吉野弘「祝婚歌」

きのうの夜、NHK〈ニュースウォッチ9〉で、1月15日に亡くなった詩人 吉野弘さんの〈祝婚歌〉を紹介していました。

祝婚歌2
〈ニュースウォッチ9〉映像イメージ

吉野さんのお名前を知ってはいたものの、結婚披露宴で朗読されることが多いというこの詩はよく知りませんでした。41年前、吉野さんが47歳のときに、結婚のお祝いとして姪御さんにおくったものとのこと。まずはその詩文を。改行はNHKの映像にある額の内容にしたがいました。


 祝婚歌  吉野弘

 二人が睦まじくいるためには
 愚かでいるほうがいい
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは
 長持ちしないことだと気づいているほうがいい
 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい
 二人のうち どちらかが
 ふざけているほうがいい
 ずっこけているほうがいい
 互いに非難することがあっても
 非難できる資格が自分にあったかどうか
 あとで
 疑わしくなるほうがいい
 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい
 立派でありたいとか
 正しくありたいとかいう
 無理な緊張には
 色目を使わず
 ゆったりゆたかに
 光を浴びているほうがいい
 健康で 風に吹かれながら
 生きていることのなつかしさに
 ふと 胸が熱くなる
 そんな日があってもいい
 そして
 なぜ 胸が熱くなるのか
 黙っていても
 二人にはわかるのであってほしい



番組で大越キャスターは、〈愚かでいるほうがいい/ずっこけているほうがいい〉という言葉に救われる思いがすると語っていましたが、私がグッとくるのは番組の最後に男性が朗読していた最後の8行です。下記の番組サイトで映像を見ることができますので皆様もぜひに。反省しながら(笑)。

NHK〈ニュースウォッチ9〉ピックアップ
(残念ながら配信が終了しています)
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アウルさんの疑問

1月21日の朝日新聞「ニュースがわからん」コーナーに、防潮堤問題がとりあげられていました。この記事コーナーは、新聞やニュースで、読者からの「分からない」という質問について、記者が取材するというもの。

朝日あうる君
朝日新聞1月21日付けの記事イメージ(クリックで拡大)

今回の質問は〈被災地の防潮堤計画 疑問の声が出ているね〉というもの。後半部を紹介します。〈ア〉は質問者アウル(ふくろう)さん、〈A〉はそれに対しての答え/アンサーです。

ア:防潮堤を造るお金はどこから出るの?

A:ほとんどは国の復興予算だ。東日本大震災の被害はあまりにも大きく、政府の手持ちのお金だけでは足りなかった。そこで、法人税や所得税、住民税を増税したんだ。

ア:どうして住民の思いとは違う形の防潮堤を造ろうとしているの?

A:「災害復旧事業」だから、住民の声を聞く仕組みがないんだ。

ア:エッ、どうして?

A:ふつうの公共事業では事業に無駄がないように「費用対効果の検証や環境への配慮、住民との話し合いが行われる。でも、災害復旧事業は、こうした手続きがほとんどいらない。壊れたものを素早く直すことが重視されるからだ。

ア:震災の被害は大きかったから「壊れたものをすぐ直す」と言うほど単純じゃないわよね。

A:その通り。地域の姿が激変し、まちづくりを一から考え直す必要があるのに、防潮堤だけが急ピッチで進んでいる。生活再建に追われていた住民がようやくふるさとの将来を考えるようになり、疑問が膨らんできたんだ。

引用は以上です。巨大防潮堤に対する住民の大きな疑問があるなか、なぜ行政が計画の実施を急ぐのかという疑問に対して、このコラム記事はわかりやすかった。

しかし、その一方で〈ニュースがわからん〉原因のひとつは新聞ジャーナリズムの怠慢であるようにも思えるのですが。と、ちょっとえらそうなことを。


朝日新聞1月21日配信「ニュースがわからん」
登録すれば無償で読むことができます。

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憲二君 in PARIS

先週、1月20日から25日まで、仏国パリで「パリ・ラーメンウィーク(PARIS RAMEN WEEK ZUZUTTO)」が開催されました。〈博多一風堂〉の河原成美さんが呼びかけ、有名ラーメン6店が日替わりでその味を披露したのですが、そのうちの1店はもちろん同級生千葉憲二君(3年4組)の〈ちばき屋〉です。ほかは、東京「ソラノイロ」、白河「とら食堂」、米国「イケメンハリウッド」と「ラーメンラボ」。

憲二君の〈ちばき屋〉担当は1月22日(水)。イベントの公式フェイスブックにはこんな写真も。
憲二パリ
「パリ・ラーメンウィーク」公式フェイスブックより

このイベントは政府の〈クールジャパン戦略〉の一環として行われました。そして実行委員会の企業メンバーには、憲二君が理事長をつとめる〈日本ラーメン協会〉も加わっています。一風堂の河原さんは副理事長のひとり。このイベントは大盛況で、新聞各紙でも取り上げられました。なによりのこと。

さて今週の土曜日2月1日は、東京圏の同年会〈けせもい会〉の新年会。会場は憲二君の銀座の店〈まかない喜いち〉です。きっと憲二君がみやげ話を聞かせてくれることでしょう。パリの香りとともに。

ナンダベ オダクン キドッテガラニ

しょうがないじゃん。だってパリだもん。コマンタレブー(笑)。

2013年2月4日ブログ(昨年の新年会)
2013年12月10日ブログ「憲二のワンタン麺」

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昭和の気仙沼風情

「浜らいん」は、気仙沼を中心とした〈街の情報誌〉。隔月刊で年6回の発行です。その定期購読者や協賛会員の方々に2014年1月号とともに配られたのが、このカレンダー「昭和の気仙沼風情」。

