パナソニックCM

本日紹介するのは、パナソニックのCM。気仙沼の齋藤利莉(りり)さん(大谷中学3年)と藤澤将匡(しょうま)さん(松岩中学3年)が登場する東京2020オリンピック・パラリンピック公式テレビ「ビエラ」のTVCMです。テレビ放映は12月4日で終わりましたが、ウェブで公開されていますので紹介します。


VCM宮城・フェンシング篇 恩返しがしたいから、世界に挑む。(2分2秒)

このナソニックCM映像は〈Beautiful Japan towards 2020〉プロジェクト。2020年をゴールに47の都道府県を訪ね、東京オリンピック・パラリンピックをめざすアスリートたちとともに挑戦することの大切さや夢を追うことの素晴らしさ、そして、この国の美しさを再発見していくプロジェクトとのこと。それで「1/47」と表示されるのですね。

齋藤さんと藤澤さんが剣を交える映像は気仙沼市の本吉町大谷海岸で収録したそうです。その大谷海岸の風景に、気仙沼市内湾を二人で歩く映像が加わります。とてもきれいです。ネットでは、このテレビ放映版のほかに、前後篇ふたつのロングバージョンも公開されています。まずはご覧ください。


綾瀬はるかmeets 宮城県本吉町フェンシング協会 Long ver.前篇(3分14秒)


綾瀬はるかmeets 宮城県本吉町フェンシング協会 Long ver.後篇(7分28秒)

映像にうつっているのは本吉町フェンシング協会に所属する子どもたち。綾瀬はるかさんが子供たちとフェンシングを楽しむ映像は、階上(はしかみ)公民館で収録とのことです。

以上3篇のほかに、Beautiful Japan(BJ2020)公式サイトでは、齋藤さんや藤澤さんの取材映像や、撮影スタッフによる撮影エピソードを紹介しています。取材映像では、齋藤利莉さんのお父様が津波で〈被災〉したことが語られています。サイトの文字情報では〈(お父様を)亡くされました〉としていますが、映像ではあくまでも〈被災〉との説明。そうした詳しい背景を知ると、それぞれの映像の意味の深さが伝わってくるのです。どうぞ、こちらもご覧ください。

パナソニックBJ2020公式サイト/取材映像
パナソニックBJ2020公式サイト/撮影スタッフ通信

それにしても、〈綾瀬と申します〉と齋藤家を訪ねる飾らない印象と、剣を手にしての姿の美しさには驚いた。そんな綾瀬はるかさんの魅力をあらためて知らされたパナソニックのCM/キャンペーン映像でした。
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お魚タクシー現る

その時々の気仙沼の話題を追っていると、紹介しようと思いながらも後回しになってしまう話があります。この記事もそのひとつです。読売新聞の11月19日(土)夕刊社会面の真ん中に〈お魚タクシー現る〉の見出し。

読売ベクシー
読売新聞の11月19日夕刊記事

記事を引用します。

「 被災地では、安全と引き換えに港の風情が失われつつある。宮城県気仙沼市でも、灰色の巨大な防潮堤が、青々とした海原を遠ざける。
「それならば、陸に水族館を」と、気仙沼観光タクシーの宮井和夫社長(41)は「走る水族館」プロジェクトを始めた。3年で30台のうち8台を生まれ変わらせた。楽しげなマンボウに巨大なサメが描かれたお魚タクシーが通ると、子どもたちは笑顔になる。「被災地と呼ばれ、暗いままはイヤ」。海と生きる気仙沼人の誇りが、町を活気づける。」(引用は以上)

この〈LENS被災地発〉という記事は、読売新聞夕刊社会面で土曜日に連載している被災地の〈今〉を伝える写真コラムとのこと。気仙沼などの宮城県版では掲載されたのでしょうか。

観光タクシーさん(気仙沼では観光さんで通りますね)は2012年に、ハートビート(心臓の鼓動)と便利屋タクシー「BEXI/ベクシー」をつなげた〈HEART BEAT BEXI〉というコンセプトを掲げました。「走る水族館」プロジェクト/お魚タクシーも、すでに3年になるのですね。今回の読売新聞の記事は、そうした宮井和夫さんらの熱意に対する応援歌的な気持ちが感じられます。

さて、記事の写真ですが、よく考えられた構図です。お魚タクシーを前面に置きながら右後方に〈灰色の巨大な防潮堤〉、そして左後方からは、今も進行する防潮堤建設か復興工事のためのトラックが走ってくるという具合。〈写真コラム〉というだけあって批評をこめた一枚ということでしょう。

ちょっと気になったことがあります。冒頭の〈被災地では、安全と引き換えに港の風情が失われつつある〉という言葉です。〈港の風情(ふぜい)〉というのは情緒的に過ぎるのではないでしょうか。引き換えというならば、〈かなり長期的な視点での安全〉と、海と生きる気仙沼人の〈日々の暮らしの快適さ〉でしょう。そのバランスの議論であって、決して〈風情〉がどうしたということではないと思うのですが。

ちょっと話が長くなってしまった。宮井和夫さんが実行委員長をつとめる、気仙沼クリスマスイルミネーションプロジェクト「ONE-LINE」についてはあらためて。本日はこれにて。

気仙沼観光タクシー/ウェブサイト

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さんま昆布巻受賞

一昨日のブログの最後に「できました自慢の逸品」での同級生関連商品を紹介しました。そのなかの一つ、植木実君(3年9組)のマルナリ水産〈さんま昆布巻〉が、第27回 全国水産加工品総合品質審査会で、水産庁長官賞を受賞しました。11月30日の三陸新報が伝えています。

マルナリ受賞記事
三陸新報11月30日記事の一部イメージ

記事の関連部分を引用します。

「市内松崎前浜、マルナリ水産の「さんま昆布巻」は、水産庁長官賞に選ばれた。気仙沼産サンマを1匹まるごとコンブで巻いた、骨まで食べられる賞品だ。第3回審査会でも同賞を受賞しているが、当時とは味付けを変えている。「時代の流れに合わせて甘みを強くしている」(植木社長)という。東日本大震災の津波で当時の賞状などを失ったが、再び栄誉を手にした。」(引用は以上)

なお、今回の審査会では、松崎前浜の大弘水産の「かじきスモークスライス」が、最高賞である農林水産大臣賞を受賞しました。また、気仙沼水産資源活用研究会の「ホヤソース」は、東京都知事賞を受賞しています。

この審査会には903点が出品され、農水大臣賞5点、水産庁長官賞10点などが選ばれました。植木実君の〈さんま昆布巻〉は、ベスト15に入ったわけですね。素晴らしい。実君、受賞おめでとう。

さんま昆布巻をネット経由で変えるふたつのサイトを紹介しておきましょう。

横田屋本店ネットショップ
石渡商店/リアスの国から

なお、11月中旬に植木君から12月25日までの年末セールの案内が届きました。消費税額分が割り引きになるようです。たとえば1本972円は900円に。同級生関係者などでしたら下記まで連絡されるとよいでしょう。

有限会社マルナリ水産

宮城県気仙沼市松崎前浜36-1-2
電話:0226-22-6523
FAX :0226-23-2719

最後に、商品チラシ画像を掲載しておきます。この昆布巻はとっても美味しいですよ。どうぞごひいきに。

マルナリ水産

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魚市場前の防潮堤

きょうから12月か。これから年末までが早いんだよね。

さて11月28日(月)、気仙沼魚市場前に計画されている防潮堤の説明会が開かれました。29日の河北新報でその概略は承知しておりましたが、月曜休刊の三陸新報も30日に報じましたので、その記事をご紹介します。

魚市場前防潮堤
三陸新報11月30日記事の一部イメージ

三陸新報記事の主要部分を以下に引用します。

「 防潮堤は、魚市場の北桟橋から現在建設中の南側施設付近までの延長1.3kmで、海抜5m(地上高3.2m)。魚市場隣接のトラックヤードと、その背後の臨港道路との間に計画されている。
 県は昨年6月の説明会で出された意見や、魚市場利用者らの考えを踏まえ、計画を一部修正。防潮堤を臨港道路側に寄せて、トラックヤードと場内道路の敷地を3m拡幅した。
 場内外を確認できるように防潮堤壁面に設けるアクリル窓も、約4m間隔で設置して数を増やすなど視認性を高めた。」(引用は以上)

河北新報の記事には、魚市場前の防潮堤の位置を示す地図も掲載されていました。参考までこれも引用。

河北地図
河北新報11月29日配信記事より

気になるのは関係者の合意についてです。三陸新報によれば、説明会には関係者ら約50人が出席し、いくつかの質問も出たとのことですが、県としては、一定程度の理解を得たとして着工に向けた事務手続きに入るそうです。また、29日付けの河北新報も、「県側の『魚市場の機能が損なわれない構造にする』との説明に出席者から目立った異論は出ず、県は建設計画を前進させることにした」としています。

しかし、28日のNHKのニュースはちょっと違うニュアンスを加えてつぎのように締めくくっています。「気仙沼漁業協同組合は『計画に合意したという認識はない』としていますが、県は来年4月以降に工事を始め平成30年度末の完成を目指すことにしています」

