伊藤文博さんの母

アルジェリアでの人質事件はいたましい結果となりました。
亡くなった日揮社員のひとり伊藤文博さんは、南三陸町の出身でした。その経歴を知って、なんというか私たちの同級生であってもおかしくないなと、ひどく近しい印象を持ちました。

伊藤さんは59歳でした。志津川中学から一関高専へ進み、さらに東京工業大学へ。優秀だったのでしょう。卒業後は日揮に入社、アルジェリア一筋だったといいます。今度の土曜日2月2日には還暦祝いの同級会が予定されており、伊藤さんも参加予定だったそうです。南三陸町のホテルでとのことですから、ホテル観洋でしょう。同級会は18年ぶり。同級生240人のうち、100人以上が集まる予定とのこと。2年前の私たちと同じですね。18年前の同級会は〈厄払い〉でしょうか。

伊藤さんの母親がテレビのインタビューに答え〈息子はとってもやさしい子だった〉と語っていました。82歳になるというそのお母様がひとり暮らすのは登米市内の仮設住宅。伊藤さんの実家は震災で被災したのです。息子が還暦祝いで帰ってくるのをどんなにか楽しみにしていただろう。しかし。気丈に答える母親の言葉を聞いて、たまらなくなったのは私だけではないでしょう。
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豆炭あんか

本日の東京は寒さが少しやわらぎました。しかしまだ寒い日が続きます。14日の大雪の名残が道路の電柱脇などにまだ少し残っています。

先日、私たちが小さなころの気仙沼の寒さを妻と話しておりました。そして思い出したのが〈豆炭あんか〉です。豆炭は、わかりますよね。石炭の粉を小さく固めたやつ。それをコンロかなにかで熱して、弁当箱を3つほど重ねたぐらいの大きさのあんかに入れます。言葉で説明するのが難しいのですが、左右に割れるようになっていて、中の石綿かグラスウールが金属板で押さえられています。豆炭を入れた後は留め金でパチッと留める。

この豆炭あんか、私は中学か高校のころに使っていました。夜から朝まで暖かくとても重宝しました。あんかの外装は樹脂で色はオレンジ色。ネルなどの厚い布のカバーで包みます。酸素供給のためか小さな穴が沢山あいていたような記憶があります。しかし、このディテールの記憶が案外あてにならない(笑)。

小学生のころの我が家のコタツは、炭火でした。朝、母が「牛乳わかし」(これも死語か)のような〈炭おこし〉を使いガスコンロで火をつけていました。炭のあとに練炭(れんたん)コタツにしたところも多いと思いますが、ウチではなぜか使わなかった。そういえば小中学生時代の冬の朝、魚町近辺の家々の前には練炭の燃えかすが形を保ったまま置いてありました。それを蹴飛ばして歩きました。コタツ用の練炭コンロは乳白色の素焼きで脇から小さな煙突状の突起が出ています。その突起の先にフタがあり、それをふさいで火力を調整するのです。

しかし我が家は、炭火コタツの後すぐに電気コタツにしたのかどうか。仙台の母に電話して聞いてみたのですが、その記憶もあいまいです。練炭は使わなかったので、豆炭だったかねえと。母は明日で90歳。50年も前のコタツの記憶が薄らいでも仕方がない歳になりました。ありがたく思っています。

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仙台の仲間たち

1月26日(土)に、仙台にて気仙沼出身者の同年会が開催されました。その様子を平野秀明君が報告してくれましたので、ご紹介します。まずは懐かしい顔がならぶ写真から。
(各写真ともクリックで拡大します)

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今年に入って2度目の大雪の中1月26日(土)18時30分から仙台市一番町「樽」にて在仙気仙沼中学第20回生と高校第22回生同年会が開かれました。参加者は全員で24名。

