夢であいましょう

年末の朗報。〈気仙沼漁師カレンダー〉が第65回全国カレンダー展で経済産業大臣賞を受賞しました。最高賞である内閣総理大臣賞1点に次ぐ、3つの部門各1点が選ばれる経産大臣賞のうちのひとつですから、いわば銀メダル。第3部門「販売(出版)カレンダー、既成カレンダー」での受賞です。〈気仙沼つばき会〉はじめ関係者の皆様、おめでとうございました。

さて、話はかわって、26日朝のNHKテレビ「あさイチ」のゲストは黒柳徹子さん。そこで紹介された〈夢であいましょう〉のビデオ映像はとても懐かしいものでした。

私が大好きだったこの番組、開始されたのは1961(昭和36)年4月だそうです。司会はファッションデザイナー中嶋弘子さんでした。番組のおわりに、渥美清さんなどにからかわれながらも、上品に〈ごきげんよう〉と頭や体を右に傾けるのです。結婚のために番組を降板したのは1965年3月のことだそうです。その後、レギュラー出演者だった黒柳さんが司会をつとめました。あさイチで紹介された映像もその時代のものと思います。

YouTubeで探したら、坂本スミ子さんが番組テーマソングを歌う映像がありましたので紹介します。



当時〈おスミ〉と呼ばれていた坂本さんがていねいに歌う〈夢であいましょう〉。とてもいい。ラテン歌手ということでしたが、アニタ・オデイやヘレン・メリルといったジャズシンガーを思い起こさせます。余談ですが、坂本スミ子さんが結婚したのは、木島則夫モーニングショーのサブ司会者だった栗原玲児さん。その後離婚したのですが、栗原さんの再婚相手が料理研究家の栗原はるみさんです。

〈オダクン コマガナハナシワイイガラ サギニイガイン〉

そうですね。でももうひとつだけ念のため。映像の最後2分30秒あたりに出てくるのが丸山明宏さん、現在の美輪明宏さんです。

この歌を聴いていると、なにか小さなころの気分が戻ってくるような感じ。みんな若かった。

歌詞を紹介しておきましょう。作詞は永六輔さん、作曲は中村八大さんです。

夢であいましょう
夢であいましょう

夜があなたを 抱きしめ
夜があなたに ささやく

嬉しげに 悲しげに
楽しげに 淋しげに

夢で夢で 君も僕も
夢であいましょう

歌詞は以上です。そして年内のブログもこれにて終了し、年末年始のお休みとさせていただきます。この一年のご愛読、本当にありがとうございました。どうぞ、良い年をお迎えください。

それでは皆様、〈ごきげんよう〉(笑)。
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鮪立の風景を思う

24日に鈴木修君からメール着信。修君は、気仙沼高校の同級生(気高22回)で唐桑・鮪立(しびたち)出身、在京同年会〈けせもい会〉のメンバーでもあります。本日はそのメールを紹介します。件名は〈我がふるさと、気仙沼鮪立の防潮堤は……〉。

「今朝の読売新聞に唐桑・鮪立& 気仙沼内湾の防潮堤の記事が載っていました。記事によると防潮堤の高さについて、県と地元ではまだまだ意見の隔たりがあるようですね。私は外から見ているので無責任なことは言いたくないですが、県はもっと住居の高台移転を進言し、ある程度の景観は残しておいてほしいものですね」

修君のいう読売新聞の12月24日付記事は、〈宮城県は防災面から防潮堤の高さを上げる考えだが、景観への影響などを理由に県内392地区の沿岸のうち25%(11月末時点)で合意に達しておらず、復興への影響も懸念されている〉という内容です。見出しは〈防潮堤 年内合意困難に〜宮城/住民 高さ引き上げ反対〉。

記事の一部を引用します。
「宮城県が目標としている地元住民との年内合意が困難な状況になっている。2015年度末までの完成を目指し、今年中に全沿岸部で合意を得る計画を立てた。しかし、住民側から「景観を損なう」「海の生態系が変わる」などと反対意見が続出。特に水産、観光を基幹産業とする地域で反発が強く、気仙沼市の鮪立漁港では高さ9.9mの案に対し、住民側が「5mに下げるべきだ」との要望書を提出。同市の中心観光地の内湾地区でも、5.2mの案が「海が見えない港はありえない」と批判を浴び、交渉が1年以上続いている。」

引用は以上です。同様の報道は、河北新報や三陸新報などでもなされていますが、全国紙 読売新聞の社会面の記事として掲載されたことの意味は大きいでしょう。そして、鈴木修君のメールはつぎのように続きます。

「添付内容をご覧ください。鮪立漁港の震災前と震災後の写真です。ここに9.9mの防潮堤はいかがなものかと」。
鮪立今昔

鮪立の風景。昔の写真で、道路カーブの赤い三角屋根の家が修君の実家、イオンモール会長の村上教行君の実家も遠くに見えるというのですが、よくわかりません。しかし、津波の前と後の鮪立の風景の違いにはあらためて驚かされます。すっかり津波でさらわれてしまっている。

修君は、〈外から見ているので無責任なことは言いたくない〉と抑制していますが、その気持ち、魚町や南町の内湾防潮堤計画の推移を見守る私にはとてもよくわかります。

昨年の1月にも修君からのメールを紹介しました。

2012年1月17日ブログ「鮪立の鈴木修君」

この昨年のブログで紹介した修君のメールには次の一文がありました。

「この鮪立港の右の奥の船着場から毎日気仙沼高校に通っていました。いつも海岸からこの風景を見ていました。本当に飽きない風景です。この自然を何とか残しておきたいと思うのは私だけではないでしょう」

修君、ありがとう。2月の〈けせもい会〉新年会でまた会いましょう。

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真海さん文春対談

紹介が遅くなりましたが、月刊「文藝春秋」2014年1月号に佐藤真海さんと、テレビ東京アナウンサー大橋未歩さんの対談記事が8頁にわたって掲載されています。大橋さんは、早稲田大学スポーツ科学学術院で真海さんの一年下に在籍していました。そして、2013年1月には若年性脳梗塞を起こし、右脳の末端部分4カ所が壊死したのだそうです。
対談記事のタイトルは〈絶望の淵からパラリンピックへ〉。

