春日利春君の随想

きのう8月24日(水)の三陸新報〈リレー随想〉の筆者は、同級生の春日利春君(3年9組)でした。タイトルは〈新しいコミュニティづくりに まつりの活用と参加を〉。

春日利春君
三陸新報8月24日記事より

春日君は、気仙沼高校を卒業して商工会議所に就職したのですが、その年のみなとまつりの事を書いていました。1970年(昭和45)のこと。その部分を引用します。

「さて、私が就職した年の気仙沼みなとまつりは、ちょうど20回目の記念でした。8月4日前夜祭、5日が本まつりで、この年の特徴は車両を一時通行止めにして開催した仲町大通り、大堀銀座、仲山通りの七夕まつりでした。これは「商店街フェスティバル」の名称で、商工会議所と警察が強力にバックアップして実施され、「歩行者天国気仙沼版」として大変喜ばれました。

振商会通りの「チビッコ天国夏まつり」も好評でした。花火は祈念大会のためにひと回り大きくし、5業者による1300発の打ち上げで、「東北一の海の花火」として3万人の観衆を集めました。(気仙沼商工会議所発行 商工二十年のあゆみ より)」(引用は以上)


この年わたしは、気高を卒業して仙台で浪人していましたから、夏には気仙沼に帰り、みなとまつりも見ているはずです。仲町や八日町の仲山通りの七夕もなんとなく覚えています。私が知る華やかだったころのみなとまつりの記憶です。

春日君は、2004年に気仙沼商工会議所の専務理事に就任し、2014年7月に退任しています。現在は、気仙沼市体育協会副会長、気仙沼市陸上競技協会副会長をつとめているということです。

春日君というか敏春君とは、2011年に銀座TSビルにできた気仙沼のアンテナショップ〈銀座いきなり市場〉で会いました。商工会議所の専務理事として、いろいろと尽力していたのだと思います。ご苦労さまでした。来月9月24日に気仙沼で開かれる同年会でまた会うことができるでしょう。


(追記)
8月19日のブログ「気仙沼」の由来 で7月7日の読売新聞の紙面画像を紹介しましたが、これは菊田裕美君提供の埼玉県内版です。同時期に気仙沼を含む宮城県内版でも掲載されました。都内版になぜ掲載されないのか不思議に思っておりましたら、きのう8月24日の夕刊にやっと掲載されました。奇妙に感じたかたがいらっしゃるかもしれないので念のため。
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シン・ゴジラ危険

先週の水曜日、7月29日の公開直後から大評判の映画「シン・ゴジラ」を見てきました。総監督・脚本は「新世紀エヴァンゲリオン」などでも知られる庵野秀明(あんの ひであき)さんです。

「シン・ゴジラ」は、フルCGによるゴジラ映画。巨大不明生物の襲来にあたっての政府や官僚などの対応を描いた映画とだけ説明しておきましょう。詳しくは公式サイトにて。いくつかある予告編のひとつだけを紹介しておきます。1分32秒。



この映画は評判にたがわずとても面白かった。庵野さんや「エヴァンゲリオン」が大好きな人はさらにマニアックな批評や楽しみ方をしているようです。しかし本日お伝えしたいのはそのことではありません。気仙沼の人など、震災や津波の襲来を経験した人がこの映画をみるにあたっては注意が必要だということ。

直接に震災の津波を経験していない私でも、映画の前半で登場する街が破壊される様子や混乱しながら避難する人々のシーンではグッときました。その暴力性がリアルなのです。

そうしたシーンがあることへの注意喚起は、公開直後のネットではあまりなかったように思うのですが、先週あたりはいくつか目にしました。NHK在職中は〈NHK_PR1号〉としてツイッターを担当していた @aso_kamo (あそうかも/麻生鴨)さんの8月19日の投稿もそのひとつ。

「好きな人には怒られるかも知れないけれど「シン・ゴジラ」について、あえて1つだけ書いておきます。ニュースなどで津波や震災の映像を見ると気分が悪くなったり、息が苦しくなったりするような人、まだPTSDが治っていない人は、劇場では見ないほうがいいです。たぶん純粋には楽しめません。」

このほか、大阪大学教授で〈ニセ科学〉に詳しく、原発の放射能問題などでも積極的な発言している菊池誠さんも8月19日のツイートで〈シン・ゴジラは震災と原発事故のメタファーだから、見るのが辛い人たちもいると思うよ。それは事前に注意してもよかったような気がするな〉と書いています。

いま気仙沼に映画館はなく、たやすく〈シン・ゴジラ〉を見られる環境ではありません。しかし、出張のついでにひょいと入った映画館で不意をつかれといったことがないよう、一言ご注意を申し上げました。

私が見たのは、通常の2D版。しかしIMAX/4DXでなくてよかったよ。危ないところでした(笑)。

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南町浮桟橋の復旧

8月21日(日)の三陸新報に、気仙沼の内湾エースポートにあった浮桟橋が姿を現したという記事が掲載されていました。

浮き桟橋

三陸新報ニュースサイトより

紙面での記事の一部を以下に引用します。

気仙沼市の内湾で復旧工事が進む「南町浮桟橋」が姿を現し、通行人らが足を止めて眺めては、懐かしさに浸っている。本年度中を予定している護岸工事の完了まで渡ることはできないが、内湾にシンボルが一つ帰ってきた。

フェリーや消防艇などが発着し、人が行き交う港町らしい光景を形成していた浮桟橋は、東日本大震災の津波で全壊。現在は護岸工事と合わせて、整備が進められている。

浮桟橋は湾内に到着したものの、接岸岸壁の護岸工事の完了まで係留されている状態。工事が完了する本年度中に供用が開始される見込み。(以下略)

震災の津波で被災した桟橋は、長い間その残骸が岸壁付近にさらされたままになっていました。なぜ撤去しないのだろうと疑問だったのですが、ずいぶん前にその撤去費用が相当な金額になるということを知って、後回しもしかたないかと思っておりました。

浮桟橋と聞いて思い出すのは、お神明さん(五十鈴神社)の浮見堂近くにあった貸しボート屋さんです。中学のころは結構のりました。まだ内湾には牡蠣の養殖いかだが沢山うかんでいました。その間をぬって造船工場などがある対岸に〈上陸〉するとそれなりの冒険気分を味わうことができたのです。

あの貸しボート屋さんは、いつまであったのでしょう。牡蠣いかだの樽を使った簡素な桟橋をなつかしく思い出します。

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来年のカレンダー

きょうは8月22日。お盆休み気分は先週までで今週からの仕事は通常運転と思っていたのですが、台風9号が接近中。正午現在の東京は、雨と風がかなり強まっています。関東に上陸のあとは東北に向かうとのこと。大きな被害がないようにと思っています。

さて、気仙沼では8月19日のサンマ船13隻の出港にあたって恒例の〈出船送り〉が行われました。この出船(でふね)送りは、2010年に市内の女性グループ〈気仙沼つばき会〉が、一斉出漁を見送る催しとして企画したもの。以来、気仙沼の恒例行事として定着しています。

そして、つばき会が企画しているもうひとつのものが、〈漁師カレンダー〉。3回目の発行となる2017年版の予約がすでに始まっています。


気仙沼漁師カレンダー専用サイトより(画像クリックでジャンプ)

◎気仙沼漁師カレンダー2017

販売価格:1,500円(税抜)
税込1,620円、送料は全国一律180円
企画/発行:気仙沼つばき会
ご注文は下記の専用サイトのご注文フォームをご利用ください。

気仙沼漁師カレンダー専用サイト

漁師カレンダーは、日本印刷産業連合会主催〈全国カレンダー展〉において2014年版が経済産業大臣賞(金賞)を、2016年版がフジサンケイビジネスアイ賞(銀賞)をそれぞれ受賞するなど高く評価されてきました。

撮影を担当された写真家の方々は、2014年版が藤井保さん、2016年版が浅田政志さん。藤井さんが瀧本幹也さんのお師匠さんだったことや、浅田さんが2008年度に(日本写真界の芥川賞といわれる)木村伊兵衛写真賞を受賞していることなどは、8月8日のブログにも書きました。

そして今度の2017年版の撮影もすごい。川島小鳥(かわしま・ことり)さんです。川島さんは1980年生まれの男性(笑)。写真集「未来ちゃん」で、2011年度 講談社出版文化賞/写真賞を、そして木村伊兵衛写真賞を浅田さん受賞の2年前となる2014年度に写真集「明星」で受賞しています。。

