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唐桑「神止の女達」

12月15日(日)に唐桑小学校体育館で開催される演劇のご案内です。

チラシ
唐桑中学校サイトより


◎茶畑劇場~神止の女達
12月15日(日)
唐桑小学校体育館
13:30開場 14:00開演
入場無料

劇のタイトルは、「茶畑劇場~神止の女達(かどまりのおなごたち)」です。本日12月13日の三陸新報によれば、気仙沼市の唐桑大漁唄込復活推進実行委員会(鈴木伸太郎会長)による郷土芸能劇「唐桑ものがたり」シリーズの8作目。

唐桑地区の郷土芸能のひとつ「神止り七福神」の誕生秘話や、旗揚げに携わった人たちの人間模様を喜劇として描くそうです。劇中には、神止り七福神舞、崎浜大漁唄込、唐桑浜甚句などの郷土芸能が盛り込まれます。

住民有志でつくる劇団「夢の海」の団員をはじめ、各郷土芸能保存団体関係者ら約60人が出演し、10月から積み重ねてきた稽古の成果を披露するとのこと。

私は昨年3月25日に目黒区民センターホールで行われた唐桑物語「海の古道」東京公演を見ています。これは2017年に気仙沼で上演された「海の古道〜神々の記憶/1300 years version」の東京公演でした。これについてはつぎのふたつのブログで記しておりますが、劇が始まる前のホールロビ−は、出演者と唐桑をはじめとする気仙沼出身者とでとてもにぎやかだったことをおぼえています。

12月15日の公演は、地元の唐桑小学校体育館でおこなわれます。出演者の家族など舞台と観客が一体となってのステージとなるのではないでしょうか。どうぞお出かけください。

2018年3月14日ブログ「海の古道 東京公演」
2018年3月26日ブログ「海の古道 公演報告」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 唐桑ものがたり

魚町2丁目に帰還

12月7日(土)の三陸新報に、〈魚町へ帰還 ! 記念大売り出し !! 〉とうたう広告が掲載されていました。

カヂワラ
三陸新報12月7日掲載広告より


陶磁器店(小さなころは瀬戸物屋さんと呼んでいた)「カヂワラ」さんの広告です。広告の文章を少し引用させてもらいます。

〈長らくお待たせしました。震災より8年8ヶ月ぶりに魚町の元いた場所に帰ってまいりました。トレーラーハウスにて営業しております。前の店よりだいぶ小さくなりましたが、今後ともお引き立ての程 よろしくお願い申し上げます。〉

ご店主の〈やっと魚町に帰ってきた〉という喜びが伝わってくるようです。

店名の下の住所に〈魚町2丁目(角星様となり)〉とありました。以前の角星の隣は、向かって右が角星園茶舗、左が田中砂糖店でした。左方向にさらにお店を思い出してみると、田中さんちの左が佐々木小児科、そして紙製品などの富田、その隣はたしか風呂釜などを扱うお店だったけど名前を思い出せない。その左がカヂワラさん。と思ったのですが、妻に聞いてみると、カヂワラさんが風呂釜なども扱っていたのではないかと。そういわれるとそんな気も(笑)。そしてそのまた隣は種苗や野菜を売っていたヨネキ商店だと思う。そしてダンディという理容店、乾物や食品の日渡商店。日渡の場所はその後の日山商店。

かなり記憶があいまいです。私が中学の頃の角星やカヂワラの向かい側を思い出してみると、向かって一番左が丸正ともうひとつボタンなどを扱う店がありました。数軒おいて洋食のワタブン、その右側が大内薬局だったか。あとはおぼろ。

角星の容子さんや佐々木小児科の隆君は同級生。田中砂糖店の明夫さんやヨネキの宮川さんは一年先輩の気中19回生でした。

佐々木小児科は、その後は裏側にあたるバス通りのほうに移転しました。和彦君の実家である佐藤小児科がどのへんだったかの記憶があいまいになってきました。南町だったか。このふたりについては、つぎのブログで。

2011年8月17日ブログ「医者の息子たち」

こうして振り返ってみても、あの魚町の一角だけでも多くの同級生や先輩がたくさんいたのです。人通りも多かった。歳末には通りの向かいにしめ縄などの露店も出ていましたね。

そうした私の魚町の記憶のなかにある〈カヂワラ〉さん。魚町での営業開始のお祝いを申し上げます。ご帰還、おめでとうございました。
 

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tag : カヂワラ

舟山とのつながり

11月22日の三陸新報の記事を紹介します。かつて気仙沼市内の水産加工場で研修した中国浙江省(せっこうしょう)舟山市の人たちが約20年ぶりに気仙沼を訪れたそうです。11月20日のことです。

舟山市
三陸新報11月22日記事の一部イメージ


記事によれば、舟山市の人たちの気仙沼での研修は1998年度から2004年度までの7期にわたり、述べ408人が参加したそうです。なかには気仙沼の人と結婚して残った人もいたと。

今回気仙沼を訪れたのは15人。宿泊先のホテル一景閣で、当時の気仙沼で親しくなった人やお世話になった人、研修先企業の関係者らと再会し旧交をあたためたとのこと。

◎友好協定都市「舟山市」

舟山。久しぶりにきく中国の地名です。あえて冒頭には記しませんでしたが、舟山は「しゅうざん」と読みます。いまでは知らない人も多いのではないかなあ。と思っていたら、翌日23日の三陸新報「記者席」に関連記事が。


記者席
三陸新報11月23日記事


この記事に、〈友好都市協定を結んでいても、近年、行き来がない気仙沼と舟山〉 との記述があります。舟山以外の友好都市は、岩手県一関市と東京都目黒区のふたつだと。そして〈協定が形骸化し、行政同士の関わりが薄くなっても、一度つながった人と人との縁や思いは変わらない〉と結んでいました。

◎カネダイさんとのご縁

このブログで、舟山と気仙沼/カネダイさんの関わりを記したことがあります。2018年7月31日ブログ「わが社の屋号①」。そのなかで、記事を引用しながらカネダイ(旧社名:佐藤商店)の先祖と舟山市との関わりをつぎのように紹介しました。

今から250年以上前に、気仙沼の回船(廻船)「春日丸」が嵐に遭い、中国・浙江省舟山市の桃花島に漂着しましたが、乗組員は現地の人たちから手厚い保護を受けて無事に気仙沼に帰ってきました。カネダイの佐藤亮輔社長は、その「春日丸」の船頭・伝兵衛の子孫にあたるそうです。江戸時代は江戸から帆船で当時の〈流行物〉を買ってきて、陸路で仙台や盛岡などに出荷したり、気仙沼で買い集めた海産物を船で江戸や上方に運ぶ回船業をおこなっていました。(自ブログ引用は以上)

佐藤亮輔さんは8代目ですが、その父、7代目の佐藤正二さんが気仙沼と舟山市との交流に熱心だったような気がします。ちょっと話がずれますが、気仙沼での舟山市の皆さんの研修が始まったのは1998年。カネダイさんが、それまでの「佐藤商店」から現社名に変更したのは、その前年1997年のことです。

この時期、カネダイさんをはじめ気仙沼の水産加工業の業容や業態などが大きく変わろうとしていたのかもしれませんね。舟山市から気仙沼に研修で訪れた多くの人がその変容や成長を支えてくれたのではないかと。

なんか推測が多くなって申し訳ないのですが、三陸新報のふたつの記事を読み、そんなことを想像しておりました。

「記者席」記事の末尾には筆者として(玲)の一文字が。〈協定が形骸化〉としつつも、行政の怠慢として批判するのではなく、人と人とのつながりの大事さありがたさを伝えてくれる、とてもよい記事でした。交流の現場にいて感じた正直な気持ちだったのでしょう。

いま気仙沼で働くインドネシアなどからの研修生の人たちが20年後に気仙沼を訪れて、当時の友人やお世話になった多くの人と旧交をまじえる。そんな風景を三陸新報の記事を読んだ多くの人が想像したことでしょう。是非そうあってほしいと。
 

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tag : 舟山市

本日チケット発売

目黒区での東日本大震災復興支援コンサートが来年2020年3月17日(日)に開催されます。本日12月10日からチケット販売が開始されました。



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◎東日本大震災復興支援コンサート
2020年3月15日(日)
開演14:00(開場は13:30)
めぐろパーシモンホール 小ホール
東京都目黒区八雲1-1-1
最寄駅は、東急東横線「都立大学」

出演:
第1部
気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団による混成楽団
第2部
熊谷育美(シンガー・ソング・ライター)&スペシャルバンド、目黒区立中目黒小学校合唱団

司会:佐藤千晶

料金:1000円(全席指定)
(チケット収入の一部を被災地に寄付)
主催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団
後援:目黒区

コンサート公式サイト

めぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートは5回目となります。今回も第1部は気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団が。海潮音(みしおね)吹奏楽バージョンも披露されます。第2部も昨年に引き続き、気仙沼市出身のシンガー・ソング・ライター熊谷育美さんが登場です。

熊谷育美さんは、先月11月18日でメジャーデビュー10周年を迎えました。また10月には無事に2人目のお子さんを出産されました。一人目は今年2歳になった娘さん。今度は男の子だといいます。2人の子をもつ育美さんの歌声を聴くのが楽しみです。

そして司会はもうおなじみとなりました、気仙沼出身のフリーアナウンサー佐藤千晶さんです。

コンサートは来年3月。毎回、あまり早くてもなあと2月頃に紹介すると、そのときには残席わずかとなっていることが多くありました。小ホールは定員200名ですが、目黒区と気仙沼市の交流活動関係者も多いので、なかなか予約がとりづらいのです。私はすでに予約完了。

下に座席表を掲載しておきます。ネット予約は会員登録などが必要です。電話でホールのチケットセンター窓口の人と相談して予約するのが便利かもしれません。

客席

チケットセンター
電話03-5701-2904(10:00~19:00)

なお、会場小ホールのある地下1階プラザでは、2月4日からコンサート当日3月25日まで、気仙沼漁師カレンダー展が開催されます。これについては開催が近くなりましたらまた紹介することにいたしましょう。

どうぞコンサートの予約はお早めに。まずは取り急ぎチケット発売のご案内まで。
 

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tag : 熊谷育美

ふるさと納税広告

きのう12月8日(日)の読売新聞都内版に、気仙沼市の全面(全15段)広告が掲載されました。日曜は夕刊がないけれど朝刊です。

読売新聞

読売新聞都内版12月8日掲載広告


11月30日の気仙沼を元気にする会で、菅原市長がこの広告のことを話されていたので、楽しみにしておりました。ふるさと納税での気仙沼への関心を高めるための広告出稿でしょう。しかし、それを前面に押し出すのではなく、気仙沼の魚介類をはじめとする物産と、被災地としての復興に関して震災遺構・伝承館などについても述べられています。いろいろと考えての広告内容でしょう。

