fc2ブログ

「魚種別」の水揚高

1月20日の三陸新報に、気仙沼魚市場の2023年魚種別水揚げランキングが紹介されていました。これはたしか毎年発表されていたように思います。

記事によれば、数量・金額ともに1位はカツオで、前年の歴史的不漁から一転して豊漁となり、2年ぶりに数量・金額の両方でトップになったそうです。また、主要魚種ながら前年は著しく順位を下げていたビン長(びんなが)も、カツオ同様の豊漁で数量・金額ともに2位に大躍進したとのこと。

掲載されていたランキング表を見てみましょう。


魚種別ランク
三陸新報1月20日記事より


金額でみると3位はメカジキですね。サメについてはヨシキリザメが4位、モウカザメが8位で他サメ類が15位となっています。やはり気仙沼にとってサメの水揚げというのはとても大きなものなのですね。

案外少ないと思ったのはマグロです。金額で12位、数量で19位。これはクロマグロ/ホンマグロだからでしょうか。一方、バチ・ダルマは金額で6位、数量で10位です。「バチ」はメバチマグロ、「ダルマ」は小型のメバチマグロだと思います。

記事の見出しに、「メジ抜きシイラ20位内に」とありました。シイラは数量で18位です。一本釣り船などが、豊漁のカツオやビン長と一緒に漁獲したことで数量で前年の2倍以上に当たる水揚げがあったそうです。それに伴い、前年は20位だったメジ(マグロ幼魚)が圏外に押し出されたと。

シイラはあまりなじみがないので食べ方などをWikipediaで調べてみて驚きました。「日本の陸揚げ漁港」(水揚げではなく陸揚げと書いてありました)として2002年度の第1位が気仙沼漁港であると。データが古いからなんともいえないのですが、もしかして〈シイラといえば気仙沼〉なのかも。

このランキングをながめていると食べたくなってくるものが沢山ありますね。私の好みでいうとタコ、それからヒラメ、アナゴとかね。気仙沼に帰省すると、車で母と店を回り刺身にする魚を選んでいたことを思い出します。

そんなことを思っていたら、この魚種別ランキングが居酒屋のメニューにも見えてきました。本日はこの辺で。

気仙沼魚市場の2023年船籍別水揚げ高ランキングについてはつぎのブログにて。

1月30日ブログ 「船籍別」の水揚高

 
スポンサーサイト



テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 水揚げ高気仙沼魚市場

名城大学の皆さん

きのう2月25日の菅原市長のX投稿を紹介します。名古屋市にある名城大学の皆さんが今年も気仙沼大島でボランティア活動をおこなってくださいました。


同日の三陸新報も、このボランティア活動を紹介していました。

名城大学
三陸新報2月25日記事の一部イメージ


記事によれば、名城大学の皆さんは東日本大震災直後から気仙沼の復興支援を続けてくださっています。毎年春と夏の2回、大島を訪れており、今回は同大ボランティア協議会の1〜3年生など23人が25日まで2泊3日の日程で参加したとのこと。

記事では2月24日に大島小学校の体育館の清掃とワックスがけの様子を紹介していました。この日は、龍舞崎などにある案内看板やベンチの修繕もおこなったと。

◎名城大学とノーベル賞

名城大学と聞いて、たしかノーベル賞を受賞した教授がいたはずだけど、え〜と、誰だっけ。

まずは赤﨑勇さんと天野浩さんでした。2014年に、青色LEDの発明によりノーベル物理学賞を受賞しています。天野さんは受賞当時に名城大の元教授です。(このときの受賞は3名で、もうひとりは受賞当時米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の中村修二さん)

そしてもうお一人。吉野彰教授が2019年にリチウムイオン電池の開発によりノーベル化学賞を受賞しています。

調べてみたら、名城大学に「赤﨑・天野・吉野ノーベル賞記念展示室」があるのですね。同大公式サイトに紹介がありました。

話を戻して。

名城大学の皆さま、気仙沼での継続的な復興支援活動、ありがとうございます。関係者の皆さまに心から御礼を申し上げます。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 名城大学

九条小の分校時代

気仙沼市立九条小学校が、本年2024年で独立60周年、創立140周年となるそうです。1月31日の同校体育館での祝う会について三陸新報が伝えていました。


九条小
三陸新報1月26日記事の一部イメージ


記事によれば、九条小学校の創立と独立の年月はつぎの通りです。

1884年(明治17年)
本吉郡公立気仙沼小学校九条簡易小学校として創立
1964年(昭和39年)
気仙沼市立九条小学校として独立

つぎの記述もありました。〈独立当初は校庭が整っておらず、校舎も手狭だったため、1〜3年生が木造校舎で、4〜6年生は気仙沼小を間借りして授業を行っていた。独立時の児童数は、現在とほぼ同じ234人で、ピーク時の1983(昭和58)年は801人だった。〉(引用は以上)

この記事では、九条小として独立した後も、4〜6年生は気仙沼小を間借りしていたとありますが、私の記憶にある〈九条分校〉時代の記述が不足しているように思います。

九条小学校が独立した昭和39年(1964年)4月は、気中20回生が気仙沼中学校に入学した年。私の記憶でいえば、「九条分校」は「気仙沼小学校九条分校」で、1〜3年生までは九条の校舎で、4〜6年は「本校」の校舎に通学ということだったと思います。

『気仙沼文化史年表』(荒木英夫著)で九条小学校関連記述を調べてみました。文化史年表の記述は私の記憶と一致します。

◎気仙沼文化史年表の記述

各事項を以下にまとめます。

明治15年(1882年)7月5日
粧坂(しょうはん)小学校廃止となり、本町の学童は本校に、内の脇に分校を設置して内の脇の学童を通学させ、九条の学童は河原崎小学校の分校から独立した九条小学校に通学させる(典拠:銀の雲)

明治16年(1883年)
この年、気仙沼高等中等小学校となり、階上・松岩・河原崎・月立・鹿折・大島を中等小学校、水梨・九条・浦島三校を初等小学校とす(典拠:気仙沼小要覧)この年、鹿折小学校 浦島小学校は分教場となる(典拠:さざなみ)

明治17年(1884年)
鼎ケ浦小学校が気仙沼高等中等小学校と改称 九条小学校はその学区に編入(典拠:気仙沼小要覧)(小田注:本項の「鼎ケ浦小学校」は「鼎浦(ていほ)小学校」の誤記と思います)

昭和23年(1948年)10月6日
気仙沼小学校九条分校校舎落成

昭和39年(1964年)4月10日
九条小学校独立開校(これまでは気仙沼小学校九条分校)(典拠:気仙沼小要覧)

昭和40年(1965年)3月30日
九条小学校新校舎落成祝賀会開かれる

昭和45年(1970年)4月11日
九条小学校コンクリート建て新校舎落成

昭和47年(1972年)4月12日
気仙沼公立病院に九条小学校院内学級が開設される(典拠:銀の雲)

『銀の雲』は、『九条小学校創立100年独立20周年記念誌』(1983年11月 九条小学校)。『さざなみ』は、『創立五十周年記念誌』(浦島小学校編)です。

なお、三陸新報ではその後2月1日に、1月31日におこなわれた「独立60周年・創立140周年を祝う会」の様子を伝えていました。同記事によれば、これまでに卒業生4639人を輩出したとのことです。この人数は独立後のことでしょうね。

◎西條寛君からのメール

九条分校のことを詳しく紹介したのは、昨年12月8日のブログ「気仙沼小150周年」を読んだ西條寛君(3年7組)からメールをもらったからなのです。

西條君の12月8日と9日のメール内容を要約して紹介します。本人了解済みです。

・12月8日メール

私の母校である気仙沼小学校が今年150周年を迎えるとのこと何よりです。そして私にとってもう一つの母校である九条分校のことも懐かしく思い出します。小学1年から3年までは九条分校に、4年から約4~5Km離れた本校に通学しました。今年(2023年)7月17日におこなわれた気中20回生同年会(古稀を祝う会)の時に、九条分校出身者が集まり、近いうちに分校生だけで集まりたいねという話になりました。そして先月11月4日に気仙沼プラザホテルで男性10名女性5名の合計15名にて「昭和33年九条分校入学者同年会」をおこないました。

12月9日メール

入学当時は男子26名女子16名合計42名でした。残念なことに物故者6名です。九条分校時代の話に花が咲き、楽しい時間を過ごすことができたことに感謝しています。時の経つのは早いので、元気なうちにまた集まりましょうと、3年後をめどにした再会を約して散会しました。(メール内容は以上)

メールには、会の代表世話人として菅原孝市君(3年11組)、代表幹事として菅原清孝君(3年10組)の名もありました。乾杯の発声は福島から参加した西條君がおこなったとのこと。西條君が気中応援団の団長だったことを思い出します。

小学校4年生のときに気小本校に通いはじめたわけですね。結構な距離の通学は大変だったと思います。それと42名もいたと知っておどろきました。そんなに多かったのかと。九条分校入学者同年会では、いろんな思い出が話されたことでしょう。よかったです。

年末にもらったメールをきっかけに、これまで知らなかった気仙沼小学校九条分校のことを、ちょっとしみじみしたものを感じながら知ることができました。西條君、ありがとう。

なお、つぎのブログでは小野寺(萩原)実木枝さん(3年4組)が通った旧落合小学校の太田季節分校について書いていますのでお読みいただければと。

2020年11月18日ブログ「太田季節分校OG」

また、つぎのブログでは、『気仙沼市史』における分校関連記述を紹介しています。

2020年11月19日ブログ 気仙沼市の「分校」

末尾になりましたが、気仙沼市立九条小学校の独立60周年、創立140周年のお祝いを。卒業生や在校生はじめ関係者の皆様、おめでとうございます。

きょうの東京はとても寒いです。今週はこれにて。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 九条小学校九条分校

気仙沼みなといちご

大阪に本社がある株式会社ロスゼロさんのアップサイクル食品「Re:You気仙沼みなといちご」が、令和5年(2023年)度「新しい東北」復興・創生の星顕彰を受賞したそうです。1月4日に発表され、2月11日に仙台で顕彰式が開催されました。ロスゼロさんのX投稿を紹介します。