県は〈一定程度の理解を得た〉〈前に進めることにはOKをいただいた〉〈計画の基本的な部分には合意を頂けた〉と。そして漁協は〈計画に合意したという認識はない〉と。大丈夫なのかなあ。この会はあくまで〈説明会〉ですから、計画に対してどのような権限や影響力を持つのかわかりません。しかし、こうした曖昧な了解では問題が蒸し返されることもあるのではないか。私は〈関係者〉ではありませんが、とても気になりました。

それともうひとつ。魚市場と南町の中間にある港町地区の防潮堤計画はその後どのようになっているのでしょう。商港岸壁などがある朝日町の防潮堤はすでに建設が進み、魚市場前もこうした状況だと、県としては港町だけ低くするわけにはいかないといった話になってくるのでは。現地気仙沼ではどのような感じなのでしょう。東京からは以上です。

11月28日放送NHK宮城ローカルニュース(動画あり)
河北新報11月29日配信記事

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かもめのラーメン

11月24日(木)、三陸新報のシリーズ記事「できました自慢の逸品」に、気仙沼「かもめ食堂」のラーメンが紹介されていました。

11月24日かもめラーメン
三陸新報11月24日記事より

醤油味と潮味の2種類で、各450円で、気仙沼市内ではかもめ食堂のみでの販売とのことです。私は先日の東京・駒沢公園「東京ラーメンショー」で、小野寺亮子さん率いる〈気仙沼波止場(ワーフ)〉の出店でこのラーメンを目にしました。たぶん秋葉原「ちゃばら」の同社コーナーでも扱っているのではないでしょうか。

この記事には、北海道の〈カネジン食品〉という製麺会社が記されていました。自家製麺は別として、ラーメンの評判店、有名店がどこで製麺しているかが話題になるというのは最近のことでしょう。私は今年のはじめ、食の雑誌「dancyu」のラーメン特集で製麺会社をとりあげているのを見て驚いた記憶があります。

そしてこの〈カネジン食品〉という会社も、〈匠の麺工房〉をキャッチフレーズに、全国の有名店の麺づくりを手がけているようです。いいものを作れば、それを求めて全国から声がかかるということなのでしょう。今度、千葉憲二君(3年4組)に会ったら、製麺の苦労についてもよく聞いておくことにします。

話がちょっとそれてしまいましたが、かもめ食堂ラーメンの細ちぢれ麺はなかなかうまい。お店でいただくのが一番と思いますが、この持ち帰り用もよろしく。「港町カレー」(480円)もあるでよ。といって、南利明のオリエンタル・スナックカレーを思いだす人はいまや少数派か。ハヤシもあるでよ(笑)。

なお、これまでに「できました自慢の逸品」で紹介された同級生関連の商品はつぎのブログにて。ずんだパフェは、齋藤(広沢)高史君(8組)の奥様みき子さんの店「喫茶エスポアール」のメニューです。

2015年1月8日ブログ「植木実君の昆布巻」
2015年1月27日ブログ「福寿のふかひれ煮」
2015年9月28日ブログ「ずんだパフェ」

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藤田純一さんの話

11月21日のブログで紹介した東京・青山での「漁師って、カッコいい!」展は、27日で終了しました。私は26日(土)のトークイベントの参加申込み抽選にあたり、夫婦で参加しました。

午後6時から始まったこのイベントは、気仙沼の階上(はしかみ)地区の漁師 藤田純一さんを迎え、斉吉商店の斉藤和枝さんとアンカーコーヒー/オノデラコーポレーションの小野寺紀子さんが話を聴くという趣向で定員25名。まずはメンバー紹介がわりにイベント終了時に撮影した写真を紹介します。左から紀子さん、藤田さん、和枝さん。右端は前年に引き続き漁師カレンダー制作を担当した(株)バンブーカットの竹内順平さん、元〈ほぼ日〉乗組員です。

3人2

いやあ藤田さんの話は本当におもしろかった。驚きました。和枝さんと紀子さんの掛け合いもとても上手で、気仙沼の寄り合いで話を聴いているような雰囲気。詳細は略しますが、自己紹介から始まって、まずはわかめの話。階上地区は震災の津波で壊滅的な被害を受けました。漁業を続けるかどうか〈どうすっぺ〉と思っていましたが、ロープにワカメの種苗が残っていたこともあり、父親などとも相談して〈やっぺ〉となったそうです。

採れたてのワカメを手にしての説明の後は、コンロを用意してワカメのしゃぶしゃぶを全員が楽しみました。普通は手に入らない若いワカメですからとても柔らかく本当にうまい。私は生海苔にも似た風味を感じました。そしてワカメの後はホタテ。これも話の後は、参加者全員に一つずつLLサイズのホタテが配られ刺身で味わいました。横ではなくあえて縦4つ割に包丁をいれて、ゴロッとした食感も味わえました。大満足。

わかめ ホタテ

そんなこんなであっという間に2時間が経ちました。あらためて思いだしてみても藤田純一さんはまさに逸材です。サンドウィッチマン/伊達さんを思わせる風貌で気仙沼の漁師話をあれだけ自然に面白く話せる人はなかなかいないでしょう。イベント終了後にご本人に聞いたら、こうした会でみんなを前に話すのは初めてのことだといいます。いやはや驚いた。

このブログを書きながら、もうひとつ驚いたことがありました。ネットで調べてみたら、藤田純一さんは小山菓子店の小山裕隆さんや、東北ツリーハウス観光協会の斉藤道有さんと気仙沼高校の同級生だったのです。気高48回。私たちは22回生ですから26年下ということですね。裕隆さんの2013年のブログに藤田商店でのワカメ水揚げの様子が紹介されていました。

裕隆さんのブログ2013/2/18

純一さんの話は、単に面白いだけじゃないんです。気仙沼というか三陸の海がもたらしてくれる豊かな恵みに対する感謝というものが根底にあるような気がします。それは階上で5代にわたって受け継がれてきたものでもあるのでしょう。そしてたぶん、あの話の面白さも。純一さんのお父さんの言葉を紹介しておきましょう。「三陸の海は〈太平洋銀行〉だがら」。たしかにワカメの小さな種苗を短期間に美味しさという利子をつけて育ててくれるのですから、銀行みたいなものでしょう(笑)。

きりがないので話はここまで。気仙沼つばき会、ほぼ日さんはじめ「漁師って、カッコいい!」展の関係者の皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。おかげさまで私たちも楽しい時間を過ごすことができました。

最後に藤田さんが営む〈藤田商店〉のウェブサイトを紹介しておきます。ネットでの注文も可能です。純一さん、土曜日はごちそうさまでした。とっても面白かった、そして美味しかった。またお会いしましょう。

「藤田商店」ウェブサイト

ほぼ日さんの「TOBICHI」イベントレポートで、会期中の様子が詳しく紹介されています。こちらもぜひご覧ください。

ほぼ日「TOBICHI」のイベントレポート

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同年会の報告投稿

11月25日(土)の三陸新報に臼井真人君(3年2組)の「気仙沼中学校20回生〜あれから50年同年会」と題する投稿が掲載されました。

投稿1
投稿2
三陸新報11月25日掲載投稿(クリックで拡大)

10月初旬に真人君から、三陸新報に先日の同年会の報告を投稿したとの連絡をもらっていました。〈小田のブログ記事をベースに書かせてもらった〉とも。ずいぶん経ちましたがやっと掲載されました。

内容は投稿記事をお読みいただくことにしますが、あらためて驚くのは学年の生徒数や物故者数です。〈1967年の卒業生は11クラス473人。当日の受付で配られた物故者名簿には61人の名前があり、当日参加者は156人でした〉と。真人君も書いていましたが、自らや家族の健康があって同年会に元気に参加できることはとても幸せなことだなと、あらためて思います。文中には同級生の名がたくさん登場しますが、三浦秀治君(10組)が車いすで参加してくれたことが書かれていたのもとてもよかった。最後に、真人君の結びの言葉を引用しておきましょう。

〈地元に暮らす者として、人生の節目節目に同年会を開催し、全国各地で古里を思い、暮らしている友人たちが集う機会を今後もつくっていきたいと強く思っています〉

あ、それから、文中で〈震災後、東京で気仙沼に関する役立つ情報を毎日発信している8組小山明紀君〉とありましたが、「小山」ではなく、わたくし「小田」のことです。念のため(笑)。

9月27日ブログ「同年会の概略報告」
9月26日ブログ「同年会の記念写真」

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祝! 一心の37年

11月23日勤労感謝の日、三陸新報にこんな記事が。

11月23日一心
三陸新報11月23日記事の一部イメージ(クリックで拡大)

今年の気仙沼市技能功労者10名を紹介する記事の第1回目です。写真を見て〈あれっ〉と思い、記事を読んだらやはりそうでした。気仙沼の河原田にある〈寿司処一心〉のご主人、小野寺登さん。奥さんが同級生の実木枝さん(3年4組)です。

記事を読んで初めて知ったのですが、登さんは南町にあった寿司舗丸松さんで修行されたとのこと。我が家の寿司の出前は、〈あさひ鮨〉が出店するまでは丸松でしたから、その名を目にしてなつかしい感じがいたしました。