カレンダー1
カレンダー「昭和の気仙沼風情」表紙(クリックで拡大)

いやあ実に懐かしい風景。魚町の梶原商店と日渡商店です。お盆を前にした売り出し〈盆市〉でしょうね。昭和30年代後半か40年代前半といったところか。積み上げられた下駄に時代を感じます。左上に〈局〉の文字が見えますが、大内薬局だと思います。その右隣には食堂のワタブンがあったはず。日渡商店があった場所は、いま日山商店です。

このカレンダーの表紙をめくると上下に写真。その上部の写真も紹介しましょう。

カレンダー2
同カレンダー表紙裏写真(クリックで拡大)

内湾の写真がとてもいい。手前に南町の旧魚市場。そして右下方に連なる三角屋根は魚屋さんや仲買さんの家並みです。平塚一信君(3年1組)や斎藤恒四郎君(6組)の家もたしかここにありました。その後側、魚市場前には黒田拓男君(2組)の黒田商店があったと思います。

これは昭和20年代の写真とのこと。それほど古くない昭和20年代後半、つまり私たちが生まれた昭和26、27年ごろかもしれませんね。旧魚市場の閉鎖は、1956(昭和31)年3月です。このほか、このカレンダーには、昭和30年代の大堀銀座や昭和40年代はじめころの柏崎など、懐かしい風景が紹介されています。

この「浜らいん」を発行しているのは、熊谷大海さん。私たちの6コ下、気中26回生で、漁船漁業情報コミュニティ誌「みなと便り」も発行しています。「みなと便り」ホームページの編集者紹介によれば、〈25歳まで7年間遠洋マグロ漁船に乗船。マグロ漁船を中心に日本の遠洋漁船の写真やビデオ収集に熱中。漁船や航海中の写真約10万枚、映像約100本程を所有……自称、日本一のマグロ漁船熱中人〉とのこと。

「浜らいん」は、気仙沼市内の協賛会員店で無料配布されています。バックナンバーは1冊300円。定期購読の場合は個人会員の年会費が2280円、事業会員が5880円(3冊/1冊毎にプラス300円)です。本日紹介したカレンダーは購読者や協賛会員の方々向けの非売品ですが、私にはかなりの〈値打ちモノ〉に感じられました。

「浜らいん」「みなと便り」ともに、詳しくは下記のホームページをご覧ください。

「浜らいん」ホームページ
「みなと便り」ホームページ

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気仙沼女子高沿革

きょうの東京、晴天ですがかなり冷えこんでいます。

さて、金曜日にとびこんできた東陵高校センバツ出場決定のニュース、本当によかったですね。ネットでも多くの喜びとお祝いのメッセージがとびかっていました。東陵高校の甲子園への初出場は、昭和63(1988)年の夏の大会。1回戦で福井商業に2×3で敗れはしたものの、甲子園初出場は快挙でした。

なんて書いてはいるものの、あくまでネット情報。東陵高校は、昭和58(1983)年の開校。私が31歳のときのことで、あまり馴染みがなかったのです。簡単にいうと気仙沼女子高校を運営する〈畠山学園〉がつくった共学校なんですね。これを機会に簡単に歴史をまとめておきましょう。

気仙沼文化史年表(荒木英夫編)にはまず〈昭和22年 畠山玉治、魚町にミシン店と裁縫店を開く〉とあります。そして気中20回生が誕生した昭和26年〈畠山玉治により気仙沼高等服装学院開校〉。私が小さなころは、みんな〈畠山〉と呼んでいました。魚町のとなり入沢に校舎があり、小学生のころにこの畠山のバザーに行ったことを覚えています。初バザー(笑)。

この後、気仙沼女子高の沿革によれば、昭和30年に学校法人畠山学園が創立され、44年「気仙沼家政高等学校」開校、46年には、新校舎と景観論争もあった〈あの体育館〉が竣工しています。51年には校名を「気仙沼女子高等学校」に変更。東陵高校の開校はその6年後のことです。

そして、気中20回生とほぼ同じ63年の歴史をもつ畠山/気仙沼女子高は、今年3月をもって閉校となります。畠山学園としての学校運営は東陵高校ひとつに集約されるかたちです。

2005年、気仙沼高校との統合によって〈鼎が浦高校〉の名がなくなるときもそうでしたが、気仙沼女子高の在校生や卒業生もきっとさびしさを感じていることでしょう。

東陵高校の甲子園出場が、同じ歴史につながる気仙沼女子高最後の3年生にとっての〈はなむけ〉になって欲しいと思います。

東陵高校ホームページ
気仙沼女子校ホームページ

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週末のテレビ情報

週末の2つのテレビ番組情報です。

まずは、東北地方のみの放送で東京では見られないのですが、気仙沼〈防潮堤を勉強する会〉の1年半にわたる活動を追ったNHK仙台放送局制作の番組。本日夜8時から。

東北Z
番組ホームページから

◎東北Z「防潮堤 住民たちの模索〜宮城・気仙沼の1年半」
◎1月24日(金)20:00〜20:43
(再放送は翌日25日(土)10:30〜11:13)
◎NHK総合テレビ(東北地方のみ)
番組ホームページ

番組ホームページから紹介文を引用します。

「被災地で建設予定の防潮堤。岩手・宮城・福島の3県で総延長400キロ、総事業費1兆円におよぶ巨大公共事業だ。その防潮堤をめぐって宮城県気仙沼市が揺れている。住民から海辺の景観や環境への影響を懸念する声があがったのだ。県が命を守るために整備を進める方針を変えないなか、住民は「防潮堤を勉強する会」を立ち上げた。地域にふさわしい防潮堤のあり方を模索し続けてきた住民たちの1年半の記録である」