文芸春秋
「文藝春秋」2014年1月号対談記事の一部イメージ

記事は8頁にわたっていますが、その一部を紹介します。

(大橋)入院中にハッとしたことがあって。私は脳卒中患者が集まるフロアに入院していたので、足を引きずった方などが身近にたくさんいたのですが、ふと構えてしまう自分を感じたんです。この感覚は何なんだろうと思って……。そういう自分がいやだな、と。
(佐藤)私も同じですよ。骨肉腫と診断されたのは、大学一年のときでしたけれど、最初に「足を切断する」「義足になる」と聞いた時は、正直「私もそうなるのか」と思ってしまいましたから。実際に足を切断するまで、障がい者を完全に違う世界の人たちだというふうに見ていたんです。パラリンピックの存在も知りませんでした。
(大橋)佐藤さんでも、そうだったんですね。
(佐藤)あの頃は、ショックという簡単な言葉では表現できないくらいに沈みました。「治療や手術がすべてうまくいっても、右足の膝から下は残せない」と聞いた瞬間、全身を金槌で打たれたような気持ちになった。
そういう体になっても私は生きている価値があるのか、明るい未来が待っているのか……そう思いました。病院の先生に、「障がい者として生きていきたくない」とも言いました。でも、「それは君が今までそういう意識を持って接してきたからじゃないいか」と言われて。本当に先生の言う通りだったんですね。
(大橋)それから入院生活はどれくらい続いたのですか。
(佐藤)三カ月の抗がん剤治療、手術をして、さらに半年間の抗がん剤治療と約十カ月の入院生活でした。「あとは普通の生活に戻れればいいや」と思っていたのですが、退院してから二カ月くらいガツーンと精神的に落ち込んでしまった。ないものを嘆いてみたりする時期が続きました。

(記事はこの後、高校時代に陸上をやっていたこともあって、障がい者スポーツセンターに行って水泳や車椅子テニスにチャンレンジするなかで、義肢装具士の方から〈走ってみなよ〉と言われて走り始めた話が続きます。爪先までどうやって自分の神経をつなげていくか。大変だったけれど、すごく充実感があったといいます)

(佐藤)それからかな、本当に心から笑えるようになったのは。そういう時期があったから、常に何かにチャレンジして続けなきゃいけないと、思うようになりましたね。

引用は以上です。

今年は華やかな舞台での姿が紹介されることの多かった佐藤真海さんですが、その笑顔がまさに〈絶望の淵から〉懸命な努力で抜け出した結果うまれたものだということがよくわかる対談だと思いました。是非お読みいただければと。

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ふたつの「P38」

今日は同級生ふたりからのメッセージをご紹介。

まずは、仙台在住の平野秀明君(3年3組)がくれた23日のブログへのコメントです。〈拍手〉でのコメントは目に触れにくいので、ここに再掲します。

「モデルガン懐かしいですね。僕はワルサーP38や、リボルバーのS&Wチーフスペシャルなんか好きで持ってましたねーっ。買えなかった頃は木で作って色を塗ってました。しかし最近拳銃の殺人事件が続けて2件もあり、物騒ですね。久しぶりにコメントしてみました。今年も本当にご苦労様でした。そしていろいろありがとう。よいお正月をお迎えください」

〈ワルサーP38〉というドイツの拳銃名を久しぶりに聞きました。なつかしい。〈P38〉と聞いて、双発・双胴の戦闘機〈ロッキードP38ライトニング〉を思い出すのも私たちの世代でおしまいでしょうか。太平洋戦争で連合艦隊司令長官だった山本五十六大将がのった飛行機を撃墜したのもこの〈P38〉でした。ふたつのP38の画像を以下に紹介。

WARUSA- P38.jpg
ワルサーP38とロッキードP38。いずれも〈wikipedia〉より

先週末には菊田裕美君(1組)が新年のテレビ番組情報を教えてくれました。いつもありがとう。

「12月11日(水)に気仙沼市民会館で、NHK仙台放送局が公開収録した「ごきげん歌謡笑劇団」が、1月2日(木)NHK総合テレビで、午後7時30分から8時43分全国放送予定です。司会はコロッケ、ゲストは里見浩太郎、長山洋子、原田悠里です」

◎ごきげん歌謡笑劇団
◎宮城県気仙沼市
◎1月2日(木)NHK総合テレビ
◎19:30〜20:43

会場の友人や知人の顔がうつるかもしれませんね。忘れないうちに録画予約しなくっちゃ。

話は戻りますが、ピストルや戦闘機の話が続いたものの、私は別に軍事・戦争オタクではありません。私たちの年代はみなこんなもの。小学校のころは〈軍人将棋〉をみんなでやってました。この将棋には、大将だの大佐などのほか、地雷や飛行機、そしてスパイの駒もあった。〈スパイ〉は〈大将〉にだけ勝ちます。忘れている人がいるかもしれないので念のため(笑)。

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クリスマスケーキ

連休が明けての今日がクリスマスイブ。ケーキの準備はもうお済みでしょうか。まだの方がいらっしゃいましたら、コヤマ菓子店のクリスマスケーキを是非に。小山隆市君(3年6組)の長男 裕隆さんがいまも一所懸命につくっているはずです。

クリスマスケーキ
コヤマ菓子店のクリスマスケーキ(クリックで拡大)
気仙沼市田中前1-4-8 電話0226-22-0868

さて昨日のブログを読んだ妻が、〈小さな頃の気仙沼のクリスマスの話だったら、ピストルなんかよりもお菓子屋さんのデコレーションケーキの話のほうがよかったのでは〉と。〈たしかにそうなんだけど、それはおととし書いちゃった〉と私。そうか、もう忘れちゃったんだな。というわけで、2011年12月26日ブログを以下に再掲。

◎Xmasの甘き香り

(前略)50年近く前、私たちが小学生のころ、クリスマスが近くなるとお菓子屋さんの店頭に大きなデコレーションケーキが飾られました。通学の朝、私の家は魚町でしたので、まずは「いもや」のケーキをながめます。そして、大堀銀座交差点角の玩具店「ナガサワ」のクリスマスの飾りに彩られたウィンドウを見たあと、南町紫神社前のいかせんべい「谷村」菓子店のケーキを採点します。

