新入学児童生徒数

2月17日の三陸新報に、気仙沼市と南三陸町の2017年度小中学校の新入学児童・生徒見込み数が紹介されていました。記事によると、両市町小学校の最多入学は九条小の61人です。私たちが気仙沼小学校の低学年のころは気小〈九条分校〉だったことを思い出します。記事には、〈かつてのマンモス校の気仙沼は30人〉との記述もありました。

中学校の新入学見込み数字を見ると、気仙沼中学は63人で1〜3年の全生徒数は194人となっています。少ないのは大島中で、入学生徒数は11人で全生徒数は36人。

あとは、表を見てもらいましょう。まずは小学校。(クリックで拡大します)

小学

つぎに中学校。

中学

〈少子化〉が引き起こす様々な問題について、頭では理解しているつもりなのですが、表中にならぶ一ケタの数字を見ていると、さすがにその深刻さがリアルに伝わってきます。小中学校の統合計画に対して、〈少人数教育の良さもある〉などといっている局面ではないと思うのですが。

1月17日ブログ「小中学校統合問題」
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3.11からのヒカリ

今年も、〈3月11日からのヒカリ〉が開催されます。気仙沼の内湾〈鼎ヶ浦〉の3カ所から「鎮魂」「希望」「感謝」の想いを込めた3本の光を放射するこの催しは、震災の翌年から毎年おこなわれています。私たち〈気仙沼中学校20回生支援会〉は今回もこのプロジェクトに協賛させていただきます。初回からですから今年で6回目となるのですね。本日はそのご報告です。

311ヒカリ
公式サイトのイメージ(画像クリックでサイトにジャンプ)

開催日:2017年3月11日(土)
時 間:18時30分から深夜0時まで
会 場:気仙沼市内湾(鼎が浦)
主 催:3月11日からのヒカリ実行委員会
後 援:気仙沼市/気仙沼商工会議所/河北新報「リアスの風」/(株)三陸新報社/K-NET
協 賛:気中20回生支援会/昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会(現在も募集中)

上記協賛団体名にある〈昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会〉は略称〈KSS42〉。小山達朗君(気中3年9組)が代表をつとめている同年会です。いまのところ私たちの同年2グループの協賛のみでちょっとさびしいのですが、これから増えてくることでしょう。

なお、上記の公式サイトのトップ画面右上にテキスト中継〈気仙沼を届けよう〉の案内が表示されていますが、これは昨年までのもので、今年はおこなわれないようです。誤解なきよう念のため。(追記:詳細はわかりませんが、今年もおこなうようですね。誤解させてしまいました。申し訳ありません)

今回も例年どおり、企業団体そして個人からの募金をおこなっています。5枚1500円のクリアファイルや1点1500円のポスター(A2サイズ)が用意されています。詳しくは募金サイトをご覧ください。

募金サイト
オンライン募金ページ
公式Facebook

3月11日、静かに天に向かって放たれる3本のヒカリが、多くの皆さんのさまざまな思いを込めたものになって欲しいとの願いから、本プロジェクトに協賛いたしました。催しのご紹介とあわせ、当会をご支援いただいている方々へのご報告といたします。

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第一昭福丸に密着

本日もテレビ番組の紹介です。2本あるのですが、1本目は1時間25分もの特別番組です。

1:追跡!極上マグロ   

2月19日(日)のテレビ番組に気仙沼の(株)臼福本店所属の第一昭福丸が登場します。「追跡!極上マグロ~嵐の北大西洋 38日間完全密着」です。

極上マグロ
番組サイトより(画像クリックでサイトにジャンプ。紹介動画もあります)

テレビ朝日系列24局全国ネット特別番組
◎「追跡!極上マグロ」
~嵐の北大西洋 38日間完全密着
2月19日(日)13:55 ~ 15:20
テレビ朝日系列(気仙沼は東日本放送)

(番組サイトより)「黒いダイヤ」と呼ばれるクロマグロと命懸けで格闘する海の男たち。静岡朝日テレビは、2016年10月1日から11月7日まで、遠洋マグロ漁船にリポーターとカメラマンを送り込み、マグロ漁に完全密着した。日本の遠洋マグロ漁船は、最盛期の約600隻から200隻に激減している。後継者不足に加え、養殖マグロ、輸入マグロが台頭しているからだ。今、日本の伝統漁業を改めて見つめ直すときに来ている。日本の遥かかなたの洋上で続くマグロ延縄漁と、マグロと格闘する漁師の姿を通して、漁業の過酷さや魅力、男と男の心の交流をたっぷり伝えていく。(引用は以上)

リポーターはお笑いコンビ、サミットクラブの静恵一さん(34)。中尾彬、関根勤、熊切あさ美、柴田英嗣さんらも出演します。青森県大間などのマグロ一本釣りの取材映像はよく目にしますが、アイスランド沖など北大西洋での38日間密着取材というのはちょっとめずらしいでしょう。静岡朝日テレビの制作です。


2:漁師たちが育てる森  

2本目は10分間のミニ番組です。「森は海の恋人」の活動、カキ養殖やサケ漁などが紹介されるようです。

里山
番組サイトより(クリックでジャンプ)

◎ニッポンの里山 ふるさとの絶景に出会う旅
「漁師たちが育てる森 宮城県 気仙沼市」
2月20日(月)午前7:00~午前7:10(10分)
NHK BSプレミアム

今度の日曜、月曜と気仙沼関連のテレビ番組が続きますね。予約録画などしてご視聴いただければと。

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高校生が描く未来

本日はテレ番組の紹介です。今度の日曜日NHK総合「明日へ つなげよう」、月1回放送される「復興サポート」。気仙沼で収録された〈高校生が描く地域の未来 part 2〉が放送されます。

復興サポート
番組サイトより(画像クリックでサイトにジャンプ)

◎NHK総合テレビ「復興サポート」
高校生が描く 地域の未来 part2(仮)~宮城・気仙沼市
2月19日(日)午前10:05~10:53
再放送2月24日(金)午後2:05~2:53

まずは番組サイトの紹介文から。「今回は、復興する町の地域づくりへの高校生の参加がテーマ。この番組では、去年1月、島根県教育魅力化特命官の岩本悠さんを招き、若者のアイデアを復興にどう生かすか、高校生と大人たちで話し合いが行われた。その中で提案されたのが、高校生がそれぞれに地域の課題を見つけ、その解決法を提案する『本気のプレゼン大会』だった。

今回は「本気のプレゼン大会」を実現。高校生たちは、自分自身で考えた「コミュニティ情報誌づくり」や「多世代交流会」などのアイデアを発表。さらにその後、大人たちも加わって、その実行に向けて知恵を出し合った。高校生の思いを地域づくりにつなげ、若い世代を育てていく取り組みが気仙沼で動き出した。」(引用は以上)

これはたしか1月15日に気仙沼の市役所ワン・テン庁舎で収録されたものと思います。高校生5組が、気仙沼のまちづくりについてのアイデアをプレゼンします。1年前の同番組での提案が実現されたということも素晴らしい。放送が楽しみです。どうぞ皆様もお見逃しなきよう。

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ようこそ村上先輩

本日も唐桑の話題。3回連続となりました。唐桑は海の幸だけでなく話題も豊富です(笑)。

気仙沼高校同窓で首都圏同年会〈けせもい会〉メンバーでもある村上教行君が、出身校である唐桑中学で講演したという話は、先日の気仙沼を元気にする会〉の報告でもちょっと触れました。その様子が、2月4日の三陸新報の記事となっていましたので紹介します

2月2日に、生徒自身が人生の指針について考える〈志教育〉の一環として行われた催しは、〈ようこそ先輩〉。村上君と、唐桑小学校教諭の村上梓織さんのふたりが唐桑中学の1・2年生82人を前に話しました。

ようこそ先輩
三陸新報2月4日記事の一部イメージ

記事には、〈イオンモール取締役会長の村上教行さん〉とあっさり書かれていましたが、〈村上先輩〉の流通業界、経済界での活躍ぶりが、唐桑中の後輩の皆さんにどれくらい伝わったか。気仙沼ジャスコ/イオン関係の面白いおじさんとしか思われていないのではないかとちょっと心配になり、以下にまとめてみました。

イオンモール(株)は、イオングループの中核会社としてショッピングセンターの開発や運営、地域開発などをおこなっているディベロッパー企業です。展開モール数は海外も含めて168モール、従業員数は昨年8月現在で2771名。村上君は2007年4月から同社代表取締役社長を4年間つとめ、2011年5月からは取締役会長として現在にいたります。また、イオングループを統括する持株会社イオン(株)の専務執行役社長補佐を経て、現在は同社顧問ともなっています。念のため記しておけば、イオン気仙沼店は、イオングループ中のイオンリテール(株)が展開する店舗のひとつです。