記事によれば〈一心〉開業から37年、妻・実木枝さんと二人だけで切り盛りしてきたといいます。さまざまな苦労もあったことと思いますが、寿司店も多いなかでこうして現在の地歩を築かれたのは本当に素晴らしい。

震災の年にはじめて気仙沼に帰ったとき、〈一心〉に実木枝さんをたずねました。美味しい鮨をいただきながら、震災の津波や避難時の話を聞いたのです。震災直後の同級生たちの支援がどんなにありがたかったかを、繰り返し語っていたのが印象に残っています。4組の仲間意識はかなりのものなのです。昨日のブログで書いた臼井弘君も4組でしたね。

小野寺登さんの技能功労者の受賞にお祝いを申し上げます。そして、実木枝さん。今回の登さんに対する表彰も実木枝さんの支えがあってのことでしょう。記事の写真、ご主人の笑顔が優しそうでとてもいいですね。おめでとうございました。


なお、表彰式は11月28日(月)午前11時から気仙沼ホテル観洋で行われます。昨年の高橋正彦君(3組)の技能功労者受賞については下記のブログにて。

2015年11月27日ブログ「気仙沼の名工表彰」

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メカジキ動画 1・2

11月16日から開催されていた東京・丸の内の新丸ビルでの〈気仙沼メカジキパラダイス〉は、きのう23日で終了しました。11月17日のブログで紹介しましたが、私は残念ながらのぞくことができませんでした。

この催事〈メカパラ〉の開始日16日には、東京・大手町のビルで、メディアや関係者約120人を集めてのPRイベントも開催されています。気仙沼メカジキブランド化推進委員会の菅原昭彦委員長や菅原市長、そして山本幸三内閣府特命担当大臣も出席したとのことです。また、この日16日には、同委員会が作成した気仙沼メカジキのPR動画第2弾が公開されましたのでご紹介します。3分23秒です。



第1弾の動画については8月4日のブログでも紹介しましたが、もう一度。こちらは1分23秒で、今年4月に公開されています。



「気仙沼メカジキ」公式ホームページ

第1弾がどちらかというと〈気仙沼メカジキ〉のイメージ訴求型であるのに対し、第2弾はメカジキがらみの〈気仙沼人〉強調型といったところでしょうか。いい味が出ています。11月18日には、〈福寿水産〉の臼井弘君(3年4組)からもメール連絡がありました。このメカジキ動画が素晴らしいので是非見てくれと。第2弾にはよく知った顔もたくさん登場するのでまた別の味わいがあることでしょう。

最後に気仙沼メカジキへの支援の話を少しだけ。以前もご紹介しておりますが、「気仙沼メカジキブランド化推進委員会」の活動に対しては、キリンビールの「復興応援 キリン絆プロジェクト」から今年4月に総額2500万円が公益財団法人日本財団の協力のもとで助成されています。また気仙沼信用金庫さんや農林中央金庫さんからもPR費用の支援をいただいています。

「復興応援 キリン絆プロジェクト」は、福寿水産やカネシメイチも所属する〈気仙沼鹿折加工協同組合〉にも支援を行っています。その額は5000万円。メカジキと合わせると7500万円です。金額の話をすると少しはしたない感じがするかもしれませんが、こうした大きな金額を気仙沼の水産業のために支援くださっているのです。そんなこともあって、福寿の弘ちゃんの晩酌はキリンビールだと思います。そうであって欲しい。そう信じたい(笑)。

最後になりましたが、キリングループさん、気仙沼信用金庫さん、農林中央金庫さんにお礼を申し上げます。いつもありがとうございます。

2014年2月27日「キリンさんの支援」

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内湾の「街びらき」

11月18日の三陸新報に、魚町内湾商店街「街びらき」の広告が掲載されていました。

街びらき
三陸新報11月18日掲載広告より

これは、11月19日(土)開催の魚町商店街(菅原隆文代表)7店舗のオープンイベント告知広告。20日付けの三陸新報によれば、式典には菅原市長や関係者が出席し完成を祝ったそうです。

災害公営住宅「さかな町内湾ビル」の3店舗、〈たいわ食堂〉〈にこにこ堂薬局〉〈アイリータマキ〉は、南町紫市場との共同事業「内湾商店街復興事業」としてグループ補助金を活用して9月にオープン。そして11月には周囲の〈角星〉〈紅梅〉〈丸正〉3店舗が完成、残る1店舗〈角星園茶舗〉も12月8日に本営業を開始する予定とのことです。

角星さんや紅梅さんについては、11月7日のブログでも紹介しましたが、この広告のイラストを見るとエリア内の店舗関係がよくわかります。周辺ではまだ復興工事が進行しているわけですが、まずはこの7店舗での新しい商店街のスタートとなりました。関係者の皆様にお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

2015年7月16日ブログ「内湾災害公営住宅」

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ばばば!のサメ編

今朝の地震と津波警報には驚かされました。気仙沼市での避難指示は解除されたようですが、どうぞその後の情報に留意されますように。

さて、本日の話はここから。自分たちが暮らす街「気仙沼」の魅力をどんどん探り、発見し、面白さと人をつないでいく活動〈ば!ば!ば!の場〉。次回11月27日(日)は、サメとはんぺんがテーマです。

ばばば/さめ
気仙沼コンベンション協会のサイトより(クリックで拡大)

◎ば!ば!ば!の場
◎気仙沼スローフードの旅 サメ編
講師:
カネヒデ吉田商店 吉田健秀
かねせん 斎藤大悟

気仙沼コンベンション協会のサイトから案内文を引用します。

今回は水揚げ量ダントツ日本一を誇る気仙沼で、意外にも食材として見過ごされているサメをテーマに、新しい驚きをみんなで体験しましょうという企画です!普段あまりお目にかかることのないサメの解体ショーに続き、みなさんでそのサメ肉ではんぺん作りを体験し、おでんに入れて食べちゃいましょう。

開催日時:11月27日(日)9:30~13:00
集合場所:カネヒデ吉田商店
(気仙沼市松崎前浜36-1 母体田水産加工団地内)
参加費:500円
申込締切:11月26日(土)15:00
定員:15名
主催:ば!ば!ば!プロジェクト

メール、またはお電話にてお申込みください。
MAIL : info@rias-kanko.com
TEL : 0226-22-4560(観光コンベンション協会)

引用は以上。ひさしぶりに〈ば!ば!ば!の場!〉を紹介したのは、見学場所が気中同級生の会社だったからです。かねひで吉田商店。代表が吉田久雄君(3年6組)です。27日の講師のひとり吉田健秀さんは久雄君の息子さん。2012年5月に「仮設作業場でさめ肉加工始まる」というNHKローカルニュースを紹介したブログでも久雄君のことを書きました。

NHKのニュースは、松岩の母体田(もたいだ)地区で10事業者による水産加工施設が中小企業整備機構によって建設され稼働したという話でした。そのなかの1社としてカネヒデ吉田商店が紹介されました。あれから4年半が経つのですね。こうして息子さんが家業のみならず、気仙沼の観光やまちづくりの一翼を担おうという、その気持ちがなによりありがたい。気中20回生もそろそろ定年、息子や娘さんの時代になってきたのでしょう(笑)。

そんなことで、今度の日曜日27日は松崎前浜で、新鮮なサメを使ってのはんぺんづくりを楽しんでください。どうぞよろしく。

2012年5月8日ブログ「吉田久雄君の話」

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小鳥さんの写真展

23日から27日の5日間、東京・南青山のほぼ日「TOBICHI2」で気仙沼漁師カレンダー2017の発売を記念してのイベントが開催されます。題して〈漁師って、カッコいい!〉

とびち漁師展
(画像クリックでイベントサイトにジャンプ)

◎「漁師って、カッコいい!」展
◎11月23日(水・祝)〜27日(日)
23日、24日、25日:11:00 - 19:00
26日:11:00 - 17:00
27日:14:00 - 19:00
◎会場:南青山「TOBICHI2」
東京都港区南青山4-28-26(03-­6427-­6800)

公式サイトからイベントの案内文を引用します。

気仙沼の漁師は、カッコいい。

気仙沼のおかみさんたちの、そんな熱い思いを、今年もまた、「気仙沼つばき会」のみなさんが、具体的な「カタチ」にしてしまいました。

そうです、全国カレンダー展で経済産業大臣賞にも輝いたことのある、あの「気仙沼漁師カレンダー」です。毎回、素晴らしい写真作家さんが気仙沼に滞在して撮影し、まるで写真集みたいな出来栄えなのですが、2017年版の写真は、川島小鳥さん!

この「漁師カレンダー」の発売を記念して、いろんな角度から「気仙沼の漁師って、カッコいい!」を感じられる展覧会を、開催いたします。会場は、青山のTOBICHI2の2階。

川島小鳥さんの写真展をメインにしながら気仙沼のおかみさんたちに聞いた「うちの漁師は、ここがカッコいい!」アンケート結果の掲示、漁師たちのカッコいい場面といえばの、本物の船上動画上映、そして、カッコいい漁師たちが獲ってきた「気仙沼のうまいもんショップ」‥‥など、じつに多彩な内容。

もちろん「漁師カレンダー」も販売します!ぜひぜひ、足をお運びくださいね!

