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防潮堤工事の遅れ

宮城県が国の復興予算を使って気仙沼市内で進めてきた13か所の防潮堤工事のうち、8か所が予算の期限となる今年度中に工事を完了できない見通しであることがわかったそうです。

防潮堤
三陸新報9月15日記事の一部イメージ


記事によればその8か所は、鮪立(しびたち)漁港(海抜8.1m)、梶ヶ浦(7.2m)、小々汐(こごしお)(7.2m)、大浦・浪板(7.2m)、港町・魚市場前(5m)、松岩漁港(7.2m)、波路上(はじかみ)漁港(7.2m)、日門(ひかど)漁港(9.8m)です。( )内は防潮堤の高さ。

三陸新報の記事では、この工事遅れの主な要因を、入札不調や新型コロナの影響による資材不足としています。

TBC東北放送の「みやぎNSスタ」でもこの問題をとりあげていました。9月13日の動画配信内容によれば、防潮堤8か所の年度内の工事完了できない見通しであることを伝えたあと、野口剛記者による日門漁港からのレポートが紹介されました。

〈このうち日門漁港では、高さ9.8mの防潮堤が整備される計画で、事業費は27億6000万円です。地元住民との合意形成に時間がかかったことに加え、新型コロナの影響で工事が思うように進まず、今年度中の完成が難しくなりました。国の復興予算は今年度が期限となっているため、来年度以降は、通常の公共事業として工事を進めることになります〉

◎地元住民との合意形成

TBCレポートのなかの〈地元住民との合意形成に時間がかかった〉というのは大事な情報ですね。この後に、気仙沼市議会議員で〈防潮堤の問題に詳しい〉今川悟さんが取材にこたえて次のように話しています。日門漁港のことを念頭においた発言であると思います。ニュアンスのことなどもあるので、テロップではなく音声から発言を起こしました。

〈丁寧に合意形成をして住民の意見を聞いて反映させようとした結果遅れてしまったということなので、一概に行政を責められない気もしますね。
防潮堤に穴があいてそこだけ津波が入ってくるよっていう場所は絶対につくれないと思いますので、丁寧に説明をしてですね、今度はいよいよ地元の負担というものが生まれますから、最後は丁寧に説明しながら進めてほしいと思います〉

三陸新報の記事では、日門漁港防潮堤についてつぎのように記しています。

〈最も工事開始が遅かった日門は、約300mの堤体のうち、70mほどしかできておらず、来年度以降も多くの工事が残る。廃止したJR気仙沼線の線路を撤去して堤体を造る工事に加え、国道のかさ上げもしなければならず、完了時期の見通しは示せない状況だ。〉

日門の防潮堤については書いたことがあるなと思い調べてみるとつぎのブログでした。

2017年3月8日ブログ「日門漁港の防潮堤」

このブログのなかで、2017年2月26日の三陸新報「ニュースを追って」のリード文を紹介していました。

〈県が気仙沼市本吉町の日門漁港に計画している、海抜9.8mの高さの防潮堤に、住民が反発している。昨年末に示された計画は、国道から見える海や港の景色をさえぎるものだった。生命と財産を守ろうと理解を求める県に対し、「到底受け入れられない」と待ったをかける住民。両者の考えに隔たりが大きく、議論の長期が予想される。〉(引用は以上)

当時予想された議論の長期化。それゆえの工事着工の遅れであればそれもしかたなし。残るは予算の問題ということでしょうか。

三陸新報はつぎのように書いています。〈いずれも来年度以降に繰り越された場合、復旧・復興事業ではなくなるため、国の補助を使いながら県の通常事業として実施していくことから県の大きな財政負担が心配される。県は国と調整を重ねているが、どの程度の予算を確保できるかはまだ分からないという〉。

まだまだいろいろとあるようですが、関係者の皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 防潮堤日門漁港

気仙沼 inアクシス

本日紹介するのはデザイン専門誌「AXIS」(アクシス)最新6月号です。表紙に掲げられている特集テーマは「CITIZEN-CENTERED DESIGN」。直訳すれば〈市民中心のデザイン〉ですが、副題として掲げられている〈多様な人びとと、共に考え、共につくる社会〉のためのデザインアプローチといったことでしょう。ここでいう〈デザイン〉とは、〈計画〉的な意味を含むかなり広義の概念です。念のため。

IMG_5429.jpg

全128頁からなる今号、中ほどの記事を見ておどろきました。2見開き/4頁にわたって〈気仙沼〉がありました。

IMG_5426.jpg




記事タイトルは「東北の公共建築と、復興で進化した市民共創プロセス」です。リード文を引用します。

〈東北地方では震災復興を余儀なくされながら、ワークショップの実施やファシリテーションの工夫、官民の連携などさまざまな共創手法を模索し、市民の需要を踏まえた施設整備がなされている。宮城県の女川、気仙沼、福島県の須賀川という3つのエリアで展開された事例を通し、人びとのための魅力ある施設づくりの要点を、関係者の声とともに紹介する。〉(引用は以上)

紹介事例はつぎの3つです。

・気仙沼内湾防潮堤計画 ムカエル・ウマレル(PIER7)
・女川駅前シンボル空間/女川町震災復興事業
・須賀川市民交流センター tette

気仙沼事例紹介の記事内容については省略します。本日は、「AXIS」誌に気仙沼内湾の計画事例が紹介されていたよという報告ということで。

文章は平塚桂さん、写真は奥田正治さんです。AXIS編集部、そして平塚さん、奥田さん、ありがとうございました。

気仙沼内湾防潮堤計画については、つぎのブログ記事でも紹介しております。AXIS記事でとりあげている事例は、グッドデザイン賞の受賞理由と重なる部分が多くあるように感じます。

2019年10月11日ブログ「グッドデザイン賞」


◎AXIS掲載の企業広告

ちょっと思い出話を。私が30歳だったころのAXIS誌に、その後10年つとめることになる会社の企業広告が掲載されていました。デザイン誌での広告ですから、1頁にわたってソール・バス、ルイジ・コラーニ、ポルシェデザインといった当時の提携デザイナーや企業を中心にして紹介し、リサーチやマーケティングなどのコンサルティングについては軽くといった感じだったと思います。スズキのバイク「KATANA」のデザインで知られるハンス・ムートとの提携は私の入社後のことでした。そして、さまざまなデザイン作品や事例紹介の下に小さく、求人情報が記されていたのです。

AXISとは「軸」のこと。あのAXIS誌の広告を見ることがなければ、私の仕事軸はちょっと違ったものになったことでしょう。なんちゃって。40年前の話です。



 

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tag : AXIS内湾防潮堤計画

津波浸水想定とは

宮城県が5月10日に公表した「津波浸水想定の設定」は、新聞やテレビでも報じられました。〈津波の高さは最大で気仙沼市の22.2m〉との記事に驚いた方も多いのではないかと。これは気仙沼市本吉町道外(登米沢海岸)付近の数字です。

きのう5月11日の三陸新報も1面で伝えていました。


津波想定

三陸新報5月11日記事の一部イメージ

私が驚いたのは最終面6面の浸水想定図です。色がピンクから紫色になるにしたがって浸水深が大きくなります。気仙沼湾横断橋が通る朝日町付近に紫色がありますが、この色が10m以上20m未満。数字としては12.9mです。


浸水図

三陸新報5月11日記事6面より


この想定図を見て、気仙沼の多くの人が東日本大震災の津波による被災図を重ねあわせたことでしょう。防潮堤ができても同じような被災が想定されるのかと。

県の発表によれば、この「津波浸水想定」は、最大クラスの津波が悪条件下において発生した場合に想定される浸水の区域(浸水域)と水深(浸水深)を表したものとのこと。

県の解説資料では「最大クラスの津波」について、発生頻度は極めて低いものの、発生すれば甚大な 被害をもたらす津波のことであり、L2 津波とも呼ばれるとしています。また、「悪条件下」 とは、具体的に以下の条件などです。

・地震発生とともに地盤が沈下すること
・津波発生時の潮位が満潮であること
・津波が越流すると防潮堤が破壊されること

三陸新報の記事では、最大クラスの津波を数百年に一度の発生とされるレベル2津波と説明していました。

なお、三陸新報6面の見出し「ハザードマップ見直し」とあるのは、この県の新たな公表内容を踏まえて気仙沼市はすでに全14地区で作成しているハザードマップについて、地域住民を交えての見直し作業を進める方針であることを指しています。

昨日5月11日のNHK「東北 NEWS WEB」配信記事「シリーズ「津波眞想定 あなたの街は」の1回目は気仙沼市でした。リンクをはっておきましょう。

シリーズ「津波深想定 あなたの街は」(1)気仙沼市

宮城県の公表内容はつぎのリンクで見ることができます。この機会に自分たちが暮らしていたり働いている地域の浸水想定内容をご確認いただければと。

宮城県公式サイト「津波浸水想定の設定公表について」

 

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tag : 東日本大震災津波

大谷海岸の「受賞」

気仙沼市本吉町における「大谷(おおや)海岸の砂浜再生まちづくり事業」がグリーンインフラ官民連携プラットフォームの第2回「グリーンインフラ大賞」防災・減災部門で、国土交通省大臣賞を受賞しました。受賞者は、「大谷地区振興会連絡協議会」と「大谷里海(まち)づくり検討委員会」です。国土交通省からの発表は、3月4日でした。3月6日の三陸新報がつぎのように伝えています。


3:6大谷海岸

三陸新報3月6日記事の一部イメージ


グリーンインフラ官民連携プラットフォームは、国土交通省をはじめ官民が連携して自然環境がもつ多様な機能を活用したグリーンインフラの推進などを目的に2020年3月に設立されました。

国土交通省のプレスリリースでは、大谷海岸の砂浜再生まちづくり事業の概要をつぎのように紹介しています。

「 津波で消失した砂浜の再生や海の見える環境整備、賑わいの場の復活を目指し、当初の防潮堤計画を大きく変更。行政と住民が協議し、住民案をベースに砂浜から後背地までを一体的に整備。対立構造をつくらず、地域コミュニティの醸成を図りながら砂浜の保全・再生に努め、良好な 砂浜環境と景観を創出」(引用は以上)

表彰式は、3月14日の「グリーンインフラ官民連携プラットフォーム 第3回シンポジウム」のなかでおこなわれました。このシンポジウムはオンラインでもおこなわれたため、今でもその録画映像をYouTubeで見ることができます。

表彰式はどんな感じだったのか。その映像をみての報告です。 スクリーンショットとともに。

表彰式では、代表者が表彰状を受け取りました。三陸新報の記事には、「大谷里海づくり検討委員会」の会長として村田興さんのお名前がありましたので、その村田さんでしょうか。


受賞


表彰式のあとは、各受賞者からの活動内容の発表がありました。大谷地区事業の発表は、「大谷里海づくり検討委員会」事務局長の三浦友幸さんです。約5分間。


発表


三浦さんの最後の言葉が印象に残りました。

〈意識下に常に海がある。それが海と生きる暮らしなのだと思います。砂の浜の再生は、私たちにとって、失われた故郷をとりもどす作業でした。この地で生まれ育った多くの人々が、これからも心に故郷をもって暮らしていけるよう、大谷海岸の再生を目指してきました。

そしてそれこそが、想像するしかない、震災で犠牲になられた地域の人々の思いや、震災後にこの地域に関わってくださった多くの方々の思いに少しでもこたえることにつながると信じ活動してきました。

心に故郷をもつことが、地域で暮らす豊かさや、そして、地域がさまざまな困難をのりこえていく大きな力になると思います。

最後に、大谷海岸の再生には、ほんとうに多くの人が関わってくださいました。これまで関わってくださったすべての方に感謝の気持ちを伝えたいと思います。ほんとうにありがとうございました。〉


感謝

説明終了


心のこもった感謝の言葉でした。アーカイブ映像をオンライン視聴できて、皆さんにもこうしてお伝えすることができてよかった。

こうした震災からの復興事業での受賞を紹介するとき、〈おめでとうございます〉という言葉を使うことにいつも迷いが生じます。なんというか〈本当によかったね〉という感じでしょうか。

当事者からすれば実現できたことの一方で、できなかったことの残念な気持ちもあるでしょう。しかし、こうして様々な努力を評価していただいたことは慶事にちがいありませんね。

ここは迷わずお祝いを。大谷の皆さま、このたびの国土交通大臣賞受賞、おめでとうございました。

なお、大谷海岸の砂浜再生まちづくり事業に関しては昨年のブログで、「復興デザイン会議」復興計画賞と日本都市計画協会の全国まちづくり会議特別賞の受賞を紹介しております。

2021年12月17日ブログ「大谷海岸のW受賞」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大谷防潮堤

宇野さんの気仙沼

評論家で批評誌「PLANETS」編集長の宇野常寛(うのつねひろ)さんが3月15日にツイッターにつぎの投稿を。ご自身のnote「11年目の気仙沼を、走る」の紹介です。