東北地方だけの放送なのが残念ですが、多くの人に見ていただきたいと思います。再放送は、土曜日の午前10時半から。


つぎは、東北放送制作ですが、TBSなどJNN系列9局ネットで放送される特別番組。気仙沼〈新富寿し〉さん兄弟についてのドキュメントです。日曜日の午後4時から。

寿し物語
番組ホームページより

◎「これが東北魂だ あの味をもう一度! 気仙沼寿司物語」
◎1月26日(日)16:00〜17:00
◎JNN系列9局(宮城県は東北放送)
番組ホームページ

気仙沼の鹿折地区にあった〈新富寿し〉の鈴木真和さん(40)と和洋さん(38)兄弟。店は大震災の津波で流されてしまいました。しかし二人は、職人仲間と「流され寿司・気仙沼握り屋衆」というグループを結成。北は北海道から南は九州まで、全国各地のイベントなどに出向いて寿司を握ります。店の再オープンを目指す兄弟の姿をサンドウィッチマンが追うドキュメントです。

どちらも、ていねいな取材で制作された番組のようです。お見逃しのないように、録画予約をいますぐに。それでは、よい週末を。

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秋葉原「ちゃばら」

先週の木曜日、仕事で秋葉原に行きました。打ち合わせの帰り、前から寄ろうと思っていたJR秋葉原駅高架下の〈CHABARA〉へ。

この〈ちゃばら〉、かつての神田青果市場跡を再開発して昨年の7月にオープンした日本の食をテーマにした商業エリアです。その中の〈日本百貨店しょくひんかん〉に、気仙沼産品を扱う〈気仙沼波止場(けせんぬまわーふ)〉が出店しているのです。

売場にいってみると、〈気仙沼波止場〉というコーナー名の訴求は弱いのですが、たしかに見慣れた気仙沼の品々が並んでいました。店舗担当者の方に許可証を頂いて写真撮影。

ちゃばら1 ちゃばら2
入口外観と売場内観
ちゃばら4 ちゃばら3
ストッカーには牡蠣、かに、ムール貝、フカヒレなどが

その時々で販促の品が違うようですが、このときは気仙沼の高校生が考案したという〈なまり節ラー油〉が販促陳列されていました。ほかにも、気仙沼出身者にはなじみ深い品々が並んでいます。

〈ちゃばら〉というネーミングは、青果市場を意味する〈やっちゃ場〉と〈あきはばら〉からの造語とのこと。正式名称は〈CHABARA AKI-OKA MARCHE〉。AKIは秋葉原、OKAは御徒町、MARCHE(マルシェ)は仏語で市場。そして、その中の〈日本百貨店しょくひんかん〉に〈気仙沼波止場〉。〈波止場〉は〈わーふ〉と読んでくださいということで、かなりややこしい。でもね、JR秋葉原駅からは電気街口から徒歩約1分。高架下なのですぐわかりますよ。

私は定番のふかひれスープを買ってひきあげました。これまで東京ではあまり目にしなかった三日町の勝正商店さんの削り節があったので、ちょっと迷ったのですが、これはまたの機会に。

どうぞ皆様、秋葉原近辺においでの際はぜひお立ち寄りください。また、1月16日からは気仙沼波止場オンラインショップも始まりました。こちらもご利用いただければと。まずはよろしくお願いいたします。

気仙沼波止場facebook公式ページ
気仙沼波止場オンラインショップ
CHABARAホームページ

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今日の報ステ特集

本日1月22日午後9:54からのテレビ朝日系列「報道ステーション」で防潮堤問題をとりあげるとのことなのでお知らせします。

〈巨大防潮堤に反対も…住民要望に県の対応は? 古舘伊知郎が仙台に…村井嘉浩知事に生で聞く〉

◎報道ステーション
◎本日1月22日午後9:54〜11:10
◎テレビ朝日系列局(気仙沼は東日本放送)

報道ステーションは、昨年3月11日にも巨大防潮堤問題をとりあげています。キャスター古舘さんが気仙沼を訪れ、酒造会社〈男山〉の菅原昭彦社長と共に魚町の海岸を歩きながら話を聴いていました。その内容は、下記の報道ステーションの番組サイトの中で文字情報として読むことができます。

2013年3月11日報ステ特集「住民不在で進む“巨大防潮堤計画」

本日の特集では、気仙沼市唐桑唐桑地区取材の様子なども紹介されるようです。古館さんが約10カ月ぶりに現在の防潮堤問題をどのように伝えるのか。多くの人に視聴して欲しいと思っています。

2013年3月20日ブログ「報ステ防潮堤特集」

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小説「リアスの子」

〈けせんぬまさいがいFM〉のツイート@kmsaigaifmによれば、今日の気仙沼は朝から穏やかな陽気とか。なによりです。気仙沼の冬の晴れた日の風景が思い出されます。

今日は一冊の本の紹介。表紙カバーには安波山からながめた気仙沼の風景。

リアスの子
『リアスの子』カバー

熊谷達也さんの新刊小説「リアスの子」(光文社刊)です。熊谷さんは仙台市で生まれ、登米町で育ちました。佐沼高校、東京電機大学を卒業後に埼玉県で中学校の教員となります。そして、インタビュー記事によれば〈30歳になるかならないか〉の頃に宮城県に戻り、気仙沼中学校で3年間勤めて最後の年に結婚したとのこと。その後、マタギをテーマにした小説『邂逅の森』で、山本周五郎賞と直木賞のダブル受賞を果たしています。これは私も読みましたが、重厚な小説でした。

