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梶原さん映像講座

NHK朝ドラ「おかえりモネ」の演出陣のおひとり、梶原登城(とき)さんが、気仙沼市民向けの映像スキルアップ講座の講師をつとめてくださるそうです。5月7日の三陸新報はつぎのように伝えています。


映像講座
三陸新報 5月7日記事より


この講座については、5月2日に市から発表されました。市のLINEでは3日に。正式な講座名は「クオリティが劇的に上がる!プロから学ぶ映像制作スキルアップ講座」です。ちょっと長い。

発表資料によれば、気仙沼市の魅力を動画で発信していくことを目的としているようです。NHK のディレクションノウハウをベースとしたカリキュラムで、PRビデオ制作などの実践講座を通して、企画から撮影、編集のコツをプロがレクチャーするとのこと。

市の募集内容から主要内容を紹介します。詳しくはつぎの市サイトをご覧ください。

気仙沼市サイト/募集内容

開催日時:
令和5年6月から令和6年3月まで。毎月第3土曜日(計10回・うち5回は土日開催)
場所:リアス・アーク美術館 3階
内容:企画方法、撮影・編集の基本的操作、演出指導など
講師:NHK第3制作センターエキスパート 梶原登城さん
地元講師:リアス・アーク美術館館長 山内宏泰さん
応募方法:googleフォームに必要事項を入力のうえ、ご応募ください。
こちらをクリック(外部サイトにリンクします)
募集人数:最大14名(先着順)
応募多数の場合、応募内容による選考があります。あらかじめご了承ください。

以下の条件にすべて該当・ご了承いただいたうえでご応募ください。

・市内在住であること
・年齢が15歳から60歳であること(令和5年4月1日現在)
・原則として全講座に出席可能であること
・動画撮影に適したカメラおよび動画編集のできるノートパソコン(PC)の持参が可能であること
・編集ソフトをお持ちでない場合は、当方で指定する無料ソフトをインストールすること

カメラおよびPCの性能基準については上記googleフォームに掲載しています

問い合わせ先:気仙沼市産業部 観光課 観光係
電話番号:0226-22-3438

(募集内容は以上)

梶原登城さんは昨年11月3日に、トークイベント「教えて!梶原監督〜ドラマはこうして作られる」にも登場してくださいました。参加申込が多数となって、当初予定にはなかったオンラインでの試聴も可能に。おかげで私も梶原さんの話を聴くことができたのです。その内容などはつぎのブログで紹介しました。

2022年12月16日ブログ「梶原登城さんの話」

募集人数は最大14名とのことで先着順とはしてありますが、応募多数の場合は応募内容により選考があるとのことです。〈プロ中のプロ〉梶原登城さんから映像制作のテクニックを学ぶことができるというまたとない機会です。機材ほか条件を満たし、〈本気を出せる〉かたは応募してみてはいかがでしょう。

最後になりましたが、梶原さんをはじめNHKさんほか関係者の皆さまのご厚意に御礼を申し上げます。本当にいつもありがとうございます。

梶原登城さん、またお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 梶原登城おかえりモネ

梶原登城さんの話

11月3日にNHK朝ドラ「おかえりモネ」の演出陣のおひとり、梶原登城(かじわらとき)さんのトークイベントが気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(PIER7)で開催されました。イベント内容や昨年11月の気仙沼スローフェスタ2021でのシンポジウム「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」での梶原さんの講演内容はつぎのブログで紹介しました。

10月25日ブログ「教えて!梶原さん」

このトークイベントは参加申し込みが多数にのぼり、当初は予定になかったオンライン配信もされて私も視聴することができました。準備なども大変だったと思います。関係者の皆さまありがとうございました。

本日は、その梶原登城さんの話について。話を聞きながらメモをとり、記事のおおよそについて既に書いてはいたのです。しかし梶原さんの話に触発されて感じることや思うところ多く、書き足そうと思っておりました。そんなこんなしているうちに気仙沼からは初雪の便りが届いたりして。ということでの本日の紹介です。


◎イベントに関する新聞報道

11月4日の三陸新報は梶原さんのトークイベントについてつぎのように伝えています。


梶原さん

三陸新報11月4日記事の一部イメージ

また、11月4日の河北新報オンラインも記事を配信していました。


◎「震災」という言葉

三陸新報の記事で、梶原さんは脚本家の安達奈緒子さんがドラマ中盤まで「震災」という言葉を使えなかったことに触れ、「安達さんは、震災を経験していないことに引け目を感じ、軽々しく使用できずにいた」と書いていますが、私の印象はちょっと違います。「引け目」という言葉を使ったかどうかわかりませんが、ニュアンスとしては、震災を直接的に経験していない自分(たち)が、東日本大震災をドラマで描くときに、「震災」という言葉を慎重に使いたかったということではないかと。

ドラマで描くのは震災そのものではなくて、震災が「おかえりモネ」の登場人物にあたえた変化や影響、その光と影であると。そして、それを脚本とするときに、「震災」という言葉をたやすく使ってはいけないと考えていたのだろうと思いました。

安達さんがドラマのなかで「震災」という言葉を初めて使ったのは第16週だったそうです。それまでは「あの日」とか「あの時」など。

この第16週というのは、2021年8月30日〜9月3日放送回。タイトルは「若き者たち」です。この第16週中9月1日放送の78回についてはつぎのブログで書きました。

2021年9月14日ブログ「若き者たちの言葉」

汐見湯でモネの幼なじみ5人とみーちゃんが、UFOの話でもりあがります。そのなかで三生が泣きながら「ねえ、俺ら、もう普通に笑おうよ」と語るのです。説明不要の印象的な場面。そして、この第16週放送で、「震災」という言葉が初めて使われたのです。


◎浅野さんの押印場面

三陸新報記事では、浅野忠信さんが演ずる信次が、妻の美波(坂井真紀さん)の死亡届に判を押すシーンが一発録りだったことを、〈ものすごい緊張感の中での撮影だった〉との梶原さんの言葉とともに紹介していました。

私の記憶でこれを補足すると、浅野さんは信次を〈演じている〉というよりも〈重なっている〉といってよく、このシーンの演技について梶原さんは浅野さんにおまかせしたと。たとえば、涙を流してほしいといったお願いもせず、涙が流れなくてもいいし流れてもよしということだったようです。

河北新報の記事では、〈梶原さんは「浅野さんが感じた通りに演じてほしい」と伝えたといい、「役者を信じることも演出では大切だ」と語った〉としています。

この場面のことをいま書いていて、津波で行方不明になっている信次の妻の名が〈美波〉であることに驚きました。当然のことながら、この名前の設定にも安達さんの意図というか込めたストーリーがあるのでしょう。〈三生〉にしても。


◎二人の越えられないライン

第4週「みーちゃんとカキ」で、お盆に帰省したモネとカキの研究に没頭する妹の未知/みーちゃんとの厳しいやりとりのことについても話されました。

梶原さんがこの場面で清原果耶さんと蒔田彩珠さんにお願いしたことはひとつ、お互いの距離を近づけないことだったそうです。二人の〈対比〉〈越えられないライン〉やそれぞれの〈孤独〉、つまりは(仏教などにおける)〈結界〉の表現として。

これを聞いて、なるほどなあと思いました。演出する側のキーワードというかコンセプトワードが〈結界〉だったのかと。


◎絶望の前の希望

印象に残ったのは梶原さんが語っていた〈絶望の前の希望〉という言葉。その希望の表現のひとつが、ゆずまつりのときに亀山でモネたち吹奏楽部が演奏した音楽「アメリカンパトロール」です。

その後の絶望。2011年夏、父がモネに語ります。〈あのさ。どうだろう。まだ(また)、吹いでみないが〉と。音楽とか、そういうのがこれから大事になってくるんじゃないかと。これに対するモネの言葉を梶原さんがテロップで紹介します。

百音「ちがうよ、お父さん」 
不意にサラリと。百音が言葉を吐く。
百音「音楽なんか、なんの役にもたたないよ」

ここは思い出すとぐっとくる。

絶望と希望/父と娘/姉と妹/祖父と孫娘。そうした対比的な関係と全体的な〈循環〉のイメージがドラマの基調としてあったのかなと。気仙沼/登米にしても同様に。

梶原さんの話のなかで、〈コインの裏表〉という言葉が何度かつかわれましたが、この対比関係についての象徴的なイメージとしてのコインなのでしょう。裏と表ではあるけれど、一枚のコインです。


◎バタフライエフェクト

梶原さんは、気象学者エドワード・ローレンツの「バタフライエフェクト(バタフライ効果)」の話を引用していました。梶原さんはたしか、〈中国で一匹の蝶がはばたくとアメリカで嵐が〉といったように紹介していたかと(もともとのローレンツの表現は、北京とテキサスとも)。

ドラマのなかで、この「バタフライエフェクト」という言葉が登場することがあったかどうか。たぶんなかったと思うのですが、森・川・海の連鎖や連環、そして気象の〈循環〉のイメージの背景にローレンツの言葉があったのですね。


◎ドラマがたちあがっていく

梶原さんは、ドラマづくりのステップにそって話してくださいました。初期ステップのロケーションハンティング(ロケハン)などの話も興味深いものでした。

初期においては、脚本を担当する安達奈緒子さんと演出陣とさまざまなやりとりはするものの、このドラマをどのようなものにするかまだ明確にはなっていないのです。しかし、ある時期に〈ドラマがたちあがっていく〉感覚をおぼえたといいます。

いいですよね、こういう感覚。制作陣の醍醐味といったところでしょうか。だからやめられないのでしょう。


◎新型コロナ

たしか質問に答えるかたちだったと思いますが、新型コロナについては、直接的にドラマのなかに取り込むことはしていないと梶原さんは語っています。ただし、途中から菅沼先生の専門領域が呼吸器であることが明らかにされたり、(最終回だったでしょうか)菅波先生が急に電話で呼び出されるシーンは、人によっては新型コロナ対応を連想するかもしれないと。


このほか、なにか書きたいことがあったはずなのですが、ちょっと思い出せない。この辺にしておきましょう。

梶原さんの話の根底に感じたのは、演技者や脚本家の皆さんに対する信頼とかリスペクトということです。その前提となっているのは、信頼できる方々をキャスティングしているのでしょう。そして、その信頼感をあらゆる局面で相手に伝えているのだと思います。それが梶原さんの演出術というか仕事の基本としてあるのではないかと。

梶原さん、お忙しいなかにあって、気仙沼での貴重なお話、ありがとうございました。オンライン配信のおかげで東京でも視聴することができたのはなによりのことでした。大変遅くなりましたが、心からお礼を申し上げます。これからの気仙沼も、どうぞよろしくお願いいたします。

◎参考

梶原さんのお話のなかで、演出陣のチーフである一木正恵(いちきまさえ)さんのお名前が一度登場しました。一木さんの演出回についての質問があったときだと思います。一木さんについては何度かブログに書いておりますが、その中からつぎのリンクをご参考まで。

2021年10月25日ブログ 一木さんの「note」

 

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tag : 梶原登城おかえりモネ

教えて!梶原さん

「おかえりモネ」の演出陣のおひとり、梶原登城(かじわらとき)さんをお招きしてのトークイベントが11月3日にPIER7で開催されます。「ドラマはこうして作られる」 演出のお仕事大公開トークイベント。


