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目黒のコンサート

3月17日(日)は、めぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートでした。2016年から始まり、今回で4回目の開催となりました。恒例の催しとして定着した印象があります。目黒区の関係者の皆様のご厚意によるもので本当にありがたいことです。

開場までは、関連企画として開催中の気仙沼漁師カレンダー展を。奥山由之さんが撮影を担当した2019年版の全内容が掲示されていたほか、これまでの各年カレンダーや映像紹介などもありました。会場で、同カレンダーを企画・発行している気仙沼つばき会の会長 高橋和江さんや制作会社のバンブーカット/竹内順平さんにお会いできたのはなによりでした。

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それと今回は、気仙沼から吉田(岩渕)惠子さんが気仙沼から。気中3年8組だけでなく、気小1・2年8組(担任 高宮冨士子先生)などのクラスメイトです。16日(土)は、めぐろパーシモンホールの大ホールで畠山美由紀さんのコンサートもありましたが、ぶっちゃんはこれにも。育美さんや美由紀さんを初期から応援しているだけに、この2日連続のコンサートはとても贅沢な時間だったことでしょう。両日とも東京で暮らす娘さんも同行しての来場です。

1時半の開場。ホワイエでは気仙沼物産展が開催されていました。サメ革製品でおなじみ、Sharks/シャークスの熊谷牧子さんにも久しぶりにお会いすることができました。渡邊まさ子さん(3年5組)の妹さんです。お父様が先日のNHKのど自慢の予選に出場したことを知っておりましたので、その話を。本選出場はかないませんでしたが、96歳で市民会館のステージにあがっただけでも素晴らしい。といったことなど。



そして午後2時。コンサートが始まりました。司会はもうおなじみ気仙沼出身のアナウンサー佐藤千晶さんです。写真撮影はできないので、曲目を中心にご紹介します。

まずは第1部、気仙沼市民吹奏楽団10名と目黒吹奏楽団30名による混成楽団の演奏です。

1 銀河鉄道999
2 紺き空へ、蒼き海へ
3 青春の輝き
4 HAMARAINYAによる唄と踊り
5 ジャパニーズ・グラフィティⅡ~坂本九メモリアル
アンコール HAMARAINYA〜

指揮は例年通り気仙沼の畠山広成さんと目黒の鳥谷部武夫さんが交互におこないました。このコンサートでの合同演奏も4度目となるためか、一体感が増しているように思います。畠山さんの指揮も余裕を感じさせました。

〈HAMARAINYAによる唄と踊り〉は、気仙沼〈はまらいんや踊り〉の吹奏楽バージョン。気仙沼高校ダンス部(旧鼎が浦ダンス部)6名が法被を着て登場し踊ってくれました。驚いたし、とてもよかった。アンコールもはまらいんや。

こうして全6曲、素晴らしい吹奏楽団の演奏を今年も楽しむことができました。

そして第2部。まずは熊谷育美さん。気仙沼の話などをはさみながらピアノの弾き語りで次の6曲を。

1 雲の遙か
2 この街を
3 桜
4 道~大船渡線~
5 一番星
6 僕らの声

3月6日に発売された2枚組アルバム「遙かな青」Disk1に収録された10曲からの選曲です。「雲の遙か」は2年前の復興支援コンサートでも歌ってくれました。聞き慣れていることもあって、この曲でステージが始まると熊谷育美の世界が静かに広がっていくようです。

「 道~大船渡線」は、「雲の遙か」に呼応した曲のように思います。鉄道を道や人生と重ね合わせて歌います。タイトルに〈大船渡線〉とも記したことに、メジャーデビュー10周年の成熟というか余裕も感じました。

そんなことを思いながら聴いていたら、あっという間に6曲終了。ステージ転換のための数分間を育美さんと司会の佐藤千晶さん/松岩中学の同級生同士のトークでつなぎます。

準備が整って、目黒区立中目黒小学校合唱団の皆さん。3年連続しての復興支援コンサートへの出演です。次の4曲を歌ってくれました。

1 未来へ
2 心の瞳
3 (中目黒小学校から平和のうたを)
4 花は咲く

同合唱団は、NHK学校音楽コンクールの東京都本選で2016年に銅賞、2017年に銀賞を受賞するなどしています。とてもうまい。聴いていて気持ちいい。5年生と6年生が歌ってくれましたが、本当に〈めんこい〉。会場の多くの人がそう感じたことでしょう。

3曲目の〈平和のうたを〉は毎年歌ってくれていますが、プログラムに記載がないので詳細がわかりません。私が調べた限りでは、〈沖縄から平和のうたを〉の〈沖縄〉を〈中目黒小学校〉に替えているように思うのですが。

最後の曲「花は咲く」は熊谷育美さんも加わっての合唱です。一昨年のコンサートでの感想にも記しましたが、今年も育美さんが声量をコントロールして合唱団の歌声を引き立てていました。2番になると少し声量をかすかに上げますが抑制感は変わりません。さすがプロの仕事だなと。

「花は咲く」は、定番というかお約束というか。東日本大震災復興支援コンサートの締めくくりにこれほどふさわしい曲もそうないでしょう。私も、定番というかお約束というか、じーんとしてしまって。

また長くなってしまいました。合唱の2曲目「心の瞳」も坂本九メモリアルの選曲であることや、九ちゃんとパーシモン(英語で柿)ホールがある目黒区柿の木坂とのご縁などは回をあらためて記すことといたします。

目黒区の皆様をはじめコンサート開催の関係者の皆様に心から御礼を。今年も素晴らしいコンサートを本当にありがとうございました。



なお、初回2016年の復興支援コンサートについてはつぎのブログにて。熊谷育美さんと畠山美由紀さんのお二人が大ホールのステージに立ちました。

2016年2月29日ブログ「目黒のコンサート」 (2016)
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tag : 熊谷育美 復興支援コンサート

ヤマヨの俊明さん

三陸新報連載〈わが社の屋号〉16回目は弁天町の〈ヤマヨ常山商店〉さんでした。

3月6日ヤマヨ2
三陸新報3月6日記事より


記事によると、創業者の常山義治さん(故人)は三重県出身だったそうです。戦時中は海軍の補給艦に乗船し、戦後は三重のカツオ一本釣りの漁師になります。その後、縁あって松浦清太郎さんが営む気仙沼市南町の鮮魚店「松浦商店」で働き、気仙沼に移り住んだとのこと。

そして、松浦さんの長女だった喜久子さんと結婚した義治さんは1966(昭和41)年に独立して、内の脇に鮮魚仲買卸「ヤマヨ常山商店」を創業しました。屋号「ヤマヨ」は、常山の〈山〉と義治さんの〈ヨ〉からとったそうです。

記事に〈義治さんは、三重のカツオ船が気仙沼に入港、水揚げするたび、同郷の船頭たちから飲みに誘われるほど慕われた〉と記されていました。今に至る三重と気仙沼との強いつながりがうかがわれる話です。

この記事の中に、義治さんの次男で2代目の俊明さんが26歳で会社を継いだと書いてあるのを読んで驚きました。常山俊明さんはヤマヨの方だったのかと。私たちより5学年下で現在62歳になる俊明さんは、画家、美術家としても知られています。このブログでは2度ほど紹介しました。1度目は震災前のエースポート広場に設置されていたモニュメント〈港町ブルース歌碑〉の作者として、2度目は千田基嗣さんの詩集『湾Ⅲ』の表紙に描かれた第18共徳丸の絵の作者としてです。

以前のブログで常山さんのことを記すときにいつも同姓の光子さん(3年1組)のことを思い出しました。常山という姓は気仙沼ではあまり聞いたことがありません。そして今回は臼井真人君(3年2組)にメールでたずねてみました。光子さんの実家はヤマヨさんかと。答えはYES。やはりそうだったかととすっきりしました。

三陸新報記事の末尾に記された俊明さんの言葉が印象に残りました。

〈カツオは気仙沼の命綱。カツオなしには語れない」と俊明さん。シーズンが近づくと「血が騒ぐ」のは、父親譲りと自負している〉(引用は以上)

「血が騒ぐ」。三重でカツオ一本釣りにも従事したことのあるお父様の話を知ったあとでは、三重から気仙沼へと、黒潮によってつながれてきた血統というものを思わずにはいられません。

2016年5月10日ブログ「港町ブルース逸話」
2018年7月30日ブログ「気仙沼 in 目黒区」
 

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気仙沼弁のカルタ

地元気仙沼の魅力を市民みんなで再発見する活動を続けている「ば!ば!ば!プロジェクト」ではいま、気仙沼弁でのご当地カルタの制作に取り組んでいます。昨年10月には〈ば!ば!ば!の場〉ワークショップを開催し、その後もネットで読み札の案を募集するなどの活動を続けてきました。

そしてこのほど、気仙沼弁ご当地カルタの読み札(読み句)が決定し、つぎのステップとして絵札案の募集が始まったと3月2日の三陸新報が伝えていました。記事に掲載されていた読み札を紹介します。

カルタ上
カルタ下
三陸新報3月2日記事より


それぞれの気仙沼弁がとても面白い。そして懐かしい。とはいうものの、私には意味がわからない読み句もありました。たとえば、〈け:けえちゃだぞ 間違えんすな めぇうっしょ〉〈に:にしょっこを 消さねでけらぃん! おっかねの〉など。

標準語での解説文は、気仙沼観光コンベンション協会のFacebookで紹介されていますので調べてみました。まず〈け〉の句については、〈逆さま、あべこべだよ。間違えないようにね、(服の)前後ろ〉。〈けえちゃ〉が逆さまということか。〈めぇうっしょ〉は〈まえうしろ〉がなまったのでしょう。

〈に〉の句は、〈天井の電灯のオレンジ色の電球は消さないで! こわいの!〉。〈にしょっこ〉は、二燭光(にしょっこう)だったのですね。燭光は〈カンデラ〉と同じ明るさの単位。つまり小さな灯りの意味で、常夜灯として使う小さな電球のこと。これは気仙沼弁というよりも標準語/共通語のなまりといったほうがよいかも。私は〈二燭光〉として夏目漱石かなにかの小説の中で読んだか、どこかで聞いたことがあるような。

今回の読み句の選定には苦労もあったのではないでしょうか。気仙沼弁と一言で言っても地域差や世代の違いなどもありますから。三陸新報の記事によれば、案の募集に対して寄せられた文言は312点。その中から、プロジェクト「カルタ部会」メンバーや気仙沼コンベンション協会などが45点を選んだそうです。ご苦労さまでした。

