あるいは必要ないのかとそこのめり張りというか無駄な金を使って、要らないところまで何か直しているというのが結構目につくので、それはやめてほしいと思っているんですけれども、中止できますか。
◎議長(守屋守武君) 市長菅原 茂君。
◎市長(菅原 茂君) その質問の答えは担当者にさせますけれども、多分熊谷議員さんも感じていられると思うんですけれども、原形復旧をするときには設計の高さになってしまうんですね。しかしながら、熊谷議員さんの御実家の前もそうだったと思いますし、私の実家の前もそうなんですけれども、だんだん沈下していたと思うんですよ。海が迫っていたと思うんですね。そういう中で原形復旧にすると、もとの高さではなくて、計画の高さになってしまうということに随分問題が発生しているというような私は認識で、全てがそうだとは言いませんが、何割かはそういう影響なのだなというふうに思います。
 そういう意味では、当然使えない港をつくることはやめたほうがいいことなので、使いやすいのに調整できるように、今国の理解も得られつつあるというお話を担当課のほうで今しているわけだというふうに思います。
◎議長(守屋守武君) 4番熊谷雅裕君。
◎4番(熊谷雅裕君) 1つ現状に合わせた形で同じ災害復旧するならしてほしいですし、要らないものは、やる必要ないところはやらないでほしいと思っています。
 それと、縦割りの件ですけれども、いろんな部署、防潮堤のことを聞きに行ったり、あるいは説明しに来る人というのは、みんな一生懸命なんですね。市の方も、県の方も。物すごい一生懸命やっているのはわかっているんですけれども、その方向性が違うというか、実際知事の言うことを聞かなければ仕事にならないというか、やめざるを得ないんでしょうけれども、その知事の方向が全く間違った方向で進んでいるとしか思えないんです。それで、一生懸命やらされている、何か職員の方というのは逆にかわいそうなぐらいなんですけれども。
 実際やりとりの中で、答えられなかったら知事呼んでこいと言うと、そこでとまりますけれどもね。実際何かこうつくることだけが一生懸命で、つくった後のことを何にも考えていないと思うんですよ。実際、暮らすのは我々島の人間だったり、ほかの地域もありますけれども、そこで暮らさない人、住んだこともないというか、見たこともない、状況わからない人が勝手に図面引いて、中央の官僚が決めた方針に従って、知事が乗っかって、市長も乗って、それでつくることが多いと思うんですね。一番の間違いは中央の官僚なのかもしれませんけれども。
 基本的に、何て言うんですかね、省益あって国益なしという言葉もこの前勉強しましたけれども、縦割りの大もとがそこで、暮らしている人のために何かつくろうという感じがさっぱり見えない計画なんです。ただ一生懸命、一生懸命国やら県知事の方針に従ってやっている。その方針が間違っていたらもうどうしようもないですよね。今そのどうしようもない形で進んでいると私は思っているんですけれども、いかが思いますか。
◎議長(守屋守武君) 建設部長佐藤清孝君。
◎建設部長(佐藤清孝君) 防潮堤に限らず、事業を進めるというのは、やはりそれをやるという目的があってやっているわけでございます。防潮堤も背後の土地を守る、あるいは命を守るという大前提のもとに整備をしているわけでございます。そうした中で、国の方針がそうだからということは、基本的には大きく国の方針を踏まえて各自治体、県も初め自治体のほうでやるわけでございますが、その中にやはり画一的でない進め方をしなければならないということで、これまでも申していますように、地元のほうに御説明をして、できるだけ地元の意向に沿った形で、かつ目的を達成したいということで進めているものでございますので、その辺は御理解をお願いしたいと思います。
◎議長(守屋守武君) 4番熊谷雅裕君。
◎4番(熊谷雅裕君) そういうお役所答弁を聞きたくてしゃべっているわけじゃないんですけれども、現実にそこに暮らしている人間の気持ち、思いとかが全然伝わっていなくて、上から一方的なわけですよね。それも全部縦割りなわけですよ。大島だけで5つか6つかなんかの部署が分かれて、県の水産だとか農林だとか、次々縦割りの固まりなんですよね。1つの浜を、島を幾つも分割して、さらにちっちゃな浜まで2つも3つも役所が入って、それでトータルプランなんか全くないんですよ。ただ、みんな一生懸命なんですよ、つくることで。迷惑しているのは暮らしている人間で、これから暮らしていくときに、その人たちは関係ないんですよね。関係ない人が何か島を壊していく。そうとしか思えないような計画が進んでいるわけです。
 それは、中央の官僚からしたら正しいことかもしれませんけれども、実際省益あって国益なしで、国民のことを考えないんだったらそれはそれでいいんでしょうけれども、でも実際暮らしているこっちからすると、あなた方の利益のために我々が食い殺されていいのかみたいな、そういう思いなんですよ。過激な言葉を出していますけれども、そういう思いなんです。
 だから、市だけじゃなくて県もそうなんですけれども、現場にいる人はそこに、間に挟まれて大変でしょうけれども、上のほうにもっとものを言うだとか、おかしいのはおかしいともっと主張して、一緒になっていいものをつくっていければいいなと思うんです。
 だから、そのためにはまず、ここに県知事を呼べと言っても来ないんでしょうけれども、とにかく住民の意向に反した建設は一旦ストップしてほしいと思っています。これも、議論尽きないので次に移ります。