川島小鳥さんの名をおぼえていらっしゃる人も多いでしょう。このブログで昨年9月に紹介した〈ほぼ日手帳2016〉のスペシャルムービー「This is My LIFE.」は川島小鳥さんの撮影。気仙沼の人と風景にあふれた素晴らしい映像でした。未見の方がいらっしゃれば下記のブログで是非に。

2015年9月4日ブログ「This is My LIFE.」

なお、〈ほぼ日手帳2017〉のスペシャルムービー「This is My LIFE.」が8月18日に公開されました。写真や映像を担当したのは、梅佳代(うめ・かよ)さん。2007年に写真集『うめめ』で2006年度の木村伊兵衛写真賞を受賞しています。

こうして、来年の手帳やカレンダーの話が始まっているのですね。たしかに来週は9月になるし、その翌月は10月。来年のことを考えはじめてもおかしくない季節を迎えつつあるようです。

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「気仙沼」の由来

時事的なことを紹介していると、どうしても後回しになってしまう話題があります。そんな話が結構たまっているのですが、本日はその中からひとつ。

7月7日の読売新聞朝刊の「地名の知」がとりあげたのは〈気仙沼〉。見出しは、〈復興へ 豊かな海と歩む〉です。〈計仙麻〉とか〈けせもい〉とか、これまで聞いたことのある地名の由来がコンパクトにまとめられていましたのでご紹介。

地名の知
読売新聞7月7日朝刊より

地名に関する記述を抜粋して以下に引用します。

 かつて気仙沼は「計仙麻(けせま)」と記された。気仙沼市史によると、901年完成の「日本三代実録」が初出で、神の名前として「計仙麻神」や「計仙麻大嶋神」が登場する。計仙麻の名前が付く神社は桃生(ものう)・牡鹿地域(現・石巻市)にもあり、沿岸一帯を指していたようだ。後に「気仙沼」となるが、理由や時期ははっきりしない。計仙麻の由来は、先住のアイヌ民族の言葉で末端を意味する「ケセ」、湾を表す「モイ」とされる。

 今も仙台市や盛岡市から車で約2時間半もかかり、「陸の孤島」とも言われる。「都からは離れているが、海のネットワークを通じて各地の文化が伝わってきた」。川島秀一・東北大教授(民俗学)は語る。例えば、生きたイワシを餌にするカツオ一本釣り漁。1675年、地域の有力者・鈴木勘右衛門が紀州(和歌山県)から漁師ら約70人を招いて教えを請うた。

「なんぼ」(いくら)、「おめはん」(あなた)、「すま」(隅)。地域の方言に、関西弁に似た響きがあるのは、江戸時代に盛んだった交易によるものではないか――。郷土史家・荒木英夫さん(85)の見方だ。地名の由来は諸説ある。市史にはアイヌ語という点では同じだが、「ケセ」は大きい海、「マ」は中心区域を意味すると解釈する説も示されている。

 「気仙郡」説も知られている。気仙郡は岩手県南東部に今も存在する。「日本後紀」には「弘仁2年(811年)気仙郡に渡嶋の夷狄(いてき)が来着」とあり、一帯を気仙と呼んだ。その間にあるため「気仙間」となり、やがて池や沼のように波静かであるという連想から気仙沼になったとする説だ。市西部にある手長山(てながやま)は「袈裟(けさ)山」とも呼ばれ、それが転じたとの説もある。(引用は以上)

記事の最後には、街おこし団体「気楽会」の代表として〈コヤマ菓子店〉小山裕隆さんのコメントが写真付きで紹介されていました。その一部を以下に。

〈被災地は「悲しみ」のイメージを持たれがちですが、参加者には「勇気づけられた」との感想をもらいます。遠洋漁業で栄え、各地から人が集まる港町だったためか、親切な市民が多く、最大の観光資源は「人」です。ぜひ多くの人に出会ってほしいと思います。〉

この記事の筆者は東北総局の安田龍郎さんです。その文章はつぎのように結ばれています。〈苦難を受けてもなお、海と生きる港町なのである〉。

気仙沼がそう呼ばれるにふさわしい街、港町として復興して欲しい。そう思わずにはいられません。

(追記)
上記の読売新聞の紙面画像は菊田裕美君提供の埼玉県内版です。同時期に気仙沼を含む宮城県内版でも掲載されました。都内版になぜ掲載されないのか不思議に思っておりましたら、8月24日の夕刊にやっと掲載されました。奇妙に感じたかたがいらっしゃるかもしれないので念のため。

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リアスのつながり

本日はちょっと前の話題になるのですが、三陸新報のふたつの記事を紹介します。

まずは7月8日の三陸新報。リアス・アーク美術館が、「アート・ドキュメンテーション学会」の第10回「アート・ドキュメンテーション推進賞」を受賞しました。

7月8日リアスアーク
三陸新報7月8日記事の一部イメージ

「アート・ドキュメンテーション」という言葉はあまりなじみがありませんでしたが、美術館や美術系教育機関などにおける資料の収集・整理や情報提供などのことだそうです。

推進賞は、〈アート・ドキュメンテーション関係業務の現場において、効果的かつオリジナリティを発揮した者、あるいは機関〉に対して贈られるもので、今回はリアス・アーク美術館の「東日本大震災の被災生活者の観点にたつ調査記録作業とその展示活動」が受賞。同学会のサイトでみた授賞理由のなかには、〈その「博物館=生活者」の理念と実践、そして成果は特筆に値する〉との記述がありました。授賞発表は6月11日でした。


もうひとつは、かなり前になりますが三陸新報3月30日のつぎの記事。

安さんのカツオ漁

三陸新報3月30日記事の一部イメージ


気仙沼中学21回生で東北大学災害科学国際研究所教授の川島秀一さんの著書『安さんのカツオ漁』が、高知市文化振興事業団の第26回「高知出版学術賞」を受賞したとのこと。

記事によれば同書は、カツオ漁が盛んな高知県中土佐(なかとさ)町久礼(くれ)所属の第18順洋丸の元船頭で現在は船主の青井安良さんとの交流を通して、気仙沼と高知との密接な関わりや、カツオ漁に伴う全国各地の風習、東日本大震災を踏まえた防災意識の大切などをつづったもの。今回は、減少しつつある土佐の一本釣り漁の生きた民俗史にもなるとの高い評価を得たとのことです。表彰式は3月29日におこなわれました。

川島秀一さんは2005年4月から2012年3月までの7年間、リアス・アーク美術館に勤務し、副館長もつとめました。上述した同館の大震災記録や資料収集にあたっては山内宏泰学芸員らと共に尽力しています。

つまり、これらふたつの記事は〈リアス・アークつながり〉ということでのご紹介となりました。川島秀一さん、そしてリアス・アーク美術館関係者の皆さん、遅ればせながらお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

2月2日ブログ「震災の記憶と記録」

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鹿折の復興MAP

8月9日のブログで、市発行の「けせんぬま復興ニュース」第97号に掲載された、魚町・南町地区のまちづくりマップを紹介しました。本日紹介するのは、同ニュース第94号に第1弾として掲載された鹿折(ししおり)地区のまちづくりマップです。

鹿折復興マップ
「けせんぬま復興ニュース」第94号(本年6月15日発行)より

ニュースに掲載されている概要説明を引用します。

鹿折地区の土地区画整理事業地内では、北側に住宅ゾーン、南側に工業ゾーン、県道沿いに商業ゾーンか整備されます。住宅ゾーンには、災害公営住宅、(仮称)市民福祉センター、コミュニティセンター(公民館) などの公共施設、商業ゾーンには、金融機関、スーパー、コンビニ、ガソリンスタンドなどの商業施設、また、南側の工業ゾーンの隣接地には、水産加工施設等集積地が整備され、多くの水産関連施設が立地、または立地予定となっています。なお、土地区画整理事業地および水産加工施設等集積地の周辺においても、小・中学校、郵便局、ホームセンター、スーパー、病院などが立地、または立地予定となっています。(引用は以上)

中央部に位置する災害公営住宅は全8棟ですが、そのうち、4階建て1棟と5階建て2棟の計110戸が完成し、その入居が7月29日に始まっています。そして鹿折地区では8月11日、水産加工団地や災害公営住宅などが完成したことをうけての〈まちびらき式〉がおこなわれました。そしてこれに連続するかたちで開催されたのが〈鹿折復興盆踊り大会〜鹿折復幸マートさよならフェスティバル〉。打囃太鼓や浪板虎舞、そしてLIGHT UP NIPPONによる花火も打ち上げられ、多くの人が盆踊りを楽しんだようです。

復幸マートは2014年10月にオープンしましたが、今年8月末で営業を終了し、解体されます。8月12日配信の河北新報記事によれば、入居店舗19軒のうち、4軒は同地区内に新設される「かもめ通り商店街」に移るものの、再建が未定の店舗も多いとのことです。

