「海と生きる作法」

気仙沼出身の川島秀一さんの新著『海と生きる作法〜漁師から学ぶ災害観』が発刊されたことを4月6日の三陸新報の記事で知りました。すぐに注文し手元に届きましたが、読了までに時間がかかり本日の紹介となりました。

海と生きる作法
本書のカバー表裏(右側の裏面写真は「窓をくり抜いた防潮堤」)

この本は、川島さんが震災後に発表、寄稿した17の文章を基につぎの4つの章に分けて構成されています。1:三陸の海から/2:漁師の自然観・災害観/3:海の傍らで津波を伝える/4:動き始めた海の生活。文章はそれぞれ、全国の漁労や漁師のくらし、津波との関わりなどをテーマとしたものです。

川島さんは〈はじめに〉で、共同通信からの依頼で2011年4月16日に寄稿した文章を紹介しています。タイトルは「それでも海は豊かだというべきか」。当時、リアス・アーク美術館の副館長をつとめていた川島さんにとって、この文章は〈一字一字、瓦礫から拾い上げるような思いで〉つくり、〈私が立ち上がる機縁となった〉そうです。少し長くなるのですが、気仙沼の人々はもちろんのこと、ぜひ多くの人に読んで欲しいと思いますので、引用します。

〈 2011年3月11日、東日本大震災による大津波で、私は母と家と、そして故郷(宮城県気仙沼市)とを目の前から同時に失った。
 外からのさまざまな分野の研究者や評論家は早くも、今のうちに津波の記録を残すべきだと論じ始めたが、被災者は当初、津波の記憶は忘れたいと願っていた。震災から一週間は、被災者の大半は誰しも、これは悪夢が続いているだけで、翌朝起きたときには通常の世界に戻っていてほしいと、そう願いながら浅い眠りに入ったはずである。
 被災者が現実を受け入れたときは、それはむしろ、震災前の記憶を呼び戻そうと努力していた。過去の記憶を呼び起こすよすがを、目の前から全て失った者にとって、どんな些細なものでも瓦礫の中から探し出そうと努力していた。
 その被災前の日常とは、私が長いあいだ、三陸沿岸を歩きながら聞書きを続け、記録していた漁労をめぐる生活と重なるものでもあった。失ったものは、その過去につながる日常を記憶していた多くの人間と、その生活を目に見えるかたちで確認できるものと、それを記録した資料とである。
 かつて三陸沿岸を歩いていたとき、峠を越えるたびに、湾の向こうには集落が見えて、晴れた日などは屋根がキラキラと光っているのが遠目でも確認でき、そこへ行き着くために先を急いだものだった。しかし、今はその屋根の反射光がどこの湾からも消えている。〉(引用中断)

文章はこのあと、日本常民文化研究所が借りていたことがある気仙沼地方の古文書の流失のことに触れています。これら、小々汐(こごしお)の尾形家や舞根(もうね)の畠山家の古文書は、網野善彦さんが気仙沼に足を運び各家に返却したものでした。そして、三陸のリアス式海岸は、魚などの幸だけでなく、津波も寄り上がる地勢であるとして、つぎのように続けます。

〈そのような幸も不幸も神からの「寄り物」として全て受け入れる諦念と懐の広さとが必要とでもいうのだろうか。今こそ、津波に何度も来襲された三陸沿岸に生き続けた漁師の、そのような運命観、死生観、そして自然観に学ぶときなのだろうか。そして、津波に打ち勝つためにも、それでもなお、海は豊かだということを私は言うべきなのだろうか。
 ただ一つわかったように思えたのは、三陸の漁師たちは海で生活してきたのではなく、海と生活してきたのではないかということである。海と対等に切り結ぶ関係をもっていなければ、今後もなお漁に出かけようとする心意気が生まれるはずがない。そのような積極的な生き方に、私自身、もう少しだけ賭けてみたい。日はまだ暮れてはいないのだから 〉(引用は以上)

〈はじめに〉によれば、この共同通信の記事は、「熊本日日新聞」(2011年4月21日(小田注記:本書中では2001年となっていましたが誤植と思い修正しました)を皮切りに、5月の連休にかけて「河北新報」など多くの地方新聞に掲載されたそうです。私もかすかに読んだ記憶があるのですが、現在はネット上にみつけることはできませんでした。川島さんは、この引用のあとに、故郷気仙沼の復興スローガンについて触れながらつぎのように結んでいます。

〈この「海と生きる」ということの意味を、気仙沼市の復興とともに考えてみようというのが、本書のねらいである〉

さすがに引用が長すぎたかな。秀一君に連絡して了承してもらいましょう。同じ気仙沼市魚町5区育ちということで(ほんの一年だけの)先輩風をちょっとふかしながら(笑)。

なお、朝日新聞掲載の作家 佐伯一麦(さえき・かずみ)さんによる書評も以下のサイトにて。

朝日新聞4月2日掲載書評

(追記)5月23日の三陸新報に、東北大学災害科学国際研究所の「防災文化講演会」が紹介されていました。5月27日(土)午後1時から気仙沼中央公民館で「気仙沼で3・11を伝えていく(震災伝承)」をテーマに開催されます。同研究所教授である川島秀一さんも出席します。参加無料で当日受付。問合せは、同研究所気仙沼分室ワーキンググループ(電話022-752-2140)まで。


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「KSS42」の懇親会

5月21日(日)、仙台でKSS42の第4回定期総会・懇親会が開催されました。KSS42の正式名称は「昭和42年中学卒業気仙沼・仙台三陸会」、仙台周辺圏域の同年会で、首都圏の「けせもい会」と兄弟姉妹的な集まりといってよいでしょう。


KSS42公式サイト「情報/役員」より

当日の様子は、KSS42公式サイトのほか、同会幹事のひとり小松亀一君(気中3年6組)のブログでも2回にわたって紹介されています。亀一君のブログの写真は、さすがに弁護士らしく個人情報保護の観点から目元にモザイク処理がほどこされていますが、眼を細くしてみると、あら不思議、中学生のころのおもかげがくっきりとよみがえってきます(笑)。是非ご覧ください。

KSS42サイト「情報/役員」をクリックしてください。
小松亀一君ブログ1(5月22日)
小松亀一君ブログ2(5月23日)

当日は41名が出席したそうですが、仙台周辺地区だけでなく、気仙沼から11名、関東圏から5名、盛岡から1名が参加したとのこと。写真をみるだけでも、みんなの元気な様子が感じられました。なによりのことです。まずは取り急ぎのご紹介まで。

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チリ地震津波の日

1960(昭和35)年の本日5月24日午前3時前ごろ、チリ地震津波が気仙沼をはじめ三陸地方沿岸を襲いました。国内での死者行方不明者は142人にのぼったそうです。『目で見る気仙沼の歴史』(気仙沼ライオンズクラブ発行)には、当時の気仙沼市内の死者が2名と記されています。

チリ地震津波の気仙沼被災写真は、このブログで3度紹介してきました。本日は、その計6枚の写真をあらためて掲載します。

まずは「津波フィールドミュージアム」から魚町の海岸の被災写真。ある意味でなつかしい当時の〈屋号通り〉です。写真はクリックで拡大します。

チリ津波左 チリ右
「津波フィールドミュージアム」掲載写真

「津波フィールドミュージアム」

つぎは、『目で見る気仙沼の歴史』からの4枚。まずは〈港町第二東映(その後はカンダ用品店)付近〉。

南映

つぎは〈南町気小校登り口(谷村菓子店)付近〉。気仙沼小学校にあがっていく〈紫さん〉の坂を背にして〈男山〉方向を撮影。

谷村

3枚目は〈旧魚市場前〉。以前のエースポート脇の市営駐車場の向かい側です。

魚市場前

最後は、旧エースポート(その前はレストハウス)の場所にあった汽船乗り場です。



当時、私は気仙沼小学校3年生でした。魚町の海岸通りが水に浸かった風景をいまでもよく覚えています。その日は学校は休みになったはずですが、翌日には道路には打ち上げられた様々なものをながめながら通学したように思います。

6年前の大津波にくらべれば、と今では思います。失われた魚町や南町の街並みがなつかしく感じられるのです。57年前のことになりました。


各写真を紹介した3本のブログ記事はつぎのとおりです。周辺情報なども記しておりますので、おてすきのときにでも。

2014年6月3日「チリ地震津波の時」
2014年6月4日「チリ地震津波写真」
2014年7月31日「汽船乗り場の津波」

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茂雄君の激励投稿

5月20日の三陸新報に掲載されていたシリーズ記事「古里へメッセージ〜出身者より激励投稿」11回目は、気仙沼市南町出身の村上茂雄さんの寄稿でした。

5:20しげお君

三陸新報5月20日記事の一部イメージ

文中に〈新装開店した私の実家のすし屋〉とあるのは、南町の〈あさひ鮨〉のこと。村上力男さんの長男です。気仙沼高校を卒業後、早稲田大学に進み、漫画家となりました。村上茂雄名での作品「花寿司の幸」シリーズなどの〈食文化系〉のほか、記事のプロフィールにもあるように〈ながしま超助〉という名でも漫画を描いています。こちらは〈巨乳系〉です(笑)。