だいたいは、当時の気仙沼の大店(おおだな)「いもや」のデコレーションケーキの方が大きく華やかだったような記憶があります。でも、たまに「今年は谷村のほうがいい」こともあったようです。

「イモヤノヨリ、チョットチャッコイケント、コイヅノホウガイイ」

単なる大きさ高さの競争ではなく、ちょっと小さいけれど、谷村のケーキのほうに品の良さとかクオリティ感を感じることがあったのかもしれません。オダ君の成長のあかし。

小学校高学年か中学になると、母がケーキを焼いてくれるようになりました。「ピース」印のガスレンジ上置きタイプの天火(てんぴ/オーブンのことね)を使いました。
はじめはバタークリームです。私も平たいステンレスの口金からクリームを絞り出し、バラの飾りに挑戦しましたが、なんか開ききったハスみたいなバラになりました。
何年かたつと生クリームが登場。当時の気仙沼では、お店では生クリームを売っていませんでした。毎朝の配達をお願いしている牛乳屋さんに前もって頼んでおくのです。すると赤い字で「吉田牛乳店」と記されたいつもの瓶に入った生クリームが、イブの日に届くという段取りです。

それと、思い出すのはクリームかスポンジにたらすバニラエッセンス。まさにケーキのおいしさのエッセンスが詰まっていました。今でもあの小さなキャップをはずした瓶の香りをかぐだけで、かなり気持ちよくなれるはずです。甘く危険な香り(笑)。

マドレーヌに一滴たらし、紅茶にひたして食べてみましょうか。きっと、失われた幼いころの記憶がよみがえってくるでしょう。


以上がおととしのブログでした。
どうぞ今日は素敵なクリスマスの夜をお過ごしください。

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プレゼントは拳銃

明日はクリスマスイブ。私たちの年代になると、子供へというよりも孫へのプレゼントを何にしようかと思案中の人も多いかも知れません。

何歳ごろまでだったでしょうか、サンタさんが本当にいて枕元にプレゼントを置いていってくれました。4歳上の兄が〈ほんとはサンタさんなんかいないんだよ。お父さんなんだよ〉と脇で余計なことを言ってたそうですが(笑)。

気仙沼小学校に通っていたころ、クリスマスが近づくと、魚町大堀銀座角の玩具店〈ナガサワ〉のウィンドウには沢山のクリスマスギフト商品が飾られていました。学校の帰りに寄ってはみんなでながめていたものです。

〈オメワ ドイヅニスンノヤ オレワ コイヅニ スッカナ〉

クリスマスに買ってもらったもので覚えているのがマテル社の玩具拳銃〈コルト45〉。金属の薬莢部にプラスチックの弾頭をとりつけて発射することができるのです。小学校の修学旅行で仙台に行ったときに、その弾頭のスペアを藤崎か丸光で買ったので、小学5年生ぐらいのことだったでしょうか。

コルト45
ネットにあった画像。たしかにこんな感じでした。

あの頃はみんな拳銃/ピストルが好きだった。私は〈コルト45〉のほかに、〈ベレッタ〉や〈ルガー〉も持っていたはず。それと、リンカーン大統領の暗殺に使われたという小型拳銃〈デリンジャー〉も。暗殺者をまねて、靴下の脇に隠したりなんかしちゃって。

しかしピストルが欲しくとも買ってもらえない人もいたのです。貧しいからじゃないよ。

気仙沼小学校の文集に、私たちの一年上だった魚町田中砂糖店の田中明夫さんの作文が掲載されていました。こんな話です。明夫さんがお父さんにピストルを買ってくれとせがんだのですが、お父さんは〈だめだ〉と。その理由は〈戦争に使うものはだめだ〉。明夫さんの残念さというか無念な気持ちがよくわかります。〈みんな持ってんのに〉ね。

明夫さんの父上は田中活男さん。〈気仙沼文化史年表〉によれば1987年8月に79歳で亡くなっています。短歌をよくし、図書館長だった菅野青顔さんなどとも親しかった気仙沼の文人のひとりです。終戦時には42歳ぐらいでしょう。その戦争の記憶がどういうものだったか。

ちょっと話が長くなりましたが、クリスマスの季節、ナガサワのあの夢のようなウィンドウを思い出すと、この田中さんの作文をかならず思い出すのです。

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イルミネーション

12月6日からの夜、気仙沼の内湾にはイルミネーションの光がともされています。地元の人はすでにご存じのとおりですが、クリスマスも近いので紹介させていただきます。

内湾イルミネーション
今年のイルミネーションの様子 気仙沼プラザホテル公式FaceBookより

この光のプロジェクト、昨年は〈気仙沼クリスマスイルミネーション〉として行われましたが、今年は〈ONE-LINE 2013〉の名が冠されています。ONE(ワン)には、気仙沼「湾」と共に、心を「ひとつ」にという想いを込めたとのこと。実行委員長は、昨年と同じく気仙沼観光タクシーの代表である宮井和夫さんです。宮井さんら実行委員会は、今回の開催費用の調達にあたって、インターネットを使って募金するクラウドファウンディングサービス「READY FOR?」(レディフォー)を利用しました。そして12月1日には、目標金額の100万円を達成しています。なお、イルミネーション点灯は、1月31日まで。

ONE-LINE 2013プロジェクト公式HP

点灯式の12月6日には、気仙沼お魚いちば駐車場で、歌手May J.(メイジェイ)さんのライブコンサートも開催され、彼女がつくった公式テーマ曲『未来へ』を初披露しています。May J.さんは、2011年8月11日に気仙沼小学校の校庭で開かれた復興支援ライブ〈気仙沼港まつり復活祭〉でも歌っています。その時の〈また来るね〉という約束を果たしたことになります。

私は先週、東横線車内の中吊り広告で彼女の名と写真を見かけました。〈あ、気仙沼を応援してくれているあの人だ〉。12月15日の東京・二子玉川のショッピングセンター〈RISE〉のクリスマスツリー点灯式でのライブコンサートの告知でした。とても人気のあるシンガーなのですね。

