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「造り直し」は保留

気仙沼市魚町の防潮堤の施工ミス問題では、10月1日に村井知事が気仙沼を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について伝えるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪しました。これを受けての内湾地区復興まちづくり協議会の会合が10月4日に行われました。

判断保留

三陸新報10月6日記事の一部イメージ


記事によれば、会合はワーキング委員17人のほか、地権者約20人が出席しての拡大会議として開催されたそうです。菅原昭彦会長は、1日に村井知事から伝えられたことなどを報告した上で次の内容を県に求めていくことを提案しました。①原因の経過、責任の所在の丁寧な説明②県、市、住民によるまちづくりを話し合う場の設置③土地区画整理事業が遅れないように進めることの4点です。

河北新報の10月5日配信記事では、地権者らがこの提案を了承したとのことです。また、防潮堤の「造り直し」についても話し合ったが、「県に対する疑念が払拭(ふっしょく)されない中では議論できない」として結論は出さず、三つの提案に対する県の対応を見た上で改めて協議する方針を確認したと伝えています。

三陸新報の記事にもどりますが、会合のなかで委員からは、「諦めるかしかないのか」「『造り直し』を続けていってもらちが明かない」との一方、「県が工事をこのまま進めるのはふに落ちない」などの意見が出されました。「知事に責任をとってもらわないといけない」との声もあったそうです。

会議終了後、菅原会長は「造り直し」について、「現段階では県への不信感、疑念があるので判断は保留する。県の責任と役割が残っており、それを整理できないうちに議論はできない」と語りました。河北新報は、「現段階では、住民の県に対する不信感と疑念は残ったままだ。県との溝が埋まらない限りは、造り直しを求めるかどうかを議論する状況にはならない」と。

22cm高いままの防潮堤工事は10月1日から再開されいまも進行しています。そうした状況のなかで、まちづくり協議会としての判断は保留。なかなか苦しいところですが、協議会としての最善の方針選択ではないかと感じています。

10月2日ブログ「村井知事の謝罪」
 
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tag : 気仙沼 防潮堤 施工ミス

村井県知事の謝罪

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題。10月1日(月)に村井知事が気仙沼を訪れ、内湾地区復興まちづくり協議会の菅原会長、菅原茂市長、菅原清喜市議会議長らと面会しました。知事は、防潮堤を造り直さない方針について理解を求めるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪したそうです。10月2日の三陸新報によれば、〈深々と頭を下げた〉そうです。同日配信の河北新報の記事写真がこれです。

河北

河北新報10月2日配信記事より

なお、知事の陳謝、謝罪については、三陸新報は〈陳謝〉、河北新報は〈謝罪〉の表現となっています。会議は冒頭のみ公開され、面会終了後に村井知事が囲み取材に応じました。河北新報10月2日配信記事を以下に引用します。

<防潮堤施工ミス>
宮城知事が気仙沼市訪ね謝罪 工事再開に理解求める

 宮城県気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事は1日、同市を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について菅原茂市長と住民団体のメンバーに理解を求めるとともに、問題発覚後の県の対応を謝罪した。県は同日、休止していた防潮堤工事を再開した。

 村井知事は市役所で、菅原市長や「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長らと面会した。
 (1)安全性の確保(2)街づくりの遅れへの懸念(3)技術面の難しさ(4)入札不調の恐れ-などを理由に住民が求める造り直しに応じない方針を改めて説明し、「これ以上時間を引き延ばすことはできない。ミスの原因と経過、責任と処分については今後も丁寧に説明していきたい」と述べた。
 5月にあった会合で、造り直しを求める協議会の意見を「県民の理解が得られない」などとして覆したことにも触れ、「協議会での私の発言や職員の対応の至らなさによって地域住民に迷惑を掛けた。深くおわびしたい」と謝罪した。
 防潮堤を計画より22センチ高く造ったミスは今年3月に発覚した。県は背後地をかさ上げし、見た目の高さを抑える対案を提示。住民と県の協議が平行線をたどる中、市はかさ上げ工事を先行して始めた。
 菅原市長は「市内にある防潮堤は全て住民との合意に基づいて造ってきた。原則が崩れたことは残念だが、現実を受け止めて前に進む必要はある」と話した。
 協議会は、4日に開く会合で今後の対応を協議する予定。菅原会長は「造り直しの意思決定は変わっていない。間違えたことを造り直してほしいと要望するのは正しいことだ。県は深まった不信感を払拭するために住民と真摯に向き合ってほしい」と要望した。(引用は以上)

上記記事にもありましたが、面会の日に県は10月1日に施工ミスが発覚した3月以来中断していた魚町防潮堤の工事を再開しました。三陸新報によれば、残る約150mの区間で、計画より22cm高く仕上げるそうです。南町の防潮堤も含めて本年度内の完成が予定されています。

まずは知事謝罪の報道内容紹介のみにて。

9月27日ブログ「造り直しに応じず」

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tag : 気仙沼 防潮堤 施工ミス

造り直しに応じず

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題。気仙沼市は9月15日に、見た目の高さを抑える背後地のかさ上げを先行して実施する考えをすでに明らかにしていますが、9月25日に県の動きがありました。村井知事が9月25日の記者会見で、「内湾地区復興まちづくり協議会」が求めていた防潮堤の造り直しはしないと表明したのです。9月26日の三陸新報の記事はこのような内容。

三陸新報
三陸新報9月26日記事

この記事では菅原市長のコメントを掲載していました。「市はこれまで住民合意による解決を県に求めてきた。合意のないまま謝った高さで整備を進めるということなので、事業の期限もあると思うが、とても残念。決断に至った経緯、原因と経過、責任と処分について丁寧に説明をしてもらう必要がある。市としてはまち協(内湾地区復興まちづくり協議会)、県への協力は全力で行っていく」とのこと。

県の今回の決定については、河北新報が詳しく伝えています。本日は、同紙が9月26日に配信した3本の記事を紹介します。一定期間でリンクがきれてしまうので、長くなりますが、主要部を引用させてもらいます。(赤字クリックで記事にジャンプ)

9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」①
住民「知事あまりに乱暴」高さ不変に地元猛反発

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事が25日に防潮堤を造り直さないとする最終判断を下したことに関し、地元の地権者や住民団体は一斉に反発した。一貫して造り直しを求めた地元の意向を無視された形となり、住民は「あまりにも乱暴だ」と怒りをあらわにしている。
 「協議会としての要望が受け入れられなかった。非常に残念だ」。中心市街地の再生を議論してきた住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長が無念の思いを吐露した。午前9時半ごろ、村井知事から直接、電話で造り直さないことを伝えられたという。
 菅原会長は「県に対する不信感は残ったままだ。協議会としてどうするのか、今後、検討したい」と話した。近く会合を開き、対応を話し合う。(中略)
 協議会の場でも「住民との合意がない防潮堤を気仙沼には造らない」との持論を強調していた菅原茂市長は、「住民合意がないまま、誤った高さの防潮堤が整備されることは非常に残念。(県には)住民の思いを真摯に受け止め、対応してほしい」と注文を付けた。


9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」②
知事、造り直しに応じず 安全確保を重視

 (前略)村井嘉浩知事は25日の定例記者会見で、住民が求める防潮堤の造り直しには応じないと表明した。整備が遅れることで、地域の安全性確保や予算執行に影響が生じかねないと最終的に判断した。休止中の工事を近く再開し、本年度内の完成を目指す。
 村井知事は、理由として(1)街づくりの安全性確保の懸念(2)背後地での市の土地区画整理事業への影響(3)技術面の難しさ(4)入札不調となった場合のさらなる工事の遅れ-の4点を挙げた。
 防潮堤工事の事業費は年度をまたぐ「繰り越し」の手続きを2回続けた。3回目は認められないため、本年度中に事業を終える必要があるとして「(判断の)タイムリミットだった」と理解を求めた。
 村井知事は「住民に多大なる迷惑と心痛を掛け、深くおわびする」と重ねて陳謝。「ミスの原因や経緯などは誠意を持って説明する。設計、施工各業者、県職員は基準に基づいて適切に処分する」と述べた。
 菅原茂気仙沼市長と、住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長には同日午前、電話で方針を伝えた。2人から「納得したわけではない」との返事があったと明かし、「できるだけ早く出向き、おわびしたい」と話した。(後略)


9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」③
宮城県と住民の溝埋まらず 議論平行線、対立深まる

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事は25日、住民が求めた造り直しには応じず、22センチ高い防潮堤の建設を進める最終判断を下した。ミス発覚から203日。県と住民との間にできた深い溝が埋まることは一度もなかった。(気仙沼総局・大橋大介)

 防潮堤を巡る議論の経過は表の通り。県と住民の対立が決定的となったのは、5月18日に気仙沼市であった地元住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の会合だった。
 県は当初、(1)造り直し(2)背後地かさ上げ(3)現状のまま設置-の3案を示し、住民の意向を選択する方針だった。会合で住民は「造り直し」を求めたが、出席した村井知事は時間や経費を理由に却下した。
 ある協議会関係者は「住民が選んだ意見を覆した。知事の強気な姿勢も不信感を大きくした」と明かす。
 その後、「造り直し」を求める住民と県の議論は平行線をたどった。この間、県は誤解を招くような住民の意向調査結果を示したり、施工ミスに気付いた時期を住民よりも前に県議会に示したりするなどして何度も住民の反発を買った。
 今月15日にあった会合で協議会は造り直しの方針を県に示したが、その10日後、県は最終決定を下した。防潮堤背後地の魚町の地権者(44)は「県はどれだけ住民の感情を逆なでするつもりなのか」と憤る。
 住民の中には、かさ上げ案を受け入れざるを得ないとの意見ある。それでも、県と住民の感情的対立が解消される可能性は極めて低い。

表
(引用は以上)


最後に引用した記事は、河北新報気仙沼総局・大橋大介さんの署名記事です。その中に、協議会関係者の言葉として「住民が選んだ意見を覆した。知事の強気な姿勢も不信感を大きくした」とありましたが、知事の強気な姿勢こそが不信感を大きくした原因だと私は思います。

知事は「できるだけ早く出向き、おわびしたい」と話しているそうですが、もう少し別の段取りがあってもよかったような気がします。大橋さんの記事の末尾に〈県と住民の感情的対立が解消される可能性は極めて低い〉とありました。残念ながら同感。としか言いようがありません。

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tag : 気仙沼 防潮堤 施工ミス

魚町復興途上風景

三陸新報のシリーズ記事〈今を見る「途上の街」〉は、気仙沼市と南三陸町の復興経過を写真で紹介しています。私など気仙沼を離れて暮らすものにとっては大変ありがたい企画です。8月12日に紹介されていたのは、気仙沼市の魚町と南町。つまり内湾地区の風景でしたから、なおさら興味深くながめました。



三陸新報8月12日記事の一部イメージ


私の実家があった魚町坂口の裏山方向から撮った写真ですかね。なかなかいいアングル。左下から右上に向かってうつっているのが、県のミスで22cm高く施工された防潮堤です。南町の海岸に少し波打つ屋根の建物が内湾商業施設「ムカエル(迎)」。その左側で「(仮称)南町海岸公共・公益施設」の工事が進んでいます。

昨日のブログでもお伝えした、施工ミス22cmに対応するかさ上げは、写真にうつる平たい地面の上に盛り土する感じなのでしょうかね。その右側の道路や建物との高さの違いはどうなるのだろう。なかなか全貌がわかりません。

中央下側にうつる建物は〈福よし〉さんです。現在は工事のために営業を休止しているはずですが、今後はどのようになっていくのでしょうか。写真でいえばその左側にあった、屋号でいえばイチジュウさんやカクダイさんの建物は撤去されていますね。

この写真を見て感ずるのは、失われた懐かしい風景への郷愁ではありません。いろいろ課題はあるでしょうが、そこに暮らす人たちが希望の持てる新しい魚町そして南町であって欲しいという願いのみ。

