千葉和夫君から

28日の夜に千葉和夫君(3年11組)からメールが入っていました。
29日から気仙沼に行ってきますとのこと。

2月ごろに和夫君が、知り合いの和太鼓グループから演奏会などの相談を受けていると語っていました。気仙沼で被災した人たちに少しでも元気になって欲しいとのこと。和夫君はその後、五右衛門ヶ原の仮設住宅に入居している同じ11組の同級生昆野牧恵さんに相談するなどし、市内仮設住宅での和太鼓「演奏&体験会」として企画したようです。和夫君のブログにそのチラシが紹介されています。和夫君がつくったのでしょう。

和夫君のブログ「Kazu Photo Note」

和夫君は昨日から気仙沼に入り、仮設住宅を回るなどしてこの催しをお知らせするようです。日程は、8月25日(土)26日(日)の2日間です。和夫君のブログにその内容が記してありますので、是非ご覧ください。また、和太鼓体験希望などのメールは kitebati@dream.big.or.jp まで。

千葉和夫君のブログには、フォトグラファーとしての作品がたくさん紹介されています。以前にも紹介しましたが、とっても素敵な写真が多いので、是非ご覧いただければと思います。このブログには震災後の気仙沼を撮った写真も多く紹介されています。たとえば、南町のジャズ喫茶「ヴァンガード」。再開後今年3月の写真と震災直後4月の2枚の写真です。私にとってはとても懐かしい店内風景です。

和夫君の3月18日のブログより「復活ヴァンガード」

和夫君、いつもいろいろありがとう。
東京にもどったら気仙沼の様子をまた聞かせてくださいね。
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おらいはいいがら

6月27日の三陸新報によれば、気仙沼市の仮設住宅に設置されている風呂への追い炊き機能追加について、いったんは追加を希望したもののキャンセルする世帯が相次いだといいます。この記事の隣には〈増税法案衆院通過〉の見出し。

ピクチャ 2
6月27日三陸新報1面のイメージ(クリックで拡大)

記事によれば〈高額な設置費用を知った住民が「どうしても必要というわけではない。別の復興事業に回してほしい」などとの理由で、今週だけで約60世帯が辞退した〉というのです。

設置は宮城県がおこないますが、追い炊き機能を追加するには1件当たり40~60万円かかるのだそうです。気仙沼市の全2955世帯に設置すると計10億円以上となります。そして申込み辞退の受け付けは26日で終了。その結果、希望しなかったり、辞退した世帯は約1100世帯にのぼったそうです。約4億円以上の費用、つまり税金が節約できたことになります。

仮設住宅に暮らす人が、追加設置を遠慮するときに言ったであろう言葉。
それはたぶんこんな感じでしょう。

〈おらいのごどはいいがら ほがのごどに 使ってけらい〉
 私のうちのことはいいですから、ほかの事に使ってください。

追い炊き機能を追加してもらうにしても、遠慮するにしても、それぞれの人の気持ちを想像して、ちょっとせつない気持ちになりました。

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隆市君の「闘病記」

タイトルを見て驚いた方もいるかもしれません。本日は、小山隆市君(3年6組)の病気のお話です。

4月22日、隆市君の〈気仙沼ネットデリバリー〉のブログに、「当分の間、気仙沼トピックスお休み致します」とのお知らせがありました。どうしたのかと思いつつも、お店も忙しそうだしなと、あまり気にとめていませんでした。しかしそのうち、同級生から〈隆ちゃんが入院した〉〈胃をとったらしい〉〈退院したようだ〉といった話がもれ伝わってきて、心配しておりました。

そして6月19日、約2カ月ぶりに隆市君のブログが再開しました。そのタイトルが「闘病記」。本日28日で8回目となっています。更新されると過去の内容が見られないので、これまでの経過をかいつまんでご紹介しましょう。もちろん、本人了解済みです。

隆市君は、昨年の後半から胃の調子が悪く、主治医からもらう薬を飲むなどしていたらしいのです。しかし今年に入って、体重もずいぶん減るなど、いよいよ具合が悪くなりました。そして主治医と相談のうえ病院を代え検査してもらうことに。胃カメラでの検査結果は胃がん。4月18日には市立病院に入院、24日には手術です。胃は残念ながら全摘出することに。

〈 「それでは今から麻酔をかけますね」と記憶があるのはここまでです。「小山さん!小山さん聞こえますか?わかりますか?」との声に意識が戻ったのは、午後8時過ぎ、術後7時間ほど経っていました。目が覚めた時、妻と子の姿がわかりました。無事おわった……。生きているんだと、漠然とした思いがありました 〉

手術した翌日には一般病棟に戻り、1週間以上を点滴だけで過ごしたそうです。体重は、約15キロ余り減って、55キロぐらいに。

〈 実は、手術直前には様々なことを考えて不安になり、気仙沼在住の友人数人に電話をかけていました。これが「最後の電話」とは思いませんでしたが、友人たちと話すことによって気持ちの整理がついた感じもします。電話先の友人達は、皆さん驚きながらも、励ましの言葉で手術前の不安を取り除くべく、様々な声を掛けてくださいました。嬉しかったですね 〉

そして入院してほぼ3週間、手術後2週間で退院となりました。本日のブログには、5月23日から始まった抗がん剤治療の話などが書かれています。ぜひお読みください。

気仙沼ネットデリバリー「気仙沼トピックス」

ブログで紹介していいかとたずねたメールへの返信につぎのように書かれていました。
〈 予想もしなかった今回の胃がんですが、皆さんも他人事とは思わず、ピロリ菌の除去など、注意しなければいけませんね。ほんでまず。隆市でした 〉

病気の話をブログで紹介するというのは微妙な感じもあるのですが、隆市君がわざわざ書いてくれている話を私たちへの警鐘として聞くことも大事かなと。6月9日のブログに〈還暦過ぎたら内視鏡〉と書いたのは、この隆ちゃんの病気のことも念頭にあったのです。なお蛇足ながら、切除した私の大腸ポリープ生体検査結果が陰性で〈問題なし〉との報告が本日ありました。楽観していたものの、やっぱりホッとしますね。
ほんでまず(笑)。

