三陸鉄道開業の年

NHK連続ドラマ「あまちゃん」の〈北三陸鉄道/きたてつ〉のモデルになっている三陸鉄道は、1984年の4月1日に開業しました。詳しくいえば、南リアス線(盛〜釜石)北リアス線(宮古〜久慈)の開業。釜石と宮古の間は国鉄(現JR)の路線がありましたので、この第三セクター方式の三陸鉄道開業によって、三陸海岸を縦断する鉄路が開通したのです。

三陸鉄道2
29年前に購入した『三陸鉄道物語』(菊池弘著)カバー

以前もブログに書いたのですが、私と妻はちょうど29年前の1984年4月30日、この三陸鉄道に乗車しました。前日29日には気仙沼市魚町の五十鈴神社(お神明さん)で結婚式、その後は南町の割烹〈世界〉で披露宴、夜は南町〈あさひ鮨〉本店2階で夫婦双方の友人たちが祝ってくれました。そして翌30日に気仙沼駅から〈新婚旅行〉に出発したのです。

当時はすでに、お神明さんで結婚式をあげると人はほとんどいなかったのですが、幼いころの遊び場でしたし、氏子ということで。そしてちょうど三陸縦貫鉄道開通ということで、新婚旅行を気仙沼〜青森〜函館〜札幌の旅としたのです。妻の恩師で岩波書店の雑誌『世界』編集長もつとめた田村義也夫妻も面白がって同行。青森まではハネムーン&フルムーンという奇妙だけれど楽しい旅行となりました。

しかしこの三陸鉄道は、一昨年の震災で全線不通に。その後、一部区間で運転が再開されていますが、全線再開は1年後となるようです。気仙沼〜盛間のJR大船渡線は鉄道復旧のめどはたたず、今年3月2日にバスを利用した〈BRT〉(バス高速輸送システム)としての運行を開始しました。そして南町の〈世界〉と〈あさひ鮨〉も被災、現在は復興商店街「紫市場」で営業しています。

ドラマ〈あまちゃん〉で何度もうつる〈北三陸鉄道開業日〉の場面。今朝もそのシーンをみて、29年前の〈新婚旅行〉のことをちょっと思い出しました。

2011年5月10日ブログ「27年前、三陸鉄道開業」
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宮藤官九郎さん

NHK連続ドラマ〈あまちゃん〉の作者は、〈クドカン〉こと宮藤官九郎(くどう・かんくろう)さん。〈木更津キャッツアイ〉や〈タイガー&ドラゴン〉、それから私の大好きな〈ピンポン〉などの映画・ドラマの脚本だけでなく、監督や俳優としても活躍しています。43歳。

宮藤官九郎
宮藤官九郎さん(下記「課外授業 ようこそ先輩」番組サイトより)

宮藤さんは、宮城県の栗原市(旧 栗原郡若柳町)出身。県立築館(つきだて)高校卒業です。築館と聞くと、グッと身近に感じますね。栗原市の実家には78歳のお母さんが住んでいます。そして「あまちゃん」の脚本を担当することなどもあって、コメントやらサイン、そして講演依頼などが実家に殺到しているらしいのです。

宮藤さんはいま週刊文春に「いま なんつった?」というエッセーを連載しているのですが、その2月28日号(いつも古くてすみません)には、母親からかかってきた電話がつぎのように紹介されています。

「あんだの通ってた幼稚園が統合されで取り壊されるがら、記念の文集にひと言ケロ」
「なんでもいいがら、ひと言ケロ」

濁音の感じがなかなかいいですね。念のため説明しておくと、〈ケロ〉は〈ください〉。栗原市は気仙沼の西方で結構近いので、言葉もかなり似ているのでしょう。〈ひと言〉も音のニュアンスは〈ひとゴド〉みたいな感じでしょうか。

今日はじめて知ったのですが、宮藤さんは昨年12月29日のNHKテレビ「課外授業 ようこそ先輩」に登場していたのですね。母校の栗原市立若柳小学校をたずね、テーマは「スペシャル 東北弁しゃべろうぜキャンペーン」。再放送しないかな。

「課外授業 ようこそ先輩」番組サイト

そういえば、糸井重里さんもツイッターでおぼえたての〈ケロ〉を面白がって使っていた時期がありました。〈〜してください〉の代わりに〈してケロ〉。少し慣れたら、〈してケライ〉〈してケンネベガ〉にも挑戦してみましょう。〈してけんねベガ〉は〈してくれないでしょうか〉。

気仙沼弁の初心者は〈ケロ〉がら始めんのが いいんでないべが(笑)。

4月25日ブログ NHK「あまちゃん」

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「ラジオ」再放送

今日もNHKのテレビドラマの紹介です。

ラジオ
番組ホームページより

特集ドラマ「ラジオ」ホームページ

特集ドラマ「ラジオ」。3月26日に放送され大きな反響がありました。私は残念ながら見逃してしまったのですが、知人がいうには〈本当によかった。泣けた〉と。放送批評懇談会〈ギャラクシー賞〉3月の月間賞も受賞したこのドラマが、まずは東北6県で再放送されます。

◎特集ドラマ「ラジオ」再放送
4月29日(月)19:30〜20:45
NHK総合テレビ(東北6県のみ)

番組ホームページではこのドラマをつぎのように紹介しています。

「東日本大震災の被災地・宮城県女川町。ここに今も放送を続ける臨時災害放送局がある。震災の一か月後に地元の人たちの手で作られた「女川さいがいFM」である。このドラマは、地域に必要な情報を届けようと集まった、高校生など若いスタッフと地元の皆さんをモデルにしている。
原作となったのは、「女川さいがいFM」にアナウンサーとして参加している女子高生のブログである。そこには、震災からの二年間、被災の現実と向き合いながら、前を向いて歩んでいこうとする若者の胸の内がつづられていた。 被災地で生きる女子高生と彼女を見守る大人たちが織りなす青春群像」

