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気仙沼の地名由来

7月23日のブログで、NHK「日本人のおなまえ」で紹介された地名「気仙沼」の由来について記しました。

そのなかで、その由来には諸説あるとしましたが、本日は気仙沼市史に記された「諸説」内容を紹介します。

「気仙沼市史」第7巻「民俗・宗教編」の民俗編 第5章「言語伝承」第2節「地名」のなかに、〈「気仙沼」の地名の由来〉として、つぎの4項目での記述がなされています。

①アイヌ語の「ケセモイ」転訛(てんか)説
②計仙麻「ケセマ・ケセノマ」説
③「気仙」根源説
④「今朝沼(けさぬま)」伝承、その他の由来

以下、画像の中間部(のど元)が読みにくいのはご容赦ください。なんとか読めることでしょう。



「気仙沼市史」第7巻 p268・269

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「気仙沼市史」第7巻 p270・271

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「気仙沼市史」第7巻 p272・273


第5章「言語伝承」は、第1節「子供の遊び」第2節「地名」第3節「方言」の3節から構成されています。

執筆者は、第1節が芦立光之さん、第2節が佐々木清さん、第3節が小野寺光允さん。小野寺光允(こういん)さんと書くのはなんか他人行儀ですね。気仙沼小学校3年生のときの担任だった、みんな大好き光允先生です。

川島秀一さんは、市史編さん室職員の記載に主任主事としてお名前がありました。市史第7巻は平成6年/1994年2月発行ですから、川島さんが41〜42歳のころです。

それから27年が経ちました。今では、地名「気仙沼」の由来諸説もアップデートされているかもしれません。川島秀一さんにお会いする機会があれば、そんなことも聞いてみようと思っております。

7月23日ブログ「気仙沼のおなまえ」
2016年8月19日ブログ 「気仙沼」の由来
2014年12月16日ブログ 「今朝沼」語源説
 
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テーマ : 気仙沼
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tag : 地名由来 気仙沼市史

山下清さん作品展

7月12日のNHK-BS「プレミアムカフェ 山下清の愛したニッポン」を見ました。これは、2008年のNHKドキュメンタリー「山下清の愛したニッポン」のアンコール放送。

タイトル

番組タイトル(放送画面より)


番組サイトより、紹介文を引用します。

「鮮やかな色彩の貼り絵で描かれた日本の風景。画家・山下清の作品は、時代を超えて日本人の心を動かし続けている。全国を放浪する清に、人々は食べ物や宿を提供した。そこで見聞きした風景や出来事を、後から驚異的な記憶力で再現したのが清の画であった。彼が歩き、描いた懐の深いニッポンはまだ存在するのか。一人の天才画家が歩いた人生と創作の道のりをたどり直す。」(引用は以上)

2008年の放送を見たような記憶もあるのですが、今回の再放送で山下清さんの実像をあらためて知ることができたように思います。

山下清さんは気仙沼を訪れたことがあります。「気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)につぎのように記されていました。

昭和43年(1968年)6月11日
放浪の画家山下清 作品展のため来市

この作品展は、市内八日町(大堀銀座交差点角)の藤崎デパートで開催されました。

私が気仙沼高校2年生のときのことで、どのような作品が並んでいたかの記憶はないのですが、記念に山下さんの点描の絵葉書を買いました。

サインペンで山下さんの手書き署名が入っていたのですが、もしかするとご本人がいて署名してもらったのかもしれません。この葉書を長いあいだ持っていたのですが、今は見当たりません。

気仙沼を訪れた1968年は山下さんにとってどのような時期だっただろう。Wikipediaの記述を読んでおどろきました。

晩年は、『東海道五十三次』の制作を志して、東京から京都までのスケッチ旅行に出掛け、およそ5年の歳月をかけて55枚の作品を遺したそうです。しかし、気仙沼訪問の年1968年(昭和43年)に、高血圧による眼底出血に見舞われたというのです。気仙沼を訪問した6月の後のことでしょう。

そして、1971年(昭和46年)7月12日、脳出血のため49歳で死去。気仙沼訪問は46歳のときだったのですね。

1922年/大正11年生まれですから、来年は生誕100年。再放送は、その作品に対する再評価の機運があるからかもしれません。

しかしなあ、1968年6月に私が見たはずの山下清作品の記憶が完全に失われているのがなんとも情けない。お粗末です。山下さん流に〈兵隊の位でいえば〉、三等兵といったところでしょう。
 

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tag : 山下清

新「曙橋」は4代目

台風8号が午前6時前に石巻付近に上陸と聞いて心配しておりました。運転を見合わせていたJR大船渡線、JR気仙沼線も午前中に運転再開と聞き、とりあえず安心。しかし昼過ぎには秋田県のほうへとのことですので引き続きご注意ください。

さて。7月5日に気仙沼市の大川に新しい曙橋が開通しましたが、旧曙橋の撤去工事がすでに始まっているそうです。7月25日の三陸新報が伝えています。


曙橋撤去

三陸新報7月25日記事の一部イメージ


記事によれば、旧橋は新橋開通直後に封鎖され、すぐに撤去工事が始まったそうです。昨年度から繰り越した復興交付金事業のため、今のところは来年3月までの工事完了が目標とのこと。

◎旧橋の開通時期

この記事を読んであれっと思ったことがありました。私は、今回撤去される旧橋は1969/昭和44年5月に開通した2代目の曙橋と思っていたのですが、これは誤りでした。〈旧曙橋が開通したのは1994年8月のこと。木造の初代から数えて3代目〉とのこと。

「気仙沼文化史年表」の記述を見落としたかと思って再確認してみましたが、掲載はありませんでした。参考まで記しておくと、同年3月30日に新城大橋が落成しています。

この機会に曙橋の1〜4代目までの開通経緯をまとめておきます。

・あけぼの橋/曙橋開通経緯

1代目落成1953/昭和28年1月7日
2代目完成1969/昭和44年5月3日
3代目開通1994/平成6年8月
4代目開通 2021/平成3年7月5日

以上、以前のブログ記述の誤りをお詫びして訂正いたします。

旧曙橋は、東日本大震災で橋全体が津波にのまれ、大量のがれきが堆積したそうです。欄干が失われたり、ねじ曲げられるなどの被害を受けましたが、鉄柵を補うなどして応急復旧。その後10年間、南気仙沼地区と松岩地区の往来という大きな役割を果たしたのです。ご苦労さまでした。

7月6日ブログ 「新しい曙橋が開通」
7月8日ブログ 「あけぼの橋」の心
 

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tag : 曙橋 あけぼの橋

国交大臣表彰記事

きょう7月27日の三陸新報1面に「7人が国交大臣表彰」の見出し。記事中に臼井真人(まこと)君(3年2組)の写真があったのでびっくり。

表彰

三陸新報7月27日記事


真人君は、国土交通大臣から海事関係功労表彰を受けました。国交省の発表資料によれば正式な受賞名は、令和3年「海の日」海事関係功労者大臣表彰受賞です。7月20日付けとのこと。

三陸新報記事から真人君の紹介部分を引用します。〈臼井さんは臼眞倉庫の3代目社長。2000年から宮城県倉庫協会副会長を務めている。2001年からは市議。「同じ仕事を長く続けられたのはお得意さまをはじめ、業界や会社の人たちのおかげ。今後も物流を通じて地域の発展に貢献していきたい」と話している。〉(引用は以上)

そしてもう一人、気仙沼高校の同級生の名が記事にありました。東北運輸局長から海事功労表彰を受けた藤野茂康君です。鹿折中学校出身でアサヤさんの常務取締役をつとめています。これもめでたし。

表彰式は新型コロナ対応のため、昨年に引き続きおこなわれずとのこと。時節柄しかたなし。

真人君、茂康君、海事功労表彰、おめでとうございます。長年の仕事が評価されてのことで大変うれしく思いました。まだまだ若い。これからもどうぞよろしく。

2020年10月20日ブログ「臼眞倉庫竣工広告」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 臼井真人 藤野茂康

「nendo」の聖火台

7月23日の東京2020オリンピック開会式。気仙沼市魚町〈臼福本店〉の臼井壯太朗社長や臼井賢司会長は、最終聖火ランナーによる聖火台への点火を今か今かと待っていたことでしょう。

なぜならば、今回の東京オリンピック聖火台のデザインは、臼福さんの遠洋マグロはえ縄漁船「第1昭福丸」の内外装デザインを担当したデザインオフィス「nendo(ネンド)」の佐藤オオキさんによるものなのです。

nendo公式サイトの作品ページに「Tokyo2020 聖火台」の紹介がありました。その中から、まずはこの映像からご覧ください。



解説文から、デザインコンセプトに関わる部分を引用します。

〈 東京2020オリンピック・パラリンピックの開・閉会式演出企画チーム統括であった野村萬斎氏の「太陽の下に皆が集い、皆が平等の存在であり、皆がエネルギーを得る」というコンセプトに基づいてデザインされた聖火台。

求められた「太陽らしさ」を表現するために、耐熱ガラスの球体に炎を閉じ込めたり、炎を回転させて球状にしたりと、延べ85案が検討された。試行錯誤の末、「五輪」をモチーフにした5枚のパネルが上下2段で構成された球状のものに。