6月9日ブログ「還暦内視鏡」

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舞根の防潮堤計画

昨日の本ブログにも書きましたが、25日の宮城県議会で村井知事は一般質問に答えるなかで、沿岸部の防潮堤整備をめぐり、気仙沼市が一部地区で建設しない方針を打ち出したことについて、「背後地に家などがなくなる地区でも、公共施設の有無を含めて慎重に判断する必要がある」と、気仙沼市の方針に〈ちょっと待った〉的な姿勢をみせました。

河北新報
6月26日 河北新報

知事のいう一部地区とは、唐桑の舞根(もうね)地区。〈森は海の恋人〉の活動で知られる畠山重篤さんの水山養殖場などがあります。

舞根地区の人たちは6月7日、9.9メートルもの防潮堤計画撤廃の要望書を市に提出しました。これに対し菅原市長は「住民が高台に移転し、低地に守るべき資産がない場合は、現場を調査したうえで造らない方向で検討する」との方針を示していたのです。

この方針を防潮堤に関する市の方針転換と受け取った方がいるかもしれませんが、そうではありません。巨大な防潮堤計画は〈そこにくらす人たちの財産を守るためのもの〉ですから、守るものがなければ防潮堤も必要なしということなのです。私は、この市の方針を聞き、舞根地区に防潮堤を造らずにすみそうだなと、まずはホッとしました。しかし県の考えは違います。

8日の朝日新聞によれば、市の方針に対して県の担当者は「市管理の場所の対応を決めるのは市の判断だが、防潮堤がなければ地区内の県道が被災する。県道が寸断されれば、唐桑半島の先の地区の救援が遅れかねない。周辺地区の住民の意見も考慮する必要があるだろう」と話したとこと。〈県の資産があることを忘れるな〉ということなのでしょうか。

25日の県議会で村井知事は、気仙沼市が実施した魚町・南町地区の「まちづくりコンペ」にも触れています。このコンペで最優秀となった、津波発生時に海中からせり上がる「直立浮上式防潮堤」について「稼働実績がなく、実効性の検証もない」と疑問を呈したというのです。

市の向こうには県が、そして県の向こうには国か。なんと言ったらいいのだろう。役所というか行政が進める防潮堤計画に対して、市議会、県議会、国会の動きをにぶく感じているのは私だけでしょうか。

舞根地区復興ポータルサイト

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24日の「万有流転」

昨日紹介した、大島中出身気高同級生の熊谷雅裕君の三陸新報への投稿を、6月24日付三陸新報「万有流転」がとりあげていました。

万有流転
6月24日付三陸新報「万有流転」(クリックで拡大)

つぎの〈新聞オンライン.COM〉で〈立ち読み〉できます。
新聞オンライン.COM

ぜひ多くの人に読んでいただきたい内容ですので、三陸新報さん未承諾ですが以下に全文引用させていただきます。

〈 小紙20日付8面の熊谷雅裕さん投稿の「防潮堤は何のために、誰のために作るのか?」に賛同したい。被災地各地の思いはさまざまだが、防潮堤が何のために、誰のために作られるかという原点に立ち返った思いだ。
今回の震災で、多くの堤防がほとんど役に立たなかった。岩手県宮古市田老町にあった、世界最大規模の総延長2433メートル、高さ10メートルの「万里の長城」と呼ばれた防潮堤を、昨年3月の津波が破壊したことは周知のこと。
釜石市の1200億円を費やして作られた釜石港は、高さ4メートルの防潮堤とともに、大津波の前に崩れ去った。防潮堤のお陰で、波の威力が弱まったところも確かにあったが、気仙沼市でほとんど機能せず壊された、
3月末に発行した小社写真記録集「故郷永遠」を見ながら、美しかった古里の風景をあらためてかみしめた。そこに、景色をさえぎるコンクリートがあることを想像することはできない。
大切な血税を、海岸から高台に向かう片側2車線道路の整備と、鉄筋コンクリート5階建以上の避難ビル建設に当てたい。美しい自然を残しながら、津波に対してはシンプルに逃げられる方法の実現が、多くの願いである。 〉

引用は以上です。
気仙沼のローカル紙「三陸新報」は、社説で〈森の防波堤〉のことをとりあげるなど、間接的に巨大防潮堤への疑問をなげかけることはあっても、明確な反対姿勢を示すことはなかったように思います。それだけに、この「万有流転」の論調はかなり思いきった意見表明です。

25日の県議会で村井知事は、気仙沼市が唐桑舞根地区で防潮堤を建設しない方針を打ち出したことについて、「背後地に家などがなくなる地区でも、公共施設の有無を含めて(建設の可否は)慎重に判断する必要がある」との認識を示したそうです。

防潮堤建設をなんとか計画どおり推進しようとする県(と国)の姿勢は大変強いものがあります。それだけに、熊谷雅裕君の投稿やこの万有流転の記事内容を契機にして、巨大防潮堤に反対する声がまとまっていくことを期待しています。

6月25日ブログ「防潮堤は誰のため」
5月31日ブログ「高すぎる堤防」

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防潮堤は誰のため

23日土曜日のブログでも紹介した、大島の熊谷雅裕君が、6月20日の三陸新報に投稿していました。タイトルは「防潮堤は何のために、誰のために造るのか?」

三陸投稿水上
6月20日三陸新報 投稿欄イメージ(クリックで拡大)

高すぎる防潮堤/堤防計画についてはこのブログでも何度も書いてきました。そして雅裕君の投稿文章にも、私と同じ思いが書かれています。気仙沼市民ではなくなった私が、外からとやかく言うことにはやはり遠慮の気持ちが働いてしまいます。しかし、いま大島に暮らす雅裕君の意見には、当事者としての重み、そして切実さがあります。

