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幡野さんの写真展

2014年版にはじまった「気仙沼漁師カレンダー」。2015年はお休みとなりましたが、現在の前康輔さん撮影による2020年版で6回目となります。

そして7回目となる来年2021年版の撮影者は幡野広志さんです。私が、幡野さんの起用を知ったのは、2019年3月17日。めぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートでのことでした。

会場では、奥山由之さんが撮影を担当した2019年版の漁師カレンダー展が併催されていたのですが、そこで同カレンダーのプロデュースを担当されているBambooCut(バンブーカット)竹内順平さんにお会いしたのです。

そこで、竹内さんから、2021年版の撮影がはじまっているということと、写真家が幡野さんであることを教えてもらったのです。すでに幡野さんの写真はもちろんのこと、お書きになる文章のすごさを知っていただけに、本当におどろきました。幡野さんの撮影は2018年に始まっていたそうです。

そんなことで、いったいどんな漁師カレンダーができあがるのだろうかと楽しみにしていたわけですが、その幡野さんの写真を見ることができる写真展が開催されます。「ほぼ日」さんによる写真展「幡野広志、 気仙沼の漁師を撮る。」です。

きのう7月2日、ご自身のコメントを付して、写真展について幡野さんが次のリツイートを。



幡野さんは、〈気仙沼ってラテン的な人の良さがあって、すこし不思議ないい街です〉と記しています。気仙沼人の気質について、〈ラテン的〉という形容はよくきくところですが、私は〈不思議な〉という印象が気に入りました。不思議、大好き。

写真展は、7月16日から8月2日まで。会場は渋谷PARCO8階のほぼ日さんが運営する「ほぼ日曜日」です。詳細はつぎのサイトにて。

ほぼ日曜日/同写真展紹介ページ

展示期間中につぎのイベントも開催されます。詳細はサイトをご覧いただきますが、漁師カレンダーを企画/発行する気仙沼つばき会の主要メンバーである「斉吉」の和枝さん、「アンカーコーヒー」の紀子さんが登場します。

イベント①
幡野広志さん、大塚篤司先生のオープニングトーク(YouTubeライブ)
イベント②
「斉吉」の和枝さん、「アンカーコーヒー」の紀子さんがふるまうおいしい気仙沼ごはん
イベント③
「斉吉」の食材を使ったアレンジレシピワークショップ
イベント④
スペシャルトークライブ(幡野広志さん、「斉吉」の和枝さん、「アンカーコーヒー」の紀子さん)

各チケットとも、7月7日(火)午前11時に販売開始です。

幡野広志さんがどういう方なのかを知らない方にどのように説明したらよいのか、ちょっと困ります。どうぞ、ほぼ日さんの「TOBICHI京都」で開催される「幡野広志のことばと写真展 小さな巡回展」サイトをご覧ください。私は、幡野さんの〈人生相談〉をネットで読んでおりますが、毎回すごいとしか言いようがありません。自分が気づかなかったものごとの本質があらわにされて、こわさをおぼえることもあるのです。

「幡野広志のことばと写真展 小さな巡回展」

気仙沼つばき会の「漁師カレンダー」サイトはまだ2020年版の紹介となっていますので、2021年版の予約や販売開始はまだのようです。

幡野広志さんや漁師カレンダー2021年版については、あらためて詳しく紹介する機会があるでしょう。本日は、ほぼ日さんの関連イベントの紹介ということで。どうぞよろしく。
 
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テーマ : 気仙沼
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tag : 漁師カレンダー 幡野広志

「ホヤチケ!」追加

きのうから始まった気仙沼の「フレー!フレー!地元」キャンペーン第2弾については6月29日のブログで紹介しました。本日も経済施策について。

6月30日の三陸新報によれば、気仙沼市は、新型コロナに対応しての飲食店緊急経済対策「ホヤチケ!」1万枚を7月中旬から追加発行するとのことです。


ホヤチケ追加
三陸新報6月30日記事の一部イメージ


「ホヤチケ!」は、「一心の新店舗開店」ブログでも紹介しました。500円×6枚つづりの3000円券が2500円で購入できますが、そのホヤチケ購入店でのみの利用。500円は市からの補助となります。販売は当初6月30日までで、利用は11月13日までとされていました。

この商品券は店側にも市民にも好評のようで、5月14日に発売した初回発行分が今月10日に予算上の上限である6000組に達したそうです。3000円分の商品券が2500円ですからね。

また、タクシーデリバリーサービス補助事業「ホヤデリ!」も7月末終了予定を9月末まで延長し、登録店も増やすそうです。注文1件につき1000円のタクシー事業者への補助金は、8月以降は1500円に増額するとのこと。

これらの経済対策には当然のことながら財源が必要です。6月27日の三陸新報によれば、国の新型コロナ対応の地域創生臨時交付金/第2次補正予算による追加分2兆円の気仙沼市への配分は8億4328万円とのことですので、これをあてるのでしょう。

なお、市の緊急経済対策事業に関する補正予算は7月の市議会臨時会に提案されるそうです。

「フレー!フレー!地元」そして「ホヤチケ!」や「ホヤデリ!」。それらはみな、新型コロナによる地元気仙沼の景気落ち込みを最小限にしようとの施策です。うまく活用して、なんとかこの難局をのりこえていただきたいと。

5月20日ブログ「気仙沼ホヤデリ!」

 

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瀧本さんと気仙沼

「ほぼ日」サイトで、6月25日から全5回で「大人になったコペル君。」が連載されていました。編集者 柿内芳文さんとライター古賀史健(ふみたけ)さんが瀧本哲史(てつふみ)さんを語っています。

コペル君

ほぼ日「大人になったコペル君。」より(画像クリックでサイトへ)


紹介文を引用します。

〈2019年に47歳の若さで亡くなった投資家・瀧本哲史さんの新刊『2020年6月30日にまたここで会おう』が、口コミで話題になりはじめています。たくさんの人に紹介したくなる素晴らしい本だと思いましたので、編集を担当された柿内芳文さんに、いろいろな話をうかがうことにしました。〉(引用は以上)


私はきのう6月30日に第3回「昔、こんな夢を見ました。」を読んだのですが、そのなかに気仙沼に関係する話があり、とてもおどろきました。気仙沼ニッティングの手編みカーディガンを着たミッフィーちゃんについて、はじめて知ることが記されていたのです。

◎ミッフィー・アートパレード

このミッフィーについて少し説明しておきましょう。2015年に銀座「松屋」で開催された〈ミッフィー展〉の〈ミッフィー・アートパレード〉という企画で、日本のクリエータ15組が制作した特別なミッフィー像が展示されることになりました。そこに〈ほぼ日刊イトイ新聞〉さんも参加し、気仙沼ニッティングと協力して手編みカーディガンを着たミッフィーちゃんが制作されたのです。

その後、このミッフィー人形はチャリティオークションにかけられたのですが、〈落札者のご厚意〉で、気仙沼に里帰りして気仙沼ニッティングのメモリーズでの公開が実現しました。気仙沼ニッティング東京でも展示されましたね。

◎瀧本哲史さんが落札者

きょうの本題はここから。その落札者が瀧本哲史さんだったのです。

第3回「昔、こんな夢を見ました。」のなかで、柿内さんがつぎのように語ります。〈こういう講義って、頭のいい人が使命感とかでやると、ちょっと重い雰囲気になるじゃないですか。でも、瀧本さんってそういうのがない。いつもいい距離感で現れて、バッと支援して、タクシーでサッと消えていくみたいな。なんか、そういう軽さのある人でした〉

これを受けて、古賀さんが〈「気仙沼ニッティング」の話もそうだよね。もう言ってもいい話だと思うけど〉と語ると、柿内さんが〈ああ、あのミッフィーのやつですね〉と。

その後、詳しい話が続くのですが是非、連載本文を読んでいただければと。瀧本さんは、「ぼくの家には入らないと思うし、気仙沼ニッティングにそのまま置いていただけませんか」そして「自分の名前は絶対に出さないでください」と語っていたそうです。

私が瀧本哲史さんを知ったのは、NHKテレビ「ニッポンのジレンマ」だったと思います。Wikipediaの記述を参考にすると、2012年3月31日放送の第2回「決められないニッポン〜民主主義の限界?」かな。

まさに〈大人になったコペル君〉というか独特のキャラクターで、早口で語られるその論旨に圧倒されました。

そしてその後に『僕は君たちに武器を配りたい』を読み、瀧本さんの思想や行動の一端に触れることができたのです。

瀧本さんは東京大学法学部を卒業後に助手となりました。いわゆる〈助手採用〉ですから、その優秀さがうかがわれます。しかしその後は大学に残ることなく、マッキンゼー&カンパニーに入社しコンサルタントに。東大からマッキンゼーという経歴は気仙沼ニッティングの御手洗瑞子代表とおなじです。

瀧本さんは、御手洗さんの「気仙沼ニッティング」というコンセプトとその事業展開をよく知り、(陰ながら)応援してくれていたのでしょう。

◎最後のメッセージ

瀧本さんは2019年8月10日に47歳でその人生をおえました。多くの人がおどろきその死を悼みました。

私はきのう6月30日に、ほぼ日「大人になったコペル君。」の最終回/第5回の末尾に掲載されていた画像を見てグッときてしまいました。そこには、2012年6月30日講義の最後のメッセージが記されていたのです。

Von Voyage!ボン・ヴォヤージュ
良き航海を!