◎進行役の小松亀一君より挨拶
(少々風邪ぎみとのことでしたがいろいろと頑張ってくれました)
「還暦を過ぎ、人生の一区切りをつけ悠々自適の生活に入った方、第二の職場に入った方、相変わらずの方など色々でしょうが、気中第20回生還暦祝い後1年震災復興支援感謝の集いのあと、仙台でも同年会を開催しようとの声が起こり、20年ぶりの開催となりました。これを機会に旧交を温め、また、気仙沼近辺在住同年生との連絡も密にして少しでも復興のお手伝いをする体制を作ることができればと思います」
◎黙祷
お世話になった感謝をこめ、そのご冥福をお祈りして気中・気高同年生小山隆市君・阿部健樹君の御霊に黙祷。全員起立して約1分間の黙祷でした。
◎乾杯
大雪のなかわざわざ気仙沼からご参加頂いた黒田拓夫君の音頭で乾杯!
◎しばし歓談・参加者近況紹介
震災のこと、仕事のこと、息子がお世話になった某中学校で校長を勤めた同級生がいてびっくりしたり、いままで溜っていた気持ちがここで吹き出したような和気あいあいのひとときでした。
◎黒田君から気仙沼近況報告
「とにかく復興は進んでいません」の一言から始まりました。
◎小山達郎君締めの挨拶
ふるさと気仙沼への復興支援への気持ちのこもった大変良い挨拶でした。
◎その後17人ほどが二次会へ
会場は国分町の村上宗夫君の店「メビウス」。なんでも、宗夫君はこの日で店をしめて気仙沼へ帰るのだとか。上の写真の一番下右は、その入口にて。
◎23時頃解散
皆さま、ご苦労さんでした。記録係の平野でした。

平野君、ありがとうございました。そのほか、昭和42年卒業気仙沼・仙台会(仮称)として、千葉正俊君管理担当での義援金積立口座開設や、仙台近辺在住同年生の氏名・住所等の調査、被災した同年生の状況把握と共有など、支援体制についても話し合ったとのことです。事務局代表は小山達朗君が引き受けてくれたそうです。正俊君も達朗君も、昨年までは在京同年会「けせもい会」のメンバー。退職を機に仙台に居を移しました。変わらず元気にやっているようです。

仙台近辺にお住まいの同年生でこの集まりの案内が届かなかった方がいらっしゃいましたら、どうぞこのブログのメールフォームを利用して当方にご連絡ください。

亀一君や正俊君はじめ幹事役の皆さん、ありがとうございました。仙台の仲間たちの元気にやっている様子がうかがえてなによりでした。

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内湾まちづくり2

内湾
三陸新報1月26日付けより(デジタル配信立ち読み)クリックで拡大


内湾の防潮堤などの計画がどうなったかと気になっておりましたが、先週から大きな動きがありましたので紹介します。

22日夜には気仙沼市魚町・南町地区住民らによる「内湾地区復興まちづくり協議会」(勝倉敏夫会長)の第6回目の会議が開催されました。非公開でしたが、1月24日の三陸新報は関係者の話として次のように紹介しています。

「昨年末に示された県による堤防計画案(コンクリートの直立式)については、魚町側の位置を一部修正した案が提示された。前回は背後の県道を約6mセットバック(後ろにずらす)しなければならなかったが、桟橋側にギリギリ寄せることで約3mにとどめたという。高さは海抜5.2m。

市が提案した土地区画整理事業による盛り土かさ上げには、「魚町の地盤高は、南町と同じ海抜1.3mでもいい」という意見が出たのに対し、市が「自然排水のためにも1.8mは必要」と説明、盛り土と区画整理に支障のある建物は、解体・移転することになるという。

この35人の委員による協議会は決定機関ではなく、24日に市民会館で行われる「全体会」で市と県の計画案や方針が正式に説明される」

以上が三陸新報記事。次が1月25日配信の河北新報が報じた24日の全体会の内容です。

「地盤のかさ上げや道路拡幅を一体的に行う土地区画整理事業を行うのは気仙沼港に面する約11ヘクタールで、地盤を海抜1.3〜1.8m以上にかさ上げし、文化施設や公益施設を建設する。一帯は3月11日以降、建築制限区域から外れるため、市は期間内の区画整理の都市計画決定を目指す。ただ、区画整理の区域内に指定されれば建物の撤去を求められるケースもあり、一部住民から反対の声も出ている。

県から防潮堤の建設計画も示された。異論が残る堤防高は当初より1m低い標高5.2m。フェリー発着所周辺を除き、岸壁沿いに直立型の堤防で囲む形となる。のり面の緑化、目隠しの木々の植栽で景観に配慮する。