彼の名刺には、〈イオン東北 代表〉という肩書が記されているのですが、これはちょっとわかりにくい。調べてみると、「商業施設新聞」の配信記事に説明がありました。それによれば、イオン東北は、イオンリテール、イオンスーパーセンター、マックスバリュ(MV)東北、MV北東北、MV南東北、サンデーなどで構成されています。会社・企業体ではなく、長期的な視野に立って生産地としての東北地域と仕入や物流、販売などの連携を強化することと、東北復興を側面からサポートするための組織とのこと。なるほど。

この記事には、村上君と気仙沼との関わりが詳しく書かれているのですが、村上君が〈私は気仙沼市の離島で生まれ育ち〉と語ったことになっています。唐桑町鮪立生まれのはずがいつのまにか大島の生まれに(笑)。

記事の末尾に、彼の川柳2句が紹介されていました。1句目は唐桑で被災したお母様を呼び寄せ10カ月間の生活を共にしたことを、2句目は2013年に生まれたお孫さんを詠んだものです。

孝行の真似ごとと被災の親を呼び
子は鎹(かすがい)孫は瞬間接着剤

この商業施設新聞の配信記事〈ユニーク商業人列伝〉、是非お読みいただければと。

商業施設新聞2013年10月29日配信記事

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唐桑の天皇杯受賞

平成28年度(第55回)農林水産祭において、気仙沼市の「唐桑町浅海(せんかい)漁業協議会青年部」(代表 小野寺芳浩さん)が「天皇杯」を受賞しました。7部門あるうちの「水産」部門での受賞です。昨年11月23日の農林水産祭式典で表彰され、12月22日には宮城県庁にて知事への受賞報告をおこなっています。

知事報告
1月12日付け宮城県ニュースクリップより(中央が青年部長 小野寺芳浩さん、右が畠山政則さん)

そして気仙沼では、本年1月28日にホテル観洋にて受賞記念祝賀会が開催されました。1月31日の三陸新報がこれを報じています。記事では受賞団体が〈県漁協唐桑支所〉と読み取れるような書き方をしていましたが、唐桑小学校でのカキ養殖体験学習に触れての同支所畠山政則運営委員長の挨拶を紹介していました。

1月28日の三陸新報「記者席」では、1月23日におこなわれた天皇賞を受賞した7団体14人と天皇・皇后両陛下との懇談を紹介しています。唐桑からは、青年部代表小野寺芳浩さんと畠山政則運営委員長のおふたりが参列。記事によれば、両陛下は各団体から5分ずつの説明を受けたそうですが、〈青年部の前では15分も足を止めて耳を傾けられた〉とのこと。

1:28天皇杯
三陸新報1月28日記事より(クリックで拡大)

日本テレビの1月24日配信記事では、つぎのように紹介しています。

「 水産部門では、東日本大震災の津波によって大きな被害を受けた宮城県気仙沼市唐桑町でカキ養殖を行う漁業関係者が受賞し、両陛下は受賞者に、「震災があったから大変だったんではないですか」「海もだいぶん戻ってきましたか」と復興状況を気遣われた。また、地元の小学生たちが海を怖がらずに養殖いかだでのカキ養殖の体験学習を行っているという説明を受け、「そういうことを乗り越えて、みんなやっているんでしょうね」と喜ばれていた。」(引用は以上)

日本テレビが7団体中から唐桑の話をとりあげてくれたのですから、両陛下が唐桑に対してほかとはちょっと違った関心を示してくれたのは明らかでしょう。

こうした懇談当日の様子を伝える記事を読んで、〈さもありなん〉と感じました。以前このブログにも書きましたが、両陛下はこれまで、気仙沼市唐桑町〈森は海の恋人〉の畠山重篤さんと何度かお会いになっています。ですから、唐桑の漁業の歴史や、落合直文生誕の地として短歌の盛んな気仙沼地方の土地柄についてすでにご承知と思うからです。あの唐桑、あの気仙沼の青年らが、こうして地元の小さな子供たちにカキ養殖についての教育活動もおこなっていたのかと思われたことでしょう。

受賞理由は、農水省資料を要約すればつぎのようなことです。〈唐桑町浅海漁業協議会青年部は、「総合的な学習の時間」を活用したカキ養殖に関する学習支援事業を唐桑小学校と連携して10年間にわたっておこなっている。その蓄積を基に一連の養殖作業行程を学ぶ総合的な体験型の学習プログムを構築した〉

同資料には、〈漁業者による植林運動である「森は海の恋人運動」はこの地を発祥の地としている〉ことや、唐桑小学校が一連の体験学習を発表し、ユネスコESD(持続可能な開発のための教育)優良実践事例集に採択されるなど、世界的にも高い評価を受けていることなども記されていました。

少し長くなってしまいましたが、唐桑の皆さんの活動がこうした大変大きな賞を受けたことを本当にうれしく思います。唐桑町浅海漁業協議会青年部、そして唐桑小学校や漁協唐桑支所など関係者の皆様、このたびの農林水産祭最高賞受賞のお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

2014年12月12日ブログ「田園歌人熊谷武雄」
2016年10月3日ブログ「ケネディ大使投稿」

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小池アミイゴさん

先日、妻が〈読みたい記事があって「暮らしの手帖」を買ったら、小池アミイゴさんの記事がのっていた〉と教えてくれました。アミイゴさんは、〈震災をきっかけに、東北をはじめ日本各地を歩き、その風景や土地に根ざした暮らしをテーマに描いている〉イラストレーターです。気仙沼にも数度訪れているはず。昨年8月の気仙沼市唐桑でのイベント〈気仙沼Tシャツ海岸in唐桑半島〉でも、〈小池アミイゴのだれでも絵がかけるワークショップ in唐桑〉も行われました。

「暮らしの手帖」最新2-3月号の記事は〈アミイゴさんの3・11〜6年間思いつづけた東北のこと〉と題され8頁にわたっています。誌面イメージを知って欲しく、7〜8pの見開きだけ紹介させてもらいます。左は唐桑の集落風景です。

暮らしの手帖

ほかの頁には、唐桑町鮪立(しびたち)を描いた絵も掲載されていました。地域の人の話と残された写真をもとに、震災前の風景を描いたそうです。その絵は、アミイゴさんのつぎのツイートでご覧いただけます。

小池アミイゴ @amigosairplane

編集部による文章のなかに、唐桑でのワークショップのことが記されていました。会場は、小山紀子さん一家が開く茶処「プランタン」で、2年ぶり2度目の開催だったそうです。記事のなかにはワークショップの様子と前日に滞在したユースホステルでの小さな宴のスナップも紹介されていました。そのどちらにもうつっている顔に見覚えがあるなと思いルーペでのぞいてみると、気仙沼高校の同級生で唐桑町観光協会会長もつとめる三上忠文君でした。

2011年3月11日以降の東日本を歩いて出会った景色や花や人の生活を描いた小池アミイゴさんの展覧会タイトルは「東日本」。その作品は、東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)のサイトでもご覧いただけます。是非ご覧ください。

TISサイト/小池アミイゴ「東日本」

何度も気仙沼をはじめ東北各地を訪れては、いろんな人と話をしながら、絵を描き続けている小池アミイゴさん。その絵のすばらしさはもちろんのこと、絵からはとてもやさしい視線とお人柄が伝わってきます。

アミイゴさん、いろいろとありがとうございます。心からお礼を申し上げます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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目黒のコンサート

3月5日(日)に東京・めぐろパーシモンホールで、昨年に引き続き、「東日本大震災復興支援コンサート」が開催されます。第1部は、気仙沼市民吹奏楽団とヤマハ目黒吹奏楽団の混成楽団による演奏。第2部は、気仙沼市出身の熊谷育美さんと岡本優子さんの歌と演奏、そして目黒区立中目黒小学校合唱団が出演します。

目黒コンサート

◎東日本大震災 復興支援コンサート
日時:3月5日(日)13:30開場/14:00開演/16:00終演予定
会場:めぐろパーシモンホール 小ホール
(〒152-0023 東京都目黒区八雲1-1-1)
アクセス:東急東横線「都立大学」駅より徒歩7分
出演:
熊谷育美(シンガーソングライター)
岡本優子(ジャズピアニスト)
気仙沼市民吹奏楽団とヤマハ目黒吹奏楽団による混成楽団
目黒区立中目黒小学校合唱団
チケット料金:全席指定 1,000円
チケット取扱:めぐろパーシモンホールチケットセンター
TEL.03-5701-290
公式サイト公演情報

このコンサートについては昨年から知っていたのですが、まだ先のことと思っていましたら、あっという間に1カ月前となりました。今回は会場が小ホールということもあってか、すでに予約席がわずかになっているようです。私はかろうじて最前席2席を〈イープラス〉にて確保しました。電話での予約も可能ですので、どうぞお早めに問い合わせください。

