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漁師暦の「深い話」

自宅リビングの壁にある「気仙沼漁師カレンダー」。正月から3月もあっという間でしたが、4月になってからもさらに早かった。もう9日です。

漁師暦


この漁師カレンダーの下部には、毎月の写真にまつわる話がいわば取材記事として記してあります。これがとても面白い。4月の記事タイトルは「深い話」です。是非みなさまにも知っていただきたく、引用させてもらいます。


深い話

小松菊雄さん(78歳)が、16歳で乗り込んだのは鰹船。最初の漁で「やんだくなって(嫌になって)」船が錨を下ろしたすきに海に飛び込み逃げてしまう。それでも3年ほど修行し、マグロ船に転職すると、これがおもしろかった。機関士見習いとして先輩の仕事ぶりを目で盗み、やがて機関長となる。「いまはタコ漁が楽しい。タコの道というのがあって、今日獲れなくても明日も同じところに仕掛けないといけない。何事も焦ってはダメということだね」。人生にも通じるなぁと感じ「深いですね?」と聞くと「深くないよ。浅いところに仕掛けるから」との答えに一同爆笑。でもその答えは、海と漁のことしか考えていない漁師ならではのものだった。 (引用は以上)


小松菊雄さんの話が、独特のユーモアとともに、ちゃんと〈深さ〉を感じさせる文章としてまとめられています。

気仙沼で育った私は、〈やんだくなって〉 (魚町言語圏では、「た」は濁らず「やんたぐなって」あるいは「やんたくなって」という感じかな) という言葉から、小松さんの口調や心情が手にとるようにわかります。

◎唐澤和也さん

同カレンダーの制作クレジットによれば、このインタビューをまとめたのは、編集も担当した唐澤和也さん(Punch Line Production) です。気仙沼の人ではないので、気仙沼弁を文字化するのは大変だったと思います。

とはいえ、唐澤さんの原稿を、企画/発行元の気仙沼つばき会の皆さんが細かくそして優しく〈校閲〉してくださったはずですが(笑)。

◎前康輔さん

前康輔(まえ・こうすけ)さんの写真もすばらしい。週刊文春のグラビアページ/原色美女図鑑などで前さんの写真を見ることがありますが、そのたびに漁師カレンダーの撮影を引き受けてくださったことをとてもありがたく思っております。

菊雄さんの笑顔がとてもいいですね。78歳とはとても思えません。撮影場所は唐桑かな。新しさが残るコンクリート面を見て、震災後に唐桑の鮪立(しびたち)で整備された岸壁が以前よりも高くなって使いにくいという話を思い出しました。

◎竹内順平さん

新型コロナの関係で、3月15日に予定されていた目黒区での東日本大震災復興支援コンサートは中止となりました。関連企画「気仙沼漁師カレンダー展」は一応実施されたものの、コンサート来場者へのカレンダー販売ができませんでした。

昨年の目黒のコンサートでは、漁師カレンダーのプロデュースを担当してくださっているBambooCutの代表である竹内順平さんが、カレンダー展会場で説明や販売を熱心にされていました。今年もそうする予定だったでしょう。

BambooCutさんは3月19日、東京スカイツリー/東京ソラマチ4階に「立ち喰い梅干し屋」を開店したばかりです。しかし、新型コロナの関係で本日4月8日から当面のあいだ休業することとなりました。

しかし、実店舗は休業となったものの、オンラインショップは営業中です。4月7日のブログで気仙沼の「フレー!フレー!地元」キャンペーンを紹介しましたが、こちらの梅干し屋さんも気仙沼がお世話になっている地元関連ショップということで、どうぞよろしく。

なお、2020年版漁師カレンダーは現在も販売されています。その内容などをつぎのブログで紹介しております。

2019年11月13日ブログ「前康輔さんの写真」
 
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 漁師カレンダー

市内初感染者報道

きのう4月7日の三陸新報 第1面トップ記事は、気仙沼市内初となる、新型コロナウイルス感染者確認についてでした。4月5日の発表ですから、通常であれば翌日6日の記事掲載となりますが、同紙は月曜休刊のため6日の記事となりました。


三陸紙面

三陸新報4月7日記事の一部イメージ


記事の内容は県の発表に基づくものですので、4月6日のブログで紹介した内容と大きな違いはありません。個人情報ということもあるので、抑制的というか注意深く扱っています。受診や入院した医療機関もあくまで県内とし、市内との特定はなし。仕事で出かけたのも、あくまで関東方面です。

きのう4月7日に、気仙沼市から「 新型コロナウイルス感染者等に関する情報について (市長よりお願い)」という次の内容の記者発表がなされました。

■「市内で発生した新型コロナウイルス感染者等に関し、県発表以外の真偽不明な情報がSNS等を通じ拡散しております。
■ 担当保健所(県)に確認したところ、「患者からの聞き取りにより、立ち寄り先、接触相手、接触状態を可能な限り把握し、新たに感染が拡大しないよう、必要に応じ相手方個人や個店・事業所に必要な対応又は指導をしている。」とのことでした。以上により、個人の特定に繋がること、個店・事業所の風評被害に繋がるような発信については厳に慎んでいただくようお願いいたします。(発表内容は以上)

気仙沼の皆さんの心配は、接触の可能性でしょう。県内の医療機関というのはたぶん市内だろうがどこだろう、入院したのは市立病院だろうか、といったようなこと。

三陸新報の記事や県の発表内容を総合するとつぎのようなことです。

感染が確認された40代の男性は、3月24日〜28日まで車を使い関東方面に仕事にでかけていました。気仙沼に戻った3月29日に発症。それ以降は、自宅とは別の市内の実家で療養。受診以外は外出なし。

4月1日に気仙沼保健所内の帰国者・接触者相談センターに相談。同日、県内の医療機関Aを一般受診しました。記事によれば、この時点ではインフルエンザ陰性で風邪と診断。一般患者と同様の受診になったのは、この時点でセンターが相談内容からPCR検査の対象にならないと判断したためとのこと。

4月2日には、別症状のために医療機関Bを受診しています。三陸新報の記事では〈新型コロナとは別の症状〉としています。

しかしその後も症状が改善しないため3日にセンターに連絡。咳が出始めた4月4日に帰国者・接触者外来(場所などは非公表)を受診しました。記事によればこの時点でPCR検査を受けて、翌5日午前に陽性が判明。同日、県内の感染症指定医療機関 に入院しました。

以上のような経過です。

こうした報道に接して、自分は感染したくないと思う人も多いと思いますが、すでに感染しているという意識も必要かも。

私と家内が昨年末にかかった風邪がなんか今までにない感じのものでした。そして現在の心境を申し上げれば、その風邪が新型コロナ的なもので、すでに免疫ができていればいいなと。希望的な観測ですが。

感染そのものを必要以上に恐れる必要はないでしょう。しかし、感染に気づかずに高齢者をはじめリスクの大きな方にウイルスを移すことがこわいなと。

潜在的な感染者のつもりで行動しようと思っております。どうぞよろしく。

宮城県4月5日 記者発表資料
4月6日ブログ「気仙沼でも感染者」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

フレーフレー地元

4月5日の三陸新報にこんな広告が掲載されていました。


地元振興
三陸新報4月5日掲載広告


これは、気仙沼観光推進機構による広告です。同機構が展開する気仙沼クルーシップ加盟店利用促進という形をとりながらの、地元商店応援広告ということでしょう。

応援団のイラストは、(元)沼のハナヨメこと〈サユミ〉さんによるものでしょうか。私は この広告を見て、昨年11月1日の「気仙沼のほぼ日」おひらきにあたっての、「またあおうねの会」を思い出しました。

魚市場前〈みしおね横丁〉で開かれたこの会で、東北各地の応援団OBらによる「青空応援団」が、「ほぼ日」さんをはじめ多くの関係者にエールをおくってくれたのです。私はネットでその様子を見て、とてもありがたく感じました。

広告には、〈地元のお店がピンチです!〉との文字が。広告が掲載された4月5日の午後には、市内初の新型コロナ感染者が確認されました。不要不急の外出の自粛などのお願いがさらに強調されるなど、地元商店への影響はさらに大きくなることでしょう。

気仙沼市の菅原市長は昨日4月6日、つぎのようにツイートしています。



今日も、新型コロナ感染拡大や緊急事態宣言をめぐるニュースがいろいろと報じられています。私は東京から、気仙沼の皆さんにエールをおくります。

フレー!フレー! け!せ!ん!ぬ!ま!


