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「編み物スクール」

きのうは西城健一君の詩文を紹介しました。きょうも〈ことば〉の話です。

6月23日の三陸新報に、気仙沼ニッティングの広告が掲載されていました。

気仙沼ニッティング
三陸新報6月23日掲載広告


「編み物スクール」開始の告知広告です。気仙沼ニッティングさんはこれまでも三陸新報に何度か広告を出稿していますが、いつも上品で気持ちがいい。今回も同じく。毛糸玉や編み棒の、なんというか〈挿絵〉と呼びたくなるようなイラストや、オーソドックスなレイアウトも素敵です。

〈うちのでよければ、お使いください〉という毛糸は、あのとても軽くてあったかい上質な糸のことでしょう。〈親切に教えてくれる先生〉たちのやさしさが伝わってくるようです。

ここまでにしておきます。余計なことをいうのは、やぼというものでしょう。

毎週木曜日の18:30〜19:30で7月4日(木)スタート。月謝は5000円です。申し込みは随時。高校生以上で、はじめてでも、ご安心くださいとのことです。

「編んでみたい」という気持ちだけ、
どうぞ忘れずお持ちください。

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼ニッティング

西城健一「大都会」

三陸新報に〈ひだまり〉という詩文欄があります。6月22日の同欄に、気仙沼高校の同級生だった西城健一君の詩が掲載されていました。

西城健一
三陸新報6月22日掲載記事より



意識して詩を読む機会があまりない私ですが、この西城君の詩/ことばには感ずるものがありました。

西城君が〈不透明な未来の明りを探しに〉来た大都会は東京でしょうか。そこで彼は〈大きなエネルギー〉を感じます。〈大都会の力〉。そして〈未来へ挑戦する力が 嵐の海へと飛び込む心が 沸いてきた〉と。

私はとても新鮮な印象を受けました。気仙沼から大都会に出かけ、その喧噪に疲れ、やはり気仙沼の我が家がサイコ〜というのがよくある話です。あるいは、いつもは高層ビルのなかで働く人が、スローな時の流れる気仙沼を訪れ、疲れていた心が癒やされましたとか元気をもらいましたとか。

健一君がここに記しているのは、それとは違う、真逆ともいえる心情ですよね。その率直さに驚いたし、うたれた。

こうしてブログを書きながら思いついたのですが、この〈大都会〉がニューヨークだとしたらどうなるか。私は勝手に東京だろうと想像しましたが、実はNew Yorkだったと。気仙沼から久しぶりにNYを訪れた健一君。そんな読み換えをしてみるのも面白い。

また、〈日々野山に囲まれて〉という部分を削除あるいは言い換えれば、東京で暮らす私がニューヨークを訪れて記した詩文としても成立するかもしれません。しかし、そうした読み換えや言い換えをしても、結びの文は変わらないでしょう。〈不透明な未来は自分が作っていた 殻を破り脱皮し続けるのだ〉。

この三陸新報の掲載の西城君の詩は、霧笛129号からの転載です。詩誌「霧笛」の再出発については2017年4月のブログに記しました。気仙沼中学同級生の熊谷康雄君(3年5組)のことなども。康雄君が亡くなってそろそろ4年が経ちますね。

そんないろんなことを思い出させる西城健一君の「大都会」でした。

2017年4月17日ブログ 再出港の「霧笛」
2018年4月24日ブログ 「西城健一君の詩集」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

千厩町の白石隆一

気仙沼市古町の古美術骨董店「車屋」さんの広告が、三陸新報で月に一度(たぶん第3木曜日に)掲載されます。このブログでも、広告に登場した本田鼎雪さんの絵や菅野青顔さんの書について記したことがあります。本日まず紹介するのは、車屋さんの4月18日の広告です。


4月18日白石隆一
三陸新報4月18日掲載広告より


白石隆一(しらいしりゅういち)の「気仙沼港」。この絵を描いた白市隆市さんという方を不勉強で知らなかったのですが、調べてみると一関市千厩町(せんまやちょう)出身の洋画家でした。これは面白いとブログで紹介しようと思ったものの、あっという間に1か月が過ぎてしまいました。本当に〈まぬけ〉な話。そして迎えた5月15日、また白石隆一の絵が紹介されていました。今回の絵は「めぬけ」です。


めぬけ
三陸新報4月18日掲載広告より


一関市公式サイト「博物館だより22」で、白石隆一の「千厩小学校」という作品が紹介されています。その中の、白石隆一のプロフィールを引用します。

〈 明治37(1904)年に生まれ、東磐井郡千厩町(現一関市千厩町)の白石家、屋号「構井屋」の跡継ぎとして育てられた隆一は、千厩尋常小学校を卒業後、旧制一関中学校に入学し、ここで絵に強く興味を持ちます。

18歳で上京して川端画学校で洋画を学び、昭和4(1929)年に卒業。翌々年から洋画家・清水良雄に師事します。画壇デビューは画学校時代の昭和3(1928)年。水彩画「田園初秋」で帝国美術院展覧会(帝展)へ初入選を果たしました。以降も帝展や光風会展で入選を重ね、昭和17(1942)年に光風会会員となりました。

東京で着実に歩を進める隆一でしたが、東京大空襲で自宅も作品も焼失してしまい、昭和20(1945)年5月から千厩で暮らし始めます。戦後の代表作を次々と生み出しますが、さらに画境を深めるためより刺激を受けようと、昭和29(1954)年に一関に移ります。精力的な制作に加え、後進の指導や美術啓蒙に尽くした隆一は、地元に基盤を置く実力画家として広く知られるようになりました。

昭和40(1965)年の欧州旅行から戻ると、再び郷里千厩での生活に戻り、制作に情熱を傾けます。晩年は病と闘いながら絵を描き続け、昭和60(1985)年に80歳で死去しました。〉(引用は以上。以下略)

この後は、「千厩小学校」についての説明が続くのですが、その中に〈隆一の描く魚は大変人気があり、「魚の画家」とも呼ばれました〉との記述がありました。ネットで調べたなかには、〈日本一の魚の画家〉との呼称も見受けられました。


また一関市博物館では、2016年にテーマ展「没後30年 白石隆一~あこがれの欧州」を開催しています。そのポスターを紹介します。



一関市博物館サイトより


この展覧会では、還暦を迎えた白石隆一が夫婦で出かけたヨーロッパ旅行の際に描いたスケッチ約350点が初展示されたそうです。

白石隆一と気仙沼にはどのような縁があったのだろう。その答が、盛岡タイムズ2007年3月1日の記事のなかにありました。〈魚をモチーフの中心に据えるきっかけとなったのは戦前、妹の嫁ぎ先の気仙沼で、三陸の魚に出合ったこと〉であったと。妹さんは気仙沼のどこに嫁いだのかはわかりませんが、「気仙沼港」や「めぬけ」を描いた背景がわかりました。なお、上記の一関博物館の記述では出生地の記述はありませんでしたが、盛岡タイムズの記事に北上市生まれとの記述がありました。母親の実家とかそんなことでしょうか。

気仙沼の人には説明不要ですが、千厩は、JR大船渡線の一ノ関と気仙沼の中間にある駅ということもあり、とてもなじみ深い土地です。車屋さんの広告で白石隆一さんという画家の存在を知ったことで、さらに距離が縮まったような感じがいたします。車屋さん、ありがとうございました。


2016年12月15日ブログ「日本画家 本田鼎雪」
2018年1月25日ブログ「菅野青顔さんの書」
 

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tag : 白石隆一 車屋

気仙沼 in Stereo

オーディオ専門誌「Stereo」を(図書館で借りて)毎月読んでいます。管球(真空管)アンプや自作スピーカー、マニアのお宅拝見記事でそのオタクっぷりを笑ったりするいわば空想的オーディオマニアです。

そのStereo誌の冒頭4頁の「SOUND FOCUS」という記事。ミュージシャンが登場してオーディオとの関わりが紹介されるのですが、6月号はジャズピアニストの小川理子(みちこ)さんでした。




2_2019062011462036a.jpg
いずれも「Stereo」誌2018年6月号より


小川さんについてはこれまで何度かテレビ番組でも紹介されているので、知っている人も多いのではないでしょうか。慶應義塾大学理工学部を卒業して松下電器産業(現パナソニック)に入社し音響研究所に配属されたあと、その後のオーディオブランド「テクニクス」復活の陣頭指揮をとった方です。

小川さんは同社100年の歴史のなかで2人目の女性役員とのことですが、ジャズピアニスト、ヴォーカリストとしても活躍しています。記事で紹介されているアルバム「Balluchon」(バルーション)は、通算15作目のリリースとなります。Balluchonはフランス語で〈旅立ち〉とのこと。

得意とするピアノの演奏スタイルはストライドです。歴史的にはラグタイムのつぎに登場する奏法でしょう。いずれも左手で強くリズムを刻みます。聴けば、あああれかとすぐわかると思いますが、以下省略。ネットで検索して聴いてみてください。

前置きが長くなりましたが、本日のブログ記事タイトルは〈気仙沼 in Stereo〉。上記の記事のなかに気仙沼ゆかりの人が隠れていたのです。ふたつめの画像の左下に小さく記されているアルバムのパーソネル/演奏者名に注目。


3_2019062011463806f.jpg


バイソン片山(ドラム)。そうです、片山光明さんがこのレコード10曲中5曲のドラムを担当していたのです。片山さんが気仙沼の階上にある地福寺/片山秀光住職の弟さんであることは皆さんご存じのとおりです。気仙沼みなとまつりの〈はまらいんや踊り〉では、バイソンバンドとして毎年ドラムをたたいてくれますし、〈みなと気仙沼大使〉のおひとりでもあります。

アルバム「Balluchon」は、高音質を実現するために10曲収録としたアナログレコードのほか12曲収録のCDも制作されました。下に両方のAmazonリンクをはっておきましょう。バイソン片山さんが参加しているのはアナログ盤でいえばA面です。記事によれば、A面のメンバーは小川さんが長年にわたって共演してきた気心の知れた皆さんとのこと。

