みなとまつり催事

今年の〈気仙沼みなとまつり〉は、8月10日と11日の2日間にわたって開催されます。

みなとまつりポスター

気仙沼みなとまつり公式ホームページ

気仙沼の皆さんはすでにご存知でしょうが、私のように気仙沼に帰れそうもない方のために、2日間の催事を紹介しておきます。

8月10日(土)
昼の部
● オープニングセレモニー
14:15〜14:45
(田中前大通り特設ステージ 北日本銀行気仙沼支店駐車場)
● 街頭パレード
14:45〜16:30
(田中前大通り)
夜の部
● はまらいんや踊り
17:30〜20:00
(田中前大通り)

8月11日(日)
● 打ちばやし大競演
17:00〜20:00
(港町臨港道路)
● LIGHT UP NIPPN ~鎮魂と復興の花火大会~
  被災地一斉打ち上げ
19:00〜20:00
(内湾)大島汽船の出航時、一時中断あり
●出店
14:00〜20:00
(港町地内)

協賛行事
●8月4日(日)
佐渡裕&スーパーキッズオーケストラ演奏会
(場所:気仙沼中学校体育館)
●8月11日(日)
POKÉMON with YOU Caravan(仮)
(場所:港町・スガノ興産 駐車場)
●8月11日(日)
LIGHT UP NIPPON気仙沼 スーパーソーラー縁日
(LIGHT UP NIPPONメイン会場)
(場所:気仙沼小学校校庭)

以上が催事スケジュール。
このみなとまつりの季節に気仙沼に帰ることがあったら一度参加したいのが〈はまらいんや踊り〉。同窓会などで真似ながら踊ることはあっても、みなとまつりでの経験はありません。みんなで踊ったらどんなにか楽しいだろうと。残念ですが、今年もネットでまつりの写真を見て我慢することにします。

どうぞ、ご都合の許す方は是非おでかけください。
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気仙沼さんま寄席

昨年に引き続き、志の輔さんの落語が楽しめる〈気仙沼さんま寄席〉が開催されます。9月29日(日)気仙沼市民会館で14:00開演です。詳しくはさんま寄席の公式サイトを見てもらうとして、本日のご紹介は前日に行われる東北のお客さん限定〈前夜のおたのしみ独演会〉です。

さんま寄席
公式サイトのイメージ(一部)

〈気仙沼さんま寄席〉公式サイト

気仙沼さんま寄席は、気仙沼の人たちに志の輔さんの落語を聞いてもらうというよりも、東京をはじめ遠く離れたところから気仙沼に来てもらい、その収益で目黒のサンマ祭に送るサンマ代にあてようという企画です。ですから地元の人がなかなか聴くことできません。それを心残りに思っていた志の輔さんの申し出で前日の公演が実現したとのことです。

第2回 気仙沼さんま寄席
東北のお客さん限定〈前夜のおたのしみ独演会〉
出 演:立川志の輔・糸井重里 他
公演日:2013年9月28日(土)
    開場18:00 開演19:00
会 場:気仙沼市民会館 大ホール
料 金:全席指定3,150円(税込)

〈前夜のおたのしみ独演会〉紹介内容

料金は、翌日の公演の半額になっていますね。東北のお客さん限定としていますが、やはり気仙沼に地の利がある。是非この機会に志の輔さんの落語をお楽しみください。チケットは、〈気仙沼さんま寄席特設プレイガイド〉で。本日30 日からの発売です。詳しくはサイトをご覧いただきますが、気仙沼市内の店名のみここに記しておきます。

・気仙沼市内のプレイガイド
斉吉商店/アンカーコーヒー&バル 田中前店/御誂京染たかはし/ゲストハウスアーバン/ラペマツイ/畠良薬局/武山米店/宮脇書店気仙沼本郷店/大島汽船/お菓子の花子/いさみや/三陸新報/気仙沼市民会館

気仙沼さんま寄席特設プレイガイド

翌日9月29日(日)の本番としての〈気仙沼さんま寄席〉の詳細も公式サイトにてご覧ください。このチケットも本日から発売です。

立川志の輔さん、糸井重里さん、そして多くの関係者の皆様、今年もいろいろとお世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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気仙沼高校敗れる

きのう28日の高校野球予選、気仙沼高校と仙台三高の対戦。4×12の7回表コールドで気高敗退。本当に残念でした。

達朗2
写真:東日本放送の高校野球ツイートから
https://twitter.com/yakyu_khb/status/361301343002062848/photo/1


私は午前10時からツイッターで得点速報を見ておりました。一回裏で0×6と先行され、0×8、1×8と推移、6回表で4×8と追い上げたときには、応援していた人はみんな〈これからだ!〉と叫んだことでしょう。と、ここまで書いたら、同級生小山達朗君(3年9組)からブログへのコメントが届きました。ここでも紹介しておきます。

「 仙台から友人3名で、石巻市民球場で気仙沼高校の応援をしました。雨模様が続いており試合が流れる不安を抱きながら向かいましたが、何と久しぶりの青空となりました。野球は熱気溢れる応援の甲斐もなく7回コールド12対4と残念な結果に終わりました。後輩達は最後まであきらめず、りっぱに戦ったと思います。準決勝が行われるKスタジアム仙台でもっと応援したかったのですが本当に残念です。蛇足ですが、石巻市民球場のすぐ隣には被災者の仮設住宅が林立しており石巻市民の被災規模の大きさを改めて実感し、これも気高の後輩達が野球を通じて貴重な時間を与えてくれたように感じています。後輩達よ、ありがとう。」

達朗君、ありがとう。実は、上に紹介した東日本放送のツイッターでの写真に達ちゃんらしき人がうつっていたんでもしかしてと思っていたんです。

試合前27日には〈31回生3年11組20番〉さんからもつぎのコメントを頂いています。

「 東北撃破のニュースは、気仙沼の同級生から速攻メールがありました。後輩たちの眩しすぎる程の活躍に感激と嫉妬が渦巻きます。夏の大会で東北に勝つのは昭和26年以来だと思います。昭和37の甲子園出場時は、両校が宮城代表として、福島代表と覇を争い直接対決はしていません。東陵が敗れ、気仙沼勢での決勝の線が消えた今、明日の三高戦が事実上の決勝戦と思っています。

三高は、かつて三浦邦夫さんという気高のOBが監督として率いており、打倒東北・育英の旗頭として宮城の高校球界の公立部門?をリードしてきました。 昭和58年には、両校を撃破するも決勝で仙台商業に敗れ甲子園の夢は果たせず、その後富谷に移ってもベスト4に導くなどその指導は高く評価されています。現在は富谷町の議員さんをされているようです。(両校を破って甲子園出場をしているのは昭和63年の東陵高校のみです)

今回率いる三高監督の佐々木さんは昭和58年当時のメンバーで三浦DNAを引き継ぐ一人であり、気高赴任時には監督もされています。 ですからこの試合は、気高の‘血’の濃い試合ともいえるのです。 勝ち進んで‘2度目’が達成されれば、私は昨年の軟式の時の何十倍も舞い上がることでしょう。仮に負けても上述のように気高の兄弟分であり、プライベートでも因縁がある三高を応援します。 野球の神様は、ここに至った背景を理解くださり気高を後押ししてくれると信じていますが……?