会議録の引用は以上です。長くてすみません。

高くなった岸壁について菅原市長はこう答えています。
「原形復旧をするときには設計の高さになってしまうんですね。しかしながら、熊谷議員さんの御実家の前もそうだったと思いますし、私の実家の前もそうなんですけれども、だんだん沈下していたと思うんですよ。海が迫っていたと思うんですね。そういう中で原形復旧にすると、もとの高さではなくて、計画の高さになってしまうということに随分問題が発生しているというような私は認識で、全てがそうだとは言いませんが、何割かはそういう影響なのだなというふうに思います」

TBSニュースでは震災後の地盤隆起を原因として紹介していましたが、私も菅原市長と同じく、計画時の高さとその後の地盤沈下が主要因ではないかと推測しています。なお、熊谷議員の実家は大島浦の浜〈宮古屋〉、市長の実家は魚町〈カクダイ〉。

かなり長くなってしまいましたが、復興事業に関する様々な問題に対して〈市議会はなにをやっているんだ〉と思っている方も多いと思い紹介させていただきました。いろいろ聞いてもなんか〈のれんに腕押し〉でいらいらする雅裕君の気持ちがよくわかります。ただ、市役所の担当者に対し「そういうお役所答弁」といった言葉はやはり不適切でしょう。なんの得にもなりません。やはり一年生議員というか、ヘタだなあと思います。

なお、本日のブログ、辞職勧告を受けた熊谷雅裕議員に対しての応援演説のような感じがあったかもしれませんが、それは誤解です。そこんとこどうぞヨロシク。

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高すぎる復旧岸壁

台風19号は、本日午前9時に三陸沖で温帯低気圧に変わったとのこと。今朝の東京は風こそ残るものの、見事な晴天です。気仙沼市では早朝の午前4時に市内全域の2万6043世帯、6万7767人に避難勧告を発令されましたが、午前8時には解除されたということです。大きな被害がなければよいのですが。

本日のブログも気仙沼の復旧・復興事業に関して。震災から3年7カ月たった10月11日、TBSが気仙沼大島における復興事業に関するニュースを配信していました。復旧復興事業によってつくられた岸壁が以前より高くなりすぎて作業に支障をきたしているというのです。これは大島だけでなく、唐桑などほかの地区でも以前から指摘されてきた問題ですが、TVニュースでの配信ははじめてのことだと思いますので紹介します。



以下はニュース音声の引用です。

「 宮城県気仙沼市の離島・大島。ホタテなどを養殖する漁師の村上健一さん(76)は、震災を乗り越え徐々に水揚げを増やしています。「(震災の津波で)海の中もきれいになって繁殖率が良くなってきた」(村上健一さん)

そんな村上さんが、頭を悩ませていることがあります。漁港の岸壁が、震災前より高くなり、作業がやりにくくなっているのです。「(岸壁を)復旧してもらったのはありがたいが、不便になった」(村上健一さん)

