TAO&かもめ食堂

きのう、千葉憲二君から電話をもらいました。〈ブログどうもね〉。そして、10月3日に気仙沼市民会館の外のスペースで、気仙沼で4回目となる炊き出しをすると教えてくれました。「TAO(タオ)」という和太鼓グループが気仙沼でチャリティー公演をおこなうにあたり、その代表が以前からつきあいのある憲二君に声をかけたらしいのです。

憲二君は〈かもめ食堂の“気仙沼仮開店”みたいな感じで、新横浜ラーメン博物館で出しているラーメンをみんなに食べてもらえればと思ってさ〉といいます。

●千葉憲二君〈かもめ食堂仮開店〉みたいな炊き出し
・日時:10月3日(水)10時か10時半頃から夕方まで麺の続く限り
・もちろん無料
新横浜ラーメン博物館「かもめ食堂」

和太鼓グループ〈TAO〉は17年前に結成され、九州の阿蘇くじゅう国立公園のなかにある劇場、稽古場を拠点としながら、これまでに世界17カ国・400都市にて公演を行い、観客動員数は500万人にのぼるとのこと。


TAOのミュージックビデオ(30秒間)

市民会館ホームページによる〈TAO〉の気仙沼公演スケジュールはつぎのとおりです。

・10月2日(火)18:00~22:00 ワークショップ
・10月3日(水)開場18:00開演18:30
「TAOin気仙沼」チャリティー公演(整理券が必要です)

2日のワークショップは、気仙沼の太鼓をやっている人たちが集まるのでしょうね。憲二君によれば〈気仙沼には太鼓のグループや団体が23もあるそうだ〉とのこと。本当に気仙沼の太鼓はたいしたものです。3日の夜の公演に先立っての昼間には、市内の小学生500人を招待しての公演もあるようです。

和太鼓〈TAO〉ホームページ

3日のチャリティー公演は整理券が必要ですが、入手方法がわかりません。憲二君が〈なんとか20枚ぐらいはもらっておこうかなと思ってる〉とのことなので、入場希望者は当日声をかけてみてはいかがでしょう。〈同級生特別枠〉ということで(笑)。

さあ、10月3日は市民会館へ。同級生はもちろんのこと、どうぞ皆様、お誘い合わせのうえお出かけください。〈憲二のラーメン〉美味しいぞ!
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憲二を育てた人々

月刊誌「美楽(びがく)」の9月号に、〈ちばき屋〉千葉憲二君(3年4組)が寄稿していると、菊田裕美君(1組)が教えてくれました。テーマは〈出会いが人間を育てる〉。多くのメディアに紹介されてきた憲二君ですが、自分を育ててくれた多くの人について個人名をあげながら語るのは珍しいと思いました。記事の一部を紹介します。

美楽
「美楽」誌面イメージ(クリックで拡大)

憲二君は〈人間的に成長するためには、たくさんの人と出会うことが大切だと思います〉と前置きして〈その意味では、俺はほんとうに恵まれていました。まわりの人たちには、どれだけ言葉を並べても、感謝の気持ちを言い尽くすことはできません〉と語ります。そしてつぎのように続けます。

〈和食の料理人時代も、たくさんの大切な出会いがありました。師匠はもちろんのこと、厳しく指導してくれた守屋さんや、チャンスを与えてくれた江島社長、そして俺を支えてくれたたくさんの後輩たち。ラーメンに転向してからは、さらに交友関係が広がっていきました。これは、一風堂の河原さんの尽力によるものだけど、ラーメン業界のみんなは、本当に仲がいいんです。残念ながら和食の世界では縦の繋がりは濃くても、横の繋がりはほとんどありません。これはフレンチ、イタリアン、中国料理など他の分野でも同じかもしれませんね。しかしラーメン業界は、誰もが屈託なく話せるネットワークができています。お互いに情報を交換することで、業界全体の底上げになったという点は大きい。それに俺にとっては、夢を語り合える友人のほとんどがラーメン業界の友人です〉

そして〈出会いが人間を育てる。俺は心からそう思っています。これからどんな出会いがあるのか。考えるだけでわくわくしてきます〉と結んでいます。

紹介したこの記事、憲二君を知っている人なら、そこに彼の声を感じることでしょう。飲み会であれば、この後は憲二君の歌声〈stand by me〉が続くのですが(笑)。

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10/27元気にする会

昨年10月に東京・恵比寿で開催された「気仙沼を元気にする会」。今年も10月27日(土)に同じ会場で開催されますのでご案内します。

「気仙沼を元気にする会」ホームページ
ホームページ内容を下記に転載いたします。

それぞれのお立場、分野での復興支援活動に心から敬意を表します。
昨秋、関東在住の出身者を中心に「気仙沼を元気にする会」を開催しましたところ、多くの方にお集まりいただきました。本年も昨年同様に開催し、気仙沼へさらに元気を送りたいと存じます。出身でなくても、気仙沼に愛着をお持ちの方、赴任された方やご親戚が在住されていたり、復興支援で縁ができた方も大歓迎です。みなさまのご参加を心よりお待ち申し上げます。

日時:2012年10月27日(土)
開会 : 午前11時 閉会 : 午後2時  (開場:10時30分)
会 場:銀座ライオン 恵比寿ガーデンプレイス店 TEL:03-5424-1271
    東京都渋谷区恵比寿4-20-3B2F 地下レストラン街 味な小路
参加料:一般 男性5,000円 女性4,000円 学生2,000円(会場受付にて)
お申込み:登録フォームからお申込みください