追記:三浦さんは気高甲子園出場時のメンバーとしてベンチ入りされています。余計な話しですが、三高出身者は、『タゴ(たこ)』と言う愛称で呼んでいたようです 」

コメント引用は以上です。仙台三高野球部と気高野球部との縁など、かなりディープな情報ですね。その三高は、準決勝として柴田高校と30日(火)12:30から日本製紙クリネックススタジアム宮城にて戦います。私は三高を応援することに決めました。

気仙沼高校野球部の皆さん、ありがとう。そして応援してくれた多くの皆様、お疲れさまでした。東日本放送のツイートによれば、気高応援席では、生徒有志約500人・OBの他に、本吉響・石巻工業・登米の野球部の皆さんが一緒に応援してくれていたそうです。〈熱い、熱い応援席です!d( ̄▽ ̄) 〉とのことでした。

本当にありがとうございました。みんな頑張った!

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東京五輪招致活動

先週末、原宿駅の線路沿いを歩いたとき、気仙沼出身の千田健太選手がうつる大きな写真パネルが目に入りました。ロンドン五輪での団体銀メダルが決定したときのもの。2020年夏季五輪パラリンピック東京招致のためのPR活動のひとつです。

千田選手

ご紹介が遅くなりましたが、千田健太選手は6月30日のフェンシング全日本選手権(男子フルーレ個人戦)で初優勝を果たしています。すばらしい。ライバル太田雄貴選手が休養中で欠場していたのがちょっと残念ですが、この優勝で千田選手も一段と自信をもつことができるでしょう。

一方の太田選手は7月3日、スイスでのIOC委員に向けた五輪東京招致プレゼンテーションに参加していました。ブログでも紹介したように、このローザンヌでの招致活動には気仙沼出身でロンドンパラリンピック日本代表の佐藤真海(まみ)さんも参加しています。

その佐藤真海さんは7月23日、フランスのリヨンで開催された2013IPC(国際パラリンピック委員会)陸上競技世界選手権の女子走り幅跳び T44クラス(下腿切断など)で、4m70を跳んで銅メダルを獲得しました。本当にすばらしい。おめでとうございます。

真海さんは、ローザンヌ訪問時に猪瀬東京都知事と共に活動し、レマン湖畔では一緒にジョギングなどもしています。そして、その猪瀬さんの奥様ゆり子さんが7月21日にお亡くなりになりました。享年65歳。産経新聞配信記事の一部を以下に引用します。

〈五輪招致活動でのロシア出張を控えた5月26日。2人で荷造りしていると、ゆり子さんの舌がもつれた。大相撲千秋楽の日とあって、ゆり子さんを病院に残し、都知事賞授与のため国技館へ。病院に戻った猪瀬知事を待っていたのは、悪性脳腫瘍で余命数カ月という宣告だった。  今月初めのスイス出張の直前には、危篤状態に。都関係者は、猪瀬知事がレマン湖のほとりで「この風景を見せたかった」とつぶやくのを聞いた〉

猪瀬さんは、大震災のときに気仙沼への東京消防庁の救助隊出動を命じた、いわば〈気仙沼の恩人〉のひとりです。通夜には、私たちの同級生臼井真人君も気仙沼市議会議長として参列したと聞いております。

この人生、喜びもあれば悲しみもある。それはよくわかっているつもりなのですが、レマン湖のほとりを走っているときの猪瀬さんの心境を想像すると、少しせつない気持ちになるのです。合掌


2012年3月12日ブログ「猪瀬さんに感謝」

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気高が東北を撃破

きのう24日、気仙沼はこのニュースでもちきりだったようです。高校野球の宮城県大会で、気仙沼高校が東北高校に勝利しました。宮城県のニュースとしては〈昨年準優勝の東北が気仙沼に敗退〉ということになります。河北新報によれば〈3-3の九回、2死二塁から畠山尚輝が中前適時打を放ち、これが決勝打となった〉これで気仙沼高校はベスト8入りです。

対戦表

宮城県大会対戦表(東日本放送サイトより)気高は右側上段の中頃

気高はこれまで、石巻工業と仙台二高を破ってきています。昨年5月に仙台に新しい居を構えた千葉正俊君(3年3組)からは昨日、〈仙台二高と東北高との2試合とも観戦。特に今日の試合は信じられないファインプレーの連続で勝利。泣いて喜ぶ人も多く、私も大感激でした。次も応援に行きます〉との報告メールがありました。

次の対戦相手は仙台三高。28日(日)午前10時から石巻市民球場にて。なお、気仙沼の東稜高校も本日午前9時から仙台商業とベスト8を目指して戦っています。(延長10回で残念ながら破れました。仙台商業5-4東陵)

よく頑張ってくれました。気仙沼高校のこれからの活躍が本当に楽しみです。正俊君、28日は私たちの分の応援もよろしく!

2012年5月21日ブログ「千葉正俊君から」

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オイスターソース

気仙沼の牡蠣を用いたオイスターソースが発売されたとのJNN系列(東北放送やTBS)のニュースが、7月16日に放送されました。

オイスターソース
TBS News iニュースサイトの映像イメージ

映像はここからTBS News iニュースサイト(配信終了)

この〈気仙沼完熟牡蠣のオイスターソース〉を開発・販売したのはフカヒレ商品で有名な石渡商店さん。気仙沼の牡蠣が一番おいしい3〜4月のものを〈完熟牡蠣〉と名付けてソース名にも記したとのこと。取材を受けているのは専務の石渡久師さんです。そして、原料となる牡蠣を提供するのは気仙沼市唐桑の盛屋水産。ニュースでは専務の菅野一代さんが登場しています。

「R」のつく月とかなんとか言って冬がおいしいとされる牡蠣ですが、日本の牡蠣は春のほうがうまいということを、〈森は海の恋人〉水山養殖場の畠山重篤さんも著書で書いています。気仙沼湾の旬は3月であると。(『牡蠣礼賛』p30)

ニュースでは、石渡専務が愛媛県大洲市の天然調味料メーカー「仙味エキス」をたずねるシーンがうつしだされています。工場の壁には〈HACCP認定工場〉の文字。HACCP(ハサップ)は、食品製造における衛生管理基準ですが、その認定工場でのエキス抽出・製造は、消費者に安心感を与えるでしょう。取材スタッフの配慮がうかがわれます。

このオイスターソースは1本945円で今回は1万5千本を発売とのこと。首都圏の百貨店や通信販売のほか、気仙沼では南町の復興屋台村「気仙沼横丁」全店でも扱っています。東京では、百貨店や7月5日にオープンした秋葉原の『CHABARA(ちゃばら)』の気仙沼産品販売コーナー〈気仙沼波止場(けせんぬまわーふ)〉でも販売中と聞いています。

オイスターソースはとっても重宝する調味料です。炒飯などでも仕上げにちょっと使うだけで味に深みが出ます。私も秋葉原で手に入れようと思っています。皆さんも是非おためしください。

石渡商店の商品紹介ページ

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ウナギよりもハモ

昨日は、土用の丑(うし)の日。テレビニュースでもウナギにまつわる様々な話がとりあげられていました。しかしなあ、日本全国いつからそんなにウナギ好きになったんだろう。絶滅の危機が語られているというのに。年に何度も食べない高級食のままでいいじゃないかと思うんだけど。

私が気仙沼で暮らしていたころ、つまり高校生まで、自分の家でうなぎを食べたという記憶がありません。南町のうなぎ料理の老舗である扇屋さんにも入ったことがありませんでした。帰省時に一度くらいはと思ってはいたのですが、津波で被災して廃業しました。残念。

