3年前の支援活動

3月11日から2週間経ちました。3年前の3月25日、東京から気仙沼に向け、支援物資をのせたトラックとワゴン車が出発しました。メンバーは、鈴木徳一君(3年3組)、小山達朗君(9組)千葉憲二君(4組)、それと板橋和夫君(9組)に加え、津谷出身のけせもい会メンバー諸橋茂君、協力スタッフの計6名でした。

この気仙沼の同級生支援について、3月27日の河北新報も報じています。

河北2
2011年3月27日付け河北新報記事(クリックで拡大)

当日の支援物資輸送についての小山達朗君のメール内容をこのブログでも紹介しましたが、3年ぶりに再録します。

「3年9組の小山達朗です。とり急ぎご報告させていただきます。3月25日、鈴木徳一君、千葉憲二君の運転するトラックとワゴン車に支援品を満載し気仙沼に向かいました。深夜は吹雪になってしまいましたが、悪天候のなか心待ちにしている気仙沼の皆さんのため、とにかく道を急ぎました。

26日朝7時30分頃に小山隆市君の避難先である古町「貝塚商店」に到着。あいにくの冷たい雨になりましたが、9時30分頃から同級生約30名と吉田大吉先生もお見えになり、また市議会議長の臼井真人君も見えました。10時頃から荷おろしを始め、支援物資の配布を開始しました。

準備した生活品を見ると、みんなの暗い顔が明るい笑顔に変わり、「本当に本当に来て良かった!」との実感が押し寄せ、涙がにじむ感動に言葉もなく胸がつまる思いでした。それからは皆さんから口々にお礼の嵐となり皆で涙を流す再会の場となりました。

私のつたない表現では全部をうまくお伝えできず大変申し訳ありません。とにかく、今回の支援が好評だったことは間違いありませんので、「けせもい会」を中心に在京の方でさらに支援の輪を拡大したく、また、しなければ気仙沼は立ち上がれないと思います。皆さんの支援が希望です。

代表の鈴木徳一さんのお気持ちを代わりにお伝えいたします。今回ご支援をいただいた皆様には心からの感謝を申し上げますと共に今後のご支援とご協力をさらによろしくお願いします。皆様今回は本当にありがとうございました」

達朗君の報告は以上です。
首都圏同年会「けせもい会」の有志による募金と物資調達などによって、この支援活動が実行されたわけですが、あらためてありがたいと感じるのは、津谷中学出身で気仙沼高校同窓の諸橋君の参加です。河北新報記事写真では、米の段ボール箱を持っています。気仙沼中学の同級生を中心とした支援であるにもかかわらず、快く力を貸してくれました。諸橋君は、気高卒業後に防衛大学から進んだ自衛隊幹部としての経歴があります。非常時にあっての彼の協力をほかのメンバーも心強く思ったことでしょう。

この支援活動の報告会を兼ねた会合が新橋でもたれ、〈気中20回生支援会〉という形で活動することを決めたのは4月2日。そしてこのブログを開始したのが4月20日のことになります。その名を〈気中20プラス〉としたのは、気中だけじゃないよという気持ちを込めたのです。

3年前、気仙沼に向かう途上の深夜は吹雪だったとのこと。まだまだ寒い季節だったのですね。気仙沼に向かってくれた6名はもちろんのこと、ご協力いただいたすべての方に、あらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。
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3.11からのヒカリ

昨年の3月11日に行われた「3月11日からのヒカリ」プロジェクトが今年も行われます。そして昨年に引き続き、気中20支援会としてもわずかながら協賛することにいたしました。

HIKARI.jpg

このプロジェクトは、東日本大震災が発生した3月11日に、気仙沼市内湾から日の入り後の夜空に3本のひかりを立ちあげ、世界中の人々の気持ちを寄せ合いながら震災の記憶を刻む碑に、そして私たちの未来を照らす灯にしようというものです。

開催日:2013年3月11日(月)
時 間:18時30分から深夜0時まで
会 場:気仙沼市内湾(鼎が浦)
主 催:3月11日からのヒカリ実行委員会
後 援:気仙沼市 / 気仙沼商工会議所 /河北新報「リアスの風」
   (株)三陸新報社 / K-NET