オリンピック開会式の終盤に、最終聖火ランナーを迎えるようにして「咲く」。これは、太陽だけでなく、植物が芽吹いたり花が咲いたり、空に向かって手を大きく広げたりといった、太陽から得られるエネルギーや生命力を表現したもの。 〉(引用は以上)


炎の燃料は福島県の施設で製造された水素を使っているとのことです。その水素を得るための水の電気分解に使う電力は太陽光発電によるもの。つまり太陽光エネルギーが聖火の炎となっているのですね。

5枚×2段、計10枚のパネル加工はレーザーで形状を測定しながら超低速でおこなわれたそうです。最後は職人の手仕事による仕上げ。そして試験を繰り返してチューニングをほどこして高精度とスムーズな動きを実現しました。

紹介部はつぎのように結ばれています。〈このようにして生み出された聖火台は、まさに日本のものづくりの力の結晶とも呼べるものとなった〉。

シンプルな造形の裏側にかくされた精緻な加工や機構。こうしてデザインの意図や背景を知ると、テレビ画面にうつる聖火台と炎がより象徴的なものに感じられます。

全競技が終了しての8月8日の閉会式。どのように聖火台が閉じられるのか。炎が徐々に小さくなっていくのに合わせて、静かに花弁が閉じていくのでしょうか。佐藤オオキさんはじめ、多くの人の努力によって精妙に計画されたであろうその動きを、今から楽しみにしております。

「第1昭福丸」のnendoデザインについてはつぎのブログにて。

2020年5月15日ブログ 「nendo」と昭福丸

 

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tag : nendo 佐藤オオキ 臼福本店

気仙沼のおなまえ

7月15日放送のNHK「日本人のおなまえ」は、〈“おかえりモネ”コラボスペシャル〉ということで、気仙沼と登米に関係するお名前の特集でした。その中から、「気仙沼」という地名の由来についての放送内容を紹介します。

◎計仙麻大嶋神社 小松宮司

はじめに登場したのは、気仙沼大島の大嶋神社の宮司、小松勝麿さん。小松宮司は、大嶋神社の正式な名称が「計仙麻大嶋神社(けせまおおしまじんじゃ)」であると語ります。そして〈この辺は昔からケセマというところでした〉と。

宮司


放送の流れからすると、〈この辺〉というのは今でいうところの気仙沼地方、あるいは大島を含む気仙沼湾周辺ということでしょう。

参考まで記しておくと、後述する気仙沼市史には、〈「計仙麻」という名称は桃生・牡鹿の各地域に存在し、この海岸地方一帯のことを言っていたようである〉との記述があります。

◎日本民俗学会会長 川島秀一さん

つぎにリモートで登場したのは、日本民俗学会の会長である川島秀一さん。番組では〈気仙沼の歴史に詳しい〉と紹介されますが、それはあたりまえ。生まれも育ちも気仙沼だもんね。気仙沼出身といえば話が早かったと思うのですが。

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川島さんは気仙沼という地名の由来については〈気仙沼湾の沿岸風景にヒントがある。高い山にのぼるとわかると思う〉と。そして番組スタッフは、大島の亀山にのぼります。

亀山からのすばらしい眺めを見ながら「湾がたくさんある」というスタッフの言葉を受けて、川島さんがつぎのように説明してくれました。

〈 「ケセ」は、「刻む・削る」を意味する「キサ」や「キシ」あるいは「ケサ」という言葉と関わりがある地名という一説があります。

「マ」は、入江の小さな船着き場のことを指しています。海と山が複雑に入り組んだ地形、削られてできた小さな入り江のような集まりだとすると、気仙沼湾そのものを指している地名ではないかと思います。〉

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この川島さんの話の後のテロップには「気仙沼→削られた入り江」と表示されました。

以上が地名「気仙沼」の由来についてです。この後には畠山重篤さんが登場しますが、地名の話ではないので今回は略します。

番組を見ての私の感想は、「気仙沼」の由来について諸説あるなかで、話をちょっと絞り過ぎたかなと。

川島さんの説明の中でも〈〜という一説がある〉と語られてはいるのですが、アイヌ民族による呼称「ケセ・モイ」とかほかにもいろいろあると思った気仙沼の人も多いのではないでしょうか。

気仙沼市史では、第7巻「民俗・宗教編」の第5章「言語伝承」第2節「地名」のなかに、「気仙沼」の地名の由来として4頁にわたる記述があります。執筆者は佐々木清さん。

この市史での記述内容は、気仙沼の地名を語るうえでの基礎的情報になると思いますので、回をあらためて紹介することにいたします。

なお、「気仙沼」の由来についてはこのブログで、2度紹介したことがあります。〈諸説あり〉の概略を記しておりますので、お手すきのときにでも。

2016年8月19日ブログ 「気仙沼」の由来
2014年12月16日ブログ 「今朝沼」語源説
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 日本人のおなまえ

「おかえりモネ」展

本日7月22日から気仙沼「海の市」の2階「ホヤぼーやホール」で、NHK朝ドラ「おかえりモネ」展が開催されます。気仙沼公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」が詳しく紹介してくれました。


気仙沼さ来てけらいん/「おかえりモネ」展

上の写真にうつるのは、ドラマのオープニング映像で使われたレインボーカラーの布ですね。

菅原市長もきのうのツイートで「おかえりモネ展」を紹介していました。


この「おかえりモネ」展では、〈なないろ〉の布をはじめ、特大ビジュアルや出演者の等身大パネルなどの「モネなりきりフォトスポット」が設置されているとのこと。

うれしいことに、会場内のすべての展示が撮影可能です。これはNHKさんはじめ関係各所のご配慮によるものでしょう。ありがとうございます。

◎東京オリンピック開会

明日は東京2020オリンピックの開会式がおこなわれます。きのうの午後、ジェット機の音がするので仕事場の窓から空を見ると、五輪の円弧がいくつか描かれているところでした。ブルーインパルスの予行飛行だったのですね。

なんかいろんなことがありすぎて、まずは開会式が無事におわってほしいということと、各国選手の皆さんが、これまで培ってきた実力をいかんなく発揮してくれることを願うばかりです。

5月24日ブログ「モネのOP映像背景」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ

校名は鹿折中学校

気仙沼市立鹿折(ししおり)中学校と大島中学校は来年4月に統合します。そして、統合後の校名は「鹿折中学校」とすることになりました。7月17日の三陸新報がつぎのように伝えています。

統合校名

三陸新報7月17日記事より


記事によれば、7月16日に開かれた統合準備会議で諸課題についての協議がなされました。準備会議には委員約30人が出席したそうです。

話し合いの結果、校名だけでなく、校歌、校章も現在の鹿折中のものを使うことに決めたとのこと。

話し合いのなかで大島地区のPTAから「校名、校歌は現在の(鹿折中の)ままでいいが、校章の中に大島中を象徴するデザインを取り入れてほしい」などと要望が出されたそうです。しかし、デザインを変更した場合に、校旗などの新調費用が多額にかかり、来年4月までの期限で調達することが難しいと判断。最終的に、満場一致で校章も変更しないことに決めたそうです。

鹿折中学校の校章はどんなデザインなのだろう。そう思って、同校のサイトを見てみました。おどろいた。とてもモダンなデザイン。ちょっと画像が小さいのですが、これです。下部の文字はSHISHIORI JHS。

鹿折中校章

このデザインに大島を象徴するなにかを加えられないかというのはなかなかの難題。もしそうするのであれば、まったく新しい校章をつくる必要がありますね。

なお、スクールバスの走行ルートについては、8月21日に試乗会をおこない、その後に正式決定するそうです。

統合が来年4月に迫っているということもあるのでしょうが、まずは校名・校歌・校章についての方針が無事に決まってよかったと思います。

OBや在校生をはじめ、地元の人たちには大島中学校の縁を感じさせるものがなにか欲しいという気持ちがあったはず。そうした心情をみな理解しつつ、十分に議論をつくしたうえで〈満場一致〉の決定としたのでしょう。大島地区関係の委員の皆さまに敬意を表します。

次回の統合準備会議は8月26日開催とのことです。

4月7日ブログ「大島中学統合決定」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鹿折中学校 大島中学校 統合

今年のかつお祭り

「気仙沼かつお祭り」が7月18日に始まりました。8月1日まで。今年のポスターはこんな感じ。「おかえりモネ」気仙沼プロジェクトの独自ロゴマークもちゃっかりと、じゃなかったしっかりと表示されていますよ(笑)。





この「気仙沼かつお祭り」のイベント内容については、気仙沼観光公式サイト「気仙沼さ来てけらいん」をご覧ください。

この「気仙沼かつお祭り」は、2017年に「海の日」を〈気仙沼かつおの日〉と設定したことにはじまる催事で、2018年に第1回目を開催しました。

今年は7月19日が〈海の日〉の予定でしたが、7月22日に移動していますので、この日が「気仙沼かつおの日」ということになります。

7月16日には、気仙沼魚市場に生鮮カツオ1174トンが水揚げされました。カツオだけで1日1000トンを超すのは東日本大震災でははじめてのことになるそうです。7月17日の三陸新報は1面トップでつぎのように。