同顕彰サイトに記載のあった取組概要を引用します。

「食品ロス削減と地域の魅力再発見を目指し、気仙沼市のNPO法人や農家等と連携し、廃棄されていた規格外のいちごをアップサイクル商品化。百貨店で販売する他、ふるさと納税の返礼品に採択されており、販路を拡大。」(引用は以上)

今回の受賞については、つぎのサイトで詳しく紹介されています。

岩手日報/PRタイムズ

「Re:You気仙沼みなといちご」は、気仙沼のいちご農家で発生した規格外いちごを、未利用のチョコレートとあわせて、新たな付加価値をもつ商品として再生、つまり「アップサイクル」させたもの。「リサイクル」が製品をいったん原料や資源に戻すのに対し、「アップサイクル」は製品をそのまま使いながら新たな価値を付け加えます。「創造的再利用」とも呼ばれているそうです。

「Re:You(りゆう)」というネーミングには「食べる理由がある」という意味が込められているそうです。冒頭に紹介した画像には、この商品開発にたずさわった気仙沼の皆さんもうつっています。

左上がいちご農家シーサイドファーム波路上(はじかみ)代表の佐藤信行さん。蝶ネクタイの方は、ロスゼロといちご農家の橋渡し役になった気仙沼まち大学運営協議会の底上げ/成宮さん。右上もまち大学の外部パートナーColere/小林峻さんです。Vサインを出しているのは、この商品のラベルデザインを担当したmemento mori/志田淳さんですね。左下の女性はロスゼロ代表の文美月(ぶん・みつき)さんだと思います。

◎過去の受賞者

「新しい東北」復興・創生の星顕彰は、2016年度に始まり、これまで気仙沼の団体も受賞しています。過去の受賞者を紹介しておきましょう。

2017年度
〈しごと場・あそび場 ちょいのぞき〉の「観光チーム気仙沼」
2019年度
唐桑町の半島移住女子「ペンターン女子」
2020年度
住民主体で設立した「鹿折まちづくり協議会」
2021年度
気仙沼をローカルのモデルに!「まるオフィス」
〈気仙沼ブルー〉の「インディゴ気仙沼」

以上の5団体です。つぎのブログでも紹介しております。

2022年4月21日ブログ「復興創生の星顕彰」

話を戻します。

ロスゼロさんをはじめ、「Re:You気仙沼みなといちご」関係者の皆様、このたびの「新しい東北」復興・創生の星顕彰受賞、おめでとうございます。商品開発の開始は2021年のことと思いますが、今回の顕彰はこれからの展開にあたっての大きな励みとなりましたね。

気仙沼いちごの復活や階上地域の農業再生への取り組みをとてもうれしく感じております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ロスゼロアップサイクル気仙沼いちご

ニノさんとあそぼ

日本テレビ系「ニノさん」のゴールデン帯2時間スペシャル番組「ニノさんとあそぼ」の第3弾が2月25日午後7時から放送されます。


ニノさん
画像クリックで番組サイトへ

◎「ニノさんとあそぼ」2時間SP
2月25日(日)19:00〜20:54
日本テレビ系列全国20局ネット

MCはもちろん二宮和也さん。ゲストは、多部未華子さん、Mrs. GREEN APPLE、渡辺謙さんです。そしてなんと、謙さんが二宮さんを連れて気仙沼を訪れるとのこと。番組案内から関連情報を引用します。

◆渡辺謙×東北・陸前高田&気仙沼ツアー

日本が誇る世界的名俳優・渡辺とは、1泊2日の東北ツアーへ!2006年公開 クリント・イーストウッド監督による作品「硫黄島からの手紙」で共演した渡辺と二宮。待ち合わせ場所は岩手県・陸前高田。誰と何をするのかがわからないニノさんファミリーは、渡辺の姿を目にした瞬間慌てふためくも、渡辺のプランに次々にのせられていくことに!

渡辺は東日本大震災直後から被災地支援として陸前高田や気仙沼に足繁く通い、被災した地元の方々が寄り合える場所をという想いで、気仙沼に自身のカフェをオープン。以後10年欠かさず、月に一回ほど自らがもてなす朝食会を開催。今回はその朝食会でお客さんをサプライズで笑顔にするため、二宮に“バイト”をして欲しいという。そしてその前に、渡辺のプロデュースで陸前高田&気仙沼ツアーへ!

おすすめの餃子を食べに街ブラ、渡辺の運転で気仙沼までドライブ、マル秘ゲーム対決、渡辺行きつけの名店で夕食、ハリウッドからのスペシャルゲスト参戦も。翌朝の朝食会ではサプライズ大作戦…とにかく濃厚な旅がはじまる!

共演時の貴重なエピソードに始まり、仕事について、役者について、気仙沼への想いなどふんだんに会話を重ね、時にゲームではしゃぎ、交流を深めていくファミリー。果たして1泊2日のゴールとなる、サプライズ大作戦は成功するのか?(引用は以上)


紹介文にある「渡辺行きつけの名店」というのは「福よし」さんだと思います。つぎの紹介動画の背景にうつる詩文の最後に「ケンイチ」とありました。「福よし」の村上健一さんです。




(追記:上のYouTube動画はその後、非公開になりましたが、現在は下の動画を見ることができます)



(追記:こちらの動画も放送終了後に非公開になっております)

朝食会とあるのは、もちろんK-port(ケーポート)です。1月27日の収録。K-portのFacebookに、当日はテレビ取材がはいると記してありましたが、この番組だったのですね。

気仙沼の映像がとても楽しみです。当日は全国20局ネット。東京では日本テレビ、気仙沼ではミヤギテレビです。どうぞよろしく。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 二宮和也渡辺謙福よし

「おかえり館」閉館

東京・有楽町の気仙沼、久慈、福島 情報ステーション「おかえり館」が2月25日(日)をもって閉館することは昨年12月のブログでもお伝えしました。いよいよ、今度の日曜日が最終日。

2月18日の三陸新報がこの「おかえり館」閉店を伝えていました。


おかえり館

三陸新報2月18日記事の一部イメージ


「おかえり館」は、東日本大震災以降のNHK朝ドラの舞台である気仙沼市(おかえりモネ)・久慈市(あまちゃん)・福島市(エール)の3市が連携してのアンテナショップとして2021年7月9日にオープンしました。場所は、東京・有楽町の東京交通会館地下1階。

三陸新報の記事に、入館者数が紹介されていました。気仙沼市によれば、1月末までの累計入館者は約9万9千人。初年度は約2万5千人で2022年度は約3万5千人、本年度(2024年1月末まで)は約3万9千人と増え、10万人達成が目前になっているそうです。

2月19日から閉館セールがおこなわれています。市の記者発表資料から引用します。

◎購入商品の割引

セール期間中、下記のとおり購入商品が割引となります。

12月19日(月)〜2月22日(木)
→ 店内全商品 10%OFF

12月23日(金)〜2月25日(日)
→1商品お買い上げ 10%OFF
→2商品お買い上げ 20%OFF
→3商品以上お買い上げ 30%OFF

どうぞお出かけください。また、おかえり館関係者の皆様、いろいろとご苦労さまでした。25日までもうひとはたらきという感じですね。どうぞよろしくお願いいたします。

本日のブログ、ここからが本題です。冒頭の画像を見てなにか変だと思いませんか。拡大してみましょう。


拡大

三陸新報2月18日記事の一部拡大

日付が2024年(令和6年)1月18日となっています。これを見たときとき、私の脳がバグったかと。カレンダーを見て、バグったのは三陸新報さんであることを確認したのです。正しくは2月18日です。私は東京にてデジタル版を購読しているのですが、地元の紙版での日付がどうなっているのかは確認しておりません。どうぞおとといの三陸新報第2面右上を見ていただければと。

本日はこれにて。

2023年12月14日ブログ「おかえり館の閉館」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえり館

「海神様」のビール

気仙沼の「海神」さまが2月17日におこなわれ無事終了したそうです。この気仙沼版なまはげは、「甚六鬼の会」によるもので今回は38回目。昨日2月18日の三陸新報によれば、3コースに分かれて商店や家庭など約70軒を回ったとのこと。

今年の海神様の参上に際しては、なんとBLACK TIDE BREWING(ブラック タイド ブリューイング/BTB)さんによるクラフトビール「KAIJIN」が進呈されたそうです。横田屋本店さんがつぎのように投稿していました。


この「KAIJIN」について、BTBの2月8日X投稿を紹介します。


クラフトビール「KAIJIN」は、2月10日に発売されました。2月10日の三陸新報によれば、缶ラベルのイラストはBTBのスタッフ笹岡海咲(みさき)さんが担当したそうです。なかなかいいですね。醸造を担当した丹治和也さんは「ビールを通して地域の行事を知ってもらうきっかけになれば」と。

海神様は、17日に内湾商業施設「拓(ヒラケル)」内のBTBにも。つぎの投稿で紹介されています。


BTB丹治和也さんが手にしているのは、甚六鬼の会からBTBさんへの感謝状です。〈格別のご芳志によりクラフトビールをご寄贈〉いただいたことに深く感謝の意を表しますとありました。

なお、三陸新報オンラインでは丹野和也さんとなっていますが、これは誤記で「丹治和也」さんです。紙版(デジタル版)では正しく表記されていました。念のため。

2023年11月8日ブログ「BTB丹治和也さん」

海神様は昭和62年/1987年に、〈コヤマ菓子店〉の故小山隆市君(3年6組)が友人と3人で始めました。また、冒頭に紹介した横田屋本店さんの投稿にもうつる「家内安全 商売繁盛」の書などを毎年揮毫(きごう)しているのは、書家の武山櫻子(おうし)さん(3年9組)です。いつもありがとう。

海神様は気中20回生とそうした縁がある催しなのです。昨年のブログでも紹介しました。

2023年2月22日ブログ「海神様の木札揮毫」

「甚六鬼の会」の皆様をはじめ海神様の関係者の方々に御礼を。今年もご苦労さまでした。皆さまの家内安全と商売繁盛も願っております。ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 海神様BTB