「3月11日からのヒカリ」公式サイト
 金や協賛について(1口1000円から)
 ゆうちょ銀行振込のほかクレジットカードやコンビニ振込が利用できます。

以下は公式サイトから。

「 光 」
多大な犠牲への追悼を表すとともに、見る人の様々な想いを投影できる根源的なイメージとして静かに夜空 へと立ちあがります。
「 時 」
3月11日18時30分に防災無線から流れる「見上げてごらん夜の星を」のメロディーを合図に点灯し、深夜0時までの約20,000秒を祈りの時として刻みます。
「 場 」
3つの岬で囲まれた気仙沼内湾は、古来より3つの足に支えられた器を意味する「鼎(かなえ)」から「鼎が浦」と呼ばれてきました。そこは山・里・海が1つになって営みを育んできた場所です。

「このイベントはどこかの会場への集客を目的とはしておりません、気仙沼の内湾を望む地域であれば、どこにいてもご覧になっていただけると思います。皆様が生活されている場所から、空を見上げていただけましたら幸いです」


気仙沼の若者を中心としたメンバーで企画・運営されるこのプロジェクト。いろいろと苦労もあるでしょうが、是非成功させて欲しいと思っています。皆さんのご支援もいただければと。よろしくお願いいたします。

「気中20」支援者の皆様のご紹介

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1年と1カ月

毎月11日となると、あれから何カ月と数えてきました。
でもなにか今日は、3月11日からもう一カ月かという気持ち。先月11日は、テレビも新聞も〈震災から一年〉の特集ばかり。気仙沼をはじめ被災現地からの報告などがめじろおしでした。でもその後は、学校や企業の新年度開始、そして気候も春めいてきて。先日の土日は花見で盛り上がったり、なんか被災地復興の声が小さくなっているような。他人のことじゃないよ、自分のことを言ってるんです(笑)。

昨年の今ごろはどうしていたんだろう。ダイアリーからひろってみました。

3月25日 母が避難先のホテル望洋から仙台の兄宅へ
3月28日 義母が東京のわが家へ。5月4日には焼津へ
4月 2日 新橋にて気中20回/けせもい会有志会合

そうでした。4月2日に新橋の店に20人ほどが集まって3月25日のトラックによる同級生支援物資輸送の報告と、今後の支援についての話し合いを持ったのです。そして、4月20日にこのブログを開始。方針については次のように記しました。

「当面の活動方針」

◎気中同級生+その仲間
支援活動の対象は、まずは気中同級生としていますが、私たちには周辺中学校出身の多くの仲間もいます。支援会の活動を現地でも広く伝えると共に、窓口の判断で柔軟な対応ができるようにします。

◎お金・モノ+気持ち
義援金や支援物資の調達は非常に重要ですが残念ながら限界があります。これらに対し、心や気持ちに限りはありません。私たちの仲間を心から支えようとする気持ちをなにより大事にしようと思います。

◎即応的支援+持続的活動
震災直後には生活必需品の供給など現地ニーズに即応する対応が求められました。今後は現地ニーズに的確に応えながら、長期的な視点で、静かではあるけれど仲間を思う熱い心を持ち続けるよう努力します。

小さいかもしれないけれど、一つでも多くのプラスを。ブログ名「気中20+PLUS」(けちゅうにじゅうプラス)には、気中20回卒の同級生を軸に支援の輪をさらに広げていきたいという気持ちと、いつもプラス思考でという自戒の念を込めています。


一年たってもこの方針には変わりありません。というか、一年たった今こそもう一度この方針をみんなで共有したいと強く思います。静かではあるけれど仲間を思う熱い心を。

2011年4月20日ブログ「3月25日支援物資輸送レポート」

毎月11日にご案内しております。
義援金口座情報はここ

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ヒカリへの協賛

2月16日のブログで紹介したプロジェクト「3月11日からのヒカリ」に、私たち気仙沼中学20回生支援会も、ほんのわずかですが協賛することにいたしました。

HIKARI.jpg

協賛の趣旨としてつぎのように記しました。

「震災で亡くなった私たちの大切な人たちの鎮魂と追悼のため、このプロジェクトに協賛いたします。どうぞ、私たちの気持ちがみんなに届きますように」

気中20回生では及川保規君と鷺(庄司)良子さんを失いました。お父さんお母さん、兄弟姉妹、そしておんちゃんおばちゃんなどと数えていくと、本当に多くの人が亡くなっています。気中だけでなくけせもい会の仲間、ほかの中学同窓でも事情は同じでしょう。プロジェクト実行委員会の斉藤道有さんの学年(たぶん気中46回)では7名を失い、いまだ行方不明の方もいるとのことです。