昨年のコンサートや、岡本優子さんについては、つぎのブログでも書いております。どうぞ、よろしく。

2016年2月29日ブログ「目黒のコンサート」
2011年12月1日ブログ「岡本優子さん」

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おもてなし奨励賞

2月5日(日)の三陸新報にうれしいニュースが掲載されていました。気仙沼の〈気楽会〉が、宮城県の「観光王国みやぎおもてなし大賞」奨励賞を受賞したのです。

奨励賞2件

三陸新報2月5日記事の一部イメージ

県の資料によれば、この賞は「観光王国みやぎ」の実現に向けて,観光事業者の意識啓発・意欲向上を図るとともに,宮城県全体の「おもてなし」の充実につなげていくことを目的としたもの。奨励賞は、〈観光による地域活性化のモデルとなる優れた取組〉に対して授与されます。今回の奨励賞4件のうち2件を気仙沼市の2団体が受賞したことになります。もうひとつは〈三陸ジオパーク気仙沼推進協議会〉です。

〈気楽会〉の活動については、このブログでも何度も紹介してきました。代表のコヤマ菓子店/小山(おやま)裕隆さんは、故 小山隆市君のご長男です。三陸新報の記事では、裕隆さんのコメントが紹介されていました。「ゲストとして協力いただいている商店主や市民の皆さんのおかげ。今後も気仙沼の『人』にスポットを当てながら継続していきたい」とのこと。

市外からも注目されている気仙沼の観光アクティビティプログラム〈ちょいのぞき気仙沼〉の活動なども、〈気楽会〉の〈観光案内課〉活動や人材がベースになっているように感じます。今回の受賞は、そうした長年の活動実績が高く評価されました。

ちょっと長くなりますが、県の資料から評価のポイントを引用しておきます。

◎気楽会の観光案内課の取組

「何度でも通いたくなる旅」をコンセプトに街歩きツアーを1ヶ月に1回、気仙沼の内湾地区を中心に開催している。毎回、食やイベントなど、気仙沼の旬を味わってもらうためのテーマを設け、地域で働く人に登場してもらい、地域にかける熱い想いや展望などを語ってもらうなど、地域住民参加型のイベントとして実施している。その活動は観光客からの評判がよく、10年以上継続して活動しており、観光による地域活性化のモデルとなる優れた取組である。(引用は以上)

表彰式は2月10日(金)に宮城県行政庁舎にて。県知事から賞状、記念品が授与されます。〈気楽会〉そして〈三陸ジオパーク気仙沼推進協議会〉の皆様、今回の受賞、おめでとうございました。お祝いを申し上げます。

宮城県観光課「おもてなし大賞について」資料

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あざらグランプリ

1月29日(日)に気仙沼市田中前の〈さかなの駅〉で気仙沼の郷土料理〈あざら〉の味を競うイベント〈あざらグランプリ〉が開催されました。今年で5回目とのこと。1月31日の三陸新報も紹介していましたが、私が驚いたのは1月29日の仙台放送テレビニュースです。優勝者に賞状を授与する同級生の平塚一信君(3年1組)がうつっていたのです。

あざら1

あざら2
いずれも仙台放送1月29日放送ニュース画面より

元気そうでなにより。ところで、気仙沼の人に〈あざら〉の説明は不要でしょう。仙台放送のニュースは〈気仙沼の郷土料理「あざら」は、酸味が出てきた白菜漬けを、メヌケやキチジといった魚といっしょに酒かすで煮込んだ料理〉と紹介していました。

平塚君の登場のほかに、もうひとつ驚いたことがあります。それは、唐桑・鮪立(しびたち)出身で東京在住の @ kaku_q さんが、〈(たぶん)唐桑にはない食文化〉とツイートしていたことです。〈あざらは聞いたことも食べたことも無かった〉とも。魚の食文化にとても詳しい彼が言うことなのでたぶんそうなのでしょう。私たちより10歳ほど下の方なので、世代がとりわけ若いからということでもなさそうです。そして一昨日の〈気仙沼を元気にする会〉で、同じ鮪立育ちの鈴木修君にも聞いてみたところ、〈聞いたことはある〉との答。やはり、唐桑には元々〈あざら〉はなかったんだ。決定!(笑)。

平塚君、〈あざらグランプリ〉はとてもいいイベントですね。開催にはいろいろと苦労もあるとは思いますが、是非つづけていって欲しいと思っています。

なお、〈あざら〉については、つぎのふたつの記事でも紹介しております。

2011年12月15日ブログ「あざら」の件
2011年12月16日ブログ「あざら Part2」

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元気にする会報告

きのう2月5日(日)は、〈気仙沼を元気にする会〉。東京・大久保駅近くの会場に多くの人が集まり、午前10時から始まりました。司会と進行役は気仙沼出身で〈みなと三陸大使〉のひとりでもあるフリーアナウンサー佐藤千晶さんでした。

第1部の講演会では、まず菅原茂市長が気仙沼の復興の現状と今後の課題や計画などを話されました。詳細は略しますが、菅原市長の話はいつも理路整然としていてわかりやすい。あくまで行政側からの情報発信ですので、〈行政バイアス〉がかかっているとは思いますが、課題の認識とそれに対する対応方針がよくわかります。案外、気仙沼市内でこうした話を聞くことができる機会は少ないのではないでしょうか。

続いては、気仙沼市移住・定住支援センター「湊/MINATO」で〈ターン・コーディネーター〉をつとめている小林 峻さん。自らも気仙沼に移住してきたという小林さんが、センターの活動計画などを説明してくれました。

第2部は懇親会でした。〈気仙沼を元気にする会〉も今回で9回目となり、見知った仲間も多く和気あいあいとした雰囲気。そんな中でとてもうれしかったのは、海外向けの気仙沼公式Facebook「KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE(未来の創造)」の関係者お二人にお会いできたことです。ひとりは律子ロビンソンさん。米国マサチューセッツ州バークシャーにお住まいですが、今回は松岩中学の還暦祝いに参加のため帰国したとのこと。お話を聞いていたら、私の妻と鼎が浦高校で同じ学年。当人同士も驚いていました。

もうおひとかたは、髙田さん。気仙沼のご出身ではありませんが、プロジェクト開始時から記事の編集や翻訳をボランティアで手がけてくださっています。きっかけは、気仙沼市唐桑出身の翻訳家 熊谷千寿(ちとし)さんと東京外国語大学で同級生だったこと。いろんなご縁があるものですね。お二人の話を聞きながら、こうした方々の努力であの素晴らしいFacebookのページがつくられていたのかと驚き、そして納得したのです。

今回わたしは、ビールを飲みながらの〈歓談〉に忙しく、写真はほとんど撮りませんでした。撮ってもらった2枚のみ、ご紹介しましょう。

まずは気仙沼高校の同級生5名。唐桑中学から村上君、鈴木君、千葉君、気仙沼中学からは菊田君とわたし小田。村上教行君(右から2人目)は先日、母校唐桑中学から頼まれて講演をして帰ってきたばかりとのことでした。〈イオングループからみた日本の小売業の課題と将来〉について語るわけもなく、いつものようにおもしろおかしく自らの中学生時代とその後の体験談などを語ってくれたことでしょう。

2:5元気にする会

つぎは、律子さん(右)、髙田さん(左)と小田。裕美君が撮ってくれました。

律子さんらと


報告はここまでに。最後になりましたが、会の企画から開催までをいつもボランティアでなさってくれている気仙沼サポートビューローはじめ関係者の皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。

なお、「KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE」については、つぎのブログでも書きました。こちらもご覧いただければと。

2016年9月14日ブログ「唐桑大漁旗リレー」

KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE
律子さんのブログ「アメリカの田舎暮らし」

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5大ニュース2016

2016年〈あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース〉の候補21項目については、昨年12月30日のブログで紹介しました。その投票結果と五大ニュースの内容が1月26日に決まりました。1月27日の三陸新報の記事を紹介します。

1:27五大
三陸新報1月27日記事より

1位は「生鮮カツオの水揚げ、20年連続日本一」でした。20年も続くとあたりまえのことのようにも感じられますが、漁業関係者の不断の努力の結果だと思います。しかし、カツオの不漁問題もあり、資源保護のあり方なども課題であることを忘れてはいけないでしょう。

この五大ニュースの投票は、5日から18日まで66カ所で行われ、計2263票の応募がありました。全項目的中者(五大ニュースの順と内容でしょうね)は中・高校生15人とのことで、2月2日に表彰式が行われたそうです。