なお、カルタの絵札の素材とする画像募集についてはこちらから。5月31日まで受け付けています。

気仙沼弁については、このブログで何度もとりあげたことがあります。その中から6つの方言/記事を紹介しておきます。お手すきのときにでも。

ぺろんこ
たんがぐ
なんだれかんだれ
ちょすこまっこ
ほまづかせぎ
ほにほにぽやぽや

なお、これらのブログ記事でいつも参照したのが菅原孝雄さんの著書『けせんぬま方言アラカルト』(三陸新報社刊)です。この本はまさに労作。辞書的な使い方はもちろんのこと、読み物としても楽しめます。現在も三陸新報社から購入可能ですので是非に。

方言

『けせんぬま方言アラカルト』(増補改訂版)表紙イメージ
2006年7月刊 定価1,238円(税別)


三陸新報/出版案内サイト
 
 

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Eテレ/早稲谷鹿踊

3月17日(日) 午後2時から放送されるNHK Eテレ「まつりの響き ~第19回地域伝統芸能まつり」に、気仙沼の「早稲谷鹿踊」(わせやししおどり)が出演します。

これは2月24日にNHKホールで開催された舞台内容を収録したものです。その2月の催事ポスターを紹介します。



◎まつりの響き
第19回地域伝統芸能まつり
NHK Eテレ
3月17日(日) 14:00~15:30

(司会)竹下景子,水谷彰宏,(出演)盛岡さんさ踊り,熊本新町獅子舞,八木節,花輪ばやし,狂言『呼声』,三作神楽,早稲谷鹿踊,長崎くんち龍踊


この催事への出演に備え、早稲谷鹿踊保存会の皆さんが練習する様子を2月22日の三陸新報が伝えています。

早稲谷鹿踊

三陸新報2月22日記事の一部イメージ


地域芸能まつり案内文では、早稲谷鹿踊をつぎのように紹介しています。

〈 気仙沼市早稲谷地区に伝わる8頭の鹿踊りです。記録には1827年 (文政10年)、東磐井郡大原山口(現岩手県一関市大東町)の喜左衛門よりこの地に伝承されたものといわれています。毎年旧暦6月24日の前後に、地区内にある「甘酒地蔵尊」の祭典に奉納されています。災厄や疫病をはらう魔除けの踊りといわれていますが、本来は祖先の霊を供養する念仏踊りです。背中に竹を削って結束した4メートル以上のササラを立て、腰太鼓をさげ、唄いながら勇壮に踊ります。この太鼓のリズムは躍動的で、早稲谷鹿踊独特のものといわれています。宮城県指定無形民俗文化財 〉(引用は以上)


三陸新報の記事にもありましたが、3年前の2016年の芸能まつりには、気仙沼から〈唐桑の大漁唄込〉として鮪立・崎浜の両唄込保存会が出演しました。つぎのブログでその放送内容を紹介しましたが、NHKホールにしつらえた船をうまく使っての舞台は本当にすばらしかった。

2016年3月22日ブログ「唐桑大漁唄い込み」

3月10日の日曜日に気仙沼から生中継されたNHKのど自慢はとてもよかった。そして今度の日曜日は気仙沼「早稲谷鹿踊」。どうぞ、お見逃しなきように。


2016年8月26日ブログ「早稲谷鹿踊の伝承」
>2017年9月20日ブログ「月立小児童の鹿踊」
 

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震災遺構・伝承館

皆さん既にご存じのように、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館が3月10日(日)に一般公開されました。この施設には、津波で被災した気仙沼向洋高校の旧校舎が震災遺構として保存されるとともに、映像シアターや講話室などを備えた伝承館が新たに設けられています。3月10日の三陸新報に掲載された告知広告と記事を紹介します。


お知らせ
三陸新報3月10日掲載広告の一部イメージ

記事
三陸新報3月10日記事より


記事によれば、全体の敷地面積は約2万5千㎡で総事業費は約12億円。遺構・伝承館の案内を担うのは「けせんぬま震災伝承ネットワーク」の語り部たちです。震災遺構・伝承館は、3月1日に報道関係者に公開されました。そのときの映像を産経ニュースが公開しています。私は旧校舎から見える階上地区の復興工事の風景に驚きました。あらためてこの地域を襲った津波による被害の大きさを思い知らされました。この向洋高校の旧校舎を震災遺構として保存する意義のひとつでしょう。




2年前、2017年6月24日の三陸新報記事によれば、旧校舎保存に関する整備費用は2億5千万円。そして震災伝承館と隣接する岩井崎プロムナードのふたつの施設に関する事業費が5億8500万円。これらを合わせた全体整備費は約8億4000万円で校舎全体を解体した場合の相当額とほぼ同規模とされていました。その後の計画変更などで上記の総事業費12億円となったのでしょう。当初の旧校舎の一部保存から全体保存への方針変更と関係があるのかもしれません。1年前の復興庁資料によれば総事業費は11億8600万円で国の復興交付金などが充てられるとのことです。

震災遺構保存についての検討経過をさかのぼってみると、市は当初、鹿折地区に打ち上げられた第18共徳丸の保存を検討していました。しかし市民アンケート調査での反対の声などを受けて断念。同船の解体が始まったのは2013年9月9日のことです。

旧気仙沼向洋高校旧校舎の震災遺構・伝承館にしても10日のオープン日を迎えるまでには、施設の計画だけでなく、維持管理のための費用や収支計画、管理のあり方などについても様々な議論がありました。階上地区の方々も含め関係者の皆様のご努力に敬意を表します。ご苦労さまでした。

このたび公開された震災遺構・伝承館が、地域の皆さんの協力も得ながら有効に活用されるようにと願っております。

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館ホームページ
2017年7月20日ブログ「気仙沼市震災遺構」
 

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tag : 震災遺構・伝承館

けせもい会の協力

気仙沼市復興祈念公園のシンボル「祈りの帆(セイル)」建立のためのクラウドファンディングに〈気仙沼中学20回生支援会〉として寄付をおこなったことについては、2月27日のブログで報告しました。

そして新たに〈けせもい会〉としても、3月8日に同ファンドへの寄付をおこないました。けせもい会は気中20回生を含む首都圏の同年会です。会長は気中20支援会と同じく鈴木徳一君(気中3年3組)。

ファンドサイトに投稿された応援コメントを紹介します。


けせもい会
「レディーフォー」サイト応援コメントページより


ミスタイプがあったようですが、「昭和42年中学卒業の首都圏に在住する気仙沼出身者の同年会です。このモニュメントが、多くの人の思いを込めた祈りのシンボルになることを願っています」という内容。

このクラウドファンディングの目標金額は2000万円です。本日3月12日のお昼前には約720万円の実績となっていました。昨日に比べて大きく伸びているように感じます。個々の寄付者を紹介することは抑制しておりますが、応援コメントを見てみると、本日の日付で和田アキ子さんや生島ヒロシさんのお名前もありました。ありがとうございます。

なお、仙台近辺の気中20回生を含む同年会であるKSS42(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会(会長:吉野信雄君/気中3年1組)も3月6日付けで寄付をおこなっていますので、お伝えしておきます。

このクラウドファンディングは4月28日まで。達成金額よりも一人でも多くの人の思いを込めたものしたいというのが今回のプロジェクトの一番大きな目的だと思います。気中20支援会、けせもい会ともに、その趣旨に賛同して協力いたしました。以上、ご報告まで。


◎3月11日のかもめ食堂

きのうのブログでも紹介した気仙沼「かもめ食堂」での500食無料提供について、本日の三陸新報がとりあげてくれました。

かもめ食堂
三陸新報3月12日記事の一部イメージ


上記〈けせもい会〉の新年会は例年、千葉憲二君(3年4組)の店〈まかない㐂いち〉銀座本店でおこなっています。「かもめ食堂」の店主はその憲二君。きのうは沢山の同級生が店を訪れて美味しいかもめラーメンをいただきながら憲二君にお礼を伝えてくれたようです。憲二君、いつもありがとう。

以上、けせもい会に関する諸報告ということで。

祈りの帆/クラウドファンディングサイト
2月27日ブログ「祈念公園クラウド」
 

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「追悼と慰霊」の日

本日3月11日で東日本大震災から8年。気仙沼市では、犠牲となられました方々を追悼し慰霊するための追悼式を気仙沼市総合体育館「ケー・ウエーブ」で開催します。きょうの気仙沼は、朝には暴風警報や波浪警報などが出るなどしています。気をつけてお出かけください。

追悼式案内
三陸新報 3月6日掲載のお知らせ広告


市によれば、東日本大震災による大津波とその後の大規模な火災による死者は1152人(震災関連死を含む)、行方不明者は214人にのぼります。私たち気仙沼中学20回生では、及川保規君(3年5組)と鷺(庄司)良子さん(8組)を失いました

きょうは追悼式のほか、献花場が(唐桑)保健福祉センター「燦さん館」(本吉)はまなすホール (大島)大島開発総合センターの3カ所に設けられます。午後2時30分から午後7時まで献花できます。午後2時46分からの市内一斉黙祷に際しては防災行政無線でのお知らせもあるそうです。その時には、私も黙祷を。

◎かもめ食堂

本日3月11日の午前11時~午後5時、今年も〈かもめ食堂〉で限定500食を無料提供します。店主の千葉憲二君(3年4組)も本日は気仙沼にて皆様をお迎えします。どうぞお立ち寄りください。

3月9日かもめ
三陸新報3月9日掲載広告より


東京などで〈ちばき屋〉や〈まかない 㐂いち〉を営む憲二君は、2015年11月19日に〈かもめ食堂〉を復活開店しました。震災復興のシンボルにしたいという強い思いがあったのです。それだけにこの3月11日のラーメン提供に際しては、震災の年4月9日など数度にわたる炊き出しのときの気持ちを思い出すことでしょう。どうぞお店に寄って憲二君に声をかけてあげてください。

◎テレビ番組

きのう10日もテレビでは気仙沼からの中継映像がたくさん流れました。朝7時からのNHK「おはよう日本」は気仙沼からの映像で始まりました。その後の特別番組やニュースでも、旧気仙沼向洋高校校舎の震災遺構としての公開などを伝えていました。

きょうも朝から各局が気仙沼からの中継をおりこんで震災から8年の番組を放送しています。日本テレビ系列(気仙沼ではミヤギテレビ)午後11時からの〈news zero〉では有働由美子さんが気仙沼から生中継とのことです。

静かな日であって欲しいと思いながらも、なにか落ち着かない。そんな3月11日です。
 

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tag : 追悼式典 かもめ食堂

心の中にヒカリを

3月3日の三陸新報が「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの本年開催が休止となったことを伝えていました。