以上、バイソン片山さんが参加した小川理子さんのアルバムが雑誌Stereoに紹介されていたという話。ただそれだけのことなのですが、私はとても驚いたし、うれしかった。その気持ちをお伝えしたく。

今年の気仙沼みなとまつりは、8月3日と4日です。3日夜のはまらいんや踊りでは今年もバイソンバンドが演奏してくれるのでしょうか。もしそうであれば、打ち上げのときにでも次の言葉を片山さんにささやいてください。〈バルーションA面のドラムがいがったよ〉 と。

6月11日ブログ 「地福寺」の御朱印


 

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tag : バイソン片山 地福寺

鶴亀への寄付募集

気仙沼市魚市場前に整備される「みしおね横丁」に設置される銭湯「鶴亀の湯」については、このブログでも紹介してきました。その工事がいま進められており、7月下旬にオープン予定とのことです。6月16日の三陸新報が伝えています。


みしおね横丁

三陸新報6月16日記事の一部イメージ


みしおね横丁に銭湯や食堂を設置するのは一般社団法人「歓迎プロデュース」(小野寺紀子代表理事)。記事によれば、銭湯には4~5人が入浴できる浴槽とシャワー8台、洗濯機、ロッカーが完備され、入浴料は440円とのこと。そして同法人ではいま、設備費に充てる寄付金の協力を呼びかけています。記事を以下に引用します。

「 開設資金は、市創造的産業復興支援事業を活用し、インターネットでは寄付金を募るクラウドファンディングでは、目標の600万円を達成した。

トレーラーハウスを利用することにより、コスト削減を図っているものの、安定運営を続けていくために資金が不足しており、市内の事業者、市民らから寄付金を募っている。

寄付金は一口5千円で、1万円以上の寄付者は銘板に名前を刻む。5万円以上は縦15cmx横60cm、10万以上は縦15cmx横1.2m(サイズ変更の場合あり)で、トレーラーに掲げ、寄付者への謝意を表す。

同法人では「漁師の憩いの場となる銭湯が気仙沼には必要。入港してきた漁師を温かく迎えるためにも趣旨に賛同いただき、協力をお願いしたい」と話している。」(引用は以上)

銭湯や食堂の開設資金を募るクラウドファンディングは、上記の記事にもあるようにすでに終了していますが、このプロジェクト専用の振込用紙が、気仙沼信用金庫本店と各支店に用意してあるそうです。この「鶴亀」プロジェクトは、魚市場前に漁師さんのための銭湯を復活させようというもの。お力添えいただける方がいらっしゃれば是非に。どうぞよろしく。

3月30日ブログ「鶴亀の湯クラウド」
 

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tag : 鶴亀の湯 みしおね横丁

シャークス/JAWS

読売新聞の土曜日夕刊写真コラム「LENS 被災地発」では、これまで何度も気仙沼の話題を紹介しています。6月15日もそんな気仙沼シリーズのひとつ。サメ革製品でおなじみの「シャークス」さんをとりあげてくれました。

シャークス
読売新聞6月15日記事より


記事を引用します。見出しは〈特産 上手に発信〉です。

「宮城県気仙沼市の特産として知られているサメ。「シャークス」は、サメに関連した商品を取り扱う地元の専門店だ。東日本大震災で甚大な被害を受けた旧フェリー乗り場前の複合商業施設内にあり、多くの観光客が足を止める。

店内には、ヨシキリザメを使った財布やベルトなどの革製品のほか、食品やぬいぐるみなど約150種の商品が並ぶ。社長の熊谷牧子さん(59)が2011年12月に起業。仮設店舗を経て昨年、今の場所に店舗を移した。熊谷さんは「サメで気仙沼の魅力を発信したい」と意気込む。 」(引用は以上)


SHARKS/シャークス代表の熊谷牧子さんは、何度も書いていますが、渡邊まさ子さん(3年5組)の妹です。そして記事に店舗の場所が旧フェリー乗り場前の複合商業施設とありますが、これは「ムカエル」のこと。グランドオープンは昨年11月でしたが、施設が完成したのは6月でしたから、ほぼ1年経ちました。

この連載記事のタイトルにLENS(レンズ)とあるのは、写真コラムだからです。今回の記事の担当は小林武仁さん。東京本社 写真部所属のようです。小林さん、ありがとうございます。

小林カメラマンが撮った写真は、するどい歯が残るサメの口から牧子さんや店内をのぞきこむという構図です。遊びがあって面白い。キャプションをつけると〈シャークスの商品を買わないと、お前もたべちゃうぞ〉か。広角レンズで牧子さんや店内にピントを合わせつつ、サメの歯もそれなりにしっかりとうつすというのは、カメラマンとしての技のひとつなのでしょう。

店内の手前にうつっているのは、サメ革の小銭入れです。2016年にNHKのテレビニュースがこの商品を取り上げてくれたときのブログにもこの商品を紹介しました。

2016年7月26日ブログ 気仙沼「SHARKS」

映画「ジョーズ」(JAWs/あご)を連想させるこの小銭入れは気仙沼の話題としてメディアも紹介しやすいのでしょうね。まさにSHARKSのシンボル商品といってもよいでしょう。定価はいくらかなと思ってSHARKSサイトをのぞいてみたら、商品名は〈サメ革JAWS小銭入れ〉となっていました。やっぱりね。価格は6千円です。

最後になってしまいましたが、記事の見出しの〈特産 上手に発信〉の〈上手〉は JAWSだったのですね。記事を読んだときやブログを書いている途中には気づかず、文章の締めを考えているときにやっと気づいたというお粗末な話。 JAWSの口から笑いが漏れましたとさ(笑)。

気仙沼シャークス
気仙沼市南町海岸1-14 内湾商業施設ムカエル1F
SHARKSショップサイト
 

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tag : シャークス

深刻な少子化問題

本日紹介するのは、6月15日の三陸新報の第1面トップ記事。気仙沼市教育委員会がまとめた市内小中学校の児童・生徒数の推移予測です。加速する少子化に対応しての早急な対策が必要としています。

少子化

三陸新報6月15日記事の一部イメージ


推移予測は、小学生については2025年度まで、中学生は2031年度までとなっています。今後の予測内容のなかで〈特に深刻〉とされているのは大島中学です。本年度は全校で26人が在籍していますが、2031年度には8人(1年生3人・2年生3人・3年生2人)まで減少します。

掲載されている推移予測表を引用します。


中学校

小学校
いずれの表も三陸新報6月15日記事より


記事によれば、児童・生徒数の減少で教員の配置が深刻化しているそうです。特に中学校では全9教科の教科担任がそろわず、本来の教科に加えて別の教科を受け持つ「免許外教科担任」や、非常勤講師による授業が常態化していると。

少子化への対応策が学校統合ですが、気仙沼市の小中学校統合計画の実行はたやすいことではありません。たとえば計画における第2段階中の、「水梨小→松岩小」「月立小→新城小」については地元地区の反対などもあり計画実行が先送りされ、水梨小は1年遅れて2019年4月に統合が実現しましたが、月立小についてはさらに遅れています。

統合計画の第3段階では、小学校3校と中学校3校を対象としています。2021年4月が統合時期。三陸新報の記事でも〈特に深刻〉とされている大島中学校もそのひとつで、鹿折中学への統合が計画されています。大島小の鹿折中への統合も同様です。2年後の4月。

市教育委員会は「推計が大きく変わる可能性は低く、近々に迫る現実として受け止めざるを得ない。市民全体で課題を共有し、統廃合を含めて教育環境の在り方を考えたい」と話しているそうです。同感。

三陸新報記事の見出しにも〈欠かせない市民の課題共有〉とありました。これは教育委員会の考えを受けつつ、三陸新報として市民に投げかけた言葉でもあるのでしょう。是非、地域の報道機関のひとつとしてこのやっかいな課題や問題の共有のために力を貸して欲しいと感じております。

(追記)三陸新報さんは上記記事の翌日6月16日にも、この問題を1面トップの〈ニュースを追って〉で取り上げていました。〈教育環境整備は全市的課題〉と見出しにありました。

2018年3月13日ブログ「小中校児童数見込」
 
 

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ジャンル : 地域情報

tag : 学校統合 少子化

鼈甲屋のサツキ展

きのう6月13日(木)の三陸新報の記事。見出しの〈サツキ〉と写真を見て、すぐに鼈甲屋のタカオちゃんだとわかりました。

鼈甲屋

三陸新報6月13日記事の一部イメージ


魚町地区のボランティアクラブ(小松洋子会長)による「さつき展」が、魚町坂口の鼈甲屋(べっこうや)の蔵で開催されているという記事です。写真にうつっている男性が昆野孝男さん、つまりタカオちゃん。私よりひとつ下(気中21回生)の幼なじみです。

会場の蔵は、鼈甲屋の家屋の裏側にありました。小さいときに蔵の中に入らせてもらったことがありますが、暗くて内部はよくわかりませんでした。この蔵は1907(明治40)年に建てられたもの。震災の津波で被災した後に、内部を再整備して集会の場としても利用できるようにしたとのこと。

以前にもサツキ展についてブログに書いたなと思い調べてみると、2015年6月10日の「隆男君のサツキ展」でした。久しぶりに読み直してみると、蔵のわきのスペースで缶蹴りやかくれんぼをして遊んだことや、家屋の後ろ側の部屋を借りていた三重県から来たとかいう〈餌買い〉さんの話などが書いてあります。いま読んでも本当になつかしい。

なつかしいといえば、2011年9月に魚町坂口にあった私の実家をすべてひきはらうときに隆男君を訪ねた話も書いてありました。そのときに隆男君が端正をこめて育てているというサツキを見せてもらったのでした。あのときはまだ隆男君のお母さんも元気だったのです。