まちづくり協議会の皆さんや行政関係者、そしてなにより住民、地権者の方々にとってはまだまだ大変なことも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 

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かさ上げ先行実施

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題に関して、市に新たな動きがありました。9月15日の「内湾地区復興まちづくり協議会」の会合で、菅原茂市長は見た目の高さを抑える背後地のかさ上げを先行して実施する考えを明らかにしました。9月16日の三陸新報記事もつぎのような記事で伝えています。

かさ上げ先行

三陸新報9月16日記事の一部イメージ


記事によれば、会議前日の9月14日夜に魚町地区の権利者会を開いて市のかさ上げ案を示したそうですが、出席した地権者16人から異論は出なかったそうです。15日の協議会後、菅原昭彦会長は、「区画整理は権利者の問題。権利者が最悪の事態を避けたいという思いから市のかさ上げに理解(を示)したのだと思う。尊重したい」と話したそうです。

9月16日配信の河北新報も詳しく報じています。一部を引用します。

〈 菅原市長は、県に加えて県議会内でも造り直しへの賛同は得られない見通しという現状認識を報告。「市として県が造り直す可能性はないと判断した」と述べた。その上で、区画整理事業を計画通り実施するに当たって「時間の限界が来た」と、県が提案するかさ上げ工事に週明けから着手する考えを示した。費用は県側が負担する。14日に魚町の地権者に説明し、「異論はなかった」と報告した。

 菅原市長は会合後の取材に「土地のかさ上げも行われない、防潮堤の高さも下がらないという最悪の事態は避けたい。残念だが行政として客観的に判断した」と説明した。ただ、「高さのミスを容認したわけではない」と述べ、県が引き続き住民との合意形成に努めるよう求めた。

 協議会の菅原昭彦会長は「地権者の選択は尊重していきたい。だが県への不信感は依然残っており、造り直しの結論を覆すことはできない」と話した。
 県によると、盛り土などに見込まれる費用は数千万円。ミスの責任割合に応じ、業者側と分担して市に支払う。武藤伸子県農林水産部長は「(市の判断に)感謝している」と述べた。〉(引用は以上)


記事を読んでいてちょっとわかりにくいなと思ったところがありました。造り直しを強く求めていた魚町の人の中には、地権者も多くいたはずで、その方々と14日夜の権利者会出席者の重なりや違いがわからないのです。造り直しを強く求めていた人もかさ上げには異論がなかったということなのでしょうか。

なお、9月18日配信の東日本放送ニュースによれば、村井知事は今回の結論について、「地域の皆さまや尽力いただいた気仙沼市に感謝したい。防潮堤の造り直しについても誠意を持って丁寧に説明したい」とコメントしているそうです。

村井知事が5月18日のまちづくり協議会で高飛車な言葉を発することなく誠意をもって丁寧に対応していればこんなことにはならなかったのにとあらためて感じています。

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村井知事のお詫び

一昨日9月4日のブログで、9月3日に宮城県のホームページに掲載された「県民の皆様へ」と題する村井知事名での文章と7つの資料についてご紹介しました。ブログタイトルとした「いわれのない批判」は、知事の文章中の〈地域の皆様が,全く非がないにも関わらず,いわれのない批判を受けているとのお話を頂戴いたしました〉から引いたものです。

4日のブログで、私は三陸新報記事の〈県がHPで謝罪〉という見出しはちょっと違うと記しました。知事文章のタイトルは〈県民の皆様へ〉であり、主旨は県民からの気仙沼住民に対するいわれのない批判を払拭するために、ミスの経緯を公表するというものです。もちろん、内湾地区住民や県民にお詫びもしていますがそれはあくまで付帯的なもの。

このようなことをあらためて記すのは、三陸新報の記事を見てから、知事の文章を読んで〈これでは、お詫びになっていない〉と反発する人もいるのではないかと思ったからです。新聞記事の見出しとするならば、〈県がミスの経緯を公表〉あたりでしょうか。

県からの村井知事名でのお詫びとお願いは、9月3日公表の資料7のPDFファイル「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い」です。8月14日付けで、内湾地区復興まちづくり協議会に示されていますが、広く公表されるのは今回が初めてです。この内容が内湾地区住民にどのように共有されたのか、されなかったのかについてはわかりません。

そんなことで、本日はこの8月14日付け「お詫びとお願い」文書を以下に引用させてもらいます。

お詫び

  8月14日付けの「県からのお詫びとお願い」一部イメージ


内湾地区復興まちづくり協議会の皆様へ

「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い

 この度の気仙沼漁港魚町地区防潮堤の建設に当たりまして、地域の皆様が幾度もの協議を経て、苦渋の選択をされ、現在の計画を受け入れていただいたにもかかわらず、県における不手際により防潮堤の高さを間違えるという、あってはならない事態を引き起こしたことに対しまして、深くお詫び申し上げます。

 また、その後の地域の皆様との話し合いにおいて、私の発言等によりお気持ちを傷つけましたこと、私どもの対応の至らなさにより大きな疑念と不信感を招く結果になりましたことについても、重ねてお詫び申し上げます。

 今月7日の貴協議会の記者会見資料を拝見させていただきましたが、「防潮堤不要論から苦渋の選択をし現在の計画を受け入れた住民と同じ想いを共有した上での発言がみられない」、「知事の発言及びその後の対応はあらためて被災地の地域住民に精神的な苦痛や心労を与える」、「説明会や運営会議では、県の不誠実、不親切な説明姿勢であった」など厳しいお叱りの言葉を頂戴いたしました。
 今後は、皆様からのお言葉一つ一つを真摯に受け止め、信頼関係を回復していただけるよう努力してまいる所存であります。

 今回、施工ミスに関わった設計業者、施工業者については、県の基準に基づき適切に処分を行ってまいります。県職員についても同様です。また、今回の対策にかかる費用についても、各業者に責任に応じた負担を求めてまいります。
 なお、このことについては、進捗状況を9月に報告させていただきます。

 現在、県が提案しているかさ上げ案について、県の対応に不信感が募る中であったにもかかわらず、皆様で御検討いただいたことにお礼申し上げます。

 「土地区画整理事業が2週間程度確実に遅れる」との御懸念については、土地区画整理事業を実施する気仙沼市と密に調整し、宅地完成に遅れを生じさせないことはもとより、一日でも早く宅地引き渡しができるよう、県としても全力を尽くしてまいります。

 「道路との格差が最大で75cmにもなるところ」については、段差が市で計画している70cmから追加のかさ上げに伴い75cmに拡大する宅地のことだと思われますが、段差が拡大する片浜鹿折線側から車両の乗り入れを御希望の場合は、建築計画、駐車場計画などをお聞きし、対応策を御相談させていただきます。

 「土地が狭いところの対処」については、車両の乗り入れに支障のないよう、かさ上げを行わないこととしておりますが、同様に御希望に応じて対応策を御相談させていただきます。

 「私有地境界同士の高低差が広がること」については、現在、追加のかさ上げを行わないこととしている宅地についても、御希望があれば、かさ上げを行うことで、高低差が広がらないようにいたします。

 道路から各宅地への乗り入れ等についても、市と協力しながら、個々の土地利用や建築計画に応じた対応を行ってまいります。

 かさ上げ案による「不必要な段差を生むことで、不利益を被る住民が出ること。そのことによって地域の分断を生む可能性があること」という御懸念については、かさ上げにより市の計画から段差が拡大する宅地ではその擁壁の増加費用について、県が費用負担を行うことといたします。

 県といたしましては、貴協議会における御懸念を踏まえて、かさ上げ案について上記の改善を図っていくことといたしますので、再度、説明の機会を賜りますようお願い申し上げます。

平成30年8月14日

宮城県知事 村井嘉浩  (引用は以上)

引用元ファイル:公表資料(5)「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い(資料7 [PDFファイル/136KB]

県はこの文書を8月14日にまちづくり協議会に提示し、再度、説明の機会をつくって欲しいとお願いしています。また、設計業者、施工業者、県職員などの処分や対策に関する費用の業者負担についての進捗状況は9月に報告するとのこと。

県としては、これらのお願いへのまちづくり協議会の返答を待っている状態だと思うのですが、9月3日の宮城県ホームページでの県民への経緯公表の主旨が誤解され、魚町住民の新たな反発を招いている可能性もあるのではないかと心配しています。

この問題は、5月18日(金)の内湾地区復興まちづくり協議会で、協議会が決めた方針に対し、その場で村井県知事が施工ミスのまま工事を進めるとの方針を示したことに始まりました。その強硬な知事の姿勢に住民が反発したのです。これについては5月21日のブログに記しました。このときと同様に、村井知事が住民会合に急ぎ駆けつけて、心からのお詫びを伝えていれば、ここまでこじれることはなかったのにと。とにかく残念です。

5月21日ブログ「住民意見採用せず」

 

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いわれのない批判

本日9月4日の三陸新報に、気仙沼市魚町の防潮堤が権の施工ミスにより22cm高く施工されてしまった問題についての記事が掲載されていました。宮城県が、きのう9月3日日に県のホームページに、魚町住民への謝罪やミスが起きた経緯などを掲載したというのです。

9月3日

三陸新報9月4日記事より(クリックで拡大)


私は〈県がHPで謝罪〉という見出しなどから、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られたというお詫びなどが、あらためてホームページで公開されたのだろうと推測しました。しかし県のホームページを見てみると、ちょっと違っていました。気仙沼の地域住民に対する県民からのいわれのない批判に対して、県から県民に対してきちんと説明しますという内容でした。ホームページ上の記事がちょっと見つけにくいのですが、つぎの赤字をクリックすればジャンプします。

宮城県9月3日更新「気仙沼漁港魚町地区防潮堤の施工ミスについて」

まずは「県民の皆様へ」と題する村井知事名での800字ほどの文章が掲げられています。私なりに主旨をまとめるとつぎのようなこと。

施工ミス以降、地域住民が県民からいわれのない批判を受けているとの話を受けた。そのような批判があるとすれば、県民に誤解を生じさせた私たち(県)の責任である。地域の皆さんには大変申し訳ない。ついては、県民に正確に理解してもらうために、これまでの経過、経緯をホームページ上でも下記のとおり公表することにした。早くからこのように公表すれば、地域住民への県民からの批判的意見は出なかったのではないかと反省している。内湾地区の皆様に多大なるご迷惑をおかけしていることに改めてお詫び申し上げるとともに,県民の皆様にご心配をおかけしていることにお詫び申し上げる。

そして公表された資料はつぎの5テーマ7資料です。
1) 防潮堤高さに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料1)
2) 魚町地区防潮堤工事の施工ミス概要図(資料2)
3) 魚町防潮堤工事の施工ミスに至った原因と経過(資料3・4・5 )
4) 施工ミスに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料6)
5) 「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い(資料7)

上記の資料7が、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られた県からのお詫びとお願い文書です。3頁の内容です。これについては、8月21日の三陸新報がつぎの記事を掲載していました。

詫び状

三陸新報8月21日記事より


この記事については、内湾まちづくり協議会からの反応があったときに合わせて紹介しようと思っていましたが、その前に県の県民への新たな情報発信がなされました。

また、きのう9月2日の三陸新報では、一面トップの〈ニュースを追って〉で、この魚町防潮堤施工ミス問題について〈県と住民が膠着状態/地元は「造り直し」揺るがず〉との見出しで記事を掲載していました。そのなかに、〈県のホームページに住民の名誉を回復させるための文章を載せて県民に広く発信する予定という〉との記述がありました。それが上記のホームページ記事だったのですね。

