本日の深層NEWS

本日9月30日午後10時から、BS日テレで防潮堤関連の番組が放送されます。

深層ニュース
番組サイトのイメージ

◎9月30日(火)22:00〜23:00
◎BS日テレ「深層NEWS」
◎海と生きる復興の課題 巨大防潮堤と地方創生
◎ゲスト:平将明、臼井壯太朗 2氏
◎シリーズ「被災地と共に」。平将明・内閣府副大臣と、気仙沼で漁業に携わる臼井壯太朗氏が出演。沿岸部の基幹産業である漁業従事者にとって、巨大な防潮堤は適切なのか? 改めて被災地の復興を考える。

ゲストの平将明(たいら・まさあき)さんは衆議院議員で内閣府副大臣、臼井壯太朗(うすい・そうたろう)さんは気仙沼の臼福本店代表取締役社長です。〈臼福〉の臼井さんについては説明の必要がないでしょうが、平さんについて少し記しておきます。

平将明さんは、東京4区選出の衆議院議員。今年9月の内閣改造で内閣府副大臣(地方創生、国家戦略特区、クールジャパン戦略、沖縄関連政策などを担当)に就任しましたが、その1カ月前の8月には、衆議院決算行政監視委員会の理事として、気仙沼市の大谷海岸と防潮堤計画の視察を行っています。

8月25日ブログ「費用対効果考えて」

ブログにも書きましたが、決算行政監視委員の皆さんは、防潮堤への血税投入にあたっては費用対効果などを念頭に進めて欲しいとの意見を述べたとのこと。どちらかというと、巨額の予算を要する防潮堤計画に疑問を持ったようですが、それをぜひ早く国会の場で議論して欲しいと私は思ったのです。とにかく遅すぎる。

本日の30分の番組は生放送だとのこと。BSということもあって、あまり遠慮のない率直な話が語られるのではないでしょうか。番組紹介が当日になってしまいましたが、是非ご覧いただければと。
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ちょすこまっこ?

9月19日のブログ「なんだれかんだれ」に、ふたつのコメント投稿をいただきました。あらためて紹介します。

ひとつめは、「エーノス」さんの投稿。
「ネイティブの家内(先祖からずっと気仙沼)いわく、◎なんだりかんだり/○なんだれかんだれ、だそうです。純粋な気仙沼人は前者を使うと断言してました。南町育ちの私も、前者がなじみです。いわゆる 時代や地域の変態ですかね」

〈なんだれかんだれ〉ではなくて〈なんだりかんだり〉というのは私の語感と同じですね。まあ、これは〈れ〉と〈り〉の間の発音をどのように表記するかの問題でしょう。以前、〈小田の浜〉が〈おだのはま〉か〈こだのはま〉かということについて、大島の熊谷雅裕君が〈お〉と〈こ〉の間あたりの音ではないかといってましたが、同じようなことなのだと思います。

『けせんぬま方言アラカルト』で、編者の菅原孝雄さんは、凡例の中で「鼻濁音を大事にし、その語句の脇に○印を付した」と記しています。そして〈が〉〈ぎ〉〈ぐ〉〈げ〉〈ご〉などに○印が付けられている語句があります。この鼻濁音をうまく発音しないと、テレビドラマでよく聞く〈きれいすぎる方言〉になってしまうのでしょう。

ふたつめは、「元みやふく居候Mr.Peki-chan」さんの投稿。
「私もヨソモノ魚町人。ネイティブアメリカンならぬネイティブサカナマチアン(?)の妻(宮福の明美ちゃん:気中36回生)から「チョシコマシコ」という方言を聞かされたときはあまりにも言いえて妙でしたので大爆笑でした。果たしてこれは気仙沼ポピュラー方言?魚町ローカル方言?まさかの宮福オンリー言葉だったりして……」

このコメントには驚いた。というのも、14日の目黒のさんま祭の帰りに、妻とその同級生 純子さん(気中26回生)と3人でお茶を飲んでいたときに、「オダさんは、〈ちょすこまっこ〉って知ってる?」と聞かれたばっかりだったからです。

この言葉、以前に妻からも聞かれたことがあるのですが、私は知りませんでした。もちろん〈ちょす〉は知っています。〈さわる〉とか〈いじくる〉みたいな感じ。〈ちょすこまっこ〉は、『けせんぬま方言アラカルト』にも収録されていました。

方言あらかると ち
『けせんぬま方言アラカルト』の「ち」の収録頁イメージ

その意味と用例は、「いじる。もてあそぶ。用例「こいづ大事なんだがら ちょすこまっこすんなよ」

少し用例がきれいすぎるかな。もてあそび感に欠けるというか。同書に〈ちょす〉単独の収録はないのですが、私が用例を記すとこんな感じでしょうか。

「そんなどご、ちょすんすな」
「なんだっけ、そんなどごばがり、ちょしてがらに」

なんか、いじくる対象が下半身の方にいってしまうので困ってしまいます。

方言の話を続けるときりがありませんね。方言アラカルトの「ち」の一番最後の収録語は「ちょんてろ」。意味は「動かないで」。用例は「バスが停まるまで ちょんてろよ」

これぐらいにしておきましょう。面白すぎる(笑)。

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昭和はじめの内湾

本日の三陸新報に気中同級生の訃報。菅原賢一君(3年3組)が24日に亡くなりました。病気療養中だったとのこと。本通夜は本日26日午後2時〜7時。葬儀は27日午後1時より。いずれも有山葬祭会館(田中前4-6-4)です。訃報広告には息子さんや奥様に並んでお母様の名もありました。その悲しみの深さを思うとせつない。賢一君のご冥福を謹んでお祈りいたします。


本日は、気仙沼の地域情報誌「浜らいん」の〈昭和の気仙沼風情〉カレンダー9月10月の写真を紹介します。キャプションには〈戦前の魚町内湾の様子〉とあります。

内湾スルメ乾し

浜らいん〈昭和の風情〉カレンダー2014より(クリックで拡大)

これと同じ写真は、『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年発行)にも掲載されています。同書では「昭和はじめのスルメ乾し」との見出しで、「漁船員のせんたく、炊事と路上のスルメ乾し。レストハウス付近から」と解説しています。

なお、〈レストハウス〉というのは、〈エースポート〉になる前の建物の名称。旧魚市場跡地に市営レストハウスとして1965(昭和40)年5月22日に開館しています。

右上方に木々が生い茂っているのがお神明さん/五十鈴神社です。あくまで私の推測ですが、左端にうつる白い屋根の家が、以前〈茂木六〉さんがあったあたりではないでしょうか。左から右に一軒、二軒いって左に折れると入沢に向かう通り(大正時代には「大河岸前通り」と呼ばれていたようです)。

ところで〈昭和はじめ〉というのは何年頃なのでしょうか。魚町や南町の大火は昭和4年。南町に旧魚市場ができたのは、昭和10年のこと。それらの前なのか後なのか。

大火前、昭和4年より前ではないのかなあ。写真の手前にはマストとロープがうつっています。右側後方に見えるのは帆船でしょう。気仙沼における漁船の発動機船化は、大正時代に入ってから大きく進んだらしいのですが、昭和初期にはまだ帆船との併存や併用があったと思います。