展覧会の内容について、より詳しくは、こちらをどうぞ。(引用は以上)


●ホタテの刺身付きトークイベント

イベントサイト内でも紹介されているトークイベントでは、気仙沼で5代続く生粋の漁師さん藤田純一さんから、斉吉商店の斉藤和枝さんとアンカーコーヒーの小野寺紀子さんが話をうかがいます。11月26日(土)と27日(日)の2度あるのですが、参加申込みは本日21日午前11時で締め切りです。紹介が遅くなりごめんなさい。

11月17日のブログで紹介した丸の内「気仙沼メカジキパラダイス」は23日(水・祝)まで。このイベントでも漁師カレンダーの販売会や気仙沼つばき会の会長 高橋和江さんのトークショーが開催されました。来年の漁師カレンダー、まだという方はぜひお求めください。

8月22日ブログ「来年のカレンダー」

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かもめ食堂1周年

11月19日(土)、気仙沼のかもめ食堂が帰郷開店1周年を迎えます。そして日頃のご愛顧に感謝して、当日は1杯100円で〈かもめラーメン〉限定500食を提供とのこと。つぎの広告が16日の三陸新報に掲載されました。

かもめ食堂1周年
三陸新報11月16日掲載広告

そうかもう1年経ったのか。私にとってはあっという間でしたが、店主である千葉憲二君(3年4組)にとっては、いろいろと試行錯誤した初年だったでしょう。まずは無事に一周年を迎えられたことを祝いたいと思います。

かもめ食堂のある内湾付近は、まだまだ復興工事が進行中で、多くの観光客を迎える態勢が整っているとはいえません。集客ということでは苦労も多いと思います。しかしそんなことは憲二君も百も承知の上での出店。とにかく気仙沼のためにとの一念でなんとか開店にこぎつけたのが一年前のことでした。

同級生をはじめ気仙沼の多くの人に、一周年の感謝ラーメンを味わっていただきたいと思います。憲二君にメールで確認したら、19日当日は午後1時すぎには店に着くとのことでした。どうぞ、お店で顔をみかけたら声をかけてやってください。

一周年ということなので、1年前11月18日の三陸新報掲載広告に記された憲二君の挨拶文を以下に再録します。

ごあいさつ

 向寒の候、皆様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。東日本大震災により、私の故郷、気仙沼が甚大なる被害を受け、悲しみに包まれました。私の気仙沼の思い出の一つである「かもめ食堂」は、私にとってふるさとの味であり、初めてラーメンを食べた店です。震災時には、すでに店じまいしていましたが、多くの方々のご協力を得て、復活することができるようになりました。ようやく戻ってこれた安堵感、復興の明かりが増えるお手伝いを出来ましたこと、誇りに思っております。
 先代のかもめ食堂が私の気仙沼の思い出の店となったように、これからの子供たちに、気仙沼の思い出の店となるように努力してまいりますので、皆様のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

「かもめ食堂」店主 千葉憲二


憲二君そして彼を支えてくれているスタッフの皆様、一周年おめでとうございました。2年目もさらに多くのお客様に愛されますように。そして、ご来店くださった多くの皆様に店主の同級生としてお礼を申し上げます。ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2015年11月25日ブログ「かもめ食堂さん江」

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丸の内でメカジキ

きのう11月16日(水)から、東京・丸の内の新丸ビルで気仙沼産メカジキのイベントが開催されています。

メカパラ
丸の内ハウス/イベントサイトより(画像クリックでジャンプ)

メニュー
上記サイトの料理メニューの一部イメージ

◎気仙沼の旬を丸の内で味わう8日間
◎気仙沼メカジキパラダイス

気仙沼が誇るメカジキを東京は丸の内ハウスで味わい尽くすイベントを開催。11月は、脂がのったジューシーな「冬メカ」が美味しい季節。丸の内ハウス各店のシェフが、旬のメカジキを最も美味しくするために趣向を凝らした限定メニューを、心ゆくまでご堪能ください。(案内文より)

●開催期間
11月16日(水)~11月23日(水・祝)
●会場
千代田区丸の内1−5−1
新丸ビル7階 丸の内ハウス9店舗+ライブラリー

気仙沼が体感できる展示コーナーにもぜひお立ち寄りください。また、18日(金)の12:00~15:00/18:00~21:00には漁師カレンダー販売会、19:00~20:00には気仙沼つばき会 高橋和江会長のトークショーも開催されます。こちらにも是非。

上記イベントでも販売されるようですが、2017年版漁師カレンダーの販売が始まっています。8月のブログでも紹介しました。

8月22日ブログ「来年のカレンダー」

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気仙沼式結婚披露

新聞やテレビでこんなに紹介された気仙沼のウェディングパーティーはこれまでなかったのでは。そう感じたのは、11月12日(土)に気仙沼のカフェK-portで開かれた気仙沼市唐桑の消防士男乕(おのとら)勇介さん(28)と奈良県生駒市出身で気仙沼市嘱託員の祐生(さちを)さん(24)の結婚を祝う会。約80人が集まりました。

読売新聞や三陸新報の記事を総合すると、震災後の2012年3月、大学の春休みにボランティア活動で気仙沼に来た祐生さんは勇介さんと出会いました。寡黙ながら活動を理解してくれた勇介さんに祐生さんから告白。約1か月間の活動後も2人は交際を続け、祐生さんは2014年に気仙沼に移住し、今年3月に婚姻届けを提出しました。

パーティーは、結婚情報誌「ゼクシィ」と唐桑の一般社団法人「まるオフィス」が共同プロデュースしたもので、7月から準備を進めてきました。パーティーの開催にあたっては地元企業22社の協力を得たそうです。

仙台放送も12日のニュースで伝えてくれました。その画像を拝借して当日の様子を紹介します。まず二人は大島汽船のフェリーで内湾へ。そして入場ではなく〈入港〉。衣装のタキシードとドレスの生地は、市内の縫製会社「オイカワデニム」のデニムに、気仙沼の海水でウォッシュ加工を施したものだそうです。

1フェリー 2入港

K-port前の岸では唐桑の松圃(まつばたけ)虎舞保存会の皆様によるうちばやし。多くの人が拍手で二人を迎えます。

3うちばやし 4祝福

そして会場のK-port。ケーキ入刀ではなく、地元の漁船第18一丸(佐々木夫一漁労長)が漁獲したメカジキに突きん棒漁用のモリでひと突き。

5めかじき 6入刀

ニュース映像にはうつっていませんでしたが、シャンパンタワーではなく、男山の清酒を使っての〈蒼天伝タワー〉を披露したあとで乾杯がおこなわれたようです。ニュースの最後にお二人の姿と祐生さんの言葉が紹介されていました。

7めかつき 8インタビュー

読売新聞宮城県版11月13日配信記事

ゼクシィによる気仙沼Wedding紹介サイトはこちらです。

ゼクシィ/気仙沼Wedding

以上が12日のK-portにおけるパーティーの様子。そして、ここからがきょうの本題なのですが、たぶん11月5日(土)、気仙沼市内のホテルにてお二人の披露宴が行われています。そして、披露宴に出席した唐桑の民宿〈つなかん〉の料理長である今井竜介/りょうすけさんが、11日のブログに披露宴のことをはじめ、ふたりの結婚について書いているのです。〈あの時の、ミニスカサンタが結婚した。〉というタイトルで、〈僕は、はじめて、結婚披露宴で、泣いた〉と始まります。

〈あの時〉というのは、サチさん/新婦の祐生(さちを)さんが、震災の年2011年のクリスマス、女子ボランティアによる〈ミニスカサンタ〉として仮設住宅を訪れたときのこと。これは糸井重里さんの著書「ぽてんしゃる」にも紹介されています。そんなことも背景にあるのでしょう、糸井さんはツイッターで、竜介さんのブログを「みんな、まるごと読んでけろ! 」と。そして、「あの、仮設のじいさんたちを欣喜雀躍させたミニスカサンタが!だよ」「また読んで、また目から水が出てきた。目がきれいになるよ」と記しています。

私も竜介さんのブログを読んで、その気持ちが本当にしみじみと心に入りこんでくるのを感じました。そして、こうした文章を書ける人のつくる料理はきっと美味しいだろうなとも。

なんか、私の文章は、しみじみどころか、だらだらとなってしまいました。どうぞ皆さまにも、つなかん/竜介さんブログ「ありのまま記」をお読みいただければと。

つなかんHP/ありのまま記11月11日

最後になりましたが、勇介さんと祐生さん、ご結婚おめでとうございました。どうぞお幸せに。

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ユニセフ脱脂粉乳

10月28日の読売新聞に日本ユニセフ協会の広告が掲載されていました。

ユニセフ
読売新聞10月28日掲載広告の一部イメージ

〈あの脱脂粉乳は、どこから届いたのだろう?〉というキャッチコピーの左下に、〈戦後食糧難の時代、ユニセフミルクとも呼ばれた学校給食の脱脂粉乳が、ユニセフを通じ世界から日本へ届けられました〉と。そして、ユニセフ遺産寄付プログラムの紹介文が続きます。