3月11日に、現地気仙沼で追悼したいと強く思いながらも、なかなか難しい。そんなことから、とりあえず気中20として、ここに記すみんなの気持ちを込めての〈ヒカリへの協賛〉です。

(気仙沼中学校)鈴木徳一、板橋和夫、熊谷武敏、菊田裕美、小山達朗、秋山(斉藤)裕子、佐々木(金野)真紀、小田明紀、中井殖、岩淵勉、熊谷薫、斉藤恒四郎、田口(三浦)文男、及川誠、中野美幸、及川喜世隆、千葉正俊、赤崎(斉藤)栄子、児玉(藤田)道子、森(森田)恵子、山本(上田)裕子、清水利恵、斎藤謙一、千葉憲二、秋元(小原木)直義、木下(菊田)郁子、千葉和夫、渡辺まさえ、河野進、玉山司、藤村進、栗原(小野寺)幸恵、龍崎経子、並木(鈴木)美代子、笹野(内海)登記江、佐藤厚、小林(小野寺)幸恵、加藤公明、熊谷和徳、矢崎暢一
(大島中学校)熊谷雅裕(階上中学校)西城健也(津谷中学校)諸橋茂(鹿折中学校)田川耕三(唐桑中学校)鈴木修、村上教行、千葉健二
(知人・友人)洗濯船/吉成由貴子、古今亭志ん弥、ユコラ/宮本優子、伊豆の国市/鈴木貴子、菅原喜平治、ダンさん/渋谷健三、寺田恵子、A5有志/林森三、千田理恵(気中26回)(敬称略)

なお今回のプロジェクト協賛は、当会代表の鈴木徳一、事務局の菊田裕美・斉藤恒四郎・小田明紀で協議、決定いたしました。ご了承ください。

2月16日ブログ「3.11からの光」
「3月11日からのヒカリ」公式サイト

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義援金会計報告

事務局菊田裕美君から義援金についての会計報告がありました。支援会メンバーにはおって詳細を伝えますが、本ブログでも概略をお知らせします。菊田裕美君(3年1組)には、銀行マンの経験をいかしてもらい会計をお願いしております。

3月22日から開始した義援金募集ですが、11月22日までの義援金総額は131万3409円です。支援者数は同級生や知人など56名ですが、毎月など複数回のご支援をいただいている方がいらっしゃり延べ人数は83名となります。

支援者のお名前を記します。

(気仙沼中学校)鈴木徳一、板橋和夫、熊谷武敏、菊田裕美、小山達朗、秋山(斉藤)裕子、佐々木(金野)真紀、小田明紀、中井殖、岩淵勉、熊谷薫、斉藤恒四郎、田口(三浦)文男、及川誠、中野美幸、及川喜世隆、千葉正俊、赤崎(斉藤)栄子、児玉(藤田)道子、森(森田)恵子、山本(上田)裕子、清水利恵、斎藤謙一、千葉憲二、秋元(小原木)直義、木下(菊田)郁子、千葉和夫、渡辺まさえ、河野進、玉山司、藤村進、栗原(小野寺)幸恵、龍崎経子、並木(鈴木)美代子、笹野(内海)登記江、佐藤厚、小林(小野寺)幸恵、加藤公明、熊谷和徳、矢崎暢一
(大島中学校)熊谷雅裕(階上中学校)西城健也(津谷中学校)諸橋茂(鹿折中学校)田川耕三(唐桑中学校)鈴木修、村上教行、千葉健二
(知人・友人)洗濯船/吉成由貴子、古今亭志ん弥、ユコラ/宮本優子、伊豆の国市/鈴木貴子、菅原喜平治、ダンさん/渋谷健三、寺田恵子
(敬称略)

皆様方のご厚意にあらためて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

義援金御振込口座

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22日恵比寿報告

10月22日(土)の東京・恵比寿にての「気仙沼を元気にする会」。当初の定員250名を超える300名以上の参加者で大盛況でした。

気中20からは、斉藤恒四郎、田口(三浦)文男、熊谷薫、岩淵勉、千葉正俊、板橋和夫、児玉(藤田)道子、小田明紀。そしてけせもい会として、唐桑中から鈴木修、千葉健二、村上教行、階上中から西条健也、津谷中から佐藤幸則の皆さんが参加してくれました。正俊君、小田は愛妻同伴。気仙沼からは市議会議長の臼井真人君も来賓として参加しました。