なお、6月30日から7月6日まで、『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』 (星海社新書) の全文が下記の特設note無料公開されています。是非お読みください。柿内芳文さんはこの無料公開を伝えるツイートで次の瀧本さんの言葉を引用していました。「君たちは自分の力で世の中を変えていけ!僕は日本の未来に期待している。支援は惜しまない」

瀧本哲史『2020年6月30日にまたここで会おう』特設note

この機会に是非。

2017年1月11日ブログ「ミッフィー里帰り」



 

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サユミさんの小技

気仙沼クルーシップ加盟店の地元応援キャンペーン「フレー!フレー!地元」第2弾が、あした7月1日から31日までおこなわれます。


第2弾

(画像はすべて、気仙沼クルーシップサイトから)



今回の告知イラストも前回と同じくサユミさんです。前回/第1弾の「フレー!フレー!地元」は、4月6日から5月3日までの開催でした。イラストはこんな感じ。


第1弾


うしろにならんでいる7人と犬1匹は、両方とも同じように見えますがそうではありません。「気仙沼のほぼ日」で〈沼のハナヨメ〉としてその名をとどろかせたサユミさんは安易な使い回しはせず、微妙な小技をきかしています。へたをするとあまり気づいてもらえないほど。そんなことで本日は私の解説を。

冒頭に紹介した第2弾の右端の女性からいきましょう。上着を脱いで白のブラウスになっていますね。次の女性はノースリーブに、男性は半袖に。ふたりの応援団員は変化なしだと思う。夏でも学ラン(笑)。つぎは左端から。ワンちゃんはとばして、子供は半袖と半ズボンに、女性は半袖になっています。ほかにも小技をきかしているところがあるかもしれませんが、ざっくりといえばこんな〈衣替え〉です。


イラストだけでなく、第2弾のキャンペーン内容も小技がきいてます。クルーシップ加盟店での利用でクルーポイントが3倍、さらに利用金額の3%がクルーシップからお店に届けられます。詳しくは、こちらから。

気仙沼クルーシップ/クルーカードを運営するのは気仙沼観光推進機構。気仙沼市もその構成団体・組織のひとつです。今回のキャンペーン第2弾の展開も、新型コロナに対応しての市による地域経済支援策のひとつでしょう。

そんなことで、サユミさんをはじめ、市や関係団体の多くの皆さんがそれぞれの技をだしあったと思われる地元応援キャンペーン第2弾を、どうぞよろしく。

4月7日ブログ「フレーフレー地元」
 

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南気仙沼復興地図

前回6月26日のブログで、南気仙沼地区の土地区画整理事業のすべての工事が終了したことをお伝えしました。

その記事を書きながら、以前に南気仙沼のまちづくりマップを紹介したことがあったなと思い出したのです。探してみたら、2016年9月19日「南気仙沼復興地図」で紹介していました。

最新のまちづくりマップを見てみようと、「けせんぬま復興ニュース」を調べてみたら、2019年5月1日発行の第163号に2019年3月末時点のマップがありました。

しかしこれはちょっと古いよなと、さらに調べてみたのですが、昨年5月以降の復興ニュースにおける掲載はなしになっているようです。

そのかわりというか、ちょっとわかりにくいのですが、市トップページ > 震災復興 > 都市計画・まちづくり > 都市計画 > 「土地区画整理事業地区のまちづくりマップを作成しました」というページがありました。ここに、本年5月末時点の鹿折、南気仙沼、魚町・南町の3地区まちづくりマップのリンクが記されていました。これらが現在の最新版になります。

本日はその中から、南気仙沼地区のまちづくりマップ/2020年5月末時点を紹介します。


5月末時点


左上のピンク色部分が「被災市街地復興土地区画整理事業」対象地区です。ちょっとわかりにくいのですが、左下の凡例に示されているように、ピンク色に斜線が引かれている地区が「住宅ゾーン」、斜線なしの地区が「商業ゾーン」になっています。

6月26日のブログで紹介した盛り土かさ上げの高さに関していえば、住宅ゾーンが海抜3.7〜5.5m、商業ゾーンが2.2〜3.5mということなのでしょう。

ちょっとわかりにくかったのが、「海の市」です。ブルーの太い破線が防潮堤・河川堤防ということなのですが、その内側なのか外側なのかが建物のイラストでよくわかりません。このあたりや港町近辺の防潮堤の取り付けが私の頭のなかではいつもはっきりとしないのです。

そうした細かなことはいろいろとありますが、2016年9月ごろのまちづくりマップに比べると、だいぶ具体的なイメージがわいてくるようになりましたね。

まちづくりマップが作成されているほかの2地区、鹿折、魚町・南町についてもあらためて紹介しようと思っています。

本日のブログタイトルを「南気仙沼復興地図」としたのですが、2016年9月と同じになってしまいました。基本8文字としているので、ほかの案も浮かばず、同一タイトルといたしました。2020年版ということで、どうぞよろしく。

6月26日ブログ「南気仙沼 工事完了」

 

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tag : 南気仙沼 まちづくりマップ

南気仙沼 工事完了

気仙沼市の南気仙沼地区の土地区画整理事業のすべての工事が終了したそうです。6月21日の三陸新報が伝えています。


南気仙沼工事完了

三陸新報6月21日記事の一部イメージ


3月27日のブログで、宅地造成工事が終了し、3月末には全ての区画が地権者に引き渡される予定であることをお伝えしました。この時点で残っていた内の脇1丁目の3号公園(仮称:大川公園)の整備がこのたび完成し事業区域内の工事がすべて終了となったそうです。

6月21日の三陸新報記事によれば、南気仙沼地区の土地区画整理事業は、幸町、内の脇など32.5haをエリアに、2013年7月に着工しました。総事業費は約306億円です。海抜3.7〜5.5mの盛り土かさ上げゾーンと海抜2.2〜3.5mの商業・産業ゾーンに分け、造成には約130立方メートルの土砂を投入したそうです。

災害公営住宅の用地整備を先行し、宅地の引き渡しは2014年10月から開始。2018年度に引き渡しのピークを迎えました。当初は2017年度末の事業完了予定だったのですが、地下埋設物の撤去などに時間を要し、本年度にずれこみました。

予定していた竣工式は、新型コロナの影響で、秋ごろに延期する予定だそうですが、まずは関係者の皆様、本当にご苦労さまでした。

なお、魚町・南町地区の土地区画整理事業は秋ごろに宅地の引き渡しが完了、松崎片浜地区も年度内完了を目指しているとのことです。

3月27日ブログ「南気仙沼 造成終了」

 

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tag : 南気仙沼 土地区画整理事業

柳家三壽さん訃報

気仙沼出身の落語家、柳家三壽(さんじゅ)さんが6月20日に亡くなったとの報道をネットで知りました。74歳。

時事通信の配信をはじめ、各紙がその訃報を伝えていましたが、きのう24日の三陸新報にもつぎの記事がありました。

三壽さん訃報

三陸新報6月24日記事より


柳家三壽師匠は、昨年7月13日の気仙沼高校関東同窓会のおり、気仙沼向洋高校との合同懇親会のアトラクションに登場してくださいました。 そのことを7月16日のブログで紹介しておりますので、以下に再掲します。


◎柳家三壽師匠の話

2019年7月16日ブログ再掲

7月13日(土)の気仙沼高校関東同窓会では楽しい時間を過ごすことができました。いつものことながら、準備から当日の運営まで、貴重な時間をさいてくださった会長はじめ役員の皆さまにお礼を申し上げます。

昨日のブログでお伝えしたように、同窓会の懇親会は気仙沼向洋高校の皆さんと合同でおこなわれました。そして、プログラム中のアトラクションとして登場したのが落語家の柳家三壽師匠。三壽さんは、気仙沼市鹿折(ししおり)出身の落語家です。お弟子さんお二人と一緒になぞかけなどで楽しませてくれました。

柳家三壽さんは先月、「落語家、医者に頼らずがんと生きる」という著書を発刊されました。祥伝社刊。6月5日の三陸新報もその新著を紹介していました。

三壽師匠
三陸新報6月5日記事より


Amazonサイトの内容紹介によれば、2008年に前立腺がんを宣告されながらも、手術・抗がん剤・放射線という標準治療を断り、玄米と野菜を中心とした自己流の食事療法でいまに至るとのこと。三壽さんは、がんの宣告を受けてから現在まで食事療法の日誌をつけ続けています。そうした実体験に基づく「がんとの共存」の掟を本書に記したとのことです。

がんに限らず、標準治療とは異なる治療法を選択しての成功話をつづった本が書店にもたくさんならんでいます。しかしその片方では、失敗体験談も多くあるのです。標準治療を選んでおけばよかったと。本人はいまはおらず家族の反省の言葉であったりもします。

そんなことで、三壽さんが自著の「はじめに」で記す「自己流の食事療法」を安易にほかの皆さんに勧めるわけにはいきません。あくまで、気仙沼、それも魚町のご近所である鹿折出身の柳家三壽さんが祥伝社からご本を出したことを皆さんにもご紹介したく。

三壽さんは、落語協会サイトによれば本名が鈴木猛(たけし)さん。1946(昭和51)年5月生まれです。現在73歳。1971年に5代目 柳家小さん師匠に入門。1985年に真打ちに昇進しています。

ここまでが三陸新報や落語協会情報ですが、これらは落語でいえば〈マクラ〉。面白いのはここからです(笑)。

鈴木猛さんは、2007年に東京の足立区議選に立候補したことがあるのです。当時の朝日新聞配信記事によれば、明治大学在学中に学生運動に没頭し、卒業後に5代目柳家小さん師匠に入門したと。気高同窓会名簿をみてみると、気高17回生でした。私たちより5年先輩です。明治大学法学部に進んでいます。まさに団塊の世代だなと思ったら、足立区議選への立候補は超党派の団体「団塊世代を地方議会に送るネットワーク」から声がかかったことがきっかけだったそうです。

当時は60か61歳だと思います。元気ですよね。しかしやっていることが、失礼な言い方になるかもしれませんが、とても面白い。このあたりの話も聞いてみたかった。三壽師匠、懇親会では大変お世話になりました。ありがとうございます。

おっといけない、区議選の結果をお伝えするのを忘れていました。落選です。まさに〈落語〉。おあとがよろしいようで。(再掲内容は以上)


冒頭に紹介した三陸新報の訃報記事では、鹿折小学校時代からの同級生、斉新米店の斉藤敬一さん(73)のコメントを紹介していました。「やると決めたことはやり通す根性のある人間。帰省したときは必ず家に来てくれて、本当にいい仲間だった。残念だ」と。明治大学在学中の学生運動、そして足立区議選挙での立候補なども〈やると決めたことはやり通す〉というお人柄ゆえのことだったのでしょう。

なお、当方ブログの末尾は少し冗談めかしており、再掲を控えようかとも思いましたが、落語家 三壽師匠なら笑ってゆるしてくださるだろうとそのままにいたしました。

柳家三壽師匠/鈴木猛さんのご冥福をお祈りいたします。
 

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湾横断橋接続完了

三陸沿岸道(三陸道)の気仙沼湾横断橋(仮称)橋桁接続工事が6月21日に完了しました。約1か月前の5月23日には最後のブロックをつり上げる工事がおこなわれ、その様子も多くのメディアで紹介されました。その後、両端約2mの段差の調整など、残る作業がおこなわれていました。

三陸新報は月曜休刊のため、6月23日に〈「東北復興の象徴」一本に〉との見出しで、この接続完了と記念セレモニーの様子を伝えています。

三陸
三陸新報 6月23日記事の一部イメージ


河北新報6月22日配信記事には、三陸沿岸道路上の横断橋の位置を示す地図がありました。

地図
河北新報6月22日配信記事より


気仙沼湾横断橋は、主塔から延びるケーブルで橋桁を支える「斜張橋」ですが、斜張橋工事に対応できる技術者は国内でもわずかで、精鋭を集めての建設だったそうです。

河北新報の22日配信記事では、難航した工事の様子を伝えていました。記事を引用します。


〈(前略)気仙沼湾横断橋の2本の主塔は海上からの高さが115m。40本のケーブルで乗用車約5500台分の重量を支える。主塔間の長さは360mで、青森ベイブリッジ(240m)を抜き東北でトップになる。