災害危険区域の指定の遅れで国の住宅再建支援を受けられずにいる住民を救済するため、菅原茂市長は国の制度に準じた支援を約束した。」

以上が河北新報の記事。
まだ計画が決定したわけではありませんが、流れとしては市や県の計画を基本に進行していきそうです。景観に配慮とはいうものの、内湾の風景は大きく変わりますね。土地区画整理の内容については、計画図が25日の三陸新報に掲載されているそうなのですが、まだ手元に届かないので、詳細はあらためて。

2012年12月29日ブログ「内湾のまちづくり」

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受け継いだもの

事務局菊田裕美君から「昨年12月26日の三陸新報〈リレー随想〉の及川敦史さんは保規君の息子さんです」との連絡がありました。私は見落としていました。及川保規君(3年5組)は震災で亡くなった同級生2名のうちのひとり。もうひとりは鷺(庄司)良子さん(8組)です。

及川さん
紙面の一部イメージ(敦史さんの写真にはやはり保規君の面影があります)

以下、「受け継いだもの」と題する及川敦史さんの文章を抜粋して紹介します。

「気仙沼に戻ってきて6年半ほどの月日が流れました。優しい両親と祖父母、妹の6人家族で幼少期から過ごし、大学進学と同時に、念願であった東京へと歩みを進めました。

さまざまな経験を経て社会に出たわけですが、そこで私はこれまた中・高生の頃からのぼんやりとした夢だった、某ネズミ関係の仕事に就くことができました。その時点では、気仙沼に戻る気は限りなくゼロでした。

気仙沼に戻ることになったのは、「家業を継がないか」という父からの打診がきっかけでした。継がなくても大丈夫と、勝手に思い込んでいた私にとっては寝耳に水でした。しかし、そこで初めて会社の現状や父と母の思いを知ることになり、大人になったつもりの自分が、まだ子どもであると痛感させられました。と同時に、両親や故郷に対する思いにも変化が生まれました。

舞浜でホテルを開業させてホテルマンとして働き、退職してから1年半は、市川のディーラーで修行して気仙沼に戻ってきました。そして仕事や生活も落ち着いてきた頃に結婚し、子どもを授かることができました。私たち夫婦の希望の象徴であったわが子の名前には、「希」という文字を入れました。

震災の日を境に、私の隣から父はいなくなりました。亡くなる状況ではなかっただけに、到底受け入れられるはずもなく、仕事に対しても迷い、苦しい日々が続きました。新築した店舗は、わずか半年でヒビが入り、津波もかぶりました。店長として、父と机を並べたのもわずか半年でした。

1年ほど前、2歳半になり片言だけ話せるようになった息子は、寂しさを口にした母に「あっくんがいるからだいじょうぶ」と言ったそうです。父の優しさは息子の中で生きていました。その話を聞いた時、この子が笑顔で暮らせる気仙沼にしていかなければならないと、決意しました。亡き祖父と父が過ごした気仙沼を、息子の世代へつないでいく---。生きざまを背中で息子に教えられるように、今後の人生を歩んでいきたいです。私も父のように。」

引用は以上です。
筆者紹介を見ると、敦史さんは現在34歳。気仙沼高校から明治大学に進み、卒業後は(ディズニーホテルを展開している)現ミリアルリゾートホテルズに入社。2006年からHondaCars(ホンダカーズ)宮城北・気仙沼店に。現在は店長です。

私たちが小学校のころ、三日町にあった保規君の実家はホンダのバイクを扱っていました。たしか「OK商会」で、その後「オーケーホンダ」となった記憶があります。保規君も父親の跡を継いで、業容を拡大してきました。そして震災。半年前に店舗を新築したばかりといいます。父としてもつぎの発展のため、もうひとふんばりという気持ちだったのではないでしょうか。それだけに、無念だったろうなと。

しかし、〈私も父のように〉と結ぶ息子さんのこの文章を読めば、お父さんもきっと安心するだろうし、喜んでいるのではないでしょうか。保規君は立派な息子さんを持った。私はそう思いました。