そして畠山美由紀さんも負けてはいませんよ。こっちは六本木ヒルズだ!(笑)

六本木ヒルズ クリスマスコンサート

畠山美由紀さん出演日時等
日時:12月22日(日)午後7時〜
場所:六本木ヒルズアリーナ(入場無料)

21日から24日までの「いま最も輝いている個性的な女性シンガー」5人のひとりとして出演します。23日の午後7時からはエミ・マイヤーさん。彼女も素晴らしい。

来週はクリスマス。テレビなどでも各地のイルミネーションの話題が紹介されています。そんな中での、気仙沼内湾イルミネーション。これが多くの方々の善意によってともされていることを思うと、ほかとはちょっと違う有難い光のようにも思えてくるのです。

2012年12月20日ブログ「イルミネーション」

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ビッグバンド歌謡

おとといのNHK〈歌謡チャリティコンサート〉で畠山美由紀さんなど、歌手のバックで演奏していたのは札幌交響楽団でした。そのフルオーケストラの音を聴いていて〈そういえば、昔はビッグバンドが演奏する歌番組がたくさんあったなあ〉と。

NHK紅白歌合戦にしても、私たちが小さかったころは〈原信夫とシャープス&フラッツ〉や〈宮間利之とニューハード・オーケストラ〉、〈小野満とスイングビーバーズ〉などが演奏していたはずです。バンドも紅組と白組とで別れていました。さっき調べたら、1983年からひとつのバンドとなったようです。

小さなころのテレビ番組〈ザ・ヒットパレード〉や〈シャボン玉ホリデー〉では、〈スマイリー小原とスカイライナーズ〉が演奏していました。〈踊る指揮者〉として人気があったスマイリーが、番組のなかで当時の最新のリズムだといって〈ツイスト〉を踊ってみせたのを今でも覚えています。当時の芸能界で全盛を誇った渡辺プロダクションの所属でしたから、私たちの目に触れる機会も多かったのでしょう。

ohara07.jpg
1968年当時のスマイリー小原とスカイライナーズ
出典:http://peanuts2.sakura.ne.jp/omotya/S_ohara.html

それからずっと後になると、〈夜のヒットスタジオ〉の〈ダン池田とニューブリード〉。〈ニューブリード〉はその後に〈ジャッキー吉川とブルー・コメッツ〉のメンバーだった三原綱木さんがバンドマスター/バンマスをつとめていたことがあります。

こう書いていくと、いろいろと思いだします。〈チャーリー石黒と東京パンチョス〉の〈パンチョス〉は、当時人気のラテングループ〈トリオ・ロス・パンチョス〉からきてるのかなとか、ラテンのビッグバンドではやはり〈見砂直照と東京キューバン・ボーイズ〉でしょうとか。そして、〈東京パンチョス〉は漫才のグループ名、〈東京キューバン・ボーイズ〉はちょっとレゲエをミックスしたヒップホップのグループ名として、使えるんではないかとか。そんなこんな、頭がビッグバンドになりそうなので、本日はこれまで。

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ホヤぼーやの饅頭

きのうのNHK「歌謡チャリティコンサート」の畠山美由紀さんが歌った〈わが美しき故郷よ〉。とってもよかったですね。歌のなかに入り込むと泣いてしまうので、呼吸をととのえながら聴いておりました(笑)。

さて本日は、気仙沼からのおみやげに最適な商品のご紹介です。
今年1月14日に亡くなった小山隆市君(3年6組)の菓子店〈コヤマ〉はいま、長男の裕隆さんが継いで頑張っています。そのコヤマの新商品〈ホヤぼーやまんじゅう〉が12月2日から発売されています。

コヤマホヤぼーや三陸
12月1日付け三陸新報掲載広告(クリックで拡大)

裕隆さんのブログによれば、1年近く試行錯誤してやっと完成したとのことです。白あんでパイナップルの果肉入り。おいしそうですね。ネット販売はまだのようですが、ぜひ田中前のお店でお買い上げいただければと。

1個136円 8個箱入り1000円(税込)です。

コヤマ菓子店
気仙沼市田中前1-4-8
TEL・FAX 0226-22-0868
日曜日定休

そして、昨年12月7日に亡くなった阿部健樹君(2組)のお店、阿部八百屋もご長男が継いで頑張っているはずです。河原田近辺にお出かけのおりには是非ご利用いただければと。年末年始の果物とかね。

阿部八百屋
気仙沼市河原田1-3-27
TEL 0226-23-1610

以上は同級生の息子さんが継いでいるお店ですが、被災後の新たな店舗で頑張っている同級生の2店もお忘れなきように。以上、よろしく。

・ラーメンなら復興屋台村「気仙沼横丁」の〈あたみ屋〉
・鰹・鮪・鮮魚なら「気仙沼さかなの駅」の〈平塚商店〉

2012年3月30日ブログ「同級生の2店」

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わが美しき故郷よ

テレビ番組情報です。気仙沼出身の畠山美由紀さんが、本日17日のNHK総合テレビ「歌謡チャリティコンサート」で「わが美しき故郷よ」を歌います。札幌での収録だそうです。

◎本日12月17日19:30〜20:43
NHK総合テレビ「歌謡チャリティコンサート」
畠山美由紀「わが美しき故郷よ」
NHK番組サイト

美由紀さんに〈歌謡〉の文字が似合わないと思うかたもいらっしゃると思いますが、最近のライブでは〈昭和歌謡〉を歌うこともあるようです。昨日の恵比寿ガーデンホール「畠山美由紀、アン・サリー/ふたりのルーツショー」では、「好きになった人」「シクラメンのかほり」も歌ったとのこと。

しかし本日の番組中で歌うのは歌謡曲ではなく、美由紀さんが故郷気仙沼をモチーフにしてつくった「わが美しき故郷よ」です。下のYouTube映像は何度も紹介してきましたが本日もまた。2011年11月17日にキリスト品川教会グローリア・チャペルで行われたソロ・デビュー10周年ライブでの収録です。