 斜張橋の建設は2012年開通の新湊大橋(富山県)以来。ケーブルを張り主塔を組み立てるには特有の技術が求められる。工事を請け負った共同事業体(JV)は、東京や大阪の下請け会社から技術を持つ人材を特別に呼び寄せた。

 海上部の主塔建設では、つり上げる部材が揺れて作業員が挟まれないよう、波が荒れた日は作業を中止した。東京からの作業用クレーンの海上輸送も荒天で大幅に遅れ、天候による遅延は延べ2カ月に上った。

 「室根おろし」と呼ばれる一関市の室根山から冬に吹く北西の風も強烈で、瞬間最大風速が30mを超えた場合は即座に工事を中断。作業員の一人は「主塔の上部はじわーっと揺れ、背筋が凍った」と振り返る。(後略)〉(引用は以上)

「国道45号 気仙沼湾横断橋朝日地区上部工工事」サイトに掲載されている横断橋の完成イメージを紹介しておきます。

2019年5月のブログでも紹介しましたが、昼と夜の2種の画像です。夜間のライトアップの計画もあるそうです。右側が朝日町、左側が小々汐地区となります。

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2014年6月30日のブログでも横断橋の位置とイメージを紹介しました。

気仙沼架橋
横断橋の位置とイメージ(2013年9月11日付 気仙沼市記者発表資料より)


この気仙沼湾横断橋の開通は今年度内、2021年3月までとのことです。楽しみですね。

危険も多かったであろう難工事も、おかげさまで大きな区切りを迎えることができました。工事・技術者の皆様をはじめ、多くの関係者にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 

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あたたかなマスク

一週間ぶりに仕事場へ向かう5月13日の朝。最寄り駅に着くころ、スマホに電話。なにか自宅に忘れ物でもしたかなと思ったら、気仙沼の林(奥玉)小春さん(3年2組)でした。

東京の新型コロナの状況はどんな感じか。そしてマスクなんかはどうなっているのかなとか。というのも、気仙沼の仲間たちと、東京の人たちに布マスクをつくって送ろうかと相談しているというのです。

とてもありがたい話なので、具体的にどのようにするかは菊田裕美君(3年1組)と相談してみるよと伝えました。

裕美君と相談の結果、気仙沼中学の同級生だけではなく、周辺各校の同年生グループ「けせもい会」の皆さんに送ってもらうのがよいのではないかと。そして、各人の希望を聞いたうえでとなると時間もかかるので、住所がある程度わかっている人たちにまずは送ってもらおうということに。

そうした方針を小春さんらに伝え、裕美君には送付リストの整理などをしてもらいました。これも大変だったと思います。裕美君、ありがとう。

そして発送予定などが見えてきた6月9日には、裕美君から30人近くにつぎのようなメールを。

〈 東日本大震災時の支援など、「けせもい会」をはじめ東京近辺のみんなに大変お世話になったとのことで、気仙沼の同級生が布マスクを送ってくれるそうです。近いうちに届くと思いますが、せっかくのご厚意ですので、どうぞお使いくださいますように〉

そしてさっそく翌日には、〈届きました〉との報告がLINEやメールで届き始めました。

〈気仙沼の同級生のあたたかい気持ちしっかり受けとりました〉〈感激しています〉〈このマスクを付けてまた仕事頑張れます。感謝!〉〈感動しています〉〈感謝の気持ちでいっぱいです〉〈驚いています。ありがたく使わせていただきます〉〈とてもおしゃれで夏向きです〉などなど。

届いたマスクには手紙が添えられていました。

マスクと手紙


手紙末尾の〈古希のお祝いにはみんな笑顔で会いたいと思います〉というのは、気中の人へのメッセージですね。今年10月24日に開催を計画している「古稀を祝う会」のこと。

メッセージの最後に、〈縫い子〉として6人の名が記されていました。順に紹介します。気中の皆さんなのでわかりやすくするため、卒業時の組と旧姓などを追記しました。

池原(村田)登代子(3年7組)、佐藤しずえ(10組)、菅原(及川)徳子(11組)、臼井(斎藤)典子(1組)、渡邊まさ子(5組)、林(奥玉)小春(2組) 以上6名のみなさん

それぞれの笑顔がすぐに思い出されます。そしてみな、縫い物や編み物が得意だったり趣味にしていたり。そんなことで声をかけて集まってくれたのでしょう。

本当にありがとうございました。届いたお礼の言葉のなかには〈もったいなくて使えないね〉などとも。ホントそれ。みんなが、マスクに込められた気持ちをうれしく思ったのです。

心からのお礼の気持ちをこめて、マスク送付までの経緯を含めて紹介させてもらいました。東京はまだまだ油断ならない感じがありますが、同級生のあたたかな気持ちを感じるマスクで元気にのりきりたいと思います。

ありがとう。またみんなで会いましょう。気仙沼で。
 

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tag : マスク 新型コロナ

一心の新店舗開店

寿司処「一心」さんの新店舗が6月20日に開店予定ということについては、6月17日のブログでもお伝えしました。そして開店当日6月20日、三陸新報1面につぎの広告が掲載されていました。


一心広告
三陸新報6月20日掲載広告


今回の広告でも、小野寺実木枝さん(3年4組)と店主の登さんのお名前が仲良くならんでいますね。私は、つぎの一節が印象に残りました。

〈「場所は変わっても、今までと変わらぬ形で店を続けたい」という私共の切なる思いに応えるべく、コロナ禍の大変な折にもかかわらず、親身になって懸命に作業を進めて下さった全ての皆様に心より感謝と御礼を申し上げます。〉

この時期、お店の大変さはいうまでもありませんが、工事をはじめ関係者の皆さんの苦労も相当なものだったでしょう。ありがとうございました。

なお、気仙沼の人には説明不要なのですが、右上に表示のある「ホヤチケ」というのは、気仙沼市が新型コロナに対応し緊急経済対策として展開する飲食店応援商品券です。「ホヤぼーやチケット」略して「ホヤチケ」ということだと思います。タクシーデリバリー「ホヤデリ!」というのも同様のネーミングでしょう。

ホヤチケは500円×6枚つづりの3000円券が2500円で購入できます。なお、そのホヤチケ購入店でのみの利用。一心での3000円の飲食が2500円で楽しめます。500円は市からの補助となります。販売は6月30日までで、利用は11月13日まで。

話を戻します。

実木枝さん、新型コロナの関係で予定よりも早く営業休止とするなど、いろいろ大変だったと思います。しかし、皆さんのご協力で立派なお店ができあがりましたね。

寿司処「一心」さん、新店舗開店おめでとうございます。これまで同様、多くの人に愛されるお店として繁盛することを願っております。

2016年11月25日ブログ「祝!一心の37年」
 

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ジャンル : 地域情報

tag : 一心

「きまぐれクック」

本日紹介するのは動画。3月に紹介しようと思いながら、本日になってしまいました。

魚を軽妙なトークとともに見事にさばくことで人気のユーチューバー「かねこ」さんのYouTubeチャンネル「きまぐれクック」でのメカジキPR動画です。

かねこさんが気仙沼を訪れて、観光PR動画を収録したという話は、2月29日の三陸新報でも紹介されています。収録は、2月27日と28日におこなわれました。

気まぐれクック
三陸新報2月29日記事の一部イメージ


参考まで記しておけば、この日の三陸新報の1面トップ記事は「3月2日から臨時休校」。コロナ感染防止のため、市内の小中高校が休校となることを伝えています。あれからもうすぐ4か月か。

それでは動画をご覧いただきましょう。「【きまぐれ史上最大】130キロの巨大魚を出刃で3枚におろしてお刺身としゃぶしゃぶで食べる」です。約20分間。途中にCMも入ります。





かねこさんのYouTubeチャンネル「きまぐれクック」は、2016年12月に開設され、今年2月に登録者数300万人を達成。現在では350万人を越えています。そして、今回の気仙沼の動画の視聴は、6月19日現在で508万回となっています。すごいねえ。

本動画には、「提供:農林水産省 (農泊PR動画)」というクレジットが表示されています。「農泊」という言葉をはじめて知りました。豊かな地域資源を活用した食事や体験等を楽しむ「農山漁村滞在型旅行」のことだそうです。地域資源を観光コンテンツとして活用し、国内外の観光客を呼び込もうということで、農林水産省が「農泊」に取り組む地域の支援や国内外へのプロモーションなども実施しています。

三陸新報の記事によれば、今回の気仙沼での収録と動画公開も、農水省の事業の一環として(株)JTBコミュニケーションデザインが受託したものです。

◎かねこさんのメッセージ

動画の最後に、かねこさんが海を背景に感想を語ります。内容を文字に起こしましたので紹介します。

「ということで、今日はね、気仙沼にやってきました。アップロード日が3月11日なんですけど、みなさん、ピンとくるじゃないですか。3月11日っていうのは東日本大震災があった日です。

気仙沼っていうのは、津波の被害をもろに受けた地域でして、その津波が2011年にありましたので、もう9年間経過しています。

ぼく、気仙沼っていうところに初めて来たんですけど、最初に感じた印象ってのは、ホントに町の人が笑顔でフレンドリーで素敵だなって思いました。食べ物がとにかくうまい。海鮮、めちゃくちゃおいしいです。観光スポットも面白いところいっぱいありますんでね、みなさん、ぜひ、気仙沼に来てほしい。

もっともっとねえ、知られてほしいなあ。また来ようかなと思っております。そのくらいゆっくり、リフレッシュできたし、素晴らしいところでした。

今回もおっきなメカジキをさばいたし。こんなおっきな牡蠣を食べたし、雪のなか。いろんな体験もさせてもらったし。楽しかったです。

また来ます。気仙沼。ということで。今日はご視聴、ありがとうございました。

バイビー!」

かねこさん、ありがとうございました。どうぞ、また気仙沼へ。

ということで私も今週はこれにて。バイビー!
 