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気仙沼河北ビル

1月28日の三陸新報に、気仙沼の河北ビルについての記事がありました。
気仙沼市魚市場前の旧気仙沼河北ビルは津波で1階天井までつかるなど被災しました。市では21日、河北新報社から無償でこのビルの譲渡を受けたそうです。そして仮中央公民館として8月までに共用開始できるよう改修を始めます。27年度までの間、被災し解体した中央公民館の仮施設として使い、その後も庁舎の一部として活用するとのこと。

河北ビル

河北ビルは平成3年の建設といいますから、もう22年も経っているのですね。津波のときには、多くの人があの5階建てのビルに避難し、命を守ることができました。
今月14日に亡くなった小山隆市君もそのひとりでした。一緒に避難した長男裕隆さんのブログだったか寄稿文だったかに、つぎのような言葉がありました。河北ビルの屋上から津波が襲う外をながめて、隆市君が「おわったな」とつぶやいたというのです。細かなところは違っているかもしれませんが、そのつぶやきを知って、大変驚いたことだけははっきりと覚えています。どんなにおそろしい光景だったろうか。自宅も店舗も流されました。

この河北新報ビルの記事を読んで、津波さえなければなと、考えてもしようがないことをまた思ってしまうのです。

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気仙沼プラス

このブログの名は「気中20プラス」ですが、「気仙沼プラス」という気仙沼の復興関連サイトがありましたのでご紹介します。

気仙沼プラス

「気仙沼プラス」

「気仙沼プラス」という名称についてはつぎの説明がありました。
「気仙沼市民を中心に様々な人の力を足し合わせて(プラスして)、復興への歩みをより力強く大きくしていこうという意思表示。これまで以上(+α)の気仙沼を作り上げる意思表示。共に(住民+復興支援団体+行政)歩む意思表示。」

運営協力団体として、一般社団法人「気仙沼復興協会」、公益社団法人「シャンティ国際ボランティア会」、特定非営利活動法人「ジャパン・プラットフォーム」などがありましたので、これらの皆さんが協力して運営していくのでしょう。

内容を見てみると、行政の説明会から様々なイベントの紹介など、幅広く掲載されています。気仙沼復興協会をはじめ、気仙沼で熱心な活動を続けている団体が力を合わせてのこのサイト、是非みなさんもご覧くださいますように。

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リンチーリンさん

本日1月22日(火)NHK・BS1「Tomorrow Beyond 3.11」では、台湾出身の世界的映画女優リン・チーリン(林 志玲)さんが気仙沼市を訪問。保育施設や劇団「うを座」の子どもたちとの出会いなどを紹介します。

台湾女優

1月22日(火)14 :00〜14 :30
NHK・BS1「Tomorrow Beyond 3.11」
リン・チーリン(台湾/女優)〜希望の劇場

(再放送)1月28日(月)(27日深夜 午前3時00分~3時30分)

番組ホームページではつぎのように紹介しています。

「台湾出身の世界的映画女優リン・チーリンは、女優にならなければ学校の先生になりたかったほどの子ども好き。今回気仙沼市を訪ねたチーリンは、被災者向けに開設した託児所や児童保育施設や、演劇を通じて災害から立ち直ろうと気仙沼復興市場で稽古を積む児童劇団「うを座」の子どもたちと出会う。一見、底抜けに明るい「うを座」の子どもたちだが、心を開いてチーリンと話すうちに、それぞれが抱えている苦しみや悲しみが見えてくるのだった」

ネットのWIKI情報では、リン・チーリン(林 志玲)さんは、台湾のモデル兼女優で、「台湾一有名なモデル」といわれているそうです。ジョン・ウー監督『レッドクリフ』のヒロインにあたる小喬も演じています。2011年には私財を投じて慈善基金を設立。自ら会長に就任したうえで、かねてより取り組んでいた児童福祉の活動を本格化させたとのこと。身長174cm、体重52kg、38歳。雑誌『an・an』の「東洋美人」人気投票(2012年)では1位だったそうです。

録画してゆっくり見ます(笑)。

番組ホームページ(サイト画面下方に本日の番組紹介があります)

