「アナと雪の女王」

まずは本日のテレビ番組情報から。21日のブログでも紹介した防潮堤をテーマにしたNHKスペシャルが本日午後10時から放送されます。仮タイトル「防潮堤 それぞれの選択」は「防潮堤 400キロ~命と暮らしを守れるか」に変更になっています。

◎NHKスペシャル
◎シリーズ 東日本大震災
「防潮堤 400キロ~命と暮らしを守れるか」
◎NHK総合テレビ
◎5月30日(金)22:00〜22:49

さて話題は変わって。ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」が大ヒット記録を更新中だとか。〈雪の女王〉エルサが劇中の挿入歌として歌うのが主題歌「Let It Go〜ありのままで」。テレビで映画が紹介されるときに必ず流れるこの歌、日本語吹き替え版ではエルサ役の松たか子さんが歌います。そして、この曲は映画本編が終わったあとのエンドロール時にも流れます。その〈エンドソング〉を歌っているのがMay J.(メイ・ジェイ)さん。



May J.さんは、気仙沼でのライブを2度おこなっています。最初は2011年8月11日の被災地復興支援ライブ〈気仙沼港まつり復活祭〉。そして2013年12月6日の〈ONE-LINE2013~気仙沼クリスマスイルミネーション〉でのスペシャルライブでは、彼女がつくった公式テーマ曲『未来へ』を披露しています。このほか、昨年8月には仙台でのライブの後に気仙沼に寄り、12月のライブのための下見などをしていますから、合計3回の気仙沼訪問ということになります。

こうした気仙沼をいろんな形で応援してくれているアーチストが、その実力を評価されて表現の場を広げていくのをみるのはうれしいことですね。May J.さんの、ますますの活躍を期待しています。

2013年12月20日ブログ「イルミネーション」
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徳仙丈山のツツジ

先週あたりから、気仙沼の徳仙丈山(とくせんじょうさん)のツツジが見ごろになったとのニュースが増えてきました。6月1日のつつじ祭りの時には、山頂部も開花するだろうとのこと。

昨年6月のブログで、徳仙丈のツツジの育成や保護活動に尽力した佐々木梅吉さんのことを書きました。あれからもう1年経つのか。まずは前回同様に、ツツジ満開の動画を紹介します。


youtubeからの徳仙丈のツツジ動画(1分30秒)2009年5月25日投稿映像


今年の徳仙丈の新しい話題は、〈ツリーハウス〉でしょう。樹上の小屋ですね。〈ほぼ日〉糸井重里さんの発案で東北に〈100のツリーハウス〉をつくろうというプロジェクトが昨年11月からスタートし、そのツリーハウス1号が徳仙丈にできあがりました。

このツリーハウス作りの中心となって活動しているのが、一般社団法人「東北ツリーハウス観光協会」の企画委員 斉藤道有(みちあり)さん。気仙沼市八日町〈齊藤茶舗〉の息子さんです。

公式サイトをみると、立派なツリーハウスができあがっています。徳仙丈のツツジ群生は約50万株で国内最大級とのこと。その見事な花を見にいくついでにこのツリーハウスに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

100のツリーハウス公式サイト
徳仙丈のツリーハウス1号の様子
2013年6月5日ブログ「徳仙丈のツツジ」

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懐かしの完全給食

23日のブログで、気仙沼小学校1年生のときの給食風景を紹介しました。当時のことを気小6学年下の妻と話していて笑われたのが〈完全給食〉という言葉。なにそれ?

〈完全給食〉とは、ご飯かパンにミルクとおかずがついたもの。私の記憶では、小学6年生のときにちょっとだけこの〈完全給食〉を体験したのです。

この機会にと調べてみたら、手元の気仙沼小学校父母教師会『三十年のあゆみ』(1978年2月発行)に関係する記述がありました。

30年のあゆみ
気仙沼小学校父母教師会『三十年のあゆみ』表紙

当時の気仙沼市では、気小九条分校の独立による学校建設の費用など、市の予算による完全給食化は難しい状況だったそうです。そこでPTAが寄付などによって300〜400万円の費用を捻出し、気小創立90周年記念事業として〈完全給食〉が実施されたのです。1963(昭和38)年12月のことです。

〈PTA便り〉の記事が紹介されているページがあるのですが、その中に〈完全給食開始 見事実を結ぶ!〉という記事がありました。引用します。

「待望の完全給食は、遂に12月9日よりその輝かしい歴史の第一歩を力強くふみ出しました。今、七名の従業員達は毎日毎日、休む暇もなく快調に燃え続ける重油バーナーの騒音と、七個の平釜、二つのミルク二重釜よりたち昇る、もうもうたる油煙との中で、時間までには味のよい飲みよいミルクを、毎日の献立表に基づく栄養充分な副食を、間違いなく配膳しようと懸命に活動しています」(昭和38年12月・第55号)

なんかすごいよね。まるで製鉄所の開業を伝える戦前の新聞記事みたい。

そして〈三十年のあゆみ〉という年表の昭和38年度の〈主なできごと〉にも、〈9月13日/給食室上棟式、12月9日/完全給食を開始〉との記述がありました。当時のPTA会長は昆野良正さん。牧恵さん(3年11組)のお父さんですね。

最後に、私の〈完全給食〉開始のときの記憶を記しておきます。気小6年生の冬のとき、給食トレーにのっかった金色か銀色のホイルに包まれたバター(かマーガリン)に私は、なんていったらいいんだろう、〈近代的〉というか〈アメリカ〉を感じたのです。その話を気小入学時から給食が〈完全〉だった妻にしたら、また笑われました(笑)。

5月23日ブログ「1958年給食風景」

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KSS42春の同年会

先週土曜24日、仙台ではKSS42(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)の同年会がありました。KSS42は、気仙沼や周辺三陸地区の昭和42年中学卒で、仙台周辺地域で暮らす同年生の集まりです。

KSS42の代表である小山〈達ちゃん〉達朗君(3年9組)が、当日の様子をつぎのように伝えてくれました。

「 昨年10月以来、久しぶりに春の同年会/KSS42を5月24日(土)に開催しました。賑やかな一番町通りのビアホール(銀座ライオン一番町店)を会場に、昼間12時から34名(男性23名、女性11名)の同年生が集いました。