〈まちびらき〉と〈さよなら〉というふたつの言葉が交錯する、様々な思いに満ちた盆踊りになったようです。

8月9日ブログ「内湾の復興MAP」

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気仙沼のお寺さん

きょうは8月16日、送り盆。お盆もあけますね。

盆の入りに先だって8月12日の三陸新報には、気仙沼の各寺の広告が掲載されていました。16寺院。これで全てということではないでしょうが、主要なお寺さんの名であると思いご紹介。

寺院
三陸新報8月12日掲載広告(クリックで拡大)

私の家は、新潟県新発田市に菩提寺(ぼだいじ)がありました。父は生前に墓を移したがらず、私が気仙沼にいたころは市内の墓所に墓参りという習慣がなかったのです。お盆などには、曹洞宗だったので八日町の青龍寺さんに読経などをお願いしておりました。先代のご住職とは大変親しくさせていただき、8年前の父の通夜や葬儀も同寺でおこなうことができました。妻の実家の菩提寺も墓も青龍寺さんです。

新発田の墓は震災後、母と兄がくらす仙台へ。先日はお盆の墓参りの写真が兄から届きました。次男の私がいないのが残念ですが、母も曾孫も一緒です。父もきっと喜んでいることでしょう。

これら気仙沼の寺の名をながめながら、同じような思いと風景がそれぞれのお寺や墓所に満ちていたことだろうと想像しています。

気仙沼市内の神社については、つぎのブログにて。
2015年12月24日ブログ「気仙沼の氏神さま」

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同級生アスリート

先日、調べたいことがあって〈気仙沼文化史年表〉の頁をめくっていたら、スポーツ大会に関する記述のなかに同級生の名があることに気づきました。リオ・オリンピック開催時ということもあり、中学高校時代の〈同級生アスリート〉の活躍をピックアップ。

まずは金沢潤君(3年11組)についてのつぎの記述。

金沢潤君

気仙沼文化史年表の一部イメージ

◎昭和42年4月20日
気仙沼中学校 金沢潤が41年度中学校陸上競技記録100mで7位にランク

昭和42年4月にはすでに気仙沼高校1年となっていますが、前年度の成績を総合しての全国陸上競技記録ランキングでしょう。気仙沼中学3年の金沢潤君が100m走で全国7位と評価されたのです。金沢の潤ちゃんは、気仙沼小学校1年8組の同級生。小中高を通じて圧倒的な足の早さを誇っていました。気高を卒業し、たしか日本体育大学に進んだあと、高校での教職につきました。現在は仙台で暮らしています。

昭和44年2月、気仙沼高校2年のときには柔道の記録が記されています。

◎昭和44年2月10日
県下高校重量別柔道大会で気高 菅原孝市が中量級、諸橋茂が重量級で優勝

菅原孝市君は気中(3年11組)で、同級生の及川徳子さんと結婚しました。調べたら徳子さんも同じ11組。中学のときから愛を育んでのゴールインか(笑)。息子さんは気仙沼市役所に勤めていて、昨年か一昨年に東京事務所に配属され、〈気仙沼を元気にする会〉で会うことができました。

諸橋茂君は津谷中学から気仙沼高校に進みました。同年会〈けせもい会〉のメンバーですから先日の気高同窓会でも顔を合わせています。防衛大学から自衛隊に進み幹部自衛官として要職をつとめていいます。ウィキペディアで調べると、第2師団副師団長 兼 旭川駐屯地司令のあとは、陸上自衛隊研究本部幹事となっています。階級は陸将補。

気仙沼高校3年のときの宮城県総体でも気仙沼勢が活躍したようです。

◎昭和44年6月1日
第18回高校総合体育大会で気高柔道・陸上、鼎高フェンシング優勝、個人では気高金沢潤、菅原龍三、田川耕三、気水高小松利喜が優勝

田川耕三君は鹿折中学出身で、気高フェンシング部だったと思います。理科系のクラス3年6組で同級でした。10数年前に東京で一度会いました。IT関係の会社を経営しています。菅原龍三さんは気高で一学年下の方のようです。

以上はあくまで、〈気仙沼文化史年表〉に記載されていた内容のピックアップ。当時活躍していたにもかかわらず、ここに名が欠けている方が大勢いるはずです。

そうした気仙沼における若きアスリートだった同級生たちは、今回のリオ・オリンピックの競技をどんな気持ちで見ているのでしょう。

メダルを胸にして賞賛をあびる姿、大きな期待を背にしながらも果たせず競技場を去る姿。そのいずれにも、40数年前の自らの姿を重ねあわせ、静かに涙しているのではないか。そんな気がします。

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マンボの港祭広告

8月6日の三陸新報には、この日から始まった〈気仙沼みなとまつり〉に関する記事や広告がたくさん掲載されていました。そのなかにあってキラリとひかるこんな広告が。

8月6日マンボ

気仙沼の喫茶店(というかなんというか/笑)〈マンボ〉が、昭和35年(1960)に三陸新報に掲載した広告とのこと。コピーというか宣伝文句を書き出してみましょう。


南国の香りを
ただよわせるマンボ

港まつりには
お二人連れで
是非マンボへ

夏の宵を心ゆくまで
お楽しみくださいませ……

いいよねえ。ポエム オブ マンボ。


今週はこれにて失礼します。連日の暑さで少し頭がヘンになっているようです。この週末は、お二人連れで是非マンボへ。夏の宵を心ゆくまでお楽しみくださいませませ……(笑)

一昨年のマンボ再開店広告のコピー〈あなたも わたしも マンボへ いきましょう〉もなかなかのものでした。つぎのブログで書きました。

2014年5月1日ブログ「マンボ再開店」

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仙河海ものがたり

一般社団法人 気仙沼サポートビューロー(KSB)主催の第5回KSB復興フォーラムが9月3日(土)に東京で開催されます。今回は、気仙沼中学校で教師を3年間勤められた経歴がある直木賞作家・熊谷達也さんを囲んでのフォーラムです。KSBサイトから内容を抜粋してご紹介します。

◎第5回 KSB復興フォーラム
仙河海のものがたり
〜直木賞作家・熊谷達也が紡ぐ気仙沼叙景

熊谷達也著書
KSBサイトから(クリックでサイトにジャンプ)

以下、KSBサイト案内文からの引用です。

熊谷達也さんは、昔と今の気仙沼を知る稀有な現役作家で、震災後は、気仙沼市をモデルとした「仙河海市」を舞台に、年代や登場人物が交錯した複数の物語を描かれています。そんな熊谷達也さんの描く「仙河海(せんがうみ)」の物語は、気仙沼人の人柄や気質、気仙沼の風土、文化、風習を深く知り、感じることができる貴重な読み物になっています。仙河海シリーズはこれまで5冊の単行本が刊行されており、8月には新刊『揺らぐ街』が光文社から刊行されます。

今回は、作家として、自身のこの5年を振り返りながら、仙河海シリーズに込めた想いを語っていただきます。直木賞作家が、気仙沼を舞台にした自作について語る、非常に貴重な機会です。書籍を読まれた方はもちろん、まだ読まれていない方も、この機会をお見逃しなく、ぜひご参加ください。(当日は17時30分から、数量限定で熊谷達也さんの新刊『揺らぐ街』のサイン本販売もいたします)

◎開催日時
 平成28年9月3日(土)
 18:00〜21:30(開場17:30)
(受付は17時50分までにお願いします)
◎会場
 赤坂ダイニング ままや
 東京都港区赤坂2丁目13−23 トミヤビル2F
 電話03-3584-8822
◎会費 5,000円(食事・飲み物込み)
◎定員 30名(応募者多数の場合は抽選)
◎お申込み
下記のKSBサイト内の申込フォームにて、あるいは、お名前・ふりがな・メールアドレス・熊谷達也先生へのメッセージ(ひと言)を記載のうえ、下記のアドレスにメールにてお申し込みください。(引用は以上)

気仙沼では、「みなとのがっこう」などで熊谷達也さんを囲む会が何度か催されていますが、東京でのこうした会はなかなかないことでしょう。詳細は、KSB公式サイトをご覧ください。

KSBサイト
メール宛先:forum@ksn-b.com

これまでの仙河海シリーズ既刊5冊については、つぎのブログにて。

3月4日ブログ「仙河海ストーリー」

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菅原智恵子コーチ

気仙沼出身の千田健太さんが、今回のリオ・オリンピックへの出場を果たせなかったことは残念なことでした。そして、前回のロンドン・オリンピックで千田さんと共にたたかい、男子フルーレ団体銀メダルを獲得した太田雄貴選手が初戦でやぶれたこと、そして試合後に現役引退を表明したことにはとても驚きました。

