浮上式防波堤実験

きのう3月28日午後9時からの「ニュースウオッチ9」で、和歌山県海南市で行われた「浮上式防波堤」の実験を紹介していました。

ピクチャ 1

3月28日「ニュースウオッチ9」ニュース映像

昨年おこなわれた気仙沼の「魚町・南町内湾地区復興まちづくりコンペ」でもこの浮上式防波堤を気仙沼湾に設置する案が最優秀とされました。しかし、その後に県などが現実的ではないとしたことなどで採用されなかった経緯があります。

NHKの放送内容を以下に引用しておきます。

「南海トラフの巨大地震に備えて建設が進められている「浮上式防波堤」を、実際に海上に浮上させる初めての実験が、和歌山県海南市の港で行われました。

「浮上式防波堤」は、南海トラフの巨大地震で最大8メートルの津波が想定されている海南市の和歌山下津港で、去年10月から建設が進められています。
港の入り口の水深13メートルの海底近くに、鋼管と呼ばれる金属製のパイプを埋め込み、津波が押し寄せると、海上7.5メートルまで浮上し、津波を防ぎます。
28日は、近畿地方整備局などの関係者が見守るなか、実際に鋼管を浮上させる初めての実験が行われました。陸上の操作室から海の中に空気を送り込むと、3本の鋼管が一斉に海上に姿を現しました。28日の実験では、想定どおり、7分余りで鋼管を浮上させることができたということです。
近畿地方整備局の宮島正悟港湾空港企画官は、「浮上式防波堤は船の航行を妨げないで津波対策ができる。慎重に工事を進めていきたい」と話していました。
浮上式防波堤が設置されるのは海南市が全国で初めてで、近畿地方整備局は、7年後の平成32年までに全長240メートルの防波堤を完成させる計画です」

引用は以上です。気仙沼のまちづくりコンペで、この「浮上式防波堤」の話を聞いたときには、あまりあてにならない感じがしたものの、内湾に巨大なコンクリート堤防ができるよりもいいかなと思ったりもしたものです。

しかし、国土交通省の組織である近畿地方整備局のこの計画は、いつどこで決定されたものなのでしょうか。ニュースでは、その経緯や建設予算、コンクリート防潮堤との比較などについては触れていませんでした。

気仙沼市の巨大防潮堤計画は、市民からも様々な疑問の声があがりながらも行政主導で進められています。4月6日には「防潮堤を勉強する会」が再スタートするそうです。そうした気仙沼の防潮堤問題を知っているだけに、この浮上式防波堤実験のニュースを見て、ちょっと複雑な気持ちになってしまいました。

2012年5月2日ブログ「コンペ最優秀作
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トモダチ作戦御礼

気仙沼の高校生らが3月26日にアメリカ・カリフォルニア州を訪れ、震災直後、気仙沼大島などで支援に当たったアメリカ軍の兵士たちに感謝の気持ちを伝えたとのことです。共同通信がニュース画像を配信していましたので紹介します。


共同ニュース配信映像(約2分)

このニュースはNHKテレビも取り上げていました。以下は、その内容の要約です。

被災した宮城県気仙沼市の高校生など8人は26日、カリフォルニア州南部にあるアメリカ海兵隊の訓練施設を訪問。
施設では、アメリカ軍の支援活動「トモダチ作戦」に参加し、震災で孤立した大島で活動に当たった兵士も出席して歓迎の式典が開かれました。この中で、気仙沼高校2年生の菊池亜紀さんは「海兵隊の皆さんは海岸を清掃して思い出の品を見つけ出し、私たちに希望を与えてくれました」とスピーチし感謝の気持ちを伝えました。
これに対し兵士の1人が、被災地を離れる際に見送りの人から手渡された紙テープを今も大切に保管していることを紹介すると、涙を流す生徒もいました。
スピーチのあと菊池さんは「いつ助けがくるのか不安な時に海兵隊が来てくれた。ずっと感謝していたので、お礼を言うことができてうれしい」と話していました。


この訪問は、日米の官民による復興支援プログラムの一環で、日本航空と京セラの支援で実現したそうです。皆さん、ありがとうございました。

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桜咲く日曜の日に

先週末の春めいた日とはうってかわって寒い日が続く東京です。

日曜日にはちょっとだけ花見の気分をと思い、近くの多摩川の土手沿いを車で走りました。玉堤の桜もいいのですが、元の巨人軍のグラウンドあたりですこし裏道に入ると、小さな川沿いにちょっとした桜並木もあるのです。八幡様もあったりして、なかなかの眺めでした。

その帰り道、若くして亡くなった知人のお墓参りを思いついて近所のお寺さんに寄りました。善養寺。都の天然記念物指定の榧(かや)の巨木があるのですが、ここのしだれ桜がとてもよかった。寺務所で線香を頂戴し墓でおまいりした後、しばらく桜や様々な石仏をながめて過ごしました。

この日、仙台では母と兄夫婦らが父の墓参りをしていました。兄の娘や孫も一緒。以前は新潟県の新発田に墓がありましたから、なかなかお参りできませんでしたが、一昨年の7月に仙台に移してからはこうしてみんなでお参りできるようになりました。なにより。

そして同じ24日、気仙沼では今年1月14日に亡くなった同級生小山隆市君の納骨が行われました。息子さんのブログで知りました。たしか墓所は観音寺のはず。隆市君が以前ブログで先祖の墓が〈大小合わせて40基以上、なかには古く元禄時代のものもあるとか〉と書いていました。その墓にこんなに早く入ることになるとは本人も思っていなかったことでしょう。