ウナギの季節に私が思い出すのは気仙沼のハモ(鱧)。湯引きなど京都のハモ料理の旬は夏ということになっていますから、気仙沼でも夏だったのでしょう。母が蒲焼きにしてくれました。本当においしくて私の大好物。ウナギの味をよく知らないこともあり(笑)、決して〈ウナギの代用食〉ではありませんでした。また、ハモの養殖というのは聞いたことがありませんから、もちろん地元の天然ものでしょう。

このハモにしても春のシラスにしても、気仙沼であたり前のように味わった季節の味。いま思えば本当にぜいたくな季節の味覚でした。記憶力に自信がなくなった今日この頃ですが、気仙沼の味の記憶だけは肥大化する一方です(笑)。

2012年3月28日「私のしらす物語」
2012年3月29日ブログ「毛ガニの思い出」

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堤防高引き下げへ

7月18日(木)の三陸新報が、気仙沼市内湾地区の防潮堤の高さを引き下げるよう県に要請しているとトップ記事で報じていました。

三陸新報堤防高引き下げ
三陸新報7月18日付け記事のイメージ(一部)クリックで拡大

長文ですが、重要な記事ですので、以下に記事全文を引用します。

「 気仙沼市が内湾地区の防潮堤について、管理者の県に対して計画高を1m下げて海抜4.2mとし、港町は防潮堤を造らずに背後の崖を利用して無堤化することなどを要請していることが分かった。津波シミュレーションの見直しによって、内湾の防潮堤は当初計画からすでに1m下げているが、「気仙沼の顔」としてまちづくりしていくため、さらなる引き下げを求めている。

 県への要請内容は、16日に市役所で開かれた内湾地区復興まちづくり協議会ワーキングに報告された。
 会議は非公開だったが、出席者によると、市は県に対して(1)特殊計画堤防高の適用(2)南町海岸(旧エースポート前)のウォーターフロント(漁港区域)拡大(3)港町の無堤化−−などの検討を要請していることが説明されたという。
 特殊計画堤防高は、想定される津波のせり上がり分として確保している余裕高を引き下げることができ、湾口防波堤や島々によって津波の減衰効果が期待される女川湾や松島海岸などで採用。内湾の魚町・南町では計画高を1m下げることができるという。
 内湾の防潮堤については、県の計画高では景観が損なわれ、港の利便性にも影響するため、復興コンペで最優秀賞に選ばれた浮上式防潮堤の導入を望む声が消えずにいる。
 地域からは防潮堤の早期整備を求める声がある一方で、「内湾の風情を大事にしてほしい」などの要望もあり、堤防高をさらに1m下げることで市は地域の理解を得ようとしているものとみられる。

 港町の防潮堤は、県が臨港道路と桟橋の間に設置する方針だが、市は避難訓練や避難道路整備によって安全性を確保することで、背後の崖に防潮堤機能を持たせる考え。まちづくり協議会では「防潮堤で守る財産は道路しかない」などと海岸線への整備を疑問視する声があるという。
 なお、内湾の防潮堤では県が修正案を関係者に提示している。防潮堤の上に遊歩道(幅2.5m程度)を整備する案で、陸側からの圧迫感を減らすような形状になる。一部に透明なアクリル板を埋め込む工夫を取り入れているが、市は「特殊計画高を適用した上で、遊歩道を設置してほしい」との考えをまちづくり協議会で表明している。
 この日のワーキングでは、勝倉敏夫会長が辞任を表明し、後任に菅原昭彦さん(気仙沼商工会議所副会頭)が就任した。」

引用は以上です。

内湾地区(魚町・南町)と港町の防潮堤をめぐっていろいろと動き出していますね。内湾防潮堤についての図を見ると、防潮堤の海抜4.2mという高さは県道からは2.4mです。あくまで市から県に要請中ということで、どのような返答があるのかわかりませんが、住民と市と県との間で相互に歩みよりつつ、最良の結論を導いて欲しいと思っています。

なお、内湾地区復興まちづくり協議会の新しい会長菅原昭彦さんは、酒造会社の男山本店社長。気仙沼〈防潮堤を勉強する会〉のお世話役としても活動されていることはみなさんご承知のとおりです。〈住民合意〉に向けての議論はいろいろと難しい面もあるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。魚町の旧住民としての心からのお願いです。

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東孝さんのメール

7月13日の気仙沼高校関東同窓会でご一緒した一学年先輩の東孝(あずま・たかし)さんに、ブログでの写真紹介を連絡したところ、ていねいな返信メールを頂戴しました。


東孝さん(大道塾ホームページより)

まずは、東さんの略歴をウィキペディアなどで簡単にまとめておきましょう。気仙沼高校を卒業後、陸上自衛隊を経て、早稲田大学第二文学部に入学。在学中1971年に極真会館に入門し空手道に取り組み、早稲田大学極真空手部を創設、初代主将となりました。極真会館が主催する選手権大会の主要戦績はつぎの通り。

1974年 第6回全日本大会準優勝
1975年 第1回世界大会 6位
1977年 第9回全日本大会優勝
1979年 第2回世界大会4位

要するに〈極真のチャンピオン〉だったわけです。そして1981年には「大道塾」を設立、代表師範・塾長として現在にいたります。その東さんのメールを、了解を得ましたので以下に紹介します。なお、東さんは鹿折小・中出身です。

「 いやー、楽しかったね、同窓会! こんなに取りあげてもらって気が引けるね。でもいろんな先輩方と会えて叱咤激励されたり、様々な後輩を見ては刺激をもらったよ。

私はかなり“変わっていた”部類で (笑)、はたからは、好き勝手に山あり谷ありの人生を送ってきた血の気が多い人間のように見えるかもしれないが、根は気が小さいから「やっとみんなと同じようにああいう席に顔を出せるようになったな~」とチョッとホッとしているんだよね (爆)。

高校卒業時には「竜馬が行く」の坂本龍馬に憧れて“革命の志士”たらんと家を飛び出したは良いけれど、上京した頃には70年安保は終息していて(今になると、運が良かったんだろうね)、人生の目標を見失ったようなもので、しばらくはボーとしていたんだ。けれど、幸いにも“武道”という“天命”を見つけることができたから、最近は「何とか平仄(ひょうそく)はあってきたかな?」と思っている次第。

とは言っても、現在は空手家ではなく「空道(くうどう)」(よく“手”抜きと言われる(笑)という総合武道を主宰し、「第二のオリンピック」と言われる「World Games」に、Demo種目ではあるが参加できることになり、今月27日から南米・コロンビアで行われる「World Games 2013 Cali」大会に行ってきます。

トランポリンやバドミントン、女子重量挙げ、テコンドーなども「World Games」を通じてオリンピック種目となっているので、「空道」も将来のオリンピック種目化は夢ではない!と、64歳にして10周(30周?)遅れくらいで「疾風怒濤の時代(strum und drang era)」を走ってるドンカメ(笑)。「何とかの冷や水」でゴールまで息が続くか?が心配な今日この頃 (爆)。

気が向いたなら大道塾のホームページを覗いてみてチョ。さらにまた気が向いたなら、大会等を見に来てもらい「空道のオリンピック競技化」へのご支援、ご声援のほどを。」

「大道塾」公式ホームページ
「World Games」とは

東さんのメールは以上です。なお、文中の(爆)は(爆笑)の略。念のため(笑)。それと〈平仄があう〉とは、〈物事の筋道があってくる〉という意味でしょう。大道塾のホームページ中の塾長コラムを読むとわかるのですが、東さんはこうした漢語的な表現や故事ことわざをよく使います。コラムのなかには2011年3月に書かれた「東日本大震災に想う」という一文もありますのでぜひお読みください。

最後に、メール内容のブログ紹介を了承していただいたときの文面を紹介しておきます。

〈俺のはみ出し人生が何の役に立つかは知らないが、ま、「虚仮(こけ)の一念」というか「人間到る所に青山あり」の気でやれば、いつかは何とかなるというように見てもらえれば、一興かと。笑 〉

東孝さんのますますの活躍を期待しています。
ありがとうございました。押忍!