震災で、宮城県沿岸では地盤が沈下し、気仙沼市では、最大で74センチも沈下しました。気仙沼市は、漁港の岸壁を震災前の設置当初の高さに戻すためかさ上げ工事を行いましたが……。「こちらの岸壁ですが、船に立ちますと、わたしの背丈ほどあります。こちらで上り下りするのは、相当困難と思われます」(記者)

「見た通り高くて仕事できない」(漁師)「(作業中に)海に落ちた人が何人もいる。高くて」(漁師)

その理由について、専門家は地盤の「隆起」が原因と分析しています。「沿岸部で(沈下から)隆起に転じて戻ったところもある」(東北大学大学院 風間基樹教授)
国土地理院によりますと、震災から3年間で沈下した地盤が戻ってきていて、宮城県内では30センチ以上隆起したところもあります。しかし、村上さんはかさ上げ前に、気仙沼市とよく話し合えたなら高い岸壁はできなかったと話します。「(設計図を見て)高いと何回も気仙沼市に申した。現場の話を聞いて作業してくれれば、ありがたかった」(村上健一さん)

これに対して市は、復興を加速させるためだったと釈明します。「早く復旧して利用者の業に寄与したいという部分はあった」(気仙沼市水産基盤整備課 村上雅之課長)

「テーブル上の復興で、本当に使う人の復興でない」(村上健一さん)

 高くなりすぎた岸壁ですが、もう作り直すことはできません。今回の問題は、スピードと丁寧さの両立が求められる復興事業の難しさを象徴しています。」引用は以上。

このニュースでは、震災後の地盤「隆起」を原因として紹介していますが、ほかにも旧岸壁の工事時の高さに単純に戻したのでは、地盤沈下していた震災直前の岸壁よりも高くなるのは当然との見方もあるのです。

この問題については、今年6月の気仙沼市議会定例会(第5日)に大島出身の気高同級生 熊谷雅裕議員が質問して菅原市長と産業部参事の方が答弁しています。そのやりとりは明日紹介しようと思います。本日はこれまで。

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内湾復興事業開始

台風19号は今朝、九州南部に上陸、東京は夕方から夜にかけて大雨になるようです。明日の午前9時には晴天にとの予想なのですが、はたしてどうなるか。その後の気仙沼はじめ東北地方への影響が心配です。

本日は先週の話題の紹介です。気仙沼市の内湾地区の土地区画事業の着工式が10月8日に南町海岸駐車場で行われました。三陸新報によれば、内湾地区の区画整理事業の着工は、鹿折と南気仙沼に続き市内で最後。平成31年3月末の完了を目指し、魚町・南町の被災地区で基礎撤去や盛り土の工事などを進めるとのことです。

河北 内湾写真
河北新報10月9日配信記事より「土地区画整理事業が着工した気仙沼市内湾地区。写真中央は南町地域」

河北新報10月9日配信記事


以下、河北新報の配信記事から引用します。

「東日本大震災の津波で大きな被害があった気仙沼市の内湾地区を市街地整備する市の土地区画整理事業着工式が8日、現地であった。整備区域は同市魚町と南町の計11.3ヘクタール。事業完了は2018年度末の見通しで、市中心部の復興まちづくりが本格的に始まった。
 事業は地盤沈下した魚町を海抜2.8m、南町を1.3mまで盛り土し、区画整理する。四つの区域に分けて順次工事が行われ、最も早くて災害公営住宅付きの共同店舗が建つ区域の造成が2015年3月に終わる。事業費は99億5000万円。
 地区の大半が商業地で、地元の民間事業者らが観光の新拠点を作ろうと検討を重ねている。人口は530(216戸)を計画。平均減歩率は12.3%で、2015年2月から仮換地指定を進める。(中略)
 地区内には93棟の建物があり、区画整理に伴い移転を迫られる。移転補償費は63億7000万円と総事業費の64%を占めた。
 内湾地区では県が整備する防潮堤を巡る議論が長期化。ことし3月、海抜4.1mの防潮堤の上に、津波襲来時に立ち上がる1メートルのフラップゲートを設けることで決着した。」引用は以上。