雪峰院隆善和堂居士

隆ちゃんの新しい名前です。〈雪峰院〉って、どんだけ山が好きなんだよってつっこみたいところ。でも自分でつけたわけではありませんね。

なんかこの戒名を見ていたら、津波で流されたコヤマの2階〈珈琲山荘〉の店内にかざってあった雪山の写真を思い出してしまいました。合掌

2011年7月8日ブログ「たましいの故郷」

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大人の休日倶楽部

昨日、仕事をおえて帰宅したらJR東日本の「大人の休日倶楽部/ミドル」の会員誌4月号が届いていました。夫婦分で別々に2部届きます。なかなか〈大人の休日〉を楽しめる余裕もないこともあり、特に見ることもなく1部を私のかばんに入れました。

そして本日かばんから取り出してポリ袋から取り出した冊子の表紙を見てびっくり。よく見た風景がうつっています。復興屋台村〈気仙沼横丁〉の皆さんです。中程の列右側の赤い上着を着ているのが気仙沼中学校の同級生〈あたみ屋〉の〈つきちゃん〉大友(小野寺)つき子さんです。

大人の休日
「大人の休日倶楽部/ミドル」4月号表紙

この会員誌の媒体資料を見てみたら発行部数は約49万部だそうです。表4(裏表紙)に広告を出すと157万円。

記事内容は、まず気仙沼の〈南町紫市場〉、〈気仙沼横丁〉、鹿折の〈復興マルシェ〉を見開き2頁で見せたあとに、石巻や塩竃・名取、亘理の復興商店街を紹介しています。震災から2年たって、集客が厳しいとの報道もある復興商店街ですが、こうして応援してくれるメディアは本当にありがたい。

面白そうだから気仙沼というところに行ってみようかな。
〈大人の休日倶楽部〉で(笑)。

2012年3月30日ブログ「同級生の2店」

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共徳丸4月解体へ

気仙沼市の鹿折地区に打ち上げられたままになっている第18共徳丸ですが、4月中には解体されるようです。本日25日の河北新報が伝えています。

記事によれば、24日に船を所有するいわき市の水産会社「儀助漁業」の柳内社長が気仙沼市役所を訪れ、4月にも船の解体作業の準備に着手する意向を伝えたとのこと。これに対し、保存を目指す菅原茂市長は「これから住民の意向調査を行う。(保存のため)復興交付金や技術的な面の見通しも付ける。その結果で判断してもらいたい」と述べ、最終的な判断を半年間ほど延期するよう要請したそうですが、柳内社長は「たとえ半年でも残すことを良しとしない市民がいる。半年でさまざまな課題が解決できるとは思えないし、価値のある作業とも言えない」と応じない姿勢を示しているそうです。

国の予算化を前提とした保存案ですが、2年たってまだ予算もはっきりとしていません。また今頃になっての住民意向調査というのもなあ。

共徳丸がなくなった鹿折を想像すると、本当になんにもなくなるような気もしてちょっと複雑な気持ちではあるのですが。それが実際の姿、現実ということなのでしょう。

河北新報3月25日記事

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気仙沼ニット

11日のブログで紹介した毎日新聞夕刊での糸井重里さんのインタビュー記事。そのなかに「気仙沼ニット」という言葉が登場していました。「パワーある気仙沼のおかみさんにセーターを手編みしてもらっているんです。速くする競争はあるけど、遅くする競争はないでしょ。そうだ、遅くたって、喜びとか、わくわくがいっぱい詰まったものなら勝てる。むしろ時間のやたらかかるものでないと勝負にならない。被災地の品だからでなく、買う人が心からほしいと思う一流品を提供したい。工場を建てなくてもやれるし。僕はよく空想するんです。いつか東北手工業地帯ができれば、と」

気仙沼ニット
ほぼ日「気仙沼ニッティング」WEBサイトイメージ

これは、糸井さんが「気仙沼のほぼ日」の活動として行っている「気仙沼ニッティング」のこと。先日、古館さんの「報道ステーション」でも取り上げられていましたので、この機会に紹介しておきましょう。

この「気仙沼ニッティング」は、2011年の11月、糸井さんが気仙沼のおかみさんたちが編む最高品質のフィッシャーマンセンターづくりができないかと構想したことから始まります。これを気仙沼の地場産業にできないかという試みです。その経緯は、「ほぼ日」の「気仙沼ニッティング物語」に詳しく書かれていますので、ぜひお読みください。

気仙沼ニッティング物語

物語のなかでも紹介されていますが、昨年の6月には糸井さんらがフィッシャーマンズセーターで有名なアイルランドのアラン島をたずねます。その様子は7月にNHK-BSでも紹介されました。同行したのは、編みもの作家の三國万里子さん、気仙沼の斉吉商店の斉藤和枝さん、御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さん。御手洗さんは、著名コンサルティング会社マッキンゼーを経てブータン政府の首相フェローとして活動していた方で、現在も斉吉さんに下宿しながら、「気仙沼ニッティング」の事業化に取り組んでいます。

そうした準備や、気仙沼での編み物ワークショップなども行いながら、昨年の12月に三國万里子さんデザインの「MM01」ファーストモデルの抽選販売が開始されました。そして先日3月12日からは、3名の編み手による9着のカーディガンの2回目の注文受付がありました。抽選結果は本日3月22日に発表とのことです。まさに限定商品で、定価は14万7千円と高価ですが、前回も多数の応募・注文があったそうです。ありがたいですね。

「気仙沼ニッティング」の編み手さんや商品については次のサイトから。内容が豊富ですので、ゆっくりじっくりご覧ください。

ほぼ日「気仙沼ニッティング」WEBサイト

このなかで御手洗たまこさんが書いていましたが、カーディガンに付いている洗濯タグには、「Made in Japan」ではなく「Hand-knitted in Kesennuma」と記してあるそうです。いいネ!