登録フォームをご利用出来ない方は、メールかFAXにてお申し込みください
メール:genki@ksn-b.com FAX:03-6233-6319
(1)お名前(ふりがな)(2)性別(3)参加人数
(4)学生の方は「学生」とお書き添えください

お問い合わせ:メールでご連絡お願いいたします。
genki@ksn-b.com

恵比寿でまたお会いしましょう。

昨年の様子はつぎのブログに紹介しております。
2011年10月24日ブログ「22日恵比寿報告」

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気仙沼復興ボイス

今度の木曜日、27日夜のNHKテレビ「あなたが主役50ボイス」は、気仙沼で収録した43分間の番組です。

9月27日(木)20:00〜20:43
NHK総合テレビ
あなたが主役50ボイスSP「気仙沼復興ボイス」

落語家の春風亭昇太さんとタレントの小池栄子さんの司会で、9月6日に気仙沼市民会館で公開録画されたものです。この番組のねらいを、ホームページでは、次のように紹介しています。

〈一見なに気ないシンプルな質問を、50人にひたすらぶつけてみると…。意外や意外、そこに浮かび上がって来るのはいまの日本人が抱いている実に様々な夢や希望、不満や本音。 聞いているうちに思わずうなずいたり、感心したり、はたまた元気をもらったり〉

番組ホームページでは、一部動画も見られます。磯屋水産の安藤さんもうつっています。

ボイス
番組ホームページの動画イメージ

また、このブログでも紹介した鹿折中学31回生の8月18日「ひまわり見っぺし」も紹介される予定とのこと。鹿中31の原沢さんが教えてくれました。

気仙沼の〈50人のボイス〉。楽しみですね。どうぞ今すぐ録画予約を。

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3年8組孝允先生

前回の〈鹿折のヒマワリ〉の話の続きです。

鹿折中学31回生のアベさんから、私の気仙沼小学校3年8組担任であった小野寺孝允(こういん)先生の住所などを教えてもらいました。手紙を書こうと思ったのです。でもね、なかなか書けないんだ、これが。50年以上たっていますからね。

結局、電話をかけてみることにしました。21日の午後のことです。呼び出し音が長く続きます。不在かもしれないなと思いはじめた時、やっとつながりました。

〈50年前、3年8組で先生に教えていただいたオダです〉。アベさんが浦島小学校の同窓会で、私のことを話してくれていたからでしょう、すぐにわかってくれました。そしてまずは、鹿中31のブログの話や、私の気小卒業後の話などが続きました。

孝允先生は、気仙沼小学校のあと、松岩小、浦島小、小原木小に転任したといいます。〈浦島小学校もなくなるからねえ〉。浦島小は鹿折小に統合されます。生徒だけでなく、先生たちにとってもさびしいことなのでしょう。

当時の気小3年8組の級友である〈ちばき屋〉千葉憲二君や〈コヤマ〉小山隆市君らの近況や活躍についてもよくご存知でした。〈みんな頑張ってるね〉と。

3年8組
気小3年8組の男子。中央の坊主頭〈コヤマ〉の右が〈ちばき屋〉、左が私オダ。

そして、アベさんがブログのコメントで書いていたことを私にも話します。
〈当時はね、私も30歳ぐらいで若く、「子供はこうあらねばならぬ、こうあって欲しい」という思いが強かった。それで、みんなにそれを押しつけるようなことがあったのではないかと思っているんだよ〉

先生のその一種の〈反省の弁〉は、私にとっては意外なのです。私をはじめ多くの子が孝允先生を慕っていました。そして、私はつぎの思い出を話しました。

気小3年のときに、孝允先生が、日本と米国シアトルを結ぶ貨客船「氷川丸」を〈ひょうせんまる〉と紹介したのです。その誤りに気づいた私はクラスの友達を誘って職員室に行きました。〈先生、あれは「ひかわまる」ではないでしょうか〉。学校の先生の間違いを見つけて得意げな私たちに、先生は〈あ、そうなのか。よくわかったね。先生が間違っていたな〉とニコニコしています。拍子抜け。

この話を聞いた先生は、〈ははは、そんなこともあったかなあ〉といいます。たぶん50年前もそのように笑っていたのでしょう。

そんなこんな、いろんなことを話しましたが、81歳になるという孝允先生の明晰(めいせき)さには驚かされました。先生はいま、50年前と同じく気仙沼の金成沢(かんなりさわ)に住まわれています。住所でいうと気仙沼市渡戸(わたど)。そして米を育てているというのです。そろそろ稲刈りだとか。

ほかにも先生が使っていたカメラの話など、ここには紹介しきれません。孝允先生との15分間ほどの話。私にとって、半世紀前まで暦をめくりもどす、まさに〈還暦電話〉となりました。

2012年5月9日ブログ「昭和の子供 3」

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鹿折のヒマワリ2

8月21日のブログ「鹿折のヒマワリ」に〈「鹿中」は〈ししちゅう〉だろうか〈しかちゅう〉だろうか〉と書いたところ、〈ししちゅう〉であるとのコメントをいただきました。ありがとうございます。そして、ブログ「鹿折中学校31回生+m」の更新を担当しているアベ(旧姓)さんからも、拍手欄にコメントがありました。見にくい場所にありますので、ここに一部を再録します。

鹿折中学
ブログ「鹿折中学校31回生+m」のイメージ(クリックで拡大)