ヒカリ休止

三陸新報3月3日掲載記事より


同プロジェクトが今年の開催を休止することにした理由は、すでに2月26日のブログでお伝えしました。ひとつは〈7回忌(正確には6年目)を過ぎ、それぞれの日常を取り戻す時期を迎えていると感じた〉こと。もうひとつは〈一昨年よりプロジェクトからも検討委員として参加してきた「気仙沼市復興祈念公園」の計画が次のステージへ進んだ〉ことです。三陸新報の記事では〈7回の開催を経て、一度立ち止まり、振り返る時間が必要と考えた〉と紹介しています。

その記事では、実行委員会の斉藤道有(みちあり)さんが市役所を訪れ、菅原市長に休止に至った経緯を報告した様子を紹介していましたが、そのお二人それぞれの印象に残る言葉がありました。

まずは道有さんの〈気仙沼湾から夜空へと立ち上がる3本の光は、見えないものたちをつなぐ風景となり、多くの人たちの記憶に刻まれた〉という言葉。そしてこれに対する菅原市長からの〈気仙沼の3月11日にふさわしい情景をつくっていただいた。音のない光が被災者にとって、大事な時間となった〉とのねぎらいの言葉。

私は、〈見えないものたちをつなぐ〉〈音のない光〉〈大事な時間〉などの言葉に、「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの重要な意味を感じました。

東京で暮らす私は残念ながら一度も〈3月11日からのヒカリ〉を見たことがありません。それでも、ネットを通じての画像などをたよりに、3月11日の午後6時すぎには天候に左右されることなくクリアな3本のヒカリをイメージすることができました。そんなことを思い出すと、もしかするとサーチライトから放射される3本のヒカリは、人の心に光をともすための仕掛け/手段に過ぎなかったのかもしれないなとも感じます。

7回の開催を経て、3本のヒカリのイメージは多くの人の心に深く刻みこまれました。そして今年の3月11日。多くの人がその心のなかにそれぞれの仕方でそれぞれの光をともすことでしょう。

2月25日ブログ「復興祈念のヒカリ」
 

追記:
震災から8年が経つにあたって、ほぼ日さんの〈東北への旅〉企画が始まっています。「2019年3月11日 これまでとこれからを歩く」



ほぼ日の糸井重里さん、ニットデザイナーの三國万里子さん、料理家のなかしましほさん姉妹、 建築家の三浦志朗さんらが、それぞれにゆかりのある、復興にむけて進んできた町々をたずね歩きます。そして3月11日には気仙沼に大集合。3月8日から約3日間のテキスト中継が始まっています。是非ご覧ください。

ほぼ日/テキスト中継
 

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気仙沼で のど自慢

本日はNHKのど自慢をはじめ、ふたつのテレビ番組をご紹介します。

1:NHKのど自慢      

3月10日(日)に、気仙沼市民会館から生中継でNHKのど自慢」が放送されます。東日本大震災から8年ということでのスペシャル版。出場者数も放送時間も拡大されての放送です。


のど自慢
番組サイトより

◎NHKのど自慢スペシャル in 気仙沼
3月10日(日)12:15〜13:30 生放送
NHK総合テレビ・ラジオ第1


予選会は放送日前日9日に市民会館でおこなわれ、選ばれた23組の皆さんが翌日10日に出場ということになります。ゲストは、丘みどりさん、福田こうへいさん、そしてこれまで様々な形で被災地を支援してきた〈ゆず〉のお二人。司会は小田切千アナウンサーです。付け加えれば、カネ担当〈鐘奏者〉は秋山気清(きせい)さん。東京芸術大学で打楽器を専攻して東京交響楽団などのオーケストラに所属した後、2002年から17年間も鐘をついています。

市の広報資料に過去のNHKのど自慢の開催実績が記されていました。いずれも会場は市民会館。

昭和52(1977)年5月5日(日)
平成5(1993)年8月15日(日)

果たして知っている人が登場するかどうか。そしてときおり映し出される会場に知った顔があるかどうか。まずは録画予約をしておきましょう。


2:聖火のキセキ      

もう一つの番組には、気仙沼出身のロンドン五輪フェンシング銀メダリスト千田健太さんがレポーターとして登場します。


キセキ
番組サイトより

◎聖火のキセキ

スポーツ苦手が尽くす震災復興 宮城
3月9日(土)17:25~17:50
NHKテレビ  BS1


〈聖火のキセキ〉は、1964年東京五輪の聖火リレーがどう行われ、日本各地に何をもたらしたのかを探る番組です。今回は、千田健太さんが宮城県でキセキを探します。いくつかのエピソードが紹介されるようですが、そのひとつは〈運動苦手なのに聖火リレー!青年は後に岩沼市長として東日本大震災の復興に尽力!〉。3年前まで市長をつとめた井口経明さんを千田さんが訪ねます。

千田健太さんは、2016年の岩手国体出場を最後に現役を引退しました。その後2017年5月には日本オリンピック委員会(JOC)アスリート委員会委員に、同年6月に日本フェンシング協会理事に就任しました。フェンシング協会理事についてはすでに退任しているようですが、こうしてフェンシング界のみならず、五輪メダリストとしての経験を生かして活躍しています。


以上ふたつの番組は、いずれも3月11日を前にしての放送。そしてNHKのど自慢の日、3月10日には「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」が開館します。被災した気仙沼向洋高校校舎の震災遺構に伝承館を加えた施設です。オープニングセレモニーは午前9時半から。この日のニュースや報道関連番組でその取材映像が紹介されることでしょう。
 

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熊谷育美 遙かな青

本日3月6日、熊谷育美さんの新アルバム「遙かな青」が発売されました。今回のアルバムは育美さんのメジャーデビュー10周年の記念アルバムです。


遙かな青

Amazonサイトより


育美さんがメジャーレーベル「テイチクエンタテインメント」からデビューしたのは2009年11月18日のこと。アルバムは「人待雲」でした。2010年の堤幸彦さん監督の映画「劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル」では育美さんの作品「月恋歌」が主題歌となりました。2012年11月には2枚目のアルバム「光」を発表しています。このタイトル「光」には、震災からの復旧途上にある古里に思いを寄せ、「耐えしのんだ先の光は、きっと美しい」という自身のメッセージを込めたといいます。

2014年には、堤監督の映画「悼む人」の主題歌として「旅路」を提供しています。堤監督作品の主題歌としては4作目。同曲を収録したアルバム「PROCEED」は2015年1月21日に発売されました。そして、2016年6月のベストアルバム「Re:Us」をはさみ、今回のアルバム「遙かな青」の発表です。

「遙かな青」は2枚組。Disk-1ではこれまでの育美さんの代表曲のセルフカバーと新曲など10曲を収録しています。新曲のひとつは「道〜大船渡線」です。そしてDisk-2では地元東北の著名ミュージシャンとのコラボ作品や客演したキャンペーンソング、そして未発表のライブ音源などを収録しています。

3月5日の三陸新報でもこの新アルバム発売を紹介していました。

熊谷育美
三陸新報3月5日記事より


記事では、Disk-2に収録された曲「この場所で…」のことについて触れています。この曲は、一昨年に〈はまなすホール〉で上演された「星の一番きれいな港町」の挿入歌です。この演劇は、気仙沼出身の森まどかさんや小野寺志織さんらが上演しました。このブログでも紹介したので覚えている方もいらしゃるでしょう。

こうして地元紙が育美さんの活動を応援してくれるのはとてもありがたいことですね。記事には気仙沼市内での販売店情報が記されていました。3月7日から「海の市」「スタジオアート」(南郷)「ブルースカイマーケット」(南町紫神社前商店街)「炎」(赤岩石兜)です。

すでにこのブログでも紹介しているように、3月17日の〈めぐろパーシモンホール〉東日本大震災復興支援コンサートに熊谷育美さんも出演します。きっと新アルバムに収録された新曲も歌ってくれることでしょう。楽しみにしています。

熊谷育美さんのメジャーデビュー10周年を祝うとともに、新アルバムが多くの人に届くことを願っております
どうぞよろしく。


 

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気仙沼内湾醸造所

2月3日の三陸新報に、気仙沼の内湾地区でクラフトビールのブリュワリー(醸造所)の建設計画が進められているとの記事が掲載されていました。場所は、今夏完成予定の(仮称)スローフードマーケット内です。

2月3日クラフト

三陸新報2月3日記事の一部イメージ


この施設を計画しているのは合同会社ブラック・タイド・ブリューイングです。ブラック・タイド/Black Tideは黒潮の意。代表をつとめるのは2018年外食アワード受賞者でもあるプロダクトオブタイムグループ代表の千倫義(せん ともよし)さん。同社は、「ネオ大衆酒場」の先駆けである「大衆酒場BEETLE」をはじめ、10店以上の飲食店を展開しています。

記事によれば千さんは、2年程前に気仙沼地域開発の菅原昭彦社長から飲食店出店のアプローチを受けたそうです。千さんは「気仙沼のためなら」とクラフトビール事業を提案して、共同で検討・準備を進めてきたといいます。

ブリュワリーは今週のオープンを予定しており、醸造長には、アメリカの醸造家和トニー・ジェームスさんを迎えます。記事には中心メンバーの一人として、クラフトビール業界の第一線で活躍するエイリアス代表田嶋伸浩さんのお名前もありました。

「スローフードマーケット」は、昨年10月に復興庁に認定された「まちなか再生計画」の紹介のなかに、生鮮食料品を扱う八百屋や鮮魚店、ビアレストランなど5店舗が入居する予定とありました。このビアレストランが今回の計画店舗でしょう。「スローフードマーケット」とともに、共同店舗型商業施設「スローストリート」も建設されます。両施設とも木造平屋建てです。

これら「(仮称)スローフードマーケット」「(仮称)スローストリート」と既設の南町海岸商業施設「ムカエル」の3施設によって「(仮称)内湾スロー村」が構成されることになります。

気仙沼市内湾地区まちなか再生計画の概要書から配置図を紹介しておきましょう。


配置図


今回の記事は、スローフードマーケット内の一部店舗についてでしたが、今後はほかの店舗、そして全体施設イメージなどが伝えられることでしょう。今夏の完成を楽しみにしております。

2018年10月16日ブログ「まちなか計画認定」
プロダクトオブタイムグループ会社概要

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tag : プロダクトオブタイム 千倫義 気仙沼地域開発

マルテイの丁の字

三陸新報の連載「わが社の屋号」2月19日掲載の15回目は、メバチマグロやマグロなどを扱う〈斎勝商店〉さんでした。屋号は○印に丁の字〈マルテイ〉。前回のまるきた商店さんと同じく所在地は気仙沼市弁天町です。記事の写真にうつる本社・工場は、震災から4年後の平成27(2015)年5月に完成しました。