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杉目先生の命日

きょう3月21日は、気仙沼中学校3年5組の担任だった杉目俊夫先生の命日です。

杉目先生
気中20回生 卒業アルバムのなかの杉目先生

一昨年の震災時、先生は病を得て入院していました。そして、病院の停電など厳しい状況もあり10日後に亡くなったのです。震災さえなければと、つい考えてしまいます。「震災関連死」という言葉がどのように定義されているかを知りませんが、津波や地震が間接的な要因となって亡くなった方は相当な数にのぼるのでしょう。

それから2年。昨年も書きましたが、魚町の通りを、口笛を吹きながら歩く杉目先生がなつかしく思い出されます。そんな若き杉目先生のありし日をしのびながら、冥福をお祈りいたします。

2012年3月22日ブログ「杉目先生を偲ぶ」
2011年10月6日ブログ「杉目先生の口笛」

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報ステ防潮堤特集

13日のブログで、3月11日のテレビ朝日系列の「報道ステーション」における気仙沼防潮堤特集をとりあげました。その内容が番組サイトで紹介されています。動画ではなく文字起こしですが、このほうが情報としては正確で資料性もあるかもしれません。

報道ステーション
報道ステーション番組サイト 画面イメージ

「住民不在で進む“巨大防潮堤計画”」特集内容テキスト紹介

詳しくは上記の番組サイトでお読みいただくとして、冒頭のナレーションのみ紹介しておきましょう。

「被災地の沿岸部で、着々と進む巨大防潮堤計画。岩手県で、今後、修復される防潮堤は100カ所以上で、新たに作られるものも合わせると延べ約83km。費用は2810億円に上る。宮城県では、280カ所以上の防潮堤が被災。新規のものを合わせ、約211kmの防潮堤が計画されている。これには4250億円以上が必要だ。福島県まで含めると、現時点で、合計約8284億円の予算が計上され、多くが、今後3年以内での完成を目指している。被災地の約369kmの海岸線が、巨大コンクリートで囲まれることになる」

また、宮城県の村井知事の発言も紹介しています。
「3年、4年たつと国の予算が切れる。今、予算のあるうちに、100年先を見据えて防潮堤を整備したい。いつまでも協議をしていると、街づくりは進まない。批判はいろいろあるが、取り組んでいく」

私が思うに、地元の人達もただやみくもに反対を叫んでいるわけではないのです。ただ、役所の進め方が住民の声を聞くとしながらも、実際には従来の計画の実行を急ぐばかりに見えてしまうのでしょう。こうしたやり方では、かえって問題をこじらせることになるのではないでしょうか。

3月13日ブログ「報道ステーション」

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うたごころ2012

以前、このブログでも映画「うたごころ」2011年版を紹介しました。この映画は、被災地・南三陸町を舞台に、気仙沼高校合唱部の女子高校生たちがひたむきに生きる姿を追ったドキュメンタリーですが、その後も撮影が進行しており、3月から2012年版の公開が始まりました。そして、今週の土曜日3月23日の午後1時から気仙沼市民会館で、上映会が開催されますのでご案内します。


うたごころ〈2012年版〉予告映像(約3分)

◎うたごころ〈2012年版〉上映会
 日時:3月23日(土)13:00〜15:30(12:30開場予定)
 会場:気仙沼市民会館(気仙沼市笹が陣4-2)
 料金:入場無料(チケットは必要ありません)
 定員:1100名(当日先着順)
 主催:イオン心をつなぐプロジェクト
 問い合わせ:同プロジェクト事務局 電話022-721-8140

当日は、映画上映のほか、榛葉 健(しば・たけし)監督の挨拶もあるとのことです。この映画、通常は有料で公開され、収益は被災地支援活動に寄付されますが、気仙沼での上映会は特別のチャリティー公開として無料で入場できます。

「うたごころ」公式サイト

公式サイトからこの映画の紹介文を引用します。

「東日本大震災の被災地・宮城県南三陸町を舞台に、女子高校生たちのひたむきに生きる姿や、心の奥にある純粋さを描いた映画として、全国で大きな反響を呼んでいるドキュメンタリー映画「うたごころ」シリーズ。
 日本社会が被災地を“ 他人事 ”にしていないかと静かに問うた第1 作《2011 年版》に続き、最新作《2012 年版》では、“ 魂 ”の本質に迫ります。
 現地に通い続けている榛葉 健監督は言います。「震災で生きる希望を無くした人、そして震災に限らず、さまざまな苦難を抱える人たちに、自ら《生きる力》をつかみ取ってもらうために、この映画がある」と。
 被災した人々の“ 想い ”を見せ物にせず、ありのまま伝えることで、地元の方々、そして全国から支持されている「うたごころ」。初めて観る方にもご理解頂けるよう、《2011 年版》の要素を盛り込みながら、新たな心の地平をお届けします。現在、英語版、中国語版を制作中。2013 年、海外にも進出予定」