中納言原の草競馬

2月2日の三陸新報に、「地域の〝宝〟掘り起こし」という見出しがありました。「『けせんぬま遺産』活用推進実行委員会」(豊田康裕実行委員長)が、気仙沼の文化遺産を掘り起こすために市民参加型ワークショップを開催したという記事です。


けせんぬま遺産

三陸新報2月2日記事の一部イメージ


実行委員会では昨年度に住民対象のアンケート調査をおこなっており、昨年12月からは8会場に分けて地区ごとのワークショップを順次展開しているそうです。

記事で紹介されているのは、2月1日に気仙沼中央公民館でおこなわれた気仙沼地区のワークショップです。参加者の話について、記事の一部を引用します。

〈「気仙沼小唄」「アサリかき」「魚町の屋号通り」など、遺跡や神社の歴史、地名の由来、方言までさまざまな情報が出され、「旧暦3月27日の『安波山の日』には会社を休みにしてみんなで花見をした」「気仙沼高校の近くや新月で競馬が行われていた」などと会話を弾ませながら古里に眠る魅力を語り合っていた。〉(引用は以上)

気仙沼小唄については何度かこのブログでも紹介しました。たとえばつぎの記事。

2023年7月6日ブログ 「気仙沼小唄」投稿

「アサリかき」は、小学生のころに内ノ脇の浅瀬で潮干狩りをした思い出をこのブログに書いたことがありました。その後に埋め立てられて朝日町、商港岸壁などになっているあたりだったと思います。「安波山の日」についても何度か。

「屋号通り」もいまや思い出話になってしまいましたね。以前のブログで、「屋号通りMAP」を紹介したことがありました。これはとても懐かしい話なので、日をあらためて再掲することにします。

私が注目したのは、〈気仙沼高校の近くや新月で競馬が行われていた〉というところです。そして『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に草競馬の写真が紹介されていることを思い出しました。これです。「中納言原の草競馬」。


競馬

『目で見る気仙沼の歴史』より

大正5年(1916年)の競馬とのこと。「中央のポプラは、昭和43年(1968年) 気高校庭拡張のため切られた」とも。つまり、この草競馬の会場は、現在の気仙沼高校がある場所なのです。鼎が浦高校と統合する前の気仙沼高校(男子校)の校歌に「うまし自然を海山を 四方にあつめて中納言  香久留ケ原(かくるがはら)に聳(そび)え立つ」とあるように、あのあたりは「香久留ケ原」、別名「中納言原」と呼ばれていました。

『気仙沼文化史年表』(荒木英夫著)にもつぎの記述がありました。

昭和9年(1934年)4月28日
気仙沼競馬会が九条で第1回競馬会開く(典拠:大気新聞)

気仙沼高校の前身である旧制気仙沼中学は昭和2年4月に旧気仙沼小学校跡を仮校舎として開校しました。そして現気仙沼高校の場所で新校舎が落成したのは昭和4年12月末です。つまり、昭和9年の第1回競馬会の開催時には中納言原に旧制気仙沼中学の校舎がありました。ということは、大正5年の写真とは違う場所でおこなわれたのではないかと。

話を三陸新報記事に戻します。

2月12日の気仙沼地区のワークショップには、50〜70代の8人が参加したそうです。九条や新月での競馬については、実際に見たことがあるということではなくて、地域の歴史情報として知っているということなのでしょう。

本日のブログ記事としては以上のようなことかなと。しかし、念のためと思って『気仙沼市史』を調べてみたところ、「補遺編 スポーツ・芸術」に「競馬」ということで6頁にわたる関連記述がありました。ちょっと長くなるので日をあらためての紹介といたします。

なお、三陸新報記事で見出しにもなっている新月での競馬については、Wikipediaに、昭和4年(1929年)11月17日に仁右衛門原で新月村競馬大会が開催されたという記述がありました。これについてもあらためて。

中納言原の名称と気高のポプラについては以下に参考情報を。

◎中納言原の名称由来

「中納言原」という名称は、香久留ケ原に以前から「中納言神社」があるためです。同神社や祠(ほこら)は移転をくりかえしたのちに再建され、2017年9月3日に竣工鎮座祭がおこなわれています。つぎのブログで紹介しました。この、中納言神社や三位中納言昭次(あきつぐ)卿にまつわる「中納言伝説」も、まちがいなく「けせんぬま遺産」のひとつでしょう。

2017年9月6日ブログ「中納言神社鎮座祭」

◎気仙沼高校のポプラ

大正5年の写真にうつるポプラが切られた時期について、『気仙沼文化史年表』に1968年3月7日「気仙沼高校名物のポプラ切られる(典拠:三陸新報)」という記載がありました。私が気仙沼高校2年生のとき。名物というだけあって相当に大きなポプラでしたが、大正5年のときはそれほどでもありませんね。

なお、「けせんぬま遺産」活用推進実行委員会では、3月上旬までに残る松岩・面瀬、本吉などでもワークショップを開き、来年度中にアンケートの結果なども踏まえてリーフレットを刊行する予定とのことです。楽しみですね。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 競馬けせんぬま遺産

立川志の輔独演会

気仙沼での立川志の輔独演会が今年も開催されます。6月15日(土)、気仙沼市民会館にて。そのチケットの販売が本日2月15日午前10時に開始されました。



画像:「気仙沼さ来てけらいん」より


震災以降、志の輔師匠の気仙沼における落語会は、あくまで私の計算ですが今回で8度目になるかと。毎回このブログで各回開催の概要を記してきましたが、今回も過去記事に追記する形で紹介します。

まずは初回、「気仙沼さんま寄席」が気仙沼さんま寄席実行委員会の主催でおこなわれたのは2012年3月25日のこと。気仙沼の有志メンバーを糸井重里さんはじめ、ほぼ日の皆さんがバックアップしてくださいました。

「気仙沼さんま寄席」は、「目黒のさんま祭」のさんま代を稼ぐことを目的に始まりました。その成果としての〈さんま代〉は第1回が348万9597円、2013年の第2回が465万1068円、2014年は会場の市民会館が改修工事中でお休み。そして2015年5月30日におこなわれた第3回目は297万853円でした。開催の趣旨に賛同して遠くからも多くの方が気仙沼を訪れてくださいました。本当にありがとうございます。

これに続く師匠の落語会が「志の輔らくご in 気仙沼」です。初回が2016年9月8日。主催はTBC東北放送/気仙沼さんま寄席実行委員会。共催が気仙沼市/気仙沼市教育委員会。そして目黒のさんま祭気仙沼実行委員会/気仙沼つばき会/シノフィス/ほぼ日刊イトイ新聞の皆さんが協力してくださいました。この落語会の2回目が2019年9月7日に開催されています。

そして、6度目が2022年3月12日13日の「おかえり寄席気仙沼 志の輔独演会」でした。主催は気仙沼つばき会/おかえり気仙沼実行委員会、共催が気仙沼市/目黒のさんま祭気仙沼実行委員会。会場は、2021年12月1日にグランドオープンした気仙沼中央公民館でした。

この2022年のおかえり寄席でも、ほぼ日の皆さんの協力がありました。おかえり寄席を含む3月10日からの気仙沼での4日間のテキスト中継も。

気仙沼からテキスト中継:
ほぼ日編集部 いま、気仙沼にいます。

このテキスト中継3月13日18:25の最終投稿は、「気仙沼においでよ2022」映像でした。矢野顕子さんが歌う「気仙沼においでよ」にのせておかえり寄席を含む気仙沼での4日間が紹介される2分18秒の動画です。



7度目は、昨年2023年の「おかえり寄席気仙沼 志の輔独演会」です。3月18日と19日の開催。会場は前回と同じく気仙沼中央公民館でした。つぎのブログで終了後の新聞記事などを紹介しています。それによれば、2日間合わせて約660人の満員御礼だったそうです。

2023年3月22日ブログ「おかえり寄席 御礼」

そして今年2024年が8度目となりますね。「おかえり気仙沼」としては3回目。前回の挨拶で志の輔師匠から〈来年もやらせていただきたい〉との言葉もあったそうで、今年の落語会はその約束をしっかりと果たす形になりました。

会場は気仙沼市民会館大ホール。これまでと同様に主催は気仙沼つばき会/おかえり気仙沼実行委員会、共催が気仙沼市/目黒のさんま祭気仙沼実行委員会です。

なお、「おかえり気仙沼」の落語会名称が各回で微妙に変わっているのですが、今回の表記は「立川志の輔独演会〜おかえり気仙沼2024」です。

全席指定4500円。前売りのみで当日券の販売はありません。早めのチケット購入でよい席をおとりください。

ひとつ付け加えます。本日2月15日は、志の輔師匠のお誕生日なのですね。70歳とのこと。おめでとうございます。

落語会の詳細は気仙沼市公式観光サイト「気仙沼さ来てけらいん」にて。どうぞよろしく。

気仙沼さ来てけらいん/立川志の輔独演会

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 立川志の輔おかえり気仙沼

亀山モノレール概要

気仙沼大島の亀山に建設が計画されているモノレールなどについて、2月10日に現地大島で事業進捗に関する報告会が開催されました。菅原市長が10日、つぎのように投稿していました。


2枚目の画像として「亀山整備事業(モノレール・山頂魅力向上)概要図」がありました。これを見て、モノレールのルートや車両イメージを知ることができました。


概要図

2月10日菅原市長X投稿より

概要図によれば、中腹の亀山駐車場から亀山展望台近くの山頂駅舎までの409mを1往復15分のモノレールが運行します。図には中間駅舎は取り止めと記してありますね。モノレールイメージとして写真があり、20人乗り×2両とのこと。

1月31日のブログでも紹介した「亀山ほしのテラス」の位置もこの図でわかりました。ここはたしか「小亀山」と呼ばれているところではないかなあ。

概要図の右下には財源(案)が示されています。赤点線が「モノレール整備事業」で財源はデジタル田園都市国家構想交付金、緑点線は「山頂魅力向上事業」で財源は自然環境整備交付金等とされています。

◎ふくらむ事業費

2月10日の三陸新報が、亀山モノレール整備の事業費が当初より7億円増えて16億9千万円となる見通しと伝えています。資材高騰や新たに法面(のりめん)工事、地盤へのくい打ちなどが必要になったことが要因とのこと。