カツオ水揚げ

三陸新報7月17日記事の一部イメージ


記事によれば、7月16日に水揚げしたのは一本釣り船20隻と巻き網運搬船2隻とのこと。水揚げは順番を待ってからということでしょうね。「きょう中に水揚げが終わるのだろうか」という魚市場職員の声が紹介されていました。

カツオ水揚げの好調はその後もつづいているようです。気仙沼は今まさに〈カツオまつり〉状態ということで。本日はおしまい。

「気仙沼かつお祭り」や「気仙沼かつおの日」制定の経緯についてはつぎのブログに記しております。〈カネシメイチ〉の小山修司君(3年5組)も登場します。

2018年7月12日ブログ「気仙沼かつお祭り」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : かつお祭り

海水浴場の海開き

東京は、きのうも暑かったけれど、本日もかなり。ということで今日は気仙沼の海水浴場海開きのご紹介から。まずは大谷(おおや)海岸から。


大谷海岸
三陸新報7月17日掲載広告


7月17日の三陸新報に2ページ見開きで掲載された広告です。私はデジタル版の購読ですが、地元の紙版では結構な迫力でしょう。こうして今年の海開きに力が入るのも当然のこと。11年ぶりのことになるからです。

大谷海岸は、当初の防潮堤計画に対する地元の反対などもありました。しかし、地元と行政などの粘り強い調整によって、防潮堤や背後の国道45号線と同じ高さで一体的に整備する計画がまとまりました。そして現在の防潮堤工事が着工したのは、2018年1月のことでした。

2018年1月23日ブログ「大谷防潮堤の着工」

防潮堤が完成し、道の駅「大谷海岸」も今年3月28日にオープンしました。被災前のJR「大谷海岸」のキャッチフレーズは、〈日本一海水浴場に近い駅〉。

海開きの広告のなかには、「本吉夢プロジェクト委員会」や「大谷里海づくり検討委員会」など、地元のまちづくりに関わる団体の名もありました。また、左下には、防潮堤外整備工事を担当した、「
五洋・本間・只野特定建設工事共同企業体」の各社の名も。

関係者の皆さま、11年ぶりの海開き、おめでとうございました。

やっとのことで迎えた今年の海開きです。多くの人が大谷海岸のすばらしさを楽しんでくださることを願っております。


◎小泉海水浴場

小泉海水浴場も7月17日に海開きでした。7月15日の三陸新報に1頁広告を掲載していました。


小泉海岸
三陸新報7月15日掲載広告


こちらの広告で目についたのは、「気仙沼本吉サーフィンクラブ」の名です。〈きれいな海をいつまでも〉のメッセージも。それとサーフショップ「かぶとむし」の名も。

震災後の小泉海岸の海開きは9年ぶり、2019年7月20日のことでした。2年前の海開き広告は今回の大谷海岸と同様に2頁見開きで、ドーンと。つぎのブログで紹介しております。

2019年8月5日ブログ「小泉海岸の海開き」


なお、気仙沼大島の小田の浜海水浴場は、7月22日に海開きです。お伊勢浜海水浴場は、11年ぶりの再開を目指しましたが、新型コロナ感染拡大防止のまえに、開設を見送りました。来年を楽しみにすることにいたしましょう。
 

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tag : 大谷海岸 小泉海岸 海水浴場

国際コンクール銅賞

気仙沼つばき会(斉藤和枝会長)発行の「気仙沼漁師カレンダー」2021年版が、ドイツ開催の欧州最大のカレンダー展「グレゴール・カレンダーアワード」で銅賞を受賞しました。7月14日の三陸新報が1面で伝えてくれました。

漁師カレンダー記事
三陸新報7月14日記事の一部イメージ


この受賞は本年4月のことで、私は関係者のツイートで受賞を知りました。三陸新報でも紹介されるだろうと思っていたのですが、3カ月後の記事掲載となりました。

「グレゴール・カレンダーアワード」は欧州最大のカレンダー展で、日本での「全国カレンダー展」上位入賞作品が毎年出品されるそうです。

幡野広志さんが撮影を担当した「気仙沼漁師カレンダー2021」は、第72回全国カレンダー展で経済産業大臣賞・金賞を受賞しましたので、この国際展にも出品されたということですね。経済産業大臣賞の受賞についてはつぎのブログで紹介しております。

1月27日ブログ「通算5度目の受賞」


◎NHK「あさイチ」にも登場

「気仙沼漁師カレンダー」の最近の話題を紹介すると、7月9日のNHK「あさイチ」で同カレンダーが紹介されました。

この日の放送は朝ドラ「おかえりモネ」のリョーチン役、永瀬廉さんがゲスト出演しての〈プレミアムトーク〉でした。

そのなかで、永瀬さんは漁師役を演ずるにあたっての役づくりのための資料として、ディレクターから気仙沼漁師カレンダーをわたされたというのです。

そして紹介されたのが、まずは前康輔さんの2020年版です。


カレンダー1

つぎに幡野広志さんの2021年版。大型雑誌をめくるようにして紹介してくれました。

カレンダー2


この漁師カレンダー提供については、演出担当のひとり桑野智宏さんが、7月10日につぎのようにツイートしていました。

〈気仙沼漁師カレンダー。2020と2021を永瀬くんに渡しました。台本には新次さんが漁をするシーンがなく、永瀬くんに父親の格好いい姿を見せられなくて、どうしたら良いかと考えて思いつきました。りょーちんにとって新次さんは最高に格好いい父親なので〉

このように俳優のみなさんの役づくりのためにさまざまなことがおこなわれているのですね。あさイチでの漁師カレンダー紹介も桑野さんらのご配慮でしょう。ありがとうございます。

こうしてNHK「あさイチ」で全国に紹介された気仙沼漁師カレンダー2021が、海をわたってドイツの国際カレンダー展でも銅賞を受賞していたというのはとてもうれしいニュースでした。

気仙沼つばき会の皆さま、撮影をご担当くださった幡野広志さん、そして毎年の制作を担当してくれているバンブーカットの竹内順平さん、印刷担当の(株)三陸印刷さんなど関係者の皆さまにお祝いを。「グレゴール・カレンダーアワード」銅賞の受賞、おめでとうございました。

発売された気仙沼漁師カレンダー2022についてはまた回をあらためて。

追記:
7月15日のNHK「日本人のおなまえ」は、 “おかえりモネ”コラボスペシャルでした。川島秀一さんや畠山重篤さんも登場。再放送は7月17日(土)午前10:05から。必見。
 

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tag : 漁師カレンダー おかえりモネ

大島ゆずショコラ

本日は気仙沼のお菓子のご紹介。「大島ゆずショコラ」です。まずは7月11日の三陸新報1面に掲載された広告から。


ゆずショコラ

三陸新報7月11日掲載広告


このお菓子は、気仙沼菓子組合所属の8店舗が共同で開発したもの。1個183円で、「おかえりモネ」の公式タイトルロゴが表示された5個入れ専用箱は1080円(税込)です。「おかえりモネ」関連商品といってよいでしょう。

この商品開発にあたっては、気仙沼市製品・サービス開発等支援事業補助金の助成を受けているとのこと。そうしたこともあってか、菅原市長は7月13日のツイッターで、大島ゆずショコラを紹介していました。


〈モネやみーちゃんのように優しく甘い優れもの〉という市長のツイートに対してはさまざまなご意見があるかと思いますが、「おかえりモネ」と「大島ゆずショコラ」をなんとか結びつけて両方とも応援したいという熱意のあらわれとご理解いただければと。

このお菓子は、市長のツイート画像にうつる資料によれば、ゆずのマドレーヌ生地と、チョコのサブレ生地の2層のカップケーキとのこと。アクセントにゆずジャムとチョコレートを入れて、仕上げとして表面にゆず風味のそぼろ状サブレ生地を散らしてあります。


気仙沼大島の特産品としては、ツバキがよく知られていて、「つばきマラソン」や地元産のツバキ油のでき具合が毎年の話題になります。それに比較して大島のユズ(柚子)のことはあまり知られていないような気がします。

このブログで柚子を紹介したことがあったかなあと思い、ブログ内検索してみると、2013年1月17日「大島の木春と柚花」という記事がありました。

このブログで紹介したのは、気仙沼大島の観光PRキャラクターの名が、ツバキの花をあしらった「木春(こはる)」と、ユズがモデルの「柚花(ゆずは)」に決定したという話題でした。

◎共同開発・販売8店舗

最後に「大島ゆずショコラ」を共同してつくった菓子店を紹介しておきましょう。

・菓心 富月・菓子舗 うつみ(本店、海の市店)・たかはし製菓・亀の子もなか本舗 紅梅(魚町本店、田中店)・ガトーしらいし・コヤマ菓子店・ル・デパール・御菓子司 いさみや

そのほか、道の駅大谷海岸、大島ウエルカムターミナル、イオン気仙沼店、道の駅むろね でも販売しています。

この共同開発・販売8店舗には、故小山隆市君(3年6組)のお店「コヤマ菓子店」も加わっています。今は長男裕隆君が頑張っていますね。そんなことで下記コヤマ菓子店のサイトもご覧いただければと。

気仙沼土産としていいんでないべが。どうぞよろしく。

コヤマ菓子店通販サイト

 

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菅原工業(株)受賞

気仙沼の菅原工業さんが、国土交通省の「JAPANコンストラクション国際賞」を受賞しました。7月10日の三陸新報の記事を紹介します。写真中央が菅原工業の菅原渉社長です。