さて、小説「リアスの子」のあらすじを光文社のサイトから紹介。

「大学卒業後、教師となった和也は埼玉の中学校をへて、故郷の宮城県に戻ってきた。都会とは異なる港町・仙河海市の中学校に赴任。のどかな雰囲気と濃密な人間関係にも慣れたころ、3年生の担任となる。新しいクラスには、転入生がいるのだが、その生徒・早坂希は、何かしら問題を抱えているようだった。そこで、陸上部の顧問でもある和也は教え子たちに一役買ってもらおうとするが……。
かつて気仙沼の中学校で教壇に立っていた著者が、教師と生徒における「信頼」という小さな積み重ねの大切さを丹念に描く。」

引用は以上です。
物語の舞台は港町・仙河海(せんがうみ)市。もちろん気仙沼がモデルになっています。市名のほかにも様々な地域名、地区名が言い換えられています。安波山は泰波山(たいばさん)、南町は南坂町、唐桑は唐島とか。

私もそうでしたが、気仙沼の地理をよく知る人は、この物語を普通の小説のようには読めませんね。生徒や先生の言葉づかいも〈気仙沼弁〉ですし、どうしても、気仙沼の実際の場所や道路を連想してしまうのです。登場する飲み屋は以前は南町にあった〈佐武(さぶ)〉がモデルではないかとか。

いずれにしても、ここに描かれている気仙沼は、大津波に襲われるまえのもの。表紙に描かれた風景も同様でしょう。そんなことや自分の気仙沼中学時代の風景を思い出しながら、何度かグッときつつ読了。気持ちの良い読後感が残りました。

この熊谷達也さんの「リアスの子」、是非お読みいただければと。

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気仙沼紫市場物語

1月9日のブログで、気仙沼〈あさひ鮨〉の村上力男社長についての朝日新聞デジタルの記事を紹介しました。そして本日は力男さんの長男、村上茂雄さんをご紹介。

茂雄さんは、気仙沼中学、気仙沼高校から早稲田大学に進み、現在漫画家として活躍しています。気中39回生ですから私たちよりも19学年下になります。

その村上茂雄さんから頂戴した年賀状に、ネット上で漫画の配信を開始したと記されていました。タイトルは「3.11 気仙沼紫市場物語」。

sigeo君
「3.11 気仙沼紫市場物語」トップページの一部イメージ

早速見てみると、第1回目として「交流空間・フリーダム」店主 千葉秀宣さんの話が掲載されていました。千葉さんは、震災前までは南町の老舗割烹〈自由亭〉を営んでいました。漫画には、その千葉さんが被災したときの南町の様子と、紫神社での避難生活の始まりが描かれています。2回目は「アッシュヘッド オノトラ」の小野寺一雄さんの話を予定。近日公開とのこと。

まんが「3.11 気仙沼紫市場物語」

上の赤字をクリックするとトップページが出てきます。その前書き文の下の黒帯にある「ホーム」「気仙沼紫市場物語」「作者紹介」という3つの項目中、「気仙沼紫市場物語」にカーソルをあてると、目次が出てきますので選択してクリック。これで見られます。いまはまだ1回目のみ。

村上茂雄さんの代表作は、〈花寿司の幸〉。気仙沼を舞台に、寿司の名店の娘が寿司職人として修行する話です。以前このコミックを頂戴して読みましたが、気仙沼地方の様々な食のうんちく話が盛り込まれていて面白い。アマゾンのKindle(キンドル)版でも読むことができます。下にリンクをはっておきます。

アマゾン/花寿司の幸

村上茂雄さんと書いてきましたが、私にとっては〈シゲオ君〉。幼いころ、お母様良恵さん(佐々木徹君のお姉さん)の実家によくあずけられていましたから、近所の私の家でもしょっちゅう遊んでいたのです。私の父などはまるで孫のように可愛がっていました。シゲオ君はなぜか父のことを〈ばんじいちゃん〉と呼び、紙と鉛筆をもらっては絵を描いていました。

シゲオ君/村上茂雄さんは年賀状につぎのように書いています。

〈どんな逆境にも希望を失わず、明るく前向きに生きる商店街の人々の姿をぜひ見て下さい〉

どうぞ皆様、この「3.11 気仙沼紫市場物語」をご覧くださいますように。

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明日は門馬君命日

きょうで阪神大震災から19年とのこと。そのニュースを聞いて、津波から19年後の気仙沼はどのようになっているのだろうと思った人も多いのではないでしょうか。

さて、あしたは門馬亨君(3年11組)の命日です。1997(平成9)年1月18日。45歳でした。一昨年のブログにも書きましたが、訃報を受け取ったとき、こんなに寒い日に亡くなったのかと、本当にかわいそうに思いました。あれから17年が経ちました。

3年11組
気中卒業アルバム中の3年11組。中列左から3人目が門馬君。(クリックで拡大)

気仙沼中学卒業アルバムの写真を見ていると、いろんなことを思い出します。

亨君の実家は南町の中華料理店〈新京〉で、店の裏が自宅でした。そこにステレオがあり、ビートルズのアルバム「ザ・ビートルズ」(ホワイト・アルバム)を聴かせてもらったことがあります。そのオープニング曲「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」の冒頭、ジェット機の音が右から左に流れます。当時、私の家にはステレオがなかったこともあり、そのサウンドの〈ステレオ感〉には本当に驚きました。たぶんビートルズの曲そのものよりも(笑)。今になればまるでうそのような話です。

それと、亨君は大学生のころは〈アイビー〉でしたね。夏休みかなにかの時、南町の飲み屋に村上良君や牧野操君らと集まったときに、亨君が〈ブルックス・ブラザーズ〉のシャツを着てきたことがあります。お兄さんの束(つかさ)さんのお下がりだったかもしれません。