なんかとても懐かしい思いのする写真です。来ている服の様子などからすると、たぶん私たちより4〜5年上、団塊の世代まっただ中の人達だと思います。私たちが小学校低学年のころも、こうしたアルミバケツに入った脱脂粉乳をお昼に飲みましたが、戦後の食糧事情はこの写真当時よりも改善されていたはずです。

あの脱脂粉乳は、米国のアジア救援公認団体〈LARA〉からの救援物資、いわゆる〈ララ物資〉のひとつと私は思っておりました。ですから、この広告を見て、あれっユニセフだったかと。そしてウィキペディアの脱脂粉乳についての記述を見てみると、つぎのように記してありました。

〈ララ物資は1946年11月から1952年6月までに行われ日本は脱脂粉乳の援助を受けた。ユニセフから日本は、1949年から1964年にかけて、脱脂粉乳などの援助を受けた〉

この記述が正しければ、1951〜52年生まれである私たちの学年が飲んでいた脱脂粉乳はユニセフからのものですね。

それにしても、この写真にうつるアルマイト容器を持つ少年の表情がとてもいい。それと後ろにうつる同級生らの笑顔も。たぶんカメラマンの撮影を面白がって、はやしたてたりして笑っているのでしょう。

日本ユニセフ協会の公式サイトの記述によれば、ユニセフは日本に脱脂粉乳、衣料用の原綿、医薬品などを届け、その支援総額は当時の金額で65億円にもなったそうです。

私たちが大きくなってから、あの脱脂粉乳は家畜の飼料用のものだったことを知らないのかと訳知り顔に語る向きもありましたが、それがどうした、余計なお世話。決して悪意を込めた支援物資ではないでしょう。ということで、遅ればせながら当時のユニセフさん、ありがとうございました。

そして、この写真にうつる二人の少年。私の推測では現在70歳ぐらいになると思うのですが。新聞紙面に大きくうつる当時の自分の姿を見てどんな気持ちをいだいたことでしょう。いまも元気に暮らし、当時と同じような笑顔をみせてくれたとすればなによりです。

2014年5月23日ブログ「1958年 給食風景」
2014年5月28日ブログ「懐かしの完全給食」

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防潮堤と商業施設

11月11日(金)で震災から5年8カ月。同日の読売新聞朝刊では、〈震災5年 再生の歩み〉の11月記事として、気仙沼市の内湾地区を中心に、防潮堤建設においてどのような工夫がなされているかを特集していました。

内湾防潮堤読売
読売新聞11月11日朝刊記事の一部イメージ(クリックで拡大)

内湾地区の防潮堤計画については、このブログでもその経過を何度か紹介してきましたが、今回の読売新聞の記事は、要点がコンパクトにまとめられています。記事では気仙沼のほかに、宮古市田老、石巻市雄勝町、塩竃市、大船渡市、いわき市などの防潮堤での工夫なども紹介していますが、気仙沼関連の記事を以下に引用します。

〈 東日本大震災の復興事業の中でも、巨大な防潮堤に対する抵抗感はいまだに根強い。コンクリートむき出しの壁が、慣れ親しんだ海岸の風景を損ない、眺望を奪うからだ。そんな中、宮城県気仙沼市の住民たちは知恵を絞った。防潮堤を新しい街に溶け込ませられないか――。

 気仙沼市の内湾地区は、日本有数の漁港に近い街。飲食店や商店が立ち並ぶ「気仙沼の顔」だったが、津波で大半が流失した。県は、ほかの津波被災地と同様、巨大な防潮堤の整備を計画した。最上部の高さは海抜5メートル超。住民たちは「海が見えなくなる」「無機質な景色になる」と反発した。震災前、一帯には防潮堤がなかったのだ。

 ただ、反対ばかりではなかった。有志で街づくりの会を発足させ、防潮堤のことを学んだ。県や市とも話し合いを重ねた。防潮堤の厚みは50cm。視界を遮るこのコンクリートの壁面を、商業施設やテラスで覆い、街並みと海岸線に溶け込ませるというアイデアは、そうして結実した。

 内湾地区に建設される防潮堤583メートルのうち、中心部の203mを事業対象とすることが決まった。核は、飲食店や観光案内所などが入居する「ウォーターフロント施設」。一部3階建て、延べ床面積1500平方メートルの建物を防潮堤の内陸側に建てる。施設と防潮堤の間に生まれる幅約4メートルの空間は、木材を使った通路「デッキテラス」に。海に親しめるよう、芝の広場などを整備する。

 施設と通路の建設費は総額約5億円を見込む。半分強は国や県の補助金でまかなえそうだが、残りは借入金。返済にはテナント料収入を充てる予定だ。採算が取れず、テナントが撤収すれば、事業は暗礁に乗り上げる恐れもあるが、住民たちは前を向いた。9月末時点の地区人口は約650人。震災で4割も減った。

 「観光客に訪れてもらい、地域経済が潤わないと、住民も街に戻ってこない」。街の復興に向けて、気仙沼商工会議所会頭の菅原昭彦さん(54)の危機感は強い。菅原さんは、地元企業と市が出資する街づくり会社「気仙沼地域開発」の社長も兼務。同社は今回の事業主体になる。着工は来春。2018年4月の完成を目指す。



 防潮堤を整備しても、津波による浸水が想定される場合には、災害危険区域を指定し、居住を制限する自治体は多い。沿岸部は誰も住まない地域になり、職と住は分離する。せっかくウォーターフロント施設を作っても住民が利用しづらい場所になってしまう。

 その点、気仙沼市の街づくりは「職住一体」が基本だ。海に近い場所で街の再建を目指し、地盤を約3 mかさ上げし、災害公営住宅(復興住宅)も建てる。市条例で「市長が支障がないと認める場合」には、災害危険区域でも居住できるようにした。「海の恩恵を受けてきた歴史を途絶えさせたくない」という住民の訴えに応えた。住宅ができれば、防潮堤の新施設は住民の来店も見込めるわけだ。

 復興住宅の住居部分は2階以上に限定し、1階部分は商用スペースにする。市は、東日本大震災級の津波が起きても、防潮堤とかさ上げで、浸水は1メートル程度と試算、安全面はクリアしたと判断した。商用スペースには、来春に撤去される市中心部の仮設商店街の店舗も入居する予定だ。

 気仙沼市は、震災前より1割以上も人口が減り、約6万6000人になったが、震災前も年間約1000人のペースで減り続けていた地方都市でもある。震災をきっかけに誕生する新しいスペースをどういかすか。沿岸部での取り組みは、人口減と向き合う被災地の先進例にもなる。〉(引用は以上)

建設費総額は約5億円で、半分強は国や県の補助金でまかなえそうとのこと。残り半分の借入金返済にはテナント料収入を充てますが、テナントが撤収すれば、事業は暗礁に乗り上げる恐れもあると記事で述べられています。それが一番の心配。関係者の不安もそこにあるでしょう。はたしてお客様が戻ってきてくれるのかと。

9月2日のブログで書きましたが、その時点でのテナント募集31区画のうち、まだ19区画の見通しがたっていませんでした。その後どうなったかと心配しているところです。いろいろ大変かと思いますが、海と生きる町 気仙沼の顔として、なんとかよい施設なるようにと心から願っております。

9月2日ブログ「スロー村途中経過」

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 防潮堤 スロー村

大正5年の一景島

10月13日のブログで気仙沼市弁天町のホテル一景閣での「あなたの気仙沼 想い出コンテスト」作品展示会を紹介しました。そのブログ記事を書いたときに思いだした新聞スクラップがあります。これです。(クリックで拡大します)
一景島
新聞「気仙沼かほく」のシリーズ「ふるさと秘蔵写真館」に掲載された一景島神社の写真。タイトルは〈港の守護神〉です。記事を引用します。

〈大正5年に撮影した。気仙沼市弁天町にある現在のホテル一景閣付近から、当時は海と大島の景観が広がり、すぐ前には一景島が浮かんでいた。一景島には「弁天様」と親しまれる一景島神社がある。昔から「港の守護神」として信仰を集めてきた。一帯は昭和30年に埋め立てられ、現在の一景島公園になった。しかし、一景島神社とともに、左の岸から架かる橋「神橋」は公園内に現在も残されている。(気仙沼市弁天町・斉藤徹さん所蔵)〉(引用は以上)

写真の所蔵者は、ホテル一景閣の代表取締役をつとめている斉藤徹さんだと思います。同ホテルは今年100周年を迎えましたが、創業の年は大正5年ですから、その年に撮影した写真だったのですね。

一景島の周辺の埋め立ては昭和30年(1955)とのことで、私たち気中20回生が3歳とか4歳のころ。埋め立て前の一景島の記憶がある同級生がいるかどうか微妙なところです。私は一景島公園にもあまり行った記憶はありません。小中学生だったころ、私が暮らす魚町から弁天町まではかなり遠い感じがしたものです。