菅原工業
三陸新報7月10日記事の一部イメージ


同賞は、2017年に国土交通省が創設したもので、「質の高いインフラ」を代表する海外建設プロジェクト及び海外において先導的に活躍している中堅・中小建設関連企業を表彰するもの。

建設プロジェクト部門と中堅・中小建設企業部門のふたつがありますが、菅原工業が受賞したのは中堅・中小建設企業部門。

受賞した事業は、同社が2015年にインドネシアに合弁会社を設立して展開しているリサイクルアスファルト事業です。

同賞の公式サイトによれば、現在準備中の2基目のプラントでは、現地産のバイオマス燃料を使用することで、CO2排出量を削減しするなど環境への配慮もなされているとのこと。またインドネシアとの懸け橋となるため、気仙沼市にインドネシア料理店を開業するなど、枠にとらわれない国際交流を実施しているとしています。

三陸新報の記事の後半にうれしい記述がありました。〈表彰式には、駐日インドネシア特命全権大使も駆け付け、菅原工業の受賞を祝福した〉と。同賞サイトによれば、表彰式は6月22日に東京でおこなわれました。三陸新報記事の写真で菅原社長の右側にうつっているのが、ヘリ・アフマディ駐日インドネシア特命全権大使です。

気仙沼には、漁船員や技能実習生など、多くのインドネシア人が活動、在住しています。母国を離れての生活にはいろいろと大変なことも多いと思いますが、気仙沼の人たちが両国の友好関係づくりにいろいろと努力しています。

ヘリ・アフマディ氏は、2020年10月26日に駐日インドネシア特命全権大使に任命されました。インドネシアと気仙沼の長年にわたる友好関係はすでにご存じのことでしょう。そして今回の菅原工業さんの「JAPANコンストラクション国際賞」受賞によって、さらに気仙沼に関する理解が深まったのではないかと。

菅原渉社長、このたびの受賞、本当におめでとうございました。ますますのご活躍を願っております。

3月18日ブログ「菅原工業のW受賞」

 

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気仙沼信金総代会

6月30日の三陸新報に、気仙沼信用金庫(菅原務理事長)の総代会が6月28日に開催されたとの記事が掲載されていました。


信用金庫
三陸新報6月30日記事の一部イメージ


記事によれば、気仙沼信金さんは、新型コロナウイルス関連融資を積極的に推進したことで、貸出金が東日本大震災後最高となる507億円に達し、3億4千万円の当期利益を計上。9期連続の黒字となったそうです。

この記事を読んでの感想はいろいろでしょうね。貸出金は、融資を受ける側からいえば借入金ということでしょうから。しかし、信用金庫を取り巻く経営環境が厳しさを増しているといわれるなかにあって、多くの事業者を支えている気仙沼信金の経営が健全であることはなによりのことです。

参考まで記しておくと、2020年3月期のディスクロージャー誌によれば、2020年3月末時点での気仙沼信用金庫会員数は9644人。その代表として選任される総代数は62人、理事は8人となっています。

◎気仙沼信金の新理事

記事の後半に私の興味をひく記述がありました。6月28日の総代会では、退任する高橋脩理事の後任に森田潔氏をあてる議案などを承認したとのこと。

高橋脩さんは、気仙沼商会の現会長です。1978年に同社の4代目社長に就任しています。現社長をつとめる高橋正樹さんのお父様。

そして新理事に就任したのは森田潔さんです。気仙沼の皆さんには説明の必要がありませんが、市内八日町にある森田医院の院長です。

私が興味をおぼえたのは、森田潔先生が気仙沼信用金庫の前身である気仙沼信用組合の初代組合長をつとめた森田八郎さんのお孫さんであるからです。気仙沼信用組合つまり現在の気仙沼信用金庫は、1926年/大正15年9月に設立されました。今年9月で設立95周年を迎えます。

気仙沼市史第4巻「近代・現代編」によれば、設立当初の信用組合は事務所もなく、八日町の森田八郎宅/森田医院で業務を扱ったとのこと。森田八郎さんは第7代気仙沼町長でもあります。

その森田八郎さんの子で、潔先生のお父様である森田昭夫先生も、気仙沼信金の第5代目理事長をつとめています。

森田昭夫先生がご存命だったころ、親子で診療にあたっていた時期があります。そのころ、私の母などは潔先生を〈若先生〉と呼んでいました。

森田家の祖である東周を1代目として、森田潔さんは6代目にあたります。気仙沼医師会長をつとめ気仙沼信用組合理事でもある潔先生を〈若先生〉と呼ぶ人はもういないでしょう。

こうした森田家のファミリーヒストリーについては以下のブログに記しております。

2017年3月29日ブログ「森田家ヒストリー」

 

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tag : 気仙沼信用金庫 森田潔

真海さん代表内定

気仙沼出身の谷真海(まみ)さんが、東京2020パラリンピックのトライアスロン競技日本代表に内定したとのことです。4度目のパラリンピック出場です。

真海さんは旧姓「佐藤」、私たちの30年後輩の気中50回生だと思います。

7月10日の三陸新報も1面の大きな記事で伝えていました。

代表内定

三陸新報7月10日記事の一部イメージ


◎パラリンピッ日本選手団の旗手候補

もうひとつのニュースは、真海さんがパラリンピック開会式の日本選手団の旗手候補として名前があがっていること。7月9日付けの気仙沼市記者会見資料にもそのことが記してありましたし、7月9日にはNHKがつぎのニュースを配信しています。


東京パラリンピックの日本選手団の旗手は男女1人ずつが務めることになっていて、男子は卓球の岩渕幸洋選手が選ばれましたが、女子については決まっていなかったとのことです。

真海さんは、今回の東京オリンピック・パラリンピックの招致委員会プレゼンターとしてスピーチをおこない、多くの人に感銘を与えたことは皆さんご承知のとおりです。

東京パラリンピックの開会式は8月24日、トライアスロン競技は8月28日と29日にお台場海浜公園で行われます。競技での活躍はもちろんのこと、旗手をつとめる谷真海さんの姿も是非にと。気仙沼の多くの人がそう願っていることでしょう。


5月25日のブログでは、東京パラリンピック3カ月前の真海さんの想いを伝える産経新聞の記事を紹介しました。お手すきのときにでもお読みいただければと。

5月25日ブログ 真海さんの「想い」

 

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「おかえり館」OPEN

明日7月10日(土)、東京の有楽町に気仙沼・久慈・福島 情報ステーション「おかえり館」がオープンします。7月2日の三陸新報はつぎのように伝えています。


おかえり館

三陸新報7月2日記事の一部イメージ


7月1日付けの気仙沼市記者発表資料によれば、この「おかえり館」は、東日本大震災以降のNHK朝ドラの舞台である気仙沼市(おかえりモネ)・久慈市(あまちゃん)・福島市(エール)の3市が連携して設置します。

朝ドラファンや東北の被災自治体に関心を持つ層に対して共同で観光・物産・移住定住プロモーションを実施するとのことです。

「おかえり館」の名称はもちろん「おかえりモネ」にちなむもの。ちょっと〈むりやり感〉も(笑)。


1:情報ステーション「おかえり館」の概要

◎設置場所 東京交通会館地下1階B162 号室
 東京都千代田区有楽町2丁目10-1 アクセス
◎開館時間 午前10時から午後8時まで
◎店舗機能
 ①観光情報の発信
 ②特産品の販売やECサイト等設置による消費拡大
 ③移住定住に関する情報発信および相談窓口

なお、東京交通会館内には首都圏の移住相談窓口となる「ふるさと回帰支援センター」や自治体アンテナショップかが多数出店しています。

2:オープニングセレモニー

◎日時 7月10日(土)午前10時から午前10時30分まで
◎場所 東京交通会館地下1階 エメラルドルームおよび店舗入口

式典では、気仙沼市の菅原市長はじめ3市長の挨拶のほか、ゲストとして気仙沼出身のマギー審司さんも出席します。

また、佐々木莉佳子さんの応援ビデオメッセージも紹介されるとのこと。莉佳子さんは、気仙沼のアイドルグループ「SCK GIRLS」出身で、現在はアンジュルムのメンバーそして雑誌「CanCam」の専属モデルとしても活躍しています。

どうぞ皆さま、東京駅近辺や銀座周辺などにお出かけのついでに是非お立ち寄りください。私も機会をみてのぞいてみようと思っております。

おかえり館公式サイト
 

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「あけぼの橋」の心

7月6日のブログで、大川に新しい曙(あけぼの)橋が開通したことをお伝えしました。ブログで引用した河北新報の7月6日配信記事には、つぎの地図が掲載されていました。旧橋と新しい橋の関係がよくわかります。

地図
河北新報7月6日配信記事より


ブログの中で私は、〈旧「曙橋」は今後どうなるのでしょう〉と書いたのですが、臼井真人(まこと)君(3年2組)がすぐに連絡をくれました。

真人君によれば、旧橋は今後撤去されるそうです。災害復旧として新しい橋を代替えとしてつくったので、既存施設を残すことはできません。大橋も現在撤去工事中とのこと。

なるほど。そうなると以前の曙橋に接続している道路の取り付けも変わるのでしょうね。いろいろと風景が変わっていきます。


◎「あけぼの橋」の歴史

さてここからが本題です。

6日のブログで、私が小学生か中学生のときに、曙橋の近くでハゼ釣りをした思い出を記しました。そしてその記憶をさらにたどっていくと、その橋は木造だったように思うのです。そうなると、今後撤去される曙橋の先代の橋ということになりますね。あの橋はいつできたのだろう。