イメージ5


日時: 11月3日(木・祝) 13:00〜15:00(開場12:30)
場所:気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(PIER7)2階 軽運動場
スピーカー:NHK 第3制作センター エキスパート 梶原登城氏
定員:100名
申込:下記の参加申込フォームから(残念ながらすでに定員に達し、申込を締め切ったとのことです)
入場無料

参加申込フォーム

詳細は「気仙沼さ来てけらいん」にて


◎1年前の梶原さんのお話

梶原さんは、昨年11月の気仙沼スローフェスタ2021でのシンポジウム「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」でも講演してくださいました。

講演内容をつぎのふたつのブログで紹介しております。それぞれの記事で三陸新報と河北新報の記事を引用していました。記事部分を抜粋して紹介します。

2021年11月9日ブログ「伝えたかったもの」

三陸新報記事の引用内容。

〈ドラマで伝えたかったことに関して、梶原さんは「今は何でも高速社会で、すぐに結果を求めてしまいます。でも、ゆっくりでいいということを言い続けてきた。人を否定しない寛容さのようなものが伝わっていたらいいなと思う」と語り、「『あなたの痛みは分かりません。でも分かりたいと思っています』という菅波(坂口健太郎さん)のセリフに、脚本の安達(奈緒子)さんや私たちの思いが集約されている」と締めくくった。〉引用は以上

2021年11月15日ブログ「梶原登城さんの話」

河北新報記事の引用内容。

〈 梶原さんらは舞台地選定で石巻市や名取市など沿岸部を巡り、2019年12月に気仙沼市を訪問。大島・亀山からの眺望で「ここだな」と直感したという。島内で取材を進め、東日本大震災時に孤立したエピソードなどを軸に物語が形成されたと明かした。

震災時に島にいなかった主人公・永浦百音(ももね)(モネ)と、島で被災した妹・未知の仲直りが当初からゴールだったという。「人を否定しない、ある種の寛容さ(の大切さ)をじわっとでも感じてほしかった」と込めたメッセージを説いた。〉引用は以上。



「おかえりモネ」に深く関わった梶原登城さんが昨年に続いて今年もこうして気仙沼でお話をしてくださることを知り、大変うれしく思っております。

なお、昨年11月時点で梶原さんはNHK制作局第4制作ユニットチーフディレクターでしたが、今回は、第3制作センター エキスパートとなっています。昇進されていますね。きっと。

梶原さん、本当にいろいろとありがとうございます。11月3日文化の日。どうぞよろしくお願いいたします

◎参考情報

「おかえりモネ」の制作や演出に関わった一木正恵さんと吉永証さんについては、つぎのブログで紹介しております。

2021年8月13日ブログ「一木さんへの御礼」
2022年2月25日ブログ「NHKの吉永証さん」
 

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tag : おかえりモネ梶原登城

楽しみすぎる日記

NHKの朝ドラ「おかえりモネ」の放送開始は2021年5月17日、終了が10月29日でした。全24週/全120回。いま、気仙沼の「海の市」で、同ドラマをイラストと文章で紹介した「おかえりモネが楽しみすぎる日記」のパネルを展示しているそうです。「気仙沼さ来てけらいんWEB」がつぎのように紹介していました。


8月21日の三陸新報にも紹介記事が掲載されていました。スタンプラリーとパネル展示を紹介しています。


パネル展

三陸新報8月21日記事の一部イメージ



この三陸新報の記事では、「おかえりモネが楽しみすぎる日記」は〈熱烈なドラマファンでもある市内のイラストレーター・サユミさんが昨年の放送期間中、毎日のドラマをイラストで振り返りながら感想をネットで発信した〉と紹介しています。気中20ブログをお読みいただいている方はすでにご存じのことでしょう。


私は2021年11月に、「おかえりモネ」の放送終了とともに終わった「おかえりモネが楽しみすぎる日記」の連載について、ブログ記事といたしました。本日はその内容を再掲します。


2021年11月1日ブログ再掲

◎サユミさんの「日記」

NHK「おかえりモネ」がおわってしまいましたね。放送開始が5月17日でしたから10月29日までの全24週/全120回でした。

もうひとつおわってしまって残念なのが、気仙沼観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」で連載されていた「おかえりモネが楽しみすぎる日記」です。1週間分のドラマ各回を、「サユミ」さんがイラストと文で紹介してくれました。「気仙沼クルーカード」アプリでの先行配信をご覧になっていた方も多いことでしょう。


第1回

2020年6月11日更新 初回画面より(画像クリックでジャンプ)


サユミさんは月曜から金曜まで、毎回しっかりとこのドラマを見て、読み込んで絵を描き文章をつづってきたわけです。全120回分と放送開始前の14回。すごいですよね。

私は毎週、この〈日記〉を読んで、なるほどなあと感心することばかりでした。たとえばと、その一例を紹介しようとも思ったのですがやめました。読んでいただければ、ドラマ理解と表現の彩度と深度がすぐにわかるでしょう。

私はおかえりモネの重要回は録画を消さずにおります。放送は終了しましたが、これからはサユミさんの「楽しみすぎる日記」を復習しながら、ドラマの展開を振り返ってみようと思っています。和田誠さん流にいえば〈お楽しみはこれからだ〉。

サイト「気仙沼さ来てけらいん」のつぎの一覧から全24週分と放送開始前14回分を見ることができます。

気仙沼さ来てけらいん/モネ日記

◎沼のハナヨメ。

ちょうど6年前、2015年11月1日にサユミさんの連載記事が始まりました。ほぼ日さん「気仙沼のほぼ日」での「沼のハナヨメ。」です。当時、サユミさんは気仙沼のほぼ日に勤務していました。最終回212話は、4年後の2019年。これも11月1日。

この連載もすごかったですね。楽しかった。「楽しみすぎる日記」と作風はことなりますが、その違いにサユミさんの表現の試行錯誤が感じられます。切磋琢磨というべきか。

「沼のハナヨメ。」はいまでも楽しむことができます。ほぼ日さんのご厚意によるものでしょう。つぎの一覧からぜひに。

「沼のハナヨメ。」全212話一覧

サユミさん、すばらしい「日記」の連載、本当にご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。なにかまた新しい連載の開始を楽しみにしております。


再掲内容は以上です。


気仙沼「海の市」で昨年7月11日からおこなわれている「おかえりモネ展」は本年10月31日まで。残り2カ月ちょっとですね。

そして「楽しみすぎる日記」のパネル展示は8月末まで。あと1週間ちょっと。どうぞお出かけください。
 

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tag : おかえりモネサユミ

亀山モノレール前進

気仙沼大島の亀山でのモノレール計画についてはこれまでもお伝えしてきました。かなり具体的に話になってきてはいましたが、国の復興事業として認められないなど財源確保が課題とされていました。

しかし、設計や造成工事に国の交付金があてられるめどがたち、計画が大きく前進しそうです。6月4日の三陸新報が伝えてくれました。


リフト

三陸新報6月4日記事の一部イメージ


記事には市提供の斜行エレベーター(モノレール)の整備イメージCGが紹介されています。三陸新報のネットサイトニュースにはカラーそして左右のトリミングなしで紹介されていましたので、これを拝借。


カラーcg

三陸新報ウェブサイトより


右上方に浦の浜、左上方の奥に小田の浜、手前に田中浜ですね。どこまで正確な展望想像図なのかわかりませんが、私の記憶からしてもかなり期待できる眺望です。もしかすると市提供のこのCGには上方向、つまり大島の南端、龍舞崎(たつまいざき)なども描かれているのかもしれません。


記事にある「亀山山頂までの輸送ルート図」も拡大して紹介しましょう。

ルート図
三陸新報6月4日記事より


右下の亀山中腹の駐車場が下部乗場です。「S」というのはなんの略ですかね。Stationかな。車両は2両編成で計40人乗りとのこと。

◎国の交付金

記事によれば、気仙沼市が国への要望を伝えた結果、モノレールやレストハウス改修などの全体事業費9億9千万円のうち、半分に内閣府の地方創生拠点整備交付金が充てられるめどがついたとのこと。本年度は、駅舎の設計や造成工事などにかかる3億8千万円(事業費ベース)の交付が決まったそうです。

残りの費用について、市としては過疎債を充当する予定。過疎債は、7割が国から交付税措置されるそうです。そのため、市の実質的な負担額は1億5千万円になる見込みとのこと。

モノレール(斜行エレベーター)の長さは433m。以前のリフトは903mでした。年間維持費は2600万円と試算し、往復運賃は500円に設定。年間5万6千人の利用を見込んでいるそうです。

市としては2024年度の早い時期の開業を目指しています。国の交付金採択を受けた関連予算を6月10日開会の市議会6月定例会に提案するそうです。

記事のなかに〈気仙沼市が国への要望を伝えた結果〉とありました。私は、昨年2021年10月16日に岸田総理が気仙沼を訪れてくださったときのことを思い出しました。これについては日をあらためて。
 

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3年ぶりの植樹祭

「森は海の恋人植樹祭」が6月5日に、例年通り岩手県一関市室根町の矢越山ひこばえの森で開催されるそうです。新型コロナの関係により2年連続で規模を縮小し、一般参加者を交えた開催は3年ぶりのこととなります。5月28日の三陸新報が伝えてくれました。


植樹祭
三陸新報5月28日記事の一部イメージ


記事によれば今回の植樹祭は、ひこばえの森交流センターで午前9時から受け付けとのこと。感染防止のため、参加は新型コロナのワクチンを2回以上接種した人とするそうです。マスクの着用し、受付で接種証明、またはPCR検査の陰性証明などを提示するほか、名前と連絡先の記入、検温をおこなうそうです。参加は無料で雨天決行。軍手を持参くださいとのことです。

記事では主催団体について、〈「森は海の恋人植樹祭」が気仙沼市唐桑町のNPO法人森は海の恋人(畠山重篤理事長)などによる〉と記されていました。〈など〉というのは、室根町第12区自治会が共催しているからです。同自治会の会長は三浦幹夫さんです。

新型コロナの関係で2年連続して関係者のみが参加しての植樹祭でした。この2回の植樹祭についてはつぎのブログで紹介しました。2020年の植樹祭には、その後にNHK「おかえりモネ」の演出陣のひとりとなる一木正恵さんも参加していました。

植樹祭関連ブログのリンクを以下に記しておきます。

◎2020年

2020年6月12日ブログ「梓の木を植える」
2020年6月15日ブログNHK一木正恵さん」

◎2021年

2021年6月9日ブログ「2021年の植樹祭」

いろいろと感染防止対策を施しながらのイベント開催が増えてきましたね。なによりのこと。この流れに水をさすことのないようにしたいですね。

6月5日(日)。天気にも恵まれ、気持ちのよい催しになってくれるよう祈っております。
 

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大島中学校 校歌

気仙沼市立大島中学校は3月20日に閉校し、鹿折中学校と統合しました。閉校を伝える新聞記事の見出しには〈75年の歴史に幕〉と。つぎのブログで紹介しております。

3月23日ブログ「大島中学校が閉校」

統合後の鹿折中学の校歌や校章はそれまでの鹿折中のものを継承します。そのため、3月23日の閉校式で歌われた校歌は、在校生が歌う大島中学最後の斉唱となりました。

大島中学校の校歌は、2015年4月28日のブログで紹介したことがあります。そこでは三陸新報のシリーズ記事「学校紹介」に掲載されていたつぎの校歌画像を紹介しました。