なお、この三陸新報の記事では、〈県民からの地域住民に対する批判〉ではなく、気仙沼市内からの魚町住民に対する異論を紹介しています。〈22cmぐらいいいのでは〉〈いつまで引きずるのか〉といった声。これに対して魚町地権者の〈魚町の住民はわがままを言っているという声もある。われわれの生の声や考え、思いが伝わらず、市民から浮いてしまっている〉との声も記していました。

魚町<南町<内湾(魚町・南町)<市民<県民という各層の意見の相違があって本当に複雑です。まさに〈膠着状態〉としか言いようがありません。本日は私としての考えは控え、9月3日の県の文書の紹介にとどめておくことにいたします。

8月10日ブログ「県の対策案を拒否」
 

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背後地かさ上げ案

事前の紹介ができませんでしたが、本日7月2日午後0:20からのNHK総合「旬感☆ゴトーチ!」で気仙沼「海の市」の氷の水族館などが紹介されます。「しごと場・あそび場ちょいのぞき」なども。ゲストは八代亜紀さん、リポーターはマギー審司さんです。

ここからが本題。気仙沼の魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題で、県は6月30日に背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示しました。7月1日の三陸新報の紙面はこんな感じ。

かさあげ案

三陸新報7月1日記事の一部イメージ


同日、河北新報も記事を配信していました。その内容を引用します。

〈 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を県が誤って施工した問題で、県は30日、住民が求めた防潮堤の造り直しではなく、背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示した。今月中旬まで地権者らに個別に説明する。住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」はその後、再度会合を開き、対応案を受け入れるかどうか結論を出す。

 市役所であった協議会の会合で、県の担当者が明らかにした。防潮堤の背後地で、市が実施する土地区画整理事業内の土地約1ヘクタールで、5~20センチかさ上げする。問題発覚直後に県が示したかさ上げ案を、修正した。当初案では、区画整理事業の計画変更や設計の修正などの手続きに約9カ月かかるとしたが、新たな案では約2カ月に短縮された。追加のかさ上げ工事は約10日間で終わり、宅地の引き渡しも2週間程度の遅れにとどまる見通し。事業費は数千万円で、防潮堤を造り直す場合より少なく、県が全額負担する。

 住民からは「かさ上げ案は、防潮堤の高さを変えないと知事が言ったことの尻ぬぐいだ。22センチ間違った分を造り直すべきだ」「(隣接する)南町の防潮堤の高さと違っても大丈夫なのか」などの意見が出た。県は、協議会が6月6日に要望書で求めた、ミスに至った詳しい原因の説明も行った。武藤伸子県農林水産部長は「皆さまの気持ちを傷つけてしまい、この場を借りて誤りたいと陳謝した。(小田注:河北記事中の「誤りたい」は、「謝りたい」の誤まりかと)

 協議会の菅原昭彦会長は「区画整理事業が一気に進めば、防潮堤と合わせた街づくりがスピードアップする。代替案としては検討するに値する」と話した。協議会は、防潮堤の造り直しを求めた住民合意を覆した村井嘉浩知事本人に、改めて謝罪を求めることも決めた。〉(引用は以上)

三陸新報では、住民側の反応がわかりませんでしたが、河北新報では反発や疑問の声も紹介しています。続報などがあればまた紹介します。本日は県の提案内容の紹介のみにて。

6月11日ブログ「県への要望書提出」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 防潮堤

県への要望書提出

きょうで震災から7年3か月。本日のブログは魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題の先週の動きです。6月6日(水)、内湾地区復興まちづくり協議会の菅原昭彦会長、菅原茂市長、菅原清喜市議会議長が県庁を訪れ、それぞれの要望書を川端副知事に手渡しました。これを伝える6月8日の三陸新報紙面を紹介します。写真は市より提供とのこと。

6月8日県への要望

三陸新報6月8日記事の一部イメージ


まちづくり協議会と市・市議会の要望書は、立場の違いもありそれぞれ異なっています。6月7日の河北新報記事を引用します。

〈菅原昭彦会長は、住民が県と議論を重ねて計画の高さを受け入れた経緯に触れ「(ミスで)約束がほごにされることは納得できない。明確な理由がない限り計画通りに進めてほしい」と求めた。菅原茂市長は「(県が)住民と同じ思いを持ってくれていない。正面から向き合うことが必要」と訴えた。菅原清喜市議会議長も、県に再考を促した。

公務の知事に代わり応対した河端章好副知事は「『海の見える生活を大切にしたい』という住民の思いを念頭に、方策を考えている」と答えた。取材に対し「(造り直さない)今の方針をベースに住民に理解される方策を検討したい」と強調した。

要望書で、協議会は「県全体の利益を理由に、非が地域住民の側にあるかのような意思が知事から示され、住民は全く納得していない」と批判。造り直しや高さを間違った原因の丁寧な説明など4項目を明記し、回答を求めた。市と市議会は造り直しの要望が内湾地区の総意とし、住民や地権者との合意を前提に、県が工事を進めることを強く要請した。

菅原会長は「われわれの要望にかなうかどうかは県が示す方策の内容次第だ。ボールは県側にある」と話した。菅原市長は「オープンな協議の場で県が示した案の中から住民が造り直しを選んだ。決してわがままではないことを理解してほしい」と述べた。菅原会長ら3者は県議会の中島源陽議長にも同様の要望書を提出した。〉(引用は以上)

河北新報6月7日配信記事

6月6日の要望書の内容については以上ですが、きのう6月10日の河北新報は、この<気仙沼・防潮堤施工ミス>の発端から現在までを概括する記事を配信しています。筆者は気仙沼総局の大橋大介さん。地元の人の意見をより身近に感じることができる立場からのまとめになっています。

河北新報6月10日配信記事

この記事を読んでも、5月18日に気仙沼で村井県知事がまちづくり協議会関係者を前に発した高飛車な言葉が不思議でしょうがない。県の行政トップとしての難しい判断が求められていることはわかりますが、それだけに慎重に丁寧に事を運んで欲しかった。理屈をこえて〈なにをえらそうに〉と住民が反発するのも無理はないでしょう。

6月6日の地元からの要望に対する県の対応がどうなるかに注目しています。

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三陸新報の「論説」

気仙沼市魚町の防潮堤施工ミス問題については、5月25日のブログ「菅原市長の対応」をまとめてからは特にとりあげずにおりました。その後の動きを簡単に言えば、造り直しはしないとする村井知事の姿勢に対し、内湾地区復興まちづくり協議会だけでなく、市も議会も県に再考を求める動きを強めています。6月2日の三陸新報によれば、6月6日にはまちづくり協議会の菅原昭彦会長、菅原市長、菅原清喜議長が県庁におもむき、県と議会にそれぞれの要望書を提出するとのことです。

こうした動きのなかにあって、三陸新報は6月1日の〈論説〉で、〈気仙沼市が仲立ちを〉との見出しで防潮堤施行ミス問題をとりあげていました。

6月1日社説
三陸新報6月1日「論説」記事(クリックで拡大)


この〈論説〉では、住民と県が対立する様相となっている現状をまとめた上で、つぎのように述べています。

〈住民が時間をかけてきた話し合いを台無しにするようなミスに、憤りを覚えるのは当然だ。責任はミスをした県側にあり、村井知事の頑(かたくな)な態度を疑問視し、「住民の意見を尊重すべき」「3案以外もあるのでは」と指摘する声が聞かれる。 一方、「造り直しを求めなくても…」と県の方針に理解を示す人がいるなど、住民、県それぞれの主張を支持する声がある。 このままどちらも譲らなければ、対立を深めさせ、感情論に発展しかねない。復興の遅れが懸念されており、住民合意を前提にする気仙沼市に、県と住民との仲立ちを強力に求めたい。〉(引用は以上)

この意見、主張に私も同感です。対立関係をこれ以上つよめることは、できれば避けて欲しい。その仲介役をつとめることができるのは市ということになるでしょう。〈論説〉はつぎのように文を続け、結びとしています。

〈市民の間でもう一つ心配されるのは、県と市の関係が悪化すること。市内の県事業や復興工事、県からの各種支援などに、何らかの悪影響が及ぶことがあってはならない。互いにより大所高所から話し合い、早期に“落とし所”を探るべきだろう。〉(引用は以上)

村井知事のあの高飛車な姿勢に対する反発感情はとてもよくわかる。そして、工事を続行する代わりということで様々な施策など交換条件が示されても〈金の問題ではない〉との新たな反発もあるでしょう。しかしそれでは問題は長引くばかり。〈落とし所〉という表現がよいかどうかは別として、現実的な〈妥協点〉を見出す努力も必要ではないかと。反対を貫く姿勢にくらべると、ちょっとかっこ悪いけどね。そんなことを思いながら、新しい週が始まりました。

5月25日ブログ「菅原茂市長の対応」

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tag : 気仙沼 防潮堤

菅原茂市長の対応

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題は、先行きが不透明です。5月18日の村井知事の強硬姿勢に対して住民などの反発がとても大きいのです。そうしたことが背景にあるのでしょう、菅原市長は5月22日(火)の定例記者会見で、住民合意のない防潮堤を市内に造るべきでないとの考えを示しました。これに関する、三陸新報、河北新報、NHKの報道内容を要約します。

◎1:三陸新報5月23日記事

まずは地元紙の三陸新報から。

5月23日市長会見
三陸新報5月23日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

菅原市長の発言内容をピックアップします。

「県が住民の選ばなかったものをやりたいとしたのは住民もショックで、私も驚いた。通常の県政では見たことがない」「市としては住民合意のない防潮堤を市内に存在させてはならない。これまで変わらない原則で、県もそうしてきた。そのことに向けて努めていきたい」

記事では、この市長の発言に加えて、5月21日に県農林水産部長宛に「ワーキングが総意として決定、選択した案を覆し、知事が工事をそのまま継続すると示したことは、住民や権利者にとって理解しがたく反発しており、県政に対する県民の信頼を損なうものととらえている」などとする文書を送付したと報じています。この内容については、つぎの河北新報が詳しく伝えています。


◎2:河北新報5月23日配信記事

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河北新報5月23日配信記事より(画像クリックでサイトにジャンプ)


市から県に対しての文書の内容に関する部分を引用します。

〈市によると、県農林水産部長宛てに「魚町防潮堤について」との文書を21日にメールで送った。18日に住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」が開いた会合で協議会は「造り直し」を求めたが、村井知事が「現状のまま設置」を提案したことへの市の見解をまとめた。

県は当初、①造り直し②背後地かさ上げ③現状のまま設置-の3案を示し、住民の意見を尊重するとしてきたが、村井知事は造り直しに2億~3億円の費用がかかり、県民全体の理解が得られないことなどを理由に協議会の総意を覆した。

文書は村井知事の判断に「住民や地権者には理解しがたく、県政に対する県民の信頼を著しく損なう」と反論した。さらに①「造り直し」は内湾地区の総意②市内に造る防潮堤は住民合意が前提③市は県と住民が合意するよう努める-との考えを示した。〉(引用は以上)

河北新報の記事では、村井知事が気仙沼市を再訪する意向を示したことへの市長の反応にも触れています。菅原知事は「また同じやりとりを繰り返すべきではない」と述べ、住民と県、市が事前に調整する必要性を訴えたそうです。


◎3:NHKニュース宮城

NHK宮城も定例会見の内容を伝えています。

河北
NHKニュース宮城5月22日配信記事より(画像クリックでサイトにジャンプ)


NHKニュースの内容は、上記の各紙記事と同様でしたが、それらにはない情報もありました。菅原市長が「防潮堤の後背地をかさ上げし、見た目の高さを維持する案も一時は検討された。市としても、よりよい解決策を示せないか努力する」と述べ、県と住民の間にたち調整を進める考えを示したというのです。

これは、初期に県が示した対応案/選択肢3案①②③のうちの②案。協議会の検討においては、地区のかさ上げ工事が遅れるなどの理由でほぼ排除された案でした。しかしこうなってくるとかさ上げを急いで、土地の引き渡し時期への影響を最小限にしつつ、防潮堤の見た目の高さを計画どおり、あるいはそれに近いものにするというのも解決案として再検討の価値があるでしょう。