2015年の五大ニュースはつぎのとおりです。

1:畠山健介選手、ラグビー・ワールドカップで大活躍
2:生鮮カツオの水揚げ19年連続日本一
3:「ホヤぼーや商品券」大人気、初日で完売
4:サンマ不漁で大苦戦
5:災害公営住宅の入居始まる。防災集団移転事業で住宅再建進む

今年2017年の五大ニュースには、明るい話題がならぶことを願っております。

なお、これまでの五大ニュースについては下記の記事にて。

五大ニュース2015
五大ニュース2014
五大ニュース2013
五大ニュース2012

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気仙沼市の文化財

1月20日の三陸新報につぎのような公共広告が掲載されていました。

1:20文化財
三陸新報1月20日掲載広告より

1月26日の〈文化財防火デー〉に際して、気仙沼市内の文化財を紹介しています。気仙沼の文化財って、どれだけあるのだろう。そう思って、気仙沼市の公式サイトをのぞいてみました。本日は、そこにあった件数表を紹介します。まずは気仙沼市内の文化財指定件数から。

指定

国指定が計3件あります。〈無形民俗文化財〉2件は〈室根神社祭のマツリバ行事〉と〈羽田のお山がけ〉。このマツリバ行事というのはあまりよく知りませんね。そして天然記念物1件は〈十八鳴浜及び九九鳴き浜〉です。十八鳴浜(くぐなりはま)は大島北東部の大初平に、九九鳴き浜(くくなきはま)は唐桑町西舞根にあります。

つぎに文化財登録件数。〈指定〉ではなく〈登録〉です。

登録

こちらは、国指定の有形文化財が18件となっています。これには、魚町の〈角星〉〈男山〉〈武山米店〉の店舗などが含まれます。ほかにも八日町〈三事堂ささ木〉とか南町〈千田家住宅〉など。

文化財の重要度ということでは、国>県>市、指定>登録、ということになるのでしょうね。三陸新報の広告に掲載されているものは、宮城県指定と気仙沼市指定の文化財がまざっています。この中で私が見たことがあるのは、気仙沼市指定天然記念物の〈神明崎のモクゲンジ群落〉だけ。自生するものとしては北限のモクゲンジであるとのこと。しかし、見たことがあるというとちょっと違うかもしれません。神明崎/五十鈴神社が近所で遊び場所だったというだけで、〈モクゲンジ〉がどの樹木だったのかよくわからないのです。ということで調べてみると河北新報の配信記事に写真がありました。

モクゲンジ
河北新報2015年7月22日配信記事より

なるほど、黄色の花を咲かせるのですね。これを見てもちょっと思い出せない(笑)。近所にあると有り難みに気付かないということかもしれません。今年も、7月になればきれいな花を咲かせることでしょう。どうぞ皆様、お神明さんへのお参りのついでに、県指定天然記念物のモクゲンジの花もご覧くださいますように。

なお、1月26日の〈文化財防火デー〉は、1949年(昭和24年)のこの日に法隆寺の金堂で火災が発生したことにちなんでいるそうです。まずは念のため。

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カツオがつなぐ縁

昨年12月15日は、「日本画家 本田鼎雪」と題し、鼎雪さんが描いたカツオの絵のことをブログに書きました。そこでは、「気仙沼市史」における関連記述を引用したうえで、つぎのように記しだのです。〈こうして長文を引用したのは、ネット上に本田鼎雪さんの情報が少なかったからです。こうしてブログに書いておけば、鼎雪さんのことを調べる方の目にとまることもあるかなと〉

鰹
三陸新報12月14日掲載広告より

2016年12月15日ブログ「日本画家 本田鼎雪」


いやあ驚きました。その2週間後の12月30日に、「くらげ」さんという方から、つぎのコメントが投稿されたのです。

「 ブログ拝見いたしました。帰省で実家に戻ったところ、母から自宅にある絵画の作者を調べるよう依頼され、こちらに辿り着きました。漁業を営んでいた実家を新築した時に取引先からいただいたものです。今では廃業していますが同じく鰹の絵で今でも大切に飾ってあります。こちらのブログがあったおかげでどんな方が描かれたものかすぐ調べることができました。ありがとうございました」

年末や年始ということもあって、「くらげ」さんの投稿に気付いたのは1月5日のこと。すぐにつぎのように返信しました。

「 投稿、ありがとうございました。ブログ文中に検索時の役に立てばと書いたのですが、早速このようなご連絡をいただくとは。本当に驚きました。ご実家が気仙沼なのかほかの地域なのかわかりませんでしたが、漁業でのご縁があるのですね。どうぞ鼎雪さんの絵を愛蔵くださればと。これをご縁にどうぞよろしくお願いいたします」

これに対し、「くらげ」さんが再度コメントを投稿したそうなのですが、うまくいかなかったとのこと。そして、1月29日に、つぎの投稿が届きました。これで、ご実家の所在県がわかりました。

「 こんにちは。コメント投稿したつもりが反映してなかったのでリベンジです。大変失礼しました。実家は気仙沼からはかなり遠く離れた三重県になります。これをご縁に気仙沼のことはいつも気にかけております。 今後共よろしくお願いします」

ご実家が三重県の方だったのです。私が気仙沼でくらしていたころ、カツオ漁の季節になると、気仙沼港にはたくさんの三重県籍の漁船が係留されていました。よく覚えています。ほかには高知県や宮崎県の船も。

私が〈三重県〉と聞くと必ず思い出す小学生の頃の記憶。それは、私の実家の近所、魚町坂口の鼈甲屋(べっこうや)の裏庭です。一年上のフジオちゃんや一年下のタカオちゃん、そしてさらに下のヒデオちゃんの昆野家3兄弟や近所の子らでよく遊んでいました。その裏庭に面した座敷というか部屋を、〈三重県の餌(えさ)買いさん〉が借りていたのです。季節は夏だったか。

当時、〈ミエケン〉という言葉をどのように理解していたのかはわかりませんが、いまだに反応するのは、なにか印象的な人だったのでしょう。そのおじさんが何か面白いことを言う人だったとか。

ここまで書いて思いついたことがあります。その餌買いさんにも小学生の子供がいたのではないか。煙草を吸いながら私たち子供たちの缶けりなどを見て、三重で待っている子供たちを思い出していたのではないか。

〈なんだっけオダくん、まだ妄想がはじまったのすか〉

そうだね。この辺でやめておきましょう。でもね、その可能性は否定できない。ゼロではない(笑)。というようなことで、気仙沼と三重には、カツオ漁がつなぐ深い縁があります。「くらげ」さんの家もカツオ船をもつ漁業家だったのでしょう。そのご実家の新築祝いに、気仙沼の魚問屋あるいは魚市場、漁協といった取引先が鼎雪さんのカツオの絵を贈ったということでではないか。

本田鼎雪さんのカツオの絵を通じて、くらげさんを知ることができました。そして、気仙沼と三重をつなぐカツオの縁をあらためて思い出せてくれました。1982年に亡くなった鼎雪さんも喜んでくれることでしょう。くらげさん、ありがとうございました。今後ともどうぞよろしく。

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新年会写真6年分

本日も〈けせもい会〉新年会の話。昨日は、1月28日当日の写真のみ掲載しましたが、今日は2012年以降の各回写真を紹介します。2011年は、2月5日に新橋〈松竹梅〉で新年会を開催し、2月12日には気仙沼で〈還暦祝い同年会〉を行っています。その1カ月後に大震災となりました。

まずは2012年。会が始まる前にビル入口で私が撮りました。


2013年。左側奥に熊長/武敏君(気中3年4組)がうつってますね。
2013.jpg

2014年。右手前で両手をあげているのは中井君(同8組)。
2014.jpg

2015年。右側の赤いセータ姿は村上教行君(唐桑中)
2015.jpg

2016年。中央で恒四郎君(6組)を支えているのは岩渕君(5組)。
2016.jpg

2017年。きのう紹介した写真をふたたび。
2017けせもい会

各写真とも画像クリックで拡大します。2012年からの経年変化、いかがだったでしょう。あまり変わっていないようにも思うし、渋さが増しているようにも(笑)。こうして写真を見ていると、5年経つのがあっという間のことに感じられるのです。それが良いことなのか、そうでもないのか。それはよくわかりません。


各回のブログ記事は下記に。
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年

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けせもい会新年会

1月28日(土)〈けせもい会〉の新年会。24名が銀座の千葉憲二君の店〈まかない 㐂いち〉に参集しました。〈けせもい会〉は、気仙沼周辺地区出身者の在京同年会。今回参加者の出身中学でいえば、気仙沼中、唐桑中、大島中、津谷中、階上中などです。