投稿内容の要点をご紹介します。

〈大島の西側で7m、東側で12mもの防潮堤を作るとのことですが、多くの人に聞いても「防潮堤なんかいらねえよ」との声しか聞かれません〉。そして、防潮堤で大島が取り囲まれたなら〈自然の海が見られず、朝日も拝めません。朝起きて最初に目にするのが高い壁では、まるで刑務所です〉と雅裕君は語ります。

50年前の大島には6000人弱が住んでいましたが、今は半分の3000人だそうです。そして今、大島を出ていく人が沢山いるなか、〈50年後、100年後の津波に備えた防潮堤は、いったいなんの役にたつのですか〉と。それよりも〈5年後10年後に一人ひとりがより豊かに楽しく暮らせる計画を立てるべきです。防潮堤を作る費用で若い人が戻ってこられる生活の場を作ってください〉と続けます。

そして〈この際、気仙沼市は他の市町村とは違って「防潮堤のない自然あふれる市」を目指しませんか〉と述べたあと、市民憲章の5項目のうち一番最初に掲げられている「自然を愛し、海と緑のうつくしいまちをつくります」を紹介します。防潮堤はこれに反しているではないかと。

雅裕君は最後に、大島出身の詩人 水上不二(みずかみ・ふじ)の詩文を紹介しています。

海はいのちのみなもと
波はいのちのかがやき
大島よ
永遠にみどりの真珠であれ

そして〈どうかもうこれ以上「みどりの真珠」を壊さないでください〉と結んでいます。

まったく同感。気仙沼の多くの人が同じ気持ちでいると思うのですが、遠く離れた東京にいるせいか、その声がなかなか聞こえてこないのが残念です。

5月31日ブログ「高すぎる堤防」

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笑顔の紫市場

6月はじめ、大島中学出身で気仙沼高校同窓の熊谷雅裕君夫婦が上京、久しぶりに同級生らと一緒に新宿で飲むことができました。雅裕君は、津波で被災した実家〈宮古屋〉再建のため、奥さんのつやさんと共に大島に帰りました。そしてプロパンガスの供給サービスなどから業務を再開しています。お母様と雅裕君夫婦3人の仮設住宅ぐらしですが〈仲良くやっている〉とのこと、まずは一安心です。

わかれぎわに雅裕君から〈紫市場が出ていたよ〉と冊子をわたされました。東北新幹線の車内誌『トランヴェール』6月号。そのなかの「明日をつくる底力」という見開きページで気仙沼復興商店街〈南町紫市場〉が紹介されていました。見出しは〈住み慣れた町へ戻って暮らしたい。復興商店街は、そう願う人々の支え〉です。

紫市場2
『トランヴェール』2012年6月号 記事イメージ(クリックで拡大)

商店街の人たちがそろって撮った写真がいいですね。前列では〈とんかつ勝子〉のおばちゃんも笑っています。ネットなどで、あまり人のいない商店街風景を見て心配になることもあるだけに、こうした写真はありがたい。

この『トランヴェール』誌は一般書店では売っておらず、新幹線にのらないと見ることができません。ということで、少し遅くなりましたが紹介させていただきました。

雅裕君夫婦にしても南町紫市場の人たちにしても、背負っているものは本当に重く大きいと思います。それだけに、その笑顔や笑い声に触れると、ほんの少しホッとするのです。

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気仙沼6月の風景

先日、佐々木徹君(3年1組)が、魚町の写真を送ってくれました。坂口の私の実家があったところからエースポート方向をながめた写真なのですが、以前は道路をはさんで目の前にあった全漁連の建物がいつのまにかなくなっています。取り壊しを聞いていなかったので、写真をみて大変驚きました。内湾全体が見通せるようになっているのです。

3枚の写真を左から順にならべてみました。
左側が五十鈴神社(お神明さん)、右側が海岸通りです。

魚町合成写真 (クリックで拡大)

徹君のメール内容を紹介します。

〈 徹です。元の明ちゃんの家の前から見た今の風景を送ります。1枚目は、お神明さんを見た画像です。神明さんの脇にあった遠間さんの豪邸の基礎部分だけが残っています。大津波にも流されなかった丈夫な建物でしたが、家の前の道路がなくなってしまったので住むことができませんでした。2枚目は、そこから右の方を見た画像です。川印(昔は全漁連)の冷凍工場の取り壊しも終わり、裏にあったタンクひとつが残っているだけです。3枚目は、さらに右の方角を見たものです。見て分かるとおり本当に何もなくなってしまい、寂しい限りです。魚町の復興計画もいつできるかわからない状態です。とにかく前へ進むだけです 〉

徹君、どうもありがとう。

私の心境もまさに〈何もなくなってしまい、寂しい限り〉なのですが、徹君をはじめ、ここ気仙沼で暮らし働いている人たちは感傷にひたっているわけにはいきません。それを思うと、〈とにかく前へ進むしかない〉との言葉に、いつものことながら、返す言葉がなかなかみつからないのです。

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川島秀一さん3

6月10日の読売新聞書評欄で、気仙沼出身の川島秀一さんの『津波の町に生きて』が取り上げられていました。

ピクチャ 2
2012年6月10日付読売新聞(クリックで拡大)
読売オンライン版での本書評

明治大学教授で詩人・比較文学者の管(すが) 啓次郎さんは、本書を〈魂の書だ〉とし、評文でつぎのように述べています。

〈 海の道は熊野にも沖縄にもつながり、内陸部なら遠野にも至る。民俗学だけが掘り起こし記録する手応えにみちた知識の層がある。砂上の楼閣のごとき消費社会の論理がないがしろにしてきた部分だ。今回の震災でご母堂を亡くされた著者の「一から勉強をやり直す」という決意に粛然とした 〉

本書と川島秀一さんについては、このブログでも2度にわたり紹介いたしました。

5月24日ブログ「川島秀一さん」
5月25日ブログ「川島秀一さん2」

2003年の朝日新聞での『漁撈伝承(ぎょろうでんしょう)』につぐ、読売新聞での紹介。2大新聞の書評欄で取り上げられたということは、川島さんのこれまでの仕事が高く評価されていることの証(あかし)でしょう。気仙沼小・中・高で私たちの一学年下だった秀一君。私はこの書評記事を読み、ちょっぴり誇らしい気分になりました。