広告下部に示されている、気仙沼のふるさと納税に関する情報は以下のサイトから。

ふるさとチョイス気仙沼市

東京で気仙沼のこんな広告が出ましたよという報告ということで紹介いたしました。

なお、気仙沼を元気にする会について、このブログでは12月5日に簡単に報告しておりますが、実行委員長の熊田利英子さんが11月30日のご自身のブログで当日の様子を詳しく紹介してくれています。

各スピーカーの写真も紹介されていますので、是非ご覧ください。読んでいたら、最後に2次会の締めの挨拶をする私の写真も。直前に頼まれて断るのもなんなので、11回にもわたってこの会を催してきた実行委員会/気仙沼サポートビューローの皆さんへの感謝の言葉だけを申し述べました。

オヤマ日記飴11月30日

週のはじめ。きょうの東京は朝方はくもっていたものの、だいぶいい天気になってきました。今週も元気にやっていきましょう。どうぞよろしく。
  

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tag : ふるさと納税

ワンライン2019

ワンライン気仙沼イルミネーションの告知広告が12月5日の三陸新報に掲載されていました。12月7日(土)が点灯式で来年1月13日(月)まで。

ワンライン
三陸新報12月5日掲載広告


2012年に〈気仙沼クリスマスイルミネーション〉としてスタートしたこのプロジェクトですが、2013年からは気仙沼「湾」と共に、心を「ひとつ」にという想いを込めた〈ONE-LINE(ワンライン)〉という名を冠しています。今年で通算8回目となります。主催はONE-LINE実行委員会で、委員長は気仙沼観光タクシー代表の宮井和夫さんです。気仙沼市が共催します。

同日の三陸新報記事によれば、今年は内湾地区内や魚町の防潮堤、市役所周辺、災害公営住宅などを約25万個のLED電球で飾ります。

点灯式の会場は、南町海岸公園です。昨年の点灯式は〈旧 エースポート広場〉となっていました。「ムカエル(迎)」をはじめとする内湾周辺施設の海側広場なのでしょう。念のため申し上げれば、旧エースポートや市営駐車場一帯の住所表示がいまは「南町海岸」。魚町でも南町でもありません。震災前からのことだと思うのですが、いつからこうなったかはよくわかりません。

18:00から始まる点灯式のスペシャルライブは今年もMay J.さんです。May J.さんは、2011年8月11日に気仙沼小学校の校庭で開かれた復興支援ライブ〈気仙沼港まつり復活祭〉でも歌っています。イルミネーション点灯式ライブは2013年から毎年ですから今年で7回目ですね。劇団WAHAHA本舗の歌姫〈梅ちゃん〉こと梅垣義明さんも昨年につづいて登場します。

気仙沼イルミネーションを紹介したこのブログの過去記事を調べていたら、河北新報の2012年12月20日の記事を紹介していましたので再録します。




河北新報2012年12月20日配信記事より


この記事のなかに、宮井和夫実行委員長の言葉が紹介されていました。「東日本大震災で被災した町を明るくしたい。気仙沼の新たな風物詩になればいい」と。

2012年からお仲間とともに苦労して続け今年で8回目。その継続的な努力に敬意を表します。どうぞ皆さま、今度の土曜12月7日の点灯式にお出かけくださいますように。
 

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tag : 気仙沼イルミネーション

元気にする会報告

11月30日、東京・大手町で第11回「気仙沼を元気にする会」が開催されました。概要は以前のブログでもお伝えしていますので、本日はゲストの方のお話の要点のみ紹介します。

はじめは、小山晃宏(あきひろ)さん。故 小山隆市君(3年6組)の三男です。コヤマ菓子店の息子といったほうが早いか。気中53回生で35歳。2017年に求人広告など人材採用系の広告代理店インビジョン株式会社に入社し、現在は地方自治体が募集する「地域おこし協力隊」関連の支援業務をおこなっています。地域おこし協力隊は、2009年に総務省が主導して始まり、気仙沼市もこの制度を導入しています。

晃宏さんから、協力隊員の定着率は全国で3割だが気仙沼市では7割というような話がありました。定着率という言葉を使ったかどうかということも含め、ちょっと記憶があいまいですが、少なくとも協力隊員の方々が気仙沼の魅力というか将来の可能性を感じとってくれているようです。ありがたい。

つぎは、一般社団法人まるオフィス代表理事の加藤拓馬さんです。「気仙沼ならではのスロー(高い質)でスマート(高性能)な学びへの挑戦」というテーマ。まるオフィスは、気仙沼市移住・定住支援センター「MINATO」の運営を市から受託していますが、加藤さんの話は「MINATO」のことよりも、気仙沼のまちづくりと教育というテーマだったように感じます。唐桑での教育事業「じもとまるまるゼミ」のことなども。

少子化という大きな課題に直面している気仙沼ですが、教育行政と地域・市民の連携によって、新たな教育/学びの大きな可能性をもっているのではないかとの話はとても興味深いものがありました。

3人目は、加藤広大さん。小田原出身とのこと。サイバーエージェントが展開するAbema TVの仕事などを経て、地域おこし協力隊の一員として気仙沼に。「MINATO」のスタッフのひとりとして活動しながら、気仙沼の天然ホタテガイ幼生を使っての養殖プロジェクトも進行しているようです。

最後は菅原市長からの話。気仙沼の復興状況についてわかりやすい説明がありました。説明で使ったパワーポイントの内容のプリントも配付されたので、気仙沼の現状に関するよい資料となりました。

このあとは、懇親会ということでゲストの皆さんや市長も含めてのざっくばらんな話です。会場でとった小山晃宏さんを囲んでの写真を一枚だけ紹介しておきましょう。

元気にする会

右から、菊田裕美君(3年1組)、藤田修司さん。藤田さんは道子さん(11組)のお兄さん。そして元気にする会実行委員長の熊田利英子さん。その左が小山晃宏さん。左端がわたくし小田(8組)です。隆市君の息子にお疲れさまといいながらの一枚ということで。しかし3人のVサインはなんなんだろう。イエイ!という感じでしょうか(笑)。

11回目となった気仙沼を元気にする会で。毎回の企画や運営をされている一般社団法人気仙沼サポートビューロー(畠山朔男代表)の皆さまはじめ多くの関係者の方々に御礼を申し上げます。今回もありがとうございました。
 

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tag : 気仙沼を元気にする会

笑顔のダブル受賞

気仙沼魚市場前の「みしおね横丁」で鶴亀食堂と鶴亀の湯を運営している一般社団法人「歓迎プロデュース」さんが、「新しい東北」復興ビジネスコンテストでダブル受賞を果たしたことは11月25日ブログ「鶴亀」さんの受賞 でもお伝えしました。そのときには、新聞記事などがなかったために、画像はコンテスト公式サイトの画面を利用させてもらいました。

本日紹介するのは三陸新報11月30日の記事。「歓迎プロデュース」の小山紀子代表理事と根岸えま理事の笑顔です。

ダブル受賞
三陸新報11月30日記事の一部イメージ


受賞内容はすでにお伝えしているので詳細は略しますが、記事には、今回のコンテストには92団体の応募があり、そのなかから最優秀賞に次ぐ優秀賞(4団体)と企業賞「アイリスオーヤマ賞」のダブル受賞を果たしたと紹介されています。

記事の最後の根岸えまさんのコメントが紹介されていましたので引用します。

〈 理事の根岸えまさんは「漁師を大切にしたいという、気仙沼の人たちの心意気が評価されたと思う。市民をはじめ、多くの皆さんの協力に感謝したい」と喜び、「気仙沼に入港して良かったと思ってもらえるよう、心温まるおもてなしを心掛けていきたい」と話している 〉

やはり受賞を紹介する記事には、受賞者の笑顔がうつる写真は必須とあらためて感じました。記事の写真を見ていると、その喜びがとてもよく伝わってきます。おめでとうございました。

11月25日ブログ「鶴亀」さんの受賞
 

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西村清先生の訃報

11月30日の三陸新報に、気仙沼中学20回生/3年11組の担任をつとめていただいた西村清先生の訃報が掲載されていました。


訃報
三陸新報11月30日掲載訃報広告


11月29日にお亡くなりになったとのこと。〈89歳の天寿を全うし〉との語句が訃報のなかにありました。鹿折がご実家と聞いておりましたが、訃報広告の住所のなかにも〈東中才〉とありましたから、ここに長くお住まいだったのでしょう。

西村先生のクラスになったことはありませんでしたが、卒業アルバムの写真をあらためてながめてみると、穏やかでやさしそうな表情や声をなつかしく思い出します。

西村先生のご冥福を謹んでお祈りいたします。
 

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「第1昭福丸」進水

気仙沼の臼福本店さんの遠洋マグロはえ縄漁船「第1昭福丸」の進水式が11月22日に気仙沼市朝日町の「みらい造船」でおこなわれました。23日の三陸新報が伝えています。見出しは〈「改革型」新船が進水〉。

昭福丸
三陸新報11月23日記事より


記事によれば、同船は水産庁の補助事業を活用して昨年11月に着工しました。来年1月末の完成を経て、4月から大西洋でメバチマグロやクロマグロなどを漁獲します。総工費は約8億円。

見出しに〈斬新デザイン特徴〉とあるように、同船の外装は佐藤オオキさんに依頼したものです。昨年の着工を伝える記事を紹介したブログでも書いたのですが、なんていうか、記事の佐藤オオキさんの紹介がやはり気になりました。今回は〈東京・表参道などで店舗設計を手掛ける世界的なデザイナーの佐藤オオキさん〉。

記者の方は、昨年11月11月29日の記事を踏襲したのだと思いますが、昨年は〈東京・銀座などで〉だったのを今回は〈東京・表参道などで〉に変更しています。

佐藤オオキさんが代表をつとめるnendo(ネンド)は、国際的な活動で高く評価されているデザインオフィスです。そのことを昨年12月3日のブログ「nendoのマグロ船」にまとめておりますので、ちょっと長くなりますが再録します。


2018年12月3日ブログ再録

◎ nendoのマグロ船

先週の金曜日、11月29日の三陸新報。気仙沼の臼福本店さんの新造船起工式が11月27日におこなわれたのを受けての記事を読んで、ちょっと驚いたことがありました。

新造船

三陸新報11月29日記事の一部イメージ


記事を少し引用します。

「遠洋マグロはえ縄漁業を経営する気仙沼市魚町の臼福本店が、乗組員の労働環境に配慮した新船の建造を進めている。国内のマグロ船では初とされるインターネットが洋上で常時利用できる「Wi-Fi」を完備。デザインや機能性を重視した居室など、従来の漁船のイメージを刷新する設計で、若手乗組員の確保につなげたい考えだ。「改革型遠洋マグロはえ縄漁船」と銘打った新造船は総トン数が486トン。同社としては7隻名で、東日本大震災後の建造としては2013年11月に完成した「第18昭福丸」(439トン)に続いて2隻目となる」(引用は以上)