かなり前のことになるのですが、気仙沼に帰省したとき、超助さんの作品が掲載された雑誌が気仙沼の実家に置いてありました。父にたずねると、〈あさひ鮨の力男さんが持ってきてくれたんだけど、人にやるわけにもいかず捨てるわけにもいかず〉と笑っていたことがなつかしく思い出されます。息子を少しでも応援しようとお父様が書店で買って親しい人に配っていたのでしょう。

三陸新報の寄稿文のなかで茂雄さんは、近年の電子化の進展によって、ネットを通じ世界中の人に作品が簡単に読まれるようになったと述べています。茂雄さんの漫画は海外でも好評らしく、韓国、アメリカ、イタリアから正式な出版のオファーが届いたといいます。そしてつぎのように結んでいます。

〈私は自分の漫画のセンスは、ほとんど故郷・気仙沼のおおらかさによって培われたものだと思っていますが、それは世界でも通用する普遍性を持っているものだという手応えを強く感じています。この愛すべき気仙沼市をもっと世界の人々に知ってほしい。今後もそのお手伝いになるような仕事ができればと思ってます。〉

村上茂雄さんは、気仙沼の土地柄や人柄を〈おおらかさ〉ととらえていました。なるほどなあ。おおらかさとか、明るさといった特質がたしかにあるかもしれない。幼いころからよく知るシゲオ君の文章を読んであらためてそう感じたのです。

村上茂雄さんのネット連載「気仙沼紫市場物語」については、つぎのブログにて。

2014年1月20日「気仙沼紫市場物語」

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緑のカーテンの種

渡辺謙さんと日比野克彦さんが提唱した気仙沼での「朝顔プロジェクト」が始動との記事が5月19日の三陸新報に掲載されていました。これは、気仙沼で種から育てた朝顔によって〈緑のカーテン〉をつくり、気仙沼に広げていこうというプロジェクトです。

朝顔プロジェクト

三陸新報5月19日記事の一部イメージ

昨年の10月14日に、気仙沼市港町のK-portで、渡辺謙さんとアーチスト日比野克彦さんのトークイベントがありました。そこで、日比野克彦さんが各地で進めている〈朝顔プロジェクト〉が紹介されました。これは2003年に日比野さんが新潟県十日町莇平(あざみひら)の地域の方々と始めたもので、その朝顔によるつながりが今では全国20カ所以上にも広がっているそうです。

そして〈スローフード気仙沼〉と〈K-port〉が〈アートなまちづくり実行委員会〉を組織し具体的な活動が開始されたようです。最初に植える種は、十日町莇平で採取されたものを使用しますが、その後は気仙沼で育った朝顔から採取した種を用いて栽培を続けます。

プロジェクトの参加者は、週に2〜3回、その成長過程をカメラ撮影と簡単な日記で記録し、それらはプロジェクトの一環としてアート作品の一部にするとのこと。市内在住の人なら誰でも参加でき、その説明会が5月28日(日)午後5時から、〈K-port〉で開かれます。参加者にはその場で種を配布するそうです。参加希望者は、事前にK-port(電話25-9915)へお申し込みください。定員50名になり次第しめきりとのことです。

皆さんご存じのように、渡辺謙さんはいまなにかと大変な時期。この朝顔プロジェクトを無事スタートさせて、安心してもらいたいと思っております。

2016年11月2日ブログ「朝顔プロジェクト」

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徳仙丈への長い道

おととい5月17日の三陸新報に、徳仙丈山(とくせんじょうさん)つつじ祭りの案内広告が掲載されていました。本吉側が5月20日(土)、気仙沼側が6月4日(日)です。徳仙丈の約50万本にもおよぶツツジは、写真で見てもすばらしく、私も一度はその絶景をながめてみたいと思っています。

わたしは毎年、徳仙丈というのはいったいどこだろうとマップをながめるのですが、いまひとつわかりにくいと感じておりました。そんなことで本日は、17日の広告に掲載されていた地図などを紹介しようと思います。カーナビを利用すれば問題なく到着できるとは思うのですが。

まずは、気仙沼バイパスとの関係図から。広告の地図を拡大してみます。(各図ともクリックで拡大)

5:17徳仙丈マップ2

気仙沼市街(この言い方もいまは微妙だけど)から来ると〈田中トンネル〉の南側ふたつめの信号を西側に進むのですね。詳しくは気仙沼市のホームページをご覧くださいとのことなので調べてみました。つぎの案内図のことでしょう。これでもわかりにくいと思いますのでクリックして拡大してみてください。

市役所案内

グーグルマップをみるとホームセンター〈クボ〉の交差点ですね。でも細かくみていくと、65号線から離れて羽田神社方向にいくところが難しい。65号線が左に大きく曲がる手前の〈水梨文化館〉というところを右に入るようです。そこからもまだ細い道が続くようです。それでなんとか徳仙丈に近づいたならば広告に大きく掲載されていた地図が役立つでしょう。

5:17徳仙丈マップ

徳仙丈山の山頂(海抜711m)までは結構ありそうですね。広告でも、来訪者のみなさまへのお願いとして、軽登山となるので歩きやすいスニーカーや登山靴の使用や、トレッキング装備を勧めていました。それなりに歩いたあとに眺めるツツジの絶景には格別のものがあることでしょう。

グーグルマップを拡大し、頭のなかでルートをたどっていった私は、ちょっと道に迷いました。東京で暮らす私にとって、ツツジの絶景にたどりつくまでの道筋はかなりのロング&ワインディングロードです。

2013年6月5日ブログ「徳仙丈のツツジ」
2016年5月25日ブログ「気仙沼を染める赤」

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CrewCard到着!

5月2日のブログで、ポイントカード「気仙沼クルーカード」のことを書きました。そして昨日、そのカードが届きましたので紹介しましょう。

クルーカード

封筒のなかには、安波山からながめた気仙沼の内湾風景のポストカードとともに、クルーカードが入っていました。今日から私も気仙沼丸の乗組員です(笑)。

ところで皆さんは、このカードの申込みをしてくれたでしょうか。まだという方は是非つぎのサイトからお申し込みを。無料です。

気仙沼クルーシップHP

気仙沼を離れている者にとって、内湾風景の写真カードはとてもうれしい。ルーペでのぞいてみれば、そこにうつっているのは震災後の復興事業が進行中の風景なのですが、それもひとつのメッセージでしょう。気仙沼のより良い未来をここからみんなでつくるのだと。クルーカードは、そんな気持ちを持つ人々のメンバーシップカードです。

みなさまも是非、ご参加を。

5月2日ブログ「気仙沼CrewCard」

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安波山の案内看板

コヤマ菓子店の故 小山隆市君(3年6組)の長男 裕隆さんのブログは、気仙沼のまちづくりに関する新しい動きなども紹介されていることから毎日読んでいます。そのなかで最近紹介されていたのが、安波山(あんばさん)中腹への案内看板設置です。5月14日(日)には、現地にて披露式がおこなわれました。16日の三陸新報がその様子を報じていましたので紹介します。

内湾案内看板
三陸新報5月14日記事

記事によれば、震災の復興支援で気仙沼を訪れていた「東京2020ライオンズクラブ」会長の牧野剛嗣(ごうし)さんが、裕隆さんと安波山に登った際に、案内板の設置で意見が一致。同クラブと東京のライオンズクラブ4団体、25人の有志から寄付金が集まり、準備を進めてきたといいます。

案内板には内湾一帯、魚市場、大島、海の市、大島架橋事業、三陸沿岸道路、土地区整理事業、災害公営住宅などがイラストで紹介されているそうです。これがあれば、説明する人がいなくとも震災後の気仙沼の地理的状況がよくわかることでしょう。

記事の写真の左端が牧野会長、右端が裕隆さん。中央は菅原市長ですが、裕隆さんの15日のブログではわかりませんでした。その画像を紹介しましょう。

案内看板
裕隆さんの5月15日ブログより(クリックでブログにジャンプ)

左から2人目、長靴をはいている方。写真が小さいため、私はてっきり、案内板制作で協力いただいたオノデラ図工さんの関係者だと思っておりました。さすがの現場感覚です(笑)。

なお、裕隆さんの数回にわたるブログのなかでは、東京2020ライオンズクラブの皆様はもちろんのこと、気仙沼市役所の都市計画課や観光課の皆さん、そしてオノデラ図工さんら協力をいただいた方々への感謝が記されていました。

「東京2020ライオンズクラブ」さんは、2014年6月に東京新橋ライオンズクラブを親クラブとして、「ライオンズを元気にするライオンズクラブ」というメッセージを掲げて結成されました。この時の平均年齢が41歳といいますから、若さあふれるライオンズといってよいでしょう。その初代会長が上記の牧野剛嗣さんです。こうした若さとエネルギーにあふれる方々が気仙沼を支援してくださることを、大変うれしく思います。

牧野会長をはじめ東京2020ライオンズクラブの皆様、そして同クラブのチャリティ活動にご協力くださった方々に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

