少年漫画の時代

きのう紹介した気小2年のときの学芸会「浦島太郎」の記念写真。アルバムに記された日付は昭和34年(1959)10月19日。どんな年だったのか調べてみました。「少年マガジン」や「少年サンデー」が創刊されていますね。サンデーが30円、マガジンが40円だったそうです。マガジンは5号から30円に値下げしたとか。

しかし、小学校2年ごろにサンデーやマガジンを読んでいた記憶はありません。漫画週刊誌は、小学校の高学年か中学生になってから、分担して買った記憶があります。〈おれがマガジン買うがら、おめはサンデー〉みたいな(笑)。

小学校低学年のときは、「少年画報」や「少年」「ぼくら」「冒険王」といった月刊誌の漫画を楽しみにしていました。たとえば「少年画報」では、武内つなよし「赤胴鈴之助」、桑田次郎「まぼろし探偵」。「少年」では、手塚治虫「鉄腕アトム」、横山光輝「鉄人28号」、堀江卓「矢車剣之助」、関谷ひさしの「ストップ!にいちゃん」など。こうタイトルを並べるだけでなつかしい。

こうした月刊誌は、付録も楽しみでした。漫画の小冊子や、紙の組み立て付録。正月号なんか特にすごいよ。各誌が、「20大付録」とか「21大付録」とかその数を競います。私なんかも、〈これのほうが、ひとつ付録が多い〉などと、まんまとその数にだまされました。

その付録で今でもおぼえているのは、蓄音機っていうかレコードプレーヤー。小さな〈ソノシート〉にとがった金属板のさきっちょを置いて回すと、アルミホイルの振動板から音が出てくるのです。すごいと思いました。

その記憶が正しいかどうかわかりませんが、ソノシートを回すための頼りないアルミニウムのピンの質感が、今でも懐かしく思い出されます。

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弘君の浦島太郎

昨年5月、臼井弘君(3年4組)についての話のなかで、気仙沼小学校2年のときの学芸会「浦島太郎」のことを書きました。弘君が浦島太郎(の若いとき)を演じました。今日はそのときの記念写真を紹介します。

浦島太郎6 (クリックで拡大)
1959年10月19日

中央付近に釣り竿を持っている二人の浦島太郎の左側が弘君。その左は乙姫様の森(旧姓森田)恵子さん(2組)。右の方で亀の甲羅を胸にしているのがわたくし小田。

この学芸会の会場は、気仙沼中学の体育館でした。会場には多くの父兄が集まっていました。その会場で浦島太郎を演ずる息子を見ていたであろう弘君の母上が亡くなって今日でちょうど一年。あれからもう一年かと私は思うのですが、弘君にとってはどうだったか。福寿水産は来月の業務開始に向けて工事等を進めているとのことです。

無事の業務再開とお母様のご冥福をお祈りいたします。

(追記)
と、ここまで書いたのですが、弘君のお母様の命日を確認したら、6月14日でした。一カ月ほど早くしてしまいました。昨年のブログでは、訃報広告の内容から6月16日と書きましたが、それもに二日ほど違っていたようです。弘君、大変失礼いたしました。

2011年5月20日ブログ「フカヒレの臼井弘君」
2011年6月23日ブログ「天寿をまっとうし」

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BRT気仙沼線

今日は、JR気仙沼線の話。

被災し不通になっている気仙沼線(気仙沼〜柳津)については、昨年12月にJR東日本からBRTによる復旧の提案がなされ、今年3月には具体的な運行ルート案も示されました。
「BRT」とは、Bus Rapid Transit/バス・ラピッド・トランジット=バス高速輸送のこと。バス専用道路を使うなどして、通常の路線バスよりも高速に定時運行する輸送システムです。

3月、登米市と南三陸町はこのBRTによる仮復旧に一定の理解を示したものの、気仙沼市は「鉄道による再建を確約してほしい」と反対というか、態度を保留していました。それに対し4月中旬、JRが「検討協議を継続する」としていた資料の文言を「安全が確保された鉄道の復旧」に変えるなどしたのです。そして5月7日、沿線自治体とJR東日本が仙台で開催した復興調整会議で気仙沼線のBRT導入で合意しました。