そんなこんな、思い出話にはきりがありません。そして、今は思い出してあげることぐらいしかできないのです。明日は静かに門馬亨君の冥福を祈ろうと思います。

2012年1月21日ブログ「門馬君の思い出」

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内湾防潮堤の障壁

14日、朝日新聞が気仙沼の内湾地区防潮堤について記事を配信しています。村井県知事が、津波が来た時に上部が立ち上がる「可動式」にする案を住民に示したことを明らかにしたというのです。記事を読んでみると、13日のブログでも紹介した1月10日付け河北新報記事の内容を知事が定例記者会見で正式に発表したということのようです。

朝日新聞1月14日配信記事
河北新報1月10日配信記事

朝日新聞記事の後半部を引用します。

「提案によると、海面からの高さが5・1メートルのコンクリート製の防潮堤を造るとしていた約750メートルの区間のうち、一部を高さ4・1メートルに抑え、上部に高さ1メートルの金属製の壁を設ける。金属壁はふだん畳んでおく。「海が見えなくなる」と反発する商工業者ら住民の声に配慮したという。金属壁を設ける区間は、当初の計画と比べて25倍の費用がかかるという。村井知事は「非常にお金がかかり、どこでもできるものではない。人口の集積がある、この地域に限定的にする」と話した。」

引用は以上です。河北新報の記事では〈地元が要望する堤高とはまだ開きがあり、調整には時間がかかりそうだ〉としていましたが、朝日新聞の記事はリード部で〈住民が求める全国初の「可動式」を県が提案したことで、決着に向けて一歩前進しそうだ〉としており、ニュアンスの違いがあります。

そして本日15日の三陸新報は、つぎのように伝えています。

三陸知事記事
三陸新報1月15日記事のイメージ

「(村井知事は)市が求めている1.3mでの適用は理論的に説明がつかず、認められない」と発言し、地元が要望する高さとの差については背後の盛り土高で調整することを期待した。(中略)「全国に例はないが、住民合意を得られるなら国も認めてくれることになった」と復興予算で整備する方針を示した。フラップゲートを採用することで整備費用は1平方メートル当たり240万円ほど上積みされるため、「人口密度や合意形成の難航を考えると、内湾地区に限定される。他地区では無理」と語った。」

引用は以上です。

〈25倍の費用がかかるけれど、住民合意を前提になんとか国にも認めてもらったので、特別にフラップゲートを採用してやるよ〉ということなのでしょうか。高さを低くすれば、フラップゲートも25倍の費用も必要なくなるのにと思うのは私だけではないでしょう。住民と知事の間にはまだ大きな壁があると思います。

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気仙沼の冬の風景

東京もかなり冷え込んでいるのですが、今朝の気仙沼の最低気温は氷点下8度だったとのネット情報。かなりの寒さですね。

私が気仙沼小学校に通っていた頃の、そんな冬の朝。まずは洗面所か台所の水道が凍ってますね。やかんでお湯を沸かし、少しずつ水道栓にかけていきます。急にかけると爆発するとおどかされていました。そして、水道管が少し震えるような感じがしてきたかと思うと、ドッドッドッドッ、バシャー!。無事開通。

いってきま〜す、と言って、まずは隣家〈カネサ〉へ。いっこ上のセイちゃんを待つあいだは、竹輪工場の奥で燃やされているたき火に手をかざします。あの頃の竹輪は、炭火が置かれた長い炉の上をころがして焼いていましたから、たき火もその準備だったのでしょうか。

次は〈べっこう屋〉のフジオちゃんやタカオちゃんのところ。右脇を奥に入ったところにある蔵と通路の間に何本もの氷柱(つらら)が下がっています。太さ7〜8センチで1メートル近い長さのものもあった(ような気がする)。

そして〈紫さん〉の坂をのぼっていくと、金光教や清護寺を過ぎた右側にある空き地には、それはそれは立派な霜柱が。ちゃんとみんなでサクッサクッと踏んでつぶしていきます。〈コッチニモ アッツォ〉なんていいながら。

もちろん、紫さんの坂には融けた雪が凍って何本もの〈タッペン〉ができています、しかし朝は滑りません。ランドセルを使ったりして滑って遊ぶのは学校がおわった帰宅時のお楽しみ。〈タッペン〉については、以前書きましたが、最初はなぜか〈テッカリン〉と思っていて後で修正したのです。それらのブログもお手すきのときに。

2011年6月29日ブログ「紫さんのテッカリン」
2011年6月30日ブログ「タッペン」でした。

50年前の気仙沼の冬の朝。思い出話はこれくらいにしておきましょう。

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気仙沼の 2013年

紹介が遅くなりましたが、2013年の「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」の候補25項目が昨年12月25日に決定しました。これは、気仙沼市教育委員会と市立公民館が主催するもので、投票は1月8日から30日まで。公共施設や学校、仮設住宅集会所など81カ所に投票箱が設置されています。

候補となっているニュースは次のとおり。なお、一部に長い文章を簡略にしたものがあります。ご了承ください。

◎2013年気仙沼市の五大ニュース候補25項目

1:大島架橋、平成30年度供用に向け盛大に着工式
2:大川に架かる新本町橋が開通、地元住民が渡り初め
3:天旗まつりが気仙沼小学校を会場に2年ぶりに復活
4:本吉病院、2年ぶりに入院を再開
5:浦島小学校で最後の卒業式、63年の歴史に幕
6:気仙沼市体育協会、本吉町体育協会が合併調印
7:津波体験館が全面リニューアル、震災の教訓を次世代に
8:リアス・アーク美術館2年ぶり全館オープン
9:大川桜並木見納め、市民有志が感謝の集い
10:唐桑の波怒棄遺跡発掘現場から大漁のマグロ骨出土
11:陸中海岸国立公園から改称し、三陸復興国立公園誕生
12:防災集団移転団地造成、災害公営住宅も着工
13:気仙沼市で記録的豪雨。市内2千世帯に避難勧告
14:鹿折、南気仙沼地区で土地区画整理事業着手
15:小田の浜海水浴場好調、連日の暑さで1万人超え
16:死亡交通事故多発で非常事態宣言
17:貝毒でホタテ貝出荷停止長期化
18:東京五輪誘致活動で佐藤真海さん千田健太さん大活躍
19:「三陸ジオパーク」が国内認定
20:高校野球秋季東北大会で東陵高校が準優勝
21:第18共徳丸を解体
22:気仙沼港、生鮮カツオ水揚げ17年連続日本一
23:少年の主張全国大会で梶川裕登君が内閣総理大臣賞
24:医療用多目的ヘリコプター始動
25:「スローシティ」に気仙沼市が国内初の認定