私もこのドラマの再放送を心待ちにしていたのですが、今回は東北6県限定の再放送。なんだかなあ。とにかく気仙沼の皆さんは、29日(月)夜10時からはNHK。是非ご覧ください。

なお、気仙沼の災害FM局「けせんぬまさいがいエフエム」についてはあらためてご紹介します。

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NHK「あまちゃん」

NHKの「あまちゃん」、見てますか?というよりも、今日は〈見でるすか?〉とか〈見でっぺが?〉といったほうが雰囲気でるかもね。

ピクチャ 4
番組ホームページのイメージ

「あまちゃん」番組ホームページ

4月1日から始まったこの朝の連続ドラマ、私は2週目から見始めたのですが、とっても面白い。まだ見てないという方のためにちょっと紹介。

番組ホームページではこう書いています。「主人公は東京生まれの高校生、天野アキ。
ある日、岩手県の小さな漁村に引っ越してきます。
そこで目にしたのは……海女さん。
目を奪われたアキ、なんと海女さんを目指そうと思い立ちます。
やがて高校生の海女さんは、全国から注目を集めます。
小さな町にたくさんの人が押し寄せ、思わぬ展開に……」

詳しいストーリーは番組ホームページを見ていただくことにして、このドラマの魅力をちょっと紹介しましょう。

ドラマ設定の「袖ヶ浜」の「北の海女」は、岩手県久慈市「小袖海岸」の「北限の海女」がモデルになっています。同じく、北三陸鉄道(北鉄)「北三陸駅」は三陸鉄道北リアス線「久慈駅」です。オープニングの三陸鉄道の空撮映像は大船渡線ドラゴンレールを思い出させますし、「袖ヶ浜駅」は鹿折唐桑駅を連想させます。そのほか、ドラマのあちこちに気仙沼や三陸を連想させる物事が満載です。喫茶店/スナックの名は「リアス」。

ドラマで北三陸の方言として多用されるのが「じぇ、じぇ、じぇ」。これは気仙沼でいうところの「ば、ば、ば」です。ほかにも方言が様々使われます。俳優さんのなまりぐあいがちょっと不自然に感じるところもありますが、これはしかたがないですよね。

主人公「アキ」の母親役は小泉今日子/キョンキョンなのですが、1984年の18歳の夏、田舎暮らしがいやになり家出同然に北三陸を離れ東京に出たという設定。ですから2階の部屋は1984年で時間が止まっています。YMO、松田聖子、館ひろし。ラジカセをテレビのスピーカーの前に置いての録音など、なつかしい追想場面もありました。

このドラマのポイントは「アイドル」というテーマ。町おこしのために企画されたコンテストで「ミス北鉄」に選ばれたユイちゃんは、東京に出て〈アイドルになりた〜い!〉と思っています。そしてアキも、北鉄ホームページでの動画紹介がきっかけで地元アイドルのような人気に。しかし今朝は〈なんてったってアイドル〉の小泉今日子ママが、アキに対して「アイドルなんかなれるわけないじゃない、あんたみたいなブスが!」と叫びます。事実とドラマが交錯していく感じが実に面白い。

このへんでやめておきましょう。このドラマの魅力を知ってもらうには、やはり見てもらうしかありません。NHK総合では月〜土の朝8:00からと午後0:45から。日曜午前11時からの「とっておきサンデー」では20分間のダイジェスト版を紹介しています。BSプレミアムでは土曜9:30〜11:00に一週間分をまとめて放送。

この「あまちゃん」関係では、またいろいろと書くと思います。とにかく、いろんなことを思い出させてくれるドラマです。そんなに面白いのかと疑問をもつ皆様へ。

ま、みでがら、かだってけらい。
ま、見てから、語ってください(笑)。

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リアスのアーク2

リアス・アーク美術館の新たな常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」と同美術館の学芸係長である山内宏泰さんについては、4月11日のブログでも紹介しました。その山内さんが、22日(月)の日本経済新聞の文化欄に寄稿していました。

日経
4月22日付日本経済新聞の記事イメージ(クリックで拡大)

文章を抜粋して紹介します。

「着のみ着のままで避難所に逃れ、そのまま半年余りを過ごした人も多い。役所や学校にこもり対応に明け暮れた人もいただろう。自宅を探そうとして危険だと留められたケースもある。一方、メディアで報道されるとのは気仙沼・鹿折地区に打ち上げられた大型船や南三陸町の防災庁舎といった「象徴的」な現場ばかり、気がつけば自分の町内は忘れ去られたまま、更地になったと感じる人は少なくないのである。」

自身や当時の副館長川島秀一さんの被災についても書いています。

「私たち職員の多くも被災している。三陸地帯の漁撈(ぎょろう)史が専門で当時、副館長を務めていた川島秀一氏も母親を亡くされた。自宅は津波で流され、門柱くらいしか残らなかった。自宅跡を調査中、愛用の電動鉛筆削りを見つけ、喜ぶ川島さんの姿が目に焼き付いている。
気仙沼の内湾にあった私の自宅も流れてきたオイルタンクに直撃された。鉄骨4階建て相当のビルが根こそぎなくなっているのを見た時には「嘘だろう」とと絶句。10年前、仲介した不動産屋が津波を心配する私に「一時避難所にもなっているこれがダメなら市内は全滅」と明るく話していたのを思い出した。」

最後にリアス・アーク美術館の役割について述べ結びとしています。

「震災前の2006年、私は明治三陸大津波(1896年)を題材にした展覧会を手掛けた。ところが、市民からの反響はほとんどなかった。危機感がまるで失われていたのである。ここ三陸は数十年に一度、津波に見舞われる。つまり、津波は「未曾有」の災害ではないのだ。私たちには震災の経験を次代に伝える義務がある。リアス・アーク美術館はそのための拠点であり続けなければならないと痛感している。」

