気高軟式、全国へ

全国高校軟式野球選手権大会で、気仙沼高校が、県大会での優勝を果たし、南東北大会(宮城・福島・山形)に進んだことはすでにお伝えしました。
そして迎えた29日の決勝戦。気仙沼高校は羽黒高校(山形)に勝利し、41年ぶり2回目の全国大会出場を決めました。まさに〈三陸の王者〉。

7月31日付三陸新報

昨年の震災で、気高軟式野球部がおかれた環境は決して恵まれたものではありませんでした。それまでの練習グラウンドには、津波で被災した気仙沼向洋高校の仮設校舎が建ちました。そのため新たに中庭に約30m×20mの練習場を整備したそうです。硬式のグラウンドを間借りしているという話も聞きました。

毎日新聞によれば、部員の3分の1は津波で自宅を流され、家族を失った部員もいたそうです。震災でユニホームなどを流された部員もいたため、昨年夏の県大会は全員が練習着に背番号を付けて出場したのだそうです。しかしその後は全国から用具が贈られるなどし、今年は新調したユニホームで優勝を果たしました。
全国大会は、8月25日に兵庫県明石市で開幕します。

気高軟式野球部の皆さん。全国大会出場、おめでとうございます。
大会での健闘を祈ります。

7月24日ブログ「ふたつの決勝大会」
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崎浜大漁唄in渋谷

28日のブログで〈ようこそ先輩〉の再放送を紹介しましたが、東京では高校野球の予選中継で放送されませんでした。情報不足で申し訳ありません。

さて、7月27日(金)から29日(日)まで、東京の渋谷駅ハチ公前広場で〈渋谷区 震災復興支援イベント〉が開催されました。「結い(ゆい)の心で復興支援~宮城県の伝統文化を披露します」とのことで、気仙沼からは唐桑の崎浜大漁唄込保存会の皆様が参加しました。崎浜は唐桑半島のさきっちょ、御崎さん(御崎神社)の地区。ほかに石巻日高見太鼓と小牛田和太鼓の計3組の出演です。

私は土曜日28日2時からの崎浜大漁唄込の〈ステージ〉へ。
まずは〈大謀網ご祝い唄〉。ハア、ヨーイドコラサのかけ声とともに櫂(かい)をうちならします。いわゆる〈どや節〉と同じです。大謀網(だいぼうあみ)とは定置網のことという説明がありました。つぎは〈さいとこ節〉。斎太郎節(さいたらぶし)ですね。つぎは再度、大謀網ご祝い唄。15人のうち長老格というか最古老の方が挨拶のあとに唄いあげます。堂々たるものです。

崎浜1 崎浜2
崎浜3 崎浜4
(各写真ともクリックで拡大)

30分の唄の披露を終えて袖に降りてきた崎浜の皆さんを拍手して迎えました。気仙沼出身者であることと〈素晴らしかった〉との感想を伝えると、最古老の方が律儀に〈渋谷の方々に御礼を申し上げるとともに、この暑さに負けないよう、一生懸命唄わせてもらいました〉と語ります。そして、思わず伸ばした私の手を力強く握り返します。その掌(たなごころ)の大きさと固さに驚きました。これがまさに唐桑の老漁師の腕と手か。

35度以上であろう暑さのなか、崎浜の人たちの目にうつるものは、右手に渋谷駅、左にハチ公。向こう正面にはQフロントビルなどの巨大ビデオスクリーンです。この崎浜大漁唄込は、たしか2月にも銀座TSビルの東日本復興プラザにも来てくれたはず。その銀座や、今回の渋谷での唄の披露など、震災前には誰も想像していなかったことでしょう。

崎浜の皆様、酷暑のなか本当にご苦労様でした。そして、ありがとうございました。

2011年9月24日ブログ「気仙沼 “どや節”」

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笑顔のマジック

昨年11月12日に放送されたNHKテレビの「課外授業 ようこそ先輩」。気仙沼出身のマジシャン、マギー審司さんが登場しました。

この番組の再放送のご紹介です。実は昨日の午後7時25分からも放送したのですが後の祭り。2日連続での再放送ですので、見逃した方はぜひどうぞ。

・2012年7月29日(日) 午後2時00分~
・NHK Eテレ(2ch)
・課外授業 ようこそ先輩「笑顔のマジック 届けよう」

マギー審司さんの母校である気仙沼南小学校は昨年の大津波で被災し、校舎の解体が8月から始まります。

番組ホームページ「笑顔のマジック 届けよう」
11月12日ブログ「ようこそ先輩」

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あがらいんでバー!

〈イダノスカ~〉〈イダデバ、アガライン〉。気仙沼でしょっちゅう聞かれたおばちゃん同士の会話です。〈居ましたか~〉とたずねられて、〈おりましたよ。どうぞ座敷にあがってください〉と応える。このあとは〈オジャコノミ〉(お茶飲み)です。
〈アガライン〉と誘っても〈病院サ、イガネバナンネガラ〉とか遠慮されるときがあります。その場合は〈ナニカダッテンノ、イイガラ、アガラインデバー〉と強引に誘うのが気仙沼の社交儀礼。なにをおっしゃいますことやら、とにかく、あがってください(笑)。

前置きが長くなりましたが、先週の土曜日21日に「あがらいんでバー!」という名の集まりに参加しました。気仙沼出身者だけでなく、気仙沼に縁ある人が集まってワイワイやろうという会。2008年から開催され今回で13回目とのこと。会場は、気仙沼市古町出身の畠山さんの店、代々木「魚がし」さんです。

30人近くが集まって、乾杯のあとは参加者の自己紹介です。これがなかなか面白い。いろんな人がいるなあ。ネットでよく知っていたけれど、直接お目にかかるのは初めてという方も。それと澤井充君(3年4組)の長男、小山隆市君(6組)の次男・三男、そし鈴木(佐々木)真知子さん(4組)の長女アキさんなど、同級生の息子さんや娘さん達も。

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充君の長男トシミツさん、隆市君の三男アキヒロさん。少し酔ってる?
(アキヒロさんのブログより拝借)


そしてこの後に、頼まれていた私の話を30分ほど。気仙沼で生まれて今にいたる60年をかけ足で。好きなことを一生懸命やっていれば、なんとか還暦ぐらいまではオマンマ食べられます。そんなことが伝わればと思っていましたが、どうだったか。