菅原市長やサンマ祭りでお世話になっている目黒区長からの挨拶のあとに参加団体の紹介です。気中20支援会は、会長の鈴木徳一君が所要で参加できず代理で小田より一言。気中20とはいうものの、他中学校も含めた同年生グループ“けせもい会”をベースにした会であること、そしてその趣旨をブログ名の「プラス」に込めたことなどを簡単にお話しいたしました。

会場では、ツイッターやブログなどで名前だけを知っている人達とはじめて顔を合わせたり、先輩や後輩と久しぶりに会ったりと、元気があふれた和やかな雰囲気でした。こうした集まりを持てて本当に良かったなと実感しました。
実行委員会をはじめ、この会の関係者の皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

会った人、聞いた話などは、またあらためて紹介することにして、今日は当日の写真を何枚か紹介しましょう。東京からの応援の気持が少しでも伝わればと思います。

元気1
左:気中20&けせもい会メンバー 右:参加支援団体として一言挨拶
RIMG0354.jpg RIMG0358.jpg
左:立食で歓談、右端は菅原市長 右:左から斉藤、千葉健二、岩淵、小田、熊谷君
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左:左から鈴木、田口、千葉正俊君  右:斉藤、正俊、熊谷、岩淵君
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左:板橋君と臼井真人君 右:実行委員長の小山利英子さん(9学年下の鼎高30回生)

小山隆市君の息子さんのブログにも写真が多数アップされていました。私たちも写っているので紹介します。

ブログ「またたび」

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新・かもめ食堂

今日、駅で目にした「東京ラーメンショー2011」のポスターの出店名のなかに、「気仙沼 新かもめ食堂」の名を発見。
早速ラーメンショーの公式ホームページをのぞいてみると、次の説明がありました。

「気仙沼出身の「ちばき屋」 店主・千葉憲二氏が、地元の復興をかけてプロデュース」

この「東京ラーメンショー2011」は、11月2日(水)から6日(日)まで、東京・駒沢オリンピック公園の中央広場で開催されます。

千葉憲二君(3年4組)は、これまで3度にわたって気仙沼での炊き出しを行ってきましたが、その際にも気仙沼での「新かもめ食堂」構想を語っています。現在、市役所など関係先と相談し、出店する場所も絞られてきているようです。ラーメンショーへの出店は、そのおひろめというか、プロモーションも兼ねているのでしょう。

憲二君は、4月に話してくれた自分の計画の実現に向けて、着々と準備を進めてくれていました。なかなかできないことだと思います。また詳しい話を聞いて紹介しましょう。

ネットで調べていたら、つぎのニュースサイトで、「ラーメンバンク」の大崎裕史さんが、憲二君の還暦を祝った「ちばちゃん百年祭」を紹介していました。300人が集まったそうです。

サイトZAKZAK “ちばちゃん” 父の男気、母の優しさで40年

憲二君は、気中20回生だけでなく、ラーメン業界でも人気者のようです(笑)。

4月28日のブログ「ちばき屋 憲二君の炊き出し」

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7カ月たちました

半年たったのがつい先日のように思うのですが、もう7カ月。
10月7日の記事にACの公共広告のことを書いて、“震災後の数カ月はACの広告ばかりだったのに、いまじゃ、それも遠い昔のこと”と感じました。
落ち着きを取り戻すということと、忘れ去るということは違うはずなのですが。
現実はきびしいね。

さて、10月22日(土)は「気仙沼を元気にする会」。気中20支援会も参加しております。まだ申込みを受け付けているそうなので、ぜひご参加ください。

元気にする会案内状20110920あ

◎気仙沼を元気にする会

日時:10月22日(土) 開会/午前11時 閉会/午後2時 (開場10時30分/乾杯:正午頃)
場所:銀座ライオン・恵比寿ガーデンプレイス店
会費:男性 5,000円 女性 4,000円 ブッフェ形式(立食・着席エリアあり)
申し込み:ホームページ内のお申し込みフォームにて

「気仙沼を元気にする会」ホームページ

お問い合わせ:気仙沼を元気にする会実行委員会事務局
E-mail: genki@ksn-b.com
FAX: 03-6233-6319 TEL: 03-6233-6310 テレパス(株)内