写真の撮影時期のヒントやスルメ乾しの情報がないかと、気仙沼市史の頁を繰ってもみたのですが、結局はわかりませんでした。ただ、市史の第4巻(近代・現代編)第5節「三陸津波」に〈昭和7年はイカの大漁年であった〉との記述を見つけました。翌昭和8年3月3日には、大津波が三陸地方を襲います。資料によって数字が異なるようですが、気仙沼町を含む本吉郡の死者は182名でした。唐桑村59名、歌津村84名、鹿折村4名、階上村1名(杉の下)。気仙沼町の死者はなかったようですが、唐桑や歌津の被害が大きかったのです。

撮影年月不詳の一枚の写真。調べれば調べるほど深みにはまったり、横道にそれたり。ほどほどにしておいたほうがよさそうです(笑)。今週はこれにて。

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アンカーコーヒー

いつものことながら〈月遅れ雑誌〉のご紹介。「週刊文春」8月28日号に気仙沼関連の記事がありました。巻末カラー4頁の記事で見出しは「ご当地カフェの絶品メニュー」副題は〈わざわざ食べに行く価値あり!〉。

アンカーコーヒー
週刊文春8月28日号の記事一部イメージ

左頁の左側に紹介されているのが、気仙沼の〈アンカーコーヒー&バル〉田中前店です。説明文を引用します。

「東日本大震災で気仙沼の2店舗が全壊した。被災者のために昼夜問わず、気軽に集える場所を作りたい。そんな思いで2011年12月にプレハブの仮設店舗で再出発。今では地元客がひっきりなしに訪れる憩いの場となった。昼間はカフェだが18時になるとビールやワインが飲めるバルに早変わり。写真の甘エビのアヒージョはスペインバルの定番メニュー。ニンニク入りのオリーブオイルの中でじっくり煮たエビは、殻ごと食べられる。気仙沼産イカの塩辛をのせた石窯焼きピザは酒の肴にぴったり。

甘エビのアヒージョ 750円 塩辛のピザ 880円
バルメニューはハモンイベリコやスペインオムレツも。系列店のカフェはフルセイルコーヒーの名で5店舗展開。

・宮城県気仙沼市田中前4-2-1
・TEL 0226-24-5955
・営業 9:00〜21:30ラストオーダー
 (日曜は18:00閉店)無休

引用は以上です。
アンカーコーヒーは震災前も後も、残念ながら訪れたことがありません。気仙沼に帰る機会があればぜひに、甘エビのアヒージョをつまみにワインでも頂きたい。週刊文春の美味しそうな写真を見て、本当にそう思いました。それから、イカの塩辛をのっけたピザもなかなかよさそうです。

なお、アンカーコーヒーでは、〈ほぼ日〉コラボ商品をはじめとするコーヒー豆などの通信販売も行っています。詳しくは、同店の公式ホームページFacebookにて。

週刊文春はこれまでも、巻末カラー連載〈おいしい!私の取り寄せ便〉で、コヤマ菓子店の〈はまぐりもなかくっきー〉や波座(なぐら)物産の〈昔ながらの濃厚熟成塩辛〉などの気仙沼産品を紹介してくれました。いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

2013年5月20日ブログ「顕子さんご推薦」
2014年6月2日ブログ「波座物産熟成塩辛」

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冬の海 と 春の海

先日の日曜日、〈ほぼ日〉が表参道につくった〈店舗〉というか〈ギャラリー〉というか〈イベント会場〉というか、そんな「TOBICHI(とびち)」というスペースに、妻とでかけました。

9月20日から25日まで、〈気仙沼ニッティング〉の手編みセーターの展示販売会が行われているのです。編み手のひとりでもある妻の同級生から案内をいただきました。

地下鉄表参道駅で降り、多くのハイブランドショップのウィンドウをながめつつ根津美術館の交差点で左折、ちょっと歩けば右側に「TOBICHI」。

トビチ 入口から
会場 mm01.jpg

入口を入るとすぐに、10月発売予定の3rdモデル「リズム-A」が展示されています。細かな編み込みがなされているにもかかわらず軽い。本当に素晴らしい。その右側には、気仙沼の海の色をモチーフにした新色〈冬の海〉と〈春の海〉の2ndモデル「エチュード」。色出しに試行錯誤を重ねたとのことで、冬と春の2色のニュアンスの違いが素敵でした。そして「こどもエチュード」も並び、スペースの奥には1stモデル「MM01」が。オーダーメイドのカーディガンです。15万円を越える価格ですが、申込みが多く抽選による販売となっています。

3種とも編み物作家である三國万里子さんのデザイン。これを気仙沼の編み手の皆さんが編んでいくわけですね。ウェブサイトでは19人の編み手さんが紹介されています。

会場には、(株)気仙沼ニッティングの代表である御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さんがいらっしゃいました。「リズム」をはさんでの妻との写真を撮ってもらい、恐縮。画像は省略します(笑)。

御手洗さんについては昨年3月のブログでも書きましたが、本日は今年5月に行われた「TEDxTokyo 2014」でのプレゼンテーションを紹介します。



御手洗さんは「皆さん、たまたま行った町をすごく好きになっちゃったことってありますか」と会場に問いかけます。そしてつぎのように続けます。

「私はあります。気仙沼っていう町なんです。気仙沼っていうのは、東京から4、5時間かかります。東北新幹線にのって一ノ関まで行って、そこから大船渡(おおふなと)線というローカル線で、ずーとこう山越え谷越え行くんです。ずいぶん遠くまで行くなぁという感じで。最後に長いトンネルを通るんです。トンネルを抜けると、パッと景色が開けて、こんな場所に出ます」

「これが気仙沼です」という言葉で紹介される映像が気仙沼の内湾。右方に、震災後に解体した我が家があった場所がはっきりとうつっています。まいったなあ。すっかり変わった魚町の風景ですが、やはりきれいだと感じてしまう自分の感情にちょっと困ってしまいました。

TEDxTokyoの映像は約10分間。お時間がないという方はこちらで。

御手洗さんと編み手の皆さんによる気仙沼ニッティングの活動が、気仙沼のより良い変化のきっかけになり、それがさらに大きく広がっていくことを願いながら、御手洗さんのTEDxでの結びの言葉を紹介します。私はこれを〈変えることができる!〉という意味に受け取りました。

You can make a difference.
どうもありがとうございました。

「TOBICHI」での展示販売会は25日(木)まで。好評のため既に売りきれた商品も多いようですが、是非おでかけいただき、気仙沼の海の色を感じていただければと。

気仙沼ニッティング公式サイト
ほぼ日「気仙沼ニッティング物語」
2013年3月22日ブログ「気仙沼ニット」

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼ニッティング ほぼ日 TOBOCHI

和田誠さんに感謝

先週金曜日、9月19日午前10時過ぎ。仕事場に向かうために地下鉄代々木公園駅で降りて階段をのぼりました。雑誌を読んでいて駅をひとつ乗り過ごし、時間をロスしたなと思いながら。そしていつもと違うルートを選び小田急線代々木八幡駅を右に見ながら少し歩くと、その人がこちらに向かって歩いてきました。和田誠さん。近くの代々木上原にお住まいです。これまでも、ふた月に一度くらいの頻度でお見かけすることがありました。

あらためて説明の必要もありませんが、デザイナーでありイラストレーター、そして映画の監督もというお方。その和田誠さんが、昨年11月に〈東北ツリーハウス観光協会〉のマークをデザインしたことを、〈ほぼ日〉の「100のツリーハウス」サイトで知っておりました。