7月15日ブログ「気高同窓会の報告」

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3度目の春を越す

例によって月遅れ雑誌情報となりますが、週刊新潮6月13日号のカラーグラビアは〈3度目の春を越した被災地情景〉。その見開きページの左側に気仙沼の鹿折地区の写真がありました。右側には三陸鉄道「盛(さかり)」駅。

新潮ツアー

週刊新潮6月13日号グラビアの一部イメージ(クリックで拡大)

写真下の記事内容を紹介します。

「 駅舎にバスが入っていくという風変わりな景色(右)を見せるのは、三陸鉄道・南リアス線の起点、岩手県大船渡市の盛駅。三陸鉄道はレールを新しく敷き、今年4月に盛駅から吉浜駅まで復旧させた。この駅はJR大船渡線も乗りいれていたが、JRはレールを取り払い、BRTという“代行バス”を走らせているためご覧のような状況に。現在、三陸鉄道は、南リアス線の吉浜〜釜石間と北リアス線の一部が不通のままだが、来春の全線復旧を目指す。

左の写真は、まだ復旧していない大船渡線の鹿折唐桑(ししおりからくわ)駅と気仙沼駅の間。宮城県の北東部に位置するこのあたりも津波に襲われた地域である。被災地ツアー中の団体が見えるが、背後には第18共徳丸の姿が。こちらは、残したい気仙沼市側と解体したい船主側の話し合いが平行線のまま。船主はこの船が乗り上げたために被害を受けた人々を思って撤去を願い、市側は震災の被害の大きさ、自然の猛威を伝えるモニュメントとして残したいとする。 」

引用は以上です。記事で〈被災地ツアー〉と書かれているのは、気仙沼の〈気楽会の観光案内課〉の〈ひとめぐりツアー〉です。気楽会のブログを見てみると、週刊新潮の写真は5月12日のときのもの。先頭で旗を持っているのが齊藤茶舗の斉藤道有さん、2人目が私たちの同級生小山隆市君の長男 裕隆さんでしょう。当日の様子は、つぎのブログでご覧いただけます。気楽会の皆様、いつも本当にありがとうございます。

気楽会ブログ「第11回気楽会の観光案内課」報告
「気楽会の観光案内課」公式サイト

なお、ここで紹介した見開きの前頁では、福島県南相馬市原町区萱浜(かいばま)に広がる菜の花が、後ろの頁では陸前高田市の〈奇蹟の一本松〉が紹介されていました。


3度目の 春を越す。

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8文字で苦労する

2週ほど前に〈ふるさとの訛り〉について、石川啄木と寺山修司の短歌2首を紹介しました。短歌(和歌)は5・7・5・7・7の31文字(みそひともじ)。俳句や川柳は5・7・5 で17文字。そういえば13日の気高同窓会では、〈イオンモール〉村上教行君がいろいろと川柳を披露してみんなを笑わせてくれました。彼は三陸新報の川柳壇にも投稿しています。

私はといいますと、連日8文字の表現で苦しんでいます。このブログ記事の見出しです。私のパソコン環境では、左の〈最近の記事〉欄の1行の最大文字数が8文字。これを越えると2行となってしまい、美しくないのです。ですからなんとか8文字以内におさめたい。でもね、これがなかなか難しい。たとえば〈防潮堤を再考するシンポジウム〉だけで14文字。だから〈駒場で防潮堤再考〉と短縮したのですが、なんか〈防潮堤サイコー!〉みたいでちょっと具合が悪い感じがしないでもない。きのうの〈仙台防潮堤シンポ〉だと、〈防潮堤進歩〉か(笑)。

見出し
8文字見出しだときれいに見える。かな。

とは言うものの、最近は8文字の見出しにすることを楽しんでいます。ものは考えよう。8文字の苦しみは楽しみでもあるのです。今しらべてみたら、この1カ月はすべて8文字ぴったし。かなり無理しているものもあるのですが。

ちょっとわかりにくい見出しだと感じるときは、文字数の関係とご理解いただければと。

8文字で オダ君いつも 苦労する

どうぞ、よろしく(笑)。

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仙台防潮堤シンポ

先週土曜日7月13日には、仙台の東北学院大学で、「防潮堤を再考するシンポジウム」が開催されました。その様子をFNNローカルニュース(仙台放送)が伝えています。


(画面クリックで再生開始)
7月13日配信 hhttp://www.youtube.com/watch?v=9n5aYf3-jv0&feature=player

これによれば、参加者は約400人とのこと。東北学院大学の千葉一講師は「防潮堤を考えることは、これからの日本のあり方、日本社会のあり方を考えることだと。(このシンポジウムを開催したのは)一度、じっくり話し合ってみる必要があるという問題意識からですね」と語っています。なお、ニュースでは、〈来月には東京で開催〉と述べていましたが、なんの集まりのことなのでしょう。わかりましたらお知らせします。

NHKも13日にローカルニュースで報じています。

NHK仙台放送局7月13日配信ニュース(動画あり)

NHKはリンク切れが早いので、記録のために内容を以下に引用しておきます。

「 東日本大震災で津波の被害を受けた沿岸部に、建設が予定されている防潮堤について考えるシンポジウムが仙台市で開かれました。
シンポジウムは、防潮堤が命を守るだけでなく、地域の暮らしや仕事、生態系にも影響を与える恐れがあることについても考えようと、東北学院大学が仙台市で開きました。この中で岩手県釜石市唐丹町の自治会長は、「巨大な防潮堤を作ったら、海が見えなくなり、漁業者が作業する場が無くなる。住民がどんな暮らしをしてきたか、尊重されなければならない」と述べ、防潮堤の代わりに盛り土の道路をつくるという、住民の合意が町の復興計画に反映されたと報告しました。このあと、パネルディスカッションが行われました。専門家からは、立派な防潮堤や漁港ができても、人口が大幅に減った北海道の奥尻島を例に、「何を復興させるのか長期的な視点で考えるべきだ」とか、「被災者はやっと周りのことを考えられるようになったのに、いつの間にか防潮堤の話が先に進んでいる」といった話が出され、行政や地元住民など関係者が集まって、計画づくりをする必要性が強調されました。
気仙沼市から参加した男性は、「防潮堤の議論に、住民と行政のつながりがあまりないので、もっと煮詰めた話し合いができればいいと思う」と話していました。」