東京2020ライオンズクラブHP
小山裕隆さんのブログ

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大島中 離島甲子園

5月10日のブログ「最後の離島甲子園」で、気仙沼の大島中学野球部が全国離島交流中学生野球大会、別名「離島甲子園」への最後の出場をめざしていることを紹介しました。そして先日5月14日に当ブログコメント欄に、大島中学校野球部離島甲子園実行委員会の事務局 小野寺さんから同校野球部ホームページのご紹介がありました。そこに、離島甲子園出場に関しての協賛お願いが掲載されていましたので、ご紹介します。

離島甲子園協賛
大島中学野球部HPより(クリックでサイトにジャンプ)

画像が読みにくいと思いますので、主要部を引用します。

全国離島交流中学生野球大会(離島甲子園)出場に関してご協賛お願い

(前半部は、以前紹介した離島甲子園出場に関する説明ですので省略)
つきましては、大島が離島としての最後の出場となりえるこの大会に、震災の風化が懸念される被災した気仙沼大島・気仙沼地域の現状を生の声で伝える機会と、過去のご支援に対する御礼の意味を込めまして子供たちを送り出したく、何かと諸事多難な折ではございますが、ご協賛賜りますようよろしくお願い申し上げます。
なお、ご理解・ご協力をいただけます場合は、お手数ですが下記の要領にてよろしくお願い申し上げます。  敬具

  記

1. 協賛金額 無理のない範囲でよろしくお願いいたします。
2. 募集期間 平成29年6月30日(金)まで
3. 納入方法 (1)(2)のどちらかでお願いいたします。

(1)下記口座にお振込をお願いします。
 ゆうちょ銀行 店番818 口座番号3846833
 気仙沼市大島中学校野球部離島甲子園実行委員会

(2)当会会員(大島中学校野球部員保護者)が直接受け取ることもできます。(領収書が必要な場合は準備しております)

4. 問合せ先 下記までお問合せをお願いいたします。

事務局 小野寺恵一 090-2791-8695
E-mail oshimaritoukousien@yahoo.co.jp
または
会 長 菊田 健  090-7668-3761
副会長 菅原 康治 090-5234-7266

協賛依頼の引用は以上です。

ホームページには、5月11日現在の協賛された方々のお名前が紹介されています。そのなかに、私も知る方のお名前や社名・店名をみつけ、敬服しました。なかなかできないことと。

どうぞ、ご協力できる方がいらっしゃいましたら、是非に。お願いのなかにもありましたが、無理のない範囲でどうぞよろしくお願いいたします。

5月10日ブログ「最後の離島甲子園」

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仮設商店意向調査

先日来、〈あさひ鮨〉や割烹〈世界〉の新築店舗オープンを紹介してきましたが、いずれも4月26日に閉所した仮設商店街〈南町紫市場〉での営業を経ての本設店舗です。ほかのお店はどうしているだろうか思っておりましたら、5月12日(金)の三陸新報に、市がおこなった仮設商店街入居事業者の意向調査が紹介されていました。

5:12仮設移転調査
三陸新報5月12日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

気仙沼市がおこなったのは〈仮設商店街入居事業者の退去後意向調査〉です。4月30日現在での8カ所96事業者の回答結果です。拡大しましょう。

調査結果

南町紫市場と復興屋台村はいずれもすでに閉所していますが、3カ所ある〈復興小町〉は来年2018年10月が貸与期限となっています。単純に8カ所を合計すると96事業所のうち、自立再建は62件、廃業9件、事業継続未定が25件です。記事の見出しは、〈再建「未定」が3割も〉と。どうしようか。どうしたらいいのか。どうできるのか。決めようにも決められないのではないかと。

記事は、気仙沼市商工課の話を紹介していました。〈市独自支援の補助金の紹介や仮設施設の無償譲渡などの情報発信など、事業者の状況に応じて自立再建に向けた取り組みを支援していく〉と。しかし、この支援にもおのずと限界があるでしょう。

私の頭のなかで断片的な情報としてあった仮設商店街各店の現状が、この調査結果で少しはっきりとしましたが、〈未定〉が多いということがよくわかったということに過ぎないのだなあと思い直しました。


なお、同日12日には河北新報も意向調査結果を配信していました。こちらは、「復興屋台村気仙沼横丁」と「南町紫市場」の計55店中、事業継続は6割止まりということを見出しにたてていました。こちらもご覧ください。

河北新報5月12日配信記事

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「カツオの日」制定

5月10日に、気仙沼魚市場で生鮮カツオが今季初めて水揚げされたとのニュースは、既に皆様ごぞんじのとおりです。東京では読売新聞10日の夕刊社会面で写真コラム記事として紹介されていました。〈生鮮かつお20年連続水揚げ日本一を誇る気仙沼で〉というところにニュース価値があるのでしょう。

10日の三陸新報にも、カツオに関する記事が掲載されていました。「海の日」を気仙沼として「カツオの日」に制定するとのことです。その記事を紹介します。

5:10かつおの日
三陸新報5月10日記事の一部イメージ

記事によれば、「カツオの日」の制定については、気仙沼商工会議所の水産流通部会が一昨年から8月1日を軸として議論してきたものの、まとまっていませんでした。そしてこのたび、市や商工会議所、気仙沼漁協をはじめ関係団体で構成される「気仙沼市生鮮かつおプロモーション事業実行委員会」が7月の第3月曜日の「海の日」を気仙沼独自に「カツオの日」とすることを決めました。

当初は8月1日という意見も出たそうですが、気仙沼みなとまつりの開催日が近く、対応できなくなる可能性があるとのことで「海の日」となりました。その前日という案も出たそうですが、その日は魚市場が休場で水揚げ当日のカツオの提供ができないという意見があったそうです。

上記の記事に〈気仙沼商工会議所の水産流通部会が一昨年から8月1日を軸として議論してきた〉という記述がありましたが、昨年までその部会長をつとめていたのは〈カネシメイチ〉の代表 小山修司君(3年5組)です。まさに〈言い出しっぺ〉として制定に向けて奔走してきました。紆余曲折があったことと思いますが、なにはともあれ関係者の皆さんの協力と賛同を得て制定となり本当によかった。

気仙沼の海の日はカツオの日。いいじゃないですか。今年は7月17日(月)ですね。修司君から電話をもらい、カツオの日のことをこのブログで紹介してからもう2年か。修ちゃん、いろいろとご苦労さまでした。今年の〈海の日〉は7月17日(月)。さまざまな企画や準備などで大変と思いますが、もうひとふんばりだ。皆様方も、こんどの「海の日」は「カツオの日」ということで。どうぞよろしく。

2015年7月29日ブログ「気仙沼かつおの日」
2015年8月4日ブログ「かつおの日の制定」


(追記)5月13日(土)のTBSテレビ(気仙沼ではTBC東北放送)「人生最高レストラン」で、日頃から気仙沼を応援してくれている三國清三シェフが、〈世界一の焼き魚〉で知られる気仙沼市魚町の「福よし」を紹介します。是非ご覧ください。13日午後11:30〜12:00です。

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わたしたちの世界

本日は、気仙沼での新築店舗オープンのご紹介。5月9日(火)の三陸新報に掲載された広告です。


割烹世界
三陸新報5月9日掲載広告


割烹「世界」さんが、仮設商店街「南町紫市場」での営業を経て、本設店舗として再開店したのです。場所は、猪苗代病院の向かいに新開店した〈あさひ鮨〉右側の通りを入って左折した右側です。わかりにくいよね。地図を拡大しましょう。世界地図(笑)。

世界地図

道路のとりつけが変わっていると思いますが、これを見ると震災前の〈マンボ通り〉のバー〈ダンヒル〉周辺でしょうか。割烹「世界」の営業は完全予約制(午前11時〜午後8時)ですが、店舗内の〈和み処せかい〉は予約なしで利用できるとのこと。なごみどころ/ランチタイムは午前11時から午後2時までです。

震災前の割烹〈世界〉は、南町の〈文信堂書店〉向かいの通りを少し入った左側にありました。私は一度だけ利用したことがあります。それは、私の結婚披露宴です。両家親戚がそろっての大広間。魚町の五十鈴神社/お神明さんで式をあげて、その後に世界へと席を移したのです。当時はレジオンなどの結婚式場がすでにありましたから〈五十鈴神社から世界へ〉というのはちょっと珍しかったと思う。新郎は魚町、新婦は南町ということで、昔なら珍しくもなんともない定番コースだったでしょう。

披露宴の後半では、私の父が謡曲「高砂/たかさご」をうたいました。〈高砂や この浦舟に 帆を上げて〉。これまた昔であれば定番中の定番でしょう。新潟の柏崎から来てくれた母方の叔母は、芸妓さんの三味線に合わせて広間の舞台で踊ってくれました。あの曲はなんだったか。母に電話して聞いてみました。〈あれはね、はじめに「米山甚句/よねやまじんく」を頼んだら、三味線の方が弾けないということで、「三階節/さんがいぶし」になったんだよ〉。〈米山さんから雲が出た 今に夕立が来るやら ピッカラ チャッカラ ドンガラリンと音が〜す〜る〜〉