まずは総会を開催し、KSS42会則内容の説明と気仙沼への応援活動報告を行いましたが、それはさっと終えて、肝心の懇親会。出席者の紹介から始まって気仙沼の状況を黒田拓男君から話していただき、アトラクションのビンゴゲームで(豪華商品ハワイ旅行券の噂は夢でしたが)盛り上がりました。また、気仙沼から、先日の市議会議員選挙で当選した大島中学出身で気仙沼高校同窓の熊谷雅裕君が、忙しいなか短時間でしたが出席してくれました。

飲み放題の宴会を終えてもまだ明るい昼間でしたが、赤い顔をした高齢者のグループが、花の一番町通りを散歩し(徘徊かな?)、2次会のカラオケでさらに盛り上がりました。2次会が終わったのは6時近くでしたが、さらに3次会まで進んだグループもありました。よく飲み 歌い 話も尽きず、とにかく皆さん若いのには驚かされます。本当に楽しい時間を過ごすことができました。今度は秋に開催したいと思っています 」

達朗君、ありがとう。楽しかったようで何よりです。

2013年11月1日ブログ「KSS42懇親会報告」
2013年1月29日ブログ「仙台の仲間たち」
KSS42ウェブサイト

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安倍昭恵さん映像

このブログでも紹介した24日の仙台でのフォーラム「あなたはどう思う? マンモス防潮堤」には、400名もの参加者があったとのことです。

テレビ朝日が、代表発起人である安倍昭恵さんの蒲生干潟視察やフォーラムでの様子を紹介していました。


5月24日テレビ朝日配信ニュース映像

ニュース内容を引用しておきます。

「 被災地の巨大防潮堤問題で、「家庭内野党」を自称する安倍総理大臣の妻・昭恵さんが仙台市内の建設予定地を視察し、計画の見直しを訴えました。

 昭恵夫人が訪れた仙台市の蒲生干潟は、大震災の時の津波で姿を消しましたが、この3年余りの間に植物や動物が戻るなど豊かな自然が回復しているということです。この干潟に宮城県が巨大防潮堤の建設を予定していることから、昭恵夫人は「生態系や景観を損なう」と訴える地元高校生らと意見交換しました。

 安倍昭恵総理夫人:「海が見えなくなってしまいます。環境も破壊されてしまうかもしれませんし、海に対する危機感もなくなる」

 昭恵夫人が主催するフォーラムでは、安倍総理がビデオメッセージで「まちづくりとの整合性を十分に考える必要がある」という言葉を寄せました。家庭内野党の昭恵夫人と足並みをそろえた形です 」

以上がテレビ朝日。そして5月25日配信の河北新報のニュースでは、次のように伝えています。

「東日本大震災の被災地で建設計画が進む防潮堤の在り方を考えるフォーラム「あなたはどう思う? マンモス防潮堤」が24日、仙台市青葉区の市青年文化センターであり、住民が納得する形で計画に合意するプロセスの重要性を確認した。
 宮城県民ら約400人が参加。宮城県気仙沼市本吉町の小泉地区で計画される県内最大の海抜14.7メートルの防潮堤をテーマに、地元住民や国会議員、地方議員、大学教授計9人が意見を交わした。
 今川悟気仙沼市議が「地域は建設は仕方がないという現実派と、いまの湿地などを残すべきだという理想派に分かれている」と説明。地区住民で計画見直し派の阿部正人氏は「未来の子どもが誇りを持てる古里をつくることが必要だ」と述べ、住民合意の重要性を訴えた。
 一方で、及川善賢市議は「集団移転や防潮堤の問題で、地元の人は精神的に大変だが、有志でまちづくりを頑張っている」と主張した。
 主催の実行委員会を代表し、安倍昭恵首相夫人は「防潮堤問題を通じ、住民がどんな復興をしたいかを考えるきっかけにしてほしい」と話した。」

引用は以上です。

河北新報5月25日配信ニュース

こうして、巨大防潮堤問題に対する国民の関心は確実に高まっていると思うのですが、県議会や国会の動きがどうもにぶい。もう3年も経っているのになと思わずにはいられません。

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1958年 給食風景

NHKの連続テレビ小説「花子とアン」がなかなか面白く、毎日みております。このドラマは、『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子さんの生涯をモデルにしています。今週のストーリーは、給費生として学んだ女学校を卒業した主人公はな(吉高由里子)が、甲府の実家に戻り尋常小学校の代用教員となってからのあれこれです。村岡花子さんの年譜を参照すると、1914(大正3)年頃の設定と思われます。

その授業のシーン。教室の木の机を見て、私たちの小学校時代を思い出しました。
こんな感じ。

気小給食

気仙沼小学校1年8組。担任は高宮富士子先生でした。アルバムの記載によれば57年前 1958(昭和33)年6月の撮影。授業参観日ではなく、私の母が、PTAかなにかの用で学校へ行ったときに撮ったはず。今じゃとても考えられない。ちょいと恥ずかしい(笑)。

前列の机の左が私。右は春日ミツヨさんだと思います。アルバムには〈おいしい給食。今日は、油揚、人参、もやしのお汁です〉と書いてあるのですが、ここで疑問がわいてきます。当時の給食は、脱脂粉乳のミルクではなかったか。アルミのバケツみたいな容器に入ってきるのをヒシャクでカップにとりわけたはず。

以前のブログで冬季の暖飯器のことを書いたように、小学校のときには弁当を持っていったと思うのですが。写真にうつる給食風景を見ても、当時のことを思い出せません。57年前のことだからしようがない。ということにしておきましょう。

今日は金曜日。どうぞ皆様、よい週末をお過ごしください。
ごきげんよう。さようなら。by 花子とアン(笑)

2011年12月19日ブログ「暖飯器の季節」

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仙台でフォーラム

きのう21日の三陸新報に、5月24日に仙台で開催される防潮堤に関するフォーラムの小さな記事がありました。安倍首相夫人の昭恵さんが発起人代表とのこと。ネット情報で補完しながら紹介します。
仙台フォーラム
フォーラム公式サイトのイメージ

◎「あなたはどう思う?マンモス防潮堤」
〜みんなの想いをカタチにする対話フォーラムin仙台

◎日時:5月24日(土)
    15:00〜19:00
◎会場:日立システムズホール
    宮城県仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5
    仙台駅から市営地下鉄・泉中央方面行き10分、
    「旭ヶ丘駅」下車、東1番出口より徒歩3分
◎主催:「どう決める?マンモス防潮堤」実行委員会 事務局
◎入場無料
当日参加も可能ですが、会場の混雑が予想されるので、インターネットでの事前申込をお勧めいしますとのことです。