震災から3年7カ月。生まれ育った魚町そして南町の復興事業がやっと始まりました。これからも様々な課題があるかとは思いますが、地域の皆様と行政とで知恵を出し合い解決していって欲しい。まさに新時代の気仙沼の象徴となるようなまちづくりがなされるよう期待しております。

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市場で朝めし。2

今朝の東京は秋晴れ、週明けの台風が気になるとことですが、気分良し。
今日は、今月26日の日曜日、気仙沼魚市場で行われる「市場で朝めし。」のご紹介。昨年に引き続き、第2回目の開催となります。

市場で朝飯10月8日
10月8日付け三陸新報掲載広告

◎市場で朝めし。
◎10月26日(日)午前8時〜午後2時まで。
◎気仙沼魚市場にて「産業まつり」と同時開催
◎朝めしチケット 500円
(炭火焼さんま、さんまのすり身汁、白飯のセット)

昨年、このイベントを〈気仙沼つばき会〉が企画して〈さんま寄席〉の日9月29日に開催、寄席のツアー客をはじめ多くの人を集めました。来場者数は8000人とも。昨年9月のこのブログで、人が集まるかどうか心配していた糸井重里さんのホッとしての喜びの言葉を紹介させてもらいました。

2013年9月30日ブログ「さんま寄席大盛況」

今年は、市民会館が改修中のため〈さんま寄席〉は来年5月までおあずけになりましたが、この「市場で朝めし。」が継続して開催されるのはうれしいニュースですね。前売りチケットの販売店を下記に。

◎前売りチケット販売店
明海荘・アンカーコーヒー・大鍋屋・唐桑御殿つなかん・京染たかはし・気仙沼観光コンベンション協会(駅前観光案内所/海の市2Fの観光サービスセンター)・気仙沼商工会議所・気仙沼のほぼ日・気仙沼プラザホテル・コヤマ菓子店・斉吉商店・斉藤茶補・さかなの駅・サンマリン気仙沼ホテル観洋・三陸新報・J’sミウラ・鹿折復幸マート・武山米店・畠良薬局・復興屋台村気仙沼横丁・MIXIM・南町紫市場商店街・根口商店・横田屋本店・

〈朝めしチケット〉の予約は次のサイトからも可能です。

チケット予約サイト(Peatix)

〈ほぼ日〉のサイトでも〈気仙沼のほぼ日〉のサユミさんが、このイベントを紹介していました。こちらも是非ご覧ください。

〈ほぼ日〉ただいま製作中!

26日に向けて、沢山の人がいろんな準備をなさっているのでしょう。昨年と同じく楽しい元気なイベントとなりますように。皆様、どうぞお出かけください。

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茂木さんのtweet

脳科学者の茂木健一郎さんは毎日、ツイッターで〈連続ツイート〉を投稿しています( @kenichiromogi )。そして今朝は第1336回目、テーマは「防潮堤について」。このブログでも紹介した安倍昭恵さんのニューヨークでのスピーチを紹介しながら、防潮堤についての茂木さんの考えを記しています。

茂木さんツイート
茂木さんの連続ツイートの一部

ご自身のFacebookに連続ツイートの内容が転載されていました。

茂木さんのFacebook

多くの皆さんに読んでいただきたいので、全文を引用します。

◎防潮堤について

先日、ある会合で安倍昭恵さん(https://www.facebook.com/akieabe)におめにかかった。以前から、昭恵さんが関心を持たれている、ミス・インターナショナルの吉松育美さんをめぐる問題についてお話する中、昭恵さんが、「防潮堤」のことに触れられた。今朝は、この問題について考えたい。

東日本大震災における津波の被害を思うと、本当に心が苦しくなる。私は、釜石の漁師さんからお借りした大漁旗を振って、TEDで日本人の復興への思いを訴えた。自然の猛威を前に、人間は本当に無力である。

津波の被害をなんとか防ぎたいと、防潮堤をつくろうという目的はわかる。しかし、今計画されている巨大防潮堤は、果たして妥当なのか? 安倍昭恵さんは、そのことを問いかけていて、先日、ニューヨークでも、この点について英語でスピーチされた。