新造船のコンセプトは、居住環境に力を入れた「人が集まる魅力ある船」。若手船員の定着率の低さなどを受けてのことだといいます。私が驚いたのは、内外装を佐藤オオキさんに依頼したと記されていたこと。佐藤オオキさんという名はそうあるわけではありませんが、デザインオフィス「nendo(ネンド)」代表の佐藤さんでしょう。

三陸新報の記事では〈東京・銀座などで店舗設計を手掛けるデザイナーの佐藤オオキさんにデザインを依頼し、船体の内外装にもこだわった〉とあるのですが、これはちょっとポイントがずれているような気がします。佐藤オオキさんは、店舗などの空間デザインもおこないますが、家具や食器などとても幅広いプロダクトデザインを数多くてがけています。2006年にはNewsweek誌「世界が尊敬する日本人100人」の一人に選出されるなど、国内のみならず国際的に活躍しているデザイナーです。今年7月には、フランス国鉄の高速鉄道TGVのデザインを担当することが発表されました。2023年の運行開始です。

イタリアのミラノにもオフィスがありますが、東京オフィスは赤坂の草月ビルの中に。そして、以前にこのブログでも紹介したように、草月ビル2階にあるカフェ、コーネルコーヒーは、気仙沼のマザーポートコーヒーとnendo、そしてクラウドファンディングのミュージックセキュリティーズのコラボレーションで誕生したカフェなのです。マザーポートコーヒー/アンカーコーヒーを運営する気仙沼のオノデラコーポレーションさんは、はえ縄漁の漁具販売などもてがけています。そんなこともあって、専務の小野寺靖忠さんなどがnendoと臼福さんとの間をとりもったのではないかと勝手に推測しています。

三陸新報の〈東京・銀座などで店舗設計〜〉という記述は、今年1月にグランドオープンした資生堂の総合美容施設「SHISEIDO THE STORE」の空間デザインのことを指しているのかもしれません。銀座と聞くと、阿川佐和子さんが実行委員長をつとめる〈やっぱ銀座だべ〉プロジェクトから、臼井壯太郎社長と阿川さんとのご縁なども連想されるのですが。

記事に新造船の完成イメージが紹介されていますが、私はこのちょっとアールデコを思わせるグラフィックデザインにnendoらしさを感じませんでした。船の煙突/ファンネルに臼福の屋号「チガイヤマホシイチ」が記されており、その要素をモチーフにしているのか、いや船舶の国際信号旗からかなどと想像してもみるのですが、よくわからない。そのうちに詳しい情報が紹介されることでしょう。

今回のデザインでは、乗組員が洋上で長期間生活する居住部屋にはホテルの一室をほうふつとさせるデザインを採用したとのこと。従来の船より天井を高くしたほか、1人当たりの床面積を広くし、寝台も大きくするなどしたそうです。これはとてもよい試みですね。〈次世代マグロ船〉のひとつの特徴といってもよいでしょう。こうしたところにnendo/佐藤オオキさんらの知見が活かされたはずです。

こうした新たな試みを知って、私は2013年に実施された気仙沼の漁業関係者によるノルウェイ視察を思い出しました。その成果がこの新造船にもあらわれているのではないかと。これについてはまたあらためて。

なお、総工費は約8億円で、水産庁の漁業構造改革総合対策事業の補助金を活用し、建造はみらい造船吉田工場(市内波板)が請け負ったそうです。完成は来年10月を予定しています。

臼井壯太郎社長など臼福本店の皆様や佐藤オオキさんら関係者の方々に新造船起工のお祝いを申し上げます。新時代にふさわしい改革型遠洋マグロはえ縄漁船の無事の完成、進水を願っております。

佐藤オオキ/nendoサイト内プロフィール

(再録内容は以上)


佐藤オオキさんの真価がもっともいかされるのは、船の外装デザインではありません。それだけならば、こうしたスーパーグラフィックスをもっと得意とするデザイナーはほかにいるでしょう。私が知りたいのは、佐藤オオキさん/nendoが、漁船員の労働環境や居住環境をより良いものとするためにどのようなデザイン提案をしたのかということ。

そのあたりのデザイン的な成果については、来年1月末の完成時にあらためて紹介されることでしょう。さすがと思わせる仕事を見せてくれるはずです。

そうした大きな期待をこめつつ、臼福本店の臼井壯太郎社長はじめ関係者の皆さまにお祝いを申し上げます。「第1昭福丸」の進水、おめでとうございました。
 

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tag : nendo 佐藤オオキ 臼福本店

山浦さん 教皇面会

ローマ教皇フランシスコが11月23日に来日し、26日に帰途につきました。訪日中の様子は大きく報じられましたね。

11月26日に東京ドームでおこなわれたミサには5万人が集まったとのことです。これを伝えるテレビニュースを見ていたら、会場には〈ケセン語の聖書〉でも知られる岩手県大船渡市の山浦玄嗣(はるつぐ)さんの笑顔がありました。

日本テレビのニュース記事には、〈このミサの前後、教皇は東日本大震災の被災者との集いに参加し、祈りを捧げた。岩手県から参加した山浦玄嗣さんが、教皇のものに似せて作った絹の帽子を差し出すと、教皇はその帽子を自分の頭に乗せたという〉とありました。

11月24日の読売新聞でも、教皇と面会する山浦さんの話を紹介していました。


読売
読売新聞11月24日記事の一部イメージ


記事によれば、山浦さんがローマ教皇に会うのは今回が2回目です。1回目は2004年、聖書の福音書を岩手県沿岸部の方言に翻訳した功績が認められ、バチカンで当時の教皇ヨハネ・パウロ2世と面会しています。

読売記事で〈岩手県沿岸部の方言〉としてあるのはもちろん、〈ケセン語〉です。大船渡や陸前高田近辺の気仙地方の方言。気仙沼の言葉とも多くのつながりがあります。2016年2月10日には、本吉町「はまなすホール」で「ケセン語と気仙沼」をテーマに山浦さんの講演と詩の朗読がおこなわれています。

山浦さんについては何度かこのブログでも書いているのですが、そのひとつ、2014年10月16日ブログ「山浦玄嗣氏の受賞」を再録しておきましょう。


2014年10月16日ブログ
◎山浦玄嗣氏の受賞

10日ほど前、東急線の駅で手にした東急「Bunkamura(文化村)」広報誌の裏表紙を見て驚きました。そこには、〈ケセン語〉で知られる大船渡の山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)さんの『ナツェラットの男』(ぷねうま舎 刊)が、2014年度「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞したとのニュースが記されていたのです。知らなかった。

山浦さん
『Bunkamura magazine』2014年10月号裏表紙イメージ(一部)

山浦玄嗣さんについては、2011年にこのブログでも紹介しました。

2011年6月3日ブログ「ケセン語の山浦さん」

私は山浦さんを、28年前1986年2月放送のNHK「ぐるっと海道3万キロ」シリーズ「父さんがケセン語~南三陸ことばの旅」を見て知ったのです。受賞者プロフィールには次のように記されていました。

山浦玄嗣(やまうら はるつぐ)
1940年、東京市大森区山王生まれ。生後すぐ岩手県に移住し、大船渡市で育つ。医師・言語学者・詩人・物語作家。故郷の大船渡市、陸前高田市、住田町、釜石市唐丹町(旧気仙郡)一円に生きている言葉・ケセン語を探求する。掘り起こされたその東北の言語を土台として、新約聖書を原語ギリシャ語から翻訳した『ケセン語訳新約聖書四福音書』で知られる。2013年2月「バチカン有功十字勲章」受章。著書に、ケセン語研究が結実した『ケセン語入門』(1986)、故郷の歴史に材をとった物語『ヒタカミ黄金伝説』(1991)、福音書の新訳『ガリラヤのイェシュー──日本語訳新約聖書四福音書』(2011)などがある。(引用は以上)

少し補足すれば、山浦さんは東北大学医学部を卒業し、同大学で医学部助教授をつとめた後に故郷大船渡に戻りました。上記のNHKの番組では、大学での経験をいかし、〈ケセン語〉を話すときの頭脳の働きを断層写真で分析している様子も紹介されていたように思います。

東京・渋谷の東急百貨店に隣接する複合文化施設「Bunkamura」には、パリの老舗カフェ「ドゥマゴ」と提携したカフェ「ドゥマゴ パリ」があります。そして「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」は、パリ「ドゥマゴ」の常連客だった作家らが自分たちの手で独創的な若い作家に贈るために創設した〈ドゥマゴ文学賞〉の精神を受け継いで1993年に設けられました。たった一人の選考委員はその年ごとに変わり、今回は詩人の伊藤比呂美(いとう ひろみ)さんです。

ドゥマゴ文学賞 受賞作品サイト

なお、気仙沼の人には説明不要ですが、〈ケセン語〉の言語圏である気仙地方は、岩手県の大船渡市や陸前高田市などの周辺地域です。明治期の気仙郡エリアで、その南方に宮城県気仙沼市があります。ですから気仙沼の言葉は〈ケセン語〉と共通する部分も多いのです。ウィキペディアの「ケセン語」の文例でも、そうでがんす(そうです)んだがす(意味は左と同じ)んだがすぺぇ?(そうでしょう?)おだづなよ!(調子のんなよ!または、ふざけるな!)など、気仙沼でもおなじみの言葉が紹介されています。

作品の内容は上記の受賞作品サイトで選評をお読みいただくことにしますが、伊藤比呂美さんはよくぞ山浦さんの著書を選んでくださいました。まさに快挙です。山浦さん、このたびの受賞、本当におめでとうございました。

(再録内容は以上)

この再録ブログ中にも記した1986年(昭和61年)2月放送のNHK「ぐるっと海道3万キロ」シリーズ「父さんがケセン語~南三陸ことばの旅」は再放送も含めて何度か見ています。たしか録画したので探せばVHSのビデオテープが出てくるかもしれません。でもなあ、見つけ出したところで再生するVTR機がありません。1986年は昭和61年。33年前のこと。昭和は遠くなりにけり。

2016年3月23日ブログ「山浦さんの話し方」
 

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気仙沼YEG受賞!