大島中学校歌
2015年4月26日付け三陸新報より

2015年4月28日「大島中学校の校歌」

本日は、画像ではなくテキストとして正しい歌詞を紹介します。〈正しい歌詞〉とした理由はのちほど。


◎大島中学校 校歌

作詞 水上不二
作曲 芥川也寸志



波におどる太陽
かもめは雲と羽ばたく
太平洋 朝をよぶ風 この空
みどりの亀山 松の歴史
創造ひとえに われら学ばん
大島中学 理想ははるけし



窓ににおう黒潮
しぶきは虹と噴きたつ
太平洋 岩に咲くゆり この空
世界のくぐなり 砂のリズム
友愛いよいよ われら磨かん
大島中学 生気は満ちたり



沖にあがる歌声
電波は夢を織りなす
太平洋 星へとぶ魚 この空
真珠の灯台 海のしるべ
前進日に夜に われら励まん
大島中学 未来ははてなし


今回この記事を書くにあたって、YouTubeにあがっていた大島中校歌の動画を見てみました。三陸新報記事の歌詞と見比べながら聞いたのですが、一か所違っているところがありました。3番の1行目にある「歓声」が動画では「歌声」になっています。

これは「歓声」を「うたごえ」と読ませたのだろうか。ネットにまだある大島中学校のサイトを調べてみると、正解は「歌声」でした。ほかにも大島公民館だより令和4年3月号でも「歌声」。三陸新報の誤記だったのですね。当方の確認不足をお詫びします。ということで上掲の校歌歌詞では正しく直しました。


◎作曲は芥川也寸志さん

作詞は大島出身の水上不二(みずかみふじ)さん。そして作曲は芥川也寸志(あくたがわやすし)さん。芥川龍之介の三男です。

芥川さんは、この校歌発表会のために大島を訪れてくれました。「気仙沼文化史年表」にはつぎのように記されています。

昭和32(1957)年4月21日
大島中学校歌発表会、歌指導に音楽家芥川也寸志来る

さらにその26年後にも気仙沼へ。大島に立ち寄ったかどうかはわかりません。

昭和58(1983)年5月18日
芥川也寸志を招き宮城フィルの夕べ開かれる。

芥川也寸志さんは、1983年に宮城フィルハーモニー協会(現在の仙台フィルハーモニー管弦楽団)の音楽総監督に就任しました。その関係もあって気仙沼でのコンサート開催が実現したのでしょう。

本年3月8日の大島中最後の卒業式には、仙台フィルハーモニ管弦楽団のメンバー4人による弦楽四重奏での校歌演奏もあったそうです。また芥川さんの妻江川真澄さんも参列してくださいました。ありがとうございます。

仙台フィルハーモニ管弦楽団サイトの沿革には、芥川也寸志さんの「真のローカリティこそが世界に通用する」という言葉が紹介されていました。

この言葉、なにか大島中学校で学んだすべての人への〈贈る言葉〉にも思えてきます。

芥川さん、ありがとうございました。

3月17日ブログ「大島中学の卒業式」

 

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藤竜也大使に感謝

きのうのブログで、竹下景子さんへ「みなと気仙沼大使」委嘱状が手渡されたことをお伝えしました。そしてその翌日5月7日には、藤竜也さんへの委嘱状が菅原市長からご本人へ。当日7日の市長ツイートがつぎのように紹介しています。


「おかえりモネ」でモネの祖父、永浦龍己を演じた藤竜也さん。ドラマ終了後も、観光プロモーション「ただいま、気仙沼」に竹下景子さんと共にご協力いただくなど、気仙沼が大変お世話になっています。

写真にうつっている場所は横浜の山下公園そばにあるホテルニューグランドです。しぶいね。日活の俳優でもあった藤さんとニューグランドはよく似合う。

市長のツイートにあったニューグランドのバー「シーガーディアンII」のカクテルは「ヨコハマElegance」です。2012年のカクテルの日、5月13日にお披露目されました。グラスを花束に見立て、バラやスミレ、マスカットのリキュールを使ったシャンパンベースのカクテル。色は〈藤色〉とのこと。蘭の花びらが浮かびます。

このバーの名を、サザンオールスターズの「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」で知っている方も多いことでしょう。〈大黒埠頭で虹を見て シーガーディアンで酔わされて まだ離れたくない〉。

なんか、大黒埠頭で虹を見たあと、シーガーディアンで彼女を酔わせたのは藤竜也さんのような気がしてきました。きっとそうに違いない。ということで、この辺にしておきます。

話を戻して。藤竜也さん、いつもありがとうございます。今度は「みなと気仙沼大使」でお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。


1月17日の「徹子の部屋」出演の様子はつぎのブログにて。

1月28日ブログ「龍己さんの若い頃」

 

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tag : 藤竜也みなと気仙沼大使おかえりモネ

竹下景子大使さん

3月15日付けで、新たな「みなと気仙沼大使」を4人の方々に委嘱したことはすでにお伝えしました。生島勇輝さんと生島翔さん兄弟、藤竜也さん、そして竹下景子さんの4人です。生島さん兄弟にはすでに委嘱状が渡されていますが、先日、竹下景子さんへの委嘱状が5月6日に菅原茂市長から直接手渡されました。

この手渡しは、役所の言葉でいえば「手交」ですかね。しゅこう。その様子を5月6日に市長がツイートで紹介しています。


市長が訪れたのは竹下さんのご自宅でしょうか。ちょっと立ち入った話になりますが、写真にうつる書架には写真関連の書籍がならんでいます。竹下さんの夫君が写真家の関口照生(てるお)さんであることは皆さんご存じのことでしょう。

竹下景子さんは、NHK「おかえりモネ」出演以前から気仙沼とのご縁があります。竹下さんが〈気仙沼の母のような人〉と称するのは、気仙沼大島の〈宮古屋〉熊谷すん子さんです。熊谷雅裕君のお母様。そんな話をつぎのブログで紹介しております。そこにも書いておりますが、竹下さんが気仙沼大島をはじめて訪れたのは1997年のことだと思います。25年前のこと。

2021年6月7日ブログ 「母のような人」とは

そして今回は、気仙沼市からの要請にこたえて「みなと気仙沼大使」への就任もご快諾いただきました。本当にありがとうございます。

なお、今回の委嘱は第6期「みなと気仙沼大使」としてのもので委嘱期間は本年9月30日までとなっています。あと5カ月ほどなのですが、第7期も引き続きお引き受けいただければなによりですね。

みなと気仙沼大使竹下景子さん、どうぞよろしくお願いいたします。

4月26日ブログ 「気仙沼大使」変遷

 

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tag : おかえりモネ竹下景子

モネプロ解散総会

「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会の解散総会が3月30日に開かれたそうです。4月2日の三陸新報がつぎのように伝えています。


モネ効果
三陸新報4月2日記事の一部イメージ


3月30日に解散総会が開かれたと、ちょっと回りくどい書き方をしていますが、これは当初の予定どおり3月末で実行委員会を解散したということですよね。

記事の後半に、〈今後のモネに関する取り組みは市の観光課が中心となって引き継ぐ予定〉とありましたから、これで活動をおえるわけではないという委員会メンバーの意向が反映されているのかもしれません。

NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員(委員会名が長いw)の設立総会が市民会館で開催されたのは、2020年8月26日のこと。実行委員会は、行政、経済団体、金融機関、まちづくり組織など11団体で構成されていました。つぎのブログで紹介しております。

2020年8月31日ブログ「モネの実行委員会」

上記の三陸新報記事では、委員会の主な取り組みを紹介しています。気仙沼でおこなわれたロケに協力したほか、独自ロゴをポスターやのぼりに活用して舞台地をPR。公式ロゴマークを入れた商品は18事業所が25品、実行委員会の独自推奨マークを使った商品は37事業所が163品を販売したとのこと。

NHKの公式タイトルロゴは放送終了後の使用ができません。そんなことでのプロジェクト実行委員会では独自のロゴマークを設けました。記事にある独自推奨マークとはこれのことでしょう。3月5日に発表されていますので、1年前のことになります。

2021年3月26日ブログ「独自ロゴ決定内容」

記事には、「海の市」2Fホールで開催中の「おかえりモネ展」についての記述もありました。

同展は昨年7月22日から開催されていますが、これまで約6万3000人が訪れたとのこと。うれしいですね。当初は放送終了日までということでスタートした「おかえりモネ展」ですが、とても好評ということもあり昨年9月時点で本年10月末までの延長が決定されました。主催するNHKサービスセンターさんのご厚意によるものでしょう。ありがとうございます。

三陸新報記事の見出しに、〈「モネ効果」を活性化に〉とありました。具体的にどうするか、簡単なことではありませんが、みなさんがいろいろと知恵をしぼっていることでしょう。

まだなんやかやとあるでしょうが、実行委員会はひとまず解散。実行委メンバーや事務局の皆さま、ご苦労さまでした。まずはとりあえず〈中締め〉ということで。どうぞよろしく。
 

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茂木さんの「モネ」

昨日は東京・めぐろパーシモンホールで開催された「東日本大震災復興支援コンサート」に行ってきました。その報告はまた明日にでも。

本日は茂木健一郎さんが、「おかえりモネ」について書いた文章を紹介します。この記事そのものは、週刊誌「NHKウイークリーステラ」(NHKサービスセンター)2021年7月16日号に掲載されたものですが、「ステラnet」への再掲内容を茂木さん自身がツイートしていたのです。

タイトルは〈 “朝ドラ”が描く東日本大震災の「記憶」〉です。


文章を少し引用させていただきます。茂木さんは、「おかえりモネ」の画面から伝わってくる空気感のようなものが、「ドキュメンタリー」タッチに感じられるといいます。そしてつぎのように続けます。

〈舞台となっている宮城県気仙沼市、登米市に本当にそういう人たちがいて、描かれているような生活をしている印象がある。もちろん、ヒロインの永浦百音を演じる清原果耶さんの美しさや、百音の同級生で漁師になった及川亮を演じる永瀬廉さんのかっこよさ、森林組合の山主の新田サヤカを演じる夏木マリさんの存在感などは現実的ではないけれど、しかし実在の人々のすぐそばにいる気がする。〉

そして、「おかえりモネ」の画面のなかに、茂木さんが東北で出会った方々の面影が鮮やかに動いているように感じるとも。さらに、時間軸の凝縮感についてつぎのように。

〈気仙沼や登米のロケ地の風光、エキストラの方々の表情、画面全体から伝わってくるさまざまが、フィクションとしてのドラマであると同時に、近過去から現在、近未来を凝縮した同時進行の現実であるような、不思議な感触を見る者に与える。〉

結びの言葉がすっと私のなかに入ってきました。

〈人間は、忘れられることがいちばんつらい。人々の命を守るためにも大切な「気象予報士」の勉強を続ける百音。これから、その活躍の舞台は東京にも広がり、遠くにありて思う「いのち」の消息が穏やかな日常の風景となって、人々の心の中に入り込んでいくことだろう。〉