三陸記事

三陸新報2月10日記事の一部イメージ


事業費の財源について記事ではつぎのように。〈すでに採択を受けている国の交付金上限10億円(事業費ベース)を上回るが、市は増額は「予見不能だった」として、3億7100万円を追加で予算措置するよう昨年11月、内閣府に要望。補助対象外の2億6400万円は、過疎債の充当、ふるさと納税のクラウドファンディング(目標1億円)で確保するとした。〉

また、山頂魅力向上に向けた展望テラスや遊歩道の改修などの事業費3億5千万円は環境省の交付金などを充てることにしているそうです。上記の「自然環境整備交付金等」というのがそれでしょう。

このモノレールなどの亀山整備事業については、あらためて詳しい報道もあると思います。本日はあくまで市長投稿からの概要ということで。

亀山のモノレール計画については、その事業費の大きさや集客予想からの採算を不安視するむきもありました。現在でも一定の否定的な意見をもつ市民もいるのではないかと。たしかに財源確保などいろいろと大変なこともあるとは思うものの、私は市議会での議決も経ているこの計画をぜひ実現して欲しいと思っています。

現在開会中の市議会でも関連議案の審議があることでしょう。議論して結論が出たならば、計画実現のためにみなで精一杯の努力を。どうぞよろしく。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 亀山モノレール

ふるさと納税90億

本日紹介するのは先週火曜日2月6日の三陸新報記事です。地元ではすでに古い話題かもしれませんが、気仙沼市の本年度ふるさと納税寄付金額が90億円に達する見通しとのこと。


90億

三陸新報2月6日記事の一部イメージ


記事によれば、過去最高だった昨年度(2022年度)を大きく上回り、本年度(2023年度)当初見込額の1.8倍に迫る勢いで、最終的な寄付見込額を85億円から90億円に再修正。事業費の増額に伴う補正予算案が、2月9日から3月9日までの市議会2月定例会に議案提出されます。

定例会には、上方修正による「ふるさと応援基金」への2億円の積み立てなどを提案するとのことで、この補正により、基金積立額は約49億円(予算ベース)になる見込みです。

気仙沼市のふるさと納税寄付金についての昨年12月23日の三陸新報では「本年度目標の70億円に間もなく達する」と伝えていました。そして年が明けて本年1月7日には「ふるさと納税86億円突破」と。このあたりの話はつぎのブログで紹介しました。

1月10日ブログ「ふるさと納税86億」

◎寄付を活用しての語学研修

2月8日の三陸新報には、ふるさと納税寄付金を活用(ふるさと納税寄付金からの「ふるさと応援基金」を利用)する気仙沼市の教育施策が紹介されていました。


2:8語学研修

三陸新報2月8日記事の一部イメージ


記事によると市は来年度、小・中学生を対象に英語の語学研修をスタートさせるそうです。対象は英語検定4級以上取得者など20〜30人。研修は、福島県にある語学研修施設「ブリティッシュヒルズ」でおこなわれます。同施設の公式サイトには「パスポートのいらない英国」というメッセージがありました。

研修の参加費用負担はなく、市の予算としては約500万円とのことです。この施策案も2月9日から3月9日までの市議会2月定例会に議案提出されます。

2月2日付け記者会見資料のなかの新年度(2024年度)予算資料に、「ふるさと応援基金活用事業」の一覧がありましたので紹介しておきましょう。


一覧
2月2日付け気仙沼市記者会見資料より


本日紹介した語学研修は、一覧にある②教育パッケージ中のNo.7学習支援事業の一部ということだと思います。教育パッケージについてはつぎのブログで紹介しました。教育パッケージ関連の2024年度事業費は約2億円です。

1月26日ブログ「教育パッケージとは」

上掲のふるさと応援基金活用事業の一覧を見ると、あれもこれもという感じがするとともに、この納税制度がなかったらどうなっていたのかとも。以前も書きましたが、この制度がいつまで存続するのかといったことも考えるとちょっと不安にもなってくるのです。

それはそれとして。数ある地方自治体から気仙沼市を選んでくださった納税者の皆様に御礼を。おかげさまで、人口減少対策や教育など、気仙沼のよりよき未来のための各種施策が実行できます。ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

高田俊孝君の訃報

鹿折中学出身で気仙沼高校のときの同級生、高田俊孝君が2月10日に亡くなったとのこと。11日の三陸新報に訃報広告が掲載されていました。


高田君訃報
三陸新報2月11日掲載広告より


広告にも社名が記されていますが、高田君は高田電気工業所の社長をつとめていましたが、息子さんの俊邦さんがその後を継ぎ、会長となっていました。

また、気仙沼電気工事事業協同組合の理事長や気仙沼ライオンズクラブ第50代会長などもつとめたことがあり、11日の三陸新報には両団体からの訃報お知らせもありました。

高田君の奥さまは、私たち気中同級生の登喜子さん(旧姓 大森)であることはみんなよく知っていることでしょう。訃報広告には息子さん3人のお名前、そして〈孫一同〉とも。

俊孝君のご冥福をお祈りいたします。また、登喜子さんをはじめ、ご家族の方々にお悔やみを申し上げます。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

漁師暦 2014-24

気仙沼つばき会の「気仙沼漁師カレンダー」さんは、2023年11月に「公式note」を開始しました。現在まで14回にわたり、同カレンダー誕生の背景や撮影エピソード、ファンの声などを紹介しています。

本日紹介するのはその最新投稿「気仙沼漁師カレンダー はじまりの話」です。前編と後編の2回にわかれています。

まずは前編を紹介したX(旧Twitter)2月1日投稿から。


前編では、気仙沼漁師カレンダーがどんなことをきっかけに誕生したのかを、発案者である気仙沼つばき会の斉藤和枝さんと小野寺紀子さんが語っています。

印象に残ったのは、和枝さんの東日本大震災から3日後の話です。(斉吉商店の)工場が全部ながされ基礎しか残っていないのを見て、ひとしきり泣いたあとに「もう、しょうがないよね」って自分に言い聞かせたといいます。そして……

和枝さん「そしたらね、帰り道、真っ黒焦げの船が並ぶ港に、真っ白い船が、帰ってきたの。無傷の真っ白い漁船が…。」紀子さん「そう!地震の直前に出航した漁船が、気仙沼を心配して戻ってきてくれたんですよね。」

紀子さんによれば、地震の直前に出港した漁船だったので、船体を洗ったばかりで真っ白できれいだったと。

黒こげの船と真っ白な船。そして真っ青な空に「カモメがピューっと」。

気仙沼の漁師のカレンダーというアイデアが生まれた背景には、こうした〈絵画的〉なシーンがあったのですね。このときの体験というか実感が、その後10作にわたるカレンダー制作につながっていったことを考えると〈象徴的〉なシーンといえるかもしれません。

2月5日には後編が投稿されました。


前半部にある初回2014年版の写真家藤井保さんについてのお二人の話も面白かった。

和枝さん「藤井先生はすごく私たちの話を長時間聴いてくださいましたね。写真撮っているより私たちの話を聞いてる時間の方が長かったぐらい。カメラは、なんだかでっかい箱みたいなのだったよね。」紀子さんは「本当に撮れてんだべか?」って思ったよね(笑)と。

そしてこの初回2014年版5000部を完売。和枝さんは「5000部じゃないと製作費が賄えなかったという事情もあるのですが…」と語ります。完売まで相当な努力があったことでしょう。

後半部では、1作目と10作目に登場している漁師さんの両方の写真を並べた画像がありました。

私は、その対比関係をとても興味深くながめました。そこにうつる個人の10年という時間とともに、師匠/藤井保さんとその弟子/瀧本幹也さんというふたりの写真家の対比が重なって感じられたのです。

そんなこんな、いろいろと楽しく読んだ「気仙沼漁師カレンダー はじまりの話」でした。

参考までに記しておくと、後編のnoteを知らせるX(旧Twitter)投稿画像の右端にううっているのが、2作目から10作までのプロデューサーをつとめてくださった「バンブーカット」の竹内順平さんです。その左隣は2024年版漁師カレンダーで初の地元デザイナー起用となった「ペンシー」鈴木歩さんです。ご苦労さまでした。

前編・後編とも、どうぞ本文をお読みください。またほかの12投稿も各年カレンダーの写真画像が豊富で読みごたえがあります。是非ご覧ください。

今週はこれにて。

1月9日ブログ「十年のアーカイブ」
1月12日ブログ「瀧本さん記事一覧」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 漁師カレンダー

「新生」気中に寄付

気仙沼市立の2つの中学校、条南中学校と気仙沼中学校は本年2024年4月に統合します。校名は気仙沼中学校です。

条南中学校は気仙沼中学校の生徒数増加に対応するため昭和53年/1978年4月に開校しました。そのため、前年度までは同じ気中生が気中と条南中という2つの中学に別れざるを得なかったのです。

2月4日の三陸新報に、本年の両校統合そして46年前1978年の学区分割に関係する記事が掲載されていました。


2:4三陸

三陸新報2月4日記事の一部イメージ


記事では45年前に気中と条南中を卒業し、還暦を迎えた両校同窓生が気仙沼中学校に68万3449円を寄付したことを伝えています。

寄付を贈ったのは、条南中1回生と気仙沼中32回生です。中学3年に進級した1978(昭和53)年4月、条南中開校に伴い離れ離れとなりましたが、卒業後は同窓会組織を一つにして歳祝いなどを一緒に行っているとのこと。

新型コロナの影響で延期されていた還暦祝いを昨年11月に行った際に、統合する母校への恩返しとして、統合先の気仙沼中への寄付を決定。還暦で一区切りとする同窓会の運営費と出席者からの寄付を充てることとしたそうです。

写真で気中の斎藤博厚校長に寄付金を手渡しているのが条南中1回生の茂木直樹さん、その右には笑顔の高橋正樹さん(気中32回生)がうつっています。正樹さんは気仙沼商会の代表です。

高橋正樹さんは、平成8年/1996年11月発行の「気仙沼中学校 創立五十周年記念誌」への寄稿文で、条南中学開校による同級生との別れについて書いています。つぎのブログで紹介しました。