三陸新報によれば、つぎのような内容が予定されています。

「畠山和純県議が県の防潮堤計画の概要を説明した後、安倍首相(動画)、と村井嘉浩知事(動画)、片山さつき参院議員らが意見発表する。午後5時5分からは「小泉地区防潮堤問題解決に向けて」をテーマにした円卓会議がある。今川悟気仙沼市議が問題提起者を務め、昭恵さん、〈小泉海岸及び津谷川の災害復旧事業を学び合う会〉の阿部正人事務局長、及川善賢気仙沼市議、畠山県議、和田正宗参院議員らが意見を交わす」

安倍昭恵さんは、これまでも巨大防潮堤計画に反対する立場から活動されています。気仙沼でのフォーラムへの参加や、小泉地区での防潮堤建設現場の視察なども行っています。国会議員や県議、市議も参加してのこのフォーラム、仙台近辺で、ご都合の許すに是非ご参加いただければと。

2013年12月5日ブログ「昭恵さんと防潮堤」

主催者公式サイト
事前申込みはこちらから

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NHKスペシャル

来週の金曜日 5月30午後10時からのNHKスペシャルで、巨大防潮堤問題がとりあげられます。気仙沼の事例報告もあるようですので、忘れないうちに紹介しておきます。

◎NHKスペシャル
◎シリーズ 東日本大震災
「防潮堤 それぞれの選択(仮)」
◎NHK総合テレビ
◎5月30日(金)22:00〜22:49

NHKスペシャル防潮堤
番組ホームページの一部イメージ

番組ホームページ

上の写真中央で内湾の地図を指差しているのは、気仙沼市の内湾地区復興まちづくり協議会会長の菅原昭彦さん。〈男山本店〉社長で気仙沼商工会議所会頭もつとめています。左には、〈磯屋水産〉代表の安藤竜司さんの姿もうつっています。

ご両人とも、30人近い〈防潮堤を勉強する会〉発起人のひとり。番組でも、これまでの〈勉強する会〉の検討経過が紹介されることでしょう。

番組ホームページから紹介文を引用します。
「 東日本大震災の巨大津波によって破壊された防潮堤。自然災害を人工的なハードで防ぐことの限界が明らかになった。防潮堤に依存することで津波に対する油断が生まれ、犠牲につながった可能性も指摘されている。あれから3年。東北の被災地では、再び防潮堤が建設されようとしている。高さ最大15m、総延長400km、総事業費1兆円の巨大公共事業だ。防潮堤と土地のかさ上げ工事などによって巨大津波に対しても“安全”な町を目指そうとしている。防潮堤などのハードへの依存が、再び避難の遅れにつながらないか。老朽化を防ぐための維持管理費が将来、被災地に重くのしかかることはないか。巨大防潮堤が海辺の環境や景観を壊して漁業や観光業などのなりわいに悪影響を及ぼすことはないか。そうした問題を住民が懸念し、防潮堤の建設を取りやめる地域も一部で現れている。
いつかまた必ず日本列島を襲う巨大津波にどう備えるのか。東北の被災地の人々の防潮堤に対する選択と葛藤を見つめることで、我々が海とどう向き合っていけばいいのか考えていく」

気仙沼では、内湾のように一定の方針が定まった地域もあれば、まだ議論が続いているところもあるといった実情です。巨大防潮堤問題は、気仙沼など一地域の問題ではなく、国レベルのテーマ。このNHKスペシャルが、その議論のための好材料になってくれればと願っています。

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鉄の髙橋和志さん

さまざまなジャンルの著名人が、ふるさとの母校を訪ね、とっておきの授業を行うNHK〈課外授業/ようこそ先輩〉。4月25日放送は、シンガーの畠山美由紀さんでした。そして今週金曜日23日(金)の放送は、造船技術で培った金属加工技術を建築分野に応用したことで知られる髙橋和志さん。母校の気仙沼市立大谷中学校を訪ねます。

高橋和志
番組ホームページより

◎課外授業/ようこそ先輩
◎船大工 髙橋和志さん
◎NHK Eテレ(2ch)
◎5月23日(金)19:25〜19:48
再放送5月26日(月)12:25〜12:48

番組ホームページから高橋さんのプロフィールを紹介します。

〈1957年宮城県生まれ。1985年に家業の造船所が倒産後、未知の分野であった建築の世界に進出。以降、造船技術を活かして、独創的な建築作品を次々と創作してきた。代表作品にリアスアーク美術館、せんだいメディアテーク、IRON HOUSE(アイアン・ハウス)、ランバン ブティック銀座店など。“陸に上がった船大工”として、建設の世界に新風を巻き起こしている〉

気仙沼の人達にはちょっと物足りない紹介ですね。少し補足しておきましょう。
高橋さんは、大谷(おおや)中学から気仙沼高校に進みました。私たちより5つ下の27回生で俳優の村上弘明さんと同じ学年。その後、長崎造船大学(現・長崎総合科学大学)船舶工学科、同大学大学院修士課程を経て、家業の高橋造船鉄工所に入社。家業の黒字倒産を機に弟とともに高橋工業を設立します。そして石山修武さんが設計した〈リアス・アーク美術館〉(1994年オープン)において、造船で培った技術を応用しての金属加工を担当したことなどを契機として建築領域にも進出します。その後、伊藤豊雄さん設計の〈せんだいメディアテーク〉(2001年)における金属加工も担当するなど髙い評価を得ていったのです。そうした髙橋和志/高橋工業の多くの仕事については、つぎのサイトが詳しく紹介しています。

pingmag/髙橋和志氏インタビュー

しかし、東日本大震災の津波で、社屋は全壊します。その直後の週刊朝日のインタビュー記事がネットにありました。

週刊朝日記事2011年4月25日配信

それとこのブログでも、2012年4月に「唐桑物語Part5」として紹介しています。高橋さんの一族は、唐桑の船主さんの依頼で木造の大型鰹船を多数てがけてきたのです。

2012年4月17日ブログ「唐桑物語Part5」

高橋和志さんが、その後どうなさっているかなと思っていたので、今回の〈ようこそ先輩〉登場を、大変うれしく思いました。これまでの実績と信頼を基にしての今後の活躍を心から願っております。