午後4時半に開始。会長の鈴木徳一君(気中3年3組)や千葉憲二君(同4組)の挨拶のあと乾杯。幹事役としていつも諸事万端をつとめてくれている菊田裕美君(1組)からは、今回の欠席連絡メールには体調を崩している人も見受けられるので、健康にはくれぐれも注意するようにとの指導も(笑)。64〜65歳という年齢や時節がらということでしょうか。あとは、歓談というか雑談を楽しくワイワイと最後まで。会のおわりに撮った記念写真はこんな感じです。

2017けせもい会

翌日、憲二君がみんなに送ってくれたメールを紹介しましょう。参加者の気持ちを代弁してくれているように思います。上の写真でいうと右側の一番手前のわたくし小田に手をかけているのが憲二君。その後は恒四郎君です。

〈昨日はお疲れさまでした。久しぶりに仲間たちと会い、一瞬の間でも無邪気になって昔に戻れる瞬間がなんて心地よいんだろう。その余韻が家に帰ってきてからも残っています。それが僕の大きな財産のひとつであることを確認できたひと時でした。来年もまたお待ちしております。ありがとうございました。これからも気仙沼魂で頑張ります。気仙沼生まれで幸せです!!〉

裕美君によれば、〈けせもい会〉は1994年12月に日暮里で行われた発起人会から始まるそうです。憲二君は、有志の集まりとしては1992年に始まり、この年は自分がラーメン店〈ちばき屋〉を開店した年なのでよく覚えているとのこと。みんなの応援が心強かったといいます。いずれにしても20数年間も続いているのですね。

震災後、2012年からの新年会写真を紹介しようと思ったのですが、ちょっと長くなりましたので、明日にでも。

新年会では、とても楽しい時を過ごすことができました。お世話役の方々、それから〈㐂いち〉の皆様にお礼を申し上げます。みなさん、ありがとうございました。

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大島架橋手順紹介

気仙沼の本土と大島を結ぶ大島架橋の架設日が3月26日と決定しました。1月24日の三陸新報が伝えています。

1月24日架橋
三陸新報1月24日記事の一部イメージ

朝日埠頭(ふとう)/商港岸壁で行われていた本体アーチ部の組み立ては既に終了しており、残る作業も来月中に完了する見込み。2月26日、3月4・12・19・26日の計5日間で架橋工事が行われ、最終日3月26日に念願の大島架橋が実現します。

アーチ部の運搬などがどのように行われるのか、宮城県土木事務所が発行している「大島かけはし」第38号(昨年8月1日発行)掲載の図で紹介します。(両図ともクリックで拡大)

まずは朝日埠頭で組み立ての完了した中央径間(本体アーチ部)を3000トン級の大型クレーン船で吊り上げて運び出します(浜出し)。そして大島方向に少し進み、進行方向の右に舵をきった後に後進して架設地点である大島瀬戸に到着します。

浜出し

つぎは、本土側と大島側にすでにできあがっている橋台・橋脚に、中央径間を架設します。その後、配管工事などをして完成です。

完成

三陸新報によれば、3月25日の午後11時から26日午前4時30分まで朝日埠頭で吊り上げ作業、そして午前5時30分まで1時間かけて架設地点に曳航(えいこう)、午後4時までに現地での架設を終える予定。

県は、3月26日に市民向けの架設見学会を予定しています。道路なども含めた完成は2018年度内のこととなりますが、〈悲願の橋〉ともいわれた大島架橋がいよいよ姿をあらわすことになります。

なお、この大島架橋の正式名称は「気仙沼大島架橋」。そして愛称は「鶴亀大橋」です。大島に伝わる龍宮伝説にちなんだもので、2014年のブログにも書きました。こちらもご覧いただければと。

2014年11月21日ブログ「気仙沼の龍宮伝説」

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昭和30年の森廣

本日も気仙沼の銭湯の話。以前このブログで、南町にあった銭湯「森広」のことに触れました。気仙沼の地域情報誌「浜らいん」に掲載されたこの写真についてです。

大堀銀座
「浜らいん」2014年初冬号(11・12月)より(クリックで拡大)

2014年12月5日ブログ「大堀銀座 in 1955」

詳しくは以前のブログを読んでいただくことにしますが、写真中央の建物が和泉自転車屋、その右が森廣(森広)湯です。写真説明には昭和20年代の大堀銀座の風景とありましたが、映画看板や横断幕から昭和30年(1955年)であると判断しました。森廣湯の部分を拡大してみましょう。看板の文字は右から左に書かれているので「湯廣森」となっています。

森廣湯


私の小さな頃に利用した森広が、この建物のままなのか少し変わっているのかはわかりません。この向かいには龍崎果物店がありましたね。店先にはいつもバナナがつるされていました。その龍崎が実家だった経子さん(5組)は詳しく知っているでしょうね。今度の土曜日28日に銀座〈㐂いち〉でおこなわれる同年会〈けせもい会〉に彼女が来ていれば聞いてみましょう。

写真にうつる、サクランボ型の照明灯が印象的です。これが風景の年代判断にも役立つのです。和泉自転車屋の前のノボリには〈ノーリツ号〉という当時の自転車や、〈マツダランプ〉〈トウトランプ〉といった電球の商標名も見てとれます。

私たち気中20回生が3歳とか4歳だったころの南町/大堀銀座風景。単なる〈レトロ〉といった言葉を越えた〈リアル〉な時の流れを感じます。

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「銭湯の想い出」

きのうのブログ「『亀の湯』閉店へ」に、〈31回生3年11組20番〉さんからコメントの投稿をいただきました。気中31回生でしょうから、現在は53〜54歳の方です。気仙沼にあった〈千代の湯〉〈森広〉〈気仙沼湯〉といった銭湯の想い出が記してあり、大変おもしろい。気付かないと見落とししてしまう方も多いと思い、以下に再掲します。

◎銭湯の想い出

こんにちは。亀の湯、そうなんですか。お湯がチョロチョロとしか出なくて(笑)。魚町に引っ越した時には、家風呂もできたんですが、倉庫も兼ねた使用だったので、時々利用してました。進学後~就職してからも帰省時には何度か使ったんで、回数はともかく利用期間としては一番長かったと言うことになりますね。弟はヘビーユーザーだったはず。

気仙沼での銭湯利用遍歴は、八日町に住んでいた家風呂がなかった頃の千代の湯(南町のカトリックに上がる坂の角)に始まって、森広〜気仙沼湯(小田さんの書かれてる海岸郵便局の所と思います)〜そして亀の湯です。スポット的に新町の薬湯とか友の湯とか。

それぞれに想い出があって、 千代の湯はやたら熱くてシャワーが無かったのであんまり好きじゃ無かったです(笑)。行儀作法にうるさいおんちゃんが居て、お湯をうめると怒られたり、湯槽の底の方に熱いお湯が出る所があって、うっかり近付いて火傷したりしたなあ。記憶がないころからで言えば一番通った銭湯なんだと思います。

一人でも行くような年齢になって森広にも足を運ぶようになった頃に閉店したんですよね。小2か小3くらいですかね。森広は入り口の角にマツヤという駄菓子屋があって、そこにもよく通ったなあ。プラモデルが流行ってて、戦艦大和を作って湯舟に浮かべたり、この頃からは親と行くより、友達と行くことの方が多かったですね。ちっちゃい子供のやつだと思いますが、○んこが浮かんでた事もありました(笑)。

あの一角が、プラージって建物になることが決まって廃業してからは気仙沼湯。気仙沼湯は仲間うちでは、通称けぶろと呼んでました。機械の上の楕円形のガラスの器のなかにジュースが舞う自販機があって、紙コップをあてがって飲むやつ。今思うと、小学校の3年辺りから6年生辺りまでは、遊びの一つとして、銭湯さいぐべしっていう選択肢があったような気がします。

で、銭湯と言えば、映画のポスター! 旭とか、南映とかでかかるやつ。番台のおんちゃんやおばちゃんに、終わったらけらいね!って、いち早く予約しといてゴジラとかのをよくせしめてました。南映のは興味は満々ですが、持って帰れんポスターが多かったんで、もっぱら文信堂や白萩辺りでその類いの載った雑誌を立ち読みしてました。ジャンルは詮索はしないで下さい!(笑)

昨春、実家の引越に伴い整理に帰った際、残ってたなかに栄光のル・マンやエクソシスト、燃えよドラゴンなどに混じって、エマニエル夫人があったのには笑いました。裏に、○○くんと書かれてあったのは兄のなんですけどね。

今でも銭湯は好きで、近くの2軒を偏りがないように通ってますが、どちらかと言えば人気が劣る方に通ってます。廃業されても困りますしね……。実家が商売をしてて、前回はこっちで買ったんで今回はこっちのお客さんの所から、みたいな感覚を植え付けられてるのも、その要因のひとつです。 (投稿引用は以上)