楽しい会でした。そして、こうした集まりを通じてのつながりやご縁が、震災後の様々な活動にもつながっているんだなということを実感しました。また、出身者だけでなく、気仙沼に縁のある多くの人が、気仙沼復興のために活動していることをあらためて知りました。みなさん、ありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

当日の様子が「気楽会」のサイトに紹介されていました。
気楽会の気仙沼日記
あがらいんでバー!のHP

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ギリギリの女たち

昨年8月に気仙沼の唐桑で撮影された小林政広監督の映画『ギリギリの女たち』が、7月28日から東京・渋谷「ユーロスペース」で公開されます。毎日21:00からのレイトショー1回のみの上映です。

公式サイトでは作品をつぎのように紹介しています。

〈 『愛の予感』『春との旅』など、国際的な評価の高い小林政広監督の最新作は、冒頭の35分間をワンカット、全編をわずか28カットという、実験的かつ大胆な手法で構成された意欲作。昨年3月11日に起きた東日本大震災の被災地となった気仙沼市唐桑町に居宅を持つ小林監督が、被災地の復興を願い、2006年に書かれた脚本を再構成し、昨年8月に唐桑町で撮影した。長女に『愛の予感』に主演した渡辺真起子、次女に河瀬直美監督『火垂』などで評価が高い中村優子、三女に山口智監督『代行のススメ』など主演作が多い藤真美穂。瓦礫の山を目の当たりにしながら、女優3名が極限状態の中で土壇場を演じる 〉

小林監督は、映画の撮影で訪れた唐桑の地を大変気に入り、居宅(私の理解では別荘というか別宅的な家)を持ったといいます。現在は「みなと気仙沼大使」(全70名)もつとめるなど、気仙沼と縁の深い映画監督です。

2006年に〈気仙沼映画祭〉という催しがありました。たしか、市民会館の玄関前にレッドカーペットが引かれ、人力車にのってあらわれた小林政広監督の写真が三陸新報に紹介されていました。映画祭の企画も、小林監督と気仙沼の縁によって生まれたものだったかもしれません。

この映画祭で公開されたのが、小林監督の『気仙沼伝説(仮題)』という作品。鈴木京香、杉本哲太、岸辺一徳、香川照之さんらが出演しています。この作品は、気仙沼を中心に、慶長遣欧使節船「サンファン・バウティスタ」にまつわる伝説の宝物を探す女性(鈴木京香)の活躍と、ちょっと訳ありの中年男女の恋物語をユーモアとサスペンスで描いた作品とのことです。ただその後一般公開されておらず、いわば幻の作品となっています。

そして2010年に公開されたのが『春との旅』。仲代達也さん演ずる元漁師の老人が、孫娘の春(徳永えり)と親類を訪ね歩くロードムービーです。もちろんそのなかに気仙沼も出てきます。エースポート前の丸枡(まるます)食堂でもロケが行われました。私もこの映画を見ましたが、どうしても気仙沼の知っている風景を追ってしまうのです。そして気仙沼以外のロケ部分はどうしても物足りなく感じたりなんかして。観光映画じゃないことはわかっているんですけどね。

機会をみて私もこの映画『ギリギリの女たち』を見てこようと思っています。
みなさんも是非に。

『ギリギリの女たち』公式サイト 予告編も見られます。上映館情報もこちらから。
渋谷ユーロスペース

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「こだのはま」?

気仙沼・大島の「小田の浜」が21日(土)に海開き。その様子はNHKやTBSなどテレビでも紹介されました。そのニュースを見てというか聞いて、アレッと思った人も多いのではないでしょうか。〈おだのはま〉がいつから〈こだのはま〉に? 先週の朝日新聞の記事でも、わざわざ〈こだのはま〉とルビをふっていました。


TBS news iの公開ニュース映像(配信終了)

私たちにとっては小さいころから、あくまで〈おだのはま〉。しかし、たしか3~4年前に、この浜の名の読み方についての新聞記事を読んだ記憶があります。地元でも〈おだのはま〉の呼ぶ人が多いが、本来は〈こだのはま〉と呼ぶのが正しいという説の紹介です。

大島のことは〈宮古屋〉に聞け、ということで気高同級生の熊谷雅裕君に電話。つぎのことを話してくれました。

「自分だって〈おだのはま〉と呼んでいたよ。まぢのひとと同じく(笑)。ただ、あの浜のあたりは〈小田中山(こだなかやま)〉という屋号で呼ばれる旧い家の土地だった。今でも住所地名は〈中山〉。その〈小田さんの浜〉ということで〈小田の浜〉だったわけさ。そうしたことがあるもんだから、年寄りは〈こだのはま〉と呼んでいたんだろうね。しかし、なまった発音だから、〈こ〉でも〈お〉でもなく、その中間あたりといった感じだけどなあ」

なるほどね。さらにネットで調べてみると、この〈こだのはま〉への流れを決定づけたお役所の文書がありました。小田の浜は、2006年に環境省による「快水浴場百選」の特選に選ばれましたが、そのときの報道資料に「こだのはま」とルビがふってあります。最近の報道での呼称は、これをベースにしているのでしょう。

しかし〈こだのはま〉と呼ばれると、小さなころに泳いだあの浜の感じはしませんね。
私はこれまでも、そしてこれからも〈おだのはま〉です(笑)。

2011年7月21日ブログ「浜辺のエレキ」

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ふたつの決勝大会

以前にこのブログで紹介したふたつの話題の続報です。

ひとつめは軟式野球。6月13日に、県高校軟式野球春季大会での気仙沼高校の6年ぶり10回目の優勝をお伝えしましたが、それに続く朗報!