そんなリオ・オリンピックのフェンシング競技ですが、気仙沼から菅原智恵子さんがフェンシングのコーチとして参加しています。どのように紹介したらよいものかと思っておりましたら、きのう8月9日の三陸新報コラム〈万有流転〉につぎの記事がありました。

万有流転フェンシング
三陸新報8月9日記事の一部イメージ

筆者は三陸新報の浅倉眞理社長だと思います。私の感じていたことが、菅原智恵子さんをよく知る方の言葉として簡潔に述べられています。以下に全文を引用させて頂きます。

「 普段は穏やかで控えめ。しかし、試合となれば一転、勝負師となり、負けず嫌いが顔を出す。その気迫には周囲も圧倒される。気仙沼高校で、フェンシングを指導していたころの菅原智恵子先生の印象だ ◎鼎が浦高からフェンシングをはじめ、千田健一さんらの指導を受けた。2004年のアテネから3大会連続で五輪に出場。08年の北京では、個人フルーレで7位となり、日本人初の五輪入賞を果たした。しかし、この時、太田雄貴選手が個人銀メダルを獲得したことで菅原選手の快挙は、陰に隠れた ◎いったん、気仙沼高校教諭に復職。11年に日本代表コーチに招かれたが、実力は健在で現役に復帰した。翌年のロンドンに五輪で再び7位に入賞。男子団体銀メダリストの千田健太選手とともに、被災地に勇気を与えたことは記憶に新しい ◎菅原さんが再び、女子フルーレコーチとしてリオ五輪に臨む。日本代表西岡詩穂選手にとって、百戦錬磨の菅原さんのベンチ入りは鬼に金棒。二人三脚で菅原さんが果たせなかった、メダルを獲得してほしいものだ ◎今回、気仙沼からの選手出場はならなかったが、郷土の誇りとしてエールを送ろう。試合は10、11日(日本時間)に行われる。」(引用は以上)

女子フルーレの西岡詩穂選手は、和歌山市出身の27歳。ロンドン五輪についでリオが2度目のオリンピック出場となります。初戦は8月10日(水)21:10(日本時間)からです。テレビ放送予定はないようですが、8月11日(木)15:00〜16:50にNHK BS1にて録画放送予定となっています。フェンシングをよく知る街 気仙沼から、西岡詩穂選手そして菅原智恵子コーチに盛大なエールを!

(追記)西岡詩穂選手は、初戦の2回戦で南賢喜(韓国)に15−12で勝利。つづく3回戦は、ブバクリ(チュニジア)に10−15で敗れ、準々決勝進出を逃しました。残念。

本ブログでのフェンシング関連記事は以下に。お手すきのときにでも。

2月9日ブログ「千田選手五輪逃す」
2015年4月22日「美代子先生の訃報」
2015年5月18日「千田選手の後援会」
2015年5月19日「アスリートの魂」
2015年5月22日「気仙沼/剣の源流」

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内湾の復興MAP

きょうの東京は最高気温37度の予想。いったいどういうことになるのだろう。

さて7月29日のブログで、震災前の気仙沼市内湾地区の〈屋号通りMAP〉を紹介しましたが、本日は気仙沼市の「けせんぬま復興ニュース」第97号(8月1日発行)に掲載されていた魚町・南町地区のまちづくりマップを紹介します。市民の皆様には既に配布されていることと思いますが、市外の方のご参考になればと。なお、8月4日の三陸新報にもこのマップが少し簡略化されて紹介されていました。

復興マップ

「けせんぬま復興ニュース」第97号より(クリックで拡大)


以下に概要説明を引用します。

魚町・南町地区では、南町海岸に被災した市の施設である、観光・交流施設(エースポート)と勤労青少年ホームを合築により(仮称)南町海岸公共・公益施設を再建します。まちづくりの核となる商業施設は、まちづくり会社(気仙沼地域開発株式会社)がウォーターフロント施設(レストラン)、屋台ストリート、スローストリート、スローフートマーケット(加工・生鮮品)を整備し運営していく計画です。魚町二丁目、南町一・二丁目には共同化店舗併用災害公営住宅が、八日町二丁目には福祉カフェと集会室併用災害公営住宅が整備されるほか、入沢には災害公営住宅を整備します。魚町地区には、事業所や酒屋、飲食店が立地するほか、神明崎に隣接して約1,600平方メートルの1号公園を整備します。南町地区には、多くの飲食店などが立地します。また、地区内の歴史的建造物が再建され、歴史文化を継承した内湾らしさのあるまちとなります。(引用は以上)

このマップによって、私など気仙沼を離れて暮らす者にも新たに計画されている施設の位置関係がやっとわかりました。しかしその一方では、新施設以外の区画がどのように整備されていくのかが新たな疑問として頭にうかんでくるので困ります。

なお、この〈まちづくりマップ〉は、6月15日発行の復興ニュース94号に第1弾として鹿折地区が掲載されています。日をあらためて紹介しようと思います。

気仙沼市HP/けせんぬま復興ニュース

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気仙沼の写真映像

リオ・オリンピックが始まり、なにか気ぜわしいなかで新しい一週間が始まりました。

本日は雑誌の紹介。誠文堂新光社発行の『デザインノート』66号は、何人かの写真家や映像作家にスポットをあて、その乗り組みを紹介する〈写真と動画。〉特集でした。

頁を繰っていくと5人目の写真家が、浅田政志さんでした。そしてその紹介作品のトップがこれ、〈気仙沼漁師カレンダー〉2016年版だったのです。このカレンダーは、〈全国カレンダー展〉第3部門でフジサンケイビジネスアイ賞(銀賞)を受賞しました。浅田さんについては、昨年このブログでも紹介しましたので詳細は略しますが、木村伊兵衛写真賞(2008年度)を受賞しています。

漁師カレンダー

作品紹介にあたっては、〈撮影するモデルや現地のスタッフと対話し、細かな演出を計算してつくり込まれた浅田の作品の一部を紹介する〉とのリード文がありました。

2015年9月17日ブログ「写真家:浅田政志」

そしてさらに頁をめくっていくと、映像制作会社augment5 Inc.代表の井野英隆さんが紹介されていました。そして、その作品紹介の中に、震災の津波によって気仙沼市鹿折地区にうちあげられた第18共徳丸の姿が。

共徳丸

これは、スイスのダボスで開催されている世界経済フォーラムで発表された、震災復興に向けたプロジェクト〈Re-GENERAL TOHOKU〉紹介映像の冒頭イメージです。2012年1月のダボスで発表されたものと思われます。この映像のなかには、現 気仙沼ニッティング社長の御手洗さんや、気楽会メンバーをはじめ見知った顔もうつっているのですが、詳しくはまたあらためて。

このデザインノートでは、写真家の瀧本幹也さんも特集されていました。瀧本さんは、是枝裕和の映画「そして父になる」や「海街diary」の撮影監督もつとめるなど、映画やCMの世界でも高い評価を得ているのですが、驚いたのはそのプロフィール。瀧本さんが師事した写真家が藤井保(ふじい・たもつ)さんだったのです。藤井さんは、漁師カレンダーの初回2014年版の撮影を担当されました。瀧本幹也さんのお師匠さんが藤井さんだったとは知りませんでした。

といったことで、デザインノート66号は、気仙沼の香りというか匂いに満ちていました。この話はずいぶん前に紹介しようと思いながら本日になってしまいました。漁師カレンダーの2017年版の話などはまたあらためて。本日はこれまで。

2013年11月8日ブログ「漁師のカレンダー」


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イエスアイキャン

リオデジャネイロ・オリンピックが本日8月5日に開会しますが、本日紹介するのは、9月7日に開会するリオ2016パラリンピックのキャンペーン映像です。まずはご覧ください。その素晴らしさにみんな驚くはず。後半はミュージシャンのインタビューです。



これは英国の公共テレビ局〈チャンネル4〉が制作したもの。同局は2012年のロンドン・パラリンピックではイギリス国内のテレビ放送を担当し、そのキャンペーン映像「Meet The Superhumans」も大絶賛されました。今回のリオ・パラリンピックの映像はそれに続くもの。

タイトルは「We’re The Superhumans(超人)」。そして演奏するビッグバンドも「The Superhuman Band」です。音楽に合わせて動きだけをつけているのではなく、ベーシストやピアニストなど全員が身体に障害をもつミュージシャン。世界各国から今回の映像制作のために集まったそうです。フランク・シナトラかと思ったほどのシブイ歌声はオーストラリアのシンガー、トニー・ディー。車椅子を利用しているのは脊椎(せきつい)を損傷しているためです。