以上が映画の紹介。そして昨日と今日19日、幕張のイオンタワー1階にて「東北復興マルシェ」が開催されています。仮設住宅でお母さんたちが手作りした手仕事商品をはじめ、海産物や水産加工品、地酒などの岩手、宮城、福島の特産品販売とのこと。主に社員向けのようですが、イオン本社での催しですから、大勢の方が訪れていることでしょう。

映画「うたごころ」の制作にあたっては、気仙沼市唐桑の鮪立出身で気仙沼高校同窓のイオンモール会長 村上教行君がいろいろと尽力しています。東北復興マルシェにしても同様でしょう。教行君はじめイオン関係者の皆様にお礼申し上げます。

どうぞ気仙沼の皆様、23日土曜日の午後は市民会館で「うたごころ」の続編2012年版をご覧くださいますように。

2012年10月19日ブログ 映画「うたごころ」

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岡本夏生in大島

東京のローカルテレビ「TOKYO MX(東京メトロポリタンテレビ)」で、タレントの岡本夏生(なつき)さんの気仙沼大島復興支援活動を紹介していました。TOKYO MXは、都も出資している東京ローカルテレビ放送です。

番組は「5時に夢中!」。「岡本夏生 被災地支援密着ドキュメント」として2回にわたって放送されました。1回目は3月5日。大島中学校を訪問して、全校生徒79人それぞれに、前日に自分で袋詰めした28種類のお菓子の詰め合わせとベンチコートを贈りました。

2回目は3月12日に放送されました。ユーチューブに映像がアップされています。非公式映像ですので、数日で削除されると思いますが、東京ローカルで気仙沼では見ることができませんので、あえてのご紹介。(1回目もアップされていましたが現在は削除)


5時に夢中!「岡本夏生 被災地支援密着ドキュメント」第2回目映像(13分間)

この2回目では、大島の鮮魚店「魚研」の菊田さん、カキ養殖家で消防団員でもある小松さん、そして気仙沼と大島の臨時連絡船「ひまわり」号の船長菅原進さんとのやりとりを紹介しています。

岡本さんはこのテレビ取材訪問のあと、3月9日から11日まで再度大島を訪れ、仮設住宅に住む被災者一人ひとりに各1万円を配布したそうです。計160万円。大島中学を訪問時のお菓子をはじめ、これらは岡本さん自身のお金と募金活動による支援金によるもの。

日曜午前中のテレビ「サンデージャポン」などで、いつもバカをやって笑わせてくれる岡本さんですが、こうした別の一面があったのですね。1回目放送のときはゲストの杉本彩さんが取材映像を見て感激して涙していました。ただの人気とりのための活動でないことがよく分かったからなのでしょう。

岡本夏生さん、本当にありがとうございます。
〈みどりの真珠〉気仙沼大島をこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

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海が奪われる

2月8日のブログ「復興が「人質」に」で紹介した2月6日付毎日新聞夕刊の記事「巨大防潮堤に、本音は反対」。その続報が3月7日の毎日新聞夕刊にありました。記者は浦松丈二さんです。見出しは「巨大防潮堤に海が奪われる」。

防潮堤堤毎日
毎日新聞3月7日夕刊 記事イメージ(クリックで拡大)

リード文はつぎの通り。
「万里の長城のような巨大防潮堤が東日本大震災の被災地に築かれようとしている。本欄(2月6日付)で「巨大防潮堤に、本音は反対」という地元の声を紹介したところ、多くの反響が寄せられた。防潮堤計画の何がそんなに問題なのか? 続報をお届けしたい」

今回とりあげられているのは、気仙沼市大谷地区。防潮堤を砂浜から陸側に後退させる「セットバック案」を住民が要請し、市側が同意したものの、制度の壁が立ちはだかっているというのです。記事の内容がネットで公開されているので是非お読みください。

毎日新聞3月6日東京夕刊記事

ブログでも紹介した〈課長通達〉に関する部分を紹介しておきましょう。

「防潮堤は、国が方針を決め、県知事が計画を策定し、県や市町村などの海岸管理者が設計することになっている。今回の防潮堤の高さを決める方法は、2011年7月8日に国土交通省など関連省庁課長名で出された通知で示された。「数十年から百数十年に1度程度」の津波を防ぐ高さにする内容だ。

不思議なことに通知は、東日本大震災級の津波は「最大クラス」の例外として防潮堤で防げなくてもいいことにしている。同年6月の中央防災会議専門調査会中間報告で示された専門家の見解を踏まえたという。震災で大谷地区の海岸には20メートル級の津波が押し寄せた。あの津波を防げない防潮堤に砂浜を覆われるのは釈然としない。

県担当者が説明する。「今回計画されている防潮堤は明治三陸地震(1896年)の津波に対応したもの。災害復旧事業として費用の3分の2以上が国庫から出る。前の防潮堤が建設された1960年代は県の財政事情が悪く、チリ地震(1960年)にしか対応していなかったから今回は高くなった」
国の補助金が出るから無理にでも通知に合わせて防潮堤の高さを決める、と聞こえる。」