今日の番組では、フルオーケストラ/札幌交響楽団の演奏をバックに歌います。楽しみですね。

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薫堂さん×謙さん

きのう15日(日)、東京FMとJFN系列のラジオ番組「ジャパモン」で、気仙沼「K-port」での小山薫堂(こやま・くんどう)さんと渡辺謙さんのトークセッションの様子が放送されました。私はきのうの朝にこの放送を知り、午後1時からの番組を聴きました。


トークセッションの様子(下記公式HPより)

この番組のパーソナリティである薫堂さんは放送作家のほか、アカデミー賞外国語部門賞を獲得した映画「おくりびと」などの脚本家としても知られています。最近は、出身地熊本のキャラクター「くまモン」の生みの親として紹介されることも多いですね。

そして渡辺謙さんについては説明不要でしょう。気仙沼市港町につくられたカフェ「K-port」は謙さんが5千万を出資して11月25日にオープンしました。K-portの「K」は気仙沼・絆・謙のイニシャル「K」。建物の設計は、建築家の伊藤豊雄さん、メニューのレシピは、フランス料理シェフ三國清三さんも協力しています。10月20日には完成披露会が行われましたが、この番組の収録もその時に行われたようです。

番組ホームページにトーク内容が紹介されていますので、詳しくはこちらをご覧いただくとして、以下に概要を。

「ジャパモン」公式ホームページ/ジャパモントーク

まずは魚町「やまと食堂」の話。震災から9カ月でのお店再開やフカひれラーメンなどの話の後に、謙さんとのトークを紹介。その中で薫堂さんは、〈このK-portは、気仙沼の人だけが利用できる限定のカフェにして、市外の人は誰か地元気仙沼の人の紹介がないと入れないようにしてはどうか〉と提案していました。なるほどね。

薫堂さんは、従来型の観光キャンペーンではなく、地元の人自身が自分達の暮らす場所を楽しめるような工夫の重要性を強調していたように感じました。そうでなければ長続きしないよと。薫堂さんは熊本が故郷ですが、その水道水のほとんどは、阿蘇山にふった雨が20年間かけて湧き出た地下水を利用しているとのこと。小さい頃はその水をなんとも思わず飲んでいたが、今はとても甘く、おいしく感じるといいます。古里を離れて初めて気づく魅力というものがあるといいます。とてもよくわかります。謙さんも、自分はずっと応援し続けるけれど、あくまで地元の人の自助努力が大事だと繰り返していました。確かにそうでしょう。そしてトークセッションの後は〈漁師カレンダー〉や〈気仙沼ニッティング〉が紹介され1時間の番組は終了しました。

日曜日の午後に東京で、ラジオから流れる薫堂さんと謙さんの〈気仙沼がどうしてこうして、ああしたらこうしたら〉と語る優しい声を聴いていたら、私はなにか不思議な感じがしました。渡辺謙さん、小山薫堂さん、そして関係者の皆様、ありがとうございました。

10月23日ブログ「謙さんカフェ完成」

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なにをまもるのか

震災から2年9カ月を迎えた12月11日、産経新聞が巨大防潮堤に関する記事を掲載しています。見出しは「東日本大震災2年9カ月 高すぎる防潮堤、何を守るのか」。

産経新聞図
2013年12月12日産経新聞配信記事より

記事では、気仙沼市唐桑の鮪立(しびたち)と小鯖(こさば)の2地区の話を紹介しています。12日に産経新聞が配信しましたので、全文を引用させていただきます。

◎東日本大震災2年9カ月 高すぎる防潮堤、何を守るのか

「 東日本大震災の発生から11日で2年9カ月を迎えた。被害の最大の原因となった津波を防ぐ防潮堤の整備や計画が進むが、「あり方」をめぐり議論が起こっている。「高すぎる」「津波が見えない」「景観を損なう」「誰もいないのに、なぜ必要か」。一方で、住民の命を守るために防潮堤は必要だとの意見もある。ぶつかり合う主張のはざまで模索が続く。

 11日夕、宮城県気仙沼市役所。市の半島部にある鮪立(しびたち)地区の人々が菅原茂市長と向かい合った。「防潮堤をめぐって地域の要望と県の計画に隔たりがある。後押しをお願いしたい」。自治会の下部組織、まちづくり委員会の鈴木伸太郎委員長(70)が訴えた。

 地区で県が計画する防潮堤は、高さ9.9m、長さ約540m、底辺の幅約60m。その上を2車線の道路が走る。自治会とまちづくり委は今月2日、防潮堤の高さを半分の5mとし、早期建設を求める要望書を村井嘉浩知事へ提出した。要望書には、住民566人の71%に当たる405人の賛同署名が集まった。

 浜では16人が津波の犠牲になった。鈴木さんはこの日、地区に建てられた慰霊碑に手を合わせてから、市役所へおもむいた。

 「防潮堤が不要なわけではない。でも、小さな浜に高さ10mの高速道路のような防潮堤ができると、自然環境や景観、生活の利便性、漁港の利便性…。さまざまなものが損なわれる。これからも海と生きていく浜にとって逆効果になる」

 今月4日、東京・永田町の自民党本部。被災地を何度も訪れている安倍晋三首相の昭恵夫人(51)が党環境部会へ招かれ、「行政に声が届かないところで反対意見がたくさんある」と防潮堤整備の見直しを求めた。「反対運動をするつもりはないが、巨額の税金を使う以上、必要がないところはやめればいい」

 翌5日には、菅義偉(すが・よしひで)官房長官が「(防潮堤の)計画を知ったとき、問題があると思った。もっと緑があっていい」と同調。昭恵夫人の発言には、「地元の声を踏まえて意見を述べたのだろう」と語った。

 被災3県の防潮堤計画は、総延長約370キロ、予算総額約8千億円といわれる巨大事業だ。復興庁によると、被災した471地区のうち9月末時点で着工されたのは226地区(48%)、工事完了は63地区(13%)。遅れている理由に、住民の合意形成が難航していることが挙げられる。

 防潮堤の14・7メートル、平均7~8m。この高さに、被災者から「海が見えなくなると津波が見えず、かえって危険だ」「景観が壊され、観光産業に悪影響が出る」などと反対の声が相次いだ。