ツリーハウスロゴ

社団法人「東北ツリーハウス観光協会」のマーク(下記サイトより拝借)

ほぼ日「100のツリーハウス」サイト

失礼と思いつつも、声をかけ、つぎのようなことを話した(つもり)。

「突然すみません。オダと申します。多摩美(術大学)の後輩です。実は気仙沼の出身でして、ツリーハウスのロゴなど、和田さんの気仙沼へのご支援に一言お礼を申し上げたいと思っておりました。奥様にも気仙沼のイベントでのメニュー開発などをしていただいて。本当にいろいろとありがとうございます」

奥様の和田(平野)レミさんはシャンソン歌手そして料理愛好家としても知られています。そして、昨年9月のさんま寄席の日に開催された〈市場で朝めし。〉の〈ほぼ日〉ブースで販売された〈平野レミさんの海カツサンド〉を糸井重里さんと一緒につくりあげてくれたのがレミさんです。

和田さんは、「糸井君と……」知り合いということもあって頼まれたなどと語ってくれました。突然に声をかけられて驚いたことと思います。なにか急に話しかけられ、早口でよくわからなかったけれど、とりあえず〈気仙沼〉と〈ありがとう〉だけはわかった、みたいな(笑)。

〈これからも、気仙沼をどうぞよろしくお願いいたします〉と和田さんに直接お伝えすることができたのはなによりでした。電車を一駅乗り過ごして大事な時間を失ってしまったと思っていましたが、そのおかげでうれしい出会いを得ることができました。

和田夫妻の気仙沼へのご支援にあらためてお礼を申し上げます。

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真海さんTV情報

本日は、気仙沼出身のパラリンピアン 佐藤真海さん関連のテレビ番組情報です。テレビ東京の番組なので、気仙沼では今のところ放送なしかと思いますが、とりあえず。

◎テレビ東京「スポーツがあったから」
◎9月23日(火)13:00~13:30

以下は、テレビ東京のホームページでの紹介文。

「東日本大震災から3年。スポーツを通じて震災の「忘れないでいる事」の大切さを伝えるドキュメンタリー。東京五輪招致で活躍した佐藤真海は東北の子供に熱い想いを伝える。 東京五輪開催が決定し、日本全体が前を向いて新たな時代を切り拓こうとしているかのように思える影には、決して忘れることのできない1日がある。東日本大震災だ。あの日から3年が経ちスポーツは東北の人々にたくさんの夢や希望、感動をもたらしてきた。東京五輪招致で脚光を浴びた義足の走り幅跳び選手・佐藤真海は、東北でのスポーツ普及に行脚する。その他、福島県富岡高校サッカー部、東日本国際大学野球部の奮闘ぶりにも迫る」

番組は3つのコーナーにわかれており、その一番はじめに佐藤真海さんが登場するそうです。ナレーターは秀島史香(ひでしまふみか)さん。秀島さんはシンガー畠山美由紀さんと大変親しい方ですね。


ところで、佐藤真海さんが、五輪招致決定から一周年にあたる9月7日に婚姻届けを提出したとのめでたいニュースは皆様すでにご承知のとおりです。お相手は、一歳年上(33歳)で、広告代理店に勤務しており、オリンピック・パラリンピック招致活動を通じて知り合ったそうです。ここまでは、まあ一般情報でしょうが、〈東スポWeb〉によれば(笑)、〈男性は首都圏内にある有名料理店の御曹司で、店を営む父親は業界の有名人といわれる〉とのこと。

どんな人なんだろうと思われたあなただけに、とっておきの画像を紹介しましょう。〈コヤマ菓子店〉小山裕隆さん(隆ちゃんのご長男)のブログで、9月15日に気仙沼の〈海の市〉で行われたトーク交流イベントの様子が紹介されていますが、ここに佐藤夫妻がしっかりとうつった写真がありました。どうぞご覧ください。

小山裕隆さん9月16日ブログ

なんか笑顔がとても優しそうでいい感じの青年ですね。

最後に東スポではなく朝日新聞での真海さんのコメントを紹介しておきましょう。

真海さん朝日
朝日新聞デジタル9月8日配信記事のイメージ

「新たな一歩、うれしく心強く感じています。アスリートとしての挑戦は継続しますが、(結婚して)見えるものや感じるものが変わってくると思うので、そんな世界の広がりも楽しみたいと思います。2020年大会も、家族でどんな形で迎えられるか、楽しみが何倍にもなりました」

真海さん、本当によかったですね。おめでとうございました。どうぞ、お幸せに。

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なんだれかんだれ

9月10日の市営水族館のことを書いたブログの最後に〈なんだりかんだり〉と書いたら、妻から〈なんだれかんだれ〉が正しい気仙沼弁であるとの指摘がありました。私の感覚だと、末尾が〈れ〉だとなんか変な感じがするのですが。

しかし、私の父は新発田(しばた)、母は柏崎と、両方とも新潟県人で、4人家族の中で気仙沼生まれは私だけでした。ですから、気仙沼弁はなんというかネイティブではありません。それに比べ、南町生まれの妻はきちんとした(?)気仙沼弁を操れますから、たぶん〈なんだれかんだれ〉が正しいのでしょう。

そして〈他にも似たような語感の言葉があるね〉と、言葉をあげていきます。いづだりかづだり/どごだれかぐだれ/だんだれかんだれ/いっつもかっつも/やったりとったり………。

『けせんぬま方言アラカルト』(菅原孝雄編 三陸新報社刊)で調べてみると、つぎの言葉が収録されていました。

◎なんだれかんだれ
何やかやと。いろいろと。(用例)「なんだれかんだれ詰めだ宅配便送ったがら」
◎いづだりかづだり
時節なしに。予期せぬ場合に。(用例)「いづだりかづだり来てもなぁ」
◎どごだれかぐだれ
ところきらわず。どこということなく。(用例)「どごだれかぐだれ 捨てでだめだ」
◎いっつもかっつも
いつもいつも。どんな場合も。共通語「何時も」。(用例)「おらどごのわらすど いっつもかっつもご馳走なって」

用例がなかなかいいですよね。なんだれかんだれ品物を詰めた宅配便は、気仙沼に住むお母さんが東京で暮らす娘さんに送った荷物でしょうか。

妻はいろいろと言葉をあげた後に、〈いづだりかづだりにしても、どごだれかぐだれにしても、ちょっとネガティブな使い方をする言葉が多いかな〉と言います。方言アラカルトには収録されていなかった〈だんだれかんだれ〉にしても、〈だんだれかんだれ、連れでくんすなよ〉(誰それ構わず連れてこないでよ)みたいに否定のニュアンスがありますね。妻はこう続けました。〈ポジティブなのもあるね。「にっこらかっこら」〉。