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気仙沼の2012年

1月9日の三陸新報に、平成24年「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」の候補として22のニュースが掲載されていました。気仙沼にとってどんな一年だったかをふりかえることができるので、紹介しましょう。(一部、長い文章を簡略にしたところがあります)

1:被災地支援の特例、気仙沼で大学入試センター試験実施
2:大島架橋、30年度完成へ向け着手式
3:復興庁発足、気仙沼に支所設置
4:震災後人口流出で7万人切る
5:震災から1年、慰霊・追悼式営まれる
6:南気仙沼小学校閉校。45年の歴史に幕
7:農林水産物の一部からセシウム検出。市が独自調査を開始
8:大島小田の浜が、震災後初、県内唯一の海水浴場として開設
9:気仙沼高校、全国高校軟式野球選手権大会に41年ぶり出場。ベスト8入り
10:ロンドン五輪、パラ五輪で気仙沼勢大活躍。千田健太選手が銀メダル
11:2年ぶり気仙沼みなとまつり、田中前大通りをメイン会場に開催
12:気象庁観測統計開始以来という真夏日連続の猛暑
13:鹿折金山資料館がオープン
14:三陸道歌津〜本吉間、新規事業化から1年以内のスピード着工
15:気仙沼港、生鮮カツオ水揚げ量、16年連続日本一
16:ゆるキャラグランプリ2012で、「海の子ホヤぼーや」全国26位
17:12月7日、三陸沖が震源、M7.3震度4の地震発生
18:がれきの2次処理事業スタート
19:衆議院選挙宮城6区で小野寺五典氏が5度目の当選。防衛大臣に就任
20:JR気仙沼線の柳井津〜気仙沼間で、BRT運行始まる
21:防潮堤整備に市民の関心高まる
22:復興元年。住まいと産業の各種復興事業始まる

これは、市教育委員会と市立公民館が主催しているもので、以上の22候補に対する投票結果で5大ニュースを決定します。市内の学校や施設80カ所に投票用紙と投票箱が設置してあるそうです。締め切りは1月31日。
「気仙沼」の5大ニュースとなると案外えらぶのがむずかしい。お試しください。

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隆市君葬儀 報告

小山達朗君から、17日の小山隆市君の葬儀の様子が裕美君に送られてきましたので紹介します。

「昨日17日小山隆市君の葬儀に千葉正俊君と一緒に仙台から参列し隆市君とお別れをしてまいりました。黒田拓男君や小山謙一君をはじめ大勢の同級生、そして吉田大吉先生も参列されました。まだ雪の残る寒い日でしたが、しめやかではありますが心のこもったほんのりと暖かい雰囲気で大変感動的な葬儀になりました。隆市君がいかに気仙沼を愛し一生懸命生きてきたかの証が列席者の心にこもり、その心が暖かな葬儀になったものと、改めて隆市君の人生に尊敬の念を禁じ得ません。

祭壇でにこやかに微笑む隆市君の故郷気仙沼の復興や被災した同級生への支援、隆市君のご子息の人生など、道半ばで天国に行ってしまった悔しい思い。ご長男の裕隆君や同級生の私たちに「後は頼む」と言われたような気がします。寂しさを強く感じていますが、私たちは隆市君の思いを忘れずにこれからも固い絆で進んで行ければと思います。

隆市君、ありがとうございました」

達朗君、ありがとう。文中にもあった長男裕隆さんのブログに、葬儀の写真がありましたので勝手ながら紹介させてもらいます。

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裕隆さんのブログ

あらためて、小山隆市君のご冥福を心からお祈りいたします。
ありがとうございました。

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大島の木春と柚花

気仙沼大島観光協会が、観光PRのための観光特使「島おとめ」オフィシャルキャラクターの名前を決めたとのニュースを紹介します。

大島キャラ

朝日新聞デジタル版より

キャラクターはふたつで、その名は、ツバキの花をあしらった「木春(こはる)」と、ユズがモデルの「柚花(ゆずは)」。キャラクター名を募集し、北海道から沖縄県まで約70の応募があったとのことですが、はじめて知りました。
このネーミング発表会は、南町の「復興屋台村」で1月14日に行われたそうです。
大雪の中での発表会となったようです。その様子が、「南三陸&気仙沼を体感!“来て見て浜ライン”」というサイトに紹介されていましたので、こちらもご覧ください。