〈(ブログ名の)「m」は無限大・見守り隊・未来の頭文字に由来しています。縁とは誠に不思議なもので、オダさんと私は小野寺孝允先生の教え子という共通点があります。8月18日、浦島小学校の同窓会があり30数年振りに孝允先生にお会いしました。以前、こちらのブログで先生が撮影したお写真を掲載されていたので、その旨をお伝えしたところ、大変懐かしがられておりました〉

驚きました。孝允先生がお元気でいることを知り、アベさんに連絡先などをお教えいただけないかと連絡したところ、間もなく返信がありました。

〈孝允先生は、今年81歳になられたそうですが矍鑠(かくしゃく)としていらっしゃいました。昔話が弾むにつれ、往時を省み「こうあらねばならないという、自分の理想を押し付けるようなところがあった」とおっしゃっておりましたが、教え子を見つめる眼差しの優しさは当時と変わらず、私達も含め、オダさんのことをよく覚えていらっしゃったのには大変驚かされました〉

気仙沼小学校3年のときの担任であった小野寺孝允(こういん)先生。先生が撮影してくれたなつかしい写真を、このブログで「昭和の子供」として何度か紹介しました。しかし、鹿折中学と浦島小学校の縁から孝允先生につながるとは思ってもみませんでした。先生も81歳か。私が気小3年生、第2校舎で教えてもらったときには30歳ぐらいだったのですね。

さて、その後の鹿折のヒマワリ。「鹿中31回生+m」のブログをのぞいてみると、ヒマワリのシーズンは終わりを告げ、コスモスやマリーが可愛い花を咲かせています。10月14日は、ひまわり『お片付けの会』としてみんながまた集まるようです。

ブログ「鹿折中学校31回生+m」

華やかな花の季節が終わり、片付けが終わった同級生の家の跡地。その日、夕焼けがやたらにきれいすぎたりしたらどうしよう。泣いちゃうな、きっと。

鹿折のヒマワリは、鹿中31回生だけでなく、私と孝允先生との縁も50年ぶりにつないでくれました。ありがとう。

8月21日ブログ「鹿折のヒマワリ」

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川島秀一さん4

気仙沼出身の民俗学者川島秀一さんの講演会が9月26日(水)にありますのでご紹介します。一般社団法人「気仙沼サポートビューロー(KSB)」が主催する第3回「KSB復興フォーラム」としての開催です。

KSBフォーラム_3 (クリックで拡大)

今回のテーマは、つぎのように記されています。

「なぜ気仙沼に人は住むのか。そしてどう暮らしてきたのか。風土の宿命である津波を先人たちはいかに乗り越えてきたのか。気仙沼の繁栄と独特といわれる「気仙沼人気質」はどう育まれてきたのか。歴史的、民俗的な観点から、風土に根ざしたこれからの復興の姿を考えます」

第3回KSB復興フォーラム
津波のまちに生きて〜歴史・民俗からみる気仙沼とその復興

講師:川島秀一氏(神奈川大学 日本常民文化研究所研究員)
日時:2012年9月26日(水)19:00〜21:00(開場18:30)
会場:東京しごとセンター 5階セミナー室(千代田区飯田橋3-10-3) 会場案内
会費:1000円(学生500円)
申込みは、Eメールにて(定員50名)forum@ksn-b.com 幹事・齋藤さんまで

同日21時30分より懇親会も開催されます。参加ご希望の方はメールに付記願います。
会場:飯田橋「桜蘭」会費4000円(学生2000円)


平日夜の開催ですが、お時間が許す方は是非ご参加ください。


5月24日ブログ「川島秀一さん」
5月25日ブログ「川島秀一さん2」
6月21日ブログ「川島秀一さん3」

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防潮堤勉強会2

昨日18日発売の『週刊東洋経済』9月22日号に「気仙沼市を揺るがす巨大海岸堤防計画」という4頁にわたる特集記事が掲載されています。気仙沼の大島・宮古屋の熊谷雅裕君がメールで教えてくれました。早速購入。

東洋経済

見出しの脇には、〈5年間に19兆円の巨費が投じられる震災復興。その代表格である海岸堤防の計画が住民を翻弄している〉というリード文。本文を少し紹介します。

「海岸堤防の建設は、5年間で19兆円が予定されている震災復興の中でも、最大級の事業の一つだ。国や宮城県など七つの部署を対象にした本誌の聞き取り調査によれば、宮城県内で計画されている海岸堤防の総事業費は5000億円近くに達する。被害額(復旧事業費)とされる約2180億円をはるかに上回る巨額だ。そのうち気仙沼市内の海岸に投じられる金額は、堤防のカサ上げを含めると2000億円近くに上がるとみられる。だが、その結果として起こりうるのが、海岸の多くがコンクリートの護岸で固められるという事態だ」

そして、〈大島で石油販売業を営む熊谷雅裕さんは、「堤防が建設されれば砂浜や磯は破壊され、生態系が台なしになる。旅館や民宿も廃業に追い込まれる」と危機感を抱く〉と雅裕君の言葉も紹介しています。

続いて〈防潮堤を勉強する会〉や畠山和純宮城県議会議員の〈海とともに生きる暮らしを根底から破壊しかねない〉などの危惧を紹介。記事は次のように結ばれています。

「莫大な予算が投じられる一方で、必要な支援の手が届かない被災地の再建。巨大海岸堤防の建設は、その矛盾の象徴だ」

著名雑誌での4頁にわたる防潮堤問題の特集。この記事が、ほかのメディアの目に触れるなどして、全国的な議論のきっかけになることを願っています。とにかく時間がありません。気仙沼での〈防潮堤を勉強する会〉はきのう18日に10回目の会を開催しています。