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昭和軒さん魚町へ

6月17日の三陸新報の広告になつかしい店舗名がありました。「昭和軒」さんです。

昭和軒
三陸新報6月17日掲載広告より


私が小さなころに髪をかってもらった魚町2丁目の理容店/床屋さんです。清水すみ子さん(3年1組)の実家でもありました。つまり気中同級生ゆかりのお店。

私が知る昭和軒さんは、魚町や南町の中でも老舗の理容店だったと思います。太田の料飲街の入口にも近いし、内湾の岸壁からもすぐですから抜群の立地でしたね。

3つか4つほどの理容椅子の前には大きな鏡。すみ子さんのお父さんだったと思うのですが、たしか鼻の下にはきれいに整えた〈ちょびひげ〉があったような。そして、ひげそりの前に黒く長い革でカミソリをとぐ仕草もおぼえています。

広告を見ると、震災後は南町2丁目に移転していたのですね。そして、〈魚町に建設中の新店舗完成に伴い〉とあります。元の場所近くに戻ってくるということでしょう。新店舗開店は7月上旬予定とのこと。

5月14日のブログで紹介したように、魚町2丁目の海岸通りでは5月12日に臼福本店さんも戻ってきて業務を開始しました。魚町地区の土地区画整理事業の終了は今年度中と聞いておりますが、土地の引き渡しが済んだところから順次あたらしい建物、店舗などが建設されているのでしょう。

7月の開店のおりにはまた紹介の機会があるでしょう。お祝いを申し上げるのはそのときに。なお、南町での営業は6月21日(日)までとのことです。どうぞよろしく。
 

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一心オープン予告

きのう6月16日の三陸新報に掲載された広告。移転準備のため営業を休んでいた寿司処「一心」さんの新店舗開店のお知らせです。6月20日(土)にオープン予定。

一心広告
 三陸新報6月16日掲載広告より


一心さんは当初、5月中旬までこれまでの店舗で営業する予定でしたが、新型コロナ感染拡大を防ぐために前倒しし、4月11日から営業を自粛していました。

4月13日のブログでは、その営業自粛を伝える「「新店舗でお会いしましょう」との広告を紹介しました。再掲しておきます。店主小野寺登さんに並んで実木枝さん(3年4組)の名も記されています。


一心
三陸新報4月11日掲載広告より


約2か月前のこの広告では、〈5月下旬以降、状況をみながら開店いたします〉としていましたね。やっとのことで状況がととのい開店のめどがたったということでしょう。

新店舗は、南が丘1丁目2-15。河原田の通りからNTTの左側の通りを少し行って左折しての右側です。かえってわかりづらいか(笑)。

開店当日か前日には、また広告が出るとは思うのですが、まずはとりあえずの予告ということで。

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サユミさん新連載

昨年/2019年11月1日、「ほぼ日」さんによる「気仙沼のほぼ日」が〈おひらき〉に。それに伴い、同サイト上でのサユミさんの連載「沼のハナヨメ。」も終了となりました。

連載終了となったものの、「気仙沼のほぼ日」サイトはそのまま残っており、2015年11月1日の第1話から全212話を今でもすべて見ることができます。「ほぼ日」さんのご厚意を感じます。ありがとうございます。

私はこの連載が終了してもしばらくは、なにか変化があるのではないかと月曜日にはPCのメニューバーに残る「気仙沼のほぼ日」をクリックしておりました。しかし、ディスプレイにあらわれるのは最終話「これにておひらき」

そのときの心境は、〈沼ハナロス〉、あるいは城山三郎さんの遺稿集タイトル「そうか、もう君はいないのか」といったところです。

◎気仙沼の、あの人。

本日、はじめに紹介するのは、「気仙沼の、あの人。」。サユミさんによる〈お世話になったあの人〉たちのインタビュー記事全4回です。

昨年の各回更新時にお読みなったかたも多いと思いますが、「気仙沼のほぼ日」サイトとは別の階層にあるようで、ちょっと目に触れにくくなっているかなと。そんなことで本日あらためてのご紹介。




画像クリックで各回目次サイトへ


サユミさんがインタビューしたのはつぎの4名の方々。このブログをお読みになっている方には、わざわざ説明の必要もないでしょう。

第1回 菅野一代さん/民宿「唐桑御殿つなかん」女将
第2回 武山陽子さん/武山米店
第3回 根岸えまさん/鶴亀の湯&鶴亀食堂 店長
第4回 熊谷一政さん/中華そば まるき

◎サユミさんの現在

サユミさんはいまも気仙沼で、漫画やイラストを描いたり、文章を書いたりと、その才能を発揮しています。

気仙沼の観光関連の広告などで、サユミさんのイラストに登場する老若男女を見るたびに、これはすでに〈気仙沼キャラクター〉のひとつになっているように感じますね。

各種コンテンツ投稿サイト「note」やインスタグラムでの投稿も始めています。アカウントは、noteがこちら、インスタはこちらです。


そしてさらに、気仙沼公式観光サイト「気仙沼さ来てけらいん」で6月11日に、〈「おかえりモネ」が楽しみすぎる放送開始待ちきれない日記。〉が始まりました。NHK朝ドラの舞台に気仙沼がというビッグニュースを受けて、〈放送が待ちきれない今の心境を、新情報とともにこちらのサイトでつづっていく〉とのことです。


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画像クリックで連載サイトへ


不定期連載というか随時連載といった形と思いますが、イラストや文章で「おかえりモネ」に関する地元情報をいろいろと伝えてくれることでしょう。

気仙沼のサユミさん、「気仙沼さ来てけらいん」での連載を楽しみにしております。どうぞよろしく。

6月15日ブログ「NHK 一木正恵さん」
 

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NHK一木正恵さん

6月12日のブログ「梓の木を植える」で、「森は海の恋人 植樹祭」についての河北新報記事を紹介しました。

12日のブログでは話が長くなるので触れませんでしたが、私は記事の末尾にとても興味を引かれました。本日はその話。


河北

河北新報6月9日配信記事より(画像クリックで記事へ)


その記事を引用します。

〈(前略) 来春から放送予定のNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」のスタッフも視察に訪れた。気仙沼市も舞台となる。ドラマ部チーフディレクターの一木正恵さん(50)は「森から川を通じ海へとつながる水のネットワークは、現代では失われたものの一つ。ドラマの中でも感じてもらえるようにしたい」と語った。〉(引用は以上)

一木政恵(いちきまさえ)さんは、「おかえりモネ」の演出陣のひとりです。今回の「森は海の恋人 植樹祭」は新型コロナ感染防止のために関係者30人でおこなわれましたが、そのなかに一木さんがいらっしゃったということですね。

◎川、いつか海へ

一木正恵さんについて存じあげなかったのですが、ネットのテレビドラマ人名録で調べてみると、NHKのドラマで多くの優れた仕事をされている方でした。

この人名録の一木さんの情報は、2003年放送の「川、いつか海へ 6つの愛の物語」から始まります。取材スタッフとして、一木さんのお名前がありました。テレビ放送50周年記念として製作されたこの全6話のドラマは、倉本聰さん、野沢尚さん、三谷幸喜さんがリレー形式で脚本を担当しています。その紹介文のなかには、「最初のひとしずくが、大河となって海に注ぐまでの一本の川。川を流れる浮き玉が、6つの物語をつなぐ」とありました。

◎大河ドラマ、連ドラ

大河ドラマでは「義経」や「天地人」「八重の桜」、そして「いだてん 東京オリムピック噺」の演出陣のひとりです。

「いだてん」は毎週たのしみにしておりました。面白かった。すばらしかった。脚本は「あまちゃん」でも楽しませてくれた宮藤官九郎さん。細かなことはわかりませんが、一木さんは少なくとも、菅原小春さん演じる人見絹枝が登場する回や、第24回/第1部金栗四三(かなくりしそう)編最終回の演出などを担当したようです。

この第24回は、第2部田畑政治篇にきりかわる重要な回。関東大震災で甚大な被害を受けた東京で、金栗四三は神宮外苑競技場での復興運動会の開催を決意するのです。

そして連ドラ/朝のテレビ小説では、「どんど晴れ(2007)」「ゲゲゲの女房(2010)」「まれ(2015)」などの演出を担当しています。

このほか2016年には、NHK東日本大震災プロジェクト『明日へ』キャンペーン協賛の特集ドラマ「恋の三陸 列車コンで行こう」全3回をすべて演出。私は見逃しましたが、松下奈緒さんの主演で岩手県大船渡市を舞台にしたドラマです。

◎種まく人

オリコンのドラマ・映画サイトに、「サブタイトルで読み直す『いだてん~東京オリムピック噺』」というインタビュー記事がありました。その中で、第24回の演出を担当した一木さんがつぎのように語っています。

【一木】 撮影しながら「一粒の麦」という言葉が頭に浮かびました。大河ドラマ『八重の桜』に登場する新島襄も触れた、「一粒の麦は、もし地に落ちて死ななければ、それは一つのまま。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」という聖書のことば。劇中ではシマが一粒の麦となったから、そこから多くの実が、実る。自分だけではなし得なくても、一粒の麦として身を捧げれば、次の世代を養うことになる。次々とバトンを託しながら少しずつ進歩していくことが伝わる回になればいいなと思っていました。(引用は以上)

「いだてん」のサブタイトルは、宮藤官九郎さんもまじえた打ち合わせのなかで、古今東西の文学・映画・音楽の作品タイトルしばりでいこうという案が出たそうです。主に各回の担当演出がネタを出して決めていったとのことですが、この第24回のサブタイトルは、なんとミレーやゴッホの絵画から「種まく人」。

6月12日のブログの結びで、「どうも私は〈種をまく〉とか〈木を植える〉といった言葉に弱いようです」と書いたばかりだったので、このサブタイトルを知ったときには本当に驚きました。

◎そして植樹祭

ドラマであればここで場面はかわって、6月7日の植樹祭当日。一木正恵さんは矢越山ひこばえの森で、梓の木を植える畠山重篤さんの姿をながめています。その脇には、「たとえ明日、地球が滅びようとも私は梓の木を植える」と記された標柱。

一木さんの脳裏には、「川、いつか海へ」そして「種まく人」など、それまで関わってきたドラマのタイトルなどがまるで川の流れのように次々と流れていきます。(勝手な想像は以上)

一木正恵さん、来春の「おかえりモネ」の放送をとても楽しみにしております。いろいろと大変なこの時期、忙しい毎日がつづくことと思いますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。

6月12日ブログ「梓の木を植える」
5月28日ブログ「気仙沼が朝ドラに」
 
 

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tag : 一木正恵 おかえりモネ

「梓の木を植える」

6月7日に予定されていた「森は海の恋人 植樹祭」が中止されることになったと、4月16日のブログでお伝えしています。そのなかで、植樹祭に代えて、役員数人で何本かの苗木を植える予定であることや、畠山重篤さんの言葉を紹介しました。「限られた本数にはなるが、植樹祭に参加予定だった方々の思いを背負って植えてきたい」と。

6月7日当日、NPO「森は海の恋人」がつぎのツイートを投稿してくれました。植樹祭を中止したわけではなく、関係者のみで小規模におこなったということなのですね。1989年に始まり今回で32回目です。