来て見て浜ライン

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カキ屋たちの復興

たまっていた新聞や録画していたテレビ番組を見ていたら、きのう紹介した19日の〈カキフェスタ〉に関しての情報がありましたので紹介します。

まず1月12日(土)の三陸新報から。広島県のカキ漁業者が気仙沼の唐桑や大島の漁業者を何度も支援してくれています。そして、これを機に昨年11月、広島と宮城が提携し、復興をアピールしながら消費拡大につなげようと協定を締結しキャンペーンを展開することになりました。そして17日の池袋でのイベントはその第1弾。イベントでふるまわれるカキ汁2000食は唐桑から、焼きカキ3000個は広島からのものだとのこと。

つぎは1月5日(土)午前11時30分からのNHK総合テレビ〈目撃!日本列島〉の「カキ屋たちの復興」。番組サイトにはつぎの紹介文がありました。
「東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けたカキの一大産地・宮城県。日本のカキを守ろうとライバル・広島の養殖業者=“カキ屋”たちが立ち上がった。広島の男たちは、宮城県気仙沼市を訪れてカキ養殖の命である養殖イカダづくりを支援。現地に資材を提供し、関東で宮城のカキのPRイベントを開くなど、支援を続けてきた。固い絆で結びついた被災地と広島の男たちの再起への1年半を追う」

これは昨年3月7日深夜のNHKテレビのドキュメント「フェイス」〈カキ屋たちの復興〉の続編的な内容でした。広島のお世話役は森尾龍也さん(36歳)、気仙沼・唐桑側のまとめ役は鈴木芳則さん(38歳)です。このお二人の交流が、宮城と広島の2県提携といった広がりにつながったのです。

広島の〈カキ屋〉さん、そして多くの関係者の皆さんに、多大なご支援に対しての御礼を申し上げます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2012年3月19日「唐桑物語Part4」

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1/19カキフェスタ

きのうの隆市君の訃報には多くの同級生が驚き、メールなどで連絡をくれました。本日2時からの斎場に車で向かうときには、コヤマ店舗跡もある仲町大通りを通っていくと、長男裕隆さんがブログに書いていました。

裕隆さんのブログ

以下、隆ちゃんの話を語りながら、イベントの紹介もないだろうと思いつつ。
1月19日(土)に、広島と宮城の2県と漁業関係者が池袋で復興支援イベント「カキフェスタ」を開催します。会場では試食として、焼きかき 3000個、かき汁 2000食がふるまわれるとのことです。試食の際の募金は、三陸地方のかき養殖の震災復興のために寄付されるとのことです。焼き牡蠣、牡蠣汁とも魅力的ですね。かなりの人を集めるのではないでしょうか。菊田裕美君によれば、このイベントのために唐桑と大島から関係者10名が上京するとのことです。

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◎復興支援「カキフェスタ」

日時:2013年1月19日(土)11:00~14:00
場所:池袋西口公園広場(東京都豊島区西池袋1-8-26)
内容:①震災復興の状況 復興状況のパネル展示
   ②かきの消費拡大のためのPR
   (レシピコンテスト入賞レシピカードの配布、かき剥き競争)
   ③かき料理の試食(焼きかき 3000個、かき汁2000食)
    試食の際の募金は三陸地方のかき養殖復興のために寄付されます。
ゲスト:魚食普及活動を行う「ウギャル」さん
    けんみん文化祭ひろしまキャラクター「ブンカッキー」
    広島かきイメージキャラクター 「ヘルシー君」
    宮城県観光PRキャラクター 「むすび丸」

西口公園は、JRほかの池袋駅西口方向すぐのところです。どうぞおでかけください。なお、11日のブログで紹介した、きのう14日渋谷での復興イベントは大雪のために中止。大谷の大漁唄い込み保存会の人達も上京していたのでしょうが、残念なことになりました。

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小山隆市君 訃報

きょう1月14日、午前3時56分に小山隆市君が亡くなりました。
長男裕隆さんのブログを見ていて、先週末あたりから厳しい状況がうかがわれ、心配しておりました。本当に残念です。