この日経新聞朝刊最終面の文化欄は、人気連載「私の履歴書」も掲載されるなど、媒体価値の高い紙面。この山内さんの寄稿文も多くの人が読んでくれたと思います。
リアス・アーク美術館に、気仙沼の方々はもちろんのこと、全国から多くの人が足を運んでくれることを願っております。

4月11日ブログ「リアスのアーク」

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菊池昭洋さん

きのう22日夜のNHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」をご覧になりましたでしょうか。〈ワクワクが才能を呼び覚ます〉。事前にご紹介できなかったのですが、この番組で紹介された麻薬探知犬育成のプロ菊地昭洋さんは、気仙沼高校卒業生。気高38回生ですから私たちの16学年後輩になります。この学年には生島淳さんもいますね。

麻薬犬
番組ホームページのイメージ

菊地さんは、高校卒業後に東京税関につとめ麻薬探知犬の担当となります。そして今は、成田空港にある日本で唯一の訓練機関である東京税関「麻薬探知犬訓練センター」で育成士として活躍しています。番組案内ではつぎのように紹介しています。

「大麻、覚醒剤といった“魔の物質”麻薬。その密輸を防ぐため空港などで働くのが麻薬探知犬だ。その育成の名人・菊地昭洋は、現役の130頭のうち、実に8割を育てた。麻薬探知犬には、極めて薄い匂いをかぎ当てる「集中力」と、一定時間それを維持する「持続力」が求められる。菊地は、言葉の通じない犬から、いかに能力を引き出すのか。キーワードは、“ワクワク”だという。子育て、部下育てにも通じる育ての極意がここにある!」

再放送はつぎのとおり。

◎NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」
 4月25日(木)深夜24:40〜(26日0:40〜)

「プロフェッショナル」番組ホームページ

プロフェッショナルとは?という問いに対し菊地さんは、スガシカオさんの歌うテーマソングをバックにつぎのように答えます。

「 “できない”と言わない人。難しい課題に対しても、何か工夫してアプローチできるかな、と。諦めない、いろんな方法を工夫してトライしていく」

ちょっとてれくさそうに語る菊池さん。とてもかっこよかったですよ。金曜深夜、ぜひ再放送をご覧ください。

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つばきマラソン

事前のご紹介ができませんでしたが、きのう21日(日)は大島で〈気仙沼つばきマラソン〉が開催されました。東北地方に降雪とのニュースを見ていて、気仙沼の天気が気になっておりましたが、雪やみぞれのなか1748名が元気に走り、無事終了しました。

大会を伝える河北新報記事
河北新報続報
日刊スポーツ関連記事(この記事も是非お読みください)

この大会は30回目、震災後初3年ぶりの開催となりました。3km、5km、10km、ハーフ(約21km)の4つの距離コースで年齢別・男女別の部門が設定されています。今回は被災の関係でコースが高台中心に変更されたとのことですが、どこを走るのだろうとコース図を見てみました。

コース図
つばきマラソン・コース図(クリックで拡大)

この地図には大島の南半分が示されています。開会式や選手集合は大島小学校、スタートやフィニッシュは大島中学校そば。この大島中の仮設住宅には、気仙沼高校同級生の〈宮古屋〉熊谷雅裕君夫妻とお母様3人が暮らしています。ここをスタートすると南に向けて時計と反対回りに走ります。地図を見ていると、要害(ようがい)、龍舞崎(たつまいざき)など一応見知っている土地の名はあるものの、ほとんど土地勘がありません。つまり、夏の海水浴で浦の浜から田中浜を左に見ながら小田の浜に向かった道の風景しか知りません。あとは、亀山からのあの素晴らしい展望か。結局、気仙沼出身といいながらも、なにもわかっちゃいないということか。

地図をながめていたら、今年は天候に恵まれなかったものの、春を感じる季節に桜の花をながめながら大島を走ったらどんなにか気持ちがよいだろうと思いました。

雪やみぞれのなか大島を走ってくださった多くの皆様、そしてこの復興祈念大会の開催関係者の皆様、おつかれさまでした。ありがとうございました。

つばきマラソン/公式ホームページ

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20日は気仙沼バル

20日(土)はいよいよ「気仙沼バル」。


「気仙沼バル」ポスター(クリックで拡大)

「バル」は「BAR」のスペイン語読み。スペインの街角にたくさんある立ち飲み屋さんのこと。最近は、地域振興イベントとして「街バル」が各地で開催されています。

「気仙沼バル」もこの「街バル」のひとつ。立ち飲み感覚で気仙沼の復興店舗の「はしご」を楽しんでもらおうという催しです。南町紫市場、復興屋台村気仙沼横丁、気仙沼鹿折復幸マルシェの3つの商店街40店舗が参加。そして、3店舗を回ることができる1冊3枚つづりのチケットは2,300円。各店ではワンドリンク&ワンフードが提供されます。

「気仙沼バル」ホームページ
Facebook「気仙沼バル」

この「気仙沼バル」については、毎日新聞の配信記事がありましたので紹介しておきましょう。これによれば、このイベントを企画したのは、東京の中小企業診断士らで作る「気仙沼復興支援プロジェクト」。実家が被災した気仙沼出身者が呼びかけ、大学の同窓生らが応える形で結成し、手弁当で準備を進めてきたとのことです。

多くの人の協力で開催されるこの「気仙沼バル」。多くの人が集まり、飲んで食べて大いに楽しんでくれればなによりと思います。

毎日新聞4月18日配信記事

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中目黒の写真展

ブログ〈気楽会の気仙沼日記〉で、〈アキヒロ〉さんが東京・中目黒「ナカメアルカス」アトラスタワーで開催されている「気仙沼復興写真展」を紹介していました。きょう18日の午前中に中目黒の会社で会議があったので、その帰りに私も寄ってきました。

気楽会の気仙沼日記

写真展s-thumb
「ナカメアルカス」HPより

この写真展に展示された約50点の写真は、3月1日から15日まで目黒区総合庁舎1階休憩コーナーで開催された「友好都市・気仙沼市復興応援写真展」に展示された約100点の写真から選ばれたもののようです。気仙沼の梅津覚太郎さんの撮影によるものです。