ということで、「気仙沼文化史年表」(荒木英夫編)を調べてみました。関連記述は私の生まれ年である昭和27年から始まっていました。

1952/昭和27年11月14日
 大川の橋の名が「あけぼの橋」と決定
1953/昭和28年1月7日
 大川にあけぼの橋(木橋)落成し渡(わたり)初め式

初代「あけぼの橋」は68年前の1953/昭和28年に落成。「あけぼの」はひらがな表記だったようです。

そしてコンクリート橋になったのは、1969年のことでした。

1969/昭和44年5月3日
あけぼの橋のコンクリート製の永久架け替え工事完成

〈コンクリート製の永久架け替え工事〉というのがなんかすごい。結果として〈永久〉とはなりませんでした。1969年5月ということは、私が気仙沼高校3年生のときのこと。

念のために「気仙沼市史」も調べてみましたら、第4巻「近代・現代編」に関連記述がありました。広野善兵衛市長時代の年表形式記述のなかに「昭和44年5月 新曙橋完成」と。ここでいう「新曙橋」が、いまでいう旧曙橋ということですね。

◎「あけぼの」に込めた気持ち

1953年に開通した初代の「あけぼの橋」。当時の気仙沼の人がその「あけぼの」という名称に込めた思い、心がどんなことだったのか。

私の想像はつぎのようなことです。

橋の名称を検討した昭和27年当時、橋の北側は気仙沼町、南側は松岩村でした。気仙沼町と鹿折町・松岩村とが合併して気仙沼市となったのは1953/昭和28年6月1日のこと。

つまり、気仙沼と松岩のふたつの地区をつなぐ橋に〈新しい時代のあけぼの〉という期待感を込めたのではないかと。

単なる私の妄想かもしれませんが、気仙沼市誕生の年に架橋という歴史をふまえると、案外そんなところかもなと思ってみたりなんかして。

7月6日ブログ 新しい「曙橋」が開通
 

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落合直文短歌大会

歌人、国文学者として活躍した落合直文(なおぶみ)は、1861年11月に気仙沼市松岩の鮎貝家に生まれました。今年2021年で生誕160年。

これを記念し本年11月に、気仙沼市東日本大震災10年復興記念事業のひとつとして「落合直文生誕160年祭」が実施されます。

落合直文は、短歌を革新して近代短歌の源流を生み出したひとりです。160年祭のなかで開催される第34回落合直文全国短歌大会のための作品募集がはじまっています。

6月18日に気仙沼市の公式LINEでその募集内容が配信されましたので紹介します。


■募集作品

①一般の部
・題詠:「震災」または自由
・応募料:1首につき1,000円
・募集期限:8月31日(火)まで
・応募方法:公民館や図書館等の公共施設にある応募用紙により応募

②中学・高校の部 ※誌上大会
・題詠:「震災」または自由
・応募料:無料
・募集期限:8月31日(火)まで
・応募方法:学校を通じて応募

■その他
「落合直文生誕160年祭」の開催内容については、別添のチラシ画像をご覧ください。

■問い合わせ先/落合直文顕彰会
 TEL:0226-22-1318(鮎貝)


◎別添チラシ画像

この要項のあとに、リーフレット4頁分と思われる画像がチラシ画像として添付されていました。市のLINEではp2とp3が見開きになっていましたが、各頁に分割して以下に紹介します。

上記の募集要項①に、一般の部については公民館や図書館等の公共施設にある応募用紙により応募とありますが、画像4枚目の左側が作品応募用紙となっていました。

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ネットを調べてみましたら、中学・高校の部の要項および作品応募用紙がありましたので、これも参考まで紹介します。




作品募集は、一般の部、中学・高校の部ともに8月末となっていますが、短歌大会や関連催事は本年11月です。これについてはあらためて紹介の機会があるでしょう。本日は、短歌作品募集に関するお知らせということで。

どうぞよろしく。

落合直文と生家である鮎貝家の関わりについては以下のブログにて。


2月5日ブログ「鮎貝家の落合直文」

 

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tag : 落合直文

新しい曙橋が開通

新しい曙(あけぼの)橋が完成し、7月5日に開通式がおこなわれました。大川の旧曙橋の上流約50mのところです。本日7月6日の三陸新報はつぎのように伝えています。


曙橋

三陸新報7月6日記事の一部イメージ


上記記事と河北新報7月6日配信記事の内容を総合すると、新「曙橋」は、2017年度から都市計画道路・潮見町赤岩五駄鱈線の街路整備事業の一環として市が整備していました。

長さは131m、幅員20mで両側には幅4.5mの歩道がついています。水面からの高さが旧橋の2倍以上になったことで津波にも強くなったとのこと。菅原市長のあいさつのなかにも〈防災機能の強化に重点を置いた橋だが、産業・観光振興の面でも大きな役割を果たす〉とありました。

街路整備事業費は約73億円で、このうち橋の事業費は約32億円。財源は復興交付金を活用したとのことです。

三陸新報記事写真の左から3人目は吉田久雄君(3年6組)ですね。南気仙沼まちづくり振興協議会の会長としての出席です。三陸新報記事に久雄君のコメントが紹介されていました。「地域の幹線にふさわしい、最高の橋ができた。まちづくりの大きな弾みになる」と。

菅原市長は開通式当日7月5日につぎのようにツイートしていました。



以前の曙橋は、何度かハゼ釣りにいった思い出があります。小学校のころか中学生になっていたか。橋の近の川べりから、ハゼが泳ぐのが見えるほどでした。

釣りをしているといつの間にかあたりが暗くなっていて驚いたことも。当時の内ノ脇から魚町まではそこそこ遠かったように思います。釣ったハゼは母が天ぷらにしてくれました。

ところで、旧「曙橋」は今後どうなるのでしょう。市長のツイートの写真を見ると今は旧橋に車が通っています。河北新報の記事には〈旧曙橋は震災で被災し、欄干が曲がるなどのダメージを受けた〉とあるのですが、これからも使うのですよね。気仙沼を離れていると、そうした土地勘がはたらきません。

それはともかく。新しい曙橋も含め道路整備工事が無事に終了したのはなによりのこと。新「曙橋」開通、おめでとうございます。
 

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漁船員のワクチン

本日は新型コロナウイルスのワクチン接種についてです。私はすでに2度の接種後、6月末で2週間を経過しました。おかげさまで全身に強い抗体がみなぎっているのを感じています。なんてことは特にありません。妻は明日が第1回目。

そんなこんな家族のことなどを心配していた私ですが、7月2日の三陸新報の記事を見て、自分の不明を恥じました。


漁船ワクチン接種

三陸新報7月2日記事の一部イメージ


漁船員のワクチン接種に関して心配や戸惑いの声があるという記事です。

陸(おか)で働く人とちがって、船で魚を追っていくわけですから、漁の仕方によってはなかなか予定もたてにくいでしょう。言われてみれば本当に大変ですよね。想像もしておりませんでした。

気仙沼市に住民登録していても、たとえば突きん棒(つきんぼう)船については今後、他港を拠点とするために接種日程がたてにくいと記事にありました。

また、気仙沼を母港としながらも、船籍や船員の居住地は気仙沼以外という場合も多く、そうしたときのワクチン接種の段取りの難しさはすぐにわかります。

記事ではつぎのように紹介しています。住民登録が気仙沼市以外の漁船員の場合が気仙沼市内でのワクチン接種を受けるためには、住所地外接種届出済証の交付を市から受けて接種に臨む必要があるそうです。

また、接種券があれば仙台や東京などでの大規模接種センターでも受けることが可能ですが、同会場で2回という接種条件は同じということですので現実的ではありませんね。

◎外国人漁船員の場合

外国人船員の場合にはさらにやっかいです。記事にはインドネシア人の場合に関する記述がありました。

技能実習生として乗り組んでいれば日本国内に住所があるので接種券が交付されるが、遠洋船などは住所が国外のために「基本的には本国(インドネシア)で受けることになる」(気仙沼市水産課)そうです。とはいってもねえ。

市の水産課は、このほど、気仙沼漁協や気仙沼魚問屋組合を通じて、接種に関する説明書を配布したそうです。そして「船や漁業の運行パターンなどによって状況が異なるので相談してほしい」と呼びかけているとのこと。

市当局や医療関係機関もいろいろと現実的な対応への努力をしてくれていると思います。ワクチン供給の流動的な状況などもあり、いろいろと大変なことが多いことでしょう。ご苦労さまです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 

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「モネのサントラ」2

6月11日のブログ「モネのサントラ」で、「おかえりモネ」のオリジナル・サウンドトラックの発売を紹介しました。

そのなかで、音楽担当の高木正勝さん自らがYouTubeに投稿してくださったダイジェスト版3編を紹介したのですが、1週間ほどで非公開になってしまいました。

残念に思っておりましたら、 6月26日に高木さんが再度YouTubeにダイジェストをあげてくれました。今回は22曲のエッセンスを1本にまとめて収録しています。約8分間。