2023年8月25日ブログ 寄稿「二つの校章」

このブログで紹介した正樹さんの文章には昭和53年4月のお別れの式のときの〈「お別れ」というよりはむしろ「引き裂かれる」〉ような気持ちが記されています。それから46年。冒頭に紹介した三陸新報記事の写真にうつる笑顔をみて、よかったなと。

条南中1回生そして気仙沼中32回生の皆様、このたびの〈新生〉気仙沼中学へのご寄付、ありがとうございました。気中同窓生として心からの御礼を申し上げます。

なお、冒頭の記事は三陸新報オンラインでも配信されていますのでご覧ください。

三陸新報オンライン配信記事

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 条南中学統合

2/24元気にする会

2月24日に東京・赤坂で「気仙沼を元気にする会」が開催されます。第15回とのこと。新型コロナ対応で12回から14回はオンラインでの開催でしたが今回は対面です。





◎第15回気仙沼を元気にする会
日 時:2月24日(土)AM 11:15 ~ PM 1:30
会 場:東北カフェ&ダイニング 赤坂トレジオンポート
   港区赤坂3-12-18 赤坂館2F参加費:~20代:2,000円
    30代~:3,000円
    40代~:5,000円
司 会:佐藤千晶(フリーアナウンサー)
講 演:気仙沼市長 菅原茂
活動報告:一般社団法人まるオフィス 千葉可奈子氏ほか


これまでの会と同様に気仙沼市の菅原市長の講演があります。また、一般社団法人まるオフィスの千葉可奈子さんなどからの活動報告もあるとのこと。司会は、佐藤千晶さんです。

昨年11月26日の14回目はZoom利用(オンライン)でした。この回も千葉可奈子さんが内湾地区周辺の「気仙沼まちなかエリア」を歩き回りながら紹介してくれました。

対面は2019年11月以来となるそうです。今回は4年3カ月ぶりということになりますね。2029年の第11回元気にする会の様子はつぎのブログで紹介しております。

2019年12月5日ブログ「元気にする会」

私はこの日、はずせない用事があって残念ながら。参加しないのにお誘いするのもちょっと微妙ですが、ご都合がゆるす方は是非に。会の詳細はこちらに。参加申込はこちらから。
どうぞよろしく。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼を元気にする会

鈴木實夫君の随想

1月31日の三陸新報「リレー随想」は、気仙沼高校の同年生だった鈴木實夫(じつお)君でした。唐桑中学出身の気高3年5組。


1:31随想

三陸新報1月31日記事の一部イメージ


鈴木君が大学卒業後県庁につとめ、その後は気仙沼市役所で働いていたことを昨年まで知らずにおりました。随想の冒頭にその経緯が記されており、なるほどと。

鈴木君と発掘調査との出会いは、大学で考古学を専攻したことから始まりました。そして卒業後は福島県庁へ。東北新幹線整備のための路線内遺跡発掘調査に従事したそうです。県庁に5年間勤めた後、1979(昭和54)年に気仙沼市の文化財担当職員になったとのこと。

随想の多くは、鈴木君にとって気仙沼で初めての発掘調査となった「田柄貝塚」の説明にあてられています。田柄貝塚は、気仙沼市所沢にある(あったというべきなのでしょうか)縄文時代の大規模な遺跡です。

この調査結果は、宮城県教育委員会と建設省東北地方建設局による『宮城県文化財調査報告書111:田柄貝塚』(昭和61年3月)としてまとめられています。ネット上でも公開されており、それを見ると、調査期間は、昭和54年(1979年)4月10日〜10月26日。気仙沼市教育委員会の調査員として「鈴木実夫」君の名がありました。

鈴木君は〈7年後に3分冊の厚い報告書にまとめられた〉と書いていますが、Ⅰが464頁、Ⅱが306頁、Ⅲが530頁で計1300頁にもなるまさに〈大冊〉です。

鈴木君はいま72歳。筆者紹介によれば、現在は唐桑観光ガイドの会会員で、気仙沼市文化財保護審議委員をつとめています。気仙沼市唐桑町鮪立在住。

文章のおわり近くにつぎのように記しています。

〈田柄貝塚は、気仙沼の縄文時代の暮らしを現代に伝えるタイムカプセルだった。調査員の一人として参加できたことが私の誇りであり、大きな財産である〉

誇りであり財産。45年前の発掘調査をふりかえりつづった鈴木實夫君の随想をうれしく読みました。元気でなにより。鈴木君、ありがとう。


田柄貝塚など、縄文時代の気仙沼についてはつぎのブログでも。

2013年2月26日ブログ「気仙沼の縄文人」
2023年11月16日ブログ「縄文時代の気仙沼」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鈴木實夫田柄貝塚縄文時代

千葉周作のルーツ

2月3日のブログで、千葉周作気仙沼出生説にも触れていた三陸新報の論説を紹介しました。そのブログ末尾に、2月7日に本吉公民館で開かれる千葉富夫さんを講師にしての歴史講座「剣豪・千葉周作に学ぶ市民の集い」のことを記したのですが、当日の三陸新報を見てびっくり。千葉富夫さんの投稿記事が掲載されていたのです。タイトルは、「剣豪千葉周作のルーツは馬籠千葉氏か?」。


投稿

三陸新報2月4日記事の一部イメージ



投稿文の内容は私にとってはちょっと〈マニアック〉で難しすぎるのですが、ポイントはつぎのようなことかと。

千葉富夫さんは、千葉周作の遺稿に「慶長の頃 一族に大和というものあり勇武をもって知られていた」と書かれていることから、周作は奥州千葉氏の馬籠(まごめ)大和守重吉の末裔と考えられるというのです。そしてつぎのようにも。

〈千葉周作が馬籠千葉氏のルーツであるならば、気仙沼熊谷氏、馬籠佐藤氏などとのの姻戚関係も注目されます。馬籠千葉氏は1289年に鎌倉幕府直属地頭として本吉町馬籠に下向し、津谷、山田、馬籠、小泉、歌津の5村を領したといわれており、鎌倉御家人だった熊谷氏と馬籠氏は姻戚関係を結んでいます〉と。

投稿の後半では、気仙沼赤岩城の熊谷直光や馬籠の佐藤十郎左衛門などの名が登場しますが略します。

投稿の末尾には、千葉富夫さんが講師となって2月7日午後1時半から本吉公民館で開かれる歴史講座が紹介されていました。今週の水曜日です。

◎剣豪・千葉周作に学ぶ市民の集い
テーマ:幕末の英雄、その生涯と生誕地の謎に迫る
日時:2月7日(水)午後1:30より
会場:気仙沼市立本吉公民館
講師:千葉富夫氏
問い合わせ:事務局 戸羽芳文さん(電話090-4045-0732)
入場無料

気仙沼の歴史好きの人にとっては興味深い講座となりそうですね。千葉富夫さんの過去2回の三陸新報投稿文はつぎのブログにて。どうぞよろしく。

2022年12月6日ブログ「気仙沼の千葉周作」
2023年9月14日ブログ「千葉周作の生誕地」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 千葉周作千葉富夫

八日町と千葉周作

1月25日の三陸新報「論説」は「市庁舎跡地の利活用への思い」でした。


1:25論説

三陸新報1月25日記事の一部イメージ


論説の主旨は、2026年度に旧市立病院跡地(田中前地区)への移転が計画されている気仙沼市役所庁舎跡地やワン・テンビル、さらには木造の市役所第2庁舎の利用、活用策についてです。これも大事な話でしたが、私は冒頭に記された八日町や三日町、新町(あらまち)の歴史に関する話を興味深く読みました。

ちょっと長くなりますが、引用します。

〈かつて、気仙沼市の中心商店街だった三・八通り(三日町・八日町)。「三」と「八」の日に市(いち)が立ったのが地名の由来である。市史によれば、古くは海だったが、人口増のための埋め立てによって街区が形成されたーと記されている。

源平合戦で敗走した平家の落ち武者が海路で北上。気仙沼湾に辿り着き、定住したーという言い伝えも残る新町(あらまち)は、三・八通りの北側に接する。当時、この周辺は天然の良港の河岸だったことを想起させる。

江戸後期の剣豪。一代で国内最大級の剣技に押し上げた北辰一刀流の千葉周作の剣技は、江戸後期に活躍した坂本龍馬らの志士に受け継がれていく。

終戦後、国民的人気となった漫画「赤銅鈴之助」(1954年発表)にも出てくる周作の出自については、岩手県陸前高田市や宮城県花山村など諸説あったが、近年の研究によって、気仙沼市の本郷も有力とされ、八日町で幼少時代を過ごしたのではないかという説もある。〉(引用は以上)

地元の皆さんには説明不要ですが「三・八通り」は「さんぱちどおり」と読みます。そして、上記の歴史話と市役所跡地の利活用との関連については、〈歴史の中の逸話を紹介するスペースも考えられる。気仙沼と千葉周作の関係を内外にアピールするなどの企画ができるのではないか〉としています。

ひとつ誤解というか誤読されるといけないので記しておくと、論説中で近年の研究で千葉周作の出自/出生地について「気仙沼市の本郷も有力とされ」というところの「本郷」は現在の気仙沼市本郷ではありません。「気仙沼本郷」、あるいは「気仙沼村本郷」と書けば誤解が少ないでしょう。郷/村の中心地という意味での本郷です。

昨年9月のブログでも記しましたが、Wikipedia「千葉周作」の説明に「宮城県気仙沼市本郷で生まれ」とあるため、これを参考にして「気仙沼市本郷出生」という記述がなされるのではないかと。

しかるべき人がこの周辺記述を修正してくれないかなと思っているのですが。なかなかね。

2023年9月14日ブログ「千葉周作の生誕地」

◎追記

1月30日の三陸新報でも紹介されていましたが、2月7日(水)午後1:30より、気仙沼市立本吉公民館で、「剣豪・千葉周作に学ぶ市民の集い」が開かれます。テーマは「幕末の英雄、その生涯と生誕地の謎に迫る」。同市民の会(今泉直喜代表)主催で入場無料。