そのブログに隆市君が裕隆さんを抱きあげる写真が掲載されていました。いい写真ですね。本日のブログには「苦しむことなく、家族に看取られて幸せな旅立ちでした」と記されています。


裕隆さんのブログより

通夜や葬儀はつぎのとおりです。

1月15日(火)午後2時 火葬(気仙沼市斎場)
1月16日(水)午後2時〜6時 本通夜(アーバンメモリアルホール)
1月17日(木)午前11時   葬儀(アーバンメモリアルホール)
アーバンメモリアル:気仙沼市岩月箒沢20−6(0226-27-4476)

隆市君は津波でコヤマの店舗も自宅も失ったけれど、家族みんなの懸命の努力でお店も再開しました。昨年4月後の入退院については自分のブログに「闘病記」と題して書いていましたが、12月末には「少々お休み致します」とのお知らせ。もう更新されることのないそのブログには今もその文字が記されています。それを見るとなんかせつないです。
隆ちゃん、君は本当によく頑張ったよ。そして、いろいろとありがとう。ゆっくりと休んでください。

2012年6月28日ブログ「隆市君の「闘病記」」

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大谷大漁唄い込み

きょうは1月11日。あれから1年10カ月です。そして、1月14日(月)は成人の日。この日のイベント情報を菊田裕美君が教えてくれました。

渋谷区が行う東日本大震災復興支援イベント〈「結い(ゆい)の心」で復興支援〉。会場は、渋谷の道玄坂や109(イチマルキュー)近辺です。気仙沼からは「大谷大漁唄い込み保存会」が午後2時と3時半の2回にわたり出演します。渋谷区広報ニュースにはつぎのような説明がありました。


地域のために、みんなが力をあわせていこうという「結いの心」。
地域の伝統芸能には、「結いの心」がこめられます。
新春の街に鳴り響く、東北に受け継がれたリズムと旋律が、被災地と渋谷を
「結いの心」でひとつにします。

1月14日(月)成人の日
東日本大震災復興支援イベント
第3回「結いの心」で復興支援
◎109前歩行者天国特設ステージ
気仙沼「大谷大漁唄い込み保存会」(宮城県)13:00/14:30

「山木屋太鼓」(福島県)14:00/15:30
◎109前ステージ
「津軽三味線 黒澤会」(岩手県)13:00/14:30
◎ハチ公前広場特設テント
岩手・宮城・福島の物産展 10:00~17:00

裕美君のメールの末尾には「渋谷区からは、被災地気仙沼に対していろいろな支援をしていただいてる、と感じます」と書いてありました。

お時間が許す方はどうぞおでかけください。

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奥原さんの個展

以前このブログでも紹介したイラストレーターの奥原しんこさん。いま彼女の個展「あたたかいところ」が気仙沼で開催されているのでご紹介します。

会場は気仙沼市八日町のマルト齊藤茶補です。茶補のご主人證明(あかし)さんは私たちの一学年上。その息子さんである齊藤道有さんの美術家としての活動はこのブログでも紹介しました。今回の奥原さんの個展も道有さんのお世話によるものでしょう。

前にも書きましたが、奥原さんの実家は南町の紫さんの坂をのぼって右側の金光教気仙沼教会です。気仙沼中学のときの奥原道樹先生はしんこさんのおじさんにあたります。

個展は、20日(日)まで、平日は正午〜午後6時、土日は午前11時〜午後5時です。私は奥原さんの絵を東京での個展で見ています。とてもいいですよ。今回は気仙沼の風景を描いた作品を選んで展示しているとのこと。みなさんもこの機会に〈奥原しんこの不思議な世界観〉をぜひ体験してください。

2011年5月30日ブログ「紫さんの奥原さん」

テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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雪の気仙沼

今日は朝から外出するなど一日バタバタしていました。いつもであれば、日中にネットで気仙沼情報をながめたりするのですが、いまはもう午後8時過ぎ。
ツイッターの情報を見てみたら、今日の気仙沼は雪が降って、今もずいぶん積もっているようですね。気温も氷点下で、道路がアイスバーン状態になっていたりして、車の利用も注意が必要です。明日の気仙沼の最低気温マイナス6度との情報もあるので、今夜から明日にかけては本当に寒い日が続きます。暖かくしてお休みください。