茂木さんがこの記事を書かれていたときは、モネが懸命に「気象予報士」になるための勉強をしていたときだったのですね。

遠くにありて思う「いのち」の消息。やさしさに満ちた言葉です。茂木さん、ありがとうございました。

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NHKの吉永証さん

第12回「ロケーションジャパン大賞」で、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』とそのロケ地となった気仙沼市・登米市が準グランプリを受賞しました。2月20日の三陸新報がつぎのように伝えています。


ロケーションジャパン

三陸新報2月20日記事の一部イメージ


この賞は、国内のロケ地を応援する雑誌「ロケーションジャパン」が主催するものです。

ロケーションジャパンの配信記事によれば、今回は33作品67地域がノミネートされました。審査は6000名の一般アンケートによる作品およびロケ地の「支持率」のほか、ロケ地の「撮影サポート度」や「行楽度」、「地域の変化」の4つの指標をもとにポイント化して、総合評価しているそうです。

配信記事から準グランプリに関する説明を引用します。

≪準グランプリ≫
連続テレビ小説『おかえりモネ』×宮城県気仙沼市、登米市

海にも山にも恵まれた自然豊かな宮城県の2市が舞台となり、宮城の魅力を発信した連続テレビ小説。ドラマから地域おこしにつなげるために2市連携してシティプロモーションを展開した。両市を巡るツアーや、モバイルスタンプラリーの実施などを行い、話題の観光スポットの誘致につなげた。さらにはドラマに登場した特産品を使ったPRにも取り組み、ふるさと納税の寄付額は前年同期比3.4倍の10億円を突破した。(引用は以上)

なお、グランプリを受賞したのは、映画『花束みたいな恋をした』×東京都調布市です。

◎吉永証さんの姿

この準グランプリ受賞については、気仙沼観光公式サイト「気仙沼さ来てけらいん」WEBがつぎのようにツイートしていました。5名の方々が新聞記事より鮮明にうつっています。


私は今回の受賞式での写真をみて、吉永証(あかし)さんの姿をはじめて知りました。写真中央にうつっているのが吉永さん。吉永さんは須崎岳さんと共に、おかえりモネの制作統括をつとめました。

この賞が授賞対象としているのは、作品とロケ地です。ですから今回の受賞は「おかえりモネ」と気仙沼市・登米市。そんなわけで、吉永さんは作品制作側を代表してこの表彰の場に臨まれたのでしょう。吉永さんの右側は、「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会の副実行委員長をつとめる菅原昭彦さんです(実行委員長は菅原茂市長)。

吉永さんのお名前は「おかえりモネ」の関連記事などで何度も目にしていました。しかし、こうして〈全身像〉を拝見するのは初めてのことです。

ロケーションジャパンの配信記事に吉永さんの〈喜びのコメント〉が紹介されていましたので引用します。

〈二つの故郷を扱った朝ドラ「おかえりモネ」は、撮影の大変さが2倍、地元の方との関係づくりが2倍、でもその分、喜びが2倍、いやそれ以上でした。クランクアップの日、横断幕を持って駆けつけて下さった皆さんの温かい笑顔が忘れられません。ありがとうございました!〉(引用は以上)

同ドラマのクランクアップは、2021年9月4日の気仙沼ロケ。つまり横断幕を持って「コの字岸壁」に駆け付けたのは、地元気仙沼の皆さんです。その場に吉永さんもいらっしゃったのですね。

「おかえりモネ」の制作ご担当者ということでは、演出担当の一木正恵さんについて何度もこのブログで紹介いたしました。つぎの記事などをご覧いただければと。

2021年8月13日ブログ「一木さんへの御礼」

吉永さんをはじめ、NHK「おかえりモネ」の制作にたずさわったすべての関係者の皆さまに御礼を。ありがとうございました。また、このたびの受賞、おめでとうございました。

なお、「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会の事務局は、気仙沼市産業部おかえりモネプロジェクト推進室が担っています。受賞に関する市のプレスリリースには、担当として同推進室の村上さんと齋藤さんのお名前がありました。推進室の皆さんのご努力、調整がなければ、今回の受賞もなかったでしょう。まだまだプロジェクト関連の仕事があるでしょうが、(中締めとして)御礼とお祝いを申し上げます。
 

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俺たちの北条泰時

2月16日、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の第5次出演者発表がありました。なんとその一人が「おかえりモネ」で菅波先生を演じた坂口健太郎さんとのこと。


坂口さんは、小栗旬さんが演じる北条義時の長男である北条泰時(やすとき)となります。大河ドラマ初出演とのこと。

上記のNHKツイッターには、泰時は〈義時の最愛の息子。第三代執権にして日本史上屈指の名宰相〉であると。

気仙沼の人にとって、菅波先生/坂口健太郎さんはとても親しい〈間柄〉です。そのドラマ登場がいつの放送回になるのかわかりませんが楽しみですね。

1月24日のブログでは、中村獅童さん演じる梶原景時(かげとき)の兄が、気仙沼市唐桑町の早馬神社を創建したとことを紹介しました。その景時は、2月13日放送回に登場してとても微妙の振る舞いを見せていましたね。この後の展開が楽しみ。

もうひとつ、気仙沼にさまざまな伝説が残る源義経(役者は菅田将暉さん)の本格的な登場はいつなのか。そろそろかな。

なお、昨日の発表によれば、義時の弟、北条時房を瀬戸康史さん、義時の正室である比奈(ひな)を堀田真由さんがそれぞれ演じます。第5次出演者発表は昨日に続いて本日もおこなわれ、八田知家、源実朝、後鳥羽上皇などのキャストが明らかにされるようです。結構、気を持たせます。

〈俺たちの菅波〉こと坂口健太郎さん演じる北条泰時の登場が楽しみです。

1月24日ブログ「鎌倉殿の13人」

 

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龍己さんの若い頃

1月17日の「徹子の部屋」をご覧になりましたでしょうか。藤竜也さんがゲストでした。昼間の番組ですから、私は録画して夜に拝見。その姿や話のすべてに、藤さんのお人柄がにじみ出て、とてもよかった。

スタジオに静かに座っている藤竜也さんを見ると、モネの祖父、永浦龍己(ながうらたつみ)さんのたたずまいが重なってきました。その奇妙な感じがまた楽しかった。本日は、その放送画面をいくつか紹介させてもらいます。

まずはオープニング画像から。デビュー当時の写真だと思います。60年前の写真とのこと。

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徹子さんとの話が始まりました。

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はじめはNHK「おかえりモネ」の話。そのなかで、「ただいま気仙沼」観光プロモーションのポスターも紹介してくださいました。本当にありがたいですね。

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藤さんは、牡蠣が大好き。しかし、撮影で気仙沼を訪れているときに生牡蠣は食べなかったそうです。スタッフから禁止されていたわけではないそうですが、暗黙というか、なんとなくというか、雰囲気で生牡蠣はやめておいたと。

私が感心したのは、その話をするときにも、たとえば〈牡蠣にあたる〉とか〈おなかをこわす〉といった類いのネガティブな言葉を使わないのです。しっかりと言葉を選んでいる感じがうかがえ、関係者に対する心遣いを感じました。

なお、撮影が終了してから、永浦家のモデルとなった牡蠣養殖のお家から、美味しい牡蠣を贈ってもらったとのこと。小松家/ヤマヨ水産さんでしょう。その話のとき、牡蠣の数を〈ダース〉といったあとに12コと言い換えました。ダースを使うところからも牡蠣好きがうかがえますね。

そして話は映画俳優としてのデビューしたころのことへ。オープニング時の写真と同時期と思われるつぎの写真が紹介されました。1962年にデビューとのこと。Wikipediaの記述を参考にすると、1962年の日活映画「望郷の海」だと思います。20〜21歳ということになります。

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つぎに紹介されたのは1977年、35歳のときに「徹子の部屋」に初出演した〈龍己さん〉。

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そしてその2年後。1979年、37歳。同じく「徹子の部屋」。

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私は35歳の藤竜也さんに、若い頃の龍己さんを感じました。ハイボールを片手に気仙沼の牡蠣養殖のいまを語る永浦龍己さん、35歳的な。

あれから45年。龍己さん、じゃなかった藤竜也さんは80歳になりました。もう一度、番組冒頭での竜也さんのたたずまいを。

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しぶいよね。しぶすぎる。日活のスター女優だった奥様、芦川いづみさんとの暮らしについてなど、紹介したい話がほかにもたくさんあるのですが省略させてもらいます。とてもよい感じのご夫婦のようです。かくありたしと。

徹子の部屋での龍己さんの話はここまで。最後に藤さんへの御礼を。

藤竜也さんのFacebookをご覧になったことがあるでしょうか。藤さんの個人事務所である藤竜也エージェンシーさんによるものと思うのですが、「おかえりモネ」に関する情報発信を熱心におこなってくれています。

そして藤さんのFacebookが、私のこのブログも何度も紹介してくださったのです。多くの方が読んでくれることはもちろんのこと、藤竜也さんが読んでくれていることを大変うれしく思ったものです。

この場を借りて、藤竜也さんはじめ関係者の皆さまにお礼を申し上げます。いつもありがとうございます。今後とも、気仙沼のこと、どうぞよろしくお願いいたします。

2021年12月9日ブログ「ただいま、気仙沼」

 

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名もなき震災遺構

本日紹介するのは、石橋英昭さんのツイートです。石橋さんは朝日新聞の編集委員で、Twitterのプロフィールには、〈2013年秋から、仙台を拠点に、津波の被災地を、東北のあちこちを歩き回っています〉と。これまで、気仙沼に関する記事もたびたびお書きになっていますので、ご存じの方も多いでしょう。

これが1月13日の石橋英昭さんのツイートです。


同日の配信記事「遺されしモノたち 震災で止まった時 探す旅」の紹介投稿で、写真は気仙沼大島の田中浜に打ち上げられた船/廃船です。この写真も記事も石橋英昭さんによるもの。

記事のリードを引用します。

〈東日本大震災から、もうすぐ11年。がれきはきれいに片付けられ、新しいまちや防潮堤ができ、傷痕は塗りつぶされた。それでも消し忘れたかのように、遺されてしまったモノたちがある。「名もなき震災遺構」を探し訪ねた。〉

はじめに紹介されるのは、宮城県山元町で津波をかぶりながらも残った2階建ての空き家です。持ち主は、〈かつての我が家がせめて草に埋もれないようにと〉時々手入れに行くそうです。

つぎに紹介されるのは、仙台市の蒲生干潟(がもうひがた)に流れ着いたコンテナ。仙台港から流失したものとのこと。コンテナの周辺は津波で水門が壊れ、周囲の竹林も流されて海水が混じり、干潟の一部をなすようになったそうです。震災後に防潮堤もつくられましたが、当初計画の位置を変更してもらうなどし、いまでは水辺の生き物たちが次々と戻ってきているとのこと。

◎大島/田中浜の廃船

そして最後に紹介されるのが、ツイートの写真にもある田中浜の廃船です。

記事には、田中浜で県外ナンバーの車が目立ち始めたのは、昨年夏のこととありました。これはNHKの朝ドラ「おかえりモネ」の舞台になったことによるもの。

石橋さんはつぎのように記しています。記事を引用します。

〈以前は船のことを気にとめる人は少なかった。

地元の区長、千葉敬(たかし)さん(70)によると、何度か役所に「片付けてほしい」と求めてきた。海岸を管理する県気仙沼土木事務所は、「所有者がわからない」と煮え切らない。そうこうするうち、「モネ」で有名になってしまった。