この「東洋経済」誌、690円とちょっとお高いのですが、第1特集は「読めば若返る!〜男と女のアンチエイジング最前線」。われわれ還暦世代にとってはお得な一冊かと(笑)。また、〈実はユニークな優良企業〉として「ほぼ日刊イトイ新聞」が6頁にわたり紹介されています。これも面白い。

アマゾンからも送料無料で購入できますのでリンクをはっておきます。

週刊 東洋経済 2012年 9/22号(クリックでAMAZONページへ)

8月18日ブログ「防潮堤勉強会 1」
8月29日ブログ「世古一穂さん」

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コンシェルジュ

16日の〈目黒のさんま祭〉は、〈目黒SUNまつり〉のなかの催しとして開催されました。さんまが焼かれた田道広場公園に隣接する田道小学校の校庭では、SUNまつりの催し〈子供広場〉が設けられ、気仙沼の〈塩づくり体験〉や〈ホタテ貝アート〉などの体験コーナーも。ちょっとのぞいてみると、同級生鈴木(佐々木)真知子さん(3年4組)の長女亜紀さんや、妻の同級生 千田さんらがお手伝いしています。二人とも〈気仙沼コンシェルジュ〉のメンバーです。〈コンシェルジュ〉とは、元々はホテルなどで宿泊客の様々な相談や要望に対応する係の名でしたが、今は〈よろず相談係・おもてなし係〉的な意味で使われることが多いようです。

この〈気仙沼コンシェルジュ〉は、気仙沼のアンテナショップとして親しまれ、8月末で閉店した銀座TSビル〈東日本復興応援プラザ〉などを支援してきた在京気仙沼出身者らを中心とするボランティアグループです。

昨年11月ごろだったでしょうか、妻と店を訪れたとき、法被(はっぴ)を着た男性が話しかけてきて、商品の説明をしてくれました。話の途中で〈実は私たち、魚町と南町が実家で〉と伝えて、互いに大笑い。その男性が、〈気仙沼コンシェルジュ〉の世話役である齋藤岳大(たけひろ)さんでした。26年後輩の気中46回生。

齋藤さんらはフェイスブックを利用して登録メンバーと連絡をとりあい、プラザ1階での販売支援や2階でのイベントの手伝いなど、幅広い活動を行ってきました。銀座以外でも、気仙沼支援のイベントがあると、協力を依頼されるようになったとのこと。7月の中目黒桜まつりでも、多くのメンバーがお手伝い、気仙沼でいうところの〈おでってい〉に集まっていました。私の妻もちょっとだけお手伝いしたので、その活動内容をよく知っているのですが、メンバーの皆さんの頑張りには本当に脱帽するしかありません。

これまで、このグループがきちんと紹介されることが少なかったように思うのですが、9月4日配信の〈銀座経済新聞〉が活動内容をうまくまとめてくれています。是非お読みください。なお、この記事の写真にうつっているのはコンシェルジュのメンバーのほんの一部です。もっともっと多くの人が、まさに縁の下の力持ちとして活動しています。

気仙沼コンシェルジュ
銀座経済新聞のイメージ

銀座経済新聞 記事

銀座のプラザは惜しまれながらの閉店となりましたが、この〈気仙沼コンシェルジュ〉の活動はイベント支援など、まだ続いています。関心のある方は、FACEBOOK(フェイスブック)の「気仙沼concierge」で参加登録することができます。現在は100人以上が登録しているとのことです。

〈気仙沼コンシェルジュ〉の皆様。銀座でのお手伝い、まずはお疲れさまでした。ありがとうございました。そしてこれからも、よろしくお願いいたします。

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「さんま祭」御礼

きのう16日(日)の〈目黒のさんま祭〉。9時半からの開会式ものぞこうと、ちょっと早めに会場に向かいました。目黒川に近づくと向こう岸にわたって既にものすごい行列です。一番最初にならんだ人は前日の午後8時すぎからとか。

まずは目黒区長や菅原茂気仙沼市長の挨拶など、30分ほどのセレモニー。そして10時、気仙沼の〈どや節〉が披露されたあと、5000尾のさんま焼きが開始されました。そして、来賓が列席する式が終わったあとも、気仙沼の人達への支援金の贈呈などがありました。目黒区の小さな子供たちが気仙沼の人達へと募金してくれたお金や、〈市長室にかざってください〉という言葉と共にサンマの絵も菅原市長に託されました。そしてボーイスカウトからも。本当にありがとう。皆さんのあたたかい気持ちが私たちにも伝わってきました。

子供さんま
大人たちは、左から青木目黒区長、菅原気仙沼市長、松井敏郎気仙沼実行委員会会長、熊谷伸一市議会副議長

私たちは、サンマを食べることは最初からあきらめています。まずは列に並んで手に入れたあさひ鮨の〈さんま姿寿司〉や気仙沼伝統の〈しそ巻き〉などをつまみにビールをいただきました。うまかった。そうこうしていると、気仙沼からの3台のバスで上京したひとり、佐々木徹君(3年1組)が〈さんま寿司はもう完売。去年より早い〉といいながら顔を出してくれました。そして歓談。