披露宴をおえての夕べ、〈あさひ鮨〉2階広間に同級生らが集まってくれて、南町の夜は更けていきました。1984年/昭和59年4月29日のこと。あれから33年が経ちました。

割烹世界さん、このたびの新築店舗開店、おめでとうございました。

4月28日ブログ「あさひ鮨」の開店
2016年9月29日ブログ「米山さんへの感謝」

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最後の離島甲子園

5月7日の三陸新報を見ていて、大島中学野球部に関する記事の見出しに驚きました。「架橋で出場資格失う」と。

大島中学野球部
三陸新報5月7日記事の一部イメージ

大島中学校の野球部が、国土交通大臣杯全国離島交流中学生野球大会に3年ぶりの出場を目指しているという記事です。2008年に元ロッテ投手の村田兆治さんらの提唱で始まったこの大会は別名〈離島甲子園〉。10回目を迎える今回は、8月21日から沖縄県の石垣島で開かれます。

大島中野球部は、大震災があった2011年に初出場し2013年まで連続で参加してきましたが、それ以降は資金面がネックになり、出場を見合わせていたそうです。そして、気仙沼大島大橋が完成する2018年度末には、離島でなくなることから出場資格を失うことになります。また部員不足も背景にあり、今回が最後の出場機会になるというのです。しかし、大会参加の費用(200万円)のめどはまだ立っておらず、今後、寄付や協賛金を募っていく方針とのことです。

離島でなくなることの影響というか、余波がこんなところにもと初めは驚きました。そして部員不足も理由のひとつと聞いて、少子化に伴う気仙沼における小中学校の統廃合問題を思い起こしたのです。大島小・中学校は大島架橋の完成を踏まえて鹿折小・中学校との統合が平成30~33年度に計画されており、これから具体的な検討が行われます。

それにしても、最後の離島甲子園出場をなんとか実現して欲しいなと思っております。またあらためて情報があればお伝えしましょう。まずは取り急ぎのご紹介まで。

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ユニバーサルラブ

5月3日のFM「J-WAVE」で、ゴールデンウィークスペシャル「UNIVERSAL LOVE」という番組放送がありました。午前9時から午後6時近くまで、ミュージシャンのグローバーさんが7人のゲストを迎えてトークと音楽を楽しむというこの特別番組に気仙沼出身の畠山美由紀さんが出演したのです。

ユニバーサルラブ
番組サイトより(クリックでサイトにジャンプ)


私は当日の放送ではなく、翌日にネット放送「radico/ラジコ」のタイムフリー機能を利用して聴きました。この放送内容がとてもよかったので、本日ご紹介。

はじめは、新曲「会いに行く」の音源が紹介されました。初オンエアとのこと。とてもいい。9月リリース予定のアルバムに収録されるそうです。続いて美由紀さんのスタジオ生ライブ。小池龍平さんがギターとコーラスで参加しました。1曲目が「テネシーワルツ」。2曲目は「わが美しき故郷よ」。

2曲を歌いおえての数秒間は、なんていうんだろう心が満たされるというか、しみじみとした印象が残りました。グローバーさんも同じ感覚をおぼえたと思います。つぎのように続けていました。

(グローバーさん)ボクなんか地元は横浜のタンボの中なんですけど、テネシーのワルツを想像しながら、どうして自分のふるさとを思い出すんだろうとか思いながら聴いてて。音楽って不思議だなあと思ってて……。

(美由紀さん)不思議ですよねええ。

(グローバー)それでそのまま、「わが美しき故郷よ」。これは畠山さんの心の中にある故郷の景色を紡いでいるんですけど、やっぱりボクは自分のふるさとを、自分の子供(のとき)を思い出して。

(美由紀)いやあ、それはすごくうれしいです。いやあ、なんかね、ほら、自分の故郷を(曲として)つくって歌っているんですけど、ライブの時も、あくまでみなさんのそれぞれの景色を思い浮かべていただけるとホントうれしいなと思うので。うれしいです。そう聴いていただけると。

(グローバー)聴いてるみなさん。どうですか。ボクと同じじゃないですかね。なんか自分のふるさと、自分の子供のときを思い出して、ああぁと思いました。(発言紹介は中断)

このミニライブ後のやりとりのあと、グローバーさんが美由紀さんに、気仙沼のおすすめスポットをたずねました。美由紀さんはまず、ジャズ喫茶〈ヴァンガード〉をあげてくれました。そして、気仙沼ではなく大船渡のお菓子ですがと前置きして〈かもめの玉子〉も。美由紀さんは〈すんごくおいしい〉と(笑)。このあと、グローバーさんが〈あらためて、「ユニバーサル・ラブ」というキーワードで思うことはなんでしょう〉と美由紀さんにたずねます。

(美由紀)これ、ぱっと見て思ったんですけど、なんか、ユーモアかなあって、ちょっと思ったんですよねえ。やっぱなんかこう、緊張する場面とかシチュエーションでも、なんとなくちょっと、そういう笑いがあると、あ、ほぐれるなあと思うし、ほら、なんか、私たちもリハーサルの現場とか本番とかいって、そういう雰囲気になると一気に音楽も良くなったりするし。なんかそれ、重要なことかなあってとか思って。ちょっとした駄洒落でもいうとか(笑)。結構すきなんですよね。(発言紹介は以上)

この特別番組のタイトルとテーマは〈ユニバーサル・ラブ〉。個別的な愛ではなく、普遍的というかみんなへの愛といったところでしょうか。番組サイトでは、〈自分のことだけじゃなく、誰かのことをちょっと考えてみること。それがUNIVERSAL LOVEな気持ちの始まり〉と記していました。

美由紀さんは、このテーマをしっかりと踏まえて出演し発言していたように思います。冒頭に自分を紹介するときにも、出身を〈気仙沼〉ではなく〈東北〉と語り、それを受けたグローバーさんが、〈宮城県気仙沼の〉と補足していました。美由紀さんが自身で〈気仙沼〉と語らなかったことは、ライブ後の〈わが故郷=気仙沼〉ではなく〈みなさんのそれぞれの景色〉を思い浮かべていただけるとうれしい〉という言葉につながっています。〈ヴァンガード〉に続いて大船渡の〈かもめの卵〉をあげたのも、このユニバーサルなラブなのか。それとも何周か回った後の〈ユーモア〉か(笑)。

この番組は、ネット放送「radico/ラジコ」のタイムフリー機能で放送後1週間は聴くことができます。計算上は5月10日(水)の午後3時まで。ただ、3時間という聴取時間制限があり、私はもう聴くことができませんでした。エリア制限もあるから気仙沼で聴くにはプレミアム会員登録が必要かもしれません。下のサイトをクリックしての2時間経過して2:05:45秒あたりに美由紀さん登場です。

UNIVERSAL LOVE 2017(PART3)

最後になりましたが、この番組の正式タイトルは「J-WAVE GOLDEN WEEK SPECIAL MITSUBISHI CORPORATION presents UNIVERSAL LOVE 2017」。そして提供スポンサーMITSUBISHI CORPORATIONは三菱商事さんです。同社グループの気仙沼などへの支援活動については、4月5日のブログにも書きました。この番組への美由紀さんのキャスティングについても同社の行き届いた配慮が感じられます。

三菱商事グループの皆様のご配慮、ご支援に対し末尾ながら、あらためてお礼を申し上げます。

4月5日ブログ「白いカンバス」

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出産おめでとう!

大型連休明けの月曜日です。面倒な話はやめて、めでたい話題を紹介します。気仙沼のほぼ日の〈サユミ〉さんにお子さんが誕生しました。本日5月8日更新の〈沼のハナヨメ。〉で紹介されていました。

沼のハナヨメ

「沼のハナヨメ。」5月8日更新/第87話より(クリックでサイトにジャンプ)


詳しくは上記画像をクリックしてご本人の絵と話をご覧いただきますが、男の子で、5月2日に生まれたそうです。結婚して5年、まわりの人達からは、まだかまだかとのプレッシャーがあったようです。今回の〈沼のハナヨメ。〉にはそうした〈度を超えたおせっかい〉がおもしろく描かれています。

4月からは産休をとっていたそうで、〈産後の更新は慣れるまで不定期更新になるかもしれません!まずは…がんばります。子育てを〉とのこと。是非そうしてください。

サユミさん、そしてお父様になられた道有さん、おめでとうございます。しばらくは忙しい日々が続くことと思いますが、子育てを存分に楽しまれますように。気仙沼でも多くの人がこのニュースをうれしく感じたことと思います。心からお祝いを申し上げたく。

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「やすらぎの郷」

テレビ朝日系列のテレビドラマ「やすらぎの郷」、見てますか。テレビ朝日がゴールデンタイムならぬ〈シルバータイム〉のドラマとして平日午後12:30から20分間放送しているのが倉本聰さん脚本のドラマ「やすらぎの郷」です。気仙沼では東日本放送。

やすらぎの郷
「やすらぎの郷」番組サイトより(クリックでジャンプ)