昨年も感じましたがた、5つ選ぶとなると、なかなか難しい。皆さんも試しに選んでみてはいかがでしょうか。
なお、今日は小山隆市君(3年6組)の命日。2013年の悲報でした。

2013年1月21日ブログ「気仙沼の2012年」(22候補)
2013年2月11日ブログ「(2012)五大ニュース決定」

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日経の防潮堤記事

日本経済新聞の1月7日朝刊に、気仙沼市唐桑の鮪立港の写真。キャプションには〈防潮堤を想定した高さに設置された網〉との説明が。新年早々の日経が8段2分の1という大きなスペースを使って防潮堤問題をとりあげていました。

日経 防潮堤
2014年1月7日付け日本経済新聞記事の一部イメージ(クリックで拡大)

記事は、津波被害を受けた沿岸部で、防潮堤の建設を巡り明暗が分かれつつあるという内容です。見出しには、〈宮城「巨大すぎ」住民反発〉〈岩手 低く抑えて着々〉とあります。ネットで配信された記事を以下に引用します。

日本経済新聞1月7日配信記事

「 宮城県気仙沼市東部の唐桑半島にある鮪立(しびたち)地区では、高さ9.9メートルの県の防潮堤建設が計画されている。住民らは「巨大な堤防が建設されれば、漁船が港に着けにくくなり漁業の衰退を招く」と心配し、2013年12月、5メートルへの引き下げを要望。震災前の最高津波高が約4メートルだったと自ら調べ、地区住民の7割超となる400人以上の署名も集めた。

 だが県は「個別の要望には応じられない」と回答。「住民の声が無視されている。計画をのむわけにはいかない」。住民らは計画への反発を強め、両者の毎月の協議も平行線で決着がみえない。

 宮城県では約280地区で防潮堤整備が計画されるが、着工率は約4割。特に漁港を抱える地区では、全体の約55%が高さや位置などを巡って住民の同意を得られないため、詳細設計にも入れない。

 村井嘉浩知事は再三「県民の命を守る」と安全性を強調、防潮堤の高さにこだわってきた。それがかえって工事の遅れにもつながるジレンマとなっている。

 一方、岩手県は住民の要望を受け、全135カ所のうち20カ所で当初計画より堤防高を低くした。その結果、全地区で住民同意を終え、着工率も約62%。既に21カ所の防潮堤が完成した。大槌町など一部で「まだ高すぎる」という住民も残るが、達増拓也知事は「話し合って計画を変更するのはあり得る」と、さらなる引き下げも示唆する。

 東京電力福島第1原発の事故の影響に悩む福島県。防潮堤計画のある71地区の着工率は約42%にとどまる。双葉町や大熊町、富岡町の一部など原発に近い地域で、事前調査を終えていない場所も残り、工事計画の全体像を描き切れていない。

 各県とも、政府が復興事業の予算枠を確保する15年度末までの防潮堤完成を目指すが、宮城や福島の担当者からは「このままでは目標期限内の完成が危うい」と焦りの声も漏れる。住民合意などを乗り越えても、建築資材の高騰などが工事そのものへの足かせとなる可能性も消えない。

 紅谷昇平・神戸大特命准教授(都市防災)は「防潮堤の必要規模は『何を守りたいか』によって変わる」と指摘。「防潮堤は、あくまで地域の安全と安心を守る手段のひとつ。災害リスクと地域の利益を考え、住民自身が納得できる選択が最善だ」と話している。 」

引用は以上です。12月後半には、ほかの新聞でも同様の報道がなされていましたが、全国版の日経での大きな記事ということで紹介しました。

このほか、気仙沼の内湾地区防潮堤について、県が防潮堤上に1mのフラップゲート(防潮扉)を設置する方針を市などに伝えていたことを1月10日の河北新報が伝えています。しかし、〈地元が要望する堤高とはまだ開きがあり、調整には時間がかかりそうだ〉とのこと。

日経の記事を読んで、岩手県達増拓也知事と宮城県村井嘉浩知事の対応の違いを、今あらためて感じています。

河北新報1月10日配信記事

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ラジオ体操/第1

今日の東京はかなり冷え込んでいます。気仙沼もずいぶんと寒いのではないでしょうか。

さて、私は一昨年の12月あたりから肩こりがひどく、1年以上も悩まされてきました。ただの肩こりでなく、やっかいな病だといやなので、6月には整形外科で診断してもらいました。肩の筋肉が硬くなっているとのことで、簡単な体操を指導されましたが好転せず。

それが、なんということでしょう、年末あたりから肩こりがずいぶん和らいできたのです。なんでかというと、たぶんラジオ体操。12月の中頃から、YouTubeで見つけたつぎの映像を見ながらやっているのです。



このラジオ体操/第1がなかなかいいのです。3分20秒ほどですが、肩だけでなく、全身がすっきり。私は今も1日最低2回を目標に続けています。そんわけで、同級生の皆さんにもお勧めしたくご紹介。