一昨日のブログ「鶴亀」さんの受賞では、「新しい東北」復興ビジネスコンテストでの一般社団法人歓迎プロデュースさん受賞をお伝えしましたが、本日も市内団体の受賞についてです。

気仙沼商工会議所青年部(YEG)の地域教育事業が、日本商工会議所青年部東北ブロック大会「地域を繋げる連携事業大賞」で準グランプリを受賞しました。11月21日の三陸新報が伝えています。大会は9月27日・28日、山形県新庄市で開催されました。


青年部写真
三陸新報11月21日記事の一部イメージ


受賞した事業は、YEGのメンバーである若手経営者らが、市内中学校にでかけて生徒たちに「はたらきがい」や「古里で働く魅力」などを伝える出前授業やブースに分かれての仕事紹介など。

これは2018年度に気仙沼YEG会長だった(株)菅原工業/菅原渉さんの熱意により実現したものです。その展開は、まちづくり団体の一般社団法人まるオフィスの教育事業「じもとまるまるゼミ」と連携しておこなわれています。今年で2年目となりました。

三陸新報記事の写真で手前左が菅原渉さん。同じく右側がまるオフィス代表の加藤拓馬さん(YEG賛助会員)です。後方中央は、気仙沼YEG現会長の齋藤徹会長でしょう。

菅原渉さんについてこのブログでは、今年ふたつの話題で紹介しています。ひとつはインドネシアでのリサイクルアスファルト事業について、もうひとつは〈みしおね横丁〉でのイスラム教徒のための礼拝所設置です。

8月20日ブログ「みしおねの礼拝所」
9月5日ブログ菅原渉さんの「志」

また、まるオフィス代表の加藤拓馬さんについても何度も紹介しています。気仙沼のまちづくり活動を精力的に展開しており、今月17日には気仙沼市「学校教育の在り方検討会議」委員にも委嘱されました。同会議は、前宮城大学学長の見上一幸氏を委員長に教育、産業、福祉、まちづくりなど各分野の代表者ら24人で構成されています。

加藤さんは、きのうのブログでも紹介した11月30日の「気仙沼を元気にする会」にゲストスピーカーとして参加します。気仙沼JEGの地域教育事業についても詳しい話を聞けることでしょう。

なお商工会議所青年部の略称YEGは、Young Entrepreneurs(アントレプレナーズ) Groupの略。直訳すれば若手企業家グループといったような意味だと思います。青年会議所はJC/Junior Chamberですね。気仙沼において両者のすみわけがどのようになっているのかはよくわかりません。どちらも八日町の商工会議所が所在地です。

菅原渉さんはじめ気仙沼商工会議所青年部、そして加藤拓馬さん/まるオフィスや市内中学校など関係者の皆さま、このたびの「地域を繋げる連携事業大賞」準グランプリの受賞、おめでとうございました。心からお祝いを申し上げます。
 

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「旅の人」どんな人

11月30日の「気仙沼を元気にする会」については、11月11日のブログで紹介しました。私はとっくに申し込み済みと思っていたのですが、先週末に事務局から〈11月30日の会は不参加ですか〉とのメールがありました。調べてみると申し込みが完了していませんでした。内容確認のページで、「送信」ボタンを押し忘れていたようです。

元気にする会
同会サイトより

申し込みなど「気仙沼を元気にする会」サイトは>こちら

そんな事務局とのやりとりのなかで、今回のテーマが、「関係人口」についてだと知ることができました。元気にする会のサイトでも〈関係人口を視野に入れた気仙沼の現状を知る会〉との記述があるのですが、正直にいってよくわかりませんでした。

この「関係人口」という言葉は、これまでの元気にする会で菅原市長の話のなかに何度も出てきました。地域創生のキーワードだと。

調べてみたら、総務省の関連サイトに〈「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉です〉とありました。そしてつぎの図も。なるほどね。

風の人

総務省「関係人口」ポータルサイト

この図のなかにある「風の人」という言葉ははじめて知りました。外から関わりをもって行き来する人が「風の人」なのですね。地元に暮らしている人については「土の人」と呼ぶらしい。

「風の人」。いい響きです。私は「旅の人」という気仙沼の言葉を思い出します。「旅・他国の人」(たびたこくのひと)とも。以前のブログ「街の人、旅の人」では、〈気仙沼出身ではなくよそから来た人。余所者(よそもの)〉のことと記しました。今いうところの移住者ということでしょうか。

2011年7月5日ブログ「旅・他国の人」
 
今週末11月30日(土)の「気仙沼を元気にする会」では、〈旅の人〉をはじめ、気仙沼にとっての〈交流人口〉について詳しい話を聞くことができるでしょう。ご都合が許す方は是非ご参加ください。会場でお会いしましょう。
 

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「鶴亀」さんの受賞

「新しい東北」復興ビジネスコンテストで、一般社団法人歓迎プロデュースさんが優秀賞と企業賞「アイリスオーヤマ賞」をダブル受賞しました。表彰式が11月22日に東京・霞が関でおこなわれました。このコンテストは、復興庁による「新しい東北」官民連携推進協議会が2014年度から開催しているものです。

ダブル受賞
復興ビジネスコンテスト公式サイトより

同コンテスト2019公式サイト


受賞事業名は「漁師さん達への思いやりビジネスによる地域振興」。簡単にいってしまえば、「鶴亀食堂」と銭湯「鶴亀の湯」の設置と、ほかの事業者らとの協働による「みしおね横丁」開業です。

参考まで、公式サイトから事業概要を引用しておきます。

漁業の町、気仙沼において、港町の経済を支える漁師のための銭湯を復活。(3年前に130年の歴史ある銭湯が廃業。)水揚げ後から利用できるよう朝6時から開店し、隣には番台を兼ねた市場前食堂を併設。銭湯と食堂のほか、漁船や水産加工場で働く外国人のために礼拝所を立ち上げる事業者らと協働で、6店舗からなるトレーラーハウス屋台村「みしおね横丁」を開業。漁師、魚市場で働くひとたち、外国人技能実習生、観光客、市民が集う交流の拠点を目指している。(引用は以上)

受賞ポイントとしては、〈「漁業の町」がもたらす必然的な動機付けに裏付けられた、漁業関係者および地元住民への心のこもった待遇の展開・ストーリー性〉や〈堅調な事業計画に依拠しつつ、観光客をはじめとした外部マーケットへの展開をも可能とする潜在性〉などが高く評価されました。

一般社団法人歓迎プロデュースは、オノデラコーポレーションの小野寺紀子さんが代表となって昨年末に設立されました。そして斉藤和枝さんや根岸えまさんらと共に、クラウドファンディングによる資金募集など、いろいろな工夫と努力によって、7月26日に「鶴亀食堂」や「鶴亀の湯」を含むみしおね横丁の開業を迎えることができました。

いやあ、大変だったと思いますよ(というか、これからも楽ではないと思いますが)。開業や運営のための資金調達では、クラウドファンディングのほか、一般企業、金融機関、行政などに協力と支援のお願いをしました。それだけに、今回のダブル受賞は、歓迎プロデュースはもちろんのこと、支援者の方々にも朗報となりましたね。

なお、歓迎プロデュースの小野寺紀子さんと斉藤和枝さんが関係したプロジェクトが、2014年度の同コンテストで優秀賞を受賞しています。それは、三陸の食のブランド「madehni(までーに)」開発研究プロジェクト。気仙沼の斉吉商店、オノデラコーポレーション、石渡商店と陸前高田の八木澤商店による「みらい食の研究所」開発研究プロジェクトです。

歓迎プロデュースの紀子さん、和枝さん、えまさん、そして「鶴亀の湯・鶴亀食堂」開業にあたって支援してくださった多くの皆さま。このたびのダブル受賞、本当におめでとうございました。

7月30日ブログ「みしおね横丁開業」

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白内障手術体験記

あっという間に11月も下旬ですね。お正月の話題で少し書き始めた記事でまだのせていないものや、すでにできあがっていたものの、気仙沼の〈時の話題〉を優先しているうちにいわばお蔵に入ったままになっているものもあります。へたをすると年を越してしまうなということで、本日はお蔵から一本。

7月中旬のことですが、左眼の白内障手術を受けました。いわばよくある加齢性の白内障で特に深刻な症状があったわけではありませんが、手術日などを自分の都合で定められる今のうちにと思ったのです。

同級生は67〜68歳。白内障を指摘されることも多くなるでしょう。私の経験がなにか参考になることもあるのではないかと思い、経過を記しておくことにいたしました。

白内障
白内障とは(眼科先進医療研究会サイトより)



①約2年前

たしか区の健康診断の流れで近所の眼科にいったときに、両眼とも白内障の傾向ありと指摘されました。進行を遅らせる点眼薬をもらいましたが、面倒くさくて1か月ほどでやめてしまいました。特に症状の自覚がなかったことと、悪化したとしても手術でレンズをいれればいいだろうぐらいに考えていたのです。

②昨年末

昨年末あたりから、左眼のすこしかすむのが気になり始めました。そう思うと左眼と右目の視力の差などがさらに気になってきます。

③1月中旬

近所の眼科にいって診断を受けました。やはり左眼の白内障が進行しているとのこと。さほど強く手術を勧める感じもありませんでしたが、いつでも紹介状をかきますとのことでした。この時はじめて、手術は別の病院でおこなうということを知りました。正直にいって、近所の眼科での手術にはちょっと不安もあったのです。

④6月中旬

左眼のかすみが改善する見込みもないので、この機会に手術することにしました。近所の眼科にいって紹介状をお願いしたところ、3つの病院を示されてどこにしますかとたずねられました。みな大きな病院。私は電車と徒歩でいけるS大学付属病院を選びました。あとでネットで調べてみると、同病院では日帰り手術をやっておらず3泊4日を基本としていました。

⑤S病院1回目診断

紹介状をもらった日の翌日の午前中にS病院へ。3回ぐらいにわけて様々な検査。2時間半ぐらいかかりました。帰路は、瞳孔をひらく薬をつかっているので風景がまぶしくてたまりませんでした。以前も眼科検診で経験していますが、あれは気をつけないと本当にあぶないですね。

⑥S病院2回目診断

前回から1週間後、検査結果を見ながら手術担当医師による検診。仕事への影響を考慮して、土日をはさんでの金曜日入院・月曜日退院の3泊4日の7月中旬の手術日を決定。レンズの選択はごく普通のものに。簡単にいうと遠近両用みたいな多焦点の高機能レンズもあるんですね。もちろん値段がはりますが。

⑦入院1日目

午後2時に入院。入院時の注意事項などの各種説明だけで診療はなし。

⑧入院2日目

手術予定は10:30。それまでに7時半から3種の点眼薬をさしました。平均して10分おき。これが結構たいへんでした。誤って薬をささないように右眼には透明プラスチックのカバーを装着10時ごろに車椅子にのって手術室にはいりました。いくつかの点眼薬や部分麻酔などを。なんかまぶしい光を感じながらの手術は15分間ぐらい。麻酔がきいているので違和感は感じますが痛みというのとは違いますね。