銭湯の想い出だけでなく、ジュースの自動販売機(あれはたしか現在のホシザキの初期製品ですね)や、〈南映〉〈文信堂〉〈白萩〉などの名もなつかしい思いがいたしました。ひとつわからなかったのが、〈プラージ〉という建物の名です。丸光デパートが〈ビブレ〉になって、その後は〈イコーレ〉にという流れは知っているのですが。

31回生さん、いつもありがとうございます。多くの同級生たちにとってもなつかしい話だろうと思い、あらためての紹介とさせていただきました。これからもよろしくお願いいたします。

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「亀の湯」閉店へ

1月20日の三陸新報に気仙沼の銭湯〈亀の湯〉が3月に閉店するとの記事。

1:20亀の湯2
三陸新報1月20日記事の一部イメージ

三陸新報サイトでもニュースを紹介していたので、その記事から一部を引用します。

「 気仙沼市魚町で、地域住民や漁船員などに親しまれてきた銭湯が3月末に閉店。131年の歴史に幕を下ろす。土地区画整理事業内(小田註:事業対象地区内ということですかね)にあって、新たな建設費用などを考えると、営業を続けていくのは難しく、店じまいを決めた。利用者からは惜しむ声が上がる。
 亀の湯(齊藤克之代表)は、1886年創業の老舗銭湯。戦後、多くの飲食店が連なった太田はじめ、魚町、陣山地区や、漁業基地である気仙沼港に水揚げした漁船の乗組員らが疲れを癒やし、肌が触れ合う社交場としてにぎわった。」(引用は以上)

創業した1886年は明治19年です。その頃の銭湯というのはどんな感じだったのか。また、亀の湯付近を入口として多くの店が連なっていた太田料飲街の明治時代の風景などにも興味がわくところです。

亀の湯には小学校あたりのときに1〜2度使ったことがあるぐらいです。少年野球大会の後にみんなで入ったとか、そんな感じ。むしろ小さなころの銭湯の記憶は〈森広〉(もりひろ)。南町の〈イコーレ〉があった場所にありました。近くにはしだれ柳の木。そのほか、南町の(煎餅坂に移る前の)海岸郵便局があったあたりにも銭湯がありましたね。

震災後の〈亀の湯〉の復活はテレビや新聞でもずいぶん紹介されました。多くのご支援もありました。そしてその歴史にも幕。魚町の土地区画整理事業がいよいよ本格化ということなのでしょうか。自分が生まれ育った魚町がどんどん変わっていきます。東京で暮らす者の郷愁とは知りつつも、新聞の記事や広告のなかに〈閉店〉という文字を見るとちょっとさびしくなるのです。

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気中20プラス賞

1月19日付けの三陸新報をめくっていたら(デジタル版なのですが頁送りの矢印を押すと、めくる音がするのです)、きれいな色が目に入ってきました。拡大してみると海上保安庁図画コンクールの受賞作品でした。

11:19絵画展
三陸新報1月19日記事より

上下の文字や枠線がちょっとうるさいので、これを削除して大きくしてみましょう。この絵の良さがはっきりとわかります。

記事なし絵画

この図画コンクールは、海上保安庁が主催するもので今年は17回目。全国の小中学生から3万3298点もの応募があったそうです。上の大島中学校1年生の高橋理央(りお)さんの作品は、海上保安協会気仙沼支部長賞を受賞しました。

このシンプルな絵には、なにか現代的なイメージを感じます。3色のハーフトーンで構成されていますが、筆のタッチが残っているために抽象的になりすぎていないところもいい。画用紙のサイズは四つ切(380mm×540mm)とのことなので、色を塗るのも結構たいへんだったと思います。

募集要項を見てみると、作品テーマは〈未来に残そう青い海〉で、つぎの5つのいずかを選んで絵を描いて下さいとのこと。①汚れた海を前にして困っている人々の様子②海を綺麗にしている人々の様子③綺麗な海で楽しく遊び、働いている人々の様子④海で元気に暮らす生き物の様子⑤綺麗な海を航行する船の様子。

理央さんの絵は、この5つの題材のどれにも直接的には該当しないのではないか。あえていえば、③綺麗な海で楽しく遊び、働いている人々の様子が、大島の海のように澄んだ心をもった人には見えることでしょう(笑)。しかし、〈未来に残そう青い海〉という大テーマをきちんと表現しており、この作品に賞を与えたことも素晴らしい。また、作者本人だけでなく、応募を勧めた指導の先生もなかなかのものと。

理央さん、受賞おめでとうございました。東京でこの絵に感心した人がいたということを知って欲しくブログの記事といたしました。私からの〈気中20プラス賞〉として。

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それぞれの年の瀬

昨年のことになりますが、「週刊新潮」12月29日・1月5日新年特大号の巻頭グラビアページに、気仙沼〈すがとよ酒店〉新店舗の開店が紹介されていました。

新潮すがとよ
「週刊新潮」12月29日・1月5日新年特大号より

記事の冒頭部分を引用します。

「 あの日から5年9カ月あまり。時間だけは誰にも平等というが、“復興”への歩みは、被災3県、一様ではない。

気仙沼市鹿折(ししおり)地区では、津波で街がほぼ壊滅した。創業97年の老舗『すがとよ酒店』を営んでいた菅原文子さん(67)は、店舗と一緒に切り盛りしていた夫の豊和さん、義父母の豊太郎さん、のり子さんを目の前で失った。約1カ月半後にコンテナハウスで営業を再開。文子さんが酒瓶に貼った手書きの『まけねぇぞ気仙沼』のラベルが評判を呼んだ。まだ行方不明だった夫への思いを綴った手紙が、その年の恋文大賞に選ばれ話題に。仮設店舗を移転しながら営業していたが、元の店のすぐそばにある豊和さんの遺体が見つかった場所で、2016年12月17日、新店舗の開店にこぎ着けた。」(引用は以上)

右上の写真キャプションには〈長男一家(左〉、次男一家、三男(右端)に囲まれた文子さん〉、左上の小さな写真には〈震災直後、長男次男で看板を守った〉と記してありました。

記事は、文子さんの言葉をつぎのように紹介しています。

「震災後は極限状態で、どうしたらいいかわかんなかったんです。でもどん底だと思っても命があればなんとかなる。悲しみの中で出会った人たちがたくさんの力をくれました」

すがとよ酒店の話を書いた昨年12月のブログでは「店舗名〈すがとよ〉は、菅原豊和さんの名からとったものだと思います」と書いたのですが、週刊新潮の記事に義父の名が「(菅原)豊太郎さん」とありました。店名は豊和さんのお父様の名にちなんでいるようです。

週刊新潮の宮城県気仙沼市に関する記事は、すがとよ酒店の歴史と被災を短くまとめながら〈よかったね〉とのメッセージを伝えてくれました。一方で、岩手県大槌町については身元のわからない遺骨の話、福島県浪江町に関しては福島県警による行方不明者の捜索についてでした。見出しは〈被災3県それぞれ6度目の年の瀬〉。まさにそれぞれの年の瀬、そして新しい年ということでしょう。

2016年12月26日ブログ「すがとよ本設開店」
2011年11月11日ブログ「文子さんの手紙」

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MINATO/湊とは

きのう1月18日のブログで、2月5日開催の気仙沼を元気にする会を紹介しました。本日は、第1部の講演会の講師のひとり小林峻さんが所属する〈気仙沼市 移住・定住支援センター〉をご紹介します。まずは昨年2016年9月29日の三陸新報の記事から。

minato.jpg
三陸新報2016年9月29日記事の一部イメージ

〈海の市〉2階に〈移住・定住支援センター〉が10月1日に開設されるとの記事。その内容を少し引用します。

「同センターは、「海の市」内のテナントの空きスペースを活用。市内の移住者らで組織する一般社団法人「まるオフィス」が市の委託を受けて運営にあたる。市によると、移住・定住を目的とした拠点施設の運営を民間に委託する自治体は、県内では大崎市に次いで2例目だという。(中略)メーン業務の空き家情報の提供では、窓口や専用のウェブサイトを通して、市の登録制度「空き家バンク」の利用促進を図る。」(引用は以上)

気仙沼市 移住・定住支援センターの愛称は〈MINATO〉(湊/みなと)です。専用サイトはこんな感じ。


 minatoサイト
「気仙沼市 移住・定住支援センターMINATO」公式サイト一部イメージ

画像をクリックするとサイトにジャンプします。サイトの中には、運営メンバーの紹介もありました。センター長は、まるオフィス代表の加藤拓馬さんです。加藤さんは、2014年6月の第6回「気仙沼を元気にする会」で、気仙沼に移り住んだ若者のひとり〈兵庫県出身・からくわ丸 事務局長〉として登壇しています。