『津波のまちに生きて』クリックでAMAZONサイトへ

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気高同窓会ご案内

昨日の台風上陸。私も雨に濡れての帰宅となりました。気仙沼では避難勧告の出た地域もあり、テレビのニュースでも仮設住宅の様子を伝えていました。その後が心配です。

さて、気仙沼高校の関東同窓会については、6日にもご紹介いたしましたが、お申し込みがまだの方もいらっしゃるようなので再度ご案内いたします。なお、2005年度より、それまでの男子校・気仙沼高等学校と女子校・鼎が浦高等学校が統合され、共学校・宮城県気仙沼高等学校となりました。これにより、同窓会も統合されております。

日 時:2012年7月14日(土)
  総 会 11:30~12:00(受付11:00~)
  懇親会 12:10~(着席ビュッフェ形式)

会 場:九段下・ホテルグランドパレス
    東京都千代田区飯田橋1-1-1 TEL 03-3264-1111
    最寄り駅 地下鉄「九段下」JR「飯田橋」など
会 費:
  総会のみ参加/関東同窓会年会費1,000円
  懇親会参加費/
  ~平成12年卒業:9,000円(年会費込み)
  平成13年~22年卒業:3,000円(年会費込み)
  平成23年~24年卒業:年会費とも無料
申 込:
  締め切り:6月30日(土)
  つぎのホームページからも申し込みできます。
  関東同窓会ホームページ
  会費は事前の郵便振替口座への振込となります。
 (口座番号)00130-6-615097(口座名)宮城県気仙沼高等学校関東同窓会

参加申込みフォームに卒業年の記入欄がありますが、つぎの気中20回生(気高22回生 鼎高21回生)の例がご参考になればと。あくまで浪人・留年なしの場合です(笑)。

昭和26年4月~昭和27年3月生まれの方は、昭和45年(1970)3月卒

お問い合わせは、気仙沼高校関東同窓会事務局まで
TEL 03-5925-8033 (株)イーシンコミュニケーションズ内
Eメール kantou@khs-doso.com

多くのみなさんと会場でお会いできますように。

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ロボット三等兵

5月30日まで東京・神田で開催されていた「大友克洋GENGA展」。私はぎりぎり29日にすべりこみセーフ。完全予約制でなかなかチケットがとれず危ないところでした。

『AKIRA』の全原画2300枚をはじめ大友克洋(おおとも・かつひろ)さんの漫画約3000枚の原画展。そのすごさを語るときりがありません。質と量にただただ圧倒されました。

そんななかに、私たちの世代にとっては大変なつかしい漫画のパロディ作品が。
前谷惟光(まえたに・これみつ)さんの〈ロボット三等兵〉。

大友さんは、このロボット三等兵を見開き2頁に〈大友克洋風ロボット三等兵〉として描いていました。画面の中には〈前谷惟光大先生〉の文字も。パロディというよりも、オマージュやリスペクトというか敬意あふれる作品といってよいでしょう。

ネットで調べると〈ロボット三等兵〉は1955年から1957年にかけて貸本漫画として出版され、その後『少年クラブ』(講談社)で1958年から1962年まで連載されたそうです。すると私は『少年クラブ』で読んでいたのかな。その解説文のなかに「いやなことをいうね」「すごいのが出たね」などの言葉を見つけ、かすかな記憶が戻ってきました。たしかそんなとぼけたセリフを読んではみんなで笑っていたのです。


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大友克洋さんは、気仙沼市の南西部に隣接する登米(とめ)市迫町出身で、佐沼高校を卒業。1954年4月生まれといいますから、私たちより3つほど下の学年になりますね。

大友さんはこの展覧会の入場料の3分の1とチャリティオークションの落札金額を、NPO「Think the Earth」を通じて「宮城:ゆりあげ港朝市協同組合」や「岩手・宮城・福島:難民を助ける会」をはじめ、6つの団体に寄付するということです。

今回の原画展と大友さんを特集した雑誌『芸術新潮』(新潮社)4月号のインタビュー記事によれば、大友さんは昨年11月、実家から30kmの南三陸町を訪れたそうです。5月に続く2度目の訪問です。

〈 残った瓦礫の向こうにパーッと虹が出て、それがすごくきれいだった。寒かったんですけど、天気がいい日でね。なんだか不思議な感じがしました 〉

瓦礫の向こうに虹のかかる不思議な風景。それは、大友さんがあの大傑作『AKIRA』で描いた2019年〈ネオ東京〉の風景と同じではないのか。

近未来として設定された2019年まで、あと7年。〈ロボット三等兵を懐かしむだけでいいのか〉という声がどこか遠くから聞こえてきます。

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ビーチボーイズ

おとつい16日夜11時からのNHK総合テレビ「SONGS」をご覧になりましたでしょうか。

オダクン ワダシ ミデナイヨ。ケセンヌマでもデデダノスカ。

気仙沼は出てません。〈ビーチボーイズ〉が出てました(笑)。
ビーチボーイズは1961年に結成されましたから昨年で50周年。オリジナルメンバーが中心となって再結成され、ツアーを開始し、今年8月には来日公演が予定されています。

番組では、まずは「サーフィン U.S.A」や「リトル・ホンダ」「サーファー・ガール」、そして傑作アルバム「ペット・サウンズ」などを紹介します。そして「グッド・ヴァイブレーション」。この曲は1966年といいますから、私たちが気仙沼中学時代の大ヒット曲です。曲紹介のほか、メンバーでソングライターであったブライアン・ウィルソンの苦悩なども語られます。

ジャズボーカルグループ〈フォーフレッシュメン〉の影響を受けたという、あのきれいな和音は〈オープン・ハーモニー〉というそうですね。4声のうち、高い音でメロディーをとって、ほかの3声も6度とか9度といったいわゆるテンションをきかせたこじゃれたコード。大瀧詠一さんや山下達郎さんなどもよく使うハーモニーです。