病室にもどってからは左眼に眼帯をして2時間の安静です。午後1時ころには安静を終了し、眼帯もとれて昼食。その後は、2種の点眼薬を3時間おきにさします。就寝時はまた眼帯を貼りました。

⑨入院3日目

午前6時から点眼薬をさします。9時ごろに担当医師の診察。術後の問題はなし。

⑩入院4日目

点眼薬は継続。午前9時ごろに医師の診察。問題なく、午前中の退院決定。最後に視力検査をおこなって、10時には無事退院することができました。週のはじめ月曜曜日ということもあり、自宅にもは戻らず仕事場に向かいました。外界のまぶしさはかなりのもの。左眼がクリアになったせいでしょうか。

⑪退院後診察①

退院から3日後の診察です。手術後の経過の確認。問題なし。この後、同様の診察が2度ありました。S病院は、術後の感染防止にとても注意をはらっている印象があります。

⑪退院後診察②
⑫退院後診察③

以上の経過で9月中旬にS病院での一連の手術・診療を終了しました。私の経験を通して、これから白内障手術を検討するときに参考になりそうなことをいくつか記しておきます。

◎費用
費用ですが、3割負担で2泊3日の手術入院時が3万5千円ほど。退院後の診察が各回2500円ほどでした。あくまで私の場合ですが、全部あわせて5万円ほどかと思います。

◎日帰り手術
日帰り手術をおこなっている病院もあります。家族などの介助などがあれば日帰りの良さもあるようです。しかし私の経験では手術後の薬点眼などにかなり神経を使いますし、入院して看護士さんのケアを受けたほうが楽だなという印象。

◎診察時の瞳孔
数度にわたる検査・診察時に瞳孔を開く薬(散瞳剤と呼ぶそうです)を点眼します。まぶしい状態が4~6時間ほど続くのでバイクや車の運転などはもちろんできません。私は病院から駅に向かう道路の白線の光が一番きつく感じました。高齢の方などは介助が必要だと思います。

◎手術後の洗顔・洗髪禁止
手術後1週間は、洗顔・洗髪は禁止でした。患部の感染防止のためですが、手術後にはじめて知りました。

ずいぶん長くなってしまいましたが、この辺で。最後に気仙沼で白内障手術を受けるときにはどのようにするんだろうと思い、気仙沼市立病院のサイトを見てみました。

眼科で白内障手術をおこなっていますが、「新患は地域医療連携室を通して紹介いただいた方のみ診察可」との記述がありました。市内などの眼科開業医で診察を受けて紹介状をかいてもらうという段取りですね。2017年度で364の手術実績があります。

手術から2か月ぐらい経つと、術後の違和感などまったくなりました。今でも1日2回の薬点眼は続いていますが、それも今月いっぱいぐらいで薬がなくなり終了ということになります。

手術のための入院というのはたぶん60数年ぶりのことで、なんというか新鮮な印象もありました。それは、加齢性白内障というある意味で軽い病気であったといいうことと、私の体がまだ元気ということもあると思います。

一方、診察や入院時には、お子さんが押す車椅子で診察を待つ高齢の患者さんや、お母さんに付き添われた小さな子供たちなどを目にすることも多かった。入院してはじめて知る健康のありがたさといったところでしょう。

報告は以上です。目がかすみはじめた気中同級生たちの参考になればと。今週はこれにて。きょうの東京はつめたい雨が降っています。
  

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気中20回生古稀祝

きのう11月20日のお昼ごろ、臼井真人君(3年2組)からメール/メッセージが着信。19日に気中20回生の各クラスから2名が集まっての会合で、〈「古稀を祝う会」開催することとして実行委員会を組織した〉との報告でした。開催日は来年2020年10月24日(土)。会場は気仙沼ホテル観洋です。午後3時から健康祈願や写真撮影などをおこなって、祝う会は4時30分開会を予定しているとのこと。

先月だったか、真人君に古希祝いの予定などをたずねたことがあったので、連絡してくれたのでしょう。いつもありがとう。

古稀/人生七十古来稀(まれ)なり。杜甫(とほ)が生きていた時代においては70年生きる人はたしかにまれだったのでしょう。しかし今ではね。気中20回生は1951年4月〜52年3月生まれ。来年の古希祝いのときには半分の人が満69歳となっています。

「還暦を祝う会」は、2011年2月12日に気仙沼ホテル観洋で開催されました。何度も書いていますが、震災で大津波が気仙沼を襲う1か月前のことでした。全11クラス450名のうち約200名が参加しました。そのなかには、震災で亡くなった及川保規君(3年5組)、鷺(庄司)良子さん(3年8組)もいたのです。


本日は、「還暦を祝う会」記念誌アルバムの集合写真を紹介しましょう。2012年2月13日のブログ「還暦祝い一周年」でも掲載しました。8年前の同級生たちがうつっています。ちょっと画像がぼけていますが、個人情報保護の観点からもこれぐらいがよろしいかと。

◎2011年2月12日「還暦を祝う会」記念写真


3年1組〜 5組

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3年6組~11組


なお、上記予定はあくまで現時点での計画です。あくまで内示ということで変更の可能性もあることをご承知おきください。後日、詳しい計画が定められ、ご案内がみなさんにも送られることと思います。各クラスの委員をはじめ実行委員会の皆さんにはいつもご苦労をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

「古稀を祝う会」まであと11か月。元気にその日を迎えたいものです。
 

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三國さん 木村さん

プチシェフコンテスト本選が11月16日に開催されました。11月19日の三陸新報が伝えています。

プチシェフ
三陸新報11月19日記事の一部イメージ


同コンテストは、2002年に始まり今年で16回目となりました。市の記者発表資料によれば、子供たちが地元食材を利用した料理に取り組むことを通して、地域の食文化や食育への関心を高めることを目的に開催されています。このプチシェフコンテストを長年ご支援くださっているのが、三國清三(みくに きよみ)さんとソムリエの木村克己さんです。

三國さんは、オテル・ドゥ・ミクニ のオーナーシェフ。2015年にはフランスのレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章するなどフレンチはもちろんのこと、西洋料理の世界で広く知られている方。北海道の増毛町(ましけちょう)出身で1954年生まれ。お父さんが漁師でお母さんが畑で野菜をつくる半農半漁の家で育ったそうです。中学を卒業してすぐに料理の修業をはじめています。

こうした幼いころの暮らしや食の原体験について語る三國さんを何度もテレビで見ています。その話を聞くたびに、三國さんが気仙沼にふるさと増毛と似た風土や気風を感じているのではないかと思っておりました。そんなこともあって、気仙沼を長年にわたってご支援くださっているのではないかと。

副審査委員長をつとめている木村克己さんもソムリエの世界でよく知られた方。1953年神戸市生まれです。1986年の第1回パリ国際ソムリエコンクールに日本代表として出場し総合4位となっています。ワインだけでなく、いまでは日本酒の分野でも活躍しています。経緯としては、木村さんと気仙沼の関わりが先にあって、木村さんが紹介するかたちで審査委員長として三國清三さんが起用されたということのようです。いつもは本選にも出席されていますが、記事をみると今回は都合がつかなかったようです。

プチシェフコンテストの実行委員会は、市、市教委、気仙沼商工会議所、スローフード気仙沼などの団体で組織されています。ここから推測するに、気仙沼と木村克己さんとの関係は、商議所会頭そしてスローフード気仙沼理事長の「男山本店」菅原昭彦さんとの交流から生まれたものかもしれません。

記事を読んでうれしく思ったことがあります。本選会場が、気仙沼魚市場に新しくできたクッキングスタジオだったことです。5月18日の開所式では千葉憲二君(3年4組)の講演と料理実演もありました。地元食材を利用した料理や食育といったテーマを扱うプチシェフコンテストは、このクッキングスタジオの設立目的にふさわしい催しといってよいでしょう。

気仙沼のプチシェフコンテストがこれからも多くの子供たちの参加を得て、これからも長く続いていくことを願っています。そして、これまでの三国清三さんと木村克己さんの気仙沼へのご支援に心からお礼を申し上げます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 

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荒磯まつりの復活

本日は催事のご紹介。11月16日の三陸新報にも広告が掲載されていましたが、けせんぬま岩井崎「荒磯まつり」が9年ぶりに開催されます。

表

裏

公式サイト「気仙沼さ来てけらいん」より


◎第24回 けせんぬま岩井崎 荒磯まつり
11月23日(土・祝)9:00〜14:00
場所:
JFみやぎわかめ流通センター特設会場
(東日本大震災遺構・伝承館となり)
主催:
けせんぬま岩井崎荒磯まつり実行委員会

葛飾北斎の「神奈川沖波裏」を使ったリーフレットのデザインが楽しくていいですね。岩井崎の波に明戸(あけと)の虎舞と打ちばやしがからんでいるという構図です。

気仙沼の公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」によれば、この荒磯まつりは1986年から震災直前の2010年まで23回続けて開催されてきましたが、東日本大震災により中断を余儀なくされたとのこと。そして今回、9年ぶりに復活開催されることになりました。プログラムはつぎのとおり。

11:15 景品付き餅まき 1回目
11:30 マグロ解体ショー/お振舞
13:00 景品付き餅まき 2回目

ステージ:岩井崎明戸虎舞打ち囃子保存会/気仙沼市吹奏楽団/SCK GIRLS/民謡/ケンタックー

そのほかさまざまな出店や、牡蠣、たこ、塩ウニ、わかめ、あわび、生のりなど、おいしそうな地場産品即売もおこなわれます。いいなあ、私の大好きなものがならんでいます。本当にうらやましい。11月23日は勤労感謝の日。どうぞお出かけくださいますように。

階上地区関係者の皆さま、荒磯まつり復活おめでとうございます。天候に恵まれて楽しい催しとなることを願っております。
 

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tag : 荒磯まつり 階上

やっと帰ってきた

コヤマ菓子店の11月16日新店舗オープンについては15日のブログでもお伝えしました。そして16日当日の三陸新報にはオープン告知広告が掲載されていました。

広告

三陸新報11月16日掲載広告の一部イメージ


店主 小山裕隆さんのあいさつには「震災から3172日、おかげさまで元の場所で再掲することが出来ました」と記されています。住所は魚市場前1-31。以前の店舗と同じです。私は小山隆市君らが一生懸命にとりくんでいた〈仲町七夕まつり〉など、仲町大通りのイメージが強いので、コヤマの住所も仲町と思い込んでいましたが〈魚市場前〉なのですね。

広告にあった地図を拡大してみましょう。

地図

コヤマ菓子店の住所は魚市場前、はなまるうどんや宮脇書店は仲町、災害公営住宅は幸町です。店舗北側道路(魚市場中谷線)は大橋側からの右折ができないので、宮脇商店様手前を右折してくださいとの注意書きがありました。店舗脇には6台分の駐車場があります。