調べてみたら、テーマ曲「Yes I Can」は、サミー・デイヴィス・ジュニア/Sammy Davis Jr.がうたった有名な曲なんですね。YouTubeにあったつぎの映像も素晴らしい。チャンネル4の映像は、これを下敷きというか引用しているのではないかとも思う。いわゆるリスペクトとかオマージュみたいな。



映像の途中で焼け野原のなかの鳥居がうつります。どこかと思ったら原爆によって被災した長崎でした(Nagasaki after the bombing)。

チャンネル4の映像がナイキのCMを連想させるとしたら、こちらはアップルの1997年にスタートした「Think Different.」キャンペーン映像を思い出させます。ナレーションはスティーブ・ジョブズ本人。最後にこう語ります。〈彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが本当に世界を変えているのだから〉。シビレマス。



アテネ、北京、ロンドンの3大会に出場した気仙沼出身のパラリアンピアン佐藤真海さんは今年のリオ大会に出場しません。しかし、真海さんが生まれ育った気仙沼が、パラリンピックや障害をもつ人に対する理解が行き届き、壁や垣根の低い町であって欲しい。そう思い、この映像を紹介しました。

2016年1月13日ブログ「人知れず流した涙」(真海さん関連)
チャンネル4/2012ロンドン・パラリンピック映像

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メカの動画と冊子

8月2日のブログで書いたメカジキの話の続きです。昨年9月に結成された〈気仙沼メカジキブランド化推進委員会〉は、メカジキを使った新メニューの開発のほか、PRのための映像や冊子も制作しています。その内容が6月中旬から〈リアス観光創造プラットフォーム〉のホームページ上で公開されていますので紹介します。

まずはPR動画〈気仙沼メカジキ〉をご覧ください。ちょっとかっこ良すぎるかなという感じの1分24秒です。逆光のなかにうつる魚市場がとても美しい。



つぎは冊子〈気仙沼メカジキ本〉です。5000部を制作し、飲食店や学校、観光施設などに配布したとのことですので、すでに目にした方も多いことでしょう。発行は気仙沼市、制作は一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム、そして制作協力として気仙沼メカジキブランド化推進委員会と気仙沼信用金庫の名が記されておりました。

全22頁ですが、表紙をめくってのP1〜2の見開きはこんな感じです。左に目次が示されています。

メカ1

P13〜14は、昭和20年代の気仙沼内湾の風景です。私たち気仙沼中学20回生は昭和26年4月〜27年3月生まれですから、時代が重なっているかもしれません。写真提供は情報誌〈浜らいん〉を発行している〈みなと倶楽部〉です。右頁に小さく掲載されている〈昭和6年の魚町〉写真は、以前このブログでも紹介したものです。

メカ2

〈気仙沼メカジキ本〉全ページがPDFファイルで公開されています。

気仙沼メカジキ本(PDFファイル)

動画と冊子、いずれも下記の〈リアス観光創造プラットフォーム〉あるいは、〈気仙沼メカジキ〉専用の公式ホームページ上でも見ることができます。メカジキは気仙沼の水揚げが日本一。よその人にメカのことを質問されてもしっかりと答えられるよう、この機会にちゃんと勉強しておきましょう(笑)。

リアス観光創造プラットフォームHP/メカジキ
気仙沼メカジキ公式HP

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大谷防潮堤の続報

きのう8月2日の三陸新報が、大谷(おおや)海岸の防潮堤計画の見直しについてトップ記事で報じていました。

三陸 大谷海岸
三陸新報8月2日の記事の一部

内容は8月1日のブログでお伝えした河北新報7月30日付けの記事と同様ですが、よくわからなかった住民説明会での意見や反応についての記述がありました。その部分を以下に引用します。

住民ら約60人が出席した説明会では「一日も早く計画を進めてほしい」などの意見が出され、大筋で合意。2020年度の完成に向けて、調査や設計に入ることを了承した。
市への要望活動などを行ってきた大谷地区振興会連絡協議会の鈴木治雄会長は「これで砂浜が守られる。ここからは前に進むしかないので、一日も早く海水浴場を再開させてほしい」と話した。(引用は以上)

この大谷海岸の防潮堤は国の予算を受けて宮城県が計画しているものです。これとは別に気仙沼市が計画している防潮堤でも動きがあります。本吉町の蔵内漁港です。7月19日の三陸新報につぎの記事が掲載されました。

7,19防潮堤

三陸新報7月19日の記事の一部

これは、南三陸町歌津との境にある本吉町蔵内漁港草木沢地区の防潮堤計画です。12億8700万円の事業費で既に設計作業が進められているのですが、漁港の背後地にはもともと民家がなく、震災前は水田があったものの、現在は利用されていません。またJR気仙沼線のBRT専用道路は、計画堤防高よりも高い位置にあります。

しかし、市は「L1津波が発生した場合に公共交通機関の運行に影響を与える」として建設を決定しました。市は、公共交通機関も防潮堤によって「守るべきもの」としてきましたが、ここにきて、JR幹部から「BRTであれば避難が可能。守らなくてもいい」との発言があったそうです。この問題は6月の市議会でもとりあげられ、市長はJRの最終的な回答次第では計画の見直しも検討する方針を示したとのこと。

この計画の行方はまだわかりませんが、県による大谷海岸防潮堤と同じく、市の防潮堤計画でも動きがあるということで、お伝えしました。

追記:大谷海岸防潮堤の計画見直しについては、気仙沼市議会議員の今川悟さんの8月2日付けブログ記事に詳しい内容が記されています。是非ご覧ください。

今川悟市議ブログ8月2日記事

今川さんが、今回の計画見直しの8つのポイントのひとつとして「気仙沼市が住民の要望を積極的に支持。リーダーシップをとって国と県を動かした」ことをあげているのが印象に残りました。また、同じ大谷海岸でも、はまなす海洋館前はまだ計画が固まっていないとのことです。

8月1日ブログ「大谷防潮堤見直し」

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メカジキとカレー

7月29日に、気仙沼市のホテル観洋を会場に、メカジキとカレーを使った料理の発表会が行われました。その内容を、河北新報7月30日配信ニュースから紹介します。

メカカレー

河北新報の7月30日配信ニュースより(画像クリックで記事にジャンプ)

以下、記事から一部を引用します。

 (この発表会は)気仙沼商工会議所や市でつくる「気仙沼メカジキブランド化推進委員会」が企画した。レストランや居酒屋など14店が、メカジキ入りのカレーライスやカレースパイスを使ったカツ丼などのメカジキ料理を各店1000円で提供する。
 脂がのったメカジキは刺し身やソテーが一般的だが、かつて気仙沼市内の家庭では、豚肉や鶏肉の代わりにメカジキを具にしたカレーライス「メカカレー」がよく食べられていた。推進委員会はのぼりやポスターを作製し、11月には東京でPRイベントを開く。

 発表会には14店のうち11店が参加し、自慢の料理を関係者が試食した。推進委員長を務める菅原昭彦気仙沼商工会議所会頭は「メカジキは私たちのソウルフード。昨年開発したしゃぶしゃぶ、すき焼きとともに多くの人々に味わってほしい」とあいさつ。レストラン「クードフー」の庄司達範さん(22)は「カレーとメカジキの味を両方楽しめるメニューを楽しんで」と語った。(引用は以上)

「気仙沼メカジキブランド化推進委員会」は昨年9月に結成され、シャブシャブとすき焼きのメニューを第1弾として発表、今回は第2弾のメニュー発表となりました。

なお、この話題はNHK宮城と仙台放送のニュースでも紹介されました。そして仙台放送によれば、農林中央金庫からこのプロジェクトに100万円の支援金が贈呈されたとのことです。ひとつ付け加えますと、「気仙沼メカジキブランド化推進委員会」には、4月7日にキリングループからも支援金2500万円が贈られています。キリングループは、震災の復興支援の一環として、平成23年7月から「復興応援キリン絆プロジェクト」を展開しています。これらの支援については、4月20日のブログでも紹介しました。

「気仙沼メカジキブランド化推進委員会」では22頁の冊子「気仙沼メカジキ本」やPRビデオも作成しましたが、それらの制作にもこうした支援金があてられているのでしょう。

農林中央金庫さん、そしてキリングループさんのご支援に対して、あらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