ということで本日は、「モネのサントラ」2 と題しての紹介です。





このダイジェスト版の収録内容を以下にまとめておきます。No.2に曲番が前後しているところがありますが、収録順そのままとしております。

No.1
1 環
3 おかえり (アン・サリー)
4 この星はやさし
16 あかつき
17 あすなろ -息吹
19 天と手 (坂本美雨)

No.2
3 小さな想い (アン・サリー)
4 星合ひ (大野颯汰 & 種田につこ)
9 ひかり
17 海心
10 青嵐
15 うみやまそらひと
16 あなたが生む
21 優しさと孤独 (アン・サリー)

No.3
2 生にゆだねる
3 駆ける
5 いろせ
8 あめはれわたり
12 空いっぱいに泳ぐ雲 (大野颯汰 & 種田につこ)
15 のさり
22 あなたの愛や夢や冒険
23 この世界はよいところ


No.2の3「小さな想い」は、画像タイトルでは「小さな願い」になっています。前回ブログでも記したようにこれは誤りだと思いますので、上記では修正しております。また、No.3「この世界はよいところ」は画像での曲番が21となっていましたが正しくは23ですのでこれも修正しました。いつも細かくてすみません。

私は「この世界はよいところ」のボーカルがとても気に入って誰だろうと思ったら、まさかの高木正勝さんご本人でした。これが3枚全曲のラストナンバー。英文タイトルは「This World is」です。


◎うみやまそらひと – 大漁旗

No.2の15「うみやまそらひと」については、ほかの楽曲情報では「大漁旗」という副題が付されています。

「海と山と空と人」そして「大漁旗」。私がNHK「連想ゲーム」(かなり古いけどw)の回答者であれば、すぐにこう答えるでしょう。「植樹祭!」。正解です。みたいな。

なぜかという理由は、6月9日のブログ「2021年の植樹祭」をご覧いただければすぐわかります。そこで紹介したのは、NPO「森は海の恋人」によるこのツイートです。



畠山重篤さんと共にうつっているのは、海とつながっている森/山と空。そして大漁旗です。つまり、「うみやまそらひと–大漁旗」。これでどうでしょう。

この曲のモチーフが「森は海の恋人」の植樹祭かどうかは、高木正勝さんに聞いてみなければわかりませんね。誰か聞いてくれないかなあ。と思ったものの、それはやめておきます。

高木さんに聞いたところでかえってくる答は、たぶん「いわぬがはな」。英文タイトルは「Silence is golden」といったところでしょう。

6月11日ブログ 「モネ」のサントラ

 

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たんがいでけんね

きのうのブログ「モネのなまり指導」を書きながら思いだしたのは、2013年に書いた記事「たんがいでけんね」です。

たとえば、台本にモネのセリフとして「誰か持ち上げてください」とあったとして、これを気仙沼の言葉で「だれがたんがいでけんない」と書き換えても、全国放送では通じませんよね。そんなことを書こうとも思ったのですが、長くなるので省略しました。

付け加えると、書き換えるにしても、〈たんがいでけんね〉とか〈たんがいでけんねすか〉のほうがよくはないかという新たな〈翻訳問題〉が発生します。また、脚本家がその評価というか判断をできないということも大きな問題となるでしょう。

といったことで、その「たんがいでけんね」ブログを以下にふたたび。


2013年6月25日ブログ再掲

たんがいでけんね

防潮堤問題についての〈コンクリート〉な話が続いておりましたので、本日は気仙沼弁の話題でしばしリラックス。

気仙沼の南町で育った妻から聞いた話です。私が適当につくり直しているところがありますが、つぎのようなことでした。

気仙沼市魚町出身のAさんが東京の大学で音楽を学んでおりました。そしてある日のこと、演奏会の準備のために楽器を運んでいたとき、回りの人に声をかけます。

〈誰か、一緒にたんがいでくれませんか〉

そしてその声に〈は〜い〉といって手伝ってくれたのが、山形出身の女子学生だったというのです。

この話を聞いたのは20年以上も前のことなのですが、いま思い出してもかなり笑えます。〈たんがぐ〉とは、〈持ち上げる、移動する〉。『けせんぬま方言アラカルト』(菅原孝雄編)では、用例として「こいづ、重(おも)でがらたんがえですけらいん」を掲げています。〈すけらいん〉は〈助けてください/手伝ってください〉。

Aさんは〈たんがぐ〉を標準語と思っていたのですね。地元気仙沼では〈誰か、一緒にたんがいでけんねすか〉というところを、ちょっとすまして〈誰か、一緒にたんがいでくれませんか〉と。

そのお願いにすぐに反応した山形出身の人。〈たんがぐ〉は山形と〈共通語〉だったのですね。とってもいい感じ。やさしい人柄がしのばれます。

東京に出てきた人の口からこぼれでる故郷の言葉。これをとっても好ましく感じるのは還暦を過ぎたからなのでしょうか。

気仙沼出身のシンガー畠山美由紀さんはいま、毎週土曜日の午前11時から2時間、FMヨコハマの〈Travelin' Light〉という番組でDJをつとめています。なかなか楽しい番組で私も聴いているのですが、美由紀さんのおしゃべりの中に、時として気仙沼の〈なまり〉というか〈かおり〉を感じることがあります。けっして〈たんがぐ〉みたいな言葉を使うということではなく、微妙なイントネーションなのですが、わかる人にはわかる、うれしい瞬間です(笑)。

このFM番組、ネットの〈radiko〉でも聴けますので、是非みなさんも、美由紀さんの語りのなかに気仙沼の〈かおり〉を感じてとってみてください。じゃなかった、〈聴イデミデケンネ〉か。(再掲内容は以上)


なお、ブログ中で紹介した三陸新報社の『けせんぬま方言アラカルト』(菅原孝雄編)の表紙はこんな感じ。

方言アラカルト

さて、モネの台本中のセリフとして「誰か持ち上げてください」があったとして、佐藤千晶さんならどう書き換えるのでしょうか。私の推測では、「だれが もぢあげでください」かな。〈れ〉と〈げ〉にアクセント記号をつけて。〈もぢ〉か〈もち〉かは微妙なところです。

標準語から方言への〈翻訳〉も難しいけれど、その〈表記〉もなかなかに。つまり、音声を文字としてどう定着させるかということ。

さらに言えば、逆に、方言の表記をどう読むかということも。たとえば、宮澤賢治の「永訣の朝」を朗読するときに〈あめゆじゅとてちてけんじゃ〉のところをどう読むか。これもやっかいなテーマであることがわかるでしょう。

そんなことを考えながら、「おかえりモネ」の宮城ことば指導を担当する鹿野浩明さん、佐藤千晶さんの仕事の奥深さ、そして難しさが少しわかったような気がしました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

6月30日ブログ「モネのなまり指導」
 

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tag : おかえりモネ 佐藤千晶 方言

モネのなまり指導

NHK朝ドラ「おかえりモネ」は、本日でもう33回目の放送。私は録画して毎日夜に見るのを楽しみにしています。

このドラマで感心することは沢山あるのですが、そのひとつがモネの言葉づかいの〈なまり〉です。

ドラマのなかに登場する〈気仙沼弁〉については地元民からのいろんなご意見があるでしょうが、モネ(というかモネを演じる清原果耶さん)のちょっと気仙沼の色をつけたイントネーションは実に案配/塩梅がいい。

「おかえりモネ」の方言/宮城ことば指導は、宮城県出身の俳優で方言指導経験もある鹿野浩明(かのひろあき)さんをチーフに、気仙沼出身のフリーアナウンサー佐藤千晶さんがサブで加わっています。5月4日のブログでも紹介しました。

私は、実際の方言指導というのはどのようにするのだろうかと思っていたのですが、5月27日の河北新報配信記事を読んで納得しました。つぎのツイートをクリックして記事をお読みください。


千晶さんの指導内容の説明のなかに〈台本のせりふを方言に書き換え、俳優の手本となる発音を録音。撮影現場での指導も一部サポートした〉とありました。

なるほど、台本にある言葉を方言に書き換えるんですね。しかし、気仙沼の人にしか通じない言葉にするわけにはいきません。千晶さんも〈当初、控えめにしたつもりの方言も「きつすぎて意味が通じない」とスタッフに突っ込まれた〉と語っています。また、これは脚本をいじることにもなるため、相当な注意をはらわなければなりませんね。一種の〈翻訳〉です。

そして千晶さんは〈イントネーションだけで方言になる。私自身も奥深さを再認識した〉と。具体的には、〈例えば、宮城の方言では「海」や「登米(とめ)」といった単語は2音目が強くなる。人名の「サヤカ」などは、真ん中にアクセントがくる〉というのです。

まさにこれ。私がモネのイントネーション/なまりで感心したのはこの2音目へのアクセント移動です。それがわざとらしくなく、とても自然。

なんていうのかな、あえていえば、気仙沼から東京に出てきて、本人は標準語をしゃべっているつもりでも、どうしても消えないなまり加減とでもいうか(笑)。

清原果耶さんは、そのあたりの微妙な調整がホント上手です。付け加えれば、清原さんの余韻を感じさせる演技、そしてそれを生かす演出もすばらしい。

気仙沼を離れて今は登米に暮らすモネ。気象予報士をめざしているということは、これから東京に行くのでしょうか。もしそうであれば、上京して間もないころ、標準語を話しているなかにさりげなく気仙沼のなまりをまぶしてくれないでしょうか。