11月16日の三陸新報の記事面でもコヤマ菓子店/小山裕隆さんを紹介しています。シリーズ記事〈この地で歩む 頑張る人たち〉の62回目。見出しは〈父と約束 念願の再建〉です。

コヤマ記事
三陸新報11月16日記事


記事の結びを引用します。

〈2013年1月、店の再建を夢見ながら、病気でこの世を去った父・隆市さん(享年61歳)。きょう、ようやく父との〝約束〟を果たすことができる。「やっと、帰ってくることができたよ」「天国で見守ってくれた父に、そう報告するつもりだ。〉(引用は以上)

隆ちゃんの享年61歳。まだ若かった。元気でいれば68歳か。新店舗の2階に設けられた13席のカフェスペース「珈琲山荘」や人気メニューだったバナナジュースの復活は、裕隆さんからお父さんへの最高のプレゼントですね。隆市君も喜んでいることでしょう。

オープン当日の小山裕隆さんのブログのタイトルは「被災3172日めの気仙沼、そして、夢に向かっての1日め」。これまでは大震災からの日にちをタイトルにしていましたが、新店舗オープン後は夢に向けての日数を掲げていくようです。文中で「残念ながら、共に再建を誓った父は天国へ行ってしまいましたが、どこかでずっと見ています」と記しています。

裕隆さんの11月16日ブログ

元の場所に戻っての新店舗オープン。あらためてお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

11月15日ブログ「NEWコヤマ菓子店」
  

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tag : コヤマ菓子店 珈琲山荘

NEWコヤマ菓子店

三陸新報のシリーズ記事〈今を見る「途上の街」〉。11月10日は、南気仙沼地区をとりあげていました。


コヤマ店舗
三陸新報11月10日記事より


わかるでしょうか。上の写真の右側にうつっているのが、市営幸町住宅(災害公営住宅)です。そして三角屋根が印象的な建物が、そうです、建設が進むコヤマ菓子店。方向的には河北ビル(現 中央公民館)のほうから撮影していますので、店舗の裏側ということになりますね。下の写真は約2年前2017年10月撮影です。

そのコヤマ菓子店の新店舗がいよいよ明日11月16日(土)にオープンします。

10月24日のブログでお伝えしたように、田中前の店舗は10月30日に閉店し、新店舗開店のための準備を進めていました。その間の工事推移などは、小山裕隆さんのブログでも紹介されています。建物の建設工事や什器の搬入など、開店までに仕事は多岐にのぼり、思いもかけないことも。そうしたことへの対応などもいろいろあったことでしょう。

しかしなんとかスタッフや関係者の全力をあげての努力で明日のオープンを迎えることができますね。きょうの深夜まで、もしかすると未明まで準備作業となるかもしれません。

そしてなんと明日オープンする新店舗2階のカフェスペースの名は「珈琲山荘こやま」です。ドリップでいれるコーヒー、そしてバナナジュースも復活かな。

震災前のコヤマ菓子店は新店舗とほぼ同じ場所にありました。故 小山隆市君(3年6組)が店主です。1階がコヤマ菓子店、2階が珈琲山荘。帰省するたびに隆市君に会いに珈琲山荘にいきました。その店内をなつかしく思い出します。

そして2011年の東日本大震災。近くの河北ビルの屋上から隆市君が撮影した写真には、店舗が崩れるように流される瞬間がうつっています。裕隆さんが撮影した動画とともに、NHKをはじめ何度もテレビで紹介されました。

田中前の旧市立病院の入口近くで店舗を再開したのは2011年8月4日のことです。隆市君からのメールには「小さな小さな店舗ですが、ここを第一歩として頑張っていこうと思っています」とありました。

しかしその隆市君が2013年1月14日に亡くなりました。胃を患ってのことでしたが、震災さえなければと多くの同級生が思ったことでしょう。

そして後を継いでの長男 裕隆さんがお母様と一緒によく頑張りました。南気仙沼地区の土地区画整理事業がなかなか進まないなかで、もとの店があった場所に新店舗を建設するという決断には勇気が必要だったでしょう。そして迎える明日の新店舗オープンです。明日の三陸新報にはその告知広告も掲載されると思います。一日早いのですが、心からお祝いを。おめでとうございます。

これまで以上に多くの人に愛される菓子店として成長することを願っております。どうぞ皆さま、新しいコヤマ菓子店をよろしくお願いいたします。
 

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tag : コヤマ菓子店

鉄道事業廃止区間

11月12日(火)、JR東日本は気仙沼線/柳津~気仙沼間と、大船渡線/気仙沼~盛間について、鉄道事業廃止の届出を行ったと発表しました。

11月12日付けのJR東日本のニュースリリースは、「気仙沼線(柳津〜気仙沼間)及び大船渡線(気仙沼~盛間)における鉄道事業廃止の届出について」と題して次の内容を。

「現在BRTにより運行している気仙沼線(柳津~気仙沼間)及び大船渡線(気仙沼~盛間) について、鉄道事業法第28条の2(事業の廃止)に基づき、本日付けで国土交通大臣に鉄 道事業廃止の届出を行いましたのでお知らせいたします。なお、BRTは道路運送法に基づき運行しており、鉄道事業の廃止による運行・サービス 水準の変更はございません。」(引用は以上)

なんかそっけないというか、まあ、法的な措置計画についてのリリースなのでそういうことでしょう。

これらの区間は、東日本大震災で被災したために線路敷地を使ってバスによる「BRT」(バス・ラピッド・トランジット)として運行がおこなわれてきました。気仙沼線は2012年8月、大船渡線は2013年3月からのことです。

これに対して地元からは鉄路復旧を求める声などもありましたが、JR東日本としての結論が出されたということのようです。河北新報の11月13日配信記事によれば、鉄道事業廃止予定日は2020年11月13日です。あくまで法的な事業廃止日ということになりますが、1年前に予定/計画を発表したということでしょう。

11月13日配信の河北新報記事から主要部を引用します。


「 JR東は鉄路復旧に多額の費用がかかることや乗客減少を理由に、BRTによる本格復旧を宮城、岩手両県の沿線自治体5市町に提案し、16年3月までに全市町の同意を得た。JR東は気仙沼線の柳津-気仙沼間のほか、鉄道を運行している前谷地(石巻市)-柳津間でもBRTを延長運行。大船渡線のBRT区間と合わせ、新駅の設置などを進めている。JR東広報部は「利用者の利便性向上を優先し、結果的にこのタイミングでの届け出になった。BRTは道路運送法に基づき運行し、鉄道事業廃止による運行・サービス水準の変更はない」と説明。沿線自治体には事前に説明したという。廃止届け出を受け、東北運輸局は関係地方公共団体などからの意見聴取を行う。」(引用は以上)

同記事の図解がとてもわかりやすい。赤くぬられているのがJRのBRT区間。そこに寄り添うというか、からむように紫色で示されているのが三陸沿岸道です。

区間図
河北新報11月13日配信記事より


行政としては、三陸沿岸道の全区間開通とBRT区間の利便性向上を求めていくということだと思います。バスを利用するBRTならではのメリットもあると思います。

このJR東日本の結論は予想されていたことといってよいでしょう。しかし、鉄路復旧を強く求めてきた方々の心情を思うと、このブログを書いていても、ちょっと言葉を選んでしまう。そんな気持ちを感じています。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大船渡線 気仙沼線 BRT

前康輔さんの写真

2020年版の気仙沼漁師カレンダーは、10月1日に販売が始まったのですが、なんというかまだ来年のカレンダーの話題が早すぎるように気がしておりました。しかしあっという間に11月となり、1日に注文したカレンダーが先週到着しました。ということで、本日やっとのブログ紹介です。


公式サイトより

気仙沼漁師カレンダー公式サイト


◎気仙沼漁師カレンダー2020
・サイズ:見開き B3 / 二つ折りタイプ
(2019年版より一回り大きくなっています。開くとB3、閉じるとB4サイズ)
・販売価格:¥ 1,500(税抜)
税込み1650円+送料350円で計2000円の支払いとなります。
・支払:気仙沼信用金庫本店への振込

・写真:前 康輔 
・デザイン:畑ユリエ
・編集/インタビュー:唐澤和也(Punch Line Production)
・プロデュース:BambooCut 
・企画/発行:気仙沼つばき会

この漁師カレンダーは2020年版で6回目となります。毎回、その撮影を担当する写真家の起用が話題になりますが、今回は前康輔(まえ こうすけ)さんです。

ご自身のサイトによれば、1974年生まれ広島県出身とのこと。雑誌の仕事を見ても、著名誌での写真がずらっとならんでいます。編集者からの厚い信頼がうかがえます。

毎週読んでいる週刊文春の「原色美女図鑑」でも撮っているので、前さんの仕事とは知らずにながめていたことも多かったのでしょう。なお同誌10月17日号で前さんが撮影した美女は橋本環奈さんです。前康輔さんのツイートにも、みんながよく知る芸能界などの華やかな顔ぶれが登場します。

そして、ところかわって今回の漁師カレンダー。昨年から何度も気仙沼で撮影していたようです。ツイートを追ってみると、昨年8月には2泊3日でカツオ一本釣りの漁船に乗り込んだり、ことし2月にはアナゴ漁も撮影しています。いずれも船酔いしたり、かなり体をはったりしての撮影です。カレンダー掲載の写真を見ても、空中のカツオや水中からの撮影など決定的瞬間をとらえた現場の空気感(や水中感)が伝わってきます。

カレンダー発売の翌日10月2日の前さんのツイートを紹介します。

「気仙沼つばき会のみなさんの気仙沼に対するリスペクトと、僕のわがままを全て聞いてくれた編集の竹内順平くんと、ライター唐澤和也さんの愛に溢れる文章と、アートディレクター畑ユリエさんの僕の写真に対する眼によって、作られたカレンダーです。」

つまりは、そういう素晴らしいカレンダー。竹内順平さんは、毎年この漁師カレンダーをプロデュースしてくれている株式会社バンブーカットの代表です。

こうしたカレンダーのデザインは、一度きめたフォーマットを踏襲していけば、一定のクオリティを実現しやすくなりますが、竹内さんらは写真家の起用/キャスティングはもちろんのこと、毎年あらたなチャレンジを試みているように感じます。今年は、カレンダー本体だけでなく、封筒のデザインにも工夫が見られました。畑ユリエさんの提案でしょうか。

封をして閉じる面、通常でいえば裏側に宛先欄を設け、表側全面にはカツオ一本釣りの瞬間を捉えた写真を配しています。しゃれていて、封筒の使い方としてとてもスマートだなと感心しました。つぎの写真でカレンダーに重ねてあるのがその封筒の表側です。印刷コストを考慮したのでしょう、モノクロです。こうした工夫や試みがとてもうれしい。