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「港でうまれた男」

先月の新聞に、4月27日に元歌手の神戸(かんべ )一郎さんが75歳で亡くなったという小さな記事がありました。私たちの世代で神戸一郎さんの名を知る人はそう多くはないでしょうが、気仙沼の人ならばちょっと事情が違います。神戸さんは映画の撮影ロケで気仙沼を訪れているのです。1958年制作で日活が配給した歌謡映画「港でうまれた男」。

海でうまれた男
「港でうまれた男」の1シーン(右が神戸一郎さん)

上の写真は、『目で見る気仙沼の歴史』(1972年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に紹介されていたもの。ロケーション記念として「歌と音楽のアトラクション」が公民館で開催され、話題をさらったとの記述があります。

私の母は〈ロケで来ていた神戸一郎を見たことがある〉とよく語っていました。ちょっと自慢げに(笑)。魚町のホテル望洋にのぼる坂の入口(坂口)の五十鈴タクシーと仕立屋(したてや)さんの間に映画ポスターがいつも貼られていたのですが、神戸さんはそれをながめていたというのです。〈気仙沼文化史年表〉によれば、気仙沼ロケの開始は1958(昭和33)年11月3日。ということは、私たちが小学校1年生のときのこと。母の推測では、撮影隊がホテル望洋となる前の旅館〈望洋館〉に宿泊したのではないかというのですが。

ネットの映画情報によれば、物語はつぎのように始まります。〈ある港町……罐詰会社大洋漁業の運転手・高沢伸一(安井晶二)は、同じ会社の事務員・中川敏子(南風夕子)を愛していた。ところがある日、彼は敏子の弟・一郎(神戸一郎)が運転していたオート三輪をひっかけてしまった〉

大洋漁業(マルハ)が出てきたのには驚きました。以前は気仙沼に工場がありましたから、ここでのロケも行ったのでしょう。ストーリーの紹介は略しますが、敏子・一郎姉弟の伯母さんは、竹輪(ちくわ)問屋を女手一つで経営しているし、別の竹輪問屋〈丸仙〉というのも登場します。これも〈おらいで撮影したのっさ〉という竹輪屋さんがありそうですね。さらに、伸一がオート三輪の修理代3万円を稼ぐためにのるのはサンマ漁船、そして行きつけのバーの名は〈ハーバーローズ〉と、まさに気仙沼の香りというか匂いがただよってくるかのような映画です。

この映画の主演は安井昌二さんだったのですね。安井さんは、「ビルマの竪琴」の水島上等兵役のほか、〈チャコちゃん〉四方晴美さんの実父としても有名ですが、3月3日に85歳で亡くなっています。

訃報の紹介が続きましたが、きのうは菊田裕美君がメールで「加藤公明君(3年3組)のお母様が5月17日に亡くなった」と教えてくれました。享年86。本日19日午後2時よりアーバンメモリアルホールにて本通夜、20日午前11時より葬儀とのこと。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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鹿折地区土地収用

きのうのブログで、気仙沼市鹿折(ししおり)のヒマワリの話を書きましたが、14日のNHK仙台放送局のニュースは、同地区の堤防工事に必要な土地を強制的に買い上げる「土地収用」が認定されたと報じています。

nhk鹿折堤防
NHKニュースサイトの一部イメージ

NHK5月14日配信ニュース映像

NHKの配信は短期間で見られなくなるので、ニュース内容を引用しておきます。
「 東日本大震災の被災地で用地の取得を速やかに進めるため、宮城県が強制的に土地を買い上げる「土地収用」に向け、国に申請していた気仙沼市の事業が県内で初めて認定されました。
宮城県は、津波で破壊された防潮堤や道路などを造り直すため必要な用地の取得を進めていますが、地権者の行方が分からなかったり2人以上の所有者がいたりして用地取得が進まず、復興が遅れかねないと懸念されています。

このため、宮城県は、被災地で行われている復旧・復興事業のうち気仙沼市の鹿折地区の堤防工事について土地を強制的に買い上げる「土地収用」の手続きを始めていて、国土交通省に行っていた土地収用の申請が15日付けで県内で初めて認定されました。

県は鹿折地区のおよそ3万平方メートルの土地の取得に向け、地権者と交渉を進めていますが、このうち取得が困難な土地はおよそ2400平方メートルに上るとみています。
県は今後、改めて地権者と交渉したうえで、合意できなかった場合は、県の収用委員会の裁決を経て、土地収用を開始したいとしています。県はこの事業のほかに、今後県内のおよそ30か所で土地収用に向けた事業認定の申請を予定しているということです」

NHKニュースの引用は以上です。宮城県が、鹿折川の災害復旧事業を対象に、土地収用の事業認定を国に申請する方針を決めたのは昨年12月のこと。当時の河北新報によればこの事業は、延長約1.6kmの堤防を、現在の高さ3.1mから5.0mに高くし復旧する計画。取得が必要な用地は4万5700平方メートルとされていました。

FNNのローカルニュース(仙台放送)では、鹿折川の防潮堤計画イメージや昨年12月時点での地元説明会の映像や、宮城県の〈認定は受けたものの、現在は土地収用の予定はなく、今後必要と判断すれば実施する〉とのコメントを紹介しています。

FNN5月14日配信ニュース(仙台放送)

現時点での、この土地収用認定に対する地元の反応はわかりませんが、気仙沼の復興事業が新たなステージを迎えたことは間違いないようです。

記事内容がより詳しい産経新聞の配信記事も紹介しておきます。

産経新聞5月15日配信記事

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ヒマワリの花の種

ネットで気仙沼関連の記事を見ていたら、京都新聞のサイトに〈気仙沼の復興ヒマワリ、滋賀で燃料に 住民と企業が連携〉という見出しがありました。

滋賀県ヒマワリ
京都新聞サイト記事イメージ

京都新聞5月12日配信記事

このブログでも、気仙沼の鹿折(ししおり)地区で鹿折中学31回生の皆さんらがヒマワリを育てている話を紹介しましたが、その種をゆずりうけて育てたヒマワリからバイオディーゼル燃料をつくるプロジェクトが滋賀県でスタートしたというのです。記事を紹介します。

「 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市で、花で街を彩る活動をする住民グループからヒマワリの種を譲り受けて育て、滋賀県内でバイオディーゼル燃料をつくる試みが始まる。市民有志と地球温暖化防止に取り組む京滋企業の団体が連携し、6月1日に大津市内で種まきのイベントを行う。