マルテイ
三陸新報2月19日記事より


この「わが社の屋号」連載記事の面白さは、各社の創業期の話が紹介されていることです。今回のマルテイさんの記事では創業を昭和初期としてありましたが、ネットの同社サイトでは大正としています。マルテイさんに限らず、創業年をどのように定めるかというのは、法人化時期とは違い案外難しいのです。記事には、初代の斎藤勝兵衛さんが、魚市場の仕事に携わっていた経験を生かし、魚町でサンマやヨシキリサザメ、エビなどの買い付けを行うようになったのが始まりとあります。これが大正の終わりごろから昭和のはじめにかけてのことだったのでしょう。当時の魚市場は旧エースポート、現在のムカエル(迎)近辺にありました。

斎勝(さいかつ)の名は、斎藤勝兵衛さんの名に由来します。そして、屋号の〈マルテイ〉には、〈仕事は丁寧に〉という意味が込められているといいます。丁寧の丁。

斎勝商店さんのサイトに企業理念が記してありました。そこにも〈仕事は丁寧に〉という言葉が。そして〈魚の美味しさをたくさんの人に伝える〉〈気仙沼メカジキのブランド化〉なども。

同社サイトには3代目 斎藤圭介社長のあいさつも。そこで震災について次のように記しています。〈(東日本大震で)当社も大きな被害を受けました。海に近い地区であったため、自宅も事務所も加工場も大津波で流失し、「大物一本」で勝負してきた私の手元には商売道具の手鉤一本だけがのこりました〉と。〈大物〉とは、マグロのことでしょう。

私は〈手鉤(てかぎ)一本〉という言葉から、初代 斎藤勝兵衛さんの創業時の姿を連想しました。〈丁〉の字には、〈働きざかりの壮年男子〉という意味もあるようです。創業時と震災後の事業再建のイメージが重なったのです。

斎勝商店サイト/会社情報
 

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tag : 屋号 マルテイ

外国人技能実習生

外国人労働者の受け入れ拡大に向けた改正出入国管理法は昨年12月8日に成立し、本年4月に施行されます。これにより、一定の技能を持つ外国人や技能実習修了後の希望者に新たな就労資格が与えられることになりました。気仙沼では、2月2日に市が主催しての外国人受け入れに関する説明会が開催されるなど、新制度に高い関心が寄せられています。

本日の話は、新制度施行の気仙沼への影響などについてではありません。もっと単純な話。そもそも、気仙沼市での外国人技能実習生は何人なのかということ。私は昨年12月18日の三陸新報記事でその人数をはじめて知りました。記事には気仙沼市議会12月定例会の一般質問内容が紹介されていました。その中の村上伸子議員(所属会派「未来」)の質問に対する市長の回答内容にその数字があったのです。気仙沼市での外国人技能実習生は2018年11月末現在で333人です。

12月18日質疑
三陸新報12月18日記事の一部イメージ

記事では質問と回答を要約して示していますが、正確を期するために市議会サイトで公開されている会議録を参照してポイントをまとめます。

まず質問はつぎの3点。①気仙沼市の在住外国人の現状とこれからについて ②今後増加が予想される技能実習生への対応 ③市民の生活に資する多文化共生のあり方への考え。これに対する菅原市長の回答から、在住外国人と外国人技能実習生の数に関する内容を以下にまとめます。

◎気仙沼市在住外国人の概況
本市に住民登録をしている外国人は2018年11月末現在で19国籍、555人。国籍はインドネシア173人、中国127人、フィリピン90人、ベトナム64人など。震災前の平成23年2月では16国籍、464人。中国295人、フィリピン76人、インドネシア34人など。震災後、一旦は総数で減少したものの、現在は国籍の変化を伴いながら増加傾向にある。

◎技能実習などの在留資格
在留資格については、技能実習に関するもの333人、永住者123人、婚姻等に関するもの30人。市内に在住する技能実習生333人についての国籍別ではインドネシア171人、ベトナム63人、中国54人など。

◎各企業における技能実習生の受け入れ状況
全国に存在する監理団体から派遣されていることもあり、詳しくは把握できていないが、市内にある2つの監理団体については、市内の縫製企業3社に中国人22人、水産加工企業7社にインドネシア人と中国人合わせて113人を派遣している。(市長回答内容は以上)


今年に入って1月31日の三陸新報では、宮城労働局がまとめた気仙沼市と南三陸町での2018年10月末現在の外国人雇用状況を紹介していました。

1月31日外国人労働者

三陸新報1月31日記事の一部イメージ

この記事によれば、ハローワーク気仙沼管内(気仙沼市、南三陸町)の87事業所が計669人の外国人を雇用しています。在留資格別では「技能実習」が541人と全体の8割を占めています。前年同期より205人の増加となっています。

気仙沼市と宮城労働局とでは、統計が違うために単純な計算はできませんのであくまで参考値ですが、気仙沼市と南三陸町の合計数669人から気仙沼市の333人を引いた336名程度が南三陸町の外国人技能実習生数なのでしょう。

なお、冒頭で紹介した気仙沼市議の村上伸子さんは昨年4月の市議選で初当選しました。以前は市の職員として「気仙沼市小さな国際大使館」などで在住外国人のお世話をしていた経験があります。そうした経験や知見があるだけに、法制度が大きく変わるなかでの市の認識や対応をただしたということでしょう。議論のベースとなる基本的な情報を知ることができた良い質問だったと感じています。

本日のブログは以上です。くりかえしになりますが、気仙沼市の外国人技能実習生は昨年11月末現在で333人ということ。3ならびということでどうぞよろしく。今週はこれにて。
 

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祈念公園クラウド

2月1日のブログで、気仙沼市復興祈念公園のシンボル「祈りの帆(いのりのセイル)」を建立するためのクラウドファンディングをご紹介しました。

2月1日ブログ「祈り帆 寄付募集」

そして昨日2月26日、私たち気仙沼中学20回生支援会(会長:鈴木徳一君/3年3組)も、〈復興祈念のシンボルをたくさんの想いを結集して実現したい〉との趣旨に賛同し同ファンドへの寄付をおこないました。手続きは菊田裕美君(1組)にお願いしました。ありがとう。

クラウドファンディング「レディーフォー」のサイトに寄付者の応援コメント欄があるのですが、つぎのようなメッセージを記しました。〈震災では同級生2人をはじめ多くの大切な命が失われました。「祈りの帆」がその追悼と鎮魂のシンボルモニュメントとなりますように〉

応援コメント
「レディーフォー」サイト応援コメントページより


震災で命を失った同級生というのは、及川保規君(3年5組)と鷺(庄司)良子さん(8組)のお二人です。私たちが158件目の寄付となり、クラウドファンディング目標金額2000万円に対してその時点での寄附総額は319万円となりました。

総額
「レディーフォー」サイトより


今回のクラウド寄付にあてた費用は、当会にお寄せいただいた支援金からのものです。震災直後には気仙沼の同級生らへの支援物資購入費用のほか、2012年11月3日に気仙沼で開催された同年会〈感謝の集い〉実行委員会への援助金などにも使わせていただきました。〈3月11日からのヒカリ〉全7回への協賛も昨日のブログに記したとおりです。

〈感謝の集い〉に際しての援助金について報告した2012年11月16日のブログでも協力いただいた支援者の方々のお名前を記しております。そのなかには、たとえば〈洗濯船〉吉成由貴子さんや落語家の古今亭志ん弥さんのお名前もあります。いずれもそのお店や落語会などで気仙沼支援のための募金などをおこなってくださいました。今回のクラウドファンディング寄付には、そうした募金にこころよく応じてくれた多くの方々の善意も含まれております。

今回の気仙沼市復興祈念公園「祈りの帆」建立への協力をご報告するとともに、気中20回生支援会へのご協力をいただいた皆様にあらためてお礼を申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2012年11月16日ブログ「支援者の皆様」
 

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tag : 復興祈念公園 祈りの帆

復興祈念のヒカリ

すでにご存じの方が多いと思いますが、「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの本年開催休止のお知らせが、2月11日に同プロジェクト実行委員会からありました。


ヒカリ休止

プロジェクト公式サイトより(画像クリックでFacebookにジャンプ)


このヒカリのプロジェクトは、2012年に始まり昨年まで計7回の開催となっていました。

お知らせでは休止の理由として2つのことを記しています。詳しくはサイトをご覧頂きますが、1つは、〈7回忌(正確には6年目)を過ぎ、それぞれの日常を取り戻す時期を迎えていると感じた〉こと。もう1つは、〈一昨年よりプロジェクトからも検討委員として参加してきた「気仙沼市復興祈念公園」の計画が次のステージへ進んだ〉ことです。

私がこのプロジェクトの本年休止のお知らせを見たときに感じたことは、ちょうどよいタイミングだなとということ。こうしたイベントを永続的におこなうことは現実的ではありません。それだけにいつまで続けるのか、いつまで続けることができるのかということ、つまり〈やめどき〉は当事者の大きな課題であったことでしょう。それだけに、お知らせに記されたふたつの理由は私にとって納得がいくものでした。

気仙沼市復興祈念公園の計画については、プロジェクト実行委員会の代表である斉藤道有さんが20人からなる復興祈念公園施設検討委員会の委員として参加していました。それだけに、プロジェクトが目的としてきたことが、この祈念公園へと受け継がれるとの実感を得たことでしょう。私自身のことで言えば、アイデアコンペに夫婦で応募してモニュメント部門のアイデア賞を頂きました。その提案「灯台」コンセプトをまとめるときの念頭にはこのヒカリプロジェクトもありました。〈鎮魂や追悼のヒカリ〉をはなつ灯台のイメージです。

このヒカリのプロジェクトは本当によい企画でした。私たちも気仙沼中学20回生支援会として全7回とも協賛させていただきました。それにより、気仙沼の内湾にたちあがる光束の一筋に自分たちの気持ちがこもっていると実感できた人も多いことでしょう。

休止はあくまで本年についてであって、今後のことはわかりません。しかし、まずは斉藤道有さんをはじめとする実行委員会の皆さん、そして毎回の開催を支援してくださった関係各位に心から御礼を申し上げます。ご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。