アトラスタワーの2・3階の店舗通路の壁を利用した展示ですからけっして大規模なものではありませんが、震災直後の魚町や内湾の写真を見ていると、やはり独特の感情がこみあげてきます。

気楽会の〈アキヒロ〉さんは私たちの同級生である故小山隆市君の三男です。何枚かの写真にもうつっていた仲町や幸町に自宅と店舗〈コヤマ〉がありましたがすべて流されました。彼は、どんな気持ちでこれらの写真を見ていたのだろうか。そんなことを考えながら帰ってきました。

写真展は、5月7日まで。お近くにおいでの折には是非お立ち寄りください。

こちらは、アキヒロさんの個人ブログ〈マタタビ〉。写真が豊富です。

マタタビ

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橋本純一さん

きのう届いた4月14日の三陸新報を見ていたら懐かしい笑顔が眼にはいってきました。
橋本さんだ!

橋本さん3
三陸新報4月14日付(クリックで拡大)

橋本純一さん。気仙沼高校美術部の2年先輩で部長をつとめていました。デッサンも油絵も、そしてちょっとした漫画なんかを描いても、本当にうまかった。階上中学のときにはたしか生徒会長で、学業成績も優秀。大学は岩手大学に進み美術を専攻しました。

卒業後は、この記事にも書いてありますがデザイナーやイラストレーターとして活動し30歳で渡米。現在はニューヨークで写真のリタッチの仕事をしています。リタッチというのはいま、単なる写真修正を越えて創造性を求められる分野です。橋本さんのあのすばらしい感性と技術が存分に発揮されていることでしょう。

2003年には、新聞「気仙沼かほく」の〈安波山〉というコラムに5回ほどアメリカの生活を伝える文章を寄せていました。橋本さんの活躍ぶりを読んでうれしく思ったものです。

それにしても橋本さんの笑顔は高校のころとまったく変わっていないように感じます。45年前の高1の夏、大島での美術部合宿。早朝に地引き網を体験させてもらったのですが、網にかかったトビウオの刺身がとてもおいしかった。三陸新報の写真を見ていると、そんなちょっとしたことや、橋本さんはじめ美術部の先輩たちの顔を懐かしく思い出します。

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気仙沼港 実況

きのうのブログで紹介した大正11年の気仙沼の映像、いかがだったでしょうか。この映画「気仙沼港実況」の映像を主に使って編集されたのが『けせんぬま写真帖』です。昭和52年に、気仙沼市商店街連合会創立20周年記念出版として気仙沼商工会議所から発行されています。全256頁・定価2000円。私は妻の実家(気仙沼市南町)にあったものをもらいうけていました。

けせんぬま写真帖
『けせんぬま写真帖』表紙

この写真帖に私たちが気仙沼高校に通ったころに国語を教えていた広野武蔵先生が「気仙沼港・実況」という文章を寄せています。映画「気仙沼港実況」を製作したのが、広野先生の父上、広野貞助さん(3代目広野太兵衛)なのです。

紹介した映像の冒頭では少し欠けて読みにくいのですが、撮影趣旨書の最後には、「翠会 代表者 広野貞助」とあります。また、『気仙沼文化年表』(荒木英夫編2003年刊)には、〈水産品評会の記念に広野太兵衛が活動写真「気仙沼港実況」を製作〉との記述がありました。

上記の広野先生の寄稿文から映画製作に関わる部分を紹介します。

「さて、この実写フィルムは、南町にあった常設映画館恵比寿館を経営していた父・太兵衛が製作を企て、これを全三巻にまとめて公開したもので、製作の動機というのは……
鮎貝盛徳町長の時代から新沼綱五郎氏が町長となった大正11年11月、本吉郡物産共進会が開かれた。会場は小学校と水産学校で町全体が祭り気分にわいた。軒先に紅白の幕、大提灯、軒花。町内を山車が練り回り、湾内では大島神社のみこしまつり、そして現気高(気仙沼高校)の中納言原では気仙沼2、千厩、高田の4チーム参加の野球大会があった。こうした行事を中心に、気仙沼の発展ぶりを広く紹介しようというものであった。東京から撮影技師を招いて蒸気ポンプもまじった消防演習、魚海岸の水揚げ風景、軍人分会の訓練、協賛商店の撮影などを先行し、祭り自体は即日上映という当時としてはアッと驚くにたる手段をとった。写真に詳しい父が、技師と二人で活動フィルムを現像、乾燥し焼付を一気にやってのけたのである。写真そのものがまだ珍しかった時代、ましてや活動写真の登場である。果たして人気ふっとう、『大入』がつづいたという。なにせ、当時はカタカタとやかましい音を出す手回し時代、映写機がそれなら、説明(せりふ)はすべてこれ弁士によるものであった。
このフィルムの制作費は、次の協賛団体、商店等がそれぞれの宣伝費として拠出したようだ。すなわち………」(として昨日紹介した商店等の名が続きます)

太兵衛さんは、気仙沼を代表する経済人であったと同時に、たいへんな文化人、趣味人でもあったようです。気仙沼市立図書館も、明治40年に太兵衛氏寄贈の図書、雑誌をもとに気仙沼小学校旧校舎(市内八日町)におかれた児童図書館が発祥です。

文化年表の索引で広野太兵衛(3代)の項目をみると、児童図書館創設・恵比寿館経営・翠会自動車部設立・麻屋開業・映写機寄贈・気仙沼トラック創設・「読書クラブ」・海洋少年団長・大島小に図書寄贈と続きます。1971年没。〈当地方の文化導入の功労者〉との記述がありました。

太兵衛さんと、気仙沼市長をつとめた広野善兵衛さんとの関係がよくわかりませんでしたが、菅野青顔さんの追悼集の中で広野武蔵先生が「三弟の市長」と書いていました。善兵衛さんは太兵衛さんの弟さんだったのですね。