 ヒマワリのバイオ燃料事業は地域再生リーダーを養成する滋賀県立大の講座の修了者でつくるグループが取り組む。2012年に気仙沼市を訪れた際、復興途上の街に咲くヒマワリに感動し、種の提供を受けて東近江市内の畑で育てる「近江ひまわりプロジェクト」を昨年から始めた。

 夏に花が咲いた後、被災地の支援につながる活動を模索する中、バイオマス燃料の活用などに取り組む京滋の企業でつくる「京都BIWAKO地球温暖化対策協議会」と連携し、バイオディーゼル燃料をつくる「ひまわりBDFプロジェクト」が動きだした 〉

引用は以上ですが、記事の後半では、13アールの畑でヒマワリを 5000本程育て、最大100リットルの製造を見込んでいると伝えています。燃料は農作業のトラクターやトラックに使い、栽培した農作物を被災地へ送る計画とのことです。

4月19日のブログ〈鹿折中学校31回生+m〉には、ヒマワリの種 約100袋を、わざわざ気仙沼に来てくださったプロジェクト関係者3氏に託した話が紹介されています。

ブログ〈鹿折中学校31回生+m〉4月19日記事

そして、この鹿折のヒマワリの種は、滋賀県だけでなく各地で育てられ、昨年の夏にも多くの花を咲かせました。また、鹿折で花を咲かせてくださいとの思いを込めた花の種も各地から届けられています。鹿中31回生を中心にした〈鹿折に花を〉プロジェクトの皆さんが、そうした多くの方々の善意をどんなにうれしく思ったことか。

鹿折唐桑駅前付近のプランターでは今、チューリップが花を咲かせているそうです。5月11日にはヒマワリの種まきも行われたようです。

気仙沼市鹿折地区にまかれたヒマワリの種。多くの人の善意によって育てられ、今年も大きな花を咲かせることでしょう。

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気仙沼を元気に!

昨年の10月に東京・飯田橋で開催を予定していた第5回「気仙沼を元気にする会」は、台風27号の接近による影響を考慮して残念ながら中止となりましたが、来月8日に第6回としての開催が決定しました。

気仙沼なう
「気仙沼を元気にする会」公式サイトからの画像

「気仙沼なう。」をテーマに、気仙沼市長と東京から気仙沼に移り住んだ3名の若者たちを気仙沼から迎えます。気仙沼にUターン、I ターンした方々の、それぞれの「気仙沼なう。」を語っていただくとのことです。

◎第6回「気仙沼を元気にする会」概要

日 時:平成26年6月8日(日)
    11:00〜14:00(開場 AM10:30)
会 場:神保町ダイニングカフェ エスペリア
    東京都千代田区神田神保町2−4 太平電業ビルB1
    TEL : 03-3234-2588
ゲスト:菅原 茂(気仙沼市長)
    伊藤拓也(タクビー 代表/千葉県出身)
    加藤拓馬(からくわ丸 事務局長/兵庫県出身)
    佐藤春佳(VOAR LUZ 代表/気仙沼市出身)
会 費:一般:3,000円 学生:1,000円
    (ランチ・飲み物込み)
主 催:気仙沼を元気にする会実行委員会
共 催:一般社団法人 気仙沼サポートビューロー

参加申込みや詳細情報はつぎの公式サイトより

気仙沼を元気にする会公式サイト

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マンボでお見合い

5月10日(土)の読売新聞夕刊に気仙沼〈喫茶マンボ〉再開店の記事が掲載されていました。見出しは〈帰ってきたマンボ〉。

マンボ読売
5月10日(土)読売新聞夕刊記事一部イメージ

読売新聞配信記事

記事を紹介しましょう。

〈 宮城県気仙沼市の南町商店街に10日前、「喫茶マンボ」が復活した。

創業は61年前。地元産イチゴが山盛りのババロアが名物で、店の前の道が「マンボ通り」と呼ばれるほど愛されたが、津波で全壊。仮設商店街で営業を続けていた。

がれきの中から拾っておいたステンドグラスと、常連客が持っていた写真をもとに再現された内装は、昭和のムードがたっぷり。近くのすし店主・村上力男さん(71)は「45年前、女房と見合いをした場所。震災前の街に少し戻ったようでうれしい」と店内を見回した 〉

記事は以上です。
近くのすし店主というのは、あさひ鮨の村上力男さん。そしてコメントにあるお見合いの相手は、同級生 佐々木徹君(3年1組)のお姉さん良恵さんです。

マンボでお見合いとは驚いた。しかし、もし本当にお見合いだとしても一軒目ではないでしょうね。お見合いだとすれば、まずはしかるべきところに席が設けられ、仲人というか〈おとりもっつぁん〉の〈年寄りにかごまれでばっかりでもなんだがら、あどはわがいひどだげで〉という声にうながされマンボに行ったというようなことでしょうか。そして、ラーメンってわけにもいかないので、力男さんはコーヒー、良恵さんは紅茶。と、すべて私の勝手な妄想ですが(笑)。

〈喫茶マンボ〉の再開店は、力男さん夫婦だけでなく、気仙沼の多くの人の懐かしい記憶を呼び起こしたでしょう。

5月1日ブログ「喫茶マンボ再開店」

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高崎卓馬さんの話

6日に小山修司君(3年5組)の〈亀洋丸〉の話を書いていたときに、思いだしたことがあります。〈高崎卓馬さんの話〉をブログで書くのを忘れていた!