この言葉、〈方言アラカルト〉には〈にこらかこら〉という語句で収録されていました。

◎にこらかこら
共通語「にこにこ」。にこにこ喜ぶさま。笑顔。(用例)「あのわらす いっつも にこらかこらってるや」

この用例もとてもいい。〈あの子はいつも笑っている〉。宮澤賢治か(笑)。

イツモシヅカニワラッテヰル
サウイフモノニ ワタシハナリタイ

明るくおわることができました。どうぞ、良い週末を。

方言アラカルト
『けせんぬま方言アラカルト』(増補改訂版)三陸新報社


(追記)2013年5月9日ブログ「方言アラカルト」

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ほぼ日さんに感謝

14日の目黒のさんま祭について一昨日のブログで報告しましたが、ひとつお詫びです。〈ほぼ日〉のテキスト中継のリンクを誤り、2012年の中継内容にしておりました。アップ後のチェックが甘かった。申し訳ありません。正しくは次のリンクです。前日の気仙沼の様子から見ることができます。

(ほぼ日)目黒のさんま祭をテキスト中継2014

交流会
テキスト中継の一部イメージ(交流会)

このテキスト中継ではじめて知ったのですが、第3回「気仙沼さんま寄席」は、来年5月末に気仙沼の市民会館で開催されるとのことです。もちろん、立川志の輔さんをお迎えします。今年は、会場となる市民会館が改修中のため開催できなかったのですね。私は、この〈さんま寄席〉の次回情報がなかなか出てこないので、どうなっているのかなとちょっと心配しておりました。ホッとした。

以前も書きましたが、〈気仙沼さんま寄席〉は、その利益を〈目黒のさんま祭〉のさんま代にしようと、糸井重里さんひきいる〈ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)〉のお膳立てによって開催されました。

第1回は2012年3月に行われ、その利益(さんま代)が348万9597円、そして2013年9月の第2回目は465万1068円でした。この利益金が「目黒のさんま祭気仙沼実行委員会」に寄付され、さんま祭の費用に充てられているわけです。

こうしたことは、目黒のさんま祭のプログラムで紹介されることも、〈ほぼ日〉のサイトで声高に語られることもありません。そして14日には糸井さんと志の輔さんが昨年と同じくさんま焼き隊に加わってさんまを焼いてくれました。あくまで〈気仙沼側〉としてお客様を迎えるということなのでしょう。上記のテキスト中継に、つぎの記述がありました。

〈そんなご縁の「目黒のさんま祭」に、ことしも「ほぼ日」はひっそり参加します。じゃまにならないようさんま焼きのお手伝いをする予定です〉

〈ひっそり参加〉。これには、まいった。こうしたことは、ちょとやそっとでできることではありません。本当にありがたく思います。あらためて、糸井さんをはじめ〈ほぼ日〉のスタッフの皆さんに、そして〈気仙沼さんま寄席〉にご来場いただいた多くの皆様に、気仙沼出身者のひとりとして心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

2012年4月21日ブログ「さんま代発表!」
2013年12月3日ブログ「さんま寄席の利益」

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ホヤぼーや 72位

「ゆるキャラグランプリ」に参戦中の気仙沼観光キャラクター〈ホヤぼーや〉ですが、ちょっと出足が思わしくありません。

このブログで、「ゆるキャラグランプリ」3度目の挑戦を紹介したときに、今回は得票経過の公表されないようだと書いたのですが、スタート後数日したらサイトでランキングがわかるようになりました。そして本日9月17日午前11時現在の順位は72位。先週は62位とか63位あたりをいったりきたりしていたのですが、かなり順位を落としています。

ランキング
ランキングサイトのイメージ(9月17日午前11時現在)

菅原気仙沼市長は「非常に厳しい戦いだが東北一を奪還したい」と語っていました。まずは60番台、50番台とランクアップをはかりたい。投票締め切りは10月20日。あと一カ月ちょっとです。どうぞ、皆様の一日一票の投票をお願いいたします。

以前も紹介した登録と投票の方法を再度記しておきます。

1:ID(メールアドレス)仮登録

ID仮登録サイトにて、メールアドレスを入力して送信

2:パスワード設定で本登録

メールで届いたURLにアクセスして、パスワードを設定するとIDの本登録が完了します。

3:投票

下記の投票サイトで、ID(メールアドレス)とパスワードを入力して投票します。

「ホヤぼーや」投票サイト

さあ、ここからが勝負だ! どうぞよろしく。

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目黒さんま祭報告

おととい日曜日14日は目黒のさんま祭でした。簡単にその報告を。

台風の関係で開催があやぶまれた昨年とはうって変わって、腕や顔が日焼けするほどの晴天でした。私たちは、気中や気高などの同級生に奥さん妹さんらも加わって10人ほどが参集しました。

9時半からの開会式では、目黒区長や菅原気仙沼市長はじめ多くの方の挨拶。そして気仙沼の〈どや節〉の披露の後、朝から長い行列をつくり待っていてくれた方々への5000尾のさんま焼きが開始されました。写真を紹介します。(クリックで拡大)

さんま焼きが開始された後、目黒区の小学生の募金による気仙沼への義捐金を、気仙沼漁協組合長に代わり気仙沼実行委員会の松井会長が受け取りました。毎年、本当にありがたく思います。

さんま焼き 小学生

気中・気高メンバー。そして気仙沼からの佐々木徹君(3年1組)も加わっての記念写真。

メンバー 徹君2

さんまのすり身汁にも長い行列が。気仙沼からは同級生の荒木容子さん(10組)が例年通りお手伝いで上京。左側は松井会長の奥様えみこさん。実家が魚町でご近所でした。

すり身 荒木さん

会場のアトラクションでは、気仙沼落合地区の廿一(二十一)田植踊りや、太鼓学舎〈ね〉と岩井崎明戸虎舞が合同しての太鼓も披露されました。間近での踊りや太鼓は、本当に素晴らしかった。

二十一 明戸

松井会長を囲んでの一枚。そして、菅原市長とその女子同級生ふたり(気中26回生)の写真。二人は市長を〈茂君〉と読んでいました(笑)。右端は気中20の菊田裕美君。

松井さん 市長

写真は以上です。佐々木徹君は〈あさひ鮨〉の〈さんま姿寿し〉の物販があるので、ゆっくりとは話せませんでしたが元気な様子でなにより。荒木さんも元気で、毎年のことながら、長い行列をつくるお客さんたちのためにすり身汁をつくるのに大忙しでした。

当日の祭の盛況ぶりはなかなか伝えにくいのですが、〈ほぼ日〉のテキスト中継がリアルな様子を伝えてくれています。是非ご覧ください。

〈ほぼ日〉さんま祭テキスト中継
(追記とお詫び:当初のリンクは2012年の中継でした。リンクをはりなおしましたので、是非ご覧ください)

さんま祭には気仙沼から3台のバスでお手伝いのスタッフが上京しました。また東京近辺に住む多くの気仙沼出身者がさんま焼きをはじめとするサポートに参加してくれています。東京そして気仙沼の実行委員会はじめ多くの関係者の方々にこの場を借りてお礼を申し上げます。本当に楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございます。

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昭和の気仙沼大火

12日のブログで、昭和6年の魚町桟橋の写真を紹介しました。本日は、その2年5カ月前、昭和4(1929)年2月23日に気仙沼で起こった大火の被災写真を紹介します。浜見山から撮影したもので、右上が内湾です。

昭和4年大火
『目で見る気仙沼の歴史』掲載写真(クリックで拡大)

この写真は、『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に掲載されていたものです。『けせんぬま写真帖』(昭和52年 気仙沼商工会議所発行)にも同じ写真が掲載されており、より詳しい説明文が付されておりました。以下に同書より引用します。