しかし、これを報じた5月8日朝日新聞朝刊の見出しは、「同床異夢」。同じ寝床に寝ていても、それぞれ違った夢を見ているというのです。

気仙沼線 5月8日朝日新聞朝刊の見出し

気仙沼市の菅原市長は〈JRの(鉄道復旧の)意思が明確に示された〉としているものの、JRは〈安全を確保するための路線変更などには多額の費用など非常に高いハードルがある〉とちょっと違うニュアンスなのです。以前の情報では気仙沼線を鉄道で復旧させると数百億円もの巨費が必要とされていました。

JR東日本は、株式会社。赤字が続いていた路線の復旧を、上場企業として株主に説明できないという立場も理解できるのです。同様に国のお金、つまりは税金を使うには法改正も必要であるし、国民の理解が得られるかどうか。

私は、このBRT導入による気仙沼線の〈仮復旧〉に賛成です。〈鉄道でなければ、わがんね〉という声が地元にあることも十分承知していますが、議論や交渉に時間をかけるよりも、少しでも早く移動手段を回復することのほうが大切ではないでしょうか。

ここはひとつ、いろんな気持ちを飲み込んで。〈異なる夢を見ながら〉でもいいから、より良き路線の実現や収益向上のための意見を出し合うほうが得策ではないでしょうか。

JRは年内にも一部で運行を始めるそうです。気仙沼線の不通区間のうちバス専用道は6割。残りは一般道を走ります。さまざまな夢をのせて。

3月6日ブログ「未来的気仙沼線」

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漁港区域の拡大

今週はちょっと固めの話でスタートです。
5月2日の三陸新報に「気仙沼の漁港区域拡大が6月に前倒し」という記事。

ピクチャ 1 5月2日三陸新報紙面イメージ

私がこの記事に関心をもったのは、4月の復興フォーラム勉強会で菅原茂市長が漁港区域の問題について触れていたからです。魚市場周辺地域のかさ上げなどが石巻市などに比べて遅れているのは、この区域指定の違いも理由のひとつだというのです。

石巻の場合、魚市場周辺はかなり広域にわたって漁港区域に指定されていたため、国の予算を使っての早期の復興対応ができました。これに対し気仙沼は、市場周辺のごく狭いところしか指定区域となっていないのだそうです。記事によれば、市では今年10月ごろまでに拡大手続きをおえる予定でしたが、国や県の協力もあり6月に前倒しできるめどがついたとのこと。

これにより、区域内では地盤沈下した民有地を含めて国(水産庁)の水産基盤整備事業でかさ上げができ、道路や水道などの復旧も進めやすくなります。
でもね、いいことづくめの話ではないのです。漁港区域で漁港施設用地に指定されると、水産関係施設以外は原則として立地できません。そのため、すでに復旧した水産関係以外の建物は、立て替えなどに合わせて移転してもらうことになるのだそうです。

対象区域は、魚市場周辺18ha(ヘクタール)と鹿折地区11ha。地権者は約550人。市では、区域拡大への同意や売却/継続所有などの意向調査を急いで行っています。

5月2日の三陸新報1面には、この記事のほかにも、〈近海マグロはえ縄船の集団操業〉や〈遠洋マグロはえ縄漁業の収益性向上や省エネ化実証〉プロジェクトなど、今後への期待を感じさせる話が紹介されていました。

〈 気仙沼にもちょっと遅い春の訪れが 〉と書くと、少しきれいごとに聞こえるかもしれません。でも、こうした記事や同級生の事業再開のニュースを聞くと、本当に少しずつですが、みんなの懸命の努力によって物事が動き始めているように感じられるのです。

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息子世代の活躍

5月8日のブログで、NHKテレビ「仮設作業場でさめ肉加工始まる」というニュースに登場した吉田久雄君(3年6組)を紹介しました。ただ、このNHKニュースのネット配信は即日終了なので皆さんにご覧いただくことができませんでした。