ニュース引用は以上です。

6月23日の東京・東大駒場キャンパスでの開催に続く、仙台での2度目のシンポジウム。400人の参加を得たとのことで、議論の輪の広がりを感じさせます。

7月4日ブログ「仙台で防潮堤再考」

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気高同窓会の報告

7月13日(土)に東京・九段下のホテルグランドパレスで開催された気仙沼高校関東同窓会の報告です。旧気仙沼高校と旧鼎が浦高校が統合した新気仙沼高校と気仙沼向洋高校(旧水産高校)の同窓会が合同しての懇親会は約150名の参加となりました。来賓として、気仙沼市議会議長の臼井真人君が気仙沼から、気高在仙台同窓会副会長の西村(菊田)明男君(松岩中)が仙台から参加してくれました。いずれも気高22回の同級生です。

臼井真人挨拶 校歌斉唱
左:臼井真人の挨拶 右:気仙沼高校校歌を歌う同窓生(クリックで拡大)

懇親会の挨拶で臼井君は気仙沼の復興の現状を報告してくれました。そして〈震災後に亡くなった方のなかには、住んでいた仮設住宅やアパートが狭くて棺が入らないため、自宅に戻ることができず、やむなく斎場に安置されることも多い〉という主旨の話をしたとき、感極まり言葉につまる一瞬がありました。今年1月に同級生小山隆市君が亡くなったときにも電話をかけてきて、そのことを〈本当にかわいそうだでば〉と語っていましたから、また頭をよぎったのでしょう。

同窓会東さんと 2次会
左:東さんを囲んで(前列左から3人目)右:2次会(裕美君撮影)(クリックで拡大)

懇親会はいつものように和気あいあいとした雰囲気で進行。私たち気中20回生/気高22回生のテーブルには一年上の先輩も同席していました。そのひとりは、日本を代表する空手・武道家である東孝(あずまたかし)さん。7日のブログで紹介した水道橋博士の記事では〈実戦空手の雄「大道塾」の創始者〉として紹介されていましたね。せっかくの機会なので東さんを囲んで記念写真。

同窓会懇親会の終了後、私たちは先輩・後輩も誘いながら2次会。臼井君は気仙沼に帰るため途中で抜けましたが、新橋の夜はこうしてふけていきました(笑)。

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真海さんinスイス

2020年オリンピック・パラリンピックの東京招致活動。7月3日には、スイス・ローザンヌでIOC委員に向けたプレゼンテーションが開催されました。猪瀬都知事やフェンシングの太田選手、滝川クリステルさんらのインタビューがテレビでも紹介されていました。このローザンヌでの招致活動チームに気仙沼出身のパラリンピアン(パラリンピック選手)佐藤真海(まみ)さんも参加していました。4日には、ローザンヌのホテルに設けられた東京の展示ブースでIOC委員に対して東京開催を訴えたとのこと。

7月10日(水)の朝日新聞に、ローザンヌでの佐藤真海さんのインタビュー記事が掲載されていました。

佐藤真海
朝日新聞7月10日記事のイメージ(一部)クリックで拡大します。

朝日新聞デジタル版配信記事

記事の一部を紹介します。

〈 骨肉腫にかかり、20歳の時に右足のひざ下を切断した。パラリンピックには04年アテネ大会から出場。3度目となるロンドンまであと1年半と迫った時、「3・11」が襲った。津波に1階部分をのみ込まれた宮城県気仙沼市の実家は、今も人が住める状態にない。
今回の招致への反対意見として、「まだ復興もままならないのに」との理由を挙げる人は多い。だが、「大震災から2年が過ぎ、被災者以外の人の関心は正直薄れている」と感じる佐藤はこう指摘する。
「2020年に向かって五輪パラリンピックも復興も一緒にやっていく、という目標があったほうが日本全体の意識が復興に行く」
気仙沼の小中学校で講演したり子どもたちと一緒に走ったりする活動を今も続ける。その時いつも、「この人、義足だけどこんなに速く走るんだ。自分たちも負けずに頑張ろう」と子どもたちに思ってもらえることを願う。「スポーツは人の心を勇気づけ、結びつける。それがスポーツの力だと思うんです」 〉

引用は以上です。

この他にも真海さんは、〈パラリンピックの競技環境がまだまだ恵まれていない〉と語っています。〈将来は一つの大会として統合されるのが佐藤が描く理想だ〉とのこと。

現地での写真を見るとパラリンピック選手としての招致チーム参加は真海さんおひとりのようです。ローザンヌでは、猪瀬都知事や太田選手とレマン湖畔3kmをジョギングしたり、IPC(国際パラリンピック委員会)のフィリップ・クレイブン会長と東京ブースで会うことができたりと、充実した時を過ごしたようです。

佐藤真海さんのパラリンピアンとしてのますますの活躍を期待しています。

2012年7月4日ブログ「佐藤真海さん」
2012年8月31日ブログ「真海さんin表参道」

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震災の記憶の継承

きょうは11日。あれから 2年4カ月経ちました。

はじめにテレビ情報。本日夜9時からの「秘密のケンミンSHOW」(東京は日本テレビ・気仙沼では宮城テレビ)で気仙沼のメカジキ「ハーモニカ」が紹介されます。ぜひご覧ください。

さて、9日の読売新聞夕刊は〈ラーメン博物館〉の紹介でしたが、きのう10日の朝日新聞夕刊では気仙沼の〈リアス・アーク美術館〉をとりあげていました。

朝日リアスアーク
朝日新聞7月10日夕刊の記事イメージ(クリックで拡大)

リアス・アーク美術館の常設展では、気仙沼市や南三陸市の震災被災状況を撮影した約200枚の写真と被災物155点を展示しています。記事の一部を紹介します。

〈ケースで覆うことなく室内に置かれた電柱の一部、LPガスボンベやぬいぐるみには、タグのようにはがきが付けられ、それぞれにやはり言葉が記される。

「地面がら、草生えだような感じで、フニャフニャど、鉄筋だげ残った電柱見で、おらあぎれでしまったでば」

一見、住民の証言のようだが違う。見聞きしたことや経験を元に、山内・学芸係長が書いた。しかし、「物語」を作ることが目的ではない。「被災物の向こう側を想像することで、初めて見る意味が生じる。それを導くため」
(中略)
展示終盤、埋め立てによる三陸沿岸の海岸線の変化を示す写真資料を並べ、住民が1960年のチリ地震津波より前の津波被害の記憶を持たない地域のあることも指摘する。今回の津波を「想定されていて当然だった」と言い切った解説には、未来への思いが託されている。
展示中で示される「高台移転」「震災遺構」など約100のキーワードとその説明文。膨大な言葉の量は、そのまま私たちが考えるべき、取り組むべきことの多さを示しているようだ。 〉

引用は以上です。
鹿折地区に打ち上げられた第18共徳丸については、船主は解体を決めましたが、菅原市長は市民のアンケートの実施など、保存の可能性をまだ探っています。そんなこんな、共徳丸の今後はまだ不透明ですが、この〈リアス・アーク美術館〉が、気仙沼地区の〈震災の記憶〉を将来に伝えていく大きな役割を担っていくことは間違いないでしょう。

4月11日ブログ「リアスのアーク」
4月24日ブログ「リアスのアーク 2」

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憲二のかもめ食堂

きのうの夜、菊田裕美君からメール。〈 今日の読売新聞夕刊に「三陸の味自慢 古里出店の夢」とのタイトルで、かもめ食堂の記事がありました。被災地を忘れないようにとの心づかいがうれしいです 〉