◎支援金口座のご案内
毎月11日には、支援金口座のご案内をいたしております。

支援金口座情報はここから 

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10・22は恵比寿

目黒のさんま祭会場で、気仙沼高校関東同窓会の幹事および事務局長でもある武山健自さんから、「気仙沼を元気にする会」参加のご案内を受けました。
武山さんの実家は魚町の武山米店。昨日のブログで紹介した「気仙沼弁“すったのはげだの”」は彼が書いています。気高46回生ということなので、気中44回生でしょう。

この「気仙沼を元気にする会」は、気仙沼の地域活性化について勉強と提言を行っている気仙沼ビューローの有志を中心に計画したとのこと。気中20支援会も参加団体に名を連ねることにいたしました。

この会の開催は、10月22日(土)午前11時から。場所は東京・恵比寿です。

以下は案内状の内容です。

<元気にする会案内状20110920あ

気仙沼を元気にする会 開催のご案内

あの大震災から既に6ヵ月あまり、気仙沼では復興に懸命ですし、皆様方も各々活動中のことと存じます。それぞれの支援活動に心から敬意を表します。そこで関東在住の気仙沼出身者、縁故者(学校卒業・企業勤務)、気仙沼に特に愛着をお持ちの方などにお集まりいただき、情報交換や活動報告を通じて新しいつながりを生み出し、気仙沼へさらに元気を送りたいと存じます。

日時:10月22日(土) 開会/午前11時 閉会/午後2時 (開場10時30分/乾杯:正午頃)
場所:銀座ライオン・恵比寿ガーデンプレイス店
会費:男性 5,000円 女性 4,000円 ブッフェ形式(立食・着席エリアあり)
申し込み:ホームページ内のお申し込みフォームにて

「気仙沼を元気にする会」ホームページ

お問い合わせ:気仙沼を元気にする会実行委員会事務局
E-mail: genki@ksn-b.com
FAX: 03-6233-6319 TEL: 03-6233-6310 テレパス(株)内


気中20支援会のメンバーで出席できる方は菊田裕美君にメールで連絡してください。
メールアドレスがわからなければ、上記のホームページからお申し込みください。
この会については、またあらためて紹介、ご案内をいたしますが、まずは取り急ぎ。

10月22日、恵比寿で会いましょう。

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煙が目にしみる

18日の日曜日、「目黒のさんま祭」に行ってきました。本日はその報告です。

9時30分からの開会式には気仙沼から菅原茂市長、そして臼井真人(まこと)市議会議長(3年2組)も出席、挨拶を行いました。気仙沼中学・高校の一年先輩、生島博さんとも再会。その後の挨拶では「久しぶりに会った後輩連中が自分より老けているのを見てびっくり」とか言って、笑いをとっていました。

5000尾を用意したというさんま焼きが始まって、気仙沼からやってきているはずの佐々木徹君(3年1組)を探しましたがなかなか見つかりません。煙と炭火の熱気がすごい。そうこうしているうちに、気中20回の仲間はいつのまにか11人も参集。松本英人君(3年11組)などは愛妻同伴です。そして、周辺には気仙沼の先輩、後輩も集まって、なにか同窓会の気分。

そしてやっと発見した徹君を囲んで写真を一枚。佐々木徹君は、気仙沼のあさひ鮨の役員です。南町の本店は津波でやられ、あの場所での早期の再開は難しい状況。徹君は、義兄の村上力男社長を補佐し仙台店ほか各店の運営などにあたっています。

ほかにも東京在住の多くの気仙沼出身者が手伝いにかけつけていたようです。あとで知りましたが、気仙沼震災復興市民委員会に東京から参加している齋藤玲紀さんもサンマ焼き隊として参加していたとのこと。ツイッターで「気仙沼からはバス3台、都内からも多くの出身者が祭りを支えていました。みんな生き生きしていい顔でした」との返信をくれました。良すぎるぐらいのお天気。私たちは紫外線。さんま焼き隊は、遠赤外線でもじっくりやられたはず(笑)。

アトラクションでは、太鼓学舎「ね」の演奏と虎舞いもありました。身体に響いてくるような太鼓の音を聞いていたら、ビールの酔いもあったのでしょうか、ちょっと胸にこみあげるものがありました。

何度もきいたことのあるリズムと旋律。目黒のさんまの煙を浴びながら、気仙沼が元気だったころの港まつりの音と風景を思い出してしまったのです。

Smoke Gets In Your Eyes。煙が目にしみる。

ANNニュース映像(約3分)