昨年の11月に紹介した、修司君の妻 容子さん(5組)の実家〈角星〉が発売した日本酒〈NAMI〉と〈UMI〉にまつわること。

なみとうみ
角星オンラインショップの〈NAMI〉と〈UMI〉

角星オンラインショップ

角星さんが〈まなみ〉という低アルコール純米吟醸酒のリニュアルを〈ほぼ日〉さんに相談したところ、高崎卓馬さんに話がつながります。そして高崎さんからKIGIへとつながり、ボランティアでのものすごいプロジェクトチームができあがったという話です。

その高崎卓馬さんが、本年3月に、日本広告業協会の〈2013年クリエイター・オブ・ザ・イヤー〉を受賞しました。2010年次に続く2度目の受賞です。

高崎さんは、(株)電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター(ECD)、CMプランナーとして活躍しています。ECDは、広告などの表現や制作に関しての責任者といってよいでしょう。

〈2020年オリンピック・パラリンピック東京招致〉を実現するためにさまざまな施策を立案・実施し、最終プレゼンテーションの映像を含めた東京招致に関る作業をトータルに手がけたこの歴史的な功績に加え、「“すべての仕事が日本代表”というにふさわしく、数多くの記憶に残るクリエーティブワークで人々を魅了した」ことによる受賞とのこと。

高崎さんは2010年にも同賞に選出されています。その発表は、2011年3月28日のことでした。今回2013年次の受賞にあたって、高崎さんは次のように語っています。

「前回この賞をいただいたのは震災の直後でした。この賞の力を借りて、自分にできることを精一杯やってきました。今回またいただいたということは、まだまだやりなさいと言われているのだと思います。この賞がくれる力をきちんと、正しく使うようにしたいと思います。がんばります。」

高崎さんは今年もJR東日本の〈いくぜ、東北。〉のCMをてがけています。高崎さんの受賞にあたっての言葉を読むと、気仙沼〈角星〉のお手伝いも、震災後の〈自分にできることを精一杯やってきた〉ことのひとつなのだなあと感じます。本当にありがたい。

前回のブログと同じく、最後に〈NAMI〉と〈UMI〉について高崎卓馬さんが書いたコピーを紹介します。

ここ気仙沼は、
それでも海と生きていく。
それでも波と生きていく。
なにひとつ忘れずに、
乗り越えていく。
このお酒がその証になりますように。
ナミとウミ。
美しい姉妹の物語をもった
新しくて飲みやすい
低アルコール日本酒を
どうぞよろしくお願いします。

このコピーには、高崎さんの〈海と生きていく気仙沼を、どうぞよろしくお願いします〉という強い応援のメッセージを感じます。

遅ればせながら、高崎卓馬さんの〈2013年クリエイター・オブ・ザ・イヤー〉受賞をお祝い申し上げます。今後とも、気仙沼をどうぞよろしくお願いいたします。

2013年11月26日ブログ「NAMIとUMI」
ほぼ日「NAMIとUMIの物語。」

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櫻子「海と生きる」

5月5日、仙台でデザイナーとして活躍している平野秀明君(3年3組)から写真とともにメールが届きました。

「先日の千葉和夫君の訃報、とても驚きました。熊谷孝良君に続き大変ショックを受けています。千葉写真館は僕の実家に近く、よく現像やプリントをお願いしていました。いつも笑顔で、優しい顔が思い浮かびます。和夫君のプログ「Kazu Photo Note」をはじめて拝見しました。写真とそのコメントに感動しました。生前にブログを観て連絡をしたかった。本当にまだまだやることがいっぱいあったろうに、悔しかったろうと思います。僕もくやしくて仕方ありません……。

さて、明るい話題を紹介いたします。本日5日、KSS42(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)の代表、小山達朗君に誘われ、せんだいメディアテークで開催中の「2014みやぎの書60人展」へ。そして、気中3年9組の武山櫻子(美加)さんの作品を拝見してきました。同級生の女性4名さん(旧姓で)及川純子、斉藤しず子、小松秀子、大内礼子さんらともご一緒できました。

武山海と生きる
武山美加さん(号:櫻子/おうし)と作品〈気仙沼漁師カレンダー「海と生きる」〉

櫻子さんの書「海と生きる」は、小田君が以前ブログで紹介した「漁師カレンダー」とのコラボ。迫力あふれる作品でした。和紙を貼り合わせてつくった大きな紙面に、墨の量、筆の運び、にじみの具合、流れなどを計算して書いたそうです。数点書いて、この一作品を選んだとのこと。説明していただき、「書」の奥深さを実感しました。武山櫻子さんのすごいエネルギーに元気をいただきました」

平野君のメールは以上です。作品に添えられた櫻子さんの文章も紹介しておきましょう。

〈 震災で絶望に包まれていた気仙沼に、頼もしい漁船が戻った。『海と生きる』気仙沼の漁師たちはとてつもなく頼もしくカッコいい! いのちをかけて『海と生きる』彼らは気仙沼を生き返らせる 〉

漁師カレンダーの各月写真を紙面に貼り付けたこの書、武山さんにとって実験的な作品といってよいのではないでしょうか。平野君も書いていましたが、こうした新しい表現に挑むエネルギーはなかなかなものですね。

平野君、いつもありがとう。武山さんも仙台の皆さんも元気な様子でなによりです。上記のメールの末尾にあった〈そしてさすがに品のあるきれいな方でした〉という文は、一度は削除したのですが、もったいないので、ここで紹介させてもらいます。さしつかえがあるようでしたらご一報ください(笑)。

4月30日ブログ「千葉和夫君の訃報」
3月18日ブログ「本吉響高校の校名」

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加工場再建の遅れ

5月6日、TBSが気仙沼関連のニュース映像を配信していました。近海はえ縄船の〈集団操業〉の成果が出ていないとのこと。私ははじめ、〈不漁〉なのかと思いましたが違いました。水産加工場の造成が遅れているため買い手がつかないというのです。

処理場tbs
ニュース映像の一部イメージ

TBS配信ニュース映像


配信には期限がありますので、ナレーション内容を引用しておきます。

「宮城県気仙沼市では、マグロやサメを獲る近海はえ縄船が「集団操業」と呼ばれる独自の取り組みを行い、水産業の復興を目指しています。ところが、導入から2年がたっても思うような成果を出せないでいます。

気仙沼の近海はえ縄船「新徳丸」の小松安弘船長(60)。震災後、国の補助を受けながらの漁が続いています。

「サメにしても値段が震災前の半分。国の支援なくて(震災)前の状態だったらやっていけない」(小松安弘船長)

そこで導入したのが「集団操業」です。気仙沼を拠点にする近海はえ縄船17隻がグループ操業を行い、需要に見合う分だけの魚を水揚げすることで、競り値を安定させようというのです。ところが……

「復興につなげる目的で開始したが、目標の水揚げ(売上げ)に対して相当下回っている」(気仙沼遠洋漁業協同組合 三浦一彦専務理事)

競り値が回復しない理由の1つが造成工事の遅れです。気仙沼の魚市場の背後では、震災が起きてから3年が過ぎても加工場の復旧は道半ばです。魚を処理する場所が少なく、買い手がつかないことから、競り値はなかなか上がらないのだといいます。赤字は今は国の補助で賄われていますが、その期限も来年までです。