読売新聞かもめ食堂
読売新聞7月9日夕刊の記事イメージ(一部)クリックで拡大

これは、新聞紙面の半分を使った大きな記事で〈ミュージアムへ行こう〉というシリーズ企画。〈新横浜ラーメン博物館〉の紹介なのですが、その中身は千葉憲二君(3年4組)の〈かもめ食堂〉の話。記事の一部を紹介しましょう。

〈いずれ劣らぬ味自慢そろい。その中で、潮の香りに誘われて「かもめ食堂」に入った。1942年(昭和17年)、宮城県の気仙沼港近くで創業し、しょうゆ味のラーメンが看板メニューとなって地元の人たちに親しまれたが、2006年に後継者がいなくなって閉店。残った店舗の建物も11年3月の東日本大震災の津波ですべて流された。
しかし、食堂を復活して復興のシンボルにしようと、気仙沼出身で、都内などで人気ラーメン店「ちばき屋」を展開する千葉憲二さん(61)がのれんを受け継ぎ、昨年2月、レシピをアレンジして博物館に開店した。
「おやじと初めて外食した時に食べたのが、かもめ食堂のラーメン。今もあの味が忘れられない。そんなラーメンを通じて、復興途上の気仙沼を盛り上げたい」(千葉さん)。2年後をめどに、古里にかもめ食堂の出店も計画中だ。〉

この後に記事は、店長や博物館の広報・宣伝担当者の言葉を紹介します。そしてつぎのように結んでいます。

〈気仙沼から遠く離れた新横浜で、みんなが復興を応援している。店も客も笑顔にしてくれるラーメンとは、何と不思議で幸せな食べ物だろうか〉

記事の引用は以上です。憲二君は、震災直後から何度も気仙沼に炊き出しに出かけています。また、気仙沼の人によるラーメン店を開いて雇用など復興の支援を行いたいとかなり具体的な計画も進めていました。ただ、店の場所をはじめ課題も多く、簡単にはいかないようでした。憲二君としては気仙沼のみんなへの約束を果たすためにも少しでも早く開店したいところでしょうが、魚町や南町など内湾近辺のまちづくり計画もまだはっきりとしない現状では一定の時間が必要になるでしょう。

どうぞ皆様、気仙沼での〈かもめ食堂〉復活まではラーメン博物館の気仙沼ラーメンを。そして気仙沼では、南町の復興屋台村「気仙沼横丁」で同級生の〈つきちゃん〉大友(小野寺)つき子さん(3年9組)が営むラーメン店「あたみ屋」へおでかけください。

最後になりましたが、読売新聞さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

新横浜ラーメン博物館HP「かもめ食堂
2012年3月30日「同級生の2店」

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生島さん超人伝説

たけし軍団のひとり水道橋博士(すいどうばしはかせ)。現在は、タレントとしてよりも、自称〈芸能界ルポライター〉として高い評価を得ています。これまでの雑誌連載を単行本化した『藝人春秋』(2012年)も大変話題になりました。

そして彼は5月から週刊文春で「週刊藝人春秋」という連載を開始しました。自分が接した多くの芸能人らについての詳細な記録情報と独特の文体で、大変面白い読み物になっています。

その第5回目(6月6日号)が、なんと〈芸能界最強伝説〜武井壮と生島ヒロシ〉。本日は、気仙沼小・中・高の一年先輩、生島さんの最強伝説を紹介します。

芸人春秋一部
週刊文春2013年6月6日号の記事イメージ(一部)

昨年11月、水道橋博士は雑誌『Number Do』の取材で、〈百獣の王〉を目指す体育会系タレント武井壮さんと対面します。取材のインタビュアーは生島淳さん。ヒロシさんの実弟です。そして博士は、生島ヒロシさんの強さをよく知らなかった武井壮さんに、〈生島ヒロシ超人伝説を実弟の前で手短に語った〉のです。その後の文章を以下に引用します。

〈 生島ヒロシ芸能界最強説は、プロインタビュアー吉田豪がその端緒を引き出すと、本人自身が次々とディテールの証言を始め、今やTBSラジオ名物、赤坂の都市伝説となった。
生島ヒロシ——。宮城県気仙沼市出身、元TBSのフリーアナウンサー。62歳の今こそ朝のラジオの帯番組で、老後の「健康」と「ファイナンシャルプラン」を語る好々爺に思われるが、その実、若き日は最強のロマンを求めた知られざる猛者(もさ)なのだ。

県立気仙沼高等学校で空手を始め、同級生には後の実戦空手の雄「大道塾」の創始者、東孝師範がいた。(ちなみに東師範の教え子がK—1史上4度の王者に輝くセーム・シュルトだ)
法政大学を中退後、20歳で単身渡米し、空手のインストラクターに就任。ケイン・コスギの父にして、後に「ニンジャ」シリーズで一世を風靡するショー・コスギと共に、この頃、全米を空手ショーで巡業した。そして当時、世界的に有名なマーシャルアーツの王者、ベニー・ユキーデとロスのオリンピック・オーデトリアムでの対戦が決定……しかけたが諸事情により流れたという。

ユキーデはその後、ジャッキー・チェンの映画『スパルタンX』の敵役に抜擢される。
「もしロスの試合が決まっていたら、生島さんが『スパルタンX』に出演したかもしれませんね!」と振ると「そうかもねぇ!」と満更でもなさそうに目を細める。このやり取りはボクが生島伝説をテレビで語る時の定番のフレーズだ。

帰国後、TBSに入社。新入社員当時も鉄ゲタで会社へ通い、路上に仮想敵を求め続けた。
そんなヒロシがある雨の日、東急田園都市線の社内でふんぞり返っていた若者の足にぶつかり口論となる。相手の両腕にはタトゥーが入っていたが、お構いなしに、その場にあった傘をへし折ると「かかってこい!」と絶叫、身構えたところで駅員が止めに入り電車が緊急停止した。正当防衛ではあったが、後日、同乗者の密告で『生島ヒロシ ビニール傘を振り回し大暴れ !? 』と女性誌に大々的に報じられたのだった。

話を聞き終えた武井は「完全に狂ってますね!」と感心し「しかも仮想敵を作るあたり、僕と一緒じゃないですか……」と呟いた。 〉

引用は以上です。
生島さんは中学のときには陸上部でした。その後に空手をやっていたのは聞いていましたが、ここまでの〈伝説〉は初めて聞きました。それと博士がちゃんと生島さんの同級生である東孝さんについて書いているのもかなりシブい。東さんは昨年の気仙沼高校関東同窓会に来てくれました。

生島さんも東さんもかなりの〈伝説〉の持ち主です。ひさびさに気仙沼高校応援団のたれ幕の文字を思い出しました。〈三陸の王者〉。13日に開かれる今年の関東同窓会には気仙沼から臼井真人君も来てくれるそうです。高校時代の様々な伝説など、みんなと楽しい話ができればなによりと思います。

6月18日ブログ「気高の関東同窓会」

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とっておきの1枚

早々と梅雨があけて猛暑となった6日土曜日の午後の昼下がりに一本の電話。
「オダ君、いつもブログどうもネ。忙しいだろうから1分だけ」

吉田(岩渕)恵子さん(3年8組)です。この日の午前9時半から気仙沼お魚市場駐車場で開催された小曽根真さんとNo Name Horsesのライブを聴いて帰ってきたといいます。興奮というか感激しています。〈ホントに良がったぁ〜〉。メンバーの名をあげて、〈ワダシ、管(楽器)も好きなのよ〜。エリックさんもよかったし、近藤さんも、だれそれも最高〉そして〈良がったぁ〜〉と。興奮というか感激がこちらにも伝わってきました。