巨大防潮堤の建設は、さまざまな問題点をはらんでいる。海が見えなくなる、漁業に影響が出る、復興のあり方として、正しい方向なのかなど。何よりも大切なのは、地元の方々のご意向だが、建設をめぐって、必ずしも合意形成ができているとは言えない状態のようである。

安倍昭恵さんも、場合によっては、防潮堤が有効なこともあるだろうと認めていらっしゃる。問題は、この重大な事項について人々が十分に熟慮しないままに、計画と工事が進行してしまうことだろう。果たして、計画されている巨大防潮堤は必要なのか、地元の方々のご意向を第一に、慎重に考えるべきだ。

東北地方のリアス式海岸のうつくしさ。地震の際には、津波が牙をむくが、普段は本当に穏やかで、静かな美しい海。森が育んだ滋養が海に流れ込むことで、海の幸も育まれてきた。その大きな自然の循環の中に、人間の生活もまた営まれてきた。その中で、私たちはどんな文明を築くべきか。

人の命はかけがえのないもの。そして、人は、自然の一部である。21世紀になって、文明のあり方が問い直され、環境に関する理解、智恵も深まる中、計画されている巨大防潮堤は、果たして妥当なものなのか。さまざまな意見があるだろうが、穏やかに、そして深く話し合うことができたらと思う。

引用は以上です。
ツイッターで61万人ものフォロワーを持つ茂木さんの発言は大きな影響力があります。こうした発言を引き出す安倍昭恵さんのメッセージの強さや波及力にあらためて驚かされました。茂木さん、安倍さん、ありがとうございました。

10月6日ブログ「昭恵さんスピーチ」

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ホヤぼーや苦戦中

9月27日のブログ〈ホヤぼーや 72位〉で、出足が思わしくないと書きましたが、その後もずるずると順位を下げ、本日8日午前11時現在で〈総合〉103位となっています。〈ご当地ゆるキャラ〉内でも80位。

ゆるキャラグランプリは、〈ご当地ゆるキャラ〉と〈企業・その他 ゆるキャラ〉の2部門があり、〈総合〉は2部門合わせての順位です。私ははじめ総合ランキングしか見ていませんでしたが、100番台というのはつらすぎるので、〈ご当地ゆるキャラ〉ランキングを見ていくようにします。

RANNKINNGU.png
〈ご当地ゆるキャラ〉ランキング(10月8日午前11時現在)

投票締め切りは10月20日(月)。あと12日間しか残っていないのですね。高望みはしませんが、なんとか総合で二ケタ台には回復して欲しい。そして、一歩一歩順位を上げていき戦いを終えて欲しいと思います。

皆さん、お忙しいところ恐縮ですが、一日一票、よろしくお願いいたします。私も、こんなお願いの繰り返しは、あまり好きではないんですよ。でもさ、ずるずる順位を下げていくのって、なんかかっこ悪いじゃん。だから、ヨロシク。だから、オネガイ。

「ホヤぼーや」投票サイト

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おかげでぎんなん

今日の東京は気持ちのよい秋晴れです。今朝の気仙沼港は、漁船の出港ラッシュだとか。そして、下の写真は銀杏(ぎんなん)。昨夕の酒のつまみです。

銀杏 九品仏

きのうの午後、妻が自転車で近くまで出かけたおりに、もしやと思って寄った九品仏(くほんぶつ)「浄真寺」の境内で拾ってきたもの。広い境内には銀杏(イチョウ)の木が沢山ありますが、台風であおられて相当量の実が落ちていたそうです。まさに予想的中。写真のイチョウは東京都の天然記念物に指定されていますが、その下にも沢山の銀杏の実。