そんな経緯から、島の観光協会は「名所とはうたいにくい」という。区長の千葉さんは「今はなんとも言えないですな」と、苦笑いした。〉(引用は以上)

これらの〈名もなき 震災遺構〉はこれからどうなっていくのだろうか。田中浜の廃船の扱いもたしかに難しいよね。などと書きながら思いだしたことがあります。

気仙沼市がお伊勢浜海水浴場の被災水門を震災遺構として保存するという話をこのブログで紹介したことがありました。

2018年2月13日ブログ「被災水門保存異論」

県が管理していた用水路の出口にある「杉ノ下防潮水門」ですが、撤去をとりやめて気仙沼に移管することになったのです。ただし、市としては進入できないように柵を設定するなどするものの、保存のための処置は行わずに朽ちるままにするとのことでした。

詳細はブログをお読みいただきますが、そこで紹介した三陸新報記事の画像を再掲しておきます。


被災水門

三陸新報2018年2月8日記事の一部イメージ


三陸新報の記事ではこの水門には名前をつけていますね。「お伊勢浜被災水門」。

田中浜の廃船に名前をつけるとしたらどうするか。ふざけているのではありません。実際に大島の案内マップを作成する人などは悩むのではないかと。案外むずかしいですよ。〈モネの廃船〉と書くわけにもいかないだろうし。お伊勢浜の水門に準じて、田中浜被災廃船というあたりでしょうか。

名もなき震災遺構。私の頭のなかで、その朽ちていくイメージと記憶がとけていくイメージが重なりあいました。

最後になりましたが、石橋英昭さんに御礼を。田中浜の記事、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
 

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tag : 田中浜おかえりモネ

亀山モノレール計画

気仙沼大島の亀山へのアクセス手段として〈何らかの動力的な乗り物〉を候補として市が検討していることは9月23日ブログでも紹介しました。モノレールやケーブルカーあるいはロープウェイといったことだろうと。

その後どうなったかなと思っていましたら、12月18日の三陸新報に関連記事が掲載されました。斜行エレベーター(簡易モノレール)が最有力候補とされているとのことです。


モノレール2
三陸新報12月18日記事の一部イメージ


記事によれば、気仙沼市は12月17日の市議会産業建設常任委員会協議会で、斜行エレベーター(簡易モノレール)を最有力候補として示したそうです。中腹駐車場から山頂付近までの433mを結ぶ計画で、レストハウス付近への中間駅設置も検討しているとのこと。

維持管理費は年間2600万円と試算され、往復運賃500円に設定した場合、年間5万6千人(1日平均/平日140人、休日200人)の利用で採算があうといいます。

市は2024年度の開業を目指し、来年度には実施設計や事業者公募・選定などをおこないたいとしています。

大島亀山からの眺望の素晴らしさはほんとうに素晴らしい。多くの観光客にあの景色を楽しんでほしいと多くの市民が思っていることでしょう。そう意味ではとても楽しみな計画です。

しかし、以前のリフトが観光客の減少や施設の老朽化などによってその収支が赤字となっていたことも事実です。この簡易モノレールを、気仙沼観光全体のなかで相乗効果をもつようなものにと願っている人も多いことでしょう。

いろいろと課題があるかとは思いますが2024年度開業をめざし、公設民営の計画がスムーズに進行することを願っています。

9月23日ブログ 亀山に「乗り物」で
2020年11月23日ブログ「亀山リフトの再建」
  

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tag : 亀山モノレール

テケツの大島さん

NHK朝ドラ「おかえりモネ」で、登米の森林組合に併設されていたカフェ「椎の実」の常連だったおばちゃんたちはいい味を出していましたよね。

なかでも「吉田みよ子」を演じていた大島蓉子(ようこ)さんは、自然な方言でのセリフ回しなど、登米のおばちゃん感があふれていました。

大島さんは宮城県大崎市出身です(というか、以前の古川市出身といったほうが私などにはわかりやすい)。ですから、登米地方の方言などはおてのものでしょう。

モネの放送終了からはや1か月半。登米のおばちゃん/大島蓉子さんはどうしているかなと思っていたら、東京・浅草の「フランス座」にいらっしゃいました。本日はその報告です。

◎映画「浅草キッド」

12月9日に配信が始まったNetflix映画「浅草キッド」が面白そうと、先日の土曜夜に見たのです。

この映画は、ビートたけし自叙伝「浅草キッド」を劇団ひとりさんの監督によって映画化したもの。浅草「フランス座」が物語の舞台なのですが、そのチケット売場(いわゆるテケツ)のおばちゃんが大島蓉子さんでした。〈テケツ〉はたしか英語のチケットからですね。

ティーザー予告編の冒頭に大島さんが2度うつっていましたのでご覧ください。





最初が、タケの師匠である深見千三郎がフランス座に向かうシーン。奥の劇場入口に大島さんがいます。



もうひとつは、大島さんがピンクコントの案内板を背になにか食べているところです。

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私は、大島さんがタケちゃんに優しく接するのを見て、モネに対する愛情と共通しているなとうれしく感じました。

以上、細かな話になってしまいましたが、この映画「浅草キッド」は実にすばらしかった。柳楽(やぎら)さんや大泉さんはもちろんのこと、(意外といっては失礼になりますが)鈴木保奈美さんもとてもよかった。

なお、ブログ冒頭に、大島蓉子さんは登米のあとに浅草へというような書き方をしましたが、時代というか時間軸が違いますね。つぎのように言い換えましょう。

登米の吉田みよ子おばちゃんには、東京・浅草のストリップ劇場「フランス座」のテケツで働いていた過去があったのです。映画「浅草キッド」は、ドラマ「おかえりモネ」のスピンオフ企画。そんな感じでご覧いただくのも一興かと。
 

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ただいま、気仙沼

「おかえりモネ」の放送は10月29日が最終回でした。この「モネ効果」を観光客の誘致につなげようとの観光プロモーションが11月19日から始まっています。

連続テレビ小説「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会による「ただいま、気仙沼」観光プロモーションです。この実行委員会は気仙沼市をはじめ関係11団体で構成され、実行委員長は菅原市長。

このプロモーションでのメインビジュアルに、おかえりモネに出演してくださった藤竜也さんと竹下景子さんが登場していることは皆さん既にご存じのとおりです。

お二人がうつるポスターをこのブログでも紹介しようと思っていたのですが、使いやすい画像が案外みつからず、どうしたものかと。使用条件がいろいろとあるのかもしれません。

と思っていたら、気仙沼の公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいんWEB」が12月6日につぎのツイートを投稿してくれました。


魚町の「浮見堂」にたたずむ藤竜也さんと竹下景子さんです。上部には〈気嵐/けあらし〉の気仙沼湾も。

この観光プロモーションの開始日11月19日には、東京で記者発表会も開催されました。会場は、有楽町の東京交通会館。当日の司会は気仙沼出身の佐藤千晶さんです。

菅原市長の当日ツイートをご覧ください。


東京交通会館の地下1階には、7月10日にオープンした気仙沼・久慈・福島 情報ステーション「おかえり館」もあります。

広報「けせんぬま」12月号によれば、気仙沼市内での藤竜也さんと竹下景子さんの撮影は、「おかえりモネ」クランクアップ直後の9月6日におこなわれたそうです。3か月前のこと。藤さんのマフラーや竹下さんのコートはちょっと暑かったかもしれませんね。

なお、この「ただいま、気仙沼」の広告は、JR東日本の会員誌「大人の休日倶楽部」12月号や新幹線の車内サービス誌「トランヴェール」2022年1月号、JTB旅行誌「ノジュール」1月号、IBEXエアラインズの航空機内誌などに掲載するほか、都営地下鉄の中吊り広告やJR東日本主要駅の構内にも掲出する予定とのことです。

私はこのポスター画像を見て、JRがまだ国鉄だったころの「フルムーン」CMに出演した高峰三枝子さんと上原謙さんを思い出しました。

調べてみると、高峰さんの温泉入浴映像が話題になったあのCM/キャンペーンは1981年にはじまったのですね。40年前のお話です。国鉄の分割民営化は1987年4月1日。

念のために申し上げておきますが、今回の「ただいま、気仙沼」の藤さんと竹下さんご夫婦の年齢は、高峰・上原夫婦よりもだいぶ若く設定されているように感じます。まだフルではない感じ。

藤竜也さんと竹下景子さんには、モネのドラマ終了後もこうしてお世話なっています。本当にいろいろとありがとうございます。

「気仙沼さ来てけらいん」の記事にもお二人が登場して、気仙沼の各所を紹介してくれました。とても充実した内容です。是非ご覧ください。

気仙沼さ来てけらいん 「ただいま」気仙沼

この観光プロモーションは来年3月までです。どうぞよろしく。

追記:気仙沼市の観光公式サイト「気仙沼さ来てけらいんWEB」中の「ただいま、気仙沼」ページへのバナーリンク設置について、12月7日にお願いが掲載されていました。ポスター画像ではありませんが、こちらからどうぞ。
 

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全国星空継続観察

前回ブログ「大島の美しい星空」の続き。「日本一星空が綺麗な港町」の映像についてです。まずは、再度その映像を。





前回ブログの末尾につぎのように記しました。気仙沼市は環境庁の平成11(1999)年度夏期「全国星空継続観察」で全国2位に。その観察場所は、大島ではなく上八瀬(かみやっせ)の気仙沼市五右衛門が原運動広場駐車場です。といったようなこと。

この「全国星空継続観察」は、昭和63(1988)年から、環境庁(現環境省)と(財)日本環境協会が参加団体を募り実施していました。平成25(2013)年3月末で休止しているとのこと。

気仙沼市の名が登場する平成11年度夏期観察結果の報道資料は下記サイトで見ることができます。本日のブログはこの内容の紹介です。

環境省 全国星空継続観察 平成11年度夏期観察結果

この観察結果の中に「参考」として「平成11年度夏期観察において夜空が星の観測に適していた場所」が示されていました。その記述が、気仙沼市を「星空が美しいまち全国2位」とする根拠なのでしょう。


観測適所
環境省 全国星空継続観察 平成11年度夏期観察結果報道資料より


上記表の左側に示されている数字は、夜空の明るさ/暗さを星の「等級」に換算した値です。一定条件で撮影したカラースライド写真から測定したそうです。数値が大きいほど夜空が暗い状態、つまり星の観測に適していることになります。

1位1地区、2位3地区の場所をまとめておきます。参考資料には1位とか1番といった順番はついていないのですが、便宜的に表示しました。

◎!位(1番暗かった場所)

21.5等級
秋田県東成瀬村
(東成瀬村育苗センター前広場)

◎2位(2番目に暗かった場所/3カ所)

21.3等級
宮城県気仙沼市
(気仙沼市五右衛門が原運動公園広場駐車場)
鹿児島県川辺町
(諏訪運動公園管理事務所屋上)
京都府宮津市
(大江山スキー場)