画像にもあるように、宇野さんは3月11日にあわせて気仙沼を訪れました。3月10日に気仙沼のアンカーコーヒー内湾店をメイン会場にしておこなわれたトークセッションに参加するためです。

このトークセッションは、立命館大学教養教育センターによる「未来共創リベラルアーツ・ゼミ」が主催したもので、宇野さんのほか山口洋典さん(立命館大学共通教育推進機構教授)そして地元気仙沼の小野寺靖忠さんが参加しました。

小野寺靖忠さんは、アンカーコーヒーなどを経営するオノデラコーポレーションの代表です。note文中にも〈やっちさん〉として記されています。

◎11年目の気仙沼を、走る

この宇野さんのnoteを興味深く読みました。やっちさんといろいろと率直な話をしたようです。是非、皆さんにも読んで欲しいと思い本日の紹介といたします

震災復興について、そして防潮堤に関する話もありました。高すぎる防潮堤に反対だ賛成だという単純な是非論ではなく、この11年間に靖忠さんらが感じてきたことや悩んできたことが宇野さんを通じてここに記されているような気がします。

◎「気仙沼的生き方」のススメ

宇野さんが、震災から11年の気仙沼に呼ばれたきっかけは、宇野さんの編集する雑誌「モノノメ」の創刊号に寄せた記事「10年目の東北道を、走る」でやっちさんに取材したことがあるためとのこと。そのインタビューはWEBサイト「遅いインターネット」のつぎの記事で読むことができます。(2021年8月5日に公開)

「気仙沼的生き方」のススメーこの10年を気仙沼から振り返る|小野寺靖忠

私はこの記事もなんというか、大変面白く読みました。その面白さは読んでもらえばすぐにわかると思います。このインタビューというか〈対話〉によって、宇野さんとやっちさん/靖忠さんとの信頼感や共感といったものが形成されたのでしょう。それが、今年3月11日にあわせての再訪につながったとのではないかと推測しております。

◎ニッポンのジレンマ

私が宇野常寛さんを知ったのは、たぶんNHK Eテレの「ニッポンのジレンマ」です。Wikipediaによれば、第1回は2012年1月1日放送。テーマは「震災の年から希望の年へ」でした。10年たったいま、このテーマをみると、とても重層的な意味合いを感じます。

この番組初回には宇野さんをはじめ、飯田泰之・猪子寿之・荻上チキ・開沼博・萱野稔人・駒崎弘樹・水無田気流さんら各氏が登場。いわゆる〈新世代の論客〉たち。新鮮な印象でした。当時の映像をみれば、たぶん10歳若くw、新世代感があふれていると思います。いまは皆すでにベテランの趣も感じます。

◎司会は堀潤さん

「ニッポンのジレンマ」開始時のMCは堀潤さんと杉浦友紀さん。このお二人も従来型の司会進行とはちがった新しいスタイルを感じさせました。堀さんは1回から3回までを担当。4回からは青井実さんです。

堀潤さんも震災後の気仙沼に複数回おとずれているはずですよ。記憶が定かではないのですが、震災後間もなく、まだ仮設店舗に入居していたアンカーコーヒーでの画像や魚市場周辺の動画を見たような気がします。ああ、堀さんも気仙沼を応援してくれているなと思ったことを覚えているのです。

堀さんは2013年4月1日付でNHKを退局していますが、それに先だって2012年には市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げています。宇野さんも共同代表だったはず。そうした堀さんと気仙沼のご縁が宇野さんと気仙沼のつながりにもなっているのかもしれませんね。

ちょっと話があっちこっちにとんでしまいました。要約すれば、「11年目の気仙沼を、走る」と「『気仙沼的生き方』のススメーこの10年を気仙沼から振り返る」を是非お読みくださいということです。

この二つの記事を読むときに気をつけたほうがよいと思うことがあります。特に昨年のインタビュー記事ですが、一定の抑制をきかせながら、やっちさんの率直な語り口がうまくまとめられています。しかし、生の発言録ではありませんから、発言のニュアンスや話の流れが実際とはちょっと違う場合もあるでしょう。その辺を踏まえておいたほうがよいかなと。余計な心配かもしれませんが。

どうぞよろしく。

最後になりましたが、宇野常寛さん、そして立命館大学関係者の皆さま、いろいろとありがとうございます。震災後11年の気仙沼について考える、よいきっかけをつくってくださったことに感謝申し上げます。
 

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ジャンル : 地域情報

tag : 宇野常寛ニッポンのジレンマ

防潮堤をどう思う

3月11日から2週間近くが経ちました。本日紹介するのは三陸新報3月12日と13日の記事です。まずは12日の第1面紙面から。


上

三陸新報3月12日記事の一部イメージ


トップは、3月11日に気仙沼中央公民館で開催された気仙沼市「追悼と防災のつどい」について。これは順当な扱いでしょう。私が注目したのはその左、準トップ記事が「ニュースを追って」だったこと。「今、防潮堤をどう思う」の㊤です。筆者は大石茜さん。

市主催の催しの目的が〈追悼〉から〈追悼と防災〉に移行したことに呼応するかのような紙面です。それも、防潮堤をテーマとして。私はなかなかに意欲的な紙面づくりと感じました。翌日3月23日の三陸新報を見てその印象がさらに。トップ記事になっていました。


下

三陸新報3月13日の一部イメージ


23日記事のリード文を引用します。

〈東日本大震災から11年が過ぎた今でも続く、防潮堤建設。海と陸を隔てるように建てられた防潮堤は、海を目の前に暮らしてきた気仙沼市民の生活に、少なからずの影響を与えている。無堤化を実現した唐桑町舞根(もうね)、砂浜を守った本吉町大谷、県内最大の高さになった小泉の3地区の異なる事例を取り上げながら、防潮堤に対する住民の胸中を探った。〉(引用は以上)

詳しい内容は省略しますが、3地区の住民プロフィールを紹介しておきます。

◎唐桑町
舞根(もうね)畠山信さん
舘(たて)70代女性
明戸(あけど)」80代男性
鮪立(しびたち)40代男性
◎本吉町 大谷海岸
三浦友幸さん
◎本吉町 小泉海岸
50代男性
サーファーの50代女性

上下2回の記事で、7名の〈胸中〉が紹介されるわけですが、単純な賛成/反対という意見ではありません。全体としては複雑な気持ちの表明という感じではないかと。

私はそれを好ましく思ったのです。そりゃあ、いろいろな思いがありますよ、たぶん、みんな。震災から11年経っても、まだすっきりしない気持ちが残っている。三陸新報さんは、それを3月12日13日の1面で伝えてくれと感じました。

23日記事の結びを引用します。

〈行政が示した「防潮堤」という選択肢は、住民感情を複雑化し、まちを混乱させた。「海が好き」「でもまた津波が来たら…」。海への親しみや不安が入り交じった感情は、11年がたった今でも続き、何が正しかったのか、答えは見い出せないでいる。

それでもよりよいまちを目指した過程は、これからのまちづくりの大きな力になるはずだ。〉

末尾の文章に同感そして共感。よりよいまちを目指す過程こそが大きな力になるはず。大きな力になって欲しいと私も。三陸新報の大石茜さん、ありがとうございました。

3月24日ブログ「防潮堤から考える」

 

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tag : 防潮堤

防潮堤から考える

3月21日(月)にオンラインで気仙沼の防潮堤に関するシンポジウムがおこなわれました。3月17日の三陸新報で知り視聴を申し込みました。

催しの正式名は、東洋大学社会学部国際社会学科・連携シンポジウム「防潮堤から考える—東日本大震災11年後の人づくりとまちづくり」です。


防潮堤シンポジウム
東洋大学/シンポジウムサイトより


詳細は東洋大学サイトの案内をご覧いただきますが、プログラム内容を下記に。記録として。


プログラム:
・ 開会挨拶 矢口悦子(東洋大学学長)
・ 趣旨説明 阿部健一(総合地球環境学研究所教授)
・ シンポジウムの視点 長津一史(東洋大学社会学部国際社会学科教授)

◯ 基調講演 「森は海の恋人 人の心に木を植える」
・畠山重篤(NPO法人森は海の恋人理事長/京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授)
◯ 地球環境学からの応答
・山極壽一(総合地球環境学研究所所長/京都大学名誉教授)
◯ 防潮堤に関する報告
・高橋正樹(気仙沼市防潮堤を勉強する会発起人)
・畠山信(NPO法人森は海の恋人副理事長)
・三浦友幸((一社)プロジェクトリアス代表)
◯ 比較の視点
「長野県飯田市のまちづくり」(仮)小林正夫(東洋大学社会学部国際社会学科教授)
「東アフリカ牧畜民にみる自然との共生」(仮)波佐間逸博(東洋大学社会学部国際社会学科教授)
◯ パネルディスカッション
コーディネータ:世古一穂(元金沢大学教授)
ディスカッサント:高橋正樹、畠山信、三浦友幸、山極寿一
◯ ラップアップ:阿部健一

プログラム内容は以上です。

気仙沼からの参加は、畠山重篤さん、気仙沼商会(株)代表の高橋正樹さん、重篤さんの息子さんでNPO法人森は海の恋人の副理事長の畠山信(まこと)さん、大谷(おおや)地区のまちづくり活動に携わってきて現在は市議会議員でもある三浦友幸さんです。先日の地震で東北新幹線が不通になっているなど、上京にあたってはいろいろ苦労があったのではないかと。

山極壽一さんは、2020年9月まで京都大学総長をつとめた後、前期の日本学術会議会長にも就任。2021年4月から総合地球環境学研究所所長をつとめています。ゴリラ研究の第一人者として知られています。

高橋正樹さんは、気仙沼の「防潮堤を勉強する会」の発足からその後の活動を報告してくれました。私はこれを興味深く聞きました。

高橋さんの説明では2012年8月から2012年10月までで13回の開催。勉強する会サイトの会議録をみると2013年4月に第14回勉強会の記録がありますが、これは13回までとはちょっと違う趣旨の会だったようです。

気仙沼市「防潮堤を勉強する会」サイト/各会議録

高橋さんをはじめ発起人の皆さんの気持ちとしては、巨大防潮堤計画に反対あるいは疑問ありということだったと思います。しかし、反対する会ではなく〈勉強する会〉とした経緯を含め、さまざまな苦労というか工夫がうかがえるお話でした。

三浦さんの大谷地区における活動報告でも同じような話がありました。地元の皆さんとの合意形成をどのようにはかっていくのかといったことや、市や県、国といった行政と地元民との協議や折衝といったことなども。

パネルディスカッションのコーディネーターは世古一穂さん。世古さんは、震災後の気仙沼における防潮堤問題に深く関わってこられた方です。2012年8月のブログでも紹介しておりました。世古さん、長期にわたってのご支援、ありがとうございます。

2012年8月29日ブログ「世古一穂さん」

私は高橋正樹さんの丁寧な話しぶりが印象に残りました。会のおわりごろに、山極さんが地域の町おこし的な活動として、林業の振興や木質バイオマス発電のことなどに触れたのですが、高橋さんが気仙沼地域エネルギー開発(株)としての事業をいち早く手がけていることはご存じなかったようです。

世古さんがすぐ〈高橋さんの会社がすでに〉とおっしゃってくださいました。そして、それを受けた高橋さんは〈気仙沼のなかで一所懸命やってきてそれでいいかと思ってきたが、きょうの山極先生のお話を聞いてそれだけじゃだめだな、もっと世界にも〉というふうに受け答えしたのです。

こうした対応は、なかなかできることじゃないですよね。防潮堤を考える会においても、こうした前向きな姿勢、ポジティブな言葉で地元の考えを探り、まとめあげていったのでしょう。敬服いたしました。

なお、この〈防潮堤から考える〉シンポジウムは、2010年、11年にも企画されましたがいずれも延期されました。新型コロナへの対応でしょう。そして今回、オンラインという形での開催が実現しました。2年以上にもわたる関係者の皆さまのご苦労、いかばかりかと。東洋大学さんはじめ、関係者の皆さまに心から御礼を申し上げます。

本日のブログはシンポジウムの内容をお伝えするというよりも、こうして東京にてオンライン視聴しましたよという報告と、皆さまへの御礼ということで。ありがとうございました。
 

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tag : 防潮堤

大谷海岸のW受賞

気仙沼市の大谷地区振興会連絡協議会と大谷里海(まち)づくり検討委員会による東日本大震災後の大谷海岸における復興の取り組みが、「復興デザイン会議」復興計画賞と、日本都市計画協会の全国まちづくり会議特別賞を受賞したとのことです。12月12日の三陸新報が伝えてくれました。