 防潮堤により海の生態系が変わって環境が破壊され、影響は漁業にも及ぶとの懸念も出ている。

 防潮堤は住民の命を守るためのものであり、「批判を受けても、後世に『防潮堤が命を守った』と言われるなら、やらなければならない」との意見もある。だが、震災は防潮堤の限界もあらわにした。「万里の長城」と呼ばれ、日本一の長さを誇った岩手県宮古市の田老(たろう)防潮堤でも、巨大津波にのみ込まれた。

 政府の復興構想会議は平成23年6月、「水際での構造物に頼る防御から、『逃げる』ことを基本とするソフト面の対策を重視すべきだ」と提言している。

 鮪立地区に近い小鯖(こさば)地区では、県が防潮堤2カ所を計画する。いずれも高さ9.9m、長さ約100m、底辺の幅約40m。だが、住民は高台へ集団移転し、1カ所は無人に、もう1カ所は2軒が残るのみとなる。

 自治会の鈴木茂事務局長(59)は「無住の地へ巨大な防潮堤を造って、いったい何を守るのか。地域の実情に応じて柔軟に対応してほしい」と訴える。

 根本匠復興相は今月6日、防潮堤の見直しについて、「基本的には地域の合意だ」と述べている。」

引用は以上です。

11日のブログでも紹介した気仙沼〈防潮堤を勉強する会〉の署名サイトでの賛同者は、13日午前11時現在で4668人。10日の正式告知から3日間だけでこれだけ多くの賛同者を集めています。こうした動きが、市や県、そして国の行政にどのように届くのか。12月も半ばを迎えるなか、動きがあわただしく感じられます。

12月11日ブログ「防潮堤投票サイト」

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漁師カレンダー!

きのう11日のテレビ朝日「モーニングバード」で、〈気仙沼漁師カレンダー〉が紹介されたそうですね。ツイッターなどにその話題がずいぶん流れていました。

漁師カレンダー
漁師カレンダーの写真12枚中の1枚のイメージ

先週は、朝日新聞や日本経済新聞も紹介してくれました。5千部制作したうち、日経によれば2週間で4千部が売れたとのことでしたが、今日の段階では残り500部とか。

きのう10日には、糸井重里さんの〈ほぼ日〉で、この漁師カレンダーをプロデュースした気仙沼〈つばき会〉(高橋和江会長)の小野寺紀子さん(オノデラコーポレーション/アンカーコーヒー)と斉藤和枝さん(斉吉商店)にインタビューした4回シリーズの記事が始まりました。この勢いでいくと完売も間違いないでしょう。

もし入手がまだという方がいらしたら、急いだほうがよいかもしれませんね。私は、先日の目黒のエコまつりで予約分を受け取りました。手にしてみると、よくある立派なアート紙を使った豪華カレンダーということではなく、シンプルで軽快な感じのするとってもスマートなカレンダーです。

幸いなことに売れ行き好調ですが、企画段階では制作部数をどうするか、相当に悩んだのではないでしょうか。

〈 5000部もウレッペガ? ウレノゴッタラ、ドウスッペ 〉

しかし〈売れ残ったらどうしよう〉という心配は杞憂におわりそうですね。本当によかった。カメラマンの藤井保や制作のサン・アドさん、そしてこの販売に協力してくださっているローソンさん、メディアの皆様方にあらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。


購入は下記のサイトから。ローソン受取は送料無料です。収益は漁業就業支援活動や復興する気仙沼の現状を伝える展示会などに充てられます。

気仙沼漁師カレンダー公式サイト
11月8日ブログ「漁師のカレンダー」

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防潮堤投票サイト

先日、ヤフーのサイト「みんなの政治」で「被災地の「巨大防潮堤」見直しは必要?」という問いへの投票を行っていることを知りました。

みんなの政治

本日12月11日午前11時現在で、2万9120の投票があり、「見直しが必要」59.1%、「見直しは不要」35.7%、「その他」5.2%という結果になっています。投票期間は12月7日から17日まで。

ヤフー「みんなの政治」サイト

このほか、巨大防潮堤計画に反対する立場からの署名サイトもありますので紹介します。

ひとつは、大谷出身でオーストラリア在住の大塚博子さんらの「Think Seawall 防潮堤を考える」が署名サイト「change.org」を利用して行っているもの。開始から2カ月近くたつのではないでしょうか。現在1988人の賛同者。

「Think Seawall 防潮堤を考える」署名サイト

もうひとつは、同じく「change.org」を利用して、気仙沼〈防潮堤を勉強する会〉が行っているものです。2週間ほど前にサイトができていましたが、やっときのう12月10日に勉強する会の公式サイトで告知されました。私が最初に見たときには30人ぐらいの賛同者でしたが、11日現在725人となっています。これまではPRが散発的でしたが、これから周知されていくことでしょう。

気仙沼〈防潮堤を勉強する会〉署名サイト

巨大防潮堤計画に賛成か反対か、その立場はいろいろでしょうが、ネットを利用した署名活動が始まっていることをお知らせしたく、ご紹介しました。

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憲二のワンタン麺

先日の日曜8日、目黒の〈エコまつり〉をのぞいてきました。お昼すぎで、「フカふか串揚げ」はすでに売りきれ、「かにばっとう汁」だけをいただきました。気仙沼のワタリガニがふんだんに入っていて美味しかった。世話役の齋藤岳大さんはじめ気仙沼コンシェルジュの皆さん、ご苦労さまでした。

エコまつり1 エコ祭2

そして目黒からの帰り、セブンイレブンに寄ったところ、同級生 千葉憲二君(3年4組)のにがみばしった顔がパッケージになっているカップラーメンを発見。これです。

ちばき屋カップ

日清の鶏豚えびワンタン麺「伝説の饗宴」。これは、11月15日から駒沢オリンピック公園広場で開催された「東京ラーメンショー2013」で提供された限定メニューをイメージしてつくったカップ麺とのこと。ネットの〈一風堂〉のニュースには次のような説明がありました。

〈今年は「ラーメン界の生ける伝説、最初で最後のコラボ」として、「博多 一風堂」河原成美と「ちばき屋」千葉憲二さんがタッグを組み、「鶏豚 海老ワンタン麺」で挑みます〉