投稿動画映像(約15分)



佐々木徹君を囲んで。後列左から4人目の黒Tシャツが徹君。
前列右から3人目は菅原茂市長。



臼井真人市議会議長(左から2人目)と気中20支援会有志

(写真はクリックすると拡大します)

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初心忘れずに

震災から6カ月。このブログは4月20日から始めましたからもうすぐ5カ月となります。4月20日のふたつめの記事に、当面の活動方針として、つぎの内容を掲載しました。

「 4月2日にメンバー有志で集まりをもち、活動報告と今後の方針を相談しました。そこで確認した内容にその後の状況変化などを加味して当面の活動方針を次のようにまとめました。

●気中同級生+その仲間
支援活動の対象は、まずは気中同級生としていますが、私たちには周辺中学校出身の多くの仲間もいます。支援会の活動を現地でも広く伝えると共に、窓口の判断で柔軟な対応ができるようにします。

●お金・モノ+気持ち
義援金や支援物資の調達は非常に重要ですが残念ながら限界があります。これらに対し、心や気持ちに限りはありません。私たちの仲間を心から支えようとする気持ちをなにより大事にしようと思います。

●即応的支援+持続的活動
震災直後には生活必需品の供給など現地ニーズに即応する対応が求められました。今後は現地ニーズに的確に応えながら、長期的な視点で、静かではあるけれど仲間を思う熱い心を持ち続けるよう努力します。

 小さいかもしれないけれど、一つでも多くのプラスを。ブログ名「気中20+PLUS」(けちゅうにじゅうプラス)には、気中20回卒の同級生を軸に支援の輪をさらに広げていきたいという気持ちと、いつもプラス思考でという自戒の念を込めています。 」


以上がその記事内容です。直接的な支援物資の必要性は、当時よりは減っているかもしれませんが、今でも活動の方針としては変わるところはないでしょう。

初心忘るべからず。
4月2日に東京・新橋に有志が集まりこの支援会をたちあげたときの気持ちを忘れないようにしたいと思います。

4月20日第1回目ブログ記事

なお、義援金振込口座も変わっておりません。
三菱東京UFJ銀行 目白駅前支店
普通預金No.0483311 菊田裕美(キクタ ヒロミ)

お振込後、このブログのメールフォーム、あるいは下記メールアドレスに、お名前とメッセージなどお知らせいただければ幸いです。
hiromi.kikuta@softbank.ne.jp

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日経新聞に紹介記事

日本経済新聞6月14日夕刊に、同級生支援活動が紹介されました。
見出しは「還暦同窓生 物資支援の輪」。

記事内容を少しつまんで紹介します。

「 宮城県気仙沼市の気仙沼中学校を1966年度に卒業し還暦を迎えた人々のネットワークが、古里で被災した同窓生の支援を続けている。40年以上を経て国内や海外に散らばった仲間から届く物資を、自らも被災した男性が窓口となって配布。『仲間の熱い気持ちを受け勇気が出た』と、男性は失意のどん底から生活再建へ動き始めた。(略)

物資を送ったのは首都圏や仙台市、盛岡市、フランスなどに住む『気仙沼中20回生』。届いた物資は小山さんが気仙沼市内の同窓生約50人に配っている。(略)

何も手に付かない状態だった3月下旬、首都圏の同窓生6人が、食料品などを積んで駆けつけてきた。2月に約200人が集まり還暦祝いの同窓会を開いたばかり。避難先で顔を合わせた時はしばらく言葉が出なかった。『よく頑張った』『俺は生きてるぞ』。全員で泣いた。」 (以上、日本経済新聞記事より)

日経記事
日本経済新聞6月14日夕刊(クリックで拡大)

写真で隆ちゃんが手にしているのは、支援者の方々の名も記された配布チラシです。
みんなの気持ちが伝わっていると思います。

「気中20」の配布チラシはこれ(クリックで拡大)
気中20現地配布ビラ

3月の支援活動についてはここに

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21日の写真レポート

5月21日の支援活動については、板橋君からの報告をすでに紹介していますが、現地連絡所をお願いしている小山隆市君の気仙沼ネットデリバリー「気仙沼トピックス」に当日の写真が掲載されています。
以前も書きましたが、隆ちゃんのトピックスは更新されると前の記事が読めなくなりますので、今のうちに是非。