〈気楽会〉のブログがきっかけで知った大正11年の気仙沼の映像。これを見れば誰もが当時の気仙沼の繁栄を感じることでしょう。しかしその7年前、大正4年3月には古町製材所から出火しての大火によって、八日町、三日町、南町など市の中心部のほとんどが焼け野原となりました。映像にうつる商家の多くはその気仙沼大火で一度焼け落ちながらも復興した店舗なのです。おそるべし気仙沼のパワー。海がもたらした豊かな富の蓄積がその復興を支えたのでしょう。年表の記述を追っていくと、経済だけでなく文化的にも豊かだったように感じられます。ベルエポック。気仙沼の古き〈よき時代〉だったのかもしれません。

2013年4月15日ブログ「大正11年の気仙沼」

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大正11年の気仙沼

気仙沼〈気楽会〉のブログで〈ともゆき〉さんという方が珍しい映像を紹介していました。親御さんが15年ほど前の気仙沼のイベントで入手したらしい〈大正時代の気仙沼〉というビデオテープ映像です。

この約30分の映像を見ていたら、どこかで見たことのあるカットが随所に出てきます。もしやと思って調べてみたら、やはりそうでした。1977年に気仙沼商工会議所が発行した『けせんぬま写真帖』で紹介されている主要な写真がこの記録映画からとった画像だったのです。

フィルムタイトル
フィルムタイトル(『けせんぬま写真帖』から)

ブログに紹介されている映像には題名部分が省略されていますが、『けせんぬま写真帖』によればタイトルは「気仙沼港 実況」。制作年は大正11年(1922年)です。映画の主催者名は〈ミドリ会〉(翠会)となっています。この映画の製作にまつわる話はまた明日詳しく紹介しますので、まずは映像をご覧ください。気楽会の〈ともゆき〉さんがユーチューブにもあげてくれました。



ブログ「気楽会の気仙沼日記」

この映画の後半では気仙沼の様々な商家が紹介されています。その名をひろっておきましょう。

富田本店、坂本塩店、トミセン(富田専三郎商店)、博愛舎、浜田屋商店、浜松、村伝、斎直呉服展、酢屋本店、静光館、清水屋、川村履物店、いせかん、千葉医院、日新堂、藤村鉄工所、気仙銀行、小山仕立店、菅原旅館、石田菓子店、気仙沼倉庫、大鍋屋旅館、八十八銀行、松山呉服店、気仙沼商会、木田屋、宮井常蔵、斎藤医院、七十七銀行、藤田屋商店、若生(商店)、栄亭、新●館、船渡活眼印刷所、関屋株式店、横千代呉服店、盛岡銀行、大森薬房、佐藤美髪店、谷村商店、望洋館、桜寿し、新白玉、嶋忠履物店、千葉喜商店、大内薬舗、萬栄堂、森田医院、上武川商店、竹尾商店、気仙沼電気、常磐屋、古川屋、玉屋

私が知っている名も多いのですが、まったく聞いたことのない名前もまじっています。『けせんぬま写真帖』によれば、ここで紹介された店が映画製作に協賛したようです。当時の繁盛店、老舗ということでしょう。

しかし、映像に登場する各店舗の様子を見ていると、当時の気仙沼がいかに活気にあふれ繁栄していたかがよくわかりますね。明日は、この映画の製作にまつわる話を『けせんぬま写真帖』から。
気楽会の〈ともゆき〉さん、貴重な映像紹介ありがとうございました。

2013年4月16日ブログ「気仙沼港 実況」

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ご当地キャラ選挙

日本百貨店協会が主催する「ご当地キャラ総選挙」という催しがインターネット上で行われています。気仙沼のキャラクター〈海の子ホヤぼーや〉もエントリーし、4月21日までの予備選挙投票が始まっています。この予備選挙で選出された各地区3キャラクターが、地区予選に進み、さらに決戦投票を経て、8月上旬の決勝大会にのぞみます。なんかちょっとややこしいコンテスト。

ほやぼーや

12日午後2時現在の東北地区(B地区)の上位3キャラはつぎのとおり。弘前と郡山が健闘しており、ホヤぼーやは3位ですから、一気にまきかえしたいところ。昨年の〈ゆるキャラグランプリ〉では第26位、東北地方では1位でした。

1位 たか丸くん(青森県弘前)57408ポイント
2位 がくとくん(福島県郡山)36779ポイント
3位 海の子ホヤぼーや(宮城県気仙沼)27424ポイント

投票は下記の投票サイトからつぎのように行います。

「ご当地キャラ総選挙」投票サイト

「B地区東北」をクリック
「宮城県」をクリック
「海の子ホヤぼーや」の「キャラいいね」をクリック
 最後に画面下部の「投票する」をクリック

以上です。
1度目(1位3ポイント)、2度目(2位2ポイント)、3度目(3位1ポイント)と最大3度の投票が可能ですが、〈ホヤぼーや〉だけをクリックして他のキャラにはポイントを与えないようにしましょう(笑)。

あっちもこっちも、わけのわからんご当地キャラばっかしという感じで、いかがなものかとつぶやきつつも、わが気仙沼から〈ホヤぼーや〉が参戦したとなれば、みなさんの応援をこうしてお願いしてしまう今日このごろです。

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リアスのアーク

震災で閉館していた気仙沼のリアス・アーク美術館は昨年7月に一部開館となっていましたが、4月3日から全館開館となりました。そして、新たな常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」も開始されました。この常設展示は,震災発生直後から取材した約3万点に及ぶ記録写真の一部と被災資料,さらに三明治三陸大津波,昭和三陸大津波を主とした津波災害についての資料を展示したものということです。

そして4月3日の朝日新聞朝刊「ひと」欄に、この展示を担当したリアス・アーク美術館の学芸係長、山内宏泰さんの紹介記事が掲載されていました。
山内さん
4月3日付朝日新聞朝刊(クリックで拡大)