生きているうちに〈伝説〉となってしまった憲二君(笑)は日本ラーメン協会の理事長、そして一風堂の河原成美さんは副理事長です。このラーメン界の重鎮ふたりがつくった限定メニューを東京ラーメンショーで提供したのですね。

一昨年2011年11月の東京ラーメンショーで、憲二君は〈気仙沼 新かもめ食堂〉を出店しました。私も出かけていってラーメンをご馳走になりました。松本英人君(4組)も来ていたな。早いなあ、2年前のことだったか。これがその後の新横浜ラーメン博物館での〈かもめ食堂〉出店につながっています。

明日は12月11日。あれから2年と8カ月です。

2011年11月4日ブログ「憲二のラーメン」

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あしたは人権デー

明日12月10日(火)は、国連が定めた〈人権デー〉。1948年のこの日に国連総会で世界人権宣言が採択されたのを記念したものだとのこと。日本でも1949年から、12月4日から10日までを〈人権週間〉とし、関係機関・団体が様々な啓発活動をおこなっています。

そして東京都は、今年の人権週間の普及啓発コマーシャル映像に気仙沼出身のパラリンピアン佐藤真海さんを起用。10日ほど前に新聞折り込みで届いた東京都広報紙の表紙も真海さんのポスター画像でした。そのメッセージは「夢へ、すべての人が跳べるように。」

人権週間

啓発コマーシャル映像は、テレビ放映のほか、YouTubeでも公開されていますので紹介しましょう。


人権週間CM「チーム真海」編 30秒


人権週間CM「子供と走る」編 30秒

それともうひとつ。佐藤真海さんは、月刊誌『日経WOMAN』が選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2014」の大賞も受賞しました。12月6日発表。授賞式の様子はNHKでも紹介されました。

NHKニュース12月6日配信

真海さんは、VOGUE JAPAN誌の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」にも選ばれていますから、まさに2冠の〈年女〉。授賞式が続きました。

そうした晴れやかな舞台に笑顔でたつ彼女もたしかに素敵です。でも、やはり、アスリートとして走り、跳ぶ真海さんがカッコいい。人権週間の映像を見て、あらためてそう感じました。

11月27日ブログ「ウーマン of 2013」

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エコまつりめぐろ

目黒区内でエコ活動を行っている団体・企業が毎年12月に集まる〈エコまつりめぐろ〉。このイベントに今年も〈気仙沼コンシェルジュ〉の皆さんが出店します。

ポスター

◎エコまつりめぐろ2013
・日時:12月8日(日)10時~15時
・会場:目黒区民センター中庭ほか
(目黒区目黒2丁目4番36号 さんま祭の会場田道広場公園の川をはさんで向かい側)
・主催:エコまつりめぐろ2013実行委員会
・共催:目黒区

〈気仙沼コンシェルジュ〉は、気仙沼のアンテナショップとして親しまれ、昨年8月末で閉店した銀座TSビル〈東日本復興応援プラザ〉などを支援してきた在京気仙沼出身者らを中心とするボランティアグループです。その後も様々な気仙沼復興支援の活動を行っています。昨年のエコまつりでは、気仙沼が日本初のチッタスロー(スローフードの町)に認定されたことを記念してスローフード都市「気仙沼」をテーマにした出展や物品販売も行いました。

今年も昨年と同じく気仙沼の冬の味「かにばっとう汁」(600円100食)や「フカふか串揚げ ゴマ味噌たれ」(1本200円80食)、そして気仙沼漁師カレンダー、気仙沼の高校生が考案した「なまり節ラー油」など、評判の品々が販売されます。

会場へのルートはつぎの通り。JR目黒駅の改札左側の西口を出て、400mほど坂を下っていくと目黒川にぶつかります。橋を渡って右折し川沿い200mぐらいのところにある〈ふれあい橋〉の左が目黒区民センターです。

エコ祭地図
(クリックで拡大)

皆様、今度の日曜日、お散歩がてら是非ご来場くださいますように。

「なまり節ラー油」紹介サイト
気仙沼漁師カレンダー関連ブログ

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昭恵さんと防潮堤

一昨日の自民党の防潮堤堤に関する見直し方針に続き、きのう4日の昼に配信されたニュースにも驚かされました。〈安倍晋三首相夫人の昭恵さんが4日午前、自民党本部で開かれた同党環境部会の会合に出席し、東日本大震災の被災地に計画されている防潮堤建設の再考を訴えた〉(朝日新聞)というのです。3日のテレビ朝日のニュースは、この会合についての事前報道だったようです。

昭恵さん
自民党環境部会での安倍昭恵さん。朝日新聞配信記事より

朝日の記事を紹介します。
「昭恵さんは会合で「防潮堤反対運動をするつもりはない。必要なところはきちんと造ればいい」とする一方、「必要ないところはやめればいい。景観が崩れ、海の生態系が変わって環境も破壊され、漁業にも影響するかもしれない」と指摘した。昭恵さんは被災地に足を運び、防潮堤建設を考え直す運動に関わっている。この日の会合は、昭恵さんの活動を知った部会長の片山さつき参院議員の呼びかけで実現した。
会合では復興庁の小泉進次郎政務官も発言。「何が何でも高いものを造るというわけではない。住民の様々な思いがあるところは柔軟に意見交換を重ねる」と述べた。出席した財務省などの担当者は、計画が決まっている地域でも見直しが可能だとの考えを示した」
(朝日新聞12月4日配信記事)

昭恵さんは、10月30日に衆議院議員会館で開催された〈東北の美しい未来を考えるフォーラム〉の冒頭でも挨拶にたっています。そしてこのフォーラムに昭恵さんの紹介で参加した自民党の片山さつき参議院議員は「巨大防潮堤がリアス式海岸にも必要なのかは疑問。環境委員会など国会で取り上げるべき」と語っています。
(週刊金曜日11月18日配信記事)