そんなこんないろんなことを思い出させる鼈甲屋の蔵でのサツキ展。展示は6月17日(月)まで。15、16の両日午前10時からはお茶のみ交流会を開くそうです。私の母も佐々木徹君(3年1組)のお母さんも、鼈甲屋での〈オジャコノミ〉では大変お世話になりました。隆男君はこうして今でも地区の人たちのお世話をしてくれているのですね。

15日(土)午前11時からは市内の音楽ユニット「フラワー☆スカイ」のミニライブもあるそうです。展示会、交流会ともに無料とのこと。是非お出かけくださいますように。

2015年6月10日ブログ「隆男君のサツキ展」
2012年12月4日ブログ「鼈甲屋のケヤキ」
 

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tag : 鼈甲屋

新世代型マグロ船

気仙沼の勝倉漁業さんの新造船「第127勝栄丸」が6月9日に建造先の新潟から気仙沼に廻航して披露されました。6月11日の三陸新報の記事を紹介します。

勝栄丸

三陸新報6月11日記事の一部イメージ


記事の写真は、魚浜町のコの字岸壁で見学に訪れた関係者や市民約200人にお祝いの餅まきをしているところです。船上に掲げられた多くの大漁旗とともに、気仙沼らしいとても景気のよい風景といってよいでしょう。

三陸新報は、6月6日の1面トップ記事でもこの次世代マグロ船の完成を伝えています。

次世代型

三陸新報6月6日記事の一部イメージ


この記事によれば、遠洋マグロはえ縄船「第127勝栄丸」は、水産庁の「もうかる漁業創設支援事業」を活用して、船齢を重ねた既存船の代船建造として、昨年8月に新潟造船(新潟市)で着工されました。総工費は7億5千万円で、同12月に進水、今年5月30日に完成しました。業界の課題である労働環境改善や安全性向上などを重点的に考慮し、最新鋭の設備を兼ね備えた次世代型のマグロ船です。

労働環境改善については、市内の遠洋マグロはえ縄船の船主らが連携し、気仙沼市やトヨタ自動車東日本の支援を受けて取り組んできた「遠洋まぐろ延縄漁業カイゼン検討会」による改善策も採用されているとのことです。

居住環境についても、居室の天井を高くしたりネット利用のための船内LANも完備。野菜を長期保存できる専用のチルド保管庫もあるとのこと。

勝倉漁業としては震災後2隻目の新造船で所属船は計4隻に。同社の勝倉宏明社長(51)は「労働環境の改善で、若い人たちが望んで遠洋船に乗船してもらえるうようなモデルとなる船になれば」と期待しているそうです。

第127勝栄丸の披露については、6月10日の「勝栄丸ブログ」に詳しく紹介されています。同ブログは、毎日更新される記事がとても充実しており、私も愛読しています。宏明社長が書かれているのだと思いますが、遠洋漁業の様々な実務や周辺の日常がやさしい語り口でつづられていて素晴らしい。こちらも是非に。

勝栄丸ブログ6月10日記事

三陸新報6月6日の記事末尾には、臼福本店も次世代型の遠洋マグロ船の建造を進めており、早ければ年内の完成するとの記述がありました。これについては、昨年のブログでつぎの記事を紹介しました。デザイナーの佐藤オオキさんに内外装のデザインを依頼したといいます。

臼福本店

三陸新報2018年11月29日記事の一部イメージ

2018年12月3日ブログ「nendoのマグロ船」

 
三陸新報の記事で勝倉漁業さんの所在地市内弁天町となっていますが、震災前は臼福本店さんと同じく魚町の海岸通りにありました。気仙沼の遠洋マグロはえ縄漁業の両雄ならびたつといった感じ。その両社による次世代型のマグロ船建造は、気仙沼の今後の漁業にとって大事な取り組みといってよいでしょう。

6月9日。コの字岸壁に集まった200人の笑顔は、この新造船竣工のめでたさとともに、気仙沼の漁業の未来をそこに感じたからかもしれません。

勝倉宏明社長はじめ勝倉漁業関係者の皆様、第127勝栄丸の竣工おめでとうございました。今後の航海の安全と大漁を祈念しております。

(追記)6月14日の河北新報も、〈マグロ新船「働き方改革」〉の見出しで同船の取り組みを紹介していました。

河北新報6月14日配信記事
 
 

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三河湾の海の復活

土曜日の9:30からのテレビ朝日「食彩の王国」をいつも録画して見ています。6月8日のテーマは「車エビ」でした。話は、天然車えびの産地、愛知県西尾市から始まります。三河湾は、栄養豊富な上に車えびが生息する砂泥地が多く、絶好の漁場だといいます。老舗料理宿の車エビの鬼殻焼きがとてもおいしそう。

次の話が始まりました。なにげなく見ていたら、「森は海の恋人」という言葉とつぎの画面が。



IMG_3711.jpg
いずれもテレビ朝日「食彩の王国」6月8日放送画面より


番組サイトから、その要旨を引用します。

◎漁師が森へ!?知られざる奮闘物語

三河湾で車えび漁を営む鈴木修さん(60)は、この道40年のベテラン。父も漁師で、幼い頃から豊漁に沸く浜を見てきました。砂泥地に潜む車えびは、底引き網で捕獲します。ところが20年ほど前、海に異変が起きました。車えびを育む、浅瀬の「藻場」が減少していたのです。そして漁獲量も、最盛期の半分以下になってしまいました。危機感を持った鈴木さんは、解決方法を模索します。様々な資料を調べるうちに発見した言葉が、「海は森の恋人」。それは、東北の海を復活させた漁師のキャッチフレーズでした。それで気がついたのが、松くい虫で打撃を受けた湾内の無人島(小田注:梶島)のこと。鈴木さんは周辺の漁協にも声をかけ、植林事業に取り組みました。10年の歳月をかけて海を復活させた、鈴木さんと仲間達の奮闘に迫ります。(引用は以上)

冒頭に紹介した放送画面の1枚目は〈森は海の恋人〉の紹介、2枚目は2009年の無人島/梶島での植林を開始したときの写真です。植林当初は虫害で苦労したそうでですが、木酢液の散布などで改善したそうです。

今年も「森は海の恋人」植樹祭が一関市室根町の矢越山「ひこばえの森」で6月2日に開催されました。この植樹祭は畠山重篤さんら漁師で結成した牡蠣の森を慕う会が1989年から開催し、現在は重篤さんが理事長をつとめるNPO法人森は海の恋人と室根町の地元自治会の皆さんらが中心となって実施しています。毎年開催して今回が31回目となりました。

「食彩の王国」は2011年10月までは東日本放送が放送していたのですが、現在は見ることができません。2016年10月に気仙沼の「メカジキ」を特集してくれたときも気仙沼では視聴できず。

ということで、気仙沼の皆様に6月4日のこの放送のことをお伝えしたく、ちょっと詳しく紹介させていただきました。三河湾の車えびを食することがあれば、気仙沼「森は海の恋人」のことを思い出していただければと。

NPO法人 森は海の恋人サイト/植樹祭
 
 

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「地福寺」の御朱印

6月8日(土)の読売新聞(東京)夕刊に気仙沼の話題が紹介されていました。見出しには〈気仙沼の寺〉の文字が。

地福寺

読売新聞6月8日夕刊記事の一部イメージ


気仙沼の階上(はしかみ)地区にある地福寺(じふくじ)のご朱印が人気を集めているとの記事。写真にうつっているのはご住職の片山秀光さん(79)です。ご朱印帳の見開き2頁にわたり、約20分をかけて仕上げるそうです。だるまさんの絵に「めげない にげない くじけない」との言葉がそえられています。記事を少し引用します。

〈 寺は海岸から約800mで、震災で高さ約17mの津波に襲われ全壊した。墓も全て流され、檀家だんかの名前が記録された泥だらけの「過去帳」だけが残った。寺のある階上はしかみ地区の死者・行方不明者は182人に上る。「檀家のよりどころを取り戻したい」。片山さんは一周忌に合わせて本堂や納骨堂を再建するとともに、だるまなどの絵に復興への思いをつづったポストカードを販売してきた。絵を描く趣味を生かしたという。昨年5月、寺を訪れた愛媛県の女性から「ポストカードをインターネットで見た。ご朱印として描いてほしい」と求められた。要望に応じてご朱印を描いた 〉(引用は以上)

この愛媛県の女性がSNSやブログで地福寺のご朱印を紹介してくれたことで、全国からご朱印をいただきに参拝に訪れる人が増えたそうです。

地福寺は禅宗/臨済宗のお寺さんです。そしてダルマさんは、禅宗の開祖である達磨(だるま)大師ですから、朱印帳に描かれる禅画としては王道、くだけた言い方をすれば定番といってよいでしょう。

地福寺のサイトのなかに、ご朱印の案内も掲載されていました。また、昨年につづいて2回目となる寺子屋寄席を6月18日(火)に開催するとのお知らせもありました。


寺子屋寄席2019A4チラシ
地福寺WEBサイトより


達磨さんは「七転八起」ですが、寄席であれば「笑門来福」。6月18日は、だるまさんが転んだではなく、だるまさんも笑うだろうということで。おあとをよろしく。

ご朱印帳、寺子屋寄席、いずれも詳しくは下記のサイトをご覧ください。本日は6月11日。震災から8年3カ月経ちました。

地福寺WEBサイト
地福寺/ご参拝・ご朱印
 

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tag : 地福寺 御朱印

「ダイニ」大島商店

楽しみにしている三陸新報連載〈わが社の屋号〉がしばらくお休みしているな思っていましたら、5月30日に18回目が掲載されました。

ダイニ
三陸新報5月30日記事より


今回は弁天町の〈ダイニ大島商店〉さんですが、そのお兄さん、弟さんら3兄弟の話を興味深く読みました。

ダイニ大島商店の創業者/会長は大島茂雄さん(93)です。岩手県一関市出身で、実家は魚屋を営んでおり気仙沼から魚を買い付けていたそうです。その茂雄さんは陸軍の飛行隊に所属し中国で終戦を迎えましたが、復員後に魚の行商からスタートし、縁があった気仙沼でマグロなどの鮮魚仲買を始めたそうです。