さんま祭2012
徹君(左から3人目)を囲んで

会場では、さんまのすり身汁も1杯100円で販売です。これは、さんま祭の人気メニューでしたが、昨年は震災で提供できず、今年やっと復活しました。その販売テントをのぞいてみると、なんと同級生の荒木容子さん(10組)が! 長い長い行列をつくっている大勢の方々にニコニコと満面の笑顔ですり身汁を手渡していました。ご苦労さま。ありがとう。

荒木容子
左が荒木さん

会場の様子は、〈気仙沼さんま寄席〉でも大変お世話になった、ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)のテキスト中継を是非みてください。写真も豊富ですし、ていねいにリポートしてくれています。このテキスト中継でも報告されていますが、立川志の輔さんと糸井重里さんもサンマ焼き隊に加わってくれました。

さんま焼き隊
さんま焼きの様子。26mの焼き台に250尾がならびます。煙で先が見えません

「ほぼ日」目黒のさんま祭・テキスト中継

今年3月の〈気仙沼さんま寄席〉に遠くから集まってくださった人達、何時間もならんで気仙沼のサンマを食してくれた来場者の皆様、そしてボランティアをはじめ目黒区や気仙沼市の方々、ありがとうございました。

なにかと世情が騒がしいこのごろですが、目黒のあの善意に満ちた会場にいて、私たちが守ろうとしていることのひとつが、なんていうのか、この感じ、この空気なのではないかと実感しました。

多くの関係者の皆様に御礼申し上げます。

目黒のさんま祭について

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9/16目黒のさんま

今度の日曜日 9月16日はいよいよ目黒のさんま祭。先週の日曜は品川区側のさんま祭で、岩手県宮古市のさんまがふるまわれました。今週は目黒区の祭、そして気仙沼のさんまです。

第17回目黒のさんま祭
月日:9月16日(日)
時間:10:00〜15:00
場所:目黒区田道広場公園

ほぼ日の糸井重里さんらと気仙沼市の有志によって企画・開催された立川志の輔さんの〈気仙沼さんま寄席〉の収益金約350万円によるサンマも焼かれることになりますね。ありがとうございました。

会場は、JR目黒駅の西口(改札を出て左側)から、目黒通りか権之助坂を下ります。400mほどいくと目黒川にぶつかります。橋を渡る手前を右折して300mぐらいいくと田道広場公園です。駅から12〜13分という感じでしょうか。目黒駅の西口に案内が出ているそうですのでご確認ください。

私たちは、9時半に目黒駅改札で待ち合わせです。駅で〈いかにも気仙沼〉みたいな顔をして集まっているグループは、きっと私たち(笑)。ぜひ声をかけてください。

それでは今度の日曜日、目黒で会いましょう。

ほぼ日「目黒さんま祭」サイト
気仙沼実行委員会公式サイト

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気小の旧校舎玄関

5日深夜、長野県上田市の浦里小学校の木造校舎などが全焼しました。このテレビニュースを見て、気仙沼小学校の旧校舎を思い出した人も多いのではないでしょうか。私など、映画のロケにもたびたび使われたという浦里小の校舎や玄関の映像を見て、〈気小の玄関のほうが立派だったな〉とちょっと今は不謹慎かもしれない感想をいだきました。

下の写真は、1978年2月発行の気仙沼小学校30周年記念誌『三十年のあゆみ』の1頁目に掲載されていた旧校舎玄関の写真です。

気小玄関

この記念誌は気小父母教師会(PTA)が発行したもので、なぜか手元にありました。ネット上にいろいろ画像があるだろうと思っていたのですが見つかりませんでした。月立小学校旧校舎の画像はたくさんあるのですが。

今はなき、あの気仙沼小学校の旧校舎も火事にあっています。私たちが中学生のころの深夜、なにか外が騒がしいので起きてみると、小学校が火事だというのです。魚町からは小学校方面の空が林の木を影にしながら紅くそまっていました。翌日の朝、気中への通学時に焼け跡を見ました。焼け落ちた校舎がこげくさかった。

記念誌の年表にはつぎの記述。1966年(昭和41年)9月28日「午前2時50分頃、東控室より出火、同所ならびに中央東校舎12教室焼失」。翌年には南気仙沼小学校が開校しています。

また、『気仙沼文化年表』(荒木英夫編)には、1926年(昭和元年)4月に「笹ヶ陣の新校舎に移転」とあります。これがあのなつかしい玄関部の校舎がおひろめした時でしょうか。そうであれば、いま残っていれば〈築86年〉。「1986年12月24日 気仙沼小学校旧校舎玄関の保存が決まる(気仙沼かほく)」との記述もありました。いつまであの玄関を残していたのでしょう。

古いものをただ残せばいいと思っているわけではありません。でも、あの旧校舎玄関や職員室、そして2階にあった〈作法室〉などを、いま大変なつかしく思い出すのです。

浦里小学校の焼け落ちた木造校舎を前に泣いていた児童や父兄の気持ち。それがとてもよくわかります。

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猪瀬さんの言葉

気仙沼の一景島保育所とマザーズホームの再開については、8月にお伝えしました。そしてその落成式が、震災からちょうど1年半たった昨日11日に行われました。

式には、震災時に中央公民館に避難した多くの人の救出を東京消防庁に指示してくれた、作家で東京都副知事の猪瀬直樹さんも出席してくださいました。

猪瀬さんは式での挨拶を、ご自身のウェブサイトで次のように紹介しています。

「新しい保育所とマザーズホームが再建できてほんとうによかった。あの3月11日の夜、内海さんが打った携帯メールがロンドンの息子直仁さんのもとに届いた。直仁さんは140字のツイッターの文字制限いっぱいに非常に的確に書き込んだ。置かれている状況と空から救助するしかないという表現にはっとさせられ、僕は東京消防を出すという判断をした。きょう、東京消防の伊藤防災部長に来てもらった。伊藤部長に手続きはいい、やろうと言うと、すぐにわかりましたと迅速な行動をとってくれた。もうひとり、直仁さんのツイッターが世界中に拡がっているのですが、それを僕に対して打ってくれないとわからなかった。僕に知らせてくれた東京都の一都民、鈴木修一さんも駆けつけてくれた。鈴木さんのことは僕は知らなかった。内海さんの打ったメールがいろんなかたちで伝わって救出につながった。このどの一人が欠けてはならなかった。一人一人が役割を負うという決断をしなければ、この奇跡のリレーにならなかったのです」

