FC2ブログ

スレートの記憶

きのうの日曜日は横浜の〈赤レンガ倉庫〉で行われたアフリカンフェスタに行ってきました。アフリカ各国や関連NGO・NPOのブースがたくさんならび、楽しい時間を過ごすことができました。その会場に向かうため、地下鉄を降りて地上に出たところにあった歴史的建造物〈横浜市開港記念会館〉の屋根を見たとき、〈そういえばあの話を書くのを忘れていたな〉と。あの話とは気仙沼小学校旧校舎のスレート屋根のことです。

昨年10月に東京駅の駅舎復元が完成し、その屋根にまつわる話がたくさん報じられたとき、気仙沼小学校のスレート屋根のことをブログに書こうと思ったのです。

東京駅の屋根に使われていたスレートは宮城県登米(とめ)市登米(とよま)町産でした。復元工事では、登米産のスレートが大津波で流されたことなどもあり、石巻市雄勝(おがつ)町のスレートも使われました。つまり宮城県はスレート(粘板岩)の特産地。雄勝は同じ粘板岩を使う硯(すずり)石でも有名です。

私たちが通っていたころの気仙沼小学校。3000人が通う、あの〈マンモス校舎〉の屋根がすべてスレート屋根でした。その関係なのでしょう、校庭にはスレートのかけらがよく落ちていました。多くは小さなものでしたが、たまに大きなものを拾うと、石の角で文字を書いたりした記憶があります。石板みたいな感じ。当時はチョークのように使う蝋石(ろうせき)というものもありましたが、スレートには他の石の角を使ったように思います。固い石になにか書けるというのが面白かったのでしょう。

小学生のころはそうしたスレートを使った屋根は珍しくもなんともありませんでした。しかしいまになって考えると、多くの洋風建築に使われた宮城県内の特産スレートをぜいたくに使った屋根だったのかもしれません。正面玄関は気仙大工の伝統を感じさせるていねいな造りだったしね。

気仙沼小学校の校庭を10センチぐらい掘り下げれば、当時のスレートが埋まっているのではないでしょうか。私がわけのわからない文字を刻んだちょっと大きめのスレートも出てくるかもしれません。横浜の歴史的建造物の屋根がそんな半世紀前の記憶を思い出させてくれました。
スポンサーサイト



テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 スレート 雄勝 登米

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
04 | 2013/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示