茂雄さんのお兄さん忠一郎さん(故人)は鮮魚仲買業として二印大島水産を、そして弟さんの実さんはカネミ大島商店をそれぞれ気仙沼で創業しています。

創業者の兄弟順でいえば、「ニ印」「ダイニ」「カネミ」の大島グループ3兄弟ということになるわけですね。一関に実家があった3兄弟が気仙沼で事業を展開して今に至っているわけです。ニ印大島水産さんの創業は同社サイトによれば大正7年/1918年のこと。そうしたことを考えると、大島グループ創業100周年とよいのかもしれません。

記事の写真には、〈2013年に再建した事務所・工場〉とのキャプションが。弁天町ですから震災の津波で被災したのだと思います。

記事の冒頭には、毛利元就の〈三本の矢〉の教えが印されていました。そして、末尾には〈創業時に大切にした「三本の矢」の精神は、次の世代にも脈々と受け継がれている〉と。一関に始まり、3兄弟それぞれの子、そして孫へとつながる家族の歴史でしょう。
 

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志玲さんと気仙沼

蒼井優さんと山里亮太さんの結婚で驚いていたら、きのうはEXILEのAKIRAさんと、リン・チーリン(林志玲)さんが結婚とのビッグニュース。ということで、当ブログでもいそぎ予定を変更して(笑)この話題を。

というのも、チーリンさんは2012年の秋に気仙沼を訪れているのです。その時に気仙沼演劇塾「うを座」のメンバーとの交流がありました。そして2015年1月に、うを座が北海道の帯広で公演をおこなったときにもかけつけてアドバイスするなどしてくれました。

この2度にわたる交流については、NHKがBS放送で紹介しています。本日はその2度の放送を紹介した当ブログ内容を再掲します。それぞれ、チーリンさんに関係のない部分は省略しております。


①2013年1月22日「リンチーリンさん」 

本日1月22日(火)NHK・BS1「Tomorrow Beyond 3.11」では、台湾出身の世界的映画女優リン・チーリン(林 志玲)さんの気仙沼市を訪問しての保育施設や劇団「うを座」の子どもたちとの出会いなどを紹介します。

台湾女優

1月22日(火)14 :00〜14 :30
NHK・BS1「Tomorrow Beyond 3.11」
リン・チーリン(台湾/女優)〜希望の劇場

番組ホームページではつぎのように紹介しています。

「台湾出身の世界的映画女優リン・チーリンは、女優にならなければ学校の先生になりたかったほどの子ども好き。今回気仙沼市を訪ねたチーリンは、被災者向けに開設した託児所や児童保育施設や、演劇を通じて災害から立ち直ろうと気仙沼復興市場で稽古を積む児童劇団「うを座」の子どもたちと出会う。一見、底抜けに明るい「うを座」の子どもたちだが、心を開いてチーリンと話すうちに、それぞれが抱えている苦しみや悲しみが見えてくるのだった」

ネットのWIKI情報では、リン・チーリン(林 志玲)さんは、台湾のモデル兼女優で、「台湾一有名なモデル」といわれているそうです。ジョン・ウー監督『レッドクリフ』のヒロインにあたる小喬も演じています。2011年には私財を投じて慈善基金を設立。自ら会長に就任したうえで、かねてより取り組んでいた児童福祉の活動を本格化させたとのこと。身長174cm、体重52kg、38歳。雑誌『an・an』の「東洋美人」人気投票(2012年)では1位だったそうです。

録画してゆっくり見ます(笑)。


②2015年3月5日「うを座の子供たち」 

台湾出身の映画女優リン・チーリンさんと気仙沼の演劇塾「うを座」の子どもたちとの交流を紹介したNHK・BS1「Tomorrow」は、このブログでも書きました。一昨年1月のことです。そして今度の日曜日3月8日、その続編ともいうべき番組が放送されます。

うを座
番組ホームページからの画像

◎3月8日(日)午後1時00分~1時49分
◎NHK・BS1
◎TOMORROWスペシャル
思いを届けるミュージカル
~リン・チーリンがよりそう子どもたち~

番組ホームページから紹介文を引用します。

「台湾の映画俳優リン・チーリンと交流を続けている被災地の子どもたちがいる。宮城県気仙沼市、劇団“うを座”の子どもたちだ。一昨年、震災の風化を防ぐためのミュージカルを作り、リンさんが見守る中、舞台公演を行った。そしてこの冬、舞い込んできたのが北海道での公演依頼。テーマは「震災のつらい経験から何を学び取ったのか」。しかし、あれから2年で状況は変化。子どもたちの心の中でも震災の風化が始まっているというのだ。世間の関心の風化、自分たちの記憶の風化にあらがいながら舞台を作り上げていく子どもたち。そして本番当日、再びリンさんが舞台に立つ子どもたちの元に駆けつけた」引用は以上。

番組では1月11日に行われた北海道/帯広公演の模様を紹介するようです。うを座のフェイスブックには、その様子が写真とともに紹介されています。こちらもご覧ください。



うを座Facebook2015年3月8日投稿より


Facebook2015年3月8日投稿


再掲内容は以上です。どちらのブログにも番組サイトへのリンクをはっておいたのですが、すでにリンク切れになっていました。

上記のFacebookのなかのリーチン/志玲さんがうつる13カットは、なかなかの貴重な画像ですね。そこにうつる〈うを座〉メンバーの皆さんにとってはなおさらのことでしょう。

2012年の秋に気仙沼を訪れたとき、うを座メンバーが稽古していたのはたしか南町のcadocco(かどっこ)だったと思います。それから6年半が経ったのですね。

リン・チーリン/林志玲さんの気仙沼へのご支援にあらためての御礼とともに、AKIRAさんとの結婚のお祝いを申し上げます。ありがとうございました。そして、おめでとうございます。
 

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七十七の移転地図

4月18日のブログで、七十七銀行の気仙沼支店が南町に戻ってくるという話を紹介しましたが、5月31日の三陸新報が続報を掲載していました。

七十七銀行
三陸新報5月31日記事の一部イメージ


内容は前回お伝えした内容とほぼ同じですが、前回は来年1月としていた開店時期を来年1月27日を目指すとしています。この記事は、5月30日付けの七十七銀行ニュースリリースによるものです。同リリースを見てみると、移転場所の地図が掲載されていました。とてもわかりやすいので、引用します。


地図
(株)七十七銀行 5月30日付けニュースリリースより


道路の取り付けは少し変わるのでしょうが、ほぼ以前と同じ場所ですね。それと、スローストリートやスローフードマーケットの建設予定地との関係がよくわかります。駐車場は31台分が確保されるとのこと。

なお、三陸新報の記事の中で、南町海岸商業施設を「迎(ムカエル)」ではなく「ムカエル」としていたのは、この七十七銀行のリリース内容の表記どおりとしたのでしょう。これが自然だと思います。そして、「ムカエル」や交流プラザ「ウマレル」前の海に沿ったデッキなどのスペースは〈気仙沼漁港南町公園〉というのですね。

三陸新報の記事に、七十七銀行さんのコメントが紹介されていました。「元の場所に戻るのは、内湾地区のにぎわいづくりに役立ちたいという思いから。今後もますます、復興や地域発展に貢献できるように努めていきたい」と。

最後にちょっと細かな話ですが、同銀行気仙沼支店の電話番号は22-6770。中にちゃんと「77」がしこんであるのですね。小ワザがきいてます(笑)。


4月18日ブログ「七十七銀行 南町へ」

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気仙沼高校同窓会

先日、気仙沼高校関東同窓会の総会・懇親会の案内が届きました。今年は7月13日(土)です。ちょっと先のことなので、またあらためて紹介しますが、まずは取り急ぎということで。



◎気仙沼高校関東同窓会/総会・懇親会

◎日 時:2019年7月13日(土)
◎総 会:11:30~12:00(受付11:00~)
◎懇親会:12:10~(着席ビュッフェ形式)
◎場 所:ルポール麹町(麹町会館)2Fロイヤルクリスタル
東京都千代田区平河町2-4-3 03-3265-4361
◎会 費:
年会費 :1000円
懇親会費:(年会費1000円含む):
 ~平成9年3月卒:8000円
 平成 10年~19年3月卒:5000円
 平成20年~29年3月卒:3000円
 平成30年・31年卒:無料
◎お申込:
下記サイトのお申込フォームからご登録ください。
◎お問合せはメールにて
kantou@khs-doso.com
FAX:03-5367-5863
詳細やお申込みは次のサイトにて。

気仙沼高校関東同窓会サイト

本年も、懇親会は気仙沼向洋高校(旧気仙沼水産高校)関東同窓会と合同して開催されます。なお、気仙沼高校は2005年に旧気仙沼高校(男子校)と旧鼎が浦高校(女子校)が統合して新しい気仙沼高校(新気高)となり、同窓会も同じく統合されています。両校の前身となる、旧制気仙沼中学校、気仙沼実科高等女学校、気仙沼高等女学校も同様です。そして昨年2018年4月には気仙沼西高校も気仙沼高校に統合されています。

気仙沼西高校は、1985(昭和60)年4月に開校しましたから33年間の歴史を刻みました。このブログでは2014年7月に両校の統合計画を紹介しています。そのブログを見ると、30周年を迎えた2014年3月の卒業生が3963人ですから統合時には4000人を越えています。同校OBの方が身近にいらっしゃいましたら、どうぞ同窓会参加をお声がけください。

最後になりましたが、同窓会を準備や運営を引き受けてくださっている役員はじめ関係者の皆様に御礼を申し上げます。毎年、本当にありがとうございます。本年もお世話になります。どうぞよろしく。

2014年7月2日ブログ「気高と西高を統合」
 
 