記事の写真の左が、NPO法人「森は海の恋人」理事長の畠山重篤さん、右が室根町第12区自治会の会長である三浦幹夫さんです。

三陸新報も6月9日にその様子を伝える記事を掲載しています。そして河北新報も同日、つぎの記事を配信してくれました。

河北新報

河北新報6月9日配信記事より

河北新報6月9日配信記事


この記事によれば、例年は全国から約1500人が参加するそうですが、新型コロナウイルス感染防止のため関係者30人で実施したそうです。アズサ(梓)、クヌギ(椚)などの苗木10本を植えたとのこと。

◎宗教改革者 ルター

河北新報の記事中にドイツの神学者ルターに関係する記述がありました。

〈「NPO法人理事長の畠山重篤さん(77)はアズサを植えた。脇に添えた標柱には、神学者ルターのものとされる言葉を借り「たとえ明日、地球が滅びようとも私は梓(あずさ)の木を植える」と記した〉

この標柱は上に紹介した「森は海の恋人」のツイートの2枚目の写真にうつっています。重篤さんは、ルターの言葉にある「りんごの木」を、「梓の木」としたのですね。

重篤さんがルターの言葉を借りたのは、自らがクリスチャン/キリスト者であることが背景にあるでしょう。

私のつたない理解ですが、ルターはローマ・カトリック教会に対して神学的な疑問を表明し、その結果として破門されます。そしてカトリックから分離しての新しい教派を形成していくわけですが、その一連の活動が「宗教改革」と呼ばれています。

こうした新しい教派、宗派が「プロテスタント」とよばれるのは、カトリック教会への「抗議(プロテスト)」に由来するそうです。

気仙沼でもっとも古いプロテスタントの教会は、日本バプテスト気仙沼教会です。以前は愛耕幼稚園とともに三日町にありました。重篤さんは2016年の愛耕幼稚園創立100周年にあたって記念講演もおこなっていますので、同協会に属しているのでしょう。

◎梓の木に命を託す

重篤さんはその著書のなかで何度も「梓の木」について記しています。たとえば、『森は海の恋人』の〈梓の木に命を託す〉の項の一節。少し引用します。

(前略)梓は、梓弓の名が歌の枕詞に残っているように、その強靱な撓り(しなり)のために、古来から弓の材料として有名である。海に生きる者にとっても、この木の性質は貴重で、正に、生命を預ける木だったのである。重く、硬く、撓りのるこの木の特性は、艪(ろ)の材料として最適である。漁に出て、艪が折れようものなら、それは命にかかわる大問題だ。嵐に遭い、艪が折れてしまい遭難においこまれた船も数多くあったという。(引用は以上)

畠山重篤さんは所有する木造和船を「あずさ丸」と名付けました。この船は気仙沼市唐桑/宿浦の大原造船所の船大工、岩渕文雄棟梁によるものでした。以前の船は震災で焼けたりなどして使えなくなったそうですが、2014年に新船が建造されました。その船も「あずさ丸」と名付けられ、森は海の恋人の体験学習などで使われているとのこと。

余談になりますが、本を出版することを「上梓(じょうし)」というのは、木版本の時代の版木には梓の木が用いられていたからだと聞きました。畠山重篤さんはすでに多くの著作をものする〈文筆の人〉でもあります。その意味でも、重篤さんと梓の縁の深さを感じますね。

◎少人数ゆえの風景

「森は海の恋人 植樹祭」は、例年であれば1500人が参加する催しです。しかし今回は、新型コロナ感染防止のために、関係者のみでの開催となりました。

その皆さんにとっては残念なことであったとは思うのですが、1989年の植樹祭開始当初のことなども思い出す特別の時間になったのではないか。こうして毎年、木を植えてきたのだと。

また、植樹祭以前の、賛同者もまだ少ない時期のことなども重篤さんの脳裏をよぎったのではないかとも。

いろいろと妄想というか勝手な想像がとまりません。どうも私は〈種をまく〉とか〈木を植える〉といった言葉に弱いようです。ということで今週はこれにて。

唐桑へのキリスト教伝道を積極的におこなった日本バプテスト気仙沼教会の長峯英雄牧師や、その子息である長峯純一さん(気中26回生)についてはつぎのブログにて。

2017年10月12日ブログ「長峯教授の話〜2」
 

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横断橋と「UFO」

一昨日につづき、気仙沼湾横断橋の話。ちょっと前の話になりますが、5月27日の三陸新報「いそ風」に、こんな記事が掲載されていました。


5:27いそ風

三陸新報5月27日記事より


3月末の早朝に横断橋をビデオで撮影したら、橋の手前に不思議なものがうつっていたというのです。〈黒い物体が横断橋の高さまで飛び、弧を描きながら海面に落ちていく様子が一瞬写っていた〉とのこと。

記事では、〈未確認飛行物体〉や、その英文略称〈UFO〉という言葉は使っていませんが、まさに未確認の飛行物体。

動画を見た方の「形からしても魚とは見えず、全くわからない」とのコメントが紹介されていますが、本当に〈魚〉と言ったのでしょうか。〈鳥とは見えず〉ならわかるのですが。

「いそ風」は、いわば〈街角の話題〉といったコーナーです。たとえば、ちょっとエロチックな大根の写真とともに、気仙沼市魚町のオダさん(68)の畑で面白い形の大根がとれて近所の話題になっているみたいな(笑)。

この記事を紹介したのは、「国際円盤デー」のことを思い出したからでした。6月24日です。1947年のこの日、アメリカの実業家ケネス・アーノルド氏が自家用機で飛行中に空飛ぶ円盤を発見したとされています。

6月24日は再来週の水曜日。謎の黒い物体がまた、横断橋近くを飛行するかもしれません。なんちゃって。

気仙沼中学2年のとき、UFO研究会「CBA」(宇宙友好協会)のメンバーと気中グラウンドで円陣を組み空飛ぶ円盤を呼んだ思い出についてはつぎのブログにて。55年ほど前の話です。

2011年7月14日ブログ「6月24日のUFO」

 

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tag : 気仙沼湾横断橋 UFO

大島の産地直売所

気仙沼大島/浦の浜地区の「大島ウェルカムターミナル」の産地直売所が6月6日にオープンしました。これにより、ターミナル各施設が全面オープンしたことになります。関係者の皆様にとっては〈やっと〉という思いでしょう。

この産地直売所オープンについては、気仙沼公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」が詳しく紹介しています。




「気仙沼さ来てけらいん」記事ページ

6月7日の三陸新報もこのニュースを一面で伝えていました。見出しは〈ようやく全面開業〉。


産直オープン
三陸新報6月7日記事の一部イメージ


ウェルカムターミナルの各施設は当初、気仙沼大島大橋(愛称:鶴亀大橋)の開通(2019年4月7日)に合わせたオープンを目指していました。これは当然のスケジュール観でしょう。

しかし、周辺県道の整備の遅れや、盛り土した地盤の沈下、収束など公共事業に遅延が発生し、オープン時期が3度変更されました。

そして、2019年7月26日にまずは民間商業施設「野杜海(のどか)」がオープン。その後、本年3月8日に市によるウェルカム施設が完成し、産直施設などをのぞいた一部の利用が開始されました。しかしそれも、4月6日から5月31日までは新型コロナの影響で全館休館し、今月1日からは休憩スペースに限って再開していたそうです。

こうしたことを経ての産直施設オープン/全面開業ですから、関係者の皆さまの喜びも大きかったことと思います。

昨年7月からの段階的なオープンとはなりましたが、このたびの全面開業のお祝いを申し上げます。来春には連ドラ「おかえりモネ」も放送開始されることですし、ウェルカムターミナルが負う役割もますます大きなものとなることでしょう。どうぞよろしくお願いいたします。

3月17日ブログ「大島にウェルカム」
2019年5月28日ブログ 「浦の浜「野杜海」」
 

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tag : 気仙沼大島 ウェルカムターミナル

新潮の「つながる」

現在発売中の週刊新潮6月11日号で気仙沼がとりあげられています。巻末カラーグラビアで3ページ。三陸沿岸道路の気仙沼湾横断橋(仮称)の未接続箇所に最後の横ゲタを取り付ける工事がおこなわれたことを紹介するもので、タイトルは〈 「復興の架け橋」 つながる〉です。

読めない程度に、こんな感じということで記事画像を紹介させてもらいます。


週刊新潮

週刊新潮6月11日号より


左下の写真は、夜間に台船から最後のブロック(重量は130トンとのこと)を引き上げる工事の様子です。この工事は、5月23日の午後9時すぎからおこなわれました。ほかの未連結の写真はその前日とかに撮ったものでしょう。

記事によれば、最後のブロックは小々汐(こごしお)側(鹿折側)に仮接続されました。朝日町側との2mほどの段差は作業用設備などの重さによるものとのこと。

6月中に接続が完了し、溶接や舗装工事ののちに橋が完成することになります。竣工は今年12月になる予定としています。

ダイナミックな写真と気仙沼の復興に寄せる言葉が優しく、とてもうれしく感じました。撮影は西村純さんです。西村さんはじめ週刊新潮編集部のみなさま、ありがとうございました。

4月22日ブログ「横断橋、もうすぐ」
 



 

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徳仙丈山3D動画

このブログで何度も紹介しているように、気仙沼市の徳仙丈山(とくせんじょうさん)は、国内最大級といわれる約50万株のヤマツツジやレンゲツツジの群生で知られています。例年、5月中旬から下旬にかけて開花し見頃を迎えますが、今年は新型コロナ感染拡大防止のため、入山自粛が呼びかけられました。

本日紹介するのは、今年のツツジ満開の様子を楽しめる動画。気仙沼市の公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」が5月29日に公開しました。いわゆる3D動画になっていますので、上下を含め360度の視点を自由に移動させて楽しむことができます。

気仙沼さ来てけらいん/3D動画ページ

YouTubeでの公開動画を下記に。約8分間です。



動画のなかでも見どころが紹介されますが、2018年5月11日ブログ「徳仙丈つつじ地図」で紹介した周辺地図を再掲しておきましょう。〈徳仙丈山つつじ祭り〉の広告に掲載されていたマップです。





私は徳仙丈のツツジを一度も見たことがありません。私は高校まで気仙沼におりましたが、50年前のその頃、この徳仙丈のツツジの話を聴いた記憶がないのです。そんなことや、そのツツジの育成や保護活動に尽力された佐々木梅吉さんについては、2013年の下記のブログに記しています。

徳仙丈のツツジの季節になるといつも、この自分のブログを読み返します。その記事はつぎのように結びました。

「シベリアの地で過酷な強制労働を共にしつつも祖国の地を踏むことがかなわなかった戦友。この季節、徳仙丈を一面の朱に染めるツツジは、その慰霊の花でもあったのです」

今年の徳仙丈山。その静かな満開のツツジを想像して楽しむのも、趣があるのではなどと思っております。

2013年6月5日ブログ「徳仙丈のツツジ」
 

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内湾商業施設店舗

気仙沼の内湾地区で、気中同級生の大友つき子さんの店、拉麺のみ処「あたみ屋」がオープンしたことは5月21日のブログでもお伝えしました。

ブログではその場所について、〈スローストリート「ユワエル」のなかの一店としてのオープンだと思う〉と書いたものの確信がもてずにおりました。しかし、5月30日の三陸新報の広告で間違いなかったことを確認できました。