ラジオ体操をやっていると、想像以上に体が硬くなっていることに気づかされます。後半の〈両足とび〉なんかは、以前いためた左足首に痛みを覚えるので、跳ばずに肩だけでごまかしています。皆さんもはじめは無理しないほうがいいでしょう。

この〈両足とび〉、跳びながら両手を上げ下げしますが、手をおろし足にあたったときに〈パタン〉という音が出ます。これで思い出したのが、50年近く前の気仙沼小学校校庭でのラジオ体操。朝礼や運動会のときなどに、全校生徒3000人から出る音はパタン、パタンというよりもバサッ、バサッというような音でした。みんなもたぶん思い出すことでしょう。

あの頃はラジオ体操なんかとバカにしてましたよね。それが今では、結構きつい。一番はじめの〈足を揃えた良い姿勢〉をとるだけで、なんかすでに背筋を伸ばす体操が始まっているような感じがして(笑)。

さあ、みんなで今日から始めよう!まずは、背伸びの運動から。

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あさひの力男さん

朝日新聞デジタル1月7日の配信記事「魂の中小企業」で、気仙沼〈あさひ鮨〉の村上力男社長が紹介されています。被災した南町の店舗の泥のなかから出てきた柳刃包丁を見て、商店街再興を使命と感じたことから、見出しは〈この柳刃包丁の輝きに賭けて〉とされています。
あさひ力男さん
朝日新聞デジタル記事の一部イメージ

朝日新聞デジタル1月7日配信記事「魂の中小企業」

このデジタル版の記事は登録すれば全文無料で読むことができますが、村上力男さんが気仙沼で店を開くまでの話を以下に引用します。長文なのですが、私も初めて聞く話が多いもので。

◎魂の中小企業/この柳刃包丁の輝きに賭けて

(前略)
「 村上は、魚屋のせがれ。きょうだいは、兄がふたり、妹ひとり。ガキ大将に命じられて、冬は雪のなか、遠くまで歩かされた。夏になると、川につれていかれ、やっと浮ける程度なのに、先輩と競争しろ、と命じられ、死ぬ気で泳いだ。

 小学3~4年生のころ、酒飲みだった父親は、若くして脳出血でたおれ、魚屋の仕事ができなくなった。年上の兄は、高校生と中学生で、部活に忙しい。なので村上は、母親に頼りにされた。学校から帰ると魚をさばき、配達もした。

 けなげな息子が、かわいかったのだろう。なんとか好きな道を歩かせたい、と母は考えた。村上は、絵を描くのが好きだった。学校で絵を描くと、決まって高い評価だった。なので母親は、知りあいの絵の大家に、絵の道を進ませたい、と相談した。すると、大家が言った。「絵では飯はくえない、趣味にしたほうがいい」。母親は、ひらめいた。「調理師にさせよう」。絵がうまいということは、手先が器用だから、という発想だ。

 調理師になろう。村上は母からすり込まれていった。

 中学に入ってからも、母を手伝った。暇があれば、気仙沼を歩き回ってスケッチをした。うわさが広がり、同じ学年の生徒、およそ500人に一目置かれる存在になった。

 高校でも美術部に入った。3年のときは部長もした。宮城県の美術展で奨励賞をもらったりした。クラス担任は、美大にいかないか、とすすめてくれた。でも、村上本人にその気はなかった。「自分で言うのも変なのですが、わたしは、風景や動物を忠実に描くことは、上手でした。でも、それでは芸術家にはなれません」

 高校を卒業して、調理師専門学校に通い、調理師の免許をとる。和食、中華、フランス料理。自分はどんな料理を極めたいのか分からぬまま、東京駅にある「東京ステーションホテル」に就職した。フランス料理の部門に配属された。だが、厨房(ちゅうぼう)の暑さで、ひどい頭痛がするようになる。ホテルを1年でやめた。

    ◇

 すしの板場は暑くないから大丈夫だろう、と思って、知人のつてで東京・杉並の、すし屋で修業を始めることに。ただし、本店の人手は間に合っていたので、支店での修業だった。だが、1年半で本店に呼ばれた。ふつうは、まず2年は出前と皿洗いなのだが。

 当時、寿司屋の修業は、中学を卒業してから、というのが通り相場だった。村上は高卒だ。さらに、調理師学校でまなんで調理師免許を持っている。しかも、ホテルで働いた経験があって、魚や野菜の仕込みができる。これだけでも異色の存在だ。

 とどめは、絵心だった。メニュー書きをまかされていたのだが、ちょっとしたイラストを入れるなどの工夫をした。それが、また評価された。いつまでも支店に置いとくのはもったいないと、本店の人間とトレードしたのである。

 すぐに、のりまき、握りと教えてもらった。朝から深夜まで、仕事はきつく、がまんできずに夜逃げする従業員が、あとをたたなかった。村上が本店にきてからも、8年選手と10年選手が夜逃げしてしまう。村上が仕込みを仕切るようになった。一日も早く気仙沼にもどって、店をもちたかった。そのための修業だから、苦ではなかった。

 そんなとき、社長が社内報をつくることを思いついた。客、そして修業する従業員の故郷に送って親に読んでもらうためだ。社長は、村上を編集長に命じた。

 ガリ版刷りで裏表2ページの社内報づくり。すしの修業をしにきたのに社内報なんか、とみんなは思った。でも、村上は1カ月に1回、必ず発行した。

 村上は、夜中まで編集して、朝いちばんに出勤した。そのことを社長は知っていた。社長は毎朝、トラックに乗って、築地市場にいって魚を仕入れにいく。週の3日は村上をお供に指名した。そして、市場にある吉野家で牛丼を食べさせてくれた。いまもあるその店は、牛丼の発祥の地である。社長は、トラックの中で、商売の話をしてくれた。