YouTubeに「サーフィン U.S.A」の1963年当時のクリップ映像がありましたのでご紹介しておきましょう。これまたなつかしい感じのする映像です。


Beach Boys 「Surfin' USA」(1963)

オリジナルメンバーのウィルソン3兄弟のうち2人はすでに亡くなっていますし、還暦をとっくに過ぎた70歳近くのメンバーが多いのですが、番組で紹介されるツアーを見ると、みんな声も出ているし元気でした。番組を見逃したという気仙沼ビーチボーイズの皆さんは、21日深夜の再放送を見て彼らの元気をわけてもらうように(笑)。

NHK総合テレビ「SONGS~ビーチボーイズ」 再放送
2012年6月22日(金)1:40am~2:09am (6月21日(木)深夜)

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志ん弥師匠落語会

菊田裕美君から、古今亭志ん弥(ここんてい・しんや)師匠の落語会へのお誘いがありましたので皆様にもご案内します。志ん弥さんには、これまでもさまざまな形で気仙沼へのご支援をいただいています。志ん弥師匠、いつもありがとうございます。

ピクチャ 1 16-17-34
古今亭志ん彌師匠

落語会の内容はつぎのとおりです。

第20回「古今亭志ん彌落語全集」

6月22日(金)18:00開場 18:30開演
鈴本演芸場(東京都台東区上野2-7-12電話 03-3834-5906 )
前売3,000円、当日3,500円(全席指定)
問合せ03-3927-6979

志ん彌師匠の演目:
おかめ団子(最近演じられない古今亭のお家芸ともいえる長編人情噺)
片棒(笑いの多いけちん坊の噺)

助演:古今亭菊六、カンジカマ・マイム(パントマイム)

また、6月27日には、志ん彌師匠の第2弾CD「古今亭志ん彌落語全集 その弐」が発売されます。「穴どろ」「八五郎出世」の二席が収録されています。「その壱」ともあわせ、下記のAMAZONページから是非どうぞ。


(クリックでAMAZONページへ)

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あさひ鮨の44年

日経BP社のウェブサイト「復興ニッポン」に〈あさひ鮨〉が紹介されています。

ピクチャ 1 (サイトイメージ)
ウェブサイト「復興ニッポン」

内容は、店主 村上力男さんを取材した記事。そのなかに、〈 あさひ鮨は、日本有数の港町である気仙沼で村上さんが44年前に創業し、岩手県一関市や宮城県大崎市、仙台市などにも支店を構える、地元では知られた名店である 〉という記述がありました。
もう44年になるのか。

力男さんの奥さん、良恵さん(というかヨシエちゃん)は、ご近所魚町の同級生佐々木徹君(3年1組)のお姉さんです。その関係で、村上さん一家とは家族ぐるみのおつきあいをさせてもらいました

44年前ということは、私が高校1年生のころでしょうか、力男さんが開店の挨拶で我が家に。そのとき、鮨の折り詰めを頂戴したのですが、包み紙に驚きました。しゃれている。
手元に残っていないので記憶で語るしかありませんが、しぶい調子の緑色とえんじ色の2色で気仙沼の港が描かれていました。筆でさらっと描かれ、余白の美がありました。お鮨もきれいで美味しかった。それまで鮨の出前は南町〈丸松〉さんでしたが、それからはもちろん〈あさひ鮨〉さん。

村上力男さんは、気仙沼高校美術部の先輩にあたります。震災後はなかなか難しいでしょうが、それまでは油絵を趣味とし、魚町の海岸通りから陣山にかけての風景を描いた大作が新聞で紹介されていたこともありました。そうした感性が、開店時の包み紙やお鮨の姿にあらわれていたのでしょう。

南町にあったあさひ鮨本店は津波で被災し今はもうありません。しかし昨年末、仮設商店街〈南町紫市場〉にて再開することができました。そして村上力男さんはこの南町紫市場を運営するNPO法人気仙沼復興商店街の理事長もつとめています。

今は忙しい毎日かと思いますが、いつの日か、あの思い出の魚町の風景を一枚の絵として描いて欲しいと思っています。

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ふたりの五輪代表

昨日は気高軟式野球部、そして本日はオリンピック日本代表の話。
気仙沼出身のふたりのロンドン五輪日本代表をご紹介します。

まずはフェンシング女子フルーレの菅原智恵子さん。6月5日の朝日新聞でも〈復帰の35歳「女王 倒す」〉という見出しで紹介されていました。〈女王〉とは、五輪4連覇をめざす38歳のイタリア代表バレンティナ・ベツァーリ。

ピクチャ 1
6月5日朝日新聞朝刊(クリックで拡大)

この記事によれば、菅原さんはアテネ五輪では2回戦で敗退。しかし31歳で臨んだ北京五輪では7位入賞。これを花道に、気仙沼高校の体育教諭に復職し、国際舞台から一度は退きました。しかし、その後の全日本選手権で優勝を重ねるなどし、協会に請われるかたちでナショナルチームに戻ることになりました。

しかし上京する直前の大震災。気仙沼を離れていいのかどうか悩んだそうですが、恩師や同僚らに背中を押され、東京に向かいました。はじめはコーチの立場でしたが選手復帰を打診され、迷いはあったものの、3度目の五輪をめざすことにしたのです。

そしてもうひとりの代表は、フェンシング男子フルーレの千田健太さん。千田さんは 北京オリンピックの代表にも選ばれ、今度が2度目の五輪出場となります。日本フェンシング協会の代表発表時の会見コメントがネット上にありましたので紹介しましょう。

〈前回の北京では個人11位に終わり、とても悔しい思いをしました。4年間厳しい練習をしてきて、ロンドンで勝負できる日を本当に心待ちにしていました。今度の五輪は集大成として、すべてを出し切って金メダルを取って帰ってきたいと思います〉