清原果耶さんならきっとできるはず。どうぞよろしくお願いいたします。

5月4日ブログ 「モネ」の方言指導

 

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tag : おかえりモネ 佐藤千晶

空からの祈念公園

三陸新報の「ふるさと 空から散歩」の第6回目は〈陣山〉でした。今年3月11日に開園した「気仙沼市復興祈念公園」です。


陣山

三陸新報6月18日記事の一部イメージ


中央部にあるのがモニュメント「祈りの帆(セイル)」。その右側に白く見えるエリアには犠牲者のお名前を刻んだ銘板などが配置されています。

以前も紹介したように、この「ふるさと 空から散歩」の4K動画がYouTubeで配信されています。今回の陣山編の映像も素晴らしい。ぜひご覧ください。





ドローンによる高所からの撮影ということもありますが、鹿折方面や気仙沼湾横断橋(かなえ大橋)や気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)などの眺めなど、祈念公園としてこの場所を理由のひとつがよく理解される映像ですね。

開園から3カ月ちょっとで、植栽の成長はこれからという感じですかね。それと、私にとっては、鹿折地区からのアクセスが新鮮でした。小さなころ、あの場所には田谷の保育所(第二保育所)への道をのぼっていきましたから。

この映像シリーズは本当に素晴らしい。三陸新報さん、いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

2月15日ブログ「3/11祈念公園開園」

 

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tag : 復興祈念公園 陣山

まちなかの街づくり

気仙沼市役所の庁舎は、2026年度に旧市立病院跡地(田中前地区)への移転が計画されています。この移転計画の議論にあたっては、現在の庁舎がある八日町などから地域経済の沈滞などを心配する声があがっていました。

市当局としては、移転後のまちづくり計画をしっかりとたてて対応することを前提にして田中前地区への計画を定めたと記憶しています。

その移転後のまちづくりを考える「気仙沼まちなかエリアプラットフォーム」が6月24日に設立されました。当日、菅原市長はつぎのようなツイートを投稿していました。


そして、6月26日の三陸新報もつぎのように伝えてくれました。

まつづくり

三陸新報6月26日記事の一部イメージ


記事のなかに、市長がいう〈このエリアに住んでいる人だけでなく、大震災後このエリアでビジネスや活動を始めた人も参加、フレッシュで多様なメンバー〉のお名前がありましたので紹介します。

◎団体
気仙沼地域開発、気仙沼八日町まちづくり、気仙沼地域戦略、気仙沼観光コンベンション協会、市都市計画課・産業戦略課
◎個人
志田淳、平野亜希子、猪狩伸忠、一色法人、廣野一誠、森田法子、小野寺一雄、小野寺靖忠、坂本倫理、佐々木正利、原田雄介、堀内真介、熊谷浩典、斎藤大悟、菅原大樹、武山陽子、藤田雄一郎、伊坂善明(コーディネーター)泉英明(同)

コーディネーターをつとめる伊坂善明さんは、中心市街地活性化のマネジメントに携わるコンサルタント会社「ハートビートプラン」(大阪市)の代表です。

記事によれば、「海」「食」「回遊」など5つのテーマごとにグループ分けしてアイデアを集積し、月1回の定例会議で情報共有していくことを確認したそうです。

会長や副会長は、次回以降決めるということで、当面は菅原市長が代行します。

今後、この「気仙沼まちなかエリアプラットフォーム」の活動が本格化してくれば、その議論内容が詳しく伝えられることでしょう。本日は、活動始動とメンバーの紹介ということで。


市役所庁舎の建設地が旧市立病院跡地と発表されたのはいつだったろうと思って調べたら、2020年1月28日のことでした。つぎのブログで紹介しております。

2020年1月29日ブログ「市役所建設地発表」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : まちづくり

藤竜也ニッティング

NHK朝ドラ「おかえりモネ」の話です。藤竜也さんが演じるモネの祖父のキャラクター造形は、畠山重篤さんを参考にしているだろうということはこのブログでも記してきました。

5月18日ブログ「重篤さん 竜也さん」

そして6月16日、畠山重篤さんが理事長をつとめるNPO「森は海の恋人」事務局の公式インスタグラムにつぎの投稿がありました。



「おかえりモネ」について、〈事前に関係者との意見交換があり、森は海の恋人の理念が織り込まれています〉と。そして〈藤竜也さん演じる主人公の祖父(伝説の牡蠣漁師)は畠山重篤がモデルになっています〉とも。

これで脚本や演出において、重篤さんが参考とされていることが明確になりました。

私がこのドラマを見ていて感心するのは、藤竜也さんの演技です。単に重篤さんをモデルとして演じるのではなく、さまざまな〈気仙沼の漁師〉像を総合して役柄をつくりあげているような印象を受けるのです。

あえて極端にいえば、重篤さんのもつ思索者的な面ではなく、もっとなんというか世俗的なイメージを上手に加味しているというか。藤竜也さんのセリフやしぐさに、そうした意識的なものを感じます。それがいい。

私は思索者的と書きましたが、脚本の安達奈緒子さんはこれを〈仙人のような〉と評したのでしょう。この安達さんの言葉については、上記5月18日のブログに記しました。

しかし世俗的とはいっても、一流というか上質好みは重篤さんへの取材が反映されていますね。畠山重篤さんが着るアウターが「PATAGONIA」ブランドだとすると、モネ祖父が着ているセーターは、気仙沼ニッティングさんの「etude(エチュード)」を連想させます。

◎モネ祖父の編み物

モネ祖父/藤竜也さんは、6月22日(火)放送回で赤い毛糸をつかって編み物をしていました。マフラーかなあ。

(6/29追記:モネ祖父の編み物をする場面の画像を追加しておきます)

編み物
6月22日放送画面より

これは、長いあいだ洋上にいる漁師が編み物をするという取材内容を反映したものと思います。これは気仙沼ニッティングさんのサイトなどでも紹介される話です。

漁師/漁船員が陸(おか)にあがってもこうして編み物をするのかどうか私にはわかりませんが、フィッシャーマンズ(?)セーターを着て編み物をする藤さんの背景には、こうした重層的なストーリーが感じられます。

2015年のお正月。お膳を囲む家族5人中でニットを着ていたのは3人。モネのアーガイルセーターはともかくも、モネ祖父のセーターとモネ母のカーディガンは、モネ祖父/藤竜也さんが編んだものという設定かもしれません。

参考まで記しておくと、この放送のクレジットに〈編み物指導〉として三國万里子さんのお名前がありました。気仙沼ニッティングの商品は、ニットデザイナー三國さんのデザインです。

このシーン収録時、三國さんが藤竜也さんに編み物の手ほどきをしている様子を想像すると、なにかとてもほほえましい。

こうして気仙沼ゆかりの人もいろいろと加わって、物語のモデルとリアルが交錯するこのドラマは、まるで編み物のようです。なんちゃって。


なお、三國万里子さんが、〈気仙沼ニッティング〉をたちあげる御手洗瑞子さんや、糸井重里さん、そして斉吉商店の斉藤和枝さんらと、フィッシャーマンズセーターで有名なアイルランドのアラン島をたずねたのは2012年6月のことでした。つぎのブログで記しております。

2013年3月22日ブログ「気仙沼ニット」

 

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tag : おかえりモネ 畠山重篤 藤竜也

村上教行君の訃報

6月15日のことになりますが、菊田裕美君(3年1組)から、イオンモールの村上教行(のりゆき)君が6月9日に逝去したとの連絡がありました。気仙沼のたしかな筋からの情報として。

また、6月17日には気仙沼市役所の知人から同じ内容の連絡をいただきました。市の秘書広報課にイオンから連絡があったとのこと。村上君は、市の「みなと気仙沼大使」でもありました。

これで間違いはないと思いながらも、いずれも私にとっては伝聞情報ですから、このブログに記すのは控えておりました。しかし2週間経ちましたので本日の記事といたします。

教行君が肝臓ガンをわずらっていると聞いたのは震災後のことだった思います。何度も大きな手術をしたはず。

村上教行君は唐桑中学出身で気仙沼高校の同年生です。銀座での気仙沼出身者同年会「けせもい会」などではいつも、東大病院での手術のことなどを面白おかしく話してくれました。病状はけっして楽観できるものではなかったはずですが、それを聞いてみんな大笑いしておりました。川柳も大好きでしたね。

今年のけせもい会はコロナ対応で中止としましたので、2020年2月1日の新年会で会ったのが最後となりました。

写真を探してみたら、2019年7月の気仙沼高校関東同窓会の2次会で撮ったものがありました。右端が村上君、そして順に小田、西城君、裕美君です。病をかかえていたとはいえ、当時の元気そうな様子がうかがえます。


村上教行君
2019年7月13日撮影 右端が村上教行君


◎イオンでの村上教行君

村上君は、気仙沼高校から東北学院大学に進み、卒業後にジャスコ(株)(現イオン(株))に入社。2003年には同社常務執行役に就任し、2006年にはイオンモール(株)専務、2007年には同社代表取締役社長、2011年に取締役会長となりました。