猪瀬直樹オフィシャルウェブサイト

猪瀬さんも語っているように、もしこのリレーがどこかでとぎれていたら、と想像するだけでもおそろしい。446人の救出につながったこのツイートのリレーは、まさに〈奇蹟〉でした。

何度でもくり返します。
猪瀬さんはじめ、関係者の皆様方、本当にありがとうございました。

8月7日ブログ「一景島保育所再開」
3月12日ブログ「猪瀬さんに感謝」

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あの日から1年半

あの日から今日で1年6カ月。
テレビや新聞などで震災復興の現状がいろいろと取り上げられています。おとつい9日(日)のNHK特集「東日本大震災追跡 復興予算19兆円」もそのひとつ。これまでも「IT」だ「エコ」だと、ブームに乗じてほとんど関係のない予算が計上されることもあったと聞いていますが、この震災復興便乗はあまりにもひどいのではないでしょうか。この番組の再放送は、9月12日(水)深夜24:25〜25:25です。見逃した方は是非どうぞ。必見です。

きのう10日夜のNHK「クローズアップ現代」は、〈震災不明者を家族のもとへ~密着“似顔絵”捜査〉。大震災での行方不明者いまだ2848人。番組では、宮城県警の似顔絵を用いての特別捜査を紹介していました。〈名前を取り戻した遺体。大切な人と対面できた遺族〉。気仙沼出身のノンフィクションライター生島淳さんが、インタビューを受けて自分の経験をもとにその気持ちを語っていました。気仙沼の鹿折地区にうちあげられた共徳丸をのぞむ高台での収録でしたが、あそこはたぶんホテル望洋のうしろの小さな山「米国山(べいこくさん)」だと思います。

さて本題。気仙沼の魚町〈武山米店〉が実家の大自さんが、自身のブログで〈FNN東日本震災アーカイブ〉映像「気仙沼市街地に押し寄せる津波」を紹介していました。先月8月31日に公開されたものです。



内湾に押し寄せる津波の様子を41分間に編集したこの映像は、魚町や南町を知るものにとってはなんといっていいのか大変リアルです。すでに解体した私の実家もうつっています。この映像は今まで見たことがありませんでした。

これを見て、1年半前の気仙沼で、信じられないとんでもないことがおこったのだということを、あらためて感じています。3月11日の被災映像紹介は躊躇するところもあるのですが、1年半の区切りにあえてということで。

8月21日現在での大震災による気仙沼市の被害状況は、死者数1038人(身元不明者数28人)、行方不明者数264人。震災関連死認定件数は103人です。

FNN東日本震災アーカイブ

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渡辺謙さんの言葉

土曜日8日夜、7時半からのNHKテレビは、「プロフェッショナル 仕事の流儀」の「高倉健スペシャル」。健さん、結構しゃべる(笑)。そして続けて9時からはドラマ「負けて、勝つ~戦後を創った男・吉田茂」の第1回目でした。もうひとりの謙さん、渡辺謙さんが吉田茂を演じています。

この渡辺謙さんがまた気仙沼を訪れ、9月2日にはトークイベントが開かれました。市民有志が組織する実行委員会が開催し、公募で集まった約80人が参加したとのことです。三陸新報がその様子を伝えています。

謙さん (クリックで拡大)
9月4日三陸新報の記事イメージ


謙さんが気仙沼のことを、いろいろと支援してくれていることはこのブログでも紹介してきました。今回で6回目の来市となるそうです。

記事に謙さんの言葉がありましたので、紹介します。
「気仙沼は港町として外に開かれた街。一つの町だけでの再生は難しい。震災をオポチュニティ(機会)と捉え、今まで以上に外とのコミュニティーを広げてほしい。日本の可能性を引き出す起点となるようお手伝いしたい」

「オポチュニティ(opportunity)」には、単なる〈機会〉に加え、〈好機〉という意味があるようです。震災は悲しいできごとでしたが、より良い街にしていくための良ききかっけととらえて欲しいということなのでしょう。

新聞の写真にうつるのは、右が〈磯屋水産〉の安藤竜司さん、左が〈男山〉の菅原昭彦さんだと思います。4月のNHKテレビ「明日へ」渡辺謙 “僕に、できること”では、渡辺謙さんが安藤さんを〈竜ちゃん〉と呼んでいましたね。2日にどんなことを話したかはわかりませんが、たぶん4月に語っていたことと同じではないかと思っています。4月16日のブログを再びお読みいただければと。