皆さんすでにご承知のことと思いますが、千田さんの父親である千田健一さんも元フェンシング選手でした。1980年のモスクワオリンピックのフェンシング日本代表に選ばれながら、日本がオリンピック参加をボイコットしたために出場がかないませんでした。

こうしたさまざまな思いを胸にロンドンに向かうふたり。
気仙沼で育った菅原智恵子さんと千田健太さんが、これまでつちかってきた実力を、ロンドンの地で存分に発揮されることを心から願っています。

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三陸の王者

6月9日の三陸新報を見ていたら、なつかしい言葉が目に入りました。〈三陸の王者〉。

記事は、宮城県高校軟式野球春季大会の決勝で気仙沼高校が東北学院をやぶり6年ぶり10回目の優勝との朗報。写真にうつっていた横断幕にこの5文字が記されていました。

ピクチャ 2 (クリックで拡大)
6月9日三陸新報の記事イメージ

〈三陸の王者〉。私がこの言葉をはじめて知ったのは、1962年(昭和37年)。気仙沼高校野球部が、夏の甲子園大会に初出場を果たしたとき。私たちは小学校6年生だったかな。試合のテレビ中継では応援スタンドもうつります。そこに大勢の応援の人らとともに〈三陸の王者〉の大きな旗がありました。気高は強豪校作新学院と対戦。2―1で敗退したものの、延長11回におよぶ大健闘でした。

〈三陸の王者〉は、気高応援歌のひとつでもあります。この歌は1964年(昭和39年)につくられていますので、甲子園出場をきっかけに制定されたものかもしれません。大先輩である泉欣七郎さんの作詞です。

そういえば、いま気仙沼高校には応援団がないのだと聞きました。いつなくなったのだろうか。鼎が浦高校との統合後のことでしょうか。ちょっとさびしい気持ち。まさに応援歌〈時は流れて〉の心境です。

〈 時は流れて幾千秋 治乱興亡 夢の跡 〉

気高軟式野球部は、16日から福島県で開かれる東北大会に出場します。
選手のみなさんの健闘を祈ります。

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漁港区域の拡大2

気仙沼の漁港区域拡大に関しては5月14日のブログでもお伝えしました。
本日はその後の経過をまとめます。

まず、宮城県が申請していた気仙沼の漁港区域拡大は6月4日付で官報に告示され、正式に決定となりました。異例のスピードで手続きがなされたとのことです。

漁港区域を拡大して漁港施設用地に指定された地区は、国の事業として公費による地盤かさ上げや、道路・上下水道の整備も可能となります。水産関連施設以外は立地できなくなりますが、地権者が希望すれば市が土地を買い上げ、水産加工業者への分譲や貸し出しを行います。

そして拡大対象となっている鹿折と南気仙沼の2地区を対象した説明会が、それぞれ6月2日と3日に開かれました。いずれの説明会でも、区域内の被災した宅地について、震災被害がなかったと仮定した価格の約8割での買い取り価格が目安として示されました。たとえば、鹿折の対象地区1平方メートル当たりの評価額は2万1000円~2万4000円です。

2地区では地権者の意向調査がすでにおこなわれ、いずれも約8割の回答率となっています。鹿折地区では回答者の8割がかさ上げに同意し53%が売却希望、南気仙沼地区では85%がかさ上げに同意し59%が売却希望とのことです。2地区を総合すると、約6割がかさ上げに同意し、4~5割が売却希望といった感じでしょうか。

ちょっと気になるのは、かさ上げに同意しない地権者の存在です。かさ上げの工事は、同意を得たブロックから着手されるとのことなので、同意が得られない土地のある地域は作業が遅れざるを得ないでしょう。

こうした土地の整理事業は、私的な財産権に関わることなので難しいこともあるでしょうが、国費を活用しての復興事業がなんとか円滑に進んでくれればと思っています。

5月14日ブログ「漁港区域の拡大」

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今日で1年3カ月

きのう10日の河北新報が、菅原文子さんのご主人で行方不明となっていた豊和さんのご遺体が発見されたと伝えていました。

河北新報6月10日配信内

菅原さん夫妻は、気仙沼の鹿折地区本浜町で〈すがとよ酒店〉を経営していました。そして昨年の震災。豊和さんは奥さん文子さんとつないだ手をすり抜けて津波にのまれたといいます。そのせつなさと悲しさをつづった文子さんの手紙が、昨年夏の「恋文大賞」を受賞したことはこのブログでもご紹介しました。

2011年11月11日ブログ「文子さんの手紙」

文子さんは現在、気仙沼市太田の西八幡町の仮店舗で〈すがとよ酒店〉を再開。長男豊樹さん夫妻は先週末にコンビニエンスストアを開店したとのこと。その3日前、6月5日の知らせでした。豊和さんは、以前の店からわずか200メートルの建物のなかで。

今日であの震災から1年3カ月。6月7日現在、気仙沼市の震災による死者数1035人(うち身元不明者数41人)。行方不明者数はいまだ280人にものぼります。

毎月11日にお知らせしております。義援金の振込口座情報です。
義援金御振込口座

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還暦内視鏡

還暦を機に、これまで経験したことのない胃と大腸の内視鏡検査を行ってみました。体調不良や自覚症状はないのですが、いわば人間ドックということで。

先週月曜日には上部消化管内視鏡。いわゆる胃カメラですね。のどへの局所麻酔だけでなく注射での静脈麻酔もお願いしたので、何も記憶のないまま終了。先生の〈もうすぐボーッとしてきますからね〉などという言葉を聞いた一時間あとにベッドで目がさめました。結果は問題なし。

そして昨日は下部消化管内視鏡。大腸カメラです。まずは2時間で2リットルの下剤というか腸管洗浄剤をゆっくりと飲んでいきます。これがなかなか大変だと聞いていましたが、スポーツドリンクみたいでそんなに苦労はありませんでした。トイレには8度ほど。