ひとつ気になったことがあるので記しておきます。サイトのコピーに、〈『湊』には水があつまるところ、という意味があります〉とあるのですが、ちょっと違うんじゃないかなあ。水があつまるところといえば、湖沼や池、そして河川あたりではないのか。

手元の漢和辞典を調べてみると、〈湊〉には大きくふたつの意味があるようです。ひとつは〈みなと、みなとまち〉、もうひとつは〈あつまる。あつめる〉です。『広辞苑』(第4版)では、〈港/湊〉は〈「水の門」の意〉であるとして、〈河海などの水の出入り口〉と、〈港や河口を利用し、また防波堤を築いて、船が安全に碇泊(ていはく)できるようにしたところ〉というふたつを記しています。念のためと思い『字統』(白川静著)の〈湊〉の記述をみると、「説文解字」の字義〈水上の人の會まる(あつまる)所なり〉を紹介していました。「説文解字」は西暦100年代の最古の漢字字典で、現在の漢字字典の原点ともいえるもの。

こうしてみると、やはり〈水があつまるところ〉というのは無理があるのでは。あえていえば、〈人があつまるところ〉あるいは〈人があつまる港〉か。〈『湊』には人があつまるみなと、という意味があります〉みたいな。

ごめんなさいね。決して細かなことにケチをつけようというんじゃないんです。ちょっと気になって調べたら、私の知らないことがあり面白く、皆さまにもおすそわけと思ったのです。

それにしても、久しぶりに取り出した広辞苑の字はとても小さかった。そして重かった。視力と体力がないとちょっと無理かも(笑)。

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2/5 元気にする会

本日は東京での気仙沼関連催事のご紹介。2月5日に、第9回〈気仙沼を元気にする会〉が開催されます。

元気にする会
「気仙沼を元気にする会」サイトより(画像クリックでサイトにジャンプ)


第9回 気仙沼を元気にする会
日 時:2月5日(日)10:00〜(開場 AM9:30)
会 場:関東ITソフトウェア健保会館
TEL 03-5925-5333 東京都新宿区百人町2-27-6

テーマは〈気仙沼を想う。まだまだみんなで応援するよ!〉。第1部は講演会で、菅原茂気仙沼市長と小林峻(しゅん)さんのお話。小林さんは、気仙沼市移住・定住支援センター「MINATO」の〈ターン・コーディネーター〉。震災後のボランティア活動や支援活動がきっかけで、自らも気仙沼に移住して活動を続けています。そして第2部は懇親会。

◎第1部 講演会
時間:10:00〜11:50(開場9:30)
会場:健保会館内/会議室A+B室
講演:
 菅原 茂(気仙沼市長)
 小林 峻(気仙沼市移住・定住支援センター)
会費:一般/1000円 学生/無料

◎第2部 懇親会
時間:12:10〜14:00(開場12:00)
会場:上記健保会館内/中華「桜華楼」
TEL : 03-5925-5333
会費:一般:3000円 学生:1000円
(ランチ・飲み物込み)

会場の「関東ITソフトウェア健保会館」は、JR総武線「大久保駅」北口改札より徒歩0分、JR山手線「新大久保駅」徒歩4分です。参加申込みは、下記の「気仙沼を元気にする会」サイトの申込みフォームをご利用ください。フォームからお申込が出来ない場合は、メールにつぎの内容を記載してお申込ください。・お名前・ふりがな・性別・一般/学生・両方参加/第一部のみ参加/第二部のみ参加

「気仙沼を元気にする会」サイト
メール:genki@ksn-b.com

皆様の参加をお待ちしております。また、会場でお会いしましょう。

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小中学校統合問題

きょう1月17日で、阪神・淡路大震災から22年がたちました。あの日の自分がどこにいて何をしていたのかを思い出し、あれからもう22年の月日が流れたのかという思いをいだいた方も多いことでしょう。

さて本題。1月1日の三陸新報の特集版には興味深い記事がたくさんありました。そのひとつが、気仙沼市内小中学校の統合計画についてです。本日はその話。

今春には、馬籠(まごめ)小が津谷小に、小泉中が津谷中に、それぞれ統合します。しかし、2018年度をめどに計画されている水梨小(→松岩小)、月立小(→新城小)の統合は、市教育委員会と保護者・地域住民の議論が平行線のまま現在にいたっています。その難しい議論の経過については、私も知っておりましたが、記事に示されていたつぎの児童数推移の予測を見て、あらためて驚きました。

生徒数推移
三陸新報1月1日記事より(クリックで拡大)

水梨小と月立小の( )内数字、つまり各年の新入学児童数が一ケタとなっています。あまりにも少ない。つぎのステップで鹿折中への統合が計画されている大島小にしても、10人ほどで推移しています。

各地区の方々の気持ちもよくわかるのですよ。ただ、子供たちの将来のことを考えると、一定の児童数によるクラスを構成しての教育を受けさせるべきではないのか。私としては、統合に向けて、新たに生ずる問題の解消を相談するような議論にならないものかと思っています。

この記事には、市教育委員会による小中学校統合の計画表が示されていました。太字は統合または決定済み、それ以外は未確定です。まずはご覧ください。

統合計画
三陸新報1月1日記事より

21年度をめどにしての統合計画では、大島小中の鹿折小中への統合が計画されています。それと、条南中学は気仙沼中学に統合と。これはなかなか大変な課題ですね。大島地区や条南中学区の方々からの反対、反発が容易に想像されます。

ちょっと話がややこしくなってきましたね。本日はこれにて。

2016年7月7日ブログ「小中学校統合計画」
2016年7月6日ブログ「小中学校の統廃合」

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シャークスの受賞

気仙沼のサメ皮を使ったオリジナル商品を企画・販売している〈シャークス〉が「新しい東北」復興ビジネスコンテストで、仙台銀行地方復興創生応援賞を受賞しました。このコンテストは、復興庁が設立した「新しい東北」官民連携推進協議会が、被災地における地域産業の復興や地域振興に資する事業の活性化を目的に開催するもの。今回が3回目となります。

ビジネスコンテスト
復興ビジネスコンテスト公式サイトより(クリックでサイトにジャンプ)

今回は、239件の応募のなかから大賞1件、優秀賞3件、協賛企業が選定する賞11件が受賞。シャークスに対する賞は協賛企業のひとつ仙台銀行さんによるものです。コンテスト結果は昨年11月11日に発表され、12月16日に郡山市で表彰式が開催されました。

受賞式2
シャークス熊谷牧子さん(右)と仙台銀行 佐藤彰常務取締役(上記サイトより)

なお、大賞は株式会社 JDSoundの「被災地石巻でMade In Japan のオーディオ製品を作ります」。スピーカー付き小型DJ機器「GODJ Plus」を製造・販売する事業です。

(株)シャークスの代表は熊谷牧子さん。私たちの同級生である渡辺まさ子さん(3年5組)の妹さんです。私は昨年2月に目黒パーシモンホールでの気仙沼物産展でお目にかかったこともあり、今回の受賞を大変うれしく思いました。

シャークスについては、昨年のブログでも紹介しました。我が家では、長財布、名刺入れ、キーホルダーを愛用していますが、とてもいい。なお、南町紫市場にあった店舗は、昨年9月に福幸小町田中通り105(気仙沼市田中前4-2-1 電話0226-24-5760 )に移転しています。どうぞよろしく。

シャークス/ネットショップ

2016年7月26日ブログ「気仙沼「SHARKS」」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 シャークス 復興ビジネスコンテスト

南小歩道橋の復活

昨年12月27日の三陸新報にこんな記事。

学童橋
三陸新報2016年12月27日記事の一部イメージ(クリックで拡大)


気仙沼の内ノ脇地区と南郷地区を結ぶ〈南小歩道橋〉が復旧されました。旧・南気仙沼小学校(南小/なんしょう)の多くの児童が利用したことから〈学童橋〉と呼ばれていたそうです。1967年に開校した南小は2012年3月で気仙沼小学校と統合して閉校、45年の歴史の幕を閉じました。復活した歩道橋は今後、内ノ脇と本郷のふたつの災害公営住宅を結ぶ橋となります。

新年1月8日の三陸新報〈論説〉でも、この歩道橋のことをとりあげていました。

学童橋論説
三陸新報1月8日論説の一部イメージ(クリックで拡大)


南郷地区や南小の歴史などにもふれながらつづられたこの論説は、なにか心にしみるような感じがいたしました。筆者はこの橋を利用するなど内ノ脇や本郷地区をよく知る方なのでしょう。以下に引用します。

「 (前略)正式名称は「南小歩道橋」。1967年(昭和42年)に開校した南小が建つ南郷は当時、一帯が水田だった。公立病院(現市立病院)が河原田から田中に移転して3年ほど。本郷や田中前も同様で、住宅はまだまだ少なかった。