ぎんなんはうまい。大好きです。また、九品仏浄真寺のぎんなんと思うと、さらに有り難みが増すような気がします。

〈台風〉も〈銀杏(ぎんなん)〉も秋の季語だそうです。

銀杏が落ちたる後の風の音 汀女


台風の被害は困りものですが、その風の余禄(よろく)にあずかることができました。本日も美味しくいただきます(笑)。

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昭恵さんスピーチ

台風18号の様子をみて自宅で待機しておりましたら、昼前に空が晴れてきました。さあ、出かけようと思ったら、通勤に使う電車が運転を見合わせ。もうしばらく待機。気仙沼はじめ東北地方は午後に大荒れになると今もニュースが伝えています。十分にご注意ください。

さて。9月25日、安倍首相とともに訪米した昭恵夫人が、ニューヨークのフォード財団で開かれた防災シンポジウムで基調講演し、東日本大震災の被災地に高い防潮堤を造る計画に疑問を投げかけました。テレビニュースでも紹介されましたので、ご覧になった方も多いことでしょう。

安倍昭恵さん
産経ニュースサイトからのイメージ画像

その講演内容が詳しく報じられないことを残念に思っておりましたら、10月2日に安倍昭恵さんが自らのFacebookに、約15分にわたる英語でのスピーチの日本語訳をアップしました。それを読み、気仙沼のことを想像以上に詳しく話してくださったことを知りました。この内容はぜひ多くの人に読んでいただきたい。

安倍昭恵さんのスピーチ和訳全文(Facebook)

冒頭に昭恵さんは、気仙沼の「森は海の恋人」の活動を紹介します。そして、その気仙沼の海と陸とを切り離すかのような高くて頑丈な防潮堤がいま、海岸にはりめぐらされようとしている、と語ります。その部分を引用させてもらいます。

「 気仙沼というところが、日本の東北地方にあります。いくつもの歌に歌われる、風光明媚なところです。新鮮な魚介、海の幸に恵まれています。
 あるとき、その海の幸は、山から流れてくる養分に依存していることに気づいた人たちが現れます。森を育てない限り、海の水を豊かにできないこと、美味しいカキは育たないことに気がついたその人たちは、進んで陸(おか)に上がり、森に木を植える運動を始めました。
 NGOをつくり、それを「WDS」、「森は海の恋人(Woods, the darling of the sea)」と名づけます。気仙沼が生んだ歌人、熊谷龍子(りゅうこ)という人の歌から、その名前がつきました。
 歌を、オリジナルの日本語で読んでみましょう。独特の韻律を聞いて下さい。「森は海を、海は森を恋いながら、悠久よりの、愛紡ぎゆく」――The forest is longing for the sea, the sea is longing for the forest、という意味なのです。
 2011年3月11日、そこへやってきたのが、あの恐ろしい津波でした。気仙沼は、最も甚大な打撃を被ります。そしていま、高くて頑丈な防潮堤が、海と、陸とを切り離すかのように、海岸沿いに張り巡らされようとしています。」

この後に昭恵さんは、〈私は計画に反対する活動家ではありません〉と断りながらも、巨大防潮堤計画についての疑問を述べていきます。そして、次の言葉で結びます。

「いつしか、急いでつくろうとする人も、少し待ってほしいという人も、どちらも、どこまでも善意にもとづき、それぞれの立場で良かれと思って活動しているのに、両者の間に、もうひとつ、心の壁ができてしまいます。
 そういう事態になるくらい、悲しいことはありません。防潮堤という壁が、文字通り、人々を分かつものになってしまうなんて、思うにつけ、いてもたってもいられない気持ちになります。
 森と、海と、人と。それぞれが、それぞれを慈しみあって、豊かにしあっていく共存の道を、私は探っていきたいと思っています。
 海とは時として、恐ろしい津波を起こすのだとしても、森を海の恋人とし続けていくため、自然と人とが調和のなかに生きていくために、何がいい解決策なのか。考え続けていきたいと思っています。
 皆様の、お知恵をお貸しください。ありがとうございました。」引用は以上。

テレビニュースで見た昭恵さんのスピーチは、英語の発音もきれいで、きっと聴衆の方々にそのメッセージがよく伝わったと思います。ぜひ冒頭に紹介したFacebookにて全文をお読みいただければと。