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気仙沼天旗浮世絵

5月26日、気仙沼の岩井崎園地で「気仙沼天旗(てんばた)まつり」が開催されました。昨年は9月に予定されていましたが台風24号の接近が予想されために中止となり、今回は2年ぶりの開催となりました。31回目となるはずです。

5月24日の三陸新報にこの天旗まつりの案内広告が掲載されていたのですが、そこにつぎの凧あげの浮世絵が掲げられていました。公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」内のチラシ画像にも同じものがありました。「気仙沼天旗空之水族館」です。


天旗まつり

気仙沼観光コンベンション協会のチラシ画像より


気仙沼伝統の日の出凧をあしらいながら、空にはカツオやサンマなどの凧もあがっています。ホヤぼーやは空だけでなく陸にも。すでにある凧揚げの浮世絵/錦絵を素材として気仙沼の絵柄を組み込んでいるわけですが、無理がなく自然な感じで素晴らしい。

絵の下につぎの引用説明がありました。「この浮世絵は、『東京名所四十八景』「筋違御門うち凧あそひ」昇斎一景 画と、『子供遊び凧の戯』 一交斎小芳盛 画より引用し作成しました」と。なるほど。原画を知りたくなりました。調べてみたらつぎの2点です。


まずは『東京名所四十八景』「筋違御門うち凧あそひ」昇斎一景 画を。出典

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つぎに『子供遊び凧の戯』部分 一交斎小芳盛 画を。出典

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上の絵を背景にして、下の絵にある子供たちを組み込み、空を水族館に見立てて魚を配したというわけですね。うまいよねえ。画像処理ソフトを使って、切り抜いて貼り付けるということでしょうが、口でいうほど簡単ではないでしょう。消したり足したり重ねたり、そしてなじませたり。

凧揚げの浮世絵を使って気仙沼の天旗風景を再構成しようというアイデア。それを実際に形とするテクニック。両方がそろって見事な〈作品〉ができあがりました。

この浮世絵イラストは昨年2018年の天旗まつりポスター/チラシでも使われていました。この年の催事そのものは残念ながら中止となりましたが、この〈浮世絵〉は評判がよくて今年もといったところでしょうか。どなたがつくったものかわかりませんが、本当に感心しました。ご存じの方がいらっしゃれば是非そのようにお伝えいただければと。

昨年の天旗まつりに際しては、三陸新報に掲載された、角星さん、プラザホテルさん、ホテル観洋さんの屋号凧をうまく使った広告のことをブログに記しました。これも遊びがあってとてもよかった。

天旗まつり関係者のなかになかなかの趣味人、才人がいらっしゃるのかもしれませんね。おかげでこうして楽しませてもらいました。


2018年10月1日ブログ「天旗まつりの広告」

 

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写真の日にあたり

6月1日は「写真の日」だったそうです。日本写真協会のサイトによれば、この記念日は日本の写真家のさきがけとして知られる上野彦馬が1841年6月1日に島津斉彬を撮影したことに由来し、1951年に制定されました。その後の調査でこれらの事柄が誤りであることが確認されたそうですが、同協会は引き続きこの日を記念日として各種行事をおこなっているそうです。

気仙沼でもこの「写真の日」にちなむ催事がおこなわれています。5月31日の三陸新報の「写真の日」告知広告のなかにあった案内を紹介します。


写真展
三陸新報5月31日掲載広告より


熊谷孝良君(3年3組)の「スタジオアート」による「ありがとう平成!写真展」です。6月1日から9日までの10日間、海の市2階で開催されています。この催事は30日の三陸新報が記事としても伝えていました。「平成」と書かれた額縁を手にした笑顔の市民らの写真約70点が展示されているそうです。なお、広告にうつっているのは、十人十色不動産の一色法人(いっしきのりひと)さんだと思います。

この写真展についてはきのう6月2日も三陸新報が紹介していました。

写真展

三陸新報6月2日記事の一部イメージ


記事によれば、6月1日はスタジオアートの開業記念日でもあるそうです。その創業者である熊谷孝良君が亡くなったのは2014年3月4日。62歳でした。早かった。気仙沼高校に通っていたころから写真を一生懸命やっていたことを思い出します。

奥様の珠美さんや息子さんがこうして元気に活動していることを孝良君も喜んでいることでしょう。
 

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tag : スタジオアート 熊谷孝良

気仙沼市PR映像

気仙沼市が制作したプロモーションビデオ(PV)を紹介します。市ではこの動画の目的を「移住定住・観光等の促進、起業や企業誘致などによる働く場・雇用の創出を目的に、本市の生業や人、自然等,魅力を伝えるため」と説明しています。つまり、気仙沼市PR映像です。

5月27日午後1時から気仙沼市公式サイトやYouTubeなどで公開が始まりました。その映像3種を紹介します。「移住定住・観光」向け動画のショートバージョン/約3分、そしてロングバージョン/約7分。続いて「企業誘致・起業創業」向け動画/約9分の順になっています。











市の報道資料によれば制作費は総額545万円で、うち200万円は豊田通商(株)さんからの企業版ふるさと納税寄附金を活用しています。豊田通商/旧 トーメンは、菅原茂市長が大学を卒業して入社したいわば古巣ですね。たしかオランダのロッテルダムに駐在したはずです。そんなご縁もあって企業版ふるさと納税で気仙沼をご支援くださっているのではないでしょうか。ありがとうございます。

制作会社はプロポーザル方式で決定された(株)ポニーキャニオンです。同社のプレスリリースによれば、レコード会社として唯一、地方創生事業専門の部署を有しているとのこと。また、気仙沼に旅人として登場しているのは鈴木裕樹さん。TBS「アンナチュラル」、日本テレビ「家売るオンナの逆襲」などに出演しています。

また監督や音楽についてつぎのように記しています。〈監督は三森すずこや関ジャニ∞などのMV(ミュージックビデオ)を手掛ける井上強。音楽はドヴォルザークが1893年に移住したアメリカで作曲した交響曲第9番「新世界より」第二楽章と同曲をモチーフとしたサウンドトラックで構成。「家路」として唱歌として親しまれるメロディに、いつでも「こころの故郷」気仙沼市に帰って来て欲しいというメッセージが込められています〉

ちょっと補足しておくと、「家路」は気仙沼の防災行政無線で午後6時に放送される音楽ですね。午前6時は「恋は水色」、正午はウェストミンスターの鐘/チャイムのはず(ですよね)。

つまり、「家路」のメロディによって、気仙沼を出てほかの地域で働いている人に潜在意識レベルで帰郷を働きかけようという高度な作戦です。繰り返し見ていたら、私もなんか知らないうちに気仙沼に帰りたくなってきました。サブリミナル効果でしょうか(笑)。
 

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志の輔 in 気仙沼

立川志の輔さんの落語会が9月に気仙沼市民会館で開催されます。「志の輔らくご in 気仙沼」。

志の輔
TBC本公演サイトより


日時:9月7日(土)
会場:気仙沼市民会館大ホール
開場:13:00  開演:14:00
出演:立川志の輔 (ゲスト)糸井重里
料金:3800円(税込)全席指定
主催:TBC東北放送、気仙沼さんま寄席実行委員会
共催:気仙沼市


今回の「志の輔らくご in 気仙沼」は、2016年9月8日についで3年ぶり2度目の開催となります。立川志の輔さんと気仙沼の関わりはもう説明の必要もないのですが、一応簡単にまとめておきましょう。

志の輔師匠をお招きしての〈気仙沼さんま寄席〉が気仙沼さんま寄席実行委員会の主催でおこなわれたのは2012年3月25日のことでした。気仙沼の有志メンバーを糸井さんをはじめ、ほぼ日の皆さんがバックアップしてくださいました。

さんま寄席に代わり、志の輔らくご in 気仙沼が開催されることを2014年7月のブログで紹介したときに、さんま寄席の経緯をつぎのように振り返りました。再掲します。

〈気仙沼さんま寄席〉は、〈目黒のさんま祭〉のさんま代を稼ぐことを目的に始まりました。そしてその成果である〈さんま代〉は第1回が348万9597円、2013年の第2回が465万1068円。2014年は会場の市民会館が改修工事中でお休み。そして昨年5月30日におこなわれた第3回目は297万853円でした。すでに当初の目的を十二分に果たしていただきました。趣旨に賛同して気仙沼においでいただいた方々に、そして志の輔師匠や〈ほぼ日〉さんはじめ関係者の皆様に、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。(再掲内容は以上)

震災後5回目となる、志の輔さんの落語会。志の輔さんと気仙沼のご縁がさらに深まっていくことを感じ、とてもうれしく思っています。

2016年の初回開催にあたって、糸井重里さんが「志の輔らくご in 気仙沼の開催に思うこと。」をつぎのほぼ日サイトに記しています。是非ご覧ください。

ほぼ日「志の輔らくご in 気仙沼」2016

チケットなどの詳細は、TBC公演サイトにてご覧ください。また、気仙沼市内では、つぎの店舗など本公演ポスター掲示店でチケットを扱っています。アンカーコーヒー内湾店/アンカーコーヒーマザーポート店/御誂京染たかはし/気仙沼観光コンベンション協会/気仙沼市民会館/気仙沼のほぼ日/気仙沼プラザホテル/斉吉商店/武山米店/畠良薬局/横田屋本店/ラ・ペ・マツイ ほか

 

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tag : 立川志の輔 さんま寄席

齋藤教育長の退任

気仙沼市の齋藤益男教育長が5月24日で任期満了に伴い退任することは、4月25日のブログでもお伝えしました。そして5月25日の三陸新報が、24日の退任式を報じていました。益男君が気仙沼高校の美術部での仲間だったせいか、記事の扱いがいつもより大きいように感じます(笑)。


教育長

三陸新報5月25日記事の一部イメージ


記事によれば、齋藤教育長は、気仙沼小学校を最後に2012年3月に定年退職。2013年5月から市教育委員長を務め、2016年5月には教育委員長の職務を統合した新制度での教育長に就任しました。