気仙沼のメカにはキリンビールということで、どうぞよろしく。

4月20日ブログ「ふたつの「絆」支援」

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大谷防潮堤見直し

東京都知事選も終わり、きょうから8月です。

朝日新聞が7月29日(金)に配信した気仙沼・大谷海岸 防潮堤計画、大幅に見直し〉とのニュースには驚きました。前日28日の三陸新報〈大谷海岸周辺整備 前進へ〉という論説記事で、大きな進展があることは知っていたのですが、朝日新聞の記事はより具体的な内容を伝えていました。

そして7月30日には住民説明会が開催され、見直し案が示されました。それを受けて翌31日の河北新報がこれを報じています。


kahoku

河北新報7月31日配信ニュースより(クリックで記事にジャンプ)


◎〈防潮堤〉住民意向受け国道「兼用堤」に

 東日本大震災で被災した気仙沼市本吉町の大谷海岸に海抜9.8mの防潮堤を建設する計画で、県と気仙沼市は30日、防潮堤の建設位置を計画より内陸に移し、国道45号を防潮堤も兼ねた「兼用堤」にする見直し案を明らかにした。「県内随一の海水浴客を誇った海岸の砂浜を復活させてほしい」という地元の意向を踏まえた内容で、同海岸の再建は大きく前進する。
 大谷小で開いた住民説明会で示した。県の当初計画では海岸沿いを走る国道の海側に防潮堤を造るとしていたのに対し、国道の約850m区間を9.8mまでかさ上げして防潮堤の役目を持たせ、震災前の規模の砂浜2.8ヘクタール確保する。
 国道の兼用堤化については国が難色を示していたが、市は「おおむね調整がついた」と説明した。
 このほか、市が兼用堤の後背地3.9ヘクタールを堤防高と同じ高さでかさ上げし、道の駅「大谷海岸」や駐車場を整備する。2020年度の完成を目指す。
 同海岸の大谷海水浴場は環境省の「快水浴場百選」に選ばれ、震災前の10年は県内トップの約6万5000人が訪れたが、震災による地盤沈下で砂浜が減少。防潮堤建設によって砂浜の奥行きがさらに失われ、にぎわいを取り戻せるか心配する声が上がっていた。
 大谷地区振興会連絡協議会と大谷里海(まち)づくり検討会は15年8月、国道を兼用堤にして砂浜をできる限り確保するよう求める要望書を市に提出していた。協議会の鈴木治雄会長は見直し案について「海水浴場が守られる内容だ。計画を前に進めて早く再開につなげてほしい」と述べた。(引用は以上)

三陸新報は、31日にはこの件についてなにも記事にしていません。本日は月曜で休刊。明日にでも詳しい記事が掲載されることでしょう。地域住民らのねばり強い活動、交渉が県などの行政を動かしたのでしょう。私も海水浴に何度も訪れた大谷海岸。朗報だと思っています。

なお、NHK(仙台放送局)も30日にローカルニュースでこの大谷防潮堤のことを報じ、ニュース映像を含めて配信しています。こちらもどうぞご覧ください。

NHK7月30日配信ニュース内容

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屋号通り商店地図

6月30日のブログで〈やまと食堂〉の閉店について紹介したところ、菊田裕美君(3年1組)から〈ブログの参考に〉と、やまと食堂の周辺地図画像が送られてきました。現物を見たいとお願いしたところ、先日の気高同窓会のときに持参してくれました。

折りたたまれたパンフレット名は「気仙沼フィッシャーマンズタウン・港町スクエア/エリアMAP」。その中面が「屋号通りMAP」となっており、魚町と南町の内湾周辺の商店が詳細に描きこまれています。広げるとB3判の大きさになります。ながめていると本当になつかしい。まずはエリアMAPの全体をご紹介します。(画像はすべてクリックで拡大)

屋号通りマップ

つぎは拡大用に左右にわけて紹介。まずは右側/東側から。右上の端の坂口に〈べっこう屋〉の表示がありますが、我が家は、この右隣の坂をのぼって4〜5軒先にありました。

右

つぎに左側/西側です。

左

このパンフ/MAPは気仙沼商工会議所が作成したようですが、制作年月の記入はありませんでした。しかし、魚浜(うおはま)公園の説明に平成11年(1999年)に整備されたとありましたので、それ以降であることは間違いありません。

街は常に変化しています。長く続いた店が閉じられる一方で新しい店が生まれたり。それだけに、ある時点での街の様相の記録というのはとても貴重です。労作であると思います。地図を囲んで配された屋号も懐かしいものが多く、ひとつの記録といってよいでしょう。

裕美君も、この地図を見てはありし日の魚町や南町の商店を思い出していたのではないでしょうか。貴重なメモリアルグッズです。早めに返すけど、もうちょっと貸しといてね(笑)。

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週末TV催事情報

東京は、本日28日午前に梅雨明けとのこと。というわけで、ということでもないのですが今週末のテレビ番組や催事をご紹介します。

1:NHK「明日へ」       

明日へ

◎明日へ つなげよう
◎きたれ!マグロ漁師〜宮城県・気仙沼市
 7月31日(日)午前10:05~10:53
 NHK総合テレビ
 番組サイト

これは、5月15日放送の再放送です。前回はこのブログでの事前紹介ができませんでした。宮城県北部船主協会の労務部長・吉田鶴男さん(45)の仕事とともに、気仙沼の漁業にまつわる様々な話、風景が紹介されます。以下は番組説明コピーから。

いま気仙沼が熱い!かつて「きつい、汚い、危険」の3K職場とも言われたマグロなどの遠洋・近海漁業に若者が殺到。きっかけは、震災後に始まった漁船員を募集するブログ。仕事の厳しさ、やりがいをありのままに掲載し、若者の心をとらえた。若き漁師たちを港の人たちも全力で応援。ベテラン漁師。漁のえさを用意する「餌屋」。船に必要な道具や日用品をそろえる「仕込み屋」。みな若者の笑顔に町の将来を重ねる。漁業をつなぐ人々の心意気を描く。

2:EARTH Lab〜次の100年を考える 

◎EARTH Lab〜次の100年を考える
 7月30日(土)23:24~23:30
 TBSテレビ

100年後の地球を考えるための「世界の現状を表わす数字」を毎回紹介するという5分ほどのミニ番組。NPO法人「森は海の恋人」副理事長の畠山信さんが登場します。

3:熊谷育美さん一日店長      

◎横浜ワールドポーターズ「気仙沼PORT」
 7月30日(土)13:00~16:00
 アクセス

7月25日のブログでも紹介した横浜ワールドポーターズ「気仙沼PORT」で、熊谷育美さんが一日店長をつとめます。

4:ミッフィー展          

◎生誕60周年記念「ミッフィー展」
 横浜赤レンガ倉庫1号館
 アクセス
 7月30日〜8月24日
 午前10時〜午後7時
 入場料 一般1000円ほか

各地を巡回してきたこの展覧会が横浜へ。気仙沼ニッティングによる〈気仙沼で編んでもらったミッフィーちゃん〉も展示されます。私は昨年4月に松屋銀座での展示を見て、このブログでも紹介しました。未見の方は横浜ワールドポーターズの〈気仙沼PORT〉訪問などと合わせてご覧になるのもよいのではないでしょうか。

2015年5月8日ブログ「ミッフィー60周年」

来週からはもう8月。週末も暑い日になることと思いますが、水分を補給しながらどうぞおでかけください。

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壌さんと「うを座」

本日は演劇のご紹介です。7月9日の気仙沼高校関東同窓会で、千田理恵さんから一枚のチラシを受け取りました。理恵さんは気中26回生で、同窓会だけでなく気仙沼関連のイベントではなにくれとなくお手伝いされている方です。

座

◎演劇倶楽部「座」公演『鶴八鶴次郎』
2016年 8月3日(水)〜7日(日)
シアターサンモール
地下鉄丸の内線 新宿御苑前駅 大木戸門方面出口より徒歩3分
詳細は、演劇倶楽部「座」HPにて

この演劇倶楽部「座」の〈鶴八鶴次郎〉に理恵さんの甥/兄上の息子さん千田遊人さんが出演するというのです。

演劇倶楽部「座」は、壌晴彦(じょう・はるひこ)さんが主宰する劇団です。壌さんは、劇団四季を経て俳優そして演出家として活躍されていますが、気仙沼演劇塾〈うを座〉の活動開始時からその指導を続けてくださっているのです。ありがとうございます。

千田遊人さんも〈うを座〉の出身で、2006年に気仙沼高校を卒業、その後は国際基督教大学(ICU)に進み、今年の春に卒業しています。理恵さんいわく〈端役だと思うけど〉とのことですが、こうして本格的な舞台に立つのですから大したものです。詩作もされているところなど、父親の基嗣さんの良き薫陶を得てといったところでしょうか。