残念に思っておりましたら、きのう11日に同じテーマでTBSテレビニュースのネット配信がありましたのでご紹介します。1週間ほどは視聴できるはず。

TBSニュースサイト「気仙沼、仮設の水産加工場完成」

久雄君の会社「カネヒデ吉田商店」が仮設水産加工場で業務再開というニュースなのですが、TBSは久雄君の息子である健秀さんを中心に紹介しています。父ちゃんは背景です(笑)。健秀さんは〈震災による取引中断で、得意先を同業者に奪われてしまっている〉と語ります。

このニュース映像を見ていて、ここでも私たちの息子世代が頑張っているなという印象を強くしました。フカヒレの会社/福寿水産の臼井弘君(3年7組)にしても、息子の祐介さんが頑張っているしね。コヤマ菓子店/小山隆市君(6組)の長男裕隆さんの活躍はこのブログでも何度も紹介しています。

まあね、考えてみれば還暦を過ぎた気中20世代は、サラリーマンであれば退職が始まったり、少し早めに年金でももらおうかなどという年代。まだまだ元気といいつつも、結構いい年であることはまちがいありません。

健秀さん、祐介さん、裕隆さん。お父さんたちは〈なんだが、まだまだわがんねもの〉と言いながら、かなり皆さんをあてにしてると思いますよ。記憶力や視力の衰えはもちろんのこと、血圧、体脂肪、コレステロール関係もかなりあやしい父ちゃんたちですが、どうぞよろしくお願いいたします。みなさんもいつかは通る道ということで(笑)。

5月8日ブログ「吉田久雄君の話」

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畠山美由紀 onTV

今日で震災の日から14カ月。

さて明日4月12日(土)、「MUSIC FAIR」に畠山美由紀さんが出演します。

フジテレビ系列「MUSIC FAIR」(気仙沼は仙台放送)
5月12日(土)午後6:00〜6:30
演奏:笹子重治(Guitar)、織原良次(Bass)、黒川紗恵子(Clarinet)

歌う曲は「わが美しき故郷よ」。震災後に美由紀さんが故郷気仙沼を想いながらつくった曲です。気仙沼の「3月11日からのヒカリ」プロジェクトのオープニングイベントでも歌ってくれました。たしか、あの日のギターも笹子重治さん。私は東京におり、ユーストリームでの映像中継を見たのですが、通信環境が悪かったせいか、ちょっと画像がぎくしゃくしていたのが残念でした。12日はミュージックフェア伝統のきれいな画面で、美由紀さんの美しい歌声を聴かせてくれることでしょう。

「わが美しき故郷よ」については、このブログで何度も書きました。念のため、今回もユーチューブ映像を紹介しておきましょう。キリスト品川教会グローリア・チャペルでのライブ。約4分間のオフィシャル映像です。



「MUSIC FAIR」での畠山美由紀さん。ぜひご覧くださいますように。
とっても素敵ですよ。

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仮設の宿泊所

気仙沼市鹿折地区の仮設商店街「復幸マルシェ」の空き室に設けられたボランティア専用の宿泊所が、市などから「目的外使用」と指摘され、やむなく閉鎖したとのニュースが9日の読売新聞オンラインにありました。

3月にオープンした仮設商店街「復幸マルシェ」は、南町紫市場と同様に国の予算を使って中小企業基盤整備機構が建設し、市を通じて商店会に無償で貸し出されています。そして、2室が未入居だったために、この空室を有効活用しようと、11台の2段ベッドを設置してボランティア専用の宿泊所にしました。利用料はシーツの洗濯などにかかる実費の1泊500円で、連日満員だったそうです。

しかし4月中旬、市から「宿泊所利用は目的外使用にあたる」との指摘があり、このたびの閉鎖となりました。中小企業基盤整備機構も「税金で建てている以上、目的外使用は黙認できず、安全性も確保できない」との立場だということです。