カレンダー

話が長くなりましたが、そうした気仙沼漁師カレンダー2020を、皆さまにも是非お求めいただきたく。どうぞよろしくお願いいたします。

これまで5回の漁師カレンダーについては各年、カレンダー紹介と関連テーマのふたつのブログを書いてきました。お手すきのときにでもお読みいただければと。

2014年版紹介ブログ/藤井保
 
関連ブログ「漁師カレンダー!」
2016年版紹介ブログ/浅田政志
 関連ブログ「写真家:浅田政志」
2017年版紹介ブログ/川島小鳥
 関連ブログ「小鳥さんの写真展」
2018年版紹介ブログ/竹沢うるま
 関連ブログ「写真家竹沢うるま」
2019年版紹介ブログ/奥山由之
 関連ブログ「経済産業大臣賞!」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼漁師カレンダー 前康輔

商工会議所の議員

10月7日のブログ「商工会議所女性会」で、女性会が創立40周年を迎えたこととともに、気仙沼商工会議所の1号議員選挙で38人が無投票当選したことをお伝えしました。そして10月24日、三陸新報に商工会議所の広告として1号議員38人の氏名広告が掲載されていました。

1号議員
三陸新報10月24日広告より


38人中に気中20同級生の、カネシメイチ/小山修司君(3年5組)、臼眞倉庫/臼井真人君(3年2組)が含まれていることは7日のブログでも記しました。

10月24日の三陸新報には、商工会議所の〈3号議員決まる〉との見出しで、定数10の議員名を伝えています。3号議員は、執行部の推薦によって選ばれます。

3号議員
三陸新報10月24日記事より

 
さらに11月2日の三陸新報には、11月1日に開催された気仙沼商工会議所の臨時議員総会での役員改選で、菅原昭彦会頭(男山本店)を再任したとの記事が掲載されていました。副会頭は岡本寛さん(岡本製氷)、清水敏也さん(八葉水産)、熊谷敬一郎さん(クマケー建設)。専務理事には加藤正禎さん(気仙沼商議所)がそれぞれ再任されています。

気仙沼を離れて暮らしていると、こうしたなにげない氏名広告や記事も、ついつい興味深くながめてしまいます。そこになんというか、気仙沼のいまの実業の世界を感じるのです。それと〈世代〉なども。真人君にしても修司君にしても、若手として商議所メンバーに加わった時代があったはず。そんなことを思いながら一人ひとりの名を追っておりました。

来年で創立70周年を迎える気仙沼商工会議所。議員や役員の任期は3年です。どうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 商工会議所

晃宏さんもゲスト

11月30日(土)、東京・大手町で「気仙沼を元気にする会」が開催されます。今回で11回目。前回は昨年5月26日に開催されました。

元気にする会

実行委員会 公式サイトより



◎第11回「気仙沼を元気にする会」

テーマ:気仙沼のいまを知り、かかわり続けたい方へ。

昔も今も「移住」がまちの活力となっている気仙沼。今回は最近移住した3人と、民間から地方創生に取り組む出身者が、気仙沼で暮らす楽しさ、気仙沼と関わることの面白さを全力で語ります。

スピーカー:
気仙沼市移住・定住支援センター「MINATO」/加藤拓馬(兵庫県出身)、 加藤航也(福井県出身)、 加藤広大(神奈川県出身)   インビジョン株式会社/小山晃宏(気仙沼市出身)
菅原 茂(気仙沼市長)
主 催:気仙沼を元気にする会実行委員会
共 催:一般社団法人気仙沼サポートビューロー
    気仙沼市移住・定住支援センター MINATO

日時:令和元年5月26日(土)
開場 10:30 講演 11:00 – 12:15
懇親会 12:20 – 14:30
会場:銀座ライオン大手町ファーストスクエア店
東京都千代田区大手町1-5-1
大手町ファーストスクエアB1
TEL : 050-3491-0733
会費:一般/5,000円 学生/2,000円
(ランチ・飲み物込み)

◎二次会
同会場にて 15:00 – 17:00
会費:2,000円

参加申込は、公式サイトのこちらから

驚いたのは、講演者のひとりとして小山晃宏さんの名があったこと。晃宏さんは、コヤマ菓子店の故 小山隆市君(3年6組)の三男。現店主 裕隆さんの弟です。そして彼が所属するインビジョン株式会社は、求人広告など人材採用系の広告代理店。2016年9月には、気仙沼で入社予定者の内定式をおこなっています。1泊2日海上内定式 in 気仙沼。これも小山晃宏さんの努力による企画だったのでしょう。どのような話をしてくれるのかわかりませんが、楽しみです。

MINATOの加藤拓馬さんは、一般社団法人まるオフィスの代表でもあります。まるオフィスは、MINATOの運営を市から委託されています。加藤さんらの活動はこのブログでも何度か紹介してきましたので、ご存じの方も多いことでしょう。2014年の元気にする会でも、まちづくりグループ「からくわ丸」事務局長としてゲスト参加しています。その後の回でも登壇していたかもしれません。

はじめての「気仙沼を元気にする会」は、震災から約半年後の2011年10月22日に東京・恵比寿で開催されました。定員250名を超える300名以上の参加者でした。つぎのブログでその様子を紹介しております。

2011年10月24日ブログ「22日恵比寿報告」

そして今回で11回目。継続して企画と運営をになってきた実行委員会(実行委員長 熊田利英子さん)/気仙沼サポートビューローの皆さんに御礼を申し上げます。いつもありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

皆様も是非ご参加ください。
 

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tag : 気仙沼を元気にする会

磯部さんとのご縁

震災後にこのブログを始めて8年半になりますが、コメント欄やメールフォームを介して、問い合わせなどのご連絡をいただくことがあります。

7月19日、東京の「いそべとし男声合唱団」の長田茂さんという方からコメント投稿が届きました。「いそべとし」は「磯部 俶」。早稲田大学グリークラブの専任指揮者をつとめるなど、多くの合唱団を指導された方。作曲家でもあり、気仙沼市立水梨小学校の校歌もその作品のひとつであることを、本年3月26日のブログ「水梨小学校の校歌」で紹介しました。

「いそべとし男声合唱団」は、磯部俶さんの呼びかけで早稲田大学グリークラブのOBを中心に1974年に結成されました。長田さんは現在その代表をつとめています。

◎長田さんからの依頼内容

連絡内容はつぎのようなことでした。

長田さんは、磯部俶さんが作曲した校歌について調べており、すでに15校ほどの楽譜を収集済みでした。そのなかには、気仙沼市立階上(はしかみ)小学校の校歌も含まれています。そしてさらに調べていくうちに、私のブログ「水梨小学校の校歌」にたどり着いたというのです。

気仙沼市立水梨(みずなし)小学校の校歌が磯部俶作品であることは、このブログを読んではじめて知ったそうです。まさに〈新発見〉。しかしそこには、同校が少子化のため閉校になってしまったことも記されていました。新たな磯部作品の手がかりを得たと思ったら、4か月ほど前に閉校していたわけですから、その落胆ぶりが容易に想像できます。

そして長田さんは、水梨小校舎の壁面に貼ってあったと思われる楽譜のコピーかなにかを送ってもらうことができないかと。磯部俶作品として水梨小学校校歌をしっかりと残しておきたいとのお願いでした。

この依頼に対して、私は「関係者にたずねてみます」とすぐに返信しました。というのも、心当たりがあったのです。家内の小中高時代の同級生である加藤美貴子さんが水梨小学校の教壇にたっていたはずだと。そしてすぐ、加藤さんに連絡をとってみると〈どこかに保存されているはずなので探してみます〉との返事がありました。

その後の細かな経過は略しますが依頼を受けて1週間ほどあとに、加藤さんから長田さんへ磯部俶直筆楽譜のコピーや関連資料が発送されました。そして間もなく長田さんから、楽譜ソフトで浄書された水梨小校歌の楽譜がご丁寧にも私にも届いたのです。もちろん、加藤さんにも。8月1日のことでした。


◎長田さんの寄稿文

9月中旬、長田さんから封書が届きました。そこには「いそべとし男声合唱団ニュース」が。このニュースレターは第428号といますから、団の活発な活動がうかがわれます。そのなかに長田さんの寄稿文「消えた学校の校歌が、生き返った~磯部先生の校歌を探して」が掲載されていました。許可を得ましたので、その画像を紹介します。長田さんからの視点で、上述した経過が記されています。

会報記事
いそべとし男声合唱団ニュース第428号(2019年9月発行)より


しかしこうして振り返ってみると、いろいろな偶然が重なったことにあらためて驚きます。まさに〈縁は異なもの味なもの〉。

加藤美貴子さんが妻の同級生、それも私もよく知るごくごく親しい人でなかったら、ことはこうスムーズに運ばなかったでしょう。加藤さんが、水梨小学校閉校にあたっての記念誌制作をお手伝いしていたことも幸いしました。

◎気仙沼のコーラス活動
 
加藤さんは水梨小学校で学級担任とともに全校音楽集会の指導もおこなうなど、音楽に深くかかわってきたのです。そのあと階上(はしかみ)小学校に転任し、同校で退職しました。

なんと、水梨小だけでなく階上小の校歌も磯部俶さんが作曲したもの。私はこの偶然にもおどろきました。両校を去るときの卒業式では、加藤さんも歌唱指導したであろうそれぞれの校歌が歌われたはずです。

加藤さんは、気仙沼の合唱グループにいまも属しています。たしか〈若草コーラス〉だったかな。気仙沼はアマチュアコーラスが盛んで、気仙沼市アマチュアコーラス連絡会も組織されています。

震災後には同連絡会の企画で、磯部さんと強いつながりがある早稲田大学グリークラブが復興支援コンサートを開催してくださいました。2012年3月24日、気仙沼プラザホテル。早稲田大学男声合唱団 コール・フリューゲル30名の皆さんの歌声に、加藤さんはもちろんのこと、気仙沼稲門会/早稲田OBをはじめ参集していた皆さんがうっとりしたとのことです。今回の水梨小校歌楽譜に関するお手伝いが、グリークラブの皆さんへの恩返しのひとつになるとすればなによりです。
 
この気中20ブログ「水梨小学校の校歌」がきっかけでつながった長田さん、そして磯部俶さんとのご縁。こうしてふりかえってみても本当にうれしいできごとでした。そして私がありがたく感じたのは、長田さんが合唱団ニュースの文末に私の文章を引用してくれたことです。長田さん、ありがとうございました。本日の記事もその文をもって結びとします。

「 3月17日の閉校式では出席者全員で校歌を斉唱したそうです。子供たちやその父兄、そして多くは同校の卒業生であろう地区の人たちは、いろんなことを思い出しながらこの校歌を歌ったことでしょう」