それと昨日のブログでも紹介した唐桑の滝浜漁港のアザラシ「タッキー」はその後、姿を現さないとのことです。川と違って、海ですからね、沖に戻っていったのでしょうか。

といったような話を紹介して本日はこれまで。さあ、もう一仕事だ!って、かけ声だけは元気です(笑)。

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唐桑の「タッキー」

きのう7日、FNN系列のTVニュースが、気仙沼の港にアザラシが現れたと報じて話題になっています。ユーチューブでも見られますのでご紹介しましょう。

タッキー

ユーチューブ映像はここをクリック

紹介アナウンスはつぎのとおり。「宮城・気仙沼市の漁港に、新年早々、愛くるしい表情をした珍客が現れました。気仙沼市の滝浜漁港に現れたのは、体長70cmほどのアザラシです。気持ちよさそうに、ひなたぼっこをしていました。7日午前8時ごろ、漁協で作業していた人たちが、漁港内を泳ぐアザラシを発見しました。地元の人たちは、漁港の名前「滝浜」をもじった「タッキー」と愛称をつけ、温かく見守っています。近くの漁師によると、三陸の沖合で群れをなしているアザラシは見かけるものの、単独で寝そべる姿は珍しいということです」

滝浜漁港というのがどこかわからなかったのですが、調べたら唐桑半島の東側の港でした。なんか表情がとてもかわいいですね。いつまでいてくれるのでしょうか。

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仮の暮らしの日常

今朝の電車はひさしぶりに混んでいました。車中では混雑で数分遅れとのアナウンス。もう正月気分とはおさらばですね。

ひさしぶりに五右衞門が原の仮設住宅に入っている同級生に電話。正月には息子や娘も来てくれて、楽しい正月になったと語っていました。なによりです。今週末には自治会の新年会もあるのだとか。仮設住宅といいながらも、震災から2年近くも経つと、その生活も日常化しているところもあるのでしょう。話を聞きながら、一年前に仮設住宅のお風呂の追い炊き機能の増設を辞退した人が続出したという話がニュースになったことを思い出しました。その費用をもっと困った人にという話でしたね。あれからもう1年。

電話で彼女が語るには、申し込んでいる市内の公営住宅に入れるとしても3年後の3月だそうです。一番早くできる南小学校跡の公営住宅でも2年後だとのこと。まだまだ続く〈仮の生活〉か。

今年の3月11日には、2年経った被災地の現在といった報道がたくさんなされるでしょう。そしてまた、忘れられてとはいわないまでも、それぞれの日常にかえっていく。それを何度くりかえせば、仮の生活から普通の暮らしに戻れるのでしょうか。仮設住宅だけでなく、ほかの土地で新しい生活を始めている人もたくさんいます。先日も、気仙沼を離れ岩手県一ノ関市に移る人も多いのだという話を聞きました。

しかし、悲観的になってばかりもいられない。お互い健康に気を付けて、元気でよい年にしましょうねと言って10分ほどの話をおえました。

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

正月三が日もあっという間に過ぎて、本日4日の仕事始めです。とはいうものの、仕事は7日からという人も多いのか、電車はかなり空いていました。
今朝の東京は晴天ですがかなりの冷え込みで、予想最高気温は6度です。でも、気仙沼は最高温度が−3度。氷点下3度の予想ですから、それに比べれば9度も高い。

今日の朝、菊田裕美君からつぎのメールが届きましたので紹介します。

新年明けましておめでとうございます。新春のイベント情報ですが、1月5日(土)、6日(日)11時から15時までの予定で、銀座のソニービル屋外のイベントスペース「ソニースクエア」で開催される「新春・伝統芸能披露会」に、気仙沼大島の「磯草虎舞保存会」が参加しますので、田舎の匂いを感じに出かけてみてください。なお、雨天時は中止となる場合があります。

裕美君、ありがとうございました。
今年も同級生のみんなから情報をいただきながらこのブログを続けていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

この新しい年が、少しでもより良い年となりますように。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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