「気仙沼は依存度が高い。はえ縄船に対して」
「(船が)経営成り立たなくなってやめると大きな痛手」(気仙沼の仲買人)

小松船長らは国に補助の延長を求める方針ですが、実現するかは不透明です。

「支援がなければ、やっていける会社(船)、半分あるかないか」(小松安弘船長)

気仙沼の復興に欠かせない近海はえ縄船は、先行きの見通せない航海を強いられています。」

引用は以上です。
加工場があってこその魚の買い付けです。魚市場が復旧しても、その後工程を担う加工場が整備されなければ、気仙沼の水産加工業の業務サイクルが完結しないということなのですね。

南気仙沼と鹿折地区の漁港区域指定の拡大についてブログで紹介したのは一昨年6月のこと。それから約2年。公的補助や支援の期限があるなか、水産加工場の再建を準備している方々や漁業関係者が今日までどんな気持ちで過ごしているか。その苦渋が感じとれるニュース映像でした。


2012年6月12日「漁港区域の拡大2」

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膨らむ防潮堤予算

5月4日の朝日新聞朝朝刊1面トップ記事は防潮堤問題でした。さきの震災の津波で大きな被害を受けた三陸沿岸などではなく、千葉県以西の防潮堤計画についての調査報道です。

5月4日朝日防潮堤
朝日新聞5月4日朝刊記事一部イメージ

朝日新聞デジタル記事

上記の朝日新聞デジタルで記事全文を無料で読むことができますが、ここに引用させてもらいます。

「 大津波に備える防潮堤の予算が膨張している。千葉県以西の16都府県で防潮堤計画づくりが進められ、そのうち計画ができあがった5都府県だけで計7千億円にのぼる。東日本大震災の被災地で進む1兆円の防潮堤事業には、住民から「景観を損なう」「無駄遣いだ」との声があがった。防潮堤に大きく頼る津波対策への疑問が全国各地に広がりそうだ。

 東日本大震災を受け、内閣府中央防災会議は2011年9月、津波対策の基本的考え方を初めて自治体に示した。数十年~百数十年に1度の割合で発生する大津波(L1津波)の被害を防ぐ防潮堤を整備し、それを上回る東日本大震災級の津波(L2津波)には住民避難を軸に対応するというもの。

 これまで自治体が整備してきた防潮堤は台風の高潮対策が中心で、高さ5~6メートルが多い。L1津波への対応には防潮堤のかさ上げや耐震化が必要となる。

 朝日新聞が南海トラフ地震の津波で大きな被害がでると想定される太平洋側を中心に16都府県に聞いたところ、防潮堤などの津波対策の今年度予算は、東日本大震災前に組んだ11年度予算に比べ3倍の673億円。東京都は2倍の150億円、静岡県は7倍の76億円、高知県は4倍の42億円。大阪府は137億円で、昨年度の約5倍だ。

 東京、静岡、大阪、兵庫、高知の5都府県は津波に対応するための長期計画を策定。今後6~20年かかるといい、整備費は計7千億円になる。静岡県は10年で2200億円、大阪府は大阪市とあわせて10年で約2100億円が必要だという。残る11県も今年度中に計画を作るとしており、これらをあわせると全国の防潮堤整備費は膨大な額になりそうだ。

 各地で防潮堤計画が膨らむのは、国が財源の多くを負担する制度をつくったためだ。国土交通省は12年度補正予算で、防潮堤の耐震化などに使える「防災・安全交付金」を新設し、14年度までに2兆円以上を全国に配った。安倍政権で公共事業が増える一因になっている。自治体の大半はこうした国の交付金をあてにして計画を進めている。

 すでにL1対応の防潮堤事業が進む東日本大震災の被災地では、住民から「計画が過大」「避難路整備が先」などの批判が相次ぎ、一部で計画の見直しが進んでいる。千葉県以西の太平洋側の地域でも、予算確保に加えて住民合意を得ることが課題となりそうだ。

 《五十嵐敬喜・元法政大教授(公共事業論)の話》 防潮堤の高さは地域の状況に応じて決めればよい。「L1津波」を防ぐ高さとして国が示した基準は参考値にすぎず、それに基づいて画一的に建設するのは大間違いだ。被災地では高い防潮堤を整備した結果、漁業や生活に影響が出ている例がある。避難しやすい地域はそれほど高くする必要はない。住民の意思を聞き、住民投票のようなやり方で決めたほうがよい。」


長くなりましたが、引用は以上です。
〈防潮堤に大きく頼る津波対策への疑問が全国各地に広がりそうだ〉とか、〈予算確保に加えて住民合意を得ることが課題となりそうだ〉といった、新聞によくある予測的な言い回しをしていますが、朝日新聞はこれら防潮堤計画への疑問の声を広げようとしているのでしょう。

気仙沼をはじめ三陸沿岸の巨大防潮堤計画について、朝日新聞の報道にはちょっともの足りないものを感じておりました。今からでも遅くはないので、ぜひ力を入れてほしいと思っています。

この朝日新聞記事の末尾に記された担当3氏の名に、なつかしい名前がありました。菅沼栄一郎さん。久米宏さんの〈ニュースステーション〉でコメンテーターをつとめていた方です。詳細は略しますが、1999年に週刊文春でのバナナをどうしたこうしたとかいう不倫報道がもとで降板しました。

菅沼さんには、防潮堤問題で、〈汚名挽回〉(という言葉が誤用だとかそうじゃないとかこのところ話題になっていますので言い換えて)〈名誉挽回〉をと。

本日のブログはちょっと皮肉っぽい調子になってしまいましたね。ごめんなさい。

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亀洋丸一本釣り鰹

きのうのブログでカツオの話を書きながら思い出したのが、実家があった魚町のご近所で同級生の魚町〈カネシメイチ〉小山修司君(3年5組)のこと。

震災の3年ほど前、実家に帰省していたお正月、近くの五十鈴神社/お神明さんに初詣にいきました。その帰りの海岸で修司君とばったり会ったのです。〈アレッ、もしかして修ちゃん?〉

岸壁のコンクリに腰掛けながら20分ほど話しました。その中で印象に残っているのが、漁船の冷凍機の話です。カネシメイチのカツオ一本釣り漁船〈亀洋丸〉(きようまる)に搭載している冷凍機は最新鋭のもので、〈活きているカツオをそのまま急速凍結するので、へたな生よりもよっぽどうまいよ〉というのです。

