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森は海の恋人

6日、気仙沼に向かう新幹線車中で週刊文春5月5・12日特大号を読んでいたら、連載「新・家の履歴書」に気仙沼市唐桑の畠山重篤(しげあつ)さんが登場していました。
記事によれば震災時、畠山さんは高台の自宅に孫たちを引き連れて駆け上がり、あやうく難を逃れました。その自宅は、唐桑村の村長だったお祖父さんが津波の歴史から学び、あえて海抜25メートル以上のところに別邸としてつくったものだそうです。

ご存知のように畠山さんは、「森は海の恋人」を合い言葉に植林活動を長年にわたって展開、その活動は教科書でも紹介されるなど、広く知られています。震災後も多くの新聞記事やテレビニュースで畠山さんのメッセージが紹介されています。

これまで畠山さんの著書を3冊ほど読みましたが、どれも大変興味深い内容でした。

ひさしぶりに『日本〈汽水〉紀行』を開いてみると、その口絵は “リアス式海岸が入り組む宮城県の気仙沼湾を対岸の大島からのぞむ” カラー写真。大島がその勢いを弱めてくれつつも、大津波はまさにこの写真に写し出された場所を襲ったのです。

文春新書『牡蠣礼賛』もおもしろかった。日本だけでなく海外も含めた牡蠣の話にあふれています。食通を自認する皆さん。牡蠣を語るなら、まずはこの本を読んでからにしてくれたまえ!なんてね。
友人に貸し出していま手元にないのですが、1960年にフランスのヒラガキ絶滅の危機を救ったのが石巻の種牡蠣であるとのエピソードも紹介されていました。フランスの主な牡蠣は石巻の牡蠣の子孫なのだそうです。そのときの功労者が、テレビ番組「料理の鉄人」の審査員 “おいしゅうございます” 岸朝子さんの父、宮城新昌氏。

『牡蠣礼賛』ほか畠山さんの著書はここを参照

話が石巻になっちゃいました。
震災でお母様、さらに養殖用のいかだ、船、作業場のほとんどを失った畠山さんですが、テレビや新聞を通じてのメッセージは、非常にポジティブですね。週刊文春の記事も次のことばでおわっています。

「昔から、津波のあとって漁場がよくなるんです。だから漁を再開すれば、きっと取り返しはつく。海は必ず応えてくれるものだから」

畠山さんの「水山養殖場」ホームページはここから 畠山さんのエッセイブログもこのなかにあります
NPO法人「 森は海の恋人」ホームページはここから
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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