ダブル受賞
三陸新報12月12日記事の一部イメージ



ふたつの受賞について、記事のほか各賞サイトなども参考にしてまとめました。

◎復興デザイン会議/復興計画賞

復興デザイン会議は、復興研究の推進と復興政策・復興計画・復興設計技術の確立と普及、技術者・政策立案者・計画者・設計者の教育を推進することを目的に、2019年12月に設立されました。

復興デザイン会議「復興政策賞・復興計画賞・復興設計賞」は今回で3回目となります。「気仙沼大谷海岸の再生」が受賞したのは、このうち復興計画賞です。

同賞サイト中の受賞作品/審査員コメントに、大谷海岸の復興計画の概要がわかりやすくまとめられていましたので引用します。改行処理は当方がおこないました。

「気仙沼市大谷海岸は、環境省選定海水浴場百選に選定されるなど、海水浴場として多くの人で賑わった砂浜海岸である。2012年に砂浜のすべてを埋め立てる防潮堤建設計画が持ち上がったが、防潮堤のセットバック、これにより重なる国道45号線のかさ上げを行うことで、伝統のある砂浜海岸を震災前と同規模で残し、安全性や利便性にも優れ、自然と調和したまちづくりが実現されている。

本計画は、地域の宝である砂浜を守りたい住民の想いが、自らのまちづくりを考え、気仙沼市の積極的な理解、支持が後押しとなり、国道管理者の決断、市による国道背後地のかさ上げ、計画との整合を考えた海岸管理者の所管替え、行政間の横の連携を図るための復興庁の支援、JR線のBRT化に伴う沿岸路線の土地の譲渡など、一見すると困難と思えるような課題の解決や震災によって変化した地域事情を的確に取り込むことなどで実現されており、プロセス面でも優れたものとなっている。

大規模災害からの復興では、一定の合理性を求めることが必要な場面も多い。本計画は、多くの解決すべき課題がある中でも地域の事情を踏まえて実現されたまちづくりの先例であり、政策的な意義も大きく、これを評価し、復興計画賞として選定します。 」(引用は以上)


◎日本都市計画協会/全国まちづくり会議特別賞

もうひとつの受賞は、認定特定非営利活動法人 日本都市計画家協会による全国まちづくり会議特別賞です。

日本都市計画家協会は、都市・地域計画の専門家、まちづくりに興味ある人など、多様な人が参加してまちづくりで社会貢献しようと自主的に活動している組織とのこと。そして「全国まちづくり会議」は、地域で取り組まれている草の根まちづくりの支援を目的に同協会が開催しています。

特別賞の表彰式は11月27日に大船渡市でおこなわれた「全国まちづくり会議2020—2021 in大船渡」のなかでおこなわれました。

この大船渡での会議に先立って、オンラインで石巻、大槌、気仙沼、各地区の分科会が開催されています。2月27日におこなわれた気仙沼分科会についてのご案内は、次のブログで紹介しました。

2月25日ブログ「全国まちづくり会議」

◎三陸新報 論説記事

三陸新報では上記記事のほか同日同頁の〈論説〉でも大谷海岸再生に対する顕彰をとりあげていました。


論説

三陸新報12月12日掲載記事の一部イメージ


ダブル受賞に対して、こちらもダブル記事の掲載ですね。三陸新報さんも、大谷海岸復興計画の立案におけるさまざまな苦労や経過をよく知る立場から、今回の受賞をうれしく感じたのでしょう。

なお、三陸新報記事では、「気仙沼復興橋梁群」が「復興デザイン会議」復興設計賞を受賞したことも伝えていました。これも素晴らしい。日を改めて紹介することにいたします。

まずは大谷地区振興会連絡協議会と大谷里海(まち)づくり検討委員会の皆さまにお祝いを申し上げます。このたびの各賞受賞、おめでとうございました。

8月4日ブログ「大谷海岸嵩上終了」

 

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ジャンル : 地域情報

tag : 大谷海岸東日本大震災

大谷海岸嵩上終了

8月3日の三陸新報1面トップ記事の見出しは「砂浜 眺望を維持」。気仙沼市本吉町の大谷(おおや)海岸における防潮堤と国道かさ上げなど一連の整備が7月30日で完了したとのことです。


大谷海岸かさ上げ
三陸新報8月3日記事の一部イメージ


記事では、〈当初示された防潮堤の計画では砂浜がなくなる形だったが、住民が“大谷の象徴”として残すことを強く要望。官民が知恵を出し合って国道45号線との一体的な整備などで防災と砂浜、眺望を全て成り立たせた〉と。

宮城県気仙沼土木事務所によれば、大谷海岸防潮堤と、国道45号沿いの「はまなす海洋館」前から気仙沼方面への980m区間を同じ高さにかさ上げする改良工事、大谷海岸の砂浜造成などの総事業費は約54億円です。

記事では、同事務所のコメントが紹介されていました。「住民の皆さんの積極的な関わりと意見を反映できたおかげで、使い勝手の良い形で整備できた」。

〈官民が知恵を出し合って〉防潮堤や背後の国道45号線と同じ高さで一体的に整備する計画がまとまって防潮堤工事が始まったのは2018年1月のことでした。

すでに防潮堤が完成、道の駅「大谷海岸」も今年3月28日にオープン。7月17日には、11年ぶりとなる大谷海水浴場の海開きもおこなわれました。

東日本大震災から10年を経て、大谷海岸周辺の大規模な整備は一段落ということでしょう。長期におよぶ関係者の皆さまのご努力にあたらめての敬意を表します。ありがとうございました。

4月1日ブログ「大谷海岸の道の駅」
7月19日ブログ「海水浴場の海開き」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大谷海岸

魚町の防潮堤完成

4月28日の三陸新報。見出しは「魚町の防潮堤完成」です。

魚町防潮堤

三陸新報4月28日記事の一部イメージ


宮城県が進めていた魚町の防潮堤工事が4月28日で終了するという記事です。南町海岸側の工事は、「迎/ムカエル」や「創/ウマレル」など復興施設との一体型デザインとしてすでに完了していました。

その後、魚町の工事がどのようになっているのかと気になっておりました。あまり報道もなかったのです。三陸新報の記事から、魚町防潮堤の概要をまとめておきましょう。

魚町の防潮堤は延長312m。このうち220mが海抜5.1mで、平時は海抜4.1mとなっています。津波時には高さ1mのフラップゲートが自動的に起き上がり5.1mとなる仕組みです。

神明崎側の90mは海抜4.88m。この海岸部で転落防止柵や車止めの工事が4月28日に終了することによって魚町防潮堤の完成となりました。

◎魚町防潮堤工事の経緯

魚町の防潮堤については2012年に県から計画が示されましたが、地元民からは高すぎて海が見えなくなるとの反対の声もあがりました。そして魚町・南町の住民による「内湾地区復興まちづくり協議会」と県との協議が進められたのです。

2014年には協議会と県が高さや構造などに合意し、2015年に着工したものの問題がおこりました。地盤隆起した22cm分を差し引いて造る計画が反映されていないことが2018年に判明したのです。当時、地元の人からは相当な反発があり、造り直しを求める声などもあがりました。それまでの防潮堤を低くして欲しいという声に応じようとしなかった県の強硬姿勢が背景にあったように思います。

2018年12月21日ブログ「魚町防潮堤その後」

村井県知事はそのミスを謝罪しましたが、工事は22cm高いまま進められました。背後地のかさ上げによって見た目の高さを抑えることにしたのです。その追加費用など約9千万は関わった県、設計業者、施工業者との3者が同額負担する方針が示されました。

こうした処分や対応方針に対して、地元住民からは〈釈然としない〉といった声もあがりました。つぎのブログで紹介しています。

2019年3月28日ブログ「施工ミス」の処分

このブログで私はつぎのように書きました。〈もともとは設計段階の表記ミスから始まったことで、初期において知事が高飛車な態度をとらずにお詫びをしていればここまでこじれることはなかったのにと、あらためて残念に思います〉と。

この後の経過はあまり伝わってきませんでした。工事は進んでいくなかで反発の声も沈静化していったのでしょう。まちづくり協議会の皆さんの努力などもあったかと。

2020年になると、区画整理事業によって引き渡された土地への店舗建設や営業再開が増えていきます。つぎのブログでは、三陸新報記事の3枚の写真で復興経過を紹介しています。

2020年7月14日ブログ「魚町復興途上写真」

そして、魚町で宅地の引き渡しが終わったのは2020年11月27日のことです。南町の宅地引き渡しはすでに終了していましたので、これにより魚町・南町地区土地区画整理事業の全宅地引き渡しが完了しました。

2020年12月9日ブログ「魚町土地区画整理」

こうした流れのなかで迎えた4月28日の魚町防潮堤の完成です。

なお、三陸新報記事の防潮堤写真で、遠近法でいう消失点あたりに見える3階建て住宅の右隣に我が家がありました。そんな関係で、魚町の話となるとちょっとしつこい。

そんなことで、ブログのリンクが多くなってしまいましたが、連休中ということでご容赦いただければ幸いです。
 

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tag : 防潮堤

海の見える防潮堤

本日は、気仙沼市本吉町の日門(ひかど)漁港に宮城県が計画している防潮堤についてです。8月4日に日門コミュニティセンターで開かれた説明会で、県から完成イメージが地元住民に示されました。8月9日の三陸新報は見出しに〈海の見える防潮堤〉という言葉を添えて、これを伝えていました。


8:9 日門漁港防潮堤

三陸新報8月9日記事の一部イメージ


記事によれば、6日に示された計画案は、昨年7月の住民合意後から住民代表と6回の協議を行い、意見を反映させた内容とのこと。約1年ぶりの説明会には約20人が参加したそうです。


◎河北新報配信記事

河北新報も8月22日に記事を配信しています。主要部を引用します。

(前略)今月上旬、約20人が参加した地元での住民説明会で提示した。防潮堤の形状を当初計画より緩やかな勾配の台形とし、壁面も石組み風にするなどして海側から見た圧迫感を軽減した。

 県の調査で、漁港周辺には希少生物の存在が確認された。環境に配慮し、ニホンウナギなど海水と淡水を行き来する生物のため国道の下を通り海につながる川の流路をせき止めず、コクガンなど鳥類が餌を採る朝の時間帯は作業をしないなどの工事計画も確認した。

 防潮堤建設を巡り、県は2013年12月に当初案を示したが「国道から海が見えない」などと住民が反発。その後もやりとりを重ね、国道をかさ上げする案で県が国と調整。2019年7月に住民が合意し、県と住民代表8人が計6回の会合で計画の細部を煮詰めてきた。

建設予定の防潮堤は海抜9.8m、長さ約300m。合意した計画では国道を最大約2.5mかさ上げし、防潮堤との高低差を最大70cmに抑える。

 日門漁港の防潮堤は、県内で建設される防潮堤369カ所で最後に住民の合意形成が完了した。今後、入札で業者を選定し早ければ11月にも着工、約2年の工期で完成を目指す。(引用は以上)


◎3年前の「ニュースを追って」

私は〈あれからもう3年か〉と思いました。3年前のブログで、この日門漁港の防潮堤問題に関する三陸新報「ニュースを追って」の記事を紹介したことがあったからです。



2月26日日門漁港

三陸新報2017年2月26日記事の一部イメージ


2017年3月8日ブログ「日門漁港の防潮堤」

この記事は、守竜太記者の署名記事でした。私はその記事からつぎの文章をブログで引用しました。

〈県の考え方から、高さを変えること、無堤とすること、さらに背後の国道かさ上げなど、どの方向性を目指すにしても、日門の地理的条件などが加わってハードルは高い。どこまで計画変更が可能かどうかは、今のところ見通せない。

隣の大谷海水浴場周辺では、住民が粘り強く行政機関と話し合った結果、当初の計画を変更し、互いに納得した結果を導き出している。大島浦の浜なども同様で、住民の熱意が行政を動かした事実がある。〉(引用は以上)

3年前の状況はこうしたことだったのです。守記者は、取材を通じて日門漁港防潮堤をめぐる〈ハードル〉の高さを感じていたのでしょう。しかし、そうした条件のきびしさを感じながらも地元の人の要望実現を応援しようという気持ちを感じました。

それから3年。県の最初の提案から数えれば7年。三陸新報の見出し語句を借りていえば、〈住民意見を積み上げた海の見える防潮堤〉の実現です。

地元の皆様と県のご担当者との長期にわたる粘り強いご努力、ご尽力に敬意を表します。なお、三陸新報記事のなかに、宮城県水産漁港部の佐々木保漁港整備専門監のお名前がありました。いろいろとありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
 

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tag : 日門漁港防潮堤

魚町復興経過写真

きのうのブログで、魚町の「ブリアン」さんや「理容昭和軒」さんの営業再開をお伝えしました。

本日紹介するのは、三陸新報7月12日の連載「今を見る『途上の街』」の記事です。魚町と南町の現在の様子を伝えてくれました。キャプションは「着々と復旧が進む内湾地区」。