内湾商業施設
三陸新報5月30日掲載広告より


「内湾商業施設」の全店舗営業再開広告です。全15店舗。ここでいう「内湾商業施設」とは、「迎(ムカエル)」「結(ユワエル)」「拓(ヒラケル)」のことでしょう。広告文のなかでは「南町商業施設」ともされており、3施設の総称はまだ定まっていないのかもしれません。


◎3施設の店舗構成図

広告の各店施設を示すフラッグ内の文字が小さく、私にはちょっと読みにくかったので、広告主さんには申し訳ないのですが、3施設ごとに分解してみました。こんな感じ。


分解図


ムカエルが5店舗、ユワエルが7店舗、ヒラケルが2店舗です。計15店。そして、3施設に非商業施設「ウマレル(創)」を加えた4施設はつぎのとおりです。5月21日のブログで紹介しました。

ユワエル地図

この図は、ヒラケル内に開店した「MIYAKAWA」(元宮川商店)さんの広告を利用させてもらったのですが、上記の広告にはその店名がありませんでした。全店舗の広告とはいいながらもまだ流動的なところがあるのかもしれませんね。

◎つきちゃんとの電話

きのうの午後、あたみ屋のつき子さんに電話してみました。開店早々にはなにかと忙しいかと遠慮しておりました。お店の場所がユワエルのどの辺にあるのかを聞きましたら、七十七銀行の向かい側だそうです。

つきちゃんは、〈この歳になって借金して大丈夫かなと思ったけんと〉と。この歳というのは私と同じ、今年3月で68歳になりました。〈ま、なんとかなるもんだよ〉と私。なんの根拠もないのですが、なんとなくそんな気がするということで。

新型コロナ対応など、いろいろと大変な時期ですが、あたみ屋さんをはじめ、内湾商業施設各店の商売繁盛を願っています。どうぞよろしく。

5月21日ブログ 「あたみ屋」再出発

 

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tag : 内湾商業施設 あたみ屋

双方向でエールを

気仙沼を元気にする会が開催されます。とはいっても、今回は初めてのオンライン開催です。テーマは「双方向でエールを」。



同会サイトより


「気仙沼を元気にする会」サイト

・テーマ:「双方向でエールを」

・日時:令和2年6月7日(日)
     10:00 – 12:00(講演・リレー中継)
・場所:オンライン上にて zoomウェビナー
・スピーカー:菅原茂(気仙沼市長)
・総合司会:佐藤千晶(フリーアナウンサー)
・動画出演:小野寺五典(元防衛大臣)ほか
・リレー中継:気仙沼と各地から10人程度中継・動画で結びます
・参加費:無料

タイムテーブル:
10:00 開会 実行委員長 熊田利英子
10:03〜10:50 講演 気仙沼市長 菅原茂
10:50〜11:00 質疑応答
11:00〜12:00 リレー中継(気仙沼・各地から)
12:00 閉会 気仙沼サポートビューロー 代表理事 畠山朔男

主 催:気仙沼を元気にする会・実行委員会
共 催:一般社団法人 気仙沼サポートビューロー
    気仙沼市移住・定住支援センターMINATO


案内文引用は以上です。今回はウェブ会議サービス「ZOOM(ズーム)」を使ってのオンライン開催となりますが、いわゆるテレビ会議ではなく、基本としてはウェブセミナ−(ウェビナー)視聴という形ですので気楽に参加というか視聴できると思います。

私もさっそく申し込みました。折り返しメールが届き、そこに参加手順が記してありました。スマホでは「ZOOM」アプリの入手、パソコンでも同じくダウンロードが必要となります。不慣れなこともあると思いますので、どうぞ早めのお申し込みと登録などのご準備を。

◎前回の元気にする会

前回の「気仙沼を元気にする会」は昨年11月30日に、東京・大手町で開催されました。第11回目です。今回は特に12回目とはうたっていませんね。あくまでオンラインでの特別版ということでしょう。

下記のブログで前回の様子を報告しております。ご参考まで。

2019年12月5日ブログ「元気にする会報告」
 
 

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さんま祭開催中止

今年の「目黒のさんま祭」は、新型コロナウイルスの関係で開催されないことになりました。5月25日付けで目黒区から発表されています。きのう6月2日には気仙沼市からも発表されました。

「目黒のさんま祭」は、「目黒区民まつり」(愛称:目黒のSUNまつり)の関連催事のひとつです。下記のお知らせにあるように、今年は区民まつりそのものの開催が中止となったのです。


区民まつり中止

目黒区サイト5月25日発表内容より


目黒のさんま祭は今年、1996年の第1回開催から 25 回目の節目を迎えるということで、これを記念する事業も計画されていたようです。目黒区そして気仙沼の関係者の皆様にとって、本当に残念な決定だったでしょう。開催予定日は9月20日。約4か月先のことですし、なんとかなるのではないかとの声もあったと思います。

私がさんま祭の開催中止を残念に思ったのはもちろんのことですが、ひとつ気になることがありました。

目黒のさんま祭では、NPO法人目黒ユネスコ協会さんが2012年から毎年、地元民俗芸能の伝承に取り組んでいる気仙沼の小学校児童を招待してくださっています。昨年/2019年は気仙沼市立月立(つきだて)小学校の5年生と6年生計12名が「早稲谷鹿踊(わせやししおどり)」を披露してくれました。つぎのブログでも紹介しました。

2019年9月19日ブログ「目黒の早稲谷鹿踊」

今年はどのような予定、計画だったのでしょうか。9月のさんま祭での伝統芸能披露を楽しみにしながら練習に励む子供たちがいたのではないかと。

まあね、そうしたことをひとつひとつあげていったらきりはないのですが。

決まったことをあれやこれやいってもしょうがなし。来年のさんま祭を楽しみにすることにいたします。目黒区そして気仙沼の関係者の皆様、来年のサンマ祭、どうぞよろしくお願いいたします。

2019年9月17日ブログ「目黒さんま祭報告」

 

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tag : 目黒のさんま祭

新恵比寿像の奉納

5月30日(土)、気仙沼市魚町の五十鈴神社(お神明さん)の下方「神明崎(しんめいさき)」で、3代目恵比寿像の奉納式がおこなわれました。浮見堂のならびです。

5月31日の三陸新報はつぎのように伝えています。


恵比寿さま

三陸新報5月31日記事の一部イメージ


また、5月30日の奉納式当日、菅原市長はつぎのようにツイートしています。なお、恵比寿像台座正面の「お恵比寿さま」の題字は、菅原市長による揮毫(きごう)とのことです。



この恵比寿像については、これまで何度も紹介してきましたので、詳細は略しますが、多くの皆さんのご協力とご支援でこの日を迎えることができました。

30日の奉納式は関係者のみでおこない、一般の観覧はなかったようです。新型コロナ対応ということでしょう。しかし記事によれば、臼井委員長は「7月23日の『海の日』には、市民の皆さんと祝う行事を考えたい」と語っています。

ここで問題です。なぜ祝う行事が7月23日「海の日」なのでしょう。私が考えた答は、この日が「気仙沼かつおの日」だから。2017年に、市や商工会議所、漁協をはじめ、各種関係団体からなる「気仙沼市生鮮かつおプロモーション事業実行委員会」(阿部泰浩委員長)がこれを定めました。昨年2019年には、この日を含む土日月の3日間にわたり「気仙沼かつお祭り」を開催しています。

気仙沼は、生鮮カツオ水揚げ23年連続日本一。新型コロナの行方がきになるところですが、今年の7月21・22・23日にも、同様の催事を計画していることと思います。

私はこのブログで、3代目恵比寿像がかかえる魚を鯛ではなく鰹としたことに対して何度か疑問を記してきました。しかし、奉納をおえたあとまでそれを語るのはヤボというもの。いまは、新しい恵比寿さまが無事に建立されたことをうれしく感じております。

3代目恵比寿像が、気仙沼内湾地区のシンボルとして多くの人に愛されるようにと願っております。関係者の皆様、このたびの3代目恵比寿像ご奉納、おめでとうございました

2017年10月18日ブログ「恵比寿像が持つ魚」
2018年6月15日ブログ「恵比寿像縮小原型」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 恵比寿造 浮見堂 かつおの日

都市計画学会賞!

本日はうれしい受賞のニュース。気仙沼市内湾地区の「迎/ムカエル」や「創/ウマレル」など一連の復興施設デザインが、日本都市計画学会/学会賞のひとつ「計画設計賞」を受賞しました。一昨日5月27日に市からの発表がありました。

市の発表資料や学会サイトから、受賞概要を紹介します。

◎受賞作品名
気仙沼内湾ウォーターフロントの地域主体による復興デザイン−−港町の景観・文化の継承と安全性の確保を両立した都市デザインの実現

◎対象施設
「迎(ムカエル)」、気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ「創(ウマレル)」(pier7)、気仙沼漁港南町公園、防潮堤

◎受賞団体
内湾地区復興まちづくり協議会、早稲田大学都市・地域研究所、内湾ウォーターフロント設計チーム(住まい・まちづくりデザインワークス、アール・アイ・エー、オンサイト計画設計事務所、ぼんぼり光環境計画)、宮城県、気仙沼市

市の発表資料にあった資料画像はつぎのとおりです。全体像がよくわかります。


全体

断面

両画像とも5月27日付け気仙沼市発表資料より

日本都市計画学会は、1951年に創立された都市計画や地方計画に関しての歴史ある学会で、年に1度、学会賞として「石川賞」「論文賞」「計画設計賞」などの表彰をおこなっているそうです。

同学会の初代会長は、内田祥三(よしかず)。東京大学大講堂(安田講堂)の設計でも知られています。

初代副会長は、「石川賞」にその名をとどめている石川栄耀(ひであき)で、当時の都市計画におけるリーダー的存在であったようです。都市における盛り場の研究でも知られ、新宿歌舞伎町の生みの親で命名者でもあるとのこと。

戦後、東京の復興事業のひとつとして、新宿に歌舞伎の演舞場をつくろうとし、地区名を「歌舞伎町」にしたという話は知っていましたが、その計画をおこない名付け親でもあったのが石川栄耀だったのですね。こうした〈こぼれ話〉にであうととてもうれしい。今回の受賞がぐっと身近に感じられてきます。

今回の受賞施設群は、昨年10月に2019年度グッドデザイン賞を受賞しています。このたびの日本都市計画学会賞/計画設計賞の受賞は、それに続いてのうれしい評価となりましたね。