前回ブログに記したように1位の東鳴瀬村は海に面していません。そして2位中の川辺町も内陸部。海に面しているのは2位の気仙沼市と京都府宮津市です。

調べてみると宮津市は若狭湾に面しており、なんと日本三景のひとつ「天橋立」(あまのはしだて)があるまちでした。そして天橋立の東側、栗田半島にはリアス式海岸があり、複数の漁港が存在します。

つまり、平成11年度夏期全国星空継続観察結果において、「日本一星空がきれいな港町」は気仙沼市と宮津市であったということかと。

◎岩手県一関市もすごかった

気仙沼の観光関係者の皆さんが、おかえりモネ効果もねらいつつ、大島の星空の美しさをプロモートしようというのはとってもいいですよね。気仙沼の人たちが漠然と感じていたその美しさを再認識するよい機会にもなるでしょう。

今回の大島の星空映像を企画したSDGsアドベンチャーツーリズム気仙沼、「星空プロジェクト」の皆さんも上に紹介したようなことも含めていろいろと知恵を絞ったのだと思います。

日本一星空がきれいな村として観光プロモーションをおこなっている長野県阿智村の事例なども参考にしたと思います。同村は、平成18年度全国星空継続観察(夏期)で1位になっています。なお、この回の2位(2地区)に岩手県一関市(天文台「ひろ」室根山星空の会)の名がありました。23.6等級ですから、気仙沼よりも暗い。1位の阿智村は23.7ですから〈タッチの差〉。これもすごいですね。

こうなったら、気仙沼も一ノ関も〈日本で2番目に星空のきれいなまち〉ということでいかがでしょうか。広告関係者であれば、1960年代のアメリカの広告会社DDBによるレンタカー会社エイビスの広告キャンペーン「We are No.2」を思い出すかもしれません。

でもなあ、もうプロモーションがはじまっているしなあ。私は、「日本一星空が綺麗な港町」に、*(アスタリスク)か(注)を付して、つぎのような説明を下部に小さく表示しておいておくのがよいのではないかと思います。

*注記例
平成11年度「全国星空継続観察」夏期観察結果より。気仙沼市は、環境庁(現環境省)による平成11年度「全国星空継続観察」夏期観察において、「夜空が星の観測に適していた場所」全国2位(同位3地区)となりました。1位の地区は海に面していないことから、気仙沼市を「日本一星空の綺麗な港町」と表現いたしました。(以上)

Wikipediaで「全国星空継続観察」を調べると、星の観測に適した場所として例示している地区に、東京都小笠原村小港海岸(平成22年度25.1等級)や沖縄県竹富町波照間星空観測タワー(平成20年度24.5等級)もありました。いずれも港町といってよいでしょう。

こうしたいかにも星空がきれいそうな港町がほかにもあると思います。しかし、気仙沼を「日本一星空が綺麗な港町」とした根拠をしっかりと記しておけば〈セーフ〉かと。

今回、日本一ということがちょっと気になって調べてみたわけですが、いろいろと勉強になりました。思い出したのは、小学生のころ星座早見盤を買ってもらったときのうれしさです。早見盤を持ちながらながめる天空にはきれいな星空が広がっていたように思います。

観光プロモーションでのキャッチフレーズは別として、〈気仙沼は全国有数の星空がきれいなまちとして知られています〉といった表現はこれから自信をもって使えますね。年度の違いや、八瀬とか大島とかの地区の違いも回避できますし。

以上、典型的な〈余計なお世話〉ということで。どうぞよろしく。

11月19日ブログ「大島の美しい星空」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ星空プロジェクト

大島の美しい星空

気仙沼の観光関係者らが制作した気仙沼大島の美しい星空映像を紹介します。タイトルは「日本一星空が綺麗な港町」。まずは10月5日にYouTubeで公開された映像をご覧ください。2分14秒。撮影場所は、大島の竜舞崎や亀山、小田の浜など約20カ所です。





この映像については、映像公開の2日後10月7日に三陸新報が紹介していました。


大島の星空


三陸新報10月7日記事の一部イメージ


この映像を公開した団体は「SDGsアドベンチャーツーリズム気仙沼」です。自然や文化を持続させていくために「保護」と「活用」を両立させながら、観光を通じて地域資源を大切にしていく取り組みをしていくとのこと。気仙沼観光コンベンション協会と気仙沼大島観光協会、大島の宿泊事業者、認定観光ガイドなどで組織され、代表はセントラルホテル松軒の代表、鈴木淳平さんです。

同団体では3月から準備を進め、当初は星空観察と音楽ライブ、物産販売などを融合させた「SDGs大島スターライトフェスティバル」を10月16日に大島で開催予定だったそうです。しかし、新型コロナ対応で、来春に延期することを決めたとのこと。

11月14日には河北新報も紹介記事を配信してくれました。

映像の制作を担当したのは「Team83」です。1983年生まれの気仙沼出身で首都圏在住のクリエーターらのグループ。河北新報記事によれば、代表をつとめる佐々木理奈さんらが昨年12月から今年5月まで、星が映える新月の日を中心に気仙沼に通い撮影してきたそうです。

「Team83」についてはつぎのブログでも紹介しました。Team83さん、今回の映像制作もありがとうございました。

2020年5月18日ブログ「気仙沼大島PR映像」

◎日本一星空が綺麗な港町

この映像タイトル「日本一星空が綺麗な港町」について、〈あれっ、日本一だったのか〉と思われた方も多いのではないでしょうか。私もそのひとり。

YouTubeの紹介文には、つぎのように記されています。

〈気仙沼市は環境省の全国星空継続観察で全国2位になった星空が美しいまちです。気仙沼大島にある亀山山頂からは、気仙沼湾の夜景と漁火、星空の3つの光が一緒に楽しむことができます。気仙沼でしか見ることができない夜空の絶景をお楽しみください。 〉

ここには全国2位とあります。すると、1位は港町ではないのかな。ということで、環境省の全国星空継続観察の報告内容を見てみました。その詳しい内容は回をあらためますが、要点だけ記しておきましょう。

気仙沼市が環境省「全国星空継続観察」で全国2位となったのは平成11(1999)年度夏期観察です。その観察場所は、気仙沼市五右衛門が原運動広場駐車場。大島ではなく、気仙沼市上八瀬(かみやっせ)です。気仙沼市の北西。内陸部といってよいでしょう。

1位は秋田県東成瀬村の育苗センター前広場。同村は海に面していませんから港町ではありません。したがって2位の気仙沼は、港町として1位/日本一ということになります。

しかしちょっと面倒な話も。気仙沼とならんで全国2位の港町がもうひとつあるのです。

これについての話はまた週明けにでも。どうぞ美しい星空などをながめながら、良い週末をお過ごしください。

SDGsアドベンチャーツーリズム気仙沼サイト

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 星空SDGsアドベンチャーツーリズム気仙沼

梶原登城さんの話

気仙沼スローフェスタ2021でのシンポジウム「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」におけるNHKディレクター梶原登城(かじわら とき)さんの講演については、11月9日のブログでも紹介しました。

11月9日ブログ「伝えたかったもの」

9日のブログでは三陸新報の記事を紹介しましたが、河北新報も11月10日に記事を配信してくれました。私が見ているのはオンラインニュースですが、紙版でも10日掲載でしょうかね。

(ツイート画像クリックで配信記事へ)

河北新報は、三陸新報とはちょっと違った角度から講演内容を紹介していました。少し引用させてもらいます。

〈 梶原さんらは舞台地選定で石巻市や名取市など沿岸部を巡り、2019年12月に気仙沼市を訪問。大島・亀山からの眺望で「ここだな」と直感したという。島内で取材を進め、東日本大震災時に孤立したエピソードなどを軸に物語が形成されたと明かした。

震災時に島にいなかった主人公・永浦百音(ももね)(モネ)と、島で被災した妹・未知の仲直りが当初からゴールだったという。「人を否定しない、ある種の寛容さ(の大切さ)をじわっとでも感じてほしかった」と込めたメッセージを説いた。〉引用は以上。

〈舞台地〉選定の話は、石巻市や名取市の皆さんにとってはちょっと残念な話かもしれません。まさに〈舞台裏〉の話。気仙沼にとっては本当にありがたいことでした。

河北新報の記事では、見出しを〈姉妹の仲直りがゴール〉としていましたが、私はちょっと違うニュアンスを感じました。記事の本文を読むかぎり、最後には仲直りすると当初から決めていたということにすぎません。〈仲直り〉という言葉が適当かどうかとも思いますが、梶原さんの話のなかにあったのでしょう。

重要なテーマはやはり、「人を否定しない、ある種の寛容さ(の大切さ)」だと思います。それが重層的にそして複合的に、深さをもって描かれていたのがあのドラマでした。

シンポジウムのテーマは「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」です。描かれた気仙沼とリアルな気仙沼との違いはもちろんあるでしょう。

しかし、あのドラマで描かれた気仙沼の姿から逆に学ぶことも多いのではないかと感じています。そのあたりがシンポジウム開催の目的そして意義であったのかもしれません。

梶原さん、ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ梶原登城

伝えたかったもの

本日、11月8日の三陸新報1面トップは、6日・7日に気仙沼の内湾エリアで開催された気仙沼スローフェスタ2021の盛況についてです。見出しは「2日間で2万5000人」です。


スローフェスタ

三陸新報11月9日記事より


スローフェスタは土日の開催でしたが、三陸新報は月曜休刊なので本日の記事掲載です。これをながめていると、なんというか、このイベントの成功をみんなが喜んでいることが伝わってくるようです。左側の〈秋サバ本格化へ〉との記事もその気分をさらにあげてくれます。

記事では、各催事の様子を伝えています。そして、7日に開催されたシンポジウム「海と生きる〜おかえりモネで描かれた気仙沼」については、〈人を否定しない寛容さを〉との見出しを立てて紹介していました。

このシンポジウムの第1部はおかえりモネの演出を担当したひとり梶原登城(かじわら とき)さんの基調講演でした。テーマは〈”おかえりモネ”が伝えたかったもの〉。

梶原さんは、NHK制作局 第4制作ユニットチーフディレクターです。第2部のパネルディスカッションにもパネリストとして参加してくださいました。

三陸新報の記事に梶原さんの言葉が紹介されていました。たぶん基調講演での発言でしょう。引用させてもらいます。

〈ドラマで伝えたかったことに関して、梶原さんは「今は何でも高速社会で、すぐに結果を求めてしまいます。でも、ゆっくりでいいということを言い続けてきた。人を否定しない寛容さのようなものが伝わっていたらいいなと思う」と語り、「『あなたの痛みは分かりません。でも分かりたいと思っています』という菅波(坂口健太郎さん)のセリフに、脚本の安達(奈緒子)さんや私たちの思いが集約されている」と締めくくった。〉引用は以上

ドラマのテーマを一言に集約できるものではないでしょうし、当日の梶原さんの言葉と記事内容にはニュアンスの違いもあると思います。しかし、全120回を味わいつくした人は、この梶原さんの言葉にうなづくことでしょう。梶原さん、ありがとうございました。

なお、このシンポジウムの会場は、内湾に面した気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ/PIER7(ピアセブン)/創(ウマレル)2階の軽運動場でした。こうしたイベントの会場としても利用できるのですね。いいね。