本日紹介するのは、そんな気中20回生音楽担当吉田恵子さんの〈とっておき この一枚〉。9年前の三陸新報シリーズ企画記事のひとつです。

吉田恵子三陸2
三陸新報2004年3月23日付(クリックで拡大)

これは30年前1983年4月2日に気仙沼で開催された矢野顕子さんのコンサートのときの矢野さんと実行委員会メンバーの記念写真。前列センター左が矢野さん、右側が恵子さん。
〈準備には多くの時間を費やしたし、手間もかけた。しかし自分一人ではできないこともあった。そんなときに、助けてもらったのが喫茶店「ガトー」の吾妻博さん(故人)と尾形和優さん(丸和)〉など、記事のなかには懐かしい先輩らの名前も登場します。

昨年12月16日には、〈ほぼ日〉の企画で矢野さんが再び気仙沼を訪れてくれて「矢野顕子の音楽の稽古場」が開催されました。そのことをブログに書いたときに、この記事のスクラップを探したのですが見当たらず紹介できませんでしたがその後に発見。この機会に紹介いたしました。

恵子さんというか〈ぶっちゃん〉(旧姓がイワブチだから)は、小さなころから私たち気中20回生の音楽担当。山田耕筰作曲の気中校歌を「へいわの〜しるし、なみや〜すの〜」と歌うときのピアノ伴奏はいつも彼女でした。現在は気仙沼で音楽教室〈吉田ミュージックセンター〉を主宰しています。

携帯電話から聞こえる〈良がったぁ〜〉という声に、本当に音楽が好きなんだな〜とあらためて実感しました。ノーネームホーゼズの演奏は、ぶっちゃんを間違いなく元気にしてくれたようです。小曽根さん、気仙沼のみんなへの素敵な音楽のプレゼント、ありがとうございました。

2012年12月21日ブログ「音楽の稽古場」

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八戸は防潮堤断念

きのう7月4日のデーリー東北新聞のネット配信記事の見出し「青森県が八戸港の防潮堤整備計画を断念」。

八戸防潮堤
デーリー東北7月4日配信記事のイメージ

調べてみたら青森県の地方紙〈東奥日報〉が詳しく伝えていました。

東奥日報2013年7月4日配信記事

少し長いのですが、資料にもなりますので以下に引用しておきます。

◎八戸港の防潮堤整備見送り

 (青森)県は3日までに、東日本大震災で被害を受けた八戸港周辺に高さ3.5~6メートル、延長約24キロの防潮堤を整備する「津波防護ライン」計画について、集中復興期間(2011~15年度)内の実施を見送る方針を固めた。計画の可否や防潮堤の位置をめぐり、地元の住民や企業との意見集約が進んでいないため。5日に開く「八戸港復興会議」で考え方を示し、今後の方針や代替案を協議する。

 防護ライン整備の総事業費は100億円を超えると見込まれ、県は、国の復興予算を活用する予定だった。復興予算を活用できる集中復興期間内での整備を見送れば財源確保は困難となり、防潮堤の整備計画は事実上、中断することになる。

 津波防護ラインの整備は、国や県、八戸市、関係企業などで組織する八戸港復興会議が11年8月にまとめた復旧・復興方針に盛り込まれていた。県は12年度に防潮堤の高さなどを検討し、ことし3月に整備案を公表した。

 防潮堤は、想定される最大クラスの津波ではなく、数十年~百数十年に一度と発生頻度が比較的高い津波への対処を想定。13年度一般会計当初予算に測量・設計費用など1億6480万円を盛っていた。

 だが、県がことし5月に八戸市内で計4回開いた住民説明会で「景観を損なう」「海の状態が見えなくなり、かえって危ない」などの意見が出たほか、企業との協議では「通行の妨げになる」との意見や、土地の無償提供に慎重な声があった。防潮堤整備に賛同する住民や企業の間でも、設置位置について考え方が分かれていた。

 県幹部は「地域の意見をしっかり聞いて施策を進める必要がある。合意形成に時間を要すると予測される中、集中復興期間内の整備は見合わせざるを得ない」と説明。「『津波を防御する』から『被害を抑える』という考え方に軸足を移して対策を検討していきたい」としている。

 津波対策をめぐっては、防潮堤整備のほかに、沿岸部の企業から津波発生時に重機や車を一時的に避難できる「盛り土」の整備などを求める声が出ている。また、八戸港復興会議の復旧・復興方針では、震災の際に船やコンテナが漂流して構造物を壊したことで、船などについて「適切な流出防止策を講じる必要がある」としている。こうした点も含め、今後の検討が必要となる。

記事の引用は以上です。

国の復興予算を活用できる集中復興期間(2011~15年度)内での整備を見送れば財源確保は困難となり、防潮堤の整備計画は事実上、中断することになるそうです。事業費は100億円を超えると見込まれていたとのこと。

気仙沼市をはじめ、宮城県が巨大防潮堤計画の進行を急ぐ背景のひとつに、〈集中復興期間〉という条件があるのでしょう。つまり、急がないと国の予算が使えない。しかしなんかなあ。巨大防潮堤のための巨大予算。大地震への対策も含め、国としての防災・減災計画にはいろいろとお金がかかります。国としてもう少していねいな議論をしたうえで決めたほうがいいと思うのですが。

最後になりましたが、6月22の河北新報記事を紹介します。
「〈必要、でも高すぎる〉巨大防潮堤に困惑 気仙沼・唐桑」
私はネット配信で読んだのですが、この記事は朝刊第1面のトップに掲載されたそうです。ネット上でも、ツイッターで18万人を超えるフォロワーをもつ毎日新聞出身のジャーナリスト佐々木俊尚さんがリツイートするなど、注目された記事でした。記事には報道部・片桐大介さんの署名がありました。

河北新報6月22日配信記事

防潮堤をめぐる議論の流れが変わってきた。風向きも。その感を強くしています。

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仙台で防潮堤再考

6月23日の東大駒場での会に続く第2回目の「防潮堤を再考するシンポジウム」。7月13日に仙台市の東北学院大学で開催されます。

仙台ポスター
(案内リーフレットの一部イメージ)

東北の未来を考える
防潮堤を再考するシンポジウム 2

日時:7月13日(土)午後1時〜4時(参加無料)
場所:東北学院大学 土樋(つちとい)キャンパス6号館1階601番教室

総合司会:三浦貴子
◎開会の挨拶と問題提起
  佐々木俊三(東北学院大学副学長)
◎現地からの報告
  宮城から 阿部正人(南三陸町立伊里前小学校教諭)
  岩手から 下村恵寿(釜石市唐丹町花露辺地区自治会長)
◎パネルディスカッション
 司会:廣重剛史(早稲田大学 社会哲学)
 千葉昭彦 (東北学院大学 経済地理学)
 占部城太郎(東北大学 進化生態学)
 清野聡子 (九州大学 生態工学)

共同主催:
 東北の未来を考える会
 東北学院大学「震災復興特別講義」
 東北学院大学 災害ボランティアステーション
協力:公益財団法人 瓦礫を活かす森の長城プロジェクト