3月26日ブログ「水梨小学校の校歌」

以上のブログ記事は、掲載前に長田さんと加藤さんに確認いただきました。加藤さんからの返信メールのなかには、磯部俶さんの楽譜についてのこんな一文がありました。〈このつながりがなければ、日の目を見ることのなかった直筆楽譜です。なにか、偶然ではかたづけられない強いご縁を感じています。本当にありがとうございました 〉。お礼を申し上げなければいけないのは私のほう。いろいろとありがとうございました。
 

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tag : 磯部俶 水梨小学校 校歌

吹奏楽団の演奏会

気仙沼市民吹奏楽団の定期演奏会が11月10日(日)に市民会館で開催されます。11月3日の三陸新報に広告が掲載されていました。

コンサート
三陸新報11月3日掲載広告より


◎気仙沼市民吹奏楽団
第32回 定期演奏会
日時:11月10日(日)13:30開場 14:00開演
会場:気仙沼市民会館 大ホール
入場無料

広告には、演奏予定曲目が記されていました。

・吹奏楽のための第三組曲(アルフレッド・リード)
・NHK大河ドラマ「いだてん」メインテーマ
・平成アニメコレクション
・ルパン三世メドレー
・HAMARAINYAによる唄と踊り
・和田アキ子コレクション
・その他

私は気仙沼市民吹奏楽団の演奏を4度聴いています。いずれも〈めぐろパーシモンホール〉で開催された東日本大震災復興支援コンサートです。2016年から毎年、気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団による混成楽団がすばらしい演奏を聴かせてくれました。今年3月のコンサートでは、気仙沼から10名の楽団員が上京し、5曲を演奏。「HAMARAINYAによる唄と踊り」では、気仙沼高校ダンス部(旧鼎が浦ダンス部)6名が法被を着て登場し踊ってくれました。

こうして市民会館で気軽に吹奏楽を楽しめるというのはとてもいい。うらやましい。

曲目も親しみやすいものが多く、楽しいコンサートになりそうですね。11月10日、市民による市民のためのウィンド・オーケストラをどうぞお楽しみください。

2018年の目黒での演奏についてはつぎのブログにも記しました。

2018年3月16日ブログ「知恵を持つ海」

 

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tag : 気仙沼市民吹奏楽団

8年間の活動に幕

「気仙沼のほぼ日」さんは、11月1日に〈お開き〉になりました。閉所にあたって魚市場前「みしおね横丁」で開かれた〈またあおうねの会〉の様子を、11月5日の三陸新報が伝えていました。見出しは、「8年間の活動に幕」糸井さん「また来ます」。

三陸記事
三陸新報11月5日記事の一部イメージ


記事の後半を引用させてもらいます。

〈「ほぼ日」の活動は当初、2年間の予定だったが、「気仙沼の人たちが友だちみたいになった。いい気になって居続けた」(糸井さん)と、8年にわたって支援してきた。

セレモニーには糸井さんと関わりのあった約50人が参加。菅原茂市長は「糸井さんに教えてもらったことがいっぱいある。気仙沼を故郷と思って、これからもお付き合いを」などと感謝。

糸井さんは「8年間ありがとうございました。縁もゆかりもない人間が、気仙沼の人たちに面倒を見てもらって感謝しかない。やりかけている用事があるのでまた来る。多くの人に憧れられる気仙沼になることを願っている」とあいさつした。

東北各地の応援団OBらで組織する社会人の応援団「青空応援団」が激励に駆け付け、「ほぼ日」の活動をねぎらうとともに、市内で活動する団体にエールを送った。〉(引用は以上)

記事でも紹介されている気仙沼へのバスツアー「マジカル気仙沼ツアー2019 そして、またあおうねの会」については、つぎのほぼ日/テキスト中継でご覧ください。「青空応援団」の皆さんの応援の様子も紹介されています。三陸新報記事写真の右側にうつる「サユミ」さんへのエールなども。是非ご覧ください。

ほぼ日/テキスト中継

11月1日、三陸新報に掲載された〈ありがとうございました「気仙沼のほぼ日さん」〉の全面広告はこちらのブログで。

11月1日ブログ 今日は「出船送り」
 

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tag : 気仙沼のほぼ日

文化の日の展覧会

11月3日、文化の日。家内とふたりで六本木のふたつの展覧会に。グッドデザイン賞受賞展とバスキア展です。

①グッドデザイン賞受賞展
        
気仙沼の〈復興デザイン [気仙沼内湾ウォーターフロント・「迎」ムカエル・「創」ウマレル(PIER7)]〉が、2019年度グッドデザイン賞を受賞したことは10月11日のブログでお伝えしました。

その「グッドデザイン賞受賞展」が10月31日から11月4日まで東京ミッドタウン六本木で開催中とのことでのぞいてみました。

2019年度のグッドデザイン賞受賞デザインは約1400件とかなり多く、気仙沼〈復興デザイン〉の展示場所がどこなのかよくわからず。係員にたずねてやっとたどりつきました。〈商業・公共空間〉などの展示スペース。こんな感じ。左から3枚目が気仙沼のパネルです。

会場

写真撮影が許可されていたので、パネル内容も。細かなことは別にしてイメージということでご覧いただければと。

パネル


10月11日ブログ「グッドデザイン賞」


②バスキア展

グッドデザイン賞受賞展にさきだって、六本木ヒルズ/森アーツセンターギャラリー「バスキア展」へ。日本初となる本格的な展覧会ということなのですが、正直に申し上げてさほどの感激というか感興をおぼえませんでした。そんななかでいいなと思ったのは、写真撮影が許可されていたつぎの作品。


バスキア

ジャン=ミシェル・バスキア《無題(ドローイング)》(Collection of Larry Warsh)


この展覧会で一番大きな作品だったと思います。左右4mぐらいあったかもしれません(追記:調べたら、横3.46mでした)。こうした大きな作品はやはり実物を見ないとね。1986年、バスキアが25歳ぐらいのときに描いたものです。2年後1988年、27歳で亡くなりました。

1997年に三越美術館で開催されたバスキア展にはまだ幼稚園児だった息子もつれて家族3人でいきました。40点ほどの展示でしたが、ひとつひとつの作品をとても興味深く、面白く見ることができたのです。息子も大興奮。買ってあげた図録はいまも書棚にあることでしょう。

しかし考えてみると、それは22年前のこと。私は45歳。その感性、感覚はみずみずしいとはいえないまでも、いまほど衰えてはいなかったはず。今回のバスキア展は〈イマイチ〉みたいな生意気なことを言っておりますが、イマイチなのは私のほうかも。ということで本日はオシマイ。
 

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tag : グッドデザイン賞 バスキア

明日へ in 気仙沼

NHKの人気番組の公開収録やイベントを開催する「NHK公開復興サポート 明日へ」。12月1日に、気仙沼の4か所を会場にしておこなわれます。題して「明日へ in 気仙沼」。番組すべての観覧申込が11月6日(水)午後11時59分に締め切りとなっています。


明日へ
NHK案内サイトより


現在、NHKサイトで観覧を募集しているのはつぎの10番組です。会場別にご紹介

◎ 気仙沼市民会館
・明日へ つなげるコンサート
◎気仙沼小学校
・うまいッ!
・すてきにハンドメイド
・震災を詠む2019
・囲碁フォーカス
・ガールズクラフト
・ワンワンとあそぼうショー
・Foorinとパプリカをおどろう!
・クローズアップ現代
◎気仙沼中学校
・サンドウィッチマンの天使のつくり笑い
◎海の市(観覧募集なし)
東日本大震災関連展示

上記番組のほか、気仙沼小学校では「NHKパラリンピックチャレンジスタジアム」「災害列島生きるスキル/つくってまもろう」も公開ということなのですが、上記サイトでの観覧募集はされていないようです。これからでしょうか。

市民会館での「明日へ つなげるコンサート」は、鳥羽一郎さんやゴスペラーズ、大原櫻子さんらが出演します。気仙沼中学校での「天使のつくり笑い」はサンドウィッチマンさんのほか、オアシズ、チョコレートプラネットの皆さん。たぶん申込が多いので残席わずかかと。どうぞお早めに。

NHK公開復興サポート/案内サイト
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

今日は「出船送り」

きょうは「気仙沼のほぼ日」さん〈お開き〉の日です。2011年11月1日の事務所開設からちょうど8年間。糸井重里さんをはじめほぼ日の皆さんには本当にお世話になりました。

2012年11月1日、糸井さんは〈ほぼ日/今日のダーリン〉でつぎのように記しています。

「今日、11月1日は、『気仙沼のほぼ日』ができた日です。なにをするか、あんまり大きなことは言えないけれど、居場所があれば、「忘れない」ということだけはできる。そのくらいの気持ちで、はじまったことです。とにかく、「二年はいる」と約束しましたが、もう一年経っていました。あと一年は‥‥ちょっと短いかなぁ‥‥。二年という時間を、それなりにちゃんとした長さとして決めたつもりでしたが、想像以上に短いものですね」2012年11月7日ブログで紹介)

「2年はいる」との約束が8年間にも。気仙沼の多くの人の胸にある、一言ではとても言いつくせない感謝の気持ち。その思いを込めた広告が本日の地元紙「三陸新報」に掲載されています。


気仙沼のほぼ日
三陸新報11月1日掲載広告より


糸井さんらには内緒で進めた広告企画だったようです。お声がけいただき私の名も加えてもらえたのはなによりのことでした。本日の三陸新報は記事面でも、気仙沼のほぼ日閉所を、8年前の開設時の糸井さんがうつる写真とともに伝えています。

今朝、気仙沼でこの感謝広告を見た糸井さんのツイッターでの反応はこちらです。

七福神とともに糸井さんがのる船の帆には、丸にほぼ日のほ。マルハならぬマルホの印です。出船送りの人々のなかにはラグビー日本代表リーチさんも?。この小技をきかしたイラストレーションは、きのうのブログでも紹介した奥原しんこさんによるもの。

文章もよかった。みんなの気持ちをくみとってやさしい言葉にしてくれました。きょうのブログは、余計なことを書くよりも、この広告の文章を引用させてもらいお開きといたします。


8年前、あの大混乱の中での事務所開設に
私たちはどれだけ励まされたことでしょう。
一緒になにかを起こすたび
新しい視点を教えていただきました。
そして「楽しさ」を学んだこと
それこそが、私たちがほぼ日さんから授かった宝です。
今日でお開きになるのは少しさびしいですが
この宝が消えることはありませんし
いつでも「おかえりなさい」です。
なぜならここは港町・気仙沼。
紙面でにぎやかに
気仙沼のほぼ日さんを出船送りいたします。

ありがとうございました
「気仙沼のほぼ日」さん
  

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tag : 気仙沼のほぼ日

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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