途上の街
7月12日記事の一部イメージ


手前に見える白壁の店舗が「福よし」さん。その向こうの黒い壁は「臼福本店」さんです。右に見える市営魚町入沢住宅の手前に「かねせん」さんや「ブリアン」さんがあるのですが。手前の白い壁が見えるのが「ブリアン」、その後が「かねせん」そして魚町入沢住宅かな。

三陸新報の記事を引用させてもらいます。

〈 魚町の防潮堤は、津波発生時に自動で起き上がるフラップゲートを備え、普段は車の座席から海が見える高さになっている。ここ半年ほどで、引き渡された土地で営業を再開した店舗が増え、街並みを形成しつつある。
(中略)
東日本大震災前にランドマークの一つだった国登録有形文化財「男山本店店舗」の復元工事は、建物を象徴する装飾部分の取り付けを終え、15日に完成。内湾を象徴する店舗が新たな歴を刻み始める。

すでに「角星店舗」「武山米店店舗」「小野健商店土蔵」が復旧しており、「男山本店店舗」が加わることで、歴史的建造物を生かしたまちづくりが期待される。〉(引用は以上)


◎2018年8月記事掲載写真

2018年9月21日ブログ「魚町復興途上風景」では、同年8月12日の連載「今を見る『途上の街』」掲載写真を紹介しました。この写真で手前にうつる「福よし」さんのお店は旧店舗です。



三陸新報2018年8月12日記事の一部イメージ


◎2019年7月記事掲載写真

そして、2019年7月23日ブログ「魚町地区復興途上」では、同連載の7月14日記事からつぎの写真を紹介しました。


現状
三陸新報7月14日掲載記事より


土地区画整理事業によるかさ上げもほぼ終了した段階でしょう。「福よし」さんの旧店舗もありません。

こうして風景の変化をみていると、建物ができてきたなあという印象とともに、まだまだだなあという感想もうかんできます。

あと8か月で震災から10年となります。こんなに時間がかかるとは思っていなかったというのが正直なところ。それと、防潮堤をめぐる議論のこととか、いろいろと思い出されることがありますが、それはまた別の話。本日は、〈定点観測〉的な魚町の復興経過写真紹介ということで。
 

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西舞根川護岸撤去

気仙沼市唐桑町舞根(もうね)地区で、震災の災害復旧工事の一環として河川護岸を撤去しただけで造り直さないという珍しい工事が9月21日におこなわれたそうです。9月22日の三陸新報が伝えています。

舞根川

三陸新報9月22日記事の一部イメージ


記事によれば、撤去されたのは西舞根川の左岸のコンクリート製護岸です。150mほど離れたところに東舞根川が流れていますが、その水は間にある干潟(ひがた)を通って西舞根川に合流しています。工事は、東舞根川の水を西舞根川に流すためにおこなわれました。10mほどの護岸が撤去されたことによって、干潟の水の出入りが増えて生態系がより豊かになることが期待されています。

この場所にある干潟は、環境省が生物多様性の観点から重要な湿地を保全することを目的に2001年に発表した「日本の重要湿地500」にも選出されるなど、学術的にも貴重なものだそうです。この護岸撤去を要望したのはNPO法人「森は海の恋人」の理事長でもある畠山重篤さんです。重篤さんが干潟の大部分を所有し、干潟周辺の地権者も同意したことから、工事の事業主体である気仙沼市も要望を受け入れたとのこと。

記事では、「舞根森里海研究所」を拠点に海の水質などを調査している首都大学東京/都市環境学部の横山勝英教授のコメントを紹介しています。横山教授は「通常の災害復旧工事とは正反対の作業で、おそらく日本初の事例。構造物ではなく、自然環境を回復させる取り組みとして、とても意義深い」と評価しています。

今回の工事は、地権者の要望によって護岸を撤去したという事例です。これとは逆に、そこに暮らす人もいなくなったような土地であっても、それを守るための防潮堤が建設された例も多いように思います。こうしたことに対しては賛否両論あり、私も軽々に語るつもりはありませんが、報道をみるたびに地権者の財産権というのは本当に大きなものだなと感じたものです。

記事には畠山重篤さんの話も紹介されていました。「汽水域動植物の宝庫。これまでは干潟と川の水交換はごくわずかだったが、それでも多くの植物や生物がみられた。護岸撤去によって、さらに環境が豊かになり“自然の博物館”のようになるだろう」と。

最後に。記事には、東舞根川の水は間にある干潟を通って西舞根川に合流しているとあるのですが、これがよくわかりませんでした。逆の流れであれば、護岸撤去によって干潟を通り東舞根川へ流れこむ水量が増えるというのがすなおに理解できるのですが。河川の左岸や右岸ってどっちがどっちということも含めて、私の頭はこんがらがってしまいました。紙に書いてみたりもしたのですが、どうにもわからない。ま、年のせいということにしておきましょう。私には難しすぎる(笑)。

なお、NPO法人「森は海の恋人」事務局日誌「周回軌道」の関連記事を以下に。工事の写真も掲載されています。

「周回軌道」9月23日記事
 

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tag : 舞根森は海の恋人

小泉海岸空撮映像

気仙沼市本吉町/小泉海岸の海開きについて、2度にわたって紹介しました。

8月5日ブログ「小泉海岸の海開き」
8月7日ブログ「小泉地区の高校生」

本日もその続きです。小泉海水浴場をドローンで捉えた空撮映像をsakko droneserviceさんが海開き10日前の7月10日にYouTubeで公開してくれていたのです。〈震災後8年初の海開き 気仙沼市小泉海水浴場空撮2019 07〉とのタイトルですので同月の撮影だと思います。まずはご覧ください。約3分間の映像です。





SAKKO DRONESERVICEは、気仙沼市本吉町小金沢の咲幸物産さんのドローンサービス事業部門です。前田善則さんがその担当責任者であることは以前にもこのブログで紹介しました。YouTubeの投稿コメントには次のように記されています。

〈震災から8年、まもなく震災後初の海開きをする気仙沼市小泉海水浴場。7月20日、21日には海フェス(地元高校生と本吉夢プロジェクト委員会、海フェスプロジェクトチームが共同でフェスティバルを開催)が開催されます。さまざまな思いを胸に、小泉海水浴場がスタートします〉

前回の海開きは2010年8月でしたので、今回は9年ぶり。2011年の震災から数えると8年経って初の海開きということになります。

このコメントは咲幸物産の前田さんが記したのだと思いますが、〈さまざまな思いを胸に〉というところに地元の意識というか事情というか、まさにさまざまな思いを感じます。

しかし、そうした様々な思いは別にして、小泉海岸はとても美しい。私は高校時代の夏に同級生の中井茶舗/中井殖君(3年8組)の軽四輪に乗せてもらって大谷海岸にはよくいきましたが、小泉海岸にはいったことがありませんでした。それだけに、この空撮映像は新鮮な印象を受けました。

今回の海開きで遊泳可能になったのは、約650mの砂浜のうち、北側約150mです。以前の状況をよく知らないのですが、この美しい小泉海岸が以前のにぎわいを取り戻す日を多くの人が願っていることでしょう。

咲幸物産/SAKKO DRONESERVICEさん、ありがとうございました。

4月22日ブログ「咲幸さん空撮映像」

 

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tag : 小泉海水浴場小泉海岸

「施工ミス」の処分

気仙沼市の内湾/魚町地区の防潮堤を宮城県が誤って22cm高く施工した問題。その責任や処分に関する県からの報告が3月25日にありました。県の武藤伸子県農林水産部長らが気仙沼市役所で「内湾地区復興まちづくり協議会」ワーキング委員約20名に対して行われました。その内容は後述しますが、まずは3月27日の三陸新報記事。「釈然としない」との住民の反応を見出しとしています。

3月27日魚町防潮堤

三陸新報3月27日記事の一部イメージ


報告された内容は、後述する河北新報3月26日配信記事が詳しく伝えています。これによれば、県が報告した責任に関する結論は〈関わった設計業者、施工業者との3者がそれぞれ同等の責任を負う〉というもの。そして、見た目の高さを抑える背後地のかさ上げに要した費用など計9150万円は、責任割合に応じ3者が同額ずつ負担する方針も示されました。

ミスに関わった県職員の処分も公表されましたが、村井嘉浩知事の処分はありませんでした。まちづくり協議会の出席者からは「処分の妥当性が分からない」「知事に何も処分がないのはおかしい」などの声が相次いだとのこと。会合では、村井知事からのおわびの文書も配布されました。そのなかで知事は「私の不用意な発言で皆さまを傷つけたことを深くおわびする」と改めて謝罪しているとのことです。

県は今回の施工ミス問題で、設計業者の日本港湾コンサルタント(東京)と、施工業者の小野良組(気仙沼市)と佐藤庫組(北秋田市)で構成する復旧・復興建設工事共同企業体など6業者を6月24日まで3カ月間の指名停止処分としました。県のサイトで公表されている3月25日付け「指名停止情報」(PDF)によれば、設計業者および施工業者のミス内容はつぎのとおりです。

◎設計:(株)日本港湾コンサルタント
県から新水準点を基準にした図面を作成するよう指示されていたが、防潮堤杭の標高及び埋込長について表記ミスのある図面を作成し、県に提出したこと等から当該防潮堤が計画より22cm高く施工された。

◎施工:小野良組・佐藤庫組復旧・復興建設工事共同企業体
新水準点を基準とした魚町地区防潮堤の修正図面を、旧水準点を基準とした図面であると誤解して現地施工を実施し、また、施工途中の段階確認を一部実施せず、最終図面と現場との相違にも気づかなかったため、当該防潮堤を計画より22cm高く施工した。

県の責任は、工事監理が不徹底であったということになるのだと思います。気仙沼地方振興事務所の県職員10人がそれぞれ訓告、文書厳重注意、文書注意の処分を受けました。

私は、まちづくり協議会メンバー/地区住民の反応は理解できるものの、正直に言って、知事に対する処分がなかったことが妥当なのか否かについては判断できません。もともとは設計段階の表記ミスから始まったことで、初期において知事が高飛車な態度をとらずにお詫びをしていればここまでこじれることはなかったのにと、あらためて残念に思います。

ひとつ気になるのは施工ミスによって、県から3か月の指名停止処分を受ける企業に小野良組が含まれていたことです。以前のブログで施工ミスに地元企業が関係していなければよいがと記していたのです。3月27日の河北新報によれば、県の処分を受けて、気仙沼市の菅原市長は「市としても何らかの対応をする可能性が高い」とし「復興を進める上では影響がある」とも述べているそうです。

以上が河北新報の記事をもとにした、魚町防潮堤施工ミスに関する処分の概要です。三陸新報の記事は、かさ上げに要した費用9150万円の金額や施工ミスに関わった地元企業の名を記しておらず、ちょっと情報不足の感あり。もう少し県の報告を詳しく伝えて欲しかった。続報を望みます。


◎資料情報:河北新報配信記事3種          

以下にブログ記事の参考にした河北新報配信記事3種の内容を示します。記事のリンクで十分なのですが、案外早くリンクがきれてしまうため、資料として引用させてもらいます。

河北新報3月26日配信記事①
<気仙沼・防潮堤施工ミス>宮城県「県と設計・施工業者3者に同等責任」村井知事の処分なし

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って22センチ高く施工した問題で、県は25日、関わった設計業者、施工業者との3者がそれぞれ同等の責任を負うとの結論を報告した。見た目の高さを抑える背後地のかさ上げに要した費用など計9150万円は、責任割合に応じ3者が同額ずつ負担する方針も示した。
 同日、市役所であった「内湾地区復興まちづくり協議会」の会合で武藤伸子県農林水産部長らが示した。
 県の担当者は2018年3月に誤りが発覚した防潮堤整備を巡り、3者間の指示、確認の不足があったと説明。設計業者が誤った図面を作成したことが発端となったとしながらも、「工事監理が不徹底でミスを発見できないまま工事が進んだ」と結論付けた。
 会合では、ミスに関わった県職員の処分も公表。気仙沼地方振興事務所の職員10人について、それぞれ訓告、文書厳重注意、文書注意の処分を20日付で通知したという。村井嘉浩知事の処分はなかった。
 県の報告に対し、地元出席者からは「処分の妥当性が分からない」「知事に何も処分がないのはおかしい」などの声が相次いだ。県は「過去の事例に基づいて決めた」と説明した。協議会の菅原昭彦会長は「職員だけの処分に釈然としていない人が多い。地元の声を知事に伝えてほしい」と求めた。
 現地での報告に先立ち、村井知事は県庁であった定例記者会見で「地元の皆さんにとって重要な場所でミスをした」と言及。地元向けの文書で「私の不用意な発言で皆さまを傷つけたことを深くおわびする」と改めて謝罪した。