初回2012年の協賛については支援者の皆さんのお名前と共に下記のブログに記しております。

2012年2月22日ブログ「ヒカリへの協賛」
 

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tag : 3月11日からのヒカリ

昭和の気仙沼大火

2月22日の三陸新報に〈「昭和の気仙沼大火」から90年〉と題した「論説」が掲載されていました。90年前の1929(昭和4)年2月23日に八日町(横丁)から火の手があがり、南町や魚町一帯を焼き尽くしたのです。それが「昭和の気仙沼大火」です。

論説大火
三陸新報2月22日論説記事より


「昭和の気仙沼大火」については、2014年9月15日のブログでまとめたことがあります。本日はその内容を再掲します。

◎昭和の気仙沼大火

(2014年9月)12日のブログで、昭和6年の魚町桟橋の写真を紹介しました。本日は、その2年5カ月前、昭和4(1929)年2月23日に気仙沼で起こった大火の被災写真を紹介します。浜見山から撮影したもので、右上が内湾です。


『目で見る気仙沼の歴史』掲載写真(クリックで拡大)


この写真は、『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に掲載されていたものです。『けせんぬま写真帖』(昭和52年 気仙沼商工会議所発行)にも同じ写真が掲載されており、より詳しい説明文が付されておりました。以下に同書より引用します。

「昭和4年の大火は、2月23日午前零時30分ごろ、町の中央、横丁(小田注:八日町横丁山下)から火の手があがった。およそ20メートルの風にあおられ、魚町一丁目、大堀町へと延焼した。蒸気ポンプ、腕用ポンプを動員して必死の消防活動にもかかわらず火の手はさらに仲山通、新中山通、中通、南町一帯を焼き尽くし、魚町全体から神明崎の五十鈴神社まで延焼。火魔はさらに入沢、太田にまで延びた。それが午前4時ごろ、もっとも旺盛で、まさに生き地獄の様相であったという。罹災者は安波山ろくや浜見山裏、小学校、停車場付近、内ノ脇などに避難した。

町はまず20万円の救助金の支出を決議して炊き出しをし、バラックを建てた。損害額696万2900円。両陛下から再び2500円の御下賜があった。義捐金も8万6500円の多額にのぼった。罹災者はこれに力を得て、まず魚町、南町等大通りがいち早く新築を進めた。電灯も供給、上水道もまた敷設された。その年の暮れまでに、ほとんど焼け跡がみられなくなった。さすが浜っ子である。市街地もさらに一間から三間広げられ、とりわけ海岸通りなどは旧態を一新。護岸工事をやって広い小路になった。笹ヶ陣のヤマをくずして住宅地とし、内ノ脇への通路も拓いた。」引用は以上。

なお、『気仙沼市史』第4巻 近代・現代編によれば、2月25日の議会で議決した救護費は20万円ではなく〈2万円〉となっています。一桁違いますが、気仙沼町の予算が30万円前後の時代といいますから、20万円は誤りで2万円が正しいと思います。被害については、「大気新聞」が857戸全焼、「河北新報」が970戸全焼と伝えているそうです。なお、これほどの大火でしたが、死傷者はいなかったとのこと。

この昭和4年の大火で、気仙沼の魚町や南町一帯は壊滅的な打撃を受けました。しかし、その後の復興事業によって、一種の建築ブームとなりました。たしかに、魚町の〈男山〉や〈武山米店〉など、気仙沼の歴史的建造物といわれる建物も、この大火の後に建造されたものです。市史では〈復興工事も多いため土木建築に人手が不足し、よそから数千人の職人・人夫が入り込んで、かえって好況だったという話もある〉と書いています。〈歴史は繰り返す〉か。

大火も津波もなんとか繰り返しはなしでお願いしたい。しかし、大正4年、昭和4年の大火などで大きな被害を受けながらも新たな発展を遂げてきた気仙沼復興の歴史は是非とも繰り返し、新たな一頁を加えて欲しいと願っています。(再掲内容は以上)


2月22日の三陸新報/論説の冒頭には、元気仙沼図書館長の荒木英夫さんから同社編集局に届いた手紙のことが紹介されていました。そこには、昭和の気仙沼大火を広く知ってもらい、教訓にしてほしいと記されていたそうです。

荒木英夫さんは、このブログでもたびたび引用させていただく『気仙沼文化史年表』(平成15年刊)の著者でもあります。三陸新報に寄せた手紙は、まさに〈歴史に学んで未来に活かそう〉との思いからでしょう。荒木さん、ありがとうございます。

昭和の気仙沼大火から90年。被災写真をながめていると、昭和の大火からの気仙沼復興90年の歴史というものを感ぜずにはいられません。


なお、1915(大正4)年3月30日に古町から出火した「大正の気仙沼大火」については、つぎのブログで記しております。こちらもご覧いただければと。

2016年10月14日ブログ「大正の気仙沼大火」

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tag : 気仙沼大火

市の19年度予算案

本日はちょっとかための話。2月2日の三陸新報に、気仙沼市が1日に発表した2019年度予算が紹介されていました。2月8日に開会した定例市議会に提出される議案ですので、あくまで予算案ですが、資料として概略を紹介します。一般会計804億6千万円のうち、505億円が東日本大震災の復興予算になったとのことです。

全体

三陸新報2月2日記事の一部イメージ


記事に示されている表やグラフを順に紹介します。


①各種会計総括表

総括表

一般会計が内訳なしの一行になっていますが、これが一番大きな804億円です。予算全体は、一般会計・特別会計・企業会計の3種で成り立っており、合計は1203億円です。つぎは一般会計の予算歳入の円グラフ。


②一般会計予算歳入

歳入


円グラフを見てのとおりですが、市税歳入は7.9%です。1割にも満たないのですね。それに対して、地方交付税と国庫支出金のふたつで約50%と大きな割合になっています。

地方交付税は、地方公共団体の財源の偏在を調整するために国が交付するもので、使途は限定されていません。一方、国庫支出金は、その使途が特定されています。知ってた風なことを書いていますが、調べて書いております(笑)。

新年度予算での地方交付税は8.6%増の235億円ですが、増加分は震災復興特別交付税によるものだそうです。つぎは一般会計の予算歳出の円グラフ。


③一般会計予算歳出(性質別)

歳出


市民の関心の高い人件費は71億円で構成比8.8%です。市税歳入より少し多いといったところでしょうか。55.6%を占める事業費は447億円です。補助費とか扶助費の内容はさらに内訳を知りたいところです。


三陸新報の記事では、記者会見での菅原市長のコメントを紹介しています。「復興期間終了の2020年度まで事業を終わらせるのが喫緊の課題。まずは復興の505億円に計上した事業を執行する」とし、復興完遂に意を用いて予算配分したことを説明したそうです。

この復興予算505億円というのは、円グラフのなかに内訳として示されているわけではありませんが、事業費や補助費その他にまたがって計上されているのでしょう。

市長のコメントにもあったように、政府が定めた東日本大震災からの復興期間は10年間。2020年度で期間終了となります。気仙沼にとっても震災後の予算は様々な意味で特別なものといってよいでしょう。今期、来期の予算は、復興期間後のことの視野に入れた内容になっているのだと思います。

なお、三陸新報の記事では、〈新年度の主な新規事業〉として8事業を紹介していましたが、市の公開資料に記された新規事業はもっと多く、取り上げ方のバランスに疑問もあることから、ここでは取り上げずにおきます。新年度予算の特徴がわかる大切なところと思うので、機会があればまたあらためて。今週はこれにて。
 

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tag : 気仙沼市予算

漁師カレンダー展

一昨日2月20日の読売新聞朝刊の都内版地域面。〈気仙沼の素顔 直送〉との見出しで大きな記事が掲載されていました。


読売新聞
読売新聞2月20日朝刊記事の一部イメージ


東京・目黒区の「めぐろ区民キャンパス」で開催中の〈気仙沼漁師カレンダー〉企画展の紹介です。2019年版カレンダーは、気鋭の写真家 奥山由之(よしゆき)さんが撮影しました。記事では、漁師カレンダー制作の経緯の後に、制作会社「バンブーカット」さんが紹介されています。

〈取材は、目黒区の企画制作会社「バンブーカット」などに依頼した。スタッフやカメラマンが日の出前から魚市場を回って撮影の交渉をしたり、時には漁船に数日間同乗したりして密着取材してきた。同社代表の竹内順平さん(29)は「漁師は一匹狼のような性格なので、懐に入るに苦労したが、どの写真も素顔をさらけ出してくれている」と話す〉(引用は以上)

記事の写真にうつっているのが竹内順平さんです。昨年12月19日にFM/J-WAVEに出演したときには、バンブーカットさんが展開されている全国の梅干しの話に加えて、この漁師カレンダーの紹介もしてくださいました。ありがとうございます。

この企画展の会場を記事では「めぐろ区民キャンパス」と紹介していますが、すでにご紹介している3月17日の東日本大震災復興支援コンサート会場「めぐろパーシモンホール」のロビーフロアです。企画展は2月1日から開催されているのですが、最終日がコンサートの日3月17日となっています。観覧は無料です。

「めぐろ区民キャンパス」には、パーシモンホールのほか、図書館や体育館などもある複合施設です。以前は東京都立大学のキャンパスがあり、同校の移転によって目黒区の施設、スペースとなりました。最寄り駅は東急東横線「都立大学駅」徒歩7〜8分です。

コンサートにおいでの際には、どうぞこの企画展もご覧いただきますように。よろしくお願いいたします。


2018年11月7日ブログ「奥山由之の写真集」
2月12日ブログ「3/17のコンサート」

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吉成さんの年賀状

先々週、新宿ゴールデン街「洗濯船」の吉成由貴子さんから初春の賀状が届きました。己亥(つちのとい)旧暦元旦。今年の旧暦元旦は西暦2月5日でした。中国などの旧正月を祝う〈春節〉については、多くの訪日客の映像とともに紹介されました。

「洗濯船」さんは気仙沼出身の同級生らがよく利用させていただくお店です。それをご縁に、震災後には店内に募金箱を置いてくれるなど、今にいたるまでも気仙沼に心を寄せてくださっています。


洗濯船


  ポストまでのしりとり遊び小六月

これを読んだとき、とても驚きました。二日前の休日にしりとりをしたばかりだったからです。歩きながらのしりとりは認知症予防に効果ありとのことで、夫婦で近所に買い物にでかけた道すがら(笑)。

吉成さんの句にある〈ポストまでのしりとり〉もそのような目的があったのでしょうか。そして、ひとり遊びだったのか、どなたかお相手がいたのかどうか。ポストに投函したのはハガキかな手紙かな。

不勉強で〈小六月〉(ころくがつ)の意味を知りませんでした。陰暦十月のことで冬の季語。〈小春〉と同じく、春を思わせるあたたかな日が続くことからとか。〈遊び〉という言葉から、小さな子供とのやりとりなども連想されるところです。あったかいから、郵便ポストまでしりとりしながら一緒に歩こうか。