ところで、この気仙沼かほくの新聞スクラップはいつの記事だったのか。裏側に瀬戸内海にかかる明石大橋が来年4月に開通するとの記述がありましたので、1997(平成9年)の記事とわかりました。当時、気仙沼の実家で読み終わった〈三陸新報〉や河北新報発行の〈リアスの風〉を10日分ぐらいまとめて送ってもらっていました。これもそのひとつなのか。それとも亡くなった父が残していたスクラップだったのか、今になるとちょっとわからない。いずれにしても、気仙沼の歴史写真としてとても興味深かったのでしょう。19年前のセピアがかった新聞記事。本日は私の〈ふるさと秘蔵スクラップ〉ということでご紹介しました。

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仮設住宅解体開始

きのう11月9日の三陸新報のトップ記事。気仙沼市内の応急仮設住宅の県による解体工事が始まったとのことです。

仮設解体
三陸新報11月9日記事の一部イメージ

記事によれば、市の集約化計画に基づき、年度内に計10団地(189戸)の解体を終わらせます。計画には、中井小、小原木小、大島中学校の各校庭も含まれ、新年度からグラウンドとして再び利用できるとのことです。市内では初めての学校用地開放になります。

震災から5年7カ月が経っての仮設住宅解体開始のニュース。記事を読んで、小中学校のグラウンドを利用して仮設住宅が建っていたんだなということをあらためて思いだしました。上記3校については、来年4月からグラウンドが使えるようになるわけですが、ほかに校庭を利用している仮設住宅はどこがあっただろうかという疑問がわいてきました。あらためて調べてみようと思っています。

なお、県は仮設住宅の解体を進める一方で、仮設住宅の有効活用策として、長期利用が可能なユニットタイプについて民間企業などへの無償譲渡を促しているとのことです。移設経費は自己負担となりますが、従業員宿舎などへの活用を呼び掛けています。

東京はきのうからかなり冷え込みがきつくなってきました。気仙沼の寒さはなおさらのことでしょうね。風邪など体調をくずされる方も多いようです。どうぞみなさま、くれぐれも体調管理に留意されますように。

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民俗芸能のつどい

10月16日(日)の三陸新報につぎの記事がありました。早めに紹介すると忘れられてしまうと思い、ブログに書くのを控えていましたら、こちらが忘れてしまうところでした(笑)。ということで本日のご紹介。

10月16日民俗芸能
三陸新報10月16日記事の一部イメージ

11月13日に気仙沼市民会館で〈けせんぬま民俗芸能のつどい〉を初めて開くというのです。とてもいいですね。気仙沼市文化協会(菅原勝一会長)による催しです。記事によれば、気仙沼市内には現在、約30の民俗芸能団体があるそうですが、各団体とも後継者の確保や育成が課題となっているとのこと。今回の催しは、各団体が一堂に会してPRする機会をつくろうと企画されました。

◎けせんぬま民俗芸能のつどい
◎11月13日(日)
◎開場 11:00 開演 12:00 終演16:00予定
◎気仙沼市民会館 大ホール
◎入場無料

文化庁の〈文化遺産を活かした地域活性化事業〉を活用しての開催だそうですが、つぎの8演目が予定されています。各演目に関連するネット情報のリンクをはっておきました。クリックで各サイトにジャンプします。それと、末尾には私の理解の範囲で地域名を記しました。

浪板(なみいた)虎舞/鹿折
神止(かどまり)七福神舞/唐桑
美和(びわ)太鼓/大島
塚沢(つかざわ)神楽/八瀬(やっせ)
大石倉(おおいしくら)打ちばやし/赤岩
早稲谷(わせや)鹿踊/八瀬
鮪立(しびたち)大漁唄込/唐桑
廿一(にじゅういち)田植踊/落合

なお、当日のコメンテーターは、このブログではすでにおなじみ、生まれも育ちも気仙沼市魚町の東北大学災害科学研究所 川島秀一教授(気中21回生)です。

この催しは、気仙沼の民俗芸能のPRを目的にしているとのことでしたが、三陸新報の記事には開催日だけで開催時刻の情報がありません。市役所に電話で問い合わせて上記内容を確認しましたが、来場を勧める記事における重要な情報が抜け落ちていたのは、実にもったいないなと。さらに、三陸新報11月1日の紙面「11月のこよみ」では、〈午前10時から〉となっていたので、念のために再度市役所に電話して確認しましたが、記事の情報が誤りでした。あらためて申し上げておきましょう。11月13日(日)、気仙沼市民会館で開場 11:00 開演 12:00、16:00終演予定です。どうぞよろしく。

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ラーメンショーへ

11月5日(土)、東京はとてもよいお天気で絶好のおでかけ日和でした。私は、駒沢オリンピック公園中央広場で開催されていた東京ラーメンショーへ。このイベントは、10月25日のブログでも紹介しました。

10月27日から11月6日まで、前後半で入れ替え計36種のラーメンが勢揃い。その後半、第2幕目に千葉憲二君(3年4組)の〈気仙沼 新かもめ食堂〉が出店しました。会場はこんな感じです。駒沢オリンピック陸上競技場をバックにして各ブースがならんでいます。

全景

事前に連絡や確認もしませんでしたが、うまくいけば憲二君に会えるかなと、かもめ食堂のブースをのぞいてみました。

近景

残念ながら、憲二君はまだ来ていませんでしたが、スタッフの皆さんが一生懸命にラーメンをつくっていました。かもめ食堂ブースの前には長い行列ができています。私も並んで、かもめラーメンをいただきました。

行列

かもめラーメンは、新横浜ラーメン博物館でのかもめ食堂帰郷オープンの記者発表会で試食して以来2度目となります。ひさしぶりの味、おいしかった。10月の同年会で気仙沼に帰ったときには、つきちゃん(9組)の店〈あたみ屋〉のラーメンを食べたので、かもめ食堂には寄らなかったのです。

会場をあとにし地下鉄の駒沢公園駅まで歩きながら、かもめ食堂のブース前にならんだ沢山の人を思いだしました。ありがたいことだなと。多くの人が〈気仙沼〉のことをそれぞれに思い描きながら、かもめラーメンを食してくださったのでしょう。

今年8回目となった東京ラーメンショーは、11月6日に無事閉幕。憲二君、ご苦労さまでした。そしてなによりも、〈気仙沼 かもめ食堂〉ブースにおいでいただいた多くの皆さまにお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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角星と紅梅の開店

先週の話題ですが、11月1日の三陸新報に、同日の気仙沼市魚町における営業再開を知らせるふたつの広告が掲載されていました。

まずひとつめは、10月27日のブログでも紹介した〈角星〉さん。震災前の場所から少しだけ場所を移動したそうです。そのために広告でも〈ほぼ旧地〉としているのですね。

角星

河北新報も11月1日にこの開店に関する記事を配信していました。その写真特集の中につぎの震災前の写真がありました。これはなつかしい。右隣は〈角星園茶舗〉、左隣は一年先輩の明夫さんの実家〈田中砂糖店〉です(田中商店だったかも)。


(クリックで記事にジャンプ)

もうひとつの広告は、亀の子もなか本舗〈紅梅〉さんです。震災後は田中地区で営業していますが、このたび旧店舗があった場所にも魚町本店を開店しました。

紅梅

私たちが中学生のころ、紅梅の向かいには安元電気がありましたね。純子さん(3年8組)の実家です。当時の魚町の菓子店といえば、〈紅梅〉のほかに〈いもや〉がありました。南町には〈谷村〉とか。

このふたつの店の開店にあたり、〈コヤマ菓子店〉の小山裕隆さんが自身のブログで両店の写真とともにお祝いの言葉を述べています。その中で、角星の斉藤嘉一郎さん、紅梅の千葉洋平さんと仲の良かったお父さん、つまり小山隆市君(6組)も〈天国で喜んでいると思う〉と記していました。

裕隆さんの11月3日ブログ

この11月1日大安吉日が、両店にとって新たな発展の初日となることを心から願っております。おめでとうございました。

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「日の出凧」の起源

きのう11月3日のブログで、気仙沼における〈天旗〉の歴史の中でも、特に〈日の出凧〉の起源や復元については、定説となるものをまとめて欲しいと書きました。本日はその続きです。

気仙沼高校の国語教師であった広野武蔵先生(ぶぞう先生とお呼びしていました)の〈日の出凧〉に対する疑問を記した一文というのは、つぎの書籍に収録されています。1990(平成2年)1月に亡くなった気仙沼図書館の初代専任館長 菅野青顔(せいがん)さんの「追悼 菅野青顔を語る」(1990年6月 菅野青顔追悼集刊行委員会発行)です。

追悼集

広野先生は、〈碩学・青顔先生逝く〉という題で、7頁にもわたる追悼文を寄せているのですが、その中の〈日之出凧〉に関する部分を以下に引用します。なお、広野先生は父親が広野貞助さん(3代目広野太兵衛。気仙沼市長もつとめた麻屋/広野善兵衛さんの兄)ということもあり、気仙沼の歴史にも大変詳しい方でした。