退任式で菅原市長は、市の義務教育環境整備計画に基づく小中学校の統廃合や、東日本大震災による被災公民館再建などの功績を振り返り、「学校統廃合は難しい局面もあったが、市民の理解を得ながら着実に進めていただいた。ESD(持続可能な発展のための教育)を推進し『海と生きる気仙沼』の基礎を築いた」などと感謝を伝えたそうです。

益男君、いろいろと課題が多いなかで大変だったと思いますが、少しはゆっくりとできることでしょう。記事の写真にうつる益男君が高校のころの印象と変わっていないことに驚きましたよ。本当にお疲れさまでした。ありがとう。


なお、後任の教育長は、つぎのブログでも紹介した前気仙沼高校長の小山淳さんです。一昨日27日に市役所で就任式がおこなわれました。

4月25日ブログ「小山氏が新教育長」
 

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tag : 齋藤益男 小山淳 教育

浦の浜「野杜海」

5月21日のブログでは、気仙沼大島の浦の浜に整備中のウェルカム・ターミナル(仮称)の概要を紹介しました。本日はその続きです。ターミナル内には、ウェルカム施設と民間商業モールが建設されますが、先月4月10日の三陸新報が、その商業モール施設の建設が始まったと報じていました。

のどか
三陸新報4月10日記事の一部イメージ


記事によれば、商業施設は、地元民が昨年たちあげた合同会社が運営する「野杜海」。〈のどか〉と読ませるそうです。市がかさ上げして整備した土地に木造平屋建ての施設を建設し6店舗が入居します。出店するのは、「グリーンアイランド大島」「郷土料理 波止場」「麺酒庵こまつ」「喫茶 去」「魚研」「青と緑の茶や」の6店舗。7月には5店舗がオープンできそうだとのこと。残る1店舗はほかよりも規模が大きいために開店が少し遅れるそうです。

河北新報も、この商業施設に関する記事を5月10日に配信していました。見出しは、〈気仙沼大島に民間モール今夏オープン 地元食材生かした料理店など6店舗〉です。この記事によれば、建物は木造平屋6棟で延べ床面積計480㎡。事業費は約1億円で県の補助金を活用したとのことです。

記事中の完成予想図を紹介します。


野杜海
河北新報5月10日配信記事より


この完成予想図は、5月21日のブログでリンクをはっておいた市の「(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画」のなかにあるイメージ図とはちょっと印象が違いますね。基本計画のなかにあるイメージ図のひとつはこちら。

夕焼け
陸側から鳥瞰イメージ(夕焼け)

これはあくまで2018年8月時点での計画イメージですから、実施段階と違うことはよくあること。ただ、私はモール1棟のなかに6店舗が入居すると思っていました。しかし、河北新報の記事では木造平屋6棟となっています。独立棟が連結するような商業モールなのでしょうか。また近いうちに詳しい情報が伝えられることでしょう。

気仙沼大島大橋の開通が4月7日でした。計画では7月に商業モール「野杜海」がオープン。ウェルカム施設が来年2020年1月に完成(見込み)となります。本来であれば、ウェルカム・ターミナルの2施設や駐車場ほかの関連施設が整備されてから大島大橋が開通ということだったと思います。しかし、思い通りにいかないことが多いのも世の常ということでしょう。

このほか、大島の亀山のレストハウスやトイレの整備などはどうするんだという声もどこからか聞こえてきますが、関係各所が鋭意検討中ということだと思います。そうあって欲しいと願っております。

しかしなあ、「野杜海」とは。読みにくいと思うのですが。決まったことなのでしかたなし。


(追記)5月29日の三陸新報が、ウェルカムターミナルの本体施設が5月28日に着工したと伝えていました。完成は来年1月ごろとのこと。敷地内には、商業施設「野杜海」、約100台の駐車場などが整備されます。

5月21日ブログ「浦の浜の整備計画」
 

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仙台/ KSS42総会

仙台近辺を中心とする同年会「KSS42」(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)メンバーの気仙沼大島大橋体感旅行については4月29日のブログでお伝えしました。

そのKSS42の第7回目となる定期総会と懇親会が5月18日に仙台の銀座ライオン一番町店で開催されました。その様子が同会ブログで紹介されていましたので、全員での記念撮影を許可を得て紹介します。




KSS42サイト(情報/役員をクリック)

メンバーが手にしているのは、アトラクションとしておこなわれた「令和初笑い」ゲームだとか。幹事の熊谷(斉藤)しず子さん(気中3年9組)が考案したそうです。

うれしかったのは、気仙沼からの参加メンバーとして、ぶっちゃん/吉田(岩渕)惠子さんがうつっていたこと。3月に、ぶっちゃんが上京したときに私の仕事場に遊びに来てもらい、ゆっくりと話すことができました。そして5月には仙台同年会に出没(笑)。元気な証拠ということでなによりです。

この記念写真をみていると、一人ひとりのいろんな思い出話を記したくなるのですが、とても長くなるのでまたの機会に。本日は写真紹介にとどめておくことにいたします。

令和初笑い、面白いね。しずちゃん/しず子さん、ありがとう。

なお、総会の様子やこれまでの総会経緯は、仙台で弁護士として活躍するKSS42のメンバー小松亀一君(3年6組)の次のふたつのブログでも紹介されています。こちらも是非ご覧ください。


5月19日「定期総会開催報告」
5月20日「定期総会開催報告-過去の総会等を振り返る」
 

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tag : kss42

徳仙丈つつじ映像

気仙沼魚市場前に漁師さんのための銭湯を復活させるためのクラウドファンディングは、きのう5月23日24:59に募集を終了。目標金額600万円に対して、368人の方々による629万500円の資金を調達しました。関係者の皆様、努力の甲斐がありましたね。おめでとうございます。そして全国から気仙沼のこのプロジェクトを応援してくださった多くの皆様、ありがとうございました。

ここからが本題。国内最大級ともいわれる気仙沼/徳仙丈(とくせんじょう)のつつじがいま満開です。公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」の開花情報によれば、5月23日時点で一気に満開となり、気仙沼側登山口では満開を過ぎた感じが出てきたそうです。

ということで、本日は徳仙丈のつつじ映像のご紹介です。

4月22日のブログ「咲幸さん空撮映像」で、「震災から8年目の気仙沼市」を紹介しました。そのときに、咲幸物産さんのドローンサービス/sakko droneserviceが昨年2018年5月15日に撮影した徳仙丈映像がYouTubeにアップされていることを知ったのです。

これが実に素晴らしい。私は徳仙丈に一度も行ったことはないのですが、軽快なBGMを聴きながらフルスクリーンにして6分半の動画を見ているとバーチャルリアリティ気分も感じます。まずはご覧ください。





投稿者説明に〈徳仙丈のつつじをドローンとOSMOで撮影しました。ほぼ満開で見ごたえがありました。OSMO動画では登山している雰囲気が出てると思います〉とのコメントがありました。OSMO(オズモ)は、GoProと同様のアクションカメラですね。ドローンで空撮、OSMOで地上撮影ということでしょう。sakko droneserviceさん、ありがとうございました。


ここからは別の話。2013年6月5日のブログで徳仙丈山のツツジの保護活動に尽力された佐々木梅吉さんの話などを詳しく書きました。何度も再掲しておりますが、2016年5月18日の内容を以下に。

◎徳仙丈のツツジ

いま、気仙沼の徳仙丈山(とくせんじょうさん)のツツジが見ごろを迎えているとのこと。徳仙丈山は気仙沼市と本吉町の境にあり、約50万株のヤマツツジやレンゲツツジの群生は国内最大級といわれています。

これらのツツジは、もともと徳仙丈山に自生していましたが、いつのまにかこんなに見事な姿になったわけではありません。30数年以上にもわたる手入れや保護活動があってのことなのです。

その中心となったのが2008年2月に亡くなった佐々木梅吉さん。親しかった県会議員から、山に自生するヤマツツジの手入れを勧められたのをきっかけに、木挽き(こびき)仲間の数人で移植や下草刈りに取り組み、間もなく「徳仙丈の自然とつつじを守る会」を発足しました。1976年ごろのことのようです。〈木挽き〉とは、伐採した丸太を鋸でひいたりして材木にする職人さんです。

ツツジの育成や保護活動を続けてきた〈守る会〉は、2007年に毎年開催してきたツツジ祭が30回を迎えたことを機に解散。しかし翌2008年には、佐々木さんらの志を受け継ぎ、「徳仙丈のつつじを愛する会」が発足し現在に至っています。なお、徳仙丈山の本吉町側の保護活動については、故・須藤隆さんのお名前がありましたので記しておきます。

私が中学や高校のころは、この徳仙丈のツツジの話を聞いた記憶がありません。しかし、佐々木梅吉さんの名前は市議会議員としてよく知っています。母と近所のおばちゃんらとの〈オジャコノミ(お茶飲み)〉の中で、〈梅吉さん(うめきっつぁん)は、山の中で仕事をしながら大きな声で演説の練習をしているらしい〉と笑いながら話しているのを聞いたこともあります。決してからかっているのではなく、なんていうんだろう、今風にいえば〈愛されるキャラ〉か。漁業関係者をはじめ市の有力者がならぶ市議会議員のなかにあって、木訥(ぼくとつ)な印象ながらも一貫して日本共産党員として市議をつとめた梅吉さんを、みな敬愛していたのだと思います。

ネットに、梅吉さんの著書〈山つつじ燃ゆ〜満蒙開拓青少年義勇軍からの軌跡〉(光陽出版社1998年刊)の書籍情報がありました。それによれば、梅吉さんは満蒙開拓青少年義勇軍に応募した後、敗戦、シベリア抑留を経て帰国。その後に日本共産党に入党、気仙沼市会議員として活躍しました。