山内さんは、同美術館に赴任して19年になるといいます。内湾周辺の各所に設置された観光案内パネルに描かれたイラストは山内さんが描いていたはずです。その案内パネルも津波で流されてしまいましたが、記事によれば山内さんは自宅を津波で失いました。

〈アーク〉とは方舟(はこぶね)のこと。旧約聖書に記された〈ノアの方舟〉には、ノアの家族のほか様々な動物たちのつがい(雄雌)ものせられ、大洪水のなかを生き延びました。リアス・アーク美術館も、三陸地方の文化を次世代に伝承しつつ、新たな文化を創造する拠点として設置されたのでしょう。

私はこの美術館に美術作品展示よりも気仙沼を中心とする漁業・漁労文化の歴史資料収集を期待しておりました。昨年3月まで副館長をつとめた川島秀一さんも熱心に取り組んでいました。しかし、その美術館の常設展示に〈東日本大震災の記録と津波の災害史〉が加わることを誰が想像したでしょう。津波の歴史を伝えるという新しい役割が、リアスの方舟に課せられたのですね。

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魚町5区の人たち

今朝7時半ごろ裕美君からメール。早くになにかと思ったら、臼井真人(まこと)君(3年2組)のお母様がなくなったとの知らせ。明日11日が通夜、明後日が葬儀とのことです。謹んでご冥福をお祈りいたします。

さて、おとついのブログにも書いたように、私や佐々木徹君夫妻は気仙沼の旧・魚町5区育ち。真人君も同じです。魚町5区というのは、東はホテル望洋の先、鹿折との境あたり、西は太田の手前までといったところ。小学校のころは子供が沢山いましたから、夏休みには地区の海水浴として大島にいったり、地区対抗の少年野球大会に参加したりしました。そして1年下の民俗学者 川島秀一さんも魚町5区でした。

その川島秀一さんが講師をつとめた6日の「みなとのがっこう」講座の様子が〈気楽会〉のブログで報告されていましたので紹介します。

気楽会ブログ

当日は満員御礼とのことでなによりでした。
なお、このブログにも書かれていましたが、川島秀一さんはこの4月から東北大学 災害科学国際研究所の教授に移籍しました。1年間属した神奈川大学 日本常民文化研究所も歴史ある研究団体ですが、気仙沼に近い仙台にいてくれたほうがなにかと心強い。

川島教授というか、秀一君のますますの活躍を期待しています。

2012年5月25日ブログ「川島秀一さん2」

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鹿折・浦島小統合

きのう8日(月)、テレビ朝日のニュースが気仙沼の鹿折小学校と浦島小学校の統合式の様子を伝えていましたので紹介します。


4月8日テレビ朝日配信

以下はニュース内容。
「東日本大震災の後、被災地では学校の統廃合が相次いでいます。宮城県気仙沼市でも、小学校の統合式が行われました。統合されたのは、気仙沼市の鹿折小学校と浦島小学校です。統合は震災前から計画されていましたが、転校などでそれぞれの地域人口が減り、児童数は計画の7割程度になりました。それでも全校児童は238人と、先月まで5人の6年生とともに学校生活を送っていた元浦島小の児童2人にとってみれば、いっきに仲間が増えました。元浦島小・小松健介君(6年)「不安なところもあるが、楽しみ。これから頑張っていく」。なお、宮城県内では、この2年間で小中学校18校が震災を直接的な理由として閉校になっています」

ニュースは以上です。
新しい鹿折小学校の生徒数は238人か。昨年4月に南気仙沼小学校と統合した気仙沼小学校の生徒数を調べたら約400人。ずいぶん少なくなりました。少数精鋭。50年前、私たちが通っていたころは3000人でしたからね。ちょっと多すぎたかな。粗製乱造(笑)。

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目黒さくら祭報告

土日の目黒のさくら祭。爆弾低気圧到来の予報もあり、金曜日には佐々木徹君から〈自分たちは予定が組まれているので夕方には出発するが、みんなには無理しないように伝えてください〉との連絡がありました。

それでも6日は風は強いものの雨はなんとか持ちこたえているので妻とでかけました。会場には菊田裕美君、鈴木徳一君、津谷中出身気高同窓の佐藤幸則君らが集まってくれました。幸則君は、千葉県市川市の市議会議員をつとめています。

目黒桜まつり
徹君夫妻を囲んで
3人
旧 魚町5区の幼なじみ

2時にはすでに〈あさひ鮨〉さんま寿しも穴子丼も完売とのことでしたが、穴子丼はとりおいてもらったので、なんとか味わうことができました。身が厚くとっても美味しかったです。それとメカステーキやいかぽっぽをつまみにビールでみんなで乾杯。

徹君は奥さんと一緒に上京です。奥さんは、一学年下で実家の隣、カネサの〈キヨコちゃん〉。つまり徹君夫妻と私の3人は、旧魚町5区の幼なじみです。そしてみんなで、魚町の防潮堤計画や建築制限ほか、なんやかやのよもやま話。南町の仮設商店街〈紫市場〉も昨年に比べると客足が落ちているとのこと。ニュースでは知っていても当事者から聞く話はやはり違います。

そんなことを話しているうちに4時を過ぎ、雨も降ってきました。徹君は後片付けもあるので物販会場に復帰、私たちも嵐にならないうちにと会場をあとにしました。

今年のさくら祭は昨日の日曜日も強風でしたし、天候に恵まれませんでしたね。それでも多くの人が来場して気仙沼産品を購入してくれました。また物販コーナーでは、気仙沼コンシェルジュの千田さんをはじめ、東京近辺からのボランティアの方々がいろいろとお手伝いしてくれていました。

気仙沼からの物販チームの方々、お疲れさまでした。また、お手伝いというか〈オデッテー〉の人達もいつも本当にありがとうございます。
また目黒のさんま祭でお会いしましょう。