この物語の舞台は、テレビ人専用の老人ホーム。そこに集うのは全盛期の映画、テレビ界を支えた俳優、作家、ミュージシャン、アーティストたちです。かつての大スター集団が繰り広げる、ノスタルジー漂う人間喜劇。というのが番組サイトの紹介文。主演は石坂浩二さん。倉本聰さんを思わせるシナリオライターを演じます。そしてほかの出演俳優がすごい。浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、五月みどり、野際陽子、八千草薫さんなど、まさに大物女優たちが登場するのです。

実質15分間ほどのドラマには、実にゆったりとした時間が流れています。はじめは動きのない演出にちょっととまどいましたが、今では、それも味として楽しむことができるようになりました。あとはドラマを見てもらうしかないのですが、以前は実際の夫婦だった石坂浩二さんと浅丘ルリ子さんとのやりとりなど、まさに虚実が重なり合ったかのようなドラマが展開されます。

5月1日の放送回では、往年の大スター(スタアと書いたほうが感じかな)九条摂子を演じる、往年の大スター八千草薫さんがナスを使った呪いの儀式をとりおこないました。キャスティングの妙というかユーモアというか、とても面白かった。倉本さんの脚本ならばと出演して俳優自身が楽しみながら演じている感じが伝わってきます。

4月3日から始まったこのドラマ、私は初回から録画して楽しんでいます。2クールを予定ということなので、6カ月間の放送ですね。まだまだ楽しめます。〈こどもの日〉に〈シルバー〉な話題はいかがなものかと思いながらも、未見の方は是非にと思い紹介いたしました。

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亀の湯 5/6に廃業

5月1日の読売新聞夕刊に、気仙沼市の銭湯「亀の湯」の記事が掲載されていました。5月6日(土)の営業を最後に廃業し、131年の歴史に幕を下ろすことになったとのこと。

亀の湯

読売新聞5月1日夕刊記事の一部イメージ

記事を少し引用します。

〈 三陸沖を漁場とする漁師のほか、震災後は復興ボランティアらにも愛されてきた「憩いの湯」。かさ上げ工事で立ち退くのを機に、最近は店を閉めると知ったなじみの客が次々と訪れる。休憩スペースでは4代目店主の斉藤克之さん(75)の妻で、番台に座るちか子さん(70)が「お茶っこ飲まいん」と、手作りのおこわとお茶を風呂上がりの客にすすめる。(中略)
 亀の湯は1886年(明治19年)、克之さんの曽祖父が開業。水揚げを終えた漁師たちが盛り場に行く前に汗を流していった。今も船名が書かれた洗面器が並び、船乗りたちがタオルやシャンプーを共同利用する。
 6年前の震災では、目の前の海からの津波で建物は骨組みだけになった。斉藤さんも再開を諦めかけたが、その年の夏、大阪府池田市が被災地支援で銭湯内に簡易浴槽を設置し、夫婦が管理を任された。広々とした風呂での入浴に「ありがたい」と喜ぶ被災者を見て、もう一度営業することにした。約2000万円をかけて補修し、2012年7月に営業を再開した。
 だが、海岸から約100mしか離れていない亀の湯がある一帯は、海抜2.7mまでかさ上げする工事が行われることになり、一度更地になる。その後、新たに建て直すと、ざっと見積もって1億円近くかかる。自分たちの年齢などを考えると断念せざるを得なかった。斉藤さんは「廃業は忍びない。でも、仕方ないのかな」と寂しそう。造成が終わったら、今の土地に自宅を再建し、併設していたコインランドリーは元通りに建て直すつもりだ。〉(引用は以上)

〈亀の湯〉の閉店については、1月24日のブログでも紹介しました。その時点では3月末の閉店と報じられていました。魚町周辺の土地区画整理事業の遅れで5月6日まで閉店を延期できたのかもしれません。しかし、いよいよ閉店、そして廃業か。この記事は気仙沼など宮城県内版でも掲載されたのでしょうか。東京ではこうした記事となって紹介されましたよという念のためのご報告です。

1月24日ブログ「「亀の湯」閉店へ」

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内湾の防潮堤工事

4月11日の三陸新報に、気仙沼市の内湾地区における防潮堤工事3/11本格化しているという記事が掲載されていました。

4:11内湾防潮堤
三陸新報4月11日記事の一部イメージ

この記事の写真は、奥にプラザホテルが見えますので、旧エースポート付近でしょう。工事の概要について、記事を引用します。

〈南町・魚町地区の防潮堤の高さは当初、海抜6.2mで計画された。しかし、景観への配慮を求める地元住民との協議を踏まえ、5.1mに引き下げられ、魚町地区には余裕高1m分に県内初のフラップゲート(起立式)が採用された。工事は2015年秋に着手したが、東日本大震災後の地盤隆起(22cm)を受けた設計の見直し作業などもあり、当初予定より半年ほど遅れている。〉(引用は以上)

そして4月19日、私は三陸新報の1面コラム「万有流転(ばんゆうるてん)」を読んでちょっと驚きました。

4:19万有流転2
三陸新報4月19日コラム「万有流転」

この文章の冒頭は、震災で一度地盤が沈下し、その後に隆起したために行われた防潮堤の高さの見直しについてです。そしてつぎのように続きます。

〈 本格的に内湾地区の防潮堤工事が始まり、壁面が建ち始めたところは、道から海が見えなくなった。鹿折地区も同じだ。観光に来た人が「全く海が見えない。気仙沼に来て海の見えない光景では、今後来たくなくなる」と話していたと、あるタクシー乗務員◎自然の力は計り知れず、このまま年数を重ねれば、地殻は隆起を続ける可能性がある。町がコンクリートに囲まれていく様子を見るについて、計画を考え直すことはできないのだろうかと思わずにはいられない。防潮堤計画がある場所でも完成前であり、検討のし直しをしてもらいたいと思うのは筆者だけだろうか◎気仙沼市は「海と生きる」をメーンに、水産と観光を謳っている。震災から既に6年が経過、防潮堤建設の契約が済んでいれば、損害賠償といった問題があるかもしれないが、町としての在り方を考えたい◎むしろ隆起していく海岸線に、高い防潮堤が築かれることのほうが問題である。国や県、市で、ぜひとも再考してほしいものだ。〉(引用は以上)

地盤の隆起という問題と、防潮堤によって海が見えなくなる問題とが一緒に語られているので、ちょっとわかりにくいのですが、私は違和感をおぼえました。

地盤の隆起(内湾でいえば22cm)は本質的な問題ではないでしょう。地盤は上下に変動する可能性がありますし。問題にするなら、やはり防潮堤の基本的な高さです。それが高すぎるというのであれば、その再考を行政や議会にもっと強くうながして欲しい。

これが一般読者からの投稿であれば話は違いますが、〈万有流転〉は三陸新報さんのある意味で〈看板コラム〉。〈検討のし直しをしてもらいたいと思うのは筆者だけだろうか〉と読者に疑問を投げかける前に、三陸新報社内で聞いてみて欲しい。私たちと違って、社内には詳細な情報や事情を知る記者も多いことだろうにと私は思ったのです。

でもなあ。コラム筆者もいろいろ聞いてみたり、知っているのかも知れませんね。それをわかったうえで、地盤の隆起ということにからませて、高すぎる防潮堤への疑問を投げかけてみたと。

なんだこりゃあと手をあげた私でしたが、そっとその手を下げるみたいな(笑)。そんなこんな、いろんなことを考えさせてくれるコラム〈万有流転〉でした。

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気仙沼CrewCard

きのうのブログは気仙沼版DMO「気仙沼観光推進機構」について記しました。本日は同機構の重要施策のひとつであるポイントカード「気仙沼クルーカード」を紹介します。

クルーカード
気仙沼クルーシップ公式サイトのイメージ(クリックでジャンプ)

気仙沼クルーシップ(クルーカード)公式サイト
公式facebook

気仙沼クルーカードは、「気仙沼の未来をつくる市民証」として気仙沼観光推進機構が発行するポイントカードです。名称には、気仙沼を船に見立て、その乗組員証(クルーカード)にという思いが込められています。気仙沼クルーカードの詳しい内容や申込みは、上記の公式サイトをご覧いただきますが、その特徴について以下に要約します。

①加盟店での買い物でポイント

気仙沼の飲食店、物産店、宿などの加盟店で提示すると100円の買い物で1ポイントがもらえて、貯まったポイントは1ポイント1円として市内の加盟店で利用することができます。

②提携サイトのネット

Yahoo!ショッピング、じゃらん、ディノスなど、1500以上の提携サイト利用でもポイントが貯まります。

③市内公的施設での利用も

今後のことになりますが、気仙沼市内の公的施設でもクルーカードを使えるようにするとのことです。

④失効ポイントは気仙沼に寄付

クルーカードのポイントをつかわずに失効しても、そのポイントは全額気仙沼に寄付されます。気仙沼にいなくても応援できるしくみです。クルーカードのポイント有効期限は付与された日の翌年12月31日までとなっています(最長2年間)。