この鹿折の宿泊施設の話は知っておりました。私も妻も、いつでも泊まれた実家がすでになく、気仙沼の厳しい宿泊事情は他人ごとではないのです。ただ、この仮設商店街での宿泊所というのは、ちょっと微妙だなとは感じていたのです。ボランティアの方々に向けてという条件付きではあっても、宿泊サービスの提供というのは、安全ほか様々な条件の確保が必要になるからです。(私は少々の安全は自分が負うリスクとしてもいいから、500円で泊まりたいと思っていましたが)

4月21日の復興フォーラム勉強会で、菅原茂市長もこのことについて話していました。「ボランティアの人たちが泊まろうにも、宿泊するところがなく、みんな本当に困っている。県や国に対して、仮設の宿泊所などを設置しやすくするように働きかけているところだ」という主旨の発言でした。

今回の仮設宿泊所の閉鎖は、気仙沼市としても苦渋に満ちた指導だったでしょうね。いわゆる〈お役所仕事〉として批判することはたやすいのですが、むしろ県や国に対しての被災地における宿泊所設置についての特例処置を求める気仙沼市の応援をしたいと思いました。とにかく、気軽に気仙沼に帰れる宿泊施設が欲しいのです。

オダクン、ナンダベ、エンリョシテ。オライサ、トマッテイガイン。
ありゃどうしたの、遠慮して。私んちに、泊まっていきなさい。

ありがとうございます。気持ちだけいただいておきます(笑)。

5月9日読売新聞オンライン「気仙沼の仮設商店街 宿泊所閉鎖」

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気小3年8組

震災の津波で自宅も店も流された同級生。小山隆市君(気中3年6組)もそのひとりです。
仲町の店〈コヤマ菓子店〉は2階が喫茶店〈珈琲山荘〉でした。自宅は幸町だったかな。〈珈琲山荘〉に飾ってあったアルプスの写真や自宅にあったであろう記念写真なども流されてしまったでしょう。そこでこの一枚をご紹介します。

気小3年8組写真2 (クリックで拡大)

気仙沼小学校3年8組。たしか担任の小野寺孝允先生が撮ってくれた写真です。
まんなかで、両脇の友達に手を回しているのが、隆市君。その右は〈ちばき屋〉の千葉憲二君、左はわたくし小田です。

なつかしい顔がならんでいますよ。東京の〈けせもい会〉で顔を合わせていた千葉正俊君や小山達朗君もうつっています。なぜか男子生徒だけの写真ですね。撮影場所はどこだろう。気小3年は現在の市民会館の場所にあった第2校舎で学びましたが、そこではありません。左にちらっとうつっているのはプールの建物のような気もする。

この写真に写っている隆市君はまさに〈クラスのリーダー〉って感じ。実際そんな感じでした。絵もうまくてね、それと戦艦長門の主砲はなん門あってなんインチといった、今ではなんの役にもたたない軍事知識も豊富でした。

そんな隆ちゃんもすでに61歳。この写真当時から半世紀が過ぎました。
思えば遠くへきたものです(笑)

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吉田久雄君の話

昨日、ツイッターで知ったNHK仙台放送局ローカル「仮設作業場でさめ肉加工始まる」というニュースのネット配信を見ていたら、同級生が登場。おっ、吉田久雄君(3年6組)じゃないの。

このニュースは、中小企業整備機構が気仙沼市松崎前浜に建てた小規模水産加工業者向けのプレハブ式の施設で、さめ肉加工会社が加工作業を始めたというもの。それが久雄君の会社でした。〈南町紫市場〉の建設も中小企業整備機構。こうした生産施設の支援・整備も行っているのですね。

この施設ではいま、地元の水産加工会社など10の事業者が仮設の加工場として使うための準備を進めているといいます。久雄君の会社は、機械の搬入や休憩所の設置など操業を始める準備が整ったために昨日から加工作業を始めました。

この日7日、気仙沼港で水揚げされた750キロ余りのさめが運びこまれ、およそ1年2カ月ぶりの作業が始まりました。さめ=ふか。フカヒレをとった後の肉を処理・加工するという、ある意味「フカの再処理サイクル」みたいな連携プレーがあるのでしょう。久雄君が加工機械にさめ肉を通していく姿も紹介されていました。加工されたさめ肉は、東京の築地市場などに出荷されるということです。