4枚の写真がありますが、1枚目の左から支援会の板橋君、鈴木君、そして現地福寿水産の臼井弘君。3枚目の左は、澤井充君です。

板橋君の報告にもありましたが、隆市君の文章でも町のにおいについて書かれています。東京もずいぶん暑い日も増え、気仙沼での梅雨や夏の到来による状況の悪化が本当に心配です。

21日の支援活動写真は、ここから

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5月21日支援活動報告

5月21日、鈴木徳一君、板橋和夫君ふたりが、気仙沼に支援物資を運びました。板橋君からの報告が入りましたので、紹介します。

「5月21日(土)。早朝7時頃に気仙沼に着き、鹿折側から市内に入りました。鹿折の風景は、前回3月25日に見た景色と変わりなく、片付けがまったくされていないことに驚かされました。
魚町、南町、三日町は倒壊した建物は別として道路については瓦礫がかたづけられています。魚市場方面には、満潮時なのか地盤沈下のせいかわかりませんが水が地上に上がっており、行くことができませんでした。

その後、8時頃に古町の貝塚商店に行き、皆さんから預かった様々な支援品をわたしました。
手伝いにきてくれた人は、澤井充君、臼井弘君、長谷川好美君、斎藤みゆきさん、昆野牧恵さん、武山美加さん、荒木容子さん、萩原実木枝さん、坂本紀代子さん、中沢智代子さんたちです。それと鹿折から千尋君も来てくれました。みんな大変喜んでくれて、皆さんによろしく伝えてくださいとのことでした。
気仙沼の同級生たちに代わり、御礼申し上げます。

5月22日(日)。気仙沼港にてサルベージ船による壊滅船の撤去作業が行われるとのことです。町には悪臭がただよっています。斎藤みゆきさんは、冷凍物のイカやサンマが倉庫から流されて民家のなかにも入り込むなどして腐敗し悪臭のもとになっていると話していました。
弘ちゃんも「観音寺にメカジキが上がっていたりするよ。自宅前の岸壁の海底も10数メートルえぐられた。今までにない菌が出てきたり、新しい病気が発生しないか心配だ」と話していました。
千葉恵子さんとも会いました。自宅を流され瓦礫どころか住居の基礎しか残っていないとのこと。また、自宅の前方を走っていた気仙沼線の線路が川を越えて自宅の後方にあるが、どのように移動したのか本当に不思議だと語っていました。

みんな中学のころと変わらない口調で淡々と話してくれるのですが、その内容にはただただ驚くばかりです。」

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案内はがきを発送

この気中20支援会は、首都圏在住の気中20回生によるグループですが、けせもい会メンバーをはじめメールアドレスがわかっている人以外には連絡をつけにくいのが実情です。
そこで、高校同窓会名簿ほかで住所が確認できた43名の同級生に対し、つぎのような案内はがきを5月3日に発送しました。(こうしたはがきも「DM/ダイレクトメール」っていうのかね(微笑)。
はがきol [更新済み] はがき内容はクリックすると拡大できます

首都圏以外の同級生や知り合いなど少しでも多くの人に、支援会の活動を知らせていただければと思います。ご協力、よろしくお願いいたします。

なお、私は本日6日から8日まで気仙沼に行ってきますので、ちょっとブログ休みます。

テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

同級生からの報告紹介

この連休中に気仙沼に行った同級生からの報告が入っていますので、紹介します。

清水利恵君(3年2組)
4月29日、支援品を小山隆一君のところに届けてきました。市内の道路は一部瓦礫が撤去されていました。道路上は大丈夫みたいですが、地盤沈下のため、通行止めのところがありました。まだまだ、復旧までは時間がかかりそうですね。また気仙沼に行くときがあれば、連絡いたします。

佐々木(金野)真紀さん(3年6組)
5月1日の朝4時に出発し、渋滞もなく11時頃到着。早速貝塚商店に行き、頼まれていたトイレットペーパーとティッシュ、それとすこしだけ手造りしたバッグと老眼鏡を隆市君に渡しました。貝塚商店の中は本当に雑貨屋さんのようで、みなさんからの支援物資が見やすいように分別して置いてありました。
スーパーに買い物に行ったら5組の渡辺まさ子さんに声を掛けられ、「支援物資、本当に助かった」といわれました。皆さんに宜しくとの事です。
直接支援物資が届いた人の声が聞けて良かったなと思いました。微力ながらこれからも応援してゆきたいですね。