◎6業者を指名停止
 宮城県は25日、気仙沼市内湾地区の防潮堤高が誤って施工された問題で、設計業者の日本港湾コンサルタント(東京)と、施工業者の小野良組(気仙沼市)と佐藤庫組(北秋田市)で構成する復旧・復興建設工事共同企業体(JV)など6業者を6月24日まで3カ月間の指名停止処分とした。このほかに処分を受けたのは、JVを構成する小野良組と佐藤庫組の2業者に加え、小野良組が関係する二つのJV。

河北新報3月26日配信記事②
<気仙沼・防潮堤施工ミス>知事は謝罪文のみ、処分は出先機関の職員…住民「釈然としない」

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を県が誤って施工した問題で、宮城県は25日、気仙沼市役所であった内湾地区復興まちづくり協議会の会合で業者や職員の処分を明らかにした。住民側が求め続けた関係者の責任の所在がようやく示されたが、あくまで県の規定に沿った分かりにくい処分内容に住民は反発。「釈然としない」などと批判の声が上がった。

 「処分の中身がどの程度の重さなのかよく分からない」。県の担当者が示した業者、職員に対する処分内容に協議会のメンバーの一人が疑問を投げ掛けると、一気に不満が噴出した。
 県は業者に3カ月間の指名停止、県職員10人には通常は公表しない「訓告」「文書注意」などの処分を出した。武藤伸子農林水産部長は「過去の事例に基づいた処分」を強調したが、住民側からは「われわれは一生変えることができない(防潮堤の高さの)ミスをされた。(処分が)妥当とは思えない」などの不満の声が上がった。
 県は村井嘉浩知事の署名入りの謝罪文を協議会の場に出したが、「知事の責任が紙切れ1枚で済まされるのか」「会社に問題があれば普通は社長の責任になる。釈然としない」などと行政トップへの批判も出た。
 会合終了後、ある出席者は「処分の説明が雑だ」と反発。別の出席者は県の処分が全員、気仙沼地方振興事務所の職員だったことに触れ「トカゲの尻尾切りだ」と嘆いた。
 県が住民と設置する方針を示している地域振興策を協議する場の開催は未定だ。協議会の菅原昭彦会長は「みんな釈然としていない。県は住民と向き合う姿勢をしっかりと示してほしい」と注文した。

河北新報3月27日配信記事
<気仙沼・防潮堤ミス>市、事業者処分へ 指名停止など検討

 宮城県気仙沼市内湾地区の防潮堤高が誤って施工された問題で、県が施工業者や設計業者など6事業者を3カ月間の指名停止処分とした結果を受け、菅原茂市長は26日の定例記者会見で「市としても何らかの対応をする可能性が高い」と述べ、市も該当業者に指名停止などの処分をする考えを明らかにした。4月上旬にある指名業者の資格審査委員会で決まる。菅原市長は「これまでの事例では、処分は県と同様かそれより軽くなるのではないだろうか」と述べた。県が処分した業者には、東日本大震災の復興工事を多く請け負ってきた小野良組(気仙沼市)が含まれており、菅原市長は「復興を進める上では影響がある」と指摘した。

以上です。

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Nスペ「黒い津波」

3月11日に向けて、東日本大震災関連の特集番組が増えてくることでしょう。2月17日(日)放送のNHKテレビ「巨大津波の脅威~東日本大震災から8年」もそのひとつでしたが、以前に放送されたアーカイーブ映像でした。

本日紹介するのは、3月3日(日) 放送のNHKスペシャル「“黒い津波” 知られざる実像」です。


黒い津波
番組サイト(予告動画あり)より(画像クリックでサイトにジャンプ) 


◎NHKスペシャル
“黒い津波” 知られざる実像
NHK総合テレビ
3月3日(日) 
午後9時00分~9時49分

番組サイトから紹介文を引用します。

東日本大震災は、膨大な津波の映像が克明に記録された、初めての大災害だった。陸地に到達した当初は透明だった津波が、そのわずか5分後には真っ黒な色に変わっていた。 “黒い波”はどのように生まれたのか?震災から8年、最新の研究で、その正体が次第に明らかになってきた。巨大津波が入り組んだ湾に進入すると、湾の狭くなった場所に津波の勢いが集中し、海底の土砂を深くまでえぐりとる。宮城県気仙沼市では、津波が海底を7mもえぐり、大量の土砂を巻き上げ黒い波となっていたことがわかってきた。

当時のまま保管されている黒い海水を専門家が分析したところ、純粋な海水のみだった場合に比べ、黒くなったことで津波は強い破壊力を持ち、人々の命を奪っていった実態が明らかになった。黒い波は、より多くの建物を破壊し、がれきを巻き込み、このがれきがさらなる大量破壊の連鎖をもたらしていた。また、亡くなった人たちの「死因」について、これまでは9割が溺死とされてきたが、法医学者などは、土砂による窒息やがれきによる圧迫死など、複合的な原因もあったのではないかとみて、再調査を進めている。

多くの人たちが異口同音に“黒い”と言い表してきた、巨大津波の真の姿。最新の解析や調査結果を当時の映像や証言と照らし合わせ、黒い波の脅威を初めて明らかにする。(引用は以上)

上記の番組サイトでの写真は宮古市のものですが、NHKの予告映像や番組サイト内の予告動画では気仙沼の魚市場や、河北ビルからの映像が紹介されていました。(追記:この河北ビルからの動画はコヤマ菓子店の小山裕隆さんが撮影したものだと思います。この津波流入の様子を父親の小山隆市君(3年6組)も見ていたはずです)。もう何度も目にしている映像なのですが、重くて黒い津波のエネルギーや、またたくまに車や建物を巻き込んで流入するスピードに驚かされます。

〈宮城県気仙沼市では、津波が海底を7mもえぐり、大量の土砂を巻き上げ黒い波となっていたことがわかってきた〉との紹介文には驚きます。その津波の恐ろしさを直接に知る人にとって見たくない映像もあるかも知れませんが、一応のお知らせということで。
 

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魚町防潮堤その後

本日は、気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題に関して。これについては、10月1日に村井知事が気仙沼を訪れ、防潮堤を造り直さない方針を伝えるとともに、それまでの県の対応などについて陳謝、謝罪。これを受けての内湾地区復興まちづくり協議会の会合が10月4日に行われましたが、造り直しを求めるかどうかを議論する状況ではないということで判断は保留されました。工事が再開されたことは知っていますが、まちづくり協議会などの動きが伝わってこないなと思っておりました。

そんな中、12月18日に河北新報が<2018 みやぎ回顧>(1)防潮堤施工ミス(気仙沼)地元の思い くみ取れずという記事を配信していました。


河北写真

河北新報12月18日配信記事より。キャプションは「計画より22センチ高いまま工事が進む防潮堤。県に対する住民の不信感は今も根強い」

河北新報12月18日配信記事

この回顧記事は、〈紙面を飾った主な出来事を、最前線で取材に当たった記者が振り返る〉というもの。そして魚町防潮堤の記事は気仙沼総局の大橋大介さんによるものです。記事は、魚町の防潮堤本体の9割が完成し、来年3月下旬にはできあがると伝えたあと、地元の皆さんの心情などをつぎのように記しています。河北新報さんのリンクは案外はやくきれてしまうので、主要部を引用させてもらいます。


〈 夜はライトアップされるなど、事態は収束したように見える。だが、「責任の所在も示していない。うやむやに終わらせるつもりなのだろう」(魚町の地権者)との声が聞かれるように、県に対する地元の不信感は、今も根強い。

 ミスが発覚したのは4月中旬。地元に三つの選択肢を示しながら、村井嘉浩知事は5月、内湾地区復興まちづくり協議会で、住民が選んだ「造り直し」を否定し、地元の怒りを買った。その後も県は誤解を招く住民のアンケート結果を示したり、施工ミスに気付いた時期を住民よりも先に県議会に示したりして、その度に住民が反発した。結局、両者の溝は埋まることなく、県は防潮堤を造り直さずに背後地をかさ上げすることで押し切った。〉

ここまでが経過。この問題が明らかになった4月中旬からこれまでの動きをコンパクトにまとめています。そして、つぎに地権者や市関係者の言葉を紹介し、住民らの気持ちを記します。

〈  取材の過程で、地権者や市関係者から何度も聞いた言葉がある。 「県がわれわれ被災地と同じ思いの強さを持って仕事をしてくれたら、こんなことは絶対に起きなかった」

 魚町の防潮堤を巡る議論は東日本大震災直後に始まった。住民は防潮堤の不要論を唱えながらも県の求めに応じ、1センチでも低くするための方策や防潮堤を生かした街づくりの在り方を100回以上も話し合った。住まいもなく、仕事の見通しもつかない不安を抱えながら、気仙沼の未来を見据え、貴重な時間を費やした。津波で破壊された古里を再興することだけがモチベーションだったという。今回のミスは、復興に向けて積み上げた住民の思いを踏みにじる行為だった。県が過去の経緯を踏まえ、問題発覚後にもう少し丁寧で誠実な対応をすれば、これほど問題はこじれなかったかもしれない。

 2020年度末で終了する国の復興・創生期間を見据え、県は村井知事が掲げる創造的復興の仕上げに入る。目玉事業の完遂に突き進むのも大事だが、被災地に住む一人一人の思いをくみ取る姿勢も忘れてはいけない。22センチ高い防潮堤が残した教訓でもある。〉(引用は以上)


この大橋大介さんによる記事は、県の施工ミスに対して強く反発した住民の心情というものをよく伝えているように感じました。住民、地権者など関係者のなかにも様々な意見、考え方があると思いますが、今後の県政の教訓とするためには、こうした視点が必要でしょう。

この記事でもわからなかったことがあります。県の方針を受けてのまちづくり協議会の態度表明をどのようにおこなうのか、おこなわないのか。そこをうやむやにして3月下旬の完成を迎えるわけにもいかないと思うものの、それぞれの顔が思い浮かぶ協議会幹部の皆さんの心情、苦渋を思うと、また〈県のミスさえなかったら〉と思わずにはいられないのです。

10月8日ブログ 「造り直し」は保留
 

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tag : 魚町防潮堤

「造り直し」は保留

気仙沼市魚町の防潮堤の施工ミス問題では、10月1日に村井知事が気仙沼を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について伝えるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪しました。これを受けての内湾地区復興まちづくり協議会の会合が10月4日に行われました。

判断保留

三陸新報10月6日記事の一部イメージ


記事によれば、会合はワーキング委員17人のほか、地権者約20人が出席しての拡大会議として開催されたそうです。菅原昭彦会長は、1日に村井知事から伝えられたことなどを報告した上で次の内容を県に求めていくことを提案しました。①原因の経過、責任の所在の丁寧な説明②県、市、住民によるまちづくりを話し合う場の設置③土地区画整理事業が遅れないように進めることの4点です。

河北新報の10月5日配信記事では、地権者らがこの提案を了承したとのことです。また、防潮堤の「造り直し」についても話し合ったが、「県に対する疑念が払拭(ふっしょく)されない中では議論できない」として結論は出さず、三つの提案に対する県の対応を見た上で改めて協議する方針を確認したと伝えています。

三陸新報の記事にもどりますが、会合のなかで委員からは、「諦めるかしかないのか」「『造り直し』を続けていってもらちが明かない」との一方、「県が工事をこのまま進めるのはふに落ちない」などの意見が出されました。「知事に責任をとってもらわないといけない」との声もあったそうです。

会議終了後、菅原会長は「造り直し」について、「現段階では県への不信感、疑念があるので判断は保留する。県の責任と役割が残っており、それを整理できないうちに議論はできない」と語りました。河北新報は、「現段階では、住民の県に対する不信感と疑念は残ったままだ。県との溝が埋まらない限りは、造り直しを求めるかどうかを議論する状況にはならない」と。

22cm高いままの防潮堤工事は10月1日から再開されいまも進行しています。そうした状況のなかで、まちづくり協議会としての判断は保留。なかなか苦しいところですが、協議会としての最善の方針選択ではないかと感じています。

10月2日ブログ「村井知事の謝罪」
 

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tag : 気仙沼防潮堤施工ミス

村井県知事の謝罪

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題。10月1日(月)に村井知事が気仙沼を訪れ、内湾地区復興まちづくり協議会の菅原会長、菅原茂市長、菅原清喜市議会議長らと面会しました。知事は、防潮堤を造り直さない方針について理解を求めるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪したそうです。10月2日の三陸新報によれば、〈深々と頭を下げた〉そうです。同日配信の河北新報の記事写真がこれです。

河北

河北新報10月2日配信記事より

なお、知事の陳謝、謝罪については、三陸新報は〈陳謝〉、河北新報は〈謝罪〉の表現となっています。会議は冒頭のみ公開され、面会終了後に村井知事が囲み取材に応じました。河北新報10月2日配信記事を以下に引用します。