◎碩学・青顔先生逝く 広野武蔵

(前略)
 思えば60余年にわたり間接、直接に先生のご指導を頂いた私である。こんなこと、あんなことを思いだすのである。
 こんなことがありました。ある日、文信堂に立ち寄ったところ、『全国凧図鑑』がでていた。開巻第一頁に山浦八郎さんが苦心して復元した「気仙沼日之出凧」の多色刷りの図柄がでていた。私はその美しい図柄に見入ると共に、復元に努力された山浦八郎さんの御苦労の多を思いやったものの、考えてみると果たして日之出凧が気仙沼に真に実在していたものか。いつの時か疑問でもある点もあり(実は私自身みたことがない凧の図柄なので)、何はともあれ博識の青顔先生のところで聞くが早いと紫神社の坂を登り図書館を訪ね、今みてきた気仙沼日之出凧の図柄を話し時代を問うた。館長先生、一言のもとに、かつて気仙沼にそのような日之出凧の存在したことなしと否定された。私はその凧の存在は幼児より知らぬことで引き下がった。
 その後になって風向きがどう変わったのか知らぬが、山浦八郎氏の復元の労をたたえ、気仙沼の誇りなり云々(うんぬん)と、『万有流転』で取り上げ筆をとられたのをみて私はおどろいた。日之出凧は青顔先生の考証で市民権を得て、「人生の金メダル」で放映された山浦八郎さんの名を高らしめている。
 先生が『万有流転』で筆にされた数々のエピソードは市民読者にそのまま伝わり、その影響も大であった。(後略。引用は以上。明らかに誤植であると思われる箇所を一部修正しました)

この広野先生の疑問については、以前にもこのブログで紹介しようと思ったりもしたのですが、気仙沼では商品の図柄にもされている日の出凧の来歴にケチをつけているように誤解されるのも困るので控えておりました。そんななか、今回の記念誌の話を知ったのを機会に紹介したという運びです。

今回あらためてネットでの日の出凧に関する記述を調べてみましたが、「気仙沼凧の会」が関係していると思われる説明がありましたので紹介します。2011年の年末から新年にかけての「東京ミッドタウンお正月2012」では、「気仙沼凧の会」による日の出凧が掲げられました。その際に表示された、同会提供の情報に基づくと思われる説明文はつぎのとおりです。

「海から昇る朝日を描いた宮城県気仙沼に伝わる伝統大凧。明治末期から大正初期に熊谷慶治により創作された。大正末期には廃絶されてしまったが、昭和49年 凧師、山浦八郎により復元された」(引用は以上)

また、日の出凧のネット情報例として、「東北手仕事」のリンクを下にはっておきます。

「東北手仕事」エピソード編 (5) 気仙沼の空に高く揚がれ!「日の出旗」

以上、ちょっと話が長くなってしまいましたが、気仙沼凧の会や実行委員会の皆さまには、記念誌の作成にあたって〈日の出凧〉の起源に関してのご確認をいただければうれしく思います。ポイントはつぎのようなことかと。

・熊谷慶治氏が創作したという話の根拠(明治時代/大正初期の諸説あり)
・廃絶時期の確認(明治末期/大正末期/昭和初期の諸説あり)
・山浦八郎氏の復元時期(昭和49年との説あり)
・三陸新報「万有流転」での青顔さんの記述内容
・「人生の金メダル」という(テレビ?)番組での紹介内容
・『全国凧図鑑』第1頁での掲載内容
・図鑑『日本の凧』(昭和44年発行の説あり)での掲載内容

気仙沼の〈天旗〉なかでも〈日の出凧〉は、大きな文化的価値があると思います。それだけに、諸説を整理して現時点での定説をまとめていただければと思い本日のブログといたしました。どうぞよろしくお願いいたします。

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 天旗まつり 日の出凧 気仙沼凧の会

天旗まつり 30年

10月27日の三陸新報に、〈気仙沼天旗(てんぱた)まつり〉が来年に30回の節目を迎えることから記念誌などの制作をおこなうとの記事が掲載されていました。

10月27日天旗
三陸新報10月27日記事の一部イメージ

〈天旗まつり〉は1988年に当時の気仙沼湾観光協会、気仙沼凧の会が1988年に開始。毎年2月に商港岸壁で開き、ピーク時には約8千人の参加者で賑わったそうです。震災後は気仙沼小学校などに会場を移し、一昨年からは5月に岩井崎園地で開催しています。

私が気仙沼で暮らしていたころには、凧や天旗の話を聞いた記憶はあまりありません。それだけに私は、気仙沼の伝統凧〈天旗〉の復活をうれしく思っています。明治・大正期に魚町の陣山などから内湾に向かってあげられた〈屋号凧〉をはじめ、沢山の凧を想像するだけでとても楽しい。

天旗まつりの大会の様子などをまとめた記念誌とDVDは来年7月の発行を目指しています。これらの事業費には信用金庫グループの助成金約290万円をあてるとのこと。記念誌の制作はとてもよい企画ですね。そして、できることならばその記念誌に、気仙沼における天旗の歴史もしっかりと記して欲しいと思います。ネットにもある程度のことはわかるのですが、歴史資料が少ないためか曖昧な情報が多いのです。それがまた引用につぐ引用で混乱を招いているようにも感じます。

特に、〈日の出凧〉の起源や復元については、これを機会に定説となるものをまとめて欲しいと思っています。と言いますのも、私が気仙沼高校に在学していた時の国語教師であった広野武蔵先生が、〈日の出凧〉についての疑問を記した一文を読んだことがあるからなのです。話が長くなってしまいますので、詳しくは明日に。

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ジャンル : 福祉・ボランティア

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朝顔プロジェクト

10月31日のブログで、雑誌「Esquire The Big Black Book(BBB)」における渡辺謙さんのインタビューを紹介しました。この記事のなかで謙さんは、気仙沼にできる防潮堤をキャンバスにアートを展開できないかという主旨のことをはなされていました。これについては、10月14日に気仙沼のK-portで開かれたアーチスト日比野克彦さんと謙さんのトークセッションでも地元気仙沼の人達との一緒にプロジェクトの展開について意見交換がおこなわれています。

この構想は、日比野克彦さんが様々な地域の方々と進めている〈明後日(あさって)朝顔プロジェクト〉です。2003年に日比野さんが新潟県十日町莇平(あざみひら)の地域の方々と始め、その朝顔の育成によるつながりが今では全国20カ所以上の人や地域に広がっているそうです。

気仙沼でどのように展開されているのかと思っていましたら、10月31日に渡辺謙さんのつぎのツイートが投稿されました。

謙さん朝顔
10月31日のツイート(画像クリックで本投稿にジャンプ)

ツイート内容を引用します。

「日比野克彦さん主催の明後日朝顔プロジェクトに飛び入り参加。頂いたこの朝顔の種「来年は気仙沼で咲かせてね」そんな熱い想いの詰まった種だ。人と地域を繋ぎ夢を語り未来を紡いで行く、一緒についた餅の様に粘り強く。押し付けるのでは無く共に前を向いて。大きな事を言う前に、行動あるのみなのだ。」(引用は以上)

写真には謙さんのほかにも、どこかで見たような方々がうつっています。左から2番目は、磯屋水産の安藤竜司さんですね。場所はどこでしょう。左にうつっているのは木造校舎のような感じもします。

インタビュー記事を紹介した日に、このツイートを目にして、もう具体的な動きになっているんだなと驚きました。そして謙さんの〈大きな事を言う前に、行動あるのみなのだ〉という言葉に納得したのです。

10月11日ブログ「謙さんと克彦さん」

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はじめての気仙沼

きょうから11月。毎月のついたちにいつも思うのですが、ほんと月日がたつのが早すぎる。そして本日11月1日、〈ほぼ日〉さんの気仙沼支社〈気仙沼のほぼ日〉が5周年を迎えたそうです。これも実に早いなあという印象です。

その〈ほぼ日〉では、この5周年をきっかけに、気仙沼にまだ行ったことがない乗組員(いわゆる社員のことですね)5人が、テキスト中継をしながらはじめての気仙沼観光にでかけます。2日間にわたる観光案内は、気仙沼のほぼ日の〈サユミ〉さんです。


気仙沼のほぼ日5周年

「気仙沼はじめてツアー」テキスト中継サイトより(クリックでジャンプ)


5人にとっての〈はじめての気仙沼〉はいったいどんな気仙沼か。どうぞテキスト中継をご覧くださいますように。

2011年のブログに書きましたが、糸井重里さんが「ほぼ日」の気仙沼支社をつくろうと思っているとツイートしたのは2011年7月。震災の4カ月後のことでした。それからずっとなにくれとなくお世話になっているのですね。

〈気仙沼のほぼ日〉さんが5周年を迎えられましたことのお祝いを、そしてそれにも増しての御礼を申し上げます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2011年10月28日ブログ「ほぼ日in気仙沼」
「気仙沼のほぼ日」公式サイト

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謙さん in 「BBB」

きのうの日曜日、散歩がてら自由ヶ丘へ出かけました。ハロウィンということで、さまざまに仮装した幼い子らがそこかしこに。若い両親に手をつながれて歩く姿はとてもほほえましい。

そして立ち寄った書店で渡辺謙さんが表紙をかざる雑誌があったので手にとりました。「Esquire The Big Black Book(BBB)」です。

「Esquire(エスクァイア)」は米国の歴史ある男性誌。その日本版が1987年に創刊されるも、残念ながら2009年に休刊。2013年からは「MEN'S CLUB」の臨時増刊号として発刊されてきましたが、この10月に「Esquire The Big Black Book」日本版として新創刊されました。年2回発行のプレミアム雑誌とのこと。