要約は以上ですが、通常のポイントカードとは違う最大の特徴は、失効ポイントが気仙沼市に寄付されるということでしょう。通常の企業や店舗のカードの失効ポイントは運営事業者に還元されますが、クルーカードでは気仙沼市に寄付されるのです。これは、気仙沼クルーカードが(株)サイモンズの〈サイモンズポイント〉の仕組みを利用することで可能になりました。

こうした失効ポイントを利用した地域貢献の仕組みを考え出したのが、(株)サイモンズの斉川満社長なのです。調べてみると斉川さんは、日本航空でJALマイレージによる日本最大規模の異業種企業提携ネットワークを構築した方。2003年に日本航空をやめてサイモンズを設立しました。

上記の特徴に加え、気仙沼クルーカード導入の大きな目的が顧客情報の収集です。気仙沼の観光をより良いものにしていくためには、どのような方々がどのような観光行動をとっているかという情報が不可欠です。いわゆるマーケティングデータですね。DMOのM(マーケティング/マネジメント)のための情報です。カード利用データを分析することにより、客観的な気仙沼の強みや弱みが明らかになります。そして、その客観的なデータをベースにしての観光戦略の立案と実行が、DMO(観光地域経営組織)に求められる最大の役割でしょう。

どうぞ皆様も上記の公式サイトから気仙沼クルーシップメンバーへのお申し込みを。河北新報4月29日配信の記事によれば、4月25日から始まった入会申込みの出足も好調のようです。

最後に気になったことをひとつだけ。公式サイトの画像に〈日本に先駆けてスタート!〉と記されていますが、日本語としてちょっとおかしいのでは。〈先駆けて〉は、〈世界に先駆けて〉とか〈他社に先駆けて〉など、ほかと比べての表現ですが、日本に先駆けたのはどこの国のことでしょう。細かなことを言って嫌われるかもしれませんが、事務局に問い合わせてみます。これも、すでに申込みを済ませ気仙沼クルーの一員となった者としてのつとめと思い(笑)。

5月1日ブログ「気仙沼版「DMO」」

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気仙沼版「DMO」

4月25日の三陸新報に、「気仙沼観光推進機構」設立の記事が掲載されていました。

4:26気仙沼dmo
三陸新報4月25日記事の一部イメージ

「稼げる観光地づくり」を目的とした気仙沼版DMOの中枢となる「気仙沼観光推進機構」が4月24日に設立されたという記事です。私はちょっと扱いが小さいなと印象を受けました。図解などがないとちょっとわかりにくいかもしれません。

「気仙沼観光推進機構」は、気仙沼の総合的な観光施策の意思決定機関/中核組織です。同時に、その事務局として一般社団法人「気仙沼地域戦略」も設立されました。この「気仙沼地域戦略」には、一般社団法人「リアス観光創造プラットフォーム」も発展的に統合されるのかなと推測しています。いずれも理事長は気仙沼商工会議所会頭の菅原昭彦さんです。そして、この「気仙沼観光推進機構」に気仙沼市や各種の商工団体、観光団体、NPO・市民活動団体、市民などが参画して〈観光で稼げる地域経営〉の施策を企画・実行していきます。

三陸新報は、DMOを〈地域経営〉と説明しているのですが、これはちょっと誤解を与えるのではないか。やはり〈観光〉というテーマを明確にしたいところです。私は2016年のブログ「DMO先進地視察」でつぎのように説明しました。

「DMO」は、Destination Marketing/Management Organization。冒頭のデスティネーションは、旅行目的地のことです。この言葉自体がややこしい。2013年の春に仙台・宮城で行われたデスティネーション・キャンペーン(DC)というのも、早い話が観光キャンペーン。DMOも〈マーケティングや経営の視点から観光地域づくりをおこなう組織〉といってよいでしょう。そして今、国/観光庁が推進している「日本版DMO」は、地域を活性化させる観光のビジネスモデルの形成をめざすものです。(引用は以上)

私ならいまDMOの和訳をどうするか。〈地域経営〉を生かすのであれば〈観光地域経営組織〉かな。なかなか難しいのですが〈気仙沼観光推進機構〉という組織名はよく考えられていると思います。いろいろと苦労したことでしょう。

参考として観光庁の説明を記しておきます。日本版DMOは〈地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人〉です。

DMOの説明が長くなってしまいましたね。気仙沼版DMO「気仙沼観光推進機構」の重要施策のひとつ、ポイントカード「気仙沼クルーカード」については明日にしようと思います。どうぞよろしく。

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「あさひ鮨」の開店

きょう4月28日の三陸新報のトップ記事は、魚市場前〈海の市〉の〈氷の水族館〉が復活し、明日29日から一般公開されるという話題でした。津波で被災して、6年ぶりのリニュアル・オープンです。

〈氷の水族館〉の運営やプロデュースを担当しているのは岡本製氷の岡本貴之専務です。そして、その妹さんがジャズピアニストの岡本優子さん。3月5日の東京・めぐろパーシモンホールでの「東日本大震災復興支援コンサート」で素晴らしいピアノとボーカルを聴かせてくれました。その曲間のトークで〈気仙沼の兄がいま、氷の水族館の復活で頑張っています。目黒の皆さんにも紹介してくるようにとのことでした。どうぞ皆さま、気仙沼においでの際には是非お立ち寄りください〉と語っていたことを思い出します。その岡本優子さんは、明日29日(土)と30日(日)の午後1時から、海の市1階イベント広場でミニライブをおこないます。どうぞ、おでかけください。

そしてこの〈氷の水族館〉の記事の下には、こんな大きな広告が。

あさひ鮨オープン
三陸新報4月28日掲載広告(クリックで拡大)

あさひ鮨の本設本店が明日4月29日にオープンします。場所は南町の猪苗代病院の向かいです。挨拶文に書いてありましたが、以前の店構えと同じつくりですね。懐かしい。

あさひ鮨で役員をつとめる佐々木徹君(3年1組)から〈今年の目黒の桜まつりには、開店準備が忙しくていけない〉との電話がありました。そのときに、〈ゴールデンウィークになんとか間に合わせようということで、工事関係の皆さんがいま懸命にやってくれている。本当にありがたい〉と語っていました。挨拶文に〈多くの皆様のご支援と建設業者様の並々ならぬ献身的努力の賜〉と記されていましたが、まさにそのことでしょう。

挨拶文には、〈本年12月、創業50年を迎えます〉ともありました。我が家に村上力男さんと良恵さん夫妻が開店の挨拶に来られてから半世紀近くが経つのか。頂戴した折詰めの包装紙には港の風景が筆でさらっと描かれていました。とてもしゃれていて品の良い感じがしたものです。力男さんは気仙沼高校美術部の大先輩でもあるのです。

仮設商店街の南町紫市場での営業を経て、今回の新築開店にこぎつけるまでには本当に多くの苦労があったことと思います。村上夫妻、佐々木徹君はじめ、関係者の方々にお祝いを申し上げます。本店の新築完成おめでとうございます。益々の盛業を祈っております。

どうぞ皆様、ゴールデンウィークは気仙沼の南町紫神社前商店街「あさひ鮨」、そして魚市場前「海の市」氷の水族館におでかけくださいますように。

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「モノマガジン」

本題の前に業務連絡。気仙沼大島架橋を担当した巨大クレーン船「富士」乗組員の一日に密着したNHK「プロフェッショナル」の再放送は、本日4月27日(木)深夜25:25からです。本放送を見逃した方は是非に。番組サイト内容が更新され、放送内容が詳しく紹介されていました。これもどうぞ。

「プロフェッショナル」番組サイト

さて本題。今日は雑誌の話です。一昨日のブログで書いた「メトロミニッツ」は、無料配布の雑誌でしたが、本日紹介するのは有料の雑誌「モノマガジン」4月15日発売の最新号です。総力特集は〈本物がわかる大人のHow To小屋〉。これまで2回にわたって小屋を特集して好評だったとのことですが、今回の第3弾は「夢物語りで終わらせない」をテーマにしています。その中で、気仙沼を拠点とする〈東北ツリーハウス観光協会〉の活動が紹介されているのです。

ものマガジン

表紙にうつるのはツリーハウス1号の〈DEKITA HOUSE〉。ヤマツツジでおなじみの気仙沼徳仙丈(とくせんじょう)登山口付近に建てられました。背景にうつるのがヤマツツジでしょう。特集ページでの〈東北ツリーハウス観光協会〉の活動紹介はこんな感じです。

ツリーハウス

糸井重里さんがツリーハウスのブランコで遊んでいますね。吹き出しに〈東北に100のツリーハウスを!〉というメッセージが記されていますが、この糸井さんのメッセージについてはこちらに詳しく書かれています。

なお、この〈MERRY〉と名づけられたツリーハウス5号は、気仙沼の廿一(にじゅういち)地区に大手通販会社(株)フェリシモさんを支援パートナーとしてつくられたものです。

記事では、東北ツリーハウス観光協会の斉藤道有さんの言葉も紹介されていました。このブログで道有さんを紹介するときは公式サイトでの記述にしたがって〈事務局長〉としてきたのですが、記事では〈代表〉となっていました。道有さんは、今年3月で6回目となった気仙沼〈3月11日からのヒカリ〉実行委員会の代表もつとめています。気仙沼の新しいまちづくりを牽引する若者のひとりと言ってよいでしょう。今回の〈モノマガ〉での紹介記事は、彼ら彼女らへの応援メッセージでもあるなと感じました。モノマガジン関係者の皆さま、ありがとうございました。