<防潮堤施工ミス>
宮城知事が気仙沼市訪ね謝罪 工事再開に理解求める

 宮城県気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事は1日、同市を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について菅原茂市長と住民団体のメンバーに理解を求めるとともに、問題発覚後の県の対応を謝罪した。県は同日、休止していた防潮堤工事を再開した。

 村井知事は市役所で、菅原市長や「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長らと面会した。
 (1)安全性の確保(2)街づくりの遅れへの懸念(3)技術面の難しさ(4)入札不調の恐れ-などを理由に住民が求める造り直しに応じない方針を改めて説明し、「これ以上時間を引き延ばすことはできない。ミスの原因と経過、責任と処分については今後も丁寧に説明していきたい」と述べた。
 5月にあった会合で、造り直しを求める協議会の意見を「県民の理解が得られない」などとして覆したことにも触れ、「協議会での私の発言や職員の対応の至らなさによって地域住民に迷惑を掛けた。深くおわびしたい」と謝罪した。
 防潮堤を計画より22センチ高く造ったミスは今年3月に発覚した。県は背後地をかさ上げし、見た目の高さを抑える対案を提示。住民と県の協議が平行線をたどる中、市はかさ上げ工事を先行して始めた。
 菅原市長は「市内にある防潮堤は全て住民との合意に基づいて造ってきた。原則が崩れたことは残念だが、現実を受け止めて前に進む必要はある」と話した。
 協議会は、4日に開く会合で今後の対応を協議する予定。菅原会長は「造り直しの意思決定は変わっていない。間違えたことを造り直してほしいと要望するのは正しいことだ。県は深まった不信感を払拭するために住民と真摯に向き合ってほしい」と要望した。(引用は以上)

上記記事にもありましたが、面会の日に県は10月1日に施工ミスが発覚した3月以来中断していた魚町防潮堤の工事を再開しました。三陸新報によれば、残る約150mの区間で、計画より22cm高く仕上げるそうです。南町の防潮堤も含めて本年度内の完成が予定されています。

まずは知事謝罪の報道内容紹介のみにて。

9月27日ブログ「造り直しに応じず」

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tag : 気仙沼防潮堤施工ミス

造り直しに応じず

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題。気仙沼市は9月15日に、見た目の高さを抑える背後地のかさ上げを先行して実施する考えをすでに明らかにしていますが、9月25日に県の動きがありました。村井知事が9月25日の記者会見で、「内湾地区復興まちづくり協議会」が求めていた防潮堤の造り直しはしないと表明したのです。9月26日の三陸新報の記事はこのような内容。

三陸新報
三陸新報9月26日記事

この記事では菅原市長のコメントを掲載していました。「市はこれまで住民合意による解決を県に求めてきた。合意のないまま謝った高さで整備を進めるということなので、事業の期限もあると思うが、とても残念。決断に至った経緯、原因と経過、責任と処分について丁寧に説明をしてもらう必要がある。市としてはまち協(内湾地区復興まちづくり協議会)、県への協力は全力で行っていく」とのこと。

県の今回の決定については、河北新報が詳しく伝えています。本日は、同紙が9月26日に配信した3本の記事を紹介します。一定期間でリンクがきれてしまうので、長くなりますが、主要部を引用させてもらいます。(赤字クリックで記事にジャンプ)

9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」①
住民「知事あまりに乱暴」高さ不変に地元猛反発

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事が25日に防潮堤を造り直さないとする最終判断を下したことに関し、地元の地権者や住民団体は一斉に反発した。一貫して造り直しを求めた地元の意向を無視された形となり、住民は「あまりにも乱暴だ」と怒りをあらわにしている。
 「協議会としての要望が受け入れられなかった。非常に残念だ」。中心市街地の再生を議論してきた住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長が無念の思いを吐露した。午前9時半ごろ、村井知事から直接、電話で造り直さないことを伝えられたという。
 菅原会長は「県に対する不信感は残ったままだ。協議会としてどうするのか、今後、検討したい」と話した。近く会合を開き、対応を話し合う。(中略)
 協議会の場でも「住民との合意がない防潮堤を気仙沼には造らない」との持論を強調していた菅原茂市長は、「住民合意がないまま、誤った高さの防潮堤が整備されることは非常に残念。(県には)住民の思いを真摯に受け止め、対応してほしい」と注文を付けた。


9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」②
知事、造り直しに応じず 安全確保を重視

 (前略)村井嘉浩知事は25日の定例記者会見で、住民が求める防潮堤の造り直しには応じないと表明した。整備が遅れることで、地域の安全性確保や予算執行に影響が生じかねないと最終的に判断した。休止中の工事を近く再開し、本年度内の完成を目指す。
 村井知事は、理由として(1)街づくりの安全性確保の懸念(2)背後地での市の土地区画整理事業への影響(3)技術面の難しさ(4)入札不調となった場合のさらなる工事の遅れ-の4点を挙げた。
 防潮堤工事の事業費は年度をまたぐ「繰り越し」の手続きを2回続けた。3回目は認められないため、本年度中に事業を終える必要があるとして「(判断の)タイムリミットだった」と理解を求めた。
 村井知事は「住民に多大なる迷惑と心痛を掛け、深くおわびする」と重ねて陳謝。「ミスの原因や経緯などは誠意を持って説明する。設計、施工各業者、県職員は基準に基づいて適切に処分する」と述べた。
 菅原茂気仙沼市長と、住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長には同日午前、電話で方針を伝えた。2人から「納得したわけではない」との返事があったと明かし、「できるだけ早く出向き、おわびしたい」と話した。(後略)


9月26日配信記事「気仙沼・防潮堤施工ミス」③
宮城県と住民の溝埋まらず 議論平行線、対立深まる

 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事は25日、住民が求めた造り直しには応じず、22センチ高い防潮堤の建設を進める最終判断を下した。ミス発覚から203日。県と住民との間にできた深い溝が埋まることは一度もなかった。(気仙沼総局・大橋大介)

 防潮堤を巡る議論の経過は表の通り。県と住民の対立が決定的となったのは、5月18日に気仙沼市であった地元住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」の会合だった。
 県は当初、(1)造り直し(2)背後地かさ上げ(3)現状のまま設置-の3案を示し、住民の意向を選択する方針だった。会合で住民は「造り直し」を求めたが、出席した村井知事は時間や経費を理由に却下した。
 ある協議会関係者は「住民が選んだ意見を覆した。知事の強気な姿勢も不信感を大きくした」と明かす。
 その後、「造り直し」を求める住民と県の議論は平行線をたどった。この間、県は誤解を招くような住民の意向調査結果を示したり、施工ミスに気付いた時期を住民よりも前に県議会に示したりするなどして何度も住民の反発を買った。
 今月15日にあった会合で協議会は造り直しの方針を県に示したが、その10日後、県は最終決定を下した。防潮堤背後地の魚町の地権者(44)は「県はどれだけ住民の感情を逆なでするつもりなのか」と憤る。
 住民の中には、かさ上げ案を受け入れざるを得ないとの意見ある。それでも、県と住民の感情的対立が解消される可能性は極めて低い。

表
(引用は以上)


最後に引用した記事は、河北新報気仙沼総局・大橋大介さんの署名記事です。その中に、協議会関係者の言葉として「住民が選んだ意見を覆した。知事の強気な姿勢も不信感を大きくした」とありましたが、知事の強気な姿勢こそが不信感を大きくした原因だと私は思います。

知事は「できるだけ早く出向き、おわびしたい」と話しているそうですが、もう少し別の段取りがあってもよかったような気がします。大橋さんの記事の末尾に〈県と住民の感情的対立が解消される可能性は極めて低い〉とありました。残念ながら同感。としか言いようがありません。

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tag : 気仙沼防潮堤施工ミス

魚町復興途上風景

三陸新報のシリーズ記事〈今を見る「途上の街」〉は、気仙沼市と南三陸町の復興経過を写真で紹介しています。私など気仙沼を離れて暮らすものにとっては大変ありがたい企画です。8月12日に紹介されていたのは、気仙沼市の魚町と南町。つまり内湾地区の風景でしたから、なおさら興味深くながめました。



三陸新報8月12日記事の一部イメージ


私の実家があった魚町坂口の裏山方向から撮った写真ですかね。なかなかいいアングル。左下から右上に向かってうつっているのが、県のミスで22cm高く施工された防潮堤です。南町の海岸に少し波打つ屋根の建物が内湾商業施設「ムカエル(迎)」。その左側で「(仮称)南町海岸公共・公益施設」の工事が進んでいます。

昨日のブログでもお伝えした、施工ミス22cmに対応するかさ上げは、写真にうつる平たい地面の上に盛り土する感じなのでしょうかね。その右側の道路や建物との高さの違いはどうなるのだろう。なかなか全貌がわかりません。

中央下側にうつる建物は〈福よし〉さんです。現在は工事のために営業を休止しているはずですが、今後はどのようになっていくのでしょうか。写真でいえばその左側にあった、屋号でいえばイチジュウさんやカクダイさんの建物は撤去されていますね。

この写真を見て感ずるのは、失われた懐かしい風景への郷愁ではありません。いろいろ課題はあるでしょうが、そこに暮らす人たちが希望の持てる新しい魚町そして南町であって欲しいという願いのみ。

まちづくり協議会の皆さんや行政関係者、そしてなにより住民、地権者の方々にとってはまだまだ大変なことも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 

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かさ上げ先行実施

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題に関して、市に新たな動きがありました。9月15日の「内湾地区復興まちづくり協議会」の会合で、菅原茂市長は見た目の高さを抑える背後地のかさ上げを先行して実施する考えを明らかにしました。9月16日の三陸新報記事もつぎのような記事で伝えています。

かさ上げ先行

三陸新報9月16日記事の一部イメージ


記事によれば、会議前日の9月14日夜に魚町地区の権利者会を開いて市のかさ上げ案を示したそうですが、出席した地権者16人から異論は出なかったそうです。15日の協議会後、菅原昭彦会長は、「区画整理は権利者の問題。権利者が最悪の事態を避けたいという思いから市のかさ上げに理解(を示)したのだと思う。尊重したい」と話したそうです。

9月16日配信の河北新報も詳しく報じています。一部を引用します。

〈 菅原市長は、県に加えて県議会内でも造り直しへの賛同は得られない見通しという現状認識を報告。「市として県が造り直す可能性はないと判断した」と述べた。その上で、区画整理事業を計画通り実施するに当たって「時間の限界が来た」と、県が提案するかさ上げ工事に週明けから着手する考えを示した。費用は県側が負担する。14日に魚町の地権者に説明し、「異論はなかった」と報告した。

 菅原市長は会合後の取材に「土地のかさ上げも行われない、防潮堤の高さも下がらないという最悪の事態は避けたい。残念だが行政として客観的に判断した」と説明した。ただ、「高さのミスを容認したわけではない」と述べ、県が引き続き住民との合意形成に努めるよう求めた。

 協議会の菅原昭彦会長は「地権者の選択は尊重していきたい。だが県への不信感は依然残っており、造り直しの結論を覆すことはできない」と話した。
 県によると、盛り土などに見込まれる費用は数千万円。ミスの責任割合に応じ、業者側と分担して市に支払う。武藤伸子県農林水産部長は「(市の判断に)感謝している」と述べた。〉(引用は以上)


記事を読んでいてちょっとわかりにくいなと思ったところがありました。造り直しを強く求めていた魚町の人の中には、地権者も多くいたはずで、その方々と14日夜の権利者会出席者の重なりや違いがわからないのです。造り直しを強く求めていた人もかさ上げには異論がなかったということなのでしょうか。

なお、9月18日配信の東日本放送ニュースによれば、村井知事は今回の結論について、「地域の皆さまや尽力いただいた気仙沼市に感謝したい。防潮堤の造り直しについても誠意を持って丁寧に説明したい」とコメントしているそうです。

村井知事が5月18日のまちづくり協議会で高飛車な言葉を発することなく誠意をもって丁寧に対応していればこんなことにはならなかったのにとあらためて感じています。

本ブログ/防潮堤関連記事

 

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村井知事のお詫び

一昨日9月4日のブログで、9月3日に宮城県のホームページに掲載された「県民の皆様へ」と題する村井知事名での文章と7つの資料についてご紹介しました。ブログタイトルとした「いわれのない批判」は、知事の文章中の〈地域の皆様が,全く非がないにも関わらず,いわれのない批判を受けているとのお話を頂戴いたしました〉から引いたものです。

4日のブログで、私は三陸新報記事の〈県がHPで謝罪〉という見出しはちょっと違うと記しました。知事文章のタイトルは〈県民の皆様へ〉であり、主旨は県民からの気仙沼住民に対するいわれのない批判を払拭するために、ミスの経緯を公表するというものです。もちろん、内湾地区住民や県民にお詫びもしていますがそれはあくまで付帯的なもの。