表紙やインタビューページの渡辺謙さんを撮影したのは、私も大好きな繰上和美さんです。そしてインタビュー記事を読んでいたら、〈気仙沼〉の文字が。失礼してメモがわりのスナップを。

謙さんエスクワイア

その気仙沼に関する部分を少し引用します。

〈特定のスタイルはもたないという彼だが、定期的に関わっているのが東日本大震災を機に始めた、宮城県気仙沼でのボランティア活動である。人々の心の支えとなる拠点として、気仙沼市港町にカフェ「K-port」を運営し、時間を見つけては通っている。

「支援している感覚はまったくないですね。不謹慎な言い方かもしれないけれど、楽しくないと続かない。民間企業として大きな事業を立ち上げられるわけじゃないし、役所みたいに何十年というスタンスもとれない。だけど今日、明日のためなら、僕でも積み上げていくことができる」 〉(後略。引用は以上)

謙さんは、自分が主役ではなく、あくまで側にいる〈サイド バイ サイド〉(寄り添うこと)だと。そして、気仙沼には物議を醸した防潮堤ができることになったが、それをキャンバスにできないか。その可能性について地元の人たちを巻き込みながら考えていきたいと語っています。

こうして、インタビューのなかで気仙沼のことを語ってくれるのは本当にありがたいですね。なかなかできないことだと思います。もし、書店でこの雑誌をみかけたら是非読んでみてください。

〈読んでみでけらいんって、小田君はそいづを買ったのすか〉

いやなんか、この雑誌のコア読者ターゲットは年収2500万円以上、資産1億3000万円以上らしい。いったん手にとったのですが、またそっと売場に戻しました(笑)。

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気仙沼の出船入船

三陸新報の復刊70年については、10月19日のブログで紹介しました。70周年を記念しての16日に発行されたカラー特集号は、表面と表面を使った見開きで大島亀山から南気仙沼方向を望む大きな写真を掲載していました。デジタル版では、分割しての写真しか見られないので、三陸新報社にお願いして紙版を送ってもらいました。本日は皆さまにもそのお裾分けを。

三陸見開き写真
三陸新報10月16日付け特集号より(クリックで拡大)

右下のキャプションには〈気仙沼大島亀山山頂から赤岩港、朝日町、内湾方面を望む〉とあります。朝日町の右側〈商港岸壁〉には大島架橋の陸上での組み立てがうつっています。遠くに見えるのは〈室根山〉でしょう。

手前にうつる出船と入船の2隻の船の描く航跡がとても美しい。撮影者はこのシャッターチャンスをずっと待っていたのでしょう。プロの仕事を感じさせます。

〈出船入船〉という言葉を思い出し調べていたら、〈入り船あれば出船あり〉という言葉がありました。港に入ってくる船があれば、出てゆく船もあるように、世の中はさまざまで一カ所にとどまらず、移り変わっていくことだそうです。気仙沼もこうして移り変わっていく。三陸新報さんは、2隻の船にそうした意味を込めたのでしょう。

小田君、そいづはなんぼなんでも考えすぎでないべが。

いや考えすぎでないでば。さんりぐ、見でみらいん、一面下さ〈万有流転〉って書いであっから。ということで、今週はこれにて失礼すっから(笑)。

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 三陸新報復刊70年

「角星」建築復元

10月22日の三陸新報に、気仙沼市魚町の国登録有形文化財「角星店舗」の復元工事が完了し、11月1日に営業を再開するとの記事が掲載されていました。

10月22日角星2
三陸新報10月22日記事の一部イメージ

記事によれば、角星店舗は気仙大工(けせんだいく)の高度な技術を用いて、昭和4年の大火の翌年1930年に建築されたそうです。震災では1階部分が全壊し、残った2階部分も大きく損傷しました。このため、国登録文化財を生かしたまちづくりを進める〈気仙沼風待ち復興検討会〉が窓口となり、ワールドモニュメント財団などからの支援で、ほかの5棟と合わせて復元が計画されました。角星店舗の復元工事完成がその第1号となります。

復元した店舗は、1階部分を昭和のモダンな造りの事務所とし、以前の「立ち飲みスペース」も復活させるそうです。2階はコミュニティスペースとして生まれ変わります。

記事には復元が計画されているほかの5棟の名が記されていませんでしたが、つぎの建物だと思います。

◎男山本店 店舗
◎武山米店 店舗
◎三事堂ささき 土蔵
◎小野健商店 土蔵
◎千田家住宅

これら5棟の復元も、土地区画整理事業などとの調整を勧めながら順次、本格的に着工していくとのことです。

清酒〈両國〉で知られる〈角星〉さんは、同級生 容子さん(3年5組)の実家です。多くのご支援を受けての今回の復元完了と11月1日に予定されている営業再開のお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

(株)角星ホームページ

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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 角星 国登録有形文化財

三陸新報配達少年

三陸新報への投稿記事を紹介します。10月20日付と21日付の2回にわけて掲載されました。三陸新報を配達していた中学生のころの追憶が記されています。

三陸配達

三陸新報10月20日記事の一部イメージ

投稿者は但野邦芳さんです。〈ただの〉さんとお読みするのでしょうか。72歳で、気仙沼高校の同窓会名簿にもそのお名前がありました。気高14回生で私たちより8年先輩です。上下2回の投稿文に私はとてもしみじみしたものを感じました。実際に読んでもらうのが一番なのですがそれもできず、ここではその一部を紹介しようと思います。


但野さんが中学1年生の1956年(昭和31年)、お父様が49歳で急逝します。母親に負担をかけないように、そして自分で稼いで自由に使える小遣いがほしいと三陸新報の配達アルバイトを始めました。中学3年の1月まで2年半つづけたそうです。

朝5時30分に起床して河原田にあった自宅を6時前に出発、途中は走り6時前後には八日町の(現在の森田医院の場所にあった)三陸新報社に到着し新聞を受け取ります。担当した配達区域は古町1丁目のかどや旅館からから始まり、滝の入地区の線路を渡って、ふたつの坂それぞれの奥までの150軒ぐらい。配達が終わるのは7時過ぎで滝の入の一番奥から河原田まで、また一気に走り7時15〜20分頃には自宅に到着したそうです。

その後、配達区域を自宅のある河原田1区、2区に替えてもらいますが、軒数は前よりも多い170軒位だったとか。つぎの配達ルートの記述は、地元の人には懐かしいのではないでしょうか。

「最初のスタートは、信号機のある尾形理容店から港の方へ右側を下り南映館前の金物屋まで。次は反対側の本田豆腐屋付近からお稲荷さんの神社を過ぎ、現在の双葉保育園の坂道両側を登りつめてから裁判所の上を通り、さらに下ってムサシヤ付近で全戸数の配達は終わりです。」

頁数が通常の3倍にもなる元旦号の配達は、重いので2度にわけておこなったそうです。

「私は学校が冬休みに入っているので、配達が終わり家に帰るとすぐ布団に入って休み、何よりも楽しみのごちそうの餅を食べて、また布団に入りました。正月は学校も休み、新聞配達も休み、母親の仕事も休みと、家族だんらんすることができました。私は映画館に行って時代劇を見ることが何よりも楽しみで、お正月は1年の中で何よりも楽しい時間でした。」

秋になると、どこの家からも朝から焼いたサンマの匂いがしたそうです。そしてお客さんから「アンちゃんが来る時間が時計の様だ」と言われたとか。中学校のテストの時期には、配達区域にたくさんいる同級生が朝から勉強している姿をみかけたそうです。こんな時は「仕方ないなぁ」と自分に言い聞かせたとも。また、但野さんは当時の子どもの遊びについてつぎのように記しています。

「私たち子どもの男子は、小正月にナマコ踊りが流行。夏は小田の浜やお伊勢浜や大谷の海水浴と大川での水浴び、春秋の山歩き。正月休みはロマンス座、旭劇場、東映、かなえ座、南映の5軒で映画を見て楽しみました。冬は市内の至る所の田んぼや池で、げたスケートや竹スキー、チャンバラごっこ、ビー玉やベー駒、バッタなど。女子はおはじきやお手玉、縄跳びなど、親に叱られ叱られ遊ぶことに夢中で、常に自然の中に親しみ溶けこんで四季を通じて、いつも子どもたちの笑顔がいっぱいあった平和な時代でした。」

ナマコ踊り(なまこどり」のことだと思います)や、映画館などの名もなつかしい。そして但野さんは、当時を思い起こし、〈漁船漁業の繁栄と共に人口も増えて水産都市気仙沼市民の生活が格段に良くなって、心の豊かさと熱気があふれ、将来の希望に満ちていた時代だった〉と記します。

但野さんは投稿文をつぎのように結んでいます。

「私は、新聞配達で鍛えたランニングが、その後の陸上競技に生かされ、72歳になった今でも足腰が丈夫なのは、子ども時代からの鍛錬のおかげであると、遠い昔を懐かしみ、この年になった日頃を感謝しております。」

いろいろと大変なこともあったと思うのです。しかし、いまの自分があるのも当時のおかげと語る但野さんの文章に大いに感じ入りました。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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