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かまぼこ型体育館

1日の市議会最終日、気仙沼女子高校跡地に災害公営住宅が建設されることが決まりました。きのうの三陸新報が伝えています。

かまぼこ校舎

三陸新報10月2日配信記事より

三陸新報の配信記事内容を紹介します。
「今年3月に閉校した気仙沼市入沢の気仙沼女子高校跡地に、市が計画する災害公営住宅が建設されることが、1日決まった。昭和46年の完成後、「かまぼこ体育館」の愛称で市民に親しまれた校舎が、内湾の風景から消えることになる。
 集合住宅タイプで70戸の災害公営住宅の建設を予定。市は校舎部分を含め、予定敷地の7割を取得しており、残りの用地を取得した後、建設業者を公募する。校舎の解体は年明けごろから着手。来春には終えて6月ごろに本体工事に入りたい考えだ。建物の規模などは業者が決まってからで、入居開始は28年11月を予定している。」引用は以上。

あの体育館と校舎は1971(昭和46)年の完成だったのですね。三陸新報の記事では〈市民に親しまれた〉と書いていますが、できた当初はどちらかといえば不評だったように思います。景観を壊すということで。私も、あの建物はなにか頭でっかちで、あまり好きになれませんでした。(卒業生や関係者のみなさん、ごめんなさい)。

一方、陣山のチャペル(気仙沼アーバンマリアチャペル)は、はじめのころはなんか〈つくりもの〉感が強かったのですが、最近の写真などを見ると風景にとけこんで良き点景ともなっています。不思議なものですね。

しかし、気仙沼女子高校が閉校し、その跡地に災害公営住宅が建てられることになるとは。震災前には誰も想像しなかったことでしょう。防潮堤ができても、あの高台から眺める内湾の風景が美しいものであって欲しいと思います。それと同時に、対岸からながめた時の公営住宅の高さや外観にもできるだけ留意して欲しいなと。あの風景は気仙沼の大きな財産だと思うがゆえの、私の願いです。

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熊谷雅裕君のこと

本日10月2日の三陸新報が、1日の市議会で熊谷雅裕議員への辞職勧告決議案を全会一致で可決したと報じています。飲酒運転疑惑。雅裕君は、気仙沼高校の同級生です。

10月2日三陸雅裕
10月2日付け三陸新報記事のイメージ

気仙沼の人は経緯をご存じでしょうが、簡単にまとめておきます。まず、9月19日の三陸新報に次の記事が掲載されました。

◎9月19日三陸新報記事

「酔って覚えていない」
飲酒運転投書で市議会が全体会

気仙沼市議会に、飲酒運転をした市議を6月25日の夜に目撃したとする匿名の投書が寄せられた問題で、市議会は18日、議員全体会議を開き、対応を協議した。疑いを持たれている新人議員(62)は「酔って覚えていない」と話している。
会議では投書が寄せられた後に正副議長が本人、目撃者から事情聴取したことなどを報告。村上進副議長は「これまでの聞き取りで、投書の内容と、本人の当日の行動とで矛盾はない」と話した。
「どうやって実態を把握するのか。疑わしきは罰せずだ」との意見も出されたが、今後は会派幹事長等連絡会議で対応を話し合うことになった。
会議後、この議員は報道陣に「かなり飲んだので覚えていない」とし、「疑念を持たれたのは私の不徳の致すところ。議員は続ける」と話した。

(上記の記事に続けて次の記事。これによって、新人議員が熊谷雅裕君であることがわかります)

「会派変更届け」
気仙沼市議会事務局に17日、会派変更届け出があった。
「未来」(千葉慶人会長)に所属していた熊谷雅裕氏(62)が離脱した。これで同会派は4氏となった。離脱の理由について熊谷氏は「会派のほかの議員が自由に発言できないのでいったん離れて欲しい─と会長から促された」という。

引用は以上です。そしてきのう10月1日の三陸新報が、その日の市議会で辞職勧告決議案が可決される見込みと報じていました。「辞職勧告決議提案へ」との見出しで上記の経緯を紹介した後、「29日には全議員を前に本人が弁明する場(非公開)が設けられた。この新人議員は三陸新報社の取材に「酔っていて記憶にないと話した。ただ、騒ぎになってご迷惑をかけたことは謝罪した」と語った」としています。