今回の自民党環境部会への昭恵さんの出席も、こうした一連の動きのなかにあるのでしょう。小泉進次郎さんは、11月24日に気仙沼を訪れ、大島や、小泉地区の防潮堤建設予定地も視察しています。また片山さんは毎年、目黒のさんま祭の開会式に出席しており、菅原市長とは旧知の関係です。

冒頭に掲げた写真で、昭恵さんの隣に並んでいるのは気仙沼出身で気仙沼市震災復興会議委員でもある長峯純一関西学院大学教授、そして順に小泉地区大谷で巨大防潮堤反対の活動を続けている三浦友幸さん、花巻の元岩手県議高橋博之さん(もうひとつの日本円卓会議)だと思います。長峯さんは、気仙沼大島の復興も支援しており「輝け!海とみどりの大島宣言」のお手伝いもしています。三浦友幸さんと高橋博之さんは、6月23日の東大駒場キャンパスでの防潮堤再考シンポジウムでも登壇しました。

多くのお名前の紹介やリンクなどで、読みにくい文章になってしまいましたが、ここ数日の動きが各地区で活動されているさまざまな人のご縁がつながってのものだということをご理解いただきたく。


以下は、高橋博之さんのサイト「マンモス防潮堤が攻めてきた」より
安倍昭恵さんインタビュー
8分でわかるマンモス防潮堤はやわかり動画(自民党環境部会でも上映)
環境部会での発表資料

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防潮堤計画見直し

今日で震災から1000日。区切りの良さということもあってか、震災関係の報道が増えていますが、昨日のお昼前に配信されたテレビ朝日のニュースには驚きました。自民党が、巨大防潮堤について計画を見直す方向で調整に入ったというのです。このニュース、YouTube上でも公開されています。



以下は、ネットの〈テレ朝NEWS〉からのニュース内容です。

「東日本大震災から4日で1000日を迎えますが、被災地では住宅地の高台移転の見通しが立たず、福島第一原発事故の処理も計画通りに進まないなど、復興に向けた課題は山積したままです。こうしたなか、自民党は、地元住民の反対で建設が進まない巨大防潮堤について、計画を見直す方向で調整に入ったことが明らかになりました。

 被災地の沿岸に建設を予定している防潮堤は、総延長が370キロで、約8000億円の予算がついています。しかし、巨大な防潮堤は景観を損なうほか、漁業にも支障があるとして、地元から反対の声が上がり、計画が進まない状況が出ています。このため、自民党は、避難道路の整備などを軸に防潮堤の建設計画を見直す方向で調整に入りました。また、25兆円の復興予算は、原則2015年度末までしか使えないため、期限に縛られずに予算の使い勝手を良くする「基金」の創設なども検討する方針です。」

ニュース引用は以上。やっと国レベルでの巨大防潮堤問題の見直しの議論が始まったようです。

11月29日のブログに書いたように、気仙沼の内湾地区防潮堤について、地元のまちづくり協議会は妥協の産物ともいえる3.8mの案を市と県に提言しました。また、29日に行われた小泉地区での説明会では14.7mの防潮堤計画について、賛成の立場をとる方々の進行で拍手による〈合意〉が形成されたとのこと。一方、3日の三陸新報によれば、大島地区小田の浜海水浴場に計画されている11.8mの防潮堤計画に関する1日の意見交換会では住民の反対が多く市としても原型復旧(4.3m)を県に要請したとのことです。

年内の合意形成に向けて市や県は着々と手続きを進めているように見えますが、自民党の〈巨大防潮堤計画見直し〉方針との関係が今後どのようになるのか。多くの人が、注視していることでしょう。

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さんま寄席の利益

今年9月29日に
開催された第2回〈気仙沼さんま寄席〉は、大盛況のうちに幕をおろしました。この落語会は、その利益を〈目黒のさんま祭〉におくりとどけるサンマ代にしようということをきっかけとして企画されたもの。今年は、前日に地元東北の人向けの落語会や〈市場で朝めし。〉などの関連イベントも開催されました。


第2回〈気仙沼さんま寄席〉スライドショー。公式サイトより

そして11月26日に〈ほぼ日〉の公式サイトで利益の金額が発表されました。

◎「第2回 気仙沼さんま寄席」
利益
◎ 465万1068円

ほぼ日〈気仙沼さんま寄席〉公式サイト

すごいねえ。前回は348万9597円でした。この利益金は「目黒のさんま祭気仙沼実行委員会」に寄付されます。

今年の〈目黒のさんま祭〉はさんま寄席の2週間前、9月15日でした。直前まで気仙沼港でのサンマの水揚げがなく、関係者の心労は大変なものだったと聞きました。なんとか間に合ったものの、かなり高価なサンマだったでしょうから、多くの人の好意と善意の固まりのようなこの寄付金が大いに役立つことでしょう。

あらためて、遠路はるばる気仙沼の寄席においでいただいた多くの皆様と〈ほぼ日〉さんはじめ開催関係者の方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。

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山茶花が咲く季節

一週間前の日曜日、妻は所用があり外出し、私は留守番。天気も良かったので、散歩がてら近くにある図書室に出かけました。初めて訪れたのですが、土日月は連休とのことで、残念でした。

しかしその近所に、私の知人のお墓があることを思い出しました。年に1〜2度おまいりしています。彼女は私が最初に勤めた会社の同僚でしたが、トルコに旅行した帰りの機上、くも膜下出血で亡くなりました。29歳だったと思います。お花の用意はできませんでしたが、寺務所で頂いた線香をあげて手をあわせました。命日は本日12月2日。31年が経ちました。下の写真は、その帰り道、等々力(とどろき)渓谷の上にかかる橋のたもとに咲いていた山茶花(さざんか)の花。

さざんか

そしてこの土日、私ら家族3人は仙台の秋保温泉へ。震災後は仙台に住む母、そして兄家族も集合しました。母からすると、二人の息子とその嫁、孫二人、ひ孫二人です。母は90歳。歩くのが少し不自由ですが、ぼけることなく元気なのはなにより。帰京後、にこにことうれしそうな母を囲む一族9人の写真を見て、本当に有難いことだなあと感じました。

29歳でおえる命もあれば、卆寿を迎える人もいる。〈人生いろいろ〉か。そんなことを思いながら迎えたこの師走です。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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