面白いものですね、吉成さんの一句から勝手な想像がふくらみます。これも、しりとりのようなものかもしれません。

私たち夫婦の先日の買い物。行きはしりとりでしたが、帰り道は暗算で引き算をしながら。100から7を引いていきます。93、86、79……。途中で30が出てくれば計算があっています。私はなんとか最後までクリアしてホッとしました。

吉成さん、勝手なことを申し上げてすみません。本年がより良い年でありますように。ありがとうございました。


◎洗濯船
新宿区歌舞伎町1-1-8
電話03-3208-9716


昨年いただいた賀状の俳句もつぎのブログで紹介しております。

2018年2月21日ブログ「洗濯船の年賀状」
 

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tag : 洗濯船 吉成由貴子

まるきたの北の字

2月2日の三陸新報の連載「わが社の屋号」は、気仙沼市弁天町の〈まるきた商店〉さんでした。屋号は○印に〈北〉。


2月2日マルキタ
三陸新報2月2日記事より


まるきた商店は、喜多昭さんが気仙沼駅前で創業しました。はじめは米や大豆、小豆などを扱う雑穀屋さんだったそうですが、漁船にも米を提供するようになったことをきっかけに1968(昭和43)年に現在の会社を設立して本格的に船舶仕込み業に乗り出しました。

屋号の〈北〉の字は、名字の〈喜多〉にちなむとのことですが、喜多家のルーツを知ると、北海道の頭文字であるようにも感じられます。昭さんの父親が北海道の方だったのです。大工さんをしており、気仙沼小学校の建設に携わったのをきっかけに気仙沼に移り住んだと。私たちも学んだあの木造校舎でしょう。

荒木英夫編『気仙沼文化史年表』によれば、あの校舎が完成したのは1924(大正13)年3月21日(移転は1926/大正15年4月)。その44年後1968年には現在の会社を設立しました。1987年には漁船漁業に参入し、現在は第17祐喜丸と第77祐喜丸の2隻を所有しての近海マグロはえ縄漁業と船舶仕込みなどを主な業務として展開しています。

記事での紹介はありませんでしたが、まるきた商店の現在の代表は斎藤まゆみさん。まゆみさんは株式会社 KESEMO MARINUS(ケセモ マリナス)の代表もつとめています。同社は2013年に発足した気仙沼水産資源活用研究会が開発した化粧品「MARINUS」(マリナス)の販売元です。この商品が気仙沼産の高品質なフカコラーゲンを使用した化粧品であることは皆さんご存じのことでしょう。

気仙沼小学校完成時から数えると今年で95年。その間の3代がそれぞれおこなってきた事業転換や新規事業への挑戦。それは、北の大地、北海道に根ざすものかもしれません。

まるきた商店/公式サイト
 

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tag : まるきた商店

気仙沼と仙台直通

三陸道(三陸縦貫自動車道)の2区間14kmが2月16日に開通し、気仙沼と仙台間が高速道路でつながりました。2月17日の三陸新報紙面を見ても、地元の喜びが伝わってくるようです。(追記:当初は直結と書いたものの、小泉海岸と本吉津谷の間2kmは2020年度の開通ですね。もう少しかかります)

三陸トップ

三陸新報2月17日記事の一部イメージ


16日に開通したのは、歌津IC~歌津北IC~小泉海岸IC(歌津本吉道路)と本吉津谷IC~大谷海岸IC(本吉気仙沼道路Ⅱ期)の2区間です。三陸新報2月16日の記事に区間図が掲載されていました。

区間図
三陸新報2月16日記事より

上の図に、残る区間での開通見通しが示されていますが、開通時期がまだ公表されていないのが、気仙沼港IC~大島IC~気仙沼北IC~唐桑南IC(IC名はいずれも仮称)の5.6km区間です。気仙沼港IC~大島ICの区間には気仙沼湾横断橋も含まれています。気仙沼の人たちはその開通の日を心待ちにしていることでしょう。

なお、三陸新報の記事では、〈三陸道(三陸縦貫自動車道)〉の名称を使用していますが、河北新報や毎日新聞では三陸沿岸道路の名称を使用して説明しています。朝日新聞は〈三陸道(三陸沿岸道路)〉です。

この道路名称については昨年3月29日のブログ「三陸道の名称整理」でも書きましたが、簡単に記しておきましょう。

まず、「三陸縦貫自動車道」(仙台港北~田老北)の略称が「三陸自動車道」や「三陸道」です。そして、「三陸沿岸道路」(仙台港北~八戸ジャンクション)はもっと北までを含んだ長い区間を指し、三陸縦貫自動車道・三陸北縦貫道路・八戸久慈自動車道の3道路の総称となっています。

月曜日からややこしい話になってしまいましたが、どうぞよろしく。

2018年3月29日ブログ「三陸道の名称整理」
 

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浮見堂復旧支援金

気仙沼市が陣山に整備する復興祈念公園のシンボルモニュメント「祈りの帆(いのりのセイル)」建立のためのクラウドファンディングについては2月1日のブログでご紹介しました。目標金額は2000万円です。本日ご紹介するのは、気仙沼市魚町の浮見堂復旧費用のうち2500万円が市内在住者と気仙沼出身者からの寄付金が活用されるという話です。

大震災の津波で被災した気仙沼市魚町の浮見堂を2019年夏までに復旧する計画が昨年7月に報じられましたが、1月11日の三陸新報がその後の経過を伝えています。当初の計画通り、今夏までの復旧を予定しています。


浮見堂復旧
三陸新報1月11日の一部イメージ


記事にある浮見堂や遊歩道の復旧計画は昨年7月の報道と同様です。浮見堂は一回り大きく、遊歩道の幅も約2倍となります。昨年、一部工事の入札が不調になったそうですが、今後、全工事を再発注して3月までの着工を目指すとのこと。11日の三陸新報の記事はこの再発注に際してのものだったのでしょう。

設計などを含めた総事業費は約2億7600万円で、国の震災復興交付金などを充てます。このうち2500万円は市内在住者と気仙沼出身者からの寄付金を活用します。この寄付金については、昨年7月9日のブログでつぎのように書きましたので引用します。


「この記事にある〈気仙沼出身者から寄付金〉というのは、気仙沼市浪板(なみいた)出身で、現在は東京都在住の熊谷寿夫さんからの2千万円などのことと思います。昨年(2017年)9月1日のブログで紹介しました。そこでも書きましたが、熊谷さんは木戸浦造船で船大工として働いた後、1969年に都内に建設会社「気仙沼建設」を設立し、住宅建築や不動産経営に携わってきた方です。

こうした熊谷寿夫さんをはじめとする出身者や地元の皆さんの善意の後押しがあってこその浮見堂再建です。浮見堂の脇にあった恵比寿像の復活も、サッポロホールディングスさんのご支援などで準備が進められています。これも神明崎の整備に間に合うように進められることでしょう。

震災から8年過ぎてやっと、私たちがよく知る神明崎の風景が戻ってくることになります。18歳まで神明崎の近所で育ったものとして大変ありがたく思っているところです。ご支援、ご協力をいただいている皆さまに心から御礼を申し上げます。」(引用は以上)

関係者の皆様、そして熊谷寿夫さんをはじめ、ご支援、ご協力をいただいている方々にあらためて御礼を。本当にありがとうございます。

(追記)2月17日(日)午後1時50分~3時 /NHK総合テレビ「シリーズ平成 巨大津波の脅威~東日本大震災から8年」 。気仙沼市での巨大津波によって発生した津波火災などを振り返ります。生島ヒロシさんも出演します。 番組サイト

2017年9月1日ブログ「浮見堂の再建」
2018年7月9日ブログ「来夏に浮見堂復活」

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼 熊谷寿夫 浮見堂

小野寺綾 海の鼓動

2月11日のブログで、リアス・アーク美術館で開催中の菊田佳代さんと小野寺綾さんの各個展を紹介しました。本日はその続き。ドイツで収録された小野寺綾さんの映像を紹介します。ゲーテ・インスティトゥート東京(東京ドイツ文化センター)が2014年8月に公開したものです。





タイトルは「Malerin Aya Onodera und der Puls des Meeres 画家小野寺綾と海の鼓動」。和文の映像説明では 〈Puls〉(プルス)を〈鼓動〉としていますが、綾さんの絵画シリーズ〈海の脈〉のことを考えると〈脈拍〉〈脈動〉といったイメージでしょうか。いずれにしても、流れであるとか生命といったことを感じさせる言葉。〈海〉と連なることでさらにそのイメージが強調されています。YouTubeの紹介文を引用しておきましょう。

◎画家 小野寺綾と海の鼓動

画家小野寺綾(1984年生れ)の神秘的な作品は潜在的なものを表出し、夜な夜な夢で私たちを不安にし、昼は言葉を奪う言い知れぬものを現す。彼 女は東京の美術大学を卒業後、2005年ベルリンに来て、ベルリン芸術大学およびライプツィヒとベリアでのレジデンス・アーティストとして研鑽を重ねた。 2011年、東日本大震災で彼女の故郷の気仙沼は津波によってほぼ全壊したが、彼女はこの大惨事を全く個人的な方法で作品化した。小野寺は絵画シリーズ 「海の脈」で、巨大なキャンバスに命の流れを陰鬱かつ強く訴えるように表現している。(引用は以上)

綾さんの作品や表現を、必要以上に気仙沼や震災との関係で語ることは避けるべきと思いますが、映像のなかに震災に関する綾さんの言葉がありました。

〈震災後はものすごく、気仙沼に帰りたかったんだと思います。本当は絵を描ける気持ちではなかったけれど、帰りたいけど、帰っても誰のためにもならないと。自分は自分のやるべきことをやろうと〉それが自分にとってはやはり描くことだったと。なぜ2m×2mという大きなサイズの絵を描いたかというと、自分が絵の中に入りたいなと思ったからだと言います。

映像のつくりや音楽もとてもよかった。東京ドイツ文化センターと綾さんの関係については知りませんが、ドイツでの〈レジデンスプログラム〉など、彼女の活動の支援をしてくださっていたのかもしれません。

それと、アトリエ仲間のニコラス・マネンティさんとのドイツ語と日本語での掛け合いも面白かった。4年ほど前の映像ですが、ニコラスは元気にしてるかな(笑)。

リアス・アーク美術館での小野寺綾さん、菊田佳代さんの各個展については、本日15日の三陸新報コラム/万有流転でも紹介されていましたね。会期は3月17日(日)まで。是非お出かけください。