クルーカード地元応援キャンペーンについては、つぎのサイトから。

気仙沼クルーシップ/地元応援月間サイト

「青空応援団」についてはこちらにて。

2019年11月6日ブログ「8年間の活動に幕」
 

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ジャンル : 地域情報

気仙沼でも感染者

宮城県はきのう4月5日午後、気仙沼市に住む男性が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表しました。気仙沼市でははじめての感染確認ですが、宮城県としては21人目。(その後に仙台市で2人の感染が確認され、5日現在では23人)

県の発表に基づいて、同日午後4時にはNHKがこのニュースを配信しました。



4月5日NHKニュースサイトより


◎県発表内容/NHKニュース概要

感染が確認されたのは気仙沼市に住む40代の自営業の男性1人です。先月29日、37度6分の発熱やけん怠感、味覚・嗅覚の異常などの症状が出て、30日と31日に解熱と発熱を繰り返しました。

このため今月1日、帰国者・接触者相談センターに相談したうえで医療機関を受診したところ、インフルエンザの検査結果は陰性でかぜと診断されたとのこと。

しかし症状は改善せず、4日、せきも出たため、帰国者・接触者外来を受診し、5日、検査の結果、新型コロナウイルスに感染したことが確認されました。

男性は5日、感染症指定医療機関に入院する予定ですが、重篤な状況ではありません。

男性には発症前2週間に海外渡航歴はありませんが、先月24日から28日までは仕事のため車を使い、1人で関東方面に行っていたとのこと。

また、症状が出た先月29日以降は市内の実家で療養していて、医療機関を受診した以外は外出せず、症状が出る前から受診を含む外出時は常にマスクをしていたということです。(県の発表内容を受けてのNHKの報道内容は以上)

上記で感染症指定医療機関とされているのは、気仙沼市立病院だと思います(4/7追記:県の発表では、県内の感染症指定医療機関とだけしていて、どこの病院かは特定していません)。市立病院の感染症病床はサイトによれば、4床です。参考まで記しておくと、ほかに一般病床が336床(回復期リハビリ病床48床)あり、計340床です。

◎気仙沼市記者会見資料

この感染者確認を受けての4月5日付け気仙沼市記者会見資料には、感染予防のお願いやお知らせが記されています。以下に要約して紹介します。

■ 市内外への不要不急の外出の自粛(仕事・生活・通院等のためを除く)
■ 3密(密閉、密集、密接)の回避
■ 市主催イベント・会議等は、5月10日(日)まで原則中止または延期
■ 市主催以外のイベント・集会等については、担当部署を通して中止・延期等を要請
■ 市図書館、公民館、体育館、児童センター・児童館、保健福祉施設、震災遺構・伝承館、 リアス・アーク美術館、大曲コミュニティセンター等の展示・貸出施設は5月10日まで利用中止
■ 市立小・中学校・市立幼稚園・保育所等の対応
・市立小・中学校は、4月17日(金)まで臨時休業(実質4月19日まで)
・部活動は当面活動を見合わせ。学校開放は当面休止。
・感染拡大防止対策に万全を期しながら、市立幼稚園は予定通り、保育所はこれまでどおり開園、開所。

会見資料内容は以上。なお、この資料の最後に大事なことが書いてありました。

〈感染された方にご配慮いただき、人物の特定や風評につながる行動を取らないよう、ご理解とご協力をいただきますようお願い申し上げます〉

以上、長くなりましたが、どうぞよろしく。

気仙沼市4月5日記者会見資料(pdf)
 

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出船送りでの願い

本日4月3日の三陸新報に、新型コロナウイルスの感染拡大で外国船員の入国制限などもあり、気仙沼港所属の遠洋マグロ船出港の見合わせが相次いでいるとの記事が掲載されていました。新型コロナの気仙沼への影響も深刻化しています。

1週間前、3月27日の三陸新報には「不安を抱えての出港」という見出しでの記事が掲載されていました。新型コロナウイルス感染が海外でも拡大するなか、3月26日に遠洋マグロはえ縄船2隻が気仙沼を出港しました。海形水産の第128海形丸と福洋水産の第7福洋丸です。27日にはもう一隻も西経漁場に向けて出港を予定しているとも。

26日に出港した第7福洋丸には、日本人6人とインドネシア人17人が乗船し、4月初旬から南太平洋で操業を開始する予定です。記事は、補給などの基地港であるミクロネシアのポンペイ港では、条件付きで入港や上陸が許可されているものの、不安を抱えながらの出港であることを伝えていました。

そしてこの記事から2日後の3月29日の同紙コラム記事「記者席」に、上記記事の担当記者と思われる(一)さんが取材時の心境などをつづっていました。


記者席
三陸新報3月29日「記者席」より


後半部を引用させてもらいます。

〈海外の補給基地で、日本船の入港や乗組員の乗下船などが続々と規制されている状況下。マグロ船に乗って50年になる大ベテランでさえ、「いつもと気持ちが違う。不安がないといえば言えば嘘になる」と話す。

それでも、すぐに続いた言葉が「われわれは海に向かうしかない。生活がかかっているんだよ」

乗組員や家族、会社を守るため、出漁する決意を静かな口調で語る姿が印象的だった。

同船は4月上旬から操業を開始し、気仙沼に帰ってくるのは9月ごろという。大漁満船と航海の安全、乗組員の健康を願い、船が見えなくなるまで見送った。〉(引用は以上)

マグロ船に乗って50年の大ベテランとは、漁労長の津島秀美さん(69)です。気中20回生は3月末で全員が68歳になりましたから、私たちより1年ほど上になりますね。

その津島さんの話を聞き取った後、第7福洋丸は出船送りがおこなわれるなか、コの字岸壁を離れていったのでしょう。そして(一)さんは〈船が見えなくなるまで見送った〉と。



(一)さんは、2月15日の「記者席」でも、新型コロナに関連して勝浦市の対応について記していました。下記のブログで紹介しました。お手すきのときにでも。

2月27日ブログ「勝浦のおもてなし」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 遠洋マグロはえ縄船 新型コロナ

「BCG」接種の記憶

結核予防に使われるBCGワクチンが、新型コロナウイルス感染症の発症や重症化を軽減させる可能性があるのではと話題になっています。感染拡大がつづくなかで見えた、一筋の光明かもしれません。

このBCGに関する記事のなかでよく見かけるのが1951年という年。日本では1951年にBCGワクチンが強制接種となったという話です。しかしこれは、ちょっとはしょり過ぎの話。まずはツベルクリン反応のチェックがありました。

Wikipediaにおける「BCG」項目の1949年以降の一部記述を以下に。





私たち気中20回生は1951年4月〜52年3月生まれなので、上記ウィキペディア記事でいえば、近代的な「結核予防法」施行以降の生まれです。したがって、同級生の多くは、小学生のときのツベルクリン注射のことをはっきりと覚えているでしょう。

気仙沼小学校の教員室の上の階にあった作法室で、市内医院の校医担当の先生がツベルクリン注射をしてくれました。皮膚と針先をアルコールでちょちょっとぬぐい、列をつくって並んでいる児童に注射をうってましたね。1学年で400人以上いるから大変だったでしょう。

2日後だったかに反応をチェック。単純にいえば10mm以上の大きさで赤くなっていれば陽性で、小さければ陰性。

陽性であれば結核菌に対する免疫があるということですが、陰性であればBCGワクチンの注射が必要でした。そして当時の気仙沼の小学生はみな〈BCGはいだくてやんた〉と思っていました。痛くていやだと。

その痛いBCG注射ですが、たしかクラスで5~10人ぐらいが接種対象になったような覚えがあります。

ところで私はその痛いBCGを打ったことがあったのだろうか。それがねえ、覚えていないんですよ。BCGの注射痕でわかるともいいますが、あるようなないような(笑)。

新型コロナだけでなく、加齢による記憶の衰えのほうも心配な今日このごろです。
 

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tag : BCG 新型コロナ

仮設住宅退去完了

今日は4月1日。これまでとはずいぶん違った世相のなかで迎える新年度です。

3月28日の三陸新報に気仙沼市の応急仮設住宅に関する記事が掲載されていました。3月26日で市内すべての退去が完了したとのこと。


仮設住宅退居完了
三陸新報3月28日記事の一部イメージ


記事によれば、反松公園住宅に入居していた最後の1世帯が引っ越しを終えて3月26日に鍵を返還したことで、すべての退居が完了しました。

市内には、東日本大震災後、93の住宅団地と3つのグループホームに3504戸(うちグループホーム45戸)が建設されたそうです。

もっとも多い時期(2012年1月18日)には、3360戸に3155世帯、8288人が入居したそうです。(三陸新報の記事では最も多い時期を2011年1月18日としていますが、もちろんこれは誤記で、市の広報資料によれば2012年同日です)

小中学校の校庭開放などを目的に2013年度から仮設団地の集約化と県による解体を並行して実施してきました。そして25あった集約拠点団地のうち、気仙沼公園と反松公園の2団地が残り、昨年末時点で5世帯が入居していました。しかし、今年に入って順次、退居が進み、3月26日の全世帯退去完了となりました。

応急仮設住宅の入居はゼロになったものの、みなし仮設住宅は残り、市内の2世帯と盛岡市の1世帯が新年度も入居を続けますが、来年度中には住宅再建が完了し、退居する見込みとのことです。

最後に残っていた5世帯は、土地区画整理事業による土地造成工事を終えた南気仙沼地区での自宅の再建などを進めてきた方々です。仮設住宅からの退去は、新しい住まいへの入居ということでもあるでしょう。