全国高校軟式野球選手権大会の宮城大会で気仙沼高校が優勝しました。19日に松島で行われた決勝で、仙台商業に10対3で勝ちました。26年ぶり3回目の優勝とのこと。今月28、29日に山形県で開かれる南東北大会に出場します。気高軟式野球部の皆さん、がんばりましたね。おめでとうございます。全国大会出場をめざして、南東北大会での活躍も楽しみにしています。

もうひとつの決勝大会は、先週土曜日21日に気仙沼市民会館で開催された「社会イノベーター公志園」。河北新報によれば、全国から選ばれた7名が様々な社会的活動を発表。選考の結果、「宅配便ネットワークを活用して高齢者の孤独死を防ぐ見守り事業」を発案したヤマト運輸岩手主管支店の松本まゆみさんが、代表受賞者に選ばれたそうです。

私は当日、ユーストリームの中継映像をちょっとだけ見ていたのですが、拍手の音がちょっと小さいような感じを受け〈気仙沼の人があまり集まっていないのではないか〉と心配しておりました。しかし、河北の記事の〈聴衆約1000人〉という数字を目にして、ホッとしました。市民会館の大ホールは約1200人収容です。

河北新報の関連記事

この「社会イノベーター公志園」決勝大会には16名が出場と公式サイトにあり、このブログでもそのように紹介しましたが、河北の記事によると16人の全国大会出場者を20日の「最終相互支援会」で7人に絞り込んだとのことです。ここに訂正しておきます。翌日のTUBEのライブの様子も、ネットにあがった写真でみましたが、かなりの人が集まっていたようでなによりでした。

ふたつの決勝大会。そこにいたるまでの皆さんの努力はハンパなものではなかったでしょう。そのたゆまぬ努力と大きな成果に盛大な拍手を。

6月13日ブログ「三陸の王者」
7月12日ブログ 「公志園」決勝大会

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見上げてごらん

きのうの新聞が震災後の復興状況を特集しているのでなぜかと思ったら、22日で、東日本大震災から500日が経ったのだそうです。

さて本日はテレビCMの話。
震災直後は、CMの自粛で、テレビではあの〈AC〉の広告ばかりが流れていましたね。そして少し経つと、復興支援をテーマにした広告も登場しはじめました。

そうした復興支援広告のなかでも、特に印象に残ったもののひとつがサントリーのCMでした。サントリーの広告に登場する歌手や俳優が、代わりばんこに坂本九ちゃんのヒット曲を歌うのです。〈見上げてごらん夜の星を〉そして〈上を向いて歩こう〉と。私なんか、もともととても好きな曲だから、じ~んときちゃったりなんかして(笑)。

先日、雑誌『ブレーン』7月号をみていたら、東京コピーライターズクラブ(TCC)が選出する「TCC賞」のひとつにサントリーのこのテレビCMが選ばれていました。受賞制作者は佐々木宏さん(シンガタ)、歌のリレープロジェクト委員会です。この雑誌記事にA篇の登場人物が紹介されていました。


「見上げてごらん夜の星を A篇」

矢沢永吉 :見上げてごらん夜の星を
宮澤りえ :僕らのように
萩原健一 :名もない星が
ベッキー :ささやかな
近藤真彦 :幸せを
小雪   :祈ってる
堺正章  :手をつなごう
三浦友和 :僕と
本木雅弘 :追いかけよう
松平健  :夢を
壇れい  :二人なら
長瀬正敏 :苦しくなんかないさ

スーパー(文字)
見上げてごらん夜の星を
SUNTORY


やっぱりいいね。歌詞というよりも受賞作ということで、全文引用させてもらいました。作詞は永六輔さん、作曲は いずみたく さんです。
サントリーによる公式映像公開は終了していますが、ユーチューブで見ることができるでしょう。歌い手をかえての10種近くのバージョンがあるようです。昨年の4月初旬の投稿日時をみると、震災1カ月後にはもう放映されていたのですね。驚きです。

この広告映像を見ていて思いだすのは、「We Are The World」。アフリカの飢餓と貧困の解消を訴えるキャンペーンソングです。これが1985年。あれから27年も経ちました。

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今日は「公志園」

きょう21日(土)の正午から、社会イノベーター公志園の決勝大会が気仙沼市民会館で開催されます。オープニングは阿木燿子・宇崎竜童夫妻が主宰するコーラスグループ「ひふみレインボー」と気仙沼市民コーラス隊とのジョイント・パフォーマンスとのことです。

大会の様子はユーストリームで中継されます。こちらからどうぞ。
「社会イノベーター公志園」決勝大会

前回の公志園のメイキング映像がありましたので紹介します。これを見ると、開会から昨年1月の決勝まで4カ月間にわたる大変大きな催しであったことがよくわかります。

第1回公志園メイキング映像

(画面右下の「YouTube」をクリックするとユーチューブ画面で視聴できます)

この第1回大会には、16名が決勝にのぞみ、気仙沼から参加したNPO法人「ネットワークオレンジ」代表理事の小野寺美厚(おのでら・みこ)さんが「審査員特別賞」を受賞しました。〈障がい者の社会参加支援を通じ、夢と希望あふれる社会を創る〉というテーマでした。そして、22日(日)に気仙沼小学校校庭で行われる〈東北マルシェ体験〉や〈頑張れマルシェ!TUBE復興応援野外ライブ〉は、この「ネットワークオレンジ」が主催します。

本日の決勝大会、そして明日の東北マルシェやTUBE。
みなさんもちょっとのぞいてみてはいかがでしょうか。

7月12日ブログ「公志園」決勝大会

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千田選手の思い

きのう19日、FNN系列(フジテレビ/仙台放送)のニュースで、気仙沼出身でフェンシングのロンドン五輪代表、千田健太選手を特集していました。FNNがユーチューブでも公開していましたので紹介しましょう。5分近くの映像中、途中の北京五輪関係の10数秒間が著作権の関係で見られませんが、ちょっとの我慢です。


(画面右下の「YouTube」をクリックするとユーチューブ画面で視聴できます)

ニュース映像のタイトルは〈千田健太選手のメダルへの思い〉ですが、私たち気仙沼出身者にとっては〈千田父子の思い〉といった感じではないでしょうか。どうしても、モスクワ五輪の日本ボイコットで〈幻の代表〉となった父・健一さんの姿が息子・健太さんに重なってしまうのです。健太さんは、健一さんの若いころにそっくりだし。

健一さんはこう語っていました。「オリンピックのほうには(自分が)ピスト(試合場)の上には立てなかったので……。本人が、とにかく、精いっぱい、オリンピックの舞台で頑張ってくれればいいなと思います」

オリンピック代表の千田健太選手、菅原智恵子選手、そしてパラリンピック代表の佐藤真海選手。気仙沼出身の3選手を心から応援しています。

6月14日ブログ「ふたりの五輪代表」
7月4日ブログ「佐藤真海さん」

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22日はTUBE!