〈うを座〉の出身といえば、フリーアナウンサー佐藤千晶さんや、気仙沼の唄姫 熊谷育美さんもその一員だったはず。〈うを座〉で知った表現することの素晴らしさ、そして難しさといった経験がいま生かされているのでしょう。

なお、18年前から〈うを座〉の活動を会計の面で支えてきたのが同級生の〈のんちゃん〉こと臼井(斎藤)典子さん(3年1組)。きのう久しぶりに電話で話すことができました。お子さんの関係で〈うを座〉を手伝ったのかと思っていたのですが、聞いてみたらそうではなく、声をかけてもらったので〈挑戦〉したとのこと。そういえば、フェンシング千田健太さんの後援会でも会計監査を引き受けていました。

2015年5月28日ブログ「のんちゃんとの話」

〈うを座〉の旗揚げは平成10年(1998年)のこと。この18年にわたる継続的な活動はけっして簡単なことではありません。私は気仙沼が誇るべき活動のひとつだと思っています。鈴木恒子座長はじめ、関係者の皆様のご努力に心から敬意を表したく。

「うを座」FACEBOOK
「うを座」ホームページ

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気仙沼「SHARKS」

きのう25日のブログに書いた気仙沼PORTの話の続きです。オープン当日の7月23日にNHKテレビが紹介してくれたわけですが、本日はそのニュース画面のご紹介。

まずはサメのなめし革小銭いれ。これは気仙沼〈シャークス〉の商品ですね。とてもいい感じにクローズアップしてくれたので多くの方の興味をひいたのではないでしょうか。

シャークス気仙沼

このシャークスを営む熊谷牧子さんが、私たちの同級生である渡辺まさ子さん(3年5組)の妹さんであることを今年になって知りました。そして2月28日の目黒パーシモンホールでの復興支援コンサートで併催された気仙沼物産展で牧子さんにお目にかかることができました。会場で一生懸命に商品を説明し、お客様と話している姿が強く印象に残っています。

サメ革はとても上品な風合いをもつ高級素材です。目黒で商品を拝見しましたが、財布やバッグなどもとてもいい。機会があれば是非商品を手にとってご覧ください。

気仙沼シャークスのブログ
シャークス/ネットショップ

気仙沼市南町1-1-15
気仙沼復興商店街/南町紫市場 ト-2-4
TEL&FAX : 0226-24-5760

NHKニュース画面からもう一枚。

父親古里

ニュースサイトの情報によれば横須賀市から訪れたという70代の女性。「父のふるさとなので、少しでも協力できれば」と語っていました。親の故郷の復興を支援したいという気持ちがとてもありがたく、紹介させていただきました。


最後に本日午後10:54からの首都圏テレビ情報をひとつ。

◎伊達な海道紀行〜みやぎの旨いに出逢う旅
◎7月26日(火)午後10:54〜
◎TBSテレビ
番組サイト

俳優で歌手の中村雅俊さん(宮城県女川町出身)が、“食材王国”とも言われる宮城県のグルメを求めて、沿岸部を巡ります。今回は気仙沼市へ。日本を代表する魚市場を見学したあとは、魚市場の目の前にある寿司屋で、鮮度抜群のカツオ料理を味わいます。屋台村には、一風変わったカツオ料理が…。

残念ながらTBSテレビの関東ローカルらしく、東北放送/TBCでの放送はないようです。放送当日の紹介になってしまいましたが、是非ご覧ください。

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祝!気仙沼PORT

7月23日(土)、横浜に気仙沼関連商品の販売ブースが誕生しました。その名も「気仙沼PORT(ポート)」です。これについては、7月9日の気仙沼高校関東同窓会に出席した菅原市長が挨拶のなかで詳しく紹介していましたが、同日の三陸新報も記事としていました。

79横浜
三陸新報7月9日記事の一部イメージ

販売ブースは、横浜市みなとみらい21地区の大型商業施設「横浜ワールドポーターズ」内に設けられます。約10平方メートルですから、それほど大きなスペースではありませんが、気仙沼の加工食品や雑貨を中心に品揃えするそうです。上記の三陸新報の記事は、7月8日に行われた、「横浜ワールドポーターズ」を運営する(株)横浜インポートマート(神奈川県や横浜市などの出資による第3セクター)と気仙沼市の連携協力協定締結の様子です。今回の協力協定によって、販売ブースのオープンのほか、気仙沼市のPRイベントや情報発信などを行っていくとのことです。

なお、販売ブース「気仙沼PORT」のスペース賃貸料は免除されますが、その他の費用については、「東日本大震災復興支援基金」を財源にするとのことです。同基金については、7月19日のブログで紹介しております。

私は23日のオープニングに出向くことができませんでしたが、故 小山隆市君(3年6組9の三男 晃宏さんが駆けつけてくれて、彼のブログで報告してくれました。その写真を借用して紹介します。(画像はクリックで拡大)

横浜3

また、23日当日にはNHKのテレビニュースでも紹介されました。ネットで動画映像が配信されていますので、ご覧ください。

NHKニュース7月23日配信

私も時間をみつけて足を運んでみようと思っています。みなさまも是非おでかけください。

◎気仙沼PORT
「横浜ワールドポーターズ」2階デッキ
横浜市中区新港2-2-1

公式HP
公式FACEBOOK

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ありし日の七夕祭

故 小山隆市君(3年6組)の長男で、コヤマ菓子店を継いでいる裕隆さんのブログ。その7月13日の記事は、震災前にコヤマの店があった仲町大通りの今後についてでした。その中に〈仲町七夕まつり〉の写真5枚が掲載されていましたが、最後に紹介されていたつぎの写真を見て驚きました。

 仲町
裕隆さんの7月13日ブログより(画像クリックでブログにジャンプ)

写真の中にうつる七夕まつりの写真は、以前このブログでも紹介したものだったのです。三陸新報の2005年4月2日記事〈気仙沼人 活き枠 写真展〉に掲載されました。真ん中が小山隆市君、左が長男裕隆さん、右が次男の貴史さん。

三陸 七夕
三陸新報2005年4月2日記事より(クリックで拡大)

以前のブログで私はこう書いています。〈2002年には第39回として開催されていますから、ずいぶんと回を重ねてきたのですね。仲町大通り会が中心となって開催されてきましたが、そのお世話役が隆市君でした〉

そして2011年の震災後の仲町大通りの姿が、一枚目の写真です。背景としてうつるのが魚市場に向かう大通りなのでしょう。震災さえなければ48回目の七夕まつりを開催していたのではないか。それが、まさかこんなことになるとは。額縁のいたみを見ると、自宅か店の瓦礫の中から見つけ出した写真なのでしょうか。

写真をもつ手が裕隆さんなのか隆一君なのか定かではありません。しかし、瓦礫が連なる仲町の通りに、ありし日の仲町七夕まつりと親子3人の姿を重ね合わせてシャッターを押した撮影者の気持ちがどんなだったか。それを思うと、ちょっとせつないです。

2013年8月5日「仲町の七夕まつり」

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「㐂いち」赤坂店

千葉憲二君(3年4組)のお店、銀座「㐂いち」(きいち)の赤坂店が7月27日(水)に開店します。手元に届いた案内状をご紹介します。

案内状

地図はこちら。地下鉄「赤坂見附」よりすぐ。

表面

◎銀座 㐂いち 赤坂店
東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー3F
TEL:03-6256-9663 FAX:03-6256-9664
営業時間:11時〜15時 17時〜22時30分

銀座の〈㐂いち〉は、〈けせもい会〉の新年会でもお世話になっているのですが、開店から6年が過ぎようとしていると案内状にありました。早いなあ。

赤坂のお店が入る東京ガーデンテラス紀尾井町は、「赤プリ」の名で呼ばれた旧 赤坂プリンスホテルの跡地を再開発した複合施設です。「㐂いち」は、その中の紀尾井タワー3Fですが、最上部30~36階がホテル「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」となります。

憲二君は、ラーメン店〈ちばき屋〉3店、牛タンねぎ塩ラーメン〈㐂蔵〉2店と気仙沼の〈かもめ食堂〉、そして和食店として〈㐂いち〉2店を展開することとなりました。料理人としての実力はもちろんのことですが、経営者としての能力にもたけているということでしょう。

憲二君、赤坂での開店おめでとう。千客万来を、そして皆から愛される店になることを願っております。

東京ガーデンテラス紀尾井町HP/㐂いち

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気中6回生同年会

おととい7月18日のブログで、私たち気仙沼中学20回生の同年予定をご紹介しましたが、6月30日の三陸新報には、気中6回生の同年会についての投稿がありました。気中6回生は、昭和12年4月〜13年3月生まれで、生徒数は489名。そのうち、88名が5月18日に気仙沼プラザホテルに集まったそうです。