関係者の皆さま、ここに至るまでが本当に長かったですね。お疲れさまでした。ご苦労さまでした。ありがとうございました。

2017年8月9日ブログ「仮設住宅入居者数」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 仮設住宅

みなとまつり日程

本日の話題は気仙沼の人はみなご存じの話。あくまでも私をはじめ気仙沼を離れて暮らしているひとに向けてということで。

今年の気仙沼みなとまつりの日程ですが、例年通りの8月第1日曜日とその前日、8月1日と2日となりました。だからどうしたと言われそうですが、このニュースは3月27日の三陸新報の1面トップ記事として掲載されました。


みなとまつり
三陸新報3月27日記事の一部イメージ


例年通りの日程では、東京オリンピック・パラリンピックの開催期間と重なるため、8月22日23日を第1候補として調整を進めてきたものの、両大会が延期となったことによって、例年通り日程に戻すことを決めたというニュースなのです。

3月26日に主催団体長会議でこの方針を決定したとのこと。ただし、新型コロナウイルスの感染が続く場合には中止もありうるとし、4月末までに開催の可否を判断するとしています。また、中止が濃厚になれば、4月末を待たずに判断するとのことです。

8月1日と2日までは、あと4か月。しかし、開催可否を判断する4月末まではあと1か月です。現在の東京で感じている緊迫感からすると、その時点で開催することを決めるというのはなかなか難しいのではないか。

みなとまつり開催の当事者ではないので、言葉をつつしまなければいけませんが、正直なところ、なにかそんな感じがしております。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : みなとまつり

陣山からのながめ

3月27日の気仙沼市の菅原市長のツイートを紹介します。復興祈念公園の工事が進められている陣山からの眺望動画です。



魚町や南町をのぞむ眺めから左に柏崎、そして南気仙沼へ。そのあとは浪板地区から鹿折方面の眺望が紹介されます。

市長も〈予想以上の眺望〉と書いていますが、なかなかのものですね。

私にとってはとても興味深い映像でした。動画の後半、鹿折方面の眺めが、私がまだ幼いころに鹿折を発見したときの視線、視角と同じだったからです。

その鹿折発見の話は2011年8月2日のブログ〈 鹿折「発見」の日〉に記しました。

2011年8月2日ブログ 鹿折「発見」の日

市長のツイートを見てちょっと気になったことがありました。〈工事工程の調整が必要になっており、今秋の開園は見直しが必要かも知れません〉と。

モニュメント建立のためのクラウドファンディング実施後、その整備工事の進捗があまり伝わってきません。

2017年6月に復興祈念公園基本計画がまとまった時点では2019年度内の完成を目指していました。その後、今年の秋の開園を目標にしていたようですが、それも見直しが必要かもしれないと。

細かな話は略しますが、市長のツイートと映像を見て、市としての進捗状況に関するしっかりとした広報が必要であると感じました。
 

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tag : 復興祈念公園 陣山

南気仙沼 造成終了

気仙沼市が南気仙沼地区で進めてきた土地区画整理事業の宅地造成工事が終了したそうです。3月26日の三陸新報が伝えています。

南気仙沼区画整理
三陸新報3月26日記事の一部イメージ


記事によれば、3月30日に、最終の17区画が国や市などを含む地権者に引き渡されます。これらの区画は気仙沼大橋の旧橋たもと付近にあり、橋の架け替え工事の影響で造成が最後になったそうです。

内の脇1丁目の3号公園(仮称:大川公園)の整備も6月末に完成する予定で、これにより事業区域内の工事はすべて終了となります。

造成が済んだ宅地は地権者に順次引き渡されていますが、2月末現在で、なんらかに使用されているか使用する予定の区画は全体の3割ほどだといいます。これからということでしょう。

南気仙沼地区の土地区画整理事業は、2013年7月末に工事に着手。当初は2018年3月末の完了を目指していたものの、基礎くいなどの地下埋設物や旧気仙沼大橋の撤去などで、2020年度にずれこんだそうです。事業費は305億9000万円。

鹿折地区は昨年9月に事業を終了していますから、残るのはふたつの地区。市としては、魚町・南町地区を年内に、松崎片浜地区を10月末に、それぞれ工事を完了させる予定とのことです。

工事の遅れなどもあって、地権者の皆さんの気苦労も多いことでしょうが、まずは南気仙沼地区土地区画整理事業/宅地造成工事が終了したということは朗報でしょう。工事関係者の皆さま、ご苦労さまでした。

2019年10月1日ブログ「鹿折 区画整理竣工」
 

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tag : 南気仙沼 土地区画整理事業

舟山市からマスク

きのう3月25日の三陸新報に、新型コロナウイルス関連の記事が掲載されていました。


舟山市
三陸新報3月25日記事の一部イメージ


気仙沼市が、中国浙江(せっこう)省舟山(しゅうざん)市から医療用マスク2万枚の寄贈を受けることになったとの記事です。

舟山市は気仙沼市と友好都市協定を結んでいます。記事によれば、3月8日に、舟山市人民政府外事弁公室から気仙沼市に「力の及ぶ限りのサポートをしたい」などとするEメールが届いたそうです。そしてこれをきっかけに、舟山市からマスクの寄贈の申し出がありました。3月24日付けの市の記者会見資料によれば、贈呈式は本日3月26日16:30からに市役所でおこなわれます。

提供されるマスクは、気仙沼市立病院や市立本吉病院をはじめ、市内医療機関等で活用させてもらう予定とのことです。

◎気仙沼市と舟山市

中国の舟山市と気仙沼の関係については、昨年12月11日のブログ「舟山とのつながり」でも紹介しました。

12月11日ブログ「舟山とのつながり」

かいつまんで紹介すれば、一番はじめのつながりは今から268年前、1752年/宝暦2年にさかのぼります。現在の株式会社カネダイさんの先祖にあたる伝兵衛が船頭をつとめていた船「春日丸」が嵐にあいます。そして舟山市の桃花島に漂着しましたが、乗組員は現地の人たちから手厚い保護を受けて無事に気仙沼に帰ってくることができたというのです。

上記の記者会見資料によれば、1986年3月に気仙沼漁業協同組合の視察団が漁場開発などを目的に舟山市を訪問したことがきっかけで市民レベルでの交流が行なわれていたことから、1997年10月に友好都市協定を締結して今にいたります。気仙沼と友好都市協定を結ぶのは3都市です。岩手県一関市と東京都目黒区、そして中国の舟山市です。

昨年12月のブログでは、かつて気仙沼市内の水産加工場で研修した舟山市の人たちが約20年ぶりに気仙沼を訪れたことも紹介しました。昨年11月20日のことです。そのことを伝える三陸新報の記事によれば、舟山市の人たちの気仙沼での研修は1998年度から2004年度までの7期にわたり、述べ408人が参加したとのことです。

気仙沼とこうした長く深い縁がある中国の舟山市。このたび市に贈られるマスクには多くの方々の善意が込められているはずです。

なお、三陸新報の記事によれば、舟山市は今回の新型コロナウイルスで10人の感染者を出したそうですが全員が退院し、3月8日現在での感染者はいないとのこと。まだまだ油断はできない中での今回のご厚意に、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 舟山市 カネダイ

1920年の気仙沼

3月23日のブログで、気仙沼商会さんが3月15日に創立100周年を迎えたことを紹介しました。

そこで、1920年/大正9年3月15日に、「気仙沼の確かな将来の発展を願う熱き使命を持った99名の出資者が集まって発足した」ことと、初代社長が高橋幸市さんであることを記しました。そして続く話は回をあらためてと。

気仙沼商会の歴史については、昨年6月27日のブログ「シェル石油との縁」でまとめたことがあります。気仙沼市朝日町の「気仙沼油槽所」が6月21日に竣工したことを受けて記しました。

2019年6月27日ブログ「シェル石油との縁」

つぎの画像は、竣工当日の三陸新報に掲載された広告です。昨年6月26日ブログ「朝日町 石油タンク」でも紹介しました。

気仙沼油槽所

三陸新報2019年6月21日掲載広告の一部イメージ


同社沿革によれば気仙沼油槽所の歴史は、91年前1929年(昭和 4年)に完成したライジングサン石油株式会社(その後のシェル石油。現在の出光昭和シェル)気仙沼油槽所に始まります。この油槽所の完成を契機として気仙沼商会の業績は向上の一途をたどったということですが、それは気仙沼における漁船漁業の隆盛とも重なっていると思います。

気仙沼商会の代表は、初代の高橋幸市社長から2代 高橋正男/3代 鈴木達太郎/4代 高橋脩の各氏が担い、現在の5代目社長は高橋幸市さんの曾孫にあたる高橋正樹さんがつとめています。この100年間にわたる会社の歴史の裏側には、事業承継における高橋家としてのファミリーストーリーがあるのでしょう。

今回、このブログを書くにあたっては、例によって「気仙沼文化史年表」の1920年の記述を参照しました。そこには、3月15日「高橋幸市が株式会社気仙沼商会創立」(出典:気仙沼商工名鑑)とあったほか、前年1919年9月「高橋幸市 石油販売の気仙沼商事株式会社創立(後の気仙沼商会)」とありました。こちらの出典は気仙沼漁業協同組合史です。あくまで〈商会〉の前身としての〈商事〉だと思いますが詳細はわかりません。