シンポジウムのことのみ紹介しましたが、この気仙沼スローフェスタは実に多彩なイベントが催されました。その成功は多くの皆さんの協力、ご尽力の賜物でしょう。ありがとうございました。

きょうの東京は朝から雨。気仙沼も同じく雨とのこと。もしもスローフェスタ当日がこんな天気だったらと想像するとぞっとしますね。スローフェスタにふさわしい両日の晴天。それも〈おかえりモネ効果〉のひとつかもしれません。


「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会が制作し、10月29日に公開されたWEBサイト「KESENNUMA PRIDE」についてはつぎのブログにて。

11月5日ブログ 気仙沼の「PRIDE」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネスローフェスタ

気仙沼の「PRIDE」

10月29日、WEBサイト「KESENNUMA PRIDE」が公開されました。

トップ画像

「KESENNUMA PRIDE」トップページ5画像中の1画像

WEBサイト「KESENNUMA PRIDE」


私は公開を知ってすぐに拝見。なかなか充実した内容で読みごたえがありました。

サイト紹介文には〈おかえりモネの舞台・宮城県気仙沼市に住む人々の誇りを伝えるwebサイト〉と記されています。「KESENNUMA PRIDE/気仙沼プライド」とはなにか。気仙沼に住む人たちは何を誇りとするのか。

サイトでは「KESENNUMA PRIDE」を、先人たちから受け継がれたスピリットをまちの「誇り」として次代に伝え、 ひとりひとりが心豊かに、自然と共生することとしています。そして、〈先人たちから受け継がれたスピリット〉としてつぎの5つをあげています。

・リアスの海と緑豊かな山や川の恵みを享受していること
・命の源である自然を大切に守ること
・地域ならではの食文化と生活を育むこと
・新しいものを受け入れ、多様性を尊重すること
・自然を敬い、ともに生きること

サイトではこうしたテーマについて、気仙沼のさまざまな人の取り組みを丁寧に紹介しています。そのなかには、気仙沼高校の同級生で美術部の仲間でもあった齋藤益男(ますお)君も。2019年5月まで気仙沼市の教育長をつとめ、現在は気仙沼ESD/RCE推進委員会委員長という立場です。

サイト内容をのぞいてみれば、充実した内容であることがすぐに理解されるはずです。是非ご覧くださいますように。

◎「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会

トップページで示されるテーマは、「Slow City Kesennuma」と「海と生きる」のふたつです。スローシティ気仙沼のメッセージが前面に示されていることから、私ははじめ、気仙沼スローフェスタの実行委員会によるサイトかと思いました。それにしても相当に力が入っているなと。

しかしそれは私の勘違い。気仙沼市の10月29日付け記者発表資料につぎのように記されていました。

〈このたび連続テレビ小説「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会では、シティプロモーションとして、ドラマの世界観との調和を図りながら、本市の海と山と空の循環に育まれた食文化と生活、自然との共生と持続可能な社会の構築を目指す気仙沼の姿を凝縮した WEBサイト「KESENNUMA PRIDE」を作成しました〉

そうだったのか。なお、このモネの実行委員会は、行政、経済団体、金融機関、まちづくり組織など11団体により2020年8月26日に設立されました。委員長は菅原市長。つぎのブログで紹介しております。

2020年8月31日ブログ「モネの実行委員会」

しかし、このサイトのなかに同実行委員会の名はありません。なぜ、運営主体を明示しなかったのでしょう。サイト構造としては、気仙沼観光推進機構「気仙沼さ来てけらいん」のサブドメインなのですが、同機構の名もなく、著作権者表示は「KESENNUMA PRIDE」です。

情報出所がもっと明確になされれば、この充実した内容の説得力がより強いものになったように思います。しかし、関係団体・組織が多いですからね、簡単なことではないのでしょう。

「KESENNUMA PRIDE」についてはいろいろ書きたいことがありますが、またの機会に。

なお、冒頭に紹介した画像は「KESENNUMA PRIDE」トップページのアニメーション画像の中からの一枚です。5枚の画像すべてに帽子をかぶった女性のイラストが配されています。

これは上述した気仙沼プロジェクト実行委員会のことを考えれば、モネかもね。

明日11月6日そして7日の両日は、気仙沼スローフェスタ2021ですね。「KESENNUMA PRIDE」の浸透や体験のよい機会になることを願っております。楽しい週末をお過ごしください。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : KESENNUMAPRIDEおかえりモネ

おかえりとただいま

10年前の2011年11月1日、気仙沼にほぼ日の支社ができました。この「気仙沼のほぼ日」創立の日でもある昨日、糸井重里さんが気仙沼を訪れてくださいました。午後の「ラヂオ気仙沼」番組にも10分ほど出演し、気仙沼との縁がどのようにしてできたのかなどについても。宮城県庁の〈山ちゃん〉こと山田さんのお名前なども話の中に登場していました。

きのうのブログでも紹介しましたが、糸井さんらの気仙沼訪問の様子はつぎのサイトでテキスト中継されました。

ほぼ日
おかえり気仙沼、ただいま気仙沼。

そして本日11月2日のほぼ日「今日のダーリン」で糸井さんは気仙沼訪問のことを記していました。末尾には〈気仙沼、きっと、もっともっとおもしろい町になって行くよ〉とも。ありがとうございます。

さて。11月1日は「気仙沼のほぼ日」の事務所開設の日でありますが、〈お開きの日〉でもありました。2019年11月1日に8年間の拠点活動に一区切りつけたのです。

本日は、2019年11月1日のブログを再掲します。ご覧いただければすぐわかるように、このブログでは、同日の三陸新報に掲載された、ほぼ日さんへの御礼広告を紹介しました。

私は、この広告のイラストレーションが、「おかえりモネ」の最終回ラストシーンのイメージと重なりあったことにおどろきました。

おかえりモネで見送られたのは亮ちん/永瀬廉さんでしたが、2年前の広告で船にのり五色のテープを手にしているのは糸井重里さんです。2年前のブログ、どうぞお読みください。


2019年11月1日ブログ再掲

◎今日は「出船送り」

きょうは「気仙沼のほぼ日」さん〈お開き〉の日です。2011年11月1日の事務所開設からちょうど8年間。糸井重里さんをはじめほぼ日の皆さんには本当にお世話になりました。

2012年11月1日、糸井さんは〈ほぼ日/今日のダーリン〉でつぎのように記しています。

「今日、11月1日は、『気仙沼のほぼ日』ができた日です。なにをするか、あんまり大きなことは言えないけれど、居場所があれば、「忘れない」ということだけはできる。そのくらいの気持ちで、はじまったことです。とにかく、「二年はいる」と約束しましたが、もう一年経っていました。あと一年は‥‥ちょっと短いかなぁ‥‥。二年という時間を、それなりにちゃんとした長さとして決めたつもりでしたが、想像以上に短いものですね」2012年11月7日ブログで紹介)

「2年はいる」との約束が8年間にも。気仙沼の多くの人の胸にある、一言ではとても言いつくせない感謝の気持ち。その思いを込めた広告が本日の地元紙「三陸新報」に掲載されています。


気仙沼のほぼ日
三陸新報11月1日掲載広告より


糸井さんらには内緒で進めた広告企画だったようです。お声がけいただき私の名も加えてもらえたのはなによりのことでした。本日の三陸新報は記事面でも、気仙沼のほぼ日閉所を、8年前の開設時の糸井さんがうつる写真とともに伝えています。

今朝、気仙沼でこの感謝広告を見た糸井さんのツイッターでの反応はこちらです。

七福神とともに糸井さんがのる船の帆には、丸にほぼ日のほ。マルハならぬマルホの印です。出船送りの人々のなかにはラグビー日本代表リーチさんも?。この小技をきかしたイラストレーションは、きのうのブログでも紹介した奥原しんこさんによるもの。

文章もよかった。みんなの気持ちをくみとってやさしい言葉にしてくれました。きょうのブログは、余計なことを書くよりも、この広告の文章を引用させてもらいお開きといたします。


8年前、あの大混乱の中での事務所開設に
私たちはどれだけ励まされたことでしょう。
一緒になにかを起こすたび
新しい視点を教えていただきました。
そして「楽しさ」を学んだこと
それこそが、私たちがほぼ日さんから授かった宝です。
今日でお開きになるのは少しさびしいですが
この宝が消えることはありませんし
いつでも「おかえりなさい」です。
なぜならここは港町・気仙沼。
紙面でにぎやかに
気仙沼のほぼ日さんを出船送りいたします。

ありがとうございました
「気仙沼のほぼ日」さん



再掲内容は以上です。

広告のなかに〈いつでも「おかえりなさい」です〉という言葉がありました。〈なぜならここは港町・気仙沼〉とも。

糸井重里さんが、この11月1日や3月11日といった日に、こうして気仙沼を訪れてくださることを本当にありがたく感じております。心からお礼を申し上げます。

そして「おかえりモネ」。その最終週、最終回は、まさにいろんな人のいろんな形での〈出船送り〉だったんだなとあらためて感じました。

きのうのブログで紹介したサユミさんの「日記」最終回/10月19日放送分はつぎのように結ばれています。

〈出ていく人には、いってらっしゃいと元気よく。帰ってきた人には、おかえりなさい。気仙沼はそんな街です。〉

おかえりモネと2年前の御礼広告のイメージが交錯して、なにがなにやら。そしてそれがとてもここちいいのです。

11月1日ブログ サユミさんの「日記」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

サユミさんの「日記」

NHK「おかえりモネ」がおわってしまいましたね。放送開始が5月17日でしたから10月29日までの全24週/全120回でした。

もうひとつおわってしまって残念なのが、気仙沼観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」で連載されていた「おかえりモネが楽しみすぎる日記」です。1週間分のドラマ各回を、「サユミ」さんがイラストと文で紹介してくれました。「気仙沼クルーカード」アプリでの先行配信をご覧になっていた方も多いことでしょう。


第1回

2020年6月11日更新 初回画面より(画像クリックでジャンプ)


サユミさんは月曜から金曜まで、毎回しっかりとこのドラマを見て、読み込んで絵を描き文章をつづってきたわけです。全120回分と放送開始前の14回。すごいですよね。

私は毎週、この〈日記〉を読んで、なるほどなあと感心することばかりでした。たとえばと、その一例を紹介しようとも思ったのですがやめました。読んでいただければ、ドラマ理解と表現の彩度と深度がすぐにわかるでしょう。

私はおかえりモネの重要回は録画を消さずにおります。放送は終了しましたが、これからはサユミさんの「楽しみすぎる日記」を復習しながら、ドラマの展開を振り返ってみようと思っています。和田誠さん流にいえば〈お楽しみはこれからだ〉。

サイト「気仙沼さ来てけらいん」のつぎの一覧から全24週分と放送開始前14回分を見ることができます。

気仙沼さ来てけらいん/モネ日記

◎沼のハナヨメ。

ちょうど6年前、2015年11月1日にサユミさんの連載記事が始まりました。ほぼ日さん「気仙沼のほぼ日」での「沼のハナヨメ。」です。当時、サユミさんは気仙沼のほぼ日に勤務していました。最終回212話は、4年後の2019年。これも11月1日。