みなさん、ありがとうございました。
ほかにも気仙沼に行かれた方がいると思います。ぜひ様子をお知らせください。

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ちばき屋 憲二君の炊き出し

千葉憲二君(3年4組)がおこなった気仙沼での炊き出しの様子が送られてきました。
4月9日(土)、気仙沼市民会館で午前10時30分から午後4時30分まで、ラーメン1500食、中華がゆ500食、鳥ちゃんこ500食を避難所の皆さんに提供しました。

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(下段左)けせもい会の薫君もヘルプ(同中央)右は菅原茂市長(同右)終了時の挨拶(右端が憲二君)

憲二君は皆さんご存知のとおり、ラーメンの有名店「ちばき屋」を展開し、この世界ではいまや重鎮。日本ラーメン協会の理事長でもあります。今回の炊き出しでも13店舗の方々に協力をいただいたそうです。
6月中旬頃には2回目の炊き出しを計画しており、今後も年3~4回実行できればと語っています。炊き出しの様子は、4月21日夕方のフジテレビ系列ニュース番組でも紹介されました。

今後の構想として憲二君は、気仙沼に仮称「新かもめ食堂」を開き、雇用創出などの復興に協力できないかとも考えているとのことです。「かもめ食堂」。気仙沼出身の我々には実になつかしい名前ですね。

10年前の情報ですが、憲二君と「ちばき屋」ストーリーがここに紹介されています。
日本ラーメン協会のHPはこちら


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現地配布ビラ作成

気仙沼現地の同級生に私たちの支援活動を知ってもらうために、ビラをつくりました。200枚ほどプリントして今日にでも気仙沼の隆市君のところに送ります。
まだこの活動を知らない人もいるでしょうから、ビラを通じて少しでも助けになればと思っています。

気中20現地配布ビラ

配布ビラでは、このブログの紹介もしていますが、実際にはパソコンを使える環境にない人も多いと思います。
昨日、隆市君と電話で話しましたが、自分のパソコンを津波で流されてしまい、いまは知人からわずかな時間だけ借りて使っているとのことでした。こうした情報機器の支援もいそぎ検討します。

余談ですが、「気中20」のタイトルロゴはわたくし小田が作成しました。
はじめは既成書体を使ってみたのですが、「気」という字がなんかバランスが悪く感じられ、結局は書き文字としました。
数字の「2」が少し頭でっかちですが、作者に似たのでしょうか。まずはご愛嬌ということで。よろしく。


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3月25日支援物資輸送レポート

 当日の支援物資輸送について、小山達朗君のメール報告内容を再録します。支援チームは、達朗君と徳一君(3組)、憲二君(4組)、それと板橋和夫君(9組)に加え、津谷出身のけせもい会メンバー諸橋茂君、協力スタッフの計6名でした。

 3年9組の小山達朗です。とり急ぎご報告させていただきます。3月25日、鈴木徳一君、千葉憲二君の運転するトラック2台に支援品を満載し気仙沼に向かいました。深夜は吹雪になってしまいましたが、悪天候のなか心待ちにしている気仙沼の皆さんのため、とにかく道を急ぎました。
 26日朝7時30分頃に小山隆市君の避難先である古町「貝塚商店」に到着。あいにくの冷たい雨になりましたが、9時30分頃から同級生約30名と吉田大吉先生もお見えになり、また市議会議長の臼井真人君も見えました。10時頃から荷おろしを始め、支援物資の配布を開始しました。準備した生活品を見ると、みんなの暗い顔が明るい笑顔に変わり、「本当に本当に来て良かった!」との実感が押し寄せ、涙がにじむ感動に言葉もなく胸がつまる思いでした。それからは皆さんから口々にお礼の嵐となり皆で涙を流す再会の場となりました。

 私のつたない表現では全部をうまくお伝えできず大変申し訳ありません。とにかく、今回の支援が好評だったことは間違いありませんので、「けせもい会」を中心に在京の方でさらに支援の輪を拡大したく、また、しなければ気仙沼は立ち上がれないと思います。皆さんの支援が希望です。
 代表の鈴木徳一さんのお気持ちを代わりにお伝えいたします。今回ご支援をいただいた皆様には心からの感謝を申し上げますと共に今後のご支援とご協力をさらによろしくお願いします。皆様今回は本当にありがとうございました。
 なお当日は、河北新報とテレビ朝日(Jチャンネル)の取材がありました。河北新報の記事を添付しましたので是非ご覧ください。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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