今日の東京もかなり暑い、というか熱い。
そんなアツい夏といえば。そう、チューブさんですね。

オダクン ナンデ ソゴマデ サンヅケ スンノスカ。ナンダリカンダリ。

たしかに。夏といえばTUBE。しかし、これはいつごろからの〈お約束〉なのか。調べてみると、1985年6月のデビューですから27周年か。ヒット曲「シーズン・イン・ザ・サン」が1986年、「SUMMER DREAM」が1987年のシングル・リリースでした。

そのTUBEが22日、気仙沼にきます。すでに12日のブログでもご紹介しましたが、「社会イノベーター公志園」や「創造的復興フォーラム」の関連イベントです。

「TUBE」復興応援野外ライブ
日時:7月22日(日)午後2:00~3:00
場所:気仙沼小学校 校庭

この日、気小校庭では午前10時から「東北マルシェ」という露天市場が出店するのですが、午後2時からその会場を囲むかたちでライブ演奏がおこなわれます。

ユーチューブに2010年のライブ映像がありましたので紹介しておきましょう。
「シーズン・イン・ザ・サン」と「SUMMER DREAM」の2曲です。前田さん、ちょっと太りすぎですが、ま、許してやってください。

シーズン・イン・ザ・サン


SUMMER DREAM

(画面右下の「YouTube」をクリックするとユーチューブ画面で視聴できます)

「チューブ」というバンド名は、海の波がつくるトンネルみたいな状態をさすサーフィン用語からきています。私たちベンチャーズ世代にとっては「パイプライン」。今回しらべて知ったのですが、TUBEのアマチュア時代のバンド名は「パイプライン」だったとのこと。しかし正直にいって、今の前田さんは波にのれないと思う(笑)。

なお、のっていた波から落っこちるのが「ワイプアウト」。これも私たちにはなつかしいベンチャーズの得意ナンバーのひとつです。おぼえておくといつか役に立ちますよ。

それでは今度の日曜日、22日の午後2時はTUBE!
気小グラウンドにて。

7月12日ブログ「公志園」決勝大会

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福寿水産・再起動

臼井弘君(3年4組)が代表をつとめる気仙沼市魚町の〈福寿水産〉が、6月20日より業務を再開しました。テレビでも紹介されたそうですが、ローカルニュースだったようで東京では見られませんでした。弘君にその後の様子を聞いたときに、再開した社屋の写真をお願いしておきました。先日その写真が届きましたので紹介しましょう。

福寿2 福寿1
福寿4 福寿3
(クリックで拡大)

福寿水産はフカヒレの加工販売を行っています。一般消費者向けの商品ではなく、中華食材問屋・中華料理店向けや業務用です。たとえば、私も帰省のたびによく買っていたレトルトの〈ふかひれスープ〉にも福寿水産の製品がかなり多く使われているそうです。

今年の2月に「臼井弘君の悩み」と題したブログを書きました。早期の業務再開をはかりたくとも、社屋が面する道路の1メートルものかさ上げにどう対応したらいいものか。工場排水の問題はどうする。そうしたなかなかやっかいな悩みです。

そんなこんなの問題をひとつずつ片付けて、やっとここまでくることができました。まだ全面的な業務再開ではなく、4割ほどの稼働率とのことですが、よくここまでこぎつけました。つぎの震災直後の写真をみてみれば、業務再開の大変さが想像つくことでしょう。鉄骨ほかの構造材がなんとか残ったことで、修復しての再開をめざしたとのことです。

福寿5 福寿6
震災直後の社屋外観と内部

しかし、今後も弘君の悩みは続きます。当面のかさ上げには対応したものの、今後の防潮堤ほか魚町のまちづくり計画との関係はどうなるのかとか、私でさえもいろいろと心配になってきます。しかし、本人は〈前に進むだけだ〉と言います。そしてこう続けました。

〈震災直後に、鈴木徳一君ら同級生「けせもい会」のみんながトラックで届けてくれた支援物資には本当に助けられたのっさ。みんなさよろしく伝えてけんね〉

2012年2月6日「臼井弘君の悩み」
福寿水産ホームページから「作業工程」

弘君、1年3カ月ぶりの業務再開、本当におめでとう。
社業の発展と皆さんのご健康を心から祈っております。

付録:5月16日ブログ「弘君の浦島太郎」

福寿水産株式会社:宮城県気仙沼市魚町3-2-10 電話0226-22-0743

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天然の良港

毎朝、事務所に出てする私の日課のひとつがツイッターのチェック。今日の収穫は、唐桑の鮪立(しびたち)出身で在京の@kaku_qさんが投稿していたこの2枚の写真でした。

鮪立1

鮪立2
(クリックで拡大)

いずれも気仙沼市唐桑の鮪立湾の風景。早馬山からの撮影とのことです。向かい側に見えるのは大島の亀山。すばらしい風景ですね。2枚目の写真の手前にうつっている場所は昔は畑だったそうです。

私が驚いたのは、この鮪立湾の風景が気仙沼の内湾にそっくりだったこと。それを少し小さくした感じです。たとえていえば、左の崎はお神明さん、右は柏崎。手前は魚町で向かいは鹿折・浪板地区。それを魚町の裏山にあたる陣山の米国山(べいこくさん)あたりからながめているという構図です。

気仙沼には、この鮪立湾をはじめ多くの〈天然の良港〉があります。その恵まれた地勢を活かして漁業・水産業を発展させてきました。私はこの2枚の写真にその〈原型〉をみたように思ったのです。〈原景〉といってよいかもしれません。

気仙沼の海に面した地域は、鮪立にしても気仙沼湾にしても多くのものを流されてしまいました。しかし、自然がつくりあげたリアスの地勢が変わることはありません。なんとかみんなの知恵を活かして、新世代の〈天然の良港〉をつくりあげて欲しいと心から願っています。

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気高同窓会報告

14日(土)、気仙沼高校関東同窓会が九段下のホテルグランドパレスで開催されました。130~140名が参加しました。私たち気中20回生は旧気高22回生と旧鼎が浦高校21回生となり、けせもい会の同年生10名近くが参集しました。臼井真人(まこと)君(3年2組)は、気仙沼市議会議長として招かれての出席。挨拶では、気仙沼の復興状況を話し、支援へのお礼を述べていました。