2007年に建立された徳仙丈山頂近くの石碑に、私たちの同級生 武山美加(号 櫻子)さんの書による、梅吉さんの歌6首が刻まれています。そのうちの2首をつぎに。

青春を知らずに逝きし我が戦友へ 八十路を生きてつつじ手向けん
海原に姿映すか山つつじ われ無き後も末の末まで

シベリアの地で過酷な強制労働を共にしつつも祖国の地を踏むことがかなわなかった戦友。この季節、徳仙丈を一面の朱に染めるツツジは、その慰霊の花でもあったのです。

この佐々木梅吉さんについては、御手洗瑞子さんが自著『気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社』の中でも紹介していました。昨年のブログでも書きましたが、自分ができることは〈種をまくこと〉だとし、〈それは、佐々木梅吉さんのつつじの山と同じです〉と記していました。非常に印象的な言葉です。

2015年8月21日ブログ「種をまく仕事」


再掲内容は以上です。なお、徳仙丈へのアクセスについてはつぎのブログにて。どうぞ、よい週末をお迎えください。

2018年5月11日ブログ「徳仙丈つつじ地図」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 徳仙丈 つつじ

気仙沼の板金組合

5月19日の三陸新報1面に、気仙沼大島大橋をバックに7名の男達が立ち並ぶ、こんな広告が掲載されていました。

板金組合
三陸新報5月19日掲載広告より


宮城県板金工業組合気仙沼支部の皆さん。梅雨の到来を前にしての屋根・雨樋などの早期点検を呼びかける広告ですが、紹介したのはここに気中同級生がうつっているからです。左から2番目の高橋板金工業所/高橋正彦君(3年3組)です。正彦君については、2015年に技能功労者として表彰されたときにも紹介しました。

2015年11月27日ブログ「気仙沼の名工表彰」

さらにもうひとつ、同日の三陸新報3面にはつぎの記事が掲載されていました。

板金記事
三陸新報5月18日記事より


板金工業組合気仙沼支部が,5月29日と30日に、気仙沼・南三陸両市町の高齢者宅で屋根や雨どい、外壁などの無料点検をおこなうというのです。記事によれば、これは同支部の社会奉仕活動の一環で、2006年から始め、震災によって中断したものの、2017年から再開したそうです。対象は高齢者の一人暮らしか夫婦宅で5月19日から23日まで公募するとのことで本日が締め切り日。希望者は記事にある各会社までお願いいたします。

2015年の本ブログの中で、正彦君が組合の支部長をつとめていたとき、一人暮らし高齢者宅の屋根や雨どいの修理など、ボランティア活動にも積極的に取り組んだことを紹介しました。これらの活動が、無料点検活動につながっているのでしょう。

同級生らの社会奉仕活動ということで紹介させてもらいました。それを知ったうえで、冒頭の広告をあらためてながめると、とても頼りがいのある皆さんに見えてきます。高橋正彦君をはじめ板金工業組合気仙沼支部の皆さん、毎年ご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 高橋板金 高橋正彦

パトロン糸井さん

「気仙沼のほぼ日」が今年11月でお開きになります。それもあってのことと思いますが、読者参加旅行企画「マジカル気仙沼ツアー」が10/31〜11/1が開催されます。5年前の創刊16周年企画に続いて2回目の開催となるそうです。

このツアーの準備のために関係者がきのう21日から気仙沼を訪れ、その様子をテキスト中継しています。ツアー企画の下調べということとは思いますが、気仙沼の「ほぼ日」的観光案内にもなっていてとても面白い。どうぞご覧ください。

マジカル
下記のテキスト中継サイトトップ画面より

マジカル気仙沼ツアー2019テキスト中継


もうひとつ、ほぼ日さん関連の話を。本日22日早朝3時過ぎに、ほぼ日代表の糸井重里さんがつぎのツイートを。


ツイート


〈締切近しです。CAMPFIREで「【銭湯の復活】気仙沼の女将たちの挑戦〜漁師さんのための銭湯を復活させたい!〜」のパトロンになりました!〉


パトロンになった、つまりこのクラウドファンディング(CF)に参加したということ。糸井さんはこのCF開始初期にもこのプロジェクトについてツイートし、その後もCFの活動報告をリツイート/シェアするなど応援してくれていたわけですが、私はあえて抑制的にされているなと感じておりました。プロジェクトの趣旨をふまえて、(株)ほぼ日の経営者であることやご自身の影響力を考え、あえてそうしているのではないかと。

そうして残すところ2日間という絶妙のタイミングでの応援。いやあ本当に感じいりました。糸井さん、ありがとうございます。そうした応援があってのことだと思います、目標まであともう一歩です。

気仙沼魚市場の近くに漁師さんのためも銭湯を復活させようということのプロジェクトについては、5月17日のブログにもまとめております。どうぞよろしく。

5月17日ブログ「鶴亀の湯 応援情報」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鶴亀の湯 ほぼ日

浦の浜の整備計画

5月18日の三陸新報に、気仙沼大島の浦の浜に整備中のウェルカム・ターミナル(仮称)に関する記事が掲載されていました。5月16日に県と気仙沼市で構成する大島三事業調整会議が開かれ、ウェルカム・ターミナルや浦の浜防潮堤などの整備進捗状況を確認したという内容。

ターミナル
三陸新報5月18日記事の一部イメージ


この記事によれば、ウェルカム・ターミナル本体の完成は2カ月早まって来年1月になる見込みですが、留守副市長は完成時期について〈さまざまな不確定要素があり、慎重に判断したい〉と述べるにとどめたとのこと。この完成予定時期に関してはこれまで紆余曲折(うよきょくせつ)があったためでしょう。

ウェルカム・ターミナルは当初、気仙沼大島大橋の完成に間に合わせるよう計画されていましたが、市は2017年11月に県道工事の遅れなどを理由に2020年6月まで遅れると発表しました。しかし、その後の工程見直しなどにより今年12月に早まるとの見通しが示されました。ところが今度は、2月に完了予定だった造成工事が地盤沈下が収まらないことから遅れ、その結果として今年12月から来年3月にずれ込むことになったのです。これらの経過は、2月6日の河北新報が伝えています。

冒頭の三陸新報の記事は、来年3月にずれこむことになっていたものの、追加盛り土で沈下速度をあげたことにより2カ月早まった来年1月になる見込みということなのです。遅れたり、早まったり、また遅れたり、そしてまたなんとか早めることができたり。こうしたことが、留守副市長が完成時期の明言を避けた背景にあるのです。

なお、ウェルカム・ターミナルは、市によるウェルカム施設と民間モール施設が建設されます。三陸新報の記事でウェルカム・ターミナル本体と呼んでいるのは、ウェルカム施設のことだと思います。民間モール施設は今年7月にオープン予定です。

ウェルカム・ターミナルの全体像について、これまで紹介したことがなかったので、気仙沼市による「(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画」(2018年8月)から整備計画図と鳥瞰イメージを引用しておきます。

整備計画
浦の浜地区(大島ウェルカムエリア)の整備計画


鳥瞰図
陸側からの鳥瞰イメージ

(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画(PDF)

なお、鳥瞰イメージのなかに、濃い茶色の屋根の建物が2棟あります。その右側の小さなほうがウェルカム施設、左の大きいほうが民間商業モールです。

たしか建設地のかさ上げに使う土は、大島大橋につながる県道工事によって出るものを利用する計画だったはず。その工事が遅くなったために敷地造成が遅れたという話を聞いた記憶があります。いろんなやりくりというか、複合的な要素がからみあっているのでしょう。関係者の皆様、ご苦労さまです。心労が絶えない日々でしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。

民間モール施設については、回をあらためて紹介します。名前は「野杜海」。〈のどか〉と読むそうです。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ウェルカム・ターミナル 浦の浜 大島

「微力ながら応援」

5月16日のブログで、新気仙沼魚市場の中に整備されたクッキングスタジオの開所式が18日におこなわれることと、その中で千葉憲二君の講演会や調理実演があることをお伝えしました。その様子が19日の三陸新報に紹介されていました。


クッキングスタジオ

三陸新報5月19日記事の一部イメージ


憲二君の講演テーマは「ふるさとと気仙沼と食」です。記事を少し引用します。

〈千葉さんは、気仙沼で同級生と還暦祝いを行った3週間後に発生した東日本大震災の直後、市民会館前でラーメンなどの炊き出しを行ったことに触れ、「頼もしい同級生たちのおかげでできた。寒い中、集まっていただいた皆さんの姿は忘れられない」と振り返った。カツオやサンマなど、食材豊かな気仙沼について「これだけ良い素材がそろっているのに、生かし切れていないのはもったいない。加工技術でインパクトある商品をぜひ作ってほしい。自分も微力ながら応援する」とエールを送った。メカジキを使ったメンチカツ、アイナメの刺身など調理実演もあった〉(引用は以上)

憲二君らの炊き出しは数度にわたり、震災前には気仙沼ラーメンに関する指導などもおこなってきた経緯があります。話のなかにあった〈微力ながら応援する〉との気持ちは本心から発したものでしょう。

なお、河北新報もクッキングスタジオ開所式のニュースを配信していました。

河北新報5月19日配信記事

憲二君、ご苦労さまでした。これからもどうぞよろしく。

5月16日ブログ「千葉憲二君講演会」
 
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

鶴亀の湯 応援情報

このブログでもお伝えしてきた気仙沼市復興祈念公園のシンボル「祈りの帆(セイル)」建立のためのクラウドファンディングは4月28日に終了し、目標額2千万円に対して2982万円を達成しました。オンライン以外での参加もあるため、最終的な報告後にこのブログで紹介しようと思っております。

本日は鶴亀の湯・鶴亀食堂のクラウドファンディング(CF)についてです。同CFが5月23日(木)が最終日ですので、あと1週間となりました。目標金額600万円に対して本日17日正午現在での実績が約400万円。これからがラストスパートです。ファンドへの参加は5000円から。