私が気仙沼文化史年表1920年の記述を見ていて驚いたことがあります。「8月:広野太兵衛 船具・海具販売の麻屋商店を開く」との記述です。

現アサヤ株式会社の麻屋さんの創業は170年前の1850年(嘉永3年)ですが、法人設立の1948年以前1920年にひとつの節目があったようなのです。

漁船の燃料油調達のために気仙沼商会が設立されたり、船具・海具を販売する麻屋商店が開かれたり。1920年/大正9年というのは気仙沼にとって、なんというか特別な年だったのではないでしょうか。

ということで、続く話はまたまた回をあらためて(笑)。
 

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桜まつり開催中止

目黒のさんま祭と同じ東京目黒区の田道広場で開催される目黒イーストエリア桜まつりは毎年4月に開催されてきました。今年も4月4日(土)5日(日)に開催が予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大予防のために開催中止となりました。

きのうネットで調べてみたところ、2月27日付けでの実行委員会からのお知らせがありました。2月20日の目黒区の「イベントの自粛」方針決定を受けてのことのようです。


SAKURA
目黒イーストエリア桜まつりサイトより


3月15日に予定されていためぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートも残念ながら中止となり、桜まつりはどうだろうかと思っておりましたが、やはり。

この桜まつりにも毎年、気仙沼の物産販売ブースが設けられ、多くの人で賑わっていましたので、関係者の皆さんも残念なことでしょう。

ただこれも仕方なし。3月22日のNHKスペシャル「"パンデミック"との闘い~感染拡大は封じ込められるか~」を見たら、東京をはじめとする大都市圏はまだまだ感染拡大の瀬戸際状態にあることがよくわかりました。今回の桜まつり中止も賢明な判断であると思います。

このNHKスペシャルは、本日24日の午後11:55から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。詳細は末尾に。

これで私も楽しみにしていた気仙沼関連の目黒区イベントがふたつなくなりました。つぎの予定は、毎年9月の目黒のさんま祭。これは気仙沼からも多くの応援部隊が上京する一大イベントです。関係者のご心配、いかばかりかと。

本日はとりあえず、桜まつり開催中止のお知らせということで。恐るべし新型コロナ。

◎NHKスペシャル再放送
「"パンデミック"との闘い~感染拡大は封じ込められるか」
3月24日(火)午後11時50分~0時55分
番組サイト
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 桜まつり

気仙沼商会百周年

株式会社気仙沼商会さんが3月15日に創立100周年を迎えました。3月15日の三陸新報には全頁広告が掲載されていました。

気仙沼紹介広告
三陸新報3月13日掲載広告


同日の三陸新報記事によれば、気仙沼商会さんはこの100周年を記念して、気仙沼市に桜の苗100本を贈りました。これは今年6月から2022年度にかけて、渋抜川公園や鹿折地区土地区画整理事業地内の緑地をはじめ、内の脇地区に整備される復興市民広場など4か所に順次植えられるとのことです。また、市体育協会、市図書館、リアス・アーク美術館にも金一封などが贈られました。

この贈呈については、菅原市長も3月12日にツイッターで紹介していました。



三陸新報の記事では今回の市への贈呈に関して高橋正樹社長の話が紹介されています。「当社は船舶の動力化を機に、漁船漁業に携わる人たちで出資して立ち上げた。東日本大震災などの苦況を乗り越えられたのも市民の皆さんの支えのおかげ。感謝の気持ちを還元したい」。

上記広告中の高橋脩会長と正樹社長連名の挨拶文にもありましたが、同社は手漕ぎ船や帆船から石油発動機船への転換期に、燃料油を調達する会社として設立されました。出資者/株主総数は99名です。船主や魚問屋をはじめ漁業や加工関係の人たちなど地元経済人らが出資したのでしょう。

挨拶文には、「気仙沼の確かな将来の発展を願う熱き使命を持った99名の出資者が集まって発足した」と。なにか、株式会社という仕組みの本来の姿を感じます。初代社長は高橋幸市さんです。このあたりの話はちょっと長くなるので回をあらためることにいたします。

本日は、気仙沼の地域経済発展の歴史とともにあった気仙沼商会さんにお祝いと御礼を申し上げたく。桜の苗をはじめいろいろとありがとうございます。そして高橋脩会長そして正樹社長はじめ関係者の皆さま、創立100周年おめでとうございました。

なお、小野良組さんも、創立100周年を記念して、東日本大震災遺構・伝承館の隣接地にパークゴルフ場を整備して市に寄贈します。これについてはつぎのブログで紹介しております。

2月12日ブログ「パークゴルフ場」

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tag : 気仙沼紹介 高橋正樹

気仙沼市への寄付

東日本大震災後、気仙沼市に対して復興支援として寄せられた寄付について、3月13日の三陸新報が報じていました。気仙沼市が3月2日現在ということでまとめた内容とのことです。

寄付金

三陸新報3月13日記事の一部イメージ


記事によれば、個人および団体からの寄付総額は、10億7300万円。そして、本年度予算と新年度当初予算に盛り込まれた事業を含め、これまで41事業に9億7500万円が充てられました。残額は9800万円ほどです。

記事では支出内容を詳しく紹介しています。最も多く充てられたのは、気仙沼産業センターへの「海の市」復旧整備事業補助金で2013年度から毎年2000万円ずつが使われ、2020年度予算までで計1億6000万円となっています。

これに次いで多額なのは、気仙沼図書館建設事業の1億5500万円、復興祈念公園整備事業の1億700万円、被災集会施設再建事業補助金の9000万円など。水産資源活用研究会事業補助金は2014年度に1650万円、2017年度から新年度予算まで毎年1000万円の計5650万円です。

記事では新年度予算における寄付金使用についても記しています。気仙沼産業センターや水産資源活用研究会への補助金(これは記事に金額記載がありませんでした)、祈念公園整備(2000万円)、地区別慰霊碑補助金(300万円)などを継続。新規事業としては、三陸道気仙沼湾横断橋(仮称)へのライトアップ設備などを設置する業務に2150万円を措置しているそうです。

市としては、復興事業の財源としては国の復興交付金を最優先に活用していくが、施設の備品や原形復旧以上の整備など、復興交付金をあてることができないものに対し、寄付金を積み立てた復興支援寄付基金を使用していく考えとのことです。

以上が記事に紹介された復興支援として寄せられた寄付についてでした。気仙沼の復興のためにとご寄付いただいた貴重なお金のつかいみちということで、三陸新報さんの記事の多くを引用させてもらいました。

これとは別に、災害義援金について市のサイトを調べたら、2019年末現在の資料がありました。

これによれば、「日本赤十字社等義援金受付団体および宮城県から気仙沼市へ配分された義援金」が141億7232万円。そして「気仙沼市に寄せられた義援金」が8億7412万円です。そのほとんどが既に人的被害や住家被害、震災孤児や母子・父子家庭などに支給されています。

寄付金も義援金も、実に巨額です。あらためて、多くの皆さまから気仙沼にお寄せいただいたご支援に心から御礼を申し上げます。

なお、2018年3月時点での復興支援寄付および国の特別交付税を原資にして宮城県から交付された復興基金については以下のブログにて。

2018年3月23日ブログ「復興支援寄付残金」
2018年3月30日ブログ「震災復興基金残金」

 

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tag : 復興支援寄付基金

遠洋漁業とコロナ

新型コロナウイルスの感染拡大に関するニュースが連日つづいています。きょう3月19日の三陸新報では、気仙沼の遠洋マグロはえ縄船への深刻な影響を伝えていました。


新型コロナ
三陸新報3月19日記事の一部イメージ


新型コロナウイルスの感染拡大による各国の入国規制で、船員の乗船や下船などができなくなっているというのです。現地での船の修理についても支障をきたしているとのこと。

記事では、勝倉漁業/勝倉宏明社長の話を紹介しています。南アフリカのケープタウンでは日本船などの船員の乗下船を当面禁止。スペインのラスパルマスも非常事態を宣言して、上陸に加えて陸路を通じた入国を禁止したとのこと。両港とも、遠洋船の重要基地です。燃料や食料補給のほか、ドック時のための技師渡航も難しくなっているようです。

勝倉漁業では、3隻が中部大西洋、1隻が南太平洋で操業していますが、切り上げ時期を1〜2か月前倒しして、5月に全船を日本に帰港させることにしたそうです。

遠洋マグロ船24隻、カツオ船2隻が所属する宮城県北部鰹鮪漁業組合(北かつ)によれば、大西洋、インド洋、西経漁場(中部太平洋)で現在計17隻が操業中とのこと。担当者は「入国を制限する国が増えれば、日本への帰港をさらに検討する船も出てくる。空路で乗組員を送ることも当面は難しくなる」と懸念しています。

私は、勝倉漁業さんの「勝栄丸ブログ」を愛読しているのですが、本日3月19日の同ブログでは、インドネシアでの入国査証(ビザ)免除や空港でのビザ発給を1か月停止するとの報道を紹介しています。インドネシアは、インド洋におけるマグロ船の拠点になっているそうで、今後のなりゆきを心配していました。