この4月ごろに一時入院していた唐桑中出身〈イオン〉の村上教行君が元気な顔を見せてくれたのはなによりでした。その入院・手術のようすを、相変わらずのことながらおもしろおかしく話してくれました。他人ごとではありませんね。みなさん、健康診断や日頃の健康管理、きちんとやりましょう。そういう年なんだからさ。

4時から私たちは新橋の別会場に移動。ま、2次会ですね。遅れてここから参加してくれた人がいましたので、20名近くでしょうか。この春に東京から仙台に転居した小山達朗君(9組)もわざわざ上京し駆けつけてくれました。仙台での新しい暮らしにも慣れて、元気な様子でした。千葉憲二君(4組)も来てくれました。〈かもめ食堂は、気仙沼でのスタートが困難となり、ラーメン博物館でのスタートとなったが、2年後までには必ず気仙沼で復活させたい。そうでないと「詐欺師」になっちまう〉と力をこめていました。

臼井真人君からは、復興の現状や市民の様々な意見・要望の様子など率直な話を聞くことができました。なかなか難しい役割と立場ですが、とにかくがんばって欲しいと皆で激励。真君はこの日、気仙沼に戻っていきました。

このあとは、憲二君の店、銀座〈喜いち〉に流れてから散会。気仙沼の被災や復興の話はもちろんのことですが、久しぶりの同級生との顔や話に触れることができて楽しい夜となりました。

同窓会の関係者の皆様、いつもながら、催しの準備や当日のお世話、ありがとうございました。お礼申し上げます。


私は当日カメラを持参せず、写真を紹介できませんが、気高33回生のスポーツライター大友信彦さんや、鼎が浦30回生で「気仙沼を元気にする会」の実行委員長でもあるオヤマさんのブログに同窓会の様子と写真が掲載されていました。ぜひご覧ください。

大友信彦さんのブログ「ツール・ド・ラグビー」
オヤマさんのブログ「オヤマ日記飴」

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保存すべきもの

津波で流された魚町「角星」の店舗の2階部分を「引き家/曳き家(ひきいえ)」によって元の場所に戻す作業が〈登録文化財復元事業〉のひとつとして11日に行われたそうです。三陸新報や河北新報が伝えています。

角星

三陸新報7月11日付記事

造り酒屋「角星(かくぼし)」さんは、同級生の小山(斉藤)容子(3年5組)さんの実家です。1930年の建築。津波で1階は流され、2階だけが隣のビルに突っ込むように残ったとのこと。近くには、同じく国登録文化財に指定されている「男山本店」が1階は壊れ2階部分だけが残っています。

容子さんの嫁ぎ先というか、同級生の小山修司君(5組)の魚町「カネシメイチ」の家も津波で被災し、いまは解体されてしまいました。カネシメイチの建物も気仙沼の魚問屋や船主の伝統を感じさせるおもむきがありました。

気仙沼の歴史が刻まれた建物保存。これはこれでいいのです。しかし、やはり気になるのは、魚町・南町などの内湾ほか気仙沼で進む巨大防潮堤の計画です。そこに暮らす人の命と財産を守るためといいながら、なにかもっと大きなものを失うような気がしてなりません。建物の保存よりも大事ななにか。〈景観〉という言葉もなにか違う。私個人にとっては、まさに〈気仙沼〉なのですが。

2011年5月11日ブログ「魚町のカネシメイチ」

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みなとまつり!

昨年は震災のためにやむなく中止となった「気仙沼みなとまつり」。今年は関係者のご努力によって、8月11日(土)から12日(日)にかけて開催されます。

みなとまつり (クリックで拡大)

みなとまつりのホームページを見てみると、第1回「気仙沼みなとまつり」が開催されたのは、1951年(昭和26年)。なんと多くの気中20回生と同じですね。還暦過ぎての61周年。第1回目からカジキマグロを銛(もり)で射止める気仙沼地域の伝統漁法「突きん棒漁実況」や、「和船競漕」などがおこなわれたとのことです。

まつりの内容を簡単にご紹介します。

8月11日(土)
● 海上うんづら 19:00~19:45(45分:内湾)
● 海上花火大会 19:00~19:45(45分:内湾)
● 灯篭流し   19:45~20:30(45分:内湾)

8月12日(日)
 昼の部 
● オープニングセレモニー 14:30~(田中前福幸小町仮設商店街前交差点)
● 街頭パレード 14:30~16:30 (120分:670mコース)
 夜の部 
● 大はまらいんや踊り 17:30~20:30(180分:田中前大通り)

このみなとまつり、いつも8月上旬に開催されていました。お盆休みと重ならないので、なかなか気仙沼に帰ることができませんでした。もう20~30年は見ていないのではないでしょうか。今年は特別のまつりだからなあと思いつつも、ちょっと無理かなあ。

気仙沼にいる皆さんはもちろんですが、この夏に気仙沼に帰省される方は是非みなとまつりを楽しんでください。バイソン片山さんらの演奏にのせての「はまらいんや踊り」なんか、なかなかいいんじゃないでしょうか。

「気仙沼みなとまつり」ホームページ

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「公志園」決勝大会

来週の土日、7月21・22日の2日間にわたり、東京ほか各地から多くの人が気仙沼に集まり「社会イノベーター公志園」決勝大会ほか関連の催しがおこなわれます。

ピクチャ 3
気仙沼で会おう!「社会イノベーター公志園」のサイトイメージ

「社会イノベーター公志園(こうしえん)」は、新しい未来の実現に挑戦する社会イノベーター(革新者)たちを、全国各地から発掘し、育成・支援をおこなうことを目的としています。第2回社会イノベーター公志園300人委員会の実行委員長は、武田薬品工業社長の長谷川閑史氏です。

決勝大会のほか、関連の復興支援イベントを紹介しましょう。

●7月21日(土)