検査は、私自身も画面映像を見られる状態でおこないました。一番奥までいれるのに15分ぐらいかかったでしょうか。少し違和感を感じることもありましたが、心配していたほどではありません。そして今度は内視鏡を戻していきながら腸を観察していくのですが、その途中で先生が〈ここにポリープがありますね〉と。画面にはたしかにプクッとしたものがうつっています。あとで見せてもらうと5~6ミリ程度のものなのですが、画面ではずいぶん大きく見えました。

もうひとつの小さなものもあって、両方を切除しました。内視鏡の先からワイヤーみたいなものが出てきたり、ペンチみたいなものや、捕虫網みたいなものが出てきて、切除や切片の回収をおこなうのです。切り口は、クリップみたいなもので止めていきます。

そんなこんな40~50分ぐらいで終了です。ポリープ切除の場合は入院となるのですが、気分的にはそのまま帰宅できそうな感じ。それほど簡単に済んでしまうのです。ベッドではぐっすりと眠ることができました。なんか、日頃の疲れをとるよい機会になったような気さえします。この入院で昨日のブログはお休みしました。

ゆっくり寝ての今日の朝。8時ころには朝食が出ました。昨日なにも食べていないせいか〈朝がゆ定食〉が大変おいしかった。そして早くも9時には退院です。

ちょっと長くなりましたが、知って欲しかったのは胃や大腸の内視鏡検査が本当に簡単に済むということです。60年も生きていれば、どこかしらおかしくもなるさ。震災によって暮らしが大きく変わった人も多いし、定年退職や転職といったこともあるでしょう。

だから、還暦過ぎたら内視鏡。まだの方は是非おためしください(笑)。

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カツオ初水揚げ

きのう6日、気仙沼魚市場に今年初めてとなるカツオが水揚げされました。テレビ各局のニュースでもとりあげていましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。


TBS系列テレビニュース(13日まで配信)

報道を総合すると、入港したのは静岡県沼津市の巻き網漁船「第58浜平丸」で、銚子沖でとれたカツオ約48トンを水揚げ。1回目の入札では1キログラム当たり669~1250円の値がつき、なかには2,500円の値がついたカツオもあったとのことです。また、入札前に市場が実施した放射性物質の簡易検査では、精密測定実施の目安となる1キログラム当たり50ベクレル未満でした。

2010年の気仙沼港のカツオ水揚げ量は4万960トン。震災の影響で2011年は1万4868トンにまで減少しましたが、15年連続での全国一の座を守ることができました。

FNN系列のニュース(東京はフジテレビ、気仙沼では仙台放送)では、磯屋水産の安藤竜司さんがインタビューを受けていました。本日7日いっぱいで配信がなくなるかもしれませんが、どうぞご覧ください。


FNN系列ニュースネットワーク

4月16日ブログ「安藤さんの言葉」

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気仙沼高校同窓会

気仙沼高校の関東同窓会が7月14日(土)に開催されますのでご案内します。
同窓生はすでにご存じでしょうが、2005年度より、それまでの男子校・気仙沼高等学校と女子校・鼎が浦高等学校が統合され、共学校・宮城県気仙沼高等学校となりました。これにより、同窓会も統合されております。

日 時:2012年7月14日(土)
  総 会 11:30~12:00(受付11:00~)
  懇親会 12:10~(着席ビュッフェ形式)

会 場:九段下・ホテルグランドパレス
    東京都千代田区飯田橋1-1-1 TEL 03-3264-1111
    最寄り駅 地下鉄「九段下」JR「飯田橋」など
会 費:
  総会のみ参加/関東同窓会年会費1,000円
  懇親会参加費/
  ~平成12年卒業:9,000円(年会費込み)
  平成13年~22年卒業:3,000円(年会費込み)
  平成23年~24年卒業:年会費とも無料
申 込:
  締め切り:6月30日(土) 
  ホームページから申し込みできます。FAX申込用紙もダウンロード可能です。
  関東同窓会ホームページ http://khs-doso.com/
  会費は事前の郵便振替口座への振込となります。
 (口座番号)00130-6-615097(口座名)宮城県気仙沼高等学校関東同窓会

なお、参加申込みフォームに卒業年の記入欄があります。気中20回生は、通常であれば気高22回生で「昭和45年」3月卒となります。ご参考まで。

お問い合わせは、気仙沼高校関東同窓会事務局まで
TEL 03-5925-8033 (株)イーシンコミュニケーションズ内
Eメール kantou@khs-doso.com

それでは7月14日、会場でお会いしましょう。

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布袋さん吉川さん

6月2日の河北新報が、〈吉川晃司さんらの寄付金活用 ベンチャー企業支援 気仙沼市〉と伝えていました。

吉川晃司(きっかわ・こうじ)さんと布袋寅泰(ほてい・ともやす)さんは、昨年7月に音楽ユニット「COMPLEX(コンプレックス)」を21年ぶりに一度だけ復活させ、東京ドームで震災復興支援ライブ「日本一心」を開催しました。


復活ライブ1曲目「BE MY BABY」(約8分)

昨年末には、

公演やグッズ、関連DVDの売り上げから、
総額6億5千万円を義援金として寄付すると発表されました。そして今年2月、つぎの寄付先がまずは発表され、そのなかに気仙沼市も含まれていたのです。

岩手県「いわての学び希望基金」:1億円
宮城県「東日本大震災宮城こども育英基金」:1億円
宮城県石巻市 :7500万円(中心市街地復興支援)
宮城県気仙沼市:7500万円(産業支援)
福島県いわき市:7500万円(震災孤児遺児支援)

河北新報によれば、気仙沼市はこの寄付金7500万円を活用し、金融機関から融資を受けにくいベンチャー企業を支援します。「創造的産業復興支援事業」として、起業や地域資源などを活用した新事業展開をめざす中小企業に1000万円を上限に経費の一部を助成するということです。7、8月にも募集をおこない、専門家による審査委員会で審査したうえで年度末にも交付するとしています。これらの関連予算は8日に開会する気仙沼市議会6月定例会に提出されます。