以上、3種のメディア報道を要約紹介しました。いずれにしても、地元の反発は〈造り直しをしない〉ことへの反発よりも、当初は地元の意見を尊重するとしていたにもかかわらず、地元の方針案を聞いた直後にそれは採用しがたいと語る〈知事の強硬姿勢〉に対してのものと思います。そうした知事の(私にはちょっと奇妙に感じられる)リーダーシップが地元の人の感情を刺激してしまったのでしょう。

復興を急がなければならない。そして無駄のお金を使うわけにもいかない。それはみなわかっているのです。しかし結果として、知事のあの姿勢と言葉によって余計な時間とコストが必要な事態を招いているように感じられてなりません。

5月21日ブログ「住民意見採用せず」

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チリ地震津波の日

1960(昭和35)年の本日5月24日午前3時前ごろ、チリ地震津波が気仙沼をはじめ三陸地方沿岸を襲いました。国内での死者行方不明者は142人にのぼったそうです。『目で見る気仙沼の歴史』(気仙沼ライオンズクラブ発行)には、当時の気仙沼市内の死者は2名と記されています。2017年5月24日のブログ内容を再掲します。

チリ地震津波の気仙沼被災写真は、このブログで3度紹介してきました。本日は、その計6枚の写真をあらためて掲載します。

まずは「津波フィールドミュージアム」から魚町の海岸の被災写真。ある意味でなつかしい当時の〈屋号通り〉です。写真はクリックで拡大します。

チリ津波左 チリ右
「津波フィールドミュージアム」掲載写真

「津波フィールドミュージアム」

つぎは、『目で見る気仙沼の歴史』からの4枚。まずは〈港町第二東映(その後はカンダ用品店)付近〉。

南映

つぎは〈南町気小校登り口(谷村菓子店)付近〉。気仙沼小学校にあがっていく〈紫さん〉の坂を背にして〈男山〉方向を撮影。

谷村

3枚目は〈旧魚市場前〉。以前のエースポート脇の市営駐車場の向かい側です。

魚市場前

最後は、旧エースポート(その前はレストハウス)の場所にあった汽船乗り場です。



当時、私は気仙沼小学校3年生でした。魚町の海岸通りが水に浸かった風景をいまでもよく覚えています。その日は学校は休みになったはずですが、翌日には道路には打ち上げられた様々なものをながめながら通学したように思います。(再掲内容は以上)

昨年のブログはつぎのように結びました。〈6年前の大津波にくらべれば、と今では思います。失われた魚町や南町の街並みがなつかしく感じられるのです。57年前のことになりました〉。それからまた1年経ちましたので、〈7年間の大津波〉〈58年前のこと〉となりますが、その思いは変わりません。


なお、昨年同様ですが、各写真を紹介した3本のブログ記事はつぎのとおりです。周辺情報なども記しておりますので、おてすきのときにでも。

2014年6月3日「チリ地震津波の時」
2014年6月4日「チリ地震津波写真」
2014年7月31日「汽船乗り場の津波」

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強硬姿勢ふたたび

きのうのブログ「住民意見採用せず」に続き本日も気仙沼市魚町の防潮堤に関してです。5月18日(金)の内湾地区復興まちづくり協議会/ワーキング会合での、村井県知事の発言内容を知って、2013年8月6日におこなわれた内湾地区防潮堤計画に関する市民と村井知事との意見交換会のことを思い出しました。2013年8月8日の三陸新報の記事はつぎのようなものでした。


2013年8月8日
三陸新報2013年8月8日記事の一部イメージ


当時、魚町・南町の内湾地区防潮堤は5.2mで計画されていたのですが、これに対し、気仙沼市は余裕高(1m)の引き下げや海中に設置する浮上式防潮堤の採用などを県に要請していました。これに対し村井知事は、余裕高(1m)の引き下げに応じず、浮上式防潮堤は実験段階であることを理由に「私の目が黒いうちは絶対に採用しない」と完全否定したというのです。

私は2013年8月9日ブログでこの知事の姿勢について記しました。

2013年8月9日ブログ「県知事の強硬姿勢」

ブログの末尾では、つぎのように書きました。〈いやあ驚いた。なんで村井知事はここまで強硬なんだろう。内湾地区に限らず、「防潮堤を勉強する会」の活動は、いたずらに反対運動に片寄ることのないよう配慮されていたと思います。そうした丁寧な議論のうえでの意見交換会だったわけですが、こうした知事のかたくなな姿勢に対しては大きく防潮堤反対の声をあげていくのではないでしょうか。3時間にわたったこの意見交換会は市民の知事に対する失望と対決姿勢を強めたように感じます。「オレの目の黒いうちは絶対に」といって防潮堤に反対する声が大きくなったら、県はいったいどうするつもりなのでしょうか。〉(自ブログ引用は以上)

県の行政の長として今回の施工ミスを陳謝した上で、地元の人に迷惑をかけるが造り直しをせずに工事続行をなんとか受け入れてもらえないだろうかとの表明を受けて、さらに地元の意見をとりまとめるという限られた時間ではあっても丁寧な協議のやり方は今回もあり得たはずなのです。しかし、知事の強硬なもの言いによってそれもできなくなりました。地元の人にすれば、まさに〈おだづなよ〉(ふざけんな)という感じでしょう。今の私の思いは、5年前と同じ。本当にやりきれない気持ちとしか言いようがありません。

昨日5月21日ブログ「住民意見採用せず」

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住民意見採用せず

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題について、5月18日(金)の内湾地区復興まちづくり協議会/ワーキング会合の内容を、三陸新報と河北新報が報じていました。協議会が決めた方針に対し、村井県知事が伝えた施工ミスのまま工事を進めるとの方針に住民の反発が高まっています。少し長くなりますが、資料として記事内容を引用紹介します。

◎1-1:三陸新報5月19日の記事

5月19日

三陸新報5月19日記事の一部イメージ


三陸新報の記事から村井知事の方針説明に関する部分などを引用します。

「村井知事は、協議会員や住民を前に「これまで、防潮堤の高さ決定やフラップゲートの採用などまちづくり協議会と協議を重ねてようやくまとまった計画だが、このような事態となり、本当に申し訳ございません」と陳謝した。

県の方針としては、フラップゲートを含めた造り直しは高度な技術が必要なこと、安全性が高まった防潮堤の造り直しに県民の理解が得られないこと、造り直しに多額の費用が掛かることから「見直し前の高さのまま完成させたい」と説明し、理解を求めた。

一方、席上で地元の魚町2区自治会(藤田淳逸会長)が、地区民の総意として①防潮堤の造り直しを求める②土地区画整理事業を遅滞なく進める③対策決定プロセスを住民へ丁寧に説明する--を求める旨の要望書を、40人分の署名と共に(内湾地区復興まちづくり協議会の)菅原(昭彦)会長へ手渡した。(引用は以上)


◎1-2:三陸新報5月20日記事

19日の三陸新報の記事では、協議会としての対応方針がどのように決まったのかがわかりませんでした。見出しでの〈地権者--造り直しを〉という意見は協議会ではなく、あくまで魚町2区の地権者要望です。そう思っていましたら、翌日5月20日に続報が掲載されました。

5月20日
三陸新報5月20日記事の一部イメージ

記事の主要部を引用します。

「協議会内ではミス発覚後、「造り直し」と「現状維持」とで意見が分かれていたが、魚町2区自治会から要望を受けたことで、姿勢を造りなおしに一本化。知事との対話に臨んだ。これに対し村井知事は①造り直しは高度な技術が必要で完成時期が遅れる②より安全性が高まった防潮堤を造り直すことに県民理解が得られない③2~3億円と多額の費用が掛かる-の3点を挙げたほか、「『このままで良い』との声もあり、造り直しが総意ではないと受け止めている」と語った。その上で、「県全体の利益を考えると、このまま進めた方が良いと判断した。すでに意思決定しており、ミスも含めた全責任は私にある」と強調した。

協議会は「これまでの協議が無駄ではないか」「住民感情をくみ取っていない。怒りを覚える」と強く反発。しかし、村井知事は「皆さんの考えと逆の言葉を言っていると承知しているが、復興は立ち止まっていては進まない」と方針を固辞した。菅原会長は「会の意見の重さを受け止めて欲しい。知事の考えを受け、再度検討を行うが、時間は掛けられない。今月中にも知事と意見を交わす場を設ける」として閉会した。

報道陣の取材に対し、村井知事は「他案も検討するが、大きく方針が変わるような案は難しい。担当者には、このまま準備をするよう指示する」と答えた。出席した地権者の一人は「あまりに横暴な対応に言葉が出ない。全く納得できない」と怒りをあらわにした。

・区画整理事業は再開へ

席上、市は対応の一つとして挙がっていた「防潮堤背後の土地区画整理事業地内のかさ上げ」案を、協議会も県も考えていないことを確認した上で、「土地区画整理事業を進めさせて欲しい」と求め、了承を得た。これにより、施工ミス対応の結論を待たずに済み、宅地の造成がこれ以上遅れることは避けられる見通しとなった。」(引用は以上)


◎2:河北新報5月19日記事

5月19日の河北新報は、協議会としては「防潮堤背後地の土地区画整理事業には影響がない」などとして造り直しを求める方針でまとまった直後、村井知事はその協議会方針を採用せずに現状のまま設置する方針を断言したといいます。三陸新報記事にはなかった、菅原市長の「県の方々には、住民に対して聞く耳を持ってほしい」と口調を強めたとの記述がありました。配信記事はふたつにわかれていますが、以下につなげて引用します。

〈気仙沼・防潮堤施工ミス〉①
「宮城県全体の利益考慮」知事、現状維持案を提示

 東日本大震災で被災した気仙沼市内湾地区の魚町に建設中の防潮堤を宮城県が計画より22センチ高く造っていた問題で、村井嘉浩知事は18日、防潮堤を現状のまま設置する方針を明らかにした。同日、市役所であった住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」で、県の最終案として提示した。しかし、協議会は「防潮堤背後地の土地区画整理事業には影響がない」などとして造り直しを求める方針を決めたため、了承は得られなかった。

 村井知事は現状のまま設置する理由として(1)既に半分以上、工事が進んでいる(2)一部に設置済みの(津波襲来時に浮力で立ち上がる)フラップゲートの再設置には高い技術力が必要で時間がかかる(3)造り直しには2億~3億円の費用がかかる-の3点を挙げた。
 村井知事は「全ての責任は私にあり、おわびする」と謝罪した上で、「(工事の)進行状況が50%を超えており、県全体の利益を考えると後戻りせずに進めたい」と理解を求めた。造り直しには費用負担が生じる点にも触れ、「不安全な方向なら他の県民も納得するが、(高さが増し)より安全度が高まる防潮堤への税金支出は理解してもらえない」と説明した。

 県は今後も協議会との話し合いに応じる考え。今回示した最終案について村井知事は「最終の意思決定であり、大きく方針を変えることはない」と強調した。

〈気仙沼・防潮堤施工ミス〉②
「結論ありきか」住民不満噴出
1ヵ月議論した「造り直し」意見採用されず


住民の意向を無視するような宮城県政トップの姿勢に、内湾地区の住民が怒りを爆発させた。住民団体が約1カ月の議論を重ねて出した「造り直し」の意見を採用せず、村井知事は間違った高さのままでの建設を断言。住民たちは「これまでの議論は何だったのか」と不満をぶつけた。

「皆さんの総意とは正反対の意見かもしれないが、県全体の利益を考えて選択した。理解してほしい」。住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」が会合で協議し、「造り直し」の意見でまとまった直後、村井知事はこう切り出した。4月14日にミスが発覚後、住民団体は意見集約を続けてきた。「造り直し」か「現状のまま設置」かで割れる中、防潮堤の背後地にある「魚町二区自治会」が造り直しを強く求めたこともあり、最終的に造り直しを求める方針を決めた。