宮城県では、仙台市で初めて感染が確認された男性(ダイヤモンド・プリンセス号の乗客)が3月10日に医療機関を退院しました。そういう意味ではまだ深刻な状況ではないわけですが、海外の感染拡大が気仙沼の漁業にも大きな影響をあたえていることをお伝えしたく、記事を紹介しました。

なにか落ち着かない毎日。平穏な日常が一日も早く戻ってくることを願うばかりです。
 

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康雄君の見た風景

はじめにテレビ番組情報を。3月11日夜に放送されたNHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 “復興ハイウェー” 変貌する被災地」が本日深夜に再放送されます。気仙沼での取材内容も充実していました。見逃した方は是非に。

◎NHK総合テレビ「 “復興ハイウェー”変貌する被災地」
3月19日(木)午前0時55分〜(18日深夜)

さて本題。〈仙台の吉田さん〉からメールをもらいました。この〈吉田さん〉は熊谷康雄君(3年5組)の甥にあたります。1月21日のブログ「1958の気中校舎」で紹介した写真を送ってくれた方。

メールには一枚の写真が添付されていました。康雄君が撮影したと思われる旧本町橋です。

本町橋から

吉田さんは、2月26日のブログ「化粧坂近辺の風景」を読み、参考にとこの写真を送ってくれたのです。

この風景も私にとってはとても懐かしい。今とどのように違っているのか、それとも変わっていないのか。グーグル/ストリートビューをのぞいてみると、本町の高台に見える住宅はあまり変わっていないようにも思えます。

康雄君がこの写真を撮った時期がいつ頃なのかはわかりません。しかし、なぜこの風景を撮影したのだろうかという疑問というか興味がわいてきました。

日常の風景の断片だとしてもなぜこの角度、視点なのだろう。本町と田谷前を結ぶ橋の中間からということを考えれば、(両岸への)帰属があいまいな地点/自己からみた本町高台の風景か。それとも、変わらないように見える風景/家屋に暮らす家族のあり方の変容とか。

熊谷康雄君は詩を書く人でした。そして吉田さんによればこの写真は、詩誌「霧笛」のために康雄君が書いた原稿類を同誌同人の千田基嗣さんが送ってくれたなかに入っていたものだそうです。

その経緯を聞いたせいで、なんというかこの一枚の写真に康雄君の〈詩〉が隠れているのではないかと思ったのです。ちょっと考えすぎでしょうか。ま、たぶんそうでしょう。

仙台の吉田さん、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


2017年4月17日ブログ 再出港の「霧笛」
  

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tag : 熊谷康雄

大島にウェルカム

気仙沼市が大島の浦の浜地区の防潮堤背後に観光拠点として整備を進めてきたウェルカム施設が3月8日に供用を開始しました。3月10日の三陸新報記事を紹介します。


ウェルカム施設
三陸新報3月10日記事の一部イメージ


記事によれば、このウェルカム施設は、宮城県が整備を進める防潮堤の背後に、気仙沼市が盛り土して建設したものです。市はこの一帯を観光拠点エリア「大島ウェルカムターミナル」として整備を進めてきました。このエリアには昨年7月、民間の観光集客施設「野杜海(のどか)」がすでにオープンしています。

施設には、直売スペースや浜焼きコーナー、観光案内所のほか、多目的スペースを備えているとのこと。また、震災の記録や観光情報を発信するモニターも設置されています。総事業費は約6億6千万円。

オープンの日、3月8日(日)には、オープンイベントを予定していましたが、新型コロナ対応で中止となりました。また、産直施設や浜焼きなども当面見合わせとなっています。

記事にもありましたが、「大島ウェルカムターミナル」全体の完成は当初、大島大橋が開通する昨年4月のオープンを予定していました。しかし、県道工事の遅れなどもあって、オープン時期が3度変更された経緯があります。

それだけに、待ちに待ったウェルカム施設の供用開始だったわけですが、ウイルス対応でちょっとさびしいスタートとなりました。早く騒ぎが落ち着いて、多くの人を笑顔で迎えるウェルカムターミナルとなることを願っています。

2019年7月29日ブログ 大島「野杜海」開業
 

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tag : 大島ウェルカムターミナル 野杜海

田口文男君の訃報

3月14日(土)早朝、菊田裕美君からメール。同級生の訃報でした。田口(三浦)文男君(3年10組)が、3月14日未明に亡くなりました。ご長女から連絡があったとのこと。

文男君とは何度か同じクラスになりましたからよく知っています。文男君といえばラグビー。気仙沼水産高校(現 向洋高校)から新日鉄釜石へ。その後、君津の製鉄所に移りました。2011年の震災時には君津から釜石への支援も熱心におこなったようです。

2016年6月に新日鉄住金のシニア雇用終了で退職したといいますから、新日鉄(現 日本製鉄)の変遷とともに65歳まで現役として働いたということでしょう。ここ数年では、2017年と18年の「けせもい会」新年会にも顔を出してくれました。しかし2019年は、骨を折って欠席。

裕美君によれば、この年/2019年7月に健康診断で食道静脈瘤と多発肝細胞がんと診断され、千葉大学の付属病院に入院しました。同年8月に食道静脈瘤の治療を終えた後は君津中央病院に転院、同病院でがん治療を始め、8月半ばには退院したとのこと。その後は自宅から通院しての治療だったようです。

つまり、昨年7月からの話。8か月か。こうした事情でしたから、今年2月のけせもい会の新年会には参加できませんでした。

今朝、裕美君が2枚の写真を送ってくれました。2018年9月16日の目黒のさんま祭での写真です。私たち気中20回生と家内ら26回生の皆さんと。1枚目と同様のカットはこのブログでも紹介しました。左手前が文男君。2枚目のわたくし小田とのツーショットははじめての紹介。



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ご長女からのメールに次のように記されていたそうです。

「闘病してからも自分のことは自分でしっかりと行う頼もしい父でした。生前は親しくして頂き、ありがとうございました」。

通夜は本日3月16日午後6時から、 葬儀・告別式は3月17日午後12時30分。いずれもサンセルモ玉泉院 富津会館(富津市大堀1丁目22‐6)にて。

田口文男君のご冥福を心からお祈りいたします。
 

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気仙沼のサラメシ

ランチをのぞけば 人生が見えてくる。働くオトナの昼ご飯 それが「サラメシ」。このNHKの人気番組3月10日放送に、気仙沼の(株)菅原工業/菅原渉(わたる)さんが登場しました。

菅原さんとインドネシアとの関わりや、気仙沼魚市場前「みしおね横丁」にイスラム教の礼拝所(ムショア)やインドネシア料理店を出店していることは、このブログでも何度か紹介しています。今回のサラメシを見て、その内部などをくわしく知ることができました。放送順とは異なりますが、画面画像を4枚紹介します。

まずは、みしおね横丁の全景。魚市場前ですが、回りにほかの建物がないことに驚きました。みしおね横丁じたいがトレーラーハウスを利用しての仮設的な施設です。

概観

そしてコーナータイトルの菅原さん。うしろにうつっているのが、礼拝所「アル・ラウダー」だと思います。

タイトル

菅原工業 代表取締役 菅原渉さん、45歳。好きな有名人は坂本龍馬です。

菅原さん

インドネシア料理店「ワルーン・マハール」店内。インドネシア料理の味付けにいろいろと苦労というか工夫を加えているそうです。

店内

インドネシアの皆さんがとても明るかった。そして、宿舎とこの店が離れていて、歩くと40分ぐらいかかるので、しょっちゅう来ることはできず、月1回あるかないかだとの正直な発言も。それをニコニコ話すし、菅原さんも笑って聞いているので、なんというかほほえましい。いい関係なのでしょう。

そして彼らの〈サラメシ〉紹介。宿舎で自分でつくったお弁当です。作業は道路のアスファルト舗装などですから、結構なご飯の量。

今回のサラメシでは、このほか石巻市のサバ缶工場を訪れます。震災で津波に遭いながら流されず残った「希望の缶詰」の話など。

再放送は、きのう3月12日の昼にもありましたが、さらにもう一度、下記の日時に。

◎NHK総合テレビ「サラメシ」再放送
3月15日(日)午前8:25~8:52

海外からの技能実習生については多くの課題があることは皆さんご存じのとおりです。番組では、ナレーションを担当する中井貴一さんが、気仙沼市に外国人技能実習生は約400人おり、その半数ほどがインドネシアからの若者であると語っていました。

番組冒頭で、日本/気仙沼でおぼえた技術をインドネシアに帰ってから役に立てたいと語るインドネシアの若者の笑顔をとてもうれしく感じました。いろいろ大変なことも多いと思いますが、その希望をぜひかなえて欲しいと。

日曜日朝の再放送、是非ご覧ください。

2019年9月5日ブログ 菅原渉さんの「志」
2019年8月20日ブログ「みしおねの礼拝所」
 

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南気仙沼駅の駅舎

2月11日のブログ「気仙沼線63周年」で、JR気仙沼線「南気仙沼駅」が元の場所に戻ってくることをお伝えしました。その後、工事が順調に進んだようで、3月8日の三陸新報に、「完成間近の南気仙沼駅の駅舎」が紹介されていました。