そして記事はつぎのように結ばれています。

「大震災から2年。津波にえぐられた被災地の海岸に、ようやく砂が戻りつつある。防潮堤の巨額予算の一部でも住民本位の街づくりに回すことはできないのか」

まったくそのとおり。毎日新聞の浦松丈二記者に拍手。

前回2月6日の毎日新聞記事
2月8日ブログ「復興が「人質」に」

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さんま寄席、再び

ネット情報を見ていたら、糸井重里さんの次のツイートが目に入りました。

さんま寄席
Twitter画面イメージ(糸井 重里 ‏@itoi_shigesato)

立川志の輔さんの「気仙沼さんま寄席」が今年も開催されるというのです。
9月29日(日)。朗報ですね。

この会は、その収益を「目黒のさんま祭」のさんま代にしようというもの。昨年3月25日のさんま寄席は、全国から大勢の方が気仙沼に来てくれて大成功。さんま代は348万円にものぼりました。

今年のさんま寄席が9月ということは、昨年は9月16日に行われた目黒のさんま祭の後の開催になるのでしょうか。詳細はおって発表されるでしょう。まずは速報ということで。

糸井さんにしても立川志の輔さんにしても、いろいろと大変だろうに。継続してのご支援には、本当に頭が下がります。

志の輔さん、ありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

2012年4月21日ブログ「さんま代発表!」

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報道ステーション

きのうの夜、事務局菊田裕美君から次のようなメールをもらいました。

「3月11日、テレビ朝日の番組「たけしのテレビタックル」と古舘伊知郎の「報道ステーション」で、気仙沼の防潮堤問題を取り上げていました。この両方の映像に、気仙沼高校の同級生熊谷雅裕君がうつっていました。

私には、2月6日付け毎日新聞の東京夕刊記事「本音は「反対」だが……復興が「人質に」口閉ざす住民」や、雅裕君の三陸新報への投稿記事が影響を与えたように思えました。報道ステーションの放送では、農林水産省や国土交通省、経済産業省の官僚たちが、国の復興会議が提言する前から防潮堤のシナリオを書いていたこと、宮城県の復興担当者の官僚通達に沿った硬直した考えかた、国の予算があるうちに防潮堤を作らないと県民の命を守れないと話した村井知事。民意を無視した復興を押し進めようとしている官僚と村井知事に対して、テレビを見ていて憤りを感じました」

いつもは冷静な裕美が珍しく怒っている(笑)。しかし、私も含め多くの人が同じ印象を持ったことと思います。

私は、報道ステーションは録画しておいて見たのですが、テレビタックルは残念なことに見逃しました。両方ともテレビ朝日の番組でした。報道ステーションは、冒頭から25分ほどを使って気仙沼の巨大防潮堤問題を紹介していました。防潮堤問題をとりあげたこれまでのテレビ番組ではもっとも丁寧な報道であったように思います。

裕美君がいう〈官僚のシナリオ〉とは、各省庁の〈課長通達〉のこと。あくまでも県などが防潮堤の高さを算出するための〈参考〉にすぎないというのですが、地方自治体にとっては国からの強い指示に感じることでしょう。

ネットのテレビ番組サイトに両番組の内容が文字として紹介されていました。ポイントはこれでわかりますので是非ご覧ください。また、報道ステーションの特集は少したつとネットで視聴できますので、あらためてお知らせします。

「報道ステーション」内容紹介
「ビートたけしのTVタックル」内容紹介
昨年12月6日のテレビ朝日「モーニングバード」での防潮堤問題報道

それと、裕美君のメールにあった雅裕君の投稿記事と、毎日新聞の記事内容は、つぎのブログで紹介しました。これもぜひ。

2月22日ブログ「大島防潮堤に反対
(雅裕君投稿記事紹介)
2月8日ブログ「復興が「人質」に」(毎日新聞記事紹介)

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ヒカリの中継

昨日3月11日は、さまざまな追悼の催しが行われました。気仙沼の内湾〈鼎が浦〉に3本の光をたちあげる「3月11日からのヒカリ」もそのひとつでした。昨年に引き続き第2回目の開催です。

今回は〈テキスト中継〉という企画があり、点灯前から各地区での様子が写真とコメントで寄せられていました。そして、午後6時半に防災無線を利用して「見上げてごらん夜の星を」が流されて3本のヒカリに点灯。

昨年は天候のせいもあるのか少し見えにくかったとの話も聞いておりましたので、今年はどうだろうかと、東京にいて心配しておりました。しかし、テキスト中継やツイッターを見ていると、〈3本の光がはっきりと見える〉〈きれいです〉との声がつぎつぎと。よかったです。

この〈テキスト中継〉の内容は、プロジェクトの公式サイトで今も見ることができます。是非ご覧になってください。
プロジェクト公式サイトテキスト中継

私たち気仙沼中学校20回生は、震災で及川保則君(3年5組)と鷺(庄司)良子さん(8組)を失いました。そしてこの2年のうちに、私が知る限りでも阿部健樹君(2組)、秋月幸夫君(8組)、小山隆市君(6組)が亡くなっています。親族や知人など大事な人を失った人も多いことでしょう。

そうしたさまざまな思いを3本のヒカリに寄せる。直接見ることはできなくても、あの気仙沼の内湾にたちあがる3本のヒカリを想像することができます。静かではあるけれど、みんなの気持ちを寄せ合うことのできる本当によいプロジェクトだと思います。