このようなことをあらためて記すのは、三陸新報の記事を見てから、知事の文章を読んで〈これでは、お詫びになっていない〉と反発する人もいるのではないかと思ったからです。新聞記事の見出しとするならば、〈県がミスの経緯を公表〉あたりでしょうか。

県からの村井知事名でのお詫びとお願いは、9月3日公表の資料7のPDFファイル「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い」です。8月14日付けで、内湾地区復興まちづくり協議会に示されていますが、広く公表されるのは今回が初めてです。この内容が内湾地区住民にどのように共有されたのか、されなかったのかについてはわかりません。

そんなことで、本日はこの8月14日付け「お詫びとお願い」文書を以下に引用させてもらいます。

お詫び

  8月14日付けの「県からのお詫びとお願い」一部イメージ


内湾地区復興まちづくり協議会の皆様へ

「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い

 この度の気仙沼漁港魚町地区防潮堤の建設に当たりまして、地域の皆様が幾度もの協議を経て、苦渋の選択をされ、現在の計画を受け入れていただいたにもかかわらず、県における不手際により防潮堤の高さを間違えるという、あってはならない事態を引き起こしたことに対しまして、深くお詫び申し上げます。

 また、その後の地域の皆様との話し合いにおいて、私の発言等によりお気持ちを傷つけましたこと、私どもの対応の至らなさにより大きな疑念と不信感を招く結果になりましたことについても、重ねてお詫び申し上げます。

 今月7日の貴協議会の記者会見資料を拝見させていただきましたが、「防潮堤不要論から苦渋の選択をし現在の計画を受け入れた住民と同じ想いを共有した上での発言がみられない」、「知事の発言及びその後の対応はあらためて被災地の地域住民に精神的な苦痛や心労を与える」、「説明会や運営会議では、県の不誠実、不親切な説明姿勢であった」など厳しいお叱りの言葉を頂戴いたしました。
 今後は、皆様からのお言葉一つ一つを真摯に受け止め、信頼関係を回復していただけるよう努力してまいる所存であります。

 今回、施工ミスに関わった設計業者、施工業者については、県の基準に基づき適切に処分を行ってまいります。県職員についても同様です。また、今回の対策にかかる費用についても、各業者に責任に応じた負担を求めてまいります。
 なお、このことについては、進捗状況を9月に報告させていただきます。

 現在、県が提案しているかさ上げ案について、県の対応に不信感が募る中であったにもかかわらず、皆様で御検討いただいたことにお礼申し上げます。

 「土地区画整理事業が2週間程度確実に遅れる」との御懸念については、土地区画整理事業を実施する気仙沼市と密に調整し、宅地完成に遅れを生じさせないことはもとより、一日でも早く宅地引き渡しができるよう、県としても全力を尽くしてまいります。

 「道路との格差が最大で75cmにもなるところ」については、段差が市で計画している70cmから追加のかさ上げに伴い75cmに拡大する宅地のことだと思われますが、段差が拡大する片浜鹿折線側から車両の乗り入れを御希望の場合は、建築計画、駐車場計画などをお聞きし、対応策を御相談させていただきます。

 「土地が狭いところの対処」については、車両の乗り入れに支障のないよう、かさ上げを行わないこととしておりますが、同様に御希望に応じて対応策を御相談させていただきます。

 「私有地境界同士の高低差が広がること」については、現在、追加のかさ上げを行わないこととしている宅地についても、御希望があれば、かさ上げを行うことで、高低差が広がらないようにいたします。

 道路から各宅地への乗り入れ等についても、市と協力しながら、個々の土地利用や建築計画に応じた対応を行ってまいります。

 かさ上げ案による「不必要な段差を生むことで、不利益を被る住民が出ること。そのことによって地域の分断を生む可能性があること」という御懸念については、かさ上げにより市の計画から段差が拡大する宅地ではその擁壁の増加費用について、県が費用負担を行うことといたします。

 県といたしましては、貴協議会における御懸念を踏まえて、かさ上げ案について上記の改善を図っていくことといたしますので、再度、説明の機会を賜りますようお願い申し上げます。

平成30年8月14日

宮城県知事 村井嘉浩  (引用は以上)

引用元ファイル:公表資料(5)「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い(資料7 [PDFファイル/136KB]

県はこの文書を8月14日にまちづくり協議会に提示し、再度、説明の機会をつくって欲しいとお願いしています。また、設計業者、施工業者、県職員などの処分や対策に関する費用の業者負担についての進捗状況は9月に報告するとのこと。

県としては、これらのお願いへのまちづくり協議会の返答を待っている状態だと思うのですが、9月3日の宮城県ホームページでの県民への経緯公表の主旨が誤解され、魚町住民の新たな反発を招いている可能性もあるのではないかと心配しています。

この問題は、5月18日(金)の内湾地区復興まちづくり協議会で、協議会が決めた方針に対し、その場で村井県知事が施工ミスのまま工事を進めるとの方針を示したことに始まりました。その強硬な知事の姿勢に住民が反発したのです。これについては5月21日のブログに記しました。このときと同様に、村井知事が住民会合に急ぎ駆けつけて、心からのお詫びを伝えていれば、ここまでこじれることはなかったのにと。とにかく残念です。

5月21日ブログ「住民意見採用せず」

 

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いわれのない批判

本日9月4日の三陸新報に、気仙沼市魚町の防潮堤が権の施工ミスにより22cm高く施工されてしまった問題についての記事が掲載されていました。宮城県が、きのう9月3日日に県のホームページに、魚町住民への謝罪やミスが起きた経緯などを掲載したというのです。

9月3日

三陸新報9月4日記事より(クリックで拡大)


私は〈県がHPで謝罪〉という見出しなどから、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られたというお詫びなどが、あらためてホームページで公開されたのだろうと推測しました。しかし県のホームページを見てみると、ちょっと違っていました。気仙沼の地域住民に対する県民からのいわれのない批判に対して、県から県民に対してきちんと説明しますという内容でした。ホームページ上の記事がちょっと見つけにくいのですが、つぎの赤字をクリックすればジャンプします。

宮城県9月3日更新「気仙沼漁港魚町地区防潮堤の施工ミスについて」

まずは「県民の皆様へ」と題する村井知事名での800字ほどの文章が掲げられています。私なりに主旨をまとめるとつぎのようなこと。

施工ミス以降、地域住民が県民からいわれのない批判を受けているとの話を受けた。そのような批判があるとすれば、県民に誤解を生じさせた私たち(県)の責任である。地域の皆さんには大変申し訳ない。ついては、県民に正確に理解してもらうために、これまでの経過、経緯をホームページ上でも下記のとおり公表することにした。早くからこのように公表すれば、地域住民への県民からの批判的意見は出なかったのではないかと反省している。内湾地区の皆様に多大なるご迷惑をおかけしていることに改めてお詫び申し上げるとともに,県民の皆様にご心配をおかけしていることにお詫び申し上げる。

そして公表された資料はつぎの5テーマ7資料です。
1) 防潮堤高さに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料1)
2) 魚町地区防潮堤工事の施工ミス概要図(資料2)
3) 魚町防潮堤工事の施工ミスに至った原因と経過(資料3・4・5 )
4) 施工ミスに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料6)
5) 「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い(資料7)

上記の資料7が、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られた県からのお詫びとお願い文書です。3頁の内容です。これについては、8月21日の三陸新報がつぎの記事を掲載していました。

詫び状

三陸新報8月21日記事より


この記事については、内湾まちづくり協議会からの反応があったときに合わせて紹介しようと思っていましたが、その前に県の県民への新たな情報発信がなされました。

また、きのう9月2日の三陸新報では、一面トップの〈ニュースを追って〉で、この魚町防潮堤施工ミス問題について〈県と住民が膠着状態/地元は「造り直し」揺るがず〉との見出しで記事を掲載していました。そのなかに、〈県のホームページに住民の名誉を回復させるための文章を載せて県民に広く発信する予定という〉との記述がありました。それが上記のホームページ記事だったのですね。

なお、この三陸新報の記事では、〈県民からの地域住民に対する批判〉ではなく、気仙沼市内からの魚町住民に対する異論を紹介しています。〈22cmぐらいいいのでは〉〈いつまで引きずるのか〉といった声。これに対して魚町地権者の〈魚町の住民はわがままを言っているという声もある。われわれの生の声や考え、思いが伝わらず、市民から浮いてしまっている〉との声も記していました。

魚町<南町<内湾(魚町・南町)<市民<県民という各層の意見の相違があって本当に複雑です。まさに〈膠着状態〉としか言いようがありません。本日は私としての考えは控え、9月3日の県の文書の紹介にとどめておくことにいたします。

8月10日ブログ「県の対策案を拒否」
 

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tag : 気仙沼防潮堤内湾

背後地かさ上げ案

事前の紹介ができませんでしたが、本日7月2日午後0:20からのNHK総合「旬感☆ゴトーチ!」で気仙沼「海の市」の氷の水族館などが紹介されます。「しごと場・あそび場ちょいのぞき」なども。ゲストは八代亜紀さん、リポーターはマギー審司さんです。

ここからが本題。気仙沼の魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題で、県は6月30日に背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示しました。7月1日の三陸新報の紙面はこんな感じ。

かさあげ案

三陸新報7月1日記事の一部イメージ


同日、河北新報も記事を配信していました。その内容を引用します。

〈 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を県が誤って施工した問題で、県は30日、住民が求めた防潮堤の造り直しではなく、背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示した。今月中旬まで地権者らに個別に説明する。住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」はその後、再度会合を開き、対応案を受け入れるかどうか結論を出す。

 市役所であった協議会の会合で、県の担当者が明らかにした。防潮堤の背後地で、市が実施する土地区画整理事業内の土地約1ヘクタールで、5~20センチかさ上げする。問題発覚直後に県が示したかさ上げ案を、修正した。当初案では、区画整理事業の計画変更や設計の修正などの手続きに約9カ月かかるとしたが、新たな案では約2カ月に短縮された。追加のかさ上げ工事は約10日間で終わり、宅地の引き渡しも2週間程度の遅れにとどまる見通し。事業費は数千万円で、防潮堤を造り直す場合より少なく、県が全額負担する。

 住民からは「かさ上げ案は、防潮堤の高さを変えないと知事が言ったことの尻ぬぐいだ。22センチ間違った分を造り直すべきだ」「(隣接する)南町の防潮堤の高さと違っても大丈夫なのか」などの意見が出た。県は、協議会が6月6日に要望書で求めた、ミスに至った詳しい原因の説明も行った。武藤伸子県農林水産部長は「皆さまの気持ちを傷つけてしまい、この場を借りて誤りたいと陳謝した。(小田注:河北記事中の「誤りたい」は、「謝りたい」の誤まりかと)

 協議会の菅原昭彦会長は「区画整理事業が一気に進めば、防潮堤と合わせた街づくりがスピードアップする。代替案としては検討するに値する」と話した。協議会は、防潮堤の造り直しを求めた住民合意を覆した村井嘉浩知事本人に、改めて謝罪を求めることも決めた。〉(引用は以上)

三陸新報では、住民側の反応がわかりませんでしたが、河北新報では反発や疑問の声も紹介しています。続報などがあればまた紹介します。本日は県の提案内容の紹介のみにて。

6月11日ブログ「県への要望書提出」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼防潮堤

県への要望書提出

きょうで震災から7年3か月。本日のブログは魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題の先週の動きです。6月6日(水)、内湾地区復興まちづくり協議会の菅原昭彦会長、菅原茂市長、菅原清喜市議会議長が県庁を訪れ、それぞれの要望書を川端副知事に手渡しました。これを伝える6月8日の三陸新報紙面を紹介します。写真は市より提供とのこと。

6月8日県への要望

三陸新報6月8日記事の一部イメージ


まちづくり協議会と市・市議会の要望書は、立場の違いもありそれぞれ異なっています。6月7日の河北新報記事を引用します。

〈菅原昭彦会長は、住民が県と議論を重ねて計画の高さを受け入れた経緯に触れ「(ミスで)約束がほごにされることは納得できない。明確な理由がない限り計画通りに進めてほしい」と求めた。菅原茂市長は「(県が)住民と同じ思いを持ってくれていない。正面から向き合うことが必要」と訴えた。菅原清喜市議会議長も、県に再考を促した。

公務の知事に代わり応対した河端章好副知事は「『海の見える生活を大切にしたい』という住民の思いを念頭に、方策を考えている」と答えた。取材に対し「(造り直さない)今の方針をベースに住民に理解される方策を検討したい」と強調した。

要望書で、協議会は「県全体の利益を理由に、非が地域住民の側にあるかのような意思が知事から示され、住民は全く納得していない」と批判。造り直しや高さを間違った原因の丁寧な説明など4項目を明記し、回答を求めた。市と市議会は造り直しの要望が内湾地区の総意とし、住民や地権者との合意を前提に、県が工事を進めることを強く要請した。