南気仙沼駅 

三陸新報3月8日記事の一部イメージ


見出しに〈ロータリーも復活〉とありました。「係留ビット」を模した車止めを設けるなど港町らしさを演出しているそうです。係留ビットは「ボラード」のことですね。また、三陸新報は「ピット」としていますが、正しくは「ビット」です。ロータリーには、ミヤコーバスが運行している高速バスの停留所も新設するとのこと。

記事のなかには、市営内の脇住宅に住む60代男性のコメントが紹介されていました。「南気仙沼駅が元の場所にあると、震災前のまちの景色が思い出される。以前のように親しまれる駅になってほしい」。

震災後はBRTになりましたので、発着するのはバスとなりますが、地元の人にとってはまさに「南気仙沼駅」です。新しい景色となってくれることでしょう。供用開始は3月14日(土)です。

2月11日ブログ「気仙沼線63周年」

 

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「鎮魂と追悼の日」

きょうは3月11日。9年経ちました。東日本大震災による気仙沼市の人的被害は、県によれば死者が1218人、行方不明者が214人(2月末現在)にのぼります。

私たち気仙沼中学20回生は、及川保則君(3年5組)と鷺(庄司)良子さん(3年8組)を失いました。また、気仙沼の多くの人が親族をはじめ大切な人を亡くしています。

震災から1年たったこの日、本ブログでは畠山美由紀さんのライブ映像を紹介しました。3月9日に予定されていた畠山美由紀さんの気仙沼でのライブは新型コロナ対応で中止になりましたが、催されていればもちろん歌っただろう一曲です。「わが美しき故郷よ」。

2011年11月17日、キリスト品川教会グローリア・チャペルでのライブ。約4分間のオフィシャル映像です。





2012年のブログではこのあと、「3月11日からのヒカリ」の点灯式、コンサートのインターネット中継を紹介しました。3月11日からのヒカリは、2012年から18年まで連続7回おこなわれ、私たちも気仙沼中学20回生支援会として毎回協賛させていただきました。

3月11日の夜に気仙沼の内湾〈鼎ヶ浦〉の3カ所から天に向けて3本の光を放射する。これは気仙沼を離れて東京に暮らしている私にとっても、本当に心にしみる催しでした。きょうはこのプロジェクトの実行委員会代表をつとめた斉藤道有さんのお許しを得て、2017年版ポスター画像を再掲します。


311からのヒカリ2017
「3月11日からのヒカリ」2017年版ポスター


本年の気仙沼市東日本大震災追悼式は、新型コロナウウイルス感染防止のために式典の開催を取りやめ、一般献花のみおこなうこととなりました。

しかし、式典などのリアルなイベントが行われなくとも、追悼はどこでもできるはず。たとえば、心のなかで想像する天に向かう3本の光。それは、その人にしか発することのできない特別な祈りの光です。

8年前のブログのタイトルは「鎮魂と追悼の日」でした。きょうのブログも変わらず同じく。静かに一日を過ごします。


(ネット情報) 今年も「ほぼ日」の糸井重里さんらが、この日を気仙沼で過ごしてくださっています。 今回はその様子を、二十代の3人がツイッターで伝えます。是非ご覧ください。

ほぼ日/若い3人、気仙沼へ行く。
 

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tag : 畠山美由紀 3月11日からのヒカリ

WORLD of 福よし

まずはテレビ番組情報から。明日3月11日(水)午後8時からのNHKスペシャルは「シリーズ東日本大震災 “復興ハイウェー” 変貌する被災地。気仙沼もとりあげられるようです。番組案内によれば「気仙沼では水産関連企業が高速道路で生き残りをはかる一方、経済圏が広がり東京から大手が進出し新たなせめぎ合いが起きている」と。是非ご覧ください。

さて本題。3月6日のブログで、NHK WORLDの「Cook Around Japan」シリーズの 「Kesennuma's Sake and Oysters/気仙沼と酒と牡蠣」を紹介しました。その記事を作成している途中で、その前編にあたる放送が昨年12月13日に配信されていることを知りました。「気仙沼と酒と牡蠣」は12月20日放送のいわば後編にあたります。

本日は、その放送「 Kesennuma, the Fishing Port Town/漁港の町、気仙沼」を紹介します。これも28分間の動画です。

福よしワールド
NHK worldサイト画面より

NHK worldサイト/Kesennuma, the Fishing Port Town


料理研究家の行正り香(ゆきまさ りか)さんは、まず気仙沼市魚市場を訪れます。仲買人など関係者の話が紹介されたあとに磯屋水産の安藤竜司さんが登場。

ナレーションでは、気仙沼は生鮮スキップジャックツナの水揚げが22年連続日本一であることなどが語られます。あ、ごめんなさい、SKIPJACK TUNAはカツオのことね。つい英語が出ちゃって(笑)。そして安藤さんが、カツオのおいしい食べ方を紹介。

その後は南町へ。蔵のなかの店「旬の味 こうだい」の三浦宏悦(こうえつ)さんがカツオを刺身にします。ホント美味しそう。そして「海の市」の店を回ったあとに、みしおね横丁「鶴亀食堂」へ。壁には「気仙沼漁師カレンダー2020」のポスターが貼られていました。

場面は変わって、安藤さんのお店、磯屋水産。行正さんは竜司さんに「いろんな方にあったら、むちゃくちゃ明るくて、なんかこう希望を感じる気仙沼っていうのが新鮮でした」と語ります。字幕では Cheerful & Optimistic。いいね。陽気で楽観的。

竜司さんが震災後に店の構想を描いた例のスケッチブックなどを見せて説明した後、磯屋水産から魚をいつも仕入れているシェフが登場します。「福よし」の村上健一さんです。字幕ではMaster Chef。「大将」を英訳したのでしょう。

村上健一さんの話の中で一番最初の店の写真も紹介されましたが、これはとてもなつかしい。海岸通りから一本なかに入った魚町の通りを思い出します。左側には小山修司君(3年5組)のカネシメイチ、右側には佐々木徹君(1組)の家も。

つぎは福よしさんの囲炉裏がうつったと思ったら、そこは村上健一さんの自宅でした。とってきた竹をさいて串をつくる様子も詳しく紹介されます。そこに、安藤さんが魚を配達しに来ます。吉次(キンキ)、サンマ、そしてカレイですかね。

あとは魚を下ごしらえをした後に囲炉裏で焼く様子がとても丁寧にうつしだされます。村上さんの解説とともに。上の画面写真の右側にうつっているのは、福よしを健一さんと一緒に営んでいる弟の小野修一さんでしょう。

そして、行正さんが、吉次をいただきます。そして、This is amazing!Delicious!

福よしさんが、魚町のほぼ元の場所に店を再建して営業を再開したのは本年1月27日のこと。NHK WORLDの取材はその3か月ほど前のことだと思います。福よしの店内ではありませんでしたが、自宅にしつらえた囲炉裏で焼かれる吉次やサンマを前に展開される村上健一さんの姿や話はまさに、NHKワールドが海外に向けて紹介した福よしの世界です。

2月4日ブログ「福よし」営業再開
 

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tag : 福よし 安藤竜司 村上健一

調理専門学校開校

以前このブログでも紹介した内湾地区での調理専門学校がいよいよ開校します。2月23日の三陸新報に学校見学説明会の広告が掲載されていました。1回目の見学会は2月29日でした。延期されることなく開催されたことと思います。


調理学校
三陸新報2月23日掲載広告より


2018年1月18日のブログで紹介したときは、「気仙沼リアス調理製菓専門学校」(仮称)でしたが、最終的には「気仙沼リアス調理専門学校」となったようですね。同ブログ記事にも記しましたが、同校の開校を計画しているのは茨城県古河(こが)市の学校法人晃陽学園。同学園の齋藤行信理事長の親戚が気仙沼市内にいるというご縁があるそうです。

同校の場所ですが、地図を拡大してみましょう。

地図

私の古い記憶のなかの地図で説明すると、日野屋旅館があった角でしょうか。向かって左側には萬屋(よろずや)や石垣魚店があったあたり。とはいっても、土地区画整理事業区域ですから、前と同じ道路の取り付けではないでしょうが。上の地図でいえば、道路をはさんで右側には七十七銀行気仙沼支店があるのでは。

(修正追記:福寿水産の臼井弘君(3年4組)から本日午後3時にメールがありました。「調理学校は高定(たかてい)の跡地(龍崎果物屋さんの向かい)だよ」とのこと。かなり違っていましたね。なお、龍崎果物屋の経子さんは同級生で3年5組です。弘君、ありがとう)

2018年1月17日の三陸新報によれば、学校用地の一部は市有地であるため、市と学校法人晃陽学園とで協定を結ぶ計画ということでした。こうした手続きも無事におえて、こうして学校見学説明会を開催できることになったということでしょう。

最後にちょっと気になったというか〈こぼれ話〉を。

上記の地図の左下、国道45号線を下っていく方向に「気仙沼市内▶」との表示がありました。そうか、最近は「気仙沼市内」が田中前のほうに移ったんだなと。気仙沼を離れているうちに、その風景が大きく変わっていきます(苦笑)。