インタビューにこたえ、久雄君はこう語っています。「皆さんのおかげだと思っています。本当の復興に向けて、また、ここから頑張りたいなと思っています」

4月25日のブログ「昭和の子供 2」で紹介した斉藤恒四郎君が語る〈津波で自宅も記念写真もすべて流された同級生〉のひとりはこの吉田久雄君でした。

久雄君の気持ちを勝手に想像すれば、〈写真だのなんだのを流されだがらって泣いでばかりいられないがらね。やっぱ稼がなくてはだめなのっさ〉といったところでしょうか。
吉田久雄君の事業再開。これからが本番でしょうが、まずはおめでとう。なんとかこの難局をのりきって欲しいと思います。


上記のNHKニュースは、すでに配信が終了していますが、本日8日の三陸新報が同じ話題を紹介していましたのでご覧ください。久雄君が社長をつとめる会社は「かねひで吉田商店」でした。

5月8日三陸新報記事
4月25日ブログ「昭和の子供 2」

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大堀銀座の現在

連休後半、5日の〈銀座柳まつり〉そして6日の〈自由が丘スイーツフェスタ〉では、「気仙沼・南三陸震災復興キャンペーン(首都圏誘客キャラバン)」も行われ、両日とも大谷の保存会による大漁唄い込みやドヤ節が披露されました。〈ホヤぼーや〉の人気も急上昇中。私は行けなかったのですが、妻が手伝いにでかけ、両日とも多くの人が集まって大盛況だったと語っておりました。

さて今日は、連休前半に気仙沼へ帰った妻が撮った写真を紹介しましょう。

大堀銀座2 大堀銀座1
2012年4月30日撮影(クリックで拡大)

魚町から八日町方向に撮った大堀銀座の交差点です。妻の親戚の建物から撮ったもの。写真右下、角にナガサワがあったあの一画がいまはなにもありません。右上角には、左から同級生鈴木(佐々木)真知子さん(3年4組)の実家〈佐々木金物店〉や〈武山米店〉などが一階を津波でさらわれながらもかろうじてたっています。

私たちが小学生のころは、ここは気仙沼の一等地でした。大堀丁の銀座だから〈大堀銀座〉。昔は三日町、八日町から海まで堀があったのでその名がついているのでしょう。明治から大正時代にかけてその堀にふたがかけられて現在に至ります。

玩具店〈ナガサワ〉のショーウィンドウには、欲しいものだらけ。特にクリスマス近くになると、それはもう。映画で、貧しい少年がオモチャ屋のウィンドウの中で走る機関車をじっと見ているシーンなんかがよくありますが、まさにあれです(笑)。
ナガサワに向かって右側には、龍崎果物店。龍崎経子さん(5組)の実家です。小学生当時の高級果物バナナが店頭にぶらさがっていました。1本60〜70円したんじゃないかな。その並びの中川食堂。特製アイス最中(もなか)が最高でした。

交差点の左上の角は、もとは藤野食料品店。それがデパート〈丸藤〉そして〈藤崎〉気仙沼店となります。エレベーターはあったけれど、エスカレーターはなかった。気仙沼初のエスカレーター設置はその後開店した〈丸光〉(まるみつ)でした。

そんないろんな思い出のある〈大堀銀座〉も今や昔話になってしまいました。この写真を見て、あらためてそう思いました。

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変わる商業地図

4月29日のTBSテレビで放映された気仙沼関連のニュース映像を紹介します。
「被災地・気仙沼、変わる〈商業地図〉」。約2分の映像です。

(配信終了)

沿岸部は多くの店が移転・廃業するなか、以前2〜3割が空き店舗だった田中前地区は現在すべてが埋まっています。そして、〈復興計画が実施された後は新しい沿岸部の方がお客さんを引きつける可能性がある〉と語る菅原茂市長のコメント。わずかな紹介でちょっともの足りない編集です。