本日の三陸新報によれば、決議は「『疑わしきは罰せずが』刑事事件の鉄則だが、今問われているのは議員の倫理観。疑惑を持たれながら、責任を明確にしない態度は政治倫理に反し、市民感情からして許されることではない」などとしているそうです。これに対し、熊谷雅裕議員は、報道陣に対して「全く罪がないのに勧告を受けるのは非常におかしい。議員は今後も続ける」と語ったそうです。そしてあらためて「飲んだのは間違いないが、一切記憶がない。そうとしかいいようがない」とも話し、疑念を晴らす行動や市議会への抗議などは行わない考えを示したとのこと。

まいったなあ。〈非常におかしい〉のは雅裕君のほうだよ。飲酒運転をしていないのであれば、その証明をすればいいだけの話。〈記憶がない〉とか〈全く罪がない〉と強弁すれば議員としての倫理観を問われてもしかたがないでしょう。

辞職勧告は法的拘束力がありませんから、議員活動を続けることは可能ですが、議会での発言力や影響力は大きく減じることでしょう。そしてなによりも、議員活動の大前提としての市民からの信頼を大きく失いました。また、多くの課題をかかえる気仙沼にあって、市議会の大事な時間をこの問題にさかざるを得なかったことも大きな損失でした。

今回のことは本当に残念。熊谷雅裕君は気仙沼高校の同級生で、性格もよく知っており、その気持ちも想像がつくのです。雅裕君にも言いたいことがあるのでしょう。しかし、その強気の発言が問題を大きくしている側面があるのではないでしょうか。大いに反省してもらい、その非を市民や議会をはじめ関係者に詫びることが最初にあるべきでしょう。その上で、新たな信頼をかちとるよう、初心に戻って議員活動を続けていってもらいたい。友人として心からそう思っています。

テーマ : 東日本大震災支援活動
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あんどれかんどれ

今日から10月。早いねえ。
先月19日になんだれかんだれ」という気仙沼弁のことを書いたとき、すぐ連想したのが、〈アンドレ・カンドレ〉。井上陽水さんがデビューしたときのアーチスト名です。デビュー曲が〈カンドレ・マンドレ〉。ややこしい。

このデビューシングルは1969年9月の発売とのことなので、私が気仙沼高校3年のとき。たぶん、何度かラジオの深夜放送で聴いたとは思うのですが、記憶に残っているのは楽譜雑誌に掲載されていたためだと思います。あまり売れなかったはず。「井上陽水」として再デビューするのは3年後の1972年。

高校生のころ、勉強にあきるとすぐにギターをとって歌をうたっておりました。その頃に買っていた楽譜雑誌は、はじめ「新譜ジャーナル」、つぎに「GUTS(ガッツ)」。新譜ジャーナルはフォーク関係に強かったけれど、ちょっと野暮ったい感じ。GUTSはポップスもとりあげ、ギターコードの解説記事もなかなかよかった。ほかには「ヤングセンス」「ヤングギター」「ヤングフォーク」といった音楽雑誌もあった。〈ヤング〉ばっかしで、誌名を書いているだけで恥ずかしい(笑)。

〈カンドレ・マンドレ〉は、新譜ジャーナルに掲載されていたと思う。もちろんギターを弾いて歌いました。呪文みたいなところがあるんです。YouTubeにあがっていたので久しぶりにきいてみました。



あの呪文みたいな歌詞は、ふたりの愛の国へ行くための言葉だったのですね。

カンドレ・マンドレ
サンタリ・ワンタリ
アラホレ・ミロホレ
1234 ABCDEFG

上記歌詞中の3行目には〈シャボン玉ホリデー〉における谷啓のギャグの影響がみられます。この呪文を気仙沼流にアレンジするとこんな感じでしょうか。

ナンダレ・カンダレ
ドゴダレ・カグダレ
イヅダリ・カヅダリ
ハラホロ・ヒレハレ

この言葉をとなえれば、一気に1960年代の愛の国ならぬ気仙沼に行っちゃいます。イヅダリカヅダリ ツカウンスナヨ。

取り扱い注意ということで。ヨロシク。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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