2月11日ブログ「佳代さんと綾さん」
 

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tag : 小野寺綾 菊田佳代

髙橋阿子の「早瀬」

ちょっと前のことになるのですが、1月22日の三陸新報にうれしい記事が掲載されていました。気仙沼出身の髙橋阿子(あこ)(本名:範子)さんの作品「早瀬」が、第65回 日本伝統工芸展の金工の部で日本工芸会奨励賞を受けたとのこと。


1月22日高橋さん
三陸新報1月22日記事の一部イメージ


私は髙橋さんにお会いしたことがあります。2000年のことかと思うのですが、気仙沼高校在京同窓会が新宿ヒルトンホテルで開催されました。総会後は鼎が浦高校同窓会と合同での懇親会となるのですが、そのときにお会いしたのです。範子さんは、気仙沼中学同級生の高橋正彦君(3年3組)のお姉さんでした。つまり実家は魚町にあった「高橋板金」。

当日は京都から上京しての参加だったと思います。そうした縁を知り、同級生らと新宿のカラオケ屋さんだったかでの2次会にもお誘いしました。たしか京都に戻る電車の都合だったかで途中で退出されたので、メイン道路までお送りしたことをおぼえています。同じ魚町で育った気仙沼小・中の先輩ですから失礼のないようにと(笑)。3学年上の気中17回生だと思います。

高橋さんは、1967年に鼎が浦高校を卒業後、京都市の池坊短大に進学し、稼働を学ぶなかで花器に興味を持ち、この道へ入ったそうです。受賞した作品は蝋型鋳銅花器「早瀬」。高さ28.5cm。記事によれば蝋(ろう)型は鋳金の一種で、蜜蝋や木蝋で原型を作るのが特徴とのこと。

「早瀬」は、自宅近くの加茂川の流れを表現したいとの長年の思いで、約5か月かけて自宅の工房で制作しました。記事に高橋さんのコメントが紹介されています。「ようやく認められたことは、作家として大変うれしい。思ったものを表現できるよう、さらに技術を深めていきたい」と。〈ようやく作家として〉というのは、これまでに入選はしていたものの、入賞はこれが初めてのことだからでしょう。

これまでの髙橋阿子さんの日本工芸会における作品はこちらから。今回の受賞作品を含め10点が紹介されています。すべて蝋型によるもので、伝統的な手法を用いながらも、現代的な感性を静かにまとっているところが持ち味でしょう。

日本伝統工芸展の展覧会は各地を巡回して開催されています。日本橋三越での東京展や仙台三越での仙台展がすでに終了しています。紹介が遅れ申し訳ありません。

髙橋さん、このたびの日本工芸界奨励賞受賞、おめでとうございます。継続しての作家活動と作品に久しぶりに触れることができてうれしく思いました。これからも元気に制作を続けられますように。


なお、髙橋さんの弟さん正彦君が気仙沼市技能功労者として表彰されたことについては、下記のブログに記しました。正彦さんや範子さんの実家「高橋板金工業所」は100年以上続く工場ですが、震災で魚町にあった自宅や工場は全壊し、田谷の倉庫を改築して再開したことなどを紹介しています。

2015年11月27日ブログ「気仙沼の名工表彰」
 

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tag : 髙橋阿子 髙橋板金

3/17のコンサート

3月17日(日)に〈めぐろパーシモンホール〉で開催される東日本大震災復興支援コンサートについては、昨年11月20日のブログで紹介しました。本日は、昨年11月時点では公開されていなかったコンサート案内のリーフレットを紹介します。とはいえ、チケットはすでに完売。あくまでコンサートの内容紹介ということで。


表

裏


◎東日本大震災復興支援コンサート
3月17日(日)
開演14:00(開場は13:30)
めぐろパーシモンホール 小ホール
東京都目黒区八雲1-1-1
最寄駅は、東急東横線「都立大学」

出演:
第1部
気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団による混成楽団
第2部
熊谷育美
目黒区立中目黒小学校合唱団

司会:佐藤千晶

料金:1000円(全席指定/すでに完売)
(チケット収入の一部を被災地に寄付)
主催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団(めぐろパーシモンホール)


このリーフレットの裏面ではじめて知ったのですが、今回のコンサート第1部ではスペシャル吹奏楽団バージョン「はまらいんや踊り」が披露されるそうです。面白い。これは楽しみだ。

そして今回の司会も、もうおなじみの佐藤千晶さんです。あらためて紹介の必要もないのですが、この機会にリーフレットに掲載されている最新プロフィールを引用しておきましょう。

佐藤千晶:
宮城県気仙沼市出身。みなと気仙沼大使/フリーアナウンサー。2008年東日本放送(KHB)に入社。2010年には地元である気仙沼のマグロ漁船の様子を追ったドキュメンタリー『遠洋にまぐろを追って』のナレーションで、第9回ANNアナウンサー賞の『原稿あるもの部門』最高賞である優秀賞を獲得した。2011年名古屋放送に移籍。2014年4月よりフリーに。テレビ、ラジオ、ライフワークとして東北の復興イベントのMCなど、幅広く活躍。文化放送『走れ歌謡曲』木曜パーソナリティも務める。(引用は以上)

佐藤千晶さんと熊谷育美さんは気仙沼市立松岩中学の同級生です。たぶん松岩小も一緒。コンサート当日は、松岩関係者も多数かけつけるのではないでしょうか。

関連企画として気仙沼漁師カレンダー展も。奥山由之さんが撮影した2019年版のカレンダーを未入手の方がいらっしゃれば、実物をながめた上で是非お求めいただければと。

それでは3月17日。会場でお会いしましょう。

2018年11月20日ブログ「2つのコンサート」
 

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tag : 熊谷育美 佐藤千晶

佳代さんと綾さん

本日は美術展のご案内。2月8日の三陸新報に、リアス・アーク美術館で開催される菊田佳代さんと小野寺綾さんそれぞれの個展開催が紹介されていました。記事によれば、ガラス工芸作家・菊田佳代さん(34)と画家・小野寺綾さん(34)は旧 鼎が浦高校の同級生です。

三陸
三陸新報2月8日記事の一部イメージ


両個展とも、東北・北海道在住若手作家を紹介するシリーズ企画「N.E.blood 21」の第68回、第69回として企画されました。N.E.はNorth Eastern/東北・北海道地域を、bloodは血筋・気質・生命・情熱・活力を、21は21世紀、未来をつくるといったことを意味しているそうです。美術館の公式サイト内容などを紹介します。


①vol.68 菊田佳代展

菊田佳代

公式サイトより/個展案内リーフレット表面


菊田さんは、秋田公立美術工芸短期大学工芸美術学科ガラスコース研究生を修了し、現在は気仙沼の自宅に窯を設けて活動しています。覚えている方も多いことと思いますが、菊田佳代さんはこのブログでもご紹介しました。2016年の4月に東京・自由が丘のギャラリーで個展を開催したのです。私も訪れて佳代さんにお会いすることができました。

2016年3月30日「菊田佳代さん個展」

以前のブログにも記しましたが、佳代さんのお母さんは気中同級生 齋藤謙一君(3年3組)のお姉さんのいとこ。謙一君のお父さんのお兄さんの子どもの子ども(笑)。そして、謙一君のお姉さんは、気高同級生鈴木修君(唐桑中)の奥さんです。係累説明はこれくらいにしておきましょう。

今回の個展の案内リーフレットを見ていると、自由が丘で拝見したときよりも表現が多彩になっている印象を受けました。これからは、ガラス工芸的技法を生かしながらも、それにとらわれることなくより自由な表現を志向していくのではないかと。

この菊田佳代展については吉田〈ぶっちゃん〉惠子さん(3年8組)からも連絡がありました。〈昔の可愛い教え子です〉とのこと。ピアノを習っていたのでしょう。それともうひとつ。個展案内のリーフレットの作品写真の撮影クレジットに〈Studioアート〉とありました。故 熊谷孝良君(3年3組)の写真スタジオ。シンガーソングライター熊谷育美さんの実家でもあります。なんか佳代さんの周辺には同級生がらみの話が沢山ありますね。そんなことで、今回は2度目の紹介ということもあり、作品よりも周辺エピソードを中心に(笑)。


②vol.69 小野寺綾展

小野寺綾

公式サイトより/個展案内リーフレット表面


そして小野寺綾さん。綾さんは2005年に女子美術大学短期大学部を経てドイツへ渡り、2007年からはベルリン芸術大学造形学部絵画科で学んでいます。2011年度には文化庁の新進芸術家海外研修制度の支援も受けていますので、綾さんの能力、活動に対する評価の高さがわかるでしょう。そして同学卒業後もドイツを拠点に油彩を中心とした絵画作品を制作してきました。2018年からは気仙沼にも拠点を置き、両国での絵画制作を続けています。

私は小野寺さんのお名前を知っておりました。というのも、小山隆市君(3年6組)の三男である小山アキヒロさんが自身のブログで紹介していたからです。中学の同級生とのこと。気中56回生でしょう。また昨年9月には長男裕隆さんのブログでも、南町の塚本八百屋での会食の様子を紹介していました。気楽会メンバーとの親しさがうかがわれます。

2011年3月25日の「気楽会の気仙沼日記」ブログには、アキヒロさんが小野寺綾さんのメッセージを紹介しています。そこには〈気仙沼の家族はなんとか無事でしたが、友達と親戚、大事な人たちを津波で失いました〉とも。

個展案内リーフレットには、「海の脈」シリーズの3点が紹介されています。そのNo.1作品は2011年の作品です。今回の個展では近作を含む作品約20点が紹介されるそうですから、同シリーズの全体を見ることができるでしょう。


ずいぶん長い紹介となってしまいました。各展の紹介は以上としますが、お二人の気仙沼での個展開催は初めてとのこと。また両展は、N.E.blood 21シリーズ開始以来、初めての気仙沼出身、在住作家となります。どうぞ、リアス・アーク美術館での菊田佳代さん、小野寺綾さんお二人の個展に是非お出かけください。なお明日2月12日(火)は祝日の翌日となるため休館となりますのでご注意ください。

なお、本日のブログを書くために調べていたら、小野寺綾さんのドイツでの活動を紹介する東京ドイツ文化センターによる映像がYouTubeで公開されていました。これはあらためての紹介といたします。

(追記)本日11日更新の〈気仙沼ほぼ日〉サユミさんの〈沼のハナヨメ〉に 、〈普段ドイツに住んでる友人アヤちゃん〉として小野寺綾さんがドイツみやげのワッフルを持って登場していました。こちらも是非ご覧ください。