「昭和4年の大火は、2月23日午前零時30分ごろ、町の中央、横丁(小田注:八日町横丁山下)から火の手があがった。およそ20メートルの風にあおられ、魚町一丁目、大堀町へと延焼した。蒸気ポンプ、腕用ポンプを動員して必死の消防活動にもかかわらず火の手はさらに仲山通、新中山通、中通、南町一帯を焼き尽くし、魚町全体から神明崎の五十鈴神社まで延焼。火魔はさらに入沢、太田にまで延びた。それが午前4時ごろ、もっとも旺盛で、まさに生き地獄の様相であったという。罹災者は安波山ろくや浜見山裏、小学校、停車場付近、内ノ脇などに避難した。
町はまず20万円の救助金の支出を決議して炊き出しをし、バラックを建てた。損害額696万2900円。両陛下から再び2500円の御下賜があった。義捐金も8万6500円の多額にのぼった。
罹災者はこれに力を得て、まず魚町、南町等大通りがいち早く新築を進めた。電灯も供給、上水道もまた敷設された。その年の暮れまでに、ほとんど焼け跡がみられなくなった。さすが浜っ子である。市街地もさらに一間から三間広げられ、とりわけ海岸通りなどは旧態を一新。護岸工事をやって広い小路になった。笹ヶ陣のヤマをくずして住宅地とし、内ノ脇への通路も拓いた。」引用は以上。

なお、『気仙沼市史』第4巻 近代・現代編によれば、2月25日の議会で議決した救護費は20万円ではなく〈2万円〉となっています。一桁違いますが、気仙沼町の予算が30万円前後の時代といいますから、20万円は誤りで2万円が正しいと思います。被害については、「大気新聞」が857戸全焼、「河北新報」が970戸全焼と伝えているそうです。なお、これほどの大火でしたが、死傷者はいなかったとのこと。

この昭和4年の大火で、気仙沼の魚町や南町一帯は壊滅的な打撃を受けました。しかし、その後の復興事業によって、一種の建築ブームとなりました。たしかに、魚町の〈男山〉や〈武山米店〉など、気仙沼の歴史的建造物といわれる建物も、この大火の後に建造されたものです。市史では〈復興工事も多いため土木建築に人手が不足し、よそから数千人の職人・人夫が入り込んで、かえって好況だったという話もある〉と書いています。〈歴史は繰り返す〉か。

大火も津波もなんとか繰り返しはなしでお願いしたい。しかし、大正4年、昭和4年の大火などで大きな被害を受けながらも新たな発展を遂げてきた気仙沼復興の歴史は是非とも繰り返し、新たな一頁を加えて欲しいと願っています。

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昭和6年の鮪大漁

気仙沼の地域情報誌「浜らいん」は2カ月ごとの発刊ですが、その中の連載写真頁〈昭和の気仙沼風情〉は大変なつかしい気仙沼の風景が紹介されており、いつも楽しみしています。7・8月号は魚町の〈ロマンス座〉でした。

本日は最新刊である9・10月号に掲載されていた写真を紹介します。見出しは「大漁! 大マグロを積んだ漁船の入港〈魚町桟橋〉〜昭和6年、魚町に入港した漁船のマグロ水揚げ」。

マグロ水揚げ昭和
「浜らいん」誌2014年9・10月号掲載写真(クリックで拡大)

説明文を引用します。
「昭和6年7月、越中宮古(注:これは陸中宮古の誤植だと思います)、北海道釧路港所属船が三陸沖で大目流網漁をしたところ、大漁の大型マグロが釣れ、気仙沼港に入港、魚町内湾の桟橋に水揚げしたことを記念して撮影された写真。200キロはある本マグロが桟橋に水揚げされている。当時はこんな小さな漁船で北海道や宮古から操業に来ていた。写真左側に見える神明崎にはまだ浮御堂が建設されておらず、右側の柏崎の下にも道路がなかった時代。ちなみに柏崎下の港町臨海道路の前身工事に着手したのが昭和5年頃からで第一次行幸修築計画から3年目の昭和8年に柏崎下の沿岸部に道路ができた。」引用は以上。

南町海岸の旧エースポートのところに気仙沼魚市場が発足したのは昭和10年4月のこと。それまでの取引について、気仙沼市史では次のように述べています。

「今迄の魚の取引場は魚町二丁目の路上で行われたが町青年会が運営し敷地料を徴収した。また各問屋等は海岸に桟橋を出し、漁船が到着するとそこに魚商、水産加工業者が集まって取引するので、同時に20カ所で個人売買をすることもあって無統制であった。」引用は以上。

この写真の提供者は、株式会社臼福本店の会長 臼井賢志さんです。詳しいことはわかりませんが、〈臼福〉さんが問屋として、このマグロの大漁を取り扱ったのでしょう。撮影地点も震災前の〈臼福〉付近のように思います。

この写真は昭和6年7月撮影ですが、昭和4年2月23日に気仙沼は、南町や魚町の約900戸を焼失する大火にみまわれています。当時の写真を見ると、魚町海岸の付近の家屋もそのほとんどが焼失しています。上の写真はその2年5カ月後の撮影となるわけですが、背後の家並みがどのようになっているのか。魚町復興の様子が気になるところです。

「浜らいん」ホームページ

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14日はさんま祭だ

今日は9月11日。震災から3年半が経ちました。この42カ月が短いのか長いのか、その感じ方は人によってさまざまでしょう。新聞によれば、被災しての避難者は8月14日時点で24万5622人。このうち岩手、宮城、福島の3県で仮設住宅などに暮らす避難者は約19万人とのことです。

話は変わりますが9月14日(日)は「目黒のさんま祭」。〈目黒区民まつり/目黒のSUNまつり〉のなかのイベントとして開催されます。先週日曜日のさんま祭は、目黒駅の東口側になる品川区のイベントで岩手県宮古市のさんま。そして今度の日曜日こそが目黒区のさんま祭で気仙沼から直送される5000尾のさんまがふるまわれます。

SUNまつり
目黒区民まつり公式HPイメージ

◎目黒のさんま祭
・日時:9月14日(日)10:00〜15:30(開会式は9:30〜)
・会場:目黒区田道広場公園
目黒区民まつり(目黒のSUNまつり)公式HP

会場への道順を簡単に。JR目黒駅の西口を出て、400mほど坂を下っていくと目黒川にぶつかります。橋を渡る手前を右折して300mぐらいいくと田道広場公園です。目黒駅の改札を出て左側が西口です。私たちは当日午前10時に改札付近に集合予定です。

この「目黒のさんま祭」は1996(平成8)年に始まりました。松井敏郎さんをはじめとして、気仙沼のまちづくりに取り組む有志「次代を創る会」が、目黒区の住民組織「田道住区住民会議」に協力をもらって開催されたのです。今年は19回目となります。

震災の年2011年、気仙沼の実行委員会会長をつとめる松井さんにインタビューしたスポニチの記事に、つぎの記述がありました。

〈実行委員会メンバーも2人亡くなった。同市の岩井崎地区で塩田の塩づくりを行っていた遠藤伊勢治郎さん(享年81)。遠藤さんの塩を毎年サンマにまぶしていた。元自衛官で祭りではすり身汁の大鍋を担当していた吉田彰さん(同47)も犠牲に。「遠藤さんは自宅から逃げたけどダメだったらしい。吉田さんは黙々と仕事をしていく人でね。大鍋は彼がいないと扱えない」(松井会長)〉