1-1:社会イノベーター公志園 決勝大会

時間:12:00~18:30 場所:気仙沼市民会館 大ホール
3月から4ヶ月間にわたり、東京、福岡、大阪、仙台で人々の応援と支援を受けながら、自身の思いと活動アプローチ、未来ビジョンに磨きをかけてきた16名の社会イノベーターがプレゼンテーションします。気仙沼市・近隣からの参加者は、ご招待(無料)です。公式サイトから申込み。

1-2:熟議の交流会

時間:19:00~21:00(予定) 場所:気仙沼中学校 体育館
決勝大会終了後、公志園の中核メンバーである各界のリーダーたち、ボランティアの若者たち、地元のリーダーたちが、体育館で車座になって、東北、日本の未来について熟議をかわします。公志園副実行委員長の鈴木寛参議院議員も参加します。

1-3:はしご屋台

公志園の実行委員や有志の皆さんで、復興屋台村や南町紫市場で地元の料理とお酒を交えながら語り合います。

●7月22日(日)

2-1:創造的復興フォーラム

時間:8:30~12:30 場所:気仙沼小学校
「創造的復興とは何か」をテーマとしたフォーラム。ホストは菅原茂・気仙沼市長です。大滝精一(東北大学教授)、大山健太郎(アイリスオーヤマ代表)、小山利英子(気仙沼を元気にする会実行委員長、テレパス社長)3氏からの問題提起のあと、小グループに分かれて教室での対話とワークショップを行います。

2-2:東北マルシェ体験

時間:10:00~ 場所:気仙沼小学校校庭
被災からの自立と復興を目指す商店主や一般の人々が、思い思いの創意工夫で露店ブースを並べます。ショッピングとともに、審査委員の立場で、出展者の取り組みにフィードバックを行い、エールを送ります。

2-3:TUBE復興応援野外ライブ

時間:14:00~15:00  場所:気仙沼小学校校庭
器材を積んだトラック2台がマルシェを取り囲み、あの人気バンド「TUBE(チューブ)」が、気仙沼の復興応援のため、野外ライブを開催します。

気仙沼で会おう!「社会イノベーター公志園」の公式サイト
社会イノベーター公志園300人委員会のHP

21・22日の2日間、社会イノベーター公志園の実行委員など多くの関係者やツアーを組んでの参加者が気仙沼を訪れます。美味しいものを食べつつ飲みつつ、気仙沼の復興の現状をよく見ていただければと思っています。

この決勝大会の会場として気仙沼を選んでいただきありがとうございます。
関係者の皆様にお礼申し上げます。

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今日で1年4カ月

今日で1年と4カ月。
1年前はどんなことを書いていたのだろうと思い、ひさしぶりに読み返してみました。

2011年7月11日のブログ「4カ月たちました」

7月2日の三陸新報に次のような記事が掲載されていました。

「気仙沼市は在宅避難者向けに続けてきた食料配給を、10日で打ち切ることを決めた。整備が進む仮設住宅の入居者には食料を配給しておらず、不公平感が漂っていたほか、『被災していない人まで公的な食料支給を受けているのでは』という批判も出ていた。炊事が困難な人には受給証を発行するなどして支給を継続する」

「6月の観測史上最高の33度を記録した30日、在宅避難者向けに食料配給を毎日続けている防災センターには、100人以上が行列をつくった。配られたのは白米パックとカレーパン、牛乳の3点セットだった。スーパーで買えば300円ほどのものだが、早く並ばないと足りなくなるため、支給開始の2時間前から並び始める人もいる。その多くは高齢者で、猛暑の中、顔色を悪くする年配女性の姿が見られた」

先頭付近に並んだ年配女性の「親戚の家でお世話になっているので、昼食くらいは自分で確保したい」との声も紹介されていました。

4カ月経って、「不公平感」とか「自立」「自助」、そして「甘え」。そうした言葉に触れることがじわっじわっと増えてきたように感じます。


以上が1年前のブログ。このあとに、古今亭志ん彌師匠からの義援金へのお礼が続きます。昨年6月23日の落語会で募金してくださったものです。

震災後4カ月後には、食料配給に関しての〈不公平感〉が語られていたのですね。いまはさすがに食料についての話は聞かれませんが、国などの公費助成を受けられるか受けられないかという〈支援の差〉についての声を新聞紙上で目にするようになりました。

1年前には、白米パック・カレーパン・牛乳の3点セット配給に100人以上が行列をつくっていました。いまは支援の規模が大きくなるにしたがい、その差に対する意識も大きくなっているようです。


毎月11日にお知らせしております。義援金の振込口座情報です。
義援金御振込口座

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台湾からの支援2

7月3日、台湾の王金平・立法院長ら議員13人が気仙沼市を訪れました。立法院長とは日本の国会議長にあたるということです。読売新聞によれば、王院長らは今年2月に再稼働した気仙沼漁協の超低温冷蔵庫を視察したほか、菅原茂市長や佐藤亮輔漁協組合長と懇談しました。台湾の法院長がなぜ気仙沼を訪問したかといえば、台湾からの気仙沼への支援と復興の状況を視察するためでした。

ピクチャ 2
7月4日 読売新聞の紙面イメージ

気仙沼の水産業復興に不可欠な気仙沼漁協の超低温冷蔵庫の再建にあたっては、その費用の3分の2が国からの補正予算によって補填されることになりました。そして漁協では、残りの自己負担分の資金計画を模索していたところ、全費用の約6分の1にあたる約8000万円がNPO法人「ワールド・ビジョン・ジャパン」の寄付で賄われることになったのです。そしてこの「ワールド・ビジョン・ジャパン」に世界最多となる約1600万ドルを寄付しているのが台湾の方々なのです。

今回の震災被害に対しては、台湾から多くの支援をいただいています。台湾仏教慈濟(ツーチー)基金会は、被災地の約10万世帯に総額50億円を超える見舞金を配布し、気仙沼市での配布額が4億円にものぼったことは、このブログでも紹介しました。

そして今回のワールド・ビジョン・ジャパンを通じての台湾からの支援です。気仙沼漁協の超低温冷蔵庫の再建にあたって、多くの台湾の方々が支援してくださったことをしっかりと記憶にとどめておかなければいけないでしょう。

台湾の関係者の方々、そしてワールド・ビジョン・ジャパンの皆様。気仙沼に対するご支援に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