それと全く反する知事の発言。出席者からは「結論ありきだったのか」「われわれが評価しない物を造るのか。負の遺産が残る」など批判が噴出。菅原茂市長も挙手して発言を求め、「県の方々には、住民に対して聞く耳を持ってほしい」と口調を強めた。魚町二区自治会の藤田淳逸会長は「憤りを感じている。こんな横暴が許されるわけがない」と怒りをあらわにした。(引用は以上)

5月1日と2日に計3回ひらかれた住民への説明会で示された県の対応策は、①防潮堤の造り直し②背後地のかさ上げ③現状のまま設置の3案でした。そしてこれに対する住民の意見は①か③への二分された形となりました。

いずれの案になるにしても、その後の住民・地権者の異論や反論が生じるだろうことが容易に想像されました。私は、協議会の前日17日の河北新報配信記事で、県が防潮堤を現状のまま設置する案を提示する方針であることを知りましたが、その提示の仕方がこんな強硬姿勢を感じるものになるとは思ってもみませんでした。

村井知事が〈最終の意思決定であり、大きく方針を変えることはない〉と〈断言〉したという記事を読み、2013年8月6日に気仙沼で行われた市民と村井知事との防潮堤計画に関する意見交換会で、村井知事が、海中に設置する浮上式防潮堤は実験段階であることを理由に完全否定したときの言葉を思い出しました。「私の目が黒いうちは絶対に採用しない」と。結果としては、方式が異なるフラップゲート式が採用されたわけですが、このような強硬な物言いではまとまる話もまとまらないでしょう。

長くなりました。2013年8月のときの話は明日にでも。本日はこの辺で。しかしなんというか、今回の県の施工ミス、そして知事の対応姿勢にとても驚いています。これまで魚町や南町の内湾関係者が様々な課題を県の担当者らと時間をかけて協議し、なんとか合意に達した計画であるだけに本当に残念です。

5月4日ブログ「魚町防潮堤説明会」

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TBS ニュース映像

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題について、TBSの5月16日放送のニュース映像が配信されていました。「復興への日々」の324回。地元の人のインタビュー映像などもありましたので紹介します。

TBS NWES 5月16日配信ニュース

主要画面と各氏の発言内容を紹介します。まずは画面順①の右上にうつっているのが魚町防潮堤工事。②は4月16日の村井嘉浩県知事の陳謝場面。「本当に深くおわびしたい。内湾地区の皆さまに対する責任は県が負わなければならない」

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画面③のテロップにあるように、当初の計画を22cm下げることで県と住民が合意していました。④は2012年に気仙沼を訪れた村井知事。左にうつっているのは〈あさひ鮨〉の村上力男さんです。高すぎる防潮堤には反対という立場だったと思います。

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⑤は〈磯屋水産〉の安藤さん。「(防潮堤を)ちょっとでも下げて圧迫感を少なくしようと精一杯やってきた中で、『約20センチ間違えました。すみません』では、本当にがっかりですよね」。⑥は〈菓子舗サイトウ〉の齋藤さん。「早くつくってもらわないと、どんどん街がすたれていく気がする」

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⑦⑧は〈臼福本店〉の臼井壮太郎さん。会議の映像は5月1日の説明会でのものと思います。「納得しない。全然納得できないです。全然説明も納得できないし、なぜこのようなことが起きたのか、まずそれが納得できない」「まずは、つくり直すこと。予定どおり、計画どおりに直してもらいたい。防潮堤をつくり直すからといって、住宅や会社の再建というのは私は絶対遅らせるべきではないと思います」

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TBSのニュースでは、防潮堤の高さの情報が不足しているので整理しておきましょう。当初は海抜5.1mで、このうち余裕高1mをフラップゲート化し、背後地の盛り土によって陸側からの見た目が1.3mとする計画でした。2015年7月に着工しましたが、2017年3月に地盤の隆起分22cmを防潮堤の高さから差し引く計画に変更し、見た目の高さは1.08mとなる予定でした。これが22cm高いままの1.3mで施工されたということ。

ニュースは、〈住民の間でも意見が分かれるなか、県は寄せられた声をもとに、近く対応策を1つに絞り、提示する予定ですが、今回のミスで町全体の復興が遅れてはたまらないと、被災地に困惑が広がっています〉と結んでいました。

5月18日(金)の〈「内湾地区復興まちづくり協議会」ワーキング会合で県から提示される対応案がどのような内容かわかりませんが、内湾地区(魚町・南町)の人たちの困惑や混迷がさらに広がることを心配しています。

なお、本日5月17日の三陸新報では、魚町2区の地権者が18日の協議会ワーキングにおいて、防潮堤の造り直しを求める要望書を提出する予定と伝えています。

5月16日ブログ「魚町防潮堤の経過」

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魚町防潮堤の経過

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題について、5月14日夜に内湾地区復興まちづくり協議会の運営会議が開かれました。この会議は非公開でしたが、5月15日の三陸新報がその内容を伝えています。

5月15日三陸
三陸新報5月15日記事の一部イメージ


会議終了後に県農林水産部の後藤寿信次長が、5月18日の会議では地権者約50人を対象に行ったヒアリングの結果を示すとともに、〈県としての考えも出せるよう検討したい〉と語ったそうです。

5月18日は〈ワーキング〉と呼ばれる会議です。三陸新報の記事には14日の〈運営会議〉の写真が紹介されていました。コの字型に座っているのが協議会の幹部と県の担当者でしょうか。

運営会議
三陸新報5月15日記事掲載写真

河北新報もこの会議について5月15日に記事を配信していました。その中で、県は5月18日の会合で最終案を示し、住民に理解を求める考えとしています。また、〈協議会も県の考えを踏まえ、早ければ同日(5月18日)中に結論を出す見通し〉としています。

5月18日(金)のワーキングでの協議内容や最終案がどのようになるか多くの人が感心を寄せていることでしょう。以上、魚町防潮堤施工ミス問題の経過報告ということで。

5月4日ブログ「魚町防潮堤説明会」

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tag : 気仙沼 魚町 防潮堤

魚町防潮堤説明会

気仙沼市魚町地区の防潮堤が、県のミスで22cm高く施工されてしまったことに関する住民や地権者への説明会が市役所ワンテン庁舎で開かれました。内湾地区復興まちづくり協議会(菅原昭彦会長)の主催で、5月1日の昼夜と2日の計3回。1日は魚町関係者、2日は南町関係者ということのようです。河北新報によれば、1日は昼夜2回の合計で約50人が出席とのこと。両日の様子を三陸新報はそれぞれつぎのように報じています。

説明会2

三陸新報5月2日記事の一部イメージ


説明会1

三陸新報5月3日記事のイメージ


説明会で県から示された対応案は3つです。①造り直し(費用2〜3億円)②背後地を22cmかさ上げ③22cm高いままとする代わりに地域振興策を検討。三陸新報をはじめ各紙の報道を見ると出席者の反応は、①の造り直しか③のそのままとして地域振興策のいずれかということらしい。

気になったことがあります。河北新報によれば、説明会に参加していない住民への聞き取り調査も実施する予定とのことですが、〈アンケート〉ではなく〈聞き取り〉なのでしょうか。本当にそうだとするとちょっと心配。第三者的な調査員の聞き取りであれば別ですが、各地区の人が調査を担当するのであれば、住民の率直な意見を引き出すことはできないでしょう。

それと、説明会出席者各人への聞き取りが行われていないとすれば、不参加者からだけではなく、参加者も含めた聞き取りにするのが調査としての原則だと思います。そうしたことを考えると、もし調査を実施するとすればですが、県が示した3案に対するアンケート形式による悉皆(しっかい/全員)調査が現実的でしょう。その回収率がたとえば20%程度の低いものだったとしても調査としては成立すると思います。記名か無記名かについては、どちらかといえば無記名としたほうが調査をスムーズにおこなえるような気がします。

まちづくり協議会としては5月中旬までに意見をまとめる考えとのことです。この日程がどういう事情によるものかわかりません。しかし、説明会で聞き取り調査の実施をすでに表明しているのであれば、必要な調査期間を確保した上で結論を得るようにして欲しい。

すでに住民の意見は大別/二分されています。いずれの結論になっても、自分は反対の意見だったという人がかなりいることでしょう。それだけに、住民や地権者の意見はこうだったという一定の調査データを得たうえで、協議会としての方向性を定めて欲しいなと思っております。

それにしても今回の宮城県の失態は本当に残念。まちづくり協議会関係者の皆さんの苦渋は想像を超えたものでしょう。しかし今しばらく、気仙沼内湾/魚町・南町地区のより良き復興のためにもうひとふんばり。どうぞよろしくお願いいたします。

(追記)
本日5月4日の三陸新報によれば、協議会は〈来週中に再建予定者を中心に個別のヒアリングなどを行い、20日ごろまでに一定の方針を決めたい考え〉とのことです。今後は、複数の会合を経ながら早ければ今月中にも全体会議を開き、住民に方針を示すことにしていると。なお、上記の2日間3回の説明会出席者は、案内を出した232人のうち約3割にとどまったそうです。協議会は2日中に欠席者に向けて資料などを送付したと三陸新報は伝えています。

河北新報5月1日配信記事
仙台放送5月1日配信ニュース(ヤフー/動画あり)
NHK東北5月1日配信ニュース(動画あり)

4月25日ブログ「まちづくり協議会」

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朝日町の今を見る

三陸新報「今を見る『途上の街』」は、気仙沼市や南三陸町の復興状況を写真で紹介するシリーズ記事。復興工事の初期の姿と現在の状況を比較して見せてくれるので、気仙沼を離れて暮らす私はいつも興味深く見ております。4月8日に紹介されていた〈途上の街〉は、気仙沼市朝日町でした。

岸壁1

岸壁2

いずれも三陸新報4月8日掲載記事より(クリックで拡大)

上の写真が撮影年月の明示はないものの〈今〉、下が2014年11月の撮影です。記事内容を引用します。

◎防潮堤ぐるり囲む
朝日町 造船、燃油施設工事が着々

海抜7.2mの防潮堤に囲まれた気仙沼市朝日町。旧商港側では、合併した造船4社による「みらい造船」の建設工事が行われている。船を持ち上げて防潮堤内に引き込むシップリフト方式が採用されており、その一部が海上に突き出ている。造成は終了し、現在は建屋の建設などに入っている。2019年に完成、本格稼働する。

その反対、大川河口側では、2019年の供用開始を目指し、漁業用燃油施設の工事が進められている。東日本大震災の津波で重油タンクが流出した教訓を踏まえ、防御対策を施したタンク5基が整備される。

三陸道の工事も進んでおり、気仙沼道路の一部・気仙沼横断橋(仮称)の橋脚がいくつも立ち並ぶ。(引用は以上)

上の写真のキャプションに〈造成が進み、区画が整理されてきた〉とありますが、進んでいるのはあくまで〈区画〉の造成です。「みらい造船」や燃油施設の稼働や供用は来年ですから、〈まだまだ時間がかかるな〉というのが実感。今年2月に内湾周辺地区を歩いて見たときも同様の印象を持ちました。復興が遅れているとも評される気仙沼の現状を象徴している写真かもしれません。

朝日町を囲む防潮堤の高さは海抜(かいばつ)7.2mとのことですが、見た目は2014年10月時点での情報では約5mとなります。見た目の高さではなく、海抜条件抜きで〈7.2mもの巨大防潮堤が町を取り囲む〉との記事に接すると、ちょっと説明不足じゃないかなと思ったりすることがあります。5mでも巨大すぎるのではないかと思うのですが、念のため。内湾地区ではかなりかさ上げして見た目の高さを減らすように計画されていますが、朝日町における景観への配慮は内湾ほどではないということでしょう。