気仙沼出身で郷土史研究家の千葉富夫さんによる調査報告のほか、意見交換をおこなうとのことです。問い合わせは事務局の戸羽芳文さん(電話090-4045-0732)まで。

なお、昨年2月22日に唐桑公民館でおこなわれた千葉富夫さんの講演については次のブログで紹介しております。

2023年3月1日ブログ「千葉周作講座修了」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 千葉周作

2つのほしのてらす

私が大好きな気仙沼の風景のひとつが気仙沼大島の亀山からの眺望です。あの眺めは本当にすばらしい。

きのう1月30日、菅原市長がTwitter(現X)にその眺望動画を投稿しています。


この亀山山頂のテラスは、築38年が経過した以前のあずまやを解体して新たにつくられたもので2021年8月に完成。市が約6300万円を投じて設置しました。眺望や星空を楽しんでもらうために、あえて屋根をつけないオープンテラスにしたそうです。つぎのブログで紹介しました。

2021年9月6日ブログ ふたつの「テラス」

市長の投稿ではじめて知ったことがあります。亀山山頂のテラス名称は「ほしのテラス」なのですね。気仙沼観光推進機構の「気仙沼さ来てけらいん」サイトでは「亀山ほしのてらす」としていました。気仙沼市産業部観光課発行の「亀山通信」第2号(2023年7月)では「星のテラス」。クイズでしょうかww

上記のブログを読んでもらえばわかるのですが2021年9月当時、亀山のテラスは「展望テラス」とされていました。

◎もうひとつの「ほしのてらす」

気仙沼にはもうひとつの「ほしのてらす」があります。上記ブログにも書きましたが、安波山(あんばさん)公園の木製テラスです。2021年にポストコロナの観光誘客に向け、国の地方創生臨時交付金1860万円を事業費にあてて全面改修されました。亀山のテラスとの混同をさけるために、今後の表記は「安波山ほしのてらす」ですかね。ちょっとややこしい。

いずれにしても、気仙沼の美しい星空を多くの人に知って欲しいという願いが込められているのでしょう。

なお、市長投稿にあった亀山山頂までのモノレールの開業時期ですが、当初2024年度を目指していましたがずれこみ、現時点では2025年度早期にとされています。

「日本一星空が綺麗な港町」と題された気仙沼大島の美しい星空映像はつぎのブログで紹介しております。お手すきのときにでも。

2021年11月19日ブログ「大島の美しい星空」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ほしのてらす亀山

「船籍別」の水揚高

気仙沼漁師カレンダーについて記した1月9日のブログ「十年のアーカイブ」で、同カレンダーには、気仙沼だけでなく他県の漁師さんも結構多く登場していると書きました。プロデューサーの竹内順平さんの言葉を借りれば、〈気仙沼に集まる漁師〉さんたちです。本日は、そうした気仙沼魚市場に水揚げする地元以外の漁船についての話を。

1月18日の三陸新報に、気仙沼魚市場の2023年船籍別水揚げ高ランキングが紹介されていました。その数表を引用します。


1:18船籍別
三陸新報1月18日記事より


記事によれば、昨年は近海マグロはえ縄船や定置網などの健闘によって、地元船(気仙沼市、南三陸町)が2年連続で数量と金額の両方でトップになったそうです。

そして「県外船」は、カツオとビン長の豊漁により、一本釣りが所属する宮崎、三重、高知と、巻き網船を擁する福島、青森が数量のランクをあげました。

福島や青森は巻き網船が多いようですね。また多くのサンマ船が所属しているのが北海道とのこと。茨城は例年、イワシやサバの巻き網船が多いそうですが、昨年は少なくランクを下げました。

記事に説明がなく背景がわからなかったのが長崎です。長崎に船籍のある漁船が気仙沼魚市場にどんな魚を水揚げしているのでしょうか。

長崎に限らず、宮崎も三重も、それから高知にしても気仙沼からは相当な距離がありますよね。それぞれの所属港から遠く離れた気仙沼に水揚げしてくださって本当にありがとうございます。

紹介した数表は県別になっていますが、各船の所属は各県市町村の漁港だと思います。それぞれの港にゆかりのある漁師さんが乗り組んでいるのでしょう。その一人ひとりの顔を想像すると、なんというかありがたみが増してくるような気がします。

本年2024年も気仙沼漁港/気仙沼魚市場への水揚げをどうぞよろしくお願いいたします。

1月9日ブログ「十年のアーカイブ」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼魚市場水揚げ高

ブリアン 高橋さん

TBC東北放送が1月27日に配信した放送映像を紹介します。「Nスタみやぎ」の特集シリーズ「復興の現在地」。その315回目で、気仙沼市魚町の洋菓子店「ブリアン」店主の千葉秀男さんが紹介されていました。放送は前日26日でしょうかね。


ブリアンさんは、実家のあった魚町のお店なのでよく知っています。私が高校を卒業した後の開店ですが、帰省時に寄るなどしていました。

ブリアンさんは、震災から1年7か月後の2012年10月26日に営業を再開。しかし、その後の土地区画整理事業の開始に2017年4月ごろから3年3カ月にわたり休業せざるを得ませんでした。そして2020年7月9日に以前とほぼ同じ場所での再オープンを果たしたのです。つぎのブログでも紹介しました。

2020年7月13日ブログ「魚町での営業再開」

このブログで紹介した2020年7月の営業再開について三陸新報に掲載されたブリアンさんの広告を紹介します。

ブリアン
三陸新報2020年7月9日掲載広告より


私が東北放送の配信映像で驚いたのは、千葉秀男さんの年齢です。なんと82歳とのこと。放送では〈15歳から洋菓子づくりを学び、腕を磨いてきた大ベテラン〉だと。そして、2011年3月11日は千葉さんの70歳の誕生日でした。「誕生日だから早くあがって寿司でも食うかなんて言ってたのさ」とも。

その話しぶりも、私にはとても懐かしい、まさに気仙沼の年配の人の言葉づかいでした。なんていうのかな、千葉さんの言葉に込められた心情がよくわかります。約9分間の特集映像で、気仙沼気分を味わうことができました。

千葉さん、お元気なご様子でなによりです。奥さま共々そのご健康と、ブリアンさんの商売繁盛を願っております。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ブリアン千葉秀男

教育パッケージとは

1月10日のブログ「ふるさと納税86億円」で、気仙沼市が1月4日に発表したふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用した「教育パッケージ」創設についてはあらためて紹介すると記しながらそのままになっておりました。本日、遅ればせながら。

この気仙沼市の「教育パッケージ」は期間が10年間にわたり、施策テーマも豊富なのでその全容については市の記者発表資料を見ていただきますが、1月5日の三陸新報はつぎのように伝えています。


三陸新報記事

三陸新報1月5日記事の一部イメージ


記事のリード文がわかりやすいので引用させてもらいます。

〈気仙沼市は来年度から、ふるさと納税による寄付金を活用して、教育環境充実に取り組む。2033年度まで10年間で18億円を投資し、最先端科学に触れる機会提供や、学力向上に向けた人口知能(AI)ドリル導入、語学研修の実施など小中学生の学び支援を中心に、未来を担う子供たちの能力を最大限に引き出すための「教育パッケージ」を創設した。〉(引用は以上)

記事には「教育パッケージ」概要も掲載されていましたが、金額については10年間総額のみでした。ここでは、令和6年度の所要経費見込みの記載もある1月4日付け気仙沼市記者発表資料中の表を引用しておきます。


教育パッケージ
1月4日付け気仙沼市記者発表資料より


なお、ふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用した施策としては昨年2023年1月4日に「人口減少対策パッケージ」が公表されています。これは、小・中学校の給食費無償化・第二子以降の保育料無償化・待機児童ゼロ(3つのゼロ)の実現や「けせんぬま 未来人口会議」のアウトプット実行のために 10 年間で総額 50 億円規模を人口減少対策に投資するものです。 これについても、所要経費見込みの表を掲載しておきます。


人口減少対策パッケージ
2023年1月4日付け気仙沼市記者会見資料より


「人口減少対策パッケージ」については、つぎのブログでも紹介しております。

2023年1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」

それにしても、ふるさと納税寄付金によって、人口減少対策や教育にこれだけ巨額の教育投資が可能になったということに驚かされます。将来のふるさと納税という制度の存続が明確ではないなかで10年間という長期の施策です。相当に思い切った行政判断ではないかと。

これだけ大きな市の施策なのですが、詳細内容のその後の報道が少ない感じもいたします。これからということでしょうか。

詳細内容はつぎの記者発表資料をご覧ください。どうぞよろしく。

1月4日付け「教育パッケージ」気仙沼市記者発表資料

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさと納税教育パッケージ

気仙沼高校新聞部

1月17日の三陸新報連載「リレー随想」の寄稿者は、元気仙沼市議会議員で唐桑観光ガイドの会会長や崎浜大漁唄込保存会事務局長をつとめる戸羽芳文さんでした。


1:17リレー随想

三陸新報1月17日記事の一部イメージ


戸羽さんが追想しているのは、気仙沼高校の新聞部員だったたときのこと。編集長として、原稿のレイアウトを指示する割り付け用紙を三陸印刷に持ち込んだものの、担当者である「三陸のおんちゃん」から「あんだ達、算数習ってんのすか?」と言われます。戸羽さんは「算数は小学校で習うもので、今は数学を学んでいます」と答えたそうです。するとおんちゃんは「ほんだらば、もう一回小学校に行ったらいいんでえの」と。

同日の三陸新報1面コラム「萬有流転」でもこの戸羽さんの「リレー随想」がとりあげられていました。それによれば、この「三陸のおんちゃん」は〈宮さん〉こと斉藤宮二郎さんです。当時、各校の新聞部とのやり取りや、冊子のほとんどの校正を一手に引き受けていたとのこと。

この「萬有流転」筆者も鼎が浦高校時代は新聞部に属しており、戸羽さんと同様の経験があるそうです。原稿の文字数と割り付けの行数の違いに「このズレはなにっさ」と聞かれたというのです。

この筆者は、三陸新報社の代表をつとめる浅倉眞理さんではないかと思います。いまは三陸印刷の代表でもありますから、〈宮さん〉は将来の社長に「このズレはなにっさ」と指摘していたのですね。

