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内ノ脇の子供達

11月22日のブログ「甘い記憶」を見た小畑(畠山)春一君が、斎藤恒四郎君がうつっているもう一枚の写真を送ってくれました。春一君は、同じ3年5組の小畑博美さんと結婚して、いまは仙台市泉区で暮らしています。

内の脇保育所卒園 (クリックで拡大)

内ノ脇(ないのわき)保育所の卒園写真ですね。最後列の左から二人目が恒四郎君でしょう。おお、左端は吉田憲樹君(3年11組)じゃないか。春一君本人はどこにいるんだろう。
彼のメールには、「引っ越しするたびに減ってしまった写真のうちの残った一枚です。恒四郎君は一番背が高かったので保育所の大将でした」とあります。たぶん、当時から剣道をやっていたのでしょう(笑)。

ネットで調べたら、気仙沼市立内ノ脇保育所はいまもありました。所在地が南が丘の市民会館の南側です。以前と同じなのでしょうか。そしてさらに調べると、被災地支援活動として紙芝居ライブをなさった方の9月の記事をみつけました。

「内の脇保育所も園舎が津波の被害にあい、今は高台にある乳児施設を園舎にしておられました。内の脇保育所の先生と子どもたちも津波と火事に囲まれ3日間ほとんどのまず食わずで過ごされたそうです。2日目には脱水症状を起こす子どもたちもたくさんいましたが、みんなで励ましあったそうです。3日目に自衛隊が助けにきて食べ物をこどもたちが口にするとみるみるうちに元気になり子どもの力ってすごいと思われたそうです」

南が丘にある保育所も津波で被災したのか。ちょっと信じがたいのですが。
春一君が送ってくれた写真にうつるまだ幼い同級生たち。その孫の世代にあたる小さな子供たちがあの震災を経験し、大津波と大火事の光景を見たのです。

追記:このブログ記事に淑子さんからコメントをもらっています。上記の内の脇保育所被災の話は、一景島保育所のことではないかとのことです。28日のブログにも書きましたのでご覧ください。(11月28日記)

11月22日ブログ「甘い記憶」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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