東北ツリーハウス観光協会/公式サイト


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新市立病院が完成

きのう4月25日の三陸新報に、新しい市立病院の本体工事が終了したという記事が掲載されていました。

市立病院1
三陸新報4月25日記事の一部イメージ

新病院は、地上6階地下1階建て。診療科目は現在と同じ18科で、病床数は現在の稼働病床数と同じ340床(一般336、感染症4床)。地下1階には看護専門学校が入るそうです。総事業費は約246億円です。新病院での外来診療開始は11月2日で、現病院からの入院患者の移送やベッド、医療機器の引越作業は10月29日に行うそうです。

3月3日の三陸新報は、新病院の開院が11月2日に決まったと伝えていました。この記事の写真をみると病院の全体像がわかりますね。無料駐車場当初計画の668台から730台に見直したとの記述もありました。

市立病院2
三陸新報3月3日記事の一部イメージ

新病院の住所は〈赤岩杉の沢〉。国道45号線をはさんイオン気仙沼店の反対側の奥なのですが、わかりますでしょうか。昨年12月22日のブログ「ミニストップ開店」で紹介した写真でご説明します。写真中央より少し左の奥に赤いクレーンが見える場所が市民病院建設現場です。

12月21日ミニストップ
三陸新報2016年12月21日掲載広告(画像クリックで拡大)

新病院は、2014年9月に着工したといいますから、約2年半の工事でした。多くの市民が開院を心待ちにしていることと思います。工事関係者の皆さんはいろいろと苦労もあったことでしょう。ありがとうございます。長いあいだご苦労さまでした。

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「メトロミニッツ」

きのうのNHK「プロフェッショナル」はとてもよかった。気仙沼大島に暮らす人のインタビューでは、気仙沼高校の同級生〈みやこ屋〉熊谷雅裕君のお母様、熊谷すん子さんも登場。元気な様子でなによりでした。

さて本日は、地下鉄「東京メトロ」のフリーマガジン「メトロミニッツ」について。この雑誌は、主要駅のラックにて毎月20日に無料配布が開始されます。先週金曜日21日、私が丸の内線の東京駅で入手したのは最新の5月号(No.174)でした。

メトロミニッツ
「メトロミニッツ」サイトより

表紙にうつるのは、クリス・ペプラーさん。FM局J-WAVEでのナビゲータでもおなじみです。この写真をみているだけであのシブイ声が聞こえてくるようです。

今号の特集は「コーヒーと東京」なのですが、その扉頁を開いた私はびっくり。ありゃま、これはコーネルコーヒーではないですか。右側にうつるのはデザインオフィス〈nendo〉代表の佐藤オオキさんです。

メトロ1

その次の見開きページ右下に〈コーネルコーヒー〉の説明が記されていました。〈2015年7月、草月会館の2階にオープン。気仙沼で自社焙煎のコーヒーを提供するマザーポートコーヒーとクラウドファンディングのミュージックセキュリティーズ、そして佐藤オオキさんが代表を務めるデザインオフィスnendoのコラボ〉。

左頁の佐藤オオキさんのプロフィールの最後には、〈nendo東京オフィスはこのカフェと同じビルの6階にあり、「ビルの中の人を繋ぐ(つなぐ)ようなカフェが欲しいと「connel coffee by mother port coffee」を作った〉と記してありました。

メトロ2

たまたま手に取った雑誌のなかに気仙沼に関する記事を発見してなんかとてもうれしかった。東京限定マガジンなので、気仙沼のみなさんにもお伝えしたく。まずは取り急ぎ。

3月2日ブログ「コーネルコーヒー」
3月31日ブログ「赤坂7丁目の散策」

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大島の北限のユズ

きょう4月24日夜のNHK「プロフェッショナル」は、気仙沼大島の架橋工事が紹介されますね。楽しみです。ということで、本日は大島の話題です。4月16日の三陸新報に掲載された、大島での植樹活動の記事を紹介します。

4:16イオンゆず

三陸新報4月16日記事の一部イメージ

これは〈イオンこころをつなぐプロジェクト〉がおこなったもの。イオンさんはこれまでも、2013年から大島の亀山でヤマツツジの植樹を続けてくれています。そして今回は、大島の〈北限のユズ〉に着目したといいます。4月15日には、イオン従業員や市民らが、亀山の西部にある磯草地区でユズの苗木250本を植樹しました。5年ほどでの収穫を見込んでおり、〈海べの森をつくろう会〉などがジャムなどに加工して大島の特産品としてイオングループ店舗や市内で販売することを計画しているそうです。

記事には〈北限のユズ〉についての説明がありませんでした。調べてみると、陸前高田市が復興のシンボルとしてブランド化を計画しているのですね。気仙沼より陸前髙田のほうが北ですよね。まあ、〈ユズは宮城と岩手をまたぐ気仙地方が北限〉つうあたりでいかがでしょうか(笑)。

記事に記された植樹参加者のなかに、イオンモール(株)取締役会長でイオン東北代表の村上教行君の名もありました。同年会〈けせもい会〉のメンバーである村上君については、2月14日のブログでも紹介しました。イオンさんは、大島だけでなく、階上地区や唐桑地区でも植樹をおこなっていますが、村上君はいつもグループ社員を率いて活動に参加しています。なかなかできないことだなと。

これまでにブログで紹介したイオンの植樹支援の主なものを下に掲げておきましょう。いつも本当にありがとうございます。皆さまのご支援にあらためて御礼を申し上げます。

2012年10月18日ブログ「木を植えています」
2015年9月29日ブログ「イオンの植樹支援」
2016年2月17日ブログ「鎮守の森をつくる」

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河野さん早野さん

東京・表参道の山陽堂書店での催事で『考える人』編集長だった河野通和さんに、気仙沼へのさまざまなご配慮への御礼を申しあげたのは、2週間前の4月7日のことでした。その報告を12日のブログに記してから1週間後、4月19日に〈ほぼ日〉から発表されたニュースにとても驚きました。河野通和さんが株式会社ほぼ日に入社というか〈乗組員〉になったというのです。そして河野さんだけでなく、早野龍五さんも。ほぼ日のつぎの記事に、お二方と糸井さんの鼎談が3回にわたって紹介されています。

アートサイエンス
ほぼ日/新しい「ほぼ日」のアートとサイエンスとライフ。(画像クリックでサイトにジャンプ)

河野さんは、中央公論社に入社後、『婦人公論』『中央公論』の編集長を務めています。そして新潮社では『考える人』の編集長を務めました。『考える人』で気仙沼をとりあげてくれたことについてはこのブログでも紹介しました。

早野さんは、東京大学の教授職を3月に退官されたばかりです。私は原子物理学者としての早野さんを存じ上げなかったのですが、震災後にネットなどで原発事故に関する情報に接してそのお名前を知りました。このテーマに関しては、糸井重里さんと共に『知ろうとすること。』を発刊しています。〈放射線の影響については、まだわからないことも多い〉と語る専門家と称する人も多いなかにあって、早野さんは根拠のない不安を科学的な知見によって取り除くことにつとめてきた方です。

ほぼ日/知ろうとすること。

こんな期待感に満ちた上場企業の人事ニュースはそうあることではないでしょう。河野さんと早野さんの参画によって、〈ほぼ日〉さんがまた新しい世界を私たちに見せてくれることを心から楽しみにしています。

4月12日ブログ「考える人への御礼」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

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希望を架ける男達

本日はテレビ番組の紹介です。大島架橋〈気仙沼大島大橋〉の本体アーチ部の架設工事は、3月29日のことでした。その工事の現場が、NHKテレビの人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で放送されます。工事にたずさわった巨大クレーン船「冨士」乗組員の1日に完全密着しての映像です。

プロフェッショナル
番組サイトより(画像クリックでサイトにジャンプ)

◎プロフェッショナル 仕事の流儀
「男たちは、“希望”をかける」
 巨大クレーン船「富士」乗組員

NHK総合テレビ
4月24日(月) 午後10:25~11:14
再放送は4月27日(木)深夜25:25〜26:14

(番組紹介文)今年3月、宮城・気仙沼で、“歴史的大工事”が敢行された。東北地方最大の有人島である「大島」と本土を結ぶ初めての橋の架設だ。本土との交通手段が船舶しかなかった大島は、震災直後、島民が20日間も孤立。橋は、長年の悲願だった。

この工事を託されたのが、3000トンを持ち上げる巨大クレーン船「富士」。これまで東京ゲートブリッジや築地大橋など、数々の難工事をこなしてきた国内屈指のクレーン船だ。そんな富士と一心同体で工事に挑むのが、船長・段野下定美と乗組員たち。全長200メートルを超える橋をつり上げ、2キロメートル離れた架設現場へ移動させ、一気にかける。