◎気高22回生の新聞部部長

戸羽さんは気仙沼高校の24回生で私の2学年下です。私も当時の気高新聞部の様子を少しは知っています。たしか部室は美術室や講堂などから平屋の3年生校舎に向かう途中左側にありました。そんなに広くはなかったように思う。

卒業アルバムを開いてみました。そこには新聞部の3年生部員4人と先生2人がうつっていました。顧問の先生は山本吉之助先生と武田均先生です。

部員写真の脇には、文化祭「香久留ケ原祭」の新聞部展示ブースへの案内看板写真がありました。「沖縄は我々の国だ!」と大きく書かれ、文章は「自分のことばかり考えず目を開いて沖縄を考えよう」と結ばれています。そういう時代でした。

松岩中学出身の斉藤一(はじめ)君が部長だったかな。私と同じ理科系クラス3年6組の同級生。福島大学に進み卒業後は教職につきました。気仙沼中学校では校長もつとめたはずです。

◎さんま祭での戸羽さん

話を戻しましょう。戸羽芳文さんと目黒のさんま祭でお会いしたことがあります。2017年9月17日のこと。同年9月19日のブログではつぎの写真を紹介しております。

さんま祭

右側が戸羽さん。左側は鮪立(しびたち)大漁唄込保存会の鈴木伸太郎さんです。唐桑鮪立の旧家「古館」(こだて)のご当主です。

ついこの前のことのようにも思うのですが、2017年ですから6年半ぐらい前のことになるのですね。

戸羽さん、リレー随想をなつかしく読ませていただきました。お元気なご様子でなによりです。ありがとうございました。

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 戸羽芳文リレー随想

佐々木写真館広告

1月21日の三陸新報に、佐々木写真館の広告「ご挨拶」が掲載されていました。2月末日をもって気仙沼での営業を終了するとのこと。


佐々木写真館広告
三陸新報1月21日掲載広告


広告にも名のある佐々木健夫さんをよく知っています。私より4つ上の気中16回生で兄の同級生でした。兄たちが気仙沼小学校高学年のころ、佐々木さん宅で小野寺逢仙先生の書道教室が開かれていました。健夫さんや兄など5人ほどが書道作品をバックにして丸めた免状のようなものを手にした記念写真も手元にあったはず。

健夫さんは広告で、〈大正11年創業以来3代、100年余に渡り〉と書いています。気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)にも「大正11年 この年 佐々木写真館開店(典拠:藤田賢治著『暖簾』)との記述がありました。

大正11年(1922年)創業ですから、今年で102周年を迎えるということになりますね。『気仙沼市史』も調べてみたところ、第5巻産業編(上)に関連記述がありました。昭和5年の宮城県宣伝協会発行『気仙沼案内』(非売品/気仙沼市図書館資料)に掲載された商工人名録を紹介しているのですが、そのなかの「写真業」に石川文二、佐々木浩2氏の名が記されています。

佐々木浩さんが佐々木写真館の初代店主でしょう。なお、石川文二さんは気仙沼文化史年表によれば、1909(明治42)年1月1日に南町に写真館を開業しています。石川写真館です。私が気仙沼にいたころの南町には、佐々木、石川それと小林の3つの写真館がありました。

佐々木写真館2代目は佐々木浩一さんです。旧制気仙沼中学(現気仙沼高校)10回生。私が気仙沼小学校に入学するときには佐々木さんから頼まれて写真を撮りました。写真館のウィンドウに飾る記念写真サンプルの〈モデル〉です。そのときの四つ切り写真も手元に残っています。さらに付け加えれば、気仙沼での結婚写真も神山に移転していた佐々木写真館にて。

3代目の佐々木健夫さんは気中から気仙沼高校へ。大学は多くの写真家を輩出している日本大学芸術学部写真学科に進みました。

健夫さんが大学3年か4年のとき、撮影のため魚町の我が家に来たことがありました。当時、私の父が仏像を蒐集していたのですが、そのなかの「円空」作(と思われる)観音菩薩を写真におさめるための訪問です。課題を与えられての作品だったのでしょう。そのプリントは私ももらっているはずなので、機会があれば了承を得て紹介しようと思います。

以上のようなご縁があった佐々木写真館さんです。それだけに気仙沼での営業終了はちょっとさびしい感じもいたします。ただ、今後は仙台において、自分のできる範囲で写真に関する仕事を続けていきたいとありました。いいですね。元気に過ごされることを願っています。

気仙沼では健夫さんはもちろんのこと、お父様やお母様にも家族ぐるみで大変お世話になりました。心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

1/24追記:佐々木写真館が創業した1922年の気仙沼について、つぎのブログで記しておりました。ご参考まで。

2022年9月2日ブログ「1922年の気仙沼」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 佐々木写真館佐々木健夫

向洋高校生の活躍

1月18日の三陸新報に本吉地区(気仙沼市・南三陸町)の公立高校入試/出願希望調査結果が紹介されていました。県教育委員会が1月17日に発表した内容です。

記事によれば同地区の最高倍率は昨年に続き気仙沼向洋高校/機械技術科の1.23倍で、昨年は定員割れだった産業経済科が1.10倍と同校の2学科が定員を上回りました。

掲載されていた全日制課程の調査結果を以下に。このほかに、定時制課程(気仙沼高校普通科/夜)、連携型選抜(南三陸高校普通科・情報ビジネス科)の表もありましたが略します。


全日制課程
三陸新報1月18日記事より


気仙沼高校は募集定員240名で0.88倍。近年は定員割れが続いているようなので、特におどろきはありません。私が在学していたころの気仙沼高校(男子校)は商業科2クラスと普通科4クラスの6クラスでしたから1学年300名ぐらいだったのでしょう。そして2005年4月に鼎が浦高校(女子校)と統合して新気仙沼高校(男女共学)に。さらに2018年4月には気仙沼西高校(1985年4月開校)も統合し現在に至っています。

3校合わせての生徒数に比べれば現在の気仙沼高校の募集定員240名というのはかなり少なくなっているのでしょうが、近年の少子化傾向を考えるとこれでも多いのかもしれません。

◎気仙沼向洋高校生の活躍

先週は気仙沼向洋高校の生徒による研究が全国大会で最優秀賞といううれしいニュースがありました。河北新報オンラインの1月17日配信記事を紹介します。


向洋高校の3年生のグループが、昨年12月に富山県で開かれた全国水産・海洋高校生徒研究発表大会で、宮城県勢では初となる最高賞の最優秀賞を受賞したとのこと。産業経済科の阿部蓮さん、菊田嗣実さん、中沢謙人さんの3名です。

研究テーマは、廃棄されるホヤの殻を活用した餌を与えた金魚の赤みが強まることについてとのこと。気仙沼らしくてとてもいい。おめでとうございます。

そしてもうひとつの話題。機械技術科3年の佐々木隆仁さんが、昨年8月の第18回若年者ものづくり競技大会のフライス盤職種で4位に当たる敢闘賞を受賞しています。

1月18日に菅原市長がつぎのように投稿していました。20日の三陸新報も伝えています。


高校入試出願希望で定員を上回ったのが気仙沼向洋高校/機械技術科と産業経済科の2学科だったことや、諸大会での受賞など、同校の勢いを感じさせる話題がつづきました。

気仙沼水産高校が校名変更し気仙沼向洋高校となったのは1994年4月のこと。気中20回生で当時の水産高校に進んだ同級生もたくさんいます。そうした水産高校OB(男子校だったのでOGはいません)たちも、本日紹介した記事などをうれしく読み、頼もしく感じたことでしょう。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼向洋高校

気小木造校舎玄関

気仙沼小学校が2023年で創立150周年となったことはすでに本ブログで紹介しています。その記事では、三陸新報の昨年12月7日の記事画像を紹介しましたが、そのなかに現在の気小校舎の中庭に「光の庭」として保存されている木造校舎玄関の写真がありました。

2023年12月8日ブログ「気仙沼小150周年」

本日紹介するのは、手元にスクラップしてあった三陸新報2003年9月18日の連載記事「五大ニュースで見る50年の歩み展から」の35回目。「昭和62年 気仙沼小改築・玄関は保存」です。


気小玄関

三陸新報2003年9月18日記事より


記事を引用します。( )内の和暦・西暦は当方が付記しました。

〈新校舎建設に伴って解体される気仙沼小木造校舎のうち、玄関と中央管理棟は歴史的建造物として保存すべきだとする意見があり、気仙沼市は(昭和62年/1987年)3月25日、市議会の請願審査結果通り「玄関」の保存を決めた。
同校舎は大正13年(1924年)に現在地に建設された。当時の技術の粋を集めた建造物で、保存の請願が出されたが、経費や保存場所の問題から「玄関」のみの保存となった。
この「玄関」は新校舎の〝光庭〟(採光用の中庭)内に設置して保存、屋外の小舞台として学習発表などに利用されることになった。新校舎の建設は4月から始まった。〉(引用は以上)

この旧校舎や玄関は、ちょうど100年前の1924(大正13)年3月に完成しました。玄関はもちろんのこと、記事でいう「中央管理棟」も懐かしいですね。1階には職員室や校長室などがありました。2階には玄関の屋根の後ろ側に廊下をはさんで、畳敷きの「作法室」が。児童会である「安波会」の会合などでも利用していました。正面には(あくまで私の記憶としては)本田鼎雪さんの鰹の絵が掲げられていたはずです。

◎図書館の噴水池

この写真には、気小玄関と同じくらいに懐かしいものがうつっています。手前、写真下部にあるのは気仙沼市図書館の庭にあった噴水池です。右側にある円柱状のところに」噴水の吹出口があったと思います。

この気仙沼小学校の玄関近くにあった図書館は「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」(気仙沼市図書館/平成30年3月発行)によれば、昭和2年(1927年)に落成しています。当時の町長である新沼綱五郎が、先代綱五郎(大正11年没)の遺志として、私費五百余円を投じ、小学校地内に木造モルタル 20 坪の図書館を建設したとのこと。当時は気仙沼町立図書館です。