たぶん、まだこのプロジェクトをご存じない方も多いのではないでしょうか。頼まれているわけではないのですが、本日も勝手に応援団ということで。

鶴亀の湯・鶴亀食堂のプロジェクトは、気仙沼市魚市場の近くに銭湯を復活させようということで始まりました。費用の一部をCFで調達します。このプロジェクト関連のサイトなど周辺情報をリンク集として紹介します。

①公式サイト   


銭湯復活プロジェクトCFサイトより


この公式サイトはいくつかのページに分かれていますが、プロジェクト本文/活動報告を以下に。きのう5月14日の活動報告では、気仙沼港での生鮮カツオ初水揚げの様子とともに、〈ようやく土地の建築確認がとれました。これから建設予定地の一次工事が始まります〉とのニュースが記されていました。

CF公式サイト/プロジェクト本文
CF公式サイト/活動報告

CFサイトのほかに一般社団法人 歓迎プロデュースによる「気仙沼の女将たちの挑戦|鶴亀の湯」公式サイトやツイッターアカウントもあります。

「鶴亀の湯」公式サイト
鶴亀の湯・鶴亀食堂/ツイッター

②みしおね横丁概要 

鶴亀の湯・鶴亀食堂は、トレーラーハウスを利用しての商業施設「みしおね横丁」のなかに開設されます。気仙沼観光推進機構の「気仙沼さ来てけらいん」サイトの〈みしおね横丁GWフェス〉紹介のなかに、みしおね横丁の概要が記されています。

気仙沼さ来てけらいん/みしおね横丁GWフェス

③「AbemaTV」映像・「BLOGOS」配信記事

ネットテレビ「AbemaTV/けやきヒルズ」で3月11日に配信された映像内容(約17分)と、その内容を記事化した「BLOGOS」配信内容などを、つぎの当方ブログで紹介しております。

3月30日ブログ「鶴亀の湯クラウド」

④産経新聞県内版記事 

産経新聞の宮城県内版で紹介された記事がネットでも配信されました。

産経新聞5月3日配信記事

⑤三陸新報投稿「魚市場前に風呂を」

当方ブログで、2017年6月6日の三陸新報に掲載された〈船員たちに風呂を〉という投稿を紹介しました。投稿者は、元近海マグロはえ縄船の漁労長をつとめた方です。また、その投稿を受けて翌日6月7日に掲載された三陸新報「万有流転」記事も紹介しております。

4月2日ブログ「魚市場前に風呂を」

⑥気仙沼の「懐かしの銭湯巡り」 

気仙沼市内にあった銭湯を、林小春さん(3年2組)の協力でまとめたブログ記事です。

4月16日ブログ「懐かしの銭湯巡り」
 

以上、「鶴亀の湯」関連情報のリンク集ということで。あと1週間となったクラウドファンディングも、どうぞよろしく。
 
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

千葉憲二君講演会

新気仙沼魚市場のC棟2階に市が整備したクッキングスタジオの開所式が5月18日(土)におこなわれるそうです。

講演会
三陸新報5月14日記事の一部イメージ


ただそれだけの記事であれば特に紹介するまでもないのですが、同級生が登場するとなればそういうわけにもいきません。記事によれば、午後1時30分からの開所式では、菅原茂市長らによるテープカットに続いて、午後2時から講演会があるのですが、その講演者が千葉憲二君(3年4組)なのです。

記事ではつぎのように紹介しています。〈気仙沼市出身の料理人で、都内で日本料理店や、市内港町でラーメン店「かもめ食堂」などを経営する千葉憲二さんが、「ふるさとと気仙沼と食(仮)」と題して講演する。同3時からは、千葉さんによるメカジキとアイナメを使った実演がある〉

定員は40人で参加は無料。希望者は14日までに申し込みということなので、締め切りが過ぎてしまいました(4月26日に市から記者発表資料が出ていましたが、記事にされたのが5月14日でした)。一応、問い合わせ先を記しておきます。クッキングスタジオ事務室(電話29-6788)または市水産課(22-3435)まで。

記事に千葉憲二君の経歴が紹介されていましたが、同級生からするとちょっと簡略すぎるような感じがします。ということで、講師のプロフィールを私なりにまとめてみました。


◎千葉憲二君プロフィール

千葉憲二君は1951年9月生まれ。気仙沼小・中・高を卒業。そして大学卒業後は東京・京橋の日本料理の名店「ざくろ」で料理修業をはじめます。その後、熱海の料亭を経て「ざくろ」に戻り、29歳で副料理長。その後は「銀座江島」総料理長に。

41歳のときに転機が訪れます。和食からラーメンの世界に転身したのです。1992年に江戸川区葛西で〈ちばき屋〉をオープンします。そして間もなく毎日行列のできる店としてその名をとどろかせるようになりました。いま〈ちばき屋〉は、本店格の葛西店のほか、仙台店、青森県五所川原ELM店、福岡キャナルシティ店も展開しています。そして2015年11月、気仙沼市港町に〈かもめ食堂〉を復活開店させました。

憲二君がその味の原点と語る〈かもめ食堂〉の話は何度も書いているので省略します。なお、千葉憲二君は、2008年に発足した一般社団法人 日本ラーメン協会の初代理事長をつとめました。

こうして、ラーメンの世界での評価と信望を得た憲二君ですが、2010年には和食店「まかない 㐂いち」(きいち)を銀座にオープンさせます。さらに2016年には東京ガーデンテラス紀尾井町に赤坂店を開きました。ガーデンテラス紀尾井町は、旧 赤坂プリンスホテルの跡地を再開発した商業施設です。

つぎのブログが憲二君のこれまでを詳しく紹介していますので、ご参考まで。

飲食の戦士たち/千葉憲二氏


◎「ラ・リスト」2018年版選出

「㐂いち」の「ラ・リスト」2018年版選出をこのブログでもと思いながらそのままになっておりましたので、この機会に紹介します。

2015年に創設されたフランスのレストランガイド「ラ・リスト」は、世界165カ国の約550のガイドブックや新聞などの料理評を独自の方法で計算し、その結果で世界のレストランのトップ1000を決定しています。そして「㐂いち」は、「ラ・リスト」2018年版で日本国内111位に選出されました。

昨年5月24日、2018年版で日本が選出数で3年連続世界一となったことを祝うレセプションが東京・南麻布のフランス大使公邸で開かれました。もちろん、憲二君もご招待を受けました。日本経済新聞が、そのレセプションの様子を紹介する記事を掲載しています。

日経

日本経済新聞2018年7月22日より


記事の下の写真を見ておどろきました。前列中央の「ラ・リスト」創設者で元駐日フランス大使 フィリップ・フォール氏の右側に憲二君がいるではないですか。そしてその周辺には私でも知っている著名シェフが顔を揃えています。

記念写真


元大使の右後からジグザグに紹介すると、まずはイタリア料理〈ラ・ベットラ〉落合務さん、千葉憲二君、中華〈トゥーランドット〉脇屋友詞さん、和食〈青柳〉小山裕久さんだと思います。小山さんの一人おいて右側は〈菊の井〉村田吉弘さんでしょう。大使の後の方は誰だっけ。顔は知っているのですが思い出せません。

これくらいにしておきましょうか。要は、憲二君に対する客観的な評価の高さを少しでも知っていただきたいと。本人が言うわけないものね。いわゆる有名人とのつきあいを自慢するようになったらおしまいでしょう。ということで本日のブログもこれでおしまいに。

震災後に憲二君が気仙沼でおこなった炊き出しに関する当方ブログをひとつだけ紹介しておきます。かもめ食堂の復活も決して楽なことではありませんでした。

2015年11月6日ブログ「かもめ食堂の憲二」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

割烹「世界」90周年

5月9日の三陸新報にこんな広告が。

5月9日世界広告
三陸新報5月9日掲載広告より


気仙沼市南町の「割烹 世界」さんが、本年で創業90周年を迎えたとの広告です。旧店舗は東日本大震災で被災し、仮店舗での営業をよぎなくされました。しかし2017年5月9日に南町紫神社前商店街近くに移転新築オープンを果たしました。

「世界」は私たち夫婦の結婚披露宴をおこなったところだったので、その思い出話などをまじえ、つぎのブログで移転新築を紹介しました。

2017年5月11日ブログ「わたしたちの世界」

今回の90周年広告のなかに〈当店は昭和4年、初代坂本恪が「レストラン世界」として創業〉との記述がありました。はじめはレストランだったのか。その場所が震災前の場所と同じであるとしたら、成田玲子さん(3年3組)の実家、レストランナリタと並んでいた時期もあるのでしょうか。世界の向かって左側にはナリタが営むBARスコッチもありましたね。

昭和4年/1929年は気仙沼にとっては忘れられない年でしょう。その年2月23日に八日町横丁山から出火した〈気仙沼大火〉がありました。「世界」創業が大火前とは考えにくく、その後のことなのでしょう。

2月25日ブログ「昭和の気仙沼大火」

昭和4年がどのような年だったのか、「気仙沼文化史年表」(荒木英夫 著)から主なものを拾ってみました。

「4月6日 町議会が町に魚市場を開設することを議決」「6月4日 内の脇川に橋をかける(現在の大橋の前身)」「6月25日 気仙沼駅に初めて汽車が入る」「6月30日 町内カフェー取締り改正、カフェー大恐慌」「7月31日 大船渡線が気仙沼まで開通 町内祝賀で賑わう」「8月19日 ドイツ飛行船ツェッペリン号 大島上空を通過」10月28日 気仙沼小学校の女教員が洋装となる」など。まあ、こんな時代だったということです。

6月30日の 町内カフェー取締り改正」というのは、取締法とか条例的なものが厳しくなってお店は大騒ぎになったということなのでしょう。それまでの南町界隈のカフェー事情をさらに知りたいと思いました。そして8月にはツェッペリン号が大島上空を。

大火はともかくも、割烹世界90周年の広告から、昭和初期の気仙沼町の繁栄を想像することとなりました。ちょっと楽しい。
 

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tag : 割烹世界

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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