この記事のはじめに受賞団体名を掲げましたが、それぞれに、さまざまな苦労があったことと思います。それだけに、内湾地区復興まちづくり協議会メンバーをはじめ、多くの関係者の皆様にお祝いを申し上げたく。

日本都市計画学会賞「計画設計賞」受賞、おめでとうございました。


グッドデザイン賞受賞についてはつぎのブログにて。

2019年10月11日ブログ「グッドデザイン賞」
2019年11月5日ブログ「文化の日の展覧会」

「創(ウマレル)」の設計を担当した株式会社アール・アイ・エーについてはこちらです。お手すきのときにでも。

2019年4月17日ブログ「気仙沼交流プラザ」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 日本都市計画学会 ムカエル ウマレル

気仙沼が朝ドラに

2021年春から放送予定のNHK朝ドラ「おかえりモネ」の物語の舞台のひとつが気仙沼にとのニュースには本当に驚きました。私は昨日16時すぎに気仙沼市のLINEで知りました。NHKの発表にあわせて広報が解禁になったのでしょう。


NHKドラマ番組サイト

この「おかえりモネ」について、NHKのサイトではつぎのように紹介しています。

〈“朝ドラ”第104作は、今を生きるすべての人に捧げたい、「現代ドラマ」です!「海の町」宮城県・気仙沼で生まれ育ち、「森の町」同・登米(とめ)で青春を送るヒロインが、“気象予報”という「天気」にとことん向き合う仕事を通じて、人々に幸せな「未来」を届けてゆく、希望の物語。安達奈緒子さんの脚本による、オリジナル作品です。〉

そして、気象予報士という仕事にとりくむヒロインと気仙沼の関係についてはつぎのように。

〈その根っこにあるのは、故郷・気仙沼と、家族への思い。ヒロインのふるさとは、気仙沼湾沖に浮かぶ緑豊かな島。嵐の夜、産気づいた母を皆が命がけで船で運び、なんとか生まれたヒロインは、島が大好きでした。しかし「3.11」の時、気仙沼は大きな被害を受けました。その日、ある理由で島を離れていた彼女は「自分は何も出来なかった」と後ろめたさを抱き、やがて内陸の登米(とめ)へと移り住みます。以来、ずっと誰かの役に立ちたいと思っていた彼女は、生き方を模索する中で、天気予報の可能性と出会うのです。

懸命に努力して、気象予報士の資格を獲得したヒロイン。東京の気象予報会社に飛び込み、「空の未来を予測して、人々を笑顔にすること」の魅力を知りながら、経験を積んでいきます。時を経て、一人前の気象予報士となった彼女は「気仙沼にかつての活気を取り戻したい」との目標を胸に、故郷の島へ。予報士ならではのアイデアで、家族や幼なじみたちと力を合わせ、ふるさとに貢献する道を探します。〉(引用は以上)

ヒロイン永浦百音(ながうら ももね)役は清原果耶(きよはら かや)さんです。2019年度前期放送の朝ドラ「なつぞら」で、広瀬すずさんが演ずる「奥原なつ」の生き別れになった妹「千遥(ちはる)」役でした。登場回数は多くはありませんでしたが、なんというか特別感がありました。所属事務所はアミューズ。雑誌「Seventeen」のモデルとしても活躍しているとのことです。アミューズにとって次世代のスター候補でしょう。

しかし本当に驚いた。この気仙沼を舞台のひとつとするNHK朝ドラの話は、気仙沼でどれくらい知られていたのでしょうか。少なくともうわさとしてはあったと思うのですが。

たとえば、〈あんだだげに教えでおぐけんと、だれにも言うんすなよ〉みたいな話が、かなり蔓延していたとか(笑)。

この「おかえりモネ」に関する話がこれからいろいろ聞こえてくることでしょう。とても楽しみです。本日はとりあえずの速報ということで。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : おかえりモネ 朝ドラ

日本財団のご支援

5月15日のブログ「『nendo』と昭福丸」で、臼福本店の遠洋マグロはえ縄漁船「第1昭福丸」の内外装デザインなど、nendoの仕事を紹介させてもらいました。

その第1昭福丸が気仙沼市朝日町の「みらい造船」で進水式をおこなったのは、昨年11月22日のことでした。昨年11月29日のブログでも紹介しました。本日はその株式会社みらい造船についての話です。

2019年11月29日ブログ「第1昭福丸」進水

みらい造船は、簡単にいえば気仙沼の浪板地区にあった吉田造船鉄工所、木戸浦造船、小鯖造船鉄工所、澤田造船所4社が合併した会社です。その設立の経緯や同社新工場完成については、上記ブログで紹介しました。その記事を書いたときに、関連記事として原稿をまとめたのですが、ちょっと長いし、なんかしつこい感じもあってブログ掲載せずにおりましたが、少し加筆修正したうえで本日紹介することにしたしました。


◎みらい造船への補助金や助成金

昨年9月11日のブログで、みらい造船の新工場完成を紹介しました。

2019年9月11日ブログ「みらい造船新工場」

このブログで引用した河北新報の記事に、みらい造船の〈事業費は約106億円で、うち70億円は国土交通省の補助金を活用した〉との記述があったのですが、私はちょっとあっさりしているなと感じました。

9月6日の三陸新報はもう少し詳しく〈総事業費は105億5千万円。このうち約70億円は国道交通省の補助金を活用したほか、日本財団からの助成金や市の補助金、融資などを充てた〉と紹介していたからです。その紙面はこんな感じ。

みらい造船

三陸新報2019年9月6日記事の一部イメージ


◎市の記者発表資料

この三陸新報の記事にあった日本財団からの助成金や市の補助金については、気仙沼市の2019年9月3日付け記者発表資料に詳しく記されていました。その内容を整理してみます。

まず知っておきたいのは、朝日町造船施設整備事業は、①市がおこなう用地造成事業と②みらい造船がおこなう造船施設整備事業のふたつから構成されています。

①用地造成は、朝日町津波復興拠点用地造成事業として、今回の造船施設だけでなく今年9月から本格稼働した燃油タンク/気仙沼商会気仙沼油槽所の用地造成も含んでいます。この事業費が約26億7000万円です。財源は、東日本大震災復興交付金。油槽所も造船所も、その土地は気仙沼市が造成したもの。

②造船施設整備の事業費は105億5000万円。このうち約70億3000万円は国の補助金です。ここまでは三陸新報の記事にもありました。そしてここからが本日のテーマである助成金や補助金についてです。まず市の補助金は1億5000万円です。そして日本財団からの助成金はなんと8億円です。これだけ大きな助成金だったとは知りませんでした。


◎造船復興みらい基金

日本財団からの支援については、同財団/2019年9月17日付けニュースリリースにつぎの主旨の記述がありました。

日本財団では、建設費114億円のうち、助成金8億円、災害支援無利子融資33億円の他、「造船復興みらい基金」から70億円の支援を行ないました。

「造船復興みらい基金」は、日本財団が、国(国土交通省)の補助金を得て、2013年度から実施していた被災造船業等復興支援事業。基金からは、これまでに石巻市、大船渡市などで7件の造船所復興事業への補助を行ない、8件目となる今回気仙沼市での補助対象施設完成により、予定していた補助事業は全て完了し、基金は2019年度中に閉鎖・清算予定。

以上がリリースからの内容。なるほど、市の発表資料で〈約70億3000万円は国の補助金〉とされていたのは、日本財団を通じての補助だったのですね。

◎災害支援無利子融資

日本財団のリリースにあった災害支援無利子融資33億円については、2016年の新造船所起工式の翌日10月22日の三陸新報記事に関連記述がありました。〈建設資金確保のために、8金融機関(みずほ銀行、七十七銀行、東北銀行、商工中金、岩手銀行、北日本銀行、仙台銀行、気仙沼信用金庫)による33億6000万円の協調融資が決まり契約を締結した〉と。日本財団は、この協調融資においても支援しているということだと思います。


◎日本船舶振興会

公益財団法人 日本財団の以前の名称は公益財団法人日本船舶振興会です。創立者で初代会長の笹川(ささかわ)良一さんについては皆さんよくご存じのことでしょう。同財団は、モーターボート競争/競艇(ボートレース)の収益金をもとに活動を展開しています。

笹川良一さんは、いわゆる〈右翼〉としての顔とともに〈社会奉仕活動家〉との面をもっていました。テレビCMでの「一日一善」「人類みな兄弟」のメッセージをなつかしく思い出す人も多いでしょう。その一方で、にがにがしい思いをあらたにする方もいらっしゃるかと。

◎新型コロナ対応施設

東京お台場の「船の科学館」は、その笹川良一さん/日本船舶振興会きもいりの施設といってよいでしょう。運営にあたってはいまも日本財団が助成しています。

その船の科学館周辺に、日本財団が新型コロナ感染の軽症者向け施設を建設するという報道があったのは4月初旬のことでした。このニュースを聞いたときに私はちょっと意外な感じを受けました。しかし、調べてみると笹川良一さんには、天然痘やハンセン病などとの深く長い関わりがありました。

日本財団の資料サイトによれば、天然痘根絶事業に関して、昭和50~54年度の5年間の協力援助金286万ドルは、当時の民間団体による協力援助としては世界最高を記録したといいます。また、1961年にWHOがハンセン病予防ワクチンの試薬を完成した際、笹川良一さんはその第一号接種者になるなど、後半生のかなりの時間をハンセン病とのかかわりに費やしたとのこと。

日本財団の会長は、初代笹川良一さんのあとを受けての2代会長が小説家の曽野綾子さん。そして現在の3代目会長が笹川良一さんの三男、笹川陽平さんです。陽平会長も父親の遺志を継ぎ、ハンセン病の制圧やこの病による差別の撤廃にとりくんでいます。

こうした経緯を知れば、今回の新型コロナウイルス感染問題に対応して日本財団が施設建設をおこなうということはとても自然な流れといってよいでしょう。

◎感謝と御礼

このブログ記事は、冒頭にも記したように、気仙沼の造船事業復興への日本財団さんの多大なるご支援をお伝えしようと昨年に書き始めたものですが、追記した後半の締めくくりが新型コロナの話になるとは思ってもみませんでした。

日本財団さんは、気仙沼の造船事業だけでなく、たとえば5月22日のブログ「海とみどりの大島」で紹介した大島未来チームをはじめ、気仙沼の震災復興に関わるさまざまな活動を支援くださっています。このブログで紹介したものでいえば、気仙沼鹿折加工協同組合に対するキリングループさんの支援も日本財団を通してのものでした。気仙沼メカジキブランド化推進プロジェクトについても同様です。