私の知る図書館は、なんか〈洋館〉のイメージがありましたね。その後に増築を重ねているとのことなので、記事にうつる池や噴水がいつつくられたのかはわかりません。入口を入ったところのちょっとうす暗いスペースの奥に明るい陽光のさす閲覧室がありました。庭からも大きなガラス窓越しに見ることができました。小学生だった私にとっては、なんというか勉強好きのお兄さんやお姉さんが静かに勉強というか本を読んでいるというイメージです。その明るい閲覧室のある棟と池などは増築部分なのではないかと。

上記「100年のあゆみ」によれば、この旧図書館は昭和43年(1968年)に新しい図書館が落成するまで使用されたそうです。その後、気仙沼小学校の図書室とことばの教室に使用され、昭和 62 年に取り壊されたました。さらに現在の気仙沼図書館が開館したのは平成30年(2018年)3月31日のことです。

気仙沼小学校の木造玄関から入って、図書館の思い出話でおわることととなりました。今週はこれにて。


「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」はネットで見ることができます。下記のリンクから。

「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」(PDF)

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼小学校木造校舎玄関気仙沼図書館

水上不二記念事業

気仙沼大島出身の詩人・童話作家である水上不二(みずかみ・ふじ)が今年、生誕120周年を迎えるそうです。三陸新報の元旦号の第3集に特集記事が掲載されていました。


水上不二

三陸新報1月1日記事の一部イメージ


1904年に生まれ、1965年に61歳で亡くなった水上不二について、記事ではつぎのように紹介しています。

〈本吉郡大島村(当時)で生まれた水上は、郡立水産学校(後の気仙沼水産高校)を卒業後、鹿折小学校浦島分校などに勤務し、24歳で上京。小学校に勤めながら創作活動を本格化させ、近代児童文学・児童音楽の創世期に大きな影響を与えた児童文学雑誌「赤い鳥」(鈴木三重吉創刊)などに、作品を投稿した。
1937年には、自身を発行人とする童話童謡雑誌「昆虫列車」を刊行。詩人・まどみちお(1909〜2014年)ら同人の作品を収録し、2年後に廃刊するまでシリーズ19刊を出版した。〉(引用は以上)

水上不二は、1965年に東京都小金井市の自宅で亡くなりました。61歳。記事では、その4年前1961年に古里の同級生有志により亀山中腹に建立された「海はいのちのみなもと——」の詩碑を紹介しています。

この詩碑については、つぎのブログで紹介しました。

2020年5月19日ブログ「水上不二の解説板」
2022年8月25日ブログ「不二の詩碑の場所」


水上不二生誕100周年を機に2005年に設立された「水上不二研究会」は、今年12月中旬に120周年記念事業をおこなうとのこと。同研究会の会長は菊田榮四郎さんで、大島の住民を中心とした30〜80代の会員17人が所属しているそうです。

この120周年記念事業が、水上不二のことがより多くの人に知られるきっかけとなることを願っています。

なお、この三陸新報の記事は後藤美咲さんによるものです。後藤さんは、2021年の元旦号では落合直文生誕160年に関する記事を書いていました。つぎのブログで紹介しました。

2021年2月5日ブログ「鮎貝家の落合直文」

地元紙による地元出身文学者の紹介記事はとても意義のあることと思います。後藤さん、ありがとうございました。

なお、記事中に「母校の旧大島中」との記述がありましたが、疑問があります。上記の2020年5月19日ブログ「水上不二の解説板」にも記しましたが、大島中学は昭和22年/1947年4月に大島村立大島中学校として開校しました。このとき不二は43歳ぐらいです。2020年5月の記事では「母校の旧大島中」とし、今回は「旧大島中」と「旧」が加わっていますがどこの学校をさすのかわかりません。もし不二の母校を記すならば大島中学校ではなく、現在の大島小学校の前身である大島尋常高等小学校ではないかと。念のため。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 水上不二

篠山紀信 in 唐桑

写真家の篠山紀信さんが1月4日に亡くなりました。83歳だったそうです。

私はいわゆる写真集を購入したことはなかったように思いますが、大判の別冊BIG GORO「激写」のシリーズは5〜6冊持っていました。表紙がアグネス・ラムさんとか山口百恵さんとか。1976〜77年頃の話。

その篠山さんが撮影のために気仙沼を訪れたことがあります。東日本大震災直後のこと。その写真は作品集『ATOKATA』に収録され、表紙写真にもなっています。ネット上につぎの投稿がありました。


篠山さんの右にうつっている写真が、気仙沼市唐桑町の鮪立(しびたち)で撮影されたということは、 @kaku_q さんの2011年11月20日投稿で知りました。

私が『ATOKATA』の写真展を訪れたときのことはつぎのブログに記しております。

2011年11月24日ブログ「新しい自然」

この2011年のブログでは、篠山さんのつぎのメッセージを引用しています。

「自然による新しい自然の創造。
それは神の悪戯でも凄惨な地獄でもなく、静謐で尊く、荘厳な光景であった。
僕は自然の力に畏怖し、畏敬をもって凝視するしかなかった」

多くの人が亡くなった大震災の被災地。その光景に対する篠山さんの印象に対してはちょっと複雑な気持ちを覚えました。しかし、その写真は〈さすが〉だなと。

あと2カ月ほどで東日本大震災から13年となりますね。

Amazon 『ATOKATA』

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 篠山紀信ATOKATA

能登の被災地支援

能登半島地震の被災地に対する気仙沼市の支援活動が始まっています。

1月14日、気仙沼市から被災地への支援物資を載せたトラックと市職員2名が石川県能登町に向け出発しました。昨日15日に菅原市長がつぎのように投稿しています。


本日16日の三陸新報もこの支援について報じています。記事によれば、支援物資として約120の市民や企業、団体からカップ麺やスープなど約4100食分、飲料水(ペットボトル)約300本、おむつやボディシートなど約2万枚が集まったとのこと。これらに市が準備した食料・衛生用品なども加えられています。

支援物資の受け付けと仕分けは、市内の防災士の連携団体「けせんぬま防災ベース」や気仙沼災害ボランティアセンターが協力したそうです。ありがとうございます。

支援物資の受け付けは、1月14日に市総合体育館(ケー・ウェーブ)入口の気仙沼市防災物資集積配送基地でおこなわれました。義援金の募金箱も設けられました。支援物資は能登町の物資集積拠点となっている柳田体育館に届けられます。本日16日に到着予定です。

なお、随行する危機管理課職員2名は現地職員に負担がかからないように物資の仕分けや今後の支援ニーズにつなげる調査も19日までおこなうそうです。

2枚目の写真で市長の右側に2人の男性が立っていますが、その左は気仙沼市議で宮城県トラック協会気仙沼支部長でもある臼井真人(まこと)君(3年2組)です。3枚目の写真をよく見ると4トントラックの側面に真人君が代表をつとめる臼眞倉庫のロゴマークがありました。市の依頼を受けての搬送、ご苦労さまです。真人君は宮城県トラック協会の副会長でもあります。

なお、今回の支援物資輸送は〈第2弾〉とされています。1月4日付けの記者発表資料によれば、石川県との調整を経て、〈第1便〉として水30箱(2リットル×180本)、缶詰60箱(1440缶)輸送の出発式を1月5日におこないました。

また、1月6日に現地到着したトイレトレーラーと職員4人の被災地派遣の際にも、東北魂義援金さんから市に寄贈されたトイレットペーパー、防災備蓄ゼリーを支援物資として搬送しています。

◎被災自治体への職員派遣

物資だけではなく、職員の派遣も始まりました。

気仙沼市の1月11日付け記者発表資料によれば、派遣内容はつぎのとおりです。なお、「対口(たいこう)支援」とは、被災側と派遣側の自治体をペア(1対1)にする枠組みとのこと。カウンターパート支援とも。

1:宮城県による対口支援としての派遣

・派遣先 石川県能登町
・業務内容 避難所運営
・派遣期間 1月15日〜1月21日
・派遣職員
総務部人事課 主幹 芳賀洋介
総務部税務課 主幹 遠藤典明

2:日本水道協会宮城県支部の要請による派遣

・派遣先 石川県珠洲市
・業務内容 被災地の給水支援
・派遣期間 1月18日〜1月20日
・派遣職員 ガス上下水道部工務課
課長補佐兼旧姓管理係長 小松和保
技術主任 吉田実(以上、敬称略)

気仙沼市は以上のほか、災害義援金受付や、ふるさと納税による災害支援(寄付金)の代理受付などもおこなっています。ふるさと納税については、石川県宝達志水町および同県志賀町からの要請に基づくものです。詳細は略しますがご参考まで。

市長の投稿にもありましたが、市のよびかけに応じて提供された支援物資はとても多く、今回の輸送トラックに積み込めなかったものもあるそうです。東日本大震災でお世話になり、今回は被災地の皆さんを支援、応援したいという気持ちのあらわれでしょう。ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 能登半島地震

水揚額 北日本1位

1月11日の三陸新報に、2023年の全国主要24漁港の水揚げ高に関する記事が掲載されていました。八戸市がまとめた昨年12月25日(釧路は同21日)現在の速報値とのことですが、気仙沼は金額が全国6位で、北日本(北海道・東北地方)では1位となっています。

石巻にあけわたしていた北日本トップの座を2年ぶりに奪還したとのこと。記事では、主力の生鮮カツオやビン長の好漁などに支えられたとしています。数量は全国10位、北日本4位です。

記事には2023年主要市場水揚高の表が掲げられていました。全国の漁港ランキングといった趣でとても興味深い。

2023ランキング

三陸新報1月11日記事より


金額では焼津が1位。数量1位は釧路です。博多は金額で2位ですが、数量では10位までに入っていないのですね。安い魚はあまり扱わないということなのでしょうか。調べてみると、博多漁港で取扱量が多いのは、さば類、ぶり類、あじ類とのこと。

3年前には2020年の水揚高ランキングを紹介しました。この年の気仙沼は数量で全国9位、金額で7位となっています。

2021年1月14日ブログ「水揚げランキング」

この2021年1月14日のブログを読み直していたら、最後に「本日1月14日は小山隆市君(3年6組)の命日でしたね」と。

2013年のことでしたから、11年経ちました。合掌。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 水揚高

プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
01 | 2024/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示