きのうネットで調べたら、亀洋丸の〈一本釣り刺身用冷凍戻りカツオ〉が阿部長さんの〈お魚いちば〉ほか、いろいろなところで扱われています。少し紹介しておきましょう。

気仙沼 お魚いちば
ドラぷらショッピング
SoooooS/スース

脂がのった戻り鰹は、本当に美味しい。あの味を冷凍で手軽に味わえるのはなによりです。5月11日は母の日。カネシメイチ/亀洋丸の〈一本釣り戻りカツオ〉を贈ってみてはいかがでしょうか。って、ちょっと強引か(笑)。

修司君が震災のときに一命をとりとめた話は次のブログにて。
2011年5月12日ブログ「魚町のカネシメイチ」

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カツオ水揚日本一

3月のブログで、地域情報誌〈浜らいん〉のカレンダー3・4月分の写真〈昭和の気仙沼柏崎〉を紹介しました。本日は、5月6月分の写真です。

浜らいん4月

前に見たことがあるでしょう。そうです、昨年のブログで紹介した旧気仙沼魚市場でのカツオの水揚げ風景です。カレンダーには昭和20年代との説明があります。南町に旧気仙沼市魚市場が開設されたのは、1935(昭和10)年4月のこと。1956(昭和31)年3月には旧市場を閉鎖し、現在地に新魚市場を開設しています。

気仙沼港は生鮮カツオの水揚げ量が17年連続で日本一になっています。〈生鮮〉とは、冷凍ではないということですね。では冷凍カツオの水揚げ日本一はどこかといえば静岡県の焼津(やいづ)港です。

簡単にいってしまえば、冷凍は遠洋カツオ、生鮮は近海カツオ。そして遠洋でのカツオは一年中とることができますから、焼津港がある静岡県がカツオ漁獲高日本一です。そして築地がある東京都、三重県、高知県、宮城県と続きます(平成24年実績)。

私たちが小学生だったころの気仙沼は〈サンマ水揚げ日本一として教科書にものりました〉みたいな時代。そんな流れで、気仙沼を紹介するときにはついつい〈カツオの水揚げ日本一〉と言いがちですが、あくまで〈生鮮カツオの水揚げ日本一〉であることに注意しなければなと思った、本日は〈こどもの日〉。


3月4日ブログ「昭和の気仙沼柏崎」
2013年10月17日ブログ「旧魚市場水揚風景」

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災害公営住宅建設

おととい4月30日、千葉和夫君の訃報を知った牧恵さん(3年11組)から電話がありました。とにかく驚いたと。牧恵さんと和夫君は気中11組の同級生です。一昨年、和夫君と東京でつながりのあった和太鼓グループが仮設住宅での「演奏&体験会」を計画したときにも、いろいろと助けてくれました。そうした和夫君の思い出話をしばらくしたあと、私から〈今日の三陸みたよ〉と。

災害公営住宅
三陸新報2014年4月30日記事の一部イメージ

デジタル版でみたその日の三陸新報が「平成27年度内(来年4月から28年3月まで)の完成・入居を目指していた気仙沼駅前地区の災害公営住宅200戸の入居時期が最大で約1年遅れることが分かった」と伝えていたのです。

この記事を見たとき牧恵さんが駅前の災害公営住宅の抽選に当たったと聞いていたので、入居時期遅延の可能性にがっかりしただろうなと。本人は、〈んだから〉だったか〈んだでば〉といった感じでした。ま、しようがない、仕方がないといった感じでしょうか。

入居時期遅延の理由は、駅前地区における最大の地権者である日本通運(私たちの小さな頃は〈マルツウ〉と呼んでいました)の移転先確保に時間がかかることのようです。

今後は工事完了を早めるため工事を2区に分け、先行区12階建て64戸の完成は再来年28年10月頃、後工区13階建て131戸は、29年5月頃を予定しているといいます。記事の最後に、気仙沼市の災害公営住宅計画が記してありました。集中復興期間である平成27年度内の完成を目指し、28カ所に約2200戸の整備を計画しているとのこと。

資材や労働力不足が語られるなか、いろいろと大変かと思いますが、駅前地区のみならず、約2200戸の災害公営住宅整備が少しでも早く進んでくれればと願っております。

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喫茶マンボ再開店

今日から5月。なんか早いなあ。

きのう4月30日、気仙沼の〈喫茶マンボ〉が南町のあらたな場所で再開店しました。気仙沼の人に〈マンボ〉の説明は不要ですが、あらためて説明しようとすると難しい。喫茶メニューだけでなくラーメンもおいしい、というとかえってわかりにくいか(笑)。

〈マンボ〉は1958(昭和33)年に気仙沼市の南町で開店しました。私たちが、6〜7歳の頃。その店があった通りはその後〈マンボ通り〉と呼ばれることになります。しかし、震災の津波で被災し、気仙沼復興商店街〈紫市場〉で営業を再開していました。

4月29日の三陸新報に〈マンボ〉の再開店広告が掲載されていました。そこにあった写真を見ると、なかなかに昔の店のイメージを再現しています。ステンドグラスやシャンデリアとか。

マンボ 3月29日三陸
4月29日三陸新報掲載広告の一部イメージ

でもね、ちょっと違う。ネットで探したら「中年とオブジェ」というブログに震災前の店内写真がありました。

マンボ昔
ブログ「中年とオブジェ」掲載の2005年撮影画像

どうですか、このマンボの、なんていうんだろう妙なゴージャス感が本当になつかしい。〈レトロ〉とか〈昭和〉といった言葉で簡単に片付けてほしくないというか。

新しい店の場所は、南町の以前〈テイリョウ〉があったところです。向かって左側には私の妻の実家がありました。かまぼこ〈いちまる〉さんの向かいです。

〈マンボ〉の再開店。それ自体はめでたいこととは思うものの、復興商店街〈紫市場〉から出ていく店がある一方で残らざるを得ない店もあるわけで、それぞれに大変な思いがあるのだろうなと。いずれにしても、このゴールデンウィーク、気仙沼市南町の〈紫市場〉そして〈喫茶マンボ〉はじめ各店の千客万来を願っております。

それにしても、29日のマンボ再開店広告のコピーにはしびれました。

〈あなたも わたしも マンボへ いきましょう〉

よろしく(笑)。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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