2018年1月18日ブログ「調理師学校の計画」

 

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tag : 気仙沼リアス調理専門学校

気仙沼の酒と牡蠣

本日は、きのうのブログの末尾で少しだけ触れたNHK WORLDのもうひとつの放送を紹介します。「Cook Around Japan "Miyagi": Kesennuma's Sake and Oysters」です。約28分間の映像。

私はこの放送のことを、気仙沼市の公式海外向けFacebook「KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE」の2月15日付け記事で知りました。

酒と牡蠣
NHK worldサイト画面より

NHK worldサイト/Kesennuma's Sake and Oysters

「Cook Around Japan」は、日本各地を巡って料理するといった意味だと思います。そして今回は宮城県/気仙沼の酒と牡蠣。

この放送のシリーズ名は「Dining with the Chef」。シェフ/料理人との食事です。そして今回、気仙沼を訪れたのは、料理研究家の行正り香(ゆきまさ りか)さん。

この番組の配信開始は昨年12月20日で、1年間閲覧可能です。取材時期は、昨年2019年10月下旬から11月初旬にかけてでしょう。ちらっと魚町/武山米店がうつるのですが、そこに奥原しんこ作品展の案内が表示されていました。同時期に、気仙沼風待ち復興検討会の主催で武山米店店舗、三事堂ささ木、角星店舗などの公開がおこなわれました。この番組のなかでもこれらの建物がうつっています。

はじめに登場するのは、男山本店社長の菅原昭彦さん。気仙沼商工会議所の会頭もつとめています。入沢(いりさわ)にある醸造所のほか「男山本店客座敷」の建物も紹介。これはいい建物ですね。昨年、国の登録有形文化財に加えられました。昭和4年頃の建築といいますから、魚町の男山本店の建物と同時期のものでしょう。放送では「ゲストハウス」と紹介されています。まさに。

その次に訪れるのは唐桑。「かき小屋 唐桑番屋」が紹介されたあと、牡蠣養殖「戸羽平(とばひら)」の畠山政則さんが登場します。〈やっくん〉こと政也さんのお父様です。

その後、場面は変わって畠山重篤さんの水山養殖場。重篤さんが行正さんを牡蠣いかだに案内します。操船するのは重篤さんの息子さん信さん。ここで紹介される牡蠣はぷっくりとふくらんで本当に美味しそうです。

「森は海の恋人/The Sea longs for the forest」活動の歴史もコンパクトに紹介されます。重篤さんが、国連森林フォーラムによる「フォレストヒーローズ」に選ばれ、国連本部で表彰される様子もうつっていました。

私が気に入ったのは19分ごろの映像。信さんが一斗缶にパンパンと穴をあけて炭火コンロをつくります。ふたがフライパン代わり。牡蠣とセリの味噌いためです。これはうまいにきまってる。

その後は、行正さんが牡蠣とホタテのてんぷらをレシピを語りながらつくります。そして、昭彦さん、重篤さん、真さんと一緒にいただきますが、もちろんお酒は「男山」。

以上で28分。すばらしい放送でした。NHK WORLD関係者の皆さま、ありがとうございます。是非みなさまも配信番組をご覧くださいますように。

私は、自らが営む水山養殖場の牡蠣とホタテを食しながら男山を美味しそうにいただく重篤さんの幸せそうな表情が印象に残りました。ちょっと頬をあかくして。気仙沼の酒と牡蠣の醍醐味でしょう。

(追記)3月8日(日)12:15から、昨年末に放送されたNHK総合テレビ「ボクらが被災地に住む理由〜移住者たちの本音」がアンコール放送されます。気仙沼に移住して、まちづくりなどに取り組む若者らの率直な声や姿を、長期の取材によって構成したすぐれたドキュメントです。気仙沼市唐桑での収録映像もたくさん紹介されます。是非ご覧ください。

2019年12月16日ブログ「移住者たちの本音」
 
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 畠山重篤 菅原昭彦 NHKWORLD

2つのNHK world

きのうのNHK「サンドのお風呂いただきます」は気仙沼での取材内容が充実していてとてもよかったですね。再放送があるのですが、震災特集番組などの関係でちょっと不明確です。わかりしだいお知らせします。

本日紹介するのもNHKのテレビ放送です。とはいえ、これは国際放送「NHK WORLD JAPAN」です。NEWSLINE ASIA 24で、もうすぐ震災後9年となる気仙沼をとりあげてくれました。タイトルは「Rebuilding the Heart of a Fishing Town」。漁業の町の心の復興といった意味でしょうか。きのう3月4日に配信されました。

NHKワールド
NHK WORLDサイトより

NHK WORLDサイト/Rebuilding the Heart of a Fishing Town

映像は4分弱で、ナレーションはもちろん英語ですが、登場する皆さんは日本語を話してくれるので問題なし(笑)。是非ご覧ください。

みしおね横丁の「鶴亀の湯」や「鶴亀食堂」で元気に働く根岸えまさんを中心に、震災後の気仙沼を、漁師を大切にする町として復興させたいというあついハート/エナジーを感じさせる場面が続きます。

唐桑の漁師「第16一丸」佐々木夫一(ささき・ゆういち)さんも登場します。また、根岸さんも所属する気仙沼つばき会の皆さんが集まって「気仙沼漁師カレンダー」について話し合っている場面なども。

取材者は、ミノリ・タカオさん。2002年からNHK Worldのアンカーをつとめているようです。ナレーションも彼女自身によるものでしょう。素晴らしい番組にしあげていただき、ありがとうございます。

実は、NHK worldが昨年12月20日に配信を開始した気仙沼に関する放送を紹介しようと思っておりました。Cook Around Japan "Miyagi": Kesennuma's Sake and Oysters。唐桑の畠山重篤さんや男山本店の菅原昭彦さんが登場して気仙沼の酒と牡蠣を28分間にわたって紹介します。これがまたとてもいいんです。

明日またくわしく紹介しますが、すぐに見たいという方はこちらから。

NHK Worldさんによるこのふたつの放送番組。気仙沼にとってとても価値のあるものだと思いました。関係者の皆さまに御礼を申し上げます。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鶴亀食堂 鶴亀の湯 根岸えま

「サンドのお風呂」

きょうはテレビ番組情報。本日3月4日(水)のNHK総合テレビ「サンドのお風呂いただきます」で気仙沼での取材映像が紹介されます。


サンド
番組サイトより

◎NHK総合テレビ「サンドのお風呂いただきます」
3月4日(水)午後7:30〜8:42
震災から9年 仙台&気仙沼スペシャル


番組サイトから案内文を引用します。

東日本大震災から9年を迎えるサンドの地元仙台と気仙沼を巡り、復興秘話を伺うスペシャル。まず仙台朝市や伊達政宗が愛した秋保温泉へ。牛タンや極上温泉を堪能し復興の苦労を伺う。続いて陸上自衛隊の移動式風呂を拝見、隊員の当時の思いに迫る。サンドが震災時にいた気仙沼では2人が当日の状況を語り、震災後できたダンス教室で大島優子が子どもと踊る。さらに津波で夫を亡くし2歳の娘が行方不明の家庭で9年間の思いを伺う。
【司会】サンドウィッチマン【ゲスト】ナイツ、大島優子、溝端淳平【語り】コムアイ(引用は以上)

この番組で、サンドの2人やゲストが訪問家庭のお風呂をいただくシーンは皆さんご存じのとおりですが、最近は女性ゲストもお風呂にはいるのですね。

1月の放送で、橋本マナミさんの〈入浴シーン〉が紹介されたのには驚きました。「愛人にしたい女No.1」ともいわれた橋本さんの入浴シーンをNHKの番組で眺めることができるようになるとは。ドラマ「水戸黄門」での由美かおるさん的というか。

本日の放送では、大島優子さんが震災後の気仙沼にできたダンス教室で踊るそうです。本日の三陸新報によれば、ダンス教室は「L.E.D」。訪問する家庭は、亀山精肉店です。大島さんがお風呂にはいるかどうかはわかりません。どうぞ番組をご覧ください。私はお風呂をいただくのはサンドの伊達さんだと思うな。上の写真で風呂桶もってるし(笑)。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : サンドウィッチマン 大島優子

市の追悼式典中止

きのう3月2日のブログ末尾の追記でもお知らせしましたが、3月11日に開催予定だった東日本大震災追悼式は、新型コロナウィルス感染防止のために式典の開催を取りやめ、一般献花のみおこなうこととなりました。3月2日に市が発表しました。

本日3月3日の三陸新報の1面は、これとともに、市立病院が3月4日から全病棟で入院患者との面会を禁止することを伝えています。

式典中止

三陸新報3月3日紙面の一部


市の発表資料によれば、3月11日には献花場がケー・ウエーブ(気仙沼)・燦さん館(唐桑)・はまなすホ ール(本吉)・大島開発総合センターに設けられ、午後1時30分から午後7時まで(政府主催の追悼式放映中継時間を除く)自由に献花できます。 また、 政府主催の東日本大震災9周年追悼式の様子が各献花場に中継するとのこと。午後2時46 分には、市内の防災行政無線でサイレンを鳴らします。