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みなとのがっこう

土日のイベントとテレビ番組の紹介です。

◎6日(土)みなとのがっこう 講座vol.0
「気仙沼のルーツ・成り立ちを探る(仮題)」
講師:川島秀一(民俗学者)気中21回生

開催日:4月6日(土)
時 間:19:00〜20:40(18:50までに受付をお願いします)
場 所:みなみまちcadocco(カドッコ)/気仙沼市南町2-1-25
参加費:500円
先着25名
http://www.facebook.com/events/473973096007867/
懇親会:21時から「第二笑口会議処」で開催予定(一人3千円程度を想定)
申込:お名前、ご連絡先、懇親会の出欠をご明記の上、kesennuma_kirakukai@yahoo.co.jp までメールにてお申し込みください。
(Facebook上では、まだ残席ありそうですが、当日参加の場合は人数によりご参加できない場合があるそうです。ご了承ください)
主催:気楽会


◎7日(日)NHKテレビ「渡辺謙 僕に、できること」

渡辺謙nhk

俳優の渡辺謙さんがいろいろと気仙沼の復興を応援してくださっていることはご存じの通りです。昨年4月15日のNHKのテレビ番組では、現地気仙沼で磯屋水産の安藤竜司さんと防潮堤計画についても話していました。
あれから1年、今度の日曜日7日のNHKテレビでその続編が放送されます。

NHK総合テレビ「渡辺謙 僕に、できること」
“復興”を見つめた2年
4月7日(日) 午前10時05分~10時53分

NHK「明日へ」番組サイト

以下は番組サイトから。
「俳優・渡辺謙さんは、震災発生直後から、被災地支援を行ってきた。そして2年目も、忙しい仕事の合間をぬい、被災地に足を運び続けた。福島の葛尾村、宮城の気仙沼、岩手の陸前高田と釜石……。番組では、1年目に訪ねた被災地を再訪し、震災2年目の復興の状況を確かめ、人々が復興に向かう姿を見つめ続けた渡辺さんの姿に密着した。昨年4月に放送した「渡辺謙、僕にできること」2回シリーズの続編」

気仙沼をはじめとする被災地をたずねる渡辺謙さん。被災地の今をどのように感じ、どのように語ってくれるでしょうか。見逃さないように録画予約を。念のため。

2012年4月16日ブログ「安藤さんの言葉」

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再び防潮堤勉強会

気仙沼の「防潮堤を勉強する会」が再開されます。勉強会は、昨年8月に発足、10月まで13回にわたる勉強会の報告会を開催してきました。その後は地区ごとの話し合いに移行したこともあって、勉強会は休止していました。しかしその後の行政の動きを見ていると、どうも勉強会などを通じての市民の考えが反映されているようには見えません。そんなこともあっての再開なのでしょう。

防潮堤を勉強する会
第14回勉強会

日 時:平成25年4月6日(土)18:00~
講 師:東北大学名誉教授 首藤伸夫氏
講 演:『大津波への備え』
会 場:気仙沼市民会館 2F 中ホール

防潮堤を勉強する会の発起人のひとりで、NPO法人「森は海の恋人」副理事長の畠山信さんは、3月29日の事務局ブログ「周回軌道」でつぎのように書いていました。

「2012年11月30日に宮城県知事に対して、防潮堤を勉強する会発起人会として、防潮堤に関する要望書と質問状を提出した。質問状に対する返答はあったものの、あまりに酷い返答だった。まるで答えになっていない。と、いうわけで、防潮堤を勉強する会発起人会は、今後新たな展開を迎えることに本日決定した」

NPO「森は海の恋人」事務局ブログ「周回軌道」

「反対する会」ではなくあくまでも「勉強する会」ですよということで活動してきましたが、再開にあたってはちょっと違う展開がありそうです。
今度の土曜日6日の勉強会にどうぞ足をお運びください。

2012年12月7日ブログ「村井知事への質問」

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やっぱ銀座だべ

銀座TSビルの〈東日本復興応援プラザ〉は、気仙沼のアンテナショップとして親しまれながらも昨年8月末で閉店。TSビルも既に解体されています。あのスペースは、気仙沼産品の販売だけでなく、様々な復興支援活動の拠点ともなっていました。そうした縁がもとになり、沿岸部被災地区商工会議所連絡会と銀座地区の企業や商店の有志の方々による、被災地復興支援活動第2弾「やっぱ銀座だべ」プロジェクトがスタートしました。

3月21日に開催されたそのキックオフイベントの様子が、〈気仙沼のほぼ日〉に紹介されています。

銀座だべ

気仙沼のほぼ日便り

時事通信は、このプロジェクトをつぎのように伝えています。

 「やっぱ銀座だべ」は、2011年10月〜12年8月まで開催された被災地の特産品を販売する「東日本復興応援プロジェクトfrom 銀座」をきっかけに発案された復興支援活動の第2弾で、今年4月から正式に活動を開始する。今後は、銀座の企業や商店が持つ「知恵や伝統」を被災地につなげていく人材交流などを進めていくという。
 宮城・気仙沼でのテレビ取材が縁で発起人に名を連ねた阿川さんは、今後の活動について「被災地と銀座の職人の交換留学を考えている。銀座で学んだ職人が被災地でフカひれのスープの店やすし店を開くなど、長期的な視点でビジネスの可能性を広げていきたい」とプロジェクトへの賛同を求めた。
 イベント会場では、被災地と銀座のすし職人により気仙沼をはじめ、岩手・釜石や青森・八戸で水揚げされた食材を使った特別メニューが振る舞われた。イベント後は、JR有楽町駅近くの数寄屋橋公園で東日本の物産品が入った「100円福袋」のチャリティー販売会が開かれ、阿川さんは一人ひとりに手渡し、「やっぱ銀座だべ」とプロジェクトをアピールしていた。