 修業を始めて4年たった。気仙沼に帰って商売したい、と社長に申し出ると、頼まれた。「うちは夜逃げされるなど、いままで円満退社がなかった。おまえを円満退社第一号にしたいんだ。あと1年、がんばってくれ。5年になったら、送別会して円満退社で送り出すから」

 世話になった社長の頼みである。つとめあげて、村上は円満退社した。気仙沼にかえり、店をだした。南町と呼ばれる場所の、商店街の一角だった。26歳のときだ。

 効率と、店をしっかりつづけていくために、1970年には株式会社にした。アメリカに支店を出していたこともあった。

    ◇

 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。大津波がおそってきた。つぎつぎに飲み込まれる店、店。木造の建物は、あちこちにぶつかって、こわれた。」(後略)

引用は以上です。この後には、仮設商店街「南町紫市場」オープンまでの経緯などが書かれています。

村上力男さんは、気仙沼高校美術部の大先輩。また、魚町の同級生佐々木徹君(3年1組)のお姉さま良恵さんと結婚した関係で、一家そろって親しくしておりました。毎年のお正月には力男さん家族と徹君が魚町の我が家に寄ってくれました。そして2008年に父が逝き、2011年には津波。すでになき魚町の実家でみんなで談笑した正月の様子をいま懐かしく思い出します。

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初孫誕生のしらせ

新年も一週間を過ぎて、頂戴した年賀状をあらためてながめています。そこにわずかな文字数で記された近況。子供の結婚のほか、〈孫の誕生〉を伝えるものが年々増えてきたように思います。私たち気中20回生も今年は62歳とか63歳になりますからね、当然のことでしょう。

〈今年はおじいちゃんになりそうです〉
〈昨年、ばーばになりました〉

年末にうれしい知らせがありました。小山隆市君(3年6組)の次男貴史さんに男の子が誕生したとのこと。長男裕隆さんのブログに、お祖母ちゃん(というか隆ちゃんの奥さん)にミルクを飲ませてもらっている写真が紹介されていました。


裕隆さん1月7日のブログより

隆市君が亡くなって1月14日で1年になります。もう少し長生きしてくれれば孫の顔を見られたのになあと、どうしても、せんなきことを思ってしまいます。しかし、息子さん3人が仲良く元気にやっているし、孫も生まれたことだし、まずはめでたい。

隆ちゃん、初孫誕生おめでとう!

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追悼大瀧詠一さん

12月30日に大瀧詠一さんが亡くなったとのニュースには本当に驚きました。65歳でした。ちょっとだけ思い出話を。

私が気仙沼高校3年生の頃、〈ロックを日本語で歌えるか〉という論争があって、ラジオ番組などで賛否両論が展開されていました。私が〈はっぴいえんど〉を知ったのもその頃だと思います。資料を見ると、1969年に細野晴臣さんが参加していたバンド〈エイプリル・フール〉を解散し、〈ヴァレンタイン・ブルー〉を結成します。そこに大瀧さんも参加。翌70年にはバンド名を〈はっぴいえんど〉へ変更しています。

そして、私が大学に入ってからさんざん聴いたアルバムが〈1973/9/21 ライブ はっぴいえんど〉。はいからはくち/夏なんです/氷雨月のスケッチ、などで始まって、かくれんぼ/春よ来い、で終わります。タイトルを見ているだけで、大瀧さんらの歌声が思い出されます。

1975年、大瀧さんは〈ラジオ関東〉(現ラジオ日本)で深夜放送「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をスタートします。私は大学4年生。ラジオ関東は電波状態が悪いと聴き取りにくいこともありましたが、アメリカンポップスだけでなく日本のポップスや歌謡曲、そしてトニー谷やクレージーキャッツまでもが、大瀧さんの膨大なレコードコレクションから紹介されるのです。

私はこのラジオ番組をたまに録音しておりました。いまも手元に5本のカセットテープが残っています。つぎの写真はそのひとつ。

カセット
「ゴー!ゴー!ナイアガラ」1982年1月4日放送分。

これら1982年から83年にかけてのカセット、私は〈ラジオ関東〉の番組録音と思っていたのですが、ネットで調べてみたら違っていました。1979年からは放送曲がTBSに変わっています。本当に私の記憶はあてになりません。

しかし、この30年前のテープにはどんな特集が録音されているのか。聴いてみようと思ったのですが、カセットレコーダーはずいぶん前に故障し捨ててしまったことを思い出しました。新たに中古のウォークマンでも買うかどうか。

そんなこんな、新年早々、思案のしどころです……。少し落ち着いたら、1981年リリースの名盤『A LONG VACATION』を聴いて、往事を偲ぼうかと。

大瀧詠一さんのご冥福をお祈りいたします。

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謹賀新年2014

明けましておめでとうございます。

みなさまはどのようなお正月を過ごされたでしょうか。気仙沼では5日に魚市場での初競りがあったとのことで、きのうが仕事始めの人も多かったのではないでしょうか。私は4日に仕事場に出て年賀状の整理などをしたものの、仕事は本日から。

新年のブログはじめということで、正月らしい画像から。

漁師カレンダー2

自宅の〈気仙沼漁師カレンダー〉です。年末にお伝えしたように、全国カレンダー展で経済産業大臣賞を受賞しました。壁につるそうと思ったら、穴があいておらず、ちょっとあせりました。制作コスト削減のための工夫というか苦労がうかがえます。1月の写真は、〈大漁看袢〉をはおった2人の若者。説明コピー中に〈海の男の勲章〉の文字。めでたい気分がなかなかいいですね。

3月には震災から3年を数えることになります。気仙沼の復興はまだ課題も多く、道なかばといったところですが、笑顔が増える一年になって欲しいと心から思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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