10月17日ブログ「台湾からの支援」
11月19日ブログ「慈済基金会訪問」
2011年4月4日ブログ「台湾慈済写真展」

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tag : 気仙沼 気中20 ワールド・ビジョン・ジャパン 台湾 気仙沼漁協 超低温冷蔵庫

小山隆市君から

7月6日のブログを読んだ小山隆市君からメッセージをもらいました。最新コメント欄から読むことができますが、みんなへのメッセージですので、念のためここにも再録します。

「晃宏の披露宴を取り上げて頂きありがとうございます。私にとって初めての結婚式、そのような時にこの状況、 焦る気持ちでいっぱいでした。ま、今は開き直って、それなりにと思っています。

時間があれば、在京の皆さんとお会いしたいのですが、今回は申し訳ありません。いつか体調が戻りましたら、その時は上京し皆さんと一杯飲みたいものです。

ほんでまず 気仙沼 隆市でした。」


今回は、以前から親しい隆市君の慶事を紹介させていただきました。しかし考えてみれば、震災後のいろいろと厳しい状況のなかでも、隆市君だけでなくさまざまなうれしいことやよろこびの時を感じている同級生がいることでしょう。また、是非そうであって欲しいと思っています。

隆ちゃんをはじめ、同級生のみんなとの乾杯のときを楽しみにしております。

7月6日のブログ「隆市君おめでとう」

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昭和の子供 4

今日は七夕ですね。
先日、平野秀明君(3年3組)からメールをもらいました。〈6月30日のブログの千葉和夫君は、千葉写真館の和夫君か〉という問い合わせです。もちろんそうだよと返事をしたら、写真をまとめて送ってくれました。今日はそのうちの2枚を紹介します。気仙沼小学校のときのたぶん同じクラスの写真です。

3年2組1 3年2組2

平野君は何年何組かよくわからないようでしたが、両方ともにうつっている昆野牧恵さんに電話で聞いたところ、3年2組とのこと。高宮冨士子先生先生が担任でした。

一枚目は、左後ろに気中の体育館がうつっています。気小の校庭でしょうか。二枚目は、どこでとったのか見当もつきません。高宮先生の左下が平野君(だと思います)。

この2枚の写真も以前紹介したものと同じく、小野寺孝允(こういん)先生の撮影ではないでしょうか。とてもいい。みんなの笑顔を見ているだけで、なんかほんとにタイムスリップしてしまいそうです。

平野君はデザイン会社などに勤務したあと独立して、仙台でデザインルームSPACEを設立し、イラストレーターとして活躍しています。
平野君、なつかしい写真をありがとう。

デザインルームSPACEのホームページ

11月15日ブログ「昭和の子供たち」
4月25日ブログ「昭和の子供2」
5月9日ブログ「昭和の子供3」

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学

隆市君おめでとう

小山隆市君(3年6組)の闘病については、6月28日にお伝えしました。
本日はその隆市君家族の慶事のご紹介です。

三男の晃宏(あきひろ)さんが結婚し、今週末(8日かな)に東京ディズニーランドで結婚式とのことです。晃宏さんは1984年生まれ27歳。東京在住で、〈気仙沼を元気にする会〉などで私も何度か顔を合わせています。

たしか昨年の挙式予定が、震災によって延期されていたはず。そして今年4月には父親隆市君の入院や手術がありました。父も子も気が気ではなかったでしょう。

隆市君はいま投薬治療を続けていますが、今回の上京のために休薬期間を調整するなどして、体調を整えています。ブログによれば、すでに両家を代表しての挨拶文章は〈練りに練って上等に?〉できあがっているとのこと(笑)。これにより、コヤマ菓子店は、7日(土)臨時休業・8日(日)定休・9日(月)臨時休業となります。

隆市君の病とのタタカイというかツキアイについては、ブログの「闘病記」につづられています。食欲不振をはじめなかなかつらいこともあるようですが、ボーイスカウトや山岳部できたえた気力と体力でのりこえてくれるでしょう。がんばれ。

晃宏さん、お幸せに。そして隆市君、息子さんのご結婚、本当におめでとう。

気仙沼ネットデリバリー/隆市君のブログ
6月28日ブログ「隆市君の闘病記

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サントリーの支援

昨日紹介した、パラリンピック代表に選ばれた佐藤真海さんのブログのなかに、彼女が勤めるサントリーホールディングスの被災地支援活動のことが書かれていました。それを読み、同社の支援活動の柱のひとつが漁業・水産業復興であることを知りました。気仙沼も大変お世話になっておりますので、同社のご支援内容をまとめるとともに、お礼を申し上げたいと思います。

サントリーグループの持ち株会社であるサントリーホールディングス(株)は、震災直後の義捐金3億円のほか、被災地復興のための約40億円の拠出を昨年中に決定し、「漁業復興のための漁船取得支援」「未来を担う子どもたちの支援」「文化・スポーツ・芸術を通じた支援」を展開しています。
このうち、漁業復興支援については、共同利用漁船取得などへの支援として宮城・岩手の両県に各10億円をすでに拠出しています。そして今年2月には、追加支援として同じく両県に計20億円の拠出を決定。これによって、支援金の総額は63億円にのぼります。

子どもたちの支援のなかにも、水産業復興のためのものがあります。今年1月に7つの水産関連高校の被災生徒を対象に一時金を支給するとともに、「水産業復興奨学金」の支給を今年4月から開始しました。約500名に対して一人上限36万円/年で3年間、返還不要の奨学金で総額6億円となります。宮城県での対象校は気仙沼向洋高校(68名)と宮城県水産高校(202名)です。

2月2日の気仙沼向洋高校での贈呈式には、佐藤真海さんも出席しました。真海さんは自身のブログでつぎのように書いています。「今日はその対象校の一つの気仙沼向洋高校の贈呈式に社員としてお供し、生徒の皆さんに気仙沼の先輩としてエールを送らせてもらいました! 大震災から1年経とうとし、どんどん情報が風化していく中、長い目線での支援は気仙沼人として嬉しく、サントリーの姿勢も誇りに思います」

本当にありがたいですね。
〈海と生きる〉気仙沼への〈水と生きる〉サントリーの支援。

サントリーさん、いろいろとありがとうございます。
今日からお酒はサントリー。
〈酒と生きる〉気中20(笑)