気中6回生

三陸新報6月30日掲載投稿記事の一部イメージ

私たち気中20回生の14学年先輩の方々で、「傘寿を祝う会」でもあったようです。傘寿ですから数え年80歳。投稿記事を読むと、これまでは還暦・古希・喜寿の機会に同年会を開いてきたようです。

6月11日には、私たちの4学年上にあたる気中16回生が気仙沼で同年会を開きました。私の兄も仙台から参加。約250名が集まったそうです。この学年はまさに終戦直後の〈ベビーブーム〉で生まれ、その後は〈団塊(だんかい)の世代〉と呼ばれることとなりました。兄によれば中学は14クラスで1学年なんと約700人です。私たち気中20回生は11クラスあって、卒業アルバムの名簿を数えると生徒数472名でした。

私は、平成25年8月27日の「小山隆市君・阿部健樹君ほかを偲ぶ会」には参加できなかったので、平成24年11月3日に南三陸ホテル観洋で開催された「還暦祝い後1年・震災復興支援感謝の集い」から、4年ぶりの同年会となります。4年前は、震災後で気仙沼市内では会場がとれず、南三陸町で会を持ち、翌日に気仙沼を訪れました。今年9月の気仙沼訪問は、その時以来4年ぶりということになります。2011年2月の同年会/還暦祝いのときは、魚町の実家に泊まったのですが今はなく、今回はホテル泊。ちょっとさびしい感じもするのですが、それはそれでまた一興ということにしておきましょう。

2012年11月5日ブログ「感謝の集い・報告」

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市への寄付金総額

7月8日の三陸新報に、震災後の復興支援として気仙沼に寄せられた寄付金についての記事が掲載されていました。その総額は約9億2900万円にものぼります。


7月8日寄付金
両画像とも三陸新報7月8日記事より(クリックで拡大)

その使いみちですが、記事によれば、寄付者の意向から活用先が指定されていない寄付の約4割の3億5800万円を産業振興などの各種事業に充当(予定を含む)。このうち約2600万円は海外の視察研修の旅費に充てられているそうです。

7月8日寄付金表

寄付金は、2011年以降、市が震災復興支援寄付基金として積み立てています。これ以外にも活用先が指定されている寄付金ですでに予算化されたものがあり、寄付総額は9億2900万円よりも多いとのことです。基金を経ずに活用されている寄付があるということでしょう。

現在までの基金残高は5億7000万ですが、すでに使途が定まっているものを除くと、実質的に使える寄付金はあと2億9000万円程度とのこと。

以上は気仙沼市に寄せられた寄付金です。これ以外にも、様々な組織・団体に直接寄せられた寄付も相当な金額にのぼるとおもいます。組織・団体だけではなく、個人に対しての寄付もあります。このブログでも紹介した台湾仏教慈済(ツーチー)基金会による気仙沼での見舞金支給は2011年10月時点で4億円を超えていました。

今回の三陸新報の記事は、市の発表による寄付金の使途についてでした。できれば、寄付してくれた方々、団体・組織についても知りたいと思ったのですが、これは案外難しいことかもしれません。たとえば寄付金額1千万以上について公表すれば、900万円を寄付してくださった方々に失礼ということにもなります。1千万円ではなく100万円、10万円でも同じことでしょう。

そう考えていくと、私が一番知りたいのは、逆説的なものいいになりますが、匿名(とくめい)で寄付された方ということになるかもしれません。名を明かさないことを条件にして寄付や支援を行ってくれた組織・団体、個人の方々です。まさに〈陰徳〉。人に知られないようにひそかにする善行とのことだそうですが、本当に尊いことだなあと。

目黒のさんま祭を思い出します。開会式で、目黒区の小学生たちが募金してくれた支援金が気仙沼漁協に対して手渡されます。毎年のことです。さんま代の足しにしてくださいということでしょう。本当にありがたく思いました。

その金額や、匿名/顕名(けんめい)を問わず、気仙沼のよりよき復興のためにとお寄せ頂いたお気持に対して、あらためて、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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あれから50年 か

今年9月に気仙沼で開催される気仙沼中学20回生の同年会の案内状が先週とどきました。中学を卒業してから50年ということで〈あれから50年同年会〉。その内容を紹介します。

あれから50年

「あれから50年同年会」開催について

 拝啓 向暑の候、同年生の皆様にはご健勝でお過ごしのこととお慶び申し上げます。
 平成25年8月27日に開催した「小山隆市君・阿部健樹君ほかを偲ぶ会」には約90名の仲間が集い、東日本大震災以降に亡くなられた7名の写真を見、思い出話をしながら故人を偲び、また、久しぶりにあった仲間と楽しいひとときを過ごしました。
 震災後5年3ヶ月が経過しました。市内では災害公営住宅や防災集団移転が進むなど住宅整備はようやく形が見えてきており、水産業、水産加工業関係の施設整備や三陸沿岸道路や大島架橋などの整備も進み、まちには活気が戻ってきたような気がしますが、新しいまちづくりは思うようには進んではいないような気がしております。
 さて、3年前の偲ぶ会終了後、幹事で反省会を行った際、70歳の古稀までみんなで集まる機会がないのは寂しい、中学校を卒業後50年になる65歳の年に何とか集まれないものかという話題が出ました。
 幹事が再び集まり相談した結果、お彼岸で帰省される人たちもいるからということで、下記の日程で「あれから50年同年会」を開催することといたしました。
 つきましては、再び旧交を温めたいと思いますので、是非多くの方々にご出席をいただきますようご案内申し上げます。 敬具

実行委員長 臼井真人



1. 日時 平成28年9月24日(土)午後5時
2. 場所 サンマリン気仙沼ホテル観洋
  気仙沼市港町4-19(電話0226-24-1200)
3. 会費 5,000円

会費は、案内状に同封されていた各クラス会計宛ての振り込みとなっております。参加申込み及び会費の振り込みの締め切りは8月31日(水)です。

封筒の裏面には、実行委員長臼井真人君(3年2組)と共に、事務局として小山謙一君(3年9組)の名がありました。今回も開催に伴う諸事を引き受けてくれたようです。それから、各クラス担当はじめ様々なお手伝いをしてくださる方々も、本当にありがとうございます。当日を楽しみにしております。

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佐々木善三弁護士

東京都知事だった桝添要一さんの政治資金使途疑惑で〈第三者的立場〉からの調査を担当した佐々木善三(ぜんぞう)弁護士。元は特捜部の検事で、リクルート事件や住専事件といった政界汚職などの大型事件を手がけてきました。その狙った獲物は逃さない執拗な仕事ぶりから「マムシの善三」という、まるで池波正太郎/鬼平犯科帳の登場人物みたいな異名で呼ばれたといいます。東京地検では特捜副部長もつとめました。ついでに言えば、元検事を意味する〈ヤメ検〉という言葉は下品ですね。〈◎◎あがり〉という言葉と同じく、あまり使いたくありません。

佐々木善三さん
デイリー新潮 6月24日配信記事より

その佐々木善三さんが、どうも気仙沼高校の卒業生らしい。そんなうわさ話を聞いたのは7月9日の気仙沼高校関東同窓会でした。〈聞いたことがないなあ。うそじゃないの〉というのが私の印象だったのですが、調べてみたらどうも本当のことのようです。

私が持っている気仙沼高校同窓会名簿(平成16年版)にその名がありました。気高第23回生(昭和46年3月卒)なので、私たちの一年後輩。職業欄には〈検事〉と記されていますので間違いないでしょう。

岩手県陸前高田市の出身ですから、たぶん〈汽車通(学)〉ですね。気高の後は中央大学法学部に進みました。陸前高田出身で気仙沼高校というと、俳優の村上弘明さんがいます。陸前高田市広田町の出身。私たちより5つ下の気高27回生で法政大学へ。

佐々木弁護士は、医療法人から5000万円を受領したとされる猪瀬直樹前都知事の弁護も担当しています。略式起訴で罰金50万円という結果は、佐々木弁護士の弁護能力によるとの見方もあったようです。震災時に気仙沼が大変お世話になった猪瀬直樹さんと佐々木弁護士の関係は奇縁を感じさせます。

さて、桝添都知事に関する調査報告で佐々木善三弁護士がくりかえす〈不適切ではあるが違法ではない〉という語り口にはなんというか〈違和感〉をおぼえました。しかし、高校の一年後輩ということを知ったいま感じるのは、むしろ〈親近感〉。というとちょっと言葉が過ぎるか。でも本当に驚きました。そのご報告ということで今週は失礼いたします。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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