これら朝日町の写真をながめていると、かつて私たちが〈商港岸壁〉と呼んだこの一帯は、工業地域としての性格を強めていくのだなとの印象を持ちました。17~18年前の夏の帰省時に、小学生だった息子や妻と〈岸壁〉で釣りを楽しみました。釣果はさほどではありませんでしたがとても楽しく、気軽に釣りを楽しむことのできる気仙沼の環境をうらやましく思ったものです。

とはいうものの、防潮堤が釣りの楽しみを奪ったと言いたいのではありません。それはあまりに短絡的すぎる話。そもそも、朝日町一帯は埋め立て地です。現在のどのあたりにあたるのかわかりませんが、小学校に入りたてのころに潮干狩りに行ったのもこの地域だったはず。潮干狩りを楽しめる自然環境が埋め立てで失われました。しかし、新たな釣り場としての楽しみを地元の人は見出したというわけです。

朝日町の〈海抜7.2mの防潮堤〉はすでにできあがっています。2014年10月には、神殿の列柱のごとき鋼管支柱が姿をあらわしていますから、宮城県議会で計画が承認されたのはそれ以前のことでしょう。計画に反対するとしても、実質的な意味を持ち得たのはその前年でしょうか。私の記憶では、内湾地区における防潮堤ほどには計画に対する議論はなかったように思います。そして今は2018年。時すでに遅しとの思いを強く感じます。

2015年10月28日ブログ「商港岸壁の防潮堤」

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まちづくり協議会

気仙沼の内湾地区(魚町・南町)防潮堤の魚町工区部(魚町防潮堤)における県の施工ミスについての続報です。4月23日(月)に内湾地区復興まちづくり協議会の会合が開かれ、今後の進め方などについて協議しました。本日4月25日の三陸新報が伝えています。

説明会
三陸新報4月25日掲載記事の一部イメージ

非公開で行われた会合後の取材によれば、県からのあらためての説明や、市からの〈土地区画整理事業に関係する約230人の地権者に影響がある〉といった報告があったそうです。そして、協議会では、魚町、南町の住民と地権者向けに、県と市の関係者も交えた説明会を開いて意見集約を図ることとし、その開催を5月1日(火)2日(水)の両日と決定しました。

22cm高く施工してしまったことへの対応としては、①造り直し②22cm高いまま完成の2案が示されていますが、追加の費用に関しては県が負担するとの考えが示されているとのことです。これは、②の対応をした場合に見た目の高さを計画と同じようにするためにかさ上げを22cm分高くする費用などを指しています。土地区画整理事業のかさ上げは市の事業として行われていますが、余計にかかる分は県の負担にすると。ま、当然のことでしょう。

三陸新報さんにひとつお願いがあります。23日のまちづくり協議会の会合がどのような立場の人によるものだったかを知らせて欲しい。県から施工ミスの説明が初めてなされた4月14日の協議会の会議は三陸新報によれば〈ワーキング〉です。出席者数の記述はありませんでしたが、河北新報4月19日記事の写真を見ると16〜17人という感じでしょうか。そして、4月23日の会合は、4月19日の日経 xTECH配信記事によれば〈「内湾地区復興まちづくり協議会」内にある自治会の代表ら9人でつくる運営会議〉です。

こうした会合の性格というか属性をしっかりと伝えてくれないと、〈みんなの意見を聞かずに一部の人が方針を決めた〉との批判が出てくるでしょう。すでにネット情報ではそんな声も聞こえてきます。4月23日の会合にしても記事のなかにある〈非公開〉との3文字がそうした批判をさらに招くのではないかと心配しています。それだけに、詳しい情報を伝えて欲しいのです。

5月1・2日の協議会による説明会はどのような形でおこなわれるのか。1日だけでは来られない人もいるだろうから、2日間の設定にしたのでしょうか。同じ説明をしてそれぞれの日の参加者の意見を聞いて、その内容を踏まえ代表者等の協議で結論というか方針案を定めるという形かな。

この気中20ブログ内を検索してみたら2013年11月29日「内湾の苦渋の選択」で、同月26日のまちづくり協議会〈全体会〉に関する三陸新報の記事を紹介していました。記事には約60人が出席とありました。この全体会で、ワーキングが作成した1mのフラップゲートを採用して実質3.8mの防潮堤とする提言内容を〈確認〉したのです。

それにしても、この魚町防潮堤の対応方針をとりまとめていくのは本当に大変でしょうね。現在の内湾地区復興まちづくり協議会の会長は、菅原昭彦さん。商工会議所会頭もつとめる男山本店の社長です。菅原さんは2013年7月に協議会の会長となりました。その前は〈勝倉漁業〉の先代社長だった勝倉敏夫さんが会長でしたが、2013年7月16日の協議会ワーキングで辞任を表明し、当時は商工会議所の副会頭だった菅原昭彦さんが後を引き継いだという経緯がありました。賛否いろいろあるなかで意見を集約していく役割や責任は実に重く、つらいことも多いと思いますが、協議会の幹部の方々には丁寧な協議をお願いしたいと思っています。

なんか話が細かくなってきたのでこの辺にしておきます。生まれてから高校卒業まで暮らした魚町のことですのでなんかりきんじゃって(笑)。要は、まちづくり協議会での会合や協議の報道にあたっては、どのような人達の集まりなのかを詳しく教えて欲しいというお願いでした。

4月19日ブログ「施工ミスの原因は」
2013年11月29日ブログ「内湾の苦渋の選択」

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施工ミスの原因は

気仙沼市内湾地区防潮堤/魚町工区での施工ミスについては昨日のブログでも伝えましたが、本日はその続報。日経 xTECH(クロステック)の4月19日配信記事に、かなり詳しい内容が紹介されていました。見出しは〈施工ミスで防潮堤高過ぎ、数億円かけて造り直す?〉。記事には、魚町地区で建設中の防潮堤の写真が紹介されていました。市による土地区画整理事業によるかさ上げのための盛り土もうつっています。右上がお神明さん/五十鈴神社。


「日経 xTECH」配信記事より

「日経 xTECH」4月19日配信記事(4月22日5時まで無料閲覧可能)


「日経 xTECH」の記事は、なぜ施工ミスが起こったかについて詳細に記しています。その経緯に関する部分を引用します。

「魚町地区では、もともと防潮堤の高さを巡って住民側ができるだけ低く抑えるよう県に要望していた。当初、県は海抜5.1mのコンクリート製の防潮堤を造ることを計画していたが、住民側の求めに応じて、津波襲来時に浮力で立ち上がる高さ1mのフラップゲート(起立式ゲート)21基を防潮堤の天端に設け、通常時の高さを4.1mに抑えることを提案。住民側の合意を得たうえで、2015年7月に着工した。

その後、震災でいったん沈下した地盤が徐々に隆起していることが判明した。16年5月に住民側が地盤隆起分を防潮堤の高さから差し引くよう県に要望。県も応じることを約束した。17年2月に国土地理院が公共工事の高さの基準となる水準点の標高を実態に合わせて改定したことを受け、県は翌3月に地盤隆起分の22cmを引き下げるように設計を修正した。ちょうど、施工者が防潮堤の基礎の打設を完了した頃だ。しかし、施工者がその修正を反映せずに、元の設計のまま工事を進めた。設計者も施工者に口頭で修正内容を伝えたものの、両者のやり取りが不足。地盤隆起後の新たな水準点が分かりにくいなど、図面の表記にも不備があった。さらに、工事を発注した県も修正図面や施工状態の確認が十分でなく、いずれのミスにも気付かなかった。」(引用は以上)


計画修正の経緯も含め、詳しい内容が記されていましたが、ちょっと気になる記述がありました。〈施工者がその修正を反映せずに、元の設計のまま工事を進めた〉と。〈図面の表記にも不備があった〉ものの、なにか施工者のミスのほうが強調されているような感じ。

ちょっと情報を整理しておきましょう。2017年3月に県が防潮堤の高さを22cm下げるように計画変更した後の経緯について、各紙はつぎのように伝えています。河北新報の記事は、施工業者のミスのようなニュアンスも少し感じるものの、〈図面などの誤り〉としています。

◎河北新報4月15日配信記事
「施工業者が見直し前の計画のまま工事し、県の担当者も図面などの誤りに気付かなかったという」
◎毎日新聞4月15日配信記事
「しかし、設計段階で誤りがあり、県の確認も不十分で、以前の高さのままで工事が進められたという」
◎NHK4月15日配信記事
「このため県から委託をうけた設計業者が、陸から見た高さが1m30cmだった当初の設計を22cm低く修正する図面を作成しました。ところが県によりますと、図面の数値に誤りがあり、(後略)
◎三陸新報4月15日記事
「原因は図面のミスや確認不足が重なったことだという」
◎産経ニュース4月17日配信記事
「しかし見直し段階で図面に間違いがあり、県担当者も誤りに気づかなかった」

私はこれらの記事を読み、ちょっとホッとしたのです。施工には地元企業も参加しているだろうから、その責任を問われることになるとちょっとイヤだなと思っていたからです。

日経 xTECHの記事によれば、設計者は日本港湾コンサルタント(東京都品川区)で、施工者は地元建設会社の小野良組(気仙沼市)と佐藤庫組(北秋田市)から成る復旧・復興ジョイントベンチャー(JV)。現在の請負金額は、防潮堤の本体工事/小野良組・佐藤庫組JVが約11億円、フラップゲートの設置工事/水門メーカーの日本自動機工(さいたま市)が約7億円です。

4月23日(月)には、今後の対応を話し合うため、「内湾地区復興まちづくり協議会」内にある自治会の代表ら9人でつくる運営会議が市役所で開かれるとのことです。きのうのブログに記した県側からの3つの案のどれを選ぶにしても、まさに苦渋の選択です。防潮堤の高さにしても、県との交渉に時間をかけすぎると後背地のかさあげなど復興事業の進行が遅くなるということで、住民側が妥協を重ねてきたという経緯を考えると本当にやりきれない気持ちでいっぱいです。

4月18日ブログ「22cm高い防潮堤」

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22cm高い防潮堤

4月15日の三陸新報の記事には驚かされました。気仙沼の内湾地区で建設中の魚町防潮堤に施工ミスがあり、22cm高くなってしまったというのです。4月14日に市役所であった内湾地区復興まちづくり協議会ワーキングで県側から説明があり、川端副知事が陳謝したとのこと。

三陸新報
三陸新報4月15日記事の一部イメージ

三陸新報や河北新報の記事内容を要約するとこんなことです。

内湾地区で宮城県が建設を進めている防潮堤の魚町地域計画は当初は海抜5.1mで、このうち余裕高1mをフラップゲート化し、市がおこなう区画整理事業で防潮堤の背後地を盛り土することにより、陸側からの見た目が1.3mとする計画でした。2015年7月に着工しましたが、2017年3月に地盤の隆起分22cmを防潮堤の高さから差し引く計画に変更し、見た目の高さは1.08mとなる予定でした。

しかし、今年3月に県担当者が確認したところ、完成済みの一部区間160mで変更前の高さで施工されていたことがわかったのです。設計段階で変更内容が反映されず、県側もそのミスに気付かないままに施工されたようです。南町側の防潮堤には問題ありません。

今後の対応について県は、①フラップゲートを取り外すなどして再工事を行う(最大12カ月を要し費用は数億円)②防潮堤はそのままに背後地をかさ上げして見た目の高さを抑える③22センチ高いままとする3案を示したそうです。造り直す場合、土地区画整理事業も含めると最大15カ月の遅れが出る想定です。

河北新報によれば、菅原茂市長は「納得できないし、非常に残念。県は早急に解決策を講じてほしい」とコメントしています。県の事業とはいえ、市長・市議選の告示日に大変な事態が明らかになりました。まちづくり協議会も、3案を示されてどれを選ぶかといわれてもすぐには返事ができないでしょう。