三陸新報には、菅原市長の談話が紹介されていました。「大きな行事なので慎重に検討した。感染防止のため大勢が長い時間、同一の室内にいることは避けなければならない。都合の良い時間に、献花をお願いしたい」と。同記事によれば、市では遺族約千人、来賓100人に出席案内を出していたそうです。

本日は、3月4日(水)のNHK総合テレビ「サンドのお風呂いただきます」で気仙沼の映像が紹介されることを伝えようと思っておりましたが、詳しくはまた明日。

市の東日本大震災追悼式典中止はいたしかたなし。しかし、追悼はどこにいてもできるはず。3月11日午後2時46 分、多くの人がそれぞれの思いを胸に、黙祷することでしょう。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

感染拡大防止努力

2月27日のブログ冒頭でもお知らせしましたが、3月15日に予定されていためぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートは、新型コロナウイルス対応のために中止となりました。

会場のめぐろパーシモンホールのサイトでは、チケット払い戻しについてのお知らせを2月28日に掲載しましたが、これを見て、あらためて関係者の皆さまのご苦労を知ることとなりました。

中止お知らせ
同ホール公演情報より


私はパーシモンホールのチケットセンターにて電話予約しセブンイレブンでチケット受け取っていました。1人1000円。クレジットカード決済利用なので発券手数料は1枚110円です。私は3人分を予約。

そして払い戻しですが、ホール窓口での返金のほかに、振込を利用することができるんですね。チケットを簡易書留でホールに送ると指定の振込口座に入金されます。その金額は、簡易書留の郵送料も含めたものになりますし、振込手数料もホールの負担ですから、こちら側の負担はセブンイレブンに支払った3枚分330円のみとなります。

主催するホール側/目黒区芸術文化振興財団側が振込手数料と郵送料を負担することになるわけです。チケット払い戻しだけでこれですから、公演準備のための様々な費用のことを考えるとなんといっていいのか。29日土曜日には、ホール担当者から公演中止や払い戻しについての電話をいただきました。すでに関係情報を知っていることを伝えるとともに、諸々の対応に対して御礼を申し上げました。

なお、念のためお知らせしておくと、このコンサートの関連企画としてホールがある「めぐろ区民キャンパス」地下1階プラザで2月4日から催されている「気仙沼漁師カレンダー2020展」は中止されずに3月15日まで開催されます。チケットセンターでは、この漁師カレンダーを販売中。1500円です。

さて、2月28日のNHK/Eテレ「ららら♪クラシック」は〈吹奏楽のすべて〉でした。番組内での吹奏楽演奏のほか、様々な新しい知識も得ることができてとても楽しい放送でしたが、気仙沼市民吹奏楽団の皆さんのことが頭に浮かびました。3月15日、1年ぶりに目黒吹奏楽団の皆さんと共演するはずでした。さぞかし残念に思っているだろうと。そして熊谷育美さんも。

気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館も、3月に予定していた「3.11メモリアルイベント」の一部中止を2月29日に発表しました。3月20日に予定されていた熊谷育美さんのライブも中止です。詳しくはこちらにて。

このブログでもご紹介した3月9日/畠山美由紀さんの気仙沼ライブも、2月28日に中止が発表されました。チケット販売店のひとつであった気仙沼「SHARKS」さんのツイートには、開催中止や返金に関するお知らせとともに「残念です(T_T)」と。そして「いつか、きっと、また♪」とも。

新型コロナウイルスの感染予防・拡散防止のためのこうした多くの人の努力。なんとか功を奏してくれるようにと思うばかりです。

(追記)本日2日午後1時ちょっと前の菅原市長のツイートでお知らせがありました。新型コロナウィルス感染防止のため、気仙沼市の3.11東日本大震災追悼式の式典は中止するとのことです。まずは取り急ぎ。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 復興支援コンサート

気高 若松武徳先生

仙台近辺を中心とする同年会「KSS42」(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)の新年会が2月13日に開催されました。会場は銀座ライオン 青葉通り一番町店です。KSS42のサイトですでに紹介されていますので、すでにご存じのかたも多いことでしょう。

今回はとてもなつかしい方がゲストとして招かれていました。気仙沼高校の数学教諭であった若松武徳先生です。私にとっては、気高1年3組のときの担任でしたから大変お世話になり、思い出も多い先生です。

まずは当日のメンバー集合写真から。前列右から2人目が若松先生です。

全員


KSS42のサイトには、同会の会長を2018年2月に小山達朗君(気中3年9組)から引き継いだ吉野信雄君(同3年1組)の文章が掲載されていました。了解を得て引用します。

◎KSS42代表 吉野信雄

お疲れ様です。2月13日の新年会の折は、またまたお世話様でした。

今回は、特別ゲストとして、元・気仙沼高校数学教諭だった若松武徳先生をお招きし、楽しいひと時を過ごすことができました。

みなさん、それぞれの話題で思い出に浸っていたかと思いますが、私からは、いろいろな先生方のお名前を交えながら、公立高校管理運営のこと、私立学校管理運営のこと、仙台育英学園の諸事情などをお話しし、先生からは、気仙沼高校勤務の6年間が、その後の仙台三高・仙台一高・石巻高校など、教員生活全体を通しての礎となったことを教えていただきました。

また、高橋泰君から提供された気仙沼高校当時の生徒会誌「香陵」も、生徒会長だった門馬亨君の記事などがあり、花を添えていただきました。

今回の開催に当たり、若松先生の御快諾はもとよりですが、気仙沼高校以外の出身者の方々にも御同意いただき、一同楽しく過ごさせていただいたことを深謝いたします。

さて、今回も、平野君のおかげで、素敵な写真集をお送りすることができました。感謝です。新年会の盛り上がりを存分にお楽しみください。

それにしても、若松先生はお若いですね。私が独身の安養寺時代に、帰途のバスで再会したことも鮮明に覚えておいででしたし、会の後、lineのやりとりで、若松先生より若く見えるのは女性陣だけだという投稿も、なるほどと思われました。

なお、中学時代の二年間だけの同級生だった伊藤知春君(伊藤英造・元気仙沼高校長の御長男)が、若松先生のご媒酌で結婚され、私も同席させていただきました。今は亡き、知春君を懐かしむ貴重なひと時となりました。

ほんでまず。(引用は以上)


お世話役の平野秀明君(3年3組)から送ってもらった写真のなかにあった吉野君と若松先生のツーショットはこんな感じです。公立高校や私立学校の管理運営における諸課題について互いの意見を交換したあとでしょう(笑)。

吉野君

吉野君の文章中にもありますが、若松先生は気仙沼高校の後に仙台三高、仙台一高、石巻高校などで教鞭をとられたあと、仙台育英学園に招かれています。気仙沼高校のときにも、優秀な先生であるとの評判を聞いておりました。

ネットで調べてみると、仙台育英学園が2003年に設置した中高一貫教育校である秀光中等教育学校の副校長としてのメッセージがありました。そこには「日本一の中高一貫校を目指して」と。若松先生はとても明るく、考え方も前向きでしたから、学校経営や運営においても大いにリーダーシップを発揮されたことでしょう。

その若松先生がこのたび仙台育英学園を完全に退職されたことから、今回の集まりにお招きすることとなったようです。

当日の写真のなかに懐かしい冊子がうつっていました。気仙沼高校の生徒会誌「香陵」。「香陵」とは、気高の所在地旧称「香久留が原」のことだったと思います。生徒会誌「香陵」を手にして、学校教育の現場からみた新時代の教師像を語る泰君と若松先生。左は千葉一夫君(7組)です。

泰君

香陵を持参したのは高橋泰君です。陸前高田からの〈汽車通〉。学力優秀で人望もあり応援団長もつとめました。写真をみると、ハンサムぶりにさらに渋い磨きがかかっていますね。

たしか宮城教育大学を経て仙台で中学校の教員に。震災後2012年にメールでやりとりしたことがあったのですが、そのときは仙台市立五橋(いつつばし)中学の校長をつとめていました。五橋中学といえば、仙台を代表する中学のひとつ。五橋中学から仙台一高、そして東北大学に進んで県庁か東北電力へといったあたりが、仙台の秀才が歩む王道だったと思います。いまはまた事情が変わっているかもしれませんが。

今回は高橋泰君の発案でKSS42に若松先生をお招きできたと聞いています。先生と同じ仙台の教育界にいたので、お互いにその消息を知っていたのでしょう。

気高22回生の卒業アルバムに若松先生はうつっていません。先生が気仙沼高校を去ったのはいつだったのだろう。私が気高2年のときまでいたかどうか。いずれにしても先生が転任することを知ったとき、私をはじめ多くの生徒が残念に思ったことをおぼえています。

そうしたみんなの敬愛を受けた若松先生です。約50年ぶりにお会いすることができた仙台/KSS42の皆さんがうらやましい。私はこの場を借りて、中学生から高校生になったばかりの私に多くのことを教えてくださった若松武徳先生に御礼を申し上げます。ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 若松武徳

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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