そのあと、南町から田中前に店を移した店主の方の「あっち(沿岸部)は、がれきの山」というコメントは、私の印象と違うなと思いました。たしかに〈住んでいる人が少なく、店を出しても商売にならない〉のは間違いないでしょう。しかし南町も魚町もほとんどのがれきの山はすでに撤去され、鉄筋のビルなどが残るものの、建物があまりない空間が広がっているように思うのですが。

映像の最後に「気仙沼市の復興計画/集中復興期間5年、目標期間10年」の文字。
これからかかるであろう時の長さを思い知らされました。

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大吉先生の受章

昨日の気仙沼の大雨では川沿い地域をはじめ避難勧告も出ました。今日の気仙沼は少し落ち着いたようですが、浸水・冠水などの被害が心配されます。(避難勧告は、4日午後1時近くにようやく解除されたようです)

さて、4月29日の三陸新報に気仙沼・本吉地区の春の叙勲受章者の記事。そこに、私たちが気仙沼中学でご指導いただいた吉田大吉先生のお名前がありました。42年間の教育功労をみとめられての瑞宝双光章です。

吉田先生、というよりは〈だいきっつぁん〉(大吉さん)。記事によれば、先生の母校でもある気仙沼中には教頭、校長時代も含めて計15年勤務したとのこと。その気中時代の思い出として〈全校生徒2000人での運動会〉〈大型バス14台を連ねての修学旅行〉などをあげています。私たちよりも4年ほど上の団塊の世代のころの話でしょう。気中20回生でも11クラスありました。

この先生の受章の話は菊田裕美君がいち早くみんなに知らせてくれました。先生は裕美君が属していたバレーボール部の顧問でした。また、小山隆市君や村上良君らがいたボーイスカウトの隊長でもありました。生徒みんなから愛された先生のおひとりでしょう。昨年の震災後3月26日、鈴木徳一君らが東京からトラックで支援物資を運んだときには、大吉先生もかけつけてくれました。

記事のなかにつぎの記述がありました。
「気仙沼育英会から奨学金を受けて大学に進んだ経験から〈地元に恩返しがしたい〉という思いが強かった。教え子の活躍がなによりうれしいという」

吉田大吉先生、現在76歳。ますますお元気で、ご活躍くださいますように。
受章おめでとうございました。

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魚町・南町未来図

28日から気仙沼に帰っていた妻が1日に帰京。「魚町・南町内湾地区復興まちづくりコンペ」プレゼンテーション資料中の最優秀作の写真を撮ってきたといいます。資料は南町に住んでいた叔父が会場でもらったもので、各案とも裏表2ページでまとめられていたそうです。本日はその写真を見ながら、最優秀作の内湾まちづくり提案を紹介します。

提案1 提案2
最優秀作の提案内容。表裏2頁分(クリックで拡大)

提案内容によると直立浮上式防波堤は、平常時は海底に潜み(ひそみ)、津波襲来時に出現する〈新たなドラゴン〉と位置づけられています。これを受けて、提案コンセプトのタイトルは「ドラゴンポート」。なるほど、うまいこというね(笑)。

エースポートのあたりに見える塔〈ベイタワー〉は地震や津波の情報発信とともに、新しいまちのシンボルでもあるのでしょう。その周辺は、〈交流ゾーン〉です。そしてその南北の海岸沿いが〈ウォーターフロントゾーン〉。国が求めている堤防高TP+6.2m以上の7m(3階相当)の避難デッキをめぐらせます。このデッキ下の1・2階部分は原則として居住はできません。イメージ図で、2:ウォーターフロントゾーン〈北〉としてあるのが魚町海岸通り、同じく3:ウォーターフロントゾーン〈南〉が柏崎の下となります。4:街なか再生ゾーンは、八日町の振商会通りのイメージです。

妻の叔父さんは〈ほかの案もみんな良かったよ〉と語っていたそうです。最優秀作は、やはり〈次世代型堤防〉の威力があったのではないでしょうか。この堤防さえあれば、内湾の陸部分の計画はかなり自由になります。気仙沼市が、再優秀作以外の提案もいろいろ参考にしながら、今後の実施計画を住民の皆さんと相談したいというのは、つまりそういうことなのでしょう。