東北から日本の未来を考える会ホームページ

◎東北学院大学 土樋キャンパスのご案内

土樋マップ

土樋キャンパス案内図

 仙台市青葉区土樋一丁目3-1
 JR「仙台駅」から徒歩20分
 地下鉄「五橋駅」または「愛宕橋駅」から徒歩5分
 バス停「仙台市立病院」前から徒歩5分

会場は500名収容可能とのこと。ぜひ沢山の参加者を得て、防潮堤に関する建設的な意見交換がなされるように願っています。仙台近辺の方々へのお誘い、ご案内をお願いできればと。

6月24日ブログ「駒場で防潮堤再考」
6月19日ブログ「防潮堤を再考する」

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小曽根真in大槌町

まずは業務連絡。7月13日の気仙沼高校(旧気高・旧鼎が浦など)関東同窓会の出席申込みは本日3日が締め切りです。連絡がまだの方はよろしくお願いいたします。

気仙沼高校関東同窓会 総会・懇親会サイト

さて、きのうご紹介した小曽根真さんが提供したというちょっと変わった音源を紹介します。YouTubeから。



これは岩手県大槌(おおつち)町の町内放送で正午に流される「ひょっこりひょうたん島」のテーマ曲です。

小曽根さんは、震災後2011年5月29日には岩手県の大槌町でミニコンサートを開きました。翌日の朝日新聞の報道によれば、〈大槌湾の蓬莱島(ほうらいしま)が「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされ、故・井上ひさしさんや妻のユリさんと交流があったことから、ユリさんが知人の小曽根さんに依頼、「おじゃまでなければ」と引き受けた〉とのことです。また記事では〈この日は「ひょうたん島」のテーマ曲は演奏しなかったが、今後、録音して町内放送で流すという構想もあるという〉と続けています。

井上ひさしさんは、NHK「ひょっこりひょうたん島」の原作者のひとりで山形県出身。高校時代は、孤児院から仙台一高に通いました。その作品『吉里吉里人(きりきりじん)』は1981年刊行。東北の小さな村が独立するというこの小説はかなりの長編ですが、実に面白かった。大槌町にはJR山田線〈吉里吉里〉駅もありますが、この地が小説のモデルということではありません。ウィキペディアでは、〈吉里吉里国〉の位置は、岩手県一ノ関市が比較的近いと記しています。しかし、〈ひょっこりひょうたん島〉や〈吉里吉里〉にまつわる話は、大槌町と井上さんの深い縁を感じさせます。

ごめんなさい、話が小曽根さんから井上さんにとんでしまいました。
小曽根さんの気仙沼でのコンサートは7月6日ですが、その前日5日には大槌町でもコンサートを開催します。また、小曽根さんがゲストとして出演するNHK総合テレビの番組が7月7日に放送されます。収録は6月29日でした。

◎NHKアーカイブス
「岩手 大槌町 よみがえれ!ふるさとの記憶」
7月7日(日)午後1:50〜3:00(全国放送)

6月23日の東大駒場キャンパス〈防潮堤を再考するシンポジウム〉では、大槌町の碇川(いかりがわ)町長から、町の被災や復興の状況についての報告もありました。それを聞いているせいか、YouTubeの〈ひょっこりひょうたん島〉は少しさびしげに響きます。映像にうつる木立の向こうには壊滅的な被害を受けた大槌の町が広がっているのです。その〈失われた風景〉がNHKアーカイブスで映し出されることでしょう。

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小曽根真in気仙沼

6月30日の三陸新報にこんな見出し。

〈ジャズコンサート 7月6日、気仙沼〉

小さな記事でしたので見逃すところでした。人気・実力とも第一級のジャズピアニスト小曽根真(おぞね・まこと)さんが彼の率いるビッグバンド〈No Name Horses〉(ノーネームホーセズ)と共に気仙沼にやってきます。

◎小曽根真 & No Name Horses
◎7月6日(土)午前9:30より
◎気仙沼お魚いちば駐車場(気仙沼プラザホテル下)

東北復興支援キャラバンの一環として気仙沼を訪問するそうです。トラックの荷台部分を特設舞台にしての総勢15名のビッグバンドの演奏とのこと。調べてみたら、2011年9月10日に、早稲田・慶應両大学のOBを中心としたビッグバンド「ハイライトオールスターズ」が気仙沼でコンサートを開催したときにも小曽根さんがサプライズゲストとして演奏に参加しています。会場は今回と同じ気仙沼〈お魚いちば〉。

気仙沼の音楽教室〈サウンドラボ〉斉藤洋介さんがブログでその様子を紹介していましたのでご覧ください。

SOUND LABO音楽教室ブログ

小曽根さんは神戸の出身。1995年の阪神・淡路大震災では自宅が全壊したそうです。国内外での忙しい演奏活動のなかでの被災地訪問は、その自らの経験があってのこと。〈経験を生かす〉とはこういうことをいうのでしょう。

小曽根さん、再びの気仙沼訪問、本当にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。気仙沼の皆さん、7月6日(土)は、気仙沼〈お魚いちば〉駐車場に全員集合! きっと元気が出ますよ。

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故郷の訛なくせし

今日から7月。本日は〈なまり〉シリーズ第3弾(笑)。

27日に紹介したのは石川啄木の歌。

ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく

短歌の世界で、有名な歌を引用して新しい歌をよむことを、本歌取り(ほんかどり)というそうですが、この啄木の歌を本歌にしたとされるのが寺山修司のつぎの作。

ふるさとの訛りなくせし友といて モカ珈琲はかくまで苦し

寺山修司さんは、1935年生まれ。この歌は、歌集『血と麦』(1962年)所収とのことで、刊行時は27歳。青森県出身で出生地は弘前とも三沢ともいわれます。八戸市や青森市で育ち、青森高校を卒業します。寺山さんの訛りとあの語り口はみなさんよくご存じのことと思います。その口調や思想を再現するタモリさんの芸も有名ですね。

この短歌を読んで思い出したことがあります。あるとき、気仙沼出身の知人が、東京で周囲には「仙台出身」と語っていることを知ったのです。そのとき私は、ちょっと複雑な気持ちになりました。東京の人からすれば仙台も気仙沼も似たようなもの(?)かもしれませんが、中高生の私たちにとって仙台は都会でした。東北新幹線もまだない頃、気仙沼から仙台までは国鉄の準急(準急行)利用で3時間かかりました。そんな気仙沼に育った人が出身地を聞かれて〈仙台〉と答えるのは〈小さなうそ〉のように感じたのです。そんなに〈気仙沼〉と答えるのが恥ずかしいのか。

先週土曜29日のNHKドラマ〈あまちゃん〉。GMT(ジーエムティー=地元)47の初期メンバーのひとりで福岡出身とされてきた遠藤真奈ちゃんが、実は佐賀出身であると告白します。アキをはじめほかのメンバーにしてみれば、福岡も佐賀も大した違いはないとの反応でしたが、本人にとっては大違い。〈ぜーんぜーん違う〉。だからこそ、うそをついていたことがつらかったのです。

ナンダッケ、オダクン。マダ、アマチャンの話で終ワンノスカ。

そうです。また〈あまちゃん〉の話で終わりです。〈なまり〉の話はさすがに重いのですが、〈いつわりの出身地〉の話もちょっぴりせつないです。

6月25日ブログ「たんがいでけんね」
6月27日ブログ「故郷の訛り懐かし」

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 寺山修司 ふるさとの訛りなくせし友といて あまちゃん

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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