さらに2012年3月にはイオンモール会長をつとめながら、イオングループの持株会社であるイオン(株)専務執行役にも就任しています。まさにイオングループの大幹部でした。

2018年5月には、イオンモール会長から顧問となっていますから、このころにやっと経営から退くことができたということだったのでしょうか。

◎被災地復興の支援

東日本大震災後の2011年4月14日、村上君は、日本経済新聞に寄稿しています。そこで、〈ふるさとの風景は絵はがきに出てくるような本当に美しい海と山でした。その港町がこの大津波で、私の実家も含め海岸に隣接する家屋はすべて流されました〉と記しています。ここでいう〈ふるさと〉とは、気仙沼市唐桑町、とくに鮪立(しびたち)でしょう。

日本経済新聞2011年4月14日配信記事

そしてその後、詳細は略しますが、イオングループとしての東北支援はもちろんのこと、気仙沼の復興についても尽力しています。市としてもとても心強い存在だったことでしょう。

イオンの気仙沼での植樹活動などにも参加していたはずですが、最後に気仙沼を訪れたのはいつだったのか。そんな近況をたずねることもできなくなってしまいました。

経済界/流通業界での活躍、そして震災後には被災地復興の支援と本当に忙しい毎日だったことでしょう。やれることはやったとの感慨とともに静かな眠りについたことと思います。

村上教行さんのご冥福を謹んでお祈りいたします。

2012年3月7日ブログ「祝 村上教行専務」

 

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tag : イオン 村上教行

角十の法律事務所

6月20日の三陸新報に、「畠山法律事務所」移転の案内広告が掲載されていました。


畠山法律事務所

三陸新報6月20日掲載広告


まあ、なんというか普通のよくある広告ということなのでしょうが、魚町で生まれ育った私はちょっと違った感慨を覚えました。〈カクジュウさんが元の場所に戻ってきた〉。

畠山喜敬(よしたか)弁護士の実家は、魚町の畠山水産。屋号は「角十/カクジュウ」です。気仙沼での古くからの漁業家で、私が知る漁船名は「精良丸」。

土地区画整理で少しは違うかもしれませんが、畠山法律事務所の新オフィスの場所がほぼ元のカクジュウさんがあったところでしょう。以前は海岸通りのほうまで地所が続いていました。

喜敬さんのお祖父さん畠山久兵衛さんは、旧制気仙沼中学の6回生です。東京高等商業学校(現 一橋大学)を卒業して家業を継いでいます。お子さんもみな優秀で、喜敬さんのお母さんは3姉妹の長女でした。次妹は私たちの一つ下で気中21回生ですから、世代がおわかりになるでしょう。仙台の宮城一女高から早稲田へ。

考えてみると、カクジュウさんも麻屋さんも、それから魚町のご近所だった〈マルハチ〉神白水産さんも、みな3姉妹でしたね。マルハチの長女、トモちゃんは私たちの一学年下でした。

カクジュウさんが遠洋漁業をやめたのはずいぶん前のことになります。しかし、漁船漁業からは離れたものの、喜敬さんはカクジュウさんの息子さん、あるいはお孫さんと呼ばれたでしょう。その荷を重く感じたこともあったのではないかと。

〈気仙沼を元気にする会〉など、東京で喜敬さんにお目にかかる機会が何度かありました。気仙沼での法律事務所開設の話を聞いたときに、〈お祖母さんも喜んでいるでしょう〉と聞くと、うなづいていたことを思い出します。お祖母さんはたしか、気仙沼の旧家のひとつ〈濱田家〉から嫁いだはず。

そんなこんな、私が〈カクジュウさんが法律事務所として魚町に帰ってきた〉と感じた背景がご理解いただけましたでしょうか。

広告には「地元気仙沼の未来のために尽力いたします」と記してあります。

カクジュウさんが気仙沼で果たしてきた役割やその功績を思うとき、畠山喜敬さんの使命感をこの一文に感じました。

喜敬さん、魚町への事務所移転、おめでとうございます。益々のご活躍を願っております。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 畠山喜敬 畠山法律事務所

生島さん 志望動機

きのうに続き、本日も6月19日に気仙沼でおこなわれた聖火リレーに関する話です。

聖火リレーの様子はNHKがネットでライブ中継し、その録画をいまでも見ることができます。そのサイトには、各区間のランニング動画とともに各ランナーの志望動機も掲載されています。気仙沼市内19人のランナーのなかには、第1走者の千田健一さんのほか、〈男山本店〉の菅原昭彦さんや、〈気仙沼ニッティング〉代表の御手洗瑞子さんなども。

私はそれぞれの文章を興味深く読ませていただきました。本日はその中から生島ヒロシさんの文章を紹介します。


NHK聖火リレー/生島ヒロシさん

サイトに掲載されている「志望動機」は、2020年時点で大会組織委員会に提出された内容とのことですが、生島さんの文章につぎの一節がありました。

〈 56年前、中学生の私は東京オリンピックに夢中でした!陸上100mのボブ・ヘイズ…同じ短距離の私は走法をマネしましたが、走れば走るほど記録が悪くなりました。今でも心地よい思い出。その夢と希望を東日本大震災の被災地である気仙沼の皆さんに届けるべく、聖火ランナーに応募いたしました。私はその震災で掛け替えのない妹を失いました。「東洋の魔女」に憧れ、バレーボールをこよなく愛した妹……〉

生島ヒロシさんは気仙沼小・中・高校で私たちの一年先輩です。気中19回生。ですから、1964年の東京オリンピック開催時には気仙沼中学の2年生でした。

生島さんは気中在学時、陸上部に所属していました。指導教諭は〈アカザル〉の異名をもつ小松紀之先生です。指導も厳しかったのではないでしょうか。生島さんが校庭で熱心に練習に取り組んでいる姿を覚えています。陸上100mのボブ・ヘイズの走法をマネしたというのも本当のことでしょう。

それだけに、聖火ランナーのひとりとして気仙沼の街を走ることができたことには感慨深いものがあったことと思います。

そして妹さんである喜代美さんについて。生島さんは〈震災で掛け替えのない妹を失いました〉と記しています。

私たちの2学年下で、気中1年生だった喜代美さんがクラス担当としてベルマークの紙片整理に一生懸命とりくんでいる姿を覚えています。つぎのブログにそのことを。

2011年7月13日ブログ「ベルマークの時代」

生島さんのリレー区間は、港町のENEOS/GSから柏崎鉄工や石川電装あたりまでの約200m。生島さんはゴール近くになると「早いな。もうおわりだ」とつぶやいていました。

それもそのはず、生島さんが気中時代に一生懸命練習していたのは短距離走ですから。ということで、本日はこれまで。

生島さん、ご苦労さまでした。

6月21日ブログ「気仙沼 聖火リレー」

 

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tag : 聖火リレー 生島ヒロシ

気仙沼 聖火リレー

6月19日(土)、宮城県の東京五輪聖火リレーは気仙沼からスタートしました。岩手県からの聖火を受け取っての宮城県第1走者は、千田健一さん。

6月20日の三陸新報はつぎのように伝えていました。


聖火リレー
三陸新報6月20日記事の一部イメージ


この気仙沼市内での聖火リレーが無事におこなわれて本当によかった。新型コロナの感染者が多数でるようなことがあれば、開催計画の変更なども必要だったでしょう。

聖火を手にして、鹿折地区の災害公営住宅をスタートした千田健一さん。その姿を見てうれしく思ったかたが多かったことと思います。私もそのひとりです。

千田さんは、1980年モスクワ五輪のフェンシング日本代表に選ばれましたが、日本の参加ボイコットで出場がかないませんでした。同大会「幻の日本代表」のおひとりです。

千田さんには、気仙沼高校関東同窓会の総会後にいつも開催される気仙沼向洋高校と合同の懇親会のときにお目にかかったことがあります。向洋高校の校長として出席されていました。そんなことも含めて、昨年12月に千田さんが聖火ランナーのひとりに内定したことをつぎのブログに記しております。

2019年12月16日ブログ「五輪聖火ランナー」

私は、このブログをつぎのように結んでいました。「2020年の聖火リレー。千田健一さんから指導を受けた多くのフェンサーたちが、聖火ランナー千田先生に声援と拍手をおくることでしょう」と。このときは、その後の新型コロナの感染拡大など知るよしもなかったのです。

19日の三陸新報の記事に、千田さんの言葉が紹介されていました。「皆さんの笑顔の中、楽しく走れた。教え子たち、支えてくれた多くの方々に感謝の気持ちを込めた。気仙沼から市民みんなのパワーを届けられた」と万感の思いを語ったと。

コロナ禍にあって、東京オリンピック・パラリンピックは当初計画どおりの実行がなかなか難しい現状です。そんな中、気仙沼市内を19人のランナーでつないだ聖火リレーは、久々に「復興五輪」という言葉を思い出させてくれました。

聖火ランナーの皆さま、ご苦労さまでした。ありがとうございました。

なお、気仙沼でフェンシングが盛んな理由や背景についてはつぎのブログにて。

2015年5月22日ブログ「気仙沼/剣の源流」

 

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ジャンル : 地域情報

tag : 聖火リレー 千田健一

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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