菅原会長は「われわれの要望にかなうかどうかは県が示す方策の内容次第だ。ボールは県側にある」と話した。菅原市長は「オープンな協議の場で県が示した案の中から住民が造り直しを選んだ。決してわがままではないことを理解してほしい」と述べた。菅原会長ら3者は県議会の中島源陽議長にも同様の要望書を提出した。〉(引用は以上)

河北新報6月7日配信記事

6月6日の要望書の内容については以上ですが、きのう6月10日の河北新報は、この<気仙沼・防潮堤施工ミス>の発端から現在までを概括する記事を配信しています。筆者は気仙沼総局の大橋大介さん。地元の人の意見をより身近に感じることができる立場からのまとめになっています。

河北新報6月10日配信記事

この記事を読んでも、5月18日に気仙沼で村井県知事がまちづくり協議会関係者を前に発した高飛車な言葉が不思議でしょうがない。県の行政トップとしての難しい判断が求められていることはわかりますが、それだけに慎重に丁寧に事を運んで欲しかった。理屈をこえて〈なにをえらそうに〉と住民が反発するのも無理はないでしょう。

6月6日の地元からの要望に対する県の対応がどうなるかに注目しています。

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tag : 気仙沼防潮堤内湾地区復興まちづくり

三陸新報の「論説」

気仙沼市魚町の防潮堤施工ミス問題については、5月25日のブログ「菅原市長の対応」をまとめてからは特にとりあげずにおりました。その後の動きを簡単に言えば、造り直しはしないとする村井知事の姿勢に対し、内湾地区復興まちづくり協議会だけでなく、市も議会も県に再考を求める動きを強めています。6月2日の三陸新報によれば、6月6日にはまちづくり協議会の菅原昭彦会長、菅原市長、菅原清喜議長が県庁におもむき、県と議会にそれぞれの要望書を提出するとのことです。

こうした動きのなかにあって、三陸新報は6月1日の〈論説〉で、〈気仙沼市が仲立ちを〉との見出しで防潮堤施行ミス問題をとりあげていました。

6月1日社説
三陸新報6月1日「論説」記事(クリックで拡大)


この〈論説〉では、住民と県が対立する様相となっている現状をまとめた上で、つぎのように述べています。

〈住民が時間をかけてきた話し合いを台無しにするようなミスに、憤りを覚えるのは当然だ。責任はミスをした県側にあり、村井知事の頑(かたくな)な態度を疑問視し、「住民の意見を尊重すべき」「3案以外もあるのでは」と指摘する声が聞かれる。 一方、「造り直しを求めなくても…」と県の方針に理解を示す人がいるなど、住民、県それぞれの主張を支持する声がある。 このままどちらも譲らなければ、対立を深めさせ、感情論に発展しかねない。復興の遅れが懸念されており、住民合意を前提にする気仙沼市に、県と住民との仲立ちを強力に求めたい。〉(引用は以上)

この意見、主張に私も同感です。対立関係をこれ以上つよめることは、できれば避けて欲しい。その仲介役をつとめることができるのは市ということになるでしょう。〈論説〉はつぎのように文を続け、結びとしています。

〈市民の間でもう一つ心配されるのは、県と市の関係が悪化すること。市内の県事業や復興工事、県からの各種支援などに、何らかの悪影響が及ぶことがあってはならない。互いにより大所高所から話し合い、早期に“落とし所”を探るべきだろう。〉(引用は以上)

村井知事のあの高飛車な姿勢に対する反発感情はとてもよくわかる。そして、工事を続行する代わりということで様々な施策など交換条件が示されても〈金の問題ではない〉との新たな反発もあるでしょう。しかしそれでは問題は長引くばかり。〈落とし所〉という表現がよいかどうかは別として、現実的な〈妥協点〉を見出す努力も必要ではないかと。反対を貫く姿勢にくらべると、ちょっとかっこ悪いけどね。そんなことを思いながら、新しい週が始まりました。

5月25日ブログ「菅原茂市長の対応」

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菅原茂市長の対応

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題は、先行きが不透明です。5月18日の村井知事の強硬姿勢に対して住民などの反発がとても大きいのです。そうしたことが背景にあるのでしょう、菅原市長は5月22日(火)の定例記者会見で、住民合意のない防潮堤を市内に造るべきでないとの考えを示しました。これに関する、三陸新報、河北新報、NHKの報道内容を要約します。

◎1:三陸新報5月23日記事

まずは地元紙の三陸新報から。

5月23日市長会見
三陸新報5月23日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

菅原市長の発言内容をピックアップします。

「県が住民の選ばなかったものをやりたいとしたのは住民もショックで、私も驚いた。通常の県政では見たことがない」「市としては住民合意のない防潮堤を市内に存在させてはならない。これまで変わらない原則で、県もそうしてきた。そのことに向けて努めていきたい」

記事では、この市長の発言に加えて、5月21日に県農林水産部長宛に「ワーキングが総意として決定、選択した案を覆し、知事が工事をそのまま継続すると示したことは、住民や権利者にとって理解しがたく反発しており、県政に対する県民の信頼を損なうものととらえている」などとする文書を送付したと報じています。この内容については、つぎの河北新報が詳しく伝えています。


◎2:河北新報5月23日配信記事

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河北新報5月23日配信記事より(画像クリックでサイトにジャンプ)


市から県に対しての文書の内容に関する部分を引用します。

〈市によると、県農林水産部長宛てに「魚町防潮堤について」との文書を21日にメールで送った。18日に住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」が開いた会合で協議会は「造り直し」を求めたが、村井知事が「現状のまま設置」を提案したことへの市の見解をまとめた。

県は当初、①造り直し②背後地かさ上げ③現状のまま設置-の3案を示し、住民の意見を尊重するとしてきたが、村井知事は造り直しに2億~3億円の費用がかかり、県民全体の理解が得られないことなどを理由に協議会の総意を覆した。

文書は村井知事の判断に「住民や地権者には理解しがたく、県政に対する県民の信頼を著しく損なう」と反論した。さらに①「造り直し」は内湾地区の総意②市内に造る防潮堤は住民合意が前提③市は県と住民が合意するよう努める-との考えを示した。〉(引用は以上)

河北新報の記事では、村井知事が気仙沼市を再訪する意向を示したことへの市長の反応にも触れています。菅原知事は「また同じやりとりを繰り返すべきではない」と述べ、住民と県、市が事前に調整する必要性を訴えたそうです。


◎3:NHKニュース宮城

NHK宮城も定例会見の内容を伝えています。

河北
NHKニュース宮城5月22日配信記事より(画像クリックでサイトにジャンプ)


NHKニュースの内容は、上記の各紙記事と同様でしたが、それらにはない情報もありました。菅原市長が「防潮堤の後背地をかさ上げし、見た目の高さを維持する案も一時は検討された。市としても、よりよい解決策を示せないか努力する」と述べ、県と住民の間にたち調整を進める考えを示したというのです。

これは、初期に県が示した対応案/選択肢3案①②③のうちの②案。協議会の検討においては、地区のかさ上げ工事が遅れるなどの理由でほぼ排除された案でした。しかしこうなってくるとかさ上げを急いで、土地の引き渡し時期への影響を最小限にしつつ、防潮堤の見た目の高さを計画どおり、あるいはそれに近いものにするというのも解決案として再検討の価値があるでしょう。


以上、3種のメディア報道を要約紹介しました。いずれにしても、地元の反発は〈造り直しをしない〉ことへの反発よりも、当初は地元の意見を尊重するとしていたにもかかわらず、地元の方針案を聞いた直後にそれは採用しがたいと語る〈知事の強硬姿勢〉に対してのものと思います。そうした知事の(私にはちょっと奇妙に感じられる)リーダーシップが地元の人の感情を刺激してしまったのでしょう。

復興を急がなければならない。そして無駄のお金を使うわけにもいかない。それはみなわかっているのです。しかし結果として、知事のあの姿勢と言葉によって余計な時間とコストが必要な事態を招いているように感じられてなりません。

5月21日ブログ「住民意見採用せず」

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チリ地震津波の日

1960(昭和35)年の本日5月24日午前3時前ごろ、チリ地震津波が気仙沼をはじめ三陸地方沿岸を襲いました。国内での死者行方不明者は142人にのぼったそうです。『目で見る気仙沼の歴史』(気仙沼ライオンズクラブ発行)には、当時の気仙沼市内の死者は2名と記されています。2017年5月24日のブログ内容を再掲します。

チリ地震津波の気仙沼被災写真は、このブログで3度紹介してきました。本日は、その計6枚の写真をあらためて掲載します。

まずは「津波フィールドミュージアム」から魚町の海岸の被災写真。ある意味でなつかしい当時の〈屋号通り〉です。写真はクリックで拡大します。

チリ津波左 チリ右
「津波フィールドミュージアム」掲載写真

「津波フィールドミュージアム」

つぎは、『目で見る気仙沼の歴史』からの4枚。まずは〈港町第二東映(その後はカンダ用品店)付近〉。

南映

つぎは〈南町気小校登り口(谷村菓子店)付近〉。気仙沼小学校にあがっていく〈紫さん〉の坂を背にして〈男山〉方向を撮影。

谷村

3枚目は〈旧魚市場前〉。以前のエースポート脇の市営駐車場の向かい側です。

魚市場前

最後は、旧エースポート(その前はレストハウス)の場所にあった汽船乗り場です。



当時、私は気仙沼小学校3年生でした。魚町の海岸通りが水に浸かった風景をいまでもよく覚えています。その日は学校は休みになったはずですが、翌日には道路には打ち上げられた様々なものをながめながら通学したように思います。(再掲内容は以上)

昨年のブログはつぎのように結びました。〈6年前の大津波にくらべれば、と今では思います。失われた魚町や南町の街並みがなつかしく感じられるのです。57年前のことになりました〉。それからまた1年経ちましたので、〈7年間の大津波〉〈58年前のこと〉となりますが、その思いは変わりません。


なお、昨年同様ですが、各写真を紹介した3本のブログ記事はつぎのとおりです。周辺情報なども記しておりますので、おてすきのときにでも。

2014年6月3日「チリ地震津波の時」
2014年6月4日「チリ地震津波写真」
2014年7月31日「汽船乗り場の津波」

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強硬姿勢ふたたび

きのうのブログ「住民意見採用せず」に続き本日も気仙沼市魚町の防潮堤に関してです。5月18日(金)の内湾地区復興まちづくり協議会/ワーキング会合での、村井県知事の発言内容を知って、2013年8月6日におこなわれた内湾地区防潮堤計画に関する市民と村井知事との意見交換会のことを思い出しました。2013年8月8日の三陸新報の記事はつぎのようなものでした。


2013年8月8日
三陸新報2013年8月8日記事の一部イメージ


当時、魚町・南町の内湾地区防潮堤は5.2mで計画されていたのですが、これに対し、気仙沼市は余裕高(1m)の引き下げや海中に設置する浮上式防潮堤の採用などを県に要請していました。これに対し村井知事は、余裕高(1m)の引き下げに応じず、浮上式防潮堤は実験段階であることを理由に「私の目が黒いうちは絶対に採用しない」と完全否定したというのです。

私は2013年8月9日ブログでこの知事の姿勢について記しました。

2013年8月9日ブログ「県知事の強硬姿勢」

ブログの末尾では、つぎのように書きました。〈いやあ驚いた。なんで村井知事はここまで強硬なんだろう。内湾地区に限らず、「防潮堤を勉強する会」の活動は、いたずらに反対運動に片寄ることのないよう配慮されていたと思います。そうした丁寧な議論のうえでの意見交換会だったわけですが、こうした知事のかたくなな姿勢に対しては大きく防潮堤反対の声をあげていくのではないでしょうか。3時間にわたったこの意見交換会は市民の知事に対する失望と対決姿勢を強めたように感じます。「オレの目の黒いうちは絶対に」といって防潮堤に反対する声が大きくなったら、県はいったいどうするつもりなのでしょうか。〉(自ブログ引用は以上)

県の行政の長として今回の施工ミスを陳謝した上で、地元の人に迷惑をかけるが造り直しをせずに工事続行をなんとか受け入れてもらえないだろうかとの表明を受けて、さらに地元の意見をとりまとめるという限られた時間ではあっても丁寧な協議のやり方は今回もあり得たはずなのです。しかし、知事の強硬なもの言いによってそれもできなくなりました。地元の人にすれば、まさに〈おだづなよ〉(ふざけんな)という感じでしょう。今の私の思いは、5年前と同じ。本当にやりきれない気持ちとしか言いようがありません。

昨日5月21日ブログ「住民意見採用せず」

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プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/70~71歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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