実行委員会の皆様をはじめ、多くの関係者の方々に心からお礼申しあげます。
ありがとうございました。

最後に「見上げてごらん夜の星を」。
作詞は永六輔さん、曲がいずみたくさん、唄は坂本九さんです。

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

 手をつなごう ぼくと
 追いかけよう 夢を
 二人なら 苦しくなんかないさ

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

2月19日ブログ「3.11からのヒカリ」

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追悼と感謝の日

きょうは3月11日。あれからちょうど2年たちました。まずはこの震災によって亡くなられた多くの方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。

震災から2年ということで、新聞やテレビでは、多くの特集企画を目にします。そのひとつ、毎日新聞3月8日の夕刊には糸井重里さんの気仙沼での活動が紹介されています。

糸井さん
毎日新聞3月8日夕刊紙面イメージ(クリックで拡大)

記事内容はここから(毎日新聞ニュースサイト「毎日JP」)

聞き手は毎日新聞の鈴木琢磨編集委員。ツイート情報によれば、1時間半近くのインタビューには、原発問題などで冷静な信頼できる情報を発信している斗ヶ沢秀俊記者(@hidetoga)も同席したとのことです。

詳しくは、上記の毎日新聞ニュースサイトでお読みいただくとして、糸井さんの発言を少し拾って紹介しましょう。

気仙沼について糸井さんは、「震災がなかったら、たぶん一度も行かなかっただろうなあ。それが月に1度は足を運ぶようになって、支社の『気仙沼のほぼ日』までつくって。縁としか言いようがない。僕たちはたいしたことないもの。光のさす方向に進もう。この二つを確認してやってきた。同情じゃなく、仕事としてかかわりたかった」と語っています。

<おいしい生活。>のコピーが世に出たのは1983年とのこと。その頃については、「生意気でしたね。どうせ、すごいやつはみんな東京に出てきちゃってるだろって思い込んでいたころです。気仙沼にかかわるようになって、こんなにすごい人がたくさんいるって知りました」と。

支社である「気仙沼のほぼ日」は当初2年を期限にしていましたが、延長するそうです。そして、「気仙沼から陸前高田にかけ、山側にツリーハウスをつくる企画の話を始めています。トム・ソーヤーに出てくるみたいな。ゲゲゲの鬼太郎も住んでた。建築家やアーティストが思い思いに木の上に家をつくって、それを巡礼する。誰しも少年のころに抱いた夢が東北の地で実現できたら」と語っています。これも楽しみですね。

震災の日、というか気仙沼にとってはあの大津波の日から2年。今日まで、実に多くの方々から気仙沼へのご支援をいただきました。糸井重里さんの「ほぼ日」をはじめ様々な支援団体やボランティアの皆様、ありがとうございます。そして震災後の過酷な救助活動などに尽力してくださった自衛隊や消防そして警察の皆様、そうでした米軍のみなさんのことも忘れてはいけませんね、本当にご苦労様でした。そして台湾をはじめとする海外からの支援。また、市や県・国の議会や行政の皆様にもお礼申し上げます。なかなか言い尽くせませんが、皆様のご支援に対して、厚く厚く御礼申し上げます。

これからもどうぞ、私たちが愛してやまない気仙沼をよろしくお願いいたします。

2011年10月28日ブログ「ほぼ日in気仙沼
「気仙沼のほぼ日」開設までの経緯などを書いています

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帰りたい 帰れない

三陸新報に掲載された林(奥玉)小春さん(3年2組)のリレー随想を2月15日のブログで紹介しました。そして小春さんが次にリレー指名した筆者は同級生の渡邊まさ子さん(5組)。小学校から大学まで一緒、母親も同級生だそうです。遅くなりましたが、2月13日に掲載されたその文章を紹介します。
タイトルは「帰りたい、帰れない。」

渡邊まさ子
三陸新報2月13日(クリックで拡大)

「間もなくあの悪夢の日から2年がたとうとしています。今住んでいる南が丘の家から、土台だけが残った幸町、弁天町、潮見町が箱庭のように見渡せ、その中をミニチュアのような車がいたる所を走っています。

1本の幹線をたどり、私の目は潮見町で止まります。
〈まっ白な雪道に 春風香る 私は懐かしい あの街を思い出す〉
この歌を口ずさむと、今は無いあの風景が広がっていきます。

確かにあの日、私たちはそれぞれの生活の中で春を待ちわびていました。その小さく躍る心が2時46分を境に凍りついてしまいました。会社から気仙沼中学校の体育館に避難し、狂ったように余震が続く中、同じ町内に住む友人から届いた「潮見町全滅 !!」のメール。全滅って何? 床上浸水? 家が壊れたって事?
その言葉の意味が分かったのは1週間も後の事でした。道なき道をヘドロやガレキをかき分けながら、ようやくたどり着いたわが家を前にア然 !! 涙も出てこない。出てきたのは私を暖めてくれた電気毛布のコードだけ。震災前の日々がいとしくよみがえってきました。

子供たちが小さい時に結成したドレミの会、婦人部の新年会、腰を痛くしながらの自治会館の草取りやドブ揚げ、踊らずビールや焼き鳥、おでんも食べた盆踊り、市民運動会やママさんフット、両親も狂ったゲートボールの集い。いつか仕事を辞めたら婦人部長になるという小さな野望(笑)も、何もかも持っていかれてしまいました。「津波のバカ野郎ー !!」(中略)