しかし、工事は容易ではなかった。作業時間が限定的だった。日中は、気仙沼湾内をフェリーが運行しているため、富士は移動できない。フェリーが走っていない深夜に富士を移動させ、その後、翌日の夕方までに橋をかけ終えなければならない。過酷な環境に、想定外の事態が頻発。男たちが挑んだ難工事、その1日に完全密着した。(引用は以上)

50分間のドキュメントが今から楽しみです。どうぞ、お見逃しなきように。

4月3日ブログ「大島の夢の架け橋」

テーマ : 東日本大震災支援活動
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「私のしらす物語」

きのう4月18日の午後、気仙沼中3年8組(&気仙沼小1年8組)の同級生〈ぶっちゃん〉こと吉田恵子さんと電話で話しました(ぶっちゃんというのは、旧姓のイワブチに由来します)。LINE/ライン利用なので、料金を気にせずになんだかんだと。

話のなかで恵子さんが〈このまえ、(気仙沼の)近所の店でシラスを買ったときに小田君のブログを思い出した〉と言うのです。〈よく覚えているね〉と私。電話をおえて、ひさしぶりにその自分が書いたブログを読んでみました。2012年3月28日の「私のしらす物語」。もう5年も経つのかとちょっと驚きました。春の話題だし、私自身がとてもなつかしい思いがしたので以下に再掲します。

◎私のしらす物語

今日の東京は暖かく、いよいよ春の訪れを感じさせます。

気仙沼の春の味。そのひとつが〈しらす〉です。私たちが小さなころの魚町の朝。家の外から〈しらす、よござりすか~〉という声が聞こえてきます。これは、「しらすの用はございませんか」という意味ではないかと勝手に思っていますがどうでしょう。〈ござりす〉というのは、〈ございます〉という意味の丁寧な言い方。気仙沼の言葉には、あらっぽい言葉も多いのですが、こうしたきれいな響きを持った丁寧語も多いのです。

このしらす売り、気仙沼の鹿折地区浪板(なみいた)でとれたしらすを朝早く釜揚げしての行商です。声をかけるとしたら、なんて言ったんだろう。「しらす、けらい(ください)」か「しらす、もらうがら」あるいは「しらす、もらえっぺが(もらえますか)」か。なじみの家にはガラッと戸をあけての訪問販売かも。「おくさん、しらす、どうだべ」母「んで、もらうがな(それでは、もらいましょうか)」的な(笑)。

すると浪板のおばちゃんは、背負った荷から升(ます)でしらすを計ります。家のどんぶりかなにかに入れてもらったのでしょう。

私の記憶があいまいだったので、震災後は仙台で暮らす母に聞いてみました。
「値段は、結構したよ。でも、美味しいからね。うちで買っていたおばちゃんは、なにかゆで方に秘訣があるといって〈おらいのが、いぢばんうまいがら〉って自慢しながら、箸を使って一合升にフワッと空気をまぜるようにいれるんだよ。買うほうからすると、もう少し押し込んでもいいのになと思ったりして。そんなこともいまは懐かしいねえ(笑)」

〈浪板〉というのは、ホテル観洋とか気仙沼プラザホテルの対岸に見える地域です。その浪板のしらす売りの声もずいぶん前に聞かなくなったと母は言います。私も、2年ぐらい前になるでしょうか、実家から送ってもらっていた三陸新報で、浪板地区小々汐(こごしお)でしらす漁を続けていた最後の一軒が漁をやめたという記事を読みました。そこには、浪板地区で釜揚げしたしらすを朝に売りに出たのはたしか50~60年ぐらい前のことと書かれており、そんなに古い話ではないのだと驚いた記憶があります。

25日の「さんま寄席」の打ち上げは、2カ所で行われました。市民会館では八幡太鼓、アーバンでは浪板の虎舞が披露されたとのこと。その浪板は、気仙沼の春の〈しらす漁〉でも知られる地域だったのです。

浪板のしらすの思い出をなんやかやと話す母。最後は〈私のしらす物語はこれでおしまい〉といって笑いました。

春が近づいています。(再掲内容は以上)

〈シラスは気仙沼にかぎる〉などと言うつもりはありません。しかし、私の脳裏によみがえるシラスの味にまさるものはないでしょう。ぶっちゃん、いろいろとありがとう。

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南町紫市場の閉所

気仙沼復興商店街「南町紫市場」は、4月26日(水)をもって閉所します。各店の最終営業日が異なるため、4月1日に閉所式と閉店感謝祭がすでに行われています。

三陸新報の4月14・15・16日の紙面には、紫市場に出店していた店舗の休業や閉店の広告が掲載されていました。(画像クリックで拡大)

4:14世界
三陸新報4月14日掲載広告
4:15勝子
三陸新報4月15日掲載広告
4:16あさひ鮨
三陸新報4月16日掲載広告

以上7店のお知らせは、あくまで紫市場での営業が終わるとのお知らせで、新店舗での営業はまた別の話です。たとえば割烹〈世界〉さんは、この広告でも5月上旬に新店舗を開店予定としています。〈あさひ鮨〉さんも新店舗開店までもう一歩という段階かと思います。

4月15日の広告で〈休業のお知らせ〉を掲載していた〈とんかつ勝子〉さんについては、4月13日の三陸新報に新店舗の情報がありました。気仙沼市が公募していたJR気仙沼駅前に整備する複合施設の商業施設への出店が決定したというのです。ハローワークも入るこの施設には2つの事業者が出店し、そのひとつが〈とんかつ勝子〉、もうひとつが〈働希舎かもみ〜る〉です。〈働希舎かもみ〜る〉さんは、障害者就労施設と併用し、手作り小物や弁当、総菜、自社製ジャムなどを販売するとのこと。施設の供用開始は1年後、来年4月です。

三陸新報に掲載された7店の休業、閉店、営業終了のお知らせ。その広告の体裁は同様ですが、各店が抱える課題や事情はさまざまでしょう。〈南町紫市場〉は2011年12月24日にオープン。公式サイトには開店予定店舗数51店舗と記してありました。この6年4カ月の間、各店舗の方々、関係者の方々には多くのご苦労があったことと思います。皆様方の今後のご健勝を願うばかりです。


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再出港の「霧笛」

4月13日(木)に菊田裕美君(3年1組)からメールが届きました。〈今日の三陸新報の投稿「霧笛121号の船出」の西城健一君は、気仙沼高校の同級生です。私は、「霧笛」の創刊号を熊谷康雄君から送ってもらい読んだ記憶があります。気仙沼の文化を同級生が継承していることに感心しました〉。その投稿記事はこれです。

4:13霧笛投稿

三陸新報4月13日記事の一部イメージ

西城健一君の名を聞いて、すぐには顔を思い出せず、気高の卒業アルバムを開きました。3年2組に西城君はいました。投稿は、詩誌「霧笛」についてです。西城君は創刊者のひとりで、現在は「霧笛の会」代表をつとめています。投稿文の冒頭に、この詩誌に関する経緯が記されていましたので引用します。

〈詩誌「霧笛」は、1984年(昭和59年)の創刊号から、通算で121号の発行を迎えました。2005年(平成17年)、80号をもっていったん解散、次を第2期創刊号とし、会の名も新・霧笛の会としていましたが、昨年末第40号を発行したところで、再び区切りとしようということになりました。〉

文中にもうひとりの創刊者、小野寺仁三郎さんのお名前がありました。病気でお亡くなりになったと。そして、刺激を受けた方として故 西田耕三さんのお名前も。

投稿文のタイトルは〈霧笛121号の船出〉。会の名を〈霧笛の会〉に戻しての再出発です。第3期のはじまりといってもよいのかもしれません。121号は同人全員の明日に向かっての船出になると書いたあと、西城君は〈元同人の故熊谷康雄さん、故村上誠治さん、「霧笛」の歴史の中に2人の人生の詩が輝いています〉と続けています。

文中に2015年8月に亡くなった気仙沼中学同級生の熊谷康雄君(3年5組)の名があったことをうれしく思いました。康雄君については、一昨年のブログに記しました。

ちょっとしめっぽくなってしまったかな。最後に、西城君の投稿文のなかに私がしみじみとしたものを感じた一節がありましたので引用します。

〈 詩を一編書くことによって自分自身の何かの区切りにしたいと思うことがあります。寂しさ、悲しみ、孤独の中にいる時、このままでは駄目だと思いながらただ引きずって生きている時、そんな時、詩を書き、孤独の思いを書き綴ります。

書き終えて、本になり世に出ていくことで乗り越えたような気になります。また前を向いて生きて行けるのです。詩が人生の励みになり、羅針盤になり、いつしか体の一部にもなりました。〉

私は〈詩とはなにか〉ということになんの関心もありませんが、この一節を読んで西城健一君にとっての詩の意味や意義がとてもよくわかりました。そして、そこにたしかな詩を感じたのです。郵便配達をしていた熊谷康雄君のありし日の姿も重なりました。

「霧笛」121号の新しき船出を、菊田裕美君そして故熊谷康雄君とともに祝いたく、この一文といたしました。

2015年8月17日ブログ「熊谷康雄君の訃報」

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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