布袋さん、吉川さん、そしておふたりのファンや関係者の皆様、ありがとうございました。

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出光丸の見学会

本日紹介する写真は、うつっている人以外は、同級生でも案外知らないかもしれません。1966年12月11日、私たち気仙沼中学3年生が、横浜での巨大タンカー出光丸の見学会に招待されたときの記念写真です。

出光丸3 (クリックで拡大)

1960年代、石油の採掘から販売までを〈石油メジャー〉と呼ばれた欧米の国際石油資本が独占していました。これに対して、出光佐三社長ひきいる出光興産は、日本の民族系資本として独自の石油調達につとめ、当時として世界最大の石油タンカー「出光丸」を石川島播磨重工横浜造船所で建造しました。そして、〈海事思想の普及〉という趣旨で、全国の中学生1万5千名を見学会に招待したのです。

12月10日、私たちは、同じく招待された東北地方の生徒を各駅でのせた国鉄(現JR)の見学会専用の夜行列車にのりこみ、翌日午前中に横浜へ到着しました。きれいな紙箱に入ったホットドッグとテトラパックのミルクがランチとして配布されました。

竣工したばかりの出光丸は大きかった。全長342m。船腹に設けられた仮設のスロープをのぼるのですが、かなりの高さがあるのです。5~6階建てのビルぐらいだったでしょうか。ほかの細かなことは覚えていないのですが、操舵室でみた操舵輪が直径40cmほどの小さなものだったことに驚いた記憶があります。

さて、この記念写真。1列目で旗を持っている右側が私。3年8組からはほかに中井殖君と清水真味さんが参加しています。たぶん各クラス2名に生徒会役員3名を加えて25名となったのでしょう。最後列右端は引率してくれた桜田千代喜先生です。

見学会の3カ月ほど後、私たち気中20回生は、PTAの寄付によって結成されたブラスバンドの演奏で送られ卒業しました。気仙沼も好景気だったのでしょう。この時代が、5年ほど続いた〈いざなぎ景気〉のなかにあったことを知るのは、ずっとあとになってからのことです。ましてや、後年の〈バブル景気〉やその崩壊など、知るよしもありません。

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支援ジャズライブ

5月27日に「東日本復興応援プロジェクトFROM 銀座」2階で行われた気仙沼支援のジャズライブに行った菊田裕美君が当日の様子を知らせてくれましたので紹介します。

「 銀座TSビルで、日本ルイ・アームストロング協会が主催した〈銀座で気仙沼支援チャリティライブ 気仙沼をみなさんとJAZZで応援しましょう!〉に行ってきました。

会場には、宮城県栗原市出身のシンガーソングライター、みなみらんぼうさんも来ていました。午後2時から3組のバンドによる演奏のあとには、気仙沼グッズやCD、DVDの抽選会などもありました。日曜午後のひさびさのJAZZの生演奏を楽しむことができました。


マイクを持っている方が外山さん。(菊田裕美君撮影)

気仙沼のジュニアジャズオーケストラ〈スウィング・ドルフィンズ〉を支援くださっている外山夫妻は、子供たちの演奏会を銀座とニューオリンズで行いたいと計画しているそうです。いろいろな方々が、いろいろなかたちで被災地への支援をしてくださっており、大変ありがたく思いました」

報告は以上です。裕美君、いつもありがとう。

日本ルイ・アームストロング協会は、1994年の発足以来、ニューオリンズの子ども達へ楽器を送ってきました。会長の外山喜雄(とやま・よしお)さんは、私たちが大学生ぐらいのときからディキシーランドジャズの演奏で知られていた方です。

そして大震災直後、外山さんが橋渡し役となり、ニューオリンズのライブハウスが〈2005年のハリケーンの時にも、日本からの義援金や楽器の寄付で助けてもらった。今度は我々の番だ〉と楽器購入費1万1000ドル(約90万円)を寄付。津波で楽器を流されたスウィング・ドルフィンズにトランペットやサックス、トロンボーンなど計14本が届いたのです。そして昨年4月24日にはその楽器を使って、被災後初のコンサートを市内の避難所になっていた総合体育館前のステージで開くことができたのです。

外山さんはじめ、多くの支援者の皆様、本当にありがとうございました。

ルイ・アームストロングが歌う〈What a Wonderful World〉は、テレビCMなどにも使われ、ジャズファンだけでなく多くの人に愛されている曲。G・ダグラスはベトナム戦争をなげき、平和な世界を夢見てこの詞と曲を書いたといいます。

気仙沼の復興を願いながら、この曲を聴くのもよいかもしれません。
What a Wonderful World。この素晴らしき世界。

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あんばはんの日

今日6月1日は、気仙沼小学校の全校遠足で安波山登山だそうです。

以前にも書きましたが、私たちが小学生だったころの「あんばはん」の日は、町中がお祭り気分でした。「あんばはん=安波山(あんばさん)」は、旧暦3月27日の安波大杉神社への参拝登山の日の呼び名でしたが、近年は新暦5月5日が「ゴーゴーあんばはん」の日となっていました。今年の旧暦3月27日はいつだったのか。調べてみたら、2週間前の5月17日(木)でした。

安波山 (クリックで拡大)
震災前の安波山と魚町の風景。気仙沼プラザホテルHPより拝借。いつもお世話になっております。http://www.pkanyo.jp/

私の記憶では、「あんばはん」の日は学校が休みだったように思っていましたが、実際は学校も会社も〈はんどん〉、つまり午後から休みとなったようです。弁当をもってみんなで安波山にのぼったり、陣山で花見をしました。

私が最後に安波山にのぼったのは、15年ほど前になるでしょうか。小学1年生ぐらいだった息子も一緒に八日町の広野新聞店の脇からのぼっていきました。結構きつかったけれど、山頂からの景色はやはり最高でした。中学生ぐらいのときに同じ風景を見たのだと思って、懐かしい気持ちがしたのを覚えています。

気仙沼小学校の小さな後輩たちの今日の遠足。安波山のいただきからみんなでながめる風景が、良き思い出でとなることを願っています。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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