4月16日ブログ「安藤さんの言葉」

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支援感謝の集い

昨年2月の還暦祝いから1年半。また同年生が集まろうという話があるとは聞いていました。そして先日、その案内状が届きました。内容を紹介します。


気仙沼中学校第20回生の皆様

「還暦祝い後1年・震災復興支援感謝の集い」案内状

 残暑の候 気仙沼中学校第20回生の皆様にはご健勝でお過ごしのことと存じます。
 さて、昨年の2月12日「還暦を祝う会」をサンマリン気仙沼ホテル観洋で開催、楽しい時間を過ごした、その約1ヶ月後の3月11日に、筆舌に尽くしがたい、千年に一度とも言われる「東日本大震災」に見舞われ、気仙沼のまちの姿がすっかり変貌してしまいました。死者1,038名、行方不明者270名など。大切な同年生も2名失いました。気仙沼の産業、経済に、そして生活全般に甚大な被害を受け、私たちの日常は大きく変わってしまいました。
 震災後は、日本中いや、世界各国から大きな支援をいただきながら、まちの復旧、復興に取り組み、1年5ヶ月が経過しようとしていますが、産業の中心である水産業や水産加工業の拠点であった海岸部は、地盤沈下などにより今なお冠水しており、嵩上げも進まず、工場を建設できない状況にあります。また、災害公営住宅の建設や高台への集団移転事業もなかなか思うようには進んでいないのが実情であります。
 しかしながら、震災後再開した魚市場では、昨年も生鮮カツオの水揚げ連続日本一を記録したほか、今年もカツオやマグロ、そしてこれからはサンマ漁が始まり、水揚げもさらに活発化するものと期待しているところであります。
また、関連する産業も様々な支援をいただきながら仮設店舗、工場での操業、営業を再開したほか、各地区の復興屋台、商店街も徐々にではありますが賑わい、明るさも出てきました。
 さて、震災後、気仙沼以外に住まいし、活躍している多くの同年生からも大きな支援をいただきました。特に東京の方々には避難所での炊き出し支援や衣料、食料品等の提供など、物心共々温かく、ありがたいご支援をいただきました。本当にありがとうございました。
 1年5ヶ月が過ぎ、落ち着きを取り戻しつつある中、今の気仙沼の現状を見ていただくとともに、震災復興のためにご支援いただいた方々への感謝の気持ちを表す集まりを持ってはどうかという提案があり、開催場所や時期等で様々な意見がありましたが、下記のとおり開催することといたしました。
 皆様には大変忙しく、また、まだまだ大変な状況にあるとは思いますが、趣旨をご理解いただき、出席賜りますようご案内申し上げます。
 なお、出欠につきましては、準備の都合上、9月20日まで、同封のはがきにより回答くださるようお願いいたします。

平成24年8月吉日

「還暦祝い後1年・震災復興支援感謝の集い」実行委員会
実行委員長 臼井真人

記(詳細を略し概要のみ)

・日時:平成24年11月3日(土)午後4時
・場所:南三陸ホテル観洋
・会費:集いに参加し宿泊する方  20000円
    集いに参加し日帰りする方  8000円
・交通手段:仙台駅発や気仙沼発のバスを利用することができます
・復興状況視察:4日(日)の震災復興状況視察への参加が可能


ご案内は以上です。
震災後は、同級生たちの現住所が変更になっている場合も多いと思います。まだ案内状が届いていないという方は、つぎの事務局アドレスか、小田アドレスまでご連絡ください。案内状、出欠はがきなどの発送を手配します。

事務局:info@kesennuma.net(小山隆市君)
小 田:odaa@air.linkclub.or.jp

実行委員や各クラス関係者の皆さん、そして事務局の隆市君。みんな本当に忙しく大変ななか、ご面倒をおかけします。遠慮なくお世話になります。よろしくお願いいたします。

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かもめのカップ麺

8月22日の三陸新報〈万有流転〉で、〈かもめ食堂〉の塩味ラーメンがカップ麺になったことを紹介していました。

かもめ食堂カップ麺
写真:ラーメン博物館公式ブログより(クリックで拡大)
ラーメン博物館公式ブログ

〈かもめ食堂〉は、〈ちばき屋〉の千葉憲二君(3年4組)が新横浜ラーメン博物館に出店しました。その憲二君のお兄さん栄喜さんが、万有流転の筆者のところに持参したというのです。そして〈かもめ食堂の建物は、昨年の大震災で跡形もなく流されてしまったが、何度か食べた、かもめ食堂のラーメンを髣髴(ほうふつ)させる“塩味ラーメン”だった〉とつづっています。

9月1日、今度は私の兄からメールで〈近くのコンビニに行ったら売っていたので買った〉と、カップ麺の写真も送られてきました。翌日電話して感想を聞いたら、〈なんかそういえば、昔こんなラーメンを食べたような気がした〉とのこと。兄は、かなり暗示にかかりやすいタイプかもしれません(笑)。

そして4日には菊田裕美君(1組)からこんなメールが。
〈昨日、千葉憲二君監修の潮味ラーメン「かもめ食堂」の即席カップめんをサンクスで購入し食べてみました。 キャチフレーズ通りで、スープは魚介風味があり気仙沼を思い出させる味でした。皆さんも、是非ご賞味してみて下さい〉

私もちゃんと食べてみてから紹介するつもりでいたのですが、コンビニ〈サンクス〉と〈サークルK〉の限定発売なので、まだ入手していません。近いうちに渋谷で買おうと思っています。

以前も紹介しましたが、千葉憲二君は、気仙沼での〈かもめ食堂〉復活を計画しています。昨年の開店はかないませんでしたが、2年以内にはなんとか実現したいと話しています。今回のカップ麺発売も、それに向けての活動のひとつでしょう。