ほかの新聞記事によれば、松井さんは身内3人をこの震災で失っています。私たちの5つ上、気高17回生。三日町ですから気中15回生でしょう。

2011年のスポニチの記事

震災後4度目となる目黒のさんま祭。気仙沼の人も目黒の人も、お互いに〈おかげさまで〉との思いを胸にした催しとなるでしょう。天候にめぐまれて大勢の人が気仙沼のさんまを味わってくれるように願っています。皆様、どうぞおでかけください。

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気仙沼市営水族館

おととい、ツイッターに〈「気仙沼にも水族館があった」という話を同級生にしたら誰も知らなかった。私の記憶違い?〉と書いていた方がいたので、〈魚市場前にたしかにありました〉と返信しました。

しかし、水族館があったのはいつ頃までだったのだろう。記憶が定かではありません。これを機会に調べてみました。

まずは『気仙沼文化史年表』(荒木英夫編)を見てみましょう。索引によれば2項目ありました。

・昭和28年8月15日 魚市場前に水族館開館する。
・昭和35年4月20日 魚市場前に水族館新築が決定、気仙沼水産高校内の旧水族館は取り壊しとなる。

次は『気仙沼市史』第5巻産業編(下)。第2節「戦後の観光」の中に「市営水族館」という見出しで次の記述がありました。

みなと気仙沼の名物として、県立気仙沼水産高校敷地内に、昭和28年6月に市制施行記念事業の一環として新設された。
同年11月から翌年3月末までは展示魚類を海に放して休館とした。
29年開館、夜9時までの開館は夕涼みの新名所にもなった。多い時には魚介類40種となった。36年、魚市場隣接地に移転、海水を直接取水した。水産博物館も併設。37年、小型水槽5基増設、淡水魚や熱帯魚も収容した。38年、新たにクジラ標本室、立体的な沿岸漁業パノラマ展示、休憩室の改善など施設が充実する。43年10月、市営水族館施設老朽化で廃止。
同水族館は開館後15年を経過、現施設での経営は海水汚染や施設の老朽化で危険になり、観光事業振興審議会にはかって廃止と決まった。36年3月、移転新築以来入館者延べ230万人を数え、観光施設として果たした役割は大きかったが、入館者は年々減る一方だった。長い間、市民や県外からの見学者に親しまれただけに閉館と決まった9月は名残りを惜しむ入館者も多く、市は18日から市内小学生らに無料開放、20日に閉鎖した。

引用は以上です。気仙沼文化史年表と市史では年月など若干の違いはありますが、概略はわかりました。要するに市営水族館は、昭和43(1968)年から36年までの8年間は魚市場前にあったと。

私の水族館の記憶はかなりおぼろなのですが、2〜3度行ったことがあるような気がします。熱帯魚はいたように思うので、小学校5〜6年生の頃かなあ。それと、間違っていたらかなり恥ずかしいのですが、鯨のペニスの展示というのがなかったでしょうか。市史の〈クジラ標本室〉というのがそれかなあ。いや単なる私の妄想か(笑)。

ネットで調べてみたら、2012年4月には、水産関係者7人による「気仙沼に水族館をつくる会」(仮称)の初会合が気仙沼商工会議所で開かれたとの報道がありました。その後の動きはわかりませんが、今後の気仙沼のまちづくりにおける、ひとつのアイデアであることは間違いないでしょう。

なんだりかんだり/なんやかや。ふと目にした見知らぬ方のツイートが、気仙沼の水族館の歴史を知るよいきっかけとなりました。ありがとうございました。

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市議会報告会/2

きのうのブログの続き、気仙沼の市議会報告会についてです。

8月29日の三陸新報の記事を見た後に、気仙沼市議会のホームページをのぞいてみました。議会の報告がどのようにされているかを知りたかったのです。

驚きました、29日の段階ではまだ6月定例会の会議録が公開されていなかったのです。あったのは8月19日に公開された「議会だより第34号」。15ファイルに分割されていますが、市内全家庭に配布される24頁の冊子内容を見ることができました。しかし、一般質問のひとり60分間の質問と答弁が、読めば2分もかからない文字数に要約されています。三陸新報の議会報告記事を少し詳しくした程度では、議員としても不満が残るのではないでしょうか。

一方、便利だなと思ったのが、〈映像配信〉です。公式記録ではありませんが、会議後約5日後に公開されるそうです。

映像配信
「市議会映像配信」サイトイメージ

熊谷雅裕議員 本会議 一般質問/映像
臼井真人議員 本会議 代表質問/映像

雅裕君の一般質問は60分。早送り機能も使えないようなのでちょっと大変でしたが、最後まで視聴。防潮堤問題にかなりの時間を使って質問しています。ただ、市長や担当責任者の答弁に納得できないところが多いのでしょう、言葉のはしはしにいらつきが見え隠れします。確かに、関係する部署の部長や課長などの答弁を記録で読んでも物足りない印象はあるのです。ただ、それに文句をつけても時間がなくなるのが現実。一方、部課長に比べ市長の答弁は率直で明快な印象を受けました。

そして昨日、市議会報告会のことをブログに書いたわけですが、あらためて市議会のホームページをのぞいてみたら、先週金曜日9月5日に、第60回(3月)臨時会、第61回(5月)臨時会、第62回(6月)定例会の3つの会議録がまとめて公開されていました。記録内容の確定や様々な検索に対応するためのコーディングなどに時間がかかるのもわかるのですが、遅くとも報告会の前に公開すべきものと思います。

さっそく6月の定例会の会議録を読んでみることにしたのですが、検索機能がどうも使いにくい。〈発言者〉で検索して出てくるのは発言内容だけで、それに対する答弁などはわかりません。なんとか〈会議名〉で検索し、〈定例会(第5日)本文〉を〈全文表示〉させることで雅裕君を含む6議員の質問と答弁の内容に行き着きました。これではちょっと使いにくい。

平成26年第62回定例会(第5日)本文
(10日追記:リンクがずれていたので修正しました。12日追記:何度もリンクをはりなおしているのですが、本文が表示されません。このへんにも課題がありそうです)

東京都議会のホームページを見ると、各会議の質問議員名をクリックすると、質問と答弁の全文を見ることができます。こうしたシンプルな形式が望ましいと思うのですが。

〈ことばでさがす〉機能から〈防潮堤〉を検索すると、400発言がヒットします。防潮堤に関してどのような議論がなされているかの概略はわかります。しかし、ここで読めるのは発言の断片であって、その前後のやりとりは〈本文〉でないとわからないのです。

ごめんなさいね、きょうも長くなってしまいました。言いたかったことは、市議会報告会が形骸化しているようであれば、勇気をもって見直したらどうかということ。そして、市議会ホームページの報告機能の改善も必要ではないかと。

気仙沼市議会条例(平成23年7月制定)には「市民に対する議会報告会を年1回以上開催し、議会の説明責任を果たさなければならない」と定めてあるようです。しかし、(あくまで想像ですが)形骸化しつつあることを知っていても条例に定めてあるから実施するというのでは、ちょっと皮肉な言葉になりますが〈お役所仕事〉といわれるでしょう。

条例改正が面倒ということであれば、年に1回でもいいので、24議員と市民が一堂に会し、議会報告と市民との議論を充分な時間の中でやればいい。そうすれば、三陸新報〈論説〉にもあった〈一人ひとりの政策論〉も語れるし聞くこともできるのではないかと思います。