防潮堤が完成しなければ、かさ上げも進行できませんから魚町地区の土地区画整理事業に遅れを生じます。地域住民と県が時間をかけて議論を重ねて決着した防潮堤の高さだっただけに今回のミスは本当に残念です。4月17日配信の産経ニュースによれば村井県知事が16日の定例会見で陳謝したとのことですが、なんといっていいのか、言葉が見当たりません。魚町の皆さんにとってはなおさらのことでしょう。

河北新報4月15日配信記事
(続報)河北新報4月19日配信記事
毎日新聞4月15日配信記事
NHK4月15日配信記事(動画あり)
産経ニュース4月17日配信記事

(追記)
本ブログ投稿の翌日4月19日に、施工ミス経過の詳しい内容を紹介しております。こちらもご覧ください。
4月19日ブログ「施工ミスの原因は」

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大谷防潮堤の着工

1月20日、気仙沼市本吉町の大谷海岸地区の防潮堤など復興事業着工式が行われました。着工式の様子を伝えた21日の河北新報や三陸新報には、宮城県提供の防潮堤完成イメージ図を紹介していました。県の公式サイトを調べてみると、2017年7月25日付け「大谷地区海岸防潮堤整備計画」住民説明会資料のなかにそのイメージ図がありましたので紹介します。

パース1

パース2

パース3

1枚目が河北新報と三陸新報の記事で紹介されていたものです。2〜3枚目は、大谷海岸の夏の海水浴利用のイメージといったところでしょう。

大谷海岸の防潮堤計画についてはこのブログでも紹介してきましたが、その概要について河北新報1月21日配信記事を一部引用して紹介します。

「 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市本吉町の大谷海岸地区で、宮城県が海抜9.8mの防潮堤を整備し、気仙沼市が背後地に「道の駅」をつくる復旧工事が20日、始まった。砂浜が失われるとして、県が当初計画した防潮堤は住民が反対し、見直しを実現させた。位置を内陸に移し、国道との「兼用堤」とする工事は2020年度に完了し、21年度には海水浴場が再開する。
 防潮堤(長さ約6810m)は見た目の高さが6~7メートル。国道の約980m区間を9.8mまでかさ上げして防潮堤の役目も持たせる。海側は緩やかな傾斜で階段を付け、海水浴客が休憩できるようにする。事業費は約55億円を見込む。市は背後地約4.0ヘクタールを防潮堤と同じ高さにかさ上げし、道の駅「大谷海岸」を復旧させる。事業費は25億円で20年度内の完成を目指す。」(引用は以上)

大谷海岸は、高校や大学時代の帰省時に中井殖君(3年8組)とよく行きました。中井茶舗の配達用軽4輪にのせてもらって。それだけに、地元の皆さんの努力で防潮堤計画が見直され、このたびの工事開始となったことをうれしく思っています。2021年夏の大谷海水浴場再開を目指しているとのことです。

河北新報の記事によれば、大谷海水浴場は環境省の「快水浴場百選」にも選ばれ、震災前の2010年には約6万5000人が訪れたそうです。そしてピーク時の1975年には約43万5000人でにぎわったとも。その1975年の43万5000人のうちのひとりは私です(笑)。

2017年11月16日ブログ「読売の防潮堤記事」

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港町防潮堤案映像

気仙沼市港町の防潮堤計画見直しについては、このブログでも2度にわたって紹介してきました。その12月14日(木)夜に魚市場会議室で開かれ住民説明会の様子を12月15日の仙台放送がニュースで伝えていました。遅くなりましたが紹介します。まずはニュースのなかで紹介された当初計画案と見直し案の図解です。とてもわかりやすい。

当初計画
当初計画案(赤色)

見直し案
見直し案(黄色)

仙台放送ニュースサイト

ニュース映像を見るのは、ちょっと面倒くさいのですが、仙台放送ニュースサイトをクリックして、12月15日の〈「防潮堤」住民反対で計画変更〉を選び、さらに「動画を見る」をクリックです。

河北新報や三陸新報の報道で、見直し案や説明会の内容の概略は承知しているつもりですが、映像で見ると角度の違う印象も受けます。関連資料のひとつとして、ニュース内容を引用しておきます。

〈 宮城県は、気仙沼市港町の防潮堤の建設について、地元住民の反対を受けて、計画を変更することを明らかにしたもともと、岸壁沿いに建設するとしていた防潮堤。県は、この計画を変更し、山側に伸ばす案を示した。およそ9割の住民が反対を示していた防潮堤建設だが、今回の案については、住民から強い反対意見はなく、了承された。

これは、14日に開催された、住民説明会の中で示されたもの。県は当初、気仙沼市港町地区に、およそ25億円をかけて、岸壁に沿って、長さ460メートル、海抜5メートルの防潮堤の建設を計画していた。しかし、「景観を損ねる」などを理由に、住民たちは防潮堤建設を反対。これを受けて、県は、これまでの岸壁沿いに建設するとしていた計画を変更し、魚市場側から山側に向かって、長さ180メートルの防潮堤を建設する案を示した。

総事業費は、およそ10億円で、当初予定の25億円を下回る。 新しい案について、住民たちからは、大きな反対意見は出なかったが、一部から不安の声が聞かれた。住民は「山付の防潮堤は、斬新だと思うが、中には事業所もあれば、民家もある。それらの人たちに、こういう考えという説明があると思うが」、「はたして、全員から賛同が得られるかどうか気がかり」などと話した。

県農林水産部・梅本和彦次長は「この計画で、まずは進めさせていただきたいということで、理解を得られたと思っている」と話した。県は、同意を得たとして、2020年度中の完成を目指し、整備を進めていくことにしている。村井知事は「平成32年度までに、防潮堤を完成させなければならない。できるだけ住民の意向に沿いながらも、全体を守るためにはどうすればいいか考え、個別に対応できるところはしてまいりたい」と述べた。〉(引用は以上)

ニュース映像のなかで発言する住民が同級生だったのには驚きましたが、話の本筋とは関係ないので略します。冒頭の画像2枚も含め、新聞報道ではわかりにくい情報がわかりやすく解説されていたように感じました。

12月18日ブログ「港町防潮堤の続報」

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港町防潮堤の続報

気仙沼市港町の防潮堤計画に関する住民説明会が12月14日(木)の夜に魚市場会議室で開かれました。その内容を12月16日の三陸新報が詳しく伝えています。


港町防潮堤

三陸新報12月16日記事の一部イメージ


記事を要約して紹介します。宮城県は説明会で、防潮堤の位置を大幅に変更し、長さも短縮する見直し案を提示しました。そして臨港道路沿いに新設する当初計画は、景観への配慮を求める住民らの意向を踏まえ、復興期間(2020年度)内の整備を見送りました。

見直し案では、海抜5mの防潮堤を魚市場北桟橋脇から臨港道路を挟み、ホテル観洋近くのがけにつなげます。長さは180m。臨港道路と市道にかかる2カ所には津波などの緊急時に自動閉鎖する〈陸こう〉(防潮堤出入り口)を設置し、通常は車が通行できるようにします。閉鎖時に、取り残された車が避難できるように乗り越し道路も岸壁側に整備するとのこと。

県が2015年8月に地元に提示した当初計画では、魚市場からお魚いちば付近までの臨港道路沿いに、防潮堤を建設する計画でした。しかし、〈海が見えない〉など、景観への配慮を求める住民の強い意向を受け、2020年度までの復興期間内に整備が完了できる案としたそうです。

14日の説明会では、これまで頑な対応を見せてきた県の大幅な譲歩案に出席者から「斬新的な案であり、賛成する」と了承する意見が続出し、難対策を十分にするなどの注文などがついたうえで最終的に合意に至ったとのことです。

県は合意を踏まえ、年度内に現地調査や測量に着手し、2020年度内の完成を目指します。総事業費は約10億円です。当初計画は長さ460mで約25億円でした。

河北新報の12月15日(金)配信記事の見出しには驚きました。「気仙沼に計画していた防潮堤建設を断念 宮城県、地元反対根強く」となっていたからです。12月12日の三陸新報は13日のブログで紹介したとおり、「位置変更で大筋合意 懸案計画が前進」としていたのです。しかし記事を読むと、「地元の反対が根強く、当初の計画を事実上断念。接続する予定だった防潮堤を山側に伸ばす代替案を示し、住民に了承された」とありました。そして、12月14日の三陸新報の記事にあった説明図を見て、やっと見直し案の全体像を知ることができたのです。河北新報の記事だけだと、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。なお、河北の記事には、「県が2年8カ月ぶりに開いた説明会には漁業関係者や地元の事業者ら約30人が参加した」とありました。〈2年8カ月ぶり〉というのもすごい。

いろんな意見があるかとは思いますが、私は今回の計画見直しをうれしく思いました。海を望むあの景観がとりあえず守られることになったからです。関係者のご努力に敬意を表します。

ひとつ疑問が残るのは、内湾の南町海岸、つまり以前にエースポートや市営駐車場があった地域で整備が進んでいる防潮堤や施設と今回の計画見直しの関係です。K-portやかもめ食堂などがならぶあたりの防潮堤はどうなるのか。誰か教えてください(笑)。

河北新報12月15日(金)配信記事
12月13日ブログ「港町防潮堤合意へ」

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港町防潮堤合意へ

気仙沼市港町の防潮堤計画はその後どうなったかなと思っていたのですが、きのう12月12日の三陸新報に〈計画変更で大筋合意〉との記事が掲載されていました。

港町防潮堤

三陸新報12月12日記事の一部イメージ

記事内容を要約紹介します。港町の防潮堤は、魚市場北桟橋〜お魚いちば付近までの臨港道路沿いの約500mに、L型の特殊堤(海抜5m)を建設する計画でした。しかし、この一帯は出漁岸壁として利用され、観光名所にもなっていたため、景観をめぐっての異論が続出。事業所や住民有志で組織する「港町のまちづくりを考える会」では、県と見直しに向けての協議を続け、防潮堤の位置を変更することなどで大筋合意に至ったとのこと。

新たな計画案では、防潮堤を魚市場脇から臨港道路を挟みホテル観洋側へ山付けとし、道路にかかる部分は車の通行に支障がないように横引きゲートを採用。また、段差が生じている岸壁と道路の間(海の道)は階段にするほか、遊歩道や駐車場を設置します。

なお、この防潮堤は宮城県の事業ですが、市も県に対してフラップゲート採用などを要望するなどしてきました。しかし、県はそれを受け入れず現在に至っておりました。その経緯は、昨年5月17日のブログに書きました。12月14日(木)午後6時から気仙沼魚市場の会議室で説明会が開かれます。また詳しい内容がわかれば、紹介しようと思っています。

2016年5月17日ブログ「港町の防潮堤計画」

そういえば、気仙沼魚市場前の防潮堤計画が大筋合意との報道があったのは昨年11月末のことでした。それを紹介したブログのなかで、私は港町の防潮堤がどうなったかと書いていました。あれからもう一年たつのですね。

2016年12月1日ブログ「魚市場前の防潮堤」

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読売の防潮堤記事

11月11日で、震災から6年8カ月となりました。読売新聞が毎月11日に掲載する〈大震災 再生の歩み〉では、〈防潮堤 砂浜に優しく〉との見出しで特集記事を掲載していました。

読売1

読売新聞11月11日朝刊掲載記事の一部イメージ


記事では2つの事例を紹介しています。一つ目は岩手県野田村の十府ヶ浦(とふがうら)海岸で、ハマナスの群生地として知られた景勝地でした。浜辺の植物を内陸に用意された場所に砂ごと移植し、防潮堤の完成後に再び浜に戻して群生地を再生しようとする試みです。