んだがら、俺だぢもラーメン食って、憲二を応援すっぺし(笑)。

2月3日ブログ「かもめ食堂開店」

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小さいことばの絵

いま気仙沼市八日町の齊藤茶舗さんで、「小さいことばの原画展。酒井駒子、松本大洋、そして糸井重里。」が開催されています。この原画展は、ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)によるもので、東京、帯広、八戸、仙台、和歌山、熊本と巡回してきて、気仙沼で7カ所目の開催となります。

糸井さんの2冊の本のために描かれた、絵本作家 酒井駒子さんの原画3点、漫画家 
松本大洋さんの原画10点の展示に加え、糸井さんの著書も販売されているようです。

2冊の本とは、糸井さんの昨年の様々なことばを編集した〈小さいことば〉シリーズ『夜は、待っている。』と、「若い人に届けたい」と思う糸井さん自身のことばを抜き出して再編集した『ボールのようなことば。』です。

松本大洋さんは、私の大好きな漫画家のひとり。ビッグコミックスピリッツ誌に連載された作品「ピンポン」を見たときには本当に驚きました。松本さんの原画を見られるなんて、めったにないことでしょう。

この原画展は8月25日から開催されており、9月9日(日)が最終日となります。紹介が遅れてごめんなさい。皆様、どうぞお出かけください。

「小さいことばの原画展。」
会場:齊藤茶舗」◯ト(マルト)気仙沼市八日町2-2-17
電話:0226-22-0360
時間:11時~19時(最終日9日は17時まで)

ほぼ日サイト「ただいま製作中」

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サンマ稼ぎ1965

(2012年)昨日9月3日朝、気仙沼港でサンマの初水揚げがありました。北海道沖でとれた48トンのさんまのうち、およそ10トンが魚市場近くの施設に移され、魚の大きさごとに仕分けていく自動選別機にかけられたとNHKが報じていました。

私たちが小さなころ、サンマの選別や処理の作業をするパートタイマーの作業は〈サンマ稼ぎ〉と呼ばれていました。その気仙沼の〈サンマかせぎのおばちゃんだづ〉の映像がユーチューブにありましたので紹介します。



この「サンマの港」映像は、日本を代表する民俗学者のひとり宮本常一さんが監修し、1965〜66年(昭和40年~41年)当時の日本各地の風俗を記録したドキュメンタリーフィルム「日本の詩情」のダイジェスト版です。日経映像が、全60タイトルを順次DVD化するとのことですが、本年5月発売の20タイトルには、この「サンマの港」は含まれていませんでした。今後に期待しましょう。

なお、宮本常一さんが所属した〈アチック・ミューゼアム〉は日本常民文化研究所となり、現在は神奈川大学のなかにあります。そして気仙沼魚町出身の川島秀一さんが、本年4月から同研究所の所員となっていることは、以前このブログでも紹介しました。(追記:2013年4月から東北大学 災害科学国際研究所 教授)

私たち気中20回生が13歳や14歳だったころの気仙沼の映像。街中に活気があふれ、みな元気だったころを、あれやこれやと思い出しました。

あんだいの母ちゃん、うづってながったすか(笑)。

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真海さん記録更新

9月2日18:11(日本時間)から行われたパラリンピック女子走幅跳の決勝。気仙沼出身の佐藤真海選手は、4m70を跳び9位でした。日本の3選手の記録を記しておきます。

8位 中西麻耶 4.79
9位 佐藤真海 4.70
15位 高桑早生 3.91

真海さんの今大会の目標は今年3月の4m56という自己記録更新でしたが、今回の記録は4m70。しっかりと目標を達成しました。立派な記録です。ツイッターに、昨日の試合直後のコメントなど5本のツイートがありましたので紹介します。


「3本跳んだ時点で1cm足らずベスト8に残れませんでした。記録は4m70。ミックスゾーンの途中から選手村に戻った今もなぜだか涙が溢れてとまりません。たくさんの応援に本当に励まされました。心からありがとうございました」

「3月の最終選考で4年ぶりのベストで4m50を越えてギリギリで切符をつかんで、9月の本番で4m70までもってこれた。冷静に振り返れば今までで最高のシーズンだったし、ここが今の私の現在地なのかもしれない」

「悔しさを感じたのは、上り調子だったので可能性を強く強く信じていたことと、今までで一番手応えを感じられた試合だったからかもしれない。同じ位の順位でもこれまではすごく大きな差を感じていたので。記録でも気持ちでも」

「ダメな時期の方が長かったけど、自分を強く信じてあげることと、諦めずに辛抱強くやり抜くことを大切にしたら、今回新しい扉が開いた気がする。そして、それを楽しみながらやるということも」

「色んな試練にもまれながら、少しずつたくましくなってる気がするから、 私はこれからもパラリンピアンとしてチャレンジし続けたいと思う。競技だけではなく人生を通して」


ツイート情報は以上です。上り調子で、今までで一番手応えを感じられた試合だったとのこと。あと10mmでベスト8だったのですね。本当に頑張りました。

佐藤真海選手の出場で、パラリンピックをぐっと身近に感じることができましたね。ありがとうございました。

そして、Yahoo!スポーツ×スポーツナビの パラリンピック特設サイトには応援ランキングのボタン。金曜日の午前中はまだ600台でしたが、今は1200以上。まだの人は是非〈ポチッ〉と。自己記録更新おめでとう!ということで。

Yahoo!スポーツ×スポーツナビ

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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