今回は良い勉強になりました。気仙沼市議会の質疑というものを部分的ではありますが映像で見て、法律や条令など規則に従っての質疑というものが想像以上に〈めんどうくさい〉ものだという印象を持ちました。市民のさまざまな意見を政治に反映させようとすれば、同様の〈めんどう〉を覚悟しなければいけないということでしょう。

なお、昨日と今日のブログを書くにあたっては、ふたりの同級生議員、熊谷雅裕君にも臼井真人(まこと)君にも電話などしませんでした。〈報告会の開催にあたってはこんなことがあってね〉といった話を聞いちゃうと、バイアスがかかってしまいますので。いわゆる〈ウラバナシ〉は嫌いです。でも今日、電話してみます(笑)。

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市議会報告会とは

8月29日の三陸新報に、気仙沼市議会の議会報告会についての記事が掲載されていました。4月の改選後はじめての報告会が27日から始まったとのこと。議員24人が6班を編成して6会場で3日間計18回の予定ですが、初日27日の参加者は6会場合わせて72人にとどまったという記事でした。

8月29日報告会
三陸新報8月29日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

三陸新報の記事は、住民15人が参加した五右衞門原野球場仮設住宅の報告会について写真とともに、次のように書いています。

「防潮堤建設について一般質問した議員に、住民が内容説明を求める場面もあり、この議員は「住民合意がちゃんとなされているか当局に聞きたかった」と答えた。防潮堤に対する市議会の考えを問う質問もあったが、議員側は明言を避けた。」

記事の見出しも「防潮堤の質問に明言避ける」となっています。しかし、私は記事を読んで、見出しとはちょっと違う印象を持ちました。この報告会では、各議員それぞれの意見を述べることを控えるようにしているのではないかと。

というのも、記事で〈防潮堤建設について一般質問した議員〉というのが、気仙沼高校の同級生だった熊谷雅裕君だろうと思ったからです。写真の左から2番目に座る議員のハゲ具合を見て、間違いないと思ったのです(笑)。

熊谷雅裕君は、地元の大島地区をはじめとする気仙沼の巨大防潮堤計画に反対する姿勢を明確にして市議選に立候補し当選しました。たぶん、議員個人の意見を求められればいくらでも語るでしょう。しかし市議会報告会は、参加者に8月に発行された「けせんぬま市議会だより」を持参するようにと呼びかけていることからもわかるように、良し悪しは別として、あくまで議会としての報告という枠組みを設けているのではないでしょうか。私の推測ですが。

8月29日の三陸新報の記事にそんな印象をいだきブログに書こうかなどと思った5日後、9月3日に「議会報告会に思うこと」との見出しでの同紙「論説」記事が掲載されました。参加者が少ないことや、〈某会場では参加者のほとんどが市職員で占め、何とか“体裁”を保ったケースもあったという〉などと書いています。

9月3日三陸論説
三陸新報9月3日論説記事イメージ(クリックで拡大)

この論説では、〈住民側が聞きたいのは一人ひとりの政策論であって、市当局の説明ではない〉とし、8月29日の記事と同じく五右衞門原仮設住宅での報告会で、防潮堤に関する質問に議員が明言を避けたとの話をまた書いています。そして、〈気仙沼市議会に国政傾向が反映されているとは思えないが、肝心な意見が出にくい雰囲気は、プラスにはならない〉と結んでいます。

巨大防潮堤計画に対する気仙沼市議会の姿勢がはっきりしないことに、私は不満をおぼえています。しかし、各議員が自由に意見を述べることができる〈議会報告会〉が、24議員が6班に分かれて行う現在の形式で本当に可能でしょうか。私は、たとえば雅裕君の地元である大島地区で、雅裕君が持論を展開する市議会報告会というのが想像できないのです。各議員の報告会なら別ですが。

そんなことを考えると、形骸化しているように見える現在の形式での議会報告会はやめて、報告や市民との意見交換の場については別の形を考えたほうがよいのではないか、というのが私の考えです。少し長くなりすぎました。続きは明日に。

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週末TV番組情報

本日から来週月曜日にかけての気仙沼関連テレビ番組4本と、気仙沼での映画上映会1件を紹介します。

1:ろーかる直送便「宮城!やっぺぇTV 

昨日も紹介した番組。本日午後3時過ぎから。

◎「みんなで町を盛りあげっぺ」
◎NHK総合テレビ
◎9月5日(金)午後3:15~午後3:41

「豊かな海の幸で知られる気仙沼市には、かつて年間250万人以上が訪れていた。しかし、震災を機に激減、観光客の回復が復興の大きな課題となっている。そこで市では、大手企業のサラリーマンを出向者として迎え入れ、民間の発想で地元の人と一緒になって魅力的な観光プログラムを開発することにした。この夏挑戦するのが、漁師の営みを体験するというもの。果たしてうまくいくのか?出向者と地元住民の挑戦を追う」(以上、番組HPより)

2:特集ドラマ「生きたい たすけたい」  

今年3月11日に放送されたドラマの再放送です。

◎特集ドラマ「生きたい たすけたい」
◎NHK総合テレビ
◎9月6日(土)午後3:05~4:18

「未曾有の被害をもたらした、東日本大震災。その只中で「たすけたい」という思いの連鎖がひとつの奇跡を生んだ。宮城・気仙沼、ロンドン、東京……人々の勇気と絆の物語。
2011年3月11日、東日本大震災発生。宮城県気仙沼市で、着の身着のままで公民館に避難した、446人。避難した人々を容赦なく襲う、10メートルを超える津波。小さな命を守るため、障害児施設の園長を務める真佐子(原田美枝子)や保育所所長・つつじ(余貴美子)をはじめとする大人たちは子どもらに優しく語りかけ、身をていして、寒さや火災、そして恐怖と必死に闘い続けた。そんな時、ある奇跡の絆が彼らの窮地を救う」(番組HPより)

このドラマでは、震災当時に保育所所長だった同級生の林(奥玉)小春さん(3年2組)の役を、余貴美子さんが演じています。またメインキャストのひとり上地雄輔さんは、父親が経営する水道工事会社に勤めているという設定ですが、これは〈澤井製作所〉澤井充君(4組)の息子さんのことでしょう。

3:伊達な旅紀行~いいトコ!みやぎ   

5分ほどの短い番組ですが、唐桑をとりあげます。

◎第175回「唐桑~自然の脅威を体感する旅」
◎9月8日(月)午後7:54~8:00
◎BS-TBS

「宮城県気仙沼市にある唐桑半島。三陸復興国立公園の南に位置し、美しい自然の造形が楽しめる観光スポットです。リアス式海岸と美しい海、絶景が続く唐桑半島。牡蠣の養殖が盛んなところとしても知られています。みなさんも、唐桑の町を訪ねてみませんか」(番組HPより)

4:The Covers/畠山美由紀      

きのうのブログで紹介した番組です。3日に発売されたアルバム「歌で逢いましょう」から4曲を畠山美由紀さんが歌います。

◎The Covers(ザ・カバーズ)
◎NHK BSプレミアム
◎9月8日(月)午後11:15~11:45
◎楽曲:かもめはかもめ・シクラメンのかほり・おんな港町・歌で逢いましょう