日本中、世界中の人々から温かい支援を頂き、なんとか日々の生活を取り戻しながらも、「なんで私、ここに居るのかナァー」と地に足が着いていない状態。もう一度、潮見町に住みたいヨー。でも、そこは災害危険区域に指定され、私たちは二度と帰る事ができないのです。(中略)

潮見町2区も昨年、解散会をしましたが、年に1回は集まりましょうと約束し、それぞれの復興に頑張っています。「皆さんお元気で。またお会いしましょうネ」。

もし、あの日の2時46分より前に時間を戻す事ができたら、45年間、家族を守ってくれたわが家に「ありがとう。お世話になりました」と感謝の気持ちを伝え、亡くなった方々には「地震の後、大津波が来るから、すぐ高台に逃げてー」と、声を大にして叫びたい。

ご冥福をお祈りします。」

まさ子さんの文章は以上です。いま住む南が丘から、たくさんの思い出がある潮見町を見渡せるというのも、ちょっとつらいですね。まさ子さんにとっては過去形〈潮見町だったところ〉ということかもしれません。

2月15日ブログ「小春さんの3.11」

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月遅れ雑誌有ます

きのう紹介した週刊新潮は1月24日号。オダの雑誌紹介はいつも古いものばかり。その理由は、図書館で借りて読んでいるからです。だいたい他の人が先に借りるので遅くなる。1カ月ほど前に読んだ週刊文春では、まだ野田さんが総理でした。末期だったけど。

小学生のころ、魚町の海岸通りの店先に「月遅れ雑誌あります」と書かれた紙が貼ってありました。語尾は〈有ます〉だったり〈ます〉が四角に斜め線をいれた枡印だったり。佐甚商店など看板に「個人仕込み」と書いてあるお店が多かった。〈個人仕込み〉とは、漁船員さんが個人として船に積み込む食品や雑貨などを購入すること。月遅れ雑誌は、船の中で読むための月刊誌や週刊誌です。たぶん古本ではなく、売れ残ったものを安く流通させるいわゆる〈ぞっき本〉でしょう。

魚町の田中商店(角星の隣の田中砂糖屋さん)の向かいには、小屋みたいな月遅れ雑誌を売っている店がありました。1畳ほどの、露天商に毛がはえた程度の屋台みたいな店。前を通るときに横目で見ると表紙に〈秘〉とか〈実話〉といった文字が見えました。つまり〈エロ本〉です。私の記憶の中では、タオルを鉢巻きにした若い船方さんが一生懸命に雑誌を選んでいます。仕込み中か。

そして私の記憶に間違いがなければ、小屋の軒先に30cmぐらいの棒状の赤や青のセロハン袋で包まれたものがぶら下がっていました。中身は米に熱を加えてふくらませたやつ。関東ではポン菓子というのかな、気仙沼では〈パットライス〉。しかし、なぜにパットライス。

パットライス食いながら読む実話雑誌がサイコー!てか。
これもあれも、昭和30年代、40年代の気仙沼魚町の一風景です。

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生島コールセンタ

ちょっと前の記事で恐縮ですが、雑誌『週刊新潮』1月24日号のグラビア頁に生島博さんが登場していたので紹介します。生島さんは、気仙沼小・中・高の一年先輩です。

コールセンター2
誌面イメージ(クリックで拡大)

記事内容を引用紹介します。

「震災から1年10カ月経った1月11日。妹夫婦を津波で亡くしたフリーアナウンサーの生島ヒロシ氏(62)が故郷・宮城県への足を運んだ。
「気仙沼の人々が働く場を作るため、コールセンター開設の手伝いをしているんです」

宿泊予約や商品販売の電話応対を業務とするコールセンターは、製造業に比べ短期間での操業が可能。他の被災地でも多くの雇用を生んできた。そのノウハウを持つ会社が主体となり、株式会社「気仙沼コールセンター」が誕生したのは、昨年秋。震災2年目を迎える3月までに事業を始める予定だが、課題は多いという。

例えば、センターが間借りする私立気仙沼女子高校。空き教室には、業務に必要なPCが既に用意されているものの、復興特需の業者不足で、電気工事やネット配線が進まない。

別の教室では、採用された地元の被災者約50名がデビューに向け研修中だが、さらなる課題は彼らの“なまり”だ。でも、言葉のプロ・生島氏はこともなげにこう言うのである。

「都会の人には標準語、東北の人には土地の言葉で対応できる、温かいコールセンターを目指せばいい。皆さんが仕事を覚えている間に、私は“営業部長”として顧客集めに励みます。被災地が忘れられたくないですから」

記事引用は以上です。
気仙沼での工事業者不足はよく聞く話ですが、なかなか深刻な問題のようですね。この気仙沼へのコールセンター誘致にあたっては、博さんの弟で(株)生島企画室の代表をつとめる生島隆さんも尽力されていることを付記しておきます。

博さん、隆さん、そしてスポーツジャーナリストの淳さん。生島3兄弟の故郷気仙沼に対する支援に拍手。

コールセンター運営会社の報道資料
本件を伝える産経ニュース

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3.11からのヒカリ

311ヒカリ写真
「3月11日からのヒカリ」公式サイト画面イメージ

3月11日が近づき、テレビでも震災関連の番組が増えてきましたね。3日(日)のNHKスペシャル「"いのちの記録"を未来へ~震災ビッグデータ」を見ていたら、ツイッター情報が気仙沼の中央公民館に避難していた多くの人命救助につながったという紹介で、同級生の林(奥玉)小春さんが登場してびっくり。しかし、猪瀬直樹さんの尽力に触れなかったのはなにか不自然な感じがしました。