沼のハナヨメ。第175話「海関係」

◎N.E.blood 21
vol.68 菊田佳代展・vol.69 小野寺綾展

開催期日:2月9日〜3月17日(日)
開館時間:9:30〜17:00
休館日 :月・火曜日、祝日の翌日
観覧料 :無料

リアス・アーク美術館/両個展紹介サイト/
 

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tag : 菊田佳代 小野寺綾 リアス・アーク美術館

五大ニュース2018

1月31日の三陸新報に、2018年の「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」の得票結果が紹介されていました。


五大ニュース
三陸新報1月31日記事より


昨年12月28日のブログでも紹介した五大ニュース候補28項目に対しての市民らの投票結果です。見てのとおりの内容ですが、候補を紹介したときの要約内容でも記しておきましょう。

①大島でクマの目撃情報。泳ぐ姿も
②大谷海岸~気仙沼中央IC間が開通
③救急車がトラックに追突し6人が死傷
④向洋高校が7年半ぶりに階上地区へ
⑤生鮮カツオ水揚22年連続日本一確定

⑥気仙沼高と気仙沼西高が統合
⑦新気仙沼図書館がオープン
⑧魚町の防潮堤がミスで22cm高く施工
⑨市の人口が6万5千人を切る
⑩震災行方不明女性の遺骨が遺族に

あれっと思ったのは、3位の「けが人を搬送中の気仙沼署古町出張所の救急車が登米市の三陸道でトラックに追突。患者に付き添っていた女性ら6人が死傷」というニュース。これは候補28項目には入っていませんでした。

補足しておけばこれは、昨年末12月27日の午後2時ごろの事故。付き添いで乗車していた加藤君子さん(56)が死亡しました。テレビニュースで知った人も多いことでしょう。私は、年末でなければ五大ニュース候補にあがるような痛ましい事故だったなと感じておりました。推測ですが、投票用紙に記された候補に事務局の判断で追加されたのでしょう。当然の対応だったと思います。

結果をながめると、三陸沿岸道路のニュースを押さえて、大島に上陸したクマのニュースが1位。三陸新報の記事によれば、クマは中高生から多くの票を集めたそうです。私のトップニュースとした魚町の防潮堤施工ミスは8位でした。クマの半分ほどの得票。

トップニュースとなった大島に向かって泳いだクマさん、その後どうしているのでしょうか。

2018年12月28日のブログ「気仙沼の2018年」
 

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tag : 五大ニュース

カネヒデ吉田商店

一昨日に続いて本日も三陸新報の連載「わが社の屋号」のご紹介。第13回目に同級生が営む会社が紹介されていました。吉田久雄君(3年6組)のカネヒデ吉田商店です。

1月22日カネヒデ2
三陸新報1月22日記事より


カネヒデさんがサメ肉をメインに扱っていることは皆さんご承知のとおりです。ヒレのほか、練り製品用の正肉加工などもおこなっています。今回の記事には、サメを扱うことになったきっかけが記されていました。

久雄君の父親で初代となる吉田秀雄さんが、上京のために乗った汽車でひとりの中国人と出会います。横浜中華街などでフカヒレを扱っていた個人業者でした。秀雄さんが気仙沼出身と知ったその人から「ぜひサメを買い付けして、届けてほしい」と頼まれました。それまでは、幸町でサバやサンマを缶詰工場に運搬する仕事をしていたそうですが、その依頼がその後の商売の大きな転機になったというのです。

もし秀雄さんが汽車のなかで中国人と出会うことがなければ、その後の仕事というか人生も大きく違うものになっていたかもしれません。その善し悪しは誰も知ることができませんが。そして、あれが事業転換の大きな契機となったと振り返ることができるのは、ずいぶん時間が経ってからのことなのでしょう。

記事では住所が川口町となっています。震災で被災した後に、カネヒデさんが仕事を再開したのは、中小企業整備機構が気仙沼市松崎前浜に設けた小規模水産加工業者向けの仮設施設でした。その事業再開は、NHKテレビでも紹介されました。

中小企業整備機構が気仙沼市内に整備したのはこのブログでも紹介したように67施設。店舗(19)、事務所(16)、工場(19)、倉庫(2)、漁業作業場(11)でしたが、このすべての事業が2018年度で終了しました。これに伴う仮設商店街店舗の閉店については説明の必要もないでしょう。カネヒデの川口町での社屋再建がいつだったのか詳しいことはわかりませんが、中小企業整備機構さんのそれまでのご支援などがあってのことだったと思います。

記事の最後に久雄君の長男である吉田健秀さんが紹介されていました。健秀さんはカネヒデの仕事に加えて、株式会社さんりくみらいの設立に参加して、ネット販売サイトの極上市場「三陸未来」の展開にも取り組んでいます。〈さんりくみらい〉については、このブログでも何度も紹介しておりますので、今回は省略。

何年先のことになるのかわかりませんが、カネヒデ吉田商店さんが〈いまこうしてあるのも被災を乗り越えてきたあの日々のおかげ〉と振り返ることができる日の到来を願っております。

2012年5月8日ブログ「吉田久雄君の話」
 

テーマ : 気仙沼
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tag : カネヒデ吉田商店 吉田久雄

「NAMI」と「UMI」

今日は2月4日のブログ「健やかなデザイン」の続きの話。渋谷ヒカリエの8階で開催中の「47都道府県の健やかなデザイン展」の隣接コーナーで、御手洗瑞子さんの「気仙沼ニッティング物語」が陳列販売されていたことを前回お話ししました。そして、もうひとつ気仙沼の商品が置かれていたとも。その商品の陳列写真を紹介します。なお、写真撮影は係の方の許可を得ております。


NAMIとUMI


同級生の小山(斎藤)容子さん(3年5組)の実家でもある角星さんの低アルコール純米吟醸酒「NAMIとUMI」です。ここでお目にかかるとは思ってもみませんでした。発売は2013年ですからもう5年以上も継続しているのですね。

この「NAMIとUMI」も、ほぼ日さんのお力添えがあって生まれた商品です。そのことを2013年11月26日のブログ「NAMIとUMI」で紹介しました。その内容を以下に再掲載します。月日表示に西暦を追記しました。


◎2013年11月26日ブログ
「NAMIとUMI」

(2013年)11月8日のブログで、気仙沼漁師カレンダーがサン・アドの制作と知ってびっくりと書きましたが、夏にも同じようなことがありました。同級生小山(斎藤)容子さん(3年5組)の実家〈角星〉さんが7月に発売した日本酒のデザインがKIGI(キギ)によるものと知り驚いたのです。


角星ウェブサイトより

KIGIは、デザイン会社「ドラフト」で活躍していた二人のアートディレクター植原亮輔さんと渡邉良重さんが昨年(2012年)1月に独立してつくったデザイン事務所。ドラフトが49%を出資していますからドラフト系列ということですね。ドラフトは、宮田識(みやたさとる)さんが率いるクリエイティブカンパニーで、キリンをはじめ多くの仕事が高い評価を得ています。

角星の新しい商品は、低アルコール純米吟醸酒。その誕生の経緯が、ほぼ日の「NAMIとUMIの物語。」に詳しく紹介されています。物語は角星さんがアンカーコーヒーとほぼ日のコラボ商品を見て、ほぼ日に相談したことから始まります。かつてあった〈まなみ〉という低アルコール純米吟醸酒をリニューアルできないかと。そしてほぼ日さんからJR東日本「行くぜ、東北。」などもてがけたCMプランナー高崎卓馬さん、そしてKIGIへとつながり、すごいプロジェクトチームができあがりました。みなさんがなんと〈ボランティア〉でのお手伝いです。

ほぼ日「NAMIとUMIの物語。」

2カ月ほど前に見たデザイン雑誌にもKIGIの記事が掲載されていましたが、そこにも最近の仕事としてこの〈NAMIとUMI〉が紹介されていました。大変注目されているお二人なのです。こうした人たちへの仕事の依頼は、お金を出せば誰でもできるということではないでしょう。あらためて、縁というものの大事さ、ありがたさを感じます。

最後に 〈NAMI〉と〈UMI〉について高崎卓馬さんが書いたコピーを紹介させてください。

ここ気仙沼は、
それでも海と生きていく。
それでも波と生きていく。
なにひとつ忘れずに、
乗り越えていく。
このお酒がその証になりますように。
ナミとウミ。
美しい姉妹の物語をもった
新しくて飲みやすい
低アルコール日本酒を
どうぞよろしくお願いします。

〈ほぼ日〉さんはじめ、関係者の皆様に御礼を申し上げます。ありがとうございました。(再掲載内容は以上)

上記記事にも登場している電通のクリエイティブディレクター高崎卓馬さんについては、つぎのブログでも記しました。

2014年5月12日ブログ「高崎卓馬さんの話」

〈NAMI〉と〈UMI〉は、角星さんのオンラインショップやネットの酒販サイトでも購入可能です。どうぞよろしく。

角星オンラインショップ
 

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tag : 角星 ほぼ日

山利喜商店の屋号

いつも楽しみにしている三陸新報の連載「わが社の屋号」ですが、本ブログでの紹介がちょっとたまってしまいました。そんなことで、本日はまず1月15日の第12回目を。潮見町の山利喜商店さんでした。

山利喜商店
三陸新報1月15日記事より


記事によれば山利喜さんは、昨年4月に社名をそれまでの「前田物産」から変更し、屋号として魚市場で使っていた「山利喜」を社名にして新たなスタートをきりました。「山利喜」は、2代目の前田崇社長(45)の祖父で、かつて、唐桑町で遠洋、近海マグロはえ縄漁業を経営していた前田利喜松さんの名前に由来します。

屋号の「山利喜」は、前田社長の父親の義昭さんが1990年に創業するときに使い始めたとのこと。山印を冠にして、〈利〉の字と〈喜〉の国字である〈㐂〉の組み合わせは、ちょっと複雑ですが、それがかえって面白い。個性的です。

山利喜さんは、震災で、事務所や工場が被災したそうですが、プレハブ仮設を経て、2016年4月に現在地に再建したそうです。前田社長のコメントに〈「山利喜」の屋号には、「利益が出て、みんなが喜べるように」という、商売繁盛の願いが込められているように思います〉とありました。私もとても縁起のよい屋号、社名であると思います。

お父様がその父親の名前から〈利喜〉を頂いてつけた屋号であるという話もとてもいい。創業時の屋号にしても社名変更にしても、いずれも先代、先々代への思い、畏敬の気持ちが感じられます。気持ちのよい記事でした。
 

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tag : 山利喜 屋号

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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