〈イメージ図〉というのは、やはり説得力というかチカラがありますね。ほかの提案内容をじっくりと見てみたいと思います。と、ここまで書いて気仙沼市のウェブサイトをのぞいてみたら、1日にはなかったコンペの審査委員会の報告が掲載されていました。優秀作候補5案、佳作候補5案、計10提案をダウンロードして見ることができます。

すべて力のこもった充実した内容です。最優秀作はある意味でシンプル。次世代型堤防の提案のわかりやすさがあったように思います。各案に描かれた魚町・南町の未来のイメージ図もそれぞれの〈夢〉を見させてくれます。ぜひご覧ください。

〈未来想像図〉ではなく、〈未来創造図〉。なんとか気仙沼の人たちが自ら選びとり創りあげる未来であって欲しいと、心から思っています。

気仙沼市公式サイト「まちづくりコンペ/審査委員会

開催結果」
5月1日ブログ「コンペ最優秀作」

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tag : 気仙沼 気中20 まちづくりコンペ 防潮堤 森は海の恋人 復興計画

コンペ最優秀作

気仙沼の「魚町・南町内湾地区復興まちづくりコンペ」の審査委員会が4月29日(日)に市民会館で開かれました。約100点の応募案から絞り込んだ優秀作候補5案、佳作候補5案について提案者からプレゼンテーション(説明発表)を受けたうえで審査委員の投票を行い、次世代型の防波堤を気仙沼湾に設置する案が最優秀とされました。

この案は、大林組と建設コンサルタント会社・エイト日本技術開発が共同で提案したもので、銅管を海底に並べて設置し、津波の時には空気を送り込み浮上させる「直立浮上式防波堤」建設案。三陸新報によれば、神明崎と柏崎を結ぶ湾奥口部(延長120メートル)の海底に設置。津波発生時は、50本前後の鋼管内に空気を送り込み、浮力によって最速2分で浮上させ、空気を抜くことで降下させるというもの。海岸に巨大堤防を建設する必要がないため、内湾地区の新しいまちづくりの自由度が高くなっています。詳しい内容はあらためてご紹介しましょう。

委員会では、菅原茂市長や有識者、地元住民ら計32人が投票し、この案が最多の12票を獲得しました。しかし、この案がそのまま実施案になるわけではなく、市は最終選考に残った5案を中心に具体的な検討に入り、住民とのまちづくりの協議に生かす考えとのこと。

次世代型堤防。そんなうまいことが本当に可能なのか。古くなったらどうする。そんな多くの疑問もあるのですが、景観を損なわずに災害に備えるという提案が評価されたことはよく理解できます。

本日は最優秀作が決定ということのみお伝えしておきます。河北新報ニュースに加え、「直立浮上式防波堤」を説明した大林組の技術情報サイトもリンクもはっておきますのでご覧ください。

河北新報ニュース
大林組サイトより「直立浮上式防波堤」

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桜まつりニュース

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今日から5月。
本日の東京はくもり空。気温予想も23度と昨日よりちょっと低くなっています。

さて、気仙沼の〈大川さくらまつり〉は29日(日)で無事終了しました。各局のテレビニュースでも紹介していましたから、ご覧になった方も多いのでは。ニュースによれば、700メートルにわたる桜並木のうち、3分の1にあたる65本が震災の津波と火災で失われました。そして今年は残った110本あまりのうち約40本が花を咲かせたそうです。津波による塩害のせいか、半分以下の開花でした。

以前のさくらまつりを知る人にとっては、ちょぴりさびしい印象もあったかもしれません。しかし、けなげに咲いてくれた今年の大川の桜は、気仙沼の人にとってひときわ深い趣があったのではないでしょうか。
さくらまつり実行委員会や関係者の皆様、企画から準備、そして終了までのお世話、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

テレビニュースを見逃した方のために、NHKとテレビ朝日のニュース映像を紹介しておきます。数日で配信がなくなると思いますので、お早めにご覧ください。

NHKテレビニュース
テレビ朝日ニュース

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プロフィール

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/60〜61歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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