前置きが長くなりました。気中20支援会も応援している「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの公式サイトが新しくなっていますので、再度のご紹介。上の画像がトップ画面のイメージです。紹介文を再録します。

このプロジェクトは、東日本大震災が発生した3月11日に、気仙沼市内湾から日の入り後の夜空に3本のひかりを立ちあげ、世界中の人々の気持ちを寄せ合いながら震災の記憶を刻む碑に、そして私たちの未来を照らす灯にしようというものです。

開催日:2013年3月11日(月)
時 間:18時30分から深夜0時まで
会 場:気仙沼市内湾(鼎が浦)
主 催:3月11日からのヒカリ実行委員会
後 援:気仙沼市 / 気仙沼商工会議所 /河北新報「リアスの風」
   (株)三陸新報社 / K-NET

「3月11日からのヒカリ」公式サイト
 金や協賛について(1口1000円から)
 ゆうちょ銀行振込のほかクレジットカードやコンビニ振込が利用できます。

気仙沼の若者を中心としたメンバーで企画・運営されるこのプロジェクト。いろいろと苦労もあるでしょうが、是非成功させて欲しいと思っています。皆さんのご支援もいただければと。よろしくお願いいたします。

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きれいさっぱりと

本日3/4(月) 22:00~22:50 NHK総合テレビ、マギー審司さんの『ファミリーヒストリー』 、録画予約はお済みでしょうか。念のため。

さて先月下旬、ネットに投稿された気仙沼の写真を見て驚きました。エースポートのところにあった市営駐車場の解体が終了し、なんにもなくなっています。言葉は悪いけど〈きれいさっぱり〉と。

「市営駐車場跡地」画像はここをクリック

この写真は、「気仙沼さん」のfacebookページに投稿されていました。「気仙沼さん」は、株式会社ハックが展開する気仙沼産品等のショッピングサイトです。

このあたりは、旧気仙沼魚市場があったところです。1956年(昭和31年)に現在の魚市場が開設するまでは、このあたりが市場前ということになりますね。同級生黒田拓夫君(3年2組)の実家「黒田商店」も市場前の通りに面していました。そんな当時の一等地もすっかり姿を変えました。

私は、市営駐車場ができたとき、周辺の風景が大きく変わったように思えて、あまり好きになれませんでした。周辺には広い用地がありませんでしたから、あのような背の高い(3層式でしたでしょうか)駐車場にするしかなかったという理由もわかるのですが、なんだかなあと。

しかし、そんな駐車場でも、なくなってしまうとなにかさびしい感じもいたします。人の気持ちって勝手なものですね。

facebook「気仙沼さん」

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堤幸彦の記録

今日から3月。関東でも春一番とか。

これまでも気仙沼をなにかとご支援くださっている堤幸彦監督。昨年は、被災地気仙沼を舞台にした「Kesennuma, Voices.~堤幸彦の記録~」を制作しました。そしてこの3月、その続編が完成しテレビ放映されます。今朝、渋谷駅のポスターで知りました。

ボイス

前作はCSでの放送だったので見ていないのですが、3日の深夜に地上波TBSテレビで前作と今作のエッセンスが詰まった1時間版が放送されます。関東ローカルですが、録画して必ず見ようと思っています。

◎「Kesennuma, Voices.~堤幸彦の記録」特別版
 3月3日(日)深夜25:30〜26:30 (4日1:30〜)
 地上波TBSテレビ(関東ローカルのみ)

そして今回の続編ですが、番組サイトから内容を紹介します。

◎「Kesennuma,Voices.2 東日本大震災復興特別企画~2012 堤 幸彦の記録」

映画監督・堤幸彦が描く被災地・気仙沼を舞台にしたドキュメンタリードラマの続編。ボランティア活動で自らの無力感に直面した二人の若者のその後を描く。出演は、生島勇輝と生島翔。妹夫婦を津波に流されたアナウンサー生島ヒロシ氏の長男と次男。自ら被災家族という運命を背負っての出演である。そして、過酷な運命を背負いながら気仙沼の今を生きる人たちも、数多くの証言を残していく。
被災から2年、前作『Kesennuma,Voices. 東日本大震災復興特別企画〜堤幸彦の記録〜』から1年。生島兄弟の体験を通して、その後の気仙沼で困難と直面している人々、復興に向けて生き抜く人々の“声”を記録し、“伝える”ため、堤幸彦が再び『Kesennuma,Voices.2』として描く。

なお、前作『Kesennuma,Voices. 東日本大震災復興特別企画〜堤幸彦の記録〜』は「第2回衛星放送協会オリジナル番組アワード」のドラマ番組部門で最優秀番組に選ばれた。

TBSチャンネル番組サイト

◎動画配信サービス
「TBSオンデマンド」を通じて2013年3月1日より配信されます。
3月1日から11日までは、前作とともに無料での配信。
◎CS放送
「TBSチャンネル1」
初回放送は3月11日(月)午後9時半から11時半の予定。併せて前作の放送予定もあります。

主題歌は、気仙沼の熊谷育美さんが歌う「春の永遠」。これを聴くのも楽しみですね。それでは、3月3日(日)深夜のTBSテレビ。録画予約をよろしく。

2012年3月3日ブログ「堤監督に感謝!」

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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