佐藤真海さんの2月2日ブログ<気仙沼へ>サントリーの支援

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佐藤真海さん

気仙沼出身の佐藤真海(まみ)さんがパラリンピック・ロンドン大会の走り幅跳び日本代表に選ばれました。昨日3日付けでの日本パラリンピック委員会からの正式発表です。

内定情報がすでにあり、6月20日には朝日新聞朝刊のパラリンピック特集記事でも紹介されていました。
ピクチャ 2 6月20日付朝日新聞朝刊(クリックで拡大)

つぎの朝日新聞のサイトで、登録なしでも真海さんの動画映像が見られます。
朝日新聞デジタル【動画】佐藤真海さんの練習風景(約4分)
朝日新聞デジタル【記事】

すでにご存じの方も多いとは思いますが、彼女自身のブログなどから真海さんのこれまでをまとめておきます。

佐藤真海さんは、気仙沼小学校・中学校で学び、高校は仙台育英に進みました。そして早稲田大学商学部へ進学し、応援部でチアリーダーとして活動。しかし大学2年生だった2001年の冬に骨肉腫を発症したのです。翌年4月に右足を膝下より切断し、そのリハビリテーションのなかで中高時代に続けていた陸上競技に取り組みました。

早大卒業後はサントリーに入社。同社の持ち株会社化によって、現在はサントリーホールディングスの社員です。また、昨年1月には早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科社会人1年生コースに進み、今年3月に卒業しています。現在は30歳。

今度のロンドン大会が3度目のパラリンピック出場となります。競技はすべて走り幅跳びです。2004年のアテネでは3m95で9位。2008年の北京では4m28で6位入賞を果たしています。

朝日新聞の記事によれば、過去2回の大会での踏み切りは利き足の左足。これをロンドン大会では義足の右足に変えるそうです。「現役続行を迷う中で、続けるならエネルギーが湧く険しいチャレンジをしようと思った」。そして真海さんは、今年3月に4m56を跳び、4年ぶりに自己記録を更新することができました。

佐藤真海さんの新たなチャレンジに拍手するとともに、ロンドン大会でその実力をいかんなく発揮できるよう応援しています。

佐藤真海さんのブログ「mami′s Diary」

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畠山議員の質問

巨大防潮堤をめぐる宮城県議会での動きについては、27日のブログでも紹介しました。そして、29日の予算特別委員会で、気仙沼地区を地盤とする畠山和純(かずよし)議員(自民党・県民会議)がこの問題をとりあげたことを、30日の河北新報が伝えています。

詳しくは下記の河北新報サイトをご覧いただきますが、要点はつぎのとおりです。

畠山議員は「住民は困惑している。なぜ高い防潮堤が必要なのか」と質問。「海の近くで働く人は海を見て、津波が来るかどうかを判断する。防潮堤で海が見えなければ津波は分からない」と住民の声を代弁。「スーパー防潮堤」不要論を強硬に唱えたといいます。

これに対し村井知事は「県は旅行者や他地域の県民が来ることも想定する。いま造らないとできない」と、復旧段階の建設の必要性を訴えた。答弁中、村井知事は「(議会から)『造れ』と言われたことはあるが、『やらないでくれ』と言われるのは初めてだ」と戸惑いを口にしたそうです。質疑の終盤、畠山氏は「今後も質問する」と言い切り、村井知事は「現場に伺い、ご指導を受けたい」と返したとのこと。

畠山議員は、2月の定例会でもこの問題をとりあげており、今回が2度目の質問だといいます。2月の質問への知事の答弁は「一つ一つの意見を聞いて右往左往しておりますと、復旧が全く前に進まないということになりますので……」だったと、畠山議員が自身のブログに書いています。

畠山和純さんは、1999年から昨年11月までの3年間、県議会議長をつとめるなど、県議会でも発言力をもった議員です。畠山家は、唐桑の鮪立〈恵比寿棚〉としてマグロの遠洋漁業など、長く漁業経営を続けていました。先代の畠山孝さんも、唐桑町長などを経て県議会議長をつとめています。

気仙沼の漁業や暮らしをよく知る畠山議員にこれからも議会で発言していただきたいと思いながら、紹介いたしました。

河北新報 6月30日配信内容
6月27日ブログ「舞根の防潮堤計画」

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tag : 気仙沼 気中20 防潮堤 スーパー防潮堤 畠山和純 鮪立 恵比寿棚

秋月幸夫君の訃報

数日遅れで届く三陸新報。ふだんは特に意識しては見ない訃報広告ですが、〈秋月マッサージ治療院〉の文字が目に入りました。アレッと思ってよく見れば、26日にとりおこなわれた気中3年8組の同級生 秋月幸夫君の葬儀の会葬御礼です。秋月君の奥様、そして息子さんふたりの名、ご両親のお名前もありました。知らなかった。数日分の三陸新報を探してみると、葬儀当日の26日に訃報広告が掲載されています。病気療養中のところ6月23日に……、ということでした。

秋月君と最後に会ったのは、20年近く前、42歳の厄払いのときだったと思います。あのときも昨年の還暦祝いと同じく気仙沼のホテル会場に200人近くが集まりました。テーブルはクラスごと。そこで秋月君が少し目を不自由にしていることをはじめて知ったのです。

私の肩を貸しながら秋月君と一緒にトイレに行きました。秋月君は〈オダァ、ワルイナァ〉と言います。そして席へ戻るときも、そのくり返しです。私は〈アキヅキサ、ナニイッテンダヨ〉。なにも気にすることはないよと言うのですが。

おとつい30日、たしか秋月君と親しかったなと思い、同じ8組の同級生 斉藤(広沢)高史君に電話しました。秋月君のことは〈知らなかった〉と言って驚いています。そして、20年前の厄払いの集まりのことなどを話すと、高史君はこう教えてくれました。

〈あん時もあいづは、みんなさ迷惑かげるからって言ったんだけんと、無理に連れで行ったのさ。去年の還暦祝いのときも誘ったけんと、体調が悪くて来られなかった〉

思わしくない体調、そして不自由な視覚。昨年の震災時はどうしたのだろうか。そしてその後はと、いまごろ心配してもはじまりません。約20年前に肩を貸したほかは、なんにも力になれなかったなと。

秋月幸夫君のご冥福を、謹んでお祈りいたします。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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