 南小に通学していた児童の多くは、大川を挟んだ内ノ脇、幸町、仲町など、開校前は気仙沼小学校区の子供たち。南小歩道橋は、子供たちの通学には無くてはならない橋だったのである。

 初代は木造の橋だ。子供たちの姿は当時、休みの日でも絶えなかった。カマキリやザリガニ、フナなどを捕りに行ったり来たり。橋の上ではハゼなどを狙って釣り糸を垂らす子供のほか、大人の姿もあった。

 高度経済成長とともに、南小周辺をはじめ田中前は住宅や商店、事業所が建ち始めた。通学のほか、買い物や通院など、大人にとっても日常生活で欠かせないものになっていく。

 開校から8年後の75年(昭和50年)、コンクリート製の橋に架け替えられた。津波で流出した旧歩道橋である。子供たちの安全確保のため、両側の金網が高く張られるようになっても、子供たちの元気な声は変わらなかった。春ともなれば、大川左岸の桜並木に花見客が繰り出し、にぎやかな時間は夜まで続いた。」(引用中断)

ここまでは〈学童橋〉ができてから震災までの歴史。その後はつぎのように続きます。

「 旧橋の流失する光景は、南小に避難した多くの市民が目にしたことだろう。家屋などの建物や自動車を巻き込み、大川をさかのぼってきた津波は、橋をものみ込んだ。橋は激流にあらがうこともできず、いとも簡単にのみ込まれた。

 あれから6年近くたっての復活。しかし、たもとにあった南小は、気仙沼小に統合されてなくなった。代わって両岸には災害公営住宅が建った。復興事業が進む内ノ脇には、運動施設の整備が予定され、気仙沼大橋も架け替えられる。

 街並みは表情を変えていく。新設された「学童橋」は「南小」という名前は残ったものの、その役割は街並みと同じく変わらざるを得ない。新たな市立病院が赤岩杉ノ沢に完成すれば、住民の往来は増すだろう。前の橋と同様、地域に愛される橋となることを願う。 」(引用は以上)

〈学童橋〉36年間の歴史とこれからがとてもうまくまとめられていて省略が難しく、長い引用となりました。ご容赦いただければと。

南小歩道橋両岸地域の変遷を述べたこの論説には、失ったものに対する郷愁の思いがにじんでいました。〈論〉というよりも〈情〉を感じさせる文章であったように思います。

南小には、小山隆市君をはじめ、幸町や仲町、内ノ脇に暮らす私たちの同級生の息子さんや娘さんも通いました。そうした南小出身者や父兄にとって、学童橋復活に対する思いは格別のものがあるでしょう。

末尾になりましたが、明日1月14日は小山隆市君(3年6組)の命日。4年たちました。

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南町商店街の復活

1月8日(日)の三陸新報、一面下につぎの広告が掲載されていました。

あさひ広告
三陸新報1月8日掲載広告より

気仙沼のあさひ鮨さんが成人の日にあたって掲載したものです。私の目を引いたのは、右上の〈南町二丁目災害公営住宅と商店街イメージ〉です。拡大してみましょう。

魚町2丁目商店街

広告文の中にはつぎの記述がありました。〈本年はいよいよ南町商店街と共に四月下旬の開店を目指して、南町猪苗代病院様向かいにあさひ鮨本店の新築準備に入っております。気仙沼内湾地区の復興は未だ道半ばですが、南町商店街の復活で、内湾地区に本格復興の明りを灯したいと願っております〉

〈南町商店街の復活〉という言葉にあさひ鮨 村上力男さんの強い思いを感じます。南町では、一丁目の災害公営住宅が昨年10月末に既に完成、入居が済んでいます。場所は以前のあさひ鮨本店や花久さんあたりと言えばわかるでしょうか。そして南町二丁目災害公営住宅は、元の福建楼や丸和のガソリンスタンドあたりからマンボ通りを含めてフジノ薬局の方までじゃないでしょうか。かなり推測がまじります。

日刊建設新聞によれば、イメージ図の道路側は2階建ての店舗棟。向こう側は5階建ての住居棟で1階には商店が、2〜5階は気仙沼市が買い上げての24戸の災害公営住宅となります。デッキで結ばれた複合ビル全体で24軒の商業店舗が入居するとのことです。完成とオープンは本年4月15日を予定しています。

そしてあさひ鮨本店は災害公営住宅に隣り合う形でできるのではないでしょうか。猪苗代病院の向かいと書いてありますから、元の佐々木写真館あたりでしょうか。震災後は復興商店街南町紫市場で営業を続けてきましたが、震災後6年を経て独立店舗での営業を開始することになります。

6年経ってやっとですね。そして、この新しい〈商店街〉完成の前の3月末、南町紫市場の退去期限を迎えます。新商店街に移る店もあれば、ほかの地区に移ったり、これを機に閉店というところもあるのかもしれません。

南町二丁目の複合ビル完成まであと3か月です。無事にオープンの日を迎えられますようにと願っております。

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ミッフィー里帰り

気仙沼ニッティングによる真っ赤な帽子とカーディガンを着たミッフィーの人形が気仙沼に里帰りしています。この話題は昨年12月24日の三陸新報も報じましたが、河北新報も1月8日に紹介してくれました。

河北ミッフィー

河北新報1月8日配信記事より(クリックで記事にジャンプ)

河北新報の記事を以下に引用します。

 宮城県気仙沼市で手編みのニット商品を製作・販売する気仙沼ニッティングの店舗「メモリーズ」で、真っ赤な帽子とカーディガンで身を包んだ「ミッフィー」の人形が展示されている。(中略)人形は高さ180センチの特大サイズ。大きな耳が隠れる帽子をかぶり、ボタンが印象的なカーディガンを着ている。衣装は生誕60周年記念の全国巡回展に合わせ、気仙沼ニッティングが作った。
 巡回展は昨年末で終了。人形はチャリティーオークションに掛けられ、落札者の厚意で衣装の里帰りと共に公開が実現した。「耳の曲線を包むのが難しかった」と製作に携わった田村純子さん(60)。御手洗瑞子社長(31)は「ニットでさらにかわいくなったミッフィーを間近で見てほしい」と言う。(引用は以上)

私は2015年4月に東京・松屋銀座で開催された〈ミッフィー展〉で、この〈気仙沼ミッフィー〉を見ています。会場では数あるミッフィー人形の中でも一番人気(気中20調べ)でした。なお、三陸新報の記事はこんな感じ。

12:24ミッフィー
三陸新報2016年12月24日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

この記事では、御手洗社長が「気仙沼から素晴らしい作品が出ていることを多くの人に知ってもらいたい。気軽に足を運んで欲しい」とのコメントが紹介されています。「メモリーズ」ってどんな感じかなと思いながらも、商品を買わずに見るだけというのもなんだかなあという方も多いことでしょう。この機会に是非、ミッフィーちゃんを見に、柏崎「メモリーズ」に足を運ばれてはいかがでしょうか。

見学は無料で土日・祝日の午前11時~午後5時。メモリーズの所在地は気仙沼市柏崎1の12。連絡先は0226(25)7326です。どうぞよろしく。

気仙沼ニッティング「メモリーズ」地図
2015年4月21日ブログ「気仙沼ミッフィー」

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梅村さん紹介映像

きのう1月10日のブログで、ニット製品などで気仙沼の母親たちの雇用創出に努める梅村マルティナさんの、「the Positive Awards 2016」受賞を紹介しました。本日はその続き。同賞授章に際して、NGO「ポジティブプラネットグループ」が制作したマルティナさんの紹介ビデオ。約2分半の動画です。



賞名が「THE POSITIVE CITIZEN AWARD」となっていますね。「THE POSITIVE AWARDS」の中の「THE POSITIVE CITIZEN AWARD」ということなのでしょう。ポジティブ市民賞。

冒頭の空撮風景は以前にマルティナさんのアトリエがあった唐桑だと思います。ふたつの湾がうつっていますが、どこの海岸か。はじめにうつったのは只越(ただこし)湾でしょうか。

後半に登場する梅村Hiroshiさんは、マルティナさんの〈mari〉であるとのフランス語のキャプション。ご主人ですね。その右は、「三陸復興トモダチ基金」の気仙沼信用金庫さん関係者だと思うのですが。

下記のマルティナさんの気仙沼FSアトリエのホームページには、これまでの活動の経緯が詳しく記されています。その中のブログでは、今回の「THE POSITIVE AWARDS」における受賞の様子やほかの受賞者などの活動も紹介されています。どうぞご覧ください。

ホームページの記述によれば、気仙沼FSアトリエの〈FS〉は「Friedenssocken」=平和の靴下という意味とのこと。 気仙沼からお届けする毛糸にふれていただくことで、みんながしあわせに……という願いを込めているそうです。

梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ公式HP

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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