いろいろとありがとうございます。あらためて、日本財団さんのご支援に対して心から御礼を申し上げます。
 

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関東同窓会の中止

きのう5月25日、新型コロナ緊急事態宣言が全国で解除されたことになります。とはいえ、以前の日常がすぐにもどってくるわけではありません。様子を見ながら徐々にということでしょう。

7月に予定されていた気仙沼高等学校関東同窓会の総会・懇親会は、新型コロナウイルス感染症予防の観点から中止となっています。

きのう、自宅に届いた関東同窓会からの案内には、つぎのお知らせが記されていました。関東同窓会サイトでも同様の告知がなされています。

同窓会


このお知らせのタイトル部の上に、6校の名前が並んでいます。気仙沼高校関東同窓会は、これらの同窓生によって構成されています。

「気仙沼実科高等女学校」「気仙沼高等女学校」は「鼎が浦高等学校」(女子校)の前身。「旧制気仙沼中学校」は「旧気仙沼高等学校」(男子校)の前身です。

そして2005年、気仙沼高校と鼎が浦高校が統合して新気仙沼高等学校(男女共学)となりました。さらに2018年4月に気仙沼西高校(1985年4月開校)が気仙沼高校に統合し現在に至っています。

なお、総会のあとの懇親会は、いつも気仙沼向洋高校(旧気仙沼水産高校)関東同窓会と合同で開催されていました。たしかな情報が確認できませんでしたが、気仙沼高校と同様に、今年の総会・懇親会の開催はなしになったと思います。

年に一回お会いする方々も多く楽しみにしておりましたが、新型コロナへの対応ということであれば、いたしかたなし。来年の開催を楽しみにすることにしましょう。五輪前の7月3日(土)で予定しているとのことです。


同窓会の役員、事務局の皆さんは、いろいろと大変だったことでしょう。お礼を申し上げます。ありがとうございました。
 

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鼎雪の 「渾身の鰹」

本田鼎雪さんの作品が、5月21日の三陸新報に掲載されていました。気仙沼市古町の古美術骨董店「車屋」さんの広告です。

本田鼎雪
三陸新報5月21日掲載広告より


「車屋」さんの広告に登場した本田鼎雪さんの「鰹」という作品を紹介したことがあります。2016年12月5日のブログです。そして、その記事を読んでくださった三重県の「くらげ」さんという方からご連絡をいただいた話を翌年2月に「カツオがつなぐ縁」として紹介させてもらいました。

そうした記事のなかで記した本田鼎雪さんについて、ざっとおさらいしておきましょう。

本田鼎雪(ほんだ ていせつ)さんは、気仙沼で多くの絵を残した日本画家です。私たち気中20回生にとっては同級生の洋子さん(3年3組)のお父様。魚を画題とした絵も得意としていました。気仙沼市史第6巻「教育・文化編」の紹介文を以下に引用します。

◎本田 鼎雪(1910~1982)

 本名禎太郎。明治43年1月14日生まれ。昭和7年第1回東北美術展(河北美術展の前身)に「神濤」を出品し入選。昭和14から16年まで盛岡市および東北各地に居住し、この間、岩手県護国神社の壁画を作製した。帰郷して第6回、第8回海洋美術展に「蒼浪」「魚河岸」を出品入選したが、戦時中、資材入手困難のため一時画業を中断した。
 太平洋戦争後、美術界に復帰し、昭和24年、岩手美術連盟日本画幹事、宮城県美術連盟結成委員となり、第1回岩手県芸術祭美術展に当選、森口多里賞を受けた。昭和30年、日本芸術会会員の中村岳陵の指導を受け、仏画の研究に専念する。同43年には第29回日本画院展に「桜島黎明」を出品して入選し、以後連続して入選した。
 昭和52年、本田画塾水墨画教室を開設し、後進の指導にも当たり、日本画院に所属し、宮城県芸術協会会員、市文化財保護委員も務めた。
 鰹をはじめ、水産物の画も多く、その画風は静岡・高知・鹿児島にも名が知られ、後援会や展覧会が持たれた。
 昭和57年10月2日72歳で没。代表作には記述のほか、「叢竹」「忿怒群像」「立葵」「端午」がある。(引用は以上)

今回の広告の絵「渾身の鰹」は、タイトルからすると海中を渾身(こんしん)の力でおよぐカツオということでしょうか。2016年のブログのなかで気仙沼小学校の作法室に飾ってあった鼎雪さんの鰹の絵のことを書きました。その絵がちょうどこれと同じような感じだったような気がするのですが、なにせ60年以上前の記憶なのであてになりません。

郷土の画家の作品をその地元の人が大切にしているというのはとてもいい。そしてそれを手放すことがあっても、またほかの誰かがそれを受け継いでいければなによりのことです。

絵のサイズは「12号」と記してあります。たぶんP12号/606 X 455 mmだと思います。ご自宅のリビングあるいは書斎の壁にいかがでしょうか。

いったい価格はいくらぐらいなのか。私にはまったくわかりませんが、どうぞ関心のある方は車屋/菅原さんにお問い合わせください。どうぞよろしく。

2016年12月5日ブログ「日本画家 本田鼎雪」
2017年2月1日ブログ「カツオがつなぐ縁」
2018年月26日ブログ「車屋の菅原さん」
  

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ジャンル : 地域情報

tag : 本田鼎雪

海とみどりの大島

今週のブログは、月曜に気仙沼大島PR映像を、火曜に水上不二の解説板と、大島の話が続きましたが、本日も気仙沼大島の話です。

このブログで2013年11月に紹介した「輝け!海とみどりの大島宣言」をご記憶でしょうか。

この宣言内容は、気仙沼市の大島地区振興協議会(柴田君子会長)の役員会で承認されたあと、2013年11月4日の「大島公民館まつり」で、大島中学1年の菊地海成さんと菅原碧さんが読み上げ、来場者の大拍手で採択が承認されました。その様子を当時の三陸新報記事が伝えています。


  大島宣言

  三陸新報2013年11月6日記事の一部イメージ


まずはこの三陸新報記事に紹介されていた宣言内容を紹介しましょう。


◎ 輝け!海とみどりの大島宣言

1.大島の海と緑を守っていきます

 大島には、詩人・水上不二がかつて「緑の真珠」と喩えたように、美しい海と緑に囲まれた自然環境があります。震災では自然からきびしい試練を与えられました。でも、そのことで自然を恨むのではなく、傷ついた海と緑の自然環境を再生し、再び美しい大島を取り戻します。再生した大島を守っていくことを私たちの使命とします。
 私たちは大島の自然再生から復興へ向けて一歩ずつ踏み出すことをここに宣言します。

2.大島を日本一安心・安全な島にします

 震災では壮絶な経験をしました。その経験を次の世代に引き継ぎ、再び自然災害が襲ってきたときには被害を最小限に食い止める知恵に活かします。震災では地域や人のつながりの大切さに気づかされました。地域ぐるみの自主防災の仕組みを作り上げていくことも大切です。震災の経験と地域のつながりを将来の防災に活かし、大島を日本一安心・安全な島にしていきます。

3.大島の人と地域のつながりを大事にします

 大島は、地域でつながった島民がお互いの家族のように支え合い、助け合ってきました。このような地域のつながりはだんだん薄れていく時代にありますが、震災はそのことの大切さを気づかせてくれました。安心・安全な島にするため、また高齢社会を支え合いによって乗り切っていくため、地域・世代を超えて人と地域のつながりを大切にしていきます。

4.大島の歴史と文化を伝えていきます

 大島には離島ゆえの古くからの歴史や文化があり、島民はそれを受け継いできました。その中には自然災害の記録を伝えるものもありました。大島の歴史と文化を守り、次の世代へ、そして大島を訪れる人たちへもそれを伝え、地域のつながりや産業の復興に役立てていきます。

5.大島をもてなしの心で元気にします

 大島の中心産業は水産業と観光です。これは大島の人と自然、大島でとれた物を好きでひいきにしてくれる人たち(ファン)がいて、成り立つものです。震災でもこれまで大島を訪れてきた多くの大島ファンの人たちに、助けられ勇気づけられました。これからも大島を訪れる人たちにもてなしと感謝の気持ちをもって、愛される島となるように努めます。そのことを通じて大島を元気にしていきます。


◎気仙沼大島未来チーム

宣言内容の検討にあたっては、大学教員や学生による〈気仙沼大島未来チーム〉の支援がありました。

気仙沼大島未来チームは、この活動をサポートしてくださった日本財団学生ボランティアセンターのサイトによれば、神戸大学、神奈川大学、信州大学、関西学院大学の4大学連携で活動をおこないました。

この「輝け!海とみどりの大島宣言」のほか、2015年度までは島内で月1回の「大島のみらいを考える会」の開催や「大島みらい新聞」発行などをおこなってきました。その後も、ワークショップの開催や、活動ホームページの作成、運営を行っています。

気仙沼大島未来チームの代表は、関西学院大総合政策学部教授で副学長のひとりでもある長峯純一さんです。長峯さんは気仙沼出身。気中26回/気高28回生で三日町にあった愛耕幼稚園/バプテスト気仙沼教会が〈実家〉のようなもの。お父様が同教会の牧師をつとめていました。

ひとつ付け加えれば、神戸大学の槻橋修准教授もメンバーのひとりです。槻橋さんは2018年に気仙沼市の復興祈念公園のコンペで優秀賞を受賞し、その提案を核として基本設計が計画されました。


◎大島の未来ビジョン

採択承認から6年半を経たいま、この宣言はどのように扱われているのでしょうか。

私は仕事で、企業ビジョンの策定をお手伝いすることがあります。ワークショップなど社員のグループワークを重ね、幹部/マネジメントとも協議して経営としての意思決定とするまでには結構な時間と手間がかかります。そして、その内容を企業の構成員全体に浸透させるためにはさらなる工夫と労力が必要です。

そうしたことを経験しているだけに、せっかく大島の皆さんが意見をかわし知恵をしぼって策定したこの大島宣言を活用しないのはもったいないなと思うのです。

5つの宣言は主文と副文からなっています。全文は上に紹介したとおりですが、主文のみにするとつぎのようになります。簡潔表示版として以下に。


◎ 輝け!海とみどりの大島宣言

1.大島の海と緑を守っていきます
2.大島を日本一安心・安全な島にします
3.大島の人と地域のつながりを大事にします
4.大島の歴史と文化を伝えていきます
5.大島をもてなしの心で元気にします

気仙沼大島ウェルカムターミナル施設のどこかに掲げられているといいな。小さくてもいいから。たとえば、水上不二さんの紹介パネルと並べてとか。

〈オダに言われなくてもとっくにやってるよ〉と叱られるぐらいだとうれしいのですが。ちょっと心配になったもので。ちょっと長くなりましたが、どうぞよろしく。今週はこれにて。

2013年11月19日ブログ「海と緑の大島宣言」

 

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/68~69歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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