この連載もすごかったですね。楽しかった。「楽しみすぎる日記」と作風はことなりますが、その違いにサユミさんの表現の試行錯誤が感じられます。切磋琢磨というべきか。

「沼のハナヨメ。」はいまでも楽しむことができます。ほぼ日さんのご厚意によるものでしょう。つぎの一覧からぜひに。

「沼のハナヨメ。」全212話一覧

サユミさん、すばらしい「日記」の連載、本当にご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。なにかまた新しい連載の開始を楽しみにしております。

◎おかえり気仙沼、ただいま気仙沼。

2011年11月1日、気仙沼にほぼ日の支社ができました。糸井さんは今朝、〈11月01日は、1101の日。1101.comの日です。「気仙沼のほぼ日」創立の日でもあるので、いま、そっちへ向かっております。〉とツイートしていました。

その様子は、ほぼ日さんのつぎのサイトでテキスト中継されています。どうぞご覧ください。

ほぼ日
おかえり気仙沼、ただいま気仙沼。

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

一木さんの「note」

NHK朝ドラ「おかえりモネ」もいよいよ最終週を迎えましたね。10月29日(金)が最終回放送です。

最終週を迎えるにあたって、「おかえりモネ」のチーフ演出をつとめた一木正恵(いちきまさえ)さんのコラムが10月22日に公開されました。タイトルは、〈私の“人生をかけた一作” 「おかえりモネ」を振り返ってみました〉。

このコラムは本当にすばらしい。読み応えがあります。NHK「おかえりモネ」サイトでのショートバージョンでも一木さんの伝えたいメッセージがしっかりとわかりますが、できれば「note」でのロングバージョンをお読みください。このドラマがどのような意図をもって制作、演出されていたのかがよくわかります。

(このコラムのツイート配信は終了していますが、文中のロングバージョンのリンクはいきています。ぜひお読みください)


コラムのなかに、はじめて知る話がありました。〈15~25歳に届けたい、おかえりモネの世界〉という見出しのあとのつぎの文章。noteのロングバージョンから引用します。

〈 企画の原点に、気仙沼市階上中学校3年の生徒が、避難所となった体育館で、卒業式の答辞を読み上げている映像があります。

涙を流しながら、「自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、わたくしたちから大切なものを、容赦なく奪っていきました」と語り、「見守っていてください、必ずよき社会人になります」と決意と覚悟を宣言していました。深く感動すると共に、苦しくもなりました。〉

そうだったのか。2011年3月22日の卒業式での梶原裕太さんの答辞ですね。ほかの部分も含め、少し詳しく紹介させてください。

〈自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、わたくしたちから大切なものを容赦なくうばっていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。つらくて、くやしくてたまりません〉〈命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからのわたくしたちの使命です〉

久しぶりにネットにあるこの答辞の映像を見ました。ひとつひとつ絞り出される言葉はもちろんのことですが、さまざまな感情がこみあげているのだろうと思わせる中学3年生梶原裕太さんの姿も企画の原点だったのでしょう。

一木さんが15~25歳に届けたい思い。それはコラム本文を読んでいただければと。

私の余計な話はここまでにします。最後に一木さんのコラムの結びの言葉を引用させていただきます。

〈 さて、「おかえりモネ」はまもなく最終回を迎えます。ここまでの応援、本当に本当にありがとうございました。

私自身も、登場人物たちが本当に生きているかのような感覚があり、彼らと別れる日が怖いとさえ思っています。欠点があり、当意即妙に話ができなかったり、明るく振舞えなかったり、失敗したり失言したり・・・。しかしだからこそ愛おしい。本当に人間くさい人たちです。

どうか、お一人でも多くの方々に、どんな思いでもいいです、何かが届くことを願ってやみません。最後までどうかよろしくお願いします。〉(引用は以上)

一木さんは、このドラマの企画時から気仙沼を訪れて取材をしています。新型コロナの関係で関係者のみでおこなわれた2020年6月の「森は海の恋人」植樹祭にも。つぎのブログで紹介しております。

2020年6月15日ブログ「NHK一木正恵さん」

「おかえりモネ」もあと1週間。一木正恵さん、このすばらしいドラマを私たちに届けてくださって、本当に本当にありがとうございました。心から御礼を申し上げます。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ一木正恵

「モネ」名前の由来

NHK朝ドラ「おかえりモネ」の「モネ」は永浦百音(ももね)の愛称「モネ」であるわけですが、その由来については放送直後からいろいろと話題になっていました。

気仙沼市唐桑町舞根(もうね)地区と関係があるのではないかという推測もかなり多かったように思います。畠山重篤さんがこの舞根にてカキの養殖をしていることなどがその理由です。

このドラマのテーマは、重篤さんなどによる〈森は海の恋人〉活動の理念も参考とされていますし、藤竜也さんが演ずるモネの祖父の人物造形にあたって、重篤さんも参考とされていることは既にご存じのとおりです。舞根とモネを重ね合わせるのはごく自然なことでしょう。

◎NHK「日本人のおなまえ」

NHK総合テレビ「日本人のおなまえ」7月15日の放送でも「モネの由来」について取り上げていました。

この日の放送は「おかえりモネコラボSP!」。先日のブログで紹介した「気仙沼」という地名の由来に続いて、「ヒロイン“モネ”の由来を発見 !?」という話に移りました。

リモートで登場した畠山重篤さんは〈私の住んでいる舞根から取ったなってパッと思いました〉と語ります。



「日本人のおなまえ」放送画面より


しかしサブMCの赤木野々花アナは、〈プロデューサーに確認したところ、舞根から取ったわけではない〉と重篤さんの推測を否定したのです。本人もなにか言いにくそうにというか言いたくなさそうな表情で。こんな感じ。

IMG_4857.jpg

これに対して、メインMC古舘伊知郎さんは、なにもわざわざ否定しなくてもいいのにと、叱りながら笑っていました。


◎安達奈緒子さんの答

あれから3か月。10月6日にNHKサービスセンターから発行された「おかえりモネ メモリアルブック」に新たな情報がありました。このドラマの原作・脚本を担当した安達奈緒子さんが、質問に対してつぎのように答えていたのです。

Q:百音の名前の由来は

A:語感の良さ、画家のモネから連想される豊かな色彩のイメージ、気仙沼のカキの産地に舞根(もうね)という場所があるなど、由来は複合的ですね。ただ、「百音」という字には「100の音を聴く」という意味を込めました。彼女は全ての声を聞き、咀嚼(そしゃく)して出していく人なので。一方で未知は「世界をまだ知らない」「これから」という未知の意味を込めてつけています。(引用は以上)

「百音/ももね/モネ」の由来に関する決定的な情報ですね。作家自身の言葉ですから。舞根もヒントになったことは間違いないようです。

なお、このメモリアルブックには、畠山重篤さんのスペシャルインタビュー記事も掲載されています。

しかしなんというか、おかえりモネの放送もあと3週間。10月29日が最終放送日です。本日紹介したNHKのMOOK(ムック)も「メモリアルブック」と名付けられていました。

あんなこと、こんなこと。みな思い出になってしまうのか。まだ早いけど。

以上、モネの由来について。ご報告ということで。

安達奈緒子さんには、百音だけでなく未知の名に込めた意味までも教えていただきました。ありがとうございます。

7月23日ブログ「気仙沼のおなまえ」


  

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ舞根

亀山に「ゴンドラ」で

震災後に撤去された気仙沼大島の亀山リフトに変わるアクセス手段について、市が動力的な乗り物の導入を検討していると9月23日のブログで紹介しました

9月23日ブログ 亀山に「乗り物」で

ブログで紹介したように、この計画は9月21日の市議会において、熊谷雅裕議員の質問にこたえる形で明らかにされました。

9月28日の市長定例記者会見でも、その構想が語られたとのことです。10月1日の三陸新報が伝えています。


ゴンドラ
三陸新報10月1日記事の一部イメージ


記事によれば、乗り物はゴンドラ型の見通しとのこと。そして、浦の浜発着ではなく、中腹駐車場と山頂を結ぶことを想定。また通年運航として星空観察などに利用できる夜間運航にも対応したいとしています。

中腹駐車場〜レストハウス〜山頂というルートということですね。以前のリフトは浦の浜からレストハウスまでで、春から秋の日中運行でした。

記事には、最大の課題は採算性だとしています。菅原市長は「運営が赤字となっては本末転倒。事業者を募集するには黒字化できる根拠を示さねばならない」などと語り、「応募事業者の意向にもよるが、第3セクター方式もあるだろう」との見解を示したそうです。

1967年に開業した以前のリフトは老朽化も進んでいましたが、その補修もままならないというのが実情でした。毎年の赤字が伝えられていましたね。

市としては年度内に方針を固めて早期着工を目指すとしています。今後、さらに詳しい計画が明らかにされることでしょう。

いろいろと課題が多いようですが、なんとか採算のとれる計画が実現するようにと思っています。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 亀山リフト

安達さんに感謝を

9月23日に気仙沼市民会館で開催された「おかえりモネ ファン感謝祭」は無事に収録を終了。東北地区では今週末10月2日(土)午前8:15から放送されるそうです。NHK仙台放送局のツイートを紹介します。


参加応募の倍率は15倍だったそうです。新型コロナ対応で参加者をかなり絞ったための競争率の高さかと思いましたが、会場の写真を見ると結構いれてますね。応募者の多さがうかがわれます。当選した人は本当にラッキーでした。

菅原市長は抽選に当たったようです(笑)。イベント当日につぎのツイートがありました。


全国放送は10月17日(日)午前1:29 (土曜深夜)なのですね。この放送を楽しみにすることにいたしましょう。

しかしなんというか、モネが気仙沼に帰ってきてくれたのはうれしいのですが、ドラマの終幕が近づいているのを感じてちょっとさびしく感じているのは私だけではないでしょう。

とはいえ、9月27日から始まった最終章/第3部「気仙沼編」でも、なんというかいろんな波がたち、風が吹きという感じです。みんな笑顔でしゃんしゃんと終わるわけではありません。さすがは安達奈緒子さんが紡ぎあげるドラマです。

最終回の放送は10月29日。あと1か月。どんなドラマが私たちを待っているのでしょうか。実に楽しみです。

本日は、ここまで私たちを楽しませてくれた安達奈緒子さんに感謝を。中締めとして。どうぞよろしく。

9月7日ブログ「モネ ファン感謝祭」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ安達奈緒子

永瀬廉さんがゲスト

本日のテレビ番組紹介です。9月29日(水)NHK総合の新番組「ロコだけが知っている」にNHK朝ドラ「おかえりモネ」で及川亮/りょーちんを演じている永瀬廉さんがゲスト出演し、〈「おかえりモネ」気仙沼秘話〉を披露してくれるそうです。


9月29日(水)午後8:15〜8:42(27分)
NHK総合テレビ
「ロコだけが知っている」

番組サイトに、この新番組のテーマについて記してありました。

日本の本当の魅力は、地元を愛する人たちが知っている!ローカルへの愛にあふれる人たちを私たちは「ロコ」と名づけました。観光、食、歴史、人…全国各地のNHKの地域放送局がつながって、“ロコだけが知っている”地元の魅力に迫ります。

MCは、サンドウィッチマンの伊達さんと富澤さんです。気仙沼をよく知るお二人との話も楽しみですね。

どうぞご覧ください。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネロコだけが知っている

プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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