5:映画『波伝谷に生きる人びと』    

最後は気仙沼のリアス・アーク美術館での上映会のご案内。2008年3月から2011年3月11日にかけて、東日本大震災前の南三陸の人の営みを描いたドキュメンタリー映画です。2回の上映で入場無料です。

◎波伝谷(はでんや)に生きる人びと
 製作:ピーストゥリー・プロダクツ
 監督:我妻和樹
 2013年制作134分
◎(気仙沼)リアス・アーク美術館 HVギャラリー
◎10:00開場 10:30開演 13:00終了
 13:30開場 14:00開演 16:30終了
(入場無料・各会定員80名)
公式facebook

今度の土日、東京の天気はイマイチのようですが、気仙沼は晴れるようです。どうぞ、よい週末をお過ごしください。

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畠山美由紀の新譜

今朝、菊田裕美君(3年1組)からメール。〈今朝の三陸新報に掲載されていましたが、明日5日午後3時15分から、8月1日に宮城県内だけで放送された「宮城!やっぺぇTV」の「みんなで町を盛り上げっぺ!地元住民×出向者の挑戦」が、NHK総合テレビの「ろーかる直送便」の枠で放送されます〉とのこと。26分間のドキュメンタリーだそうです。明日の昼なので録画予約しなくっちゃ。


今日の本題はここから。昨日9月3日、気仙沼出身のシンガー畠山美由紀さんのアルバム「歌で逢いましょう」が発売になりましたので紹介します。私はまだ聴いていないのですが、まずはアルバムの写真がとてもいい。撮影は、〈アラーキー〉こと荒木経惟さんのただ一人の愛弟子といわれた野村佐紀子さんです。

畠山美由紀
「歌で逢いましょう」アルバムイメージ(畠山美由紀オフィシャルサイトより)


収録楽曲はつぎの通り。私たち世代にとってはとても懐かしいナンバーです。カッコ内はオリジナルアーティスト。

01. シクラメンのかほり (布施明)
02. それぞれのテーブル (ちあきなおみ)
03. 時の流れに身をまかせ (テレサ・テン)
04. 花の夜舟
05. おんな港町 (八代亜紀)
06. 圭子の夢は夜ひらく (藤圭子)
07. 悲しい酒 (美空ひばり)
08. 越冬つばめ (森昌子)
09. かもめはかもめ (研ナオコ)
10. 紅い花 (ちあきなおみ)
11. 歌で逢いましょう

04はセルフカバー、11は新曲で、ともに畠山美由紀さんの楽曲ですが、ほかの9曲はいわば〈昭和の名曲〉のカバーです。そしてなんと、このアルバム収録曲から4曲を、9月8日のNHK BSプレミアム「The Covers」で畠山美由紀さんが歌います。

◎The Covers(ザ・カバーズ)
◎NHK BSプレミアム
◎9月8日(月)午後11時15分~11時45分
◎楽曲:かもめはかもめ・シクラメンのかほり・おんな港町・歌で逢いましょう
番組ホームページ

このアルバムタイトルの「歌で逢いましょう」は、NHKの伝説のバラエティ番組「夢であいましょう」へのオマージュでしょうか。もしそうであれば、畠山美由紀さんが歌うあの番組のテーマ曲をいつか聴いてみたいなと思います。

夜があなたを抱きしめ 夜があなたにささやく 嬉しげに 悲しげに 楽しげに 淋しげに 夢で夢で 君も僕も 夢であいましょう

いいよね。ということで、本日のブログは「夢であいましょう」の司会 中嶋弘子さんの最後の言葉で締めくくりましょう。

ごきげんよう(微笑)。

2013年12月30日ブログ「夢であいましょう」

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ホヤぼーや投票法

きのう午前10時、「ゆるキャラグランプリ2014」の投票がスタートしましたが、アクセス集中のためかうまくつながらず断念。しかし本日はちゃんとID登録もできて投票できました。

ホヤぼーや

エントリーNo.14(宮城県)ホヤぼーや(公式ホームページ投票サイトから)

登録と投票の方法を簡単に記しておきましょう。

1:ID(メールアドレス)仮登録

ID仮登録サイトにて、メールアドレスを入力して送信

2:パスワード設定で本登録

メールで届いたURLにアクセスして、パスワードを設定するとIDの本登録が完了します。

3:投票

下記の投票サイトで、ID(メールアドレス)とパスワードを入力して投票します。

「ホヤぼーや」投票サイト

投票できましたでしょうか。得票経過は公開されないようですので、〈ホヤぼーや〉が現在何位なのかを知ることはできません。順位を知ることなく毎日投票するのも、なかなかつらいものがありますが、その応援団の根気の争いということで、どうぞよろしくお願いいたします。

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ラジオ体操/第2

今日の東京は気持ちの良い晴天です。

今年の1月、このブログでラジオ体操第一を紹介しました。私はこれで1年以上悩まされてきた肩こりを治しましたと。その私が最近はじめているのがラジオ体操第2。朝は自宅で第1、午後は仕事場で第2というプログラムです。

たしか小学校6年生ぐらいになると、第1だけでなく第2もやったはずで、はじめは〈体がおぼえている〉はずと思っていたのですが、やってみたら、その記憶を体の奥にしまいすぎたことに気付きました。いま笑ったあなた、まずはやってみてよ。ユーチューブからの映像です。


ラジオ体操第2

どうでしたでか。ピアノのメロディはおぼえていても、ちゃんと手足が動いた人は少ないのでは。

ウィキベディアによれば、ラジオ体操第1は〈子供からお年寄りまで一般の人が行うことを目的とし、老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いている〉のに対し、第2は〈働き盛りの人が職場で行うことを目的とし、体をきたえ筋力を強化することにポイントを置いている〉そうです。第2の作曲は團伊玖磨(だん・いくま)さん。

念のため、以前紹介した第1の映像も紹介しておきましょう。


ラジオ体操第1

先週から東京はずいぶんと涼しくなりました。気仙沼では寒さをおぼえる日もあるのでは。そんな季節の変わり目に体調を崩すことのないよう、暑さで疲れた体をラジオ体操で整えてみてはいかがでしょうか。

このページを〈お気に入り〉や〈ブックマーク〉にしておけば再生しやすいかと。余計なお世話かもしれないけれど(笑)。


こちらもご参考まで。
2月28日ブログ「すごいラジオ体操」

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ホヤぼーやの挑戦

気仙沼の観光キャラクター〈ホヤぼーや〉が、「ゆるキャラグランプリ」に参加します。3度目の挑戦となります。

HOYAぼーや
三陸新報8月30日記事のネット配信イメージ

8月30日の三陸新報によれば、29日に菅原茂気仙沼市長が同グランプリへの参加を表明したとのことです。記事によれば、一昨年は得票数約6万5千で東北1位・全国26位でしたが、昨年は得票数を約8万1千に伸ばしながらも全国36位、東北では福島県のキャラクターに次いで2位に終わっています。

グランプリの選挙対策本部長(笑)の菅原市長は「非常に厳しい戦いだが東北一を奪還したい」と語っています。まずは東北でトップという目標はリアルな印象。昨年は途中でかなりトップに引き離され息切れしてしまいました。

投票は明日9月2日午前10時から。みんなの応援でまずは東北トップを実現し、11月の決戦投票に送り出しましょう!

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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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