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学卒の秋山さん

昨日のブログは「豚のもの」ということで、「生もの」でした。
今日の話は「乾きもの」。

私が気仙沼小学校に通っていたころ、つまり50年ほど前のことと思ってください。家の前には木のゴミ箱がありました。「豚のもの」以外はそこにいれておくわけです。回収はどのようにおこなわれていたのだろうか。よく覚えていないのですが、たぶんトラックが回ってきたのでしょう。

そんな記憶のなか、今でもはっきり思い出せる人がいます。それが「アキヤマさん」。どのような字を書くのかわからないのですが、これから先は「秋山さん」。

秋山さんは、いつもねずみ色のぼろ服を着てリュックを背負ってほぼ毎日、各家のゴミ箱をあさるというか、ひろうというか、まあそんなことです。でもね、秋山さんは、そんじょそこらの乞食(こじき/こつじき)の人たちとは違うんです。大学出で、山師だったといううわさでした。詐欺師ではないよ、鉱山師の〈やまし〉。たしかに気仙沼にはむかし「モンスターゴールド」を産出した鹿折金山もあったから、鉱山師という経歴もまんざら嘘ではないかもしれません。

そう言われると、かぶっているつばの広い帽子といい、上背(うわぜい)といい、秋山さんにはなんか普通の乞食さんたちとは違うおもむきというかふんいきがありました。

私の父は、ヘビースモーカーでした。さきっちょをちょっと吸うだけでやめるんだ。そんなこともあってか、母はその吸い殻を日めくりの暦の紙に包んでゴミ箱のはしっこに置いておきます。秋山さん用にね。

ある日、母がいつものように、吸い殻をゴミ箱に入れようと玄関を出ると、そこに秋山さんがいたのだそうです。そして母が吸い殻の包みを直接わたそうとしたら、秋山さんが言いました。

「まずは捨ててください。私はこじきじゃありませんから」

ま、気仙沼の言葉でしょうがね。言うよねえ。やっぱ秋山さんはちょっと違うよ。プライドというか誇りというか。大学卒、間違いなし!

秋山さんのほかにも気仙沼の有名人が結構いましたね。
「鍋っこずんつぁん(鍋爺さん)」「しげかっつぁん(しげかつさん)」そして「かっつ(これは何の略かわからない)」。
「かっつ」はちょっとこわい感じもしたけれど、「しげかっつぁん」はいつも鰹やさんまを入れたばんじょうを引っ張りながらニコニコ笑っていたような記憶があります。いい人なんだな。

そんなみんなも、今はもういないらしい。
「ホームレス」などという言葉がない時代。秋山さんをはじめ、みんなは一体どこに住んでいたのでしょうか。不思議です。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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