時事ドットコム配信記事

阿川佐和子さんや銀座の方々には、これからもまたお世話になります。
どうぞよろしくお願いいたします。

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目黒のさくら祭

今度の土日曜日に開催される目黒の桜まつりをご紹介します。昨年と同様に、気仙沼からの出店もあり、同級生の〈あさひ鮨〉佐々木徹君(3年1組)も上京します。私たちも6日(土)の午後2時にJR目黒駅改札に集合し、激励に行こうと思っています。ご都合のつく方はぜひご一緒に。今年の東京の桜は開花が早く、6日は花見というわけにはいかないでしょうが、それも一興かと。

◎目黒イーストエリア・桜まつり
日時:4月6日(土)、7日(日)午前11:00〜午後19:00
  (6日は午前10:30より開会式)
会場:田道広場公園(目黒区上目黒2-19-15 目黒のさんま祭の会場)
イベント:各商店街出店・模擬店販売、各種パフォーマンス・大道芸人・各種ダンス等

気仙沼からの物産販売:
あさひ鮨、斉吉商店、ケイ、八葉水産、気仙沼物産振興協会
6日は夕方4時頃まで、7日は午後3時までの販売予定。有志によるイカぽっぽ焼き、メカステーキ焼き、ホタテ貝焼き、地酒販売等も予定

あさひ鮨は、さんま姿寿し100本(土曜日のみ)と、1日200食の限定販売となる穴子丼(1000円)を2日間販売するそうです。徹君によれば〈あさひ鮨の自家製たれで煮込んだ身の厚い三陸産穴子を現場の炭火で炙り、酢飯の上にのせて販売します。価格は1000円と少し高めですが、食べたお客さんは、きっと満足すると思います〉とのこと。当日は美味しいさんま姿寿しと穴子丼の両方をつまみにビールでも飲みましょう。

桜の花のあまりない「桜まつり」はちょっと残念ですが、徹君との再会を楽しみにしています。

2012年4月9日ブログ「桜まつりの報告」

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糸井重里さんの話

きょうは4月1日。年度はじめでもありますし、気分をかえて元気にやっていきましょう。そしてエイプリルフール。小学生のころは〈今日はうそついてもいい日〉といって、たわいもないことを言ってはみんなで喜んでいましたね。

さて、3月30日に朝日新聞デジタル版が糸井重里さんのインタビュー記事を配信しています。気仙沼のことについて語っていますので紹介します。

朝日糸井さん

朝日新聞デジタル版はここから

上記サイトの無料登録で全文閲覧可能ですが、記事を以下に引用させてもらいます。

「今年の3・11は気仙沼で過ごしました。去年に比べると、もちろん大切な日だけれども、意識的に平常営業しようとしている感じでしたね。生活が戻ってきたんですね。仲間とお酒やコーヒーを飲める場所もある。でも、その場所がまだプレハブだということは忘れてはいけない」

「2年たっても、復興はそんなには進んではいない。僕の感覚では1割くらいです。でも、爪痕にではなく、これまでの成果に目を向けられる人が増えた気がします。『被災したおかげで、おれたちはこんなことまでできた』という言葉が、あちこちで聞かれるようになったのは、とても頼もしいことです」

でも、これからが本当の「試合」だ。月に数回のペースで気仙沼を訪ね、「御用聞き」をしながら、被災地・東北のために何ができるか考え続けるなかで、気づいたことがあるという。

「東北には、それぞれの土地の文化が色濃く残っています。もともと海や山の幸がもっているポテンシャルも高い。ただ、あまり市場というものをイメージしてやってこなかったんだと思うんですね。たとえば、僕自身が、すばらしい商品を作ったと思っていても、僕以外にひとりもほしがらなかったら、何にもなりません。多くの人がほしがる『市場』のある商品をつくらないと」

「『ほぼ日』は、プランを作ったり、自分たちが本当にほしいものをかたちにしたり、が仕事の会社。『ほぼ日手帳』はそのひとつです。僕はそこで専門的にやってきたので、得意なことでお役に立てることがあるかな、と」

「市場」を体感してほしくて、これまでに数多くの「お土産」を届けてきた。

「世界水準とまではいわないけど、できるだけこれは一流だね、って思えるものをもっていくんです。何かしら感じてもらって、火が付くといいなと」

津波で流され泥に埋もれていた雄勝スレートや、南三陸町の被災材をつかって作った、居心地のよい「気仙沼のほぼ日」事務所もその一つ。
最大の「お土産」は、昨年3月に気仙沼で行った、落語家・立川志の輔さんの「さんま寄席」。慰問公演が続くなか、「地元の人にちゃんと稼いでもらおう」と、約千人の大ツアーを組み、宿泊や観光、土産物販売などで地元を潤した。
千人が至芸の「中村仲蔵」に酔い、心温まる交流を繰り広げた一日は、地元の人たちにとって、大きな自信となった。
その後も、地元の人たちと一緒に、付加価値が高く、生産者に価格設定の権利がある商品の企画にも携わってきた。

「前やっていたことを再現するのは難しくないけど、未来につながることを考えるのって本当に大変なんです。でも、被災地の企業が生き残り、復興を目指すには避けて通れない道です。条件があまりよくない中で、ゼロからいろいろなものを作んなきゃいけない場に次々遭遇するわけですから、僕らは僕らで、とても鍛えられてます。だから、いつごろからか支援だなんてこれっぽっちも思わなくなりましたね。できることだけ、したいことだけをしている平熱の付き合いです」

9月には、2回目の「さんま寄席」も行われる。

「今だから言えるけど、ものすごくエネルギーを使って働いてきましたから、僕は資本主義者として、ものすごくがめつく、心の利益をとりにいきたい。それは一緒にがんばってきたみなさんの事業が軌道にのり、多くの人に愛されるかどうかにかかってます。そういうとプレッシャーかけちゃうかな」

記事引用は以上です。
3月8日の毎日新聞夕刊に続く、この朝日新聞デジタル版でのインタビュー。こうした糸井さんの情報発信力というか波及力が、気仙沼復興の大きな助けとなっています。いつもありがとうございます。

3月11日ブログ「追悼と感謝の日」(毎日新聞記事の紹介)

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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