この紹介の後に、気仙沼市の大谷海岸の事例が紹介されていました。説明図がわかりやすいので拡大しておきます。

防潮堤2

〈住民が説得〉という小見出しで始まる記事部も引用します。

◎住民が説得

 地元のシンボルだった砂浜を守るため、建設地の変更を実現させた地域もある。震災で死者・行方不明者が75人に上った宮城県気仙沼市・大谷(おおや)地区は、美しい海岸が観光資源だった。海水浴場は環境省の「快水浴場百選」にも選ばれたが、地震による地盤沈下で大部分が姿を消した。

 砂浜全体を覆う形の防潮堤計画が持ち上がると、「砂浜が消滅してしまう」と住民の困惑が広がった。「建設の是非ではなく、砂浜を守ることを目標にしたので住民がまとまれた」。行政側と交渉した住民団体「大谷里海(まち)づくり検討委員会」メンバーの三浦友幸さん(37)は振り返る。

 建設地を内陸側に移動する案を作り、約4年かけて国と県、市を説得。2016年7月に合意にこぎつけた。建設地の変更で確保した沿岸部の土地に、震災前と同規模の約2.8haの砂浜を復活させる計画だ。

 三浦さんは津波で自宅を流され、母の経子さん(当時56歳)は今も行方不明。「防潮堤のあり方は、震災後の街づくりに直結する。時間をかけてみんなで考えるべき問題だ」と語る。(記事引用は以上)



私は、環境アセスメントに関する記述のなかのつぎの一節が印象に残りました。「防潮堤建設に伴う自然環境への影響は見過ごされがちで、大半の工事は当初計画通りに進んでいる。防潮堤計画が決まらないと、街づくり全体が先に進めない。復興を急ぐため、早く事業を確定させることを優先した事情が背景にある。」事前の環境アセスメント調査が、海岸の防潮堤の場合は対象外となっていることも背景にあるようです。

今回の記事は、〈人命と自然〉という二つの軸で防潮堤の問題をとりあげていました。私はこの記事をありがたいと思いつつ、気仙沼で建設が進行する巨大防潮堤の問題は、〈自然〉というよりは、むしろ震災前と同様に普通の海が見える景観や暮らしなどではないかと感じました。大谷の人にとっては、それが砂浜であったと。その気持ちが、とてもよくわかります。

震災後6年8カ月。巨大防潮堤問題が、〈自然環境保護〉という観点のみの議論に集約されていくのではないかという危惧を少し感じたのです。そして、読売新聞をはじめとする3大新聞は、この問題を実際のところどのように考えているのだろうかとも。

8月1日ブログ「大谷防潮堤着工へ」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 防潮堤 大谷海岸

2つの大谷防潮堤

きのう8月9日の三陸新報に、気仙沼市大谷(おおや)地区の防潮堤に関する記事が掲載されていました。私は、〈4年ぶりに説明会〉との見出しに一瞬おどろきました。大谷海岸の防潮堤は12月着工ではなかったかと。しかしこれは早とちり。記事は〈大谷漁港〉の防潮堤で、気仙沼市が計画しているものについてでした。

大谷漁港防潮堤

三陸新報8月9日記事の一部イメージ

記事によれば、説明会は2013年11月以来、2度目とのこと。この大谷漁港の防潮堤は、県が大谷地内に建設した防潮堤に接続し、海抜9.8mの高さで、当初は漁港を囲うように整備する計画だったそうです。

これに対しての住民らの意見を受けて気仙沼市は8月7日に2案を提示しました。2案とも防潮堤の延長は350〜400m。県の防潮堤との接続場所付近の〈陸こう〉には津波の浮力で起き上がるフラップゲートを取り付けます。

双方の案で違う点は、JRが復旧予定のBRT専用道と防潮堤との関係です。交差部を立体交差にする案と、踏切による平面交差の2案が示されています。立体交差は安全面のメリットがあり、平面交差は兼用堤とするためにBRTからの景観が確保できるとのことです。説明会では、大きな反対意見はなかったものの、案を絞り込むまでには至らず再度説明会を開くことを了承し、関係者の意見を聞きながら計画を一本化していく方針が確認されました。

私はこの記事を読んで、JR大谷駅などを含む大谷海岸と大谷漁港の位置関係がよくわかりませんでした。地図で確認すると、大谷漁港は御伊勢浜海水浴場に連続して、その南西部にあるのですね。

主に県が主体となって進める大谷海岸防潮堤の計画が定まったことで、それに接続する市による大谷漁港防潮堤の協議が始まったということなのでしょう。〈大谷〉の防潮堤といわれると、それで分かったような気にもなりがちですが、注意しなければなと思いました。そういうことでの記事の紹介でした。

8月1日ブログ「大谷防潮堤着工へ」

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tag : 気仙沼 気中20 大谷 防潮堤

大谷防潮堤着工へ

7月27日(金)の三陸新報が、気仙沼市本吉町の大谷(おおや)海岸における防潮堤整備計画がまとまり、12月の着工を目指して進められることになったと伝えています。

7:27大谷兼用堤
三陸新報7月27日記事の一部イメージ

この大谷海岸防潮堤については、昨年8月3日のブログでつぎの記事を紹介しています。


三陸新報8月2日の記事の一部

つまり、〈兼用堤〉とは、防潮堤と国道を一体化して兼用するもの。27日の三陸新報の記事によれば、滝根川から西側のはまなす海洋館前の防潮堤は、景観配慮のため原型復旧とし、国道との兼用堤は海側の斜面の全面に段差をつけ、随所に階段を設けるとのことです。(宮城県の)気仙沼土木事務所は、2020年の完成を目指し12月に工事を発注したいとのことです。ここに至る経緯について、三陸新報の記事を引用しておきます。

〈防潮堤整備計画を巡っては、2011年7月に初めて案が示されたが、砂浜が失われることから地元振興会などが反対。2014年9月に住民有志による「大谷里海づくり検討委員会」が発足し、住民意見をまとめながら行政と議論を深め、前回の説明会(昨年7月)で大筋合意していた。〉(引用は以上)

きのう7月31日のブログでは、Yahoo!ニュースの防潮堤特集記事を紹介しました。その記事でも地域住民の意向の反映という課題が指摘されています。この大谷地区の防潮堤/兼用堤は、行政(主として県)と住民との対話や折衝の大きな成果事例といってよいでしょう。と、文字で書くのはたやすいのですが、それぞれの当事者は本当に大変だったと思います。なんとか双方の合意点をみつけて着地した関係者の皆様に心からの敬意を表したく、記事を紹介いたしました。本当にご苦労さまでした。


当ブログでは何度か大谷の防潮堤に関する経緯を紹介してきました。つぎのリンクをご覧いただければと。

2015年9月3日「大谷の兼用堤要望」
2016年8月1日「大谷防潮堤見直し」
2016年8月3日「大谷防潮堤の続報」

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ヤフー防潮堤特集

気仙沼市大谷地区の防潮堤に関する記事を紹介しようと思っていたのですが、7月28日(金)にYahoo!ニュースが、防潮堤に関する特集を配信していたのでまずはこちらを。タイトルは〈巨大防潮堤で「海が見えない」 防災か日々の暮らしか〉。

ヤフー
「Yahoo!ニュース 特集」7月28日配信記事より(クリックで記事にジャンプ)

この記事は、他のメディアからの転載ではなく、ヤフーの独自取材によるもので、筆者は笹島康仁(ささじま・やすひと)さん。高知新聞記者を経て、2017年2月からフリーで活動されているとのことです。

詳しい内容は、記事をお読みいただきますが、静岡県松崎町、気仙沼市、茨城県大洗町の3カ所。気仙沼では、気中21回生の川島秀一さんが取材に応じています。プロフィールで、東北大学災害科学国際研究所の川島秀一教授は〈長年、全国の漁村で住民らの話を聞き集めてきた。気仙沼の歴史にも詳しい。東日本大震災では自らも被災。津波で母を亡くし、自宅と貴重な史料も失った〉と。

川島さんは、気仙沼漁港の高さ約6メートルの防潮堤に設けられたアクリル版の小窓を初めてみたとき、「力が抜けました。海と生きてきた人たちをばかにしていると思いました」と振り返り、つぎのように続けています。

「あまりにも生活感がない。巨大な防潮堤は『海は危険なもの』とみなし、地域から遮断する発想です。『あんなに巨大なものは要らない』と多くの人が思っているのに次々と工事が進んでしまう」(引用は以上)

ここまで率直な川島さんの言葉が紹介されるのは案外めずらしいことかもしれません。川島さんは、これまでの調査、研究を踏まえていろいろと話し、最後に「地域に生きる人々を信頼しないケースがあまりに多い。それが復興を遅らせています」と。

巨大防潮堤の問題については、大震災から6年以上たって、それを取り上げるメディアも少なくなってきたことを残念に感じていました。それだけに、ヤフーニュースの多くの人が目にするトピック記事として紹介されたことに驚いたのです。皆様にも記事本文を是非お読みいただければと。

5月3日ブログ「内湾の防潮堤工事」

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tag : 気仙沼 気中20 防潮堤 川島秀一 笹島康仁

日門漁港の防潮堤

2月26日の三陸新報の一面トップ記事〈ニュースを追って〉は、大谷の海水浴場から南西方向にある日門(ひかど)漁港の防潮堤問題をとりあげていました。

2月26日日門漁港
三陸新報2月26日記事の一部イメージ

記事のリード部を引用します。

〈県が気仙沼市本吉町の日門漁港に計画している、海抜9.8mの高さの防潮堤に、住民が反発している。昨年末に示された計画は、国道から見える海や港の景色をさえぎるものだった。生命と財産を守ろうと理解を求める県に対し、「到底受け入れられない」と待ったをかける住民。両者の考えに隔たりが大きく、議論の長期が予想される。〉(引用は以上)

宮城県(気仙沼地方振興事務所水産漁港部)が昨年末の説明会で示した計画では、国道に沿うような形で延長約280mの防潮堤を築きます。数十年から百数十年のペースで発生するL1津波に対応するためとされています。

三陸新報の〈ニュースを追って〉は、気仙沼周辺地域の課題や問題点を通常の記事よりも一歩踏み込んで伝える記事。今回は、守竜太記者の署名記事となっています。

本日この記事を紹介したのは、日門の防潮堤問題について知って欲しいということもあるのですが、それ以上に気仙沼における防潮堤に関する議論が低調になっているのではないかと感じているからです。気仙沼の〈防潮堤を勉強する会〉の活動も内湾の防潮堤計画が定まったあとの動きは聞こえてきません。私からすると、港町から魚市場までの防潮堤はその後どうなっているのかなど気になることも多いのですが。ごめんなさいね、勝手なことを言って。元市民の声ということで許してください。

三陸新報さんはこの防潮堤についてどう考えているのでしょうか。記事の筆者である守記者はつぎのように書いています。

〈県の考え方から、高さを変えること、無堤とすること、さらに背後の国道かさ上げなど、どの方向性を目指すにしても、日門の地理的条件などが加わってハードルは高い。どこまで計画変更が可能かどうかは、今のところ見通せない。
隣の大谷海水浴場周辺では、住民が粘り強く行政機関と話し合った結果、当初の計画を変更し、互いに納得した結果を導き出している。大島浦の浜なども同様で、住民の熱意が行政を動かした事実がある。〉(引用は以上)

確実に一歩は踏み込んでいるのですが、さらにもう一歩をと思うのは私だけでしょうか。それでも、一面トップにこの記事をもってきたということで十分に気持ちは伝わりました。6年近く経って、大震災の記憶の風化とよく言われます。しかし、少なくとも防潮堤の問題に関しては、被災地気仙沼の人の関心も薄くなっているのではないでしょうか。杞憂であればいいのですが。

2016年8月3日ブログ「大谷防潮堤の続報」